忘憶二生
誰かの存在によって、僕が生かされているように。
僕の存在も、きっと誰かを生かしているのだろう。
「はふっ…、ん…、ちゅっ♥」
焼けるような刺激を感じ、濁った意識が目を覚ます。
朦朧とする思考。おぼろげな視界。映る世界は大半が闇。
ここがどこかを思い出す前に、僕の耳が聞き慣れた声を捉える。
「…なんだ、起きたのか」
額を撫でる、柔らかな感触。これも憶えがある。
とても優しい手。でも、母親のでも、父親のでもない。
僕を世界で一番愛してくれている人の手。大丈夫、憶えている。
僕はまだ、彼女のことを憶え続けることが出来ている。
「はむ…。んむ、んぅ……ちゅぅぅっ♥ ぺろ…♥」
重い頭を上げると、淡い光の中に、彼女の長い灰色の髪が見えた。
ゆらゆらと動き、水音を立てる彼女は、いったい何をしているのだろう。
憶えているような、思い出せないような。ああ、なんとももどかしい。
記憶の断片が集まらない。何が原因なのか。この身を襲う刺激のせいなのか。
「寝てなよ…、んっ♥ ちゅ…♥ あたいはあたいで楽しんでるからさ」
ぐいと、左手が持ち上げられる感触。無意識に移る視線。
瞳に映るのは、褐色の肌、赤い衣服を纏った女性の姿。
僕の薬指を口に含み、丹念に舌を這わせて味わっている。
それは異様な光景でもあり、でも、見慣れた光景にも思え。
当然のようにそうしている彼女を見るに、きっと…。
「…なあ、おい」
不意に、彼女が僕を見つめ呼ぶ。
掠れた咽に息を通し、返事を返す僕。
「あたいのこと、忘れちまったんじゃあないよな…?」
細めた目に浮かぶ、不安の色。僕の腕を握る手に力が篭る。
そんなことはない。ちゃんと憶えている。
君の名はグゥ。僕がただ一人愛する女性だ。
そうさ、僕達は愛し合っていた。今も。世界中の誰よりも。
君のお父さんは…なんていったかな。ごめんよ、そちらは忘れてしまった。
でもね、君のお父さんが手塩に掛けて育てた娘が、君だってことは憶えている。
お金持ちの御令嬢だったよね。好きなものは従順な人と猫、それとアップルパイ。
乗り物に乗るのがとにかく下手で、大人しい子馬にさえ振り落とされていたっけ。
「んっ…」
硬い右腕を動かして、彼女の頭を撫でる。
指触りの良い、彼女の髪の感触。ふんわりと柔らかい。
艶もあり、一本々々が生気に満ちている。麗しい。
…なぜだろう。自分でも分からないけれど。
こうしていると、とても安らかな気分になる。
「…なんだよ、子ども扱いすんな。憶えてるんならいいんだ」
口端を吊り上げながらも、ぶっきらぼうな言葉を返す彼女。
照れているんだな…と思った。なんとなくだけれど、分かる。
きっと、僕がそう思ったことを、彼女も分かっているんだろう。
「そんなモンより…ちゅっ、ちゅぅ…♥ コッチをくれよ…♥」
不敵な笑みと共に、ぎゅっ…と握られる僕の睾丸。
妖しい手つきに合わせ、ころころと転がるふたつの玉。
それにより生まれる新たな刺激に、僕は思わず呻き声を上げてしまう。
「ゾンビみたいな声上げんな、白けるだろ。あむ…、ちゅ♥」
再び僕の指をしゃぶりながら、彼女が文句を垂れる。
謝罪の言葉にも耳を貸さず、一本の指を執拗に舐り続ける。
「んぐっ……ん…、はむ、はむ…♥ あむ…っ♥」
舌での愛撫に混じり、彼女の歯が、僕の肉に浅く喰い込む。
感じる、ほんの僅かな痛みと、全身に響くほどの甘い刺激。強い快感。
彼女の唾液が歯跡に染み込み、僕の全身に媚毒となって回りゆく。
「あぁ、美味い…♥ ちゅるっ…♥ 今まで食べた、どんな料理やお菓子よりも…♥」
薬指に沿い、腕を伝って、彼女の唾液が流れ落ちる。
ほんの僅かな滴。彼女の体液。それを見て、僕の咽が急激に渇きを訴える。
昂ぶりに押されるがまま、僕はめいっぱい首を伸ばし…その滴を舌で掬った。
「…♥ この変態…♥」
彼女の罵声を聞きながらも、僕は滴をごくりと飲み込んだ。
瞬間、潤いを感じる咽、満ちゆく欲望。幸せが胸に宿る。
しかし、すぐにそれらは反転してしまう。
再び渇く咽、飢える欲望。もっと、もっとと心が叫ぶ。
それに従い、僕は何度も舌を伸ばし、流れる唾液を掬い取った。
潤い、渇き。満ちては、飢え。果てのない想いが、ただただ輪廻する…。
「そんなに飲みたきゃ、飲ませてやるよ…♥」
ふと、彼女が髪をかき上げ、僕の薬指から口を離した。
水飴のように粘り、指と舌とを結ぶ唾液。てらてらと輝き。
それがぷつりと切れ、僕の胸に落ちた時には、彼女の顔は既に目の前にあった。
「ほら…、こぼしたら承知しねぇぞ…♥ ぢゅるっ…♥」
突き出された舌から、とろりと垂れ落ちてくる彼女の愛。
僕は口を開け、無心にそれを受け止めた。ぴちゃり、ぴちゃりと響く口内。
否応にも増す興奮と共に、次第に口内に溜まりゆく、僕と彼女の唾液。
あまりにも変態的なやりとりに、僕のペニスはどんどん膨れ上がっていく…。
「ふふっ…♥ よぉし、良い子だ…。しっかり味わいな♥」
彼女の言葉を受け、僕は口を閉じ、舌をモゴモゴと動かした。
ニチャニチャと混じる唾液。口の中に、幾重もの糸を張りながら。
味などないはずなのに、それを甘味と感じてしまう脳。麻痺した思考。
充分に味わった後、鼻で息を吸い込み、ごくりと咽を鳴らして飲み込む。
咽を通り、胃の中で溶ける二人の愛。全身に回り始める媚薬。心地良い。
僕は艶の混じった溜め息を吐き、潤む瞳で彼女を見た。
「ベロ、出してみな。ほら、べーって」
従い、口を開けて舌を出す。感じる、小さな恥辱。
まるで服を脱げと言われて、自らの手で下着を払っているかのよう。
「…相変わらず、ちっさい口だな」
と、彼女は突然舌の先端を摘み、更に外へと引っ張り出した。
不意打ちに、思わず口を大きく開いてしまう僕。上塗りされる恥ずかしさ。
嗚咽するほどではないとはいえ、息苦しさが僕を襲う。呼吸がしにくい。
そんな僕を横目に、彼女は口内をまじまじと覗き、ニンマリ微笑んだ。
「ちゃんと飲んだみたいだな…♥」
満足げな言葉と共に、彼女の空いた手が僕の頭を撫でる。
褒めるようでもあり、愛しむようでもあり。安らぎを感じる撫手。
「あたいは寛大だからな。素直に従う奴には、ちゃあんと褒美をやるぞ♥」
外気に晒された舌を、ぺろりと舐め上げる彼女の舌。
またも混じり、咽に流れ込む唾液。僕の脳をさらさらと溶かしゆく。
身体は蒸気発するほど火照り、舌と薬指を最たるものに、疼きが止まらない。
僕の身体が、心が、全てが、彼女を求める。愛を求める。繋がりを求める。
いくつもの想いもまた、彼女の唾液によって蕩け落ち。
それは言葉となって、舌捕らわれた口から飛び出した。
「…ちゅ♥ なんだ、もう我慢できなくなったのか?」
親指で僕の舌を撫でながら、舌なめずりをする魔物。
元の彼女とは違うようで…でも、同じようにも見えるその仕草。
戸惑う僕を押し倒した、あの日の彼女と同じ仕草。
「なら、もうイかせてやるさ」
妖美な笑みと共に、彼女はそう言うと、僕から身体を離して…。
「痛っ!?」
不意に、ゴンッ、という音が響く。何かがぶつかったような音。
後頭部に手をやり、狭えなぁ、こんちくしょうと悪態を吐く彼女。
どうやら頭を上げた際に、運悪く天井に当たってしまったようだ。
「ったく、ここは狭いのが悩みモンだな…」
愚痴る彼女を照らす、壁に飾られたガラス玉…そこから放たれる淡い光。
決して消えることのない、魔法により生成された光。死者を照らす光。
「…悪い、白けさせちまった」
気まずそうに頭を掻く彼女の額から、大きな傷跡が覗いていることに気付く。
それを見て、僕の記憶の断片が、うっすらと彩りを増していく。
彼女がお金持ちの御令嬢であったこと。僕はその召使いであったこと。
僕達が愛し合っていたこと。禁断の愛であったこと。
ある日の夜、彼女が僕を押し倒し、契りを結んだこと。
それから毎晩のように交じり合ったこと。皆には秘密だったこと。
お互いの貯金が溜まった頃に、全てを捨て、逃避行を行ったこと。
その道中に、僕達を乗せた馬車が、土砂崩れにあってしまったこと。
数々の断片が、一つの形に繋がっていく。
曖昧であった記憶が、徐々に僕の脳裏へ甦って…。
「…寝ちゃっていいよ。気分、削がれたろ?」
ふと、僕の前髪を手櫛でかき上げながら、彼女が呟く。
僕を気遣うような言葉。まるで、この身体に異常でもあるかのように。
先程までの強気な態度とは裏腹に、その瞳も、どこか悲哀を帯びている。
「その方が治りも早いんだ。動くとまた傷口が開くだろうし…」
胸を撫でる指は、何をなぞっているのだろう。
それはきっと、彼女にとって辛いものなんだろう。彼女の心の傷。
分かるさ、恋人だもの。僕は彼女の恋人。そして、召使い。
憶えているとも。忘れるわけがない。いくら記憶を失おうと、彼女のことは。
彼女に何かあった時、この身をもって守る。それが僕の役目であることも。
「あっ…」
しおらしくなってしまった彼女の左手を取り、薬指を口に含む僕。
驚く彼女を見つめながら、僕は丁寧に舌を絡め、その根元を甘く噛んだ。
柔らかな肉に喰い込む歯。刻まれる跡。僕の薬指にある、彼女の歯跡のように。
口を離し、新たな歯跡を見る。既に刻まれていた跡の上にある、先刻のそれを。
歯跡はぐるりと指を一周し、まるで指輪のよう。お互いの薬指に、お互いの歯跡の指輪。
大丈夫、憶えている。ちゃんと憶えているよ。
僕達は指輪も交換できずに、棺の中に入ってしまったんだよね。
「………」
…ああ、そういえば。
「え?」
『歯跡』って、なんだか『ハート』と似てるよね。発音が。
「…バカ♥」
僕のくだらないジョークに、笑みをこぼす彼女。
額と額をくっつけて、あの時のように、初々しいキスを交わす。
「ちゅっ…♥ ん…、ふ……ぅ…っ♥」
僕の身体を抱き締め、口付けに夢中になる彼女は愛らしく。
同じように、僕も彼女を抱き締め返し、互いの身体を密着させた。
「…ぷはっ♥ この生意気な召使い…、スケベなことばかり上手くなって…♥」
顔を真っ赤に、彼女が僕から唇を離す。
吐く、荒い息。高鳴る鼓動が、血の流れない身体に響く。
僕達は、お互いに恋した頃のように、瞳と瞳を見つめ合わせた。
「ん…」
ふと、彼女が僕のペニスに手を添え、ゆらゆらと動かした。
瞬きの後、ぴとりと先端に触れる何か。熱く熟れ、濡れそぼったもの。
それが何なのかを察する前に、彼女が僕の頬に手をやり、妖しく微笑んだ。
「…おしおきだ♥」
そう囁かれた瞬間。
「くぅ…ぅぅんっ♥♥♥」
僕のペニスは、たちまち彼女の奥まで飲み込まれてしまった。
「ひぅぅっ♥ うぁっ…あっ♥ 出てるっ♥ あぁっ♥ 熱ッ…い…♥」
挿入に伴い、ペニスを撫で上げる幾層もの襞。彼女の膣内。
愛液に塗れたそれは、すぐさま亀頭を舐め回し、雁首に吸い付いてきた。
その強い刺激に耐え切れず…それまでの快感もあり、あっけなく射精してしまう僕。
どくり、どくりと彼女の子宮に精液を注ぎ込み、同時に目も眩むほどの悦楽を得る。
「ふぁっ♥ や…♥ だめ…っ♥ だめぇ…♥ んっ♥ こんなのっ…♥」
しかし、どうやら達したのは僕だけではなかったようだ。
彼女もまた、ぶるぶると身を震わせ、背中を反らして達している。
精液が彼女の膣内を打つ度に、八重歯の覗く口から漏れる甘い声。
しなだれ落ちる髪。タプタプと揺れる乳。なんて愛らしいんだろう。
強気な彼女も可愛いけれど、感じやすいという彼女の一面も、とっても可愛い。
「はぁっ…、はっ…♥ ひゃっ!? やっ♥ あっ♥ ま、まだ動くなぁっ♥」
命令する彼女を無視し、腰を動かして、下から彼女を突き上げる。
鈍い痛みが走るものの、それ以上の快感が全身を包み込み、癒してくれる。
開いていく傷痕。癒えていく傷痕。互いを求めるほど、感じるほどに。
僕は飢えた亡者のように、彼女の肉体を貪り続けた。
「こ…このっ…♥ んくっ♥ 調子にのるな…っ♥ ふぁぁっ♥」
快感に耐えるためか、僕の首筋に歯を立てる彼女。
僕も同じように、彼女の首筋を噛む。誰のものであるかの証を刻む。
激しい動きに合わせ、がたがたと音を立てる小さなベッドルーム。
こだまする嬌声は、ほとんどが彼女のもの。僕の上で乱れる恋人。
「あんたはあたいの召使いなんだからぁ…っ♥ ひぅぅっ♥ きゃうんっ♥」
が、彼女もいつまでもやられてばかりではない。
潮吹くほどに達しているにも関わらず、腰の動きに変化をつけてきた。
結合部を密着させ、腰を左右に振り、搾り取るかのような刺激的な動作。
たまらず僕は全身を硬直させ、攻守逆転、再び彼女の為すがままになってしまった。
「言うことっ…♥ あんっ♥ 聴いてればいいんだ…っ♥ バカッ♥ ばかぁっ♥ やぁぁんっ♥」
彼女もまた、余裕が無くなってきたためか、態度が子供っぽくなっていく。
いつか喧嘩した時の彼女も、こんな感じだった。根はとても子供っぽい。
「んんっ♥ ちゅっ…♥ イけっ♥ ぢゅっ、ぢゅるっ♥ やぁっ♥ さっさイけよぉっ♥」
懇願にも似た言葉を吐く彼女。その口が、またもや僕の薬指を咥える。
神経が剥き出しになったかのようなその場所を、唾液に塗れた彼女の舌が襲い掛かる。
まるでペニスを舐められているかのような感触に、射精感が跳ね上がる僕。凄まじい。
頭の中がバチバチと弾け、意識も、記憶も、バラバラになっていくかのよう。
「早く…♥ ひぅっ♥ きゃうんっ♥ いっしょ…♥ いっしょにぃっ♥ あぁっ♥」
とうとう我慢が限界に達し、彼女の膣内でペニスが膨れ上がった。
膣壁を押しのけ、子宮に喰い込み、彼女に最後の刺激を与える。
命落とす直前のような声を上げながらも、僕は必死に腕を伸ばし…。
「いっしょにイってっ…♥ あっ♥ イくっ♥ やっ♥ イくっ♥ イッちゃうぅっ♥」
彼女の手を掴んで、指輪の跡を噛んだ。
「ふあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥♥」
……………
………
…
「…おい」
目を瞑る彼を、私はぶっきらぼうに呼んだ。
反応はない。どうやら眠ってしまったようだ。
「………」
…そっと、彼の口元に指先を近付ける。
微かに感じる風の動き。呼吸はしているようだ。
良かった。彼が眠りにつく時は、いつも緊張してしまう。
このボロボロの身体から、魂が飛んでいってしまうんじゃないかと。
「………」
あの日、私を庇ったがために、無数の傷を負ってしまった彼。
魔物の身とはなったものの、こうして甦れたのは奇跡だと思う。
でも、依然として安心できる状態じゃない。
少しずつ回復してきてはいるけれど、生前の傷口は簡単に開いてしまう。
それらは彼自身で癒すことができず、私が魔力を注いであげる必要がある。
だから私は、彼が寝ても覚めても、ずっと奉仕を続けている。
いつか完全に傷を癒すために。彼の身体の傷も、私の心の傷も。
彼の痛みは私の痛み。私の辛さは彼の辛さ。それが恋人というもの。
彼もそれを知っているからこそ、私はどちらも癒さなければならない。
「…なあ」
…こんな言い方をすると、まるで彼がお荷物みたいに聞こえるかもしれない。
彼はただ私の治療を受けるだけで、何もしていないように思うかもしれない。
「この中さ、ちょっと狭いけど…」
それは違う。彼はいつも、私が最も欲しいものをくれる。
傷だらけの身体で愛してくれる。痛みがないはずはないのに。
記憶さえおぼろげなはずなのに、私のことは忘れずにいてくれている。
これを幸せと言わずに、いったい何と言うのだろう。
「子供一人分くらいは、なんとか入れると思わないか?」
そう、私はとても幸せ。私の人生において、今が一番幸せ。
お金なんていらない。お屋敷も。アップルパイがなくったっていい。
彼が傍に居てくれれば…私を愛してくれれば、それだけで幸せだ。
思い返せば、そもそも私達は逃げ場所を探していたんだ。
その到達点として、ここはとても良い。誰にも邪魔されない。
人も、立場も、時間さえも。私達を阻むものは何もない。
なんて素敵なんだろう。これからずっと、彼を独り占めできる。
分けてあげるのは、子供にだけ。それも、ちょっとだけだ。
当然だろう、私の恋人なんだから。我が子とはいえ、多くは渡さない。
「…欲しいな、子供」
ぼやきながら、彼の手を握り…そっと指のひとつを噛む。
私達の夫婦の証。傷が癒えても、これだけは消えないように。
強過ぎず、弱過ぎず。私は赤ん坊のように、彼の指を咥えて目を閉じる。
ほんの少しの休息。再び目が覚めたら、傷だらけの彼に奉仕するために。
「………」
私は手探りに、彼の口に自分の薬指を挿し入れ。
彼が再び目を覚ます時を心待ちに、夢の世界へと旅立った。
「…おやすみ」
忘れてはいけない。
誰かの存在によって、私が生かされているように。
私の存在も、きっと誰かを生かしていることを。
「…なあ」
その『誰か』が、誰なのかを。
忘れてはいけない。
「また、しような…♥」
忘れては、いけない…。
僕の存在も、きっと誰かを生かしているのだろう。
「はふっ…、ん…、ちゅっ♥」
焼けるような刺激を感じ、濁った意識が目を覚ます。
朦朧とする思考。おぼろげな視界。映る世界は大半が闇。
ここがどこかを思い出す前に、僕の耳が聞き慣れた声を捉える。
「…なんだ、起きたのか」
額を撫でる、柔らかな感触。これも憶えがある。
とても優しい手。でも、母親のでも、父親のでもない。
僕を世界で一番愛してくれている人の手。大丈夫、憶えている。
僕はまだ、彼女のことを憶え続けることが出来ている。
「はむ…。んむ、んぅ……ちゅぅぅっ♥ ぺろ…♥」
重い頭を上げると、淡い光の中に、彼女の長い灰色の髪が見えた。
ゆらゆらと動き、水音を立てる彼女は、いったい何をしているのだろう。
憶えているような、思い出せないような。ああ、なんとももどかしい。
記憶の断片が集まらない。何が原因なのか。この身を襲う刺激のせいなのか。
「寝てなよ…、んっ♥ ちゅ…♥ あたいはあたいで楽しんでるからさ」
ぐいと、左手が持ち上げられる感触。無意識に移る視線。
瞳に映るのは、褐色の肌、赤い衣服を纏った女性の姿。
僕の薬指を口に含み、丹念に舌を這わせて味わっている。
それは異様な光景でもあり、でも、見慣れた光景にも思え。
当然のようにそうしている彼女を見るに、きっと…。
「…なあ、おい」
不意に、彼女が僕を見つめ呼ぶ。
掠れた咽に息を通し、返事を返す僕。
「あたいのこと、忘れちまったんじゃあないよな…?」
細めた目に浮かぶ、不安の色。僕の腕を握る手に力が篭る。
そんなことはない。ちゃんと憶えている。
君の名はグゥ。僕がただ一人愛する女性だ。
そうさ、僕達は愛し合っていた。今も。世界中の誰よりも。
君のお父さんは…なんていったかな。ごめんよ、そちらは忘れてしまった。
でもね、君のお父さんが手塩に掛けて育てた娘が、君だってことは憶えている。
お金持ちの御令嬢だったよね。好きなものは従順な人と猫、それとアップルパイ。
乗り物に乗るのがとにかく下手で、大人しい子馬にさえ振り落とされていたっけ。
「んっ…」
硬い右腕を動かして、彼女の頭を撫でる。
指触りの良い、彼女の髪の感触。ふんわりと柔らかい。
艶もあり、一本々々が生気に満ちている。麗しい。
…なぜだろう。自分でも分からないけれど。
こうしていると、とても安らかな気分になる。
「…なんだよ、子ども扱いすんな。憶えてるんならいいんだ」
口端を吊り上げながらも、ぶっきらぼうな言葉を返す彼女。
照れているんだな…と思った。なんとなくだけれど、分かる。
きっと、僕がそう思ったことを、彼女も分かっているんだろう。
「そんなモンより…ちゅっ、ちゅぅ…♥ コッチをくれよ…♥」
不敵な笑みと共に、ぎゅっ…と握られる僕の睾丸。
妖しい手つきに合わせ、ころころと転がるふたつの玉。
それにより生まれる新たな刺激に、僕は思わず呻き声を上げてしまう。
「ゾンビみたいな声上げんな、白けるだろ。あむ…、ちゅ♥」
再び僕の指をしゃぶりながら、彼女が文句を垂れる。
謝罪の言葉にも耳を貸さず、一本の指を執拗に舐り続ける。
「んぐっ……ん…、はむ、はむ…♥ あむ…っ♥」
舌での愛撫に混じり、彼女の歯が、僕の肉に浅く喰い込む。
感じる、ほんの僅かな痛みと、全身に響くほどの甘い刺激。強い快感。
彼女の唾液が歯跡に染み込み、僕の全身に媚毒となって回りゆく。
「あぁ、美味い…♥ ちゅるっ…♥ 今まで食べた、どんな料理やお菓子よりも…♥」
薬指に沿い、腕を伝って、彼女の唾液が流れ落ちる。
ほんの僅かな滴。彼女の体液。それを見て、僕の咽が急激に渇きを訴える。
昂ぶりに押されるがまま、僕はめいっぱい首を伸ばし…その滴を舌で掬った。
「…♥ この変態…♥」
彼女の罵声を聞きながらも、僕は滴をごくりと飲み込んだ。
瞬間、潤いを感じる咽、満ちゆく欲望。幸せが胸に宿る。
しかし、すぐにそれらは反転してしまう。
再び渇く咽、飢える欲望。もっと、もっとと心が叫ぶ。
それに従い、僕は何度も舌を伸ばし、流れる唾液を掬い取った。
潤い、渇き。満ちては、飢え。果てのない想いが、ただただ輪廻する…。
「そんなに飲みたきゃ、飲ませてやるよ…♥」
ふと、彼女が髪をかき上げ、僕の薬指から口を離した。
水飴のように粘り、指と舌とを結ぶ唾液。てらてらと輝き。
それがぷつりと切れ、僕の胸に落ちた時には、彼女の顔は既に目の前にあった。
「ほら…、こぼしたら承知しねぇぞ…♥ ぢゅるっ…♥」
突き出された舌から、とろりと垂れ落ちてくる彼女の愛。
僕は口を開け、無心にそれを受け止めた。ぴちゃり、ぴちゃりと響く口内。
否応にも増す興奮と共に、次第に口内に溜まりゆく、僕と彼女の唾液。
あまりにも変態的なやりとりに、僕のペニスはどんどん膨れ上がっていく…。
「ふふっ…♥ よぉし、良い子だ…。しっかり味わいな♥」
彼女の言葉を受け、僕は口を閉じ、舌をモゴモゴと動かした。
ニチャニチャと混じる唾液。口の中に、幾重もの糸を張りながら。
味などないはずなのに、それを甘味と感じてしまう脳。麻痺した思考。
充分に味わった後、鼻で息を吸い込み、ごくりと咽を鳴らして飲み込む。
咽を通り、胃の中で溶ける二人の愛。全身に回り始める媚薬。心地良い。
僕は艶の混じった溜め息を吐き、潤む瞳で彼女を見た。
「ベロ、出してみな。ほら、べーって」
従い、口を開けて舌を出す。感じる、小さな恥辱。
まるで服を脱げと言われて、自らの手で下着を払っているかのよう。
「…相変わらず、ちっさい口だな」
と、彼女は突然舌の先端を摘み、更に外へと引っ張り出した。
不意打ちに、思わず口を大きく開いてしまう僕。上塗りされる恥ずかしさ。
嗚咽するほどではないとはいえ、息苦しさが僕を襲う。呼吸がしにくい。
そんな僕を横目に、彼女は口内をまじまじと覗き、ニンマリ微笑んだ。
「ちゃんと飲んだみたいだな…♥」
満足げな言葉と共に、彼女の空いた手が僕の頭を撫でる。
褒めるようでもあり、愛しむようでもあり。安らぎを感じる撫手。
「あたいは寛大だからな。素直に従う奴には、ちゃあんと褒美をやるぞ♥」
外気に晒された舌を、ぺろりと舐め上げる彼女の舌。
またも混じり、咽に流れ込む唾液。僕の脳をさらさらと溶かしゆく。
身体は蒸気発するほど火照り、舌と薬指を最たるものに、疼きが止まらない。
僕の身体が、心が、全てが、彼女を求める。愛を求める。繋がりを求める。
いくつもの想いもまた、彼女の唾液によって蕩け落ち。
それは言葉となって、舌捕らわれた口から飛び出した。
「…ちゅ♥ なんだ、もう我慢できなくなったのか?」
親指で僕の舌を撫でながら、舌なめずりをする魔物。
元の彼女とは違うようで…でも、同じようにも見えるその仕草。
戸惑う僕を押し倒した、あの日の彼女と同じ仕草。
「なら、もうイかせてやるさ」
妖美な笑みと共に、彼女はそう言うと、僕から身体を離して…。
「痛っ!?」
不意に、ゴンッ、という音が響く。何かがぶつかったような音。
後頭部に手をやり、狭えなぁ、こんちくしょうと悪態を吐く彼女。
どうやら頭を上げた際に、運悪く天井に当たってしまったようだ。
「ったく、ここは狭いのが悩みモンだな…」
愚痴る彼女を照らす、壁に飾られたガラス玉…そこから放たれる淡い光。
決して消えることのない、魔法により生成された光。死者を照らす光。
「…悪い、白けさせちまった」
気まずそうに頭を掻く彼女の額から、大きな傷跡が覗いていることに気付く。
それを見て、僕の記憶の断片が、うっすらと彩りを増していく。
彼女がお金持ちの御令嬢であったこと。僕はその召使いであったこと。
僕達が愛し合っていたこと。禁断の愛であったこと。
ある日の夜、彼女が僕を押し倒し、契りを結んだこと。
それから毎晩のように交じり合ったこと。皆には秘密だったこと。
お互いの貯金が溜まった頃に、全てを捨て、逃避行を行ったこと。
その道中に、僕達を乗せた馬車が、土砂崩れにあってしまったこと。
数々の断片が、一つの形に繋がっていく。
曖昧であった記憶が、徐々に僕の脳裏へ甦って…。
「…寝ちゃっていいよ。気分、削がれたろ?」
ふと、僕の前髪を手櫛でかき上げながら、彼女が呟く。
僕を気遣うような言葉。まるで、この身体に異常でもあるかのように。
先程までの強気な態度とは裏腹に、その瞳も、どこか悲哀を帯びている。
「その方が治りも早いんだ。動くとまた傷口が開くだろうし…」
胸を撫でる指は、何をなぞっているのだろう。
それはきっと、彼女にとって辛いものなんだろう。彼女の心の傷。
分かるさ、恋人だもの。僕は彼女の恋人。そして、召使い。
憶えているとも。忘れるわけがない。いくら記憶を失おうと、彼女のことは。
彼女に何かあった時、この身をもって守る。それが僕の役目であることも。
「あっ…」
しおらしくなってしまった彼女の左手を取り、薬指を口に含む僕。
驚く彼女を見つめながら、僕は丁寧に舌を絡め、その根元を甘く噛んだ。
柔らかな肉に喰い込む歯。刻まれる跡。僕の薬指にある、彼女の歯跡のように。
口を離し、新たな歯跡を見る。既に刻まれていた跡の上にある、先刻のそれを。
歯跡はぐるりと指を一周し、まるで指輪のよう。お互いの薬指に、お互いの歯跡の指輪。
大丈夫、憶えている。ちゃんと憶えているよ。
僕達は指輪も交換できずに、棺の中に入ってしまったんだよね。
「………」
…ああ、そういえば。
「え?」
『歯跡』って、なんだか『ハート』と似てるよね。発音が。
「…バカ♥」
僕のくだらないジョークに、笑みをこぼす彼女。
額と額をくっつけて、あの時のように、初々しいキスを交わす。
「ちゅっ…♥ ん…、ふ……ぅ…っ♥」
僕の身体を抱き締め、口付けに夢中になる彼女は愛らしく。
同じように、僕も彼女を抱き締め返し、互いの身体を密着させた。
「…ぷはっ♥ この生意気な召使い…、スケベなことばかり上手くなって…♥」
顔を真っ赤に、彼女が僕から唇を離す。
吐く、荒い息。高鳴る鼓動が、血の流れない身体に響く。
僕達は、お互いに恋した頃のように、瞳と瞳を見つめ合わせた。
「ん…」
ふと、彼女が僕のペニスに手を添え、ゆらゆらと動かした。
瞬きの後、ぴとりと先端に触れる何か。熱く熟れ、濡れそぼったもの。
それが何なのかを察する前に、彼女が僕の頬に手をやり、妖しく微笑んだ。
「…おしおきだ♥」
そう囁かれた瞬間。
「くぅ…ぅぅんっ♥♥♥」
僕のペニスは、たちまち彼女の奥まで飲み込まれてしまった。
「ひぅぅっ♥ うぁっ…あっ♥ 出てるっ♥ あぁっ♥ 熱ッ…い…♥」
挿入に伴い、ペニスを撫で上げる幾層もの襞。彼女の膣内。
愛液に塗れたそれは、すぐさま亀頭を舐め回し、雁首に吸い付いてきた。
その強い刺激に耐え切れず…それまでの快感もあり、あっけなく射精してしまう僕。
どくり、どくりと彼女の子宮に精液を注ぎ込み、同時に目も眩むほどの悦楽を得る。
「ふぁっ♥ や…♥ だめ…っ♥ だめぇ…♥ んっ♥ こんなのっ…♥」
しかし、どうやら達したのは僕だけではなかったようだ。
彼女もまた、ぶるぶると身を震わせ、背中を反らして達している。
精液が彼女の膣内を打つ度に、八重歯の覗く口から漏れる甘い声。
しなだれ落ちる髪。タプタプと揺れる乳。なんて愛らしいんだろう。
強気な彼女も可愛いけれど、感じやすいという彼女の一面も、とっても可愛い。
「はぁっ…、はっ…♥ ひゃっ!? やっ♥ あっ♥ ま、まだ動くなぁっ♥」
命令する彼女を無視し、腰を動かして、下から彼女を突き上げる。
鈍い痛みが走るものの、それ以上の快感が全身を包み込み、癒してくれる。
開いていく傷痕。癒えていく傷痕。互いを求めるほど、感じるほどに。
僕は飢えた亡者のように、彼女の肉体を貪り続けた。
「こ…このっ…♥ んくっ♥ 調子にのるな…っ♥ ふぁぁっ♥」
快感に耐えるためか、僕の首筋に歯を立てる彼女。
僕も同じように、彼女の首筋を噛む。誰のものであるかの証を刻む。
激しい動きに合わせ、がたがたと音を立てる小さなベッドルーム。
こだまする嬌声は、ほとんどが彼女のもの。僕の上で乱れる恋人。
「あんたはあたいの召使いなんだからぁ…っ♥ ひぅぅっ♥ きゃうんっ♥」
が、彼女もいつまでもやられてばかりではない。
潮吹くほどに達しているにも関わらず、腰の動きに変化をつけてきた。
結合部を密着させ、腰を左右に振り、搾り取るかのような刺激的な動作。
たまらず僕は全身を硬直させ、攻守逆転、再び彼女の為すがままになってしまった。
「言うことっ…♥ あんっ♥ 聴いてればいいんだ…っ♥ バカッ♥ ばかぁっ♥ やぁぁんっ♥」
彼女もまた、余裕が無くなってきたためか、態度が子供っぽくなっていく。
いつか喧嘩した時の彼女も、こんな感じだった。根はとても子供っぽい。
「んんっ♥ ちゅっ…♥ イけっ♥ ぢゅっ、ぢゅるっ♥ やぁっ♥ さっさイけよぉっ♥」
懇願にも似た言葉を吐く彼女。その口が、またもや僕の薬指を咥える。
神経が剥き出しになったかのようなその場所を、唾液に塗れた彼女の舌が襲い掛かる。
まるでペニスを舐められているかのような感触に、射精感が跳ね上がる僕。凄まじい。
頭の中がバチバチと弾け、意識も、記憶も、バラバラになっていくかのよう。
「早く…♥ ひぅっ♥ きゃうんっ♥ いっしょ…♥ いっしょにぃっ♥ あぁっ♥」
とうとう我慢が限界に達し、彼女の膣内でペニスが膨れ上がった。
膣壁を押しのけ、子宮に喰い込み、彼女に最後の刺激を与える。
命落とす直前のような声を上げながらも、僕は必死に腕を伸ばし…。
「いっしょにイってっ…♥ あっ♥ イくっ♥ やっ♥ イくっ♥ イッちゃうぅっ♥」
彼女の手を掴んで、指輪の跡を噛んだ。
「ふあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥♥」
……………
………
…
「…おい」
目を瞑る彼を、私はぶっきらぼうに呼んだ。
反応はない。どうやら眠ってしまったようだ。
「………」
…そっと、彼の口元に指先を近付ける。
微かに感じる風の動き。呼吸はしているようだ。
良かった。彼が眠りにつく時は、いつも緊張してしまう。
このボロボロの身体から、魂が飛んでいってしまうんじゃないかと。
「………」
あの日、私を庇ったがために、無数の傷を負ってしまった彼。
魔物の身とはなったものの、こうして甦れたのは奇跡だと思う。
でも、依然として安心できる状態じゃない。
少しずつ回復してきてはいるけれど、生前の傷口は簡単に開いてしまう。
それらは彼自身で癒すことができず、私が魔力を注いであげる必要がある。
だから私は、彼が寝ても覚めても、ずっと奉仕を続けている。
いつか完全に傷を癒すために。彼の身体の傷も、私の心の傷も。
彼の痛みは私の痛み。私の辛さは彼の辛さ。それが恋人というもの。
彼もそれを知っているからこそ、私はどちらも癒さなければならない。
「…なあ」
…こんな言い方をすると、まるで彼がお荷物みたいに聞こえるかもしれない。
彼はただ私の治療を受けるだけで、何もしていないように思うかもしれない。
「この中さ、ちょっと狭いけど…」
それは違う。彼はいつも、私が最も欲しいものをくれる。
傷だらけの身体で愛してくれる。痛みがないはずはないのに。
記憶さえおぼろげなはずなのに、私のことは忘れずにいてくれている。
これを幸せと言わずに、いったい何と言うのだろう。
「子供一人分くらいは、なんとか入れると思わないか?」
そう、私はとても幸せ。私の人生において、今が一番幸せ。
お金なんていらない。お屋敷も。アップルパイがなくったっていい。
彼が傍に居てくれれば…私を愛してくれれば、それだけで幸せだ。
思い返せば、そもそも私達は逃げ場所を探していたんだ。
その到達点として、ここはとても良い。誰にも邪魔されない。
人も、立場も、時間さえも。私達を阻むものは何もない。
なんて素敵なんだろう。これからずっと、彼を独り占めできる。
分けてあげるのは、子供にだけ。それも、ちょっとだけだ。
当然だろう、私の恋人なんだから。我が子とはいえ、多くは渡さない。
「…欲しいな、子供」
ぼやきながら、彼の手を握り…そっと指のひとつを噛む。
私達の夫婦の証。傷が癒えても、これだけは消えないように。
強過ぎず、弱過ぎず。私は赤ん坊のように、彼の指を咥えて目を閉じる。
ほんの少しの休息。再び目が覚めたら、傷だらけの彼に奉仕するために。
「………」
私は手探りに、彼の口に自分の薬指を挿し入れ。
彼が再び目を覚ます時を心待ちに、夢の世界へと旅立った。
「…おやすみ」
忘れてはいけない。
誰かの存在によって、私が生かされているように。
私の存在も、きっと誰かを生かしていることを。
「…なあ」
その『誰か』が、誰なのかを。
忘れてはいけない。
「また、しような…♥」
忘れては、いけない…。
12/12/18 22:15更新 / コジコジ