雪の柩
彼は犯罪者だった。
禁止薬物の常習者で、資金繰りの為に銀行強盗まではたらいた始末である。
その帰りに職務質問をしてきた警官をナイフで刺し拳銃を奪ったために、警察に追われていた。
彼は逃げに逃げ、追っ手を撒くために雪山へと登った。その雪山は彼の生まれ故郷にほど近く、子供のころは近所にすむ者同士で一日中遊びまわったこともある。
道に慣れているという地の利があり、加えて五メートル先も見えないほどの猛吹雪のお陰で何とか追っ手を振り切ることが出来た。
しかし、今彼が置かれている状況は最悪だ。
碌な装備もなしに吹雪吹き荒れる雪山に入り込むなど自殺行為も良いところであった。警察もそれが解っているから深追いはしなかったのである。遭難した犯人を追跡した警察官も二重遭難など笑い話にもならない。
しかし彼は追い詰められていたのと頭にクスリがまわっていたのとで正常な判断能力が失われていたのである。
一刻も早く下山しなければならないが、視界が悪いうえになりふり構わず必死に走っていたためにどう歩けば戻れるのか全くわからなくなってしまった。
子供のころに遊んだのも麓に限った話である。雪が解けてからならば足を踏み入れたこともあったが、辺り一面雪に覆われたこの時期には近寄ったことすらない。
途方に暮れた彼は、目線の先に人影のようなものがあることに気づく。
追っ手がすぐそこまできたと思った彼は、その人影に向かって銃を乱射した。
吹雪の音をかき消すように銃声と男の悲鳴が響く。
弾切れになってもなお何度も引き金を引く様を見ると、相当取り乱しているようだった。
錯乱している彼を正気に戻すように足下が揺れる。
更に、遠くからこちらへ向かってくるような音が聞こえる。足元を見れば小さな雪の塊が幾つも転がっていっている。
山頂の方から強大な何かが向かってくるのが肌で感じ取れる。目を凝らすと、白い大量の塊が津波のように押し寄せてくるように見える。
雪崩であった。
男は急いで逃げだそうとしたが、もう遅い。新雪に足を取られ、彼は自らの断末魔ごと雪の塊に飲み込まれてしまった。
重苦しさで彼の意識は覚醒する。
彼はまだ生きていた。
奇跡的に出来た、大きめの寝袋程度の広さの空間に体が収まったのだ。
瞼を開けてはいないが、自分の体の上に「何か」が乗っている。
少なくとも雪ではない。冷たいが柔らかいし、明らかに動いている。
意を決して目を開けると、目の前に美女の顔があった。雪のように白い和服を身にまとっている。
彼女は彼が目覚めたことに気づくと微笑み、彼に抱きついて胸に顔を埋めた。
まるで長らく会っていない恋人と再会したかのように。
あまりに現実離れしすぎた事態に男は狼狽していた。
自分と同じく雪崩に巻き込まれたらしい女性が何故このような態度をとるのか。何故女性の体はこんなにも冷たいのだろうか。雪山登山には到底向かない和服を着ているのは何故なのか。なぜこの女の肌は青いのだろうか。
そしてそもそも目の前にいるこの女は現実のものなのか。それとも、薬物による幻覚なのか。あるいは死の間際に見る幻想なのか。
考えども考えども結論は出なかった。
気を紛らわせようにも女がのしかかっているのと雪で囲まれているのとで身動きがとれない。
そしてこの状況にも慣れてきたころ、男の体に変化が現れた。熱や血流が股下の一点に集中するような感覚が徐々に膨大していったのである。
自分の命の危機が迫っている中、狭い空間に若い男女が体を重ねている。これで欲情しない方がおかしかった。あるいは、子孫を残そうとする種の本能なのかもしれない。
男は握りしめたままだった拳銃を手放すと、女を抱きしめ彼女の体の感触をより一層味わうことにした。
手に触れる彼女の温度は周りの雪と同じように冷たかったが、肌の柔らかさは搗きたての餅のようだ。揉みこめば指が沈むほど肉付きがよい尻は程よい弾力もあり、いつまでも握っていたいとも思えた。
女は彼の首の後ろに手をかけて抱き寄せると、そのまま彼の唇を奪った。
冷たい舌が彼の歯列をなぞり、ほのかに甘みを帯びた唾液が彼の口の中を満たしていく。
非現実的な感覚に男の理性は少しずつ溶かされていき、徐々に欲望に正直になっていく。思考に霞がかかり、歯止めが利かなくなる。
体温が低下していくのを実感しながら、それでもなお彼の愚息は熱を帯び続け、まるで自分という存在自体がその一点に集中していくかのような錯覚を覚えた。
男は女を逃がさないように抱きすくめ、右手で彼女の頭を抑えると、自らも舌を突き入れ、彼女のそれと絡ませた。
互いの唾液を啜りあい、唇を貪りあい、溶かしあっていく。口の端から涎が垂れることも気にせず、呼吸さえ忘れて口吸いに溺れていく。
人一人分しかない極狭い空間に、男女一組が体を密着させて何とか収まっているこの状況では、酸素濃度は時間経過と共に急激に薄まっていく。高所で気圧が低いのも相まって、男の脳に十分な酸素が行き渡らなくなっていき、意識は朦朧としてゆく。
酸欠によるまどろみにも似た陶酔は男から四肢の力と判断力を奪い、もはや彼は雪に埋もれているという状況さえ忘れ去ろうとしている。
女は名残惜しそうに口を放すと、彼のズボンから男根を取り出し、濡れそぼった秘所にあてがって沈めていった。
彼女の中はやはり周りの雪と同じように冷えていたが、それがより一層彼の肉棒に集まっている熱を強調させていた。
二人はひたすらに腰を打ち付け合い、昇り詰めていく。
ここでは水音と肉と肉とがぶつかり合う音や彼らの喘ぎ声のほかに何も聞こえなければ、ここで発している音も分厚い雪の壁に阻まれて外には届かない。
やがて二人の交わりは終局を迎え、男が小さなうめき声をあげ女を抱きしめると同時に吐精した。女もそれを全て膣内で受け止めて絶頂に身を震わせる。
短い硬直の後、先に動いたのは男の方だった。自分でも信じられない量を出してもなお未だに萎える様子を見せないそれを、ひたすらに彼女の奥に突き刺しては抜きを繰り返す。
彼女の股座から赤い線が流れているのが見えた気がしたが、男は意に介さず抽挿を続けた。
それが破瓜の証であるとは努々思わなかったのである。こんな状況で自分から男を誘っておいて生娘であろうはずがない、と。現に彼女は痛みではなく快感に身を震わせているではないか。
その顔は苦悶に歪んではいないし、悲鳴を挙げてもいない。雄を誘って情事を貪る雌の顔をしながら、嬌声をあげ善がっているではないか。
彼はそのまま大きく腰を打ち付けると、二度目の膣内射精をした。先ほどよりも量や濃度は劣るが、それでも普段の自慰とは比べ物にならない。
二回連続とあって、余韻のまま寝入りそうになる男だったが、今度は女の方が動き出した。
先ほどとは打って変わって、男からより効率的に精を搾り取るための卑猥な動きである。
限界を超えた性行に身の危険を覚えた男は力を振り絞って弱弱しく彼女の体を押しのけようとしたが、そもそもの狭さもあって中断には至れなかった。
それどころか彼女の胸を求めているような動きのように見えてしまい、女は着物をはだけさせて二つの脂肪球をまろびださせる。
固い布地越しにでも伝わってきた胸の感触がより鮮明になり、否応でも興奮してしまう。
さらに彼女は口をすぼめて彼の顔に冷たい息を吹きかける。吹雪のような、物理的な冷たさを持った吐息だ。
元から寒さを感じていた男だったが、それ以上の血液さえ凍ってしまったかのような凍えに身を竦め、暖を求め彼女に抱き付く。
彼女と触れている部分が熱を持ち、彼の体を温める。体と体を擦りあわせて互いの体に摩擦熱をもたらそうとする。唇を奪い合い、体温を体液を交換しようとする。
そして迎える三度目の絶頂。彼は魂までも抜け出てしまうような錯覚を覚えた。
二人の荒い息の音だけが響く。
そして再び粘り気を持った下品な水音が聞こえ始める。まだ宴は始まったばかりだと言わんばかりに。
彼の頬を撫で、微笑んで顔を見つめる彼女の目は暗く淀んでいた。
彼は彼女に、幼い頃この山で共に遊んだ少女の面影をみた。
ここは彼女と彼のための棺。
時さえ凍り付き、永遠に二人が愛し合うだけの空間。
周りの雪が溶けることも、二人が発見されることも、二人が離れ離れになることも無い。
雪女に見初められてしまった彼に、もはや逃げ場は残されていない。
―了―
禁止薬物の常習者で、資金繰りの為に銀行強盗まではたらいた始末である。
その帰りに職務質問をしてきた警官をナイフで刺し拳銃を奪ったために、警察に追われていた。
彼は逃げに逃げ、追っ手を撒くために雪山へと登った。その雪山は彼の生まれ故郷にほど近く、子供のころは近所にすむ者同士で一日中遊びまわったこともある。
道に慣れているという地の利があり、加えて五メートル先も見えないほどの猛吹雪のお陰で何とか追っ手を振り切ることが出来た。
しかし、今彼が置かれている状況は最悪だ。
碌な装備もなしに吹雪吹き荒れる雪山に入り込むなど自殺行為も良いところであった。警察もそれが解っているから深追いはしなかったのである。遭難した犯人を追跡した警察官も二重遭難など笑い話にもならない。
しかし彼は追い詰められていたのと頭にクスリがまわっていたのとで正常な判断能力が失われていたのである。
一刻も早く下山しなければならないが、視界が悪いうえになりふり構わず必死に走っていたためにどう歩けば戻れるのか全くわからなくなってしまった。
子供のころに遊んだのも麓に限った話である。雪が解けてからならば足を踏み入れたこともあったが、辺り一面雪に覆われたこの時期には近寄ったことすらない。
途方に暮れた彼は、目線の先に人影のようなものがあることに気づく。
追っ手がすぐそこまできたと思った彼は、その人影に向かって銃を乱射した。
吹雪の音をかき消すように銃声と男の悲鳴が響く。
弾切れになってもなお何度も引き金を引く様を見ると、相当取り乱しているようだった。
錯乱している彼を正気に戻すように足下が揺れる。
更に、遠くからこちらへ向かってくるような音が聞こえる。足元を見れば小さな雪の塊が幾つも転がっていっている。
山頂の方から強大な何かが向かってくるのが肌で感じ取れる。目を凝らすと、白い大量の塊が津波のように押し寄せてくるように見える。
雪崩であった。
男は急いで逃げだそうとしたが、もう遅い。新雪に足を取られ、彼は自らの断末魔ごと雪の塊に飲み込まれてしまった。
重苦しさで彼の意識は覚醒する。
彼はまだ生きていた。
奇跡的に出来た、大きめの寝袋程度の広さの空間に体が収まったのだ。
瞼を開けてはいないが、自分の体の上に「何か」が乗っている。
少なくとも雪ではない。冷たいが柔らかいし、明らかに動いている。
意を決して目を開けると、目の前に美女の顔があった。雪のように白い和服を身にまとっている。
彼女は彼が目覚めたことに気づくと微笑み、彼に抱きついて胸に顔を埋めた。
まるで長らく会っていない恋人と再会したかのように。
あまりに現実離れしすぎた事態に男は狼狽していた。
自分と同じく雪崩に巻き込まれたらしい女性が何故このような態度をとるのか。何故女性の体はこんなにも冷たいのだろうか。雪山登山には到底向かない和服を着ているのは何故なのか。なぜこの女の肌は青いのだろうか。
そしてそもそも目の前にいるこの女は現実のものなのか。それとも、薬物による幻覚なのか。あるいは死の間際に見る幻想なのか。
考えども考えども結論は出なかった。
気を紛らわせようにも女がのしかかっているのと雪で囲まれているのとで身動きがとれない。
そしてこの状況にも慣れてきたころ、男の体に変化が現れた。熱や血流が股下の一点に集中するような感覚が徐々に膨大していったのである。
自分の命の危機が迫っている中、狭い空間に若い男女が体を重ねている。これで欲情しない方がおかしかった。あるいは、子孫を残そうとする種の本能なのかもしれない。
男は握りしめたままだった拳銃を手放すと、女を抱きしめ彼女の体の感触をより一層味わうことにした。
手に触れる彼女の温度は周りの雪と同じように冷たかったが、肌の柔らかさは搗きたての餅のようだ。揉みこめば指が沈むほど肉付きがよい尻は程よい弾力もあり、いつまでも握っていたいとも思えた。
女は彼の首の後ろに手をかけて抱き寄せると、そのまま彼の唇を奪った。
冷たい舌が彼の歯列をなぞり、ほのかに甘みを帯びた唾液が彼の口の中を満たしていく。
非現実的な感覚に男の理性は少しずつ溶かされていき、徐々に欲望に正直になっていく。思考に霞がかかり、歯止めが利かなくなる。
体温が低下していくのを実感しながら、それでもなお彼の愚息は熱を帯び続け、まるで自分という存在自体がその一点に集中していくかのような錯覚を覚えた。
男は女を逃がさないように抱きすくめ、右手で彼女の頭を抑えると、自らも舌を突き入れ、彼女のそれと絡ませた。
互いの唾液を啜りあい、唇を貪りあい、溶かしあっていく。口の端から涎が垂れることも気にせず、呼吸さえ忘れて口吸いに溺れていく。
人一人分しかない極狭い空間に、男女一組が体を密着させて何とか収まっているこの状況では、酸素濃度は時間経過と共に急激に薄まっていく。高所で気圧が低いのも相まって、男の脳に十分な酸素が行き渡らなくなっていき、意識は朦朧としてゆく。
酸欠によるまどろみにも似た陶酔は男から四肢の力と判断力を奪い、もはや彼は雪に埋もれているという状況さえ忘れ去ろうとしている。
女は名残惜しそうに口を放すと、彼のズボンから男根を取り出し、濡れそぼった秘所にあてがって沈めていった。
彼女の中はやはり周りの雪と同じように冷えていたが、それがより一層彼の肉棒に集まっている熱を強調させていた。
二人はひたすらに腰を打ち付け合い、昇り詰めていく。
ここでは水音と肉と肉とがぶつかり合う音や彼らの喘ぎ声のほかに何も聞こえなければ、ここで発している音も分厚い雪の壁に阻まれて外には届かない。
やがて二人の交わりは終局を迎え、男が小さなうめき声をあげ女を抱きしめると同時に吐精した。女もそれを全て膣内で受け止めて絶頂に身を震わせる。
短い硬直の後、先に動いたのは男の方だった。自分でも信じられない量を出してもなお未だに萎える様子を見せないそれを、ひたすらに彼女の奥に突き刺しては抜きを繰り返す。
彼女の股座から赤い線が流れているのが見えた気がしたが、男は意に介さず抽挿を続けた。
それが破瓜の証であるとは努々思わなかったのである。こんな状況で自分から男を誘っておいて生娘であろうはずがない、と。現に彼女は痛みではなく快感に身を震わせているではないか。
その顔は苦悶に歪んではいないし、悲鳴を挙げてもいない。雄を誘って情事を貪る雌の顔をしながら、嬌声をあげ善がっているではないか。
彼はそのまま大きく腰を打ち付けると、二度目の膣内射精をした。先ほどよりも量や濃度は劣るが、それでも普段の自慰とは比べ物にならない。
二回連続とあって、余韻のまま寝入りそうになる男だったが、今度は女の方が動き出した。
先ほどとは打って変わって、男からより効率的に精を搾り取るための卑猥な動きである。
限界を超えた性行に身の危険を覚えた男は力を振り絞って弱弱しく彼女の体を押しのけようとしたが、そもそもの狭さもあって中断には至れなかった。
それどころか彼女の胸を求めているような動きのように見えてしまい、女は着物をはだけさせて二つの脂肪球をまろびださせる。
固い布地越しにでも伝わってきた胸の感触がより鮮明になり、否応でも興奮してしまう。
さらに彼女は口をすぼめて彼の顔に冷たい息を吹きかける。吹雪のような、物理的な冷たさを持った吐息だ。
元から寒さを感じていた男だったが、それ以上の血液さえ凍ってしまったかのような凍えに身を竦め、暖を求め彼女に抱き付く。
彼女と触れている部分が熱を持ち、彼の体を温める。体と体を擦りあわせて互いの体に摩擦熱をもたらそうとする。唇を奪い合い、体温を体液を交換しようとする。
そして迎える三度目の絶頂。彼は魂までも抜け出てしまうような錯覚を覚えた。
二人の荒い息の音だけが響く。
そして再び粘り気を持った下品な水音が聞こえ始める。まだ宴は始まったばかりだと言わんばかりに。
彼の頬を撫で、微笑んで顔を見つめる彼女の目は暗く淀んでいた。
彼は彼女に、幼い頃この山で共に遊んだ少女の面影をみた。
ここは彼女と彼のための棺。
時さえ凍り付き、永遠に二人が愛し合うだけの空間。
周りの雪が溶けることも、二人が発見されることも、二人が離れ離れになることも無い。
雪女に見初められてしまった彼に、もはや逃げ場は残されていない。
―了―
15/03/01 11:40更新 / 宗 靈