真川の憂鬱
依頼から数日後、真川は事務所の中で手元に揃えた資料とにらめっこしていた。
今回の依頼対象である大田原輝昭が愛尊会に……夫妻いわく「捕らえられた」のは学校の帰りだった。
突然今日は家に帰らないとの連絡が入り、どういうことかと問うと女性の声に代わり、自ら「愛尊会」を名乗ったという。
交渉をしたが息子は返してもらえず、警察にも通報したが本人との連絡が取れているという事でまともに取り合ってもらえないという。
そこでこのフクマ探偵事務所に依頼したという事だが……。
調べるうち、自分も所長も「気に食わない」と感じていた部分が顕著になってきた。
大田原家はどうやら相当に教育熱心であったようだ。
それに対して息子の輝昭が応えられているかというと、相当に無理をしていたらしい。
元々通っている進学校もなんとかギリギリでの入学であり、普段の授業もついていくのがやっとというところだったという。
そして、帰らなかった日は全国模試の結果が学校から渡された日。
判定は「D」。
家に帰らなかった理由と無関係とは思えない。
真川は頭を掻いた。
脱会させて家に帰せば円満解決とはいかなそうだ。
とはいえ、それは仕事の内に含まれない。
あくまで脱会のサポートまでが仕事であり、その以上は家庭内の事情だ。
それを所長の福崎が是とするかは別として……。
真川はため息をつく。
心配するなとは言われても、心配しなかったことは一度も無い。
そう、福崎が「愛尊村」に潜入してから、既に数日が経過しているのだ。
今回の潜入先である場所は規模が大きい。
なおかつ、不穏な噂も聞く。
いや、不自然な資金の動きや近隣とのトラブル、信者との金銭問題など。
一通り洗ってもそのたぐいの話は出てこない。
しかしながらあくまで噂レベル……ゴシップ誌の切り抜き程度だが、影で「セックス教団」などの噂が囁かれている。
確かにホームページの中には夫婦や恋人同士は仲良くすべし、というような形で、迂遠に性交渉を推奨していると取れなくもない文言がある。
それだけならば問題はないのだが、噂はそれに留まらない。
現代では違法にあたるような事も許されている、と。
具体的に言うと、「重婚」から「近親婚」までもがこの「村」の中では許可される、と。
本当ならばかなりセンセーショナルなニュースだが、裏どりが取れていない。
そしてスポンサーがついているとは聞いていたが、調べれば調べる程、その根の深さ、幅広さに驚く。
ゲーム会社、化粧品会社、ホテル会社、リゾート開発企業、不動産会社、健康食品会社、アニメ制作会社、芸能プロダクション、音楽レーベル。
アリの巣の如く、ありとあらゆる業界に根を張っている。
これだけの企業と関係を持つには何かしらのコネクションが必要なはずだ。
それが何なのか、全貌は掴めない。
今までの小規模な集まりとは違う。
とてもじゃないがこの小さな探偵事務所がどうこうできる相手ではない。
「……はぁ……」
再びため息をつき、真川は携帯を覗く。
福崎からの連絡は無い。
偽装を徹底するため、潜入中は連絡は取り合わないようにしているから当然だ。
本当は彼女にそんな危険な仕事をして欲しくない。
恩義があるのだ。
彼女がいなければ自分もどうなっていたかわからない。
元々二人は同じ広告代理店に勤める同僚だった。
彼女の方が僅かに先輩だったのでそこで世話になっていたのだが、その会社はとんだブラック体質だった。
真面目な真川はパワハラの標的にされ、毎日トイレで吐きながら働いていた。
一方、福崎は持ち前の愛嬌と要領の良さで巧みに上司に取り入り、うまく立ち回っていた。
もう少しその状態が続けば、真川は取り返しのつかない壊れ方をしている所だった。
が、福崎が会社を告発した。
残業代の未払いや労基違反の証拠を福崎はしっかりと確保しており、会社側に反論は許されなかった。
未払い分を請求した後、二人揃って退職し、その福崎から声をかけられて二人で興したのがこの探偵事務所だ。
後にその会社は潰れたらしいがそれはもうどうでもいい事だ。
自意識過剰でなければ、あの時福崎が会社を訴えたのは自分のためだったように思えるのだ。
福崎自身はうまく立ち回っていたのだから、自分が潰れるのを見過ごせば職を失う事はなかったはずなのに……。
本当は、この事務所の方針もやめてほしい。
浮気調査やペット探しでいいじゃないかと思う。
だが、福崎はこの仕事に拘り続ける、自分の身を危険に晒しても。
そこには自分では立ち入れない何かがある、福崎の時折見せる乾いた目がそう語っている。
今回の依頼対象である大田原輝昭が愛尊会に……夫妻いわく「捕らえられた」のは学校の帰りだった。
突然今日は家に帰らないとの連絡が入り、どういうことかと問うと女性の声に代わり、自ら「愛尊会」を名乗ったという。
交渉をしたが息子は返してもらえず、警察にも通報したが本人との連絡が取れているという事でまともに取り合ってもらえないという。
そこでこのフクマ探偵事務所に依頼したという事だが……。
調べるうち、自分も所長も「気に食わない」と感じていた部分が顕著になってきた。
大田原家はどうやら相当に教育熱心であったようだ。
それに対して息子の輝昭が応えられているかというと、相当に無理をしていたらしい。
元々通っている進学校もなんとかギリギリでの入学であり、普段の授業もついていくのがやっとというところだったという。
そして、帰らなかった日は全国模試の結果が学校から渡された日。
判定は「D」。
家に帰らなかった理由と無関係とは思えない。
真川は頭を掻いた。
脱会させて家に帰せば円満解決とはいかなそうだ。
とはいえ、それは仕事の内に含まれない。
あくまで脱会のサポートまでが仕事であり、その以上は家庭内の事情だ。
それを所長の福崎が是とするかは別として……。
真川はため息をつく。
心配するなとは言われても、心配しなかったことは一度も無い。
そう、福崎が「愛尊村」に潜入してから、既に数日が経過しているのだ。
今回の潜入先である場所は規模が大きい。
なおかつ、不穏な噂も聞く。
いや、不自然な資金の動きや近隣とのトラブル、信者との金銭問題など。
一通り洗ってもそのたぐいの話は出てこない。
しかしながらあくまで噂レベル……ゴシップ誌の切り抜き程度だが、影で「セックス教団」などの噂が囁かれている。
確かにホームページの中には夫婦や恋人同士は仲良くすべし、というような形で、迂遠に性交渉を推奨していると取れなくもない文言がある。
それだけならば問題はないのだが、噂はそれに留まらない。
現代では違法にあたるような事も許されている、と。
具体的に言うと、「重婚」から「近親婚」までもがこの「村」の中では許可される、と。
本当ならばかなりセンセーショナルなニュースだが、裏どりが取れていない。
そしてスポンサーがついているとは聞いていたが、調べれば調べる程、その根の深さ、幅広さに驚く。
ゲーム会社、化粧品会社、ホテル会社、リゾート開発企業、不動産会社、健康食品会社、アニメ制作会社、芸能プロダクション、音楽レーベル。
アリの巣の如く、ありとあらゆる業界に根を張っている。
これだけの企業と関係を持つには何かしらのコネクションが必要なはずだ。
それが何なのか、全貌は掴めない。
今までの小規模な集まりとは違う。
とてもじゃないがこの小さな探偵事務所がどうこうできる相手ではない。
「……はぁ……」
再びため息をつき、真川は携帯を覗く。
福崎からの連絡は無い。
偽装を徹底するため、潜入中は連絡は取り合わないようにしているから当然だ。
本当は彼女にそんな危険な仕事をして欲しくない。
恩義があるのだ。
彼女がいなければ自分もどうなっていたかわからない。
元々二人は同じ広告代理店に勤める同僚だった。
彼女の方が僅かに先輩だったのでそこで世話になっていたのだが、その会社はとんだブラック体質だった。
真面目な真川はパワハラの標的にされ、毎日トイレで吐きながら働いていた。
一方、福崎は持ち前の愛嬌と要領の良さで巧みに上司に取り入り、うまく立ち回っていた。
もう少しその状態が続けば、真川は取り返しのつかない壊れ方をしている所だった。
が、福崎が会社を告発した。
残業代の未払いや労基違反の証拠を福崎はしっかりと確保しており、会社側に反論は許されなかった。
未払い分を請求した後、二人揃って退職し、その福崎から声をかけられて二人で興したのがこの探偵事務所だ。
後にその会社は潰れたらしいがそれはもうどうでもいい事だ。
自意識過剰でなければ、あの時福崎が会社を訴えたのは自分のためだったように思えるのだ。
福崎自身はうまく立ち回っていたのだから、自分が潰れるのを見過ごせば職を失う事はなかったはずなのに……。
本当は、この事務所の方針もやめてほしい。
浮気調査やペット探しでいいじゃないかと思う。
だが、福崎はこの仕事に拘り続ける、自分の身を危険に晒しても。
そこには自分では立ち入れない何かがある、福崎の時折見せる乾いた目がそう語っている。
26/01/20 22:29更新 / 雑兵
戻る
次へ