元猫と元男
そこは繁華街の一画にある一軒の喫茶店だった、大通りに面していて見つけやすく、他よりも少しだけ割安なケーキセットが特徴と言えば特徴だが、人の話題に上るような店では無かった。
しかし今、町の風景の一部としてしか認識されていなかったその店は通行人からちょっとした注目を浴びていた。
原因は通りに面した窓際に座る女性だった。
テーブルに片肘を突いて通りを眺めているその女性は誰もが思わず注目せざるを得ない個性と美貌を有していた。
暇そうにガラス張りの窓を眺めるその顔はシャープな輪郭と釣り気味の目元も相まってどこかしら野性味のある印象を与える、薄っすらと小麦色に色付いた肌に背中までラフに伸ばされた黒髪、シャツにジーンズというボーイッシュな外観は決して女らしさを主張するものではない。
しかしその服装に包まれている肉体は露出が少ないにも関わらずこれでもかと女らしさを主張していた。
正対すると男女問わずどうしても目が引き寄せられてしまうシャツを押し上げる豊かな膨らみ、その下に続く砂時計のように括れた腰、スラリと長い手足。
しかしただ容姿が美しいだけでこうまで人の目を引き付ける事は無い、例え視界に入らずとも奇妙に視線が吸い寄せられるオーラの様なものをその女性は放っているのだった。
美しく、なおかつ人目を引く女性が人の多い町で一人でいると必然的に起きる事象がある、すなわち。
「ねぇねぇ、誰か待ってるの?」
「待ちぼうけ?」
ナンパである。
それなりに高い服とそれなりの容姿をした二人組の男が女性の座るテーブルの横に立った、隙あらば向かいに座ろうという姿勢だ。
女性は緩慢な動作で顔を二人組の方に向けるとにっこり笑った。
どうやら悪くない反応に二人の期待は高まる、しかし直後に放たれた女性の一言は二人の予想を超えていた。
「俺オカマだけどいい?」
永塚隆二(ながつかりゅうじ)はコーヒーを啜りながら頭の中で計算していた。
今まで声を掛けられた男達で・・・オカマ宣言で退散したのが20%、タマサオ付き宣言で退散したのがその中の40%、付き合ってる人がいる宣言で退散したのがその中の25%。
(・・・オカマで引かない奴が予想外に多いな、見た目良けりゃあんま関係ないもんかね)
そんな事を考えながらまた、窓の外に目を移す、ちなみにタマサオは付いていないが付き合っている人が居るのは本当だ、ただし今待ち合わせをしている人物はその付き合っている人ではない。
(時間にルーズだな・・・まぁ、俺は気にしない性格だからイイけど)
あふ、と欠伸をした時、喫茶店内に入口の開閉を伝えるベルが響いた、隆二は視線を向けてにやりと笑った。
入って来たのは黒ずくめの少女だった。黒一色のワンピースに隆二の黒髪よりもさらに暗い黒髪を肩の当たりまで伸ばしている。
その黒ずくめの髪と服の色とは対照的に病的な程に白い肌をした顔はまるで精巧に出来た人形のように整っている。
こちらの少女も隆二に負けない程に人目を引く容姿をしていた。
その少女は店内にいるもう一人の一目を引く女性の座るテーブルに近付いて行った。
隆二はひょいと手を上げて言った。
「よう」
少女もひょいと手を上げて答えた。
「よう」
それは一カ月程前の話だ、隆二は街角のゲームセンターに一人で来ていた、いつもならば出掛ける時には恋人である水瀬智樹(みなせともき)と一緒なのだが智樹の今期の単位が本格的に厳しい事になってきたので少し距離を置こうと言われたのだ、無論、文句はあるが原因は明らかに自分なので渋々承知したものの暇を持て余しての事だった。
そう規模の大きいゲームセンターではないが隆二の記憶にある限り自分が小学生くらいの時からずっとここにある年季の入った建物だ。
薄汚れた外装ではあるが昔から通い詰める常連などがおり、平日の昼間であってもいつもそこそこに人が入っている。
いつでも適度な喧騒と煙草の匂いが立ちこめているこの場所は隆二もお気に入りで、時折レバーを握りたくなった時には大体ここにやってきて対戦台に座るのだ。
腕前の方はと言うと、そこはそれ、万能型の天才であり、「勝負事は勝ってナンボ」がポリシーの隆二である、とりあえず地元の人間でまともに太刀打ちできる人間はいない。
その日も隆二は連勝の山を築き、背後にギャラリーの山を築いていた。
プレイをしていて背後にギャラリーが出来るのはいつもの事だが今回は殊更多い、なおかつギャラリーの中にはゲーム画面よりも隆二の後ろ姿に注目している者も多い。
当然と言えば当然かもしれない、隆二が「この姿」になってからここを訪れるのは初めてなのだ、元々若い女が一人で、というのでも珍しいのにその女が飛びきりの美人でしかもゲームもやたらうまい、となると人目も引こうというものだ。
最もここに限らず何処に居ても人目を引く隆二はその類の視線には慣れっこなので気にする事無く対戦を楽しんでいた。
そしてそれは連勝数が35に到達あたりの事だった、対戦相手のキャラクターを見た隆二は「おっ?」という顔をする。
大体の相手は強敵の隆二相手に本気で勝ちに来るので性能のいい・・・いわゆる「強キャラ」を使うのだが、その相手は世間一般に「弱キャラ」と言われる部類のキャラクターを選択したのだ。
そして気付く、周囲のギャラリーの視線がより強まっている事に、そして向かいの台にも結構な人だかりが出来ている。
座る所は見逃したのでどんな相手かは解らないが周囲の反応を見るにちょっとした有名人のようだ。
(へーえ・・・ま、キャラ差もあるし、負ける事はないだろ)
隆二は少し興味をそそられるが、この時点では余裕だった。
しかしその四分後、あっけにとられた顔で「you lose」の文字を見つめる隆二がいた。
「・・・」
周囲のギャラリーも大いに盛り上がる中、マナーに従って席を立つ隆二。
しかし、暫く様子を見ても周囲の人間は空気を読んで誰も対戦台に座ろうとしない、隆二はニヤニヤ笑いながらもう一度席に戻り、ぽきぽきと指を鳴らした。
際どい攻防続きの八分間の後、隆二はどうにかこうにか勝利をもぎ取った。
勝負が決まった直後、隆二は筐体の横にひょいと身を乗り出して相手の姿を確認しようとした、すると相手も丁度同じ事をしようとした所のようで、身を乗り出した相手と視線がぶつかった。
予想外な事に相手は少女だった、大きくて黒目がちな瞳を眠たげに半目にしてこちらを見ている、ある種独特の雰囲気を纏った美しい少女だった。
二人は一瞬だけ視線を交えると、また体勢を戻してモニターに集中した。
二人の実力は伯仲しており、取っては取られを繰り返す内、気付けば外に茜色の夕日が差し込む時間帯になっていた。
相手が切り上げて席を立つと、隆二も適当に見切りを付けて席を離れた、同時にギャラリー達も解散し、ゲームセンター内のちょっとしたお祭り騒ぎは鎮まった。
隆二とその少女は何となしに肩を並べてゲームセンターを出た、そのまま互いに無言のまま数メートル程進むと道端に自動販売機が見えて来た。
「奢るよ」
「ん」
隆二は炭酸飲料を選び、黒い少女はブラックコーヒーを選んだ、・・・変わっている。
二人してこきゅこきゅと喉を潤した後、隆二は聞いた。
「君、名前は?」
「クロ」
「黒?」
「かたかなで」
「へぇー変わってるねぇ、俺、隆二」
「ふーん」
自己紹介を終えた所で隆二は一般的に考えてかなり異常な質問をした。
「ねぇ、君人間?」
普通ならば失礼にあたるような問いかけだが、少女は平然と答えた。
「違うよ」
「あー、やっぱ?」
「そっちは」
「俺もなんだ実は」
二人の出会いは大体このような物だった。
「たいやきパフェ」
その少女・・・クロがウェイトレスに注文したのを聞いて隆二は顔をしかめた。
「毎回よく食うねそんな甘ったるいの」
「・・・好きなの」
その後、二人は同じ人外同士で気が合うのか定期的に会うようになり、今回で六回目を数える「女子会」もとい、「魔物会」を行っている所だった。
毎度の事ながら周囲の視線が痛い位に集まっているがマイペースな二人はどこ吹く風である。
「で、話をまとめると銀髪の長髪で赤目で羽、角、尻尾付き、黒くてエロい衣装・・・やっぱ同一人物・・・いや、同一悪魔だな」
「・・・かもね」
話題は二人が魔物となった直接的な要因を作ったとある悪魔の話になっていた。
前回会った時に互いにどうして魔物になったのかが話題に上り、その中でどうやら二人を魔物に変えた悪魔が同じ悪魔ではないかという話になったのだ。
「そうそう、絵に描いて来たんだ」
隆二は足元に置いてあったバッグからスケッチブックを取り出し、めくって見せる。
そこには角、羽根、尻尾の生えた異様な女性が鉛筆で描かれていた、輪郭を描くだけでなく、影の濃淡まで緻密に書き込まれており、その女性の放つ異様な妖艶さまでもが表現されているようだった。
「・・・すごい」
「おう、美術は得意だぜ♪で、クロっちが見たのもこんなんだった?」
「うん、こんなんだった」
「何者なんだろうなぁ・・・」
「会ってお礼言いたい」
「そうだなぁ、また来ねぇかなぁ」
その後もその悪魔の正体についてあれこれ予測したりしているうちにクロの注文品が運ばれて来た。
ウェイトレスがトレイに乗せて来たのはパフェだった、しかし他のパフェと違うのは上にたい焼きが豪快に丸一個トッピングされている所だ。
クロはひょいとたい焼きを摘まむと生クリームがたっぷり付着したそれの頭にがぶりとかじり付く、隆二はうええ、と言う顔をする。
「甘いの嫌いじゃないけどそれはカンベンだわ」
「おいふぃのに」
「コーヒーはブラックが好きなくせに」
「むぐむぐ」
乗っていたたい焼きを平らげると続いてクロは下のアイス部分もスプーンをさくさくと進めていく、かなりのボリュームがあったはずのパフェは見る見る容積を減らしていく。
その様子を見ながら隆二はおもむろに呟く。
「なぁ、クロっちの彼ってどんな奴?」
「んぐ、いけめん」
「はは・・・まぁ、好きな奴は誰でもイケメンに見えるけどな、具体的にどんな?描ける?」
隆二がスケッチブックと鉛筆を差し出すとクロはスプーンを置いて鉛筆を取り、がしがしと豪快な線を走らせ始める、隆二はその様子を興味深げに見守る。
やがてクロはうん、と満足げに頷くと隆二にその絵を見せる。
ぴんぴんと激しく跳ね回る髪にぐるぐると描き込まれた目、人体の構造を完全に無視して描かれた身体、ご丁寧に顔に矢印が向けられ、「いけめん」と書き込まれている、どう贔屓目に見ても小学校低学年クラスの画力である。
「・・・ああ、すごいイケメンだな」
隆二は何か微笑ましい物を見る目で言った、その空気を感じ取ったのかクロはむす、と不機嫌そうな顔になり、隆二にスケッチブックと鉛筆を返す。
「りゅうじのつがいは?描いて見せて」
「いいぜ」
そう言って隆二もすらすらと鉛筆を走らせ始める。
程無くして絵は完成する、そこには一人の青年が描かれていた、シャツにジーンズというラフな格好でポケットに手を突っ込み、寝ぐせが立ち上がった髪の下からどこかしらやる気のなさそうな視線がこちらに向けられている、やっぱり矢印が向けられて「イケメン」と書かれている。
「・・・いけめんだね」
「だろ?」
隆二は得意気にニヤっと笑う、しかし直後にその表情は曇り、口からは深い溜息が出る。
そして黙って鉛筆で「イケメン」の所をぐりぐりと線を引いて消すとその下に「バカ」と描く。
「・・・まだお預け期間?」
「そーだよ・・・そーなんだよあのアホ・・・」
何の話かと言うと隆二の「つがい」こと智樹が真面目に勉強するために距離を置こうと言いだした事である、一カ月前に言われたそれが未だに解除されていないのだ。
傍若無人な隆二がそれを了承したのはそれ以前、二人して日常生活に支障をきたす程に互いの身体に溺れてしまった経緯があるのからなのだが、それにしても一カ月である。
「ああ・・・畜生・・・智樹とセックスしてぇ・・・」
隆二は大きく溜息をつき、腹の底からの声を上げた、溜息混じりのその声色は隆二の抱えている欲情がどれ程深く激しい物であるかを物語るような、男が聞いたならたまらない気持にさせるような声だった。
現に後の席と隣の席に座っていた無関係な男性客が思わず隆二の方を振り返り、通りすがったウェイターは若干前屈みになった。
・・・喫茶店でするような話題ではないのだが、前述の通り二人は極めてマイペースというか、周囲を気にしない性格をしているのである。
ちなみに今しがたの言葉が耳に届いた男性客全員が心の中で(トモキとか言う奴もげろ)と考えた、とんだとばっちりである。
「そっちはどーよ?」
「そこそこ」
その一言でクロの真後ろの座席にいた男性客は(ええ!?こっちの子も!?)という表情で振り返る。
「前教えたの試してみた?」
「ん、」
「効いた?」
「効果ばつぐん」
「だろ?」
「でもまだ上達できそう」
「何、どんな風にやった?」
「こう・・・」
そう言うとクロは手元をきょろきょろ見やって何か適当な物は無いかと探し、結局スプーンを手に取る。
「こう・・・ふぉころ、ふらのろころほ・・・」
そう言ってはしたなく大口を開けて長い舌を伸ばすと、スプーンの括れのあたりをちろちろと舐め上げ始める、どうやらスプーンを男性器に見立てているようだ。
クロの外観は美しいが、その美しさはどちらかというと神秘的な雰囲気を伴ったものであり、性的な匂いはむしろ薄いと言える、そんな美少女が晒すはしたない顔は背徳感も相まって恐ろしい威力を発揮する。
具体的に言うと斜め右の席に座っていた男性が視線を釘付けにされ、向かい座っている恋人に頭をはたかれるくらいの威力である。
「あー、違う違うそこはこうやって・・・ほう、ほうひて・・・」
隆二もクロと同じようにスプーンを取り上げると「お手本を」見せ始める。
その舌は驚く程自由自在に動き回り、見る者が思わずその舌で奉仕を受けた時の快感を想像してしまうような光景だった。
道を歩いていてたまたまそのシーンを窓越しに目撃した通行人が思わず二度見し、電信柱に衝突するのも致し方ない事と言える。
と、唐突に隆二はカラーンとスプーンを放り投げるとベターっとテーブルに突っ伏する。
クロはきょとんとして隆二を見る。
「・・・どうしたの」
「舐めたい・・・本物がしゃぶりたい・・・」
物凄く物欲しそうな声を上げる隆二にクロはそういう事か、という顔をする。
「・・・我慢しなければいいのに」
「いや、アイツさぁ、俺という恋人が出来たんだから男としてしっかりしなきゃいけないとか超真顔で言うからさぁ、少しは意思を尊重してやんないとって思ってだな・・・」
「それ、間違ってる」
「・・・んぇ?何が?」
ぐったりした体勢から視線だけをクロに向ける。
「トモキは間違ってる」
クロは無くなったパフェの容器の底にこびりついているチョコソースをかちゃかちゃとスプーンでこそげ取りながら言う。
「つがいの幸せを思っての行動でつがいが不幸になってたら意味無い」
「・・・」
「トモキはすぐにリュウジと交尾するべき、大事なリュウジがそれを望んでるんだからすぐに叶えてあげるべき」
スプーンの先端に付いたチョコを丹念に舐め取りながらクロは言う。
それを聞いて隆二は思案顔になり、動きを止める。
しばし、二人の座るテーブルには執拗にパフェの容器を探り回すクロのスプーンの立てる音だけが響く。
「・・・だよ、な」
沈黙を破ったのは隆二の声だった。
「だよな!そーだよな!何で俺が我慢する必要があるんだろうな?あー馬鹿みてぇだ俺!」
何がしか吹っ切れた様子で身体を起こす隆二、スプーンを咥えたままうんうん頷くクロ。
「ありがとよクロっち!俺はやってやるぜ!」
「ん、頑張って」
人差し指と中指の間に親指を突っ込んでびしっとクロに突き付け、白い歯を光らせて爽やかに笑う隆二。
スプーンを咥えたまま同じサインをびしっと決めて言うクロ。
喫茶店の空気を滅茶苦茶に乱した二人は颯爽と席を立った。
「それじゃ、」
「うん、たまにはクロっちが支払っても罰は当たらないと思うなぁ」
「・・・じゃ、またね」
「逃げ足はええ!」
「うぉーっす智樹ぃ!ひさし・・・ぶ・・・」
合鍵で勢いよく智樹のアパートのドアを突破し、部屋に飛び込んだ隆二は固まった。
智樹がパソコンの前に座っていたからだ、それだけならば問題は無い、パソコンから繋がるヘッドホンを装着しているのも問題は無い、智樹がズボンを降ろして剥き出しになった自らの性器を握っているのが問題なのだ、パソコンに映し出されるAV動画も問題だし、その傍にティッシュ箱がスタンバイしているのも問題だ。
後、愛しい恋人に久々に会ったのに化け物に遭遇したかのような智樹の表情も問題と言えば問題だ。
隆二はかくん、と壊れた人形のように首を傾げた、びっくりするほど無表情だ、そのままびっくりするほど抑揚の無い声で言う。
「智樹クンは何をしているのかな」
「あ・・・そ・・・そ・・・」
碌に言い訳も浮かばない様子で智樹は口をぱくぱくさせる。
「俺に捧げられるはずのミルクを無駄打ちしようとしてるように見えるのは気のせいかな」
相変わらず首を傾げた奇妙な体勢のまま棒読みのような口調で喋る隆二、怖い。
「お、お、お・・・」
智樹はどうにかこうにか言葉を紡ごうとする。
「ん?」
「お、俺・・・勉強しようって思って、だけど、お、お前の事ばっか浮かんできて、エロい事ばっか考えちまって・・・取りあえず一発抜いてからって思って・・・でも、全然抜けなくて・・・自分じゃ全然・・・」
しどろもどろに言う智樹の言葉に隆二は気付く、精の匂いがしない、一緒に励んでいた頃は部屋中に染みついていた智樹の精の匂いが部屋から薄れているのだ、どうやら一カ月もの間殆どまともに射精が出来なかったらしい。
考えてみれば当然だ、隆二の極上の肢体を知ってしまった後で急にそれを断とうとすればどうなるか、極上の雌を知ってしまった雄が一人遊びで満足出来るのか。
隆二は口元を釣り上げて笑った、その笑顔を見て智樹はぞっとする、それは捕食者の笑顔だった。
「可哀想になぁ・・・一カ月も俺恋しさに悶えてた訳だ・・・」
「だっ・・・駄目だって!これ以上お前に溺れたら俺・・・!」
「溺れさす」
冷徹な一言を言い放つと、隆二はそっと上体を屈めて地面に両手を付け、尻を持ち上げるような体勢になる。
重力に引かれて重たげに乳房が揺れ、肉付きのいい尻が掲げられる扇情的な姿勢だが、智樹は気付いた、その体勢はいわゆる短距離走のスタートダッシュに用いられるクラウチング・・・
「よーい」
「待っ」
「どん」
「っっあっっああっ・・・!あぃぃぃあ・・・!」
寝室には女の様な喘ぎ声が響いていた、しかしその声を発しているのは女では無く少年だ。
少年はそんな声を上げるのが恥ずかしくて必死に押さえようとするのだがどうしても止める事ができない様だった。
原因は少年の下半身に顔を埋めている黒い少女だ、その頭からは一対の猫の耳が生え揃い、腰からは二又に別れた尻尾が伸びており、耳の方はぴこぴこと、尻尾の方はゆらゆらと嬉しげに揺れている。
「く・・・クロぉっ!?」
「・・・じゅちゅぱっ・・・なに」
口から糸を引かせながらようやく陰茎を解放し、クロは答える。
「はっ・・・はっ・・・ど、どこでこんな技術を!?」
クロの「つがい」こと中野洋二(なかのようじ)は息も絶え絶えになりながら聞く。
元々クロとの交わりは中毒になる程に気持ちがいい、しかしここ最近のクロの性的技能の上達は不自然な程である。
「さいひん・・・れる・・・おんらともらひ・・・れちょ・・・出来た」
クロは竿の部分を長い舌でじっくりと味わいながら言う。
「お・・・女友達って・・・?それって誰・・・」
「はくっ」
「ひぃいっい!?」
そんな事はいいから喘げ、といわんばかりに口腔奉仕を再開するクロ。
だらしなく崩れる洋二の表情に目を細めて見入りながらクロは心の中で友人に感謝した。
「もっ・・・ああぁっ・・・だっ・・・!!」
耐えきれずに大量の白濁をクロに捧げる洋二、目を閉じて存分にその精を味わいながら、隆二も今頃は一カ月ぶりの精にありついている頃だろうか、とクロは思った。
しかし今、町の風景の一部としてしか認識されていなかったその店は通行人からちょっとした注目を浴びていた。
原因は通りに面した窓際に座る女性だった。
テーブルに片肘を突いて通りを眺めているその女性は誰もが思わず注目せざるを得ない個性と美貌を有していた。
暇そうにガラス張りの窓を眺めるその顔はシャープな輪郭と釣り気味の目元も相まってどこかしら野性味のある印象を与える、薄っすらと小麦色に色付いた肌に背中までラフに伸ばされた黒髪、シャツにジーンズというボーイッシュな外観は決して女らしさを主張するものではない。
しかしその服装に包まれている肉体は露出が少ないにも関わらずこれでもかと女らしさを主張していた。
正対すると男女問わずどうしても目が引き寄せられてしまうシャツを押し上げる豊かな膨らみ、その下に続く砂時計のように括れた腰、スラリと長い手足。
しかしただ容姿が美しいだけでこうまで人の目を引き付ける事は無い、例え視界に入らずとも奇妙に視線が吸い寄せられるオーラの様なものをその女性は放っているのだった。
美しく、なおかつ人目を引く女性が人の多い町で一人でいると必然的に起きる事象がある、すなわち。
「ねぇねぇ、誰か待ってるの?」
「待ちぼうけ?」
ナンパである。
それなりに高い服とそれなりの容姿をした二人組の男が女性の座るテーブルの横に立った、隙あらば向かいに座ろうという姿勢だ。
女性は緩慢な動作で顔を二人組の方に向けるとにっこり笑った。
どうやら悪くない反応に二人の期待は高まる、しかし直後に放たれた女性の一言は二人の予想を超えていた。
「俺オカマだけどいい?」
永塚隆二(ながつかりゅうじ)はコーヒーを啜りながら頭の中で計算していた。
今まで声を掛けられた男達で・・・オカマ宣言で退散したのが20%、タマサオ付き宣言で退散したのがその中の40%、付き合ってる人がいる宣言で退散したのがその中の25%。
(・・・オカマで引かない奴が予想外に多いな、見た目良けりゃあんま関係ないもんかね)
そんな事を考えながらまた、窓の外に目を移す、ちなみにタマサオは付いていないが付き合っている人が居るのは本当だ、ただし今待ち合わせをしている人物はその付き合っている人ではない。
(時間にルーズだな・・・まぁ、俺は気にしない性格だからイイけど)
あふ、と欠伸をした時、喫茶店内に入口の開閉を伝えるベルが響いた、隆二は視線を向けてにやりと笑った。
入って来たのは黒ずくめの少女だった。黒一色のワンピースに隆二の黒髪よりもさらに暗い黒髪を肩の当たりまで伸ばしている。
その黒ずくめの髪と服の色とは対照的に病的な程に白い肌をした顔はまるで精巧に出来た人形のように整っている。
こちらの少女も隆二に負けない程に人目を引く容姿をしていた。
その少女は店内にいるもう一人の一目を引く女性の座るテーブルに近付いて行った。
隆二はひょいと手を上げて言った。
「よう」
少女もひょいと手を上げて答えた。
「よう」
それは一カ月程前の話だ、隆二は街角のゲームセンターに一人で来ていた、いつもならば出掛ける時には恋人である水瀬智樹(みなせともき)と一緒なのだが智樹の今期の単位が本格的に厳しい事になってきたので少し距離を置こうと言われたのだ、無論、文句はあるが原因は明らかに自分なので渋々承知したものの暇を持て余しての事だった。
そう規模の大きいゲームセンターではないが隆二の記憶にある限り自分が小学生くらいの時からずっとここにある年季の入った建物だ。
薄汚れた外装ではあるが昔から通い詰める常連などがおり、平日の昼間であってもいつもそこそこに人が入っている。
いつでも適度な喧騒と煙草の匂いが立ちこめているこの場所は隆二もお気に入りで、時折レバーを握りたくなった時には大体ここにやってきて対戦台に座るのだ。
腕前の方はと言うと、そこはそれ、万能型の天才であり、「勝負事は勝ってナンボ」がポリシーの隆二である、とりあえず地元の人間でまともに太刀打ちできる人間はいない。
その日も隆二は連勝の山を築き、背後にギャラリーの山を築いていた。
プレイをしていて背後にギャラリーが出来るのはいつもの事だが今回は殊更多い、なおかつギャラリーの中にはゲーム画面よりも隆二の後ろ姿に注目している者も多い。
当然と言えば当然かもしれない、隆二が「この姿」になってからここを訪れるのは初めてなのだ、元々若い女が一人で、というのでも珍しいのにその女が飛びきりの美人でしかもゲームもやたらうまい、となると人目も引こうというものだ。
最もここに限らず何処に居ても人目を引く隆二はその類の視線には慣れっこなので気にする事無く対戦を楽しんでいた。
そしてそれは連勝数が35に到達あたりの事だった、対戦相手のキャラクターを見た隆二は「おっ?」という顔をする。
大体の相手は強敵の隆二相手に本気で勝ちに来るので性能のいい・・・いわゆる「強キャラ」を使うのだが、その相手は世間一般に「弱キャラ」と言われる部類のキャラクターを選択したのだ。
そして気付く、周囲のギャラリーの視線がより強まっている事に、そして向かいの台にも結構な人だかりが出来ている。
座る所は見逃したのでどんな相手かは解らないが周囲の反応を見るにちょっとした有名人のようだ。
(へーえ・・・ま、キャラ差もあるし、負ける事はないだろ)
隆二は少し興味をそそられるが、この時点では余裕だった。
しかしその四分後、あっけにとられた顔で「you lose」の文字を見つめる隆二がいた。
「・・・」
周囲のギャラリーも大いに盛り上がる中、マナーに従って席を立つ隆二。
しかし、暫く様子を見ても周囲の人間は空気を読んで誰も対戦台に座ろうとしない、隆二はニヤニヤ笑いながらもう一度席に戻り、ぽきぽきと指を鳴らした。
際どい攻防続きの八分間の後、隆二はどうにかこうにか勝利をもぎ取った。
勝負が決まった直後、隆二は筐体の横にひょいと身を乗り出して相手の姿を確認しようとした、すると相手も丁度同じ事をしようとした所のようで、身を乗り出した相手と視線がぶつかった。
予想外な事に相手は少女だった、大きくて黒目がちな瞳を眠たげに半目にしてこちらを見ている、ある種独特の雰囲気を纏った美しい少女だった。
二人は一瞬だけ視線を交えると、また体勢を戻してモニターに集中した。
二人の実力は伯仲しており、取っては取られを繰り返す内、気付けば外に茜色の夕日が差し込む時間帯になっていた。
相手が切り上げて席を立つと、隆二も適当に見切りを付けて席を離れた、同時にギャラリー達も解散し、ゲームセンター内のちょっとしたお祭り騒ぎは鎮まった。
隆二とその少女は何となしに肩を並べてゲームセンターを出た、そのまま互いに無言のまま数メートル程進むと道端に自動販売機が見えて来た。
「奢るよ」
「ん」
隆二は炭酸飲料を選び、黒い少女はブラックコーヒーを選んだ、・・・変わっている。
二人してこきゅこきゅと喉を潤した後、隆二は聞いた。
「君、名前は?」
「クロ」
「黒?」
「かたかなで」
「へぇー変わってるねぇ、俺、隆二」
「ふーん」
自己紹介を終えた所で隆二は一般的に考えてかなり異常な質問をした。
「ねぇ、君人間?」
普通ならば失礼にあたるような問いかけだが、少女は平然と答えた。
「違うよ」
「あー、やっぱ?」
「そっちは」
「俺もなんだ実は」
二人の出会いは大体このような物だった。
「たいやきパフェ」
その少女・・・クロがウェイトレスに注文したのを聞いて隆二は顔をしかめた。
「毎回よく食うねそんな甘ったるいの」
「・・・好きなの」
その後、二人は同じ人外同士で気が合うのか定期的に会うようになり、今回で六回目を数える「女子会」もとい、「魔物会」を行っている所だった。
毎度の事ながら周囲の視線が痛い位に集まっているがマイペースな二人はどこ吹く風である。
「で、話をまとめると銀髪の長髪で赤目で羽、角、尻尾付き、黒くてエロい衣装・・・やっぱ同一人物・・・いや、同一悪魔だな」
「・・・かもね」
話題は二人が魔物となった直接的な要因を作ったとある悪魔の話になっていた。
前回会った時に互いにどうして魔物になったのかが話題に上り、その中でどうやら二人を魔物に変えた悪魔が同じ悪魔ではないかという話になったのだ。
「そうそう、絵に描いて来たんだ」
隆二は足元に置いてあったバッグからスケッチブックを取り出し、めくって見せる。
そこには角、羽根、尻尾の生えた異様な女性が鉛筆で描かれていた、輪郭を描くだけでなく、影の濃淡まで緻密に書き込まれており、その女性の放つ異様な妖艶さまでもが表現されているようだった。
「・・・すごい」
「おう、美術は得意だぜ♪で、クロっちが見たのもこんなんだった?」
「うん、こんなんだった」
「何者なんだろうなぁ・・・」
「会ってお礼言いたい」
「そうだなぁ、また来ねぇかなぁ」
その後もその悪魔の正体についてあれこれ予測したりしているうちにクロの注文品が運ばれて来た。
ウェイトレスがトレイに乗せて来たのはパフェだった、しかし他のパフェと違うのは上にたい焼きが豪快に丸一個トッピングされている所だ。
クロはひょいとたい焼きを摘まむと生クリームがたっぷり付着したそれの頭にがぶりとかじり付く、隆二はうええ、と言う顔をする。
「甘いの嫌いじゃないけどそれはカンベンだわ」
「おいふぃのに」
「コーヒーはブラックが好きなくせに」
「むぐむぐ」
乗っていたたい焼きを平らげると続いてクロは下のアイス部分もスプーンをさくさくと進めていく、かなりのボリュームがあったはずのパフェは見る見る容積を減らしていく。
その様子を見ながら隆二はおもむろに呟く。
「なぁ、クロっちの彼ってどんな奴?」
「んぐ、いけめん」
「はは・・・まぁ、好きな奴は誰でもイケメンに見えるけどな、具体的にどんな?描ける?」
隆二がスケッチブックと鉛筆を差し出すとクロはスプーンを置いて鉛筆を取り、がしがしと豪快な線を走らせ始める、隆二はその様子を興味深げに見守る。
やがてクロはうん、と満足げに頷くと隆二にその絵を見せる。
ぴんぴんと激しく跳ね回る髪にぐるぐると描き込まれた目、人体の構造を完全に無視して描かれた身体、ご丁寧に顔に矢印が向けられ、「いけめん」と書き込まれている、どう贔屓目に見ても小学校低学年クラスの画力である。
「・・・ああ、すごいイケメンだな」
隆二は何か微笑ましい物を見る目で言った、その空気を感じ取ったのかクロはむす、と不機嫌そうな顔になり、隆二にスケッチブックと鉛筆を返す。
「りゅうじのつがいは?描いて見せて」
「いいぜ」
そう言って隆二もすらすらと鉛筆を走らせ始める。
程無くして絵は完成する、そこには一人の青年が描かれていた、シャツにジーンズというラフな格好でポケットに手を突っ込み、寝ぐせが立ち上がった髪の下からどこかしらやる気のなさそうな視線がこちらに向けられている、やっぱり矢印が向けられて「イケメン」と書かれている。
「・・・いけめんだね」
「だろ?」
隆二は得意気にニヤっと笑う、しかし直後にその表情は曇り、口からは深い溜息が出る。
そして黙って鉛筆で「イケメン」の所をぐりぐりと線を引いて消すとその下に「バカ」と描く。
「・・・まだお預け期間?」
「そーだよ・・・そーなんだよあのアホ・・・」
何の話かと言うと隆二の「つがい」こと智樹が真面目に勉強するために距離を置こうと言いだした事である、一カ月前に言われたそれが未だに解除されていないのだ。
傍若無人な隆二がそれを了承したのはそれ以前、二人して日常生活に支障をきたす程に互いの身体に溺れてしまった経緯があるのからなのだが、それにしても一カ月である。
「ああ・・・畜生・・・智樹とセックスしてぇ・・・」
隆二は大きく溜息をつき、腹の底からの声を上げた、溜息混じりのその声色は隆二の抱えている欲情がどれ程深く激しい物であるかを物語るような、男が聞いたならたまらない気持にさせるような声だった。
現に後の席と隣の席に座っていた無関係な男性客が思わず隆二の方を振り返り、通りすがったウェイターは若干前屈みになった。
・・・喫茶店でするような話題ではないのだが、前述の通り二人は極めてマイペースというか、周囲を気にしない性格をしているのである。
ちなみに今しがたの言葉が耳に届いた男性客全員が心の中で(トモキとか言う奴もげろ)と考えた、とんだとばっちりである。
「そっちはどーよ?」
「そこそこ」
その一言でクロの真後ろの座席にいた男性客は(ええ!?こっちの子も!?)という表情で振り返る。
「前教えたの試してみた?」
「ん、」
「効いた?」
「効果ばつぐん」
「だろ?」
「でもまだ上達できそう」
「何、どんな風にやった?」
「こう・・・」
そう言うとクロは手元をきょろきょろ見やって何か適当な物は無いかと探し、結局スプーンを手に取る。
「こう・・・ふぉころ、ふらのろころほ・・・」
そう言ってはしたなく大口を開けて長い舌を伸ばすと、スプーンの括れのあたりをちろちろと舐め上げ始める、どうやらスプーンを男性器に見立てているようだ。
クロの外観は美しいが、その美しさはどちらかというと神秘的な雰囲気を伴ったものであり、性的な匂いはむしろ薄いと言える、そんな美少女が晒すはしたない顔は背徳感も相まって恐ろしい威力を発揮する。
具体的に言うと斜め右の席に座っていた男性が視線を釘付けにされ、向かい座っている恋人に頭をはたかれるくらいの威力である。
「あー、違う違うそこはこうやって・・・ほう、ほうひて・・・」
隆二もクロと同じようにスプーンを取り上げると「お手本を」見せ始める。
その舌は驚く程自由自在に動き回り、見る者が思わずその舌で奉仕を受けた時の快感を想像してしまうような光景だった。
道を歩いていてたまたまそのシーンを窓越しに目撃した通行人が思わず二度見し、電信柱に衝突するのも致し方ない事と言える。
と、唐突に隆二はカラーンとスプーンを放り投げるとベターっとテーブルに突っ伏する。
クロはきょとんとして隆二を見る。
「・・・どうしたの」
「舐めたい・・・本物がしゃぶりたい・・・」
物凄く物欲しそうな声を上げる隆二にクロはそういう事か、という顔をする。
「・・・我慢しなければいいのに」
「いや、アイツさぁ、俺という恋人が出来たんだから男としてしっかりしなきゃいけないとか超真顔で言うからさぁ、少しは意思を尊重してやんないとって思ってだな・・・」
「それ、間違ってる」
「・・・んぇ?何が?」
ぐったりした体勢から視線だけをクロに向ける。
「トモキは間違ってる」
クロは無くなったパフェの容器の底にこびりついているチョコソースをかちゃかちゃとスプーンでこそげ取りながら言う。
「つがいの幸せを思っての行動でつがいが不幸になってたら意味無い」
「・・・」
「トモキはすぐにリュウジと交尾するべき、大事なリュウジがそれを望んでるんだからすぐに叶えてあげるべき」
スプーンの先端に付いたチョコを丹念に舐め取りながらクロは言う。
それを聞いて隆二は思案顔になり、動きを止める。
しばし、二人の座るテーブルには執拗にパフェの容器を探り回すクロのスプーンの立てる音だけが響く。
「・・・だよ、な」
沈黙を破ったのは隆二の声だった。
「だよな!そーだよな!何で俺が我慢する必要があるんだろうな?あー馬鹿みてぇだ俺!」
何がしか吹っ切れた様子で身体を起こす隆二、スプーンを咥えたままうんうん頷くクロ。
「ありがとよクロっち!俺はやってやるぜ!」
「ん、頑張って」
人差し指と中指の間に親指を突っ込んでびしっとクロに突き付け、白い歯を光らせて爽やかに笑う隆二。
スプーンを咥えたまま同じサインをびしっと決めて言うクロ。
喫茶店の空気を滅茶苦茶に乱した二人は颯爽と席を立った。
「それじゃ、」
「うん、たまにはクロっちが支払っても罰は当たらないと思うなぁ」
「・・・じゃ、またね」
「逃げ足はええ!」
「うぉーっす智樹ぃ!ひさし・・・ぶ・・・」
合鍵で勢いよく智樹のアパートのドアを突破し、部屋に飛び込んだ隆二は固まった。
智樹がパソコンの前に座っていたからだ、それだけならば問題は無い、パソコンから繋がるヘッドホンを装着しているのも問題は無い、智樹がズボンを降ろして剥き出しになった自らの性器を握っているのが問題なのだ、パソコンに映し出されるAV動画も問題だし、その傍にティッシュ箱がスタンバイしているのも問題だ。
後、愛しい恋人に久々に会ったのに化け物に遭遇したかのような智樹の表情も問題と言えば問題だ。
隆二はかくん、と壊れた人形のように首を傾げた、びっくりするほど無表情だ、そのままびっくりするほど抑揚の無い声で言う。
「智樹クンは何をしているのかな」
「あ・・・そ・・・そ・・・」
碌に言い訳も浮かばない様子で智樹は口をぱくぱくさせる。
「俺に捧げられるはずのミルクを無駄打ちしようとしてるように見えるのは気のせいかな」
相変わらず首を傾げた奇妙な体勢のまま棒読みのような口調で喋る隆二、怖い。
「お、お、お・・・」
智樹はどうにかこうにか言葉を紡ごうとする。
「ん?」
「お、俺・・・勉強しようって思って、だけど、お、お前の事ばっか浮かんできて、エロい事ばっか考えちまって・・・取りあえず一発抜いてからって思って・・・でも、全然抜けなくて・・・自分じゃ全然・・・」
しどろもどろに言う智樹の言葉に隆二は気付く、精の匂いがしない、一緒に励んでいた頃は部屋中に染みついていた智樹の精の匂いが部屋から薄れているのだ、どうやら一カ月もの間殆どまともに射精が出来なかったらしい。
考えてみれば当然だ、隆二の極上の肢体を知ってしまった後で急にそれを断とうとすればどうなるか、極上の雌を知ってしまった雄が一人遊びで満足出来るのか。
隆二は口元を釣り上げて笑った、その笑顔を見て智樹はぞっとする、それは捕食者の笑顔だった。
「可哀想になぁ・・・一カ月も俺恋しさに悶えてた訳だ・・・」
「だっ・・・駄目だって!これ以上お前に溺れたら俺・・・!」
「溺れさす」
冷徹な一言を言い放つと、隆二はそっと上体を屈めて地面に両手を付け、尻を持ち上げるような体勢になる。
重力に引かれて重たげに乳房が揺れ、肉付きのいい尻が掲げられる扇情的な姿勢だが、智樹は気付いた、その体勢はいわゆる短距離走のスタートダッシュに用いられるクラウチング・・・
「よーい」
「待っ」
「どん」
「っっあっっああっ・・・!あぃぃぃあ・・・!」
寝室には女の様な喘ぎ声が響いていた、しかしその声を発しているのは女では無く少年だ。
少年はそんな声を上げるのが恥ずかしくて必死に押さえようとするのだがどうしても止める事ができない様だった。
原因は少年の下半身に顔を埋めている黒い少女だ、その頭からは一対の猫の耳が生え揃い、腰からは二又に別れた尻尾が伸びており、耳の方はぴこぴこと、尻尾の方はゆらゆらと嬉しげに揺れている。
「く・・・クロぉっ!?」
「・・・じゅちゅぱっ・・・なに」
口から糸を引かせながらようやく陰茎を解放し、クロは答える。
「はっ・・・はっ・・・ど、どこでこんな技術を!?」
クロの「つがい」こと中野洋二(なかのようじ)は息も絶え絶えになりながら聞く。
元々クロとの交わりは中毒になる程に気持ちがいい、しかしここ最近のクロの性的技能の上達は不自然な程である。
「さいひん・・・れる・・・おんらともらひ・・・れちょ・・・出来た」
クロは竿の部分を長い舌でじっくりと味わいながら言う。
「お・・・女友達って・・・?それって誰・・・」
「はくっ」
「ひぃいっい!?」
そんな事はいいから喘げ、といわんばかりに口腔奉仕を再開するクロ。
だらしなく崩れる洋二の表情に目を細めて見入りながらクロは心の中で友人に感謝した。
「もっ・・・ああぁっ・・・だっ・・・!!」
耐えきれずに大量の白濁をクロに捧げる洋二、目を閉じて存分にその精を味わいながら、隆二も今頃は一カ月ぶりの精にありついている頃だろうか、とクロは思った。
12/01/30 01:40更新 / 雑兵