麻人はその絵を目にしてからたっぷり五秒間は動きを止めた。
最初の二秒間は衝撃による思考停止状態からの復帰に費やし、残りの三秒間でどういった態度を取るべきかを高速で考えた。
「……」
結果、麻人の取った行動はとりあえずその絵を置いて次の絵に手を伸ばす、という事だった。見なかった事にして次の絵の話題をすれば灯子も恥ずかしい思いをせずに済むだろうと考えたのだ。
しかし、積み上げられているキャンバスの二枚目を取って目を通した麻人の動きはまたも止まった。
描かれているのは一組の男女、正常位で絡み合い、舌を絡ませて互いを貪り合う二人はやはりどう見ても灯子と自分。
まさかと思い、次々にキャンバスを見てみると出るわ出るわ灯子と自分の織り成す色情絵巻。ありとあらゆる方法で絡み合う二人の痴態のオンパレード。
十枚近く目を通した所で確信した、ここに積んであるキャンバスは全部が全部「これ」の様だ。
「……」
意識して見ないようにしていた灯子の方を見てみると、麻人に背を向けて床にしゃがみ込み、パレットの上の絵の具を筆でねちねちと練っていた。
今そんな事をする必要はないと思うのだが、忙しなく動く尻尾を見るといたたまれない気持ちからくる行動らしい。身の置き場がなくて煙草をふかす男性と同じような行動原理なのかもしれない。
「ええと、先輩、これはその……」
「黒歴史ノート見つけられた中学生の心境だ……流石に引くだろう？ソレ」
背を向けたまま言う灯子。
「……いやあ、その、ええ、驚きました、でも、その……嬉しい、です」
「ほう？」
くるりとしゃがみ込んだ姿勢のままこちらを向く灯子、大きく目を見開いている。
その視線に若干気圧されながらも麻人は慎重に言葉を吟味する。結果、自分に恥ずかしい秘密を晒してくれたのだからこちらも曝け出せばどっこいになるだろうと考えた。
「いやその、俺だって若いですし、欲望を持て余す気持ちはわからないでもないですから、ええとその、つまり俺も先輩をオカズに失敬した事は数知れず……」
途中で自分がかなりとんでもない事をカミングアウトしている事に気付いたが、もう取り消す訳にもいかない。
「まままままぁ、その、ねえ？若気の至りというか、ねえ？あっはっはっはっは……」
何が「ねえ？」なのかわからないが取りあえず大笑いして誤魔化した。
「……」
しかし灯子は誤魔化されてやるつもりは無いらしく、にたあ、と、口と目を三日月型に歪めた。
「……ふうん、そうか、それならおあいこか」
「は、はい、おあいこって事で」
「いいや、違うな」
「えっ」
灯子はしゃがんだ姿勢のままでのたのたと麻人の前まで歩いて（？）来ると上目使いで言う。
「私はこうして絵にしたものを見られたのだ、どういう想像をしたのかと言う事を文字通り見られたのだ、君はただ「おかずにした」と告白しただけでどういう風に想像したのかという詳細は説明していない。この違いは大きい、恥ずかしさに雲泥の差がある」
見られたって、「見ていい」って言ったじゃないか、と思ったがどうもそんな理屈が通じる空気では無い。
「言え、どんな想像をした？」
ぺろりと唇を舐めると灯子は聞く。凄く嬉しそうな表情だ。
適当にはぐらかす、という器用な事が出来ない麻人は馬鹿正直にいつも思い浮かべているシチュエーションは何だろう、と赤面しながら考え始める。
「ま、まず、よく想像するのが絵を描いてる先輩で……」
「ふむ」
灯子はのっそりと立ち上がると、筆を持ってキャンバスに向かう。何を描くのかと思ったらそのまま動かなくなった。
「で？」
「え？」
「え？じゃあない、その後どうするんだ、君の想像の中では」
言われてどうやら灯子が自分の妄想を再現しようとしているのだと気付く。しかしどうするも何も想像の中では後ろから灯子の乳を鷲掴みにするのだが、まさか実践する訳にもいかない。
「こう……後からがばーっと」
「どうがばーっと行くんだ」
「どどどどどどうって……」
「ん？」
後ろを振り返らないまま聞いてくる灯子、想像の中には無かった腰から生えている黒い羽根がふぁさ、と動き。尻尾は誘うようにゆらゆらと揺れる。
（ああ、そういえばエロい種族って言ってたなあ……）
その尻尾の動きに誘われるようにそろそろと灯子の背後に近付く。すると尻尾は歓迎するように麻人のジーンズに擦り寄って来た。本体の灯子の方は素知らぬ顔をしている。
（うわ可愛い、猫みてぇ）
思わずその尻尾に触れてみると何とも言えない感触がした、人肌に近いようなすべすべした手触りと柔らかさだ。
その手に尻尾も嬉しそうにすりすりとじゃれつく、本当に猫のようだ。
夢中になりそうになるが、ふと顔を上げてみると灯子がこちらを振り向いて見ていた。本体とは遊んでくれないのか？とでも言うようにちょっとむくれた顔をしている。
その表情が何とも言えず可愛くて思わず麻人はその背中を抱き締める。
灯子はひどい猫背なので普段は分からないが結構身長がある。加えて麻人は男性にしては背が低い方なので実は灯子の方が背が高い。
抱き付く事でその事が如実に感じられて一瞬不満を感じるが、灯子の存在を腕の中に感じた時点でどうでもよくなった。
温かく、血の通った柔らかな肢体。普段アトリエの匂いに紛れて分からない灯子自身の匂い、腰のあたりに感じるふさふさとした羽の感触、嬉しそうに足に巻き付いて来る尻尾。
（あぁ……もう何もいらねぇ、俺、これだけでいいや）
途轍もなく満ち足りた気持ちになった麻人は灯子の首筋に顔を埋めてうっとりとする。
しかし、灯子の方はもじもじと落ち着きが無い。
「それだけか？」
「……え？」
「抱き付くだけで達する事が出来るとしたら君は少々淡泊に過ぎると言わざるを得ない」
言われてようやく今の状況が自分の妄想を再現するというシチュエーションであった事を思い出す。
「いやその……こっから乳揉みます、想像の中では」
「どんな風に」
「どんな風にって……」
「実践して見せろ」
麻人の心拍数が一気に跳ね上がる、後から細腰に抱き付く形の麻人の腕の上には灯子の膨らみがある。
猫背の為、普段は服のだぶつきで目立たない膨らみ。しかしその姿勢とだらしのない服装のお陰で時折目にする事が出来る深い谷間。
そこに触れられると考えただけで麻人は目眩がするような興奮に見舞われる。
しかしながら少しばかり常識的な考えも脳裏をよぎる。つい先程想いを伝え合ったばかりなのに性急に進展しすぎではないだろうか。
余りにうまく行きすぎている展開に対する疑念と、何よりがっつき過ぎて嫌われたくないという考えから行動にブレーキがかかった麻人は手を彷徨わせてしまう。
そんな麻人の様子を見た灯子は苦笑に似た表情を浮かべる。
「全く君は……忘れていないか？君は絶対的な主導権を握っているんだぞ？」
そう言って灯子が少し俯いて見せると、灯子のうなじが麻人の目に入った。
そうされて改めてルーンの存在を思い出す。
「し、しかしです、ね、やっぱり先輩の嫌がる事とか無茶な事を要求するのは本望では……」
「なあ、麻人」
「えっ」
突然今までにない呼び方をされて今度は驚きで胸が跳ねる。そんな風に名前を呼び捨てにされたのは初めてだった。
「私の覚悟も少しは汲んでやってくれないか、これでもこのルーンを入れるのには結構な勇気が必要だったんだ」
「そ、そりゃあ、自分の体の主導権を他人に明け渡すなんて……」
「違う」
「え？」
灯子は俯いたままで背後からその表情は伺えないが、声の雰囲気から真剣な様子が伺えた。
「君が私の体をどういう風に扱っても受け入れる自信はある、だが、最も受け入れたくない要求を受け入れる覚悟も必要だったんだ」
「受け入れたくない要求？」
「例えば……」
麻人は腕の中で灯子の体がぎゅっと委縮するのを感じた。
「私の正体に拒絶感を覚えた君が「二度と近付くな」と命じたならば、私はそれに逆らう事は出来ない。君に二度と近付く事が出来なくなると言う事だ」
「……」
「無論、君の性格からそんな事にはならないだろうと予想してはいた、しかし100％とは言い切れない、君が拒絶を望むのならばそれも受け入れようという覚悟が必要だった」
「……」
「なあ、今も本当はまだ不安なんだよ、君が私の事を受け入れてくれたという現実が揺らぎはしないかと。だから遠慮も何もせずに私を求めてくれ、欲望を曝け出してくれ、そうしてくれないと安心できない」
麻人は体を震わせていた、なんていじましい覚悟だろう、なんて可愛い人なんだろう。愛おしさで頭がパンクしそうになる。
それに伴って強烈な獣欲が体の底から湧き上がって来る、今すぐにでもこの可愛い人を滅茶苦茶にしてしまいたい。不安を吹き飛ばしてやりたい。自分の想いがどれ程の物なのかを刻み付けて安心させてやりたい。
だが、待て。
麻人は獣のように荒くなる息を鎮めようと一つ深呼吸をした、その拍子になんとも言えない灯子の匂いを吸い込んでしまって頭がクラッとくるが、どうにか理性を保つ。
そして、腰に回していた手を解いてそっと離れる。
その動きにびく、と灯子が反応し、かすかに不安げな目線を向けて来る。尻尾は「離れないで」と言うように足に絡み付いて引き止めようとする。
その尻尾に「大丈夫」と言い聞かせるように一撫でしてやると渋々と言った様子で解いてくれた。
離れて一定の距離を置くと灯子はこちらに向き直った。いつものように暗い瞳、しかしその闇の様な眼の中に不安が一杯に浮かんでいるのが麻人には見えた。
麻人はざわつく胸をなだめる。落ち付け、焦るな。
この愛しい人に食らいついて獣のように食い散らかすのは簡単だ、そして灯子もきっとそれを喜ぶだろう。
だけど、折角の二人の初めてをそんな風に慌ただしく済ませてしまいたくない。もっとじっくりと、ゆっくりと灯子を味わいたい。
灯子が二度と自分の愛情に不安を抱かないように隅々まで自分を刻んでやりたい。
荒々しい呼吸を抑えながら麻人はそんな風に考える自分に驚きを覚えてもいた。どうやら自分は自分で想像していた以上に粘着質で嫉妬深い性格をしているようだ。
「じゃあ先輩、脱いで下さいよ」



灯子の瞳は一瞬驚きに見開かれた後、少し気まずげに逸らされる。その鋭角に尖った耳は先端まで真っ赤に染まっている。
「……それは吝かでは無いが……その、私は正直、あまり体に自信が」
「いいから」
麻人がそう言い放った瞬間、灯子の首の周りのルーンがぽう、と薄紫の淡い光を発した。
「うっ……」
灯子はぎく、と体を強張らせるような動きをしたかと思うと、たどたどしい手つきで服の裾に手を伸ばした。
その様子を見て麻人の中の何かが刺激される。
「あんまりぱぱっと脱いじゃったら面白くないんで、じっくりと脱いで下さい」
灯子は眉を寄せて困ったような表情になる。
「そんなにもったいぶるような大層な物でもないんだがな……」
言いながらも灯子の手は止まらず、セーターの裾をゆっくりと持ち上げる。
（うわあ、腰細っ）
生まれて一度も日に晒された事がないかのような病的に白い肌が露わになる。細い。抱き付いた時の感触の通り、胴はあばらが浮きそうな程に肉が薄く、折れそうに細い。
ウエストを晒した手は止まらず、セーターは胸までたくし上げられる。
麻人は興奮を抑えるために奥歯をぎりりと噛み締めた。
黒いブラに包まれた乳房は大きかった、予想していたより二回りは大きい。いや、細すぎるウエストとの対比で余計にそう見えるのだ。
すぽ、とセーターを頭から抜き取る時に髪が持ち上がり、耳どころか首まで真っ赤に染まった灯子の表情が伺えた。
「ほら、先輩、下も」
どうにか冷静を装おうとしたが、抑えきれない興奮で言葉の端々が震えてしまう。しかし灯子の方は羞恥から麻人の状態に気付く余裕もないようだ。
色気も何もないジーンズに手をかけるとジイィッとチャックを降ろし、ゆるゆると腰から降ろしていく。
ふぁさ、と腰から生える黒い羽根が広がり、その黒を背景にこちらも予想外に豊かな腰回りの肉付きが露わになる。続いて細くて長い足が外気に晒されて行く。
足元に絡み付くだけになったジーンズを尻尾でぐい、と後ろに追いやると。灯子は完全に下着姿になる。
「……どこらへんにどう自信が持てないんですかその体で……」
「バランスが悪いじゃあないか、がりがりだというのに変な所にばかり肉が付いて……」
俯いて灯子は言う。確かに均整のとれた体付きとは言い難い、しかしそれは恐ろしく妖艶な「バランスの悪さ」だった。
全体の印象をいうならば度が過ぎる程にスレンダーで細い、その細くなった分の肉を全て胸と尻に乗せたように乳房と臀部ばかりが大きい。
青白い肌も相まって不自然で不健康な妖艶さを醸し出す肉体だった。
「昔はこんなに不自然な肉付きはしていなかったんだ、しかし魔物になった後に君と会って……やたらと君が美味い物を食わせるものだから妙な育ち方をしてしまってこんな事になったんだ」
だらから君のせいだ、と言うような恨みがましい目線を送って来る灯子。
そう言えば高校時代に初めて会った頃はもっと細かった気がする、そしてどうやら彼女自身は自分の体型が気に食わないらしい。
「俺はすごくエロくていいと思いますよ」
「……そうか？」
「せっせと弁当作った甲斐があったってもんです」
「むう」
憮然とした表情を作ろうとしているらしいが口元が緩んでいる。どうやらそう言われると満更でも無いらしい。
「それじゃ、そのあざとい黒下着も取っ払ってみましょうか」
「あざといとは何だあざといとは……」
「よく似合ってるって事ですよ」
実際、灯子の真っ白な肌や漆黒の羽にその下着は恐ろしく似合っている。
言われてまたぐっと言葉に詰まる灯子、しかしやはり嬉しいのか頬のあたりをより一層紅潮させつつ表情が崩れる。
「君はこういう時に性格が変わるんだな、想定外だ」
「俺も知りませんでした」
言いながらも灯子の手はゆっくりと背中に回され、ブラのホックがぱちん、と音を立てて外される。
たゆん、と乳房が揺れて拘束から解放されるが。乳房は殆ど付けている時と変わらない角度でつんと上を向いている。
それだけのサイズがありながらこんなに重力に逆らっている乳房を見たのは麻人は初めてだった。グラビアやＡＶでもこんなに大きくて生意気そうな乳房は見た事が無い。
胸の上に乗っかっているだけになったブラがするりと取り外され、その威容が露わになるが、肝心の乳首の部分だけは二の腕で防がれて麻人の目から隠されている。
「……先輩？腕、どけてください」
乳房が二の腕によって柔らかそうに変形する様は見ていて楽しいが、やはり全容が見たい麻人は焦りを抑えながら命じる。
「……ここも、自分の体の中であまり好きでない部分ではあるんだが……」
言いながら手をどけると、色素の薄い乳首が現れる。
「……あ」
それを見て思わず声を上げる麻人。薄ピンクの乳首には乳頭が見当たらない、いや、埋もれるようにしてその先端らしき部分が少しだけ覗いている状態だ。
（うわあ、何これエロい、超エロい）
「成長が急激だったせいか、ここだけ発育が追いつかなくてだな……まぁ、君が気に入ったならそれでいいんだ」
言い訳のようにぼそぼそと言っていた灯子だが、麻人が明らかに興奮したのを見て気を取り直したようだった。
「はぁ、んぐ、ええ、そうっすね」
「……ふふん、それじゃあ最後の一枚だ」
慌てて唾を飲み込みながら言う麻人、それを見て意地悪気な笑みを浮かべつつ黒パンティに指を掛ける灯子。
するんと降ろすと腰の羽が漆黒の孔雀の羽根のようにふわりと広がる。露わになった局部は髪と同じ黒い陰毛が薄っすらと生え揃っており、微かに濡れて光っている様子が伺える。
一糸纏わぬ姿になった灯子は手を後ろに組み、珍しく胸を張って立って見せる。
首筋まで紅潮させながらも余す所なく全てを晒した灯子を見て麻人は完璧だ、と思った、何が完璧なのかは分からないがそう思った。
「今までこの身体はコンプレックスだったんだが……まあ、君がそこまで気に入ってくれたなら悪くは無いな」
慣れない姿勢でちょっと苦しそうにしながらも灯子は誇らしげに言う、実際、黒い翼を広げ、尻尾を揺らす灯子の姿は淫魔の名に相応しい異様な色香を放っている、正直麻人は見ているだけで危うく暴発しそうになったくらいだ。
「で、どうするんだ「麻人様」？どんな命令でも好きに下すといい、応えてやろう」
全身の紅潮が引かないあたりをみると羞恥心が無くなった訳ではないようだが。その羞恥心を僅かながら自信が上回ったらしく、灯子は腕を組んで淫魔らしいポーズをとって見せる。
先程まで主導権は麻人の方にあったというのに、その肢体の魅力で一気に灯子にペースを持って行かれてしまった形だ。
しかしそうされると麻人の天の邪鬼精神が刺激される。どうにかしてその自信を崩して主導権を取り返したいと考える。
如何にすれば灯子のペースを崩し、自分主導に持っていけるか？
普通に淫らな注文をしても今の灯子ならば自信を持って応じるだろう、ならば……。
「そうっすねぇ、それじゃあ……」
普段よりも倍近い速度で頭を回転させた麻人は何かを思いついたらしく、灯子に負けないくらいに意地悪気な笑みを浮かべる。
「何だ？何でも言え」
そう言われた麻人は部屋の隅に詰まれたキャンバスを指差した。
「あの中から先輩が一番「使った」やつを持ってきて下さい」
「なっ……」
「ですから、先輩がいっちばん興奮したシチュエーションの絵を持ってきて下さい」
「……」
灯子は非常に恨みがましい上目遣いでじとおっと麻人を睨むが、目尻に涙の溜まった赤面顔ではただ可愛いだけだ。
「ホントに良い性格してるな君は」
「ええ、俺も自分で初めて知りました、さ、持ってきて下さい」
「ぐぬぬ」