夏薫荒嵐
春は過ぎ、けたたましい嵐が訪れる。
僕はひとり、ベッドの中にいた。
夜を照らす光は、ちっぽけな僕を心底怯えさせる。
轟く雷鳴。少しでも逃れようと、毛布を頭まで被る。
でも、息苦しさに耐え切れず、すぐに顔を出してしまう。
それを待ち構えていたかのように、また、ピカリ。
一瞬だけ映し出される自分の部屋が、まるで異界のよう。
恐怖で目を瞑っては、好奇心が瞼を開き、繰り返す。
あとどれほど待てば、彼らは過ぎ去ってくれるのだろう。
雨が、屋根を打ち、窓を叩く。
止むことのないそれは、僕の臆病な心と似ていて。
ざあざあ、ざあざあ。土を洗い流してしまう土砂降り。
恵みの雨も、過ぎれば恐怖。僅かな勇気も流しゆく。
あぁ、怖い、怖いよ…。
シーツを握り締めて、僕は耐えるばかり。
お母さんも、お父さんも、同じ想いをしているのだろうか。
今、両親のベッドに転がり込めたら、どれほど救われるだろうか。
そんな隙があれば。雨が、風が、雷が、少しの間でも眠ってくれれば。
微かな期待は、天に届かず。届くはずもなく。届くとも思えず。
今は、ひとりぼっち。この小さな空間に身を隠すしか出来ない僕。
早く、早く止んでください。
早く、早く鎮まってください。
どうか、神様…。
……………
………
…
…ふと、気が付く。
自分は眠っていたのか、それとも、目を瞑っていただけか。
どちらかは分からないが、僕はゆっくりと重い頭を上げた。
外はまだ荒れている。僕を脅かす彼らは、今だそこにいる。
だというのに、旺盛な好奇心は、虚ろな視線を窓へと移した。
空耳だろうか。
嵐の唸りに混じって、音が聞こえたのだ。
恐ろしい現実から逃げようとする僕を、引き止めたもの。
ガシャン、ガシャンと。雨粒よりも大きいものが、ガラスを叩く音。
僕は目をこすりながら、暗く染まる窓を見た。よぉく見て、よくよく見て。
しかし、何も見えず、闇ばかり。こんな闇夜は、狼さえも出歩けない。
気のせいかと思い、僕は再び眠ろうと、毛布へ潜ろうとした…。
その時だ。
眩い雷光が、暗闇の世界を照らし上げ。
僕は、窓枠にへばり付いた人影を見たのだ。
…再び戻る、暗黒。遅れてきた雷鳴と共に。
噴き出る汗。あれはいったい何だろう。
強張る身体。あれは何をしに来たのだろう。
答えが出るよりも先に、また、奇妙な音が聞こえる。
キィ…と、何かが軋む音。扉を開けた時の音と同じ。
音がなくとも、何が起きたかは分かる。目の前で起こっている。
開きゆく窓。合わせて、大きくなる唸り。部屋に嵐が吹き荒れる。
先程見た何か。それが部屋の中へ入ってきたのだ。
探そうとする僕を、突風が邪魔をする。
思わず目を瞑ってしまうほどの強い風。顔を逸らし、手で塞ぐ。
ごうごう、ごうごう。追い詰めるように、身体を押して。
僕は壁に背を付きながら、必死でそこにいる何かを探した。
―くすくす♪
そんな僕の耳に、少女の笑い声が届いた。
幻聴だろうか。それとも、嵐が作った悪戯な音だろうか。
いいや、違う。
気が付けば、顔の前を塞ぐ指の隙間から、それは見えていた。
少女の顔が。頬笑みを浮かべる、僕の同い歳くらいの女の子が。
僕は今度こそ、肝が潰れるかと思った。
怯えて上げた声は、すぐに雷の轟音で掻き消され。
届かない。助けでもあるその声は、誰にも届かない。
目の前の少女以外には。僕と、彼女以外には、誰にも。
―あたしが怖いの?
彼女の言葉は、嵐の中を貫くように、ハッキリと。
その姿は、蛍の光のように、闇の中に淡く映って。
僕の耳に、目に届く。幻想的な少女の声、姿形。
人間には見えない。人間じゃない。確信が僕を打つ。
でも、動けない。逃げられない。恐怖で足が動かない。
必死に手使い下がろうにも、後ろは壁。前は少女。
絶体絶命が僕を包み、それが形となって、目からこぼれ落ちる。
―ありゃりゃ。泣くなよぉ、こわがり〜。
こわがり。その通りだ。
嵐が怖くて、彼女が怖くて、どうしようもない。
命だけは取らないでと、ただ泣くことしかできない。
そんな僕へ対し、怖い彼女は、何を思ったのだろう。
僕の頬に伝う滴を、ぺろり。舌を這わせて拭い取った。
もう片方の滴も、ぺろり。頬から目尻まで、撫でるように。
その行為に、僕は、雷の音を聞いた時よりも驚き、呆然とした。
―ほら。泣いてないで、イイコトしよっ。
そう言って、彼女は僕の耳に、優しく息を吹きかけた。
ふぅっ…という音と共に、ぞくりと身を駆ける、寒気に似た何か。
彼女の吐息は、まるで生き物のように僕の身体を撫で進む。
首筋をくすぐり、背中を抜けて。お尻に触れ、足を撫でて。
そして不思議なことに、服がするりと僕の身体を離れていった。
小さなつむじ風に運ばれて。宙にふわりと浮かぶ、僕の服。
裸にされたことで、湧き上がる感情。
恐怖さえも忘れさせる、羞恥の想い。恥ずかしさ。
頭の中にまで嵐が起こり、思考を乱して荒れ回る。
僕は慌てて手で隠し、想いごと覆ってしまおうとした。
―へっへ〜♪ いかにも『はじめて』ってカンジだねー。
しかし、彼女はそれを許さない。
僕の鼻先にまで顔を近付けて、まじまじと見つめてくる。
品定めをしているようでもあり。誘惑しているようでもあり。
それは僕の想いをますます強め、顔を赤らめさせていった。
そのせいだろうか。
僕の目には、彼女が怖い存在ではなく、可愛い存在に映っていた。
強く脈打つ胸。一目惚れ。同時に湧き上がる、情欲的な想い。
膨れ上がるペニス。覆う手のひらを、邪魔とばかりにツンと突く。
裸でいるということが、僕の心をどこまでも狂わせていく…。
―それじゃ、しよっか♥
不意に、彼女の唇が近付いて。
―んっ…、ちゅっ……。
触れ…重なり合う。
初めての口付け。
僕の胸に、いくつもの想いが溢れる。そのほとんどが喜びの色。
鼓動が身を張り裂かんばかりに弾く。どきん、どきん、どきん…。
その音は、僕の耳から嵐の音を消し去ってしまうほど強く。
唇が触れ合うというだけの行為に、僕は多大な幸せを感じていた。
当然、満たされるのは心ばかりでない。
身体も。満たされて…そして、すぐに飽く。
もっと。もっとしてほしい。
―ちゅ…、ちゅぅぅ…っ。ちゅるっ…。
想いは通じ、彼女は更に深く唇を重ねてくる。
舌を差し入れ、絡ませて。知らないキス。気持ちの良いキス。
僕の短い舌をねっとりなぶり、未知の刺激を送り込む。
それはもう、重ねるというよりは、貪る。
口を動かし、角度を変え、深さを変え、激しさを変えて。
何も知らない僕の口を、淫らなものに染め上げていく。
絵具は唾液。筆は舌。色を重ね、彼女の思うがままの絵に…。
―…ぷはっ。えへへ、ど〜ぉ? きもちい?
永遠にも感じた時間が終わり、唇が離れる。
唾液の糸を引きながら、目を据わらせ、僕を見る彼女。
心を見透かすように…いや、きっと、もう、全て。
僕の想いは、彼女にとって剥き出しのもの。隠せはしない。
その証拠に。
アソコを隠す僕の手を払う彼女に、逆らうことができない。
僕がそうできないと知っているから。彼女は知っているから。
羊飼いが、羊の気持ちが分かるように。今の僕は羊と同じ。
彼女という風のそよぎに合わせて、舞わされ、踊らされ。
なのに、それを幸せと感じてしまう。どうしようもないまでに。
―うっわ〜…、スッゴイことになってるねぇ。あははっ♪
熱く、硬く膨れる僕のペニスを撫でながら、無邪気に笑う彼女。
少し冷たい指の感触。形を確認するように、擦ったり、揉んだり。
優しい触り方に反して、身を刺すような快感が僕を襲う。
そして、次第に。
彼女は探るように、ペニスの様々な部分を弄り始めた。
僕の反応を窺いながら。一挙一動さえ、彼女は見逃さない。
少しでも反応すれば、微風は暴風へと変わる。激しい愛撫。
その刺激に乱れる僕を、ひととき愉しんだ後は、また探りに戻って…。
―へぇ〜、カメちゃん撫でられるのスキなの? エッチィ〜♥
緩やかさと激しさ。寄せては返す快感の波に、溺れる僕。
不意に激しく扱いたと思えば、計ったかのように、限界の直前で緩めて。
ペニスを弄られる気持ち良さと、射精できない苦しさが僕を襲う。
無邪気は悪意のない悪行。苦しむ僕にまったく意を介さぬ彼女。
ただ自分の探究心を満たすがために、出したいと叫ぶペニスを弄ぶ。
…いつしか、その繰り返しに耐えられなくなった僕は。
荒い呼吸を飲み込みながら、扱く彼女の手を掴み、自分の限界を伝えた。
―出したいの? ん〜、でもあたし、もうちょっと遊びたいなぁ〜…。
言うならば、それは我が侭な子供。
彼女にとっては、どうしようかと悩んでいる時間も、自分の時間。
自分の考えがまとまるまでは、そのままでもいいと思っている。
だからこそ、僕のペニスを刺激する手は、今だ弱い刺激を与えてくる。
達せそうで達せない刺激を。彼女が何かを閃くまで、ずっと、ずっと…。
―そーだっ。ねぇ、もう少しガマンしてくれたらさ〜…、ホラッ♪
不意に、彼女はそう言って。
萌黄色の身衣の端を掴み、大胆にも、僕に捲って見せてきた。
瞬間。どくん、と。
血液が逆流したような錯覚。
雄としての本能だろうか。
僕の視線は、彼女のソコ一点に集中した。
意識を介さずして、反射的に。そして釘付けに。
彼女の、つるつるで、割れ目のある、愛液に濡れた、その場所へ…。
―ガマンしてくれたら、コッチにいーっぱい出していーよっ♥
コッチ。彼女の中。ナカ。膣内。子宮。
それが何を意味するのか。理解はおぼろげ。あやふや。
でも、確信を持てることがひとつ。ガマンすることの意味。
僕の中の何かが、ぷつりと途切れた、ひとつの結論。
それは、ソッチの方が気持ちが良いから。
―あっ…? きゃんっ!?
押し倒す。風に逆らう鳥のように。
彼女の華奢な腰を掴んで、ペニスを秘部へと擦り付ける。
どうやれば入るのかは分からない。何度も腰を前に出し、その場所を探す。
過程で、ペニスと秘部が互いを濡らし合い、独特の快感が背筋を駆け上がっていく。
突然の反撃に、驚きの声を上げる彼女。
そして、僕の肩を押し上げるようにして抵抗してくる。
力は弱々しい。本気で抵抗する気がないのか、それとも…。
その考えも、気泡のように、ふっと消えてしまう。
にゅるりと…突然僕のモノを包む、あたたかいナニカ。
―ふぁっ…、あっ、あぁっ…!
挿入。初めてを散らした瞬間。
僕の全身に、言い様のない…快感以上の何かが迸る。
それと共に溢れてくる、彼女に対する、愛おしい気持ち。
持てる力を振り絞り、強く彼女を抱き締める。伝わる体温。
ゆっくりと目を閉じて、彼女の温もりを胸いっぱいに味わう。
―こ、こいつぅ〜…。約束破りめぇ〜…っ♥
恨み言を吐きながらも。
彼女も、僕を抱き締め返してくれた。
強く、愛おしく。
鈍感な僕でも、彼女の想いに気付けるほどに。
―あたしがイくまでガマンできなかったら…許さないからなぁ〜っ…♥
頷き…ゆっくりと腰を動かす。
ふと。目の前に真っ白な光が瞬いた。
雷光とは違う。それよりも眩く、長く瞬く光。
刺激の火花。ショートした快楽。それが光の正体。
襞のうねりに合わせて、僕の視界でバチバチと弾ける。
行き過ぎた天国。降り掛かる刺激に、正気を保てない。
必死に自分を繋ぎ留めようと、がむしゃらに彼女の胸に吸い付く。
―ひぁっ…!? だ、だめっ…、オッパイ弱ぃ……きゃうぅっ!
一心不乱。乱暴に腰を突き入れる。
嵐の夜に響く、卑猥な水と肉の音。それもまた、ひとつの嵐のように。
喘ぐ声は風に乗り、愛液は雨と降り注ぎ、刺激は雷となって。
盛り狂った雄と雌。互いを求めて、身をくねり腰を振るう。
―激しっ…、あっ、おくっ、奥ゴリゴリしちゃぁ…っ!
亀頭が突く先。彼女の最も神聖な場所。
強くノックする。自分の子種を注ぐために、目を覚ませと。
その度に彼女の身体は跳ねて、表情は淫らに歪んでいく…。
そして、気が付けば。
目を覚ましたそこは、子種を受け入れるために、亀頭に吸い付き始めていた。
乳を飲む赤ん坊のように。触れては咥えて、限界まで離そうとはしない。
尿道を通る愛液を啜っては、精液を、今か今かと待ち構えている。
―ひぁっ、んっ、ふぁっ、ぁっ…! きもちっ、きもちいいよぉっ!
胸から口を離し、再び彼女と唇を重ねる。
今度は、僕が貪る方となって。瞳潤ませる彼女を犯す。
覚えたての、見様見真似の口淫。自身の技を受け、身を震わせる彼女。
口の端から唾液を垂らして。舐め合い、吸い合い、囁き合い…。
―んむっ…、ちゅ、ちゅっ、すきっ、ちゅぅ…、すきぃっ…♥
好き。彼女のことが、好き。
もっと。もっと愛し合いたい。愛し合おう。
もう離さない。離してなるものか。身体も、心も。
彼女をずっと感じていたい。風のような彼女。永遠に。
この嵐の夜を、永遠に…。
―やっ、はっ、あっ、イくっ、ひぅっ、イくっ、イッちゃうぅ…っ!
僕は、抜けそうになる位置まで、腰を引き戻し…。
―ふぁ…ぁっ…。
一気に、彼女の奥へと突き入れた。
―ひゃうううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!
……………
………
…
…日は昇り。
水滴を滴らせながら、地上の太陽が顔を上げる。
雲一つない青空、蝉達の合唱が響き渡って。
山や野には、青々とした草木が生い茂っていた。
嵐は過ぎ、蒸し暑い夏が訪れる。
僕を脅かす存在とは、また来年までのお別れ。
一年ぶりのカブト虫が、僕の部屋の窓を横切る。
彼もまた、土の中で嵐が過ぎるのを待っていたんだろう。
大空を飛び立つために。愛する人を探すために。
でも、僕にはもう、その必要がない。
僕の部屋には、昨夜の嵐が残ったまま。
愛する人となって現れた、今年の夏の嵐。
暴風と乱れ、雨濡れる汗、雷鳴の快感を響かせて。
いつまでも、いつまでも。
僕達はふたり、ベッドの中で交わり続ける。
止むことのない風のように。永遠に愛し合って。
いつまでも、いつまでも。
夏の薫りを、その身に感じながら。
いつまでも…。
僕はひとり、ベッドの中にいた。
夜を照らす光は、ちっぽけな僕を心底怯えさせる。
轟く雷鳴。少しでも逃れようと、毛布を頭まで被る。
でも、息苦しさに耐え切れず、すぐに顔を出してしまう。
それを待ち構えていたかのように、また、ピカリ。
一瞬だけ映し出される自分の部屋が、まるで異界のよう。
恐怖で目を瞑っては、好奇心が瞼を開き、繰り返す。
あとどれほど待てば、彼らは過ぎ去ってくれるのだろう。
雨が、屋根を打ち、窓を叩く。
止むことのないそれは、僕の臆病な心と似ていて。
ざあざあ、ざあざあ。土を洗い流してしまう土砂降り。
恵みの雨も、過ぎれば恐怖。僅かな勇気も流しゆく。
あぁ、怖い、怖いよ…。
シーツを握り締めて、僕は耐えるばかり。
お母さんも、お父さんも、同じ想いをしているのだろうか。
今、両親のベッドに転がり込めたら、どれほど救われるだろうか。
そんな隙があれば。雨が、風が、雷が、少しの間でも眠ってくれれば。
微かな期待は、天に届かず。届くはずもなく。届くとも思えず。
今は、ひとりぼっち。この小さな空間に身を隠すしか出来ない僕。
早く、早く止んでください。
早く、早く鎮まってください。
どうか、神様…。
……………
………
…
…ふと、気が付く。
自分は眠っていたのか、それとも、目を瞑っていただけか。
どちらかは分からないが、僕はゆっくりと重い頭を上げた。
外はまだ荒れている。僕を脅かす彼らは、今だそこにいる。
だというのに、旺盛な好奇心は、虚ろな視線を窓へと移した。
空耳だろうか。
嵐の唸りに混じって、音が聞こえたのだ。
恐ろしい現実から逃げようとする僕を、引き止めたもの。
ガシャン、ガシャンと。雨粒よりも大きいものが、ガラスを叩く音。
僕は目をこすりながら、暗く染まる窓を見た。よぉく見て、よくよく見て。
しかし、何も見えず、闇ばかり。こんな闇夜は、狼さえも出歩けない。
気のせいかと思い、僕は再び眠ろうと、毛布へ潜ろうとした…。
その時だ。
眩い雷光が、暗闇の世界を照らし上げ。
僕は、窓枠にへばり付いた人影を見たのだ。
…再び戻る、暗黒。遅れてきた雷鳴と共に。
噴き出る汗。あれはいったい何だろう。
強張る身体。あれは何をしに来たのだろう。
答えが出るよりも先に、また、奇妙な音が聞こえる。
キィ…と、何かが軋む音。扉を開けた時の音と同じ。
音がなくとも、何が起きたかは分かる。目の前で起こっている。
開きゆく窓。合わせて、大きくなる唸り。部屋に嵐が吹き荒れる。
先程見た何か。それが部屋の中へ入ってきたのだ。
探そうとする僕を、突風が邪魔をする。
思わず目を瞑ってしまうほどの強い風。顔を逸らし、手で塞ぐ。
ごうごう、ごうごう。追い詰めるように、身体を押して。
僕は壁に背を付きながら、必死でそこにいる何かを探した。
―くすくす♪
そんな僕の耳に、少女の笑い声が届いた。
幻聴だろうか。それとも、嵐が作った悪戯な音だろうか。
いいや、違う。
気が付けば、顔の前を塞ぐ指の隙間から、それは見えていた。
少女の顔が。頬笑みを浮かべる、僕の同い歳くらいの女の子が。
僕は今度こそ、肝が潰れるかと思った。
怯えて上げた声は、すぐに雷の轟音で掻き消され。
届かない。助けでもあるその声は、誰にも届かない。
目の前の少女以外には。僕と、彼女以外には、誰にも。
―あたしが怖いの?
彼女の言葉は、嵐の中を貫くように、ハッキリと。
その姿は、蛍の光のように、闇の中に淡く映って。
僕の耳に、目に届く。幻想的な少女の声、姿形。
人間には見えない。人間じゃない。確信が僕を打つ。
でも、動けない。逃げられない。恐怖で足が動かない。
必死に手使い下がろうにも、後ろは壁。前は少女。
絶体絶命が僕を包み、それが形となって、目からこぼれ落ちる。
―ありゃりゃ。泣くなよぉ、こわがり〜。
こわがり。その通りだ。
嵐が怖くて、彼女が怖くて、どうしようもない。
命だけは取らないでと、ただ泣くことしかできない。
そんな僕へ対し、怖い彼女は、何を思ったのだろう。
僕の頬に伝う滴を、ぺろり。舌を這わせて拭い取った。
もう片方の滴も、ぺろり。頬から目尻まで、撫でるように。
その行為に、僕は、雷の音を聞いた時よりも驚き、呆然とした。
―ほら。泣いてないで、イイコトしよっ。
そう言って、彼女は僕の耳に、優しく息を吹きかけた。
ふぅっ…という音と共に、ぞくりと身を駆ける、寒気に似た何か。
彼女の吐息は、まるで生き物のように僕の身体を撫で進む。
首筋をくすぐり、背中を抜けて。お尻に触れ、足を撫でて。
そして不思議なことに、服がするりと僕の身体を離れていった。
小さなつむじ風に運ばれて。宙にふわりと浮かぶ、僕の服。
裸にされたことで、湧き上がる感情。
恐怖さえも忘れさせる、羞恥の想い。恥ずかしさ。
頭の中にまで嵐が起こり、思考を乱して荒れ回る。
僕は慌てて手で隠し、想いごと覆ってしまおうとした。
―へっへ〜♪ いかにも『はじめて』ってカンジだねー。
しかし、彼女はそれを許さない。
僕の鼻先にまで顔を近付けて、まじまじと見つめてくる。
品定めをしているようでもあり。誘惑しているようでもあり。
それは僕の想いをますます強め、顔を赤らめさせていった。
そのせいだろうか。
僕の目には、彼女が怖い存在ではなく、可愛い存在に映っていた。
強く脈打つ胸。一目惚れ。同時に湧き上がる、情欲的な想い。
膨れ上がるペニス。覆う手のひらを、邪魔とばかりにツンと突く。
裸でいるということが、僕の心をどこまでも狂わせていく…。
―それじゃ、しよっか♥
不意に、彼女の唇が近付いて。
―んっ…、ちゅっ……。
触れ…重なり合う。
初めての口付け。
僕の胸に、いくつもの想いが溢れる。そのほとんどが喜びの色。
鼓動が身を張り裂かんばかりに弾く。どきん、どきん、どきん…。
その音は、僕の耳から嵐の音を消し去ってしまうほど強く。
唇が触れ合うというだけの行為に、僕は多大な幸せを感じていた。
当然、満たされるのは心ばかりでない。
身体も。満たされて…そして、すぐに飽く。
もっと。もっとしてほしい。
―ちゅ…、ちゅぅぅ…っ。ちゅるっ…。
想いは通じ、彼女は更に深く唇を重ねてくる。
舌を差し入れ、絡ませて。知らないキス。気持ちの良いキス。
僕の短い舌をねっとりなぶり、未知の刺激を送り込む。
それはもう、重ねるというよりは、貪る。
口を動かし、角度を変え、深さを変え、激しさを変えて。
何も知らない僕の口を、淫らなものに染め上げていく。
絵具は唾液。筆は舌。色を重ね、彼女の思うがままの絵に…。
―…ぷはっ。えへへ、ど〜ぉ? きもちい?
永遠にも感じた時間が終わり、唇が離れる。
唾液の糸を引きながら、目を据わらせ、僕を見る彼女。
心を見透かすように…いや、きっと、もう、全て。
僕の想いは、彼女にとって剥き出しのもの。隠せはしない。
その証拠に。
アソコを隠す僕の手を払う彼女に、逆らうことができない。
僕がそうできないと知っているから。彼女は知っているから。
羊飼いが、羊の気持ちが分かるように。今の僕は羊と同じ。
彼女という風のそよぎに合わせて、舞わされ、踊らされ。
なのに、それを幸せと感じてしまう。どうしようもないまでに。
―うっわ〜…、スッゴイことになってるねぇ。あははっ♪
熱く、硬く膨れる僕のペニスを撫でながら、無邪気に笑う彼女。
少し冷たい指の感触。形を確認するように、擦ったり、揉んだり。
優しい触り方に反して、身を刺すような快感が僕を襲う。
そして、次第に。
彼女は探るように、ペニスの様々な部分を弄り始めた。
僕の反応を窺いながら。一挙一動さえ、彼女は見逃さない。
少しでも反応すれば、微風は暴風へと変わる。激しい愛撫。
その刺激に乱れる僕を、ひととき愉しんだ後は、また探りに戻って…。
―へぇ〜、カメちゃん撫でられるのスキなの? エッチィ〜♥
緩やかさと激しさ。寄せては返す快感の波に、溺れる僕。
不意に激しく扱いたと思えば、計ったかのように、限界の直前で緩めて。
ペニスを弄られる気持ち良さと、射精できない苦しさが僕を襲う。
無邪気は悪意のない悪行。苦しむ僕にまったく意を介さぬ彼女。
ただ自分の探究心を満たすがために、出したいと叫ぶペニスを弄ぶ。
…いつしか、その繰り返しに耐えられなくなった僕は。
荒い呼吸を飲み込みながら、扱く彼女の手を掴み、自分の限界を伝えた。
―出したいの? ん〜、でもあたし、もうちょっと遊びたいなぁ〜…。
言うならば、それは我が侭な子供。
彼女にとっては、どうしようかと悩んでいる時間も、自分の時間。
自分の考えがまとまるまでは、そのままでもいいと思っている。
だからこそ、僕のペニスを刺激する手は、今だ弱い刺激を与えてくる。
達せそうで達せない刺激を。彼女が何かを閃くまで、ずっと、ずっと…。
―そーだっ。ねぇ、もう少しガマンしてくれたらさ〜…、ホラッ♪
不意に、彼女はそう言って。
萌黄色の身衣の端を掴み、大胆にも、僕に捲って見せてきた。
瞬間。どくん、と。
血液が逆流したような錯覚。
雄としての本能だろうか。
僕の視線は、彼女のソコ一点に集中した。
意識を介さずして、反射的に。そして釘付けに。
彼女の、つるつるで、割れ目のある、愛液に濡れた、その場所へ…。
―ガマンしてくれたら、コッチにいーっぱい出していーよっ♥
コッチ。彼女の中。ナカ。膣内。子宮。
それが何を意味するのか。理解はおぼろげ。あやふや。
でも、確信を持てることがひとつ。ガマンすることの意味。
僕の中の何かが、ぷつりと途切れた、ひとつの結論。
それは、ソッチの方が気持ちが良いから。
―あっ…? きゃんっ!?
押し倒す。風に逆らう鳥のように。
彼女の華奢な腰を掴んで、ペニスを秘部へと擦り付ける。
どうやれば入るのかは分からない。何度も腰を前に出し、その場所を探す。
過程で、ペニスと秘部が互いを濡らし合い、独特の快感が背筋を駆け上がっていく。
突然の反撃に、驚きの声を上げる彼女。
そして、僕の肩を押し上げるようにして抵抗してくる。
力は弱々しい。本気で抵抗する気がないのか、それとも…。
その考えも、気泡のように、ふっと消えてしまう。
にゅるりと…突然僕のモノを包む、あたたかいナニカ。
―ふぁっ…、あっ、あぁっ…!
挿入。初めてを散らした瞬間。
僕の全身に、言い様のない…快感以上の何かが迸る。
それと共に溢れてくる、彼女に対する、愛おしい気持ち。
持てる力を振り絞り、強く彼女を抱き締める。伝わる体温。
ゆっくりと目を閉じて、彼女の温もりを胸いっぱいに味わう。
―こ、こいつぅ〜…。約束破りめぇ〜…っ♥
恨み言を吐きながらも。
彼女も、僕を抱き締め返してくれた。
強く、愛おしく。
鈍感な僕でも、彼女の想いに気付けるほどに。
―あたしがイくまでガマンできなかったら…許さないからなぁ〜っ…♥
頷き…ゆっくりと腰を動かす。
ふと。目の前に真っ白な光が瞬いた。
雷光とは違う。それよりも眩く、長く瞬く光。
刺激の火花。ショートした快楽。それが光の正体。
襞のうねりに合わせて、僕の視界でバチバチと弾ける。
行き過ぎた天国。降り掛かる刺激に、正気を保てない。
必死に自分を繋ぎ留めようと、がむしゃらに彼女の胸に吸い付く。
―ひぁっ…!? だ、だめっ…、オッパイ弱ぃ……きゃうぅっ!
一心不乱。乱暴に腰を突き入れる。
嵐の夜に響く、卑猥な水と肉の音。それもまた、ひとつの嵐のように。
喘ぐ声は風に乗り、愛液は雨と降り注ぎ、刺激は雷となって。
盛り狂った雄と雌。互いを求めて、身をくねり腰を振るう。
―激しっ…、あっ、おくっ、奥ゴリゴリしちゃぁ…っ!
亀頭が突く先。彼女の最も神聖な場所。
強くノックする。自分の子種を注ぐために、目を覚ませと。
その度に彼女の身体は跳ねて、表情は淫らに歪んでいく…。
そして、気が付けば。
目を覚ましたそこは、子種を受け入れるために、亀頭に吸い付き始めていた。
乳を飲む赤ん坊のように。触れては咥えて、限界まで離そうとはしない。
尿道を通る愛液を啜っては、精液を、今か今かと待ち構えている。
―ひぁっ、んっ、ふぁっ、ぁっ…! きもちっ、きもちいいよぉっ!
胸から口を離し、再び彼女と唇を重ねる。
今度は、僕が貪る方となって。瞳潤ませる彼女を犯す。
覚えたての、見様見真似の口淫。自身の技を受け、身を震わせる彼女。
口の端から唾液を垂らして。舐め合い、吸い合い、囁き合い…。
―んむっ…、ちゅ、ちゅっ、すきっ、ちゅぅ…、すきぃっ…♥
好き。彼女のことが、好き。
もっと。もっと愛し合いたい。愛し合おう。
もう離さない。離してなるものか。身体も、心も。
彼女をずっと感じていたい。風のような彼女。永遠に。
この嵐の夜を、永遠に…。
―やっ、はっ、あっ、イくっ、ひぅっ、イくっ、イッちゃうぅ…っ!
僕は、抜けそうになる位置まで、腰を引き戻し…。
―ふぁ…ぁっ…。
一気に、彼女の奥へと突き入れた。
―ひゃうううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!
……………
………
…
…日は昇り。
水滴を滴らせながら、地上の太陽が顔を上げる。
雲一つない青空、蝉達の合唱が響き渡って。
山や野には、青々とした草木が生い茂っていた。
嵐は過ぎ、蒸し暑い夏が訪れる。
僕を脅かす存在とは、また来年までのお別れ。
一年ぶりのカブト虫が、僕の部屋の窓を横切る。
彼もまた、土の中で嵐が過ぎるのを待っていたんだろう。
大空を飛び立つために。愛する人を探すために。
でも、僕にはもう、その必要がない。
僕の部屋には、昨夜の嵐が残ったまま。
愛する人となって現れた、今年の夏の嵐。
暴風と乱れ、雨濡れる汗、雷鳴の快感を響かせて。
いつまでも、いつまでも。
僕達はふたり、ベッドの中で交わり続ける。
止むことのない風のように。永遠に愛し合って。
いつまでも、いつまでも。
夏の薫りを、その身に感じながら。
いつまでも…。
12/08/01 00:42更新 / コジコジ