幕間:着せ替え人形と告白
今日は自由行動日!っと言う訳で私はワタヌキを連れ出して街を回る事にした。
本当はクレアと一緒が良かったのだが、彼女はカイルの買い物に付き合うと言うので諦めた。
「しかしオルガ殿。我々は何処へ向かっているのだ?」
ワタヌキの素朴な疑問。私は笑って答える。
「まぁまぁ、着いてからのお楽しみ」
しかし、ワタヌキは何を感じたのか少し怯えた様子だ。
「何よ?その暗い表情は?」
「……何だか嫌な予感しかしない物でな」
何か失礼ね。
「……っと、ここね」
私は下町のとあるお店で足を止めた。
「オルガ殿、ここは?」
ワタヌキは恐る恐る尋ねる。
「ふふふ」
私が振り返ると、何故かワタヌキは涙目で怯えていた。
まあ、良いわ。質問に答えましょう。
「ここはね――
――洋服屋さんよ」
自分の悪い予感は大抵良く当たる。
そして今回も、悪い予感が的中してしまった。
「これと……これも良いわね」
オルガ殿はそれは楽しそうに服を選んでいるが、今選んでいる服はフリルなどが付いた少々派手なドレスなどだ。
そして、それをオルガ殿は、
「ワタヌキ、これなんてどうかしら」
「却下だ」
「ええ!?ワタヌキに似合うと思うんだけど」
自分に着せようとしている!
……クレア殿が避けていたのも分かる気がする。
オルガ殿はどうも服選びが趣味らしく、さらにそれを人に着せるのが趣味なのだ。しかも彼女の趣向はほとんどが《ロリータ?》と言うのか?……とにかくフリフリの派手な物が多い。
恐らくクレア殿もこう言った派手な衣装は苦手なのだろう。さらにオルガ殿は選んだ服を着せた後何枚も写真を撮っているのだ。
……自分もオルガ殿が苦手になりそうだ。
「はぁ……」
「あら、深い溜め息」
自分の様子を見たオルガが近づいてくる。
良し。自分の意見はしっかりと言わなければならないな。
「自分はそう言うフリフリの派手な服装は苦手だ」
「あら、貴方の服装だってフリフリで派手じゃない。目立つわよ?」
伝統ある着物に何と言う事を言っているのだ、この女は!
「決してその様な事はない!ゆったりとしてはいてもフリフリとはしていない!」
「あ、でも色は地味ね」
「地味と言うな地味と!」
それはそれで傷つくぞ!
「良いじゃない別に。似合うわよ?」
「似合うと好みは違うのだ。それに何故男である自分が女装しなければいかんのだ」
「…………むう」
……そんな残念そうな顔をしなくてもいいではないか。
「じゃあ、ワタヌキはどう言う服が好みなのよ?」
「む」
そもそも洋服自体あまり好みではないのだが、仕方ない。オルガ殿が決めるよりはマシだ。
自分は店内を回り、服を選ぶ。
良く見るとオルガ殿が選ぶ様な服以外にも燕尾服だったり普通のTシャツやジーンズなど多種多様だった。中には和服もある。
やはりこう言う物が良い――
「和服は禁止よ」
「――――!」
何時の間に真後ろに!?いや、それよりも。
「何故だ!?」
「貴方の服があまりにも地味だからよ」
「だから地味などと言うな!」
全く、この女は和服を何だと心得ているんだ。
「大体、和服にも色々あるのだ。煌びやかな服だって――」
と和服について語ろうとした直後だ。
ある衣服が視界に入り、眼を引いた。
「これは……?」
「え、何?ジャンパーが気になるの?」
「《ジャンパー》と言うのか?」
自分はその《ジャンパー》を手に取る。黒く滑らかな革で出来ており、なかなかの厚みと重量感がある。
「これは、牛、いや、爬虫類か?……何の革だ?」
「それは合成樹脂などを使用した人工の革でございます」
「きゃっ!」
突然の第三者の声にオルガ殿が仰天する。
……気配がまるで無かった。
声の方に振り向くと、店内に並んでいるのと同じ様な服を綺麗に着こなした女性が微笑んでいた。
宝石の様に輝く翡翠の髪を後ろで結び、金の瞳は射抜く様に鋭い。
どうやら店員の様で、首に名札を下げている。
名札には《ジュディス・バートン》と明記されている。
「合成樹脂?」
「ええ。合成樹脂に石油を原料にした物など多く当てはまるのですが、その服の場合ですと、植物から出る油脂などから作られております」
「……凄いな」
動物の革とほぼ見分けがつかない。
「試着なさいますか?」
とジュディス殿が尋ねる。少し興味があるので頷くが、
「まさか和服のまま上に着る気?」
とオルガ殿が横から、何やら不満げに聞く。
自分としてはそれで特に不満は無いのだが。
「……確かにそうですね。和服の上に羽織っても違和感しかないです」
ジュディス殿はオルガ殿の言い分に納得した。
別に良いと思うのだが。
「っと言う訳でこのジャンパーに合う服を探しましょう!」
自分は上に羽織るだけで良いのだが。……誰も聞いてくれなさそうだ。
そして数分後。
洋服に着替えさせられ、似合わないと最終的にジャンパーさえ別の物に替えられた挙句に、
「良いじゃない」
「良いですね」
と二人が称賛した服装で決着が着いた。
水色の長袖Tシャツにやや黒いジーンズとそれ用の革ベルト、そして最後にベージュに染められた若干細く軽い印象の革ジャンに決まった。
「やっぱり、さっきのジャンパーはワタヌキがもう少し大きくならないと似合わないから」
「確かにそうですね」
人を子供みたいに言うな!
……このギザギザのは留め具だろう。付属部品に先端を引っ掛けるまでは分かるのだが、この後はどうするのだ?摘み部分が二つ付いていて良く分からない。
「あ、そのファスナーはスライダーが二つ付いているので上の方を引き上げてください」
自分の様子を見たジュディス殿が助言する。
ファスナーと言うのか。スライダーと言うのはこの付属部品だな。
「ん、忝い」
言われたとおりにスライダーの上の方を引き上げる。
「下の方はベルトが少し見えるくらいが見栄えが良いです」
「そうか」
下の方も引き上げ、ベルトが見えるくらいで止める。
「これで良いのか?」
自分は姿見の前に立ち、自分の姿を眺める。
洋服に慣れない所為か少々恥ずかしいな。
「はい。上出来です」
「うん。なかなか良いわよ」
「そうか。……それは良かった」
こう褒められると少し嬉しい。
「それではお客様。この試着した服はお買い上げなさりますか?」
「む」
そう言えば、ここは店だったな。どうしようか?着たからには買った方が良さそうだが……。
悩んだ挙句自分の決断力の無さに困り果て、オルガ殿の方を向く。
オルガ殿は一時思案し、口を開いた。
「この街で和服は目立つし、良いんじゃない?洋服デビュー」
「そうか。では頼む」
「畏まりました」
会計を終え、そろそろ店を出ようとする時だった。
店内を出ようとしていたオルガ殿の足が止まる。
「ねぇ、少し良いかしら?」
「オルガ殿?」
オルガ殿はカウンターに居るジュディス殿に声をかけた。
「何か御用でしょうか?」
ジュディス殿はカウンターを抜け、我々に近寄る。
「貴女、魔物よね?」
「何!?」
オルガ殿の突然の発言に、自分は驚く。
ジュディス殿は眼を見開いたが、すぐに元の微笑みへと戻った。
「ええ。そうです」
「やっぱりね」
ジュディス殿の返答にオルガ殿は溜め息を吐いた。
「いくら広いとは言え、魔物が住み着いているなんて。この街の治安も悪化したものね」
「いえいえ、私が安心して暮らせるくらいにはこの街の治安はよろしいですよ?」
「……そうかもね」
オルガ殿はまたもや溜め息を吐く。
「それにしても、貴女相当強力な魔物でしょう?そこまで上手く魔力を隠せる魔物は居ないわ」
「まぁ、そうですね」
ジュディス殿は佇まいを直し、礼をする。
「自己紹介がまだでした。私はジュディス・バートンと申します。種族はエキドナです」
「な、魔物の中でもかなり上の存在じゃない!何でこんな人里に居るのよ!?」
「婿探しです」
ジュディス殿は涼しい顔で答える。
――そう言えば自分もジパングを出る前、見合い話が来ていたな。相手は確か龍の御子様だったか。だがそこをオルガ殿に掻っ攫われたのは記憶に新しい。まだ数週間前なのでそれもそのはずなのだが。しかしなかなか良い剣の鍛錬が出来ているので文句はない。
閑話休題。
「ですが、なかなか良いお相手が見つからず、気が付けば早十年。嗚呼、誰か良いお婿さんが来てくれないかしら?」
「気長に待ちなさい」
ジュディス殿の悲哀に満ちた顔にオルガ殿が冷たく言い放つ。
ジュディス殿はシュンっと項垂れるが直後に立て直し自分に近寄った。
「そう言えばお客様は見た目に似合わずなかなかの手練れと見ました。どうです?結婚を前提にお付き合いを願いたいのですが」
「け、結婚!?」
「その子は剣一筋の剣道馬鹿で嫁泣かせするタイプだから諦めた方が良いわよ」
「いや、そんな事は……」
……あるかもしれないが、言い方をもう少し考えて欲しい。
「いえ、諦めません。今更チャンスを逃すものですか!因みに《嫁泣かせ》と言うのは牛の肉の部位の事を言うそうです」
自分に迫るジュディス殿があまり必要の無い豆知識と共に宣言する。
うぅ、こう美貌を持った女性に近づかれると居た堪れない。
「取り敢えず、お名前を御教え願っても宜しいですか?」
「わ、四月一日、と申すっ!」
緊張で声が裏返る。こう言った色恋沙汰は何をすれば良いのか分からず苦手だ。
「ワタヌキ様ですか。素敵なお名前です」
自分の手がジュディス殿に握られる。
「――ぁ、あわわわわっ!」
「緊張なされているのですか?可愛いです」
「かわっ!?」
「では改めて、結婚を前提にお付き合いを――」
「そこまで、挙句にこの子倒れちゃうから」
と迫られていた自分にオルガ殿が横から引っ張る。
……正直助かったが、ジュディス殿の目線が怖い。そして何故かオルガ殿も恐ろしい空気を放っている!
「まだ返事を聞いていません!」
「急がなくたって良いじゃない」
「むぅ」
抗議を跳ね返され、ジュディス殿は膨れる。
「取り敢えず、帰るわよ」
「わ、分かった」
自分は立て直し、外へ向かう。
「またのご利用をお待ちしております。お返事もですよ〜!」
「し、承知した……」
その後の帰り道。
自分はふとある事に気づき、オルガ殿に尋ねた。
「そう言えば、彼女を討たなくて良かったのか?」
「何、討って欲しかったの?」
「い、いや、決してそんな事は無いが」
「いくらヴァルキリーとは言え、私はクレアみたいに見境なく魔物を殺したりないわよ」
「……クレア殿はするのか?」
「ええ、魔物と見れば即座にね。『魔物は悪』ってきっぱり言える子だから」
魔物と共存するジパングで育った自分には、少しやり過ぎではないかと思う。
「でも、仕方ないのよ。あの子は誰よりも主神様を敬愛してる」
オルガ殿は遠い目をして語る。
「主神様に遣わされて何だけど、最近の魔物は悪いのばかりじゃない。彼女たちが騒ぎを起こさない限り、討つ気は無いわ」
「そうか」
オルガ殿は微笑み、話し合いで遅れた歩調を元に戻した。
途端、
「あれ、ワタヌキ君に、オルガさん?」
シルビア殿と鉢合わせた。彼女はパンや野菜と言った食料が入ったビニール袋を持っている。
「ああ、シルビア殿。買い物でもしていたのか?」
「はい。……ワタヌキ君、その服どうしたの?」
ああ、そう言えば試着してそのままだった。まぁ、驚くだろうな。
「和服じゃ目立つじゃない?だから思い切ってイメチェンしてみました〜!」
「良いですね!似合ってるよ!」
「そ、そうか」
言えない。これがオルガの地獄の着せ替えのなれの果てだと言う事を。
言えない。その直後に店員に告白されてしまったことを。
「あれ、何で汗かいてるの?」
マズイ。
「いや、少し暑くないか?」
「うーん。まぁ、少し」
ふう、何とか誤魔化せたか。
「所で、シルビアは今日どうするの?家に顔を出すって言っていたけど」
「はい。今日は家に泊まって行こうかと思っています」
そう言えば、シルビアは自由行動日の日、大抵宿舎に居ないらしい。
シルビアはふと何かを思い出したように話し出す。
「あ、さっきウェスカーさん達に会いました。今日は宿で泊まって行くそうです」
「そう。後で皆に伝えておくわ」
「はい。お願いします!」
シルビアは花の様な笑顔を浮かべる。何だか愛らしい。
そろそろ、話す事が無くなってきた。
「では、自分たちはこれで」
「あ、はい。私も弟たちを待たせているので。それでは」
と我々は話を終え、別れた。
その日の夜。
「……どうしようか。まだ会ったばかりで求愛されてもな。しかし無下にも出来ぬ。うーん、嗚呼迷う!」
「どうしたの?」
告白の返事に悩む自分にカイル殿が訝しげな眼を向けてきた。
本当はクレアと一緒が良かったのだが、彼女はカイルの買い物に付き合うと言うので諦めた。
「しかしオルガ殿。我々は何処へ向かっているのだ?」
ワタヌキの素朴な疑問。私は笑って答える。
「まぁまぁ、着いてからのお楽しみ」
しかし、ワタヌキは何を感じたのか少し怯えた様子だ。
「何よ?その暗い表情は?」
「……何だか嫌な予感しかしない物でな」
何か失礼ね。
「……っと、ここね」
私は下町のとあるお店で足を止めた。
「オルガ殿、ここは?」
ワタヌキは恐る恐る尋ねる。
「ふふふ」
私が振り返ると、何故かワタヌキは涙目で怯えていた。
まあ、良いわ。質問に答えましょう。
「ここはね――
――洋服屋さんよ」
自分の悪い予感は大抵良く当たる。
そして今回も、悪い予感が的中してしまった。
「これと……これも良いわね」
オルガ殿はそれは楽しそうに服を選んでいるが、今選んでいる服はフリルなどが付いた少々派手なドレスなどだ。
そして、それをオルガ殿は、
「ワタヌキ、これなんてどうかしら」
「却下だ」
「ええ!?ワタヌキに似合うと思うんだけど」
自分に着せようとしている!
……クレア殿が避けていたのも分かる気がする。
オルガ殿はどうも服選びが趣味らしく、さらにそれを人に着せるのが趣味なのだ。しかも彼女の趣向はほとんどが《ロリータ?》と言うのか?……とにかくフリフリの派手な物が多い。
恐らくクレア殿もこう言った派手な衣装は苦手なのだろう。さらにオルガ殿は選んだ服を着せた後何枚も写真を撮っているのだ。
……自分もオルガ殿が苦手になりそうだ。
「はぁ……」
「あら、深い溜め息」
自分の様子を見たオルガが近づいてくる。
良し。自分の意見はしっかりと言わなければならないな。
「自分はそう言うフリフリの派手な服装は苦手だ」
「あら、貴方の服装だってフリフリで派手じゃない。目立つわよ?」
伝統ある着物に何と言う事を言っているのだ、この女は!
「決してその様な事はない!ゆったりとしてはいてもフリフリとはしていない!」
「あ、でも色は地味ね」
「地味と言うな地味と!」
それはそれで傷つくぞ!
「良いじゃない別に。似合うわよ?」
「似合うと好みは違うのだ。それに何故男である自分が女装しなければいかんのだ」
「…………むう」
……そんな残念そうな顔をしなくてもいいではないか。
「じゃあ、ワタヌキはどう言う服が好みなのよ?」
「む」
そもそも洋服自体あまり好みではないのだが、仕方ない。オルガ殿が決めるよりはマシだ。
自分は店内を回り、服を選ぶ。
良く見るとオルガ殿が選ぶ様な服以外にも燕尾服だったり普通のTシャツやジーンズなど多種多様だった。中には和服もある。
やはりこう言う物が良い――
「和服は禁止よ」
「――――!」
何時の間に真後ろに!?いや、それよりも。
「何故だ!?」
「貴方の服があまりにも地味だからよ」
「だから地味などと言うな!」
全く、この女は和服を何だと心得ているんだ。
「大体、和服にも色々あるのだ。煌びやかな服だって――」
と和服について語ろうとした直後だ。
ある衣服が視界に入り、眼を引いた。
「これは……?」
「え、何?ジャンパーが気になるの?」
「《ジャンパー》と言うのか?」
自分はその《ジャンパー》を手に取る。黒く滑らかな革で出来ており、なかなかの厚みと重量感がある。
「これは、牛、いや、爬虫類か?……何の革だ?」
「それは合成樹脂などを使用した人工の革でございます」
「きゃっ!」
突然の第三者の声にオルガ殿が仰天する。
……気配がまるで無かった。
声の方に振り向くと、店内に並んでいるのと同じ様な服を綺麗に着こなした女性が微笑んでいた。
宝石の様に輝く翡翠の髪を後ろで結び、金の瞳は射抜く様に鋭い。
どうやら店員の様で、首に名札を下げている。
名札には《ジュディス・バートン》と明記されている。
「合成樹脂?」
「ええ。合成樹脂に石油を原料にした物など多く当てはまるのですが、その服の場合ですと、植物から出る油脂などから作られております」
「……凄いな」
動物の革とほぼ見分けがつかない。
「試着なさいますか?」
とジュディス殿が尋ねる。少し興味があるので頷くが、
「まさか和服のまま上に着る気?」
とオルガ殿が横から、何やら不満げに聞く。
自分としてはそれで特に不満は無いのだが。
「……確かにそうですね。和服の上に羽織っても違和感しかないです」
ジュディス殿はオルガ殿の言い分に納得した。
別に良いと思うのだが。
「っと言う訳でこのジャンパーに合う服を探しましょう!」
自分は上に羽織るだけで良いのだが。……誰も聞いてくれなさそうだ。
そして数分後。
洋服に着替えさせられ、似合わないと最終的にジャンパーさえ別の物に替えられた挙句に、
「良いじゃない」
「良いですね」
と二人が称賛した服装で決着が着いた。
水色の長袖Tシャツにやや黒いジーンズとそれ用の革ベルト、そして最後にベージュに染められた若干細く軽い印象の革ジャンに決まった。
「やっぱり、さっきのジャンパーはワタヌキがもう少し大きくならないと似合わないから」
「確かにそうですね」
人を子供みたいに言うな!
……このギザギザのは留め具だろう。付属部品に先端を引っ掛けるまでは分かるのだが、この後はどうするのだ?摘み部分が二つ付いていて良く分からない。
「あ、そのファスナーはスライダーが二つ付いているので上の方を引き上げてください」
自分の様子を見たジュディス殿が助言する。
ファスナーと言うのか。スライダーと言うのはこの付属部品だな。
「ん、忝い」
言われたとおりにスライダーの上の方を引き上げる。
「下の方はベルトが少し見えるくらいが見栄えが良いです」
「そうか」
下の方も引き上げ、ベルトが見えるくらいで止める。
「これで良いのか?」
自分は姿見の前に立ち、自分の姿を眺める。
洋服に慣れない所為か少々恥ずかしいな。
「はい。上出来です」
「うん。なかなか良いわよ」
「そうか。……それは良かった」
こう褒められると少し嬉しい。
「それではお客様。この試着した服はお買い上げなさりますか?」
「む」
そう言えば、ここは店だったな。どうしようか?着たからには買った方が良さそうだが……。
悩んだ挙句自分の決断力の無さに困り果て、オルガ殿の方を向く。
オルガ殿は一時思案し、口を開いた。
「この街で和服は目立つし、良いんじゃない?洋服デビュー」
「そうか。では頼む」
「畏まりました」
会計を終え、そろそろ店を出ようとする時だった。
店内を出ようとしていたオルガ殿の足が止まる。
「ねぇ、少し良いかしら?」
「オルガ殿?」
オルガ殿はカウンターに居るジュディス殿に声をかけた。
「何か御用でしょうか?」
ジュディス殿はカウンターを抜け、我々に近寄る。
「貴女、魔物よね?」
「何!?」
オルガ殿の突然の発言に、自分は驚く。
ジュディス殿は眼を見開いたが、すぐに元の微笑みへと戻った。
「ええ。そうです」
「やっぱりね」
ジュディス殿の返答にオルガ殿は溜め息を吐いた。
「いくら広いとは言え、魔物が住み着いているなんて。この街の治安も悪化したものね」
「いえいえ、私が安心して暮らせるくらいにはこの街の治安はよろしいですよ?」
「……そうかもね」
オルガ殿はまたもや溜め息を吐く。
「それにしても、貴女相当強力な魔物でしょう?そこまで上手く魔力を隠せる魔物は居ないわ」
「まぁ、そうですね」
ジュディス殿は佇まいを直し、礼をする。
「自己紹介がまだでした。私はジュディス・バートンと申します。種族はエキドナです」
「な、魔物の中でもかなり上の存在じゃない!何でこんな人里に居るのよ!?」
「婿探しです」
ジュディス殿は涼しい顔で答える。
――そう言えば自分もジパングを出る前、見合い話が来ていたな。相手は確か龍の御子様だったか。だがそこをオルガ殿に掻っ攫われたのは記憶に新しい。まだ数週間前なのでそれもそのはずなのだが。しかしなかなか良い剣の鍛錬が出来ているので文句はない。
閑話休題。
「ですが、なかなか良いお相手が見つからず、気が付けば早十年。嗚呼、誰か良いお婿さんが来てくれないかしら?」
「気長に待ちなさい」
ジュディス殿の悲哀に満ちた顔にオルガ殿が冷たく言い放つ。
ジュディス殿はシュンっと項垂れるが直後に立て直し自分に近寄った。
「そう言えばお客様は見た目に似合わずなかなかの手練れと見ました。どうです?結婚を前提にお付き合いを願いたいのですが」
「け、結婚!?」
「その子は剣一筋の剣道馬鹿で嫁泣かせするタイプだから諦めた方が良いわよ」
「いや、そんな事は……」
……あるかもしれないが、言い方をもう少し考えて欲しい。
「いえ、諦めません。今更チャンスを逃すものですか!因みに《嫁泣かせ》と言うのは牛の肉の部位の事を言うそうです」
自分に迫るジュディス殿があまり必要の無い豆知識と共に宣言する。
うぅ、こう美貌を持った女性に近づかれると居た堪れない。
「取り敢えず、お名前を御教え願っても宜しいですか?」
「わ、四月一日、と申すっ!」
緊張で声が裏返る。こう言った色恋沙汰は何をすれば良いのか分からず苦手だ。
「ワタヌキ様ですか。素敵なお名前です」
自分の手がジュディス殿に握られる。
「――ぁ、あわわわわっ!」
「緊張なされているのですか?可愛いです」
「かわっ!?」
「では改めて、結婚を前提にお付き合いを――」
「そこまで、挙句にこの子倒れちゃうから」
と迫られていた自分にオルガ殿が横から引っ張る。
……正直助かったが、ジュディス殿の目線が怖い。そして何故かオルガ殿も恐ろしい空気を放っている!
「まだ返事を聞いていません!」
「急がなくたって良いじゃない」
「むぅ」
抗議を跳ね返され、ジュディス殿は膨れる。
「取り敢えず、帰るわよ」
「わ、分かった」
自分は立て直し、外へ向かう。
「またのご利用をお待ちしております。お返事もですよ〜!」
「し、承知した……」
その後の帰り道。
自分はふとある事に気づき、オルガ殿に尋ねた。
「そう言えば、彼女を討たなくて良かったのか?」
「何、討って欲しかったの?」
「い、いや、決してそんな事は無いが」
「いくらヴァルキリーとは言え、私はクレアみたいに見境なく魔物を殺したりないわよ」
「……クレア殿はするのか?」
「ええ、魔物と見れば即座にね。『魔物は悪』ってきっぱり言える子だから」
魔物と共存するジパングで育った自分には、少しやり過ぎではないかと思う。
「でも、仕方ないのよ。あの子は誰よりも主神様を敬愛してる」
オルガ殿は遠い目をして語る。
「主神様に遣わされて何だけど、最近の魔物は悪いのばかりじゃない。彼女たちが騒ぎを起こさない限り、討つ気は無いわ」
「そうか」
オルガ殿は微笑み、話し合いで遅れた歩調を元に戻した。
途端、
「あれ、ワタヌキ君に、オルガさん?」
シルビア殿と鉢合わせた。彼女はパンや野菜と言った食料が入ったビニール袋を持っている。
「ああ、シルビア殿。買い物でもしていたのか?」
「はい。……ワタヌキ君、その服どうしたの?」
ああ、そう言えば試着してそのままだった。まぁ、驚くだろうな。
「和服じゃ目立つじゃない?だから思い切ってイメチェンしてみました〜!」
「良いですね!似合ってるよ!」
「そ、そうか」
言えない。これがオルガの地獄の着せ替えのなれの果てだと言う事を。
言えない。その直後に店員に告白されてしまったことを。
「あれ、何で汗かいてるの?」
マズイ。
「いや、少し暑くないか?」
「うーん。まぁ、少し」
ふう、何とか誤魔化せたか。
「所で、シルビアは今日どうするの?家に顔を出すって言っていたけど」
「はい。今日は家に泊まって行こうかと思っています」
そう言えば、シルビアは自由行動日の日、大抵宿舎に居ないらしい。
シルビアはふと何かを思い出したように話し出す。
「あ、さっきウェスカーさん達に会いました。今日は宿で泊まって行くそうです」
「そう。後で皆に伝えておくわ」
「はい。お願いします!」
シルビアは花の様な笑顔を浮かべる。何だか愛らしい。
そろそろ、話す事が無くなってきた。
「では、自分たちはこれで」
「あ、はい。私も弟たちを待たせているので。それでは」
と我々は話を終え、別れた。
その日の夜。
「……どうしようか。まだ会ったばかりで求愛されてもな。しかし無下にも出来ぬ。うーん、嗚呼迷う!」
「どうしたの?」
告白の返事に悩む自分にカイル殿が訝しげな眼を向けてきた。
15/03/25 15:47更新 / アスク
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