怪奇語部
つい一ヶ月前の話なんですけどね、古い洋館を訪ねたんですよ。
築百年は経つっていう、オンボロなところなんですけどね。
事の始まりは、些細な噂話だったんです。
『ホラーナイト』って酒場、皆さんご存知ですか?
捻り鉢巻をした、人の良いマスターがいるお店です。
あたし、あそこの常連なんですよ。晩酌はいつも『ホラーナイト』。
その日もあたしは苦い酒を飲んでいたんですがね、
マスターがニヤニヤしながら、こう話しかけてきたんですよ。
「ジュンちゃん、面白い噂話があるよ」って。
でもね、その時のあたしは、マスターの言葉を笑い飛ばしたんです。
「な〜に言ってんだい、また『裸の痴女が裏通りに出た』とかだろう」ってね。
すると、マスターは大きな図体を縮こまらせて、顎を突き出したんですよ。
だからあたしも、思わず耳を寄せた。こりゃただの噂話じゃなさそうだって思った。
あたしの耳元に口を寄せたマスターは、蚊ほどの声でこう言ったんです。
「怖い話だよ、ジュンちゃん」…。
ぶるりとしましたよ。もうゾワゾワゾワ〜って。
だってね、怖い話といえばあたしの大好物じゃありませんか。
あたしは思わずお酒を飲むのも忘れて、マスターの話を聞いたワケだ。
その噂話っていうのが、古い洋館に住むオバケの話でね。
なんでも、そこにはよく泥棒や浮浪者が忍び込むらしいんですけど、
入ったが最後、朝になっても、誰一人としてお屋敷から出てこない。
そのことを不審に思って、調査に向かった冒険者もいたらしんですけどね、
翌日も、翌々日も、その次も、彼はとうとう帰ってこなかったそうなんです。
なんとも不気味なお話じゃあありませんか。ほんと、あたし好み。
マスターの話を聞いて、あたしはもう目をキラキラさせてしまいましてね。
早速その洋館の場所を聞いて、噂のオバケにあってやろうと思ったんです。
だけどね、やっぱり一人は心細い。
オバケもそうですけど、道中で魔物が襲ってくるかもしれないじゃあないですか。
だからあたしは、ちょうど酒場に居た冒険者に、護衛を頼むことにしたんです。
Sちゃんっていう若い子。このSちゃんがね、今時珍しい、気の良い青年なんですよ。
あたし達はすぐに意気投合して、馬鹿話をしながら、揚々と洋館まで向かったんです。
その洋館は、街から遠く離れた、暗い暗い森の中に立っていましてね。
お互いの冗談に笑い合ってたあたし達も、お屋敷の前まできたら、ピタッ…。
雰囲気といいますか、空気がまるで違うんです。そこだけ、ゾォーッと。
あたしは思いましたよ。「あ、これは本物だ」って。
なぜだか寒いんです。サブイボが立つほど。そこだけ冬みたいだった。
ふと隣を見ると、Sちゃんも何かを感じたらしくて、顔が真っ青。
あたしもSちゃんも、もうおしゃべりする余裕なんてなくなっていました。
でも、ここまで来て、むざむざ帰るワケにもいきませんから。
あたし達は腰が引けながらも、お屋敷の扉をノックしたんです。
「もしも〜し、もしも〜し」…。
…誰も出てこない。やっぱり、人の気配はないんですよ。
だけどね、Sちゃんがあることに気付いたんです。
「おかしいよ、ジュンちゃん」って、震えた声で言うんです。
「誰もいないはずなのに、クモの巣ひとつない…」って。
それを聞いた途端、背筋がゾワワ〜ッ!
確かにね、よくよく見ると、クモの巣がどこにも張ってない。
それどころか、ドアノブは磨いてあるし、壁には汚れ一つない。
見た目がオンボロってだけで、ちゃんと掃除されているんですよ。
あたしはもう怖くて怖くて。
すぐにでも帰りたくって、Sちゃんと顔を見合わせたんです。
そしたらね。
ギギィー…。
扉が開いたんです。
あたしはドアノブに触っていませんよ。扉をノックしただけです。
Sちゃんも触っていません。あたしの後ろにいたんですから。
なのに、勝手に扉が開いたんですよ。
手前側にね。これはもう、風で開いたとかじゃあない。
「ああ、オバケが迎えに来たんだな」って、あたしは思いました。
その時ね、ふと、お屋敷の中を覗いてみると。
くら〜い廊下の奥に、チラッと、人影のようなものが見えたんです。
咄嗟に叫びましたよ。
「Sちゃん、誰かいる! 誰かいる!」。
その人影を指差して、あたし、必死にSちゃんを呼びまして。
でも、その影はあたしの目の前で、フッ…と消えてしまったんです。
Sちゃんがそっちを見る頃には、文字通り、影も形も無くって。
不思議そうな顔をして、「何かいたの?」って、あたしに聞くんです。
アレはきっと、噂のオバケに違いない。
そう思ったあたしは、意を決して、真っ暗なお屋敷の中に入ったんです。
Sちゃんも、怖がりながらもついてきてくれました。良い青年ですよ、彼は。
あたしとSちゃんは松明を手に、お屋敷の中を探検しました。
やっぱりね、外と一緒で、中も綺麗に掃除されていたのが不気味で…。
まだクモの巣があったほうがマシです。あまりに異様じゃあないですか。
一階をぐるっと見回った後、あたし達は二階に上りまして。
大の大人が、揃ってビクビクしながら廊下を歩いていたんですけどね。
ふと、Sちゃんが私の肩を叩いて、声を潜めて言うんです。
「ジュンちゃん、あれ…」。
その声が、なんとも怖いものを見たかのように震えていて。
イヤだな〜、イヤだな〜って思いながらも、あたしはそちらに目をやったんです。
Sちゃんが指差す先を見ると、窓越しに裏庭が見えました。
そこにはね…お墓があったんですよ。
お墓。たくさん並んでいたんです。
あたしは思わず息を呑みました。
だってね、だって、いるんですよ。お墓の前に。
長く白い髪をした女の人が、ぼぅ…と立っていたんです。
気付いた瞬間、汗がブワーッ!
その女の人っていうのが、どう見ても普通じゃない。
後ろ姿だったんですけど、それでもおかしいって分かっちゃう。
服はボロボロ、足は裸足、肌なんて血が通っていないかのような土気色。
唖然としちゃいましてね。
固まるあたしに対して、Sちゃんが言うんです。
「逃げよう、ジュンちゃん。逃げよう」って。
その言葉に、もうあたしも反対なんてしませんよ。
見ることはできたワケですし、命あっての物種ですからね。
でもね、Sちゃんの方にハッと振り向いた時。
いたんですよ。
Sちゃんの背後に、女性のオバケが…。
「ギャアアア〜〜〜ッ!」てあたしが叫んだ時には、もう遅かった。
Sちゃんはオバケに襲われて、その場に組み伏せられてしまったんです。
あたしはね、恐怖のあまりに腰が抜けてしまいまして。
その場に尻餅をついて、目の前でSちゃんが襲われる様を見ていたんです。
なんとか助けてあげたかったけれど、もう恐ろしくって指一本動かない。
「Sちゃーん! Sちゃーん!」って、名前を呼ぶだけで精一杯ときた。
当のSちゃんも、泣き叫んで暴れるんだけれど、オバケには全然通じない。
あっという間に両手両足を押さえ付けられて、完全に動けなくされちゃったんです。
あたしもさすがに観念しましたよ。「もう駄目だ、二人ともここでお終いだ…」って。
でもね、なんかおかしい、な〜んかおかしい。
そのオバケはね、こう、Sちゃんの頭をガブーッといくモンだと思ってたんだけど。
違うんですよ。なんとね…接吻。Sちゃんに、ブチューッと接吻したじゃあありませんか。
あたしもSちゃんも驚いちゃって。
だけど、オバケは構わず、Sちゃんに接吻を繰り返すんです。
まるで壊れたからくり人形みたいに、何度も何度もするんですよ。
そこであたしはピーンときた。
このオバケは、もしかしてSちゃんに一目惚れしたんじゃないかって。
皆さんは聞いたことがありませんか?
オバケが現れるのは、現世の人間を道連れにするためだってお話。
Sちゃんはオバケに魅入られてしまったワケです。いや〜、恐ろしい話ですねぇ。
オバケの目的が分かったところで、あたしはふと、ある音に気が付いたんです。
咽の潰れたカラスの鳴き声のような、なんとも奇妙で恐ろしい音でして…。
「あ゙〜…、あ゙〜…」って。その音が、次第に大きくなってくるモンだから驚いた。
あたしは動かない下半身を引き摺って、必死になって声の聞こえる裏庭を見たんです。
そこにはね、Sちゃんを襲うのと同じ、女性のオバケがいたんですよ。
地面から這い出てくる、何人もの女性のオバケが…。
「ウギャアアア〜〜〜〜ッ!!」
あまりのおぞましさに、あたしは腹の底から叫んでしまいました。
すると裏庭のオバケ達が、一斉にこちらへと振り返るじゃありませんか。
あたしは這いつくばって、それこそゴキブリのように走り、窓から離れましたよ。
もうね、あれ以上の恐怖はないんじゃないかってくらい。必死も必死でした。
だけど、逃げた先には、Sちゃんを襲うオバケ。
いつの間にか服を脱いで、イヤラシイ動きで彼を弄んでいるんですよ。
そこでまた、あたしは叫んじゃって。いやあ、生きた心地がありません。
でもね、一番の驚きはオバケじゃあないんです。
Sちゃん。彼がね、自分からオバケに接吻しているじゃあありませんか。
それを見て、あたしはもうパニックになっちゃって。「なんじゃこりゃ〜っ!?」って。
あんぐり口を開けるあたしを横目に、Sちゃんとオバケはお愉しみを続けるんです。
互いにハダカになって、人目もはばからず、くんずほぐれつ…。
もうね、Sちゃん、オバケを怖がるどころか、夢中になっちゃって。
あたしがいくらSちゃんを呼んでも、こっちをちっとも見てくれないの。
それでねぇ、その後はもっと凄かった。
オバケを四つん這いにして、Sちゃんが彼女を後ろから突き上げるんですよ。
ほら、犬の交尾って見たことあるでしょう? あんな感じにね、パンッ、パンッて。
するとね、響くんですよ。無人のお屋敷ですから。
二人が肌をぶつけ合う度に、スケベな音が反響するんです。
クチュクチュクチュ…。ペロペロペロ…。
チュゥチュゥチュゥ…。ピチャピチャピチャ…。
パンッパンッパンッ…。アンッアンッアンッ…。
うわ〜、激しいな〜、凄いな〜、エロいな〜。
あたしもそんな二人を見てたら、つい…そのね、ウフッ。
ありがたくオカズにさせてもらって、シコシコしてしまったんです。
だけど、ふと見ると、二人の向こう側に別の影が見えるじゃあありませんか。
目を凝らして見るとね、その影の正体っていうのが、裏庭にいたオバケ達なんです。
いつの間にか二階まで上がってきていたんですよ。心臓が飛び出るかと思いました。
あたしは急いでズボンを上げて、その場から逃げ出しました。
Sちゃんを置いて、です。とても助ける暇はありませんでした。
我が身可愛さとはいえ、若い彼を見捨てたのは、非常に心苦しかったですよ。
そういえば、あたしが逃げようとして、Sちゃんに背を向けた瞬間なんですが。
Sちゃんを襲ったオバケがね、一際高い喘ぎ声を上げたんです。
その後、プゥンと栗の花の臭いがしたんですが、あれはなんだったんでしょうかねぇ。
…それから数日後、そう、一昨日の事なんですがね。
行方不明になったはずのSちゃんから、私宛に手紙が届いたんです。
恐る恐る読んでみると、そこにはこう書かれていました。
『ジュンちゃん、お元気ですか。僕は元気です。
件の後、僕と彼女は恋人同士となり、先日婚約を結びました。
彼女は日光が苦手なので、結婚式は夜間に行う予定です。
日時は鯨の月十二日、零時に、鐘の音と共に開始します。
式場は、例のお屋敷の地下一階にある礼拝堂です。
もし都合がつくようであれば、ぜひジュンちゃんも来てください。
参列者は、今のところ彼女の仲間とその婚約者達だけなので、
人間のジュンちゃんが参加してくれると、式も盛り上がると思います。
美味しい料理やお酒、媚薬をたくさん用意して待っていますね。
ジュンちゃんを見て一目惚れした女の子達も待っていますよ。
PS.
僕が彼女と出会えたのは、ジュンちゃんのおかげです。
本当にありがとう。ジュンちゃんは僕達の恋のキューピッドです』
そう、結婚式の招待状だったんです。
いや〜、皆さん、こんなことってあるんですねぇ。
築百年は経つっていう、オンボロなところなんですけどね。
事の始まりは、些細な噂話だったんです。
『ホラーナイト』って酒場、皆さんご存知ですか?
捻り鉢巻をした、人の良いマスターがいるお店です。
あたし、あそこの常連なんですよ。晩酌はいつも『ホラーナイト』。
その日もあたしは苦い酒を飲んでいたんですがね、
マスターがニヤニヤしながら、こう話しかけてきたんですよ。
「ジュンちゃん、面白い噂話があるよ」って。
でもね、その時のあたしは、マスターの言葉を笑い飛ばしたんです。
「な〜に言ってんだい、また『裸の痴女が裏通りに出た』とかだろう」ってね。
すると、マスターは大きな図体を縮こまらせて、顎を突き出したんですよ。
だからあたしも、思わず耳を寄せた。こりゃただの噂話じゃなさそうだって思った。
あたしの耳元に口を寄せたマスターは、蚊ほどの声でこう言ったんです。
「怖い話だよ、ジュンちゃん」…。
ぶるりとしましたよ。もうゾワゾワゾワ〜って。
だってね、怖い話といえばあたしの大好物じゃありませんか。
あたしは思わずお酒を飲むのも忘れて、マスターの話を聞いたワケだ。
その噂話っていうのが、古い洋館に住むオバケの話でね。
なんでも、そこにはよく泥棒や浮浪者が忍び込むらしいんですけど、
入ったが最後、朝になっても、誰一人としてお屋敷から出てこない。
そのことを不審に思って、調査に向かった冒険者もいたらしんですけどね、
翌日も、翌々日も、その次も、彼はとうとう帰ってこなかったそうなんです。
なんとも不気味なお話じゃあありませんか。ほんと、あたし好み。
マスターの話を聞いて、あたしはもう目をキラキラさせてしまいましてね。
早速その洋館の場所を聞いて、噂のオバケにあってやろうと思ったんです。
だけどね、やっぱり一人は心細い。
オバケもそうですけど、道中で魔物が襲ってくるかもしれないじゃあないですか。
だからあたしは、ちょうど酒場に居た冒険者に、護衛を頼むことにしたんです。
Sちゃんっていう若い子。このSちゃんがね、今時珍しい、気の良い青年なんですよ。
あたし達はすぐに意気投合して、馬鹿話をしながら、揚々と洋館まで向かったんです。
その洋館は、街から遠く離れた、暗い暗い森の中に立っていましてね。
お互いの冗談に笑い合ってたあたし達も、お屋敷の前まできたら、ピタッ…。
雰囲気といいますか、空気がまるで違うんです。そこだけ、ゾォーッと。
あたしは思いましたよ。「あ、これは本物だ」って。
なぜだか寒いんです。サブイボが立つほど。そこだけ冬みたいだった。
ふと隣を見ると、Sちゃんも何かを感じたらしくて、顔が真っ青。
あたしもSちゃんも、もうおしゃべりする余裕なんてなくなっていました。
でも、ここまで来て、むざむざ帰るワケにもいきませんから。
あたし達は腰が引けながらも、お屋敷の扉をノックしたんです。
「もしも〜し、もしも〜し」…。
…誰も出てこない。やっぱり、人の気配はないんですよ。
だけどね、Sちゃんがあることに気付いたんです。
「おかしいよ、ジュンちゃん」って、震えた声で言うんです。
「誰もいないはずなのに、クモの巣ひとつない…」って。
それを聞いた途端、背筋がゾワワ〜ッ!
確かにね、よくよく見ると、クモの巣がどこにも張ってない。
それどころか、ドアノブは磨いてあるし、壁には汚れ一つない。
見た目がオンボロってだけで、ちゃんと掃除されているんですよ。
あたしはもう怖くて怖くて。
すぐにでも帰りたくって、Sちゃんと顔を見合わせたんです。
そしたらね。
ギギィー…。
扉が開いたんです。
あたしはドアノブに触っていませんよ。扉をノックしただけです。
Sちゃんも触っていません。あたしの後ろにいたんですから。
なのに、勝手に扉が開いたんですよ。
手前側にね。これはもう、風で開いたとかじゃあない。
「ああ、オバケが迎えに来たんだな」って、あたしは思いました。
その時ね、ふと、お屋敷の中を覗いてみると。
くら〜い廊下の奥に、チラッと、人影のようなものが見えたんです。
咄嗟に叫びましたよ。
「Sちゃん、誰かいる! 誰かいる!」。
その人影を指差して、あたし、必死にSちゃんを呼びまして。
でも、その影はあたしの目の前で、フッ…と消えてしまったんです。
Sちゃんがそっちを見る頃には、文字通り、影も形も無くって。
不思議そうな顔をして、「何かいたの?」って、あたしに聞くんです。
アレはきっと、噂のオバケに違いない。
そう思ったあたしは、意を決して、真っ暗なお屋敷の中に入ったんです。
Sちゃんも、怖がりながらもついてきてくれました。良い青年ですよ、彼は。
あたしとSちゃんは松明を手に、お屋敷の中を探検しました。
やっぱりね、外と一緒で、中も綺麗に掃除されていたのが不気味で…。
まだクモの巣があったほうがマシです。あまりに異様じゃあないですか。
一階をぐるっと見回った後、あたし達は二階に上りまして。
大の大人が、揃ってビクビクしながら廊下を歩いていたんですけどね。
ふと、Sちゃんが私の肩を叩いて、声を潜めて言うんです。
「ジュンちゃん、あれ…」。
その声が、なんとも怖いものを見たかのように震えていて。
イヤだな〜、イヤだな〜って思いながらも、あたしはそちらに目をやったんです。
Sちゃんが指差す先を見ると、窓越しに裏庭が見えました。
そこにはね…お墓があったんですよ。
お墓。たくさん並んでいたんです。
あたしは思わず息を呑みました。
だってね、だって、いるんですよ。お墓の前に。
長く白い髪をした女の人が、ぼぅ…と立っていたんです。
気付いた瞬間、汗がブワーッ!
その女の人っていうのが、どう見ても普通じゃない。
後ろ姿だったんですけど、それでもおかしいって分かっちゃう。
服はボロボロ、足は裸足、肌なんて血が通っていないかのような土気色。
唖然としちゃいましてね。
固まるあたしに対して、Sちゃんが言うんです。
「逃げよう、ジュンちゃん。逃げよう」って。
その言葉に、もうあたしも反対なんてしませんよ。
見ることはできたワケですし、命あっての物種ですからね。
でもね、Sちゃんの方にハッと振り向いた時。
いたんですよ。
Sちゃんの背後に、女性のオバケが…。
「ギャアアア〜〜〜ッ!」てあたしが叫んだ時には、もう遅かった。
Sちゃんはオバケに襲われて、その場に組み伏せられてしまったんです。
あたしはね、恐怖のあまりに腰が抜けてしまいまして。
その場に尻餅をついて、目の前でSちゃんが襲われる様を見ていたんです。
なんとか助けてあげたかったけれど、もう恐ろしくって指一本動かない。
「Sちゃーん! Sちゃーん!」って、名前を呼ぶだけで精一杯ときた。
当のSちゃんも、泣き叫んで暴れるんだけれど、オバケには全然通じない。
あっという間に両手両足を押さえ付けられて、完全に動けなくされちゃったんです。
あたしもさすがに観念しましたよ。「もう駄目だ、二人ともここでお終いだ…」って。
でもね、なんかおかしい、な〜んかおかしい。
そのオバケはね、こう、Sちゃんの頭をガブーッといくモンだと思ってたんだけど。
違うんですよ。なんとね…接吻。Sちゃんに、ブチューッと接吻したじゃあありませんか。
あたしもSちゃんも驚いちゃって。
だけど、オバケは構わず、Sちゃんに接吻を繰り返すんです。
まるで壊れたからくり人形みたいに、何度も何度もするんですよ。
そこであたしはピーンときた。
このオバケは、もしかしてSちゃんに一目惚れしたんじゃないかって。
皆さんは聞いたことがありませんか?
オバケが現れるのは、現世の人間を道連れにするためだってお話。
Sちゃんはオバケに魅入られてしまったワケです。いや〜、恐ろしい話ですねぇ。
オバケの目的が分かったところで、あたしはふと、ある音に気が付いたんです。
咽の潰れたカラスの鳴き声のような、なんとも奇妙で恐ろしい音でして…。
「あ゙〜…、あ゙〜…」って。その音が、次第に大きくなってくるモンだから驚いた。
あたしは動かない下半身を引き摺って、必死になって声の聞こえる裏庭を見たんです。
そこにはね、Sちゃんを襲うのと同じ、女性のオバケがいたんですよ。
地面から這い出てくる、何人もの女性のオバケが…。
「ウギャアアア〜〜〜〜ッ!!」
あまりのおぞましさに、あたしは腹の底から叫んでしまいました。
すると裏庭のオバケ達が、一斉にこちらへと振り返るじゃありませんか。
あたしは這いつくばって、それこそゴキブリのように走り、窓から離れましたよ。
もうね、あれ以上の恐怖はないんじゃないかってくらい。必死も必死でした。
だけど、逃げた先には、Sちゃんを襲うオバケ。
いつの間にか服を脱いで、イヤラシイ動きで彼を弄んでいるんですよ。
そこでまた、あたしは叫んじゃって。いやあ、生きた心地がありません。
でもね、一番の驚きはオバケじゃあないんです。
Sちゃん。彼がね、自分からオバケに接吻しているじゃあありませんか。
それを見て、あたしはもうパニックになっちゃって。「なんじゃこりゃ〜っ!?」って。
あんぐり口を開けるあたしを横目に、Sちゃんとオバケはお愉しみを続けるんです。
互いにハダカになって、人目もはばからず、くんずほぐれつ…。
もうね、Sちゃん、オバケを怖がるどころか、夢中になっちゃって。
あたしがいくらSちゃんを呼んでも、こっちをちっとも見てくれないの。
それでねぇ、その後はもっと凄かった。
オバケを四つん這いにして、Sちゃんが彼女を後ろから突き上げるんですよ。
ほら、犬の交尾って見たことあるでしょう? あんな感じにね、パンッ、パンッて。
するとね、響くんですよ。無人のお屋敷ですから。
二人が肌をぶつけ合う度に、スケベな音が反響するんです。
クチュクチュクチュ…。ペロペロペロ…。
チュゥチュゥチュゥ…。ピチャピチャピチャ…。
パンッパンッパンッ…。アンッアンッアンッ…。
うわ〜、激しいな〜、凄いな〜、エロいな〜。
あたしもそんな二人を見てたら、つい…そのね、ウフッ。
ありがたくオカズにさせてもらって、シコシコしてしまったんです。
だけど、ふと見ると、二人の向こう側に別の影が見えるじゃあありませんか。
目を凝らして見るとね、その影の正体っていうのが、裏庭にいたオバケ達なんです。
いつの間にか二階まで上がってきていたんですよ。心臓が飛び出るかと思いました。
あたしは急いでズボンを上げて、その場から逃げ出しました。
Sちゃんを置いて、です。とても助ける暇はありませんでした。
我が身可愛さとはいえ、若い彼を見捨てたのは、非常に心苦しかったですよ。
そういえば、あたしが逃げようとして、Sちゃんに背を向けた瞬間なんですが。
Sちゃんを襲ったオバケがね、一際高い喘ぎ声を上げたんです。
その後、プゥンと栗の花の臭いがしたんですが、あれはなんだったんでしょうかねぇ。
…それから数日後、そう、一昨日の事なんですがね。
行方不明になったはずのSちゃんから、私宛に手紙が届いたんです。
恐る恐る読んでみると、そこにはこう書かれていました。
『ジュンちゃん、お元気ですか。僕は元気です。
件の後、僕と彼女は恋人同士となり、先日婚約を結びました。
彼女は日光が苦手なので、結婚式は夜間に行う予定です。
日時は鯨の月十二日、零時に、鐘の音と共に開始します。
式場は、例のお屋敷の地下一階にある礼拝堂です。
もし都合がつくようであれば、ぜひジュンちゃんも来てください。
参列者は、今のところ彼女の仲間とその婚約者達だけなので、
人間のジュンちゃんが参加してくれると、式も盛り上がると思います。
美味しい料理やお酒、媚薬をたくさん用意して待っていますね。
ジュンちゃんを見て一目惚れした女の子達も待っていますよ。
PS.
僕が彼女と出会えたのは、ジュンちゃんのおかげです。
本当にありがとう。ジュンちゃんは僕達の恋のキューピッドです』
そう、結婚式の招待状だったんです。
いや〜、皆さん、こんなことってあるんですねぇ。
12/11/19 23:12更新 / コジコジ