連載小説
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依頼
 「愛尊会(あいそんかい)ですか」
「はい……そう聞いています」
福崎千恵(ふくざき ちえ)が聞き返すと、クライアントの大田原由香里(おおたはら ゆかり)はやつれた顔で言った。
(ああ、とうとうその名前が出たか)
真川徹(まかわ とおる)はそう思いながら、福崎の隣でパソコンの項目に「愛尊会」と入力する。
カタカタとキーボードを叩く音が事務所内に響く中、由香里は冷めていくコーヒーに手をつけようともせず落としていた視線を上げる。
「非常にその……最近になってよく目にする名前なんですけど……やっぱり、危険な所なんですよね?」
「名前はよく聞きますね」
「私も自分なりに調べたんですけど……色んなところに関わっていて……でも、それらもやっぱり怪しいものばかりで……」
「健康食品だとか怪しいグッズだとか、挙句芸能事務所だとかゲーム会社だとか……見るからに、という感じで」
「どんな扱いを受けているかもう、心配で、心配で……」
そう言って顔を覆う由香里に福崎は穏やかな声で言う。
「お気持ちはお察しします、ですが、一応連絡は取れているという事ですよね?」
「はい……でも、もう一か月なんです……!あの子は今とても大事な時期なんです……それなのにこんな……!」
真川はパソコンの資料に目を落とす。
大田原輝昭(おおたはら てるあき)、今回のクライアントが「脱会」を求めている対象の少年だ。
資料の中の顔写真はきっちりと整えられた髪型で真面目そうな視線をカメラに向けている。
「落ち着いてください、その連絡というのはメール等の文章ではなくご本人の肉声という事で間違いないですね?」
「はい……声は聞き間違いようがありません」
「少なくとも身体的に危害を加えられていたり、差し迫った危険が身に迫っている状況では無いということです」
「でも!言わされているだけなんじゃ……!」
来客用のソファーから身を乗り出して言う由香里を福崎は手で制する。
「ご安心下さい、まず、こちらの団体がご懸念のような組織だったとしても、目的は息子さんを害する事ではありません」
そっと由香里の体をソファーに押し戻しながら、真剣な眼差しで福崎は続ける。
「信者の獲得が目的であればまずは丁重に扱うものです、ですからまず焦らない事が重要です」
ふと表情を和らげ、にっこり笑って見せる。
「ご安心を、そういった手合いの交渉にこそ私達は慣れています、よく勇気を出してご相談下さいました」
その顔を見て、由香里は少し落ち着きを取り戻した様子だった。
うまいなあ、と真川は心の中で思う。
「伺ったように、連絡は取れているけれども、そのやり取りの録音等はなされていない、と」
「はい……」
「重要な確認なのですが、そのやり取りの中で本人のご意思は確認したんですね?」
「そう……ですね」
由香里は唇を噛むような表情を見せた。
「戻りたくない、とおっしゃっていたと」
「そう誘導されているんだと思います……!」
「はい、そうかもしれません、ですが本人が納得しない所を無理やり連れ戻しても元の木阿弥です」
由香里は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「まず、大事なのはこの団体の正しい情報を得る事です、私どもがその調査を行います」
「情報、とは……」
「いわゆるカルト宗教、というのは信者に対して隠し事をしているものです」
「例えば組織の収入源であるとか、損害賠償や刑事告訴の記録などですね」
「そういった本当の情報を知ることで、息子さんも「このまま所属していてはいけない」という意識を持つことができます、そうして本人が目を覚ます事で本当の意味での脱会になるのです」







 「フクマ探偵事務所」は駅のそばの雑居ビルの三階に居を構える探偵事務所だ。
駅近と言えば聞こえはいいが、その駅の乗降客数はお世辞にも多くはない。
よってその付近も発展に取り残され、駅周辺の商店街は近くに出来た大型商業施設に客を取られて多くがシャッター街と化している。
日本全国で発生しているよくある現象に見舞われたその一帯の中、この探偵事務所はかなり新しい。
が、新装開店したからと言って飲食店のように客が来るわけでもなく、訪れる顧客は貴重だが……。
「気に食わないんだよねえ……」
三階の窓から見える駅の改札を通っていく依頼主の背中を見ながら、所長の福崎は呟く。
コーヒーカップを片手に窓を見るその姿は、大抵の客がその若さに驚く。
ついでにその身長の低さと、張り出した胸元に視線を奪われるのがいつもの流れだ。
女子高生でも通じるその幼い顔立ちに低身長、そしてそのスタイルをみて顧客は大抵不信感を露わにするか鼻の下を伸ばすかだ。
探偵としての信頼を得るには難しい容姿をしているが、数時間もすれば口八丁で信頼を得てしまう。
「事件がですか?お客さんがですか?」
「両方」
パソコンから視線を上げて言う真川に福崎は短く答える。
「……まあ、ご両親に帰りたくない要因がありそうにも見えましたね……」
「真川くんもそう思う?」
「ちょっと……ひっかかる物言いがあったので……」
「「大事な時期」ねえ……」
年が明けて間もない冬の時期、息子の大田原輝昭は高校三年生。
受験シーズンの真っただ中、無論、大事な時期なのは当然ではあるが……。
「とにかく早期解決、早期解決、こっちが落ち着けって言っても聞かないんだから」
「俺だったら帰りたくないですね」
「ま、よそ様の家庭事情はともかく、お仕事はこなさないとね、本業だし」
「……ホームページここですね」
真川が表示した「愛尊会」のホームページに福崎は冷たい視線を送る。
カラフルなトップページにはやたらファンシーなフォントでタイトルが書かれている。

 愛尊会

 信仰心が薄いとはいえ、ここ日本でも日々新たな宗教は生まれている。
大小様々だが、その中で急激に勢力を伸ばしているのがこの団体だ。
歴史の浅い団体であるに関わらず、何故か多くの大手企業がこの団体のスポンサーに付いている。
「生活困窮者の救済」を謳う、言ってみればよく見かける団体だが……。
「創設者の詳細が載っていないのは珍しいですね」
多くの宗教団体ではその創設者、つまり教祖の理念や理想を打ち出す事が多い。
経歴や精神性、団体の創設に至るまでの経緯などが記載されているのが普通だ。
愛尊会の創設者は驚いた事に若い女性だが、名前と写真以外ほとんど情報が無い。
ページの大半を連絡手段、もしくは施設や拠点の紹介、アクセス方法にあてている。
「愛尊村、ね」
中でも巷で話題になっているのが「愛尊村」と呼ばれる場所。
これは一つだけでなく、全国各地に点在している愛尊会が経営するコミューンだ。
過疎化によって廃村寸前だった地方の集落が急に活性化したと思えば、常にこの団体が裏にある。
そう、全国規模でだ。
「改めて見て創設からの成長が不気味なくらいね、長い歴史があるならともかくどんな手段でこんな一瞬で全国に広まったんだか」
「ここはまともに相手にするとしんどいですね」
「シンプルに脱会目的なら何とかなるでしょ」
「……福崎さん、そう言いながらいつも深入りしようとするから……」
福崎はにっこりとわざとらしい作り笑いを見せる、真川はため息をつく。
「結局深く知るには私が入って行くしかないでしょ」
「そう、ですけど……」
「ご心配どうも、内部の調査はこっちに任せて、真川くんは依頼主と対象周りの調査お願い」
「……わかりました」
役割分担の時、真川はいつも沈んだ気持ちになる。
フクマ探偵事務所は一般的な人探しや浮気調査も請け負っているが、最も力を入れているのが宗教団体からの脱会支援だ。
福崎所長の意向によるところが大きく、広告でもそう銘打っている。
実際かなりの割合で成功しており、中には告発から団体の解散に至ったケースまである。
所長と調査員二人だけの探偵事務省が何故これほど成果を上げられているかというと、所長の「潜入捜査」のたまものと言える。
「早速取り掛かるとしますか」
「……本当に、無理はしないで下さいね」
「わかってるって」
真川の心配する声に、福崎はいつものように軽い返事をする。
そんな時、いつも福崎の目は笑っていない。
その笑っていない目が、ホームページ上の創設者の写真に向けられる。
「ちゃちゃっと、本性暴いてさしあげましょう、菊池さん」
創設者、菊池愛江(きくち まなえ)の写真は、ただ穏やかな視線を向けるばかりだ。

26/01/18 18:38更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
ちょっと書き溜めがあるので、定期的に上げます。

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