読切小説
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悪魔の歌
 「好きな音楽何?」
普通の会話で、普通によくある話題だ。
まだ付き合いの浅い仲で牽制的に振るのに丁度いい話題でもある。
どんな人も、大抵好きなアーティストやジャンルが一つ二つある。
とある大学生、木下将(きのした まさる)はこう答える。
「いや、あんまり音楽聞かないんだ……○○さんは好きな音楽あるの?」
そうして、さりげなく相手に話題を振る。
これも珍しい返答では無い。
音楽に興味の無い人だって多々いる。
自分もそういう人ですよ、という事にしておく。
本当はある、むしろ熱狂的に好きだ。
しかし、それを決して他人に明かそうとはしない。
木下の好きな音楽ジャンル、それは「メタル」だ。
メタル、そう、ヘヴィメタル。
いかついおっさんや長髪の兄さんが髪を振り乱して騒音一歩手前の音を奏でる、あの音楽だ。
例えばそれを他人に伝えたとすると「へー、意外」という反応が返ってくる。
木下自身は別にいかつくはない、むしろ色白でなよっとしている。
アイドルとかJPOPとか好きそうに見られる。
だが違う、メタルなのだ。
それもかなり筋金入りに。
そこで流してくれたらいいのだが、踏み込んで「例えばどんなバンド?」と聞かれるとする。
正直にメタルバンド特有の長ったらしいバンド名を言うと「へ、へー」みたいな反応をされる。
それがもう、苦痛だ。
さらに踏み込んで「どんなの?聞かせてよ」と来たら更に辛い。
大抵はイヤホンを借りた後に「お、おう」みたいな反応が返ってくる。
「聞いてて頭痛くならない?」とまで言われたりする。
それが、本当に苦痛だ。
わかっている、断じて万人受けするジャンルではないし、ニッチであるのが普通だと思う。
だけど、心の底では共感してもらいたい。
何だったら、自分が布教できたら……そして語り合える同士が出来たら……。
現実はそんな微かな淡い希望をいつも打ち砕く。
木下将はヘヴィメタルを愛している。
そして、それは誰にも秘密だ。







 「あー……ちょっと方向性変わったな……」
部屋で一人、木下はヘッドホンを外して溜息をつく、贔屓のバンドの新曲の感想がそれだった。
近頃音楽はネット配信が主流であり、昔のようにCDショップをしらみつぶしに回って探す必要はなくなった。
とはいえその過程も楽しみでもあったので少し寂しいが……。
ともあれ、目的のバンドもバンド名で検索すればネット上ですぐに購入できるのはありがたい。
木下は口元をへの字に歪めて画面を見つめ、悩んだ。
贔屓なのだから買って応援したい気持ちはある、しかし、曲自体は好みでなかった。
その葛藤から購入を迷っていると、販売サイトの下部に別のバンドの広告が流れて来る。
「……あっ……!」
ほぼ反射的に、その中に流れて来たバンドの広告にマウスを合わせてクリックした。
(出たんだ新曲!)


 ガールズメタルバンド「Luna」(ルナ)
彗星の如く現れ、爆発的にファンを増やしている国籍不明のニューカマー。
演奏技巧や圧倒的声量もさることながら、一番の特徴はその歌詞。
全てが創作言語であるというそれはどの言語とも似つかない。
圧倒的技量で叩きつけられるその意味を超越した響きは脳に、そして「下半身」に響く。
激しく、狂気的でありながらもその楽曲に漂うのは濃密なエロス。
一部評論家から「下品な程に官能的」と称されるその音はファンを虜にする。

 木下はデビュー一曲目からLunaのファンになった。
ファンクラブに登録し、新情報には常にアンテナを張っている。
「っし……!」
サンプル視聴が容易なのもネット販売の利点だ。
木下はすぐさま再生する。

 「ーーー〜〜〜〜ーーー===〜||〜=〜〜〜〜〜〜(((’=(〜〜〜〜〜|((==〜」

 爆音、轟音
それでいて緻密に計算されたようなキャッチーさ。
暴力的でありながら、まるで脳髄を舐め回すような妖艶な金切声。

 ああ、すごい。
やっぱり、このヴォーカルがすごい。
「シロップ」は最高だ。

 木下は特にこのヴォーカル「syrup(シロップ)」の声に夢中だった。
抉るような低音から切り裂く高音まで自由自在な音域。
そして、甘い声でも無いに関わらず匂い立つ官能。
たまらずヘッドホンを耳に押さえつけ、頭を揺らしてしまう。
そして、激しい勃起。
そう、Lunaの曲を聞くと抑えがたく下半身がいきり立ってしまうのだ。
初めて聞いた時にもそれが衝撃的だった。
音楽で勃起するなんて体験は初めてだった。
メタルで高揚する事はあれど、それが性欲と結びつく事があるとは。
そして、それがどうしようもなく快感だ。

 「ふぅ〜〜〜〜」
良かった。
思わず漏れた溜息は賢者タイムそのもの。
Lunaの曲を聞くと必ずこうなる。
もしかすると自分は変態かもしれない、音楽で勃起するとは。
でもレビューサイト等を見るに自分と同じ感想を持つ人は沢山いるようだ。
本当に魔性のバンドなのかもしれない。
うっとりとした余韻もそのままに、流れで公式のHPへ進む。
禍々しいデザインのHPにはライブの予定や新曲のPVへのリンクが張られたりしている。
バンドメンバーのプロフィールは無い。
バンド内での名称以外は一切不明なのだ。
イメージPVにも姿は出てこない。
ライブも撮影禁止だ。
だからライブでの「目撃証言」だけがその姿をおぼろげに浮かび上がらせる。
いわく「女神」だとか「天使」だとかいや「悪魔」だとか「魔王」だとか「たまらん女」だとか「犯したいケツしてる」とか……。
とりあえず、メンバー全員が女性である事は確実であり、そして皆大層に美人であるという事……らしい。
日本でライブが開催されない限りお目にかかる事のできない木下にとっては、妄想を逞しくするぐらいしかできない。
そしてそれがより神秘性を呼んでいる、多分それもが商業的な手法なのだろう。
「……うん!?」
と、思わず思い切り画面に顔を近付けてしまった。
HPの最新情報の中、決して大きくもない告知。

 「メタルBAR「ルナティック」開店(店長syrup)」

 このHPに書かれているという事は公式の系列店という事だろう。
そして見逃せない一文(店長syrup)。
それはつまり、シロップが店長を務める、という事なのか。
つまり、そこに行けばシロップに会える、という事なのか。
そうなのか、そういう事なのか。
いや、勿論売れっ子として忙しい身であるから毎日居るという訳はないだろう。
だが、運が良ければ会える確率があるという事だ。
更に更に、その店の場所だ。

 「……いける」

 何故か小声で囁いてしまう。
声を大にして叫ぶとその事実が消えてしまいそうとでもいうように。
そう、その住所は日本。
尚且つ、木下が頑張れば足の届く場所にある。

 会える。
会えるのか、シロップに……シロップさんに……!?
木下は遠足にはしゃぐ小学生の如く自室のベッドの上でじたばたとのたうち回った。







 数日が経過し、木下は大学の講義を受けつつ悩んでいた。
いや、悩むというより、緊張していた。
「ルナティック」に行く。
きっと行く、必ず行く、死んでも行く。
シロップさんに会えるまで通い詰めて見せる。
だがしかし、自分は見ての通りの「隠れメタルファン」だ。
見た目それらしいファッションもしていないただの陰キャだ。
その場に相応しい服装何かを整えて行くべきか?
それともありのままで行くべきか?
そんな事を考えて行く場面をシミュレーションしていると緊張するのだ。
そもそもメタルBARだ。
その辺のチェーン店に入るのとは必要とする勇気が違う。
客層だって心配だ。
自分以外のメタルファンなんて知らないが、やっぱりコワイ人が多いんだろうか。
絡まれたりしないだろうか……。
しかし、それでも行かないという選択肢は木下には無いのだ。







 場所は駅からそこそこに歩く場所。
繁華街から少し外れた路地に佇む雑居ビル……。
「あ……あった……」
そのビル入り口に書いてある店の看板。
確かにその三階に「lunatic」と入っている。
心臓がばくばくしてきた。
結局自分は辺に格好つけたりせず、いつもの自分で行こうと思った。
何の変哲もないただの一般人でございという服装。
ビルのエレベーターのスイッチを押す指が震えている事に気付く。
緊張しすぎだろう自分。
狭いエレベーターの中でも本当にこれで大丈夫だろうかとそわそわが止まらない。
チーン、と三階に止まった時には心拍数が最高潮に達した。
扉が開き、黒い扉が目の前に現れる。

 「lunatic」

 シンプルに看板が掛かっている。
それ以外はもはやただのマンションの一室にしか見えない。
(……や、やっぱり帰ろうかな)
弱気の虫が鳴き始める。
(いや、いや、ここで引き返したら絶対後悔する……!)
顔を真っ赤にしながら、ノブに手を掛けた。
「ぅおっ」
思わず小さく声を上げてしまう。
ドアを開けて真っ先に出迎えたのが立派な角の山羊の頭蓋骨。
しかも薄暗い中に赤い光を受けてぼんやり佇んでいては驚く。
しかしすぐにそれが壁にかかった装飾だと気付き、いかにもだと思った。
正面の装飾から視線を横にやると薄暗い店内が目に入る。
カラフルな宝石のようにライトアップされたグラス棚。
その前に数席のカウンター、部屋の奥にテーブルと多人掛けの大きな黒いソファー。
そして、そのソファーの後の大きなスクリーンでメタルバンドのPVが流れている。
lunaではない、北欧の有名なバンドだ。
そのPVの重低音が会話を邪魔しないギリギリの音量で店内を満たしている。
PVの激しい明滅に照らされて浮かび上がるのは天井から下がる鎖、古びた鳥籠、国籍不明の彫像……。
そんな雰囲気の中に客がぽつりぽつりと点在している。
いかにもないかつい人からサラリーマンのような全く普通の恰好の人まで、客層は様々なようだ。
少なくとも木下一人が浮くという恐れていた事態にはならなそうだ。

「いらっしゃイ」

その声を聞いた瞬間、ぐるん、と不自然なほど素早く振り返ってしまった。
 この声
この声は。
 カウンターに肘を付いて立っている一人の女性に目が吸い寄せられた。
(ああ、うわ、うわ、うわ、)
ドクロをあしらった黒いシャツに、膝の露出したジーンズ姿。
後ろに結ばれた薄紫色の光沢を放つ髪は腰に届く長さ。
(「シロップ」さんだ)
一目で確信した、いや、一耳で、というべきか。
「コチラニドウゾ」
少し日本語がぎこちないその声。
決して、美声という訳ではない。
むしろ「しゃがれ声」と言える程に潰れている。
常日頃から声帯を酷使しているがゆえの掠れた声。
それなのに、異様な色気を感じる甘い声。
それでこの目の前の女性が憧れ続けた「シロップ」である事が確信できた。
それと同時に「どうして?」という疑問が瞬時に沸いた。
マネキンじみて整った目鼻立ちに、切れ長で鋭く、どこか退廃的な色を秘めた紫の瞳。
ゆったりとした黒シャツを豊かに押し上げる胸元。
胸に生地を持っていかれて覗いている胴は折れそうに細い。
そのウエストに対してアンバランスな程に豊かな下半身。
大きい骨盤にむっちりと付いた肉でタイトなジーンズがパツパツに張り詰めている。
それでいて緩んだ印象は全くなく、垂れ下がる事もなく豊かな尻肉がくいっと上を向いている。
その臀部に続いてこちらもむちむちとした太腿からすらりと長い脹脛、きゅっとくびれた足首が続く。
道を歩くだけでそこらじゅうの男の視線を釘付けにするような下半身。
品の無い表現をするなら「いいケツ」。
それはまさしく、彼女の歌のイメージそのもの。
危険で、妖艶で、退廃的で、どこまでも性的な。
だからこそ「どうして?」と思った。
これだけの容姿をどうして公表しないのか、間違いなくこのルックスを押し出せば人気は倍増するはずだ。
「おきゃくサン?」
そのシロップさんが僅かに首を傾げて言った所で我に返った。
いけない、衝撃で放心してしまった。
「あ……あの!あのっ……し、し、シロップさん、ですか?」
にぃ、とシロップは口元に笑みを浮かべた。
見ただけでゾクゾクするような笑みだ。
「〜〜^^ーーー」
一瞬、日本語ではない何事かを呟いた。
「はイ、ワタシがsyrupです」
「あのっ……!あの…………ファン、です……」
頭を真っ白にしながら、何とか、それだけを言った。
「アリガトウ」
そう言って、シロップは手を差し出した。
それを見た木下は慌ててその手を握った。
柔らかく、冷たい肌の感触が手のひらに伝わる。
(あ、握手!シロップと握手!来てよかった!本当にここに来てよかった!)
と、笑みを浮かべたシロップの視線が不自然に下を向いている事に気付いた。
(え?)
その視線を追うと、どうも自分達の握手よりも更に下を見ているような……。
それは、シロップの色香にあてられてズボンの下から存在を主張する「木下」。
「コンニチハ」
あからさまにそこに視線を固定してニヤニヤしながら、シロップが言った。
(うわああああああああああ)







 (おっすジョンソン)
ドアを開け、心の中で挨拶する。
挨拶の相手は薄暗い中に赤くライトアップされた山羊の頭蓋骨。
これに「ジョンソン」という名がつけられていると言う事は自然に知った。
結構な頻度で入店時に「やあ、ジョンソン」退店の時に「またな、ジョンソン」と、他の客が声を掛けたりするのだ。
なので木下もそれにならって心の中で言っていたりする。
「イラッシャイ」
何度聞いても心を惑わす掠れ声が店内から掛かる。
視線を店内に向けると、カウンターに寄りかかったシロップがいる。
今日は大胆に肩を露出したシャツ、青白い肌に浮かぶトライバルに似た刺青が良く映えている。
そして下は相変わらずのタイトなジーンズ。
カウンターに肘を付いているため尻を突き出す形になり、むっちりとしたデニムの質感が惜しげもなくさらされている。
ごくり、と喉を鳴らして「どうも」と答え、いつもの席、カウンターの端に腰を落ち着けた。
すい、とメニューと突き出しのスナック菓子が出て来る。
今日は何にしようかな、と、心地よい音を後ろに木下は落ち着いて考える。

 初日のやらかしで下手すれば二度と来ないという事も有り得たが、シロップは「元気」の一言で済ませてくれた。
以来、木下は時間を見つけてはこの店に入り浸るようになった。

 「ええと……この、「ブラッド」と……それと……」
「ニクジャガ?」
「あ、はい……」
酒類はポピュラーな物は一通り揃っている上、他では見ない名前も多々ある。
なので知らない物を端から頼んで行っているが、基本的に外れというものがなくどれも美味だ。
しかしそれに合わせるつまみはこの「ニクジャガ」一択になっている。
そう、この店構えで肉じゃがである。
しかし、これが実に絶品なのだ。
ほくほくに煮込まれたジャガイモ、ニンジン、蕩けるたまねぎ、牛肉によくよく出汁が染みている。
どんな刺激的な味のアルコールも、これのほっとする味が受け止めてくれる。
そして、これがシロップの手作りだと聞いた時は腰を抜かすほど驚いた。
何と言うか、あざと過ぎる。
そんな理由もあって、豊富なフード類の中でも必ずこれを選んでしまう。
何しろシロップの手料理だ、プレミア過ぎる。
「ブラッド」の名に相応しい真っ赤な液体の満ちたグラスに、ほこほこと湯気を立てる煮物が運ばれて来る。
ちょっとシュールな組み合わせだ。
「明日は、おヤスミ……?」
料理を運んだシロップは木下の前で足を止めて声を掛ける。
「あ、はい……」
「ソウカイ」
そっと赤い液体で喉を潤しながら木下は答える。
気のせいかもしれないし、自惚れかもしれない。
だけど、自分がいる時シロップは自分についてくれる事が多いような気がする。
やたらにカップル連れが多い中、いつも一人の自分に気を使ってくれているだけかもしれないが……。
それにかこつけて色々話を聞く事が出来た。
何故公式に姿を公表しないのか、という部分も聞いた事もある。
ビジュアルよりも音楽性で勝負したいから、という無難な答えが返ってきた。
ビジュアルも最高なんだから出せばいいのに、と言いたかったが口説き文句みたいで言えなかった。
そして今日、最もしたかった質問をするつもりだ。

 歌詞の意味は?

 それはファンの間で常に話題に上る事だ。
最も創作言語だという事なので、実際には「意味は無い」と言う推理が主流だ。
だが、木下にはそうは思えなかった。
意味の無い音にあれほどの情念が籠められるとは思えない。
声の根底に煮えたぎるメッセージがあるように聞こえるのだ。
ただシロップがそのを質問される事を嫌うのではないか、という懸念だけがその質問に緊張を伴わせた。
結果として、それは杞憂に終わった。
「意味は、アルよ」
彼女はあっさりとそう答えた、ただ、満足のいく答えは返してくれなかった。
「内容は教えられないケド、ね」
そう言った。
考えて見ると当然な事かもしれない。
彼女が歌詞の意味を皆に公言しているならば、それはたちまちに広まっているはずなのだ。
「……怒り、ですか」
「イカリ?」
少し首を傾げてシロップは聞き返す。
「勿論、歌のジャンルによってそういう印象になるんですけど……歌から伝わるのはそれかな、って……」
言いながら素人の自分が何を偉そうに分析を……と、恐縮して声が小さくなる。
だが、シロップは気分を害した様子も無くじっと自分を見ている。
少しの沈黙の後、カウンターの向こう側から回り込むと、そっと自分の隣に腰を下ろして来た。
それだけで心拍数が跳ね上がる。
同時にいけない場所も跳ね上がってしまうので、木下はごそごそと座りなおして誤魔化す。
「そうだネ、ワタシは怒っている」
いつもの、少し気だるげな雰囲気もそのままにシロップは言った。
「ソレを、歌に込めていル」
「な、何に対する怒りですか?」
自分の愛するバンドのボーカルに歌の理念を聞かせて貰っている、という事実に興奮を覚えながら木下は問う。
「人間」
短くシロップは言った。
どき、とした。
「人間が嫌いって事ですか?」
「チガウ」
間を置かず返事が返って来た。
「人間はスキ」
「……?」
矛盾した言葉に木下が首を傾げると、少し言葉を探すような間があった。
「人間はスキ、だけど……=^=”===ー……う……ん……」
言葉の合間に聞きなれない発音が混じった。
自分の言葉ではこう言うが、日本語だとどうだったろう、そう悩んでいるようだった。
「キミたちの生きている、セカイがキライ」
探した末に出て来た言葉がそれだった。
「世界……?」
「ウーン……セカイ……世界……?チガウ、か」
ちょっと照れ笑いのような表情になった。
木下の胸がきゅう、と縮む。
「キミたちが……されている、管理……生きカタ……そういうのが……キライなんだ」
「社会?」
「シャカイ、そう、社会、そう、ソレ」
しっくりくる言葉だったらしく、何度も繰り返した。
「人間が人間を使っている、社会がキライ」
笑顔が消えていた。
「人間が人間を、使って、消耗して、アラソって、コロしあって、裏切って、スリ減って、フコウになる」
無表情に中空を見つめながら、シロップは呟くように言う。
「それが、キライ、憎い、人間を不幸にスル、人間がツクった社会がニクい」
その深紫の目に底無しの闇のようなものを見た木下はぞくりとした。
そして思い出す。
いつも微笑んでいるバーの店主の姿は彼女のほんの一面に過ぎない事。
音楽の形を借りて淫蕩な狂乱をまき散らす狂気の歌姫こそが、彼女の本質に近い姿である事を。
「人間が人間をカンリするかラ、人間は不幸になる……人間ではダメ」
「……どうにもならない、問題ですね」
「そうじゃナイ」
シロップは中空を見つめていた視線を木下に移した。
深く、鋭い紫の光に射竦められるような気がする。
「人間じゃないモノに、管理されたらイイ、人間よりももっと高いソンザイに……」
「……」
話の内容は冗談のようだが、目は全く冗談を言っている目ではない。
「た、高い存在?」
「例えば……」
カウンターに肘を置いてその上に顎を乗せ、その口元に剣呑な笑みを浮かべながら囁くように言う。
「悪魔、トカ」
店内は薄暗く、ライトアップされている。
だから、それによって錯覚が見えたのだと思う。
その一瞬、木下にはシロップの目が真っ黒に見えた。
いや、正確には眼球の白の部分が黒くなり、その紫の瞳孔が闇に浮かぶように輝いて見えたのだ。

 悪魔

 脳裏に先程聞いた言葉が浮かんだ。
「ワルいことは好きカイ?」
「え?」
唐突に、そう聞かれた。
悪戯気に歪むシロップの目は黒くはない、普通だ。
「わ、悪い事、ですか」
一瞬の白昼夢を見ていたような感覚を振り払い、その唐突な質問の意味を掴もうとする。
「ワルいこと」
シロップは、まだ慣れていないらしく時折日本語が怪しくなる。
今回も何かの言い間違いかと思っていたが、ずい、とシロップは顔を寄せて来た。
「ワぁるい、こと、サ」
にぃぃ、と歯茎まで見せるような「悪い」笑みを浮かべていることから、意味を違えてはいないようだった。
あとついでに良い匂いがする。
「ヒトを不幸にしない、幸せにするワぁるいコト……」
(ち、近い、近い)
思わず身を引こうとした所でぐい、とそれが止められた。
気付かないうちに肩に腕が回されている。
一瞬で体温が急上昇し、頭の中がぐるぐると回り始める。
体温が、匂いが、瞳が近い。
「ダレにも言わないって、ヤクソクしてくれるかイ」
「何、を」
「LIVEだ、来週に、ヤる」
「……っっ!」
息を呑んだ。
そう、木下はまだ見た事が無い、彼女の歌う姿を。
「ど!どこで……!」
「シィーーー……」
人差し指を唇に当てて、シロップは静かに、とジェスチャーをした。
それと同時に生暖かい吐息が顔にかかり、木下はただでさえ不遜な反応を示していた下半身がより一層いきり立つのを感じた。
「ヒミツのワルいLIVEだ、誰にも、それを言っちゃイケナイよ……」
「……」
口を結んだままかくかくと頭を縦に振る。
その様子を見てシロップはまたにぃぃ、と悪い笑顔になると、木下の目の前に手のひらを出した。
「ケイタイ貸してくれるカイ」
木下は全く迷う事なくスマホをその手に乗せた。
「あっ……ロック」
「ダイジョウブ」
スマホの画面にはパスワード入力画面が表示されている、何をするにしろロックを解除しなければならないはずだが……。
シロップはその画面のまま指を走らせ始めた。
(……え?……)
普通なら、何も反応はないはずだ。
しかし画面にはシロップの指がなぞった跡にうっすらと紫の軌跡が描かれて行く。
おかしい、そんな機能聞いた事がない。
と、見る間にその軌跡は奇妙な円形の模様……例えるなら魔法陣のような形を成していく。
すう、と画面に溶け込むようにその模様が消えるとシロップはスマホを返した。
「……い、今のって……」
慌てて返されたスマホの内容を確認すると、ホーム画面に見慣れないアイコン……先程の魔法陣のアイコンが追加されていた。
一体どうやって?手品?
「ソレに従えば、辿りつけル」
シロップはただ笑ってそう言うだけだ。
ぐい、と不意に肩を強い力で引かれた。

 にちゅ

 キスをされた。
初めてだった。
それは頬でも、額でも、唇でもなかった。
唇は木下の目を襲った。
咄嗟に閉じた瞼の上を瑞々しい感触が触れる、直後に温かな舌が瞼の下に侵入し、ぬらり、と眼球を舐めた。
「……っっ……っっ……」
「ワタシの歌を、君に聞いて欲シイ」
その猟奇的なキスで脳が完全に停止状態に追いやられた木下に、シロップは密やかに囁いた。







 そこからの一週間、木下の記憶は少々曖昧だ。
ひたすらに日にちが過ぎるのを指折り数え、脳裏にはあの時のキスが度々フラッシュバックした。
とはいえ、実の所「秘密のライブ」についての情報は何もわかってはいない。
一応ネットで調べても見たが、日本でのライブなどの予定は勿論無い。
本当はあの日にもっと具体的な事を聞きたかったのだが、頭が茹だってしまってそれどころではなかった。
あのアプリ……どうやって落とされたのかもわからない怪しいアプリを立ち上げてみると、画面一杯にカウントダウンの数字が表示された。
時間を逆算してみると、どうやら週末へのカウントダウンらしい。
このアプリについてもひたすらに謎だらけだった。
容量も僅かなこのアプリはダウンロードされた方法がまず全くわからない。
ひょっとすると何かに感染したのではないかと疑いもしたが、何かに相談するのも躊躇われた。
なにしろライブに関しての手掛かりはこのアプリしか無い。
しかも、シロップから誰にも秘密、と口留めされているのだ。
アプリの由来などを聞かれたらどう答えていいかわからない。
結局のところ木下に出来るのは、ただその謎のカウントダウンを眺めて思いを馳せるだけだった。
カウントが完了したらどうなるのか?何が起こるのか?
不安もあるけれど、彼女に対する不信は沸いてこなかった。
クリスマスの夜を待つ子供のように木下は一週間を過ごした。







 (5)

 (4)

 (3)

 (2)

 (1)

 「ゼロ」
土曜の午後3時。
部屋の真ん中で正座をしながらそのカウントダウンを見つめていた木下は思わず声に出した。
さあ、どうなる。
じっと画面を見つめているとふい、と画面は白くなり、別の何かが立ち上がっているようだ。
「……これ……」
地図だ。
地図のアプリが立ち上がった。
ここからそう遠くない地域が表示され、ある地点に赤いピンが立っている。
どうもただの道端であり、何かの建物でもないようだが……。
「……」
考えても仕方ない、とにかく行くしかない、ライブを見逃す訳にはいかないし始まる時間さえ知らないのだ。
木下は外出の準備をすると家を出た。







 電車の中、木下はスマホを見つめ続けている。
珍しい光景でもないが、徐々に目的地に近付く地図をじっと睨んでいるのは珍しいかもしれない。
ドクンドクンと、緊張とも期待ともとれない感情で心臓がうるさい。
それと同時に果たしてこれで本当にライブ会場に辿り着けるのだろうか、という不安もある。
そもそも、普通に場所と日時を教えてくれればいいのに、わざわざこんな回りくどい方法をなのは何故なのか……。
考えても仕方のない事をぐるぐる考えているうち、目的地に電車は到着した。
(……本当にこんな所に……?)
初めて降りる駅だったが、正直な感想はそれだった。
ライブというからには、開催される場所はライブハウスか何かなのだろうと思っていたのだが。
見回す限り駅周辺にあるのはコンビニ、小さな雑居ビル、銀行……。
それ以外に広がるのはのどかな田園。
日本のどこででも見かける田舎の風景だった。
それらを尻目に木下は地図に従って歩き始めた、目的地は駅からもう少し離れた場所にある。
「……」
辿り着いた時、木下は途方に暮れた。
茜色に染まり始めた夕日に照らされる年季を感じさせる錆の浮いた雨避け、同じく年季の入った標識。
どう見ても田舎の道端の小さなバス停。
手元で確認しても、どう見てもここが目的地だ。
どうすれば?ここでバスに乗るのだろうか?
「あっ……?」
地図が消え、画面が切り替わった。
真っ暗だ。
一瞬壊れたのかと思ったが、画面端にちらつく光でフォトモードに切り替わったのだと気付いた。
操作ミスかと思い慌てて画面を元に戻そうとするが、すぐにいつものフォトモードとは違う事に気付いた。
画面周辺にあるはずの撮影ボタン等が無く、代わりに片隅にあの魔法陣のマークが一つ表示されているだけだ。
……つまり、これはあの謎のアプリの機能と言う事。
目的地に到着すれば自動的に切り替わるようになっているという事だろうか。
だとすれば、何の為に……。
疑問に思いながら何気なく、バス停を撮影するように構えた。
「あっ……?」
すぐに異変に気付いた。
バス停の時刻表が光っている。
カメラから視線を外して肉眼で見てみる。
何の変哲もないバス停だ。
しかし、カメラを通して見ると時刻表が薄紫に光っている。
まるでルミノール反応のように。
「……」
カメラを通して見たまま、時刻表に近付いて見る。
それはうすぼんやりと光る文字だった。

 100m⇒

 元の表示に被るようにして、殴り書きのようにそう書いてある。
ぶるる、と木下は身震いをした。
どういう仕組みなのか、そしてなんという手の込みようか。
突然非日常に引き込まれたような感覚に襲われながら、木下は矢印の指す方向へ歩みを進めた。
バス停の周辺には大きな建築物は無く、矢印の方向はただ山の中へ続く道だ。
少しずつ日は傾き、周囲は夕暮れに包まれ、薄暗くなり始めている。
100メートル、と言ったらこのあたりか……。
感覚を頼りに歩いたが、やはり100メートル進んでもただ山の中の道の途中だ。
何か他にヒントはないだろうか、と再びスマホを立ち上げる。
やはりそのアプリはカメラモードのままだ。
また、先程のように何かマークでも……。
「うわっ」
思わず声が出ると同時に、今度こそ鳥肌が立った。
周辺ではなく、足元。
足元の道幅を埋めるほどに太く、大きな矢印が道の奥へ伸びている。
一瞬道路標識かと思ったが、その矢印は画面の中で薄紫に輝き、そして画面外では目に見えないのだ。
走り書きのようなあの表記ならば容易いだろうが、こんなに大きな表記をどうやって……?
そう思いながらも、足はその矢印に導かれるように進んでいく。
矢印は太くなったり細くなったり、くねくねと蛇のように曲がりくねりながらも道の奥へと続いていく。
薄暗くなり始めた道を、スマホの画面を見ながら歩く。
周囲に人気は無く、思えば駅を外れてから誰ともすれ違わない。
自分が何か奇妙な世界に迷い込んだような感覚を覚えながら、木下は進み続けた。
と、森に囲まれていた道が不意にぽっかりと開けた。
草木に侵食されたそこはしかしどうやら元は広い駐車場だったらしい。
その先にフェンスに囲われた大きな建物が見える。
日没が投げ掛ける最後の光に照らされて佇んでいるその建物は、宮殿のような独特のシルエットを浮かび上がらせている。
しかしそれは日本においては珍しい建築物ではなかった。
宮殿を模したその建物の屋根の看板に大きく「パチンコ キャッスル」と表記されている。
そう、パチンコ屋の廃墟だった。
かなりの年月が建物を蝕んでいるらしく、所々から植物が生え、窓ガラスは全て割れている。
夕闇に佇むそれはちょっとした心霊スポットといった風情だ。
「まさか……」
呟きながらカメラ越しに見ると、矢印は駐車場を横切ってその廃墟を指示している。
それに従って建物に近付いていくと、予想通りフェンスに行く手を阻まれたのだが……。
「マジか……」
思わず呟いた。
ボロボロの「立ち入り禁止」の看板の掛かったフェンス。
そのフェンスは大きく歪んで破られており、ちょうど人一人が通れそうな裂け目が出来ている。
矢印は、そのフェンスの裂け目を指している。
更にカメラ越しに見ると、その看板にも文字が浮かび上がっていた。
「立ち入り禁止」の上に被せるように。

 「WELCOME」

 と紫色の表記が輝いているのだ。
異常な光景だった。
自分は何をしに来たんだったか?
そう、ライブだ、ライブを見に来たはずだ。
それが一体どこに誘い込まれようとしているんだ?

 ヒミツのワルいLIVEさ……

 シロップの言葉が脳裏に蘇る。
これは、本当の意味で違法なライブなのだ。
いや、そもそも国の法律で縛れるような物ではないのかもしれない。
考えて見ると異常な事ばかりだ。
魔法のようにスマホに吹き込まれたアプリ、それでしか見えない標識。
そもそも、彼女の存在そのものが……。
何か、自分の知っている常識では測れない存在なのではないだろうか?
いずれにせよ自分はもう、それに魅入られてしまっている。
確かな高揚を胸に、木下はフェンスを潜った。







 割れた窓から差し込む光はかなり頼りなく、その薄明りに照らされる薄暗い廃墟の中はいかにも廃墟然としている。
剥がれ落ちてぶら下がる壁紙、広間の隅に積まれた椅子、寄せ集められたマット……。
どこからどう見ても、何か催し物をしているようには見えない。

 ヴー ヴー ヴー

 と、スマホが振動を始めた。
慌てて取り出して画面を見る。

 WELCOME

 黒い背景に白字で画面一杯に表示されていた。
それが消え、また別の文字が浮かび上がる。

 KNOCK KNOCK

チーン

 静寂の中に、場違いな音が響いた。
それは電気も何も通ってはいないであろうこの場所で聞こえるはずのない電子音。
(……エレベーター……?)

 ガコン

 そんなはずはない、と思う間もなく扉の開く音が聞こえ、暗いホールに一筋の光が差した。
「……」
木下はごくり、と喉を鳴らした。
そのエレベーターは元々施設にあったものに違いないが、稼働しているはずがないのだ。
だが、現にそのエレベーターは口を開け、暗闇に光を投げかけている。
その光源に恐る恐る近付いてみると、エレベーターの中が見えた。
ステッカーだ。
夥しい数のステッカー達がエレベーターの壁一面を埋め尽くしていた。
エレベーターの壁は黒のようだったが、それも定かでないほどに埋まっている。
それは聞いた事の無いバンドのものであったり、読めない言語であったり、色とりどりだ。
その中でも最も大きく、目立つロゴが入口から見て正面の壁に貼り付けてある。

 LiveHouse Feeding

 ライブハウス・フィーディング。
ショッキングピンクの文字でそう書いてある。
木下は自分が正常な世界の埒外にある場所へと足を踏み入れた事を認識した。
もはや何が起きてもおかしくはない、起こる事象に論理的な解釈を付けようと考える事が愚かだ。
思考を放棄せねば正気を保っていられない、そんな場所に自分は居る。
そして、そこから逃げ出す気にはならない。
吸い寄せられるようにして、木下はそのエレベーターに足を踏み入れた。

 チーン

 扉が閉まって外の廃墟の景色が締め出されると、ゴウン、と、動き出す感覚があった。
どうやら下に向かっているらしい。
エレベーター内は狭く、内部を照らす照明は頼りない。
閉まった扉の横を見てみても、普通ならある階層のボタンは無い。
ただ、このエレベーターの意思に任せて運ばれるしか無いのだ。
チカチカと時折明滅する灯りに照らされる様々なステッカーを眺めているうち、ガコン、と止まる感覚がした。

 チーン

 開いた先は薄暗く、紫のライトに照らされた通路。
コンクリートの壁にはステッカーに変わって怪しげなポスターが大量に貼ってある。
そして、腹に響くような規則的な重低音が鳴っているのが聞こえる。
(……これ、ドラムの音……?それにここは……?)
木下は果たして自分が本当にあのパチンコ屋の廃墟の地下にいるのかどうか確信が持てなかった。
もはやあのエレベーターで違う次元に飛ばされたのだとしても不思議はない。
「……っ!」
視線を感じた。
それは通路の突き当りにある受付カウンターらしき場所に座っている女性からのものだった。
通路と同じくべたべたとポスターの貼られたカウンター内に座るその女性の手には読んでいる途中だったのか、音楽雑誌が乗っている。
その女性は普通ではなかった。
恐ろしく整った顔立ちや肩口で切り揃えられた艶やかな光沢を放つアッシュブロンド。
肩を大きく露出したラフなスタイルも気になるが、何より気を引くのがその銀髪の下から覗く物。
両側頭部に付いている立派な巻き角。
木下は、それを良く出来たコスプレだとは思えなかった。

 悪魔。

 脳裏にその言葉が浮かぶ。
まさか、そんな……。
「ん、いらっしゃい」
その女性は雑誌をテーブルに置くと立ち尽くす木下に声をかけた。
至って常識的な対応をされた木下は、ようやく我に返った顔でカウンターに歩み寄った。
「あ、あの……」
「ここ、初めて?」
「あの、はい」
「どうやって来たの?」
「えっと、その……あの……あ、アプリが、あってその……」
アプリ、と聞いてその悪魔(?)のお姉さんは得心のいった顔をした。
「なぁるほど、君がぁ……ちょっとそのアプリ見せて貰えるかな?」
「あ、はい……」
スマホを取り出してカウンターの上に置く。
画面は廃墟を訪れた時の「KNOCK KNOCK」が表示されたままだ。
それを見たお姉さんはにっこり笑うと、一枚のメダルのような物を渡した。
一見するとカジノのチップに見えるそれは中央にデフォルメされた文字で「Feeding」と彫られている。
「あの、これ……」
「ドリンクコインってやつ、ホール入ってすぐ右手で交換できるからね」
お姉さんは傍にある鉄のドアを示して言った。
そこで気付いた。
先程から響く重低音はその扉の奥から聞こえてくるのだ。
それに混じって複数の人々のざわめきも聞こえる。
「あ、あの、お代……」
「今日は紹介だからお代はいらないよ、ようこそ「Feeding」へ……楽しんで、たぁっぷり、ね……」
にやぁ、と笑ってお姉さんは言った。
その笑顔をどこかで見た気がしたが、すぐに思い当った。
シロップの「ワルい」笑顔とよく似ている。
木下はどくんどくんとうるさい鼓動を感じながら、そのドアを開けた。
瞬間、遠目に聞こえていた重低音が腹に響いた。
同時に人々のざわめきと、人の汗と酒の匂いが混じったような濃密な空気に包まれる。
内部はドアから受ける印象よりも広かった。
ライトアップされたステージの前にホールがあり、数多くの男女が思い思いに酒を片手に談笑したり、重低音に合わせて体を揺らしたりしている。
「……」
木下は驚かなかった。
そのホールにいる女性達の身体に、人間とは違う特徴……。
角が生えていたり、翼が映えていたり、手足が鱗に覆われていても驚かなかった。
ここに至る過程で、自分が何か違う世界に迷い込んでいると言う事を十分に認識していたからだ。
最も、そういった特徴を備えているのは女性達だけなようだった。
そして随分とカップル率が高いとも感じた。
多くの女達は男にしなだれかかったり、密着したり、見つめ合いながら酒を交わしたりしている。
そして、ステージの上には……。
(……あれって……もしかして……!)
先程から響き続けている重低音の発生源がそこにいた。
スローテンポで、確かめるようにドラムを黙々と叩き続けている女性が一人。
ちょっと場違いな白のワンピースを纏うその女性はかなり長身だった、目測で180近くあるのではないだろうか。
しかしながらモデルのように整った美人のその女性もやはり、普通とは違う特徴があった。
死人のように肌色が青白く、長い黒髪と合わせてちょっと貞子みたいだった。
(デッド・ガールさん……!)
Lunaのドラマー「Dead Girl」に違いなかった。
名前の通り本当にゾンビみたいだ、いや、みたいというか実際そうなのかもしれない、と今は思う。
ゆらりゆらりと体を揺らしながら、ひたすらにリズムを取り続けている。
「飲み物はいかがなさいますか?」
ステージに釘付けになっていた木下の背中に声が掛かった。
振り向くと冷蔵庫やカクテルが設置されたドリンクカウンターに立つこれまた異形の美人がいた。
(……鳥だ……)
ふさふさの羽毛を手足に生やした女性がカウンターに張り出してあるメニュー表を指差した。
「この中からお選び下さい」
「えっと……じゃあ……ビールを……あ、いや……」
スタンダードなアルコール類の中からそれを選ぼうとした直前、カクテルの中で目に留まる物があった。
「この……「Luna」を……」
「はい、かしこまりました……今夜に、ぴったりですね」
店員は微笑むとグラスに氷を落とし、背後の見た事のないボトルからルビー色の液体をグラスに注いだ。
そこに別のボトルから真っ青な液体が注がれるとマドラーで二つが混じり合い、鮮やかな紫に染まる。
差し出されたグラスを前に、木下は自分の喉がカラカラな事に気付いた。
その冷たい紫色を一息に飲み干すと、ベリー系の甘すぎない爽やかな風味が喉を駆け抜けた。
うまい。
と、思うと同時だった。
ずっと低い調子を保っていたドラムが、やにわにテンポを上げ始めたのだ。
それに合わせて、観客たちが一瞬にして色めき立つ。
振りむいてステージを見ると、デッドガールはまるで何かの発作のように激しくドラムを叩いている。
長身もあってすごい迫力だ。
と、そのドラム音を切り裂くようにベースとエレキが被り、二人の少女がステージに躍り出た。
ギターを抱えたその二人は真っ青な長髪にイタチ科を思わせる獣の耳とフサフサの尻尾を揺らし、鋭い美貌に凶悪な笑顔を浮かべている。
一目で双子とわかる程に瓜二つだ。
「Fooooo!Kaminari!!!!」
「キャーーー!!!ボルテージィィィィ!!!」
観客の叫びがなくとも、その二人がベースの「voltage」とエレキの「kaminari」だという事がわかった。
木下はもう既に始まっている事に気付いた。
普通ならば挨拶というか紹介のような物を挟むのではないかと思ったが、もはやそういう空気ではない、問答無用だった。
荒々しくも正確無比な演奏がホールを揺らし、先程まで落ち着いた雰囲気だった観客達はたちまち熱狂に巻き込まれる。
と、楽器と格闘する三人の中へ、舞台袖からずかずかと歩いて出て来る影があった。
シロップだ。
どおっ、と、会場の熱気がオクターブも跳ね上がった。
「シロップゥゥゥーーーーー!!!!」
「Yeaaaaaaa!!!syrup!!!syrup!!!syrup!!!」
「シロップーーーー!シロップーーーーー!!!」
シロップは歓声に応えない。
その顔に笑顔は無い。
歌いに来た、というよりもカチコミにでも来たのかと言う形相をしている。
その貌が美しい。
頭部の立派な角、紫の瞳、漆黒の眼球、青い肌、背後に揺れる悪魔の尾と翼。
悪魔そのものの姿を晒したシロップは中央のマイクを引っ掴むと、観客に向けて何かを怒鳴った。
「ーーー%%〜〜||||〜{‘‘{{‘{{{!!!!!!」
日本語じゃないからわからない、だが、観客は際限なくぶち上がる。
そのまま雪崩れ込むように楽曲が始まる、いや、始まっているどころではない、初っ端からもう既にクライマックスに突入している。
「シロップぅぅぅぅ」
か弱く、頼りない男の声が観客達の声に混ざる。
きっとこれまでの人生で大声を出す機会に恵まれない人なのだろう。
だが、その喉を潰さんばかりに声を振り絞っている。
「シロップぅぅぅぅぅ」
木下はもみくちゃになった。
荒波に身を委ねる木下は、その頼りない男性の声が自分の声である事すら認識していない。
脳を爆音でパンチングボールのように跳ね回らせながら、狂乱に身を任せる。
「シロップぅぅぅぅぅシロップぅぅぅぅぅ」







 狂乱の宴はいつ果てるともなく続く。
疲れ知らずの奏者に、疲れ知らずの観客達は果てしなくボルテージを上げていく。
その狂騒の中、少しずつ少しずつ、空気の色が変わり始めていた。
顔を真っ赤に紅潮させた双子のヴォルテージとカミナリが向かい合ってギターを挟み、音を絡み合わせる。
それに合わせてまるで腰同士を擦り合わせるかのようにくねくねと腰と尻尾をくねらせる、むき出しの太腿に汗が弾ける。
痙攣するかのように髪を振り乱してドラムを叩き続けるデッド・ガールもたっぷりと汗をかいている。
それの振動によって体格に相応しい爆乳がばるん、ばるん、と揺れる。
濡れて肌に張り付いた服からはぷっくりと尖った乳首がはっきりと伺える。
「キャーーーーー♪♪♪」
歓声を上げながら、観客の女性の一人がシャツをずり上げ、その膨らみをぷるん♪と晒すや否や隣の男の頭を抱え込む。
激しいリズムに合わせて後ろから彼氏が抱きすくめ、疑似セックスのように腰を打ち付け合うカップル。
上下に体を揺すりながら唇を貪り合うカップル。
理性の枷が外れた会場内はいつしか、淫蕩な空気に染まり切っていた。
普通のライブハウスであればご法度な状態、だが、ここは違法な空間。
理性も常識も、脱ぎ去れる空間。
狂乱が乱痴気騒ぎとなっても、制止する者のいない空間。
発情した雄と雌の空気が濃縮され、それをさらに爆音が煽り立てる……。







 いつしか音楽は鳴り止み、観客達の歓声とも嬌声ともつかない声が会場を満たしていた。
デッド・ガールは精魂尽き果てたようにぐったりとドラムを前に座り込んでいる。
もはや汗に塗れ、透けたワンピースは衣類の艇を成しておらず、全身から雌の匂いを発散させている。
蒼い双子は乱れる観客達を満足気に見下ろし、互いの身体をじっくりとまさぐり合っている。
「シロップぅぅ……シロップぅぅ……」
もはや意味のある言葉を紡ぐ者も少なくなった観客達の中、それでも枯れ果てた声を上げ続ける客がいた。
木下だった。
周囲の圧倒的な痴態に埋もれそうになりながら、ズボンの前を痛々しく突っ張らせながら。
地面にへたり込んだ状態でずっと声を送り続けている。
「フゥー、フゥー、フゥー」
シロップは肩で息をしながら、マイクスタンドに寄りかかるようにしてステージ中央に立っている。
全身がステージのライトをテラテラと反射するように汗にまみれ、はち切れんばかりのシャツとジーンズから湯気が立つようだった。
「フゥー♡フゥゥゥゥ♡」
紫の瞳孔が爛々と輝きながら、ステージ下で情けなくへたり込んでいる木下を見つめている。
「ふぅぅぅっ♡」
唐突にマイクスタンドをステージ脇に乱暴に蹴りやると、ステージをずかずかと足早に下りた。
真っ直ぐに木下の元へ歩いてくる。
「あああああシロップぅぅぅ」
「フゥー♡フゥー♡」
息を荒げながら木下の手を掴み、物凄い力で出口に向けて引っ張り始める。
木下はへっぴり腰になりながら引きずられるように連行される。
バァン!と乱暴に扉を開けると受付カウンターの前を通り過ぎる。
「お疲れ、いーいライブだった……って聞いてないか」
カウンターのお姉さんの声にも振り返らず、シロップは木下をエレベーターの中に押し込むと同時に壁に押し付けてしなだれかかる。
チーンと扉が閉まり、のたうつ二人の姿はすぐに見えなくなった。
「はい、お持ち帰りーっと」
ペラ、と雑誌をめくりながらお姉さんは呟いた。







 エレベーターの中、壁際に追いやられた木下は濃密な雌の匂いを発しながら自分を圧殺しようとする柔肉と格闘していた。
じっとり汗ばんだ豊かな谷間に抱き込み、そのフェロモンで嗅覚を犯しながら、しなやかな手がひっきりなしに尻を揉み込んでくるのだ。
気が遠くなりそうになりながら木下は相手と同じく尻の手を伸ばす。
もにぃ♡とジーンズ越しに指が沈む。
それと同時にひゅら、ひゅら、と悪魔の尻尾が嬉し気に跳ね回る。
人間で無い者に襲われている、という実感が沸く、それも恐らく人間よりも遥かに上位の何かに。
現に自分を壁に押さえつける力はその見た目と裏腹に巨漢にでも取り押さえられているかのようだ。
抵抗しても絶対に逃げられないと確証が持てる、そしてそもそも逃げる気も起きようが無い。
雄である限り絶対に逆らえない上位の雌である事が、その密着する蒼い肌から伝わってくる。
それが、捕食される草食動物のような被虐的な快感を呼び起こす。
「”====#〜”=”===〜〜”〜〜〜#=〜|||♡♡♡」
耳元に荒い吐息と共に、甘く掠れたしゃがれ声で何かを囁かれる。
日本語で喋る余裕も無らしく何を言っているかはわからない、だが、何かとてつもなく卑猥な事を囁かれている事だけは伝わる。
言葉に反応して、これ以上はないだろうと思っていた陰茎の膨張が限界を超えて膨らんでいく。
それを押し付ける腰から感じ取ったシロップは「クハ♡」と笑いを漏らすと、すとん、と腰を落とした。
ぱっくりと股を広げたはしたない開脚座りで木下を見上げる。
退廃的絶景だった。
見下ろす視点になった事で汗ばむ深い谷間から突き出された豊かな尻、そこから延びる悪魔の羽と尻尾が嬉し気に揺れる様が一望できる。
そのむっちりと汗ばむ肉体から一嗅ぎで脳を蕩かす悪魔のフェロモンが立ちぼる。
狭いエレベーター内にたちまちそれが充満し、息をするだけで眩暈がする。
「=〜|||”##♡♡♡」
何かを淫猥な声色で囁くと、シロップはくぱぁ、と口を大きく開いた。
ぬらん、と巨大なナメクジのような青白い舌が卑猥な唾液にテカりながら踊った。
その様で何を言われたか、何を求められたのかを木下は瞬時に理解した。
滑稽なほどに急いでベルトを緩め、チャックを下ろす木下を心底楽し気に観察しながらシロップはその長い舌をゆらゆらと躍らせて挑発し続ける。
木下は初心だ。
普通であれば女性の前に男性器を晒す事に抵抗があった所だが、もはやそんな羞恥は頭の片隅にも無かった。
ずるん、と自分で見た事も無い程に肥大した陰茎が外気に晒され、シロップの紫の瞳孔がハートマークを形取らんばかりにぱぁっと輝く。
脱ぐと同時に、一刻も待てないというように両手でシロップの角を掴んだ。
「ぇぁぁ♡」
シロップは喜色満面で一層口を大きく開き、舌が迎え入れるように蠢く。
木下は角をハンドルにして、思い切りシロップの口内に陰茎を突き込んだ。

 ずぢゅろんっ

 「おっっごっっ」

 電灯がちらつくエレベーター内に一際淫猥な水音が響き、男の呻き声が続く。
荒々しく腰を突き込んだ動作の直後、一瞬にして膝がかくん、と抜けた。
名器、という言葉は性器に対して使うものであり、少なくとも口に使う単語ではないだろう。
だが、木下の脳裏には「口が名器」という意味不明な文章が浮かぶ。
普通はそこまで突き込まれたなら反射でえずくはずであろう喉奥まで陰茎は届いている。
しかし、喉はまるでそうする用途であるように全体が蠕動し、ねっちりと陰茎全体を締め上げて来る。
尚且つ長い舌が睾丸にまで伸び、器用に舐め転がす。
「ぐぅぅぃぃぃぃ……」
しかし、それでも雄の本能なのだろう、必死に角を掴んでぬるぬると陰茎をその名器から引き抜き、再び挿入する。
ぢゅぱんっ ぢゅぷんっ
角をハンドルにしてのイマラチオ。
だが、まるで男性主導に見えない。
どちらかというと、角にすがるようにして腰を振る木下の膝は一突きごとにかくかくと揺れている。
更に、シロップの腰は振られる頭に合わせるようにしてゆらりゆらりと揺れている。
まるでその腰振りを「本番」で味わうのが待ちきれない、とでも言うように。
当然、長くは持たなかった。
引き抜こうとする際、自分の下半身が視界に入った瞬間だった。
美しいシロップの唇が、まるでタコのように自分の亀頭に吸い付いている所を目撃した瞬間だった。
「う゛う゛っ」
陰茎が跳ね上がり、ぶぢゅ!とその唇に白濁をぶちまけた。
合わせてくんっ♪とシロップの腰も跳ねる。
「ごく……♪ごく……♪ごく……♪」
木下は、たっぷりの白濁がシロップの口内に発射され、それがしっかりと彼女の体内に収められていく様を脳裏に焼き付けた。
「ぢゅ〜〜〜〜ぢゅる、ぢゅる、ぢゅる、」
なおかつ、下品な音と共に脈動に合わせて吸い上げさえする。
「こぉっ」
思わず情けない声があがり、腹の底から引き抜かれるような快感に喘いだ。
とぷ……とぷ……とぷ……
勢いがようやく収まり始め、心底心地い痺れと共にぶるる、と腰に震えが走る。

 「ずぢゅるンっ」
 
 「ぁがぁっ!?」

 完全に不意打ちだった。
ほぼその先端から抜けかけていた陰茎が、再び勢いよく根本までしゃぶり付かれたのだ。
腰から下が一瞬で溶けて無くなる感覚に襲われ、完全に膝が抜ける。
がしっ、と崩れ落ちそうになるその腰を、力強く悪魔の腕が支える。
「ぶぢゅっ、ちゅぞっ、ぼぞっ、ぢゅるっ、ぢゅるるるるっ、んぼっ」
腰を支えて壁に押し付けたまま、その魔性の口がさらに種を要求してきた。
「はぁー、お゛ー、ああ゛ーゆるじ、許してぇ、ぇあっ、しろっぷざんっ」
先程とは逆に角を掴んでどうにかその口淫から逃れようとするが、ただ首の動きに合わせて動くだけで制止に繋がらない。
びゅぱっ
自らで制御する事のできない快感は容易く限界を超え、木下は抜かずの二発目を勢い良く口内に放つ。
「あ゛やぁぁぁぁ」
止まってくれない。
射精の最中もピストンを止めず、脈動にあわせてぞる、ぞる、と唇で陰茎をコキ抜く。
力の抜けていた膝が、射精の度にぴん♪ぴん♪と跳ね上がる様子を押さえつける手で感じ取り、目に喜悦の色を輝かせながら啜り続ける。
「あ゛、お゛、あ……」
ふつん、と木下の目の前が暗くなった。

 めちめち、ぶぢゅんっ
「ん゛ーーーーーーー!?」
陰茎を貫く快楽で木下は叩き起こされた。
目を開いた瞬間、紫の瞳孔と視線が間近にぶつかる。
その近さで、口の中でのたくって悲鳴を封じている生暖かい肉がシロップの舌だと気付いた。
自分の全身が意思に関わらずびくんびくんと痙攣し、その痙攣を押さえつけるようにシロップの肉体がずっしりと絡みついている。
「っっぱぁ♪」
唾液の橋を作りながらシロップが口を解放し、シャツ越しに乳房をばるん♪と揺らしながら上体を起こした。
「かはっ、けふ、あ、ああ?あ……」
状況が把握できず、兎にも角にも激烈な快感を伝えて来る下半身を見下ろすと、自分の陰茎が見えなかった。
代わりに見えるのは自分の下半身にのしかかる裸の青白い下半身。
その、自分の陰茎があるべき場所にのっしりと乗りかかる下腹部。
繋がっていた。
「あああ゛、何これ、何だこれぇ!?」
気持ちいい、とかそういう次元ではなかった。
四方八方から細やかなつぶつぶが押し寄せ、動いてもいないはずなのにうねりうねりと自分の陰茎に絡みついてくるのだ。
口が名器だと思ったが、こちらはまごう事無き名器だった。
「=##=〜|”〜〜#=#|#$|〜$〜$♡♡♡♡♡♡」
悪い笑みを浮かべたシロップが、掠れた甘い声でまた何かを言う。
言いながら繋がった部分にそっと指を這わせ、その部分を潤わせている粘液をねっとりとぬぐい取る。
そして、その粘液をぬるりと自分の下腹部に円を描くように塗り付けた。
(……赤……!?え?血……!?)
それの蒼い肌を彩る赤は紛れもなく、シロップの処女血。
その純潔の証で、今度は木下の下腹部に円を描く。
何かの契約のように。
そうしておいてから、いよいよ本格的に貪り始める。
ぬるんっ
「はぁおっ」
腰を上げただけで、そのひだに舐め上げられる感触で木下は限界を迎えそうになった。
たちゅんっ
そして、腰を振り下ろしただけで限界を迎えた。
ぶびゅっ
一往復持たなかった。
「う゛ーーーーーーーっ!」
雄の本能がより奥への射精を求めて腰を持ち上げる。
膣内のひだが射精に反応してぞろぞろと陰茎を舐め尽くす。
すとん、と腰が落ちた所で、すぅ、と意識が遠くなった。

 どちゅんっ
「えぁぁぁっ!?」
そして、快楽で引き戻される。
「しろっぷざんっ!だめぇ、ゆるじで、ゆるじでぇ!」
「==#(〜$’♡♡♡##()===〜♡♡♡」
許しを請う言葉に返された聞き取れない返答が、許しの言葉でない事は明らかだった。
シロップは容赦なく腰を振る。
ぬるる、どちゅん、ぬるる、どちゅん、ぬるる、どちゅん
一往復一往復が天国だった。
人間の脳では耐えられないほどの極楽だった。
耐えかねた木下は自分を舐め尽くすシロップの下半身に手を伸ばして止めようとする。
むにぃん♪
ジーンズの下からでも伺えた豊満な尻肉に指が埋まる。
自分をレイプする雌の雌としての優秀さを脳が認識し、止めるどころか睾丸が限界を超えて稼働する。
「あ゛ーーーーー♡あ゛ーーーーー♡」
「ちゅ、ちゅ、ちゅぷ、=’)))=〜〜〜♡♡ちゅ、ちゅぅ、ちゅ」
もはや快楽に追い詰められ、幼児退行を起こしたように泣き喚く木下の泣き顔に、心底愛し気にキスを落とす。
そうしておいてから、シャツをめくるとむわ♡と胸の谷間を解放する。
「ひ、あ、あ、あ、んむ!?」
そして木下の顔をその豊満な谷間に挟み込むと、ばふ、とシャツを元通りにしてしまう。
「んんんんん」
濃密な悪魔のフェロモン溜まりになった谷間に頭を閉じ込められた木下は、シャツの下からくぐもった悲鳴を上げる。
「はっ♡、はっ♡、はっ♡、はっ♡」
シロップはその肉の中に閉じ込めたシャツの上からぎゅぅ、と木下の頭を抱き締め、腰を打ち付け続けるのだった。







 チーン
 
 とある高層マンションの階層にエレベーターが到着した。
ガコン、と開いたその扉の中からむわっ、と男女の交わりの匂いが漏れ出す。
そこから、一組の男女が歩み出た。
ぐったりとする木下をお姫様抱っこの形で支えるシロップ。
明らかに乱れが見えるが、とりあえず服装は二人共整えられている。
そう、扉の中は大量のステッカーが貼られたあの廃墟のエレベーターに相違なかった。
チーン、とエレベーターの形を借りた転移装置が閉まるのを尻目に、シロップは木下を軽々と抱えながら廊下を歩く。
並ぶ部屋の一室に辿り着くと木下を一旦廊下に降ろし、部屋の鍵を開ける。
「あ……ぅ……」
意識を取り戻そうとする木下を見てペロリと舌なめずりをすると、再び木下を抱えて部屋に入って行く。
バタン、と扉が閉まり、カチャ、と鍵が締まった。







 「持ち帰ったねえ」
「お持ち帰りだねえ」
ぐでれー、とテーブルに突っ伏する蒼い髪の双子が呟く。
場所はライブハウスFeedingの楽屋裏。
衣装ケースやクローゼット、鏡台等が並ぶ中にある休憩スペース。
「Voltage」と「kaminari」こと鈴(すず)と八(はち)の二人はその椅子に腰かけ、テーブルに揃ってだらしなく身を投げ出している。
ふさふさの獣耳はぺったりと寝て頭部に張り付いている。
「「いーなぁーいぃーなぁー」」
声を揃える姉妹がくねくねと身を捩らせる。
その動きに合わせてパリ、パリパリ、と周囲に微かに電気が走る。
「お疲れさまー、ってこらこら電気発しない、また電子レンジ壊したら弁償してもらうかんね?」
と、そこに銀色の髪を揺らし、身の竦むような美貌の女性が入って来た。
カウンターで木下を出迎えたあの女性だった。
「ううううパブロさぁーん、しろっちに先越されたぁー……」
「音楽馬鹿のしろっちにぃー……」
「ひどい言いようすぎる」
ぺふぺふと尻尾で椅子を叩きながらくねくねと絡む姉妹にパブロはやれやれと首を振る。
「サイーダでも音楽一筋過ぎたしろっちに出会いがあって」
「あたし達に無いとはどういうことだぁー!?」
「真面目に活動してれば焦らなくても出会いはあるってことだよ……ね?ソワン」
「「えっ」」
「……もきゅ、もきゅ……」
先程からテーブルの隅で大きな体を縮こめて黙々と弁当を食べていた「Dead girl」ことソワンは我関せずという顔をしている。
「そーちゃん、どういうことでしょうか」
「私達は何も聞いとらんのですが……」
プルルルルル
と、ソワンの懐でスマホが鳴った。
そっと箸を置いてソワンは電話に出る。
「ん……もうすぐ上がり……そう……?楽しめた……?良かった……すぐしたい……?わたしも……ん……すぐ行くね……ん……」
短いやり取りを終えると弁当の最後の一口を収め、「おつかれさまでした」と小さく言うとそそくさと楽屋を出て行った。
「今日来てたみたいだね、前から目を付けてた子がいたけどうまくいったみたいだねえ、良かった良かった」
「よくなぁーい!」
「私達もやりてーぇ!」
と、ばたばたと二人が暴れ始める。
「ま、気長に活動しなよ、ファンも多いし」
「カップルのファンばっかなんだぬ……」
「パブロさんリリムさまなんでしょー?もっとこう、うまい感じに新しい子誘い込めないー?」
「焦らない焦らない」
パブロは悪い笑みを浮かべる。
「Feedingは魔性のライブハウス……やがては可愛い子羊ちゃんが迷い込む……君達にもね、多分、きっと、恐らく、来たらいいね」
「語尾がたよりない!」
「やがてっていつになるんぬ!」







 「悪魔サ」
「悪魔……」
「そう……悪魔……」
マンションの寝室。
ダブルベッドの上で木下とシロップは裸で向かい合って横になっている。
周囲にはエレベーターの中以上に濃密な交わり後の気配に満ちており。
木下はもはや指一本も動かせない状態でシロップに包まれ、囁かれている。
「キミ達は……ワタシ達が支配する……そうして、あらゆる苦痛から、ワタシ達が守ル……」
囁きながら、その悪魔は木下の髪を撫でる。
心の中では理性が警報を叫んでいる。
それは人としての防衛本能なのかもしれない。
真の堕落へ誘う者への警告なのかもしれない。
木下は全ての感覚を無視する。
いや、もはやその警告に従うにはあまりにも骨抜きだった。
身体の芯までトロトロに煮溶かされた後に、慈愛しか感じない悪魔の囁きに誑かされ、誰が逆らえるだろうか。
「モウ、悩まなくてイイ……苦労しなくてイイ……ただアマえればいい……アマえるしか、許さない……♡」
掠れた声で脳の芯まで侵食されながら、木下は蕩けるように眠りに落ちた。
「オチろ……オチロ……深く……フカぁく……ワタシに堕ちろ……♡」







21/12/19 13:13更新 / 雑兵

■作者メッセージ
連休の成果です。

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