読切小説
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誓従永傍
傍にいることで、よく見えるものもあるけれど。
側にいることで、見落としてしまうものもあって。

「主様、お茶が入りました」

空を覆うはイワシ雲。鳥も寄り添う、木枯らしの季節。
僕、ソラ・トォンは、今日という日も書類の山の中で過ごしていた。
橋の建設、水道の整備、荒地の開拓、商会との提携、王様への謁見…。
どれもこれも、僕の手に余るものばかりだ。正直言って、ちんぷんかんぷん。

しかし、領主として、僕はこの一枚一枚に真摯に向き合う必要があった。
トォン家は、ここら一帯の土地…いくつかの町を含め、その所有権を有する大地主。
その中で、誰かが何かをするとなった場合、僕が知らんぷりをしているワケにはいかないのだ。

「先日、上等な茶葉を頂きまして。お口に合うとよいのですが」

鼻先をくすぐる、ハーブティーの香り。甘いお菓子の匂いも。
その誘惑に釣られ、僕は一旦、書類から目を離し、
匂いの元…部屋の入り口に立つ彼女へと視線を向けた。

その女性は、カップとポット、それとお菓子を乗せたトレイを手に。
僕の視線に気付くと、にこりと微笑みを返しながら、部屋の中へと足を踏み入れた。
石作りの床の上を、静々と、音も立てずに歩く彼女。一歩々々が、気品で満ちている。
ふわりと浮き上がる、腰まで伸びた髪は、艶々しく、手入れが行き届いていることが窺える。

先に言っておくが、彼女はメイドではない。勿論、どこぞのお嬢様でもない。
だが、その立ち振る舞いは、まるで一国の姫のように礼節正しく、それでいて厭味を感じさせない。
驕りなく、かつ、控え過ぎず。自身の立ち位置を理解し、その中で最大限の礼儀を尽くす。
見た目麗しく、女性としての魅力に溢れていて。更に気立ても良く、人間性も申し分ない。
それが彼女だ。何時如何なる時も。まるで、世の男性の夢を形にしたかのような存在。

彼女の名は、クー・レトリバーシ。
『魔物』と呼ばれる存在にして、僕のお側付きだ。

「お菓子は、主様の好きなドーナツですよ」

そう言って、彼女は変わらぬ笑顔を浮かべながら。
書類ひしめく机の上に、本日のティーセットを並べていった。
お茶の時間は、書類漬けの日々に於いて、ささやかな楽しみのひとつ。
椅子から身を乗り出し、僕は先ず、目でそれらを味わい…そして、カップを手に取った。

…あぁ、良い香り。疲れが抜けていくよう。
安らぎを感じながら、一口。瞬間、口の中に、ぱぁっと花畑が広がる。
美味しい。丁度良い温かさ。控えめな甘さと、僅かな苦味のハーモニー。
ドーナツは。二つある輪のうち、チョコレートが塗られた方を手に取り、ぱくり。
やっぱり、美味しい。今にも頬が溶けてしまいそうな、濃厚な甘味。気分は天国。

本当、美味しい。何度も言葉に出しながら、次々に口へと運ぶ。
その様を、満面の笑みで見つめている彼女。気付き、照れ臭さを笑って誤魔化す。
だって、仕様がない。彼女が作ってくれるものは、どれも絶品なのだから。
料理だけじゃない。掃除も、隅々まで行き渡っており、塵ひとつ見つからない。
編み物も得意だし、歌声だって綺麗だ。剣術まで嗜んでいて、おまけに学もある。
まさに完璧。世界中を探しても、彼女以上に出来の良い人物は、そうそういないだろう。

先程、彼女のことを、お側付き…と言ったが。
実を言えば、この家は、領主である僕ではなく、彼女によって成り立っている。
先に述べたように、僕は、この書類に書かれていること…その半分も理解できない。
なので、彼女が代わりに目を通し、改めて僕に確認を取った後、決を下しているのだ。

つまり、お側付きというのは、とりあえずの肩書きに過ぎず。
彼女は…クーは僕にとって、なくてはならないパートナーなのだ。

「うふふっ。お気に召して頂けて、嬉しいです」

目を細め、嬉しそうに笑う彼女。
クーは笑顔上手だ。いつもニコニコしている。

しかし、その顔は、人間のそれとは大分異なる。
見ての通り、彼女は魔物だ。クー・シーと呼ばれる、獣人の魔物。
教団曰く、人間の宿敵であり、一日も早く滅さなければならない存在。

だが、ここはそのような主張を許さぬ、親魔物領。
こうして、彼女が僕の側にいることは、何ら不思議なことじゃない。
それどころか、彼女とは、僕が生まれた頃からの付き合いだ。かれこれ十四年。
幼い僕を残し、愛の世界一周旅行とやらに出た両親よりも、余程長い縁がある。
クーは、僕の幼馴染にして、時には姉代わりとなり、そして頼りになる秘書でもある。
彼女がいなくなってしまえば、僕はたちまち、何もできない一人の子供になってしまうだろう。

「お茶のおかわり、いかがですか?」

そんなことを考えながら、彼女の問い掛けに頷きを返す。
空になったカップに、再び注がれる、夕焼け色のハーブティー。
部屋中を包む、豊かな香りに酔い痴れながら、今一度口へと運ぶ。

幸せだ。書類の整理は大変だけれど、幸せ。
椅子の背もたれに身を預け、天井を仰ぎ見ながら、噛み締める。

「ところで、主様。例の件についてですが…」

が、甘美な時間ほど、長くは続かないもので。
彼女のその一言で、抜けていった疲れが、一気に舞い戻ってくる。
憂鬱だ。しかし、なるべく表情には出さぬよう、彼女へと返事を返す。

そして、ひとつ、深く溜め息を吐いた後。
傍らに重ねられた書類…その一山から、僕は乱雑に一枚を手に取った。

そこに描かれていたのは、一人のヴァンパイアの女性。
その下には、彼女のプロフィールがびっしりと。三枚にも及んで書いてある。
彼女は、トォン家と縁浅からぬ、良家のお嬢様。ブリュンスタッド家の一人娘。
この人とは、実際に何度か顔を合わせたことがある。豪華なディナーも共にした。
ちょっと高慢なところもあるけれど、良い人だ。気遣い上手で、とても優しかった。
溜め息が出るくらい美人だし、スタイルも抜群。僕なんかには勿体無いくらい。

そう。これは縁談書。つまりは、お見合いの申し込みだ。
ここにある、数百枚はあるかという紙の束。これ全部、縁談書。
言っておくが、僕がモテモテなワケではなく。単に、未婚の男性が少ないのだ。
特に、この辺りは親魔物領となってからの歴史が深く、男という男は皆既婚者。
知っての通り、魔物を妻として迎えた家庭には、男子は産まれない。
僕の場合は、両親の代までは人間だったが、僕を産んだ後、とうとう母親が魔物化してしまった。
で、そうなった両親がいの一番に思い付いたのが、例のハネムーンで…まぁ、それは置いておこう。

つまり、他に選択肢がないから、僕の下にこれだけの縁談書が届いているのだ。
もしかすれば、何かがどうにかなって、この中には一人くらい、
僕とのお付き合いを真剣に考えてくれている人もいるかもしれないが。
何と言うか…僕の方が、いまいちそのような気分になれないのだ。
彼女達に魅力を感じないわけじゃない。会う度に、いつもドキドキしている。
だけど、それ以上の感情にはならなかった。恋をしたいという気分になれなくて…。

「明日は、もう主様のお誕生日です。それまでに決めて頂きませんと…」

だが、彼女の言うように。
僕は、十五歳の誕生日…明日までに、この中から一人を決めねばならなかった。

それはひとえに、義理の問題だ。
この土地では、男子は十五の歳を迎えると共に、異性を婚約者として迎える習わしがある。
それに先立ち、女性は男性へアピールを行い、婚約者として認めてもらえるよう努める。
勿論、互いの好み等の問題もあるため、この習わしに強制力はない。あくまで風習だ。

とはいえ、彼女達は、ただ習わしに従って機械的に行動しているのではない。
各々、労力を割いて…こうして縁談書を作り、会うための時間も設けてくれる。
そのような気遣いを、延々といつまでも続けさせるのは、彼女達に失礼というものだろう。
だから、十五歳。それまでに意中の相手を見つけ、告白し、お付き合いをする。
そうすることで、彼女達に報いるのが男の務め。当然と言えば当然だ。
いつまでもハーレム気分でいては、彼女達にとって無礼だし、自分としても心苦しい。
そのためにも、明日までに、僕は答えを出す必要があった。この中から、誰か一人を。

「こちらの御令嬢はいかがでしょう? ゴブリン属の名家、ホブ家の才女様で…」

そう言いながら、書類の一枚を差し出すクー。
…うん。可愛い。おっぱいも大きい。見ているだけで、ちょっとイケない気分になりそう。
実際に会ったら、やっぱり、この子にもドキドキしてしまうのだろう。素敵な女性。

でも。だけど、何か…、何かが違う気がする。
漠然とした、手掛かりすら見えない謎。何が、僕をこうまでも悩ませるのか。

「…また今夜、一緒に考えましょう。大丈夫です、主様に相応しい御方が、きっと見つかります」

そんな僕を励ましながら、彼女は、いつもの笑顔を見せてくれる。
気を遣わせてしまった。クーのためにも、早く自分の気持ちに整理をつけないと。

抜き取った縁談書を、再び山へと戻した後。
クーはティーセットを下げ、一礼し、部屋から去っていった。
後に残るは、ハーブティーの残り香と、天井を見つめる僕、そして書類の山。
憂鬱だ。でも、せめて仕事はしなくては。でないと、余計に彼女へ負担を与えてしまう。

自身を無理矢理奮い立たせ、頂の一つに手を伸ばす。
早いところ、今日の分を終わらせてしまおう。そして、じっくり考えよう。
泣いても笑っても、明日までなのだ。考えて、考え尽くして、決を出す。
それが僕にできること。彼女には決めてもらえないこと。頑張ろう。頑張れ、僕。

あぁ。でも。それでもなお、思ってしまう。
明日が、永遠に来なければいいのに。

今日という日が、永遠に続けばいいのに、と…。


……………

………




日は落ちて、夜。
夕食を終え、時刻は亥の刻を回った頃。

寝室にて。僕はというと…やっぱり、決められずにいた。
いや、それでも頑張ったのだ。あの山の中から、四人にまで絞った。
近隣の小国『マッシグラン』を統べる王家の一人娘、ケット・シーのお姫様。
領内の森に居を構える、ちょっぴりクールなワーウルフの猟師さん。
ワイルドな性格とマッシヴな筋肉が頼もしい、ヘルハウンドの冒険者さん。
隣町の小さな酒場で飼われている、みんなのアイドルなコボルドちゃん。

誰にする。この中から誰を選べば、僕は納得できるだろうか。
何度も繰り返すが。あの縁談書の中で、一人として他と見劣りする子なんていない。
この子達が残ったのは、何となく、僕と性格が合いそうだと思っただけだ。
そう、何となく。それ以上の理由がない。見つけられない。必死に考えたのだが。

…もしかすれば、お付き合いを始めれば、自然と悩みも消えるのかもしれない。
ドキドキはするのだし、素敵な人とも感じるのだから、少なくとも、嫌いではないはずだ。
なら、時間が解決してくれるかもしれない。一緒に暮らして、深く互いを知れば、いずれは。

でも…あぁ、駄目だ。でも、が出てしまう。
僕は、自分がこんなに優柔不断だとは思わなかった。
クーの手助けがあるとはいえ、自分のことは、自分で決められると思っていた。
しかし、この体たらく。こうしてゴロゴロしているうちに、そろそろ日付が変わってしまう。
そうなれば、僕はもう、悩むことすら叶わなくなってしまう。どうしよう。どうすれば…。

…悩みに悩んだ末。
僕は、四枚の縁談書を手に、クーの部屋を訪ねることにした。
夕食前にも、彼女に相談に乗ってもらっただけに、流石に気が引ける。
だが、四の五の言っていられない。決められないままでいる方が、余計に彼女に迷惑が掛かる。
恥を忍んでお願いしよう。そして、後で充分に借りを返そう。そうしよう。

「はい、開いていますよ」

覚悟を決めて、扉をノックすると。
すぐさま、彼女の澄んだ声が、扉越しに返ってきた。

ドアノブを握り、扉を開けると。
そこには、寝巻き姿となった彼女が立っていて、にこやかに僕を出迎えてくれた。

「ごめんなさい。毛を乾かしている途中でして…」

言われて見ると。
確かに、彼女の身体はしっとりと水気を帯びていた。
お風呂上りだったのか。ちょっとタイミングが悪かったかもしれない。

さておき、彼女に案内されるがまま、僕は部屋の中へと入り。
まだ婚約者を決められていないことを正直に述べ、頭を下げた。
すると彼女は、前向きな発言で僕を励ましながら、椅子へと座らせて。
彼女はその対面に腰を下ろし、間に縁談書を挟んで、再び選抜会議が始まった。

「そうですね…例えば、主様が興味をお持ちの趣味で選ぶというのも…」

…話し合いの最中。
彼女の助言に耳を傾けつつ、ちらりと、そちらへ目を向ける。
お風呂上りの彼女。身体にぺったりと毛が張り付き、ラインがより明確に浮き出ている。
肉付きよく、丸みのある彼女の身体。毛に絡まる滴が、艶となり、彩りを添えて。
その姿。今は、いつも以上に綺麗で…色っぽくて。見ていると、胸がドキドキしてしまう。

「…主様?」

呼び掛けられ、ハッとする。
しまった。ちゃんと聞いてるつもりが、途中から魅入ってしまっていた。
慌てて僕は、窓の向こうに虫が飛んでいて…等と、その場を適当に誤魔化した。
彼女も、不思議そうな顔はしたものの、それ以上追求してくることはなかった。
危なかった。しっかりしろ、僕。真面目に聞くんだ。彼女は、こんなにも真剣で…。

「あるいは、料理が得意な御方かで判断するのはいかがでしょう。食は日々の幸であり…」

…それにしても。
こうして改めて見ると、クーは、どの角度から見ても美人さんだ。
何を今更、と思うかもしれないが、実際、それは凄いことだと思う。
髪をかき上げる仕草。こちらに目を向ける仕草。耳がピョコンと跳ねる仕草。
綺麗。そして可愛い。一粒で二度美味しい。クーはお得セットだ。お買い得。

「……?」

今の寝巻き姿も可愛いけれど、彼女は、どんな服を着ても似合いそうだ。
ドレスはもちろん、パンツルックも様になりそう。エプロンは言わずもがな。
司書さんの服も、イメージにぴったりだ。ボンテージは…意外と。うん、意外と。

そんな彼女も、いつか、誰かと結婚するのだろうか。
その人は、世界一の幸せ者だ。こんな素敵な人を、お嫁さんに貰えるのだから。
式の時、きっと僕は、お相手の新郎さんに、祝辞という名の恨み言を吐いてしまうだろう。
お嫁さん、か。お嫁さんのクー。素敵だろうな。ウェディングドレス姿。とっても。

…あぁ。もし、叶うのならば。

「あの…」

クーが、僕のお嫁さんになってくれればなぁ…。

「………」

………。

「………」

………。

「……えっ」

……え?

「あ、あの…主、様…?」

え。えっ、て、何。え?
まさか…声に出してた? 今の? 全部?

「……え、と…」

あ、出してた。この反応は出してた。
どうしよう。クーが真っ赤だ。いや、僕も真っ赤だ。
分かる。すごく顔が熱い。どうしよう。これ、どうしよう。

「…主様、私は、その…」

どうする。謝るが最善か。僕からぶつかった事故だ。それが当然。
平謝りすれば、優しい彼女のこと、きっと聞かなかったことにしておいてくれるだろう。
そうしよう。そうして、また相談を再開して。今度こそ、ちゃんと話を聞こう。うん。

…そう、思っていた矢先。

「………なりたい、です…」

返ってくる。思いも掛けぬ言葉が、彼女から。
幼馴染であり、姉代わりであり、お側付きである彼女の口から。

僕のお嫁さんになりたい、と。

「………」

そして、また真っ赤っかになって、顔を伏せてしまうクー。
でも、耳だけはしっかり、こっちを向いている。無意識にか。

急転直下の事態。混乱する頭を抱えつつも、一度、大きく深呼吸をする。
そして考える。今、何が起きているか。今…そう、僕が、彼女をお嫁さんにしたいと言って。
それを彼女が受け入れてくれて。つまり、両者の合意が取れて、それはつまり…両、想い…?

「………」

いや、でも。クーは、僕にとって。
彼女もそういう認識だと思っていたから、僕は、今の今まで思いもしなかった。
クーをお嫁さんにしたい、だなんて。家族同然の彼女を、お嫁さんに。

だけど、彼女はそれに応えてくれた。
縁談の相談をしているはずが、いつの間にか、僕達の縁談になっていて。
彼女は…彼女は、綺麗で。今、その姿、とても可愛らしくて。色っぽくて。
ドキドキして。胸が張り裂けそうなくらいにドキドキして。止まらなくて。
僕は、彼女が好きで。家族として。でも、異性としても好きで。それに気付いて。

僕は……。

「………」

何も言わず、沈黙を保っている彼女。
しかし、その後ろで控えめに揺れている尻尾は、今か今かと待ち望んでいるように見えた。
何を。決まっている。僕を、だ。僕の答えを。僕の次の行動を。ずっと、待ってる。

「ぁ…っ」

胸打つ鼓動。逸る気持ちに押されるように。
僕は椅子から立ち上がり、テーブルに身を乗り出して、彼女の肩を掴んだ。
驚き顔を挙げ、こちらを見つめる彼女。前髪の隙間より覗く、潤んだ彼女の瞳。

ドキン。ドキン。ドキン。
全身に響き渡る、心臓の音。高まる緊張。肌に浮かぶ汗。
彼女に触れることは、初めてじゃない。今まで、何度も触れている。
散歩に出る時、よく手を握るし、稀に彼女の髪を梳くこともある。
それでも、こんなに胸が高鳴ることは今までなかった。初めての経験。
そう、初めての。今も。そして、きっと、この後も。これから起こることも。

「……主、様…」

震えている。あの、いつも冷静沈着なクーが、震えている。
怯えているのか。それとも、僕と同じで、緊張しているのか。どちらだろう。
安心させてあげたい。僕に何ができる? 彼女のために、僕は何ができるのか。

「…ぁ……♥」

…しばしの沈黙の後。僕は、意を決して。
首を伸ばし、目を瞑って…彼女へと唇を差し出した。
キス。まだ、誰ともしたことがない。初めてのキス。

破裂しそうな頭と戦うこと、数秒。
ふと、唇に熱い何かが掛かる。吐息。彼女のだ。
彼女の唇が迫ってきている。あと何センチか。何ミリか。あるいは、もう…。

「んっ…♥」

そして、交わされる。ふたりの口付けが。
彼女の長い鼻先。押し合い、唇を深く重ねる。

やわらかい。それが最初に思い浮かんだ感想。
ふにっ、とした、独特の触感。二の腕のような柔らかさと弾力。
かつ、熱い。触れた先から、火傷してしまいそうなほどに熱帯びて。
どちらの熱か、それは分からないけれど。でも、とても心地良い熱さだった。

「ちゅ…♥ はむ…♥」

しかし、ファーストキスは、それだけには留まらず。
彼女の方から、より深く唇を沈め…食み…吸い…終いには、舌を差し入れてきた。
平べったく、長く、唾液をたっぷり纏わせた彼女の舌。唇を滑り、僕の口内へと。

「んんっ…♥ 主様…♥ ちゅっ…、ちゅぅ…♥」

呟きながら、両の手を僕の頬に添える彼女。
優しい手。僕を抱っこしてくれた手。僕を撫でてくれた手。僕と握り合った手。
瞼裏に甦る思い出。だが、感慨に耽る暇もないほどの快感が、僕の唇を甘く痺れさせる。
情熱的なキス。先の答えが、嘘や冗談ではないと感じさせてくれる、そんなキス。静かに、激しく。

「はふ…♥ ちゅ…、ぢゅるっ…♥ 主様…♥ んぅ…♥ 主様っ…♥」

口端からこぼれる唾液。テーブルの上に、点々と。
キスの味は、僕が想像していたよりも、ずっと甘美なものだった。
気持ち良過ぎて…アソコが、辛い。ズボンを押し上げ、痛いくらいに怒張している。
たまらず僕は、テーブル下に手を滑り込ませ、その先端を慰めるようにして撫でた。
オナニーよりも、数倍感じる、彼女とのキス。蕩けそうな唇。頭がパチパチする。

「愛しておりました…♥ ちゅっ…♥ ずっと…、主様が幼い頃から…♥」

最中、突然の告白。赤裸々な言葉が、耳をくすぐり、胸の内を過熱させる。
幼い頃から。それはつまり、彼女はずっと、僕のことが好きだった…?
なら、どうして。どうしてそれを、僕に伝えようとしなかったのだろう。
縁談で悩んでいたこと、二年も前から、ずっと知っていたはずなのに。
彼女ならば、言葉にせずとも、そのように仕向けるチャンスはいくらでもあったはず。
縁談書を抜き取ったり。デートをキャンセルしたり。ラブレターを捨てたり。
それらは全て、彼女が管理していたのだから、僕が気付くはずもないのに。何故…。

何故、彼女は。僕を好きでありながら。
僕の縁談を、あんなにも応援してくれていたのだろう。

「はふ…っ♥ ちゅ…♥ ご、ごめんなさい…♥ れろ…♥ 私…舌が、止まらなくて…っ♥」

荒く息衝きながら、彼女が貪るようにして、僕の唇を舐る。
犬が飼い主の口を舐めるように。何度も、何度も。繰り返される愛情表現。

可愛い。可愛い。可愛い。
膨らみを擦る手が止まらない。彼女が。クーが愛おし過ぎて。
目をうっすらと開くと、彼女のつぶらな瞳が、僕の視界に飛び込んでくる。
今まで一度も見たことがない、欲に濡れた彼女の表情。とろんと蕩けて。

「主様…♥ 私は…ちゅぴっ……クーは、はしたない犬です…♥ カラダが、アツくて…♥」

そう言いながら。彼女は片手を自身の寝巻きに添えると。
ボタンを次々に外していき、布地を腕から滑らせ、床へと落としていった。
一枚。また、一枚。そして、とうとうはだかんぼうになってしまう彼女。
毛で全身が覆われているとはいえ、胸の先端からは、ツンと尖った乳首が覗き。
股座は、溢れた汁で、毛が絡まるほどにグッショリと濡れているのが分かった。

興奮しているんだ。彼女も。僕とのキスで。
そう気付いた瞬間、僕の背中に、ゾクゾクとした何かが駆け上った。
膨れ上がるペニス。あっ、と声を出し、唇を離す。しかし、時既に遅し。
ビクビクと震えたそれは、手で押さえ込んでも、最早止めることはできず。

跳ねて。跳ねて。幾度も跳ねて。
そして、とうとう…。

「ぁ…♥」

…生温かい感触。達してしまった。キスだけで。
布地二枚に染み渡り、外へと溢れ出てくる精液。ぼたりと、床に垂れ落ちる。

絶頂の余韻に震える僕。顔が、焼けそうなほどに熱い。
見られてしまった。彼女に、絶頂の瞬間を。キスだけで射精してしまったのを。
情けない姿。ひどい恥辱。しかし、それでも射精は止まらない。興奮は冷め遣らない。
押さえる掌いっぱいに子種を放ち、下着の中をグチョグチョにしても、なお止まず。
まるで、ずっと彼女との口付けを待っていたかのように。祝砲のように、何度も…。

「主様…♥ かわいい…♥ 達してしまわれたのですね…♥」

一方で。彼女はというと、そんな僕を嘲笑うこともなく。
それどころか、うっとりとした表情を浮かべながら、僕の頬に軽くキスをした。

「んっ…♥ 今、綺麗に致します…♥」

そして、一度身体を離し、テーブルをぐるりと回り込むと。
椅子にへたりついた僕の眼前で、膝を付き、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。

「失礼します…♥」

告げ、僕のズボンに手を掛けるクー。
慌てて止めようとしたが、それよりも早く、下着と共にずり下ろされる。
遮るものを無くし、ボロンと飛び出る、僕の欲望。射精直後で、半勃ち状態。
言うまでもなく、精液に塗れたそれは、強烈なニオイを発していた。刺激臭。
なのに、彼女は嫌がるどころか、長い鼻先を近付け…
まるで紅茶の香りを楽しむかのように、そのニオイを嗅ぎ始めた。

「っ…♥ これが…主様の…♥」

音が聞こえるほど、スンスンと鼻をヒクつかせて。
彼女の大胆な行動に、僕はもう、胸がバクハツしてしまいそうだった。
だけど、同時に…ひどく興奮した。湧き上がる情欲。ムクムクと膨らむオチンチン。

「…♥ ん……あむ、ちゅ…♥ ぺろ…♥」

再び勃起するそれを見て、彼女は目を細めると。
口を開け、舌を出し…汚れた僕のモノの『お掃除』を開始した。

「ちゅぅ…♥ ぢゅるっ…♥ はっ…♥ 溜まっていたのですね…♥ 濃いお味…♥ んっ…♥」

舌で撫でられ、唇で吸われ、拭い取られていく精液。
清廉可憐な彼女の口の中に、僕の汚いものが、どんどん飲み込まれていく。
身を襲う快感。完璧な彼女を汚してしまっている罪悪感。背徳心。絡み合い。
悦楽の海に溺れながら、僕は、彼女の頭に手を置き、彼女の名を繰り返し呟いた。
何ができるわけでもない。だから、せめて。感謝の意を伝えたかった。
その一念で、僕は…彼女の頭を撫でた。恋人の名を呼びながら。想いを込めて。

「ふぁっ…♥ 主、様…♥ ちゅ…♥ それ、は…っ♥」

対し、耳をペタンと伏せて、ぶるぶると身体を震わせる彼女。
尻尾も千切れんばかりに振るって。心なしか、口愛も激しくなった。
喜んでくれた…のだろうか。だとすれば、僕も嬉しい。もっとしてあげよう。

「んくっ…♥ 嬉しいです…主様…♥ ちゅ…♥ クーは…幸せ者です…♥ れろ…っ♥」

僕が彼女を愛で。彼女が僕を愛で。
しかし、ワンパターンな僕と違い、彼女の行為は、ますますヒートアップしていった。
すでに『お掃除』ではなくなっている、口での愛撫。言うならば、おしゃぶり。
淫らな水音を立てては、彼女の口内に呑み込まれ、唾液をしこたま塗り付けられるペニス。
長い舌が茎に絡み、裏筋を舐め上げて。喉は亀頭を絞り、こぼれる愛液を啜る。
ゴツゴツとした上顎、根元に触れる鋭い歯も、程好いアクセントとなって。
僕はすっかり、彼女の口の虜となっていた。気持ちいい。ずっとこうしてほしい。

「ふぅ…っ♥ んぐっ♥ ぢゅるっ♥ ちゅっ♥ れろれろ…♥ あむっ♥ ちゅぅぅ…っ♥」

なのに。堪え性のない僕のモノは、再び限界を訴え始めた。
ガチガチに張り詰めるペニス。もう、いつ射精してもおかしくない。

僕は、深く、荒く、熱っぽい呼吸を繰り返しながら。
正直に、彼女に告げた。射精してしまいそうなこと。恥ずかしかったけれど。

「っ…♥ はい…♥ ぢゅるっ…♥ くださいませ…♥ 私めに…主様のお情けを…♥」

ペニスを口いっぱいに頬張りながら、彼女が答える。
たまらない。何ら変わらぬ、彼女のいじらしさ。でも、今はこんなにも色を纏って。

呼ぶ。何度も彼女の名を呼んで、自らも腰を動かす。
管内を昇る塊。待って。もう少しだけ。もう少しだけ、この快感を。
彼女の口の感触を味わっていたい。愛されていたい。お願い。もう少し。

もう少しだけ………っ。

「んぐぅっっ♥♥♥」

弾ける。彼女の上顎を打つほどに、大きく跳ね上がるオチンチン。
解放された精液が、次々と鈴口から飛び出して、彼女の喉奥へと注がれていく。
収縮する睾丸。中に詰まった全てを吐き出さんという勢いで、精が駆け上がっていく。次々に。

「んくっ…♥ ん……ぢゅるっ♥ ごくっ♥ こくん♥ ちゅぅぅ…、ちゅぴっ♥ こくん♥ ぺろ…♥」

喉を鳴らし、彼女が僕の欲望を飲み込んでいく。
口端からこぼれ、彼女の身体に降りかかる精液。顔にまで。いやらしい。
その姿は、純白のドレスを纏ったお姫様のようであり、妖艶な霧を纏った淫魔のようでもあり。
どちらでも良い。どちらの彼女も、素敵だから。彼女という存在が、何より魅力的だから。

「っ…はぁ……♥」

そして、長い長い射精を終えて。
口からペニスを離すと、彼女は満足そうに、熱っぽい吐息を漏らした。
エッチだ。たまらなくエッチな仕草。その姿を見て、また、炉に薪がくべられて…。

「…♥ 主様、まだこんなに…♥」

二度目の射精を終えて。それでもなお、未だ萎えぬ僕の情欲。
火照る身体は鎮まりを知らず。胸打つ鼓動は、ますます音を高鳴らせる。

もっと。もっと、彼女を感じたい。彼女に愛してほしい。
焦がれ。切なく。想い人を求める身体。ひとつになりたいと願う心。
意識は渦巻き、理性は溶け落ち、本能は狂い惑う。愛欲。情欲。肉欲。性欲。

「えっ…?」

その果てに、僕は…告げた。震える声で、彼女に。
恥ずかしい言葉。彼女の耳に口を寄せ、それでも、虫の羽音よりも小さく。

したい…。
クーと、セックス…したい。

「ぁ…♥」

ピン、と天を向く彼女の耳。
先の言葉、一言一句、漏らさず聞き取ろうと。
これから僕が発する、全ての音を聞き逃さんと。

「主様…♥」

どちらからともなく、互いの首に腕を回し、キスをする。
確かめ合うようなキス。愛を。想いを。存在を。何度も、何度も。

そして、名残惜しそうに伸びる、唾液のアーチを残して。
彼女はその場でくるりと回り、手足を床に付け…お尻をこちらに突き出した。

「…ごめんなさい、主様。目の前に、ベッドがありますのに…」

尻尾の付け根より覗く、窄んだお尻の穴。
そして、その下に視線を向ければ…そこにあるのは、濡れそぼった彼女の秘所。
毛深な体毛でも塞き止められぬほどの愛液が、トロトロと流れ、糸引き床に垂れ落ちる。
準備が出来ているんだ。雄を迎え入れる準備。子供を作る準備。僕と…愛し合う準備。

「私は…クーは、もう、我慢ができないのです…♥」

目を伏せ、恥じらいながら、クーが告げる。
その一言が…僕の導火線に、火を点けた。

「あぁっ♥」

欲望に押されるがまま、彼女に圧し掛かり、背中から抱き締める僕。
盛りの付いた犬のように、鼻息荒げ、腰を動かし、懸命に入り口を探る。
しかし、焦りとは裏腹に、突き出されたペニスは、お尻や太股を撫でるばかり。
堪え難い気持ちに、泣き言さながら、僕は声に出して彼女を求めた。

「主様…♥ どうか焦らないで…♥」

そんな僕を、包み込むような声で、彼女が宥める。
股の間から手を伸ばし、僕のモノに触れる彼女の手。
プニッとした肉球、サラサラと撫でる毛の感触。こそばゆくも心地良い。
だが、その快感も、彼女の手に導かれ…先端が触れた瞬間、全て吹き飛んだ。
濡れに濡れた、彼女の蜜壷。次々と、水飴のような愛液が溢れ、亀頭を撫でる。
オンナノコ。彼女の一番大事なところ。そこに、もう、僕のオチンチンが…。

「ここです…♥ ここに、主様のを…ください…♥」

触れ合う性器。穢れを知らぬ場所。お互いに。
雄の存在を感じ取ってか、雌が唇を動かし、先端を包み込む。
入り口も。鈴口に吸い付いて。まるで、おいで…って言っているかのようで。

「そして…、私に、主様の……」

クー。僕の大切な人。
幼馴染であり。姉代わりであり。有能な秘書であり。

でも…僕は、もう…。

「貴方の……」

キミのことを……。

「ソラの、愛を…注いでください…♥」

っ…!

「きゃうぅぅんっ♥♥♥」

一息の下。僕は、彼女のナカを貫き…一気に根元まで沈め込んだ。
迸る電流。快感の津波が、神経を磨り潰し、心を呑み込み、意識を押し流していく。
ねっとりと絡まる、幾重もの襞。愛液で粘つくそれは、ペニスを容赦なく搾り上げてくる。

「あぁ…っ♥ ぁ……♥」

挿れただけ。まだ、挿れただけなのに。
僕は、もう…限界を迎えそうになっていた。
それほどに、彼女のナカは刺激的だった。愛と欲に満ち溢れていた。
ペニスを撫でる襞は、僕のモノをアイスクリームのように溶かしていき。
でも、いついつまでも溶けきらなくて。無限に続く快感だけが、そこに残留している。

「主様のっ…♥ すご、い…っ♥ ナカで…ビクビクしています…♥ んっ…♥」

息苦しい胸。大きく呼吸を繰り返し、平静を取り戻そうとする。
だが、吸い込む息と共に、鼻腔に舞い込むは、彼女の匂い。彼女の体臭。
顔を埋めた先…髪の毛、体毛、首筋から香る、女の子の匂い。雌の匂い。
甘くて、優しくて、温かくて、エッチな匂い。嗅ぐと、とろんとしてしまう。
苦しいのに。嗅ぐのを止められない。止めたくない。もっと嗅ぎたい。胸いっぱいに。

「主様…、動いて、ください…♥ クーを…たくさん、鳴かせてください…♥」

彼女の声。その言葉を聞き、歯を食い縛って、腰を動かし始める僕。
それに呼応し、外へと抜け出るペニスを引き戻そうと、キツく締め上がる膣内。
その快感に耐え、再び彼女のお尻に腰を打ち付ければ。今度は一転、優しく全体を撫でられる。
飴と鞭。それぞれの魅力で僕を誘惑し、動く腰を、ひとときも休ませようとはしない。
キツく締まれば、癒しを求めて。優しく撫でられれば、刺激を求めて。無限のストローク。

「きゃうっ♥ うんっ♥ あっ♥ 主様っ♥ 主様ぁっ♥ 素敵ですっ♥ ふぁっ♥ あぁっ♥」

対して、きゃんきゃん鳴きながら、床に突っ伏して喘ぐ彼女。
犬の交尾さながらに、両手足で踏ん張り、腰を打つ衝撃に堪えている。
しかし、それでも快感を受け止めきれないのか。時折、床を爪でガリガリと引っ掻き。
舌は口からベロンと出され、涎は垂れ流し。喘ぎ声も、獣のように激しく、淫ら。
普段の淑やかな姿からは、想像もできない乱れっぷり。セックスの味に溺れている。
彼女は、一匹の雌であることを受け入れ、悦びを感じているように見えた。僕の雌であることを。

「だめっ♥ イっちゃ…っ♥ あっ♥ ごめんなさっ…♥ 主様っ♥ もう…っ♥♥♥」

そして、交尾が始まってから、しばらくもしないうちに達する彼女。
繋ぎ目から、オシッコのような勢いで透明な汁が放たれ、床に打ち付けられる。
見る見る出来上がる水溜り。おもらし。クーの、おもらし。興奮する。もっと見たい。

「ひぁっ…♥ あぁ…♥ すみません…っ♥ あっ♥ 私…っ♥ 粗相を…♥」

謝る彼女に、僕は、うなじにキスをすることで応えた。
気にしなくていいよ、と。もっと気持ちよくなって、と。
それを受け、彼女は目を閉じると、尻尾を僕の腰に巻き付け…再び顔を伏せた。
行為に集中しているようだ。まだ、イキたりないのだろう。僕もだ。もっと、彼女を…。

「んぅっ♥ ふっ♥ ふぅっ♥ あっ♥ きゃふっ♥ うぅっ♥ んっ♥ はっ…♥」

腰を深く埋め、小刻みに動かし、何度も彼女の最奥をノックする。
鳴く彼女。僕も。ふたりの鳴き声が、寝室に…ふたりだけの世界にこだまする。

不意に、膨れ上がるペニス。
射精が近い。今動きを止めても、最早、僅かな先延ばしにしかならないだろう。
どうするか。決まっている。最後の最後まで、彼女を愛し尽くすのみだ。

「きゃあっ!?」

両手で、彼女の胸を鷲掴みにし。一気に腰の動きを早める。
豊かな乳房。モチモチしている。吸いたい。この後、吸わせてもらおう。
そんなことを考えながら、僕は彼女の胸を揉みしだき、硬くなった突端を抓り上げた。

「きゃううぅんっ♥ らめっ♥ らめ…れすっ♥ あるひひゃまっ♥ それ…らめっ…♥」

とうとう舌が回らなくなるクー。ここぞとばかりに、腰を突き出す僕。
弾ける、肉と肉のぶつかり合う音。パンッ、パンッ、と。小気味よく。
その度に、繋ぎ目から滴り散る、互いの愛液を混ぜ合わせた汁。
粘り気のある潤滑油は、幾重も互いの身体に糸を引き、濃厚な匂いを放つ。

「ひぁぁ…っ♥ らひてっ…♥ らひてくだひゃい…♥ クーに…おなひゃけを…ぉっ♥」

床と僕との間に彼女を挟み、あらんばかりの体重を掛けて。
全身で、彼女の温もりを感じる。背と胸を合わせ、ふたつの心音が響き合う。
弓なりに反る雌の身体。その身の絶頂が近いことを、跨る雄に伝えてくる。
迫る、昂りの臨界点。彼女の首筋に、甘く噛み付き、その身を逃がさぬよう捕らえる。

「あっ…♥ ソラ…♥ ソラ…ぁ…♥ すきっ♥ あうっ♥ すきぃっ♥ だいすきぃっ♥ あぁっ♥」

呼ぶ。呼び合う。声嗄れるまで呼び合う。
恋人の名を。呼び、愛を叫ぶ。鳴き、喚き、愛に狂う獣達。

クー。生まれた頃から一緒。僕のパートナー。
これまでも、これからも、ずっと一緒だ。離さない。絶対に。

「やっ♥ イくっ…♥ イッちゃうっ♥ ソラッ♥ わたしっ♥ もう…っ♥」

ずっと、こうしていたい。彼女と。
彼女の淹れるお茶を飲んで、彼女と一緒に散歩に出かけて。
仕事を手伝ってもらったり、勉強を教えてもらったり。他にも、色々。
エッチなことも。彼女と、いっぱい、いっぱい。彼女とだけ。もっと。

「わうっ♥ あぅっ♥ くぅんっ♥ きゃうぅんっ♥ は…っ♥ わんっ♥ わんっ…♥」

もっと。もっと、いっぱい。
クー。僕を。ねえ。もっといっぱい。

もっと、僕を…。

「わうううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥♥」

僕を、愛して………。


……………

………




翌日。鳥の囀りを聞き、目を覚ますと。
僕は、いつの間にか自室のベッドの中にいた。
いつも通りの目覚めだ。呆れるほどに見慣れた光景。

身体を起こし、周囲を見渡す。
これといった変化はない。やっぱり、何もかもがいつも通り。
まるで、昨日のことが夢であったかのようだ。都合のいい夢。

…いや、まさか。本当に…?

「おはようございます、主様」

と、そこへ現れる彼女。これまた、いつも通り。
彼女は僕に向け、会釈をすると、着替えを手に部屋の中へと入ってきた。
変わらぬ笑顔。いつもは安らぎを与えてくれるそれが、今日ばかりは不安になる。

どうしよう。思いきって、彼女に訊いてみようか。
でも、もし本当に夢だったら、それこそ事故なんてもんじゃない。
勘違いだった場合、僕は恥ずかしさのあまり、窓を突き破って、最寄の湖に沈むことだろう。
とはいえ、昨日のことを知っているのは、僕と彼女だけだ。どうする。どうすれば…。

「主様」

悶々と悩む中、彼女が僕に呼び掛ける。
ハッとし、慌ててそちらへ視線を向けると。

…どうしたことだろう。そこには、見慣れぬ光景があった。
彼女の手にある着替え。それは、僕がいつも着ている服ではなく。
黒いスーツと白いシャツ、そして紅いネクタイ。お見合い用の礼装だった。

これはどういうことか。
今日はお見合いの予定が入っているのだったか。
だとしても、朝一で着替えて向かうことなど、今までなかった。
そもそも、今日は運命の日。お見合いどころか、婚約者を決めねばならない。
ならば、この着替えは何なのか。まさか、彼女が服を間違えたとも思えないが。

「早めにお着替えになってくださいませ。私も準備がありますので」

急かされた。生まれて初めて。
いつもは、僕がどんなにモタモタしていても、待っていてくれる彼女が。
しかも、どことなくだけれど、妙に嬉しそう。特に尻尾。箒のように振っている。

「それでは、失礼します」

そう言い残して、服を傍らのテーブルに置き、部屋から去ろうとするクー。
彼女の早い撤退に、僕は慌てて、咄嗟に声を掛けた。止まり、彼女がこちらに振り返る。

「はい。どうなさいましたか?」

笑顔。頬を微かに赤らめた、彼女の笑顔。
それを前に、続く言葉もなく、立ち往生する僕。

そんな僕を見て、彼女は、クスッと笑ったかと思うと。
突然、チョーカーを結ぶリボンを外し、目を細め…僕へと囁き掛けた。

「…夜の合図は、こちらでよろしいでしょうか♥」

ねっとりと。艶帯びた声が、全身に響き渡る。
その言葉に、呆け…我を取り戻した頃には、彼女は既に、部屋の出入り口に立っていた。
変わらぬ麗しさ、礼節を身に纏い。長い髪を揺らめかせながら、彼女は僕に一礼する。

「式の準備、既に整っております。お祝いに駆け付けて下さいました皆様も、階下のホールに」

その言葉を最後に、扉が閉められる。

…と思っていたが。少しだけ戸を開けて、彼女が顔を覗かせる。
何か言い忘れたのだろうか。混乱する頭をさておき、そちらへと耳を傾ける。

「…主様、こればかりは」

静々と。しかし、その表情は。
今までに見たことがないほど、最高に輝いた、彼女の笑顔だった。










「『待て』と言われても、聞けませんよ♥」


15/10/15 21:05更新 / コジコジ

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