魔界アカデミー
教会に似た建物だった。
堂内を囲う壁にはゴシック様式に近い複雑な装飾が彫り込まれ、規則正しく配置されたステンドグラスから光が投げ込まれている。
見上げると首が痛くなるほどに高い天井に描かれるのは魔道の英知の最高峰に位置するとされるシロクトー・サバトが頭領「シロクトー」の御姿だ。
そのシロクトーの肖像に見守られて規則正しく整列するのは数百を下らない魔物と人間達。
一様にシックな黒で統一されたガウンにネクタイ、四角い学生帽を被ったいわゆるアカデミックドレスに身を包んでいる。
その整列の中から一人の女学生が前面の壇上へと歩み出た。
小柄な体をガウンで包んだその少女は全ての魔物の例に漏れず整った顔立ちをしているが、少しばかり幼さが勝っているため少々服装とアンバランスな印象を受けた。
学生帽の脇から肩まで伸びるくすんだ金髪は癖なのか、ところどころ先端がくるりとカールしている。
そして頭部の側面を飾る角は幼い印象とは裏腹に立派に伸び、ねじくれて天を突いている。
かさり、と持っていた紙を開き、少女は場内に声を響かせ始めた。
「暖かな春の訪れと共に、私達238名は無事に魔界高等教育学校の入学式を迎える事が出来ました」
大きく、勝気さを感じさせる鋭い灰色の眼差しを原稿に落としながら、幼さの残る声を少女は張る。
「本日はこのような立派な入学式を私達のために開催して下さり、ありがとうございます、私達はーーーー」
定型的な挨拶文を語る最中もきちんとネクタイを締められた胸をぐっと張って背筋を伸ばし、緊張も物怖じも感じさせない。
「先生方先輩方には温かく、そして時に厳しく、ご指導くださいますようお願いいたします……新入生代表、ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュア」
そこまで言い終えると少女は原稿を折りたたみ、頭を下げる。
ざあっと会場を拍手が包んだ。
（何て完璧な挨拶なんだろう）
その新入生の中の一人、カール・ウッドは一際強く手を叩きながらその壇上の同期生の姿に見入った。
（ああ、頑張って良かった、本当に血を吐くほど頑張って良かった……）
・
・
・
ここは「魔界アカデミー」
「高等な教育」を受ける場所。
そもそも義務教育という概念の無い地域……特に魔界化した地において「学校」に通うという選択をする魔物が希だ。
相当に向上心が強く、魔物の中でも割と変わり者達が集う場所でもある。
中には地頭の良さに物を言わせて同年代の若い異性が集まる環境に行きたいという不純な動機の学生もいないではないが……。
この少年、カール・ウッドは実は後者であった。
しかしながら地頭の良さを持ち合わせていなかったカールは涙ぐましい努力によって入学を勝ち取ったのである。
その不純な動機が彼女、ベラゴールだった。
直接的な関わりは無い。
ベラゴールは城に住む古い血筋の魔物であり、カールはその城下に住む平民の息子だ。
幼馴染という訳ではなく、劇的な出会いがあった訳でもない。
それどころか口を利いた事さえ碌にないのだ。
カールは幼い頃に窓から時折見える彼女の姿に心を奪われ、こっそりとその姿を遠くから見つめるのを楽しみにしているのだ。
彼の普通でない所は、その遠くから見つめるという事の為に骨身を削る努力をした所であった。
失礼な言い方をするとストーカーであった。
・
・
・
「この魔力のスペクトルは次の工程で拡散し、次の公式Aにおいて収束する、この意味は……」
知識の無い者が見れば眩暈がするような公式で埋め尽くされた黒板の前で教鞭をとるのは青い肌のデーモン。
豊満な肢体をスーツで包んだ姿はその趣味の者にとっては垂涎だろうが、少なくともこの講堂にはそう言った不埒な目線を注ぐ者はいない。
高等教育という名前は伊達ではない。
気を抜いて講義を聞き逃せばたちまち置いて行かれてしまう。
大多数の生徒達は知識をモノにしようと講義に齧りつく。
とは言え、魔物やインキュバス達の中でも曲者が揃うのがこのアカデミーだ。
少数ながら鼻歌混じりに聞き流すだけで理解できてしまう天才肌の生徒もいれば、何で来てるのかわからないくらいぼーっとしている者もいる。
無論、カールはそんな少数の部類には属していない。
むしろことのほか努力を必要とするタイプだ。
毎回知恵熱が出る勢いで頭を回さなければならない。
しかしながら実はこのカールという青年、周囲のどの生徒にも無い特異な能力を習得しているのだった。
（公式Aはこの前の講義に出たこれだから、この公式に当てはめると）
（……ああ、今日も綺麗だ……）
（拡散の後の収束という事象はつまり）
（……あの真剣な目で見られてみたい……いや、無理だ心臓が止まる……）
（公式Bの時の考え方を応用して）
（……あ、角の付け根掻いた、かわいい……）
人間は二つの事を同時に行う事が出来る、少なくとも脳内では。
一般に右脳は感情を司り、左脳は理論を司ると言われる。
どちらか片方だけが働くという事はないが、意識付けする事で脳内で「分業」をする事がある程度可能なのだ。
すなわちカールは授業の内容を左脳で理解し、斜め前に位置するベラゴールの姿を右脳で愛でる。
ある意味マルチタスクをこなしているのだ。
かなりの離れ業であるがただ傍にいて見つめたい、同じ空気を吸いたいという理由で狭き門のアカデミー入学まで達した彼だ。
学業とストーキングを両立するために必須の能力であれば習得せざるを得なかった。
やはり彼もこのアカデミーの生徒らしく曲者であると言えよう。
ゴーン、ゴーン、と終業のベルが鳴り、講師が講堂を離れると空気が弛緩する。
講堂内は生徒達の声で溢れ始める。
しかしカールは講義の資料を仕舞わず、席からも離れない。
記憶が鮮明なうちに内容を復習をしなくてはいけないのだ、自分の出来の悪い頭ではこうしてようやく呑み込める。
一方では彼女がぐいーっと伸びをする姿を視界の端に捉えて至福に至るのだ。
むしろ右脳で摂取した幸福ホルモンが左脳に供給される事で脳の疲労を癒すまである。
「ね、ね、ベラ、さっきの講義だけどさ……」
「あ、俺もそこ躓いた」
講義が終わると、大体彼女の傍には他の生徒が集まる。
「んもう、どこよ？」
ベラゴールはむっつりしながらも教える。
入学式で新入生代表に選ばれた事からも分かる通り、彼女は常に学園で五指に入る成績優秀者なのだ。
故に頼られる事も多いがそれは成績がいいからだけでなく、彼女の人徳……いや、魔徳と言えるだろう。
基本、彼女はいつも機嫌が悪そうに見える。
眉間には皺が寄り、口元はむす、と歪んでいる。
態度は不遜というか生意気で人に対して辛口だ。
一見取っつきにくい性格に見える。
「こんなの簡単じゃないのよ、どこら辺が分からないって？」
それでも彼女は他とトラブルを起こした事はなく、むしろいつも周囲を友人達に囲まれている。
少し付き合ってみるとわかるのだが、彼女は人に厳しい以上に常に自分に対して厳しい。
いかめしい態度も厳しさも、自分の家柄に誇りを持っているが故であり、そして彼女は誇りと奢りを違えない。
その意地っ張りな顔の下に抑えがたい優しさが潜んでいる事がすぐに分かるのだ。
「だから公式Ｂの応用よ要は、分かった？分からないならもっかい説明するよ？んもう、ほらノート貸して、要点纏めるから」
彼女は紛れもなく天才であり、秀才だ。
だが、この学園にも存在する常識を遥かに超越するぶっ飛んだ天才達とは明らかに違う。
才能に加えてたゆまぬ努力によってここまでたどり着いた彼女は、それだけ地に足が着いている。
だから要領の悪い相手にも、覚えの悪い相手にも寄り添える。
新たな地平を開拓する天才とはまた違う、その新たな物を世に広めるのはきっと彼女のような人なのだろう。
と、カールは右脳で思うのであった。
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アカデミーの広大な敷地の中央に立つ大きな時計塔。
観光名所として遠方から見物客が来る事もあるその時計塔の長針と短針が真上を向くと同時に正午を知らせるベルが鳴る。
カールはこのベルの音が大好きだ、特に昼を告げる時の音が。
何しろ昼食の時間なのだから。
特別に食いしん坊という訳ではない、確かにここの学生食堂は大変素晴らしいが楽しみはそこではない。
カールはギリギリまで粘っていた復習をようやく切り上げ、講堂を出て食堂に向かった。
ちら、と時計を見ると十二時十五分。
（よし、頃合いだ）
食堂は入口から既に多数の学生達で賑わっている。
膨大な数の職員と生徒がいるだけあって、この食堂も規模が大きい。
広いだけではない、大きく取られた採光窓から光注ぐこの場所を初めて見た時は、本当にこれが学生の為に建てられたのか、と眩暈を覚えたほどだ。
外観だけではなく、ビュッフェスタイルで提供される食事は味良し、質良し、見た目良し。
極めつけに学生であれば無料で提供されるのだ。
無論、まだまだ食べ盛りであるカールにしても愛すべき場所だ。
だが、食欲を満たす以上の至福がここにはある。
カールは本日のおすすめセットを手早くトレイに乗せ、それにデザートを一品付け足す。
今日はブルーベリーのケーキだ。
知らずに顔をほころばせながら何時もの席に腰を落ち着ける。
席数は膨大だが、毎日利用していると自然に自分のポジションというものが出来る。
無論、その場所はカールにとってここでなくてはならない席。
ベラゴールの食事風景を斜め後ろから堪能できるここを置いて他にない。
これこそが至福。
学友と談笑しながらの食事中に見せる、講義中とは違ったリラックスした彼女の表情。
そして、密かに甘い物好きである彼女がデザートを口にした時に見せる目尻の下がった表情。
その瞬間にカールもデザートに手を付けるのだ。
実の所カール自身は甘い物が好きな訳ではない、ただ、ベラゴールがそれを食べるその瞬間に、自分も同じ物を食べる。
自分と彼女が同じ物を食べ、同じ味覚を感じるその一時。
それこそは彼が生まれて良かったと感じる一時だ。
一方的にそんな感想を抱かれる彼女にすれば不気味極まりないかもしれないが、そこは決して認識されないようにしているから許して欲しい。
そう、彼女はカールの事を知らない。
同じ講義を受けている生徒、という認識はあるだろうが、それ以外の何者でもない。
あくまで想いは一方通行であり、彼女からカールに何がしかの感情が向けられた事は無い。
講義の時にも食事の時にも付ける「斜め後ろ」というポジションが、彼の一方的に愛する彼女へのスタンスだ。
隣でも正面でも背後でもない斜め後ろ。
認識に入らず、こちらだけが気取られる事なくその横顔を見詰める事ができる。
そんなスタンス。
この先の将来もずっとその場所に居たい、というのがカールの夢だ。
有名な研究者になるかもしれない、歴史に残る魔導士となるかもしれない、あるいは素晴らしい講師になるかもしれない彼女の未来。
その未来の斜め後ろに自分は立っていたい。
生涯を彼女に気取られる事なく、その美しい姿と生き様を目に焼き付け続けたい。
もし彼女に不幸や障害が降りかかるなら、それを取り除きたい。
彼女の助けになる事なら何でもしたい。
しかし、それらは全て彼女の輝かしい舞台の裏側でなくてはいけない。
役者に認識されない黒子のようにして、彼女に生涯を捧げたい。
だから、彼女の隣に立つに相応しい伴侶が現れたなら心から祝福し、全力で助けよう。
カールは胸に決めているのだった。
客観的に見て相当に拗れた慕情であるが、それは彼の劣等感の表れとも言えた。
強すぎる彼女への恋心、しかし彼女に見合う人間にはなれないという諦観。
そのバランスを取ってこれほど捻くれた愛情表現が発露したのだ。
（うん……準備万端）
トレイを配置し、さりげなく斜め前を確認する。
時間は十二時三十分。
彼女があの席に座って食事を始めるのは大体このくらいの時間。
講義中と違って右脳と左脳と味覚でもって彼女を感じられる時間……。
（うーん、まだか……）
無論、多少の前後はある。
今日は少し遅いようだ。
「ねえ」
背後から声が掛かった。
聞き間違えようのない声が。
「はぇっ」
思わず、間抜けな声が漏れる。
「隣いいかしら」
カールは若かった。
人生がいかに思い通りにならないものであるかを彼は知らない。
若い頃に決めた人生設計なんて、すぐに狂うものなのだ。
半ば放心状態に近い状態で振り返ると、そこに立っているのはむっつりした顔の美しい悪魔。
手に持ったトレイに乗っているのは本日のおすすめセットとブルーベリーケーキ。
ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュアがカールの斜め後ろに立っているのだった。
（やば……）
「ああ、どうぞ」
日頃の訓練の賜物というべきか、心の動揺を抑え込んで表面的には普通に対応する事ができた。
しかし、緊急事態だった。
（気付かれた？認識された？まずい、一度認識されてしまったら今後付きまとうのが難しく……）
（近くで見ると一層綺麗、可愛い）
猛烈な勢いで頭を回転させながらさり気なく食器を横に移動させ、距離を取ろうとする。
兎にも角にも彼女の意識から外れなくては。
何故いつもの席でなく自分の隣を選んだのかはわからないが、ひとまず距離を……。
ところがカールの願いも虚しく、ベラは当たり前のようにカールの隣に移動して腰を下ろした。
もう無理だ、これ以上避けると不自然だ。
カールはやむを得ず彼女の隣に座る。
（まさか……僕に用事が？普通の用事ならわざわざ食事を共にして伝える必要もないはず、まさか……）
（近い近い近い近い近い近い近い近い近い）
左脳で状況を分析しつつ、右脳で生涯最高の接近に狂喜する。
（観察している事を気付かれた？それを忠告しに来た？そうなると彼女を観る事がもう……）
（いい匂い）
錯綜するカールの心情を知ってか知らずか、ベラはじっとカールの方を見ている。
（目、綺麗、深い）
（近い、いい匂い）
一瞬、思考が完全に右脳に支配されてしまった。
「ねえ、カール君」
その瞬間に、ベラはそう声を掛けた。
「……」
人間の耳が最も心地良く感じる言葉は何か？
それは「自分の名前」なのだという。
自分に与えられた世界で一つの呼称、名前。
カール君、と、その名前が彼女の声帯を震わせて発せられたのだ。
その瞬間の衝撃をどう、表現したものか。
まるで生まれて初めて自分の名前を呼ばれたような、初めてこの世に自分の存在が認識されたような……。
「……」
態度を怪しまれないためにも、すぐに返事をしなくてはならない。
だが、カールは喉に真綿でも詰まったように言葉を発する事が出来なかった。
と、見る間に彼女の顔色が変わった。
「カール君、大丈夫？」
そう言って身を乗り出す。
大丈夫？大丈夫って何が？
そんな事よりそんなに近付かないで欲しい、まともに物を考えられなくなる。
それに、名前を呼ばれるたびに頭が真っ白に……。
（熱っ）
ふと、自分の手の甲に何か熱い物を感じた。
熱い液体だった。
何か零しただろうか、と思ったが食器からは何も零れていない。
目が熱い。
どうやら手の甲に落ちる熱い物は自分の目から零れているらしい。
カールは泣いていた。
「え、あれ……」
それを認識して、戸惑ったように目元を拭うが、滂沱の如く流れる涙は留まる事を知らない。
「ご、ごめ、」
どうしていいかわからない。
彼女の前でおかしな態度をとりたくないのに、急に泣き出してしまうだなんて。
「保健室行こう……ちょっとごめんね」
ベラはパニックに陥るカールに肩を貸して立たせると、周囲に謝りながら移動を始める。
「あ、あの、ごめん、大丈夫、大丈夫だから」
「大丈夫じゃない」
初めての接触に一層心を乱されながらそう言うカールに、ベラはきっぱりと言う。
彼女に心配をかけている、迷惑を掛けている、もう、取り返しがつかない程に認識されてしまっている。
彼女に優しくされて嬉しい、触れられて嬉しい、声を掛けられて嬉しい……。
頭をごちゃごちゃにされながら、カールはベラに連れられて食堂を後にした。
・
・
・
「身体は大丈夫、軽いパニックよ」
清潔な白で統一された保健室のベッドにカールは寝かされている。
その傍らで保険医のメデューサ、エッカトゥが椅子の上にとぐろを巻き、カルテを見ながら向かいに座るベラに説明している。
保健室に送っただけでなく、心配した彼女は保険医にカールの症状を聞いたのだ。
とりあえず落ち着きを取り戻したカールはベッドの上で尚も複雑な思いに悩まされていた。
一刻も早く彼女から離れたいという気持ちと、まだ傍にいて欲しいという気持ちが半々だ。
気持ちに整理がつかないカールは彼女に対してどう接していいかもわからず、とりあえず目を閉じて寝たふりをしている。
「貴女、彼のクラスメイト？何か思い当る節は無い？」
「彼はその……」
ベラは考えながら言葉を選ぶ。
「すごくその……努力家なんです、根を詰めすぎる事があるっていうか……」
カールにとって意外な言葉が彼女の口から語られる。
「人間って、すっごく頑張ってると……自分で気付かないうちに自分を追い込んじゃう事、あるじゃないですか」
「あるわね」
エッカトゥは頷く。
「それで知らず知らずにストレスが溜まって……今回みたいに、情緒不安定になっちゃったのかな、って……」
「彼とは仲がいい？」
「いえ、その、実は、話したことないんですけど、私、彼の事は昔からよく見てるので……」
カールの脳に電撃が走る。
よく見ている？
おかしい、自分の事は認識されていなかったはず……。
それも、昔から？
「なるほど、幼馴染って事かしら？」
「って事に、なるのかな……こっちが一方的にそう思ってるだけかもしれませんけど」
おかしい。
おかしい。
おかしい。
どうして？
「あの……」
疑問で頭が一杯になったカールは思わず声を上げた。
「あら、起きたのね、気分は？」
「大丈夫？」
二人に声を掛けられ、カールはまだ寝たふりをしておけばよかった、と思いながらそれでも耐えきれずベラに聞く。
「あの、大丈夫です……その、あの、ベラゴール、さん……」
「ベラでいいよ、何？」
ああ、話しかけてしまった、しかも、ベラでいいよ、なんて……。
「何か雲行きが怪しいなぁ……」
二人を見ながらエッカトゥはぼそ、と呟く。
「ベラ……さん……その……いつからその……僕を、知って……？」
「そりゃあ同じ講義受けてるし」
「あの、昔からって……」
「昔はその……いつからだっけ……初めてはお城の門の前でボール遊びしてた所を見たんだっけ」
それだ。
忘れもしない、カールの人生を狂わせる一目惚れをしたあの日。
確かに城の前でボール遊びをしていて、窓際の人影に気付いたのだ。
つまり、自分が一方的に認識していると思っていたあの日、既に彼女に気付かれていたという事だ。
「そこから結構、ずっとこっち見てる事多かったし……」
「き、気付いてたんですか……！？」
「いや、わかるよ、すっごい見られてるとは思ってたけど……」
衝撃だった。
ある意味努力は無駄だったと言う事だ。
「いつか話しかけてくれるかな、って思ってたけどずっと見るだけで来ないし、だったらこっちから……」
言いかけて、彼女はやにわに髪先をくりくりと指で弄り始めた。
彼女が困った時の癖だ。
「いや、その、別に下心があるとかじゃなくて、ずっと見てるから何かなって……き、嫌われてるって事は無いよね？」
片手で飽き足らず、両手で髪をくりくりしながら不安げな顔になってそんな事を言う。
どう思われようと、それだけは聞き捨てならない。
「嫌ってません！」
「あ、それならよかった……」
ほ、とした様子のベラ。
「ベラゴールさん」
と、エッカトゥが会話に割り込んだ。
「はい？」
「貴女、鈍い？」
「え？」
「彼が貴女を嫌ってるかも、なんて本気で思う？」
「わた……わたし、性格キツいし……ガリ勉だし……」
「はい、それを聞いたカール君はどう思う？」
「そんな事は……！」
カタン、と音を立ててカルテを挟んだファイルが机に放り投げられた。
「やっとれまへん、それじゃ後はお二人で」
やれやれと首を振ったエッカトゥは振り返りもせずにずりずりと保健室を出て行ってしまった。
「……」
「……」
残されたのは俯いて真っ赤になっている二人だけだった。
「あのさ……」
ぼそ、と俯いたままベラが言う。
いつもの堂々とした態度からは想像できない姿だ。
「カール君は私の事が好きって事でいいのかな」
「そ、そんなもんじゃないです」
「ほきゃぁ！？」
想定外の反応にベラはずごん！とショックを受ける。
「あ、違っ……！す、好きって言葉で表せられないというか……！」
「どどどどういう意味！？」
「好き以上なんです！その……！」
「え！それは、しょにょ、あ、愛してる、とか……」
「そうではなくて！」
「そうではなくて！？」
再びずごん！とショックを受けるベラに、カールは必死に弁明する。
「あの、崇拝の対象というか、関わるのが恐れ多いというか……神様！そう神様です！」
「神！？」
突然告白されるならまだしも、突然神と崇められたなら困惑する他ない。
混乱しきりな彼女を見て、カールは観念して全てを打ち明ける事にした。
今までの自分の思い、自分の所業、その裏にある自分の目論見の全てを。
ベラはカールの言葉を遮る事なく、終始無言でその話を聞き続けた。
カールは怖かった。
その表情に恐怖や嫌悪が浮かぶのではないかと。
常識的に考えると自分の行動はストーキングに当たる行為であり、普通の女の子であれば間違いなくドン引きモノである事は自覚している。
それを咎められ、「もう近付くな」と言われる事を何より恐れた。
しかしもしそう告げられたなら潔く身を引こう、と、話しながら覚悟を固めていった。
彼女の視界に入らなくなるよう、この学園を去る事も考えなくてはならない。
その後の生き甲斐を失ってしまった自分がどうなるかはわからない、ただ、彼女の障害になる事だけは許されない。
胸の中でそう考えながらカールは事実を伝え終え、後は聞き終えて黙っている彼女からの審判を待つばかりとなった。
「うーん」
ベラは角の付け根をかりかり掻きながら苦笑した。
「カール君は変わってるね……」
変わってる。
彼女が評するにはカールは変わっている、との事だ。
変わっているのはその通りだろう、変人と称して間違いあるまい。
問題はその処遇だ。
絶縁か、それともある程度距離を置いてなら学園に居る事を許されるのか……。
「ぼ……僕は、学校に居ていいですか……？」
「え、何で？何が？」
たまらず口火を切ったカールにベラは意味がわからない、という顔をする。
「ですから、その……ぼ、僕はその……この通りの卑しい奴で……ベラ……さんの身の回りにいたら迷惑に……」
「迷惑ではないよ、迷惑ではないけど……か、神様扱いはやめて欲しいな……」
また、髪をくりくりしながらベラは俯いて言う。
「そんな完璧な存在じゃないし……苦手な物もあるし……頭いいわけでもないしね」
「ベ、ベラさんはそこが凄いんです、努力でそれを補っているから、尊敬するんです」
「そう？そうなら嬉しい、崇拝とかじゃなくて、尊敬してくれるなら嬉しい」
カールは首を傾げた。
崇拝でなく、尊敬なら嬉しい？
「だって私神様じゃないもん、ちょっと勉強できるだけのサキュバスだよ」
ベラは自分の大きな角に手を添えて、背後に尻尾を揺らした。
「何かわかってきた、カール君、きみ、自分に自信が無いんだ」
「自信は……無い、ですはい……」
「私と釣り合いが取れっこない、って思いこんでるんだ」
「と、取れるわけが……」
「話聞いて」
ぐ、と詰め寄られてカールは黙る。
「想いが叶わないって思いこんでるから、そんな想いを抱かないように防衛本能が働いたんだ」
真っ直ぐにカールの目を見つめながらベラは言う、カールはその目に魅入られる。
「これは異性への好意じゃない、神様への信仰みたいなものなんだ、だから隣に立つなんて叶わない、仕方ない」
ずい、ずい、と距離を詰められ、カールはただ後ずさる。
「諦められないのに諦めるしかないって思いこんだから、そうして自分を騙したんだ」
「……」
「本当は……」
にひ、とベラの口元が意地悪げに歪む。
常日頃から観察し続けて来たカールも、初めて見る表情だった。
「私の事好きなくせに」
どくん
と、カールの心臓が高鳴った。
そんなはずはない、そんな事はない、と脳で否定しようとしたのに、心臓が白状した。
みるみるカールの頭に血が上り、カッカと顔が火照り始めた。
「どうなの、どうよ？ねえ？ほら、そうなんでしょ、うり、どうだ、白状しなさい、うり、うり」
ベラはニヤニヤしながら両手の人差し指でつんつんと頬やわき腹をつついてくる。
カールは「いや」とか「あぅ」とか呻きながらそれに見悶える。
結局、そういう事だ。
斜め後ろに立つ、とか、黒子のように生涯を捧げたい、とか。
自分でも気付かないうちに届かない存在に手を伸ばす事への言い訳にしていた。
「そうです……」
「何が「そう」なの？」
白状するカールに、ベラは容赦しない。
「す、好きです」
「誰を？」
「ベラさんが」
「異性として？」
「異性としてです！」
「私が異性として好き？」
「好きです！」
「私とエッチしたい？」
「エッ……！？」
真っ赤になりながらカールは口をパクパクさせる。
「異性として好きって事はそう言う事だよ」
「だっ……エッ……だっ……」
カールは金魚状態から抜け出せない。
異性として好き、と言う事は性的な目で見る、という事。
それは何かの天啓のように脳天を貫いた。
エッチ？
エッチとは？
エッチとはエッチな事である。
つまり触れ合ったり抱き合ったりアレしたりコレしたりソレしたりする事である。
それを、彼女と？
ベラと？
ずっと見つめ続けて来た、彼女と……。
衝撃と同時に目の前の薄いベールが剥がれ落ちるような感覚がした。
思えば彼女の姿を真っ直ぐに見る機会は多くなかった、直視するのはバレるリスクが高いからだ。
だが今、かつてない程に彼女を近くで見ている。
目も、口も、鼻も、髪も、角も、有り得ないほどに鮮明に目の前にいる。
それは遠くから見つめていた姿とも、空想上の姿とも違う。
確かにそこに質感を持って存在する、ただただ可愛い一人の悪魔。
自分の中でのベラへの認識が変化するのを、カールは感じた。
ある意味彼にとって神の降臨、あるいは受肉。
その瞬間、有り得ない程に顔が熱を持つのを感じた。
そんな風に紅潮するカールの顔を見つめながら、ベラは何となく理解した。
確かに男性からのこれほど熱烈な想いに気付けなかった自分は鈍い。
だが、それは向けられる想いの質によるものが大きかったと言えるだろう。
本質は慕情でありながら、彼はそれを崇拝だと思い込もうとしていた。
だから寄せられる視線に性的なものが一切混じらなかった。
僅かでも異性に対する想いが籠っていたなら、どれだけ鈍かろうとサキュバスが気付かないはずはないのだ。
証拠に、今真っ赤になっているカールからの視線を受けて、ベラの身体と胸はこんなにも熱くなっている。
（ああ、そっか）
その視線に晒されて、ベラは当たり前の事を認識した。
（私って、サキュバスなんだなあ）
・
・
・
ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュア
このミドルネームの「ブラックヒル」は他の家から貰ったものである。
バクスチュアと同じく古い歴史を持つ旧家であるブラックヒル家はヴァンパイアの家系だ。
両家の間には古くから交流があった、サキュバスと、ヴァンパイアの家系が、である。
これは非常に珍しい事だ。
伝統や格式を重んじるヴァンパイアと、基本自由主義で奔放なサキュバス。
この二つの種族は不倶戴天という訳ではないが、相反する気性である事は明白だ。
しかしバクスチュアのサキュバスはその種族にしては大いに変わっていた。
知識欲が深く、真面目で勤勉。
この変わり者のサキュバスを大いに気に入ったブラックヒルは、その名と土地を分ける程に親密な関係を築いた。
自分の家系の歴史を親から聞いた時、ベラゴールは誇らしい気持ちになった。
自分に流れる血が特別なものだという気がしたのだ。
とは言え、ベラの両親はその歴史を子供に押し付ける事はしなかった。
むしろ地位の高さを誇示する事は恥ずかしい事であると教え、また、家に縛られる必要はないとも教えた。
事実、自由を好む気性に生まれた姉のミンクは、自立と同時にさっさと家を飛び出して行ってしまった。
明らかに自分より才能があったのにもったいないとベラは思ったが、両親は自由で大いに結構、と笑っていた。
対してベラは姉とは正反対の……サキュバスにしては「変わり者」であるバクスチュアの血筋を濃く受け継いだようだった。
真面目で勤勉、そして奥手。
性的な事に強い恥じらいを覚える気質だった。
サキュバスとしては珍しいが、それもまた姉とは違った個性だ、と両親は受け入れた。
ベラは、そんな家と家族を愛している。
誇り高くありたい、家の名に恥じないようにありたい、というのがベラの原動力となっていた。
そんなものだからベラは自分がサキュバスである、という自覚を覚えた事は今まで無かった。
たった今までは。
カール・ウッド。
変な人である。
バクスチュアの城下に住む酒屋の息子。
時折窓から城下町を見ている時に、じっとこっちを見上げていた子供。
入学式で檀上から彼の姿を見付けた時、実はかなり驚いた。
コネも何もない状態から一介の町民がここに入学するのはどれほどの努力が必要だったろう。
どれほど周囲に反対されただろう、どれほど無理だと諭されただろう。
それらの障害を乗り越えてここにやって来た彼。
彼の原動力は何だろう。
あと、何でそんなに見て来るんだろう……。
ずっと、気になる存在だった。
そんな彼の真実。
なんとまあ、なんという事か。
自分を追いかけるためだという。
自分を見つめるためだけに、あらゆる障害を乗り越えて来たのだという。
しかもそこまでしておいて接触しないように、気付かれないように、ただ遠くから見つめていたいのだという。
変な人である。
狂信的に一途で、驚くべき努力家で、有り得ないヘタレという、まあ、ヤバい人である。
そんな彼に、実はベラは薄々感じていた事があった。
それは彼の心根を聞く前から。
ひょっとすると、窓の外の彼を意識し始めた時から。
ずっと感じているものがあった。
もしかしたら……もしかしたら自分は彼とエッチすることになるかもしれない。
・
・
・
保健室は静かだった。
もう昼休みが終わって講義も始まっているので、外からの音も少ない。
本来なら講義に遅れてしまっているのだから焦らなくてはいけない時間だ。
だが、保健室に居るベラとカールの二人の頭からは講義の事は綺麗に抜け落ちている。
ベッドに座るカールの両膝の横に手を付いて、じっと見つめるベラ。
ベラの中で予感は確信に、いや、欲求へと変化していた。
エッチするかも。
エッチしたいかも。
エッチしたい。
カールくんと、エッチな事がしたい。
恥ずかしい。
でもしたい。
カールくんと、すごく、エッチな事がしたい。
ベラの灰色の大きな瞳がじっとカールを見つめる。
カールは硬直してその視線を受ける。
生まれて初めて向けられる視線だった。
気付けば先程まであった悪戯気な笑みも消え、真剣な顔になっている。
改めてその美貌がしみじみと目に焼き付けられる。
（あれ、近い）
気付けば、いつの間にか二人の距離が縮まっている。
正確には、ベッドの上で上体を起こしているカールに、手を付いたベラがゆっくりと近寄っている。
意思の元の動きではない。
磁石のように、自然に引き合っていく。
（あ、キスする、キスしちゃう）
キスしよう、と頭で考えてからキスをするのではなく、それが必然の流れであるように惹かれ合って。
「ん」
あったかい、柔らかい。
保健室で、二人は初めての接触を交わした。
この先何年経っても思い出す度に胸が甘酸っぱくなるような、心がそこへ帰るような。
そんなキスだった。
・
・
・
「あぁ〜〜」
学生食堂の一角。
ベラの話を聞いていたピンク色の髪をした少女は天井を仰いで溜息を吐いた。
「今のでご飯六杯くらいいける」
「人の話で白米食べないで」
「んでぇ！重要なのはその先よね！ね？」
「あんまり大声出さないでよ……」
種族上の特性として人の恋バナに目がないのは仕方ないにしろ、もう少し落ち着きが欲しいとベラは友人のソリュンに対して思う。
「そこまで行ったなら女になったのは明白でしょ？どうだった？プライバシーに踏み込まない程度に教えて？」
「人の情事について聞くのにプライバシーもへったくれもある？」
「だってぇ〜そここそ根掘り葉掘り聞きたいじゃない！ねえ？」
「ん〜」
今は人間の形に変えてある両足をぱたぱたさせて興奮しながら、ソリュンは隣の褐色の肌をした少女に話を振る。
だが、少女の方は小型の魔力端末に視線を落として操作する事に神経を割いており、返事もなおざりだ。
「んもう、ターチェちゃん自分には彼氏いるからって余裕かましてくれちゃってぇ……」
「よかったんじゃない？ずっと気になってるカレだったんでしょ？」
学生服ではあるが、少しばかり着崩した格好に角や指先に装飾が施されている所を見るとちょっとした不良感を漂わせている。
ただ、この学園の校則は厳しいものでもないので違反にはならない。
「いや、気になってるっていうか……そうだけど、その……」
「細かくはいいからさ！こう……気持ち良かった？」
「そりゃあ気持ちいいでしょー、カレシとで気持ち良くなれないとかないしー」
「いや、それがその……」
ベラはうつむいてごにょごにょと口ごもる。
それを見たソリュンの表情が驚愕に染まり始め、ターチェも思わず端末から視線を上げた。
「……まさかよ、まさかよね……そこまでいい雰囲気になっといてねえ……」
「いやいや、ナイって、まさかそれはナイって、シたでしょ？……ねー、何か言ってよ……」
「いや、あの……」
ますます小さくなるベラを見たソリュンは、先程とは違う意味で天井を見上げた。
「エロス神よ、ここに召しますヘタレサキュバスをどうかお許しになって下さい」
「え、マジ？、まんこ付いてる？」
「失礼にもほどがあるぅ！」
ぶんぶん腕を振りながら抗議するベラに二人は冷たい視線を寄こす。
「んもぉ……ガツーンといけば一発なのに、何をそんなまごつくのかわっかんないなー」
やれやれと首と尻尾を振るターチェにベラは頬を膨らませる。
「ターチェのガツーンは行き過ぎなのよ……デリカシーもロマンも何もないじゃないあれ……」
一目惚れからの告白、という流れは魔物の中では珍しいものではない。
しかしターチェの彼であるミックにとっては晴天の霹靂という他無かっただろう。
細身で小柄に分厚い眼鏡、セットも何もないぼさぼさ頭はいかにもこれまでの人生を勉学に捧げて来たという風体だ。
ここに入学したのも軽い動機ではなかっただろう。
ところが入学初日に自分と全く違う軽そうな女子に突如目を付けられ。
「や、あたしターチェ、とりま抜かない？」
と声を掛けられた時の彼の心境は察するに余りある。
当然ミックは無視を決め込もうとしたが、ずかずかと距離を詰めてからの壁ドン。
そして制服の上から膨らみを押し付けながら。
「性格はおいおい好きになってもらうとしてぇ、とりま体からオトす♪」
と、一方的に宣言されてからの放課後お持ち帰り。
後は彼女の種族特性が物を言う。
二人の姿が同時に見えなくなる事が多くなり、今ではもはやずぶずぶである。
「あたしもさー、本当はロマンチックなの夢見てたんだけどぉ、もう、一目で身体がバーニングみたいな？」
「意味わかんないよ……」
とある論文をベラは思い出す。
魔物娘の精神はある種男性的な部分を持ち合わせている、と。
すなわち相手への好意や愛情がすぐさま肉体的欲求に繋がるのだ。
無論、雰囲気や精神的繋がりにも喜びを見出すが、まず何より性的欲求が強い。
これは人間で例えるとむしろ男性に近い性質だという。
ターチェを見ているとそれを実感する。
とはいえ、人それぞれなように魔物もそれぞれ。
ベラのように羞恥心が強くてブレーキがかかりがちな魔物もまたいるのだ。
「彼の方はどうだったの？気まずい感じになっちゃった？」
「いや、あの、その……倒れちゃって……」
「えっ？」
「倒れ……何で？」
二人は困惑した顔になる。
「だからその……き、キスしたら、鼻血出して倒れちゃった……」
「……」
「……」
これには三人で黙り込んでしまった。
魅了が進んでいるという証拠でもあるが、効きすぎている。
キス一つでダウンしていてはそれ以上先に進むのにどれだけ苦労する事か。
「神様みたいに慕ってた娘が地上に降臨してキスしてきたらそうなるか……」
「この程度でぶっ倒れてちゃこの先のエロエロライフに耐えられない……」
「え、エロエロになんかする気は」
「エロエロしたかねぇのかよ」
「したくないとは言ってないけど」
「したくねえんだな？」
「ごめんなさいしたいです」
結局俯いてもにょもにょ言うベラにちょっとした尊みを感じつつ、二人は頭を捻る。
「段階踏んでたら時間いくらあっても足りそうにないねこれ」
「い、いや、段階踏んでこ？」
「卒業するまでに実現してもらわないと私が恋バナでメシウマできないじゃん」
「だから人の話で白米食べないで？」
「いー考えあるよ」
話をぶった切るようにターチェがすっと二人の間に魔力端末を差し込む。
二人がそれを覗き込むと……。
「あっ♪あっ♪あっ♪ミック♪イッちゃう♪イク♡イク♡イク♡」
「……」
「……」
「あ、ごめん間違えた」
動画の中で腰を振る自分をスッと消し、ターチェは新しい画面を立ち上げる。
第○○回魔界アカデミー青春祭
「コレよ」
「その前のインパクト強すぎて頭に入って来ないのよ」
「何を保存してるのよ」
魔界アカデミー青春祭
勉学が本分でありつつも、学園には年間を通して様々な行事がある。
見識を広めたり、今までの成果を発表する機会であったり、お題目は様々だ。
その中でも青春祭は学生主催で様々な催し物を開催する……現代風に言うなら「文化祭」に近い。
しかしその主目的は「生徒同士の交流を深める」事。
この学園において異性間の交流は禁止されていない。
となれば多感な年齢の魔物娘と人間が一緒の箱に入れられて何も起きないはずがなく……。
恋人を作らずに卒業する事が至難の業とまで言われている。
そして、勉学に一途な生徒達が最も「落とされ」やすいのがこの青春祭だ。
影でこっそり「性春祭」などとも言われている。
「この青春祭で青春しちゃえばいいんじゃん？」
「……って言っても……どうすれば……」
「コレよ」
そう言ってターチェは素早く端末を操作して画面を見せる。
「はぁーい♪ちゃんと撮っててね♪ミックのおちんちんがぁ、おっぱいで滅茶苦茶にされるトコ♪」
「あ、ごめん間違えた」
「わざとやってない？」
「殴っていい？」
「こっちこっち」
映し出されたのは恐らく前年度の青春祭。
学園の広場に設置されたステージ上で複数の魔物娘達がダンスを披露している。
しかしながらその衣装というのが非常に凝っている。
フリルがふんだんにあしらわれたものや、多数のアクセサリーで飾られたもの。
どれもが何とも言えず煽情的であり、踊り自体も非常に妖艶だ。
鑑賞している男子生徒達は恐らく普段のかっちりとした制服姿とのギャップでやられているのか、一様にポーっとステージに見とれている。
と、踊りが終わり、普通ならば舞台袖に下がって行くはずの魔物娘達が舞台上から客席にわっと散開した。
そうして、恐らく前から目を付けていたであろう男子生徒達を次々と連れ去って行ってしまうのだった。
「青春祭名物「ぶっこ抜き」これっきゃない」
「いっちゃん過激なやつじゃん……」
互いの普段と違う姿を知ろう、という名目であらゆる催しが開催される青春祭。
料理、物づくり、発明品披露から喫茶店、お化け屋敷までとにかく幅広い。
中央広場や施設内外に設置される複数の舞台での演目も多岐に渡る。
ライブ、演劇、演武、演奏会、そしてダンス……。
その中でもゲリラ的に行われる求愛を目的とした演目が通称「ぶっこ抜き」
スキルや芸術性の披露が目的ではなく、その場を借りた告白、からのお持ち帰りという直球過ぎる演目だ。
呼び名の由来は客席から客をぶっこ抜く、だとか、その後のもっと直接的な行為を指してぶっこ抜く、だとか諸説ある。
何にせよ「性春祭」と言われるだけある演目である。
「あたしね、今度の青春祭でダンスやんの、そこでミックをぶっこ抜こうって思ってんだ♪」
「はーなるほど……で、そのダンスに……」
「一人だと寂しいから誰かデュオ組んでくんないかなーって丁度思っててぇ……」
「〇×ー△△〇◇＆＝＝！？！？」
ベラは涙目で言葉にならない叫びを発し、ぶんぶんと手と顔を左右に振る。
ぶっこ抜き目的のダンス、と言えばそれはもう求愛のダンスに他ならない。
際どい衣装に過激な振り付けで対象の相手を誘惑し、魅了した末にぶっこ抜く。
それも大勢の学生達も見ている前でだ、そしてそれこそがメリットでもある。
誰が誰にぶっこ抜かれたなんて噂はすぐに広がる。
すなわちこの人は自分のですよ、と周囲へのアピールになる。
ただ、羞恥心の強い魔物娘にとっては非常にハードルが高く……。
「無理無理無理むむむむむりりりり」
それこそベラのような娘には。
「ベラ……ベラ！」
がしっ！とソリュンが壊れたレコーダーのようになっているベラの肩を掴む。
「殻を破る時よ、性交……じゃない、成功は見えているのよ！」
友人の真剣な表情にベラも思わず黙る。
「カール君が貴女にゾッコンなのはもう分かり切ってる、となればここで手をこまねいている事にどういう合理性があると思うの？」
「ご、ごうりせい……」
「そう、いつまでもカール君がフリーである確証なんて無いのよ！恥ずかしさを理由に機を逸するだなんて賢い貴女らしくないわよ！」
「か、カール君が……」
「そうよ、取られてもいいの？」
「と、とられるのはやだ……」
別に誰かがカールを狙っている、という事実はどこにもないがソリュンの勢いに押される。
ベラ自慢の頭脳も色恋となると空回りするばかりのようだ。
「だったら！？」
「や、やる……」
「よっしゃ、決まりだね♪」
「流石だねベラ♪」
「お、おう……」
「それじゃ、早速段取りだけど……」
頭を引っ掻き回されたまま、ベラは青春祭での演目の段取りを着々と付けられてしまうのだった。
・
・
・
学園は賑わいに満ちていた。
そこいらじゅうが飾り付けられ、いつもは静かな廊下も楽し気な声で溢れている。
カップルや友人同士で地図やイベントマップを片手に散策する生徒達。
廊下の横を見ればイベント会場と化した講堂からは様々な声や音楽が漏れ聞こえる。
カールはその浮かれた雰囲気の中をぼんやりと歩いてた。
どこかに目当ての場所やイベントがある訳ではない、強いて言うなら適当に時間を潰せる場所を探していた。
ふと、一つの扉が目に付いた。
煌びやかな飾り付けが多い中、普段とそう変わらない佇まい。
「喫茶店」という素っ気ない看板が出されているだけの扉。
あまり喧噪を好まないカールは引き寄せられるようにその扉を開いた。
ちりりん、といかにも即興で付けられた風のドアベルが鳴り「いらっしゃい」と奥から声が掛かった。
「メニューはコーヒーしかないけどいいかい」
店員はカウンターに座る小柄な少女一人のようだ。
立派な巻角を見るにバフォメットらしい、手元の本から視線を上げてそう言った。
魔物娘にしては珍しい全く露出のない闇色のローブや、落ち着いた物腰からシロクトー所属の魔女かもしれない、とカールは思った。
催し物としては定番な喫茶店だが、この手のジャンルはキキーモラや奉仕種族の独壇場なので少し意外だった。
狭めの室内を照らす光源は各テーブルに立てられたロウソクとカーテン越しの日光のみで少し薄暗い。
そんなテーブルにぽつりぽつりと二人程、カールと同じく人ごみを避けて来たらしい生徒が静かに本を読んでいる。
軽めの音響遮断の魔法でもかけられているのか、扉一枚隔てただけの外の賑わいが遠い世界のようだ。
「……一杯下さい」
「はいよ、ミルクは？」
「いりません」
バフォメットは腰を上げると部屋の隅にある作業台に向かい、コーヒーを淹れ始める。
こぽこぽといい香りが立ち上るが、驚いたことにカップに湯を注いでいるのはフラスコだ。
よく見ると奥にはその他の様々な実験機材が布を掛けられて鎮座している。
元は研究室らしい。
「おまたせ」
窓際の席に座ったカールの元にソーサーに乗ったカップが届く。
（……おいしい）
一口啜って心の中で呟く。
今度からの青春祭はここに入り浸って過ごそうか、などと思いながらカーテンを少し持ち上げて外を伺う。
ここは五階、中央の広場もよく見える。
出店で賑わう中央広場。
いつもは荘厳な雰囲気を醸す大きな時計塔も、今日は「青春祭」の大きな垂れ幕を掛けられ、飾り付けられている。
時計の針を見ると三時。
カールは時刻を確認した後に胸ポケットを探ると、丁寧に折りたたまれた紙切れを取り出した。
宵の部 東館第三ステージ第三演目
開いて見ると綺麗な文字でそう書かれている。
もう一枚、小冊子を取り出してぱらぱらとめくる。
カラフルなそれは青春祭イベントマップ。
（……宵の部、東館第三ステージ、第三演目……）
ステージスケジュールの項目から、紙に書かれている欄を見る。
演目：ダンス
出演：V＆T
としか書かれていない。
（……これが、どうかしたんだろうか……）
この紙は、青春祭の前日にベラの友人であるターチェから貰ったメモだった。
「これベラから」
と言って渡されたそれには、見間違えようもない彼女の文字で青春祭の演目が書いてあったのだ。
恐らくは観に来い、という事なのだろうが……。
ふと、顔を上げる。
「あの、ここ、いつまでやってますか？」
「決めていないよ、お客さんがいなくなったら閉めようかと思ってる」
相変わらず書物に目を落としながらバフォメットは言う。
「そうですか……あの……」
「長居したければ自由にどうぞ」
「それじゃあ、七時までいていいですか？」
「いいとも、コーヒーしかないが、お替り自由だからいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
ここに迷惑ならば長居はやめようと思っていたが、幸いこのバフォメットは気にしないようだ。
何のかんのと普段は忙しいカールはこんな時間が欲しかった。
考えを整理する時間をだ。
無論、考える事はベラの事だ。
あの日、あの保健室で起こった事。
ベラから言われた事、された事。
ずっとわからない。
初めて言葉を交わして、実はずっと見ていた事がバレていて。
そうして見つめ合って、そうして……。
キスをした……ような気がする。
わからない。
あの時の自分は舞い上がっていて、全てがまるで夢の中の出来事のようで。
そして、気付けば一人保健室で寝ていたのだ。
だからカールにはどこからが現実でどこからが夢なのかわからない。
食堂で声を掛けられた部分は恐らく現実だ。
その後、保健室に連れて行ってもらってからが曖昧だ。
会話をして、キスをして、不意に意識が途切れて、目を覚ました。
その後のベラとの関係は大きく変化した訳ではない。
いつもと変わらず自分はベラの姿を遠くから見つめ、ベラは……いや、変化は確かにあった。
時折、ベラと視線がかち合うようになったのだ。
最初は条件反射で慌てて目を逸らしていたが、もう見ている事がバレているのだから今更だと思って開き直る事にした。
そうすると見つめ合う事になる。
互いに笑うでもなく、ただ数秒間の間じっと見つめ合い、離れる。
それ以外では変わらず、会う事も話しかける事も無い。
その距離感が微妙すぎてまたわからなくなる。
あの保健室での会話はやはりどこからかが自分の夢だったのでは、と。
全部が現実だったとしたら、もはや彼女は自分がストーカーである事を知っており、キスまでしてしまったと言う事だ。
それにしては彼女の反応は淡泊に過ぎる、だとするとやはり保健室に連れて行ってもらってからは夢なのか。
そして、夢であれ現実であれ、決定的に変わってしまった事がもう一つある。
カール自身のベラに対する認識だ。
あの一件で大きく変化してしまった。
熱烈な想いは変わらない、ただ、その想いが何であるのか、カールは自分で分からなくなってしまった。
神を崇めるが如き崇拝なのか？強すぎる異性への恋慕なのか？
いずれにせよ彼女を影から見守り続けたいという目標は気付かれた事によって頓挫してしまった。
これから彼女にどういうスタンスで向き合っていけばよいのか？
「……」
「……」
「……」
気付けば窓から差し込んでいた光は山吹色に変わり、時計塔の針はもう二周している。
考えを整理するつもりが何の事は無い。
整理するどころか思考は更にとっ散らかり、どうしたらいいんだろうの無限ループ。
挙句にベラの色々な姿を思い浮かべてはぼんやりするという無為の極み。
飲み干したカップの前でただ窓の外を眺めるという優雅な午後だ。
そんな自分に呆れる間も、みるみる日は落ちていく。
青春祭は夜を徹して行われる。
むしろ、魔物達の特性上夜の方が本番という一面もある。
時計塔を始めとした建物は美しくライトアップされ、野外のライブ会場は光り輝き、屋台も一層盛況だ。
「悩み事かい？」
もう既にカール以外客のいない室内で、ずっと静かにしていたバフォメットが声を掛けた。
「あー……はい……そうですね……」
「恋の悩みかな」
「……」
言葉に詰まる、そもそも恋なのかどうなのかを悩んでいたところなのだ。
「ふふ、すまない、野暮だったかな」
「いえ、そんな……」
「しかし……うまくはいかないものだな」
「はい？」
「研究で忙しい中こうして出店したのは、ひょっとするとこうしていれば何か出会いがあるかも、という下心からだったのだが……」
バフォメットは苦笑を浮かべている。
「少なくとも君は他の娘にお熱なようだ」
「……そんな顔してましたか」
「していたとも」
カールは空になったカップを見下ろす。
「……そんな顔、だったかぁ……」
そんなカールを、バフォメットは何か可愛い後輩でも見るような穏やかな目で見ていた。
実際、彼女がシロクトー所属の魔女であるなら見た目とは裏腹にカールよりも遥かに年長という可能性もある。
「お替りはもういいな？そろそろ七時になるぞ」
「あっ……はい……長い事すいませんでした」
「いいとも」
席を立って扉を開けると、どっと外の音に包まれる。
昼間よりもさらに賑々しい様子はまさに宴もたけなわというところだ。
ぽんぽん、と、腰のあたりを小さな手が叩いた。
振り向くとバフォメットだ。
「頑張ってきなさい」
「……はい」
カールは笑った。
・
・
・
「お兄さんお兄さん、食べてみて！ここの唐揚げは絶品だよー！」
「モーモーバニラ〜、モーモーバニラいかがですか〜」
「あいらっしゃぃ！一つ？二つ？チリとバーベキューどっちにする？」
至るところから上がる商売の声。
謎の風船やグッズを身に着けて練り歩く人々。
それらにぶつからないよう気を付けながら、カールは目的の舞台を目指す。
普段通いなれている学園であってもこうも雰囲気が違うと迷いそうだ。
「とと、と」
と、ひとごみに押し出されるようにして小柄な男子生徒がぶつかってきた。
カールはそれを支えてやる。
「す、すいません……あ、カール君……？」
「……ミック君」
それほど長身でもないカールの肩までしかない身長、ぼさぼさ頭と瓶底眼鏡。
同じクラスのミックだった。
ベラにしか興味が無いとはいえ、カールにも少ないながら知り合いはいる。
ミックはその少ない知り合いの一人だった。
「ご、ごめん、ええと……ひが、東館第三ステージってど、どっちかわかる？」
どうやら迷っていたらしく、これ幸いとばかりに手元のパンフレットを指差しながら聞いて来た。
「俺も今向かってる所だよ、一緒に行こうか」
「あ、ありがとう、こ、このままじゃ遅刻する所だった」
二人は連れ立ってステージに向かった。
「い、意外、だね、カール君はこういうイベントとかに、きょ、興味ないかと思ってた」
「そっちこそ、勉強一筋かと思っていたよ」
「ま、前までは、そ、そうだったんだけど、ね……」
少しばかり吃音の多い彼は入学当時から交友を広げようとはせず、ひたすら勉学に打ち込んでいた。
ところがある日、ターチェという淫魔に半ば強引に関係を結ばれてからは様子が変わった。
カールが言ったように、イベント事などに積極的に参加する方ではなかったのだが……。
「こ、このステージにぜ、絶対来いって、言われて、ね……」
「……あれ？これ……」
ミックの指差したパンフの演目を見て、カールは目を見張った。
宵の部 東館第三ステージ第三演目
「……同じだ……」
「え？」
カールはミックに自分も同じ演目を見るようターチェから頼まれた事を明かした。
「……な、何でだろう……」
「賑やかしが一人でも欲しかったって事かもしれない」
「そ、そうかな……そうかも……」
よくわからないまま二人は歩みを進める。
やがてイベント会場が近付くと、よく通る男女の声が聞こえ始めた。
「全てを終わらせる時だ！クリスティーナ！いや、魔王の娘よ！」
「君が望むならばもはやこれまで……来るがいいレオナルド、いや、勇者よ！」
カールは思い出した、そう言えば目当ての演目の一つ前は確か演劇だった。
舞台はまさにクライマックスらしく、一組の男子生徒と女子生徒が剣を持って向かい合っている。
背景のセットは簡素ながら、男女は衣装に似合った非常に優美な見た目をしている。
客席の観客達は息を呑んでその結末を見届けようとしている所だ。
周囲のお祭り騒ぎもよそに、その舞台の周囲だけ別空間のようだ。
（……ファントムだな）
周囲を包み込むような魔力の結界を感じたカールはそう察知した。
彼女達のような種族にとってはまさにうってつけの舞台と言える。
「私がそなたの首級を挙げた暁に世界は平定されるであろう、そして……」
鎧を身に纏った男優が憂いを帯びた微笑を浮かべる。
「役割を終えた私も返す刃でこの首を落とそう……！さすれば冥府にてそなたと結ばれん！」
ああ、と客席から息が漏れる、涙を零す客さえいる。
「そうはならぬ」
「何！」
マントを羽織り、仮面で素顔を隠した女優は優美に剣を構える。
「冥府で貴公と結ばれるのはやぶさかではない、だが我は気が短い、死ぬまで待ってはおれぬ！」
どん、と二人が同時に地面を踏み、剣を振って交差する。
「……ぐっ……！」
カラン、と男優の手から剣が落ち、がっくりと膝を着く。
女優が剣を鞘に納める。
「これにて貴公はインキュバスとなった、敗者の末路は語るまでも無し」
鞘に納めた剣を投げ捨てるとその仮面をも投げ捨て、整った美貌を露わにする。
「我のただ一人の奴隷として、生涯を……いや、永遠の時を快楽に彷徨うがいい」
女優は膝を着いた男優に近寄ると力強く抱きしめ、その唇を激しく奪った。
背景に静かに流れていた曲は最高潮に達し、客席はどおっと歓声に包まれる。
「皆好きだなあこういうの……」
「ぼ、僕も、好き……ハッピーエンドが、いいから……」
演劇にも様々あるが、今やっていたのは最もポピュラーな魔王と勇者の話だろう。
惹かれ合う過程が違ったり、魔王が魔王の娘だったり勇者が勇者の子孫だったりとバリエーションは様々だが。
基本的には元々敵同士だった魔王と勇者が結ばれるというストーリーラインだ。
最後の結ばれ方も勇者が魔王と共に世界を平定したり、魔王を花嫁に迎えたりとパターンがある。
今のように勇者が敗北し、魔王に攫われるというのも人気だ。
フィナーレの音楽と拍手に包まれながら、舞台の帳が降りる。
二人の激しい口づけは姿が見えなくなるまで続けられた。
当然、この二人は実際の恋人同士であり、この後は互いに火のついた欲情をぶつけ合う事になるのだろう。
青春祭では流石にそこまではやらないが、本物の演者となるとその濡れ場まで舞台の一部にしたりする。
演劇に当てられたカップルがそそくさと手を繋いで去って行ったりする中、二人は空いた席に腰を下ろした。
（次のだよな……何が始まるんだろう……）
ゴトゴトと幕の内側でボランティア達がステージを整える音が響く中、カールは改めてパンフに目を通す。
演目：ダンス
出演：V＆T
（V＆T……二人組って事かな、頭文字だとすると……）
「タ、ターチェさん、踊るのかな……ふ、二人組で……」
同じくパンフに目を落としながらミックが呟く。
「Tがターチェの頭文字だとすると……もう一人がV……」
「そ、そうかぁ……ベラさんかあ……」
思わずミックの方を向く。
それは確かにそうだ、ターチェと仲が良くて頭文字がVとくればベラ（vera)以外には思い浮かばないが……。
「し、しかし、彼女はいつもこういうイベントの表舞台には……」
「で、出たくなる、理由が出来たんじゃ、ない、かな」
「理由？」
ミックにしては珍しく、少し意地悪そうな笑顔をしている。
「理由って」
「あ、は、始まるよ」
「えー！続いてのプログラムはV＆Tによるダンスになります！席を立たないようお願いいたします！」
問い直そうとした所で拡声器での音声が飛び、舞台が暗くなり始めたのでカールは黙った。
しずしずと幕が上がり、舞台上に立つ二人の影がライトに照らし出される。
「……！」
カールは息を呑む。
確かにターチェとベラの二人。
ただ、目を閉じて裾の長い真っ白な装束のような衣装を纏って静かに正座をする二人は普段と全く雰囲気が違う。
まるで神の供物である巫女のようだ。
特にターチェは普段の奔放な振る舞いの時とは別人のように神々しい。
ホロロン、とステージ脇のガンダルヴァが優美なハープの音を響かせると、しずしずと二人は立ち上がり、ふわりと長い袖をなびかせて舞い始めた。
「うわぁ……」
ミックが思わず、というように感嘆の声を上げた。
それはダンス、というよりは舞踊、という表現がしっくりくる舞い。
美しい旋律に合わせて紡がれる儚げで荘厳な舞に、観客達は、カール達はただ魅了される。
何より、元々は勉学のみに専念していたはずのベラがこれほどの練度の舞を舞える事に驚いた。
それも、二人共目を閉じたままで一糸乱れぬ舞いを披露している。
相当に練習したのだろう。
（友人の為だろうか……ああ、それのためにこんなに努力するなんて……やっぱり素晴らしい人だ……）
舞の美しさに陶酔するようにして、カールはまた尊敬の念を強める。
やがて旋律はフィナーレを迎え、優美に舞っていた純白の裾が舞台に落ち、しん、と舞台に静寂が降りた。
わぁっと湧き上がるような拍手が起こる。
カール達も思わず立ち上がって手を叩き始めた瞬間、ドンッという重低音がその拍手を掻き消した。
ドン ドン ドン ドン ドン
いつの間にか、演奏のガンダルヴァはハープを横にやり、ドラムを叩き始めていた。
先程の優美な雰囲気とは真逆の、野生を掻き立てるリズム。
と、そのドラムの周囲に袖からとてとてと駆け寄る数人の影。
過激な衣装に身を包んだ彼女達は、いつも青春祭の舞台上で過激なパフォーマンスを行っているバンド「スパンキング」のメンバー達。
その彼女達がドラムに合わせ、電気的なギターの音を掻き鳴らし始める。
気付けば舞台を彩るライトも真っ白な輝きからピンク色に変わり、舞台の雰囲気が一気に猥雑になる。
その様変わりした様子に合わせ、舞台上の二人はリズムに合わせて体を揺らし始め……。
ビリリリ！
「！？」
思わずカールは目を剥いた。
清楚な純白の衣装が自らの手で引き裂かれ、その下の肌色が露わになる。
ぴちぴちにタイトな生地の太腿も露わなパンツに、若々しく、弾けんばかりの肌を大きく晒したビキニタイプの上着。
いわゆるギャルビッチタイプの衣装。
ターチェはむしろいつもの通り、という装いだが、今まで肌を晒すような姿をした事のないベラのその姿は強烈だった。
いつもは秘められている意外と発育良好なスタイルが惜しげもなく晒される。
ミックは釘付けになり、カールは顎が地面に付かんばかりにあんぐりしている。
と、二人がずっと閉じていた目を見開いた。
ターチェの視線がミックを、ベラの視線がカールをバチリと正面から射貫く。
そこそこに広い客席にも関わらず、全く迷うそぶりもなく視線がかち合った。
「あ、あ、あ……」
ミックは瞬時に魅了され、ターチェの目に吸い込まれる。
輝く瞳は獲物を見る目であると同時に、最大限の愛情を込めた恋人へ向ける眼差し。
「えぇ……」
カールは魅了され……いや、困惑した。
妖艶な眼差し、というより、睨み付けている。
というか、頬から耳まで真っ赤だ、ちょっと涙目だ。
相当に恥ずかしいらしい。
恥ずかしそうにしながらも、動きは鈍らない。
キッとカールを睨み付けたまま、優雅な仕草で二つの髪留めを取り出した。
そしてふわりと長い髪を二つに結い上げ、ツインテールの形に纏めた。
（うわ、似合う）
元々が幼めな顔立ちである、なおかつ先端がくりっとカールした髪が愛嬌を醸している。
「……んっ！」
そして、カールに向けてきゅっと両目を閉じた。
「……？」
今の何？というのが顔に出ていたのか、しまった！という顔になると改めて片目をきゅっと閉じた。
ウィンクしたかったらしい。
ちなみにターチェはぱっちりと綺麗なウインクを決め、ミックをより一層骨抜きにしていた。
「……ぶっこ抜き……！」
あまりの雰囲気の変わりように呆気に取られていた客の中の一人の魔物が呟いた。
「ぶっこ抜き……」
「ぶっこ抜きだわ！」
「ぶっこ抜きだぁ！」
どおっと客席が盛り上がり始める。
それに合わせるように「スパンキング」のボーカルであるワーキャットの歌が響き始める。
AAAAAAHHHHHHHH♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
よそ見しないで♡
よそ見しないで♡
よそ見しないで♡
よそ見しないで♡
こっち見て♡
こっち見て♡
こっち見て♡
ほらこっち見て♡
見て♡見て♡見て♡
わ・た・し・のおっぱい♡
もっと見て♡
もっと見て♡
もっと見て♡
もっと見て♡
見て♡見て♡見て♡
わ・た・し・のおしり♡
わたし以外を見ちゃ
ヤダ♡ヤダ♡ヤダ♡ヤダ♡ヤダ♡
AAAAAAHHHHHHHH♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
猥雑でストレートすぎるロックに合わせ、先程まで舞台の上に漂っていた空気を蹴り散らすように二人が躍る。
「おっぱい♡」の所で腕を寄せてしっかりと谷間を強調し、「おしり♡」の所で客席に向けてふり♪ふり♪とお尻を揺らす。
性的でいて、要所要所はキレのある綺麗な動きを披露する。
ターチェは妖艶な笑みを崩さず、ベラは相変わらず真っ赤になりながらも完璧な振り付けだ。
そして、性的な動きをする時にはしっかりと互いの目当ての相手に向けてアピールする。
その度に会場から口笛や歓声が上がる。
はやし立てる、というよりそれは二人の懸命なアピールを応援するような声。
「ぶっこ抜き」特有の雰囲気だ。
ほら 行くよ♡
ほら 行くよ♡
ほら 行くよ♡
君を攫って奪って逃がさない♡
行っちゃうよ♡
行っちゃうよ♡
イッちゃうよ♡
わたしのだよ♡もう渡さない♡
踊りながら二人が舞台から降りて来る。
軽やかなステップで客席の間を通り、二人の元へ近づいてくる。
歓声を上げる周囲の人々とは対照的に、その二人はもはや声も無く踊りに見入るばかりだ。
だから思い切って
GET♡
がし！とターチェがミックの肩を掴んで席から立ち上がらせる。
ぎゅ！とベラがカールの手を握る。
GO♡ GO♡ GO♡ GO♡ GO♡ GO♡ GO♡
ターチェが素早くミックをお姫様抱っこの形に抱え上げ、会場の出口に向けて一気に走り始める。
ベラもカールの手を引いてその後に続く。
会場はそんな四人を祝福するような拍手と歓声に包まれ、歌声が背中を後押しする。
四人はそれらを背に受けながら会場を後にした。
・
・
・
「お、下ろして！ターチェさん、下ろして！は、恥ずかしい！」
「下ろしませーん♪」
慌てるミックにも構わず、ターチェは体格に見合わない力でミックを抱えたまま足取りも軽い。
そしてベラとカールに向けてウインクをすると方角を変え、夜の明かりの中へしけこんで行ってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……」
残されたのは手を繋いだ二人。
カールは改めて息を荒げているベラの姿を見る。
夜闇の中、周囲の施設の明かりに照らされて浮かび上がるその姿は相当に肌面積が多い。
すらりと長くも、もっちりと柔らかそうな太腿から、きゅっと引き締まったお腹。
下着だか服だかわからない、ビキニタイプの生地に包まれてぷりん♪と存在を主張する膨らみ。
華奢な肩回り、ほっそりした首回りから艶っぽい鎖骨まで。
全てが激しいダンスの影響でしっとりと汗ばみ、薄明りを妖艶に照らし返している。
かっちりと制服を着こなしている普段の姿とは余りに違う。
彼女がサキュバスである事を否応なしに意識させられるその姿で、ベラはようやく息を整えてこちらを見上げた。
「は……はぁ……はぁぁ……は、恥ずかし、かった……」
「あ……あの……これは……」
「アプローチ」
「え……？」
「カール君は面倒くさい人だから、色々回り道しても時間かかるばっかだし……」
「め、めんどくさいって……」
「もう、ダイレクトに、サキュバスらしくいこうって決めた」
そう言うと、繋ぎっぱなしだった手を引いて歩き始めた。
「ど、どこに……？」
「この状況でどこに？とか抜けた事を言っちゃうんだもんね、そりゃあ強行策しかない！」
キッ！と睨み付けると同時にぴょこん、とツインテールが揺れる。
「あの……何かすいません……とりあえず何か上に……」
そう言ってカールは自分の上着を着せようとする。
「あ、大丈夫だよ、今日寒くないし」
「いえ、あの、肌の露出がその……」
そう言われて周囲をきょろきょろ見回した後、自分の恰好に視線を落とす。
「……」
改めて赤くなると、黙って上着を受け取って羽織った。
やはり肌を晒すのに慣れてないらしい。
「あの……これってその……ぶっこ抜きってその……」
「うん……しよう、カール君、これからしよう」
「……俺で」
「俺でいいんですか？とか俺なんかが、とかテンプレな返答はいいのよ」
むす、としたベラに言われて言葉に詰まる。
「私、神様なんでしょ？だったら神様が命じます、黙って私に付いて来て」
と、一度離した手を再び掴んで歩き始める。
何も言えなくなったカールはただ黙って付いていくしかなかった。
「……」
「……」
（柔らかい）
何かを考えようとしてもうまく頭が回らないのは、状況のせいもあるが、何よりその感触だった。
自分と比べて明らかに小さく、熱量の高い手。
しっとりと汗ばんで、それで手と手がぴったり吸着されるような感触。
それが彼女の手だと思うだけで、緊張と同時にぐらぐらと何かが自分の身体に蓄積されていくような気がする。
ついで、先を行く彼女の結ばれて露わになったうなじから漂う少女の匂い。
夜の匂いに紛れて香るそれが、カールの思考を妨げる。
と、夢見心地に歩いていた所でぴたりとベラの足が止まった。
ぶつかりそうになりながら、カールも慌てて足を止める。
その場に立ってベラが見上げる建物をカールも一緒に見上げた。
屋台や催し物が開催される表通りから外れた場所。
「学生寮」という看板の立っている建物。
実は、この「学生寮」は名前の通りの使い方をされる事は滅多に無い。
実際に寮として使われている建物はもっと大きく、立派な物が敷地内に複数ある。
では、この「学生寮」は何に使われているのか。
外からはカーテンが掛かって部屋の中は伺えない、だが、どれにもぼんやりと薄明りが灯っている。
そしてそこから感じる気配。
「〜〜♡♡♡〜〜〜♡♡♡♡〜〜〜〜♡♡♡♡♡〜〜〜〜〜」
「……♪♪……♪……♪♪……」
「……♡♡♡……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡…………♡♡♡♡♡」
恐らく、各部屋の防音はしっかりしているのだろう。
だが、それでも鋭敏な感覚を持つ者には見える魔力の奔流。
魔物娘がつがいを貪る際に生じるそれが、建物全体からピンク色に立ち上るのが可視できるようであった。
ここは「学生寮」という名の「休憩所」
普段から学園内でこっそりと生徒達に利用されている。
そして「青春祭」の開催に合わせてここがぎっしりと利用者で埋まるのも毎回恒例である。
魔物娘として変わり者が集まる学園であるが、やはり魔物娘は魔物娘な訳で、こういう施設はある。
無論、カールも存在は知っていた。
当然利用する機会もなかったのだが……。
「は、はぅ……」
勇ましくカールを引き連れてここまで歩いて来たベラも、その建物から立ち上る雰囲気に押されて立ち尽くしている。
この薄明りの灯る部屋の一つ一つで、想像もつかないような爛れた情事が行われている。
これから、自分達もそうしようとしている。
うう、と唸って恥ずかしそうな、でも隠し切れない欲情を目の奥に灯した表情でカールの方を見上げる。
（可愛い）
カールの脳裏に、自然にそんな感想が浮かぶ。
（エロい）
同時にそんな言葉も浮かぶ。
ベラは可愛くて、そしてエッチだ。
素晴らしい魔物娘であると同時に、可愛くてエッチな魔物娘でもある。
そんな彼女が、自分の為に、こんなどうしようもない自分の為に、勇気を振り絞って……。
「……」
ぷちん
何かが、脳の中で切れたような感覚がした。
それは小さくて、それでも決定的な何かがカールの中で切れた音。
本人も気付かないうちに限界まで保っていた理性と葛藤のダムが決壊する音。
反転する。
元々が思い詰めに思い詰めて、初恋を崇拝にまで昇華してしまった人間だ。
その熱量が、全て異性への欲情へと転じてしまう。
ベラを……。
（誰にも渡したくない、自分だけのものにしたい）
征服欲と独占欲が、暗い炎のように胸の内を焼き尽くしていく。
「……っっ……」
それを、カールの目の中に読み取ったのだろう。
くね、と不自然にベラの腰と尻尾がくねり、きゅ、と手が強く握られる。
二人は寮に入った、今度はカールが手を引いて行った。
・
・
・
心は一緒だ、とベラは思った。
色々なシチュエーションを想定し、色々なシミュレーションをした。
だけど、今のカールには細かい計算ずくの行動なんて必要ない。
カールの自分を見る目を見て、ベラはそう確信した。
だから、部屋に入ったところで強引に抱き寄せられても動揺せずに抱き返す事ができた。
「えっ……エッチしよう！カールくん！」
「はい！しましょう！ベラゴールさん！」
直前にこんなやり取りがあったのが変に真面目な二人らしいといえばらしかった。
その直後に唇同士がぶつかった。
保健室での甘いキスとは全く違う、これから肉の交わりをするための前振りとしての口の交合だった。
だが、その前振りがもはや二人には強烈すぎた。
「ん゛っ」
ぬるり、と二人の下が絡み合った瞬間、ぴーん！とベラの全身が突っ張った。
同時に抱き合って感じていたカールの固くて熱い部位に自分の熱い部位を無意識にすりすりと擦り付ける。
早く欲しい、と催促するように。
いつも真面目で理知的で、恥ずかしがりな彼女の動物めいた欲求を感じ、カールの頭の中でまたぷちぷちと何かはじけ飛ぶ。
ぬらりと橋を架けながら名残惜し気に唇が離されると、視界に彼女の全身が入る。
自分が着せた上着をもどかしげに取り払うと、ぴっちりとしたビキニとパンツスタイルの彼女の身体が露わになる。
彼女基準で言えばこんな破廉恥な恰好で人前に出るなど、どれだけ勇気が必要だったろう。
全ては自分の気を引くため、引いては自分と「こう」なるために。
そう考えるとどうにもこうにもならない。
「あ、あんまりセクシーな身体じゃないけど……」
照れ笑いを浮かべながらベラが言う。
その言葉にカッとなる。
この天上に愛されたかのような肉体がセクシーじゃないと言うなら、この世にセクシーな物など存在しない。
言葉で伝えようとするより、身体が先に動いた。
欲求のままにその体の前面に付いている二つの膨らみを両手で包み込む。
「ふぁゃ」
変な声を上げてベラはくにゃ、と腰砕けになる。
その崩れ落ちそうな腰を支える為、咄嗟に片方の乳房を離して太腿を支える。
片手で乳房、片手で尻をがっつり掴む体勢になってしまう。
「……っっ！！……っ……！」
この感触、なんという感触。
柔らかいのに、水を浴びたら水を弾くんじゃないかという肌の艶、ぴちっとした張りと弾力を掌に返してくる。
「うぅ……カールくんのエッチぃ……」
その感触に感動していると、ふにゃふにゃに甘い彼女の非難めいた声が鼓膜を揺らす。
同時に髪から漂う少女の甘酸っぱい匂いで脳が痺れる。
五感全部が魅了される。
「ぐぅぅ、ぐ、ぅぅ」
獣のような呻き声がカールの喉から漏れる、興奮で過呼吸になりそうだ。
そして股間が張り詰めて痛い、血液をそこに取られ過ぎて脳の働きが鈍化しているようだ。
「ふ、ほぉぉ、カールくんの、カールくんが、こんなに……こんなにぃ……」
ベラは目を見開いてズボンを突き破らんばかりのカールの股間部を凝視する。
声が震えているのは怖さからでなく、興奮からだというのがその表情からわかる。
隠し切れない好色な光が目に宿っている。
「はぁ、はぁ、か、かぁるくん、あんまり持ちそうにない？」
「あ、はぁ、はい、もうあまり、はい」
興奮で舌足らずになったベラに、極端に知能指数の下がった物言いしかできないカールだった。
「じゃ、じゃあ、とりあえず、最初お口、する？」
あーん、と開けた口を指差してベラが言う。
「へぇ！？お口って……」
ピンク色でねっとりした口内に目を取られながら、思わず声を上げる。
「あ、あの、入ってもらってすぐに出ちゃったら、もったいないっていうか」
なだらかな下腹部をさすりながら言う。
「あの、あのね、できるだけ長くナカにいて欲しいから、まずお口に貰ってから……って、ど、どうかな……って……」
いかに自分の身体で気持ち良く射精してもらうかのプランをビキニパンツ姿で恥ずかしそうに説明するベラ。
「おねがいします、はい」
言葉だけで射精に導かれそうになりながら、言語も怪しくなった知能でかくかく頷きながら答える。
「それじゃ……あ！ここ、ここ持って「使って」？最初まだ上手なやり方わからないから……」
「つ、使ってって……」
ベラが指差すのはその特徴的に立派な角。
「これは「ふぇらちお」じゃなくて「いまらちお」って言うんだっけ……？」
彼女の威厳の象徴であるそれを性具のようにして扱えという。
「そそそそそんな失礼な事……」
「もう、「神様」の言う事聞けない？じゃあ命令！角を使ったいまらちおで私のお口に射精しなさい！」
むす、となるとカールの両手を掴んで自分の角に触れさせる。
重厚な感触を感じながら、思わず言われた通りに掴んでしまう。
「んぁ……あ、すごい、掴まれると自然に口開いちゃう」
確かに、掴むと自然に顔が上向き、口を開いてしまうようだ。
「サキュバスの角って、やっぱりそうなんだね……♡」
言いながら、そっとカールのズボンに手を掛ける。
ずりん、べちん！
「ふゃ、あ……♡」
飛び出した陰茎に頬を叩かれて間抜けな声が出てしまうが、その昂ぶりを目にして子供のように目を輝かせてしまう。
対してカールの脳はもはや錯乱状態だ。
どうしようもなく憧れ、遠くから見守って来たベラのご尊顔を自分の陰茎が叩いた。
尚且つそれを嬉しそうにされる。
背徳と狂喜で陰茎は見た事の無いサイズに肥大している。
「よ、よし……それでは……どうぞ……！」
ぴち、とベッドの上に正座をして姿勢を正すと、目を閉じてあーん、と口を開ける。
聖杯を受け取る乙女のような厳粛さでカールの陰茎を待ち望む。
頭がぐらぐらするような感覚に見舞われながら、カールは角をしっかりと握りなおす。
そしてこの角が、本当にこういう行為をする時の「取っ手」として使いやすい事を感じてしまう。
ぐぐ、と腰を突き出しながら角でベラの頭を引き付けていくと、とうとうちょん、と唇が亀頭に触れる。
「……っ！？」
思わず、という感じでベラの目が見開かれる。
目が合う。
間違いなく情けない自分の表情を見られるのを恥ずかしく思い、目を逸らそうとするが逸らせない。
先端にキスをしたような状態で硬直してしまうが、やがてぱちぱちと目を瞬かせていたベラの目がそっと閉じられる。
ぎし、とベッドが軋み、ベラの体重が前のめりになる。
ちゅっぷ……
温かい感触が、先端を包んでいく。
温かい中で熱い息を先端に感じる。
ベラの唇が歪む、ベラの口に、侵入している。
「ぅうぅぅぁぁぁぁぁ」
堪えきれない息を吐きながら、腰を進める。
駄目だ、一旦止まらないと持たない。
そう思うのに、角を掴んだ自分の手は止まらない、腰も止まらない。
熱くて狭いベラの小さな口に、陰茎を埋めていくのを止められない。
「んん、ん、ふん、ふむ、んむ」
ベラはしきりに腰をもじもじと動かしながら、口一杯の熱に陶酔する。
「無理、だ、駄目……」
と、カールの掠れた声が頭上から聞こえてきて、急激に角を引っ張られた。
「んっ！？」
ごつん、と喉奥を先端に叩かれ、その奥に熱いものが叩きつけられた。
「し、まっ……！」
乱暴にするつもりはなかったにも関わらず、身体が勝手に暴走した。
限界が来た瞬間、角を思い切り引き寄せて腰に押し付けてしまう。
普通の人間であれば喉を傷める所業だが、ベラは慌てて引こうとする腰に手を回す。
ぺこっ、と愛らしい頬がすぼまり、手と同時に小さな口もが吸引力でカールを引き留めた。
「そんっなっ……！」
気の遠くなる射精感と同時に、こく……こく……と、喉の鳴る音がする。
ベラが飲んでいる、自分の精液を。
「ぢゅ……んっ、こく、ぢゅっ……んこくっ……」
吸われる。
出るタイミングに合わせて。
その小さな口が外観からは想像もできない淫技で自分を搾り取ってくる。
目の前がチカチカする。
「ううぅぅぅぅ……」
中々止まらない射精に気が遠くなりかけ、命の危険すら感じる。
反射的に角を引いて、今度は腰からベラを遠ざけようとする。
「ぷぁ」
一瞬解放された亀頭からびゅっ、と白濁が吹き上がる。
「はむん」
それをもったいない、というようにすぐにぱくりと咥えられる。
だが、角を掴んで引き離されてまたちゅぱ、と距離が開く。
それでもびゅく、びゅく、としつこく終わらない射精を口を開けて受け止める。
ピンク色の口内に、自分の出した精液が飛び込んでいくのが見える。
「へろ、ぇぁ、えろ、んれぇ」
舌が伸び、おねだりするように亀頭がぺろぺろと舐め回される。
それはいっそ浅ましい姿、精を啜る雌少女の姿。
女神と崇めていた少女が自分の精を必死に貪る姿はカールの価値観を反転させる。
ひゅうひゅうと喉が鳴るほどの荒い息を吐きながら、カールはベラの肩を押してベッドに押し倒す。
「はわゃ」
初めての精の味に陶酔していたベラはこてん、と抵抗もなく倒される。
すっかり獣と化したカールの姿を見て、とろんとした顔で笑う。
「ちょっと待ってね……おいしょ、んしょ」
もそもそと腰をもじつかせて、ぴちぴちパンツをどうにか足から抜き取る。
「よし……ど、どうぞ……」
その脱ぐ間にちょっとだけ理性が戻ったのか、また恥ずかしそうにする。
恥ずかしそうにしながらも、ぱか、と膝を割り開き。少女の全てが露わにされる。
ふっくらとした恥丘に、つるりと体毛の無いピンク色の筋。
それが薄暗い部屋の中で外からの明かりにテラテラと光っている。
「はぁー、はぁー、はぁー」
初めての瞬間に何か声を掛けようかと思ったが、興奮の余り何も喋れない。
ただ、急いで先端を入口に合わせる。
「……」
そんな余裕の無いカールの様子に、ベラはちょっと嬉しそうにする。
「ふっ」
「くふっ」
合った。
「ふぅぅぅぅ〜〜〜〜〜」
「ぅぅぅぅぅ」
腰を進めた。
狭い
柔らかい
あれ、
何か動いて……
「うぅぅぅぅ！？」
急激に、複雑なうねりが陰茎を襲った。
一度出していなければ間違いなく瞬殺だった。
射精を堪えるために反射的にベラの身体を力一杯抱き締める。
「うぅぅぅっきゅぅぅぅぅぅ♪」
ぎゅぅ、と腰に足が回され、ベラも力一杯抱き着いて来る。
「ぃぎっ……！」
ぎゅいぎゅいぎゅい、と陰茎が螺旋状に絞り上られるような感覚がした。
これには一度出していても耐えられなかった。
どくんどくんどくん！
少女の甘い匂いと柔らかさに包まれて、カールは耐えきれずに射精した。
・
・
・
夜が更け、外では青春祭が宴もたけなわといった所なのだろう。
防音魔法を通しても外の喧噪がわずかに聞こえて来る。
そしてこの寮の暗い一室でもまた夜が燃え上がっていた。
ぺたん、ぺたん、ぺたん、
ぎし、ぎし、ぎし、ぎし
部屋を満たすのは肌のぶつかり合う音と、ベッドの軋む音。
セックスの音。
そのいかにも如何わしい音が、初めての二人を止まらなくする。
「は、はふ、か、かーるくん、かーるくん」
ぺたん、ぺたん、と腰を振りながら、ベラが舌足らずな声で言う。
カールが覆い被さっていた最初の体位からうって変わって、今はベラがカールに跨った状態だ。
「ま、またね、はぅ、わたしのこと、はふ、遠い存在に、感じたら……んん♡」
サキュバスらしくさせて欲しい、という要望でこの体位になったが、堪えきれず時折突き上げるカールにいちいち喘がされながら言う。
「わ、わたしの、恥ずかしい所、思い出して、今から見せるから、思い出して……！」
かぱぁ、と足を開き、足を踏ん張らせて腰の動きを早くする。
たん、たん、たん、たん、たん、とみずみずしい肌の弾ける音が早くなり、ヨーグルトをかき混ぜるような卑猥な音がそれに混じる。
「い、いく、いく、いく、いく、かーるくん、わ、わたし……！」
がば、とベラが上体を起こしカールを見下ろす。
「べ、ベラゴール、バクス、チュア……！カール、ウッドくんのお、お、お、おちんぽに、敗北しましゅ♪」
滅茶苦茶に恥ずかしがりながら、ベラはそう宣言するとにぱあ、と笑って両手でピースサインを作って見せた。
ぶびゅっ！！！びゅくびゅくびゅくびゅく！！！
その、女の子として一番情けなくて恥ずかしい痴態を見せつけられ、カールは一秒と持たず射精した。
「おっっきゅぅ！？」
熱い直撃を受けたベラは笑顔をだらしなく蕩けさせられ、乳房をぽよぽよと揺らしながら恥ずかしく上り詰める。
その瞬間もピースサインは保ったままだ。
カールは理性のタガを弾き飛ばされ、獣のような唸り声を上げて身を起こすと、またベラに覆い被さる体勢になる。
乱暴にベラの細腰を掴むとガツン！ガツン！とベラの小さな体を抱き潰す勢いで腰を振り始めた。
「ふぎゅ！うぎゅ！んきゅ！ふぎゅ！」
潰されたような悲鳴を上げながら、ベラは上半身をのたうたせ、プリンのように乳房を振り乱すしかない。
「あぁぁぁーーーーー♡」
しかし、絶頂を迎える瞬間には律儀にぴん♡とダブルピースを作って恥ずかしいアピールを忘れない。
ベラはセックスも真面目だ。
相手に最大限の快楽を与える努力を惜しまない。
そんな健気で可愛い過ぎるベラにカールはますます止まれなくなる。
恥辱と快楽と愛欲のループに嵌り込んだ二人は、無限に続くと思える夜を一滴も零さずに味わい続けた。
・
・
・
「ええとね……すごくね……すごかった……」
「……で？」
「え？だから、すごかった」
「すごかったじゃあねえんだよなあ」
場所は食堂。
「報告会」の名目で食後に雑談をするベラとソリュンとターチェ。
目をぱちくりさせるベラにソリュンが呆れたような声を上げる。
「「すごかった」の四文字で全部表したと言える？もっと彼のこれがどうだったとかあれがどうだったとか！私のまんこがこうだったとかぁ！」
「仮にもご飯食べる場所で女性器の名称を大声で言うのはどうかと思うの」
「まあまあしょうがないじゃん、初めてなんてそんなもんよ、すごいとしか言えないのよ、経験すればわかるって」
「あれ？喧嘩売ってる？」
「喧嘩は同じレベルの者の間でしか起きないんだよねえ」
「売ってるな？」
「落ち着いてってばもう……」
いつもと変わらない馬鹿なノリ。
だけどベラの様子がいつもと違うのは明らかだ。
基本には変わらないが、どこかしらちょっと浮かれた様子なのだ。
真面目にしていても気を抜くとにへ、と笑みが零れてしまう。
また、仕草に妙な艶っぽさが加わったような……。
「代わりに私の成果を詳しく教えてあげよう、動画も撮ったし」
「何でそう動画で記録したがるのあんたは……ミック君いっつも恥ずかしがってんじゃん……」
「それがイイ」
「鬼畜か」
わいわい盛り上がる女子達を遠巻きに見るカール。
今日もきちんと彼女と同じメニューとデザートまで頂いた。
「ふう……」
晴れて付き合う事になった二人。
だが、真面目に勉強をするために入学したベラだ。
普段の学園生活でいちゃついたりはしない、というのは互いに決めている。
というより、いちゃつきながらついていけるほどこの学園の授業は甘くない。
そして正式に付き合う事になったが故に、カールもベラに少しでも相応しくなるよう努力したいと思っている。
なのでお付き合いはメリハリをつけて、という方針だが習慣というのは恐ろしい。
カールはいまだにこっそりベラを観察する事を止められないし、こっそり同じ食事をするのもやめられない。
付き合ってる相手をストーキングする異常者という状態だ。
だが、ベラ自身は自分への執着の表れとしてそれを好意的に受け取っている。
付き合っているストーキング相手公認のストーキングである、訳が分からない。
（ああ……今日も可愛い……）
視界の隅ぎりぎりで雑談するベラを愛でるカール。
やはり、やめられない。
と、ベラが不自然な動きをした。
こそ、と右手をさりげなく背後に降ろし。
ぴん、と小さくピースサインを作って見せた。
「……っっ」
瞬時に下半身が危険な状態になってしまい、慌てて席を立つ。
前かがみでそそくさと食堂を離れるカールを悪戯気な流し目でちら、と見やるベラだった。
「うーん、ベラもサキュバスらしくなったねえ」
うんうんとターチェが頷きながら言う。
気付かれたベラはきゃ、と恥ずかしそうに口元を抑える。
「な、なんのことかな？」
「今の瞬間とか」
「わかんない！わかりません！まだまだ私は初心なサキュバスです！」
「え？何？サキュバスらしいところ今見せた？見逃した！もっかい見せてサキュバス！」
「何もしてないって！」
・
・
・
「腹話術のカール」
数年後、魔道界隈を騒がせる奇妙な術式を行使する青年が彗星の如く現れる事になる。
それは口頭と脳内で異なる二種類の詠唱を同時に行使するという複雑怪奇な魔法。
本人曰く「右脳と左脳で同時に詠唱する」との事だが、真似出来る者は滅多といなかった。
ちなみにコツは「愛」だそうだ。
堂内を囲う壁にはゴシック様式に近い複雑な装飾が彫り込まれ、規則正しく配置されたステンドグラスから光が投げ込まれている。
見上げると首が痛くなるほどに高い天井に描かれるのは魔道の英知の最高峰に位置するとされるシロクトー・サバトが頭領「シロクトー」の御姿だ。
そのシロクトーの肖像に見守られて規則正しく整列するのは数百を下らない魔物と人間達。
一様にシックな黒で統一されたガウンにネクタイ、四角い学生帽を被ったいわゆるアカデミックドレスに身を包んでいる。
その整列の中から一人の女学生が前面の壇上へと歩み出た。
小柄な体をガウンで包んだその少女は全ての魔物の例に漏れず整った顔立ちをしているが、少しばかり幼さが勝っているため少々服装とアンバランスな印象を受けた。
学生帽の脇から肩まで伸びるくすんだ金髪は癖なのか、ところどころ先端がくるりとカールしている。
そして頭部の側面を飾る角は幼い印象とは裏腹に立派に伸び、ねじくれて天を突いている。
かさり、と持っていた紙を開き、少女は場内に声を響かせ始めた。
「暖かな春の訪れと共に、私達238名は無事に魔界高等教育学校の入学式を迎える事が出来ました」
大きく、勝気さを感じさせる鋭い灰色の眼差しを原稿に落としながら、幼さの残る声を少女は張る。
「本日はこのような立派な入学式を私達のために開催して下さり、ありがとうございます、私達はーーーー」
定型的な挨拶文を語る最中もきちんとネクタイを締められた胸をぐっと張って背筋を伸ばし、緊張も物怖じも感じさせない。
「先生方先輩方には温かく、そして時に厳しく、ご指導くださいますようお願いいたします……新入生代表、ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュア」
そこまで言い終えると少女は原稿を折りたたみ、頭を下げる。
ざあっと会場を拍手が包んだ。
（何て完璧な挨拶なんだろう）
その新入生の中の一人、カール・ウッドは一際強く手を叩きながらその壇上の同期生の姿に見入った。
（ああ、頑張って良かった、本当に血を吐くほど頑張って良かった……）
・
・
・
ここは「魔界アカデミー」
「高等な教育」を受ける場所。
そもそも義務教育という概念の無い地域……特に魔界化した地において「学校」に通うという選択をする魔物が希だ。
相当に向上心が強く、魔物の中でも割と変わり者達が集う場所でもある。
中には地頭の良さに物を言わせて同年代の若い異性が集まる環境に行きたいという不純な動機の学生もいないではないが……。
この少年、カール・ウッドは実は後者であった。
しかしながら地頭の良さを持ち合わせていなかったカールは涙ぐましい努力によって入学を勝ち取ったのである。
その不純な動機が彼女、ベラゴールだった。
直接的な関わりは無い。
ベラゴールは城に住む古い血筋の魔物であり、カールはその城下に住む平民の息子だ。
幼馴染という訳ではなく、劇的な出会いがあった訳でもない。
それどころか口を利いた事さえ碌にないのだ。
カールは幼い頃に窓から時折見える彼女の姿に心を奪われ、こっそりとその姿を遠くから見つめるのを楽しみにしているのだ。
彼の普通でない所は、その遠くから見つめるという事の為に骨身を削る努力をした所であった。
失礼な言い方をするとストーカーであった。
・
・
・
「この魔力のスペクトルは次の工程で拡散し、次の公式Aにおいて収束する、この意味は……」
知識の無い者が見れば眩暈がするような公式で埋め尽くされた黒板の前で教鞭をとるのは青い肌のデーモン。
豊満な肢体をスーツで包んだ姿はその趣味の者にとっては垂涎だろうが、少なくともこの講堂にはそう言った不埒な目線を注ぐ者はいない。
高等教育という名前は伊達ではない。
気を抜いて講義を聞き逃せばたちまち置いて行かれてしまう。
大多数の生徒達は知識をモノにしようと講義に齧りつく。
とは言え、魔物やインキュバス達の中でも曲者が揃うのがこのアカデミーだ。
少数ながら鼻歌混じりに聞き流すだけで理解できてしまう天才肌の生徒もいれば、何で来てるのかわからないくらいぼーっとしている者もいる。
無論、カールはそんな少数の部類には属していない。
むしろことのほか努力を必要とするタイプだ。
毎回知恵熱が出る勢いで頭を回さなければならない。
しかしながら実はこのカールという青年、周囲のどの生徒にも無い特異な能力を習得しているのだった。
（公式Aはこの前の講義に出たこれだから、この公式に当てはめると）
（……ああ、今日も綺麗だ……）
（拡散の後の収束という事象はつまり）
（……あの真剣な目で見られてみたい……いや、無理だ心臓が止まる……）
（公式Bの時の考え方を応用して）
（……あ、角の付け根掻いた、かわいい……）
人間は二つの事を同時に行う事が出来る、少なくとも脳内では。
一般に右脳は感情を司り、左脳は理論を司ると言われる。
どちらか片方だけが働くという事はないが、意識付けする事で脳内で「分業」をする事がある程度可能なのだ。
すなわちカールは授業の内容を左脳で理解し、斜め前に位置するベラゴールの姿を右脳で愛でる。
ある意味マルチタスクをこなしているのだ。
かなりの離れ業であるがただ傍にいて見つめたい、同じ空気を吸いたいという理由で狭き門のアカデミー入学まで達した彼だ。
学業とストーキングを両立するために必須の能力であれば習得せざるを得なかった。
やはり彼もこのアカデミーの生徒らしく曲者であると言えよう。
ゴーン、ゴーン、と終業のベルが鳴り、講師が講堂を離れると空気が弛緩する。
講堂内は生徒達の声で溢れ始める。
しかしカールは講義の資料を仕舞わず、席からも離れない。
記憶が鮮明なうちに内容を復習をしなくてはいけないのだ、自分の出来の悪い頭ではこうしてようやく呑み込める。
一方では彼女がぐいーっと伸びをする姿を視界の端に捉えて至福に至るのだ。
むしろ右脳で摂取した幸福ホルモンが左脳に供給される事で脳の疲労を癒すまである。
「ね、ね、ベラ、さっきの講義だけどさ……」
「あ、俺もそこ躓いた」
講義が終わると、大体彼女の傍には他の生徒が集まる。
「んもう、どこよ？」
ベラゴールはむっつりしながらも教える。
入学式で新入生代表に選ばれた事からも分かる通り、彼女は常に学園で五指に入る成績優秀者なのだ。
故に頼られる事も多いがそれは成績がいいからだけでなく、彼女の人徳……いや、魔徳と言えるだろう。
基本、彼女はいつも機嫌が悪そうに見える。
眉間には皺が寄り、口元はむす、と歪んでいる。
態度は不遜というか生意気で人に対して辛口だ。
一見取っつきにくい性格に見える。
「こんなの簡単じゃないのよ、どこら辺が分からないって？」
それでも彼女は他とトラブルを起こした事はなく、むしろいつも周囲を友人達に囲まれている。
少し付き合ってみるとわかるのだが、彼女は人に厳しい以上に常に自分に対して厳しい。
いかめしい態度も厳しさも、自分の家柄に誇りを持っているが故であり、そして彼女は誇りと奢りを違えない。
その意地っ張りな顔の下に抑えがたい優しさが潜んでいる事がすぐに分かるのだ。
「だから公式Ｂの応用よ要は、分かった？分からないならもっかい説明するよ？んもう、ほらノート貸して、要点纏めるから」
彼女は紛れもなく天才であり、秀才だ。
だが、この学園にも存在する常識を遥かに超越するぶっ飛んだ天才達とは明らかに違う。
才能に加えてたゆまぬ努力によってここまでたどり着いた彼女は、それだけ地に足が着いている。
だから要領の悪い相手にも、覚えの悪い相手にも寄り添える。
新たな地平を開拓する天才とはまた違う、その新たな物を世に広めるのはきっと彼女のような人なのだろう。
と、カールは右脳で思うのであった。
・
・
・
アカデミーの広大な敷地の中央に立つ大きな時計塔。
観光名所として遠方から見物客が来る事もあるその時計塔の長針と短針が真上を向くと同時に正午を知らせるベルが鳴る。
カールはこのベルの音が大好きだ、特に昼を告げる時の音が。
何しろ昼食の時間なのだから。
特別に食いしん坊という訳ではない、確かにここの学生食堂は大変素晴らしいが楽しみはそこではない。
カールはギリギリまで粘っていた復習をようやく切り上げ、講堂を出て食堂に向かった。
ちら、と時計を見ると十二時十五分。
（よし、頃合いだ）
食堂は入口から既に多数の学生達で賑わっている。
膨大な数の職員と生徒がいるだけあって、この食堂も規模が大きい。
広いだけではない、大きく取られた採光窓から光注ぐこの場所を初めて見た時は、本当にこれが学生の為に建てられたのか、と眩暈を覚えたほどだ。
外観だけではなく、ビュッフェスタイルで提供される食事は味良し、質良し、見た目良し。
極めつけに学生であれば無料で提供されるのだ。
無論、まだまだ食べ盛りであるカールにしても愛すべき場所だ。
だが、食欲を満たす以上の至福がここにはある。
カールは本日のおすすめセットを手早くトレイに乗せ、それにデザートを一品付け足す。
今日はブルーベリーのケーキだ。
知らずに顔をほころばせながら何時もの席に腰を落ち着ける。
席数は膨大だが、毎日利用していると自然に自分のポジションというものが出来る。
無論、その場所はカールにとってここでなくてはならない席。
ベラゴールの食事風景を斜め後ろから堪能できるここを置いて他にない。
これこそが至福。
学友と談笑しながらの食事中に見せる、講義中とは違ったリラックスした彼女の表情。
そして、密かに甘い物好きである彼女がデザートを口にした時に見せる目尻の下がった表情。
その瞬間にカールもデザートに手を付けるのだ。
実の所カール自身は甘い物が好きな訳ではない、ただ、ベラゴールがそれを食べるその瞬間に、自分も同じ物を食べる。
自分と彼女が同じ物を食べ、同じ味覚を感じるその一時。
それこそは彼が生まれて良かったと感じる一時だ。
一方的にそんな感想を抱かれる彼女にすれば不気味極まりないかもしれないが、そこは決して認識されないようにしているから許して欲しい。
そう、彼女はカールの事を知らない。
同じ講義を受けている生徒、という認識はあるだろうが、それ以外の何者でもない。
あくまで想いは一方通行であり、彼女からカールに何がしかの感情が向けられた事は無い。
講義の時にも食事の時にも付ける「斜め後ろ」というポジションが、彼の一方的に愛する彼女へのスタンスだ。
隣でも正面でも背後でもない斜め後ろ。
認識に入らず、こちらだけが気取られる事なくその横顔を見詰める事ができる。
そんなスタンス。
この先の将来もずっとその場所に居たい、というのがカールの夢だ。
有名な研究者になるかもしれない、歴史に残る魔導士となるかもしれない、あるいは素晴らしい講師になるかもしれない彼女の未来。
その未来の斜め後ろに自分は立っていたい。
生涯を彼女に気取られる事なく、その美しい姿と生き様を目に焼き付け続けたい。
もし彼女に不幸や障害が降りかかるなら、それを取り除きたい。
彼女の助けになる事なら何でもしたい。
しかし、それらは全て彼女の輝かしい舞台の裏側でなくてはいけない。
役者に認識されない黒子のようにして、彼女に生涯を捧げたい。
だから、彼女の隣に立つに相応しい伴侶が現れたなら心から祝福し、全力で助けよう。
カールは胸に決めているのだった。
客観的に見て相当に拗れた慕情であるが、それは彼の劣等感の表れとも言えた。
強すぎる彼女への恋心、しかし彼女に見合う人間にはなれないという諦観。
そのバランスを取ってこれほど捻くれた愛情表現が発露したのだ。
（うん……準備万端）
トレイを配置し、さりげなく斜め前を確認する。
時間は十二時三十分。
彼女があの席に座って食事を始めるのは大体このくらいの時間。
講義中と違って右脳と左脳と味覚でもって彼女を感じられる時間……。
（うーん、まだか……）
無論、多少の前後はある。
今日は少し遅いようだ。
「ねえ」
背後から声が掛かった。
聞き間違えようのない声が。
「はぇっ」
思わず、間抜けな声が漏れる。
「隣いいかしら」
カールは若かった。
人生がいかに思い通りにならないものであるかを彼は知らない。
若い頃に決めた人生設計なんて、すぐに狂うものなのだ。
半ば放心状態に近い状態で振り返ると、そこに立っているのはむっつりした顔の美しい悪魔。
手に持ったトレイに乗っているのは本日のおすすめセットとブルーベリーケーキ。
ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュアがカールの斜め後ろに立っているのだった。
（やば……）
「ああ、どうぞ」
日頃の訓練の賜物というべきか、心の動揺を抑え込んで表面的には普通に対応する事ができた。
しかし、緊急事態だった。
（気付かれた？認識された？まずい、一度認識されてしまったら今後付きまとうのが難しく……）
（近くで見ると一層綺麗、可愛い）
猛烈な勢いで頭を回転させながらさり気なく食器を横に移動させ、距離を取ろうとする。
兎にも角にも彼女の意識から外れなくては。
何故いつもの席でなく自分の隣を選んだのかはわからないが、ひとまず距離を……。
ところがカールの願いも虚しく、ベラは当たり前のようにカールの隣に移動して腰を下ろした。
もう無理だ、これ以上避けると不自然だ。
カールはやむを得ず彼女の隣に座る。
（まさか……僕に用事が？普通の用事ならわざわざ食事を共にして伝える必要もないはず、まさか……）
（近い近い近い近い近い近い近い近い近い）
左脳で状況を分析しつつ、右脳で生涯最高の接近に狂喜する。
（観察している事を気付かれた？それを忠告しに来た？そうなると彼女を観る事がもう……）
（いい匂い）
錯綜するカールの心情を知ってか知らずか、ベラはじっとカールの方を見ている。
（目、綺麗、深い）
（近い、いい匂い）
一瞬、思考が完全に右脳に支配されてしまった。
「ねえ、カール君」
その瞬間に、ベラはそう声を掛けた。
「……」
人間の耳が最も心地良く感じる言葉は何か？
それは「自分の名前」なのだという。
自分に与えられた世界で一つの呼称、名前。
カール君、と、その名前が彼女の声帯を震わせて発せられたのだ。
その瞬間の衝撃をどう、表現したものか。
まるで生まれて初めて自分の名前を呼ばれたような、初めてこの世に自分の存在が認識されたような……。
「……」
態度を怪しまれないためにも、すぐに返事をしなくてはならない。
だが、カールは喉に真綿でも詰まったように言葉を発する事が出来なかった。
と、見る間に彼女の顔色が変わった。
「カール君、大丈夫？」
そう言って身を乗り出す。
大丈夫？大丈夫って何が？
そんな事よりそんなに近付かないで欲しい、まともに物を考えられなくなる。
それに、名前を呼ばれるたびに頭が真っ白に……。
（熱っ）
ふと、自分の手の甲に何か熱い物を感じた。
熱い液体だった。
何か零しただろうか、と思ったが食器からは何も零れていない。
目が熱い。
どうやら手の甲に落ちる熱い物は自分の目から零れているらしい。
カールは泣いていた。
「え、あれ……」
それを認識して、戸惑ったように目元を拭うが、滂沱の如く流れる涙は留まる事を知らない。
「ご、ごめ、」
どうしていいかわからない。
彼女の前でおかしな態度をとりたくないのに、急に泣き出してしまうだなんて。
「保健室行こう……ちょっとごめんね」
ベラはパニックに陥るカールに肩を貸して立たせると、周囲に謝りながら移動を始める。
「あ、あの、ごめん、大丈夫、大丈夫だから」
「大丈夫じゃない」
初めての接触に一層心を乱されながらそう言うカールに、ベラはきっぱりと言う。
彼女に心配をかけている、迷惑を掛けている、もう、取り返しがつかない程に認識されてしまっている。
彼女に優しくされて嬉しい、触れられて嬉しい、声を掛けられて嬉しい……。
頭をごちゃごちゃにされながら、カールはベラに連れられて食堂を後にした。
・
・
・
「身体は大丈夫、軽いパニックよ」
清潔な白で統一された保健室のベッドにカールは寝かされている。
その傍らで保険医のメデューサ、エッカトゥが椅子の上にとぐろを巻き、カルテを見ながら向かいに座るベラに説明している。
保健室に送っただけでなく、心配した彼女は保険医にカールの症状を聞いたのだ。
とりあえず落ち着きを取り戻したカールはベッドの上で尚も複雑な思いに悩まされていた。
一刻も早く彼女から離れたいという気持ちと、まだ傍にいて欲しいという気持ちが半々だ。
気持ちに整理がつかないカールは彼女に対してどう接していいかもわからず、とりあえず目を閉じて寝たふりをしている。
「貴女、彼のクラスメイト？何か思い当る節は無い？」
「彼はその……」
ベラは考えながら言葉を選ぶ。
「すごくその……努力家なんです、根を詰めすぎる事があるっていうか……」
カールにとって意外な言葉が彼女の口から語られる。
「人間って、すっごく頑張ってると……自分で気付かないうちに自分を追い込んじゃう事、あるじゃないですか」
「あるわね」
エッカトゥは頷く。
「それで知らず知らずにストレスが溜まって……今回みたいに、情緒不安定になっちゃったのかな、って……」
「彼とは仲がいい？」
「いえ、その、実は、話したことないんですけど、私、彼の事は昔からよく見てるので……」
カールの脳に電撃が走る。
よく見ている？
おかしい、自分の事は認識されていなかったはず……。
それも、昔から？
「なるほど、幼馴染って事かしら？」
「って事に、なるのかな……こっちが一方的にそう思ってるだけかもしれませんけど」
おかしい。
おかしい。
おかしい。
どうして？
「あの……」
疑問で頭が一杯になったカールは思わず声を上げた。
「あら、起きたのね、気分は？」
「大丈夫？」
二人に声を掛けられ、カールはまだ寝たふりをしておけばよかった、と思いながらそれでも耐えきれずベラに聞く。
「あの、大丈夫です……その、あの、ベラゴール、さん……」
「ベラでいいよ、何？」
ああ、話しかけてしまった、しかも、ベラでいいよ、なんて……。
「何か雲行きが怪しいなぁ……」
二人を見ながらエッカトゥはぼそ、と呟く。
「ベラ……さん……その……いつからその……僕を、知って……？」
「そりゃあ同じ講義受けてるし」
「あの、昔からって……」
「昔はその……いつからだっけ……初めてはお城の門の前でボール遊びしてた所を見たんだっけ」
それだ。
忘れもしない、カールの人生を狂わせる一目惚れをしたあの日。
確かに城の前でボール遊びをしていて、窓際の人影に気付いたのだ。
つまり、自分が一方的に認識していると思っていたあの日、既に彼女に気付かれていたという事だ。
「そこから結構、ずっとこっち見てる事多かったし……」
「き、気付いてたんですか……！？」
「いや、わかるよ、すっごい見られてるとは思ってたけど……」
衝撃だった。
ある意味努力は無駄だったと言う事だ。
「いつか話しかけてくれるかな、って思ってたけどずっと見るだけで来ないし、だったらこっちから……」
言いかけて、彼女はやにわに髪先をくりくりと指で弄り始めた。
彼女が困った時の癖だ。
「いや、その、別に下心があるとかじゃなくて、ずっと見てるから何かなって……き、嫌われてるって事は無いよね？」
片手で飽き足らず、両手で髪をくりくりしながら不安げな顔になってそんな事を言う。
どう思われようと、それだけは聞き捨てならない。
「嫌ってません！」
「あ、それならよかった……」
ほ、とした様子のベラ。
「ベラゴールさん」
と、エッカトゥが会話に割り込んだ。
「はい？」
「貴女、鈍い？」
「え？」
「彼が貴女を嫌ってるかも、なんて本気で思う？」
「わた……わたし、性格キツいし……ガリ勉だし……」
「はい、それを聞いたカール君はどう思う？」
「そんな事は……！」
カタン、と音を立ててカルテを挟んだファイルが机に放り投げられた。
「やっとれまへん、それじゃ後はお二人で」
やれやれと首を振ったエッカトゥは振り返りもせずにずりずりと保健室を出て行ってしまった。
「……」
「……」
残されたのは俯いて真っ赤になっている二人だけだった。
「あのさ……」
ぼそ、と俯いたままベラが言う。
いつもの堂々とした態度からは想像できない姿だ。
「カール君は私の事が好きって事でいいのかな」
「そ、そんなもんじゃないです」
「ほきゃぁ！？」
想定外の反応にベラはずごん！とショックを受ける。
「あ、違っ……！す、好きって言葉で表せられないというか……！」
「どどどどういう意味！？」
「好き以上なんです！その……！」
「え！それは、しょにょ、あ、愛してる、とか……」
「そうではなくて！」
「そうではなくて！？」
再びずごん！とショックを受けるベラに、カールは必死に弁明する。
「あの、崇拝の対象というか、関わるのが恐れ多いというか……神様！そう神様です！」
「神！？」
突然告白されるならまだしも、突然神と崇められたなら困惑する他ない。
混乱しきりな彼女を見て、カールは観念して全てを打ち明ける事にした。
今までの自分の思い、自分の所業、その裏にある自分の目論見の全てを。
ベラはカールの言葉を遮る事なく、終始無言でその話を聞き続けた。
カールは怖かった。
その表情に恐怖や嫌悪が浮かぶのではないかと。
常識的に考えると自分の行動はストーキングに当たる行為であり、普通の女の子であれば間違いなくドン引きモノである事は自覚している。
それを咎められ、「もう近付くな」と言われる事を何より恐れた。
しかしもしそう告げられたなら潔く身を引こう、と、話しながら覚悟を固めていった。
彼女の視界に入らなくなるよう、この学園を去る事も考えなくてはならない。
その後の生き甲斐を失ってしまった自分がどうなるかはわからない、ただ、彼女の障害になる事だけは許されない。
胸の中でそう考えながらカールは事実を伝え終え、後は聞き終えて黙っている彼女からの審判を待つばかりとなった。
「うーん」
ベラは角の付け根をかりかり掻きながら苦笑した。
「カール君は変わってるね……」
変わってる。
彼女が評するにはカールは変わっている、との事だ。
変わっているのはその通りだろう、変人と称して間違いあるまい。
問題はその処遇だ。
絶縁か、それともある程度距離を置いてなら学園に居る事を許されるのか……。
「ぼ……僕は、学校に居ていいですか……？」
「え、何で？何が？」
たまらず口火を切ったカールにベラは意味がわからない、という顔をする。
「ですから、その……ぼ、僕はその……この通りの卑しい奴で……ベラ……さんの身の回りにいたら迷惑に……」
「迷惑ではないよ、迷惑ではないけど……か、神様扱いはやめて欲しいな……」
また、髪をくりくりしながらベラは俯いて言う。
「そんな完璧な存在じゃないし……苦手な物もあるし……頭いいわけでもないしね」
「ベ、ベラさんはそこが凄いんです、努力でそれを補っているから、尊敬するんです」
「そう？そうなら嬉しい、崇拝とかじゃなくて、尊敬してくれるなら嬉しい」
カールは首を傾げた。
崇拝でなく、尊敬なら嬉しい？
「だって私神様じゃないもん、ちょっと勉強できるだけのサキュバスだよ」
ベラは自分の大きな角に手を添えて、背後に尻尾を揺らした。
「何かわかってきた、カール君、きみ、自分に自信が無いんだ」
「自信は……無い、ですはい……」
「私と釣り合いが取れっこない、って思いこんでるんだ」
「と、取れるわけが……」
「話聞いて」
ぐ、と詰め寄られてカールは黙る。
「想いが叶わないって思いこんでるから、そんな想いを抱かないように防衛本能が働いたんだ」
真っ直ぐにカールの目を見つめながらベラは言う、カールはその目に魅入られる。
「これは異性への好意じゃない、神様への信仰みたいなものなんだ、だから隣に立つなんて叶わない、仕方ない」
ずい、ずい、と距離を詰められ、カールはただ後ずさる。
「諦められないのに諦めるしかないって思いこんだから、そうして自分を騙したんだ」
「……」
「本当は……」
にひ、とベラの口元が意地悪げに歪む。
常日頃から観察し続けて来たカールも、初めて見る表情だった。
「私の事好きなくせに」
どくん
と、カールの心臓が高鳴った。
そんなはずはない、そんな事はない、と脳で否定しようとしたのに、心臓が白状した。
みるみるカールの頭に血が上り、カッカと顔が火照り始めた。
「どうなの、どうよ？ねえ？ほら、そうなんでしょ、うり、どうだ、白状しなさい、うり、うり」
ベラはニヤニヤしながら両手の人差し指でつんつんと頬やわき腹をつついてくる。
カールは「いや」とか「あぅ」とか呻きながらそれに見悶える。
結局、そういう事だ。
斜め後ろに立つ、とか、黒子のように生涯を捧げたい、とか。
自分でも気付かないうちに届かない存在に手を伸ばす事への言い訳にしていた。
「そうです……」
「何が「そう」なの？」
白状するカールに、ベラは容赦しない。
「す、好きです」
「誰を？」
「ベラさんが」
「異性として？」
「異性としてです！」
「私が異性として好き？」
「好きです！」
「私とエッチしたい？」
「エッ……！？」
真っ赤になりながらカールは口をパクパクさせる。
「異性として好きって事はそう言う事だよ」
「だっ……エッ……だっ……」
カールは金魚状態から抜け出せない。
異性として好き、と言う事は性的な目で見る、という事。
それは何かの天啓のように脳天を貫いた。
エッチ？
エッチとは？
エッチとはエッチな事である。
つまり触れ合ったり抱き合ったりアレしたりコレしたりソレしたりする事である。
それを、彼女と？
ベラと？
ずっと見つめ続けて来た、彼女と……。
衝撃と同時に目の前の薄いベールが剥がれ落ちるような感覚がした。
思えば彼女の姿を真っ直ぐに見る機会は多くなかった、直視するのはバレるリスクが高いからだ。
だが今、かつてない程に彼女を近くで見ている。
目も、口も、鼻も、髪も、角も、有り得ないほどに鮮明に目の前にいる。
それは遠くから見つめていた姿とも、空想上の姿とも違う。
確かにそこに質感を持って存在する、ただただ可愛い一人の悪魔。
自分の中でのベラへの認識が変化するのを、カールは感じた。
ある意味彼にとって神の降臨、あるいは受肉。
その瞬間、有り得ない程に顔が熱を持つのを感じた。
そんな風に紅潮するカールの顔を見つめながら、ベラは何となく理解した。
確かに男性からのこれほど熱烈な想いに気付けなかった自分は鈍い。
だが、それは向けられる想いの質によるものが大きかったと言えるだろう。
本質は慕情でありながら、彼はそれを崇拝だと思い込もうとしていた。
だから寄せられる視線に性的なものが一切混じらなかった。
僅かでも異性に対する想いが籠っていたなら、どれだけ鈍かろうとサキュバスが気付かないはずはないのだ。
証拠に、今真っ赤になっているカールからの視線を受けて、ベラの身体と胸はこんなにも熱くなっている。
（ああ、そっか）
その視線に晒されて、ベラは当たり前の事を認識した。
（私って、サキュバスなんだなあ）
・
・
・
ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュア
このミドルネームの「ブラックヒル」は他の家から貰ったものである。
バクスチュアと同じく古い歴史を持つ旧家であるブラックヒル家はヴァンパイアの家系だ。
両家の間には古くから交流があった、サキュバスと、ヴァンパイアの家系が、である。
これは非常に珍しい事だ。
伝統や格式を重んじるヴァンパイアと、基本自由主義で奔放なサキュバス。
この二つの種族は不倶戴天という訳ではないが、相反する気性である事は明白だ。
しかしバクスチュアのサキュバスはその種族にしては大いに変わっていた。
知識欲が深く、真面目で勤勉。
この変わり者のサキュバスを大いに気に入ったブラックヒルは、その名と土地を分ける程に親密な関係を築いた。
自分の家系の歴史を親から聞いた時、ベラゴールは誇らしい気持ちになった。
自分に流れる血が特別なものだという気がしたのだ。
とは言え、ベラの両親はその歴史を子供に押し付ける事はしなかった。
むしろ地位の高さを誇示する事は恥ずかしい事であると教え、また、家に縛られる必要はないとも教えた。
事実、自由を好む気性に生まれた姉のミンクは、自立と同時にさっさと家を飛び出して行ってしまった。
明らかに自分より才能があったのにもったいないとベラは思ったが、両親は自由で大いに結構、と笑っていた。
対してベラは姉とは正反対の……サキュバスにしては「変わり者」であるバクスチュアの血筋を濃く受け継いだようだった。
真面目で勤勉、そして奥手。
性的な事に強い恥じらいを覚える気質だった。
サキュバスとしては珍しいが、それもまた姉とは違った個性だ、と両親は受け入れた。
ベラは、そんな家と家族を愛している。
誇り高くありたい、家の名に恥じないようにありたい、というのがベラの原動力となっていた。
そんなものだからベラは自分がサキュバスである、という自覚を覚えた事は今まで無かった。
たった今までは。
カール・ウッド。
変な人である。
バクスチュアの城下に住む酒屋の息子。
時折窓から城下町を見ている時に、じっとこっちを見上げていた子供。
入学式で檀上から彼の姿を見付けた時、実はかなり驚いた。
コネも何もない状態から一介の町民がここに入学するのはどれほどの努力が必要だったろう。
どれほど周囲に反対されただろう、どれほど無理だと諭されただろう。
それらの障害を乗り越えてここにやって来た彼。
彼の原動力は何だろう。
あと、何でそんなに見て来るんだろう……。
ずっと、気になる存在だった。
そんな彼の真実。
なんとまあ、なんという事か。
自分を追いかけるためだという。
自分を見つめるためだけに、あらゆる障害を乗り越えて来たのだという。
しかもそこまでしておいて接触しないように、気付かれないように、ただ遠くから見つめていたいのだという。
変な人である。
狂信的に一途で、驚くべき努力家で、有り得ないヘタレという、まあ、ヤバい人である。
そんな彼に、実はベラは薄々感じていた事があった。
それは彼の心根を聞く前から。
ひょっとすると、窓の外の彼を意識し始めた時から。
ずっと感じているものがあった。
もしかしたら……もしかしたら自分は彼とエッチすることになるかもしれない。
・
・
・
保健室は静かだった。
もう昼休みが終わって講義も始まっているので、外からの音も少ない。
本来なら講義に遅れてしまっているのだから焦らなくてはいけない時間だ。
だが、保健室に居るベラとカールの二人の頭からは講義の事は綺麗に抜け落ちている。
ベッドに座るカールの両膝の横に手を付いて、じっと見つめるベラ。
ベラの中で予感は確信に、いや、欲求へと変化していた。
エッチするかも。
エッチしたいかも。
エッチしたい。
カールくんと、エッチな事がしたい。
恥ずかしい。
でもしたい。
カールくんと、すごく、エッチな事がしたい。
ベラの灰色の大きな瞳がじっとカールを見つめる。
カールは硬直してその視線を受ける。
生まれて初めて向けられる視線だった。
気付けば先程まであった悪戯気な笑みも消え、真剣な顔になっている。
改めてその美貌がしみじみと目に焼き付けられる。
（あれ、近い）
気付けば、いつの間にか二人の距離が縮まっている。
正確には、ベッドの上で上体を起こしているカールに、手を付いたベラがゆっくりと近寄っている。
意思の元の動きではない。
磁石のように、自然に引き合っていく。
（あ、キスする、キスしちゃう）
キスしよう、と頭で考えてからキスをするのではなく、それが必然の流れであるように惹かれ合って。
「ん」
あったかい、柔らかい。
保健室で、二人は初めての接触を交わした。
この先何年経っても思い出す度に胸が甘酸っぱくなるような、心がそこへ帰るような。
そんなキスだった。
・
・
・
「あぁ〜〜」
学生食堂の一角。
ベラの話を聞いていたピンク色の髪をした少女は天井を仰いで溜息を吐いた。
「今のでご飯六杯くらいいける」
「人の話で白米食べないで」
「んでぇ！重要なのはその先よね！ね？」
「あんまり大声出さないでよ……」
種族上の特性として人の恋バナに目がないのは仕方ないにしろ、もう少し落ち着きが欲しいとベラは友人のソリュンに対して思う。
「そこまで行ったなら女になったのは明白でしょ？どうだった？プライバシーに踏み込まない程度に教えて？」
「人の情事について聞くのにプライバシーもへったくれもある？」
「だってぇ〜そここそ根掘り葉掘り聞きたいじゃない！ねえ？」
「ん〜」
今は人間の形に変えてある両足をぱたぱたさせて興奮しながら、ソリュンは隣の褐色の肌をした少女に話を振る。
だが、少女の方は小型の魔力端末に視線を落として操作する事に神経を割いており、返事もなおざりだ。
「んもう、ターチェちゃん自分には彼氏いるからって余裕かましてくれちゃってぇ……」
「よかったんじゃない？ずっと気になってるカレだったんでしょ？」
学生服ではあるが、少しばかり着崩した格好に角や指先に装飾が施されている所を見るとちょっとした不良感を漂わせている。
ただ、この学園の校則は厳しいものでもないので違反にはならない。
「いや、気になってるっていうか……そうだけど、その……」
「細かくはいいからさ！こう……気持ち良かった？」
「そりゃあ気持ちいいでしょー、カレシとで気持ち良くなれないとかないしー」
「いや、それがその……」
ベラはうつむいてごにょごにょと口ごもる。
それを見たソリュンの表情が驚愕に染まり始め、ターチェも思わず端末から視線を上げた。
「……まさかよ、まさかよね……そこまでいい雰囲気になっといてねえ……」
「いやいや、ナイって、まさかそれはナイって、シたでしょ？……ねー、何か言ってよ……」
「いや、あの……」
ますます小さくなるベラを見たソリュンは、先程とは違う意味で天井を見上げた。
「エロス神よ、ここに召しますヘタレサキュバスをどうかお許しになって下さい」
「え、マジ？、まんこ付いてる？」
「失礼にもほどがあるぅ！」
ぶんぶん腕を振りながら抗議するベラに二人は冷たい視線を寄こす。
「んもぉ……ガツーンといけば一発なのに、何をそんなまごつくのかわっかんないなー」
やれやれと首と尻尾を振るターチェにベラは頬を膨らませる。
「ターチェのガツーンは行き過ぎなのよ……デリカシーもロマンも何もないじゃないあれ……」
一目惚れからの告白、という流れは魔物の中では珍しいものではない。
しかしターチェの彼であるミックにとっては晴天の霹靂という他無かっただろう。
細身で小柄に分厚い眼鏡、セットも何もないぼさぼさ頭はいかにもこれまでの人生を勉学に捧げて来たという風体だ。
ここに入学したのも軽い動機ではなかっただろう。
ところが入学初日に自分と全く違う軽そうな女子に突如目を付けられ。
「や、あたしターチェ、とりま抜かない？」
と声を掛けられた時の彼の心境は察するに余りある。
当然ミックは無視を決め込もうとしたが、ずかずかと距離を詰めてからの壁ドン。
そして制服の上から膨らみを押し付けながら。
「性格はおいおい好きになってもらうとしてぇ、とりま体からオトす♪」
と、一方的に宣言されてからの放課後お持ち帰り。
後は彼女の種族特性が物を言う。
二人の姿が同時に見えなくなる事が多くなり、今ではもはやずぶずぶである。
「あたしもさー、本当はロマンチックなの夢見てたんだけどぉ、もう、一目で身体がバーニングみたいな？」
「意味わかんないよ……」
とある論文をベラは思い出す。
魔物娘の精神はある種男性的な部分を持ち合わせている、と。
すなわち相手への好意や愛情がすぐさま肉体的欲求に繋がるのだ。
無論、雰囲気や精神的繋がりにも喜びを見出すが、まず何より性的欲求が強い。
これは人間で例えるとむしろ男性に近い性質だという。
ターチェを見ているとそれを実感する。
とはいえ、人それぞれなように魔物もそれぞれ。
ベラのように羞恥心が強くてブレーキがかかりがちな魔物もまたいるのだ。
「彼の方はどうだったの？気まずい感じになっちゃった？」
「いや、あの、その……倒れちゃって……」
「えっ？」
「倒れ……何で？」
二人は困惑した顔になる。
「だからその……き、キスしたら、鼻血出して倒れちゃった……」
「……」
「……」
これには三人で黙り込んでしまった。
魅了が進んでいるという証拠でもあるが、効きすぎている。
キス一つでダウンしていてはそれ以上先に進むのにどれだけ苦労する事か。
「神様みたいに慕ってた娘が地上に降臨してキスしてきたらそうなるか……」
「この程度でぶっ倒れてちゃこの先のエロエロライフに耐えられない……」
「え、エロエロになんかする気は」
「エロエロしたかねぇのかよ」
「したくないとは言ってないけど」
「したくねえんだな？」
「ごめんなさいしたいです」
結局俯いてもにょもにょ言うベラにちょっとした尊みを感じつつ、二人は頭を捻る。
「段階踏んでたら時間いくらあっても足りそうにないねこれ」
「い、いや、段階踏んでこ？」
「卒業するまでに実現してもらわないと私が恋バナでメシウマできないじゃん」
「だから人の話で白米食べないで？」
「いー考えあるよ」
話をぶった切るようにターチェがすっと二人の間に魔力端末を差し込む。
二人がそれを覗き込むと……。
「あっ♪あっ♪あっ♪ミック♪イッちゃう♪イク♡イク♡イク♡」
「……」
「……」
「あ、ごめん間違えた」
動画の中で腰を振る自分をスッと消し、ターチェは新しい画面を立ち上げる。
第○○回魔界アカデミー青春祭
「コレよ」
「その前のインパクト強すぎて頭に入って来ないのよ」
「何を保存してるのよ」
魔界アカデミー青春祭
勉学が本分でありつつも、学園には年間を通して様々な行事がある。
見識を広めたり、今までの成果を発表する機会であったり、お題目は様々だ。
その中でも青春祭は学生主催で様々な催し物を開催する……現代風に言うなら「文化祭」に近い。
しかしその主目的は「生徒同士の交流を深める」事。
この学園において異性間の交流は禁止されていない。
となれば多感な年齢の魔物娘と人間が一緒の箱に入れられて何も起きないはずがなく……。
恋人を作らずに卒業する事が至難の業とまで言われている。
そして、勉学に一途な生徒達が最も「落とされ」やすいのがこの青春祭だ。
影でこっそり「性春祭」などとも言われている。
「この青春祭で青春しちゃえばいいんじゃん？」
「……って言っても……どうすれば……」
「コレよ」
そう言ってターチェは素早く端末を操作して画面を見せる。
「はぁーい♪ちゃんと撮っててね♪ミックのおちんちんがぁ、おっぱいで滅茶苦茶にされるトコ♪」
「あ、ごめん間違えた」
「わざとやってない？」
「殴っていい？」
「こっちこっち」
映し出されたのは恐らく前年度の青春祭。
学園の広場に設置されたステージ上で複数の魔物娘達がダンスを披露している。
しかしながらその衣装というのが非常に凝っている。
フリルがふんだんにあしらわれたものや、多数のアクセサリーで飾られたもの。
どれもが何とも言えず煽情的であり、踊り自体も非常に妖艶だ。
鑑賞している男子生徒達は恐らく普段のかっちりとした制服姿とのギャップでやられているのか、一様にポーっとステージに見とれている。
と、踊りが終わり、普通ならば舞台袖に下がって行くはずの魔物娘達が舞台上から客席にわっと散開した。
そうして、恐らく前から目を付けていたであろう男子生徒達を次々と連れ去って行ってしまうのだった。
「青春祭名物「ぶっこ抜き」これっきゃない」
「いっちゃん過激なやつじゃん……」
互いの普段と違う姿を知ろう、という名目であらゆる催しが開催される青春祭。
料理、物づくり、発明品披露から喫茶店、お化け屋敷までとにかく幅広い。
中央広場や施設内外に設置される複数の舞台での演目も多岐に渡る。
ライブ、演劇、演武、演奏会、そしてダンス……。
その中でもゲリラ的に行われる求愛を目的とした演目が通称「ぶっこ抜き」
スキルや芸術性の披露が目的ではなく、その場を借りた告白、からのお持ち帰りという直球過ぎる演目だ。
呼び名の由来は客席から客をぶっこ抜く、だとか、その後のもっと直接的な行為を指してぶっこ抜く、だとか諸説ある。
何にせよ「性春祭」と言われるだけある演目である。
「あたしね、今度の青春祭でダンスやんの、そこでミックをぶっこ抜こうって思ってんだ♪」
「はーなるほど……で、そのダンスに……」
「一人だと寂しいから誰かデュオ組んでくんないかなーって丁度思っててぇ……」
「〇×ー△△〇◇＆＝＝！？！？」
ベラは涙目で言葉にならない叫びを発し、ぶんぶんと手と顔を左右に振る。
ぶっこ抜き目的のダンス、と言えばそれはもう求愛のダンスに他ならない。
際どい衣装に過激な振り付けで対象の相手を誘惑し、魅了した末にぶっこ抜く。
それも大勢の学生達も見ている前でだ、そしてそれこそがメリットでもある。
誰が誰にぶっこ抜かれたなんて噂はすぐに広がる。
すなわちこの人は自分のですよ、と周囲へのアピールになる。
ただ、羞恥心の強い魔物娘にとっては非常にハードルが高く……。
「無理無理無理むむむむむりりりり」
それこそベラのような娘には。
「ベラ……ベラ！」
がしっ！とソリュンが壊れたレコーダーのようになっているベラの肩を掴む。
「殻を破る時よ、性交……じゃない、成功は見えているのよ！」
友人の真剣な表情にベラも思わず黙る。
「カール君が貴女にゾッコンなのはもう分かり切ってる、となればここで手をこまねいている事にどういう合理性があると思うの？」
「ご、ごうりせい……」
「そう、いつまでもカール君がフリーである確証なんて無いのよ！恥ずかしさを理由に機を逸するだなんて賢い貴女らしくないわよ！」
「か、カール君が……」
「そうよ、取られてもいいの？」
「と、とられるのはやだ……」
別に誰かがカールを狙っている、という事実はどこにもないがソリュンの勢いに押される。
ベラ自慢の頭脳も色恋となると空回りするばかりのようだ。
「だったら！？」
「や、やる……」
「よっしゃ、決まりだね♪」
「流石だねベラ♪」
「お、おう……」
「それじゃ、早速段取りだけど……」
頭を引っ掻き回されたまま、ベラは青春祭での演目の段取りを着々と付けられてしまうのだった。
・
・
・
学園は賑わいに満ちていた。
そこいらじゅうが飾り付けられ、いつもは静かな廊下も楽し気な声で溢れている。
カップルや友人同士で地図やイベントマップを片手に散策する生徒達。
廊下の横を見ればイベント会場と化した講堂からは様々な声や音楽が漏れ聞こえる。
カールはその浮かれた雰囲気の中をぼんやりと歩いてた。
どこかに目当ての場所やイベントがある訳ではない、強いて言うなら適当に時間を潰せる場所を探していた。
ふと、一つの扉が目に付いた。
煌びやかな飾り付けが多い中、普段とそう変わらない佇まい。
「喫茶店」という素っ気ない看板が出されているだけの扉。
あまり喧噪を好まないカールは引き寄せられるようにその扉を開いた。
ちりりん、といかにも即興で付けられた風のドアベルが鳴り「いらっしゃい」と奥から声が掛かった。
「メニューはコーヒーしかないけどいいかい」
店員はカウンターに座る小柄な少女一人のようだ。
立派な巻角を見るにバフォメットらしい、手元の本から視線を上げてそう言った。
魔物娘にしては珍しい全く露出のない闇色のローブや、落ち着いた物腰からシロクトー所属の魔女かもしれない、とカールは思った。
催し物としては定番な喫茶店だが、この手のジャンルはキキーモラや奉仕種族の独壇場なので少し意外だった。
狭めの室内を照らす光源は各テーブルに立てられたロウソクとカーテン越しの日光のみで少し薄暗い。
そんなテーブルにぽつりぽつりと二人程、カールと同じく人ごみを避けて来たらしい生徒が静かに本を読んでいる。
軽めの音響遮断の魔法でもかけられているのか、扉一枚隔てただけの外の賑わいが遠い世界のようだ。
「……一杯下さい」
「はいよ、ミルクは？」
「いりません」
バフォメットは腰を上げると部屋の隅にある作業台に向かい、コーヒーを淹れ始める。
こぽこぽといい香りが立ち上るが、驚いたことにカップに湯を注いでいるのはフラスコだ。
よく見ると奥にはその他の様々な実験機材が布を掛けられて鎮座している。
元は研究室らしい。
「おまたせ」
窓際の席に座ったカールの元にソーサーに乗ったカップが届く。
（……おいしい）
一口啜って心の中で呟く。
今度からの青春祭はここに入り浸って過ごそうか、などと思いながらカーテンを少し持ち上げて外を伺う。
ここは五階、中央の広場もよく見える。
出店で賑わう中央広場。
いつもは荘厳な雰囲気を醸す大きな時計塔も、今日は「青春祭」の大きな垂れ幕を掛けられ、飾り付けられている。
時計の針を見ると三時。
カールは時刻を確認した後に胸ポケットを探ると、丁寧に折りたたまれた紙切れを取り出した。
宵の部 東館第三ステージ第三演目
開いて見ると綺麗な文字でそう書かれている。
もう一枚、小冊子を取り出してぱらぱらとめくる。
カラフルなそれは青春祭イベントマップ。
（……宵の部、東館第三ステージ、第三演目……）
ステージスケジュールの項目から、紙に書かれている欄を見る。
演目：ダンス
出演：V＆T
としか書かれていない。
（……これが、どうかしたんだろうか……）
この紙は、青春祭の前日にベラの友人であるターチェから貰ったメモだった。
「これベラから」
と言って渡されたそれには、見間違えようもない彼女の文字で青春祭の演目が書いてあったのだ。
恐らくは観に来い、という事なのだろうが……。
ふと、顔を上げる。
「あの、ここ、いつまでやってますか？」
「決めていないよ、お客さんがいなくなったら閉めようかと思ってる」
相変わらず書物に目を落としながらバフォメットは言う。
「そうですか……あの……」
「長居したければ自由にどうぞ」
「それじゃあ、七時までいていいですか？」
「いいとも、コーヒーしかないが、お替り自由だからいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
ここに迷惑ならば長居はやめようと思っていたが、幸いこのバフォメットは気にしないようだ。
何のかんのと普段は忙しいカールはこんな時間が欲しかった。
考えを整理する時間をだ。
無論、考える事はベラの事だ。
あの日、あの保健室で起こった事。
ベラから言われた事、された事。
ずっとわからない。
初めて言葉を交わして、実はずっと見ていた事がバレていて。
そうして見つめ合って、そうして……。
キスをした……ような気がする。
わからない。
あの時の自分は舞い上がっていて、全てがまるで夢の中の出来事のようで。
そして、気付けば一人保健室で寝ていたのだ。
だからカールにはどこからが現実でどこからが夢なのかわからない。
食堂で声を掛けられた部分は恐らく現実だ。
その後、保健室に連れて行ってもらってからが曖昧だ。
会話をして、キスをして、不意に意識が途切れて、目を覚ました。
その後のベラとの関係は大きく変化した訳ではない。
いつもと変わらず自分はベラの姿を遠くから見つめ、ベラは……いや、変化は確かにあった。
時折、ベラと視線がかち合うようになったのだ。
最初は条件反射で慌てて目を逸らしていたが、もう見ている事がバレているのだから今更だと思って開き直る事にした。
そうすると見つめ合う事になる。
互いに笑うでもなく、ただ数秒間の間じっと見つめ合い、離れる。
それ以外では変わらず、会う事も話しかける事も無い。
その距離感が微妙すぎてまたわからなくなる。
あの保健室での会話はやはりどこからかが自分の夢だったのでは、と。
全部が現実だったとしたら、もはや彼女は自分がストーカーである事を知っており、キスまでしてしまったと言う事だ。
それにしては彼女の反応は淡泊に過ぎる、だとするとやはり保健室に連れて行ってもらってからは夢なのか。
そして、夢であれ現実であれ、決定的に変わってしまった事がもう一つある。
カール自身のベラに対する認識だ。
あの一件で大きく変化してしまった。
熱烈な想いは変わらない、ただ、その想いが何であるのか、カールは自分で分からなくなってしまった。
神を崇めるが如き崇拝なのか？強すぎる異性への恋慕なのか？
いずれにせよ彼女を影から見守り続けたいという目標は気付かれた事によって頓挫してしまった。
これから彼女にどういうスタンスで向き合っていけばよいのか？
「……」
「……」
「……」
気付けば窓から差し込んでいた光は山吹色に変わり、時計塔の針はもう二周している。
考えを整理するつもりが何の事は無い。
整理するどころか思考は更にとっ散らかり、どうしたらいいんだろうの無限ループ。
挙句にベラの色々な姿を思い浮かべてはぼんやりするという無為の極み。
飲み干したカップの前でただ窓の外を眺めるという優雅な午後だ。
そんな自分に呆れる間も、みるみる日は落ちていく。
青春祭は夜を徹して行われる。
むしろ、魔物達の特性上夜の方が本番という一面もある。
時計塔を始めとした建物は美しくライトアップされ、野外のライブ会場は光り輝き、屋台も一層盛況だ。
「悩み事かい？」
もう既にカール以外客のいない室内で、ずっと静かにしていたバフォメットが声を掛けた。
「あー……はい……そうですね……」
「恋の悩みかな」
「……」
言葉に詰まる、そもそも恋なのかどうなのかを悩んでいたところなのだ。
「ふふ、すまない、野暮だったかな」
「いえ、そんな……」
「しかし……うまくはいかないものだな」
「はい？」
「研究で忙しい中こうして出店したのは、ひょっとするとこうしていれば何か出会いがあるかも、という下心からだったのだが……」
バフォメットは苦笑を浮かべている。
「少なくとも君は他の娘にお熱なようだ」
「……そんな顔してましたか」
「していたとも」
カールは空になったカップを見下ろす。
「……そんな顔、だったかぁ……」
そんなカールを、バフォメットは何か可愛い後輩でも見るような穏やかな目で見ていた。
実際、彼女がシロクトー所属の魔女であるなら見た目とは裏腹にカールよりも遥かに年長という可能性もある。
「お替りはもういいな？そろそろ七時になるぞ」
「あっ……はい……長い事すいませんでした」
「いいとも」
席を立って扉を開けると、どっと外の音に包まれる。
昼間よりもさらに賑々しい様子はまさに宴もたけなわというところだ。
ぽんぽん、と、腰のあたりを小さな手が叩いた。
振り向くとバフォメットだ。
「頑張ってきなさい」
「……はい」
カールは笑った。
・
・
・
「お兄さんお兄さん、食べてみて！ここの唐揚げは絶品だよー！」
「モーモーバニラ〜、モーモーバニラいかがですか〜」
「あいらっしゃぃ！一つ？二つ？チリとバーベキューどっちにする？」
至るところから上がる商売の声。
謎の風船やグッズを身に着けて練り歩く人々。
それらにぶつからないよう気を付けながら、カールは目的の舞台を目指す。
普段通いなれている学園であってもこうも雰囲気が違うと迷いそうだ。
「とと、と」
と、ひとごみに押し出されるようにして小柄な男子生徒がぶつかってきた。
カールはそれを支えてやる。
「す、すいません……あ、カール君……？」
「……ミック君」
それほど長身でもないカールの肩までしかない身長、ぼさぼさ頭と瓶底眼鏡。
同じクラスのミックだった。
ベラにしか興味が無いとはいえ、カールにも少ないながら知り合いはいる。
ミックはその少ない知り合いの一人だった。
「ご、ごめん、ええと……ひが、東館第三ステージってど、どっちかわかる？」
どうやら迷っていたらしく、これ幸いとばかりに手元のパンフレットを指差しながら聞いて来た。
「俺も今向かってる所だよ、一緒に行こうか」
「あ、ありがとう、こ、このままじゃ遅刻する所だった」
二人は連れ立ってステージに向かった。
「い、意外、だね、カール君はこういうイベントとかに、きょ、興味ないかと思ってた」
「そっちこそ、勉強一筋かと思っていたよ」
「ま、前までは、そ、そうだったんだけど、ね……」
少しばかり吃音の多い彼は入学当時から交友を広げようとはせず、ひたすら勉学に打ち込んでいた。
ところがある日、ターチェという淫魔に半ば強引に関係を結ばれてからは様子が変わった。
カールが言ったように、イベント事などに積極的に参加する方ではなかったのだが……。
「こ、このステージにぜ、絶対来いって、言われて、ね……」
「……あれ？これ……」
ミックの指差したパンフの演目を見て、カールは目を見張った。
宵の部 東館第三ステージ第三演目
「……同じだ……」
「え？」
カールはミックに自分も同じ演目を見るようターチェから頼まれた事を明かした。
「……な、何でだろう……」
「賑やかしが一人でも欲しかったって事かもしれない」
「そ、そうかな……そうかも……」
よくわからないまま二人は歩みを進める。
やがてイベント会場が近付くと、よく通る男女の声が聞こえ始めた。
「全てを終わらせる時だ！クリスティーナ！いや、魔王の娘よ！」
「君が望むならばもはやこれまで……来るがいいレオナルド、いや、勇者よ！」
カールは思い出した、そう言えば目当ての演目の一つ前は確か演劇だった。
舞台はまさにクライマックスらしく、一組の男子生徒と女子生徒が剣を持って向かい合っている。
背景のセットは簡素ながら、男女は衣装に似合った非常に優美な見た目をしている。
客席の観客達は息を呑んでその結末を見届けようとしている所だ。
周囲のお祭り騒ぎもよそに、その舞台の周囲だけ別空間のようだ。
（……ファントムだな）
周囲を包み込むような魔力の結界を感じたカールはそう察知した。
彼女達のような種族にとってはまさにうってつけの舞台と言える。
「私がそなたの首級を挙げた暁に世界は平定されるであろう、そして……」
鎧を身に纏った男優が憂いを帯びた微笑を浮かべる。
「役割を終えた私も返す刃でこの首を落とそう……！さすれば冥府にてそなたと結ばれん！」
ああ、と客席から息が漏れる、涙を零す客さえいる。
「そうはならぬ」
「何！」
マントを羽織り、仮面で素顔を隠した女優は優美に剣を構える。
「冥府で貴公と結ばれるのはやぶさかではない、だが我は気が短い、死ぬまで待ってはおれぬ！」
どん、と二人が同時に地面を踏み、剣を振って交差する。
「……ぐっ……！」
カラン、と男優の手から剣が落ち、がっくりと膝を着く。
女優が剣を鞘に納める。
「これにて貴公はインキュバスとなった、敗者の末路は語るまでも無し」
鞘に納めた剣を投げ捨てるとその仮面をも投げ捨て、整った美貌を露わにする。
「我のただ一人の奴隷として、生涯を……いや、永遠の時を快楽に彷徨うがいい」
女優は膝を着いた男優に近寄ると力強く抱きしめ、その唇を激しく奪った。
背景に静かに流れていた曲は最高潮に達し、客席はどおっと歓声に包まれる。
「皆好きだなあこういうの……」
「ぼ、僕も、好き……ハッピーエンドが、いいから……」
演劇にも様々あるが、今やっていたのは最もポピュラーな魔王と勇者の話だろう。
惹かれ合う過程が違ったり、魔王が魔王の娘だったり勇者が勇者の子孫だったりとバリエーションは様々だが。
基本的には元々敵同士だった魔王と勇者が結ばれるというストーリーラインだ。
最後の結ばれ方も勇者が魔王と共に世界を平定したり、魔王を花嫁に迎えたりとパターンがある。
今のように勇者が敗北し、魔王に攫われるというのも人気だ。
フィナーレの音楽と拍手に包まれながら、舞台の帳が降りる。
二人の激しい口づけは姿が見えなくなるまで続けられた。
当然、この二人は実際の恋人同士であり、この後は互いに火のついた欲情をぶつけ合う事になるのだろう。
青春祭では流石にそこまではやらないが、本物の演者となるとその濡れ場まで舞台の一部にしたりする。
演劇に当てられたカップルがそそくさと手を繋いで去って行ったりする中、二人は空いた席に腰を下ろした。
（次のだよな……何が始まるんだろう……）
ゴトゴトと幕の内側でボランティア達がステージを整える音が響く中、カールは改めてパンフに目を通す。
演目：ダンス
出演：V＆T
（V＆T……二人組って事かな、頭文字だとすると……）
「タ、ターチェさん、踊るのかな……ふ、二人組で……」
同じくパンフに目を落としながらミックが呟く。
「Tがターチェの頭文字だとすると……もう一人がV……」
「そ、そうかぁ……ベラさんかあ……」
思わずミックの方を向く。
それは確かにそうだ、ターチェと仲が良くて頭文字がVとくればベラ（vera)以外には思い浮かばないが……。
「し、しかし、彼女はいつもこういうイベントの表舞台には……」
「で、出たくなる、理由が出来たんじゃ、ない、かな」
「理由？」
ミックにしては珍しく、少し意地悪そうな笑顔をしている。
「理由って」
「あ、は、始まるよ」
「えー！続いてのプログラムはV＆Tによるダンスになります！席を立たないようお願いいたします！」
問い直そうとした所で拡声器での音声が飛び、舞台が暗くなり始めたのでカールは黙った。
しずしずと幕が上がり、舞台上に立つ二人の影がライトに照らし出される。
「……！」
カールは息を呑む。
確かにターチェとベラの二人。
ただ、目を閉じて裾の長い真っ白な装束のような衣装を纏って静かに正座をする二人は普段と全く雰囲気が違う。
まるで神の供物である巫女のようだ。
特にターチェは普段の奔放な振る舞いの時とは別人のように神々しい。
ホロロン、とステージ脇のガンダルヴァが優美なハープの音を響かせると、しずしずと二人は立ち上がり、ふわりと長い袖をなびかせて舞い始めた。
「うわぁ……」
ミックが思わず、というように感嘆の声を上げた。
それはダンス、というよりは舞踊、という表現がしっくりくる舞い。
美しい旋律に合わせて紡がれる儚げで荘厳な舞に、観客達は、カール達はただ魅了される。
何より、元々は勉学のみに専念していたはずのベラがこれほどの練度の舞を舞える事に驚いた。
それも、二人共目を閉じたままで一糸乱れぬ舞いを披露している。
相当に練習したのだろう。
（友人の為だろうか……ああ、それのためにこんなに努力するなんて……やっぱり素晴らしい人だ……）
舞の美しさに陶酔するようにして、カールはまた尊敬の念を強める。
やがて旋律はフィナーレを迎え、優美に舞っていた純白の裾が舞台に落ち、しん、と舞台に静寂が降りた。
わぁっと湧き上がるような拍手が起こる。
カール達も思わず立ち上がって手を叩き始めた瞬間、ドンッという重低音がその拍手を掻き消した。
ドン ドン ドン ドン ドン
いつの間にか、演奏のガンダルヴァはハープを横にやり、ドラムを叩き始めていた。
先程の優美な雰囲気とは真逆の、野生を掻き立てるリズム。
と、そのドラムの周囲に袖からとてとてと駆け寄る数人の影。
過激な衣装に身を包んだ彼女達は、いつも青春祭の舞台上で過激なパフォーマンスを行っているバンド「スパンキング」のメンバー達。
その彼女達がドラムに合わせ、電気的なギターの音を掻き鳴らし始める。
気付けば舞台を彩るライトも真っ白な輝きからピンク色に変わり、舞台の雰囲気が一気に猥雑になる。
その様変わりした様子に合わせ、舞台上の二人はリズムに合わせて体を揺らし始め……。
ビリリリ！
「！？」
思わずカールは目を剥いた。
清楚な純白の衣装が自らの手で引き裂かれ、その下の肌色が露わになる。
ぴちぴちにタイトな生地の太腿も露わなパンツに、若々しく、弾けんばかりの肌を大きく晒したビキニタイプの上着。
いわゆるギャルビッチタイプの衣装。
ターチェはむしろいつもの通り、という装いだが、今まで肌を晒すような姿をした事のないベラのその姿は強烈だった。
いつもは秘められている意外と発育良好なスタイルが惜しげもなく晒される。
ミックは釘付けになり、カールは顎が地面に付かんばかりにあんぐりしている。
と、二人がずっと閉じていた目を見開いた。
ターチェの視線がミックを、ベラの視線がカールをバチリと正面から射貫く。
そこそこに広い客席にも関わらず、全く迷うそぶりもなく視線がかち合った。
「あ、あ、あ……」
ミックは瞬時に魅了され、ターチェの目に吸い込まれる。
輝く瞳は獲物を見る目であると同時に、最大限の愛情を込めた恋人へ向ける眼差し。
「えぇ……」
カールは魅了され……いや、困惑した。
妖艶な眼差し、というより、睨み付けている。
というか、頬から耳まで真っ赤だ、ちょっと涙目だ。
相当に恥ずかしいらしい。
恥ずかしそうにしながらも、動きは鈍らない。
キッとカールを睨み付けたまま、優雅な仕草で二つの髪留めを取り出した。
そしてふわりと長い髪を二つに結い上げ、ツインテールの形に纏めた。
（うわ、似合う）
元々が幼めな顔立ちである、なおかつ先端がくりっとカールした髪が愛嬌を醸している。
「……んっ！」
そして、カールに向けてきゅっと両目を閉じた。
「……？」
今の何？というのが顔に出ていたのか、しまった！という顔になると改めて片目をきゅっと閉じた。
ウィンクしたかったらしい。
ちなみにターチェはぱっちりと綺麗なウインクを決め、ミックをより一層骨抜きにしていた。
「……ぶっこ抜き……！」
あまりの雰囲気の変わりように呆気に取られていた客の中の一人の魔物が呟いた。
「ぶっこ抜き……」
「ぶっこ抜きだわ！」
「ぶっこ抜きだぁ！」
どおっと客席が盛り上がり始める。
それに合わせるように「スパンキング」のボーカルであるワーキャットの歌が響き始める。
AAAAAAHHHHHHHH♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
よそ見しないで♡
よそ見しないで♡
よそ見しないで♡
よそ見しないで♡
こっち見て♡
こっち見て♡
こっち見て♡
ほらこっち見て♡
見て♡見て♡見て♡
わ・た・し・のおっぱい♡
もっと見て♡
もっと見て♡
もっと見て♡
もっと見て♡
見て♡見て♡見て♡
わ・た・し・のおしり♡
わたし以外を見ちゃ
ヤダ♡ヤダ♡ヤダ♡ヤダ♡ヤダ♡
AAAAAAHHHHHHHH♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
猥雑でストレートすぎるロックに合わせ、先程まで舞台の上に漂っていた空気を蹴り散らすように二人が躍る。
「おっぱい♡」の所で腕を寄せてしっかりと谷間を強調し、「おしり♡」の所で客席に向けてふり♪ふり♪とお尻を揺らす。
性的でいて、要所要所はキレのある綺麗な動きを披露する。
ターチェは妖艶な笑みを崩さず、ベラは相変わらず真っ赤になりながらも完璧な振り付けだ。
そして、性的な動きをする時にはしっかりと互いの目当ての相手に向けてアピールする。
その度に会場から口笛や歓声が上がる。
はやし立てる、というよりそれは二人の懸命なアピールを応援するような声。
「ぶっこ抜き」特有の雰囲気だ。
ほら 行くよ♡
ほら 行くよ♡
ほら 行くよ♡
君を攫って奪って逃がさない♡
行っちゃうよ♡
行っちゃうよ♡
イッちゃうよ♡
わたしのだよ♡もう渡さない♡
踊りながら二人が舞台から降りて来る。
軽やかなステップで客席の間を通り、二人の元へ近づいてくる。
歓声を上げる周囲の人々とは対照的に、その二人はもはや声も無く踊りに見入るばかりだ。
だから思い切って
GET♡
がし！とターチェがミックの肩を掴んで席から立ち上がらせる。
ぎゅ！とベラがカールの手を握る。
GO♡ GO♡ GO♡ GO♡ GO♡ GO♡ GO♡
ターチェが素早くミックをお姫様抱っこの形に抱え上げ、会場の出口に向けて一気に走り始める。
ベラもカールの手を引いてその後に続く。
会場はそんな四人を祝福するような拍手と歓声に包まれ、歌声が背中を後押しする。
四人はそれらを背に受けながら会場を後にした。
・
・
・
「お、下ろして！ターチェさん、下ろして！は、恥ずかしい！」
「下ろしませーん♪」
慌てるミックにも構わず、ターチェは体格に見合わない力でミックを抱えたまま足取りも軽い。
そしてベラとカールに向けてウインクをすると方角を変え、夜の明かりの中へしけこんで行ってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……」
残されたのは手を繋いだ二人。
カールは改めて息を荒げているベラの姿を見る。
夜闇の中、周囲の施設の明かりに照らされて浮かび上がるその姿は相当に肌面積が多い。
すらりと長くも、もっちりと柔らかそうな太腿から、きゅっと引き締まったお腹。
下着だか服だかわからない、ビキニタイプの生地に包まれてぷりん♪と存在を主張する膨らみ。
華奢な肩回り、ほっそりした首回りから艶っぽい鎖骨まで。
全てが激しいダンスの影響でしっとりと汗ばみ、薄明りを妖艶に照らし返している。
かっちりと制服を着こなしている普段の姿とは余りに違う。
彼女がサキュバスである事を否応なしに意識させられるその姿で、ベラはようやく息を整えてこちらを見上げた。
「は……はぁ……はぁぁ……は、恥ずかし、かった……」
「あ……あの……これは……」
「アプローチ」
「え……？」
「カール君は面倒くさい人だから、色々回り道しても時間かかるばっかだし……」
「め、めんどくさいって……」
「もう、ダイレクトに、サキュバスらしくいこうって決めた」
そう言うと、繋ぎっぱなしだった手を引いて歩き始めた。
「ど、どこに……？」
「この状況でどこに？とか抜けた事を言っちゃうんだもんね、そりゃあ強行策しかない！」
キッ！と睨み付けると同時にぴょこん、とツインテールが揺れる。
「あの……何かすいません……とりあえず何か上に……」
そう言ってカールは自分の上着を着せようとする。
「あ、大丈夫だよ、今日寒くないし」
「いえ、あの、肌の露出がその……」
そう言われて周囲をきょろきょろ見回した後、自分の恰好に視線を落とす。
「……」
改めて赤くなると、黙って上着を受け取って羽織った。
やはり肌を晒すのに慣れてないらしい。
「あの……これってその……ぶっこ抜きってその……」
「うん……しよう、カール君、これからしよう」
「……俺で」
「俺でいいんですか？とか俺なんかが、とかテンプレな返答はいいのよ」
むす、としたベラに言われて言葉に詰まる。
「私、神様なんでしょ？だったら神様が命じます、黙って私に付いて来て」
と、一度離した手を再び掴んで歩き始める。
何も言えなくなったカールはただ黙って付いていくしかなかった。
「……」
「……」
（柔らかい）
何かを考えようとしてもうまく頭が回らないのは、状況のせいもあるが、何よりその感触だった。
自分と比べて明らかに小さく、熱量の高い手。
しっとりと汗ばんで、それで手と手がぴったり吸着されるような感触。
それが彼女の手だと思うだけで、緊張と同時にぐらぐらと何かが自分の身体に蓄積されていくような気がする。
ついで、先を行く彼女の結ばれて露わになったうなじから漂う少女の匂い。
夜の匂いに紛れて香るそれが、カールの思考を妨げる。
と、夢見心地に歩いていた所でぴたりとベラの足が止まった。
ぶつかりそうになりながら、カールも慌てて足を止める。
その場に立ってベラが見上げる建物をカールも一緒に見上げた。
屋台や催し物が開催される表通りから外れた場所。
「学生寮」という看板の立っている建物。
実は、この「学生寮」は名前の通りの使い方をされる事は滅多に無い。
実際に寮として使われている建物はもっと大きく、立派な物が敷地内に複数ある。
では、この「学生寮」は何に使われているのか。
外からはカーテンが掛かって部屋の中は伺えない、だが、どれにもぼんやりと薄明りが灯っている。
そしてそこから感じる気配。
「〜〜♡♡♡〜〜〜♡♡♡♡〜〜〜〜♡♡♡♡♡〜〜〜〜〜」
「……♪♪……♪……♪♪……」
「……♡♡♡……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡…………♡♡♡♡♡」
恐らく、各部屋の防音はしっかりしているのだろう。
だが、それでも鋭敏な感覚を持つ者には見える魔力の奔流。
魔物娘がつがいを貪る際に生じるそれが、建物全体からピンク色に立ち上るのが可視できるようであった。
ここは「学生寮」という名の「休憩所」
普段から学園内でこっそりと生徒達に利用されている。
そして「青春祭」の開催に合わせてここがぎっしりと利用者で埋まるのも毎回恒例である。
魔物娘として変わり者が集まる学園であるが、やはり魔物娘は魔物娘な訳で、こういう施設はある。
無論、カールも存在は知っていた。
当然利用する機会もなかったのだが……。
「は、はぅ……」
勇ましくカールを引き連れてここまで歩いて来たベラも、その建物から立ち上る雰囲気に押されて立ち尽くしている。
この薄明りの灯る部屋の一つ一つで、想像もつかないような爛れた情事が行われている。
これから、自分達もそうしようとしている。
うう、と唸って恥ずかしそうな、でも隠し切れない欲情を目の奥に灯した表情でカールの方を見上げる。
（可愛い）
カールの脳裏に、自然にそんな感想が浮かぶ。
（エロい）
同時にそんな言葉も浮かぶ。
ベラは可愛くて、そしてエッチだ。
素晴らしい魔物娘であると同時に、可愛くてエッチな魔物娘でもある。
そんな彼女が、自分の為に、こんなどうしようもない自分の為に、勇気を振り絞って……。
「……」
ぷちん
何かが、脳の中で切れたような感覚がした。
それは小さくて、それでも決定的な何かがカールの中で切れた音。
本人も気付かないうちに限界まで保っていた理性と葛藤のダムが決壊する音。
反転する。
元々が思い詰めに思い詰めて、初恋を崇拝にまで昇華してしまった人間だ。
その熱量が、全て異性への欲情へと転じてしまう。
ベラを……。
（誰にも渡したくない、自分だけのものにしたい）
征服欲と独占欲が、暗い炎のように胸の内を焼き尽くしていく。
「……っっ……」
それを、カールの目の中に読み取ったのだろう。
くね、と不自然にベラの腰と尻尾がくねり、きゅ、と手が強く握られる。
二人は寮に入った、今度はカールが手を引いて行った。
・
・
・
心は一緒だ、とベラは思った。
色々なシチュエーションを想定し、色々なシミュレーションをした。
だけど、今のカールには細かい計算ずくの行動なんて必要ない。
カールの自分を見る目を見て、ベラはそう確信した。
だから、部屋に入ったところで強引に抱き寄せられても動揺せずに抱き返す事ができた。
「えっ……エッチしよう！カールくん！」
「はい！しましょう！ベラゴールさん！」
直前にこんなやり取りがあったのが変に真面目な二人らしいといえばらしかった。
その直後に唇同士がぶつかった。
保健室での甘いキスとは全く違う、これから肉の交わりをするための前振りとしての口の交合だった。
だが、その前振りがもはや二人には強烈すぎた。
「ん゛っ」
ぬるり、と二人の下が絡み合った瞬間、ぴーん！とベラの全身が突っ張った。
同時に抱き合って感じていたカールの固くて熱い部位に自分の熱い部位を無意識にすりすりと擦り付ける。
早く欲しい、と催促するように。
いつも真面目で理知的で、恥ずかしがりな彼女の動物めいた欲求を感じ、カールの頭の中でまたぷちぷちと何かはじけ飛ぶ。
ぬらりと橋を架けながら名残惜し気に唇が離されると、視界に彼女の全身が入る。
自分が着せた上着をもどかしげに取り払うと、ぴっちりとしたビキニとパンツスタイルの彼女の身体が露わになる。
彼女基準で言えばこんな破廉恥な恰好で人前に出るなど、どれだけ勇気が必要だったろう。
全ては自分の気を引くため、引いては自分と「こう」なるために。
そう考えるとどうにもこうにもならない。
「あ、あんまりセクシーな身体じゃないけど……」
照れ笑いを浮かべながらベラが言う。
その言葉にカッとなる。
この天上に愛されたかのような肉体がセクシーじゃないと言うなら、この世にセクシーな物など存在しない。
言葉で伝えようとするより、身体が先に動いた。
欲求のままにその体の前面に付いている二つの膨らみを両手で包み込む。
「ふぁゃ」
変な声を上げてベラはくにゃ、と腰砕けになる。
その崩れ落ちそうな腰を支える為、咄嗟に片方の乳房を離して太腿を支える。
片手で乳房、片手で尻をがっつり掴む体勢になってしまう。
「……っっ！！……っ……！」
この感触、なんという感触。
柔らかいのに、水を浴びたら水を弾くんじゃないかという肌の艶、ぴちっとした張りと弾力を掌に返してくる。
「うぅ……カールくんのエッチぃ……」
その感触に感動していると、ふにゃふにゃに甘い彼女の非難めいた声が鼓膜を揺らす。
同時に髪から漂う少女の甘酸っぱい匂いで脳が痺れる。
五感全部が魅了される。
「ぐぅぅ、ぐ、ぅぅ」
獣のような呻き声がカールの喉から漏れる、興奮で過呼吸になりそうだ。
そして股間が張り詰めて痛い、血液をそこに取られ過ぎて脳の働きが鈍化しているようだ。
「ふ、ほぉぉ、カールくんの、カールくんが、こんなに……こんなにぃ……」
ベラは目を見開いてズボンを突き破らんばかりのカールの股間部を凝視する。
声が震えているのは怖さからでなく、興奮からだというのがその表情からわかる。
隠し切れない好色な光が目に宿っている。
「はぁ、はぁ、か、かぁるくん、あんまり持ちそうにない？」
「あ、はぁ、はい、もうあまり、はい」
興奮で舌足らずになったベラに、極端に知能指数の下がった物言いしかできないカールだった。
「じゃ、じゃあ、とりあえず、最初お口、する？」
あーん、と開けた口を指差してベラが言う。
「へぇ！？お口って……」
ピンク色でねっとりした口内に目を取られながら、思わず声を上げる。
「あ、あの、入ってもらってすぐに出ちゃったら、もったいないっていうか」
なだらかな下腹部をさすりながら言う。
「あの、あのね、できるだけ長くナカにいて欲しいから、まずお口に貰ってから……って、ど、どうかな……って……」
いかに自分の身体で気持ち良く射精してもらうかのプランをビキニパンツ姿で恥ずかしそうに説明するベラ。
「おねがいします、はい」
言葉だけで射精に導かれそうになりながら、言語も怪しくなった知能でかくかく頷きながら答える。
「それじゃ……あ！ここ、ここ持って「使って」？最初まだ上手なやり方わからないから……」
「つ、使ってって……」
ベラが指差すのはその特徴的に立派な角。
「これは「ふぇらちお」じゃなくて「いまらちお」って言うんだっけ……？」
彼女の威厳の象徴であるそれを性具のようにして扱えという。
「そそそそそんな失礼な事……」
「もう、「神様」の言う事聞けない？じゃあ命令！角を使ったいまらちおで私のお口に射精しなさい！」
むす、となるとカールの両手を掴んで自分の角に触れさせる。
重厚な感触を感じながら、思わず言われた通りに掴んでしまう。
「んぁ……あ、すごい、掴まれると自然に口開いちゃう」
確かに、掴むと自然に顔が上向き、口を開いてしまうようだ。
「サキュバスの角って、やっぱりそうなんだね……♡」
言いながら、そっとカールのズボンに手を掛ける。
ずりん、べちん！
「ふゃ、あ……♡」
飛び出した陰茎に頬を叩かれて間抜けな声が出てしまうが、その昂ぶりを目にして子供のように目を輝かせてしまう。
対してカールの脳はもはや錯乱状態だ。
どうしようもなく憧れ、遠くから見守って来たベラのご尊顔を自分の陰茎が叩いた。
尚且つそれを嬉しそうにされる。
背徳と狂喜で陰茎は見た事の無いサイズに肥大している。
「よ、よし……それでは……どうぞ……！」
ぴち、とベッドの上に正座をして姿勢を正すと、目を閉じてあーん、と口を開ける。
聖杯を受け取る乙女のような厳粛さでカールの陰茎を待ち望む。
頭がぐらぐらするような感覚に見舞われながら、カールは角をしっかりと握りなおす。
そしてこの角が、本当にこういう行為をする時の「取っ手」として使いやすい事を感じてしまう。
ぐぐ、と腰を突き出しながら角でベラの頭を引き付けていくと、とうとうちょん、と唇が亀頭に触れる。
「……っ！？」
思わず、という感じでベラの目が見開かれる。
目が合う。
間違いなく情けない自分の表情を見られるのを恥ずかしく思い、目を逸らそうとするが逸らせない。
先端にキスをしたような状態で硬直してしまうが、やがてぱちぱちと目を瞬かせていたベラの目がそっと閉じられる。
ぎし、とベッドが軋み、ベラの体重が前のめりになる。
ちゅっぷ……
温かい感触が、先端を包んでいく。
温かい中で熱い息を先端に感じる。
ベラの唇が歪む、ベラの口に、侵入している。
「ぅうぅぅぁぁぁぁぁ」
堪えきれない息を吐きながら、腰を進める。
駄目だ、一旦止まらないと持たない。
そう思うのに、角を掴んだ自分の手は止まらない、腰も止まらない。
熱くて狭いベラの小さな口に、陰茎を埋めていくのを止められない。
「んん、ん、ふん、ふむ、んむ」
ベラはしきりに腰をもじもじと動かしながら、口一杯の熱に陶酔する。
「無理、だ、駄目……」
と、カールの掠れた声が頭上から聞こえてきて、急激に角を引っ張られた。
「んっ！？」
ごつん、と喉奥を先端に叩かれ、その奥に熱いものが叩きつけられた。
「し、まっ……！」
乱暴にするつもりはなかったにも関わらず、身体が勝手に暴走した。
限界が来た瞬間、角を思い切り引き寄せて腰に押し付けてしまう。
普通の人間であれば喉を傷める所業だが、ベラは慌てて引こうとする腰に手を回す。
ぺこっ、と愛らしい頬がすぼまり、手と同時に小さな口もが吸引力でカールを引き留めた。
「そんっなっ……！」
気の遠くなる射精感と同時に、こく……こく……と、喉の鳴る音がする。
ベラが飲んでいる、自分の精液を。
「ぢゅ……んっ、こく、ぢゅっ……んこくっ……」
吸われる。
出るタイミングに合わせて。
その小さな口が外観からは想像もできない淫技で自分を搾り取ってくる。
目の前がチカチカする。
「ううぅぅぅぅ……」
中々止まらない射精に気が遠くなりかけ、命の危険すら感じる。
反射的に角を引いて、今度は腰からベラを遠ざけようとする。
「ぷぁ」
一瞬解放された亀頭からびゅっ、と白濁が吹き上がる。
「はむん」
それをもったいない、というようにすぐにぱくりと咥えられる。
だが、角を掴んで引き離されてまたちゅぱ、と距離が開く。
それでもびゅく、びゅく、としつこく終わらない射精を口を開けて受け止める。
ピンク色の口内に、自分の出した精液が飛び込んでいくのが見える。
「へろ、ぇぁ、えろ、んれぇ」
舌が伸び、おねだりするように亀頭がぺろぺろと舐め回される。
それはいっそ浅ましい姿、精を啜る雌少女の姿。
女神と崇めていた少女が自分の精を必死に貪る姿はカールの価値観を反転させる。
ひゅうひゅうと喉が鳴るほどの荒い息を吐きながら、カールはベラの肩を押してベッドに押し倒す。
「はわゃ」
初めての精の味に陶酔していたベラはこてん、と抵抗もなく倒される。
すっかり獣と化したカールの姿を見て、とろんとした顔で笑う。
「ちょっと待ってね……おいしょ、んしょ」
もそもそと腰をもじつかせて、ぴちぴちパンツをどうにか足から抜き取る。
「よし……ど、どうぞ……」
その脱ぐ間にちょっとだけ理性が戻ったのか、また恥ずかしそうにする。
恥ずかしそうにしながらも、ぱか、と膝を割り開き。少女の全てが露わにされる。
ふっくらとした恥丘に、つるりと体毛の無いピンク色の筋。
それが薄暗い部屋の中で外からの明かりにテラテラと光っている。
「はぁー、はぁー、はぁー」
初めての瞬間に何か声を掛けようかと思ったが、興奮の余り何も喋れない。
ただ、急いで先端を入口に合わせる。
「……」
そんな余裕の無いカールの様子に、ベラはちょっと嬉しそうにする。
「ふっ」
「くふっ」
合った。
「ふぅぅぅぅ〜〜〜〜〜」
「ぅぅぅぅぅ」
腰を進めた。
狭い
柔らかい
あれ、
何か動いて……
「うぅぅぅぅ！？」
急激に、複雑なうねりが陰茎を襲った。
一度出していなければ間違いなく瞬殺だった。
射精を堪えるために反射的にベラの身体を力一杯抱き締める。
「うぅぅぅっきゅぅぅぅぅぅ♪」
ぎゅぅ、と腰に足が回され、ベラも力一杯抱き着いて来る。
「ぃぎっ……！」
ぎゅいぎゅいぎゅい、と陰茎が螺旋状に絞り上られるような感覚がした。
これには一度出していても耐えられなかった。
どくんどくんどくん！
少女の甘い匂いと柔らかさに包まれて、カールは耐えきれずに射精した。
・
・
・
夜が更け、外では青春祭が宴もたけなわといった所なのだろう。
防音魔法を通しても外の喧噪がわずかに聞こえて来る。
そしてこの寮の暗い一室でもまた夜が燃え上がっていた。
ぺたん、ぺたん、ぺたん、
ぎし、ぎし、ぎし、ぎし
部屋を満たすのは肌のぶつかり合う音と、ベッドの軋む音。
セックスの音。
そのいかにも如何わしい音が、初めての二人を止まらなくする。
「は、はふ、か、かーるくん、かーるくん」
ぺたん、ぺたん、と腰を振りながら、ベラが舌足らずな声で言う。
カールが覆い被さっていた最初の体位からうって変わって、今はベラがカールに跨った状態だ。
「ま、またね、はぅ、わたしのこと、はふ、遠い存在に、感じたら……んん♡」
サキュバスらしくさせて欲しい、という要望でこの体位になったが、堪えきれず時折突き上げるカールにいちいち喘がされながら言う。
「わ、わたしの、恥ずかしい所、思い出して、今から見せるから、思い出して……！」
かぱぁ、と足を開き、足を踏ん張らせて腰の動きを早くする。
たん、たん、たん、たん、たん、とみずみずしい肌の弾ける音が早くなり、ヨーグルトをかき混ぜるような卑猥な音がそれに混じる。
「い、いく、いく、いく、いく、かーるくん、わ、わたし……！」
がば、とベラが上体を起こしカールを見下ろす。
「べ、ベラゴール、バクス、チュア……！カール、ウッドくんのお、お、お、おちんぽに、敗北しましゅ♪」
滅茶苦茶に恥ずかしがりながら、ベラはそう宣言するとにぱあ、と笑って両手でピースサインを作って見せた。
ぶびゅっ！！！びゅくびゅくびゅくびゅく！！！
その、女の子として一番情けなくて恥ずかしい痴態を見せつけられ、カールは一秒と持たず射精した。
「おっっきゅぅ！？」
熱い直撃を受けたベラは笑顔をだらしなく蕩けさせられ、乳房をぽよぽよと揺らしながら恥ずかしく上り詰める。
その瞬間もピースサインは保ったままだ。
カールは理性のタガを弾き飛ばされ、獣のような唸り声を上げて身を起こすと、またベラに覆い被さる体勢になる。
乱暴にベラの細腰を掴むとガツン！ガツン！とベラの小さな体を抱き潰す勢いで腰を振り始めた。
「ふぎゅ！うぎゅ！んきゅ！ふぎゅ！」
潰されたような悲鳴を上げながら、ベラは上半身をのたうたせ、プリンのように乳房を振り乱すしかない。
「あぁぁぁーーーーー♡」
しかし、絶頂を迎える瞬間には律儀にぴん♡とダブルピースを作って恥ずかしいアピールを忘れない。
ベラはセックスも真面目だ。
相手に最大限の快楽を与える努力を惜しまない。
そんな健気で可愛い過ぎるベラにカールはますます止まれなくなる。
恥辱と快楽と愛欲のループに嵌り込んだ二人は、無限に続くと思える夜を一滴も零さずに味わい続けた。
・
・
・
「ええとね……すごくね……すごかった……」
「……で？」
「え？だから、すごかった」
「すごかったじゃあねえんだよなあ」
場所は食堂。
「報告会」の名目で食後に雑談をするベラとソリュンとターチェ。
目をぱちくりさせるベラにソリュンが呆れたような声を上げる。
「「すごかった」の四文字で全部表したと言える？もっと彼のこれがどうだったとかあれがどうだったとか！私のまんこがこうだったとかぁ！」
「仮にもご飯食べる場所で女性器の名称を大声で言うのはどうかと思うの」
「まあまあしょうがないじゃん、初めてなんてそんなもんよ、すごいとしか言えないのよ、経験すればわかるって」
「あれ？喧嘩売ってる？」
「喧嘩は同じレベルの者の間でしか起きないんだよねえ」
「売ってるな？」
「落ち着いてってばもう……」
いつもと変わらない馬鹿なノリ。
だけどベラの様子がいつもと違うのは明らかだ。
基本には変わらないが、どこかしらちょっと浮かれた様子なのだ。
真面目にしていても気を抜くとにへ、と笑みが零れてしまう。
また、仕草に妙な艶っぽさが加わったような……。
「代わりに私の成果を詳しく教えてあげよう、動画も撮ったし」
「何でそう動画で記録したがるのあんたは……ミック君いっつも恥ずかしがってんじゃん……」
「それがイイ」
「鬼畜か」
わいわい盛り上がる女子達を遠巻きに見るカール。
今日もきちんと彼女と同じメニューとデザートまで頂いた。
「ふう……」
晴れて付き合う事になった二人。
だが、真面目に勉強をするために入学したベラだ。
普段の学園生活でいちゃついたりはしない、というのは互いに決めている。
というより、いちゃつきながらついていけるほどこの学園の授業は甘くない。
そして正式に付き合う事になったが故に、カールもベラに少しでも相応しくなるよう努力したいと思っている。
なのでお付き合いはメリハリをつけて、という方針だが習慣というのは恐ろしい。
カールはいまだにこっそりベラを観察する事を止められないし、こっそり同じ食事をするのもやめられない。
付き合ってる相手をストーキングする異常者という状態だ。
だが、ベラ自身は自分への執着の表れとしてそれを好意的に受け取っている。
付き合っているストーキング相手公認のストーキングである、訳が分からない。
（ああ……今日も可愛い……）
視界の隅ぎりぎりで雑談するベラを愛でるカール。
やはり、やめられない。
と、ベラが不自然な動きをした。
こそ、と右手をさりげなく背後に降ろし。
ぴん、と小さくピースサインを作って見せた。
「……っっ」
瞬時に下半身が危険な状態になってしまい、慌てて席を立つ。
前かがみでそそくさと食堂を離れるカールを悪戯気な流し目でちら、と見やるベラだった。
「うーん、ベラもサキュバスらしくなったねえ」
うんうんとターチェが頷きながら言う。
気付かれたベラはきゃ、と恥ずかしそうに口元を抑える。
「な、なんのことかな？」
「今の瞬間とか」
「わかんない！わかりません！まだまだ私は初心なサキュバスです！」
「え？何？サキュバスらしいところ今見せた？見逃した！もっかい見せてサキュバス！」
「何もしてないって！」
・
・
・
「腹話術のカール」
数年後、魔道界隈を騒がせる奇妙な術式を行使する青年が彗星の如く現れる事になる。
それは口頭と脳内で異なる二種類の詠唱を同時に行使するという複雑怪奇な魔法。
本人曰く「右脳と左脳で同時に詠唱する」との事だが、真似出来る者は滅多といなかった。
ちなみにコツは「愛」だそうだ。
22/03/14 00:16更新 / 雑兵