落涙雨流
雨は止まない。より強くなるばかり。
ここは何処だろう。ひどい土砂降りで、何も見えない。
歩いているここが…進む先が、道なのかどうかも。
僕は何処へ向かっているんだ。僕の身体は、何処へと。
そうだ、僕の身体は、どうなっている?
あれだけ焼ける様に痛かった身体が、今はもう何も感じない。
こんなに降り注ぐ雨粒さえ。生きているのか、死んでいるのか。
それが分からないということは…きっと、死んでいるのかもしれない。
景色が揺らぐ。倒れたのだろうか、地面が近い。
もう駄目なのか。これが死ぬっていうことなのか。
何の実感もない…からっぽになって、僕は死ぬのか。
死…。
……僕…は………。
……………
………
…
「…おはよう」
……………。
「………」
………あ、れ……。
「………」
…ここ、は…?
ぼやけた視界に…天井が見える。そして、女性の顔も。
僕の知らない人。美人な人だ。村にはこんな美人な人、いなかった。
「………」
…助かった…、僕は、死ななかった…?
この人が、僕を助けてくれた…?
渦巻く疑問の中、僕は身体を起こそうと…―
「っ! 駄目…!」
血。
血が、駆け巡った。裂かれる痛みと共に。
身体中を鋭い爪が這い、皮と肉を容易く裂き…。
そんな表現が近く、でも、足りない。全然足りない。
反射的に強張る身体に、更に刺激された傷口が、痛みを叫ぶ。
鮮明に感じる生。狂おしいほどに。自らに爪を突き立て、掻き毟りたいまでに。
「動いては駄目…」
混濁する頭の中に届く、優しい声。
荒く息を吐き、苦しみを吐き出しながら…目をそちらに見やる。
「………」
彼女は、何も言わず…じっと僕を見つめている。
綺麗なその女性は、僕より幾分か歳上だろうか。
落ち着いた雰囲気で、着物…濡れた着物を、身に纏っている。
よく見れば、髪もしっとりとした…流水…まるで雨の中にいるみたいな…。
「………」
そうだ。僕は、土砂降りの中で倒れたんだった。
彼女が濡れているのは、きっと僕を助けたせいで。
着替えをする暇も惜しんで、看病してくれたのだろうか。
…視線を自分の身体に移すと…そこには、紅く染まった包帯…。
きっとこれも、彼女が巻いてくれたんだろう。傷だらけの身体に。
「………」
…ほんの少しだけ、状況が見えてきた今。
ひとまず、ひとつだけ…するべきことが分かる。
彼女に、お礼を言うこと。
「…ふふっ」
返ってきたのは、小さな笑み。
精一杯に浮かべた笑顔が、ぎこちなかったのかもしれない。
「貴方が無事で、良かった…」
透き通る水の様な…心に注ぐ声。
何故だろう、彼女の一言々々が、とても心地良い。
「………」
そっと…彼女は僕に近付いて…黒い髪が床を流れる距離まで…。
細く白い指が、唯一、傷の無い僕の顔…頬を、優しく撫でる。
どきり、と胸が鳴った。
少しひんやりとした、柔らかい手が僕の頬に触れていることと。
彼女の綺麗な顔…近くで見て、ますますそう思う顔が…目の前にあること。
そして、着物。ふと気付けば…うっすらと透けていて、彼女の身体が…。
そんな僕を、戒めるように…身体が、キシ…と軋む。
「…貴方は…」
苦痛を喰いしばり、隠そうと装う僕に…彼女が問い掛ける。
「貴方は、どうしてこんなに怪我をしているの?」
……………。
…どうして…。どうしてだろう。
どうして、僕はこんな怪我を負わなければいけなかったんだろう。
僕だけじゃない。村の皆も。お父さんも、お母さんも、妹も。皆。
どうして、皆。誰も悪いことなんてしていないのに。皆、みんな。
どうして…殺されなければいけなかったんだろう…。
「………」
ぽつりぽつりと…にわか雨のように呟く僕。
彼女は、水溜まりのように…静かに僕の話に耳を澄ます。
僕の生まれは、ジパングの一都市、エヒメに属する辺境の村。
ミカン農業が盛んな…エヒメではありふれた、平凡な村だった。
僕は毎日、妹と一緒に、お父さんとお母さんの作るミカン畑を手伝って…。
たまにある暇な日は、夕方まで、友達と泥んこになって遊んで…。
その繰り返し。ずっと変わらないだろうと思っていた毎日。
一瞬だった。
僕が目を覚ました時には、もう、全てが変わっていて。
燃えている家。倒れている母。泣き叫ぶ妹。響き渡る怒号と、土砂降りの雨。
僕の名を呼ぶお父さんの背中から、剣が伸び。妹と逃げろと。誰かを押さえ付けながら。
必死で駆けた。妹と手を繋ぎ、焼ける村の中を。
何処かから飛んできた矢が、僕らを刺し、剣を振りかぶった誰かが、僕らを分かち。
振り返れば、そこには…肩からお腹に掛けて、真っ赤な血を噴き出す妹の姿。
叫び、飛び掛かろうとした僕を、誰かが突き飛ばした。
逃げろと叫ぶ…友達。それだけ。その一言だけで、彼も、妹と同じ…。
「………」
僕は逃げた。両親も、妹も、友達も置いて。
剣が届かぬ場所へ。矢が届かぬ場所へ。村から一歩でも遠い場所へ。
…いつしか、怒号は聞こえなくなって…雨の音だけ。
ざあざあと降り頻る雨の中を、咽を涸らしながら、走って。
当てもなく。ただ、遠くへ。血と泥で足跡を作りながら。
怖いものから、逃げるように。村に残った皆から、逃げるように。
走って、走って、走って…歩いて……そして………。
「………」
……………。
「…泣かないで…」
頬に触れていた彼女の指が、僕の目尻に添えられる。
彼女の、悲しそうな微笑みと共に…空いた手も、もう片方の目尻に。
「泣かないで…」
もう一度…そう呟く彼女。
不思議だな…、なんでだろう。
泣いているはずなのに、頬をちっとも涙が伝わない。
彼女の指が、涙を止めているのだろうか。その言葉通りに。
こんなにも目頭が熱いのに。指で止められるはずがないのに。
彼女の悲しそうな顔が、まるで、僕の代わりに泣いているみたいで…。
「………」
……………。
…不意に…結びが甘かったのか、はらりと…。
彼女の着物の帯が解け落ち…前開きになる、濡れた着物…。
驚いて、着崩れを直そうと、咄嗟に手を伸ばそうとする僕。
「動いては駄目…!」
が、強い…それでいて静かな声に抑えられる。
「お願い…。動かないで…」
そして、懇願。まるで自分の身体のことのように…辛そうな表情と、声。
…彼女が優しい人なのは、分かる。
僕の痛みを、自分自身に映したような献身さ。身体も、心も。
優し過ぎるまでの彼女。いくらお礼を言っても言い足りない。
でも、それとこれとは、別であって。いや、優しい人だからこそ、尚更であって。
そんな人の痴態を見るのは忍びないし、それに反応してしまう僕自身も嫌だ。
だから、隠したい。その、僕の目の前で揺れる…大きい、たわわな胸を。
胸と、彼女の顔と、何処とも言えない場所を、順繰りに見てしまう僕。
身体中を巡り、滲んでいた血が…あそこに集まって…充血していく…。
「私が、忘れさせてあげるから…」
その言葉の意味が分かる前に…ふと、気付く。
彼女の足が、まるで水飴のように溶けて…僕の足を覆っているのを。
人間じゃない。
逃れようと、足を動かそうとするも…まるで土で埋められたかのよう、
一見柔らかそうな彼女の身体の中で、ぴくりとも動けない。指先まで、僅かにも。
「貴方の悲しみ…苦しみ…辛さ…悔しさ…」
目尻を押さえていたものが離れて…手のひら合わせ、絡まる指。
そしてまた、その手も溶け落ち…包帯巻きの腕を包んでいく…。
不思議なことに、少し動くだけで激痛が走る傷口の上を、
彼女の身体がこれだけ這っているのに…少しも痛みが無い。
触れている感触はあるのに…。肘から先、膝から下を覆う、彼女の…。
彼女の、柔らかで、温かな身体が…。
「全部、包んで…流してあげる…」
呟く唇が、僕の唇に、そっと重なる。
異性との口付けは、初めての僕。
その感触を、何と例えたらいいだろう。熱くて、柔らかくて、ほのかに甘くて…。
彼女が妖怪であるという驚きも、簡単に吹き飛ばしてしまうほどの衝撃。
…五秒か、一分か、十分かの後…離れる唇…。
「………」
愁いと慈しみを帯びた瞳を、僕に向ける彼女。
とても、つい先程知り合った人の眼差しとは思えない。
まるで…まるでこれじゃあ、恋人同士。胸高鳴らせる僕も。
見つめ合う二人。屋根を叩く雨の音だけが、静かに響く。
交差する視線は…再び、彼女からの口付けで、乱れる…。
「んっ…。……ちゅっ…♥ ちゅぅ…♥」
今度は、先程の触れ合うだけのものとは違って。
舌を這わせた、ねっとりとした愛撫。絡み合う、唾液と、吐息。
寒天のようにぷるぷるとした舌が、丹念に僕の舌を奉仕する。
先端をつついたかと思えば、裏側を撫でながら、唾液を送り込み…
万遍無く撫で終えたところで、今度は表側、こちらも隅々まで…。
「ちろ…♥ ちゅ…♥ れろっ……ちゅぅ…♥」
その動きに合わせて、擦り寄せられる…ふっくらとした胸。
しっとりと、僕の身体に吸い付いてくるようなそれが、ぐいぐい押し付けられて…。
ぐにぐにと形を変えながら、染まる胸板の上で踊る様に揺れている。
僕の心。少しずつ、少しずつ…快感に溺れていくのが分かる…。
「…はっ…♥」
…唾液のアーチを描いて…舌が離れる。
少し息を乱して、艶のある表情。きっと僕も、彼女と同じ。
「…服、脱いで…♥」
そう言って…彼女の身体、腰から下が、また溶け始める…。
大きな水溜まりになった彼女の下半身は、僕を肩まで浸し、
少し蠢いた後…どうやったのか、一瞬にして僕の服を剥いで、
外へ吐き出し、ゆっくりと…元の形へと戻っていく…。
「ぁ…♥」
と、何かに気付いたような声と共に、それが止まる。
頬を染める彼女の、視線の先…。そこには、大きく滾った…僕の、陰茎。
「…♥」
…不意に、その滾った部分が、ぎゅうっ…と締め付けられる。
いきなりの…経験したことのないほどの快感に…呻き声をあげる僕。
金魚蜂の様に透き通った彼女の中で、僕のものが弄ばれている。
幾つもの輪が雁首を撫で上げたり、細く柔らかな棒が鈴口をくすぐったり…。
見た目には分からないが、形を変え、動きを変え…彼女の身体の中で…。
「嬉しい…♥ もっと…いっぱい感じて…♥」
襲い来る快感に乱される僕を、彼女は幸せそうな笑顔で見下ろしている。
三度、身体を溶かして…再び肩まで浸しながら、心底幸せそうに…。
「これはどう?♥ これは、感じる…?♥」
問い掛けと共に…全身に感じる、舌で舐められるような感触。
くすぐったさと気持ちよさが混じり、自分でもよく分からない声が出、震える。
そのどれもが合った動きではなく…胸ならば、乳首を刺激するように舌先で突いてきて、
おへそならば、中をほじくるような動き、お尻ならば、形に合わせて這うような…。
何十人もの舌が、血塗れの身体を刺激する。それは、傷を癒すようでもあり…。
混濁し、溶ける思考。彼女の身体と同じ。どろどろに。
「…♥ ついでに、綺麗になろう…♥ ちゅ…♥」
彼女が、僕に口付けすると同時に…芯を貫く、意識が飛びそうなほどの電流。
管。細い管の様なものが、僕の鈴口と肛門に、にゅるりと滑り込んだ。
非常に細いそれは、僅かな痛みと言い様のない快感を僕に与えながら、
尿道と腸の中を、奥へ…奥へと進み入ってくる。ゆっくり…ゆっくり…。
…どれくらい奥へ入っただろう…。
二本の管は、まるで計ったかのように、同時にその動きを止めた。
「…たくさん溜まってる…♥」
そして…今度は、覚えのある…でも、度合いが違う感覚。
吸い上げられている。お腹の中に溜まったものが、自分の意思とは無関係に。
管を通して感じる熱…。排泄というのは、確かに気持ちのいいものだけれど。
でも、それとは違う。快感の度合いが違う。無理矢理出されている、これは違う。
食事を誰かの手で食べさせてもらっているような…妙な恥ずかしさと、昂りが…。
「大丈夫…、汚くなんてない…♥ 私の、大切な御飯…♥」
僕の気持ちを察してか、そう囁く彼女。
でも、その一言で、僕の気持ちが鎮まる訳はなく…。
堕落しきった僕の心は…未知の快感に、ただ酔い痴れて…。
「…ごちそうさま…♥」
管を引き抜きながら…お礼と共に、妖美な笑顔を浮かべる彼女の魅力に…。
僕はもう………我慢の限界だった……。
「あっ…♥ …ふふっ♥ 出た…♥」
管が抜けきったところで…勢いよく射精する、膨れ上がった陰茎…。
白濁した精液は、飛び出した後…まるで水の中を漂うように…薄れ広がり…
彼女の身体と混じったかのように、いつしか消えて無くなっていく…。
…何度かの痙攣の後…鎮まってきた僕のそれ…。
自分でした時の、二倍も、三倍も…時間も、量も…出たかもしれない。
全身にのしかかる気だるさも。怪我のせいもあってか、疲労が強い。
大きな満足感に包まれながら…僕は、深い息を吐く。
「…まだ、大きい…♥」
が、その一言に、驚く。
見ると…確かにまだ、僕のそれは大きいまま。あんなに出したのに。
血管はどくどくと脈打って、亀頭もぷっくりと、限界に近い膨らみ。
自分でも信じられない光景の中…彼女が僕に擦り寄り、そっと囁く。
「…私が…初めて…?♥」
身体が、びくりと跳ねる。懐かしく甦る、傷の痛み。
「ごめんなさい、違うと思って…。だから…今度は、ちゃんと…♥」
彼女の身体が、元に戻っていき…滾ったものが解放され…
最初の状態…腕と、足だけが浸された状態になって…僕に跨った。
その体勢で、彼女がしたいことが…やっと分かった。
人間と同じ姿のまま…僕を迎え入れること。女性の形で、男性の形を。
「…♥」
濡れた髪越しに、彼女は微笑む。
「…んんっ…♥」
そのまま…ゆっくりと…蜜壺の中に、僕のものが呑み込まれていく…。
先程とは、また段違いな…強くうねり…絡み付いてくる膣内。
押し返しているようでもあり、受け入れているようでもあり…。
きつく締め上げているようでもあり、優しく包んでいるようでもあり…。
これが……女性のナカ……。
「ふっ…ぁ……っ♥ 大きい…っ♥」
しばし、互いに呼吸を乱しながら……ゆっくりと動き始める、彼女の腰…。
引き抜かれると、雁首を幾重もの襞が撫で上げて、愛液を吐き流し…。
押し入っていくと、裏筋を何層もの襞が這い滑って、愛液を絡め濡らし…。
往復するたびに繰り返される快感は、脳が蕩け落ちそうなほど。
このまま自分の全てが溶けて…彼女と混じってしまいそうな錯覚。
「んっ…♥ はっ…♥ はぁっ…♥ あんっ…♥」
彼女も感じているのか、僕の上で淫らな姿を見せている。
はだけた着物は、もう何も隠すこともなく、ただ動きに合わせて揺れ、
大きな胸はたぷたぷと弾み、結合した部分から響く音は、ふたつの…
肌がぶつかり合う音と、愛液が掻き混ざる音。雨降る音と混じって。
「んくっ…♥ どう…?♥ もう……んんっ♥ …もう…っ♥」
覆い被さる彼女。瞳を潤わせながら。揺れる度に、唇が触れて。
抱き締めたい。彼女を強く抱き締めたい。
でも、腕は未だに拘束されていて、ほんの少しも動かない。
もどかしい気分に苛まれながら、僕は彼女に応える。
「気持ちいいっ…?♥ よかった…♥ はっ…♥ なら、もうっ…♥」
僕の頬に落ちる、一粒の雨。
彼女の、涙。
「もう…悲しくない…?♥ もう……泣かない…っ…?♥」
……………。
あぁ、僕は。
この人を、ずっと愛したい…。
「ふぁぁっ…♥ よかっ…♥ はぁっ…♥ よかったっ…♥」
激しさを増す行為。髪を振り乱しながら、僕を包み、貪る彼女。
僕も同じように、痛みさえ忘れるほどの快感を求め、腰を振る。
優しい彼女。せめて、せめてこの瞬間くらいは。
彼女に気持ちよくなってほしい。彼女に喜んでほしい。
それが今の僕に出来る、精一杯の恩返し。何も無い、今の僕に出来る。
「ひぅっ…♥ やぁっ…♥ お、く…っ♥ 突いてる…っ♥」
でも、これから、ずっと、ずっと。
貴女に恩返しをさせてほしい。僕を救ってくれた、貴女に。
返せないほどの恩返しを、一生を掛けて、返させてほしい。
だから、お願い。もうひとつだけ。もうひとつだけ、僕に優しさを。
貴女と一緒に居たいという…僕の我侭を、聞いてほしい。
「やぁぁ…っ♥ イくっ…♥ イッちゃうっ…♥ だめぇ…っ♥」
貴女に辛いことがあった時、今度は僕がそれを流す。
今日の日の雨のように。強く、いくつもの愛を降り注いで。
水溜まりのように、静かな愛を残して。雨上がりの露のように輝いて。
貴女の心に、渇くことのない潤いを。
「あっ…♥ ぬ…抜けちゃうっ……♥」
万感の思いを込めて………僕は、腰を突き上げ。
「ふあああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥」
彼女のナカへと、注ぎ込んだ…。
……………
………
…
「おかえりなさい、あなた。新しいお仕事はどうだった?」
帰宅を迎えてくれた彼女に、僕は満面の笑みを返す。
いつになく上機嫌なその態度に、返ってくるのは不思議そうな顔。
「どうしたの? とっても嬉しそう」
僕は、恭しく背中に隠したものを、彼女の前に広げ見せる。
最初こそ、キョトンとした表情が…みるみる、紫陽花のように満開に。
「この服…。気付いてたんだ、私が欲しがっていたの…」
それはもう、初任給は何を買おうか悩みに悩んで、
目が充血するほど彼女を見ていたのだから、分かる。
それに気付いた時は、思わず拳をグッと握ったくらいだ。
「ありがとう、あなた…♥ 明日は、これを着ていこう…♥」
明日。僕が彼女と出会った日。そして、生まれた村へ初めて帰る日。
村が今どうなっているか…風の噂も届かない。
だから、僕は明日、彼女と二人でそれを見に行く。
もし、誰かが生き残っていて、村が復興していたら嬉しいし…。
そうじゃなかったとしても…その時はもう、僕は泣かない。
皆のお墓を作って、年に一度、会いに行けばいい。花を携えて、笑顔で。
僕はもう、泣かない。二度と、愛する人を泣かせないためにも。
「そういえば、明日は雨だって、お隣さんが…。大丈夫?」
心配する彼女を抱き寄せ、頭を撫でる。
突然のことで、驚きの声を上げるも…受け入れてくれる、彼女。
「あなた…♥」
もし、明日降る雨が、皆の涙だというのなら。
僕がそれを拭う。だから、君は僕の傍にいてほしい。
君がいない悲しみで、僕が泣いてしまわないように。
「…愛してる…♥」
雨は止む。虹を残して。
……………
………
…
ここは何処だろう。ひどい土砂降りで、何も見えない。
歩いているここが…進む先が、道なのかどうかも。
僕は何処へ向かっているんだ。僕の身体は、何処へと。
そうだ、僕の身体は、どうなっている?
あれだけ焼ける様に痛かった身体が、今はもう何も感じない。
こんなに降り注ぐ雨粒さえ。生きているのか、死んでいるのか。
それが分からないということは…きっと、死んでいるのかもしれない。
景色が揺らぐ。倒れたのだろうか、地面が近い。
もう駄目なのか。これが死ぬっていうことなのか。
何の実感もない…からっぽになって、僕は死ぬのか。
死…。
……僕…は………。
……………
………
…
「…おはよう」
……………。
「………」
………あ、れ……。
「………」
…ここ、は…?
ぼやけた視界に…天井が見える。そして、女性の顔も。
僕の知らない人。美人な人だ。村にはこんな美人な人、いなかった。
「………」
…助かった…、僕は、死ななかった…?
この人が、僕を助けてくれた…?
渦巻く疑問の中、僕は身体を起こそうと…―
「っ! 駄目…!」
血。
血が、駆け巡った。裂かれる痛みと共に。
身体中を鋭い爪が這い、皮と肉を容易く裂き…。
そんな表現が近く、でも、足りない。全然足りない。
反射的に強張る身体に、更に刺激された傷口が、痛みを叫ぶ。
鮮明に感じる生。狂おしいほどに。自らに爪を突き立て、掻き毟りたいまでに。
「動いては駄目…」
混濁する頭の中に届く、優しい声。
荒く息を吐き、苦しみを吐き出しながら…目をそちらに見やる。
「………」
彼女は、何も言わず…じっと僕を見つめている。
綺麗なその女性は、僕より幾分か歳上だろうか。
落ち着いた雰囲気で、着物…濡れた着物を、身に纏っている。
よく見れば、髪もしっとりとした…流水…まるで雨の中にいるみたいな…。
「………」
そうだ。僕は、土砂降りの中で倒れたんだった。
彼女が濡れているのは、きっと僕を助けたせいで。
着替えをする暇も惜しんで、看病してくれたのだろうか。
…視線を自分の身体に移すと…そこには、紅く染まった包帯…。
きっとこれも、彼女が巻いてくれたんだろう。傷だらけの身体に。
「………」
…ほんの少しだけ、状況が見えてきた今。
ひとまず、ひとつだけ…するべきことが分かる。
彼女に、お礼を言うこと。
「…ふふっ」
返ってきたのは、小さな笑み。
精一杯に浮かべた笑顔が、ぎこちなかったのかもしれない。
「貴方が無事で、良かった…」
透き通る水の様な…心に注ぐ声。
何故だろう、彼女の一言々々が、とても心地良い。
「………」
そっと…彼女は僕に近付いて…黒い髪が床を流れる距離まで…。
細く白い指が、唯一、傷の無い僕の顔…頬を、優しく撫でる。
どきり、と胸が鳴った。
少しひんやりとした、柔らかい手が僕の頬に触れていることと。
彼女の綺麗な顔…近くで見て、ますますそう思う顔が…目の前にあること。
そして、着物。ふと気付けば…うっすらと透けていて、彼女の身体が…。
そんな僕を、戒めるように…身体が、キシ…と軋む。
「…貴方は…」
苦痛を喰いしばり、隠そうと装う僕に…彼女が問い掛ける。
「貴方は、どうしてこんなに怪我をしているの?」
……………。
…どうして…。どうしてだろう。
どうして、僕はこんな怪我を負わなければいけなかったんだろう。
僕だけじゃない。村の皆も。お父さんも、お母さんも、妹も。皆。
どうして、皆。誰も悪いことなんてしていないのに。皆、みんな。
どうして…殺されなければいけなかったんだろう…。
「………」
ぽつりぽつりと…にわか雨のように呟く僕。
彼女は、水溜まりのように…静かに僕の話に耳を澄ます。
僕の生まれは、ジパングの一都市、エヒメに属する辺境の村。
ミカン農業が盛んな…エヒメではありふれた、平凡な村だった。
僕は毎日、妹と一緒に、お父さんとお母さんの作るミカン畑を手伝って…。
たまにある暇な日は、夕方まで、友達と泥んこになって遊んで…。
その繰り返し。ずっと変わらないだろうと思っていた毎日。
一瞬だった。
僕が目を覚ました時には、もう、全てが変わっていて。
燃えている家。倒れている母。泣き叫ぶ妹。響き渡る怒号と、土砂降りの雨。
僕の名を呼ぶお父さんの背中から、剣が伸び。妹と逃げろと。誰かを押さえ付けながら。
必死で駆けた。妹と手を繋ぎ、焼ける村の中を。
何処かから飛んできた矢が、僕らを刺し、剣を振りかぶった誰かが、僕らを分かち。
振り返れば、そこには…肩からお腹に掛けて、真っ赤な血を噴き出す妹の姿。
叫び、飛び掛かろうとした僕を、誰かが突き飛ばした。
逃げろと叫ぶ…友達。それだけ。その一言だけで、彼も、妹と同じ…。
「………」
僕は逃げた。両親も、妹も、友達も置いて。
剣が届かぬ場所へ。矢が届かぬ場所へ。村から一歩でも遠い場所へ。
…いつしか、怒号は聞こえなくなって…雨の音だけ。
ざあざあと降り頻る雨の中を、咽を涸らしながら、走って。
当てもなく。ただ、遠くへ。血と泥で足跡を作りながら。
怖いものから、逃げるように。村に残った皆から、逃げるように。
走って、走って、走って…歩いて……そして………。
「………」
……………。
「…泣かないで…」
頬に触れていた彼女の指が、僕の目尻に添えられる。
彼女の、悲しそうな微笑みと共に…空いた手も、もう片方の目尻に。
「泣かないで…」
もう一度…そう呟く彼女。
不思議だな…、なんでだろう。
泣いているはずなのに、頬をちっとも涙が伝わない。
彼女の指が、涙を止めているのだろうか。その言葉通りに。
こんなにも目頭が熱いのに。指で止められるはずがないのに。
彼女の悲しそうな顔が、まるで、僕の代わりに泣いているみたいで…。
「………」
……………。
…不意に…結びが甘かったのか、はらりと…。
彼女の着物の帯が解け落ち…前開きになる、濡れた着物…。
驚いて、着崩れを直そうと、咄嗟に手を伸ばそうとする僕。
「動いては駄目…!」
が、強い…それでいて静かな声に抑えられる。
「お願い…。動かないで…」
そして、懇願。まるで自分の身体のことのように…辛そうな表情と、声。
…彼女が優しい人なのは、分かる。
僕の痛みを、自分自身に映したような献身さ。身体も、心も。
優し過ぎるまでの彼女。いくらお礼を言っても言い足りない。
でも、それとこれとは、別であって。いや、優しい人だからこそ、尚更であって。
そんな人の痴態を見るのは忍びないし、それに反応してしまう僕自身も嫌だ。
だから、隠したい。その、僕の目の前で揺れる…大きい、たわわな胸を。
胸と、彼女の顔と、何処とも言えない場所を、順繰りに見てしまう僕。
身体中を巡り、滲んでいた血が…あそこに集まって…充血していく…。
「私が、忘れさせてあげるから…」
その言葉の意味が分かる前に…ふと、気付く。
彼女の足が、まるで水飴のように溶けて…僕の足を覆っているのを。
人間じゃない。
逃れようと、足を動かそうとするも…まるで土で埋められたかのよう、
一見柔らかそうな彼女の身体の中で、ぴくりとも動けない。指先まで、僅かにも。
「貴方の悲しみ…苦しみ…辛さ…悔しさ…」
目尻を押さえていたものが離れて…手のひら合わせ、絡まる指。
そしてまた、その手も溶け落ち…包帯巻きの腕を包んでいく…。
不思議なことに、少し動くだけで激痛が走る傷口の上を、
彼女の身体がこれだけ這っているのに…少しも痛みが無い。
触れている感触はあるのに…。肘から先、膝から下を覆う、彼女の…。
彼女の、柔らかで、温かな身体が…。
「全部、包んで…流してあげる…」
呟く唇が、僕の唇に、そっと重なる。
異性との口付けは、初めての僕。
その感触を、何と例えたらいいだろう。熱くて、柔らかくて、ほのかに甘くて…。
彼女が妖怪であるという驚きも、簡単に吹き飛ばしてしまうほどの衝撃。
…五秒か、一分か、十分かの後…離れる唇…。
「………」
愁いと慈しみを帯びた瞳を、僕に向ける彼女。
とても、つい先程知り合った人の眼差しとは思えない。
まるで…まるでこれじゃあ、恋人同士。胸高鳴らせる僕も。
見つめ合う二人。屋根を叩く雨の音だけが、静かに響く。
交差する視線は…再び、彼女からの口付けで、乱れる…。
「んっ…。……ちゅっ…♥ ちゅぅ…♥」
今度は、先程の触れ合うだけのものとは違って。
舌を這わせた、ねっとりとした愛撫。絡み合う、唾液と、吐息。
寒天のようにぷるぷるとした舌が、丹念に僕の舌を奉仕する。
先端をつついたかと思えば、裏側を撫でながら、唾液を送り込み…
万遍無く撫で終えたところで、今度は表側、こちらも隅々まで…。
「ちろ…♥ ちゅ…♥ れろっ……ちゅぅ…♥」
その動きに合わせて、擦り寄せられる…ふっくらとした胸。
しっとりと、僕の身体に吸い付いてくるようなそれが、ぐいぐい押し付けられて…。
ぐにぐにと形を変えながら、染まる胸板の上で踊る様に揺れている。
僕の心。少しずつ、少しずつ…快感に溺れていくのが分かる…。
「…はっ…♥」
…唾液のアーチを描いて…舌が離れる。
少し息を乱して、艶のある表情。きっと僕も、彼女と同じ。
「…服、脱いで…♥」
そう言って…彼女の身体、腰から下が、また溶け始める…。
大きな水溜まりになった彼女の下半身は、僕を肩まで浸し、
少し蠢いた後…どうやったのか、一瞬にして僕の服を剥いで、
外へ吐き出し、ゆっくりと…元の形へと戻っていく…。
「ぁ…♥」
と、何かに気付いたような声と共に、それが止まる。
頬を染める彼女の、視線の先…。そこには、大きく滾った…僕の、陰茎。
「…♥」
…不意に、その滾った部分が、ぎゅうっ…と締め付けられる。
いきなりの…経験したことのないほどの快感に…呻き声をあげる僕。
金魚蜂の様に透き通った彼女の中で、僕のものが弄ばれている。
幾つもの輪が雁首を撫で上げたり、細く柔らかな棒が鈴口をくすぐったり…。
見た目には分からないが、形を変え、動きを変え…彼女の身体の中で…。
「嬉しい…♥ もっと…いっぱい感じて…♥」
襲い来る快感に乱される僕を、彼女は幸せそうな笑顔で見下ろしている。
三度、身体を溶かして…再び肩まで浸しながら、心底幸せそうに…。
「これはどう?♥ これは、感じる…?♥」
問い掛けと共に…全身に感じる、舌で舐められるような感触。
くすぐったさと気持ちよさが混じり、自分でもよく分からない声が出、震える。
そのどれもが合った動きではなく…胸ならば、乳首を刺激するように舌先で突いてきて、
おへそならば、中をほじくるような動き、お尻ならば、形に合わせて這うような…。
何十人もの舌が、血塗れの身体を刺激する。それは、傷を癒すようでもあり…。
混濁し、溶ける思考。彼女の身体と同じ。どろどろに。
「…♥ ついでに、綺麗になろう…♥ ちゅ…♥」
彼女が、僕に口付けすると同時に…芯を貫く、意識が飛びそうなほどの電流。
管。細い管の様なものが、僕の鈴口と肛門に、にゅるりと滑り込んだ。
非常に細いそれは、僅かな痛みと言い様のない快感を僕に与えながら、
尿道と腸の中を、奥へ…奥へと進み入ってくる。ゆっくり…ゆっくり…。
…どれくらい奥へ入っただろう…。
二本の管は、まるで計ったかのように、同時にその動きを止めた。
「…たくさん溜まってる…♥」
そして…今度は、覚えのある…でも、度合いが違う感覚。
吸い上げられている。お腹の中に溜まったものが、自分の意思とは無関係に。
管を通して感じる熱…。排泄というのは、確かに気持ちのいいものだけれど。
でも、それとは違う。快感の度合いが違う。無理矢理出されている、これは違う。
食事を誰かの手で食べさせてもらっているような…妙な恥ずかしさと、昂りが…。
「大丈夫…、汚くなんてない…♥ 私の、大切な御飯…♥」
僕の気持ちを察してか、そう囁く彼女。
でも、その一言で、僕の気持ちが鎮まる訳はなく…。
堕落しきった僕の心は…未知の快感に、ただ酔い痴れて…。
「…ごちそうさま…♥」
管を引き抜きながら…お礼と共に、妖美な笑顔を浮かべる彼女の魅力に…。
僕はもう………我慢の限界だった……。
「あっ…♥ …ふふっ♥ 出た…♥」
管が抜けきったところで…勢いよく射精する、膨れ上がった陰茎…。
白濁した精液は、飛び出した後…まるで水の中を漂うように…薄れ広がり…
彼女の身体と混じったかのように、いつしか消えて無くなっていく…。
…何度かの痙攣の後…鎮まってきた僕のそれ…。
自分でした時の、二倍も、三倍も…時間も、量も…出たかもしれない。
全身にのしかかる気だるさも。怪我のせいもあってか、疲労が強い。
大きな満足感に包まれながら…僕は、深い息を吐く。
「…まだ、大きい…♥」
が、その一言に、驚く。
見ると…確かにまだ、僕のそれは大きいまま。あんなに出したのに。
血管はどくどくと脈打って、亀頭もぷっくりと、限界に近い膨らみ。
自分でも信じられない光景の中…彼女が僕に擦り寄り、そっと囁く。
「…私が…初めて…?♥」
身体が、びくりと跳ねる。懐かしく甦る、傷の痛み。
「ごめんなさい、違うと思って…。だから…今度は、ちゃんと…♥」
彼女の身体が、元に戻っていき…滾ったものが解放され…
最初の状態…腕と、足だけが浸された状態になって…僕に跨った。
その体勢で、彼女がしたいことが…やっと分かった。
人間と同じ姿のまま…僕を迎え入れること。女性の形で、男性の形を。
「…♥」
濡れた髪越しに、彼女は微笑む。
「…んんっ…♥」
そのまま…ゆっくりと…蜜壺の中に、僕のものが呑み込まれていく…。
先程とは、また段違いな…強くうねり…絡み付いてくる膣内。
押し返しているようでもあり、受け入れているようでもあり…。
きつく締め上げているようでもあり、優しく包んでいるようでもあり…。
これが……女性のナカ……。
「ふっ…ぁ……っ♥ 大きい…っ♥」
しばし、互いに呼吸を乱しながら……ゆっくりと動き始める、彼女の腰…。
引き抜かれると、雁首を幾重もの襞が撫で上げて、愛液を吐き流し…。
押し入っていくと、裏筋を何層もの襞が這い滑って、愛液を絡め濡らし…。
往復するたびに繰り返される快感は、脳が蕩け落ちそうなほど。
このまま自分の全てが溶けて…彼女と混じってしまいそうな錯覚。
「んっ…♥ はっ…♥ はぁっ…♥ あんっ…♥」
彼女も感じているのか、僕の上で淫らな姿を見せている。
はだけた着物は、もう何も隠すこともなく、ただ動きに合わせて揺れ、
大きな胸はたぷたぷと弾み、結合した部分から響く音は、ふたつの…
肌がぶつかり合う音と、愛液が掻き混ざる音。雨降る音と混じって。
「んくっ…♥ どう…?♥ もう……んんっ♥ …もう…っ♥」
覆い被さる彼女。瞳を潤わせながら。揺れる度に、唇が触れて。
抱き締めたい。彼女を強く抱き締めたい。
でも、腕は未だに拘束されていて、ほんの少しも動かない。
もどかしい気分に苛まれながら、僕は彼女に応える。
「気持ちいいっ…?♥ よかった…♥ はっ…♥ なら、もうっ…♥」
僕の頬に落ちる、一粒の雨。
彼女の、涙。
「もう…悲しくない…?♥ もう……泣かない…っ…?♥」
……………。
あぁ、僕は。
この人を、ずっと愛したい…。
「ふぁぁっ…♥ よかっ…♥ はぁっ…♥ よかったっ…♥」
激しさを増す行為。髪を振り乱しながら、僕を包み、貪る彼女。
僕も同じように、痛みさえ忘れるほどの快感を求め、腰を振る。
優しい彼女。せめて、せめてこの瞬間くらいは。
彼女に気持ちよくなってほしい。彼女に喜んでほしい。
それが今の僕に出来る、精一杯の恩返し。何も無い、今の僕に出来る。
「ひぅっ…♥ やぁっ…♥ お、く…っ♥ 突いてる…っ♥」
でも、これから、ずっと、ずっと。
貴女に恩返しをさせてほしい。僕を救ってくれた、貴女に。
返せないほどの恩返しを、一生を掛けて、返させてほしい。
だから、お願い。もうひとつだけ。もうひとつだけ、僕に優しさを。
貴女と一緒に居たいという…僕の我侭を、聞いてほしい。
「やぁぁ…っ♥ イくっ…♥ イッちゃうっ…♥ だめぇ…っ♥」
貴女に辛いことがあった時、今度は僕がそれを流す。
今日の日の雨のように。強く、いくつもの愛を降り注いで。
水溜まりのように、静かな愛を残して。雨上がりの露のように輝いて。
貴女の心に、渇くことのない潤いを。
「あっ…♥ ぬ…抜けちゃうっ……♥」
万感の思いを込めて………僕は、腰を突き上げ。
「ふあああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥」
彼女のナカへと、注ぎ込んだ…。
……………
………
…
「おかえりなさい、あなた。新しいお仕事はどうだった?」
帰宅を迎えてくれた彼女に、僕は満面の笑みを返す。
いつになく上機嫌なその態度に、返ってくるのは不思議そうな顔。
「どうしたの? とっても嬉しそう」
僕は、恭しく背中に隠したものを、彼女の前に広げ見せる。
最初こそ、キョトンとした表情が…みるみる、紫陽花のように満開に。
「この服…。気付いてたんだ、私が欲しがっていたの…」
それはもう、初任給は何を買おうか悩みに悩んで、
目が充血するほど彼女を見ていたのだから、分かる。
それに気付いた時は、思わず拳をグッと握ったくらいだ。
「ありがとう、あなた…♥ 明日は、これを着ていこう…♥」
明日。僕が彼女と出会った日。そして、生まれた村へ初めて帰る日。
村が今どうなっているか…風の噂も届かない。
だから、僕は明日、彼女と二人でそれを見に行く。
もし、誰かが生き残っていて、村が復興していたら嬉しいし…。
そうじゃなかったとしても…その時はもう、僕は泣かない。
皆のお墓を作って、年に一度、会いに行けばいい。花を携えて、笑顔で。
僕はもう、泣かない。二度と、愛する人を泣かせないためにも。
「そういえば、明日は雨だって、お隣さんが…。大丈夫?」
心配する彼女を抱き寄せ、頭を撫でる。
突然のことで、驚きの声を上げるも…受け入れてくれる、彼女。
「あなた…♥」
もし、明日降る雨が、皆の涙だというのなら。
僕がそれを拭う。だから、君は僕の傍にいてほしい。
君がいない悲しみで、僕が泣いてしまわないように。
「…愛してる…♥」
雨は止む。虹を残して。
……………
………
…
12/05/21 18:55更新 / コジコジ