連載小説
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奇異な住人達
 福崎は朝日の中、舗装されていない道を職場に向けて歩いていた。
足元は土がむき出しで、視線を山側に向ければ雑木林が茂っているのに、町に目を向ければ建物は小奇麗、というアンバランスな景観だ。
全国に点在する愛尊村の中の一つであるそこは、いわゆる「限界ニュータウン」と呼ばれる場所の一つだった。
バブル時代の不動産神話に踊らされた不動産会社が山中の農地などを開拓したものの、バブル崩壊によって土地の価格は暴落。
結果として都市部へのアクセスも悪い山の中にゴーストタウンが残される結果となった。
だが、今その魂の抜けたようだった街に活気が戻りつつある。
店のシャッターが開く音が響き、それぞれの職場に向かうために人々が道を往来し、車で村から出勤する者もいる。
新しい建物も作られ始めており、現場から職人の声やドリルの音が聞こえる。
工事も盛んで、今歩いているこの道もじき舗装されるだろうと予想できる。
多くの愛尊村がそうであるように、ここも過疎化によって消えゆく運命にあった集落や町を利用する形で作られている。
(……それにしても……)
道行く人々や、商店の店員、現場の作業員を眺めながら福崎は思う。
(この人達……こんな人達がどこから……?)
ここが愛尊村であるからには、この人々も信者なのだろう。
しかし、どうにも男女の比率がおかしい気がする。
無論、男性もいるのだがやたらに若い女性が多い、しかも、気のせいでなくそろいもそろって容姿が優れている。
工事現場や建築現場の作業員でさえ女が多いのだ。
少子高齢化が叫ばれるこのご時世に、一体これらの女性達はどこから湧いて出たのか。
この村を訪れてからずっと付きまとう疑問だ。
(もし、全国の村がこれと同様であるなら……)
この宗教の勧誘力は底知れない。
宗教への誘致に綺麗な女性を使うのは常套手段だ。
なおかつ勧誘されてこの村を訪れた男性信者の目には、ここはまるで桃源郷のように映るだろう。
そんな考えを巡らせているうち、福崎は今の職場である公民館に到着する。
そこそこの大きさのその施設はおそらく相当劣化もあっただろうが、改修工事を施されたのか今は綺麗なものだ。
福崎がこの村を訪れて入信を申し入れ、ここでの生活を望んだ際、可能であれば就労を、と求められた。
そこでパソコンのスキルがあるという事で、事務員としての仕事の手伝いを買って出たのだ。
「奉仕活動」などでは無く、給料もちゃんと出るという。
それも格安というわけでもなく、仕事内容にしてはそこそこの金額。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
エントランスに入ると先に入っていた女性と挨拶を交わす。
スーツ姿のその女性は随分若く、ともすれば十代にも見えるその容姿は新入社員のような雰囲気があるが、実際には自分よりかなり先輩になる。
名前は「カーマ・シシー」
他の例に漏れず彼女も非常に整った顔立ちをしているが、白い肌に長い白髪、それに紅い瞳というどの人種にも属さない独特の配色をしていてよく目立つ。
最初に見た時何らかの病気だろうか?とも思ったが、デリケートな部分には踏み込まないようにしている。
カーマはそっと福崎に顔を近付けると耳打ちした。
「柏原さん、昨日、PCの電源消し忘れていましたよ?」
柏原 亜里沙(かしわばら ありさ)、福崎が潜入の際に使った偽名だ。
「あっ……どうも!すみません!」
福崎は勢いよく頭を下げて謝る。
「いいんですよー」
にっこり笑うカーマに対して福崎はぺこぺこと頭を下げる。
どんな宗教団体も人間の集まりである限り、その中には人間関係があり、ヒラエルキーも存在している。
福崎は潜入するとまずその中での自分のポジションを固める。
おっちょこちょいで鈍いが、愛嬌がある、そんなキャラクターを演じる。
そのために仕事でわざとミスをする、今回のPCの消し忘れもわざとだ。
当然、仕事や生活に影響が出るような大きな失敗をしてはヘイトが集まり過ぎてしまう。
フォロー可能な範囲の些細なミスを少しずつ散りばめていく。
それを助けてもらった時「こんなに優しくされたのは生まれて初めて」とでもいうように大げさに感謝して見せる。
いわゆる「チョロい」印象を与える。
これは潜入する時に使う「ホストに入れ込んだ結果、借金で首が回らなくなった」というカバーストーリーともマッチする。
相手が男性信者だった場合、低身長でグラマーという自分の男好きのする体形も露骨でない程度にアピールしておく。
これで相手は庇護欲を煽られ、また警戒心を解きやすくなる。
男性信者の場合「こいつは自分に惚れている」と考えさせられたなら思うつぼだ。
頭が鈍くて胸のデカい女、というのは捕食者にとって常にご馳走だ。
しかしながら今回その手法はうまくいっていないように思える。
何しろ容姿もスタイルも自分より優れた女性達がごまんといる。
こんな事は初めてだ。
「柏原さんごめんなさい、今から出ないといけなくて……下の三人にもう休むように声掛けてもらっていいですか?」
カーマはバッグを肩に掛けて外出の準備をしている。
「あ、はい、わかりました……また徹夜、してたんですか……?」
「困った事にですねえ……」
苦笑を残してカーマはエントランスから出て行ってしまった。
こうして無防備に福崎を一人にする事もそこそこにある。
よってファイル類を漁ったりPCの中身を改める事は容易かった。
だが、自分に好きに触らせている事から予想できたが怪しい資料などは見つからなかった。
福崎は素直に事務室を出ると「下」への階段へ向かう。
そう、この公民館には地下室がある。
福崎は建築にそれほど詳しい訳ではないが、それでもこの部屋は後から増設されたもののように見える。
階段を降りると廊下になっているが、その廊下も光源が少なく、やけに薄暗い。
その廊下の突き当りに扉があり、そこがこの地下の作業室になっている。
「すいません、柏原でーす」
一応、扉をノックして声を掛けるが、中から返事は返ってこない。
意を決して扉を開けると、廊下よりもなお暗い室内で光る複数のモニターが浮かび上がって見える。
最初に見たときは驚いた。
人が増えてきたとはいえ、ここは山中の見捨てられた町の小さな公民館だ。
その地下に、こんな場所があるだなんて想像もできないだろう。
複雑に接続された複数のパソコンに、数多くのモニター類。
そして部屋の奥にはどうやって運び込んだのか、サーバールームらしきものまで設置されている。
この部屋だけがSF映画から飛び出てきたかのようだ。
そのモニター類の前に三人が座って作業をしている。
子供のように小柄な影が二人に、痩身の影が一人。
扉が開いた事にも気付かない様子で作業に没頭している。
「あの……」
福崎が声をかけるが、室内はカタカタとキーボードを打つ音が支配するばかりだ。
「あの!すいません!」
声を張ってようやく三人ともが振り返った。
二人の少女と、一人の男だった。
「……休憩?」
片方は白髪の少女。
患者衣のような真っ白な服を着ており、どう見ても小中学生にしか見えない。
だが、その表情に子供らしさは欠片もなく人形の如く無表情だ。
名前は「ベル・シシー」
もう片方は薄緑という特徴的な髪色を二つの房に分けている。
ジャケットに謎のアニメキャラが胸に書かれたシャツ、カットジーンズを纏い、くりくりと大きな瞳は悪戯気に輝いている。
「あーもうそんな時間かァ……」
毒々しい色のエナドリの缶を弄びながら言う彼女の名前は「エルゾゾ・ボルビリ」
「……」
男の方はシャツにジーンズというラフな格好をしている。
ぼさぼさに伸ばされた長髪は顔の前面を覆い、その奥からぎょろりと大きな瞳がこちらを覗いている。
その暗い目はじっとこちらを注視した後、またぎょろりと動いて壁の時計を見た。
動きがいちいち非人間的なこの男の名前が「モノリス・シシー」
この公民館で働いているが、見ての通り事務職などでは無い。
彼らは信者、という訳ではなく、関わっている企業の「マッドネス・エンターテイメント」という会社の幹部であるという。
福崎はその方面には明るくないが、「ダークネス」という人気のオンラインゲームの開発、管理をここで行っていると聞いた。
壁に貼られたイラスト等を見るに中々いかがわしい感じに見える。
プレイヤー達も、まさか時代の先端を行くこのゲームがこんな辺鄙な場所で管理されているとは思わないだろう。
その中でもこのモノリス、という男はゲーム会社だけでなく、様々な方面で名前を聞く。
「シャワー浴びっかァ」
くぁー、とあくびをするエルゾゾをよそに、モノリスはゆらりと席から立つと軽く会釈をして部屋を出て行った。
ベルはその後に付いてとてとて歩いていく。
ふう、と福崎は息をつく、知らずに緊張してしまっていた。
あの男、モノリス。
この町の中で、情報源になりそうな男といえば彼だ。
彼をターゲットにするのが近道だが……。
(あれは……無理だな)
普通の男なら感じる、自分に対する隠し切れない下心のようなものを全く感じない。
それどころか、自分の方が実験動物のように観察されているかのような感覚を覚える。
何か、自分の裏の考えまで見透かされそうで落ち着かない。
それに……。
「あの……エルゾゾさん」
「はいー?」
エルゾゾは椅子の上で足を組んで上体を左右にひねって柔軟をしている。
「モノリスさん達って……ご兄弟なんですか?」
カーマ、ベル、モノリス。
三人共が「シシー」だ。
そしてここにはもう一人「アル・シシー」という女性がいる。
忘れようもない、何しろ身長が二メートルを優に超えるという滅多に見ない大柄な女性だった。
身長も凄いがスタイルも凄い、あれは一体何カップあるんだろうか。
そんな彼女は建築現場で働いているので今はここにはいない。
時折出勤時に現場で働いているところを見かけた事があるが、セメント袋を顔色一つ変えずに小脇に抱えて運んでいた。
色々凄い人だ。
女性三人の「シシー」は髪色や目の色は共通しており、三つ子と言われて通じるくらいに顔立ちもよく似ている。
それにしたって体格に差がありすぎるとは思うが……。
実際に並んでいるところを見ると姉妹というより同じ人物の大・中・小という感じで正直ちょっと不気味に感じた。
それに比べてモノリスは黒髪に黒目だ。
顔立ちも三人とは明らかに違う。
「ンっと……」
エルゾゾは腕を組んで少し考える仕草をした。
「んまァ……兄弟じゃない、とだけ言っとくかナー」
にしし、と笑ってそういった。
濁されたが、ほぼ答えを言っているようなものだ。
そうでなくとも四人の互いに対する態度を見ていればわかる。
つまり外で聞いた噂というのは本当という事だろう。
ここでは「重婚」が認められている。
無論、法律上夫婦になるわけではないが、そういう関係を結ぶ事がこの中では公に認められている。
この分だと「近親婚」が認められる、という噂も本当かもしれない。
そして一つ付け加えるならば、年齢差に対する観念も薄い。
一般社会では未成年者との恋愛は罪に問われる可能性もある。
しかしここでは何なら中学生くらいにしか見えない少女と成人男性が自然に関係をもっているように見える。
現にベル・シシーなどは体格だけで見ると完全に犯罪の領域だ。
「超自由恋愛主義」
仮に名付けるなら、それこそがこの村の……「愛尊会」の教義らしきもののように見える。
逆に言うと、それ以外は特筆すべき外界との違いは無い。
「修行」などと称される奇妙な風習もなければ、教祖による有難い説教もない。
出家を求められる訳でもなく、増して多額のお布施を要求されることもない。
外界との出入りは自由であり、ネット、テレビ、新聞等の情報規制もない。
なんだったら村の中の施設の大半がWi-Fi完備だ。
少なくともこの町には信者を利用して「儲け」を出そうというシステムは存在しない。
活動の資金源は多数の企業からの支援によるものだ。
だから意図がわからない。
正体が掴めない。
単純に地上にユートピアでも作りだそうとしているのか。
古今東西あらゆる宗教が試みて失敗してきた夢想の実現を目指しているのか……。
何にせよ、金銭関連の不正を掴むのは難しそうだ。
厄介だ。
福崎の目的は脱会の助けになるような、教団の後ろ暗い部分を掴むためだ。
最も効果的なのが金銭的に汚い部分、または教祖の犯罪歴等だ。
教祖の「菊池愛江」に関しては、現時点ではこの村にはいない。
しかし、全国に点在する村々を回っているらしく、もう数日の内にここを訪れるという。
その時に何か掴めればいいのだが……。

26/01/23 20:27更新 / 雑兵
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