狐の恩返し 前編
扉を開けると、そこは高級ホテルのロビーのような場所だった。
うん、ちょっと待とうか。状況を整理する時間をくれ。
確か俺は自殺覚悟で富士の樹海へ踏みいったはずだ。
理由はなんのこともない、生きるのが辛かったんだ。
彼女いない歴=年齢だし。
必死こいて勉強しても志望校には行けなかったし。
大学でも教授には散々いびられたし。
卒業して就職したら今度は上司がおれをいびるし。
その仕事も先月クビになって貯金も尽きた。
生きる希望がもう何もなかったんだ。
でもってロープで輪を作っていざ踏み台を蹴ろうと思った矢先に急に怖くなって台から降りた。
引き返そうにも道順なんて覚えてないから不可能なわけで。
あ、これ詰んでるとか思ってたら不自然に扉があって。
何これコントじゃないんだしこんな所に部屋なんてある分けないじゃんとか思ってる間に勝手に扉が開いて。
取りあえず行ってみるか〜、みたいな軽いノリで突入した結果が御覧の有様ってどういう事なの……。
これはあれか、夢か。白昼夢なのか?それとも実は俺はもう死んでいてここはあの世的な何かなのか?
混乱している俺を余所に、受付の人は笑顔を絶やさず待っている。
取りあえず突っ立っているだけでは埒があかないから、話を聞きにいこうじゃないか。
黒いスーツを着たその人は、静かな佇まいでこちらを見ていた。
左半分が前髪で隠れた中性的な顔に笑みを浮かべながら俺を品定めしているようだ。
「ようこそ棲妖館へ。当館をご利用なさるのは初めてでいらっしゃいますね?」
俺が目の前にくるとそう言った。
中性的なハスキーボイスだ。
「あぁ。ここは一体……?」
男か女か判別に困るその人は表情を変えようとしない。
「取りあえずはホテルのようなものと思っていて下さい」
ようなもの?ホテルじゃないのか?
「或いは、アパートのようなものだと思っていただければよいのですよ」
アパート?
じゃぁ、何か。
ここには人が泊まってたり住んだりしてるってのか?
「ふふ。その通りだとお考え下さいませ」
あれ?俺考えたこと口に出したっけ?
いや、そんなはずはない、よなぁ?
俺ってそんな顔にでやすいのか?
「そう言えば、お客様にお呼びがかかっておりますよ」
露骨に話題変えてきたな……。触れないでおいた方が身のためか。
って、お客様って俺か?
呼ばれてるって?俺が?誰に?
「その人の名前は?」
「申し訳ありません。ワタクシの口からはお伝えできませんので、お客様自らが直接お聞きになって下さい」
笑顔できっぱり断られた。
でも誰かに呼び出し食らうような事したっけなぁ……?
「170号室でお待ちになっておられます。どうぞ」
そう言ってその人はカウンターに鍵を置いた。
古めかしいデザインだが、傷や汚れがいっさいなく銀色に鈍く光っている。
渋々俺はそれを手に取った。
「お客様からはその鍵でドアを開けて欲しいとのことです」
ノックもせずに入れと?随分と不用心な。
「地図をお渡しいたしますので、道順に従ってお進み下さいませ」
地図って、ホテルで迷子とかガキじゃないんだから。
でもまぁ断ると色々面倒だろうからもらっておくけど。
――移動中
はっきり言おう。
地図もらっといてよかった。
何この館。何でこんなに入り組んでるの?
ここまで来るのに滅茶苦茶時間くった。
ようやくたどり着いた目の前の扉には「170」。間違いない、ここだ。
俺を呼んだ奴もカンカンだな、きっと。
意を決して手にある鍵を鍵穴に入れ、回す。
軽い抵抗はあったが、鍵は確かに開いた。
ドアを開けるとそこには――。
金髪のキレーなお姉さんが正座待機してました。ドウイウコトナノ。
「――あぁ、貴方様。お待ちしておりました」
と、その人は三つ指を立てて頭を下げた。
うん。とりあえず一言言わせてくれ。
「すいません、多分人違いです」
いやだってさ、こんな美人さん俺知らないもん。
会ったことあったら絶対覚えてるけど、記憶にないから間違いなく知らない人だもん。
狐耳と尻尾が生えてる美女とか現実で初めて見たよコスプレか何かですか随分とリアルですねだって自然に動いてるんですからハハh
「貴方様っ!人違いなどではありません!」
現実逃避もさせてくれないのかよ畜生。
いやまぁ、顔だって俺の好みにどストライクだしおっぱい大きいし狐っ娘とかまじ俺得なんですけど。
じゃなくて。
「いやあの、何処かでお会いしましたっけ?」
「……覚えていらっしゃらないのですか?」
露骨に残念そうな顔されても。
「あの時はあんなにも私の家に通ってくれたではありませぬか……」
いや、そんな泣きそうになられても……って、余計無いわ。
俺こんな美人のお家になんて御呼ばれされたこともないんですけど。
「貴方様ぁ……」
そんな涙目上目遣いで俺を見ないで、すげぇ心にクるから。
「あんな寂れた神社に何度も来てくれたこと……私は覚えているのですよ?」
神社……?
狐……。
まさか!
「あんたまさか、俺がいつも通ってた稲荷神社の?」
「やはり覚えていてくださったのですね?!」
「え、あ、いやまぁ、そう、かな?」
「知らないふりをなさるとは……いけずです」
いやだって、俺がガキの頃いつも暇つぶしに行ってた神社の稲荷さんが美女の姿とってるなんて思わないって。
「私のことが見えなくても、私には貴方様が来てくれることが嬉しかった……」
そんなこと言いながら抱きつかないでください。いいにほひがするんです。鼻息荒くなっちゃうんです。
「私の力が足りなかったばかりに貴方様には辛い思いをさせてしまいました……」
あとそのおっきな胸が当たってます。理性が持ちそうにないです。
「でも、もう大丈夫です。これからは私が、貴方様を幸せにしてあげますから……」
「どうか私を……娶ってくださいませんか……?」
その一言で俺は、名も知らぬ稲荷をベッドに押し倒した。
うん、ちょっと待とうか。状況を整理する時間をくれ。
確か俺は自殺覚悟で富士の樹海へ踏みいったはずだ。
理由はなんのこともない、生きるのが辛かったんだ。
彼女いない歴=年齢だし。
必死こいて勉強しても志望校には行けなかったし。
大学でも教授には散々いびられたし。
卒業して就職したら今度は上司がおれをいびるし。
その仕事も先月クビになって貯金も尽きた。
生きる希望がもう何もなかったんだ。
でもってロープで輪を作っていざ踏み台を蹴ろうと思った矢先に急に怖くなって台から降りた。
引き返そうにも道順なんて覚えてないから不可能なわけで。
あ、これ詰んでるとか思ってたら不自然に扉があって。
何これコントじゃないんだしこんな所に部屋なんてある分けないじゃんとか思ってる間に勝手に扉が開いて。
取りあえず行ってみるか〜、みたいな軽いノリで突入した結果が御覧の有様ってどういう事なの……。
これはあれか、夢か。白昼夢なのか?それとも実は俺はもう死んでいてここはあの世的な何かなのか?
混乱している俺を余所に、受付の人は笑顔を絶やさず待っている。
取りあえず突っ立っているだけでは埒があかないから、話を聞きにいこうじゃないか。
黒いスーツを着たその人は、静かな佇まいでこちらを見ていた。
左半分が前髪で隠れた中性的な顔に笑みを浮かべながら俺を品定めしているようだ。
「ようこそ棲妖館へ。当館をご利用なさるのは初めてでいらっしゃいますね?」
俺が目の前にくるとそう言った。
中性的なハスキーボイスだ。
「あぁ。ここは一体……?」
男か女か判別に困るその人は表情を変えようとしない。
「取りあえずはホテルのようなものと思っていて下さい」
ようなもの?ホテルじゃないのか?
「或いは、アパートのようなものだと思っていただければよいのですよ」
アパート?
じゃぁ、何か。
ここには人が泊まってたり住んだりしてるってのか?
「ふふ。その通りだとお考え下さいませ」
あれ?俺考えたこと口に出したっけ?
いや、そんなはずはない、よなぁ?
俺ってそんな顔にでやすいのか?
「そう言えば、お客様にお呼びがかかっておりますよ」
露骨に話題変えてきたな……。触れないでおいた方が身のためか。
って、お客様って俺か?
呼ばれてるって?俺が?誰に?
「その人の名前は?」
「申し訳ありません。ワタクシの口からはお伝えできませんので、お客様自らが直接お聞きになって下さい」
笑顔できっぱり断られた。
でも誰かに呼び出し食らうような事したっけなぁ……?
「170号室でお待ちになっておられます。どうぞ」
そう言ってその人はカウンターに鍵を置いた。
古めかしいデザインだが、傷や汚れがいっさいなく銀色に鈍く光っている。
渋々俺はそれを手に取った。
「お客様からはその鍵でドアを開けて欲しいとのことです」
ノックもせずに入れと?随分と不用心な。
「地図をお渡しいたしますので、道順に従ってお進み下さいませ」
地図って、ホテルで迷子とかガキじゃないんだから。
でもまぁ断ると色々面倒だろうからもらっておくけど。
――移動中
はっきり言おう。
地図もらっといてよかった。
何この館。何でこんなに入り組んでるの?
ここまで来るのに滅茶苦茶時間くった。
ようやくたどり着いた目の前の扉には「170」。間違いない、ここだ。
俺を呼んだ奴もカンカンだな、きっと。
意を決して手にある鍵を鍵穴に入れ、回す。
軽い抵抗はあったが、鍵は確かに開いた。
ドアを開けるとそこには――。
金髪のキレーなお姉さんが正座待機してました。ドウイウコトナノ。
「――あぁ、貴方様。お待ちしておりました」
と、その人は三つ指を立てて頭を下げた。
うん。とりあえず一言言わせてくれ。
「すいません、多分人違いです」
いやだってさ、こんな美人さん俺知らないもん。
会ったことあったら絶対覚えてるけど、記憶にないから間違いなく知らない人だもん。
狐耳と尻尾が生えてる美女とか現実で初めて見たよコスプレか何かですか随分とリアルですねだって自然に動いてるんですからハハh
「貴方様っ!人違いなどではありません!」
現実逃避もさせてくれないのかよ畜生。
いやまぁ、顔だって俺の好みにどストライクだしおっぱい大きいし狐っ娘とかまじ俺得なんですけど。
じゃなくて。
「いやあの、何処かでお会いしましたっけ?」
「……覚えていらっしゃらないのですか?」
露骨に残念そうな顔されても。
「あの時はあんなにも私の家に通ってくれたではありませぬか……」
いや、そんな泣きそうになられても……って、余計無いわ。
俺こんな美人のお家になんて御呼ばれされたこともないんですけど。
「貴方様ぁ……」
そんな涙目上目遣いで俺を見ないで、すげぇ心にクるから。
「あんな寂れた神社に何度も来てくれたこと……私は覚えているのですよ?」
神社……?
狐……。
まさか!
「あんたまさか、俺がいつも通ってた稲荷神社の?」
「やはり覚えていてくださったのですね?!」
「え、あ、いやまぁ、そう、かな?」
「知らないふりをなさるとは……いけずです」
いやだって、俺がガキの頃いつも暇つぶしに行ってた神社の稲荷さんが美女の姿とってるなんて思わないって。
「私のことが見えなくても、私には貴方様が来てくれることが嬉しかった……」
そんなこと言いながら抱きつかないでください。いいにほひがするんです。鼻息荒くなっちゃうんです。
「私の力が足りなかったばかりに貴方様には辛い思いをさせてしまいました……」
あとそのおっきな胸が当たってます。理性が持ちそうにないです。
「でも、もう大丈夫です。これからは私が、貴方様を幸せにしてあげますから……」
「どうか私を……娶ってくださいませんか……?」
その一言で俺は、名も知らぬ稲荷をベッドに押し倒した。
12/06/24 19:02更新 / 宗 靈
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