「雰囲気違うなぁ……」
大島宏樹（おおしまひろき）は呟いた。
時刻は深夜一時、場所は学校の廊下。
普通、生徒が校内にいる時間では無いのだが大島は今日、ちょっとしたトラブルで校内に取り残されてしまったのだ。
説明するのも馬鹿らしい話だが友人と放課後にふざけて隠れんぼをして清掃用具入れのロッカーに入っていたらそのまま眠りこけてしまい。
携帯の振動で目を覚ますともう夜中だったという訳だ。
慌てて携帯で親に事情を説明し、「アホかあんたは」と小言を貰ったが今から教師に連絡してどうこうも面倒なので一晩そこでやり過ごす事になった。
ロッカーの中でぼんやりしていても何なので夜の校舎を散歩している所という訳だ。
「ん？」
と、窓の外を見た大島の目に何か動くものが映った。三階から見える学校のプールだ。
「……え、誰……？」
最初は水面で月光が揺れているだけかと思ったが、目を凝らして見ると確かに何かが水面の下を動いてるように見える。
「……」
こんな時間にプールで誰が泳いでいるのか。
大島はぶるるっと体を震わせた。恐怖心と好奇心が同時に湧き上がる。
（……だめだ、こういうのは正体を確かめないから怖くなるんだ……）
そして大島の中では好奇心が勝った。

・

・

・

一階の教室の窓を開け、こっそりと乗り越えて校庭に出る、何となくプールにいる存在を意識して音を立てないようにする。
校庭を中腰でそろそろと横切り、プールに向かう。
ぱしゃん
水音が聞こえて足を止める、やはり何かがいる。
心拍数が上昇する。
ちゃぷん……。
水音が止む。
プールは校庭よりも高い位置にあるので大島の姿はプールにいる存在には見えない、大島にもプールの様子はわからない。
「……」
足を止めたまま大島はさらに腰を落とし、地面を這うような姿勢でそろそろと足を進める。
ぽちゃん
また音がして足を止める、目の前にあるコンクリートのちょっとした階段をのぼればプールを囲う金網まで辿り着く。
階段に足を掛け、一段一段音を出さないように細心の注意を払ってのぼる。
ぱちゃん
どう聞いても何か大きなものがプールで泳いでいるような音だ。
大島は階段に這いつくばるようにしてこっそりと段差の上に頭だけを出して覗き見てみた。
青白い月光に照らされるプールサイドが目に入る、音の発生源は今、水中に潜っている最中だろうか。
腰が痛くなりそうな姿勢で大島はじっと顔半分だけを段差から覗かせて金網の向こうのプールを見つめ続ける。
「……」
「……」
どのくらいそうしていたか、随分長くそうしていたように感じる。実際にはそうでもないかもしれないが、大島の額には大粒の汗が浮かんでいた。
（……気の……せい……？）
いい加減そう思い始めた時だった。
ちゃぷん
プールの水面から飛沫があがった。
大島はひっ、と声を上げそうになるのを堪えた。
いた、何かが……。
全身から汗がどっと噴き出る。
ぱしゃあん
「……っっ！」
「それ」が水面から姿を現した。
女性だ、一人の女性が飛沫を上げて水面から上半身を出したのだ。
青白い、とても青白い肌をしていた、最初は月光に照らされてそう見えるのかと思ったが、違う。
肌が青白い色をしているのだ。
月光の中でその女性はプールサイドに肘を付いてほう、と息をついた。
「ぁ……ぁ……」
大島は思わず声を漏らした、その声にぴく、と反応して女性がこちらを向く。
濡れて光る長い黒髪、人形のように奇麗に整った顔立ち、普段どこかとろんとしたような瞳が今は驚きに大きく見開かれている。
「う……魚住（うおずみ）さ……」
「……おおしま……く……」
それ以上何と言葉を発していいかわからなかった。
同級生の女子生徒が夜中にプールで泳いでいて、なおかつ青白い肌をして頭から奇妙な角のような物を複数生やしているのを目撃してしまった時。
何と言えばいいかなんて若い大島にはわからなかった。
若くなくても多分わからなかった。
例えばこの時、この異形のクラスメイトがプールから飛び出し、こちらに向かって這い寄って来たならば大島はホラー映画のような悲鳴を上げて逃げ出した事だろう。
しかし、そのクラスメイト……魚住清（うおずみ　きよ）がその時取った行動はと言うときゃっ、と声を上げて胸元を隠す、という年頃の女の子そのものの行動だった。
なので大島も年頃の男の子らしく「ご、ごめん！」と謝って後ろを向いて魚住の方を見ないようにした。
「……見ました、か」
「み、見てないよ、はっきりとは……！丁度手に収まりそうな綺麗なおっぱいとか……！」
「み、見てるじゃないですか……あ、いえ、そっちではなくて……いえ、そっちも恥ずかしいですけど……」
うろたえた声が背後から聞こえる、その声を聞きながら大島も果たして自分がどきどきしているのはクラスメイトの裸を見てしまったからなのか、クラスメイトの異形の姿を目撃してしまったからなのか判断に困っていた。
「魚住さん、それはその……」
大島は背中を向けたままごく、と喉を鳴らした。
「こ、コスプレ？」
「こ……え？はい？」
「その、人の趣味に口は出さないし、誰にも言わないけど……！」
「あ……あのっそのっ、そ、そうなんです、変わった趣味なんです、わた……し……」
突然異形の者かコスプレして夜のプールを泳ぐ変態かの選択肢を突き付けられた魚住は咄嗟に後者を取る、しかし情けなさ過ぎて後半涙声になってしまう。
それを聞いて大島は慌てる。
「ま、まあ、人に言えない趣味とか、誰しも一つ二つ持ってるもんだしな！」
「うぅ……」
「俺だって部屋に人に見せられないものとか大量に隠し持ってるし、おふくろに勝手に掃除されて机の上に並べられたりとかしてさ！はは、ははは……」
自分で何を言ってるのかよくわからなくなりながら大島は頭をぼりぼり掻く。
「……ごめんなさい」
「な、何で謝るんだよ？」
「嘘……つきました」
「嘘？」
「これ……コスプレじゃ、ないです……」
「ええと、えーっと？」
「あの……本物、です……」
「ほんもの？」
「わたし……ええと、人間じゃなくて……その、はい……ごめんなさい」
「だから謝らなくても……ええと、本物？……魚住さんって、人魚？」
「……ちょっと、違います、けど……はい、似たようなものです……」
大島は落ち着きなく手をすり合わせて言葉を選ぶ。
「そっか……魚住さん、そうだったんだ……そっか……人魚かぁ……」
「あの……あ、の……」
「な、なに？」
また涙声になる魚住の声に大島は思わず振り返る。
水面から頭だけを出し、プールサイドに手を付いている魚住は涙目で顔全体を真っ赤にしている。
「な……内緒、にしてもらえません、か……な、なんでも……なんでもしますから……」
瞬間、大島の脳内に思春期男子のリビドーが高速で溢れ出した。
普段からちょっといいな、と思っていた気になる女子からの「なんでもします」宣言、官能小説かAVかエロ漫画かでしか聞いたことのないシチュエーションだ。
不思議なことに魚住が人間でなく、青白い肌や尾ひれを持った異形の存在である事は全く欲望の障害にならなかった。
月光の中で見たその姿があまりに美しかったからかもしれない。
しかし大島もここで「ん？何でもするって言ったよね？」とエロ漫画のような展開に持って行けるほど野性味溢れる性格ではなかった。
「いやいやいや何もしなくっても言わないから！俺そんなひどい事する奴に見える？」
「……うぅっ……」
と、何故だか魚住の眉がきゅうっと寄せられ、また泣き出しそうな表情になる。
「あー、わかったわかった！じゃあお願いするよ！一つだけ！」

・

・

・

大島はくるくるとシャーペンを指の上で弄びながら教師の声を聞き流しつつ、自分の席の斜め右前方を眺めていた。
その席に座っているのが魚住清だ。
腰にまで届く長い黒髪が特徴で、シャンプーのＣＭに出れそうなほど綺麗な髪質をよく友達に羨ましがられている。
しかし綺麗なのは髪だけではない。
その辺のアイドルよりよほど整った顔立ちに人形のように長い睫、その睫に彩られた瞳はいつもどこか夢見るようにとろん、としている。
女子にしては結構背が高く、手足がすらりと長い。スレンダーないわゆるモデル体型だが制服の上から見ても胸はそこそこあるように見える。
可愛い、というよりは綺麗、美人、という表現が当てはまる容姿をしていた。
それだけ美人な魚住だが不思議な事にクラスではあまり目立たない存在だった。
太陽のように視界に入った瞬間ぱっと目を引く人種がいるが、魚住はそれとは正反対に人の目に留まらない空気を纏っているのだ。人目を避けてひっそりと咲く月見草のように。
しかしながらやはり気付く人は気付くもので、「魚住って可愛いよな……」という言葉もちょくちょく耳に入ってくる、大島も魚住の綺麗さに気付いているクラスメイトの一人だった。
「じゃ、大島、これ解いてみろ」
「……」
「お、お、し、ま！」
「えっ？あっ、はい」
ぼんやりしている所を教師に当てられ、大島は慌てて席から立ち上がる。
「答えてみろ、今まで聞いてたら分かるはずだぞ？うん？」
「あー……っとぉ……」
冷や汗をかきながらちら、と魚住の方を伺ってみるとこちらと目が合った。魚住は一瞬目を見開くとふい、と逸らしてしまった。
散々だった授業が終わり、放課後が訪れると帰宅部である大島はいつも通り帰り支度をして教室を出た。
校門を出てバス停でバスに乗り……いつも降りる住宅街のバス停の三つほど前、繁華街のバス停で降りた。
降りてからすぐ近くの喫茶店に入るとコーヒーを一杯注文し、窓から伺えるバス停の方を気にしながらそわそわと待ち続けた。
十分ほど待つとバス停に一人の女生徒が降りた、その女生徒が喫茶店に近づいてくると大島はいよいよ落ち着きが無くなる。
からんからん、と入口のベルが鳴ってその女生徒……魚住が店内に入って来た。店内を見回す魚住に大島はぎこちなく手を振って見せる。
魚住がテーブルの向かいに座った頃には大島の顔は緊張で真っ赤になっていた。
「ご注文どうぞ」
「あ……と……こ、コーヒー、を」
「かしこまりました」
ウェイターに注文をする魚住の方も大島と大差ない様子でぎくしゃくしている。
「……」
「……」
こう言う風に回りくどい合流の仕方をしたのは、今まで接点の無かった二人が急に一緒に下校などすると目立つからだ。
そうやって合流してなにをしようかと言えば何の事はない「魚住さんの家に遊びに行く」というだけの事だ、それが大島の要求だ。
しかしこれは大島にとってかなり考えた末の要求だった。
折角のチャンスなのだからこれを生かしてお近付きになりたい、しかしあまりに欲望にストレートな要求では嫌われてしまう。
かと言って何か奢ってもらう、などの平凡な要求では距離も縮まらない。
そこで「家に遊びに行く」である。家にお招きを受けるというのはかなり親しい間柄でないと発生しないイベントだ、全然接する機会がなかった二人にしてはかなり段階を飛ばした要求と言える。
家に行った事がある、というのはかなり距離を縮めたと言えるのではないだろうか、という考えだ。あと、単純に彼女の住んでる家に行ってみたいという好奇心もあった。
「……」
「……」
だがここで大きな問題が発生していた。合流するための待ち合わせ場所を喫茶店に指定した訳だが、入って何も頼まない訳にもいかないのでとりあえずコーヒーを頼んだ。魚住もとりあえずでコーヒーを頼んだ物と思われる。
「……」
「……」
つまり、二人のコーヒーカップが空になるくらいの間は会話を持たせないといけないのだが、これが想像以上に難しい。
互いの趣味やら何やらを知っていれば会話の糸口も掴めようが、二人はただのクラスメイト以上の関わりがない。大島が一方的にちょっといいな、と思っていただけだ。
（う、ううっ……）
大島は背中を変な汗がつたうのを感じた。
本来大島は口下手では無い、クラスでは盛り上げ役的な位置であり、友達も男女問わず多い。なので喋るのは得意な方だ、と、自分では思っていた。
だから会話に関しては何も心配していなかったのだが好きな女の子一人を前にするといつもとは全然勝手が違った。
（こ、このままではつまらない奴と思われてしまう……！）
誤魔化すようにコーヒーに口をつけてうっと顔をしかめそうになる。
実はブラックで飲むのは苦手なのだが、あまりミルクや砂糖をどばどば入れるとかっこわるいんじゃないかという妙な見栄から何も入れなかったのだ。
結局、互いにもじもじするだけで一言も交わさないままに魚住の注文したコーヒーが運ばれて来る。
（コーヒー……コーヒーで何か会話できないか……！？）
必死に頭を回転させる大島の前で魚住はコーヒーを冷まし始める。
「ふー……ふー……ふー……」
長い髪を掻き上げてコーヒーの湯気に息を吹きかける魚住。
（……唇綺麗だな……キスしたら気持ち良さそう）
息を吹きかける時の唇がリップを塗ってるようにも見えないのにつやつやで、思わずそんな事を考える。
「ふっ……ふっ…………ふー……ふー……」
そろそろ大丈夫かと口を近付けるが、触れる寸前でまだ駄目だと判断したのかまたふーふーを始める。
大分長い事そうして頑張っていたのだが、飲める温度にするには自然に待つしかないと判断したらしく、結局口を付けずにソーサーに戻してしまった。
「……くくくっ……」
その様が可愛くて思わず笑みが漏れる。それで少し肩の力が抜けた。
「猫舌？」
「あ……はい、まぁ」
「アイスにすりゃよかったのに」
「そ、そうですね」
「熱いのが苦手なのってやっぱ……」
そこで大島は言葉に詰まった。
人魚だから？と言おうと思ったのだが、この話題は軽々しく口にしていいものなのかどうか判断がつかなかったからだ。
どうやら魚住は大島のそんな考えが分かったらしく。少し微笑んだ。
「はい……さかな、ですから……」
ごく、と大島は喉を鳴らした。その話題がＯＫなら色々と聞きたい事はあるのだ。
「その……魚住さんみたいなのってその……他にも、いっぱい？」
「ええと……結構……」
「結構！？」
予想外の答えに思わず声が大きくなり、慌てて声をひそめる。
「け、結構浸透してるんだ？人魚って……」
「あっ、あの、人魚、だけではなくてその、色んな種類の人がいるんです……その、サキュバスさん、とか……」
「サキュバス……？ってあの……状態異常「誘惑」とかそういうの使って来る……」
「その、それで合ってます……あ、でも、人に危害を加えたりはしないんですよ？」
「あ、よかった」
魚住はあまり男子と喋る事に慣れていないらしい、視線はコーヒーカップと大島の顔の間をきょろきょろと往復し、手はそれが癖なのか親指と人差し指をしきりに互い違いにてちてちと触れ合わせている。
「例えばあの……あの人、とか」
「うん？」
一瞬だけちら、と魚住が目配せをした方をみると店のウェイトレスがいた。
店の制服をぐっと押し上げる胸元に中々の可愛い顔立ち、店の看板娘といったところか。
「あの人、サキュバスです」
「ぶふっ」
思わず口に含んだコーヒーを吹きそうになる。
「意外とその……多いですよ？クラスの吉永さんとか……」
「ええぇぇぇ吉永が……！？」
「その他にも……」
魚住の口から次々と飛び出す衝撃の事実に大島は目を回すばかりだった。

・

・

・

「信じますか？」
「えっ？」
喫茶店を出た後魚住の家に向かいながらの道中、魚住が聞いて来た。
「自分で話しておいてなんですけど、かなり、荒唐無稽な話に聞こえると思うんですけど……」
「まあ……普通の人が言ってたら絶対信じなかったけど……実物が目の前にいる訳で……」
「……」
「でも、一回見ただけだからな……実はコスプレって言うのが本当で騙されてるかも……？」
「い、今更疑われても……」
「証拠にもう一回あの姿見せてくれたら信じるんだけど、な」
そう言ってちら、と魚住の方を見ると少し表情を曇らせていた。それを見て大島は慌てる。
「あ、いや、無理にとは言わないよ無理にとは、信じてるし！」
「……気持ち悪くないですか？」
「えっ？」
「だって魚ですし……不気味に思うのが普通ですし……」
「思ってない思ってない！気持ち悪いとか、全然！」
そう言っても魚住の表情は晴れない。
話してみて分かったが魚住は本当に普通の女の子なのだ、自分の体が異形である事にコンプレックスがあっても不思議ではない。
「ごめんごめん、興味本位で見たいなんて言って……見せたくないなら無理に見せてなんて言わないから……」
魚住は眉を寄せた困り顔で大島を見る、大島はどきっとする、こう言ってはなんだが魚住の困った顔はとても綺麗だ。
「……じゃあ、もう一度だけ、見せます、ね」
「え、いいの？」
魚住はきょろきょろと周囲を見回すと両手でぽふ、と頭を抑えた。
（え？ここで？）
と、大島が思う間もなくもそ、と両手の指の間から青っぽい色彩の角が四本、竹の子が伸びるように生えて来た。
「……！！！」
人間、本当にびっくりした時には声が出ないものだ、大島は口をぱくぱくさせるしかできない。
変化はそれに留まらず、頭を抑えている手にも変化が現れる。
見る見るうちに手の表面が不思議な光沢をもつ青白い色に変色して行くのだ。
「……っお〜〜〜！！」
思わず感嘆の声が漏れる。
「……はい、お終い」
と、魚住が言ってさっと手を下げた時には既に角は無く、手も普通の肌色に変じていた。
大島は開いた口がふさがらない様子だ、疑っていた訳ではないが特撮技術じみた現象を目の前で見せられるとやはりインパクトが違う。
「……ないしょ」
「……へっ」
「他の人には、ないしょで……ね」
そう言って人差し指を口に当てて恥ずかしげに魚住は言った。
その瞬間、大島は確かにズキュゥゥンという音が胸の中に響いたのを聞いた。魚住の存在が何となくいい子、から好きな子、に変わった瞬間だった。

・

・

・

「ここ……？」
「はい……」
「へーえ、へーえぇ……」
バス停近くの喫茶店からそう遠くない場所に「サンフラワー横町」という商店街があり、その商店街は新しい区域と古い区域の二つに分かれている。
新しい方はそこそこに人通りも多く、飲食のチェーン店や服屋が軒を連ねている。
しかしその通りから少し脇道に入るとがらっと景観の趣が変わる、明かりが薄暗くなり、店の種類も変わる。
駄菓子屋、おもちゃ屋、八百屋、雀荘、ナイトクラブ。
どの店も煤けていて看板は色褪せており、開いてるのか閉まってるのかわからない。
大島も学校帰りに商店街に立ち寄る事はあったが行くのは主に新区の方ばかりで旧区の方は殆ど行かない。何しろ行っても何もないのだから。
今、大島が見上げている「魚住の家」はその旧商店街の中の一軒だった。
例に漏れず古ぼけた看板には「昆布のいすゞ」と書いてある。
「……昆布屋さん？」
「……昆布屋さん、です、はい……」
何故か恥ずかしそうに言った魚住は薄暗い店の中に声をかける。。
「ただいまー」
「お帰りい」
「ごめん、ちょっと友達来てるんだけど」
「なあに？高坂さん？」
「あ、じゃなくてその……」
そこまで言った所で店内から頭にタオルを巻いた母らしき女性が顔を出した。細身でやはりちょっと面影が似ている。
「あら、あーらあらあらあ」
その女性は軒先に立っている大島の姿を見ると目を見開いて驚いた顔をした後、にんまりとした笑みを浮かべた。
大島は何となく緊張しながら挨拶する。
「あ、どうも、大島、と言います……」
「まあまあまあ、こんな小汚い所でごめんねえ、ほれ、あんたぼさっとしてないで部屋に上げたげなさいな、お茶用意するからさ」
「わかってるってもお……」
魚住は赤面しながらぶっきらぼうに言う。
気持ちは分かる、親との会話をクラスメイトに聞かれるというのは何とも言えず気まずいものだ。
「大島君、こっち……」
急ぐように魚住が店の中から手招きをするので大島は失礼します、と一声かけて店内に入った。
入った瞬間ふわ、と磯の香りがした。昆布店だけあって狭いながらも店内には色々な商品名の昆布が所狭しと並べてある。
そんなに昆布に種類があったんだと感心する程だ。
魚住はそんな店内を足早に通り過ぎ、店の奥にある狭くて急な階段を上がって行く。大島も店内をきょろきょろ見回しながら二階に上がった。
階段を上がる時上を見てぎょっとした大島は素早く下に視線を移した。
急な階段なものだから先に上がっている魚住のスカートの下が覗けてしまうのだ。役得としてガン見したい気もするが、すぐそばに母親がいる状況では流石に出来なかった。
魚住は上がってすぐ左手のドアを開けてどうぞ、と声をかけた。
大島はどきどきした、勝手なイメージで普通のマイホームに住んでいると思っていたので、家に遊びに行くと言っても居間に通してもらうものとばかり思っていた。
どうぞ、と案内された部屋は広さ的にも場所的にも居間では有り得ない、つまり魚住の自室と言う事である。
「お邪魔しまっす……」
覚悟を決めて（？）足を踏み入れる
勉強机、本棚、ベッド……至って普通の女の子の部屋という感じだ、ちょっと飾り気がない感じもするが。
「ちょっと、待ってて……」
魚住はそう言うとベッドの下から小さなちゃぶ台を出し、座布団を置いた。
「どーぞ……」
「あ、どーも」
「今、お茶、持って来るから……」
「おう、ありがと」
そう言って魚住は部屋を後にした。
（……やっぱり、魚住さんの匂いがする気がする……魚住さんの部屋なんだから当たり前か）
大島は部屋をきょろきょろと見回してみる。
本棚に並んでいる本は参考書が主だ、そう言えば成績はかなりいい方だった気がする。しかしその参考書に混じって漫画本も結構揃っている。
「シ○ルイ」「グラップラー○牙」「餓○伝」「ベルセ○ク」……。
「……すげえな」
意外な事に、趣味が合いそうだ。
そしてやはり気になってしまうのがベッドだ。
（……いつも……あそこに寝てるんだよな……）
顔をくっつけてすんすんしてみたい誘惑に駆られたがいつ戻って来るかわからないので流石に自重した。多分、まだ来ない確信があればしていた。
程なくしてお盆を持って魚住が部屋に戻って来た。お盆に乗っているのはせんべいとこぶ茶だった、渋い。
「あ、サンキュ」
「お口に合わなかったらごめんなさい……」
「いやいや……いただきまっす」
一口啜ってみると芳醇な香りが口内を満たした。
（あ、ウマい、こぶ茶って初めて飲んだけど……）
「これってこの店で売ってるお茶？」
「そう、です」
「へーえ……うまいや、一つ買って帰ろうかな」
「ど、どうぞどうぞ」
「はは……」
「……」
「……」
喫茶店の時と同じく互いにもじもじとして黙り込んでしまう。しかし今度は大島が思い切った。
「その……あのお母さんも、人魚なのかな、実は？」
「実は……はい」
「へえええ……」
世の中は大島の想像以上にファンタジーに溢れているようだった。
「そういう家系なんだ……？って事は親父さんも？」
「あ、いえ、お父さんは結構普通の人で……普通じゃないけど……」
「？」
「ちょっと人間……とは違うけど、私とかと違ってひれ付いてたり肌が青かったりはしない……です」
「ちょっと人間と違うって、どう違うの？」
「それはその……」
何故か赤面する魚住、何だか知らないが答え辛いらしい。
「いやまあ、無理には聞かないよ、ハハハ……」
「あはは……」
お互いに笑って誤魔化した。
「そう言えば、その……何であんな時間にプール入ってたの？」
大島はきっかけになった出来事を思い出した。
「あれはその……私、元々は海に住んでる生き物なので、たまには水の中に身を置きたくなると言うか」
「ははあ、なるほど、お魚さんだもんな」
「ふふ、はい、お魚さんですから……」
ここに来てようやく少し緊張がほぐれ、互いの会話のリズムが分かって来た感じだった。

・

・

・

「つまりあれですよ、どんなに格闘技がファンタジーしてても目とか鼻とか耳とかは弱点な訳じゃないですか、やっぱり黒い人ならそこそこ対抗できるんじゃないでしょうか？」
「まあ、目潰しは後半でも効いてたもんなあ……でも勇○郎は目まで頑丈そうだなぁ……」
「あの人はもう、何か超越してしまってるというか「そういうキャラ」なので引き合いに出したら駄目です」
「作者が負けさす事が出来ないキャラだもんなぁ……っと、もうこんな時間か」
○牙と餓○伝のキャラの強さ比較議論が白熱している所で時計を見上げて見ると思っていたよりずっと遅い時間になっていた。窓の外は既に暗くなっている。
「やべやべやべ！もう夜じゃん！ごめんなこんな遅くまで」
「あ、いえ、いいですよ、私も楽しかったです」
最初の頃の硬さもすっかり取れた様子で屈託のない笑みを見せる魚住、確かな手応えを感じて心中ガッツポーズを取る大島であった。
「ですけどその……いいんでしょうか？これで……」
「うん？」
「その……「何でもする」ってこれで……本当に遊びに来てお話しただけで……」
大島は溜息を付く。
「魚住さんさあ、もうちょっと考えて発言した方がいいよ？「何でもする」とか軽々しくいっちゃイカンよ、特に俺みたいな年代のガキにさあ」
「だっ……」
魚住は赤くなって顔を伏せ、ぼそぼそ、と小さな声で言う。
「誰にでも言う訳じゃないですそんな事……」
「まあ、確かに俺はそんな大層な事要求する度胸ないけど……俺ぐらいの年代とか頭ん中性的欲望だらけなんだぜ？30分に一回はエロい事考えるんだぜ？いやマジで」
言いながら大島は（あ、まずいかなコレ）と考えていた、こういうシモ方面の話題を出していいものかどうか。
「考えたんですか？」
「え？」
ふと気付くと、魚住の表情が変わっていた、今までにないくらいに大きく目を見開いて大島の方を見ている。どき、とした。
「え？な、何？何を考えたって？」
「家に来て、二時間くらいお喋りしてました……その間に四回、そういう事……考えたんですか？」
（え、ヤバい、怒らした……？）
不埒さに腹を立てたのかと一瞬冷や汗をかく、しかしよく見て見るとどうも魚住の表情は怒っているという風では無い。
大きく見開かれた目はきらきらと輝いていて、頬がほんのりと色付いている。ついでにぷるりとした唇も。
（……え、え？ヤバ……）
怒っている訳ではないらしい、しかしどういう状況なのかは分からない、わからないが何故か猛烈な勢いで下半身に血が集まり始めているのはまずい事態だ。
大島はとりあえず前屈みになってズボンに皺を作り、誤魔化す。
「いやいやいや、ごめん、30分に一回は言い過ぎたわ、俺紳士だし？ははっ」
「……そ、そうですね、ええ、変な事言ってすいません」
魚住はそう言っていつもの目に戻り、一瞬振り撒いた不思議な妖艶さを引っ込めてくれた。
「じゃ、そろそろいい加減親に怒られそうだし……お茶、ごちそうさん、うまかったよ」
「あっ、はい、どうも……お粗末さまです」
大島はそそくさと立ち上がる、魚住も店先まで見送ろうと立ち上がる。大島は極力体の正面を見せないようにしつつ階段を降りた。
「あらあ、帰るのかい？折角だから晩御飯も食べて行きなよ」
店先にいた魚住の母が声を掛けた。
「あ、いやあ、うちの親に怒られますんで、また今度……はい」
「そうかい？」
本当に残念そうな表情をしたので、どうやら悪い印象は持たれていない様子だ。
「それじゃあ、また……」
二階から降りて来た魚住の方を見ながら言うと「はい、また……」と返してくれた。
親子に手を振りながら大島はすっかり日の落ちた商店街を歩いて行った。ずっと前屈みのままだった。

・

・

・

（夜のプールって暗いな……当たり前だけど）
大島はプールサイドに立ってそう思った。
時刻は夜の八時、場所は以前魚住と出会った学校のプール。当然プールサイドを照らす照明はない。
季節は夏も本場を迎えた頃で今日も熱帯夜のようだ、お陰でこうして夜中に海パン一丁でも寒くないどころか暑いくらいだ。
プールの水面を見ると空に綺麗に出ている月が浮かんで見える、周囲から聞こえて来る鈴虫の声も相まって風情があると言えなくもない。
（……魚住さん、まだかな？）
しかし大島がこんな非常識な時間に学校のプールにいるのは風情を感じる為ではなく、魚住の水着姿が目的なのだった。
家に行った一件以来、大島は魚住の家に足しげく通うようになった。
魚住の母にも友人として認知してもらい、二人は急速に距離を縮めた、と、大島は思う。
そうでなくてはこうして定期的に訪れる夜中のプールに同行なんてさせてもらえなかっただろう。もっとも大島がどうしても魚住のあの姿が見たい、と繰り返し頼み込んだからでもあるのだが。
「まだっかな♪まだっかな♪」
水面に降ろした足をばちゃばちゃさせていると背後に気配を感じた。
「もう、小学生じゃないんですから……」
振り返ると学校指定の水着を着た魚住が立っていた。
「……」
大島はぽかん、と口を開けてその魚住の水着姿に見とれた。
学校の水着なのだから派手さがあるわけでも露出が高い訳でもない、普通の黒と紺の水着だ、しかしそれがこれ以上なく魚住にマッチして見えた。
女性らしい魅力的な膨らみと括れを有しながらもその長身で流線型の体型は確かに水中に住む生き物のしなやかさを連想させる。
黒い髪と黒い水着に映える白い肌は月の光を受けて光っているかのようだ。
「うっ……」
「？」
「うっ……うおおおっうぉっ……！」
「！？」
「うっ……うぉずみさっ……！」
「ど、ど、どうしたんですか！？何か発作ですか！？救急車ですか！？」
急に興奮し始めた大島に魚住はギャグとかでなしに焦る。
実際には水着姿があまりにツボにはまって興奮しているだけなのだが。
「ああ！魚住さん！」
「はい！？」
「魚住さん！」
「はい！」
「……魚住さん……！」
「は、はい！」
プールサイドで何故か正座をする大島、つられて向かい合わせで正座する魚住。
海パン男子と水着の女子が月夜のプールサイドにて正座でお見合いするというシュールな図になったが、大島は真面目に腹を決めたのだ。
今だ、今ここで告白しよう。
このこみ上げる激情に身を任せるのだ、逆に言うと勢いがついてないと告白なんてできない。
このまま友達のままずっと時が過ぎて行って、言い出せないままに卒業の時を迎えて、あの時告白していたらどうなっていたんだろう、なんて時が過ぎた時に思い出して。
やがて別の人と「結婚しました♪」なんてハガキが送られて来て、ああ、あの時こうしていれば、ああしていれば、なんて後悔するのは大島は嫌だった。
というか最近そういうのをドラマで見た影響である。
「魚住さん……」
「はい……」
魚住の方も何となく空気を読んだのか赤面し始める。
「……魚住さん」
「はい」
「……う、魚住さん」
「は、はい？」
「……」
「……」
「う……」
「……」
「魚住さん……」
「はい……」
第三者が見ていたならいつまでやっとんじゃい、と両者の頭を引っぱたきたくなるやりとりだが二人はいたって真面目である。
「魚住さん！」
「はい！」
「俺は……俺は……」
大丈夫なはずだ、嫌いだったら自分の部屋になんか上げてくれないだろうし、お母さんにだって気に入られてる、話していて楽しいし楽しそうにしてくれている、趣味だって意外と合うし、この前は弁当なんか作ってくれた、好意を持ってない相手にそんな事はしない、はず。
でもしかし、すべてが友達としての感情から来るものだったらどうしよう、この人何勘違いしてるの、とかそんな事思われたらこの先まともに付き合って行ける気がしない。
喉に何かが詰まってしまったようになって、息が出来なくて苦しい。
どうしよう、助けて魚住さん。
伏せていた顔を上げて魚住の顔を見る。
魚住は正座の姿勢で大きく目を開いて大島の方をじっと見ていた、膝の上に置かれた手は強く握られていて白くなっている、目は潤んで月の光を反射してきらきらと輝いている。何時の間にかにょっきりと頭から角が生えていたりする。
できない訳はない、この人を好きと言わずにいられない。
「俺とつ……つき……ｺﾞﾆｮｺﾞﾆｮｺﾞﾆｮ」
「な、何ですか？何て言いましたか？」
絞り出した声は殆ど言葉にならなかった、魚住は正座を崩して身を乗り出して聞く。
「俺とあのえっと、つきあって……下さい」
「それは今度の休日に付き合って、とか、ゲームに付き合って、とかいう意味じゃないですよね？」
「は、はい」
「恋人になりましょう、という話ですよね？男女の付き合いをしよう、という話ですね？」
「そうだ、そう言う意味だ、魚住、俺と付き合ってくれ、下さい」
「はい、わかりました、付き合いましょう」
「こ、彼女になってくれるのか？」
「はい、はい……」
魚住は今まで見た事がないくらいに嬉しそうな顔でこくこく頷く。
「私を彼女にして下さい」
「ううっ……」
大島は泣きそうな気持になる。
「魚住っ！うおずみぃ……！ぬわあああうおずみぃ！」
「きゃあっ！？」
感動が暴走した大島は急に魚住の肩を掴んで立ち上がらせる。
びっくりしてきょときょととする魚住にキスしたかった、しかしそこまでの度胸は勢いに任せていても出なかった。
「うおりゃあ！」
「ひゃっ！？」
結果として大島は魚住と一緒にプールの中に身を投げた。派手な水しぶきと共に気温と体温で熱の籠っていた体が温いプールの水に包まれる。
「ぷはぁっ」
「けほっもうっ急に何するんですか？」
「よしっ！魚住！端まで競争だ！」
「ええっ？」
「負けた方が何でも一つ言う事聞く事な！じゃあ開始！」
「ちょっ」
昂ったテンションのまま大島は勝手にルールを決めると壁を蹴って豪快なクロールで泳ぎ始める。
照れ臭くて嬉しくて、それをどう表現していいか分からなくて。行動が滅茶苦茶になっている、プールの水温で顔の熱を冷ましながら制御出来ない自分を自覚していた。
（ああ！畜生！幸せだ！）
かなりフォームの崩れたクロールで水を掻き分けながら大島は心の中で喝采を上げ続けた。
シュゴッ
（えっ！？）
と、その大島の隣を何か青い物体が物凄いスピードですれ違った。
（魚雷！？）
驚きで思わず泳ぎを止める、その大島の前で月光の揺れる水面を魚のひれが切り裂いて行った。
ぱしゃん
そのひれはプールの対岸に辿り着くと水面から立ち上がった。
「私の勝ちですね？」
得意気に言う魚住の頭頂部からは四本の角、手足は光沢を放つ鱗におおわれている。
あの夜に見た人魚の姿になっていた、やっぱり綺麗だと大島は思った。
それにしてもなんというスピードか、ほとんど一息で25メートルプールを横断してしまった、勢いとは言え自分がどれだけ無謀な挑戦をしたかを思い知らされた気分だった。
「いやあ、速いな！そこまで速いとは思わなかった、蒼い弾丸だな！」
平泳ぎで魚住の元に辿り着いた大島は思わず称賛する。
「ふふ、人魚ですからね」
魚住はくすくす笑う、姿が少し変わってもやっぱり全然元の魚住と同じだ。
「それじゃあ、一つ言う事聞いてもらえますか？」
「あ……あー、そんな約束したっけ？」
「しました、間違いなく」
すっとぼけようとしたが断言されてしまう、大島はいまさらながら自分の迂闊な言動を呪う。
「あー、あんまり高い物とかはだな……懐事情がだな……」
「いえいえ、お金の掛る事ではないですよ？」
「お、何？金の話じゃないならなんだっていけるぜ！」
「じゃあ、私は大島くんの体を要求します」
「体？いやん、えっち」
「ええ、えっちです」
「……」
「……」
「えっ？」
大島としてはそこで「そう言う意味じゃないです！」と赤くなる反応を予想していたのだが全然違う反応が返って来た。
「……あっはっは……ええと、えっち、って、ええと」
「セックスって言い替えましょうか」
心臓が喉元にまで跳ね上がった気がした。
「セックス、です、セッ、ク、ス、」
魚住はするりと大島に近付くと顔を近付けて一言一言区切るように言った。
とろりと夢見るような瞳はしかししっかりと大島の目を捉えている。
前言撤回をせざるを得なかった、本来の姿になった魚住は、一味違う。
「……お、お、ＯＫ」
大島はしばらくの間口をぱくぱくさせていたが何とかそれだけ言った。
「今すぐじゃないですよ、明日、明日私の部屋でセッ、ク、ス、しましょう？ね？大島君、必ず来て下さいね？」

・

・

・

「……ふんっ！……ふんっ！……ふんっ！……ふぬっ！」
大島は自室の床に寝転び、頭の後ろで腕を組んで足を揃え、上体をひたすらに上下させていた。
腹筋運動である。
「ぬっ！……ぐっ！……くぬ！……ふぬ！……ふなっ！……ふりゃっ！……」
随分長い事そうしているらしく、額に汗が浮いて顔は真っ赤だ。
「ぐはぁっ！はぁーっ、はぁーっ」
いい加減腹筋が限界を迎えたらしく、大島は四肢を投げ出して息を荒げた。
ぐっと首だけを上げて自分の下半身を見下ろしてみる。
「……駄目だ」
そこに見えるのは主の意思を無視して元気一杯な愚息。
無理もない事かもしれない、人生初の大仕事の予約が入ったものだから生殖機能が大張り切りだ。
しかし大島としてはまだ事の前日なのだから今から張り切られても困る。とりあえず睡眠の邪魔になっている事は間違いない。
「一発抜けば落ち着くかな……でもなあ……」
明日には最高の体験が出来るというのにここで無駄撃ちしてしてしまうのももったいないと言うか何と言うか、そんな気持ちもあって下腹部でぐつぐつと沸騰するマグマを持て余しているのだった。
ちら、と時計を見ると十一時。
（ああ！明日が休みだったら……！今日が金曜だったら……！）
などと思うが残念な事に今日は木曜日、明日は学校があるのだ。約束の日時はその放課後だ。
三時半に下校するとして、いつもの喫茶店で待ち合わせて合流して魚住の家に着くのが大体四時か四時十五分くらい。
（今十一時だから……ええと……じゅうななじかん！？後十七時間もあるのかっ！？そんなに待てねぇよぉ！魚住さぁん！）
床の上で頭を抱えてごろごろ転げ回る様はどう見ても精神病患者か何かだが、彼は若いので致し方ない。
（……体が持たん、寝よう、寝れば時間は早く経過するんだ）
髪をぼさぼさに乱しながら床からベッドに這い上がる。
（性欲を持て余す……そんな時は……おかんの水着姿でも思い浮かべよう）
目を閉じておかんの大根足とぷよっ腹を思い浮かべる、いいぞ、これは萎える、萎え萎えだ。
「ふーい……」
「……」
「……」
「……」
（……ックス……）
「……」
「……」
（……ックス……ね？……大島君……）
「……」
「……」
（セッ、ク、ス、しましょう？ね？大島君、必ず来て下さいね？）
「ホアアアアアアアッ！！」
奇声と共に被っていた掛け布団が跳ね上げられ、大島がベッドから転げ出て来る。そのまま床に手を着いて猛烈な勢いで腕立て伏せを開始する。
「う・お・ず・みっ・ヘイッはいっヘイッはいっヘイッはいっ！！」
汗だくになりながら腕立て伏せは続いた、どう見ても精神病患者だが、彼は若いのでしかたがない。
「はっ！あっ！あっ……あ、痛、いたたたたあたたた……腕……腕つった……」

・

・

・

くるっ……くるっ……くるくるっ……
魚住の長く、細い指の上でシャーペンはくるくると舞を舞う、所謂「浪人回し」というやつだ。
勉強に集中出来ていない時に出る癖なのでそんな名前がついたらしい、そしてその名前の通り魚住は机に向かって参考書を広げながらも先程から全く手が進んでいないのだった。
くるっ……くるっ……くるっ……カラン
とうとう手からペンが滑り落ち、ノートの上を転がるが、魚住はもはやそれを拾おうともしない。ぐったりと俯いている。
「……う……うぅ……」
いつも通りの行動をする事でいつものペースを取り戻そうと考えていたのだが、無理だったらしい。
「……あぁ……もう……もぅもぅもぅ……」
やにわにぶつぶつと何か呟き始める。
「あー……あーっ！もーっ！あーっ！」
と、急に顔を両手で覆ってベッドに後頭部からダイブした。
「もっ……なーんで！なーんであんな事……ばか！もう……！」
文字通り陸に打ち上げられた魚の如くベッドの上でぴちぴちと跳ねる。
「こ、告白されてっ……一分もたたないうちにセッ……セックスしましょって……！順番があるでしょお！？……引かれたぁ……絶対引いてたよぉ……」
ひとしきり活きの良さを披露した後、今度は死んだ魚の如くぐったりと動かなくなる。
「ううっ……何であの姿になると私……」
以前からそうだったが、あの人魚の姿になるとどうも理性が緩くなるようなのだ、それも性的な方面で。
大島がその姿に偏見を持たないでいてくれるのが分かっていても、そういう意味で大島の前にその姿を晒すのは戸惑われたのだ。
お願いされたので思い切ったらやはり懸念していた通りの事態になった。
（でも……でもあの姿でなきゃあんな事言えなかったんだろうなあ……）
ちら、と時計を見る。
（……十七時間、あと、十七時間後には……ここで、この部屋で……このベッドの上で、大島君と……）
いつもの癖で布団を抱き枕のようにしてぎゅうっと抱き締め、明日に想いを馳せる。
（あっ……いけない……また……）
あわてて布団を放し、ちら、とパジャマの裾を持ち上げて下着を見る。
（……ぐっちゃぐちゃ……すぐ濡れちゃう……これ……困る……ナプキン当てとこ……）
赤い顔でふらふらと汚してしまった下着を替えに行くのだった。

・

・

・

魚住の席は大島の席の斜め右前にある、なのでいつも後ろ姿を見る事ができる。
授業中にはいつもこっそりその姿を観察するのが大島の日課だ、表情は見えないが身じろぎしたり顔を伏せてノートに書き込んだり長い髪を無意識に弄ったり、そんな些細な所を見るだけで楽しい。
しかし今日に限ってはそれら全ての仕草に性的なものを感じてしょうがない、お陰で昨日散々安眠を妨害した愚息が今日も元気だ。
（えーい、ちょっとは鎮まれ、もう少し……もう少しすれば……あっ……ブラ線発見）
ノートに書き込むために上体をかがめた所に浮いた線を目ざとく発見する。
あのブラを今日、自分が外すのだ、夢でも妄想でもなく、この時間が終わって放課後になって、魚住の部屋に行って……。
（だーかーらー、そう言う事を考えたらまたほらもう……クラスの奴に発見されたら変態扱いされるぞ……）
ぐっと腰を引いて股間の膨らみを誤魔化す体勢になる。
「……」
魚住は授業に集中しているようだ、流石優等生。
（……よく普通にしてられるなあ……）

・

・

・

大島の席は魚住の左斜め後にある、なので魚住からは振り返らないと大島の方は見えない。
「おめー最近付き合い悪くね？」
「あー、忙しくってな、色々」
「色々って何だよ？」
「ひ・み・つ♪」
「キモッ」
昼休みなどは大島の席の回りにはいつも誰かしら友人がいる、魚住は本を読むふりをしていつもこっそり大島の方に耳をそばだてる。
クラスで人気のある大島は本当に話すのが上手で、聞き耳を立てているだけで思わず噴き出しそうになる事が何度もある。
とりわけ今日は大島の声がよく耳に入る。
これは大島がいつもより声が大きいからではなく、魚住の耳が大島の声に過敏になっているからだ、匂いもいつもよりはっきりとわかる、大島の匂いだ。
昨日はたくさん汗をかいたらしい、と言う事までわかる。
（あ……だめだめだめ）
意識するとすぐに下半身にきゅうんと熱が集まってしまう、授業中は集中する事で気を紛らわせていたがこうして存在を意識するとすぐに体が反応する。
こそっと後ろを見てみると明るく笑う大島の表情が目に入った。
（……よく普通にしてられるなあ……）

・

・

・

キーンコーンカーンコーン
鳴った、誰が何と言おうと鳴った。
大島は今日一日で一日千秋という言葉の意味を腹の底から思い知った、今後この言葉は軽々しく使うまいと思った程だ。
思わず魚住の方を見た。
目が合った。
慌てて逸らされた。
ああ、同じ気持ちだったんだ、と納得した。
本当ならもうお姫様抱っこして教室を飛び出したいくらいの気分なのだが、二人の関係は相変わらずクラスで公になっていないのでそんな大胆な事は出来ないし多分体力ももたない。
なので勤めて平静を装い、静かに席を立っていつも通りに教室を出た。
バスに揺られていつもの停留所で降り、いつもの喫茶店に入ってアイスコーヒーを注文する。
そこで始めて自分の喉がカラカラだった事に気付き、来たコーヒーを一息に飲み干した。
落ち着き無くそわそわしていると何となく初めて家に行った日を思い出す。あの日もこんな風に落ち着けなくて……。と、思い出に浸る間もなく魚住が来た、来てしまった。
「……」
「……」
魚住が注文を済ませると二人は黙り込む、本当にあの日のようだ。
大島は何となく魚住の方を見る事が出来ずに窓の外を見たりしている。
魚住は人差し指と親指をてちてち触れ合わせている。
魚住の頼んだアイスコーヒーが来た。
コップに手を伸ばすと魚住は口を付けて一息に傾ける。
こきゅ こきゅ こきゅ
その細い喉が上下する様がやけに色っぽく見えて大島はまたどきどきする。
「ふう」
コップを空にした魚住は息ついて口を開いた。
「行きましょう、か」
「い、行く？行っちゃう？」
「はい、行きましょう」
「うん」
「はい」
よくわからないやり取りの後二人して席を立った。いつもならここで会話が弾んで気付けば暗くなっている事も多いのだが、今日は十分とたっていない。
「あの」
「うん？」
「手、繋いでいいですか？」
「あ、うん、おう！是非！」
うろたえて大袈裟な返事をしてしまい、くすくすと笑われてしまう。
そう言えばこの後の事で頭が一杯だったが、ちゃんと付き合い始めて初の「デート」なのだ。
そっと伸ばされた手を握るととてもすべすべしていて柔らかかった、そして人魚である事が関係しているかどうかわからないがひんやりとしていた、緊張と興奮で手の平まで熱かったのでそれが心地よい。
「あっ……温かい、ですね」
「えっ？あ、ああ、まだまだ夏だからな」
大島の手の事を言ったのだが、それを改めて言い直すのも恥ずかしかったので魚住はそうですね、と小さく言った。
そうして二人で晴れた商店街を歩いた。
手を繋いで歩くというのはただ並んで歩くよりもちょっと難しいものだと二人は知った。離れそうになったりぶつかりそうになったりしながらなんとか歩調を合わせる。互いに目は合わせず、言葉も交わさない。
大島は自慢したい気持ちで一杯だった。
(見てくれ、見てくれよ皆、この子俺の彼女なんだぜ？可愛いだろ？綺麗だろ？どうだ羨ましいだろ、やらないぜ、もう誰にも触れさせないぜ、俺のだからな！俺だけの魚住なんだからな！俺は、俺は今からこの子と……)
と、並ぶ店の中の一つを目にした瞬間、大島はぴたりと足を止めた。
「？」
合わせて足を止めた魚住は怪訝な顔をする。
視線の先を辿ってみると薬局がある。
「大島君？」
声をかけられた大島はくる、と魚住の方を振り返って言った。
「大事なこと忘れてた……！ちょっとここで待っててすぐ買って来るから、ええと、薬局で売ってたっけ？」
「な、何をですか？」
理解出来ない魚住が訪ねると大島は恥ずかしそうな顔になる。
「ほ、ほら、アレだアレ、その、コレ……」
そう言うと人差し指に何かを被せるようなジェスチャーをする。
それを見て魚住も「ああ」と言う顔になる。
「値段いくらすんだろアレ……ええと……」
財布をごそごそし始める大島に魚住は戸惑い勝ちに声をかける。
「あの……それは、必要ないと、その……思います」
と、大島は顔を上げて魚住の両肩に手を置いた、耳まで真っ赤だがすごく真面目な顔をしている。
「なあ魚住、いいか、魚住」
「は、はい？」
「俺はまだガキだし、世間知らずだし、物の道理も何にも知らねえけど」
「え、あ、はい」
「でもな、俺今思ってるんだ、今のこの気持ちは大人になっても、じじいになっても、一生無くしたくないって」
「……」
「魚住の事がすっごく大事だって思ってるんだ、本当に、マジで、だから童貞捨てたいとか、気持ち良くなりたいとかそう言うんじゃなくて……ええと、なんだっけ俺何言おうとしてたんだっけ」
茹でダコみたいな顔色になりながら大島はぼそぼそと口ごもる、今更ながら自分が非常にクサい台詞を言っている事を自覚したのだ。
「だからさ……ほら、エチケットは大事だって事、な？」
最後は誤魔化すように付け加えた。
「でも、あの、それでも、大丈夫だと思います、大丈夫なんです」
魚住は大島に負けないくらい茹でダコになりながら言う。
「いや、大丈夫って……」
「お父さんもお母さんも、私一人を作るのにその……すごく苦労したみたいで……五十年くらい……」
「……えっ！？はっ！？ごじゅう……いや、五年？五年だよな？」
「いえ、五十年です」
「ちょっ、お母さんいくつ！？」
「はっきりとは聞いてないですけど、百とんで三十……五、六、くらい、かな？」
大島は天を仰いだ、ああ、人間じゃないんだなあ、と改めて感じ入る。
「出生率が普通と比べてかなりその、低いみたいで……ですからこの一回で「当たる」確率は殆ど……」
「い、いやいや、それにしたって用心するに越した事は……」
「したくないですか？」
「え？」
いつの間にか魚住は距離を詰めていた。握っていた手を腕ごと抱え込み、ぴったりと体を密着させている。
制服越しにぷにゅりと柔らかな感触が押し当てられる。
「い、あ、や、嫌って訳では……」
大島は思考停止状態に陥る。
「私はそんなもの無しでしたいです、駄目ですか？」
魚住は女子にしては背が高い、よって大島とほぼ目線は一緒だ、その目がキスするかという距離にまで近付き、艶めかしい声が脳に響くように伝わる。
「うん……うん、駄目じゃない、駄目じゃないよ」
聖人君子も堕落に導くという魔物の誘惑。
意志が強くとも所詮思春期男子である大島が抗えるものではなかった。
かくかくと頷くと夢見心地の表情のまま魚住に引き摺られるようにして薬局の前から離れて行った。手を握る体勢から腕を抱え込み、肩に頭をこて、と乗せる体勢になった二人はもはや周囲にハートを撒き散らさんばかりだ。
クラスメイトにでも目撃されれば言い逃れできない状態、しかし大島にはもはや周囲の様子など目に入らない。
ただただ腕の柔らかな感触といい匂いに翻弄されるばかりだ。足元もふわふわと雲の上を歩くような足取りをしている。
そんな大島に寄り添いながら魚住は今までにないくらいに自分が「魔物」である事を強く意識していた。
本来の姿が人と違うとか、水に入りたくなるとか、そういう事で自分が人間と違う事は意識していた。
しかしこのこみ上げてくる本能は間違いなく人間には無い魔物の本能だった、自分は人間を淫らに誘惑し、堕落させる生き物なのだと強く感じた。
それもこれも先程の大島の青臭く、だけど真摯な告白が原因だった。あれが魚住の中の何かを目覚めさせてしまった。
（もう、どうしよう、どうしてあげようかこの人）
魚住は大量に溢れ出て来る唾液をこくり、こくりと飲み下しながら荒れ狂う欲情を抑えた。

・

・

・

雲の上な気分で腕に掛かる重みを堪能しているうちにいつの間にか「いすゞ」に着いた。
大島はふと我に返って身を固くする。
今から娘と致そうと言う時に親と顔を会わせるのは少々気まずい。
「あの、今は、お母さんはお父さんと出かけてて、多分、明日まで帰ってこないので……」
「そう、なんだ」
大島は友人の家に泊まる事も度々あるので家へはメールの一つでも入れておけば問題ない。
つまり明日まで時間はたっぷりあると言う事だ。思わず喉を鳴らしてしまった。
言葉通り今日店は閉店しているらしく、シャッターが降りている。魚住は鞄から鍵を取り出してシャッター開け、大島を中に招き入れた。
入ると店内は暗い、明るい所から入ったので余計見えない。
がしゃん、とシャッターが降ろされて外の光と音が遮断され、一瞬本当に真っ暗になるがすぐに電気が付けられた。
周囲が静かになり、互いの息遣いだけが聞こえる、とうとう二人きりになった。
大島は魚住の方を見てちょっとびっくりする。青味がかった肌に四本の角、青い光沢を放つ手に不思議な光彩の瞳。
シャッターを閉めてから電気を付ける間に変化したらしい。制服姿で見るとまた新鮮だ。
今まで見たことのない表情をしている、夢見るようなとろけるような顔だ。今までも綺麗だとは思っていたが改めて綺麗な人だと思った。
と、その夢見るような表情がすうっと近付いて来た。思わず後ろに下がろうとしたがしなやかに伸びてきた青い手が後頭部に回された。
ちゅっ
初めてのキスは閉店した昆布屋の店内で人魚と。占いで予言されても笑い事なレベルだ、誰がこんな初キスを予想できるだろうか。
しかし当の大島は初キスだと何だとかそんな事を考えている余裕は無かった。すごく気持ちよかったからだ。
キスすれば気持ち良さそうだと思っていたぷりん、とした唇は実際してみると気持ちいいなんてもんじゃなかった。
触れた箇所からひやりとした冷たさを感じた後に電気が来た。
ぴりりと唇を伝わったそれは背筋にぞわわっと鳥肌を立たせた後、全身に広がって行った。
「ふは」
「あふ」
数秒間だけ触れ合わせた後、離れて互いの顔を見る。
「はふ……は……」
青白い魚住の肌は頬の部分だけが桜色に色付いている、とても可愛い、自分はどんな間抜けな顔をしているんだろう。
数秒見つめ合った後、また魚住は大島にキスをした。今度は唇だけでは済まなかった。
ぬるっ
とても熱くて柔らかい物が歯に触れて来た、魚住の体は体表は冷たいが内部は熱いらしい。
「〜〜〜！？」
情けない話だが、大島はびっくりして歯を閉じて舌の侵入を拒んでしまう。
魚住の柔らかな舌は中に入れて、と催促するように閉じられた歯の上をぬるぬると撫でる、それで顎の力が抜けて侵入を許してしまった。
「はァむっ」
魚住は小さな子供がお菓子にかぶりつくように大島の口にむしゃぶりつく。
「んっむ」
大島は目を白黒させてよろめくが、魚住はそれを抱き抱えて支える。
てろりゅん
舌に何かが螺旋状に絡みついた、大島の頭の中で閃光が弾ける。
かくん、と膝が抜けてそのままへたり込みそうになるが、魚住は姿勢を屈めてそれを追う。
ちゅるりん、ちゅるりん、ちゅるりん、
「んっ、ンッ、んんぅっ、うっ」
魚住の舌が大島の舌を螺旋の動きでしごくように往復する、大島は背後の商品棚に背中を預けるようにしてずるずると崩れ落ちる。唇を合わせたまま魚住が覆い被さっていく。
さらさらと魚住の黒髪が頬に、肩に流れていく。快楽と驚きに見開かれた大島の目を魚住のうっとりとした半目が覗き込む。
「ぷは」
銀の橋を繋げながらようやく魚住が離れた。
「は、はひ、は」
大島は半泣きみたいな顔になっていた、その大島の顔をとろん、と蕩けた顔の魚住が見つめる。漫画だったら目がハートマークになっていそうだ。
真っ赤になった頬を愛おしげに撫で、燃えるように熱いみみたぶにしゅりしゅりと触れる、大島はその全てに面白いようにびくびくと反応を返す。
「ま、まて、まって、うおずみ、すとっぷ」
魚住の肩を抑えてどうにか引き離そうとするが魚住はじゃま、とばかりにその両手を掴んで後の棚に押し付ける。
「ちゅぅぅぅ」
「んんんんん」
そしてまた、キスをする。
「くちゃぴちゃくちゅぁ」
「はぷ、むちゅ、んちゅ」
顎に手を添えて角度を変え、舌の裏側から歯の裏まで隅々舐め回し、溢れだす唾液を吸い上げてこくこくと飲み下す。
魚住は感じていた、生まれて初めての精の味。
甘い、甘い？甘いとは違う気がする、なにかしょっぱいとか苦いとかの味覚に分類出来ない味、いや、そもそも舌だけに感じている感覚ではない、体全体、全身で感じる。
とてもおいしい。大島君は、すごくおいしい。
とてもおいしくて
「んーっ！んっんっんぅぅぅぅ……」
かわいい
「んんー！」
びくっびくびくっ
「んぅ？」
と、その時、大島の体が今までにない動きで体を震わせた。
同時にへたりこんでいる大島の下半身から立ち昇る青臭くも愛おしい匂い。
「ぷふぁっ……お、おおしまく……」
ようやく我に返って口を解放して見ると大島は虚ろな目をしてぐったりしていた。
「うっ……やっち……まった……ちく……しょぅ……」
一瞬なにが起こったのか分からなかったが、その匂いで分かった。
「すまん、魚住、情けないけど俺……魚住？あの、ちょっ、魚住さん？魚住さーん！？」
落ち込む大島をよそに魚住はごそごそと大島の学生ズボンのチャックを下ろそうとする、大島は腰をひねって逃れようとするがのしかかられた状態ではどうにもならない
「駄目だって！……うひっ」
ぬちゃっ
抵抗虚しく、悲惨な状態になっている大島のボクサーパンツの中に青白い手が侵入する。
「はうっ！？」
ひんやりとしてすべすべなその手が射精直後の敏感な陰茎に触れ、思わず喘ぐ。
「だっ……！汚いって！」
魚住の文字通り白魚のような手を汚してしまうと思い、手首を掴んでずるりとパンツから引きずり出す。
しかし、引っ張り出した時には昨日からずっと我慢を重ねた末に出た糊のように濃い白濁がべったりとその手に付着していた。
「……」
魚住は手に付いた精液に目を見開いて見入った後、顔を近付けてすんすんと鼻を鳴らす。
「か、嗅ぐなって……」
普段ティッシュにぶちまけられている自分の精液が魚住の綺麗な手を汚している事に興奮と同時に恥ずかしさを感じる。
「ちょっと待ってティッシュか何か……いや、洗面所に……ちょちょちょ待て！魚住！」
惨状の始末を考えているうちに魚住が手に付いた白濁に口を近付けたのを見て、大島は慌ててその手首を掴んで口から引き離す。
「あっ……」
魚住は切なそうな声を上げる。
「エロ漫画とか官能小説じゃないんだからそんなもん口にしなくていいって！不味いから！」
「……そんな、こと、ないです」
魚住は掴まれた手に顔の方を近付けてぴちゅ、と指に付いた精液を舐める。
「ちゅぷ……こんなに……こぉんなにぃ……ぺろ……おいひぃ……」
子供が行儀悪く手に付いたクリームを舐めるように、指の一本一本をしゃぶっていく。
自分の出した精液を心底おいしそうに舐め取る光景を見せ付けられた大島の陰茎は休む間もなくびきびきと力を取り戻していく。
しかし一方で自分の想像していた初体験との違いに戸惑いを覚える。
初めて同士の初体験なんてうまくいかないのが普通であり、快楽よりも痛みが勝る。ものの本なんかではそんな風に説明されていた。
だが現実の魚住は大島の考える六倍くらい淫らでキスが上手だった。
（実は……昔付き合ってた人とかいたのかな……こんな顔を他の誰かに見せた事あるのかな……）
自分本位で無意味な考えだとはわかっていても胸にもやもやとした感情が湧き上がるのを抑えられなかった。
と、魚住がこつん、と額を合わせて来た。
先程までのとろけるような表情とはうって変わって口がへの字に曲がってむすーっと膨れている表情をしている。
「今……何考えたかわかりましたよ、私が他の人とその……こういう事したんじゃないかって想像したでしょう？」
「なんっ」
何でわかったの？と思わず言いそうになった。
「私も同じ事を考えるからです……大島君が落ち着き払ってて超絶テクニシャンだったら他の子ともこういう事したのかなってもやもやしちゃいますもん」
そこまで言ってちょっと不安そうな顔になる。
「……初めて、ですよね？……」
「……お恥ずかしながら」
見栄を張る場面でもないので今更ながら真っ赤になりながら肯定する。
「えへへ、ヤッタ♪」
思わず、といった感じで魚住は嬉しそうな笑顔になる。かわいい、口元に先程舐めた精液が付着しているところがちょっとあれだが。
「それじゃあ、その、魚住さんもその……」
「……もう、聞きますか？それ……話の流れでわかるでしょうに……」
「わ、わかってるけど確定したいんだよ！」
思わず嫉妬心を暴露してしまう大島を魚住はにんまりとして見る。
「確かめてみたらいいじゃないですか」
「え？」
呆ける大島の前で魚住はすっくと立ち上がり、制服のスカートのファスナーをジィィっと下ろす。大島は息を呑む。
「目で……確認して下さい」
先程のちょっとした会話で完全発情モード、もとい魔物モードから少し理性が帰って来たらしく、手がちょっと戸惑いがちで表情は発情よりも羞恥寄りだ。
座り込んでいる大島の目の前ですとん、とスカートが下ろされる。
「う、ぉ……」
思わず声を上げてしまった。
シンプルな白のパンティ。変に凝った下着よりも魚住に断然似合うと思うのだが、清楚さを引き立ててくれるはずのそれが今は逆に淫猥さを引き立てる結果になっている。
濡れてべったりと肌に張り付いて透けてしまっているからだ。同時により濃密に魚住の匂いが漂って来る。何とも言えないくらくらするような匂いだ。
「ふ、ふふ、ふ」
今にも倒れそうな程赤くなっているくせに魚住は手を止めない、死ぬほど恥ずかしいけれども引くに引けなくなっているらしい。
パンティの両脇に指を通し、すうっと下ろす。
糸が引いた。
大島は興奮で気絶しそうだった。
魚住は恥ずかしくて気絶しそうだった。
大島も今まで無修正のＡＶ等を見た事はあるが、露わになった魚住の性器はそれらで見た物とは随分違うように見えた。
（……赤ちゃんみたいだ）
ぴっちりと閉じられた筋、そして人魚の性質なのか体毛が一本も生えておらず、その筋を隠すものは何も無い。
魚住ははにかみながら足を肩幅に開いて見せる。
すごい格好だった、上半身には制服を着ているのに下半身には何も着けていない、ハイソックスと学生シューズは履いている。
その股間が頼りない店内の灯りでぬらぬらと光沢を放っている。
(す……げ……マニアックなAVみてえ)
口に出して言ったら怒られそうなので言わなかったがそう思った。
だがどんなAVとも違うのはその蒼白い肌に角、手足を覆う鱗。
それらのパーツがある種現実離れした美しさをその絵に与えていた。
「ほ……ら……見て……」
くちゃあ……
魚住が震える手でその剥き出しでつるつるの性器を割り開いて見せる、湿った音がやけによく聞こえた。
(ぴ……ピンクだ)
中の肉は濃いピンク色をしてひくひくと動いている、今までビデオで見たどんな女性器より綺麗でいやらしかった。
大島は思わず視線を上げて魚住の顔を見る。
口元を結んで目をぎゅっと閉じている。
そんな羞恥に耐えてまで自分を懸命に誘惑する魚住が可愛くてしょうがない。
「み……見えますか……膜……は、初物、でしょう？」
しかし勇気を振り絞って見せてくれたはいいが、大島は性器を見ただけで処女かどうか判断できる観察眼などなかった、当たり前だが。
「俺……み、見んの初めてだからよくわかんね……」
もう少し他に言う事がないのかと自分でも思ったが、思考停止状態に陥っている大島は考えた事をそのまま言うしかできない。
「でも魚住のがすごく綺麗でエロいのはわかるよ」
なので余計な事まで口走る。
「……ぁっ……ゃっ……」
その言葉を聞いたら瞬間魚住の性器がひくん、と蠢き、新たな粘液がじゅくりと染みだしたのが確かに見えた。
それが自分でも分かったらしく、魚住はとうとう股間を押さえて内股になり、隠してしまう。
「うぅ……」
へたりこんで涙目になられるとなんだか悪い事をした気にさせられる。
「み、見て、わからないなら……実際に……確認して……下さい……」
涙目になりながらも魚住は言う。
(実際に確認って……)
大島の頭の中でぶつん、と何か太いものが切れた。
「ぅ……ぅおずみぃぃ！！」
「きゃっ……！？ちょっ！待って！ちょっとだけ待って！」
「ぬがっ！なんっ……なに！？どうした！？」
一匹の野獣と化しかけたところに制止の声をかけられ、頭の中で切れた太い何かを強引に繋いだ。
青少年としては奇跡とすら言える自制心である。
「こ、ここだと、駄目です、部屋で……」
言われてみれば店に入ってすぐの商品棚が並ぶ場所で事に及ぶのもアレだ。
「わ、分かった、うん、部屋な！」
「はい！部屋で……！」
「なあ！魚住！」
「はい！？」
「俺、鼻血出てね！？」
間違いなくこれまでの人生で一番興奮しているので不意に心配になったのだ。
気付かないうちに鼻血がだらだら出ているのではないか、そのくらいのレベルで興奮してしまっている。
「だ、大丈夫です！出てません！」
「そうか！」
よかった、出ていたら最高にかっこ悪いところだった。
「あの！」
「なに！？」
「わ、私は？出てませんか！？」
「大丈夫！出てない！」
同じ気持ちだったらしい。
大島は立ち上がった、ズボンの中は相変わらず気持ち悪いが、もう気にしていられなかった。
魚住はすぐに行こうとして慌てて脱ぎ捨てたスカートとパンティを拾い上げる。
二人はしっかりと互いの手を握りあって店の奥に入る、階段の前でせわしなく靴を脱ぎ捨てて階段を上がる。
魚住が先行して上がったので目の前で魚住の形のいい裸のお尻がふりふり揺れる。
親の目がある訳でもないので大島はその蒼い桃をガン見しながら階段を上がる
上がって左手にあるドアを魚住が開けて入る、大島が続いて入る。
ドアを閉めた瞬間魚住は手に持っていた下着とスカートを放り出して大島に飛び付く。
大島は片手で力強く抱き返しながらもう片方の手でズボンのチャックを下ろし、下着ごとズボンを踏み散らかすように脱ぎ捨てる。
下半身だけ裸になった二人は縺れ合いながらベッドに倒れ込む。
「ふっ……ふっ……！」
「はっ……はっ……！」
二人とも一言も発しない。
魚住に覆いかぶさった大島はソックスだけはそのままの魚住の長い足を掴んで押し広げる。
足を開いた魚住は股間に指を添えてくちゃあ、と広げる。
大島はそのピンク色の割れ目に必死で陰茎を合わせて貫こうとする。
うまくいかない。
魚住が陰茎に手を添えて導く。入り口に先端がくちゃ、と触れる。
ぶち抜いた。
部屋に入って七秒だった。
「………！！！！」
「………！！！！」
声にならない声が部屋を満たした、声になっていたら近隣に響き渡るような絶叫だったに違いない。
魚住の体は泣くほどに待ち焦がれた愛しい雄の侵入に狂喜し、完全に魔物の本性をあらわにした。
歩く為にそこだけは人間の形態を保っていた足がはらりと解けるように尾びれに形状を変え、履いていたハイソックスが落ちる。
同時にその長く、しなやかな足が大島の腰に巻き付いた。
処女を破られた痛みはほんの一瞬で容赦のない圧倒的な快楽に塗り潰されていく。
性器は一切の加減なしに大島の陰茎にむしゃぶりついた。
生まれながらに男を陥落させる事に特化した魔物の性器の貪りは百戦錬磨の男であろうと瞬時に桃源郷に送り込む。
その刺激が未経験の大島の性器を襲う、当然の事ながら一溜まりもなかった。
「ぃっ……！ァァァァ……！」
擦れた女のような嬌声を上げている事を大島は自覚した、止めようと思っても止められない。
そんな声を上げさせられながら大島は射精した。
溶ける、陰茎が溶けて無くなってしまう、アイスクリームみたいに舐めつくされて吸い尽くされてしまう。
体がどうにかなってしまう、いや、その前に脳が快楽で壊れてしまう。
「……っっ！……っっ！」
魚住は声を上げる事がずっと出来ない、目を見開いて涙をぽろぽろ流し、口をぱくぱくさせてひゅうひゅうと呼吸音が漏れるだけだ。
脳を埋め尽くすのは今まで意識もしなかったような体内にある肉ひだから伝わる苛烈な快楽、これ以上ないくらいに近く感じる大島に対する慕情。
そして美味。
先程キスをした時に感じた味覚に分類できない美味、あの時と比べ物にならない濃度と量でそれを感じる。
ずっとずっとこれが欲しかったんだと初めてわかる、多分、プールサイドで出会った時から、いや、教室で目の端に映っていた時から、ひょっとしたら入学して教室で初めて見た時から。
大島くんが欲しくて欲しくてたまらなかった。
だから、やっと貰えたそれを一滴も無駄にしたくなくて全力でしがみつく。互いに思い切り腰を突き出し、深く繋がり合う。
一番奥で出したい、一番奥で受け止めたい。そんな二人の意思が見てとれるような体位で二人は細かく痙攣しながら動きを止める。
びゅぐっ　びゅぐっ　びゅぐっ　びゅぐっ　びゅぐっ　どくっ　どくっ　どくっ　どくっ　どくっ
雄の本能と魔物の本能を全力で満たし合う時間は長く長く続いた。
「……かはっぁ……！くふぁ……！」
「は、はひ、はひゃ……はひゅ……」
音の無い世界からようやく意識が戻って来る。と言っても射精は未だに止まらずにとくとくと続いている、一体いつまで出続けるのだろうか。
視線を下ろすとと互いのどろどろになった顔が目に映った。
長い髪を乱し、よだれと涙でぐちゃぐちゃになった魚住の顔は信じられないほど綺麗で淫らだ。
「はっ……はっ……はっ！あっ！？あきゅっ、きゅぅぅっん！」
「はぁっ、はぁっ……え？あっ？ちょぉっ、うおずみぃぃ……！？」
と、収まりかけていた膣の収縮がまた激しくなり始める、「揺り返し」で休む事無く二度目の絶頂を迎えてしまったのだ。
再び始まる搾精、思わず腰を引きそうになるが長くしなやかな足ヒレがしっかりと固定しているので逃げられない。
とくん……とくん……とくん……とくん……とぷん……とぷん……とぷん……
最初の爆発的な射精と違うゆっくりじっくりとした射精、その分明瞭に意識を保ったまま快楽を味わう事になる。
「うぁ……あぁぁ……止まん……ね……」
「あー……あー……あっ……おぉしまくっ……あぁ……」
ガタタン　ゴトン　ガタタン　ゴトン
夕陽の差し込む部屋の中に外から電車の音が聞こえて来る。
（だからさー……おまえが……あはは……なんだよそれー……）
表の商店街を歩く子供達の声も聞こえて来る。声の高さからして遊びに出て来た小学生だろうか。
彼らは想像もしないだろう、自分達が今横切っているひなびた昆布屋の二階で高校生と人魚が痴情に耽っているだなんて。今まさに子宮口に亀頭をしっかり押し当ててびゅるびゅると種付けをしている最中だなんて。
窓の外の日常と部屋の中の淫らな空間が地続きである事に奇妙な興奮を覚え、大島はまたびゅくりと魚住の中に放ってしまった。

・

・

・

「……あー……」
「……はぁ……」
二人はベッドの上で脱力していた、一人用の狭いベッドの上で横に並んで手を繋いでいる。完全に飛んでいた理性が戻って来ると同時に訪れたのは深い達成感と気恥かしさ。
魚住はうっとりとした表情で愛しい精を受け入れた下腹部を撫で回している。
大島は何となく魚住の方を見れずに窓から差し込む真っ赤な日差しを眺めていた。
二人とも満足していた……とりあえず、体は。
大島の陰茎はまだ甘隆ちだが、先程までの針を刺したら破裂してしまいそうな欲情は空になるほどぶちまけて鎮まった、ある種の清々しさすら感じている。
魚住の体もたっぷりと精を摂取したためか、狂おしい魔物の本性はなりを潜めている。
だけど、しかし
ちら、と魚住の方を見ると向こうも丁度こちらを見たらしく、視線が合った。
「あー、と、うん……ありがとうな」
「え？はい？」
「いや、なんかこう……大変素晴らしい体験をその……」
「ふふふっ、変ですよ」
くすくす笑う魚住、大島は頭を掻く。
「それでその、終わったばっかでなんだけどその……」
「もう一回します？」
思わず顔を上げて魚住の顔を見るとにっこり笑っていた。妖艶さを感じさせない、いつも教室で見るような笑顔だ。
「ほら、さっきはその……お互い焦りすぎたかなーって……もうちょっと落ち着いてしてみたいなって……はしたない、ですけ、ど……」
途中で自分がおねだりしている事に気付いてまた赤くなってごにょごにょと口ごもる。だが、大島が思っていた事とほぼ同じ事を考えていたようだ。
「うん、まあ、なんかこう、必死だったからなぁ……上着たまんまだし……」
そう、二人とも学生服の上は脱がずに下半身だけ露出した状態だ、あの時はとにかく一秒でも早く繋がりたかったので脱ぐ暇もなかったのだ。
「あの……」
「うん？」
「だけどその、体は大丈夫なんですか？男の子ってその……一回するとだいぶん疲れるって聞きますけど……」
「あー？うん、平気平気、まだ余力十分よ？」
自分でも意外な事に、命に関わるんじゃないかという射精を二度もしたはずなのに体に疲れはない、余裕も余力もある感じだ。
「……」
「……」
「する？もっかい……」
「あの……大島君がよければ……」
二人は二回戦に突入する事にした。

・

・

・

「その格好もマニアックで好きだけど、やっぱ全身が見たいなぁ」
「ま、マニアックって……私だけじゃずるいです、大島君も脱いで下さいよ」
「おけ」
大島はばばっと学生服の上を脱いで全裸になる。
「ふん！はっ！見よ！この肉体美！……冗談だ、ただの帰宅部のもやしボディだ」
「いいえ、魅力的ですよ」
「えー？どこがぁ？」
「うなじとか」
「う、うなじ？」
思わずそこを手で押さえる。
「あとは、鎖骨とか、喉仏とか……」
「け、結構見るとこ見てんのな……」
「女の子は……というか、魔物の子は見てますよ、女の子と違って男の子ってそういう視線に鈍感だから……」
「そんな目で見られてたのか……」
「そうですよ、あと足首とか……」
「足首ぃ？」
うなじ、鎖骨、喉仏は何となくわかるが足首は想定外だ。
「どこがいいんだここの、見たいならいくらでも見せるけどさ」
胡坐をかいてぺしぺしと足首を叩いて見せる。
「あ、いえ、そのままじゃなくて」
魚住はぱたぱたと顔の前で手を振る。
「学生服着てる時です、大島君って基本、短い靴下履いてるじゃないですか」
「お、おう……ほんとによく見てるな……」
「それでちょっと激しい動きした時とか、他に全然露出がない学生服の中でその足首だけ肌が見えるじゃないですか、そういうのがこう……もやもやっときます」
「どういう……あー……パンチラみたいなもんか」
「あ、そう、そんな感じです、まさに、あと、何かを拾おうとしゃがみ込んだ時にシャツがめくれて腰の素肌が出る時も……」
「魚住さん、魚住さんや」
「あ、す、すいません、つい興奮して……」
「そんなことより俺は魚住のおっぱいが見たい」
「は、はい！それでは……」
「待って」
魚住は服の裾に手をかけるがその手を大島は止める。
「俺に、脱がさせてくれ」
「え、いや……恥ずかしいですよ……」
「いいから」
「わ、わかりました」
そう言って脱がしやすいようにばんざいをしてくれる魚住、その裾に震える指をかけて持ち上げ、制服の上着を抜き取る。
「おいっしょ……」
「ん、ふむぅ」
ほっそりとした腰と清楚な白いブラが露わになる。魚住は服に絡んで乱れた長い髪を手櫛で整える。
「……ホックって背中に？」
「あ、はい……ここに……」
魚住は後ろを向いて見せる。授業中に時折見えたブラ紐に感慨を覚えるが、大島には見ても構造がよくわからない。
「ええと……」
「あ、そこはこう……」
大島の手を誘導してホックを外させる。
ぷちん
ふるん
「おぉ」
背後から見ていてもブラから乳房がこぼれたのが見えて思わず声を上げる。魚住は恥ずかしそうにしながらブラを抜き取り、正面に向き直る。
改めて二人はベッドの上、一糸纏わぬ姿で向き合った。
（綺麗だ）
魚住の蒼い身体は綺麗だった。尾ひれになった足、鱗に覆われた手、それらにかかる長く艶のある黒髪。
胸のサイズは大きすぎず小さすぎず、プールサイドで見た時の印象そのままの丁度手のひらに収まりそうな美乳。しなやかな魚住のシルエットを崩さず、しかし確かな存在感を示すボリューム。
いっそ現実離れした魚住の綺麗さに大島はその存在を確かめたくなって手を伸ばす。
ふにゅ
「やんっ」
想像通り手のひらへのフィット感に恍惚となるが無言でいきなり触るのはどうかと我に返る。
「もお、急に……えいっ」
「あぅっ」
しかし魚住の方も負けじと大島の陰茎に触れてきた。
「あっ……わっ……熱……」
一瞬驚いたように手を離すが、改めて両手で包み込むように触れてきた。ひんやりとしていて気持ちいい。
「……」
「……」
しばらく、お互いに無言で互いの身体をまさぐり合った。
夢のような柔らかさの乳房をむにゅむにゅたぷたぷと好き放題に弄る、両手で存分に堪能した後、左手で乳房を揉みながら右手でなだらかな腹部を這い下り、女の子座りをしている下半身の陰部に触れる。
にゅちゃっ
暖かい、いや、熱い。柔らかい。そして手に反応して蠢いている。
びきびきとより一層熱を帯び始めた陰茎には魚住の手が絡んでゆっくりとさすっている。時折先端のふくらみに触れて先走りを指先でこねこねと弄ぶ。
陰茎だけでなく、太ももや腹筋、首筋や頬にもその蒼い手で触れていく。
部屋の中に二人の荒い息遣いとにちゃにちゃと互いの身体をまさぐりあう音だけが響く。
「はっ……はっ……ふぇ、ふぇら」
「はぁ……はぁ……ん？……何？……」
「ふぇ……ふぇらち、お、しましょうか？」
「え？あっ、うん、おう！是非頼む！」
予想もしていなかった提案に飛び付くように了承する。
魚住は控え目に見えてこういう事に積極的で好奇心旺盛らしい、大島にしてみれば嬉しい悲鳴である。
「そ、それでは、失礼して……」
もそ、と四つんばいになって大島の足の間に顔を近付ける。
(うわ、これ……予想以上に恥ずい……)
自分の性器を間近で観察されるのはさすがに男でも羞恥を感じる。
対して魚住はうっとりした表情で大島の昂ぶりに見入る。
「これ、私に入ったんですね……気持ちよくしてくれて、ありがとう……♪」
そう言って先端にちゅっ、と口付ける。手で触られるのとはまた違った感触にぶるる、と背筋に電気が走る。そうやって全体にキスをした後に、改めて亀頭を前にして大きく口を開く。
「む、無理はしないようにな？きつかったらすぐに止めて……」
ぬぢゅぷう
「はっ……！あっ……！？かっ……！」
気遣いの言葉を最後まで言い切る事も出来ずに喘がされる。
普通、初心者ならば歯を立ててしまったり、奥まで入れ過ぎてえづいてしまったりするものだ。
経験のない大島にだってそのくらいはわかる。しかし完全に予想を裏切られた。
まるで最初から口がそういう用途の器官であるかのように魚住の口は滑らかに大島のそれを受け入れた。
ちゅるん、ちゅるん、ちゅるん
キスをした時と同じ螺旋を描くような舌使い。舌に施されただけで腰が抜けるようなそれを陰茎で味わう。
それだけではなく今度は先端を喉の奥できゅうきゅうと締め付けてくる、まるで子宮のように。
「ああああっちょまっ！？待って！うおずみひぃ！？」
後半完全に裏返った情けない声を上げて大島は腰を引こうとする。このままでは思い切り白濁を魚住の喉にぶちまけてしまう。
いくらなんでもそれは駄目だと思って魚住の口から逃れようとする。魚住はそれを許さない、逃げようとする腰に両手でしがみついて口内射精を強要しようとする。
ぢゅびびびぢゅずずずずずぅ！
部屋の中に今までで一番はしたなく、下品な音が鳴り響いた。
「かひゅっ……ひゅぅ……」
びゅっくん！
大島の擦れた声と共に射精が始まる。
不思議な事にこれまでかなりの回数をこなしているにも関わらず射精の勢いは衰えない、快感も。
「ぢゅぷぢゅぷんぐっんぐっんぐっんぐっ……」
喉奥に熱々の精を受け、夢見心地で魚住はそれを飲み下していく、何度味わっても最高に美味だ、慣れない、飽きない。
「ご……ぉ……くぉ……」
「…………ちゅぴっ♪」
銀の糸を引きながら口を離すと大島はぐったりと崩れ落ちる。
「ふぅ……ふぅ……うおず……！」
礼を言おうとした大島は絶句する。
「くちゅ……んちゅ……」
膝立ちになった魚住は口元を押さえてなにやらもごもごしている。
大島の精液を口内に留めて味わっているのだ。
一般的に考えて美味しい訳はないのだが、何故だか魚住にとってはそうではないらしい。むしろ飲み込んでしまうのが勿体ないと言わんばかりにとろけた表情だ。
「んこっきゅん」
長くそうして味わっていたが、くい、と顎を上げて飲み下す。
喉がこくん、と動いたのが見えた。
夢のように美しい魚住の身体に自分の吐き出した欲望が収められたのがはっきり見えた。
「ふぅぅん……はぁ」
魚住はその美体をふるるっ、と震わせると嬉しそうに微笑んで見せる、ごちそうさま、とでも言うように。
「す……すげ……っ……けほっこほっ！」
魚住の媚態に思わず呟いた時、むせてしまった。
「あ……声、枯れちゃってますね……」
「い、いや、これは……こほっ」
実際、何度も女のような嬌声を上げさせられたのでそれで喉が枯れてしまっているのだが、なんだかそれを認めるのは男のプライド的に悔しい。
「えへへ、私ばかり潤っちゃってごめんなさい、何か飲み物持って来ますね？」
魚住としてはそれは嬉しい事のようで、上機嫌な様子でベッドを降りる。
「ふわきゃっ！？」
と、降りた途端に床にべちゃっとうつ伏せに突っ伏してしまう。
「おいちょっ……大丈夫かよ？」
「うう……あ、足……戻すの忘れてた……」
足がヒレのままだったらしい、そりゃあ転ぶ。
「ちょっと待って……えっと……」
足を戻そうともそもそする魚住は自分が大島に向けて誘うように尻をふりふりしている事に気付かない。
「……」
加えて大島にはちょっと悔しい気持ちもあった。
「んしょ……あ、え？大島く」
ズブゥッ
「はきゅっ！？」
足を変化させる前にすっかり力を取り戻していた大島の剛直が後ろから打ち込まれ、魚住は嬌声を上げさせられる。
「はきゃうっ！？あぅっ、んァっ！お、しま、くっ……！？」
「お前の声も枯らしてやるぞ魚住ぃ……！」
すべすべと手触りのいい蒼い桃尻をわしづかみにしての後背位は今までと違った箇所と征服欲を刺激する。
大島はその欲望に身を任せて勢いよく腰を打ち付ける。
ぱんっ！ぱんっ！ぱんっ！ぱんっ！
「あんっ！あんっ！あんっ！やんっ！やんっ！んやはぁっ！？」
少気味良い音と声が部屋に響く。
「魚住……！声、でかいって……！」
「はひ、はひゃ、ん！んぐぅぅ……」
振り返らせて後ろから唇を塞ぐと膣内が反応してより一層きゅんきゅんと締め付けて来る、加えてまたあの舌使いだ。
「ぐぐぅ……！」
「ぷは、あふ、あひぃ」
大島は再度魚住の中で果てた。
萎えない、全然衰えない、放ったそばから込み上げてくる、本当にいくらでも出来てしまう。
大島は溺れた、海のように全てを受け入れる魚住の身体に溺れ尽くした。

・

・

・

ガラガラガラッ
シャッターの開く音でで大島は目を覚ました。多分、商店街の他の店だろう。
視線を巡らせてここが魚住の部屋である事を思い出す。時計を見てみると午前九時……日付が変わったらしい。
「……いくらなんでも……やり過ぎじゃね……？」
思わず呟いた。
あのあと二人は繋がりっぱなしで廊下を這いずって台所に行き、口移しで麦茶を飲ませ合い、その後風呂に一緒に入ってそこでまた貪り合って……。
そしてベッドに戻ってあらゆる体勢で絡み合って絡み合って絡み合って……。
「うう、む」
体をベッドから起こす。
自分で体が心配になるほど射精しまくったのだが、太陽が黄色く見えるでも赤い玉が出るでもなく体調は良好だ、不思議な事に。
「んー……ん……」
隣から聞こえる声に横を見て見ると魚住が寝ていた、あの姿のままだ。
「んふ……むにゃ……」
幸せそうな表情をしている、それを見て大島は呟いた。
「……勉強、しよう……しないとな……」
大島はもう悟っていた。この恋は一夏の思い出なんかではない、自分のこの先の長い人生において共に歩む人を見付けたのだ。
気が早いと言われようと、若さゆえの幻想だと言われようと大島の心は固まっている。
もはやそういう問題ではないのだ、この一夜の経験は……少々悪い言い方をするなら大島の心に取り返しのつかないトラウマを植え付けてしまった。
すなわち「魚住」という麻薬を味わってしまったのだ、この人魚なしには生きていけない体にされてしまったのだ。
だから、勉強をしようと思った。
魚住は成績がいい、本人にその気があるならいい大学に入れるだろうし、有望な将来が開けているはずだ。
だが、魚住は自分に合わせて将来のランクを下げる事も考えたりするだろう、自惚れでなければ。
そんな風に魚住の足を引っ張る訳にはいかない、少しでも頑張ってこの美しくも聡明な恋人に釣り合いの取れる男にならなくては。
「……ははっ……大げさなこと考えてんなぁ……」
糞真面目にそんな事を考える自分を茶化すように呟いたが、決心は本物だ。今日、大島にはとても大きな目標が出来たのだ。
「んー……おおしまくぅん……」
そんな事を考える大島の横で魚住はもぞもぞと寝返りを打つ。
どうやら夢にまで自分の事を思ってくれているらしい、思わずだらしなく頬が緩む。
「おおしまく……つって…」
なにやらむにゃむにゃ呟きながらぺたん、ぺたん、と尾ヒレでシーツを叩く、どうやら泳いでいる夢を見ているらしい。
「はは……何言ってんのかわかんねぇって……」
「お……しまく……つって……つってぇ……」
「……」
「つって……」
「……つって……って……つる？……釣る？、え！？釣るの！？魚住を俺が！？フィッシング！？どんなシチュエーション！？」
「んふふー、つってぇ……」
果たしてその脳内でどんな光景が繰り広げられているのかはわからないが、驚愕する大島の前で魚住はふにゃふにゃ笑いながらシーツの海でぺたんぺたんと泳ぎ続けた。

■作者メッセージ
どうしよう、ネレイスさんと放課後ックスしたい、でも連載三本抱えるわけにはいかない。
よし、読み切りでサクッと一話書こう……。
結果がこれだよ！一話の文字数最高記録だよ！