読切小説
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カフェラテ
 (ああ……痛い、だるい、眠い……)
桑木卓(くわき すぐる)は痛む頭を抱えて街を歩いていた。
本来、大学受験を控えた自分にはこんなことをしている時間は無い。
だが机に向かっていても集中力が持たず、休憩をとっても頭がすっきりしない。
何とか気分転換を図ろうと外出したが、変わらず気分は優れない。
人ごみを避けるように彷徨った末にたどり着いたのはとある路地裏に佇む一軒のカフェ。
(また、来てしまった……)
不思議な事に、そうして外出すると自然にたどり着くのがこの場所だ。
看板に「Latte」と書かれたこの店は一見すると骨董品店のような店構えで、表で繁盛しているチェーン店のカフェとは明らかに違う。
何故ここにたどり着き、なおかつ迷わず入店したのか実はあまり記憶にない。
表から店内が見えず、老舗風の佇まいは初見で入るには勇気がいりそうなものだが……。
今日も桑木は吸い寄せられるようにその扉をくぐった。

 カラン カラン

 「いらっしゃい、ませ……」

 扉に備え付けられたベルが鳴り、外観に相応しい落ち着いた内装の店内からその雰囲気にそぐわない若い女性の声が迎えた。
最初に入った時には驚いたものだ。
勝手な想像だが、こういう店は渋い年配のマスターが経営しているものという認識があったがこの店は違う。
カウンターの奥に立っているのは年若い女性店員が一人。
エプロン姿に長い髪を横流しにしたその姿は、町中で見かけたなら目を引くほどの容姿だ。
歳の頃は自分よりほんの少し上くらいだろうか。
胸元のエプロンには「mirry」と名札がついている、おそらく「ミリー」だろうか。
名前からしても日本人ではないのだろう、長いまつ毛に彩られたたれ気味のその目は青い。
そしてなによりそのエプロンを窮屈そうに押し上げている膨らみ。
失礼ながら、最初に見たときはそこに向きそうになる視線を引き剝がすのに苦労した。
下品な例えで言うとそこらの巨乳を売りにしたグラビアモデルとかより大きく見える、いったい何カップあったらこうなるのだろう。
軽く会釈をして桑木はテーブルに腰を下ろす。
「どうぞ……」
店員のミリーが水とメニューを渡す。
いつもの事だが、接客業に向いてないだろうと思える小さな声だ。
だが桑木はそのか細くて鈴のなるような声が好きだ。
水で喉を潤しながら店内を見渡しても、自分以外の客の姿は見当たらない。
店員もミリー一人だ。
この店に他の客が入っているところを見たことは無いし、ミリー以外の店員の姿も見たことはない。
常に店内には二人きりだ。
店員と二人だけでも不思議と気まずさを感じた事は無い、経営的に大丈夫だろうか、と余計な心配が頭をよぎったりはするが……。
そんな静かな空間の中、メニューを見ると品ぞろえは一般的な喫茶店と同じだ。
コーヒー、ジュース類に軽食類。
「ホットコーヒー下さい」
桑木が頼むのはいつもブレンド一択。
ミルクも砂糖もいれないブラックだ。
別にかっこつけとかではなく甘いものが苦手なのだ。
ついでに言うと牛乳も嫌いだ、小学校の頃に給食で無理やり飲まされたのが原因だが……。
「……はい」
気のせいか、この注文を受ける時ミリーは少しだけ落ち込んだような声色になる。
いや、声自体小さいので気のせいかもしれないが、そう聞こえるのだ。
もしかしなくても注文のせいだろうか、といつも思う。
メニューに視線を落とすと、ドリンク類の中にある「カフェラテ」にだけ「おすすめ」と小さく控えめな字で書かれている。
そういえば店名も「ラテ」なのだからこの店の売りなのだろう。
しかし、前述の通り桑木は牛乳が苦手だ、それにここのコーヒーは何も入れなくても絶品だと思っている。
「……どうぞ……」
だけど、今日は少し気分が違った。
とぼとぼと湯気の立つコーヒーを持ってくるミリーに桑木は遠慮がちに声をかけた。
「あの……ミルクも、もらえますか」
この店に初めて来て以来、ミルクも砂糖も付けないブラックしか注文したことがなかった。
今回、初めてミルクを付けて欲しいと注文した。
「えっ」
ぱっとその目を見開くミリーを見て桑木は迷惑だったかな、と心中思った。
が、ミリーは直後に白い頬に朱を差して零れるような笑顔を見せた。
(かわいい)
「あっ……あの、あの……少々、お時間いただけますか……」
「あ、はい」
たどたどしく言うと彼女はいそいそと厨房の方へ引っ込んでいった。
待ちながら首を傾げた。
はて、ミルクの準備にお時間……?付属の小さなポットに注ぐだけでそんな時間が必要だろうか……。
と、思いながら待つこと数分、ミリーがコーヒーカップとミルクポットをテーブルに運んできた。
「……ど……どうぞ……」
頬を紅潮させながらカップを置く彼女に何故かドキドキしつつ、「どうも」と言うとミリーはちらちらとこちらを伺いながらカウンターに戻っていった。
カップにミルクを垂らすと、黒に白が渦巻き状に混ざり合う。
ふう、と桑木は一息つく、気紛れで注文したものの牛乳嫌いに変わりは無い、口を付けるのに少し勇気がいる。
しかし何となく感じるカウンターからの視線もある、恐る恐る一口啜ってみる。

 「……!」

 うまい。
コーヒーの苦み、渋みを引き立てる僅かな甘み。
それに桑木の嫌う「牛乳臭さ」というものを全く感じない。
なるほど店の売りにする訳だ、そして折角の自慢のミルクを避けられればあんな表情にもなろう。
思わずカウンターに視線を向けると、ぱっと視線を外された。
どうやら飲む所をつぶさに観察されていたらしい。
「……おいしいです」
何となく気恥ずかしくなった桑木はぼそりと伝えた。
「……ありがとうございます」
頬だけでなく、耳まで朱に染めてミリーも答えた。







 カラン カラン

 「いらっしゃい、ませ……」

 いつも通りの席に座り、桑木はメニューに目を通す。
「……」
しばし、考え込む。
ミルク入りのコーヒーの味は確かにおいしかった。
この店の売りがミルクだという事も分かった。
なので売りであるラテはさぞおいしいだろうと思うのだが……。
大丈夫だろうか、コーヒーに比べてラテはかなり牛乳の割合が多い。
コーヒーで相殺されていた牛乳臭さが顔を出して来たら、飲める自信がない。
あからさまに残してしまったら、ミリーさんは悲しむだろうか……。
ふと、カウンターに目を向ける、ふい、と目を逸らされる。
見られてる。
期待されてる……?
いや、自意識過剰だとは思うが……。
……試して、みよう。
あの牛乳ならいける。
それに、前回ミルク入りのコーヒーを飲んだ後、不思議と体調が良くなって勉強にも集中できた。
何故かミリーさんの顔がやたら頭にちらついたが……。
「すみません」
「……はい」
「この……」
メニューを差す指先に、ミリーの視線を感じる。
「カフェラテ下さい」
「……はい……」
ぽう、とまた頬を染めながらミリーが言う。
「少々……お時間頂きますが、よろしいですか……?」
「はい」
ミリーは厨房に引っ込んだ。
(……かわいい……)
ミリーは可愛い、それは初来店の時から分かっていた。
だが、改めて可愛い。
そして、おっぱいが大きい、本当に、大きい。
特に激しい動きをしているわけでもなく、カウンターからテーブルにカップを運んでくるだけなのに、いつも震えて存在を主張してくるあの膨らみ。
ミルク。
ミルクかぁ……。
何やら邪な考えが頭をよぎるのを振り払う。
「お待たせ、しました……」
そうこうしているうちに、ラテが運ばれてくる。
「……?」
ミリーの様子が少しおかしい。
少し息が乱れている。
ぽっぽと全身が紅潮して、運動後かお風呂上りみたいだ
何だか……えろい。
「ど、どうも」
思わずどもりながら言うと、ミリーはしずしずとカウンターに戻っていく。
やっぱり少し、肩で息をしながら。
「……」
目の前のカップから立ち上る香り。
この香りでもう、自分が心配していたような事にはならないと確信が持てた。
なんてかぐわしい。
誘われるようにカップに口づけ、温かいその液体を流し込む。
おいしい。
五臓六腑に染み渡るとはこのことか。
今までの牛乳嫌いは何だったのか。
もう無くなってしまう、飲み干すのがもったいないくらいだ。
「はぁぁ……」
飲み干して、思わずため息が漏れる。
こんなにおいしい飲み物がこの世にあったとは、今までこれを見過ごしていたとは。
「……おいしい、です……」
気恥ずかしさからではなく、心からお礼が言いたくなって、そう告げた。
返事はなかった。
「……はぁ……はぁ……」
ミリーは肩で息をしている。
青い目が潤んでこちらを見ている。
肩の動きにつられて、エプロンの下の膨らみがふるる……ふるる……と揺れている。
あんな些細な動きで、揺れている。
なんというボリューム。
なんという、ミルクタンク。







 カラン カラン
 
 「……いらっしゃい、ませ……」

 いつも通りの席に座り、メニューに目を通す。
昨日に引き続き、連続で来てしまった。
あのラテを飲んだ後は全身に力が漲り、大変勉強が捗った。
だが、夜になるとミリーの顔とその肢体が脳裏に蘇り、猿のように耽ってしまった。
馬鹿みたいにティッシュを浪費した。
自分でも信じられない回数だった。
そんなに抜いたのに、それでも腹の奥にまだ燻るものがあるような気がする。
一体どうなっているのか、明らかにあの飲み物の影響だ。
だが、疑問も何も置き去りに、今日もまた訪れずにはいられなかった。
ミリーの顔が見たくて仕方ない、あのミルクが恋しくて仕方ない。
迷うことなく、カフェラテの注文を……。
と、桑木の視線が止まった。
メニューのカフェラテの表記の上に、もう一つのメニューが記載されている。
明らかに昨日には無かったメニューだ。

 「特濃カフェラテ」

 その文字のそばに「とてもおすすめ」と控えめな文体で書いてある。
多分、ミリーの手書きの文字。
カウンターに視線を送ると、視線が合う。
じぃ、と青い目が潤みながらこちらを見ている。
もじ、と体をくねらせる。
それに合わせて膨らみがゆらん、と揺れる。
「特濃カフェラテ下さい」
迷うことなく注文した。
「……少々、お時間頂けますか……」
「大丈夫です」
そうはっきり伝えると、ふるる、と体を震わせて「……お待ち下さい……」と小さく言って厨房に引っ込んだ。
「ふぅ……はぁ……」
桑木は呼吸を整えようと深呼吸をして落ち着こうとする。
しかし、逆効果だった。
店内に満ちるコーヒーの香りに混じる甘いミルクの匂いを吸い込むと、腹の底で火が燃えるような感覚に襲われた。
視線を厨房の入り口にやる。
いつも、時間がかかると言って厨房に引っ込むが、どういう工程をこなしているのか。
普通に考えれば牛乳を温めたり、豆を挽いたりの作業のはずだ。
だが、それにしてはいつも時間がかかる。
何をしているのか。
どんな風にミルクを用意しているのか。
どうやってあんなにおいしいミルクを……。
桑木は厨房を覗きたくなる欲望と必死に戦った。
悶々とその衝動に耐えていると、ようやくミリーが容器を持って厨房から出てきた。
カップではない、ジョッキだ。
カフェオレ色の液体が満ちたそのジョッキの上には生クリームが盛られている。
カフェラテというより、もはやパフェのようだった。
だが、桑木の視線はその容器よりもミリーの姿にくぎ付けになった。
「はぁ……はぁ……」と息を乱し、全身が激しい運動をした後のように朱に染まって発汗している。
胸元の着衣が、少し乱れている。
いつもはきちんと整えられている襟元もよれており、なにより上のボタンが数個止まっていない。
それによって深い深い谷間の始まりが見えてしまっている。
そんな状態のミリーはおぼつかない足取りで、でもしっかりとジョッキを持ってテーブルにまで持ってくる。
「お待たせ……はァ……しました……」
全力疾走した後のような息遣いで言いながら、ジョッキを置く。
ジョッキから立ち上る甘い香り、麻薬のように脳に染みる匂い。
そして気付く。
その甘いミルクの匂いはジョッキからだけではない。
隣に立つミリーの全身から甘ったるく立ち上っているのだ。
「どうぞ……お楽しみ……くださぁ……い……」
肩で息をするミリーの胸元を凝視していて気付いた、エプロンの下に確認できる突起。
(……乳首……?)
間違いなく、それの存在が見える。
分厚い服の下からでさえ認識できるほどの、ぷっくりとした突起が、二つ。
息に合わせてふるる、ふるる、と揺れている。
桑木はもう、相手への気遣いも何も忘れ、ミリーの胸元をガン見しながらジョッキの上のクリームをスプーンで掬って口に運ぶ。
甘い。
濃厚に、甘い。
たまらずジョッキに口を付けて、クリームごとラテを飲み干す。

 ごきゅ ごきゅ ごきゅ ごきゅ

 もはやビールのような飲み方だが、止められない、うますぎる。
ミリーはカウンターに戻らず、テーブルの傍に立ったままだ。
その谷間と膨らみを見せつけながら青い瞳を大きく見開いて、桑木が「特濃ラテ」を飲み干す様を凝視している。
もじ、もじ、と腰をくねらせながら見ている。
「ぷは」
飲み干してしまった。
全身が熱い、股間が痛い。
「ごちそう……さま、です……」
息を乱しながら言う。
「はい……ありがとう、ございます……」
息を乱しながら答える。
ふらふらと席を立って、会計を済ませる。
ゆっくりとはしていられなかった。
一刻も早く店を出なくては、もう、ミリーの傍にいるだけで今の自分は何をするかわからなかった。
「あ、の……」
そんな桑木にミリーが震える声で言う。
「明日も……来て……ください……ますか……」
小さく、か細い声で言われたら、こう答えるしかなかった。
「はい……必ず……」







 カラン カラン

 「…………」

 翌日、桑木は店を訪れた。
いつもの「いらっしゃいませ」はなかった。
扉を開けたら、主人の帰りを待つペットかのように、ミリーが扉の前に立っていた。
手にメニューを持っている。
エプロンを付けていない。
ぱつぱつにはち切れそうな服の胸元が曝け出されている。
その胸の先端がぷっくりと膨らみ、ほとんど乳首の形が浮いて見えそうだ。
その全身から、むぁ……とミルクの甘い香りが漂っている。
もう、コーヒーの香りよりも、ミルクの香りの方が強い。
「……」
桑木は脳の芯を揺さぶられるような感覚を感じた。
昨日特濃ラテを飲んで帰ってから、ずっと体の中で焚火をされているようだった。
それでも自慰はしなかった。
今日のためにしなかった。
ミリーは震える手でメニューを開き、飲み物のページを見せる。
「カフェラテ」の上にあった「特濃ラテ」が消えている。
代わりにまた、違うメニューが記載されている。

 「手絞りミルクラテ」

 とんでもない文体の傍に、やっぱり控えめな手書きで「とてもとてもおすすめ」と書いてある。
ミリーの字だ。
「手絞りミルクラテ下さい」
全く迷う事なく、そう注文した。
「はぃ……こち……こちらの……メニューは……お、お客様の……お手を借りなくては……いけませんが……よろしいでしょうか……」
「はい」
迷わず伝えると、ごくりとミリーの喉が鳴った。
「それ……では……こ……こちらに……どうぞ……」
メニューをカウンターに置くと、ミリーは桑木の手をそっと握った。
温かくて、柔らかい手だった。
二人は、厨房に姿を消した。







 桑木は「手絞りミルクラテ」を存分に堪能した。

その後大学に受かり、彼女もできた。

あと、牛乳嫌いはすっかり直った。


25/12/08 22:46更新 / 雑兵

■作者メッセージ
他にも進めているものがあるのです。
お楽しみに。

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