翼をください
ぞぞぞぞ……
しゅるるるる……
部屋の中には異様な音が響いていた。
植物達が美香の目の前で蔦状になり、部屋の中央で何かを編み上げるように組み合わさっていく。
やがてそれは大木の幹のような柱状の形を作り、中に人が入れるくらいの洞を作った。
「さ、中にどうぞー」
森が美香を促す。
常人ならば足がすくむ状況だろう。
植物の作り上げた空洞は全体が生き物のようドクン、ドクンと鼓動を刻み、所々が緑色にチカチカと発光したりしている。
正直、かなり不気味だ。
「……」
美香は全く迷いのない足取りでそれに近付くと羽織っていたバスローブを解き、地面に落とした。
「モナカちゃんはー……綺麗ですねー……」
美香を後ろから見ていた森が言う。
仕事上世辞を言う事もあるが、これは森の本心からの言葉だった。
美香の体は美しい。マッサージで触れさせてもらっていた時からわかっていたがそうして一糸纏わぬ姿になるとより際立ってわかる。
雪のように白い肌に均整の採れた体つき、確かな女性を誇示する膨らみ、大人と子供の中間にある少女の危うい魅力。
そしてその表情、全てを捨てる覚悟を固めた表情は怜悧ささえ感じさせる。
その少女が背景のグロテスクな緑の大樹とコントラストを成して奇妙に美しい絵画になる。
森はうずうずと腰を震えさせる。
この美しい少女を今からより美しく、そして淫らな存在へと生まれ変わらせてあげるのだ。
たった一人の愛する者を貪り、啜り、虜にして、愛し尽くす、そんな存在へと……。
「ここに、入ればいいんですね?」
空洞の淵に手をかけて美香が言う。
「そうですー……いつもと同じようにリラックスしてーその中にで横になって下さいねー」
美香はそっとその木の手触りを確かめる。
見た目から木の肌のように硬いのかと思いきや手触り自体は柔らかな……
(……ウォーターベッド?)
そんな感想を抱きながらぐっと体を薄暗い洞の中に押し込む。
(あ……すごい、宇宙みたい)
中で横になってみると暗闇の中で緑の光がちかちがと瞬くのが見えてちょっとしたプラネタリウムのようだ。
そして濃密な蜜のような匂い。
「はーい、リラックス〜」
「わっ」
突然頭上から森の声が聞こえてきて流石にびっくりする。
見上げてみると幹の内部から森の上半身がにょっきりと生えて美香を見下ろしているのだ。改めて森が人間でない事がわかる。
しかしその浮かべる表情はいつもと変わらぬのんびりしたものなのであまり恐怖感は湧いてこない。
というか……。
「やっぱりおっきいですね……」
森の上半身は裸だ、服の上からでもわかっていたが非常に豊かな房の持ち主である。
「モナカちゃんも素敵ですよー?……きっとお兄さんもめろめろですね〜」
「そう、ですか?」
美香にとって一番重要なのは人と比べてどうかではなく、兄の目にいかに魅力的に映るかなのでそう言われると悪い気はしない。
「……体型とか体質とか、変わるんでしょうか……」
「んふふー緊張するのは当然ですけれどもー、人間の頃よりも色々と便利になりますよー、それに変わるのはとおっても気持ちがいいですからー安心してくださいねー」
「……ありがたいです」
どんな激痛にでも耐える覚悟だったが痛くないならそれに越したことはない、美香は胸を撫で下ろす。
とろ……
「あっ……」
何か温かいものが身体に触れた。天井から流れ出て降ってきたのだ。
いつもの香油よりももっと粘度の高い感触。琥珀色のそれは……。
「……ローション……はちみつ?」
「うふふー、実はー普段使っているオイルもーそれが原料なんですよー」
「そうなんですか……」
言われてみれば濃密なその匂いはあの香油と似ている。
ぬち……
「んっ……」
上から森が手を伸ばして美香の滑らかな肌にそれを塗り込んでいく、肌に付ける物の違いを除けばいつものエステと変わらない。
ぬちゃっ
「きゃっ」
予想外の部分に手の感触を感じて思わず声が出る。
見てみると地面から触手のような蔦が伸びて足に蜜が塗りこみ始めている。
一組だけではない、ぞろぞろと体の周囲から蔦が生えて全身に伸び、天井から垂れてくる蜜を体の隅々に丹念に塗り込みはじめる。
見る間に少女の体は淫猥なぬめりに覆われ、てらてらと光沢を放ち始める。
「あぅ……んっ……あくっ……」
思わず声が漏れそうになって口元を抑えようとしたが、既に両手も蔦に捉えられて指の間にまで蜜を塗られていっている。
「我慢しないでー、声を出していいんですよ〜」
羞恥で真っ赤になる美香の顔を覗き込みならが森が言う。
そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「あっ……やっ……」
更に両足に蔦が絡むとぐい、と両足を開かせようとする。
思わず抵抗しようとするが変わるためならばと羞恥に耐えて力を抜き、蔦の動きに任せる。
ぬちゃ……ねち……にちゅ……ぬる……ぬち……。
「……っ……んぅっ……んくっ……んん……」
部屋には美香の肌に蜜が塗り込まれる音と、美香の押し殺した声だけが響く。
(……気持ち、いい……)
美香は快楽と必死に戦っていた、マッサージの気持ちよさとは違う、明らかに性的な快楽だ。
体中性感帯になったかのようにどこを触られても跳ね上がるほど気持ちがいい。
「くふぅ……くぅぃぃ……」
全身がどろどろにとかされていく中、乳首と陰核だけが小石のように固く尖ってしまっている。
何より下腹部の奥はその中で火が燃えているんじゃないかという熱を持っている。
蜜に紛れてわからないが股の間はすでに洪水のような状態になっている。
「ふぅー……ふぅー……ふぅぅぅん……」
それでも美香は耐えた、声を出さないように耐えた。
「んふふ〜……わかりますよー……お兄さんから以外の刺激でー……気持ちよくなるのは嫌なんですねー……?」
美香の考えを読んだかのようなセリフが耳元で囁かれる。
「でも〜……これは愛されるための前準備ですからねー……お兄さんのために気持ちよく変わっちゃいましょうね〜……」
ぐちゃにちゅぐちゅぐちゅぐちゅ
「んんんぅぅぁうっ」
その言葉と共に蔦の愛撫がより一層激しさを増した、もはやどこがどうされているかわからない。
「でもここはー……とっておきましょうね〜……」
どろどろになった膣口周辺をなぞりながら森が言う。
そうだ、これに耐えれば兄と愛し合えるのだ、兄さんと……兄さんに私の始めてを……。
そう考えたのがよくなかった、兄との交わりを想像した体がますます敏感になり始める。
まずい、これはまずい。
「あ……わかりますよ〜……お兄さんの事、考えたんですねー」
どうしてわかってしまうのだ。
「腰〜動いちゃってますからね〜……」
「えぁっ……?はっ……はっ……あっ……やぁっ……」
言われて始めて気付いた。
自分で知らないうちに腰がゆるゆると前後に揺れているのだ、見えない何かを迎え入れようとするように。
「やぁっ違う、だめ、やぁっ」
「体が〜お兄さんのおちんちん欲しいよう、欲しいよう、って〜……泣いちゃってますね〜……とってもえっちですね〜」
恥ずかしい、恥ずかしくて仕方ないのに腰の勝手な動きは止まってくれない。
「もっと〜……想像してみましょうね〜……?お兄さんに〜……モナカちゃんの大事に大事にとってきた初めてを〜……捧げちゃうところを〜」
「はっ……」
兄の顔が瞼の裏にフラッシュバックした。次の瞬間、脳内が真っ白に塗りつぶされた。
美香の全身が蔦に絡みつかれながらもぐんっと反り返り、手と足の指がぎゅんっと握り締められる。
突き上げられた腰がくんっくんっと今までにない動きで空腰を振った。
「…………っっ……っっ……」
何も写っていない目を見開き、口をぱくぱくさせる、多分、生涯で一番深い絶頂。
「あぅっあ、あくっ……!はくぅっ……!」
降りてきても全身のわななきが止まらない、腰も止まらない。
「気持ちいいですか〜……?ふふ〜……お兄さんとの〜……好きな人とのセックスは〜こんなものじゃないんですよ〜……?」
言わないで欲しい、兄の事を言わないで欲しい、またイってしまう。
「ひ、ひ、ひぃん……?」
と、美香は困惑した声を上げる。
腰の後ろ側、今までと違う部分に疼きを感じた。
むずむずする、何か、何かが出てきてしまいそうな……。
「あ〜……始まりましたね〜……」
「な……に……何……?ふぁっ!?」
寝転んでいた地面が隆起し、ごろんと美香の体制をうつ伏せにひっくり返す。
「ここですね〜?」
「やぁぁっ……やぁっ……そこっ……何かっ……やぁぁっ!?」
森はちょうどその疼きのある部分を手ですりすりと撫でる。撫でられる度に背筋に鳥肌が立つような快感を感じる。
「い、い、い、いぃぃ……っ!?」
みし、みし、みし
脊髄が、背骨が音を立てる。体の内部から内蔵に響き渡るような音がする。
「あーっ!あぁぁあっ!何か!にぃっ……兄さっ……やあぁぁあ!」
猫の背伸びにような体制で尻を持ち上げ、美香は地面に顔を擦り付けて思わず兄を呼ぶ。
未知の快楽で脳髄が焼かれる、焼き切れてしまう。
「出ておいで〜出ておいで〜」
持ち上がって撫でやすくなったそこを森が丹念に撫で回す、一撫でされるたびに腰がぶるり、ぶるりと震える。
「にいさぁぁんん」
ずりゅんっ
出てきた、何かが。
何かの器官が出てきた。
異物ではなく自分の体の一部なのだということが触覚でわかった。
手とも足とも違う、四肢に一つが加わったような……。
「はぁぁっはぁぁっ!?」
掲げられた自分の尻を見上げて美香は目を見開く。
腰から何かが生えている、黒い……尻尾……?
粘液濡れのそれは誕生を喜ぶように……いや、困惑するようにしゅるしゅると身をのたくらせている。
「はいは〜い……落ち着いて下さいね〜」
なだめるように森がそれを撫でる、感触が伝わる。
「ひぃぃぃんっ、し、尻尾……尻尾ぉ……!?」
「そうですよ〜尻尾ですよ〜」
生まれたてのその器官を撫でながら森が言う。
(ほ……本当だ……私、本当に人間じゃなくなってる……!)
許される。
(人間じゃないんだ……!)
許される。
(わたし、にいさん……)
人間じゃないんだから。
「かえ……て……!」
もう我慢しなくていい。
「はいー?」
もう耐えなくていい。
「変えてぇ……!私を、もっと……!人じゃなくしてぇ!」
もう、人間に縛られなくていい。
「素敵、ですー……モナカちゃん……そーれいーこいーこ〜」
人を捨てる事を厭わない、むしろ、愛がために捨てる。そんな狂気。
最高の資質といえる、森は興奮を抑えきれない様子で泣いて懇願する美香の頭を撫でてやる。
「ひ、ひぃぃっ……ぎっ……」
変化の兆しがまたも現れる。
めりめりと脳に響くような軋みが聞こえる、こめかみからごうごうと血の巡る音がする。
「いいぃぃっ……あっ……!」
ぎしぎしぎしぎし。
頭、頭から、何かが。
違う、背骨、背中から?
違う、両方から。
めちめちめちめち
部屋に肉が裂けるような生々しい音が響く。
「……ぁぁぁぁ……」
音とは対照的に美香は苦痛ではなく快楽を感じているらしい。
恍惚とした美香の頭部から髪をかき分けて角が現れ始める。
「くぁっ」
がくん、と首が下がる。
むき出しになった背中にふた筋の傷跡のような筋が入り、それがみるみる広がる。
「うぅぅぅぅ……」
濡れて折りたたまれた雛鳥の羽のようなものがその筋からずるずると現れる。
同時に頭部の角もみるみる形を成していく。
「ふぅぅ……う……」
コウモリのそれに似たその翼が震えながら徐々に広がっていく。
「……くっ……」
美香がきつく閉じていた目を見開くと同時に翼が完全に広げられる。
「ああ……モナカちゃん、やっぱり綺麗ですー……」
翼の大きさには個人差がある、美香の翼は大きかった。
自身がその翼の影に覆われ、白い肌と不思議な光彩の瞳が暗闇に浮かび上がる。
「はぁ……ぁ……ぁ……」
「ああ……とっても〜……」
森は感動に身を震わせながら美香の変容を見守る。
驚いた事に成熟したサキュバスに近い魔力を感じる。
ふわり、と翼が広がる。
森はうっとりとその姿に見とれた。
・
・
・
「……」
「も……もしも〜し?」
「……」
美香は再びバスローブ姿になっていた。
「変化」の後にもう一度シャワーを浴びさせてもらって蜜まみれの体を清めた後だ。
その美香は今マッサージ台の上で体育座りをして裸足のつま先をうねうね動かしている。合わせて新たに生えた尻尾もうねうね動いている。
「……」
お世辞にも機嫌が良さそうには見えない。というか明らかに拗ねている。
「聞いてなかった」
「え、え〜、それはですねー」
「あんなにヤラしい方法だなんて聞いてなかった」
「あはは〜」
「もお……サイテー……兄さん以外にあんな……あっ!」
と、急に何かを思い出したように周囲をきょろきょろと見回すと自分の鞄を見付け、携帯を取り出す。
「やば……着信だらけ……あちゃぁ……何も考えずに遅くまで出ちゃったしなぁ……」
「あ、ご両親には〜私から連絡しておきました〜……ちょっとお仕事中に気分が悪くなって〜……お休みしてますって〜」
「森さんナイス、これでこの件は許します」
「許されました〜♪」
「私の服、どこでしたっけ」
「どうぞ〜」
美香はバスローブを手早く脱ぐと制服に着替え始める、と、少し困った顔になる。
「ちょっとこれ……邪魔……」
「それは〜しまおうとすればしまえるんですよ〜」
「どうやって……あ、しまえた」
するする、と背中に羽が収まり、尻尾も縮んで目立たなくなる。
美香がその上に制服を着なおすとそこにはいつも通りの美香の制服姿があった。
鏡を見てさっと髪を整えると美香は森に頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございました……これで私は……やっと……」
最後まで言わずに顔を上げ、美香は森に微笑みかける。
「帰るんですか〜?」
「はい、遅くなっちゃったし……お父さんお母さんも心配してますし……」
「珍しいですねー」
「はい?」
森は頬に手を当てて首を傾げながら言う。
「魔物になった子は〜大抵すぐに想い人の元に行きたがるものなんですけどね〜」
美香はくすりと笑う。
「もちろん本当はそうしたいですよ、この羽で今すぐ兄さんの所に飛んで……文字通り飛んでいきたい気分ですけど」
でも、とマフラーを首に巻きながら美香は続ける。
「「急いては事を仕損じる」ですよ、まずはちゃんと家に帰って……いつも通り寝て、いつも通りゴハン食べて、いつも通りガッコ行って……あ」
美香はまた携帯を開くとスケジュール表を開く。
「お仕事の予約も入ってるし……ちゃんと出るから心配しないで下さい」
「律儀ですね〜」
「それが取り柄ですから……それじゃ、お世話になりました」
いつものヘッドホンを被ると美香は出口に向かった。
「お疲れさまでした〜」
と、ドアを開ける直前に美香は振り返って言う。
「もう、確実なんです」
「はい〜?」
これまでのどの笑みとも違う笑みを浮かべて美香は言った。
「確実に、私は兄さんと結ばれるんです」
笑って美香は出て行った。
その姿を見届けて森はほう、とため息をついた。
凄い笑顔だった、どんな聖人でも堕落させる魔物の笑みだった。
「適性って〜あるんですね〜……ふふふぅ……お兄さんはぁ……凄いことになっちゃいますね〜」
美香の兄の行く末を思い、森もまた淫らな笑みを浮かべた。
・
・
・
「妙子さん、美香ちゃんは……」
「ええ、森さんから連絡があったわ、彼女はもう「こちら側」よ」
「昨日、ですか」
「みたいね」
「どうりで……」
いつもの喫茶店で吉田と妙子は先日と同じようにテーブルの上に広げた写真に見入っていた。
「見違えたでしょ」
「……「変化」した後のモデルが魅力的になるのは当然ですが……それにしてもすごい、これは」
並べられた写真は以前と同様美香のものだが以前とは美香の表情が違う。モデルらしい満面の笑顔よりもあるなしかの微笑を浮かべた表情だ。
そうした方が美香の魅力を引き出せると吉田が考えての事だったがそれが当たりだったらしい。
いや、それだけではない。
写真を通してすら伝わってくる凄絶な艶、色香。
「撮ってる手に鳥肌がずっと止まらなかったですよ……」
「撮った時期がね」
「はい?」
「変化した昨日から今日の今まで普通のサイクルの生活送ったそうよ、彼女」
「へえ……?それはまた珍しい、よくその……正常でいられましたね」
妙子は写真の一枚を拾い上げて見る。
写真に映っている美香は木漏れ日の中で微かな笑みを浮かべてカメラを見ている。
写真を持つ妙子の手が一瞬震えた。
「キレてる娘ねえ……」
「キレてる?」
「知ってると思うけど「変化」の直後っていうのは精が不足した……いわば飢餓状態なのよ、だから想い人がいるならすぐに会いたがるものなんだけど……彼女は飢えを抑えて冷静に囲いに行ったって事ね」
「……この写真の彼女は……」
「飢餓状態で仕事をこなしてるって訳ね……信じられない精神力」
ぱさ、と写真をテーブルに落として妙子はコーヒーを啜った。
「売れるでしょうね」
「間違いないですよ、魔物の魅了がこんなにはっきりと撮れた例はないんじゃないですか?」
吉田は興奮気味に言う、カメラマンとして今までにない手応えを感じているようだ。
「でも、彼女は当分駄目ね」
しかし妙子の表情には諦観が浮かんでいた。
「駄目、とは?」
「撮影の後、獲物を狩る目で帰っていったもの、当分は連絡つかないんじゃないかしら?」
「ああ……」
しゅるるるる……
部屋の中には異様な音が響いていた。
植物達が美香の目の前で蔦状になり、部屋の中央で何かを編み上げるように組み合わさっていく。
やがてそれは大木の幹のような柱状の形を作り、中に人が入れるくらいの洞を作った。
「さ、中にどうぞー」
森が美香を促す。
常人ならば足がすくむ状況だろう。
植物の作り上げた空洞は全体が生き物のようドクン、ドクンと鼓動を刻み、所々が緑色にチカチカと発光したりしている。
正直、かなり不気味だ。
「……」
美香は全く迷いのない足取りでそれに近付くと羽織っていたバスローブを解き、地面に落とした。
「モナカちゃんはー……綺麗ですねー……」
美香を後ろから見ていた森が言う。
仕事上世辞を言う事もあるが、これは森の本心からの言葉だった。
美香の体は美しい。マッサージで触れさせてもらっていた時からわかっていたがそうして一糸纏わぬ姿になるとより際立ってわかる。
雪のように白い肌に均整の採れた体つき、確かな女性を誇示する膨らみ、大人と子供の中間にある少女の危うい魅力。
そしてその表情、全てを捨てる覚悟を固めた表情は怜悧ささえ感じさせる。
その少女が背景のグロテスクな緑の大樹とコントラストを成して奇妙に美しい絵画になる。
森はうずうずと腰を震えさせる。
この美しい少女を今からより美しく、そして淫らな存在へと生まれ変わらせてあげるのだ。
たった一人の愛する者を貪り、啜り、虜にして、愛し尽くす、そんな存在へと……。
「ここに、入ればいいんですね?」
空洞の淵に手をかけて美香が言う。
「そうですー……いつもと同じようにリラックスしてーその中にで横になって下さいねー」
美香はそっとその木の手触りを確かめる。
見た目から木の肌のように硬いのかと思いきや手触り自体は柔らかな……
(……ウォーターベッド?)
そんな感想を抱きながらぐっと体を薄暗い洞の中に押し込む。
(あ……すごい、宇宙みたい)
中で横になってみると暗闇の中で緑の光がちかちがと瞬くのが見えてちょっとしたプラネタリウムのようだ。
そして濃密な蜜のような匂い。
「はーい、リラックス〜」
「わっ」
突然頭上から森の声が聞こえてきて流石にびっくりする。
見上げてみると幹の内部から森の上半身がにょっきりと生えて美香を見下ろしているのだ。改めて森が人間でない事がわかる。
しかしその浮かべる表情はいつもと変わらぬのんびりしたものなのであまり恐怖感は湧いてこない。
というか……。
「やっぱりおっきいですね……」
森の上半身は裸だ、服の上からでもわかっていたが非常に豊かな房の持ち主である。
「モナカちゃんも素敵ですよー?……きっとお兄さんもめろめろですね〜」
「そう、ですか?」
美香にとって一番重要なのは人と比べてどうかではなく、兄の目にいかに魅力的に映るかなのでそう言われると悪い気はしない。
「……体型とか体質とか、変わるんでしょうか……」
「んふふー緊張するのは当然ですけれどもー、人間の頃よりも色々と便利になりますよー、それに変わるのはとおっても気持ちがいいですからー安心してくださいねー」
「……ありがたいです」
どんな激痛にでも耐える覚悟だったが痛くないならそれに越したことはない、美香は胸を撫で下ろす。
とろ……
「あっ……」
何か温かいものが身体に触れた。天井から流れ出て降ってきたのだ。
いつもの香油よりももっと粘度の高い感触。琥珀色のそれは……。
「……ローション……はちみつ?」
「うふふー、実はー普段使っているオイルもーそれが原料なんですよー」
「そうなんですか……」
言われてみれば濃密なその匂いはあの香油と似ている。
ぬち……
「んっ……」
上から森が手を伸ばして美香の滑らかな肌にそれを塗り込んでいく、肌に付ける物の違いを除けばいつものエステと変わらない。
ぬちゃっ
「きゃっ」
予想外の部分に手の感触を感じて思わず声が出る。
見てみると地面から触手のような蔦が伸びて足に蜜が塗りこみ始めている。
一組だけではない、ぞろぞろと体の周囲から蔦が生えて全身に伸び、天井から垂れてくる蜜を体の隅々に丹念に塗り込みはじめる。
見る間に少女の体は淫猥なぬめりに覆われ、てらてらと光沢を放ち始める。
「あぅ……んっ……あくっ……」
思わず声が漏れそうになって口元を抑えようとしたが、既に両手も蔦に捉えられて指の間にまで蜜を塗られていっている。
「我慢しないでー、声を出していいんですよ〜」
羞恥で真っ赤になる美香の顔を覗き込みならが森が言う。
そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「あっ……やっ……」
更に両足に蔦が絡むとぐい、と両足を開かせようとする。
思わず抵抗しようとするが変わるためならばと羞恥に耐えて力を抜き、蔦の動きに任せる。
ぬちゃ……ねち……にちゅ……ぬる……ぬち……。
「……っ……んぅっ……んくっ……んん……」
部屋には美香の肌に蜜が塗り込まれる音と、美香の押し殺した声だけが響く。
(……気持ち、いい……)
美香は快楽と必死に戦っていた、マッサージの気持ちよさとは違う、明らかに性的な快楽だ。
体中性感帯になったかのようにどこを触られても跳ね上がるほど気持ちがいい。
「くふぅ……くぅぃぃ……」
全身がどろどろにとかされていく中、乳首と陰核だけが小石のように固く尖ってしまっている。
何より下腹部の奥はその中で火が燃えているんじゃないかという熱を持っている。
蜜に紛れてわからないが股の間はすでに洪水のような状態になっている。
「ふぅー……ふぅー……ふぅぅぅん……」
それでも美香は耐えた、声を出さないように耐えた。
「んふふ〜……わかりますよー……お兄さんから以外の刺激でー……気持ちよくなるのは嫌なんですねー……?」
美香の考えを読んだかのようなセリフが耳元で囁かれる。
「でも〜……これは愛されるための前準備ですからねー……お兄さんのために気持ちよく変わっちゃいましょうね〜……」
ぐちゃにちゅぐちゅぐちゅぐちゅ
「んんんぅぅぁうっ」
その言葉と共に蔦の愛撫がより一層激しさを増した、もはやどこがどうされているかわからない。
「でもここはー……とっておきましょうね〜……」
どろどろになった膣口周辺をなぞりながら森が言う。
そうだ、これに耐えれば兄と愛し合えるのだ、兄さんと……兄さんに私の始めてを……。
そう考えたのがよくなかった、兄との交わりを想像した体がますます敏感になり始める。
まずい、これはまずい。
「あ……わかりますよ〜……お兄さんの事、考えたんですねー」
どうしてわかってしまうのだ。
「腰〜動いちゃってますからね〜……」
「えぁっ……?はっ……はっ……あっ……やぁっ……」
言われて始めて気付いた。
自分で知らないうちに腰がゆるゆると前後に揺れているのだ、見えない何かを迎え入れようとするように。
「やぁっ違う、だめ、やぁっ」
「体が〜お兄さんのおちんちん欲しいよう、欲しいよう、って〜……泣いちゃってますね〜……とってもえっちですね〜」
恥ずかしい、恥ずかしくて仕方ないのに腰の勝手な動きは止まってくれない。
「もっと〜……想像してみましょうね〜……?お兄さんに〜……モナカちゃんの大事に大事にとってきた初めてを〜……捧げちゃうところを〜」
「はっ……」
兄の顔が瞼の裏にフラッシュバックした。次の瞬間、脳内が真っ白に塗りつぶされた。
美香の全身が蔦に絡みつかれながらもぐんっと反り返り、手と足の指がぎゅんっと握り締められる。
突き上げられた腰がくんっくんっと今までにない動きで空腰を振った。
「…………っっ……っっ……」
何も写っていない目を見開き、口をぱくぱくさせる、多分、生涯で一番深い絶頂。
「あぅっあ、あくっ……!はくぅっ……!」
降りてきても全身のわななきが止まらない、腰も止まらない。
「気持ちいいですか〜……?ふふ〜……お兄さんとの〜……好きな人とのセックスは〜こんなものじゃないんですよ〜……?」
言わないで欲しい、兄の事を言わないで欲しい、またイってしまう。
「ひ、ひ、ひぃん……?」
と、美香は困惑した声を上げる。
腰の後ろ側、今までと違う部分に疼きを感じた。
むずむずする、何か、何かが出てきてしまいそうな……。
「あ〜……始まりましたね〜……」
「な……に……何……?ふぁっ!?」
寝転んでいた地面が隆起し、ごろんと美香の体制をうつ伏せにひっくり返す。
「ここですね〜?」
「やぁぁっ……やぁっ……そこっ……何かっ……やぁぁっ!?」
森はちょうどその疼きのある部分を手ですりすりと撫でる。撫でられる度に背筋に鳥肌が立つような快感を感じる。
「い、い、い、いぃぃ……っ!?」
みし、みし、みし
脊髄が、背骨が音を立てる。体の内部から内蔵に響き渡るような音がする。
「あーっ!あぁぁあっ!何か!にぃっ……兄さっ……やあぁぁあ!」
猫の背伸びにような体制で尻を持ち上げ、美香は地面に顔を擦り付けて思わず兄を呼ぶ。
未知の快楽で脳髄が焼かれる、焼き切れてしまう。
「出ておいで〜出ておいで〜」
持ち上がって撫でやすくなったそこを森が丹念に撫で回す、一撫でされるたびに腰がぶるり、ぶるりと震える。
「にいさぁぁんん」
ずりゅんっ
出てきた、何かが。
何かの器官が出てきた。
異物ではなく自分の体の一部なのだということが触覚でわかった。
手とも足とも違う、四肢に一つが加わったような……。
「はぁぁっはぁぁっ!?」
掲げられた自分の尻を見上げて美香は目を見開く。
腰から何かが生えている、黒い……尻尾……?
粘液濡れのそれは誕生を喜ぶように……いや、困惑するようにしゅるしゅると身をのたくらせている。
「はいは〜い……落ち着いて下さいね〜」
なだめるように森がそれを撫でる、感触が伝わる。
「ひぃぃぃんっ、し、尻尾……尻尾ぉ……!?」
「そうですよ〜尻尾ですよ〜」
生まれたてのその器官を撫でながら森が言う。
(ほ……本当だ……私、本当に人間じゃなくなってる……!)
許される。
(人間じゃないんだ……!)
許される。
(わたし、にいさん……)
人間じゃないんだから。
「かえ……て……!」
もう我慢しなくていい。
「はいー?」
もう耐えなくていい。
「変えてぇ……!私を、もっと……!人じゃなくしてぇ!」
もう、人間に縛られなくていい。
「素敵、ですー……モナカちゃん……そーれいーこいーこ〜」
人を捨てる事を厭わない、むしろ、愛がために捨てる。そんな狂気。
最高の資質といえる、森は興奮を抑えきれない様子で泣いて懇願する美香の頭を撫でてやる。
「ひ、ひぃぃっ……ぎっ……」
変化の兆しがまたも現れる。
めりめりと脳に響くような軋みが聞こえる、こめかみからごうごうと血の巡る音がする。
「いいぃぃっ……あっ……!」
ぎしぎしぎしぎし。
頭、頭から、何かが。
違う、背骨、背中から?
違う、両方から。
めちめちめちめち
部屋に肉が裂けるような生々しい音が響く。
「……ぁぁぁぁ……」
音とは対照的に美香は苦痛ではなく快楽を感じているらしい。
恍惚とした美香の頭部から髪をかき分けて角が現れ始める。
「くぁっ」
がくん、と首が下がる。
むき出しになった背中にふた筋の傷跡のような筋が入り、それがみるみる広がる。
「うぅぅぅぅ……」
濡れて折りたたまれた雛鳥の羽のようなものがその筋からずるずると現れる。
同時に頭部の角もみるみる形を成していく。
「ふぅぅ……う……」
コウモリのそれに似たその翼が震えながら徐々に広がっていく。
「……くっ……」
美香がきつく閉じていた目を見開くと同時に翼が完全に広げられる。
「ああ……モナカちゃん、やっぱり綺麗ですー……」
翼の大きさには個人差がある、美香の翼は大きかった。
自身がその翼の影に覆われ、白い肌と不思議な光彩の瞳が暗闇に浮かび上がる。
「はぁ……ぁ……ぁ……」
「ああ……とっても〜……」
森は感動に身を震わせながら美香の変容を見守る。
驚いた事に成熟したサキュバスに近い魔力を感じる。
ふわり、と翼が広がる。
森はうっとりとその姿に見とれた。
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・
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「……」
「も……もしも〜し?」
「……」
美香は再びバスローブ姿になっていた。
「変化」の後にもう一度シャワーを浴びさせてもらって蜜まみれの体を清めた後だ。
その美香は今マッサージ台の上で体育座りをして裸足のつま先をうねうね動かしている。合わせて新たに生えた尻尾もうねうね動いている。
「……」
お世辞にも機嫌が良さそうには見えない。というか明らかに拗ねている。
「聞いてなかった」
「え、え〜、それはですねー」
「あんなにヤラしい方法だなんて聞いてなかった」
「あはは〜」
「もお……サイテー……兄さん以外にあんな……あっ!」
と、急に何かを思い出したように周囲をきょろきょろと見回すと自分の鞄を見付け、携帯を取り出す。
「やば……着信だらけ……あちゃぁ……何も考えずに遅くまで出ちゃったしなぁ……」
「あ、ご両親には〜私から連絡しておきました〜……ちょっとお仕事中に気分が悪くなって〜……お休みしてますって〜」
「森さんナイス、これでこの件は許します」
「許されました〜♪」
「私の服、どこでしたっけ」
「どうぞ〜」
美香はバスローブを手早く脱ぐと制服に着替え始める、と、少し困った顔になる。
「ちょっとこれ……邪魔……」
「それは〜しまおうとすればしまえるんですよ〜」
「どうやって……あ、しまえた」
するする、と背中に羽が収まり、尻尾も縮んで目立たなくなる。
美香がその上に制服を着なおすとそこにはいつも通りの美香の制服姿があった。
鏡を見てさっと髪を整えると美香は森に頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございました……これで私は……やっと……」
最後まで言わずに顔を上げ、美香は森に微笑みかける。
「帰るんですか〜?」
「はい、遅くなっちゃったし……お父さんお母さんも心配してますし……」
「珍しいですねー」
「はい?」
森は頬に手を当てて首を傾げながら言う。
「魔物になった子は〜大抵すぐに想い人の元に行きたがるものなんですけどね〜」
美香はくすりと笑う。
「もちろん本当はそうしたいですよ、この羽で今すぐ兄さんの所に飛んで……文字通り飛んでいきたい気分ですけど」
でも、とマフラーを首に巻きながら美香は続ける。
「「急いては事を仕損じる」ですよ、まずはちゃんと家に帰って……いつも通り寝て、いつも通りゴハン食べて、いつも通りガッコ行って……あ」
美香はまた携帯を開くとスケジュール表を開く。
「お仕事の予約も入ってるし……ちゃんと出るから心配しないで下さい」
「律儀ですね〜」
「それが取り柄ですから……それじゃ、お世話になりました」
いつものヘッドホンを被ると美香は出口に向かった。
「お疲れさまでした〜」
と、ドアを開ける直前に美香は振り返って言う。
「もう、確実なんです」
「はい〜?」
これまでのどの笑みとも違う笑みを浮かべて美香は言った。
「確実に、私は兄さんと結ばれるんです」
笑って美香は出て行った。
その姿を見届けて森はほう、とため息をついた。
凄い笑顔だった、どんな聖人でも堕落させる魔物の笑みだった。
「適性って〜あるんですね〜……ふふふぅ……お兄さんはぁ……凄いことになっちゃいますね〜」
美香の兄の行く末を思い、森もまた淫らな笑みを浮かべた。
・
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「妙子さん、美香ちゃんは……」
「ええ、森さんから連絡があったわ、彼女はもう「こちら側」よ」
「昨日、ですか」
「みたいね」
「どうりで……」
いつもの喫茶店で吉田と妙子は先日と同じようにテーブルの上に広げた写真に見入っていた。
「見違えたでしょ」
「……「変化」した後のモデルが魅力的になるのは当然ですが……それにしてもすごい、これは」
並べられた写真は以前と同様美香のものだが以前とは美香の表情が違う。モデルらしい満面の笑顔よりもあるなしかの微笑を浮かべた表情だ。
そうした方が美香の魅力を引き出せると吉田が考えての事だったがそれが当たりだったらしい。
いや、それだけではない。
写真を通してすら伝わってくる凄絶な艶、色香。
「撮ってる手に鳥肌がずっと止まらなかったですよ……」
「撮った時期がね」
「はい?」
「変化した昨日から今日の今まで普通のサイクルの生活送ったそうよ、彼女」
「へえ……?それはまた珍しい、よくその……正常でいられましたね」
妙子は写真の一枚を拾い上げて見る。
写真に映っている美香は木漏れ日の中で微かな笑みを浮かべてカメラを見ている。
写真を持つ妙子の手が一瞬震えた。
「キレてる娘ねえ……」
「キレてる?」
「知ってると思うけど「変化」の直後っていうのは精が不足した……いわば飢餓状態なのよ、だから想い人がいるならすぐに会いたがるものなんだけど……彼女は飢えを抑えて冷静に囲いに行ったって事ね」
「……この写真の彼女は……」
「飢餓状態で仕事をこなしてるって訳ね……信じられない精神力」
ぱさ、と写真をテーブルに落として妙子はコーヒーを啜った。
「売れるでしょうね」
「間違いないですよ、魔物の魅了がこんなにはっきりと撮れた例はないんじゃないですか?」
吉田は興奮気味に言う、カメラマンとして今までにない手応えを感じているようだ。
「でも、彼女は当分駄目ね」
しかし妙子の表情には諦観が浮かんでいた。
「駄目、とは?」
「撮影の後、獲物を狩る目で帰っていったもの、当分は連絡つかないんじゃないかしら?」
「ああ……」
15/05/09 19:59更新 / 雑兵
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