後編
ノーケンはスイを見ていた。
場所は街に借りている宿のそばにある森の中のちょっとした広場。
木漏れ日の朝日の中でスイは槍を持ち、構えている。
打ち込みを終えた所らしく練習着にたっぷり汗をかいている。
しかし呼吸は乱れておらず、その表情は凛としている。
「……スイ」
「ん」
「朝飯だぞ」
「おう」
ひゅひゅん、と槍を回すと肩に乗せた。
「大分馴染んできたんじゃないか」
「動かしてて気付いたんだけどな……この体、以前よりも動く」
「……そういや、魔物は人間よりも身体能力が優れてるんだったな」
「へっ……こいつも違和感あったんだが、やっと思うように重心とれるようになってきたしな」
そう言うとスイの背後の尻尾がゆらりと揺れる。
「……」
「どうした?」
「あ、ああ、いや何でもない」
元々美貌の持ち主だったが、ここ最近のスイはどんどん美しさに磨きが掛かってきている。
ちょっとした仕草でいちいち惑わされてしまう。ノーケンにしたら気が抜けない所だ。
「じゃ、俺は水浴び行ってくる」
そう言ってぐい、と額を拭う。
その拍子に顎をつたった汗の雫がすぅっと細い首筋を通り、練習着の合わせに滑り落ちる。
そういえば最近、胸元も大分目立つようになってきた。
「……」
「……」
「はっ」
気が付くとそこに視線が釘付けになっていた、それをスイがじーっとジト目で見ている。
「ごほん」
咳払いをして誤魔化そうとする。
「……覗くんじゃねえぞ?」
「覗かん!」
・
・
・
「ふぅ……」
スイは泉の水に火照った体を浸して息をついた。
この街は農産業が盛んというだけあって、中心部以外は豊かな自然に囲まれている。
この泉も街から出てすぐにある場所だ。
そしてどうやらこの泉はただの泉ではなく水の闇精霊ウンディーネの加護をうけた泉らしい、なので魔物の体にとっては非常に心地いいのだという。
確かにここに浸かると何かが補充されるような気がしてとても心地いい、そしてそれはスイの魔物化が定着していることを示す。
スイは何も纏っていない自分の体を見下ろす。
滑らかに白い肌、鍛えても華奢な肩幅や骨格は以前と大きく変わらない。しかしその胸は男と言い張るには無理がある程度にふっくらと膨らみ始めている。
そして足の間から下がっていた物がなくなり、代わりにぴっちりと閉じた割れ目が股間に出来ている。
男だった頃の名残というべきか、一般と比べて少々大きめの陰核が備わっている。
少し前までスイは変わってしまった自分の体を直視する事ができなかった。
こうやってまともに見る事が出来るよになったのはつい最近の事、具体的に言うとあのデュラハンとの一件以来だ。
認めるのは愉快ではないが、あのデュラハンとの会話がやはり影響しているのだろう。
(変化しても俺は俺か……いや……変化、というなら……)
濡らした長い髪に指を通しながらスイは物思いに耽る。
そうして沐浴をしているといつもあの時を思い出す、確かあの時も水浴びをしていて……。
「……」
自分でもあの時の事は不思議だ、以前のスイは女性のみならず性的な事柄にはすべからく嫌悪を抱いていた。
セックスとは汚らわしく、おぞましく、性欲は醜い。それまでの経験からそういった観念があった。
だからあの時ノーケンが自分を求めて来た時に自分は本来「結局はコイツもなのか」という感想を抱き、失望や落胆を覚えるのが普通だったはずだ。
ところがあの時スイの胸に去来したものは何か今まで感じたことのないものだった。
言葉にするなら許容とか、甘受と言えるものだったかもしれない。台詞に置き換えると「しょうがねぇなあ」とでも言うべき受け入れの気持ち。
それに混じって感じた嫌悪を伴わない羞恥。恥辱とは違った「照れ臭い」という感覚。
生まれて初めての感覚だった。
(そうだ……魔物になる以前からも俺は変わり続けているんだ、アイツに出会って変わったんだ)
「……んっ」
ぴくん、とスイの体が震える。
あの時を思い出すとこの体はすぐに反応し始める、下腹部がもやもやし始めて乳首がツンと勃ち上がり、肌がうっすらと紅色に染まり始める。
尻尾がうねり、水面をぱちゃぱちゃ叩く。
「くっそ……魔物の体ってやつは……」
この時はいつも言う事を聞かない自分の体に恨みがましい気持ちが沸く、しかし最近ではこの疼きに対する考えも変わってきた。
こういう感覚に陥るのはノーケンの事を考えている時ばかりだ、性的な事柄であっても幼少時の事を思い出すと体温が下がるのは昔と変わりない。
(だけどこれも……そういや……)
無意識に自分の体に指を這わせながら思い返す。
ノーケンとの二度目の出来事だ。
珍しく酒に酔っ払ったノーケンをからかってやろうと思い、足元の怪しいノーケンを宿の一室に引っ張り込んでそれっぽいロケーションを作ってやったのだ。
そうしてノーケンに勘違いさせてお詫びをせびってやろう、と思っていたのだが……。
部屋で酔っ払った状態のノーケンに押し倒された時、何となく抵抗せずに結局最後までしてしまったのだ。前後不覚のノーケンを跳ね除けることなど容易かったはずなのに。
思えばあの時、酔ったノーケンに対して自分も欲情を覚えていた。
それを考えると魔物によってより顕著になったとはいえ、自分は元々ノーケンに対してそういう感情があったという事だ。
(あー……染まってるな、俺……頭ん中……ピンク色になりやがる……)
性に対して肯定的な気持ちが湧いてくるのは魔物化の影響だろう、体だけでなく思考も魔に染まっていく。
それを自覚しながらもスイは恐怖も違和感も感じない。
(どうなっても……結局俺は……俺で……あの野郎が……ノーケンの事が……俺……アイツの事……すっげぇ……好き……)
ずくん、ずくん、と腹の奥が蠢く、何かを欲しがっているように。
胸に体の熱が集まったように熱く、重たく感じる。
(これじゃまた……胸デカくなっちまう……アイツはそっちのが喜ぶかな……?)
バタバタバタッ
「っっぅおう!」
鳥の飛び立つ音で我に返った。
気付くと自分で自分の胸を愛撫し、もう片方の手は下半身に忍び寄っている。
(〜〜〜〜何やってんだ俺、変態か!)
ざぶん、と水に頭まで浸かって冷やそうとする。
冷たい水は心地いいがその冷たさは体の芯の熱までは冷ましてくれそうにない。
(……あの野郎……本当に覗きに来ねぇかな……って、馬鹿、何考えてんだまた俺は……)
・
・
・
スイとノーケン、二人は怠け者ではないが働き者でもない。
生活に困らない程度の蓄えが出来たならそれ以上は無理に稼ごうとはしない。
この街で二人はこまごまとした仕事……具体的に言うと農作業の手伝い、店の手伝いなどをして生活費を稼いだのだがこの街の住人は基本的に金払いがよく、懐が意外に潤った。
よって、二人には少しばかり「暇」ができた。
「だからってなぁ……」
「んぁ?」
「気を抜きすぎだろ……」
借りた宿の一室、朝の稽古と食事を終えたスイはベッドにべったりとうつ伏せに寝ていた、傍らのスタンドには手伝いのついでにもらった珍しい魔界産の果物がカットして皿に盛られて置かれている。
「いーじゃん、休める時には休めってお前もいってたじゃん」
「いやそうは言ったが……もうちょっと慎みというものをだな……」
寝転がるスイは薄いインナーと下着だけの姿だ。しなやかな体のラインが全く隠されていない
「というかお前……ちょっと前まで体見せるのも嫌がってたってのに何でそんなに無防備になってるんだ……」
「んー……ま、開き直り?みたいな……?」
ごろん、と仰向けになるスイ。合わせてベッドの上に広がる長い髪の海がさらさらと動く。
「こうなった事をいつまでもぐだぐだ言っててもしょうがねーし……あむ」
そうして傍らの皿からピンク色の果実の一切れつまんで口に運ぶ。
「ちゅぴ」
指を舐めるスイの顔からノーケンは視線を逸らす。
だらしないが、色っぽい。
「んまっ……へへっ、俺はもう魔物だから魔界の美味いもんいくらでも食えるからなー、お前は人間だから食ったらダメだけど」
「お前なあ……まあ……よかった……思い詰めるよりはずっとマシだ」
「……」
スイはまたごろ、と横に体勢を変え、枕に頬杖を突いてノーケンを見つめた。尻尾と角も相まって実に魔物らしい雰囲気になる。
「……最近になってわかったよ」
「何が?」
「お前が俺を見捨てない理由」
「……それは前に説明しただろう」
「いーや、あれは建前だね」
ノーケンは訝しげな顔になる。
「じゃあ何だと思うんだよ」
「お前さぁ……」
スイはずるりと頬杖を崩して口元を隠す、口元が隠れていても目元でにやにや笑いを浮かべているのがわかる。
「俺の事好きだろ」
「ごほんっ!ごほっごほっ!」
「あはははっ」
ノーケンはむせ返る、スイはそれを見てけらけら笑う。
「ば、馬鹿、そういうのじゃない、俺は義理というものをだな……」
「あーはいはい、義理堅いノーケン様はあの川でもとても紳士的でいらっしゃった」
ぐっ、とノーケンが言葉に詰まる。
「あ、あれはその、気の迷いというか……あ、謝っただろうその事は」
「くふふ、別に怒ってねえよ、俺も嫌じゃなかったし……ん」
そう言ってまた一切れ果実を口にする。
その口元に見とれながらノーケンは戸惑う。
「お前は……その、そういう事に対して嫌な経験でもあるものかと思っていたんだが……」
「ありふれた話だよ、貧乏な百姓ん家にたまたま見てくれのいい子供が生まれて……食うに困った親が金持ちにそいつを売る」
ノーケンの表情が固くなる。
「で、そこでペットとして飼われて……ま、色々あったさ、美しさは罪ってやつだ」
いかにもどうでもいい事のように言ってスイはまたごろりと寝そべる。
「……」
「深刻な顔すんなよ、もう昔の事だ、まあ、こんな風に割り切れるようになったのは魔物になってからだけどな」
「……なら、いいんだが……」
「ふふ、俺の事好きだからってそんなに心配すんなよ」
「だっ……」
ノーケンは赤面してまた黙らされる。スイは口元を隠してくすくす笑う。
何という事だ、こいつはいつの間にこんなに厄介な奴になっていたんだ。
「ま、安心しろ、俺もお前の事嫌いじゃないかもよ?」
「な、何なんだその中途半端な……」
「ちゃんと自分の気持ちを言わない相手には俺もちゃんと言ってやんねー」
ゴロゴロとベッドの上を転がりながらスイは言う。
「ぐ……」
ノーケンは頭を抱える。
自分の気持ちも何も以前言った通り義理を通すためだった……はずだ。
しかしスイの揺さぶりにその観念がぐらぐらと揺れ始めていた。
果たして本当に自分に下心はなかっただろうか?
何しろあの時……スイを「手込め」にした時は信じられないくらいに気持ち良かったのだ、今までの自分の性体験全てが児戯に思える程に。
それ故にノーケンは自分の性癖を疑ったのだが、どうやらあれは相手がスイだったからこそらしい。
(あれは多分……才能なんだろうな……)
それは武術の才に恵まれたスイのもう一つの天分。
これまでスイの人生に災難を呼び込む要因でしかなかった才能。
今、スイは初めて欲する物を手にする為にそれを自らの意思で発揮しているのだ。
「お、俺は「まあそれは置いといてさ」
言葉を絞り出そうとしたノーケンに綺麗に被せる。
(置いとくのかよ……)
ずるずるとだらしなくベッドから滑り落ちるスイは途中でくるりと身を翻してひた、と着地する。
「この体にも大分慣れてきてな、以前と同じか……それ以上にリターンを返せるくらいになったぜ」
「……本当かよ」
確かに稽古は欠かしていないようだが、それにして早い、こんなに短期間で修正ができるものだろうか。
「疑わしいなら試してみるか?」
「今からか?」
「今から」
「……別に構わんが、どこで」
言い終わらないうちに右頬に吹き付ける風を感じ、ノーケンの髪がふわりとたなびいた。
「ーーっ」
気付けば顔のすぐ真横にスイの足の甲が当たるスレスレの位置で停止していた。
目の前にあるスイの頭は微動だにしていない、素晴らしいバランス感覚だ。
「そら一本」
「おいっ、不意討ち過ぎるだろう」
「おや、不意討ちじゃ防げないか」
「ぬう」
そう言われると返せない。
と、思っている間にずい、とスイが接近した。
「く!?」
咄嗟に顔を防いだがそこには来なかった。
さわわっ カリッ
「〜〜!?」
柔らかく股間を撫でられた、しかも離れ際に先端を指で軽く引っ掻かれた。
スイはにた、と笑う。
「致命傷だな、二本目」
「ぬう」
元々純粋な武力ではスイの方が長けている。
それはノーケンも認めているところだが今のはどうも納得がいかない。
「……わかったわかった、お前はもう本調子だよ」
「へへっ」
笑ってスイは皿の上の最後の一切れに手を伸ばす。
その手首をぽん、とノーケンが掴む。
次の瞬間ノーケンがその手首を捻り、素早い投げを打つ。
手応えが軽い、投げと同時に同じ方向に自分から飛ばれた。
ぐるん、とスイの体が一回転して猫のように着地する。
サキュバスというよりワーキャットかワーウルフのような俊敏さだ。
ノーケンがスイの手首を掴んでお互いに立った状態になる。掴まれているスイの手には果物が摘ままれている。
その手首をぐいっと引いてノーケンがスイの顎目掛けて掌打を繰り出す。
スイの上半身が柔らかくしなり、その掌打をくぐる。
掴まれている手の下に体を反らせて潜り込ませ、手の真下であーん、と口を開ける。
果物を摘まんでいた指が開かれ、落ちた果物をスイの口がぱくん、と咥える。
掴まれていた手を振ってノーケンの手を払い、また距離を取って相対する。
「んふふ」
ピンク色の果実を咥えてスイは笑う。
(……なるほど)
生来の運動神経が魔物化によって更に強化されているらしい。
と、スイがノーケンの予想を裏切る動きをした。
両手を大きく広げてずかずかと前に出て来たのだ。
今までのノーケンが知るスピードで翻弄するスイのスタイルにはなかった押し付けがましい強引な動き。
思わずその両腕を掴む、互いに互いの両手を握り合う、組技で言う手四つのような形になる。
ぐぐぐぐっ
「おおっ!?」
強い。
技ではない、腕力。
本来スイが苦手としていたはずの単純な筋力だ、そこだけはノーケンが上回っていたはずだ。
「く、ぬ」
運動能力だけではない、美しい女性の外観に騙されやすいが魔物は体の作りそのものが人間よりも遥かに強靭に出来ているのだ。
押し込まれる、腕が後方に押しやられ、ぴったりと体が密着してしまう。
引き締まっていてもそこだけは柔らかなスイの膨らみがノーケンの胸板に押し付けられ。ムニュリと形を変える。
「ちょっ……ちょっ……!」
スイはさらにノーケンに密着し、果実をくわえたまま顔を近付ける。
ぷに、と唇に柔らかな果肉が触れる。
「ん、んー」
ヒナに餌をやる親鳥のようにスイはつんつんとノーケンの唇をつつく。
思わず唇を開くと、果肉が押し込まれてきた。
「ん……あぇろ……んろ」
「んむ、んんっ?」
スイが舌で果実を押し込んで来る、ぷるぷるとした感触のそれが舌に触れ、たまらない甘さが口に広がる。
「くちゃ、ちゅ」
「ん、んむっ」
ついでに、ざらつく感触のスイの舌も触れてきた。甘い。
「ごく、ん」
飲み込んだノーケンを見てスイはにやにや笑う。
「おまっ……何を……」
「ほぉら、油断すんなよ」
ぐんっと組んでいた腕が引かれ、体勢を崩されたかと思うとベッドの上に投げ出された。
慌てて起き上がろうとするノーケンの上にスイがのしかかって来る。
「待て、待て待て、もう腕試しはいいだろ!」
「はぁん?もうやめようとしたのに続けたのお前だろ」
もがくノーケンだが、体重で優っているにも関わらず要点を抑えられているため跳ね除ける事ができない。
「それに実戦でもありえるシチュエーションだろ?サキュバスに押し倒されたらどうするかって練習だ」
ノーケンの首筋に指を這わせながらスイは言う。
「ぐっ、この」
「ほら、ほおら、頑張れよ、頑張らないと食われちまうぞお♪」
やけに楽しげにスイはノーケンの服にまで手を掛け始める。
「ちょっ、洒落にならん!」
すうっとスイが顔を寄せてきた、笑っている、が、目が笑っていない。
「そりゃあ、洒落じゃねえからな」
「……え?」
「決めた、今決めた」
スイは笑っていない、というより目が据わっている。
「お前、犯す」
「えっ」
思わずノーケンの動きが止まる、その隙を狙ってするするとスイの手が動く。
「あっ」
気づけば捲られた服で縛られて両手が封じられていた。文字通りあっという間の出来事だ。
「油断しすぎだよお前」
「お前本当に……魔物になっちまったんだな」
「見りゃわかるだろ、っていうかおとなしくしやがれこのっ」
「できるか!」
いいながらノーケンはばたばたともがく。
「あああもう面倒臭え」
とさっ
「!?」
と、突然スイはノーケンを取り押さえる動きを中断してばったりとノーケンに身を預けた。
ノーケンがもがくとそれに逆らわない手足がぶらぶらと動く。
「……」
それで逆にノーケンは動けなくなる。
いま腰のバネを使えば上のスイをはね除ける事は出来るかもしれない。
しかしそうするには体に掛かるスイの体重はあまりに無防備過ぎた。
いつもは警戒心の強いスイが不意に見せた全幅の信頼。それをはね除ける事はノーケンには出来なかった。
「……」
「……」
全身を脱力させているため、スイの体は隙間なくノーケンに密着する。
柔らかくて、でもその芯に強靭なうねりを感じさせる体。
その感触は少年だった頃と大きく変わらないが、やはり魔物となってからより一層眩惑的な柔らかさが備わっているような気がする。とりわけ胸板の上で潰れる二つの柔らかさは当然ながら少年の頃には無かった。
それはスイが息をするたびに伝わる緩やかな波に合わせて素晴らしい弾力を伝えてくる。いや、弾力だけではない、とくん、とくん、とその奥の鼓動まで感じられる。
「……ん、立った」
当然密着しているので愚息の変化も感じ取られる、そしてこの状況で反応を抑えられる訳が無かった。
「んへへ」
耳元でスイが笑った。
くってりと座っていなかった首を回してこっちを見た。
「これだもんなぁ……お前って俺に本っ当に甘いよなぁ……へへへ……」
悪戯気な目をしている。
ノーケンの背筋にぞくぞくと鳥肌が立つ。
スイは美人だ、その美しさは今まで見てきた魔物の美しさとも人間の女の美しさとも違う。美しい少女の姿でありがならどこかに少年の面影があるのだ。
かといって少年の美しさとも違う、奇妙な言い方をするなら男でも女でもない美しい生き物。
その美しい生き物は腰をくねらせてノーケンの昂ぶりを確かめる。
「前も思ったけどお前の……でけぇな」
「ほっとけ」
「負けねぇぞ」
「何の対抗心だ……」
にちゃ、と耳元でスイが舌なめずりをした。
「この前、ちょっとだけさ……指、入れてみたんだけどよ」
どこに?と聞こうとしてすぐに何の事かわかった。
「多分、半端ないぞこのカラダ……すげー動きしたもん」
「ばっ……」
ノーケンは赤面する。
「それにこいつは……新品だし」
スイの声が急にぼそぼそと小さくなる。
「?」
「昔は色々あったけどよ……この体が女になってからは誰にもさ、触らせてないしさ、これからはお前だけに……ぜんっ……ぜん……ぶ……」
「何言ってんだか全然聞こえねえ」
「うるせえ」
不貞腐れたような顔になるとかぷ、とノーケンの耳たぶを噛んだ。
「……っっ!」
びくん、とノーケンの体が跳ねる。
予想外の大きいリアクションにスイは目を丸くする。
「敏感か」
「やかましい」
「ちゅっ」
「むっ!?」
予告も前触れもなしにスイがキスをしてきた、ノーケンは無抵抗にキスされてしまう。
肉体関係はあるがまともにキスするのは初めてだ。
「あっ、……甘いな」
目を瞬かせてスイは言う。
「さっき食った果物だろ」
「いや、甘いよ、お前甘いな……んむ」
「んぅ」
頬に手を添え、目を閉じて再びキスをした。
深くはない、唇を合わせているだけだ。子供のキスのようだ。
「……」
「……ぷは」
閉じていた目を大きく開いてノーケンの目をじっと見る。ノーケンも見返す。
ノーケンは腹を決めた。
「じゃ……うん、抜いてやるよ」
「……違う、抜くとかじゃねえ」
「ん?」
「俺はお前を抱く」
「抱く……って……」
スイは首を傾げる。
「抜くっていうのは溜まった性欲を処理するって事だ、商売女を買うのも一夜だけの相手を誘うのも「抜く」だ」
「お、おう」
「抱くっていうのはそいつが好きだから抱くんだ」
「……」
しおしおとスイの目尻が下がり、耳まで赤くなる。
「抱いていいか?」
「うん」
聞き分けのいい子供のようにこっくりと頷いた。
「よし、それじゃ腕のこいつを解いてくれ」
「それはダメだ」
「なんでやねん」
予想外の答えに思わず変な訛りで答えてしまう。
「だっ……だってよ……このままお前を自由にしたら絶対お前ペースじゃん、主導権取られっぱになるの目に見えてんじゃん」
「そんな事にこだわらんでも……」
「っていうか……っていうかさあ……」
(あ、あれ?)
スイの表情が夢見る乙女のそれからどんどん不機嫌な顔になっていく。何が原因で機嫌を損ねているのかノーケンにはさっぱりわからない。
「何だよあれ……何なんだよ今の「抜くんじゃない、抱くんだ」キリッ、みたいなさあ……!」
「キリッって何だキリッって」
「お前さあ……!」
いよいよ機嫌が噴火寸前にまでなってきた、涙目にまでなっている。やっぱり原因はわからない。
「い、い、今まで何人の女を今みたいな台詞でたらしこんだんだよ!スケコマシ!」
「ええぇぇぇ……」
予想外すぎる言葉だ。
いや、確かに今の台詞は思い返してみると歯の浮くような台詞だったかもしれない。
しかしそれは思い浮かんだ事を率直に言ったらそうなっただけで、別にノーケンが普段から女性を口説く時に常用している訳ではない。
「何かすっげームカついてきた……!もう、もう許さねえぞお前」
「待て待て待て」
「問答無用だこのっ」
スイがノーケンのズボンに手を掛けて引きずり下ろす。が、中々下ろせない。
「あっは♪引っかかる引っかかる」
「ちょっちょっ……」
隆々とした勃起が下着に引っかかる。
ずるんっ、びたん
「うはっ」
引っかかりが取れて勢いよく陰茎が飛び出る、勢いが良すぎて腹を打つ。
「ああぁ……改めて見てみるとほんとにデカいなぁ……入るかなぁ……」
以前行為に及んだ時にはそんなにまじまじと見る機会のなかったそれをスイはまじまじと見る。
ぺろりと舌なめずりをするとごそごそと自分のズボンも下ろし始める。
「ちょっと落ち着けって!まだ日も高いうちから……!」
「日が高かろうが落ちてようが関係ねぇ、お前が悪さする前にきっちり型に嵌めてやる」
どうやらスイの中でノーケンはスケコマシという事で確定らしい、今までの付き合いもあるというのに理不尽である。
「よーし……やるぞー……」
ぽいっとズボンがベッドから投げ出される。ノーケンの方はもう好きにしてくれと言わんばかりにぐったりしている。
ぐったりしてはいるがやはりスイの体に視線が吸い寄せられる。
「見んなばーか」
舌を出して見せると片手でノーケンの目を塞いでしまう。
「あっ、ちょ、何をする」
「喋んなばーか……」
ちゅむ、と唇に柔らかな感触が触れる。
目も口も塞がれてしまったノーケンは闇の中、重みと体温と匂いだけでスイを感じる事になる。
ノーケンは抵抗しなかった。スイの気持ちもわかるからだ。もし自分が女になった立場だったら体を見られる事に抵抗を感じるだろう。
「んー……」
唇を合わせたままスイはノーケンの上でもぞもぞとみじろぎをする。
ちゅ
先端に熱く濡れた感触が触れた。
(……これなら大丈夫か)
ろくな前戯もなしの挿入は無茶ではないかと思っていたが、しどとに濡れた感触からすると十分に準備が整っていたらしい。
(これが……スイの……)
同時にひどく不思議な気持ちも湧いてくる。
今自分の先端に確かに感じる「女」は紛れもなくスイの「女」なのだ。元の少年の体も知っているので余計に不思議だ。
ぎし……
ベッドが軋んでスイがゆっくりと身を沈めていく。
狭い。
入口で既に強い抵抗を感じる。先端でこれだと一番太い部分が通るのかと不安になる。
「んぐ、ふぐ、ぐ、ぐぐぐ……」
キスが外れてスイが苦しげな声を上げる、目を塞ぐ手にも力が入る。
「くふ、ひ……はぁー……はぁー……」
窮屈な中を押し広げるようにして陰茎がめちめちと進む、たっぷりの愛液がなければとても入らなかっただろう。
ノーケンにも気持ちいいというよりは陰茎にかかる圧迫感からの苦しさが強い、だがスイの感じている苦痛に比べればいかほどの事もないだろう。
ごちゅっ
届いた、行き止まり、一番奥に。
「はっ……きゅふっ……!?」
と、急に目にかかる圧力が消えた、手がどけられたのだ。
強く押さえられていたので少しの間視界が晴れなかったが、徐々に自分の上に跨るスイの姿が目に映り始める。
スイは声を堪えるように両手で口元を押さえていた、大きく開かれた両目からは涙がぽろぽろと溢れている。
「ーーーーー!?」
びくん、と二人の体が跳ねる。
変質した。スイの体がだ。
それは虫を探知して葉を閉じるハエトリグサのように。
生涯これ一人と決めたオスを感じ取った魔物の肉体がその本性を現したのだ。
「み、見るなって……は、きゃふっ……あ、ぐむ」
慌ててもう一度ノーケンの目を塞ごうと手を伸ばしたスイだが、また自分の口を塞ぐ。そうしないととんでもない声を上げてしまいそうだったからだ。
「んんんんん〜〜〜〜〜っっ!?」
スイは肩と尻尾をぶるぶると震わせる。
馴染む、腹がどろりと蕩けて咥え込んでいるノーケンに熱烈に媚を売りはじめた。
堅く緊張していた肉が解れ、柔軟にその機能を発揮し始める。
「………!!!」
ノーケンは歯を食いしばった、手が自由だったらスイと同じように口元を押さえていただろう。理由も同じだ、男としてあるまじき声が上がりそうになったからだ。
舐めていたと言わざるを得ない。豊富とまでは言わないがそこそこには経験を積んでいたつもりだった、それらの経験を遥かに上回るスイの味も知っている。
だが魔物の肉体は次元が違った。
「がっ……はァっ……」
堪えきれなかった。食いしばった歯の隙間から声が漏れてしまう。
(気持ちよく……なってる……!俺の体で気持ちよくなってる……!)
自分の体がノーケンを喜ばせている、その事実でスイの理性が完全に吹き飛んだ。
・
・
・
「ごほん」
ディムはドアの前で咳払いをした。二人の傭兵が宿泊しているというドアの前だ。
手にはちょっとした菓子折りの袋を持っている。
スイと盃を傾けたあの日、久々の飲酒で記憶が飛んでしまった。
気が付けば自分はテーブルに突っ伏しており、その前にスイと見覚えのない男性が精魂尽き果てた顔で自分と同じく突っ伏していた。
酒癖の悪さは自覚していたがついまたやてしまった、その場で謝りはしたが几帳面なディムはこうして改めてお詫びにやって来たのだ。
コンコン
「……」
反応が無い、宿の主に聞いたところでは出かけてはいないはずだが……。
「ん……?」
試しにノブを握ってみると鍵は掛かっていない。不躾だが、少し覗いてみようか……
カチャ……
「んあァァァァァん!」
スイが男の上で背筋をぴいんと伸ばして高らかに嬌声を上げている所だった。
「はい、お邪魔しました」
ディムはサッと袋を置いてドアを締め、Uターンをして迅速に部屋の前を去っていった。
ガンッ
「あ゛うっ」
階段を下りしなに脛を手すりにぶつけた。すごく動揺しているらしい。
・
・
・
「は、はひ、はっ」
ベッドの上でスイは腰を振る。
今先程までの意地っ張りな様子は既に面影もない。
息を弾ませてリズミカルに、腰を使う、使いながらノーケンの顔をまじまじと見る。目を爛々と輝かせながら見る。
表情を見ているのだ、どうすれば気持ちよくなってくれるかを観察しているのだ。
(どこがいい?なあ、どこがいい?……ここ?こう?こうしたらキモチイイ?教えて、教えてくれよ、お前のキモチイイ所、なってくれよ、もっともっと気持ちよくなってくれよ、俺の体もっと愉しんでくれよ)
頭を巡る思考は以前感じた相手の行いを全て受け入れる「甘受」の心に近い、それをもっともっと濃厚に甘ったるく煮詰めたような考えだ。
いわば「奉仕」の心。
「はっ……はっ……はぁっ……はひっ……こっ……こう、か?ここ?……はふっ……これが、いい……?」
その思考が気付かないうちに口から溢れていた、ノーケンの後頭部に手を回して髪を掻き回しながらその快楽に歪む顔に上ずった声で囁きかけていた。
「……っっ!……っっ!……ぅっ……」
ノーケンは堪えていた、一方的にされるのは趣味ではないのだが、身を襲う未経験の快楽はノーケンに一切の抵抗を許さない。
「うぅ、くふ、う、うんっく」
一方でスイにも余裕がある訳ではない、未経験の快楽なのはこちらも同じなのだ。
(なんだこれぇ……!?こんな……こんなの知らねえよぉ)
心のどこかに驕りがあった、スイの歪んだ性遍歴の中ではまともに快楽を享受できる機会はなかった。
淫魔の身となった今でさえその性行為に対する偏見は拭い去り切れていなかった。
(き……気持ち……いい……)
気持ち良かった。
(気持ちいい)
心から想う相手と身を合わせる事は想像を越えて、法外に、滅茶苦茶に、べらぼうに。
(気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいいああああああああヤバいヤバいヤバいホント何だよこれ気持ちいいよぅ)
腰から下がグズグズに蕩けてしまったようだ、そのくせノーケンの陰茎の形状がまざまざとわかるほどにそこの感覚だけが鋭敏になっている。
「ひぃぃん、はひぃぃん、くひぃぃん」
情けないくらいに上擦った声が止まらない。
自分が今一体どんな顔をしているのか想像も出来ない、多分、人に見せてはいけないような顔をしている。
それが恥ずかしくて恥ずかしくて顔を隠したいのだけれど、同じくらい情けない事になっているノーケンの表情は見逃したくない。
そうだ、ノーケンだって感じているんだ。
スイは快楽で飛びそうな意識を何とか引き戻して本来の目的を思い出し、ノーケンの性感帯を探知しようとする。
(虜にしてやるんだ……!俺以外に目が向かないように……!俺以外で満足できないように……あぁぁぁぁだから気持ちよくなってる場合じゃぁないってのにぃ……!)
まるで至近距離での殴り合いだ、腰を打ち付けると相手に快楽が与えられる代わりにこっちも快楽を受ける。
その快楽をどうにか意思でねじ伏せて腰を振る。
「ふっ……ふぅっ……ふぅぅっ……こう……こう、か?……あ……こう……だな……?」
ずちゅくちゅぷちゅ
「くぁぁぁぁ……!」
挿入する時よりもむしろ引き抜く時がいいらしい事に気付く。
「ははぁ……ふふっ……わかっ、わかったぞお……入れる時はこうっ……!」
ずんっ
「ぐっ……!」
「ぬ、抜く時にゆっくりぃ……」
ぬろろろろろぉ
「ぉぉぉぉぉぉ」
「ふぅぅぅぅぅぁぁぁぁ」
(は、腹ぁ……裏返るぅ……ちくしょぅ……ぎもちぃぃぃ)
しかし当然の事ながら自分も気持ちいい、気持ちいいが相応のダメージも相手に与えているはずだ。
証拠にこんなにだらしなくて可愛い表情になる。
「ぅぐっ……くっ」
ノーケンが歯を食いしばってスイを睨み返す、自分の表情を観察されている事に気付いたらしい。
「無駄無駄ぁ……♪」
ずんっと腰を落とし、またぬるぬるとゆっくり引き抜く。
そうすると普段は精悍なノーケンの表情がどうしようもなく崩れる、どれほどの快楽を受けているかがありありとわかる。
(キてるキてる……♪ほら、もっとよくなれ♪もっともっとイイ顔になれ♪)
嬉しい、ノーケンが気持ちよくなるのが嬉しい、どきどきして愉快で心が満たされる。
そして、物凄く幸せだ。こんなに幸せな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
さらなる幸せを求めてスイはノーケン好みの腰使いで責め立てる。
「ほぉら……ほぉら……ほ」
ごちゅんっ
スイの頭の中にピンク色の花火が打ち上がった。
「ほっ……」
カウンターの要領だ、腰を振り下ろすのに合わせて突き上げられた。
腰と腰が勢いよくぶつかり、今までにないくらいに深い場所に届いた。性器というよりも内蔵と言えるような部分にまで深々と。
「ほっ……おっ……おっ、おっ、おっおおおおお」
花火は一発で終わらない、次々と大玉が打ち上がる、爆発に爆発が連鎖する、ビビットピンクの花火大会だ。
「ほぉぉぉおぅぅぅぉぉぉおおおお」
獣そのものの声がスイの喉から漏れた、腹の底からのイキ声。
「ぐっ……ぎっ……」
ノーケンにもその代償が襲いかかる、淫魔の腹が本気で吸い上げるような蠕動を始めたのだ。
それは快楽を与えるというよりもまさしく搾精、相手の命ごと吸い上げるような。
一番深くでノーケンは爆発した。スイにとってはダメ押しの一撃。
「ぉぉぉォォォォ………!?」
獣のように低い声が一気に可聴域を超える程に声が高くなる、高くなりすぎて途切れてひゅうひゅうと息を吐き出すだけの音になる。
おとがいがそらされて全身が弓のように限界までしなる。
ノーケンの肩に指が食い込む程に握り締め、足の指まできゅぅぅっと曲がる。見ていて背骨が折れるのではないかと心配になるほどだ。
ドグッ!ドグッ!ドグッ!ドグッ!ドグッ!
逸らされてむき出しになった腹部の中で何度も何度も爆発が起こり、その度に子宮に子種が打ち込まれる。
(ーーーーーーーーっっっーーーーーーーーー)
(ーーーーーーーっっっーーーーーーーーーー)
二人の頭の中は似たような状態だ。真っ白だ、いや、ピンクだ、いや、何色でもないかもしれない。
永遠のような一瞬。
「ーーーーーーーっっ……はっ……」
途切れた。
・
・
・
「はぁ……はぁ……はぁ……」
幼いスイは震えていた、青い月光の中で震えていた。
場所はスイに与えられている暗い部屋、身にまとっているのはいつもの薄いケープ、手に握るのは血に濡れたガラスの破片。
目の前に倒れているのはあの老婆。
喉から夥しい量の血を流し、その血の海の中でスイの方に手を伸ばすような体勢で事切れている。
くわっと開かれて血走った目は既に何も見ていない。
あらゆる偶然が重なった結果だった、スイを迎えに来た老婆がたまたま部屋に置いてあったコップを落としてしまい、コップが割れた。
悪態を付きながら破片を拾おうとする老婆、スイの足元にたまたま転がった手頃な大きさの破片。
無意識にそれを拾うスイ。
屈んだ老婆の姿勢は小柄なスイであっても丁度手が届くところに首があって、ちょうど部屋に入ってきた瞬間だったからいつもはしっかり鍵が掛けられている扉は開いていて。
千載一遇のその機にスイの体は動いた。
「……」
湧き上がる嫌悪、恐怖、困惑、全てを押し込めるとスイはベッドからシーツを引き剥がして部屋を飛び出た。
月の光が差す廊下を裸足で駆ける。いつもこの廊下を行く時に思っていた事、この窓なら割れるのに、格子の嵌った自分の部屋の窓と違ってこの廊下の窓なら破れるのに。あの廊下に飾られている無駄に大きな壺でもぶつけてやれば……。
スイはそれを実行した。
夜を引き裂くけたたましいガラスの割れる音。
人が駆け付ける前に逃げなくては。
部屋から持ってきたシーツをガラス片の上に敷いてその上を走り抜ける。お陰で足を怪我せずに済んだ。
どうだ、ずっと考えていたプランだ。
だけどそれ以降のプランはない、何もない。
屋敷の周囲は森だ、それも夜の森だ。逃げ込んだら迷うだろう。
野垂れ死ぬかもしれない、いや、狼に食い殺されるかもしれない。でもマシだ、この屋敷でペットとして飼い殺されるよりはずっとマシ。
少なくとも戦って死ねる、足掻いて死ねる。
スイは走った、裸足で暗い森に分け行った。一寸先も見えないような闇の中をスイは走る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
見える。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
暗闇の中に探し求めていたものが見える。
「はぁ、はぁ、はぁ、はっ……?」
スイは疑問を感じる、何だろう、自分が探しているものとは何だろう。
改めて考えてみるとわからない、だけど走る先にその探しているものがあるのがわかる。
ほら、暗闇の中でぼんやりと光っている、あの光だ、あの光の中に自分が探しているものがある。
スイは気付く、光の中に誰かが佇んでいる。
「ああ……」
スイの目に涙が浮かぶ、あいつだ、そうだ、あいつだ。
光の中に立つ男は優しい目で駆け寄るスイを見つめる。
スイは手に握っていた血まみれのガラス片を投げ捨てた。薄いケープも脱ぎ捨てた。
一糸まとわぬスイの体は少女の体になっていた、角と尻尾も生えている。当然の事だ、当たり前の事だ、あいつと愛し合うにはこの体が一番なんだから。
男は身を屈めてそっと両手を伸ばす、小さなスイを迎え入れるように。
スイは両手をいっぱいに広げてその胸に飛び込んだ。
・
・
・
「のおっ……けっ……」
意識が戻った。
スイは夢の内容のままに目の前の相手にしがみついていた。その相手の顔を見てスイはああ、と息をつく。目尻から涙が零れる。
「ノーケン……」
改めて名前を読んでスイはノーケンを抱き締める。
「ん、あ……」
どくん、と下腹部に熱い感触がする。繋がったままだ。
意識が飛ぶ前とそれほど状態は変わっていない。
どうやら走馬灯のように短い夢を見たらしい。
「はぁぁぁ……ノーケン……」
しかし夢の余韻が残っている、ひどく素直に愛しい。
すりすりとうなじを撫でながらぐりぐりと腰を押し付ける。
「はっ……く、あ、おま、え……ヤリすぎ……だ……死ぬかと……」
ようやく口をきけるようになったノーケンが何か文句を言っているがスイは聞いている様子もなく猫のように首筋に鼻先を擦り付けている。
「馬鹿ぁ……」
あげくに馬鹿呼ばわりである。
「急になんだ……」
見てみるとスイは涙目になっている、どうも快楽で潤んでいるのとは違う。
「馬鹿やろう……このやろう……俺は……俺はあの時一人で生きるって決めたんだ……生き延びるのが……全部への復讐だったんだ……なのによぅ……」
胸にぐりぐりと額を擦り付けてくる、髪がさらさら触れて心地いい。
「俺、俺もう……もうお前いないと生きてけねぇよぉ……」
そっとスイの後頭部に手が回された。
「……あれ、お前、手……」
「解けてるよ随分前から」
髪を撫でつけながらノーケンは疲れた顔で言う。
「まあ……安心しろ、とりあえず俺は黙ってどっかに行ったりしない」
スイはむすっとした表情でノーケンを見上げる。
「なんか気に入らねえ……何でそんな余裕なんだよ……あんな顔しといて」
「うるせなお互い様だろ、見てて死ぬんじゃないかと思ったぞ……」
「なんっ……お前こそ……」
二人は同時に咳払いをする、先程のは互いに互の事を言えない。
「……よかったか?」
また額を胸に埋めてスイが聞く。
「……見てればわかっただろ……やっぱ魔物だよお前……魔物化する前から魔物だよ……」
「ふふん……そっか……よかったか……」
「……まだ、いけるけどな」
「あー……みたいだなぁ……」
スイが腰をもじつかせると未だに腹に収まったままのノーケンの剛直が感じられる。
「何よりもお前……ちゃんと全部見せてないだろ、脱げよ」
下半身は裸のスイだが、上には薄い布地の服を着たままだ。
見られるのは嫌だろうと最初ノーケンは突っ込まなかったが、ここまでやってしまったなら全部見たい。
「う……わかったよ……」
スイは渋々上半身を起こす。
密着されて見えなかったスイの全身が初めて視界に入る。
(……これはこれで……)
激しい交わりだったため、スイは全身にしっとりと汗をかいていた。そして服は薄い布地なものだから体にぴったり張り付いて胸の突起までくっきり浮かび上がっている。
そして裸の下半身ではぐっぷりとノーケンを咥え込んでいる様が赤裸々に見えた。
「……っ……」
ノーケンの陰茎が反応したのを中で感じ取ったスイは赤面する。
ちょっと恨みがましい視線をよこしながら裾をたくし上げる。
「待て、待て待て」
「な、なに?」
「着たまま触らせてくれ」
「……変態かっ」
「その変態に惚れたのはお前だからお前も変態だ」
「なぁー……もう……」
変態め、ともう一言呟いてスイは裾を離す。その透けた薄衣の上半身にノーケンは手を伸ばす。
すにに……
「っあーっ……!」
腰周りに服の上から触れただけだと言うのにスイは大げさな程に体を跳ねさせ、慌てて嬌声を押さえる。
「敏感か」
「うるせっ」
すりりりっ
「んぃっ……ぃぃっ……」
言った直後にまた触れるとまた切迫詰まった声が上がる、本当に敏感なようだ。
細く括れた腰からするする手を登らせて胸に触れる。
ぷに
「ひんっ」
元々中性的な容姿のスイは性別が変わってもあまり外観に大きな影響を受けていない、そんな中で最も女性への変化を主張するのがこの膨らみだった。
スイが変化してからノーケンを一番惑わせてきた部位でもある。
まだ成長途上らしい膨らみは芯に固いものがあるような感触を返してくる。
「らっ……乱暴に、扱うんじゃねぇ、ぞ」
羞恥で真っ赤になりながらスイは目を閉じる、恥ずかしくてノーケンの顔を見ていられないらしい。ただ両手はずっとノーケンの髪を愛しげに撫で回している。
さすすす……
「ぃっ……ひぃっ……んんっ」
撫でるように愛撫してやると面白いくらいに全身でびくびくと反応してくれる。本当に敏感なようだ。
(……ああ、くそっ)
ノーケンは焦れったくなってくる。
自分から服の上から触らせてくれと頼んだのにもう剥ぎ取りたくて仕方なくなってきたのだ。
確かに手に合わせてくしゃくしゃと変形する布地はフェティッシュだが、それよりももう早くスイに直に触れたい。
ずぼっと裾の下から手を突っ込んだ。
「ひきゃぁ!?」
手に伝わるしっとりと汗ばんだ肌の感触。
(うぉぉ……これは……)
女の肌の感触を「吸い付く」と表現したのはどこの誰だろうか、誰だか知らないがこの表現を考え付いた奴は天才に違いない。
本当に手の平が吸い付いて離れなくなる。こんな滑らかな肌には触れたことがない。
むにに……
膨らみに触れるとまた格別だ、芯に固さがあってもしっかりと柔らかに女を主張してくる。何より大げさなくらいなスイの反応が楽しい。
「きゃぁァァん、馬鹿、ばかぁ、男の胸触って何が楽しいんだ変態ぃぃ……」
と、まるきり女の子の声を上げて涙目で抗議してくる。
くりくりくり
「ぃぃぃぃ……」
掌で大きく膨らんだ乳首を転がしてやるとまた違った反応になる、それと同時に咥え込まれた陰茎がきゅんきゅんと締め付けられてたまらない。
「あう、あっ……容赦しろぉ……またイくぅ……」
イって欲しい、イかせてやりたい。
だからノーケンは最初に見た時からずっと気になっていた箇所を狙ってそっと二人の結合部に手を伸ばす。
と、その手をスイがはっしと掴んだ。
「おいっ!そこは!ダメだ!ホントに……いぃぃぁぁ!?」
片方の乳首をぎゅっと捻ってやるとあっさりとスイの手から力が抜けた。
その隙にノーケンは指を伸ばす。
それはスイの陰核、つまりクリトリス。
男だった頃の名残なのか、明らかに普通の女性よりも大きいそれは濃いピンク色をして皮から顔を出しており、ノーケンの目からはいかにも弄ってほしそうに見える。
きゅっ
「きはぁぁっ!!」
「がっ……!?」
指が触れた瞬間、おとなしかったスイの魔性の肉体がまたも牙を剥いた、ゆったりとした心地よさを与えていた肉があの本気で搾る動きを再開したのだ。
おまけにスイがかくかくと腰を降り始めたものだから更に分泌された濃い愛液と精液がぬちゃぬちゃと掻き混ぜられ、スイの性器はまさしく男殺しの蜜壷と成り果てる。
もっとも、歯をかちかちと鳴らすスイの表情を見ればその腰の動きは本人の意思によるものではないのは明白だが……。
「あーっ!あーっ!あーっ!」
「ぬぎぎ……ぎっ……!」
ノーケンはその容赦のない腰使いに歯を食い縛って耐え、びちゃびちゃと汁を溢れさせる結合部から指を離さずにちゅこちゅこと陰核を擦り上げ続ける。
そしてもう片方の手ではぴんぴんにしこり立った乳首を陰核と同じように扱き抜く。
「死ぬぅぅぅ!ひぬぅぅぅ!のぉっ……のおけんにころひゃれるぅっっ!ハメころひゃれるぅぅぅ!!」
泣き喚くスイの奥でノーケンは爆発した。
「こひゅぅっ」
声にならない声がスイの咽喉から漏れ、魔物の肉体が狂喜に踊る。
ノーケンは目の前にばちばちと火花が散るような射精を味わいながらもイき続けるスイの陰核を執拗に扱き続ける。
「んぐぅ、ぐふぅっ、むぐっ!」
「んん!?」
と、海老反りになっていたスイが体がぎゅんっともの凄い力でノーケンに抱き付いた。骨が軋むほどの力でしがみつき、足と足を絡み付けるようにして互いの腰を押し付ける。
どびゅっ……!どびゅっ……!どびゅっ……!どびゅぅっ……!
二人は肉塊になった、ただ種付けするだけの肉塊が射精し、搾るだけの肉塊が受精する、その瞬間、二人はただの肉塊になった。
どく……どく……どく……どく……
射精は終わらなかった、いつまでも、いつまでも……。
・
・
・
「ええっと……その……贈り物、受け取ったよ……わざわざどうも……」
「い、いや、元々はこちらが悪かったんだ、その、気にするな」
翌日の事、ノーケンは街中でディムにぎくしゃくしながらお礼を言った、ディムもぎくしゃくと応える。
激しすぎる情事の後、ドアの付近に置かれている菓子折りの袋を見付けた二人は事情を察した……見られたのである。見てしまったのである。
気まずい。
「ス、スイの奴は、元気か?」
「ああ、うん、すごく……うん、まあ、顔見せたくないって言って来なかったけど……」
無理もない。
ごほん、と、どちらともなく咳払いをする。
「……行くのか?」
不意にディムは真剣な面持ちになって言う、ノーケンは頷く。
「ここはいい街だ……だが、俺達はやっぱりふらふらしてるのが性に合ってるみたいでな」
「……傭兵家業はもう出来ないだろう?」
「わかるか」
「魔物だからな」
魔物は人を殺せない、スイももう人を手に掛ける事ができない性質になってしまった、これは本人からも聞いている。
「だけどまあ……何とかなるだろ」
「そういうものか」
「何となくな、あいつとならどうとでもなりそうな気がしてる」
「そうか……」
「世話になったな」
「私はただ斬っただけだ」
「いや……世話になったよ」
そう言ってノーケンは手を差し出した、ディムもその手を握り返した。
「それじゃあ、行くよ」
「達者でな」
「ああ」
ノーケンは背を向けて街の出口に向けて歩き出した。
と、脇道から槍を肩に乗せた少年……いや、少女が歩み出てくる。スイだ。
一瞬照れくさそうな表情でディムの方を見てかすかに会釈する、ディムも軽い会釈で返す。
スイもまたディムに背を向けるとノーケンと肩を並べて街の出口に向けて歩き出す。槍の穂先は布に包まれているが、根元からわずかに覗いて見える刃は魔界銀特有の輝きを放っている。
(どうとでもなる……か、なるだろうな、きっと、少なくともあの二人が離れ離れになる事は未来永劫ないだろう……)
ディムも二人に背を向けて歩き始めた。
・
・
・
と、歩み去ろうとしたディムはぺた、と傍の家の壁に手を突いてずるずると崩れ落ちた。
「うぅ……う……羨ましいぃぃ……」
春に焦がれる女騎士の切実な呟きはよく晴れた街の空に溶けた。
14/09/20 23:02更新 / 雑兵
戻る
次へ