意思
「美雪さん!俺と一緒に母さんのお墓参りにいきませんか!!?」
「えっ!私がですか!!?」
おもえば、もうお盆シーズン。
毎年お盆に母さんのお墓参りに行くのは、どこか母さんと会えるような気がするためだ。
といっても、気がするだけで実際に天国の母さんと話したりはできていないし、さらに俺には霊感とやらもない。
そして、今年もお墓参りに行く時期がきた。
もう、しばらくお世話になっている美雪さん自身も母さんと知り合いだそうだし、顔を合わせてほしいと思い誘ってみるのだった。
「ダメでしょうか・・・?」
「いえいえ!ただ、私なんかが・・・。」
「俺、母さんは知り合いの美雪さんにひさしぶりに会えたら、喜ぶと思います。それに・・・こんなにお世話になってると・・・母さんはお礼したいと思ってると思います。」
「そ、そうですか・・・。そう竜君が言ってくれるなら、喜んで一緒にいかせてもらいます。」
「やった!じゃあ、明日の朝、早速いきましょう!」
「はい。準備しておきます。」
彼女は話し始めは驚いていたが、終いには笑顔をあらわにしてくれていた。
(母さん、俺、ホントに美雪さんのおかげで幸せな日々をおくれているよ。今年はいつもよりもいっぱい感謝の気持ちを背負って会いに行くから・・・)
「美雪さんも早めに寝てくださいね」
「はい、そうします。おやすみなさい。」
俺は母さんの顔を思い浮かべながら、眠りに就いた。
そばでは美雪さんが気持ちよく寝かしつけてくれている。
(竜君の母さん・・・美香さんの元にいくのか・・・)
彼女はすこしさびしげな表情で、彼の顔を見つめながらその夜を明かした。
「では、美雪さんいきましょうか」
「はい!竜君」
朝食を終え、出かける準備をし、いざ出かけようとする。
「母さん、いまから会いにいくね。」
玄関の家族写真にそう言い残し、二人はアパートを後にした。
バス、電車、徒歩、ずっと二人はすぐ隣で目的地に向かう。
そして、その行く途中の会話・・・
「なんかさぁ、こうして隣通しでバスに乗ってると、あの時を思い出す。そう、俺が風邪でヘロヘロだったとき、美雪さんが一緒に病院にいってくれたこと・・・。」
「ふふっ、あのときは本当に竜君、つらそうだったから、いてもたってもいられなかったわ。竜君、あの時、私がいろいろしてあげようとしたのに、必死で遠慮してくるから・・・余計に心配したのよ?」
「あ、あぁ、すみませんでした!本当に迷惑かけたくなくて・・・」
「前にも言ったと思うけど、困った時はお互い様よ?竜君も私が困った時、助けてね。」
そういいながら、彼女は俺の手の甲に彼女の手をかぶせてきた。
俺は思わずすこし緊張してしまって、
「ひゃ、ひゃいっ!!」
声が裏返ってしまった。
「うふふ、ありがとうね、竜君」
彼女のこれまた最高の笑顔が、俺の胸を高鳴らせる。
山渕駅〜山渕駅〜
どうやら、駅に着いたようだ。
そのまま電車で俺の故郷へと帰る。
「そういえば、俺、あまり美雪さんと母さんとのことについてきいてなかったね。母さんとどんな関係だったのですか?」
「あ、え〜と、美香さんとは・・・仕事で知り合って、それから何度かお茶したり買い物したりと・・・。」
「そっか。」
俺は今までに同じことを聞いている。だが、やはり彼女の答えはいつもこれだ。
「母さん、あまり出かけない人だったから、美雪さんは唯一の友人だったんだとおもいます・・・。」
(でも、母さんと美雪さんが一緒に写ってる写真なんて、見たことないような・・・)
「で、ですかね。美香さんが私と出会えて、よかったって思ってくれていたら幸いです。」
「ははは、そんなの当たり前によかったっておもってるでしょう。それに、母さんよりも俺のほうがあなたに出会えて幸せですよ。あっ・・・」
(あっ、自然に俺の心の声が出てしまった・・・。)
「ふふっ、私も幸せよ。」
!!!
普通に返事され、しばし驚いたが、深く受け止めないでくれてすこし助かった。
「あ!そうだそうだ。父さんも呼んでいいですか?汗臭い男ですが・・・」
「はい、かまいませんよ。」
俺は故郷に帰る時は必ずと言ってもいいくらいに、父さんと会っている。
電車がとまり、いよいよ故郷へと帰ってきた。
「すこしまっててください」
「はい」
俺は実家に電話をかける。
プルルルルプルルルル・・・
(あれ〜おかしいな。仕事でもはいってるのかな。)
父さんは電話に出ない。念のため、ケータイの方にもかけたが、やはり出なかった。
(まぁ、少し前に泊りにいったばっかりだから、今回はいいや)
俺はそうことづけたのだった。
「美雪さん、どうやら父さんは忙しいようなんで、二人きりになりそうです・・・。かまいませんか?」
「あらあら、そうなんですか。ふふふ、いつも二人きりでいるのに、なにか問題でもありますか?」
「そ、それもそうですね。」
どこか今日の彼女はなんというか・・・近く感じる。
「とりあえず、いきましょうか」
「はい!」
そうかわし、街を歩くカップルのように手をつなぐ。
彼女の手はいつも通りに冷たかった。
駅から母さんのお墓まではそう遠くはないため、徒歩で向かうのだった。
けれど、だんだんと近づいていくにつれ、彼女の足取りは重くなっているようだった。
「疲れましたか?ちょっと休憩しましょうか?」
「い、いえ。大丈夫です。」
俺はすこし心配しながらも、彼女にあわせながら歩き続けるのだった。
当の彼女は・・・
(美香さん、まだ約束を果たせておりません・・・。そんな状態で私はあなたに会いにいく資格はあるのでしょうか?私は怖いのです・・・。あなたとかわした約束。そう、私のこと全部を彼に話すということを・・・。何度か話さないとと思い、口に出そうとしましたが、彼を見ていると胸が苦しくなって・・・それを止めるのです。たぶん、私は彼に怖がられるのが嫌なのです。私のことが嫌いになって・・・そのまま、姿を消してしまう。私はそれが怖いです。でも・・・約束は約束です。いまから、あなたに会いに行き、そのあとちゃんとありのままの私を打ち明けます。)
彼女は自分のすこし前を歩いている彼の姿が、だんだんと遠のいていくように感じられた。
「ま、まって!!」
・
・
・
「うん?美雪さん?どうしました?」
彼の優しい顔がすぐそばに来ていた。
「あっ、いえ、なんでもないです。すみません・・・。」
「そ、そうですか。なにかあったら言ってくださいね。休憩しますから。」
「はい・・・。」
彼女は昨日寝る前のようなさびしげな表情でそう答えた。
「着きました!」
母さんのお墓のあるお寺に着いた。
「こ、ここですか・・・。」
「はい、ここの奥に母さんのお墓があります。さ、いきましょ〜」
「は、はい。」
(やはり、美雪さんはどこかおかしい。体調でもわるいのかな・・・。)
「美雪さん、体調が悪いのでしたら、ここで待っててもらってかまいませんよ。俺の方から、母さんに伝えますから。」
「い、いえ・・・体調は大丈夫です。ただ・・・その・・・」
「その?」
「・・・私、美香さんに会う資格があるのでしょうか?」
「資格・・・ですか?そんなのあるにきまって・・」
「いや、ちがうんです!実は私は美香さんとある約束をしてるのです。ですが・・・その約束はまだ果たせておりません。だから・・・まだ私は・・・」
俺は彼女の手をとる。
「約束なんて、いつか果たせばいいんですよ。美雪さんのことだから、その約束とやらに毎日がんばって果たそうとしてると思います。それだけで十分だと思います。それに、俺は美雪さんに会ってほしい!俺の母さんに。」
彼女の曇りかけていた表情が和らいでいった。
「りゅ、竜君。ありがとう。」
「んじゃ、いこう〜」
「はい!」
彼女の足取りは元に戻ったようだ。それに表情もよくなった。
「ここです。母さんのお墓。ちっぽけですが・・・。」
「いえいえ、外見や大きさなんて関係ないです。大切なのは思いですから。」
「そうですね。ははっ。さぁ、一緒に拝みましょうか。」
「はい。」
二人で線香を立て、よくに並んでじっと拝み始める。
(母さん、ひさしぶり。元気にしてた?俺はとても元気だよ。母さんの友人の美雪さん、とてもいい人だよ。母さんのように俺を一番に考えてくれている。こんな俺のために、いつも笑顔でいてくれている。なんか、母さんが天国に行っても、結局俺は誰かに甘えて生きてるだな〜って責めたくなるよ・・・。生きてる間に母さんの愛情に気づけなくてごめん。いまさら親孝行しようとしても遅いけど、俺は母さんがくれたこの体を大事にしていくよ。人の役に立つために。んじゃ、今日はここらへんで。あ!父さん、今日はいないけど、あいかわらずうるさいほど元気だから心配しないでね。・・・また来るから・・・。)
俺はもう何度も来ているのに、やはり母さんへの無念が俺を責め立てて涙ぐむ。目が熱い。いつもだったらしばらく泣いてから帰るけれど、今日は美雪さんがそばにいる。心配かけてはならない。
俺は美雪さんの方を向く。
そこには、目をつよく閉じて、必死に拝んでいる彼女の姿があった・・・
(美香さん、おひさしぶりです。約束はまだはたせておりませんが、かならずすぐに守りますから・・・どうかお許しください。それと、美香さんの思いが焼きついたのか、このごろ竜君を見ていると胸が苦しいのです。母親と言うのは、我が子を見るとこう思うのでしょうか?これがあなたの愛情というものでしょうか?もし、そうならば・・・嬉しいような悲しいような・・・。私のすべてを彼がしったとき、彼がどんな対応をしても、おそらくあなたの愛情ならばそれを受け入れられると思うと嬉しいです。ですが・・・なぜでしょうか・・・もし、彼がいなくなると、私自身がおかしくなりそうです。私のこういう思いもすべてあなたの思いならば、この不安もなくなるとおもいますが・・・。そう思っても、なぜか・・・不安で仕方なく、怖くて怖くて、胸が痛いです。私はどうすれば・・・)
(美雪ちゃん?だったかしら?竜也がさっきそう言ってくれてたけど・・・)
(え?この声は・・・美香さん!?)
(あら〜覚えてくれてたの〜?私うれし〜。)
(そ、その、すみません。約束が・・・)
(全部、あなたの声聞こえたわよ。竜也、あなたにけっこう大変な思いさせてるみたいね〜。でも、許してあげて。わざとじゃないとおもうから・・・。)
(い、いえ。私はただ・・・すこし不安なだけで・・・。で、でも、私のこの思いは美香さんの愛情が焼きついたものだから、きっと耐えられるはず・・・)
(あらら〜?私、美雪ちゃんに勘違いさせちゃってるみたいねぇ。)
(かん・・ちがい・・ですか?)
(うん!たしか・・・あなたが生まれた時に私が「あなたに私の思いが残ってくれればうれしいなぁ。」って言ったとおもうのよ。でもね、あれはね、ただの私のつぶやきだから・・・そう、簡単にいえば、あなたのその思いはあなた自身のものよ。だって、あんなに幸せそうな竜也初めて見れたの、あなたのおかげだって竜也自身が言ってたし、料理だって毎日毎日工夫してやってるだなんて、私にはまねできないわぁ。)
(え、そ、それではこの私の思いは・・・)
(うふふふ〜本物のあ・な・たの心よ。)
(でしたら、なおさら私はあなたとの約束をはたすことができなく・・・)
(大丈夫。竜也なら、きっとあなたの全部を受け止めてくれるはずよ。もし、逃げたりするようだったら、ガツガツしつけてあげて。)
(い、いえ・・・それでは・・・)
(そ・れ・に、あなたのその思いはきっと恋よ。)
(恋・・・ですか?)
(うふっそう、恋。あなたは竜也のことがきっと好きなのよ。あの子、けっこい人の思いに鈍感だから、あなたから思いを伝えないとわかってもらえないかも・・・。)
(そんな・・・こんな私が竜君を好きになったところで・・・)
(あら?もう時間みたいね。じゃあ、最後に私からのお願い。
あの約束はもう無理に守らなくていいわよ。そ・れ・と、あなたのその思い、あの子に全部ぶつけてやって。それであの子がどうなろうとかまわないから、思う存分ぶつけてね。応援してるよ、美雪ちゃん!!)
(み、美香さん!!?)
(うふふ〜じゃ〜ね〜)
彼女の声はそう言い残し、消えていった。
・
・
・
「み・・さ・?みゆ・さ・?美雪さん?」
「は、はい!」
「母さん、喜んでましたよ。美雪さんが来てくれて。」
「そ、そうなんですか!?よかったです。」
「では、かえりましょうか。」
「はい。」
来た道をまた通りなおし、アパートへと帰る。
道は同じなのに・・・
美雪さんはあまり口を開かない。
話をしても「はい」や「そうですね」という返事しかかえってこない。
なにかあったのだろうか?すこし俺は心配する。
山渕駅を出て、バスを待っていると・・・
「ど、どろぼぉぉぉ!だれか〜そやつを捕まえておくれぇぇーー!」
駅の中の方から、おばあさんの叫び声が聞こえた。
「どけどけどけーー!」
そのあとすぐに、そう怒鳴り上げながら人込みを走り抜けてくる男がいた。
「はぁはぁ、待ってくれぇ。」
おばあさんも息を切らしながら駅から出てきた。
俺はもうおばあさんにきくまでもなく、ひったくりだとわかった。
そして、
「美雪さん、ちょっとごめん。おばあさんにとり返してくるから安心してって言って、ここで待ってて。」
「りゅ、竜君!!?」
俺はなにか語りかけてきそうだった美雪さんの声をふりはらい、全力で男のあとを追っていった。
(竜君・・・きをつけて・・・)
「おばあさん、今、私の彼がかばんをとり返しに行ってくれてますから。しばらくここにいてください。」
「ありがたやぁ〜。」
「うふふ、それじゃあ、私も・・・」
「ほい?お嬢ちゃん、どこいくんや?」
「ちょっとお手洗いに」
彼女はそう言い残し、あっという間に姿を消したのだった。
「まてええええ!!」
(く、くそ、誰か追ってきてるな?でも・・・もうすこししたら、俺の隠れ家が・・・よし!ここを曲がって・・・)
(あそこを曲がれば狭い道だ、逃げにくいだろ)
俺はそう思い、曲がり角へ直行し、男が曲がった方に自分のみも投げ出した。
しかし・・・
「はぁはぁ、あれ?どこいきやがった?」
男が逃げたはずの道は一本道だというのに、男の姿は見えない。人気もないため、だれも目撃したひとなどいないだろう。
「く、くそ!!」
俺はうなだれ、地面に目をやると、
(うん?このマンホール、蓋に葉っぱが挟まっている・・・。葉っぱはまだツヤがいい・・・ということは!!)
・
・
・
「ウシシ、こんな下水道に俺の家があるとはだれもおもわないだろ〜。明かりはこの懐中電灯だけで薄暗いし、臭いもきついが、もう慣れちまった俺にはかんけぇねーことだ。」
男は街の下水道に身を隠しながら、盗みを働かす泥棒だった。
「だ〜れも、こんなとこ気がつかないだろうなぁ〜。まさに俺にとって快適な場所だぜぃ!ウシシ。兄貴みたいにへまして捕まるわけにはいかね〜しなぁ。」
そして男は、盗んだ鞄を探ろうとした時・・・
ピチャッピチャッ
と、近くで水が滴る音がした。
「うん、なんだ?雨か?べつに雨なんかふりそうな天気じゃなかったし・・・」
ピチャッ!!ピチャッ!!
しかし、その音はだんだんと大きくなってゆく
「ああ、もう!!うるせーなぁ!!水道管でも穴開いたかぁ〜?まったく耳障りだなあ!」
男はそう言いながら、かばんの探りはを中断し、音のする方へ様子をうかがいに行った。
「う〜ん、音が響いて、あまりどこらへんかわからねーが、ここらへんから音がしたような・・・。お、あったあった、上から漏れてるなぁ。まったく、しゃーねぇ、耳障りだし、ちょっくら移動すっか。」
男は天井から漏れてできた、水たまりに一蹴りいれ、戻ることにした。
振り向いた瞬間!
バッシャーン!!
と後ろでバケツをひっくり返したような音がした。
「な、なんだ!!」
男はは再び水たまりがあった方を向く。
だが、そこには水たまりひとつも残らず消えていた。
「み、水たまりが消えただと!!?」
「ふふっ」
真後ろで声がする。
「だ、だれだああ!!」
男は間合いをとりながら振り向く。
そこには、スタイルのいい大人の女性がいた。
「なんだ、女かよ。どうしたんだ?こんなとこで。マンホールからでも落ちたのか?」
「ふふっ、いえ、あなたに会いに来ました。」
「お、俺にだと!!?」
「ええ。」
彼女は微笑んでいるが男には不気味に感じて仕方がない。
「ま、まさか、警察のものか?」
「ふふっ」
彼女は笑ったまま、答えない。
「ははっ残念だが、俺は女でも容赦しねーぞ?おりゃあ!!」
男は彼女の腹めがけ殴りかかった。
彼女はよける間もなく、男のパンチを腹で受けてしまった。
だが・・・
「うふっ」
彼女はまるで痛くもかゆくもなさそうに微笑む。
それに、彼女の腹を殴った瞬間、なにかゼリーのような弾力で、しかも腹を中心に体全体に波動が走ったように見えた。
「さぁ、おばあさんのかばんを返して?」
「は、ははっ!体は頑丈なようだな。だが・・・これならどうだ?」
シュッと男は銀色のナイフをとりだす。
「あらぁ〜?あなたもそうなのねぇ?ダメよぉそんな危険なもの、人に向けちゃ。」
「すまねぇーが、俺にはコイツはこう使うってことしか頭にねーんだ。」
「あらあら?そうなの〜?それはね、料理に使うものなのよ。」
「ほぉ〜そうっすか〜。なら、アンタを今から料理してやんよ!!」
男は勢いよく彼女の胸めがけ、ナイフを突き刺しにいく。
彼女はよける気配がない。
「はははっ!!あばよ!!」
グスッ
・
・
・
しばらく沈黙が続く・・・
「な、な・・んだ。なんだ、お前。」
男は返り血を浴びながら呆然とする。
「ははっ連れがいたのか・・・」
男が刺した相手は、彼女ではない。突然あらわれた男だった。
・
・
・
「だ、だ・・いじょうぶ・・で・・すか?みゆ・・き・さん・・。」
「りゅ、竜君!!?」
「ははっ、けがはないようで・・すね・・よか・った・・。」
「りゅ、竜君!!?竜君!!!?竜君!!!!?竜くーーーん!!!!!
い、いやああああああああああああ!!!!」
彼女、美雪の叫び声が響き渡る。
「ど、どうして。ねぇ、どうして私なんかを・・・。」
彼女は彼の頬に手をそえる。
「かなしまないでください。お・・・俺は・・みゆ・・美雪さんを・・・守れて・嬉しい・・・のですか・・・ら・・・。」
彼は目をゆっくりとじ、ぐったりとした。
「はっはっは!かわいそうなヤツだなぁ。愛する女を救えたのに、自分が犠牲になるなんてな〜」
「・・・・・・許さない。あなただけは絶対に許さない。」
「はっはっは!女一人で俺をやれるとおもうのか?」
「許さない。許さない!許さない!!!!」
「だから、女一人じゃ・・・!!!」
それから・・・
もう男の声はしなくなった。
かわりに、ミシミシとなにかを締め上げ、砕かれるような無残な音があたりに響く。
「竜君、目を開けて。ねぇ、開けて!」
「・・・・・・。」
「もっと私がんばっておいしい料理つくるから・・・。家事もいっぱいするから・・・だから、目を開けてよ。」
「・・・・・・。」
彼の左わき腹あたりに刺さったままのナイフの刃は、半分近くもぐってしまっている。
「あっ、竜君。私が・・・私が治療してあげる。」
美雪は体を液状化させ竜也の体全体を覆う。
「じゃあ、竜君、これ抜きますからね」
美雪の体は彼の傷口の中にも入っていき、ナイフの刃の部分全体を覆いながらゆっくりと抜いてやった。
「はい、竜君。痛いの体から抜いたわよ。だから、目を開けて。」
「・・・・・・。」
ナイフを抜いた傷口から、ドンドン美雪の体に彼の血液が溶けこんでくる。
「あれ?どうして?竜君?ほら、もう痛くないはずよ?だから、目を・・・。」
彼は目をつむったまま、動かない。
「いや、いやよ・・・こんなの。まだ、美香さんとの約束も・・・私の思いも・・・。」
彼女の体のほとんどが赤く染まった時、
「きゅ、救急車だ!!下水道に男性二人が倒れている!!」
近くのマンホールがあき、だれかがそう叫んだ。
美雪は元の姿に戻り、彼の傷口を抑えることしかできなかった。
・
・
・
5分もたたないうちに、救急車のサイレンが聞こえた。
そのまま男二人は救急車で運ばれていった。
美雪は同時に来た警察に事情聴取により、警察署へと連れていかれた。
「ふむふむ、ではあなたがた二人、あなたとナイフで刺され血まみれだった男性とで、同じく近くで倒れていた男からおばあさんが盗まれた鞄をとり返そうとし、こういうことになったんだね。」
「はい・・・。」
「でも、あなたが無傷で、しかも男二人の倒れた原因が全く違うということはちょっと気がかりだねぇ。」
「え、えっと、それは・・・男が私にナイフで襲ってきてるときに、彼が私をかばってくれて、それで彼は・・・彼は・・・・。」
「ふむふむ、それならあなたが無傷で彼が刺されたっていうのは分かりますが、その盗みを働かした男の方が倒れていたというのは・・・。」
「それは・・・私にもわかりません。気づいたら、苦しみながら倒れてました。」
「気づいたらねぇ・・・。もし、あなたの言うことが本当で、あなた自身で男を何らかの方法で倒れさしたとしても、あなたは正当防衛にいたったってことになりますので、その件は安心して下さい。ただ、捜査しなければ分からないことだらけですがね。」
「は、はい。それよりも、彼は、彼は無事なんですか!!?」
「落ち着いてください。まだ病院の方から連絡がありませんので、今はなんとも・・・。」
「でしたら、私も病院にいかせてください!!」
「いえ、それは無理です。あまりあなたを疑いたくはないですが、あなた自身で彼らを襲ったということもありえますから・・・。容疑者を外に出すことはできません。」
「ど、どうしてですか!!?私は嘘なんかついていません!!だから、早く!!」
「そう言われても・・・。」
ドタドタドタ!!バタッ!!
「け、警部!!」
「なんだ、そんなにあわてて?」
「病院から連絡がありました。左わき腹を刺された男性は呼吸はあるものの意識不明の重体、あと大量出血による命の危険性が。もうひとりの男性はなにか太い縄のようなものでものすごい力で体全体を締め上げられたような症状だそうです。そちらの男性も内臓に骨が刺さって、命の危険性が・・・。」
「そ、そうか・・・。ということだそうです・・・って、おい!彼女はどこ行った!!?」
「彼女?」
「お前が入ってきたときに、ここにいただろ?」
「い、いえ、僕はみてませんが・・・」
「嘘を言うな!監視カメラだ!!」
「は、はい!・・・・って、あれ?警部!ここの監視カメラ全部ショートを起こして壊れてしまってます!!」
「な、なにぃ〜?くそっ病院だ!!病院に向かうぞ!」
「は、はい!!」
「竜君、生きて。まだ私はあなたに伝えないといけないことがあるの!!」
彼女は液状化した体で滝のような速さで病院へ急いだ。
病院に着くと、一階の騒がしい部屋へと身を急がせた。
手術室らしき部屋のドアは固く閉ざされている。
美雪は液状化してむりやり中に入ろうとした時、
突然ドアが開いた。
「竜君は!!!竜君は無事なんですか!!?」
でてきた医者は深刻な表情で首を横に振る。
「ど、どうしてぇぇぇ!!竜君が!!竜君がぁぁぁ!!!!」
「お、落ち着いてください。刃物でさされた男性の方は助からないわけではありません。傷口は運よく、臓器や動脈などに傷はついておりませんでした。」
「そ、それじゃあ・・・」
「しかし、血液の方が深刻です。心臓の鼓動が弱くなっており、輸血したとしても全身にいきわたらず、そのまま意識をとりもどすかどうか・・・」
「竜君は!竜君はどうしたら助かるのですか!!?」
「悲しいですが、今のところなすすべがないのです。」
「そ、そんな。竜君を、竜君を助けてあげて下さいよぉぉ!!」
「その気持ちは痛いほどよくわかりますが、こんな少し大きなだけの街の病院では器具が十分でないのです。それに、日本中の病院を探してみても、おそらく難しいかと・・・。外国にはさがせば見つかるかもしれませんが、なにより移動させる時間が彼にはないのです。だから、今のところ・・・」
「血液を全身にいきわたらせれば、助かるのですね。」
「は、はぁ、しかし、無理に心臓を圧迫させてもかえって命の危険がありますし・・・。」
「ありがとうございます!竜君はきっとよくなります!!」
「はい、私たちもやれることだけのことはやりますので、願ってるだけでもかまいませんから、どうかすこしお力をください。」
「はい、もちろんです。」
美雪は機嫌よく、そのばを立ち去った。
そう、彼女のやることは決まっている。
人目のつかないところで彼女は液状化する。まだ竜也の血液により赤く染まっている。
そして、もういちどあの部屋へ。
扉はやはり固く閉ざされているが、彼女には関係ない。
ビチャビチャと音を立てながら、中へ入る。
そして数人の医者に囲まれている彼を見つける。
「竜君、まっててね。もうすぐ助けに行きますから。」
彼女は輸血中の血液パックの管にばれないように身をからませる。
医者の一人が気付いたのか、
「お、おい!輸血量が多すぎるぞ!このままじゃ彼の心臓に血液がたまり、破裂するぞ!!」
「で、ですが、勢いを止めよう調整してもとまりません!・・・う、うわ!!」
ビチャッッ!!
と彼の傷口から血液が勢いよく噴出した。
あたりは赤く染まり、医者たちも一瞬視界が奪われた。
彼女はわざと、そうしむき、そのすきに彼の体に自分の体を流し込んだ。
そして・・・
「うふふ、この流れに沿って行けばいいのね。」
あっというまに、彼と彼女の体は一時的に一つになった。
「せ、先生!!心拍が戻ってきています!!」
「な、なに!!すぐに輸血だ!!」
「はい!!」
・
・
・
「心拍・脈拍ともに安定してきました。」
「よし!」
彼女はそれを聞くと、彼の血液を分泌し、自分の体だけをそっと外に出してゆく。
体を出していく最中、ぎゅっと彼の手を握っていた。
医者たちは機器の片付けや、心拍表示にくぎ付けで、それには気がつかない。
「がんばったね、竜君」
軽く唇を撫で、彼女は手術室をあとにする。
ガラガラっとすぐにドアが開いた。
彼女は元の姿で、
「どうなりましたか?」
・
・
・
「大丈夫です!!意識がもどるまでもうすこしかかりそうですが、命に別条はありません!」
今度は満面の笑みで医者はそう言う。
彼女はだいたい分かっていたが
「ほ、本当ですか!!よ。よかったぁ〜。ありがとうございます、先生!!」
「いいえ。あなたの想いが伝わったのですよ、彼に。」
「本当によかった。よかった。」
彼女は何度も医者たちにお辞儀をした。
そうしていると・・・
「い、いたぞおお!!あの女だぁ!!」
あの警部がやっとここまで来たようだ。
「もう、逃がさんぞ!さ、暑まで同行おねがいします。」
「はい、すみませんでした。」
美雪は笑顔でそう答えた。
その日、彼女は警察署に身柄を拘束された。
その夜、とある病室にて
(竜也、こんなところで寝てたらダメでしょ?)
(母さん?)
(も〜母さんの涙にまた涙を流さす気?)
(涙に涙?なんのこと・・・?
(うふふ、さぁね。さ、起きる時間よ。心配かけた人にちゃんと謝るのよ?)
(わ、わかったよ。でさ、かあさ・・)
(私、もう行くから。いつも元気でいてね。それだけで母さん嬉しいんだから。それと、彼女には優しくね・・・)
(彼女?ねぇ待ってよ!母さん!!かあさーーん!!)
「はっ母さん!!・・・夢か。って、ここは?」
そして、あくる日。
ガチャン!
牢のカギが開いた。
「美雪さんとやら、どうやらあなたがいってたことはすべて正しいみたいだ。今日の明け方、あの男二人、ほぼ同じ時刻に意識取り戻して、早速事情聴取したよ。竜也というあなたの彼氏さん?のほうは刺された後の記憶があまりないようでしたので、もうひとりのほうにききました。しかし、その男、骨が内臓に刺さって、その内臓を摘出したてだったのか、口をあまり開けてくれなくて。それで、あきらめて帰ろうとした時に、あるおばあさんがやってきて、その男の顔を指差して“コヤツが盗みよった!!”って言ったもんで・・・。
本当にすみませんでした。そして、彼が無事でなによりです!!」
「ふふっ、いえいえ。私もしっかり話さずに病院にいったのもいけませんでしたから。」
「いやいや、全て私たちの責任です。それはそうと、どうして盗人の男はあんなことになったんでしょうね〜?」
「うふふ、どうしたんでしょうねぇ。」
「ま、調べたところ、あの男の兄も先日、盗難、薬物乱用等の容疑でつかまっておりますし・・・。神様を信じるのはあまり好きではないのですが、バチというものがあたったんでしょうね。」
「でしょうかね。では、警部さん、私は彼のところに向かいますので。さようなら。」
「はい!おつかれさまでした!!」
その警部はビシッと彼女に敬礼をし見送った。
そして、美雪は彼の元へ・・・
ガラガラガラ
ドアがゆっくりと開く音がした。
「誰ですか?」
俺は尋ねる。
「竜君」
この優しい声は!
「み、美雪さん!!?」
「あら?私の声忘れちゃった?」
「みゆきさーーん!!」
「竜君!!」
彼女はゆっくりと俺のそばに来て、抱いてくれた。
俺も抱き返す。
なぜだろう、今日の美雪さんはほんのりと温かい。
俺と美雪さんはそのまま黙ったまましばらく抱き合っていた。
そんな華々しい時に、
「おーーい!!竜也!!大丈夫か!!って、あうっ!!失礼しました――」
父さんだ。
俺らは父さんの声に反応して同時にビクッと体を跳ね上げ、すぐに抱いている手をお互いにひっこめ、顔を赤らめる。
「す、すみません。あれが父さんです。」
「は、はい。お元気な方でなによりです・・。」
「りゅ、竜也、帰った方がいいか?」
「い、いや、もういいよ。入ってきて。」
「お、おう!」
3人そろうと、またあの恥ずかしさで3人とも顔を赤らめる。
俺はこのままじゃいけないと口を開く、
「あ、あのさ、俺、今日、夢で母さんと話したよ。そのとき、母さん、“私の涙に涙を流させないで”っていってたんだけど、どういう意味だろうね。」
父さんが返す。
「母さんがそういったのか〜。まぁ意味は俺もよくわからんが、とりあえず誰も泣かすなってことだろ」
「そ、そうかな〜。」
「そうだそうだ。えっと、ちなみに、そちらの方は?」
「あ、ごめんごめん、紹介遅れた。こちら母さんの知り合いで俺んちで家政婦やってくれている美雪さん。」
彼女はペコリとかるく会釈する、長い髪の毛はさらさらと揺れ、それを見るだけでだれもが心を奪われそうだ。
「ど、どうも。竜也の父です。あ、あの〜うちの子に変なことされてませんか?エッチなやつでして・・・。」
「と、父さん!!」
そんな俺たち親子のやりとりをみて、彼女は笑いながら
「ふふふっ、いえいえ、そんなことないですよ。とっても真面目な青年です。」
「そ、そうですか・・・。それはひとまず安心だ。だけど、これからも注意してください。さっきもなんだか・・・無理やり・・・」
また3人とも顔を赤らめる。
「だ、だから!父さんは入り込まないで!大丈夫だから!」
すると・・・また誰かやってきた。
「佐川様、今後の治療予定の説明がございますので、私と一緒に来てもらえますか?」
「は、はぁ。」
「竜也、俺もいこうか?」
「い、いや!もう子供じゃないんだし、一人でいけるわぃ!!」
「そ、そうか。」
「じゃ〜いってくる。またあとで。」
「佐川様、ではこちらへ」
俺はナースに支えられながらゆっくり部屋をあとにした。
病室には美雪と彼女と初対面の竜也の父大吾がのこった。
しばらく、沈黙が続く。
先に口を開いたのは・・・
「え、えっと・・竜也がいつもおせわになってます。」
大吾の方だった。
「い、いえいえ。私の方こそ一緒にいて、助けられてますから。」
「そうで・・すか。」
「はい、そ、それと、さきほどは失礼な姿を・・・お見せしてしまい、すみませんでした」
「いやいやいやいや。私の方こそ、ノックもせずに入ってしまいましたし。それに、あなたのような美人さんがあいつのそばにいるだなんて・・・」
「い、いえ、美人だなんて・・・。」
「私ももうすこし若かったら妻をさしおいて浮気とか考えちゃいそうな・・・ってのは冗談で。美香と知り合いのようで?」
「あ、はい。美香さんとは友人でして・・・竜也君のお世話を頼まれていて・・・。」
「そ、そうなんですか。あはっ情けない父親ですみません。」
「いえいえ、そういうつもりで美香さんはいったわけじゃ・・・」
「お世辞はいいですよ。えっと、失礼ながら、単刀直入にお聞きしますが、美雪さんは竜也とはどういった関係で?」
「どういったって・・・た、ただの竜也君の家政婦ですよ。さきほどのはちょっと竜也君の姿勢を変えようと・・・」
「そ、そうですか・・・。い、いやぁ〜あいつよくあなたのこと話すんですよ。あいつが女性の方についてはなすなんて、いままでなかったので・・・。もしかしたら・・・そ、その、彼女さんかなぁ〜って・・・あっ!きにしないでください、私のただの思いこみでしたから。」
(りゅ、竜君が私の話を・・・)
「は、はい。」
「あいつのこと、面倒になったらいつでもあいつのまえから消えてもらってかまいませんから・・・。」
「め、面倒だなんて・・・。ずっと好きだった方なのに・・・。あっ」
(おもわず口が滑っちゃった。どうしよう・・・。で、でもさっきの言葉・・・同じこと竜君に・・・。もしかして、この人竜君と同じような感覚をもってるのかもしれない。それに・・・もしも私が竜君と結ばれることになるのなら、この人にはちゃんと言わなければならないことがある。)
「す、好きとは!!?人間的に好きってことで、ですか?」
(竜君に似ている、いずれ話さなければならない。それに・・・まだ竜君よりも言いだせそう・・・。)
彼女は半分やけっぱちだが彼に自分の真実を打ち明けることにした。
「人間的というよりも、一緒にいたい、ずっとそばにいたいって思ってしまうんです。恋愛感情というのは私にはよくはわかりません。ですが、そういう想いは本当なのです・・・。彼がいないとき、胸が苦しくなるんです。ですから・・・その・・・私はおそらく彼の全てが好きなのかもしれません。」
「・・・・・・。そうですか。あいつにはその想い伝えましたか?」
「い、いえ、まだです。」
「あいつ、人の想いとかそういうのにものすっごく鈍感なやつなんで、周りから気付かせてやらないと、おそらく気付きません。」
(美香さんと同じことを・・・やはり夫婦というものは・・・)
「ですが、私には言えない事情がございまして・・・」
「言えない事情?・・・ですか?」
彼女は一呼吸おいて、話し始める。
「はい!おそらく、このことを話すと彼は私を怖がるでしょう。」
「ふむふむ、それを私に今から話してくれるのですか?」
「は、はい。もしも彼とお付き合いするようになるのなら、彼の親、つまり貴方様にお伝えするつもりでしたから。」
「なるほど・・・。そして・・・その言いにくい秘密とやらは・・?」
「・・・これを知ったら、おそらくあなたは私から竜君を離れさすとおもいます・・・。ですが、さっき述べた、私の竜君へと想いは本物なのです。それだけ・・・それだけは、信じてほしいです。」
「ゴクリッ」
大吾は固唾をのむ。
「では、話します・・・。」
彼女に目が大吾にまっすぐ向けられる。
大吾も真剣に彼女を見る。
「本当は・・・私は・・・人間じゃ・・・ありません。」
大吾は表情を変えない、美雪はそのままつづける
「人間じゃありません。美香さんと友人と言うのも嘘です。私は・・・私は美香さんの涙から生まれました。」
大吾はだまったままだと、彼女の話に飲みこまれそうになり、それを避けるためにすこしだけ反応を示す。
「な、涙ですか?」
「ええ。目をそらさず、私の体を見ていてください。」
彼女はゆっくりと目を閉じ、頭以外の体全体を透明な水へと姿を変えた。
大吾は呆然とするしかなかった。
彼の目には、さっきまで彼女が蔭で見えなかった向こう側の壁が見えるのだ。
よく目を凝らすと、光の屈折の具合の違いで、彼女の体のラインにそって景色がずれている。
彼女は目を閉じたまま話す。
「美香さんの強い意志が彼女の涙に宿り、床に流れ落ちた私はそのままどこともなく水を求めあたりを回っているうちに、気付けば人間の体と同じくらいの量にまでになりました。そして、彼女と話がしたいって願い、人間の姿をイメージすると、そのとおりに私の水たちは蠢き、さきほどの姿を手に入れました。」
大吾は依然、だまったままだった。
彼女は目を開け、彼の様子をうかがう。
大吾はじーっとこちらの体を見ている。
驚いているのか、あっけにとられているのか、まったく動かない。
そんな様子に彼女は
「怖いですよね?気持ち悪いですよね?こんな化け物があなたの息子の近くにいるなんて・・・。」
さびしげに彼女の本心を口にする。
だが、すぐに大吾は意識をとりもどしたかのように口を動かす。
「あ、す、すみません。どう返事すればよいか分からなくて。なにも言えずにいました。」
「返事など、決まってるじゃないですか?こんな私を彼の元から・・・」
「い、いえ!!」
彼女が言い終わる前に強く彼は否定した。
「えっ!?」
逆に次は彼女が言葉を失う。
「い、いえ!!たしかに初めて、こういうのを目にすると言葉がでなくなりますが、けっして竜也から離れろというわけではありません。」
彼女は液状化した手をスルッっとのばし大吾の手を握る。
「どうですか?本物ですよ?つくりものじゃありません。正真正銘、水の化け物です。」
「あはは、冷たくて気持ちいいですな〜。俺はてっきりどこかの国のテロリストかと。」
彼は悠然と話を進める。嘘をいってるようには見えないが、彼女自身、やはり信用ができない。
「同じようなものです。私がちょっと本気を出せば、それ以上のことも・・・。あなたの子も・・・。そんな私が大切な息子さんの近くにいるのですよ!!?」
「ふ〜む、私はあなたがそんなことするようには思えませんがねぇ。」
「そんな・・・。私はいつ彼を襲うか・・・。」
「はっはっは!美雪さんの竜也への想いを信じてくれって言ったのは、あなたですよ?それに、当の竜也自身、あなたと一緒にいて幸せだっていってるんだし。問題ないと私は思います。」
「そ、それは、そうかもしれませんが。今は彼が私の正体を知らないだけで、知った時からは、きっと今とはちがうようなことに・・・。」
彼女の手にすこし力がこもる。
「でしたら・・・あなたの全てをあいつにぶつけてみてはどうでしょうか?
それで、あいつがビビって逃げるようだったら、あなたの想いもわからないやつだったってことでとっちめてもらってかまいません。」
大吾は笑いながら言ってるが、目が真剣なため冗談で言ってるわけではないだろう。
「そんなことしたら、余計に・・・」
「はっはっは!いつまでこの姿でいるんです?あんなおきれいな姿が涙まみれだともったいないですぜ?」
彼女はその大吾の言葉に心を動かされた。
「どうして、そんなにこんな私に優しくしてくれるのですか?」
彼女は元の姿に戻りながら顔を手で隠し、そう言う。
「お礼ですよ。いつも聞いてます。あなたが無償で竜也の面倒をみてくれているって。うすうす、勘づいてましたよ。そんな人は普通の人じゃないって。だから、あなたのもうひとつの姿を知ってもあまり驚かずにすんだのかもしれません。」
「そ、そんなぁ。私はただ自分の好きなことをやってるだけで・・・」
「なら、その好きなことを続けてください。正体を明かすのが嫌なのでしたら、黙ったままでいいです。もちろん、私からも言いません。ですが・・・あくまで私の勘ですが、あなたの全てを知った方があいつも安心すると思います。おそらく、知らないことで心配してることのほうが、あいつにとって苦しいと思いますよ。」
「そうですか・・・。」
「おーっと!もうこんな時間!!じ、じつは・・・私、先週リストラされちゃって、昨日から職場をさがしてまして・・・。そ、その〜親子そろって迷惑かけますが、もうしばらくアイツの面倒をみてやってほしいです。」
彼女は顔の手をのけ、素顔を彼に向け、
「ふふっ、大丈夫です。喜んでお受けします。」
「ありがとうどざいまーっす!!」
「いえいえ、こちらのほうこそいろいろと優しい言葉ありがとうございました。おかげさまで、勇気がわいてきました。」
「はっはっは!そうですかそうですか。こんなへっぽこ親父の言うことなんかあんまり頼りにならないと思いますがね。で・す・が、あなたはどんな姿でもあなたです。あなたの優しさは揺るぎないものです。だから、あまり自分を責めずに前向きに竜也に当たってやってください。まだまだ未熟なガキですが、どうかよろしくおねがいします。」
「はい!任せてください。安心して仕事探しをなさってください。」
「はは〜い、では〜このままいると私もあなたを狙うようになってしまいそうなんで、では!!」
タッタッタッター
と大吾はすばやく姿を消した。
美雪はほっと胸を抑え、打ち明けてよかったと安心する。
「・・・では、言われた期間中はここで安静にしていてください。」
「は、はい。」
どうやら、私の想い人が帰ってきたようだ。
「おかえりなさい。」
「あ、美雪さん、こんな時間までまたせてすみません。父さんなんか勝手に帰ってるし!!」
「いえいえ、うふふ。良いお父様ですね。」
「そ、そうですか〜?あつくるしくて、あせくさいただの男だとおもいますがねぇ。」
「そんなことないですよ?お話できてよかったですし。」
「そ、そうですか。それはよかったです。えっと、ちなみにどういった話を・・・?」
「えっ?」
まさかの質問に彼女は一瞬驚きの表情を見せる。
「あ!いやいやいや、話しにくいことでしたらかまいません!!すみませんでした!!」
だが、彼女はもうためらわない。
目の前の彼、その両親、みんなが自分を応援してくれている気がする。
いますぐ、いますぐに彼に私の全てを伝えたい!
どう思われてもかまわない、私のありのままを伝えれば、それだけでいい。
彼女は一呼吸置き、
「竜君、大事な話があります。」
「えっ・・・」
「えっ!私がですか!!?」
おもえば、もうお盆シーズン。
毎年お盆に母さんのお墓参りに行くのは、どこか母さんと会えるような気がするためだ。
といっても、気がするだけで実際に天国の母さんと話したりはできていないし、さらに俺には霊感とやらもない。
そして、今年もお墓参りに行く時期がきた。
もう、しばらくお世話になっている美雪さん自身も母さんと知り合いだそうだし、顔を合わせてほしいと思い誘ってみるのだった。
「ダメでしょうか・・・?」
「いえいえ!ただ、私なんかが・・・。」
「俺、母さんは知り合いの美雪さんにひさしぶりに会えたら、喜ぶと思います。それに・・・こんなにお世話になってると・・・母さんはお礼したいと思ってると思います。」
「そ、そうですか・・・。そう竜君が言ってくれるなら、喜んで一緒にいかせてもらいます。」
「やった!じゃあ、明日の朝、早速いきましょう!」
「はい。準備しておきます。」
彼女は話し始めは驚いていたが、終いには笑顔をあらわにしてくれていた。
(母さん、俺、ホントに美雪さんのおかげで幸せな日々をおくれているよ。今年はいつもよりもいっぱい感謝の気持ちを背負って会いに行くから・・・)
「美雪さんも早めに寝てくださいね」
「はい、そうします。おやすみなさい。」
俺は母さんの顔を思い浮かべながら、眠りに就いた。
そばでは美雪さんが気持ちよく寝かしつけてくれている。
(竜君の母さん・・・美香さんの元にいくのか・・・)
彼女はすこしさびしげな表情で、彼の顔を見つめながらその夜を明かした。
「では、美雪さんいきましょうか」
「はい!竜君」
朝食を終え、出かける準備をし、いざ出かけようとする。
「母さん、いまから会いにいくね。」
玄関の家族写真にそう言い残し、二人はアパートを後にした。
バス、電車、徒歩、ずっと二人はすぐ隣で目的地に向かう。
そして、その行く途中の会話・・・
「なんかさぁ、こうして隣通しでバスに乗ってると、あの時を思い出す。そう、俺が風邪でヘロヘロだったとき、美雪さんが一緒に病院にいってくれたこと・・・。」
「ふふっ、あのときは本当に竜君、つらそうだったから、いてもたってもいられなかったわ。竜君、あの時、私がいろいろしてあげようとしたのに、必死で遠慮してくるから・・・余計に心配したのよ?」
「あ、あぁ、すみませんでした!本当に迷惑かけたくなくて・・・」
「前にも言ったと思うけど、困った時はお互い様よ?竜君も私が困った時、助けてね。」
そういいながら、彼女は俺の手の甲に彼女の手をかぶせてきた。
俺は思わずすこし緊張してしまって、
「ひゃ、ひゃいっ!!」
声が裏返ってしまった。
「うふふ、ありがとうね、竜君」
彼女のこれまた最高の笑顔が、俺の胸を高鳴らせる。
山渕駅〜山渕駅〜
どうやら、駅に着いたようだ。
そのまま電車で俺の故郷へと帰る。
「そういえば、俺、あまり美雪さんと母さんとのことについてきいてなかったね。母さんとどんな関係だったのですか?」
「あ、え〜と、美香さんとは・・・仕事で知り合って、それから何度かお茶したり買い物したりと・・・。」
「そっか。」
俺は今までに同じことを聞いている。だが、やはり彼女の答えはいつもこれだ。
「母さん、あまり出かけない人だったから、美雪さんは唯一の友人だったんだとおもいます・・・。」
(でも、母さんと美雪さんが一緒に写ってる写真なんて、見たことないような・・・)
「で、ですかね。美香さんが私と出会えて、よかったって思ってくれていたら幸いです。」
「ははは、そんなの当たり前によかったっておもってるでしょう。それに、母さんよりも俺のほうがあなたに出会えて幸せですよ。あっ・・・」
(あっ、自然に俺の心の声が出てしまった・・・。)
「ふふっ、私も幸せよ。」
!!!
普通に返事され、しばし驚いたが、深く受け止めないでくれてすこし助かった。
「あ!そうだそうだ。父さんも呼んでいいですか?汗臭い男ですが・・・」
「はい、かまいませんよ。」
俺は故郷に帰る時は必ずと言ってもいいくらいに、父さんと会っている。
電車がとまり、いよいよ故郷へと帰ってきた。
「すこしまっててください」
「はい」
俺は実家に電話をかける。
プルルルルプルルルル・・・
(あれ〜おかしいな。仕事でもはいってるのかな。)
父さんは電話に出ない。念のため、ケータイの方にもかけたが、やはり出なかった。
(まぁ、少し前に泊りにいったばっかりだから、今回はいいや)
俺はそうことづけたのだった。
「美雪さん、どうやら父さんは忙しいようなんで、二人きりになりそうです・・・。かまいませんか?」
「あらあら、そうなんですか。ふふふ、いつも二人きりでいるのに、なにか問題でもありますか?」
「そ、それもそうですね。」
どこか今日の彼女はなんというか・・・近く感じる。
「とりあえず、いきましょうか」
「はい!」
そうかわし、街を歩くカップルのように手をつなぐ。
彼女の手はいつも通りに冷たかった。
駅から母さんのお墓まではそう遠くはないため、徒歩で向かうのだった。
けれど、だんだんと近づいていくにつれ、彼女の足取りは重くなっているようだった。
「疲れましたか?ちょっと休憩しましょうか?」
「い、いえ。大丈夫です。」
俺はすこし心配しながらも、彼女にあわせながら歩き続けるのだった。
当の彼女は・・・
(美香さん、まだ約束を果たせておりません・・・。そんな状態で私はあなたに会いにいく資格はあるのでしょうか?私は怖いのです・・・。あなたとかわした約束。そう、私のこと全部を彼に話すということを・・・。何度か話さないとと思い、口に出そうとしましたが、彼を見ていると胸が苦しくなって・・・それを止めるのです。たぶん、私は彼に怖がられるのが嫌なのです。私のことが嫌いになって・・・そのまま、姿を消してしまう。私はそれが怖いです。でも・・・約束は約束です。いまから、あなたに会いに行き、そのあとちゃんとありのままの私を打ち明けます。)
彼女は自分のすこし前を歩いている彼の姿が、だんだんと遠のいていくように感じられた。
「ま、まって!!」
・
・
・
「うん?美雪さん?どうしました?」
彼の優しい顔がすぐそばに来ていた。
「あっ、いえ、なんでもないです。すみません・・・。」
「そ、そうですか。なにかあったら言ってくださいね。休憩しますから。」
「はい・・・。」
彼女は昨日寝る前のようなさびしげな表情でそう答えた。
「着きました!」
母さんのお墓のあるお寺に着いた。
「こ、ここですか・・・。」
「はい、ここの奥に母さんのお墓があります。さ、いきましょ〜」
「は、はい。」
(やはり、美雪さんはどこかおかしい。体調でもわるいのかな・・・。)
「美雪さん、体調が悪いのでしたら、ここで待っててもらってかまいませんよ。俺の方から、母さんに伝えますから。」
「い、いえ・・・体調は大丈夫です。ただ・・・その・・・」
「その?」
「・・・私、美香さんに会う資格があるのでしょうか?」
「資格・・・ですか?そんなのあるにきまって・・」
「いや、ちがうんです!実は私は美香さんとある約束をしてるのです。ですが・・・その約束はまだ果たせておりません。だから・・・まだ私は・・・」
俺は彼女の手をとる。
「約束なんて、いつか果たせばいいんですよ。美雪さんのことだから、その約束とやらに毎日がんばって果たそうとしてると思います。それだけで十分だと思います。それに、俺は美雪さんに会ってほしい!俺の母さんに。」
彼女の曇りかけていた表情が和らいでいった。
「りゅ、竜君。ありがとう。」
「んじゃ、いこう〜」
「はい!」
彼女の足取りは元に戻ったようだ。それに表情もよくなった。
「ここです。母さんのお墓。ちっぽけですが・・・。」
「いえいえ、外見や大きさなんて関係ないです。大切なのは思いですから。」
「そうですね。ははっ。さぁ、一緒に拝みましょうか。」
「はい。」
二人で線香を立て、よくに並んでじっと拝み始める。
(母さん、ひさしぶり。元気にしてた?俺はとても元気だよ。母さんの友人の美雪さん、とてもいい人だよ。母さんのように俺を一番に考えてくれている。こんな俺のために、いつも笑顔でいてくれている。なんか、母さんが天国に行っても、結局俺は誰かに甘えて生きてるだな〜って責めたくなるよ・・・。生きてる間に母さんの愛情に気づけなくてごめん。いまさら親孝行しようとしても遅いけど、俺は母さんがくれたこの体を大事にしていくよ。人の役に立つために。んじゃ、今日はここらへんで。あ!父さん、今日はいないけど、あいかわらずうるさいほど元気だから心配しないでね。・・・また来るから・・・。)
俺はもう何度も来ているのに、やはり母さんへの無念が俺を責め立てて涙ぐむ。目が熱い。いつもだったらしばらく泣いてから帰るけれど、今日は美雪さんがそばにいる。心配かけてはならない。
俺は美雪さんの方を向く。
そこには、目をつよく閉じて、必死に拝んでいる彼女の姿があった・・・
(美香さん、おひさしぶりです。約束はまだはたせておりませんが、かならずすぐに守りますから・・・どうかお許しください。それと、美香さんの思いが焼きついたのか、このごろ竜君を見ていると胸が苦しいのです。母親と言うのは、我が子を見るとこう思うのでしょうか?これがあなたの愛情というものでしょうか?もし、そうならば・・・嬉しいような悲しいような・・・。私のすべてを彼がしったとき、彼がどんな対応をしても、おそらくあなたの愛情ならばそれを受け入れられると思うと嬉しいです。ですが・・・なぜでしょうか・・・もし、彼がいなくなると、私自身がおかしくなりそうです。私のこういう思いもすべてあなたの思いならば、この不安もなくなるとおもいますが・・・。そう思っても、なぜか・・・不安で仕方なく、怖くて怖くて、胸が痛いです。私はどうすれば・・・)
(美雪ちゃん?だったかしら?竜也がさっきそう言ってくれてたけど・・・)
(え?この声は・・・美香さん!?)
(あら〜覚えてくれてたの〜?私うれし〜。)
(そ、その、すみません。約束が・・・)
(全部、あなたの声聞こえたわよ。竜也、あなたにけっこう大変な思いさせてるみたいね〜。でも、許してあげて。わざとじゃないとおもうから・・・。)
(い、いえ。私はただ・・・すこし不安なだけで・・・。で、でも、私のこの思いは美香さんの愛情が焼きついたものだから、きっと耐えられるはず・・・)
(あらら〜?私、美雪ちゃんに勘違いさせちゃってるみたいねぇ。)
(かん・・ちがい・・ですか?)
(うん!たしか・・・あなたが生まれた時に私が「あなたに私の思いが残ってくれればうれしいなぁ。」って言ったとおもうのよ。でもね、あれはね、ただの私のつぶやきだから・・・そう、簡単にいえば、あなたのその思いはあなた自身のものよ。だって、あんなに幸せそうな竜也初めて見れたの、あなたのおかげだって竜也自身が言ってたし、料理だって毎日毎日工夫してやってるだなんて、私にはまねできないわぁ。)
(え、そ、それではこの私の思いは・・・)
(うふふふ〜本物のあ・な・たの心よ。)
(でしたら、なおさら私はあなたとの約束をはたすことができなく・・・)
(大丈夫。竜也なら、きっとあなたの全部を受け止めてくれるはずよ。もし、逃げたりするようだったら、ガツガツしつけてあげて。)
(い、いえ・・・それでは・・・)
(そ・れ・に、あなたのその思いはきっと恋よ。)
(恋・・・ですか?)
(うふっそう、恋。あなたは竜也のことがきっと好きなのよ。あの子、けっこい人の思いに鈍感だから、あなたから思いを伝えないとわかってもらえないかも・・・。)
(そんな・・・こんな私が竜君を好きになったところで・・・)
(あら?もう時間みたいね。じゃあ、最後に私からのお願い。
あの約束はもう無理に守らなくていいわよ。そ・れ・と、あなたのその思い、あの子に全部ぶつけてやって。それであの子がどうなろうとかまわないから、思う存分ぶつけてね。応援してるよ、美雪ちゃん!!)
(み、美香さん!!?)
(うふふ〜じゃ〜ね〜)
彼女の声はそう言い残し、消えていった。
・
・
・
「み・・さ・?みゆ・さ・?美雪さん?」
「は、はい!」
「母さん、喜んでましたよ。美雪さんが来てくれて。」
「そ、そうなんですか!?よかったです。」
「では、かえりましょうか。」
「はい。」
来た道をまた通りなおし、アパートへと帰る。
道は同じなのに・・・
美雪さんはあまり口を開かない。
話をしても「はい」や「そうですね」という返事しかかえってこない。
なにかあったのだろうか?すこし俺は心配する。
山渕駅を出て、バスを待っていると・・・
「ど、どろぼぉぉぉ!だれか〜そやつを捕まえておくれぇぇーー!」
駅の中の方から、おばあさんの叫び声が聞こえた。
「どけどけどけーー!」
そのあとすぐに、そう怒鳴り上げながら人込みを走り抜けてくる男がいた。
「はぁはぁ、待ってくれぇ。」
おばあさんも息を切らしながら駅から出てきた。
俺はもうおばあさんにきくまでもなく、ひったくりだとわかった。
そして、
「美雪さん、ちょっとごめん。おばあさんにとり返してくるから安心してって言って、ここで待ってて。」
「りゅ、竜君!!?」
俺はなにか語りかけてきそうだった美雪さんの声をふりはらい、全力で男のあとを追っていった。
(竜君・・・きをつけて・・・)
「おばあさん、今、私の彼がかばんをとり返しに行ってくれてますから。しばらくここにいてください。」
「ありがたやぁ〜。」
「うふふ、それじゃあ、私も・・・」
「ほい?お嬢ちゃん、どこいくんや?」
「ちょっとお手洗いに」
彼女はそう言い残し、あっという間に姿を消したのだった。
「まてええええ!!」
(く、くそ、誰か追ってきてるな?でも・・・もうすこししたら、俺の隠れ家が・・・よし!ここを曲がって・・・)
(あそこを曲がれば狭い道だ、逃げにくいだろ)
俺はそう思い、曲がり角へ直行し、男が曲がった方に自分のみも投げ出した。
しかし・・・
「はぁはぁ、あれ?どこいきやがった?」
男が逃げたはずの道は一本道だというのに、男の姿は見えない。人気もないため、だれも目撃したひとなどいないだろう。
「く、くそ!!」
俺はうなだれ、地面に目をやると、
(うん?このマンホール、蓋に葉っぱが挟まっている・・・。葉っぱはまだツヤがいい・・・ということは!!)
・
・
・
「ウシシ、こんな下水道に俺の家があるとはだれもおもわないだろ〜。明かりはこの懐中電灯だけで薄暗いし、臭いもきついが、もう慣れちまった俺にはかんけぇねーことだ。」
男は街の下水道に身を隠しながら、盗みを働かす泥棒だった。
「だ〜れも、こんなとこ気がつかないだろうなぁ〜。まさに俺にとって快適な場所だぜぃ!ウシシ。兄貴みたいにへまして捕まるわけにはいかね〜しなぁ。」
そして男は、盗んだ鞄を探ろうとした時・・・
ピチャッピチャッ
と、近くで水が滴る音がした。
「うん、なんだ?雨か?べつに雨なんかふりそうな天気じゃなかったし・・・」
ピチャッ!!ピチャッ!!
しかし、その音はだんだんと大きくなってゆく
「ああ、もう!!うるせーなぁ!!水道管でも穴開いたかぁ〜?まったく耳障りだなあ!」
男はそう言いながら、かばんの探りはを中断し、音のする方へ様子をうかがいに行った。
「う〜ん、音が響いて、あまりどこらへんかわからねーが、ここらへんから音がしたような・・・。お、あったあった、上から漏れてるなぁ。まったく、しゃーねぇ、耳障りだし、ちょっくら移動すっか。」
男は天井から漏れてできた、水たまりに一蹴りいれ、戻ることにした。
振り向いた瞬間!
バッシャーン!!
と後ろでバケツをひっくり返したような音がした。
「な、なんだ!!」
男はは再び水たまりがあった方を向く。
だが、そこには水たまりひとつも残らず消えていた。
「み、水たまりが消えただと!!?」
「ふふっ」
真後ろで声がする。
「だ、だれだああ!!」
男は間合いをとりながら振り向く。
そこには、スタイルのいい大人の女性がいた。
「なんだ、女かよ。どうしたんだ?こんなとこで。マンホールからでも落ちたのか?」
「ふふっ、いえ、あなたに会いに来ました。」
「お、俺にだと!!?」
「ええ。」
彼女は微笑んでいるが男には不気味に感じて仕方がない。
「ま、まさか、警察のものか?」
「ふふっ」
彼女は笑ったまま、答えない。
「ははっ残念だが、俺は女でも容赦しねーぞ?おりゃあ!!」
男は彼女の腹めがけ殴りかかった。
彼女はよける間もなく、男のパンチを腹で受けてしまった。
だが・・・
「うふっ」
彼女はまるで痛くもかゆくもなさそうに微笑む。
それに、彼女の腹を殴った瞬間、なにかゼリーのような弾力で、しかも腹を中心に体全体に波動が走ったように見えた。
「さぁ、おばあさんのかばんを返して?」
「は、ははっ!体は頑丈なようだな。だが・・・これならどうだ?」
シュッと男は銀色のナイフをとりだす。
「あらぁ〜?あなたもそうなのねぇ?ダメよぉそんな危険なもの、人に向けちゃ。」
「すまねぇーが、俺にはコイツはこう使うってことしか頭にねーんだ。」
「あらあら?そうなの〜?それはね、料理に使うものなのよ。」
「ほぉ〜そうっすか〜。なら、アンタを今から料理してやんよ!!」
男は勢いよく彼女の胸めがけ、ナイフを突き刺しにいく。
彼女はよける気配がない。
「はははっ!!あばよ!!」
グスッ
・
・
・
しばらく沈黙が続く・・・
「な、な・・んだ。なんだ、お前。」
男は返り血を浴びながら呆然とする。
「ははっ連れがいたのか・・・」
男が刺した相手は、彼女ではない。突然あらわれた男だった。
・
・
・
「だ、だ・・いじょうぶ・・で・・すか?みゆ・・き・さん・・。」
「りゅ、竜君!!?」
「ははっ、けがはないようで・・すね・・よか・った・・。」
「りゅ、竜君!!?竜君!!!?竜君!!!!?竜くーーーん!!!!!
い、いやああああああああああああ!!!!」
彼女、美雪の叫び声が響き渡る。
「ど、どうして。ねぇ、どうして私なんかを・・・。」
彼女は彼の頬に手をそえる。
「かなしまないでください。お・・・俺は・・みゆ・・美雪さんを・・・守れて・嬉しい・・・のですか・・・ら・・・。」
彼は目をゆっくりとじ、ぐったりとした。
「はっはっは!かわいそうなヤツだなぁ。愛する女を救えたのに、自分が犠牲になるなんてな〜」
「・・・・・・許さない。あなただけは絶対に許さない。」
「はっはっは!女一人で俺をやれるとおもうのか?」
「許さない。許さない!許さない!!!!」
「だから、女一人じゃ・・・!!!」
それから・・・
もう男の声はしなくなった。
かわりに、ミシミシとなにかを締め上げ、砕かれるような無残な音があたりに響く。
「竜君、目を開けて。ねぇ、開けて!」
「・・・・・・。」
「もっと私がんばっておいしい料理つくるから・・・。家事もいっぱいするから・・・だから、目を開けてよ。」
「・・・・・・。」
彼の左わき腹あたりに刺さったままのナイフの刃は、半分近くもぐってしまっている。
「あっ、竜君。私が・・・私が治療してあげる。」
美雪は体を液状化させ竜也の体全体を覆う。
「じゃあ、竜君、これ抜きますからね」
美雪の体は彼の傷口の中にも入っていき、ナイフの刃の部分全体を覆いながらゆっくりと抜いてやった。
「はい、竜君。痛いの体から抜いたわよ。だから、目を開けて。」
「・・・・・・。」
ナイフを抜いた傷口から、ドンドン美雪の体に彼の血液が溶けこんでくる。
「あれ?どうして?竜君?ほら、もう痛くないはずよ?だから、目を・・・。」
彼は目をつむったまま、動かない。
「いや、いやよ・・・こんなの。まだ、美香さんとの約束も・・・私の思いも・・・。」
彼女の体のほとんどが赤く染まった時、
「きゅ、救急車だ!!下水道に男性二人が倒れている!!」
近くのマンホールがあき、だれかがそう叫んだ。
美雪は元の姿に戻り、彼の傷口を抑えることしかできなかった。
・
・
・
5分もたたないうちに、救急車のサイレンが聞こえた。
そのまま男二人は救急車で運ばれていった。
美雪は同時に来た警察に事情聴取により、警察署へと連れていかれた。
「ふむふむ、ではあなたがた二人、あなたとナイフで刺され血まみれだった男性とで、同じく近くで倒れていた男からおばあさんが盗まれた鞄をとり返そうとし、こういうことになったんだね。」
「はい・・・。」
「でも、あなたが無傷で、しかも男二人の倒れた原因が全く違うということはちょっと気がかりだねぇ。」
「え、えっと、それは・・・男が私にナイフで襲ってきてるときに、彼が私をかばってくれて、それで彼は・・・彼は・・・・。」
「ふむふむ、それならあなたが無傷で彼が刺されたっていうのは分かりますが、その盗みを働かした男の方が倒れていたというのは・・・。」
「それは・・・私にもわかりません。気づいたら、苦しみながら倒れてました。」
「気づいたらねぇ・・・。もし、あなたの言うことが本当で、あなた自身で男を何らかの方法で倒れさしたとしても、あなたは正当防衛にいたったってことになりますので、その件は安心して下さい。ただ、捜査しなければ分からないことだらけですがね。」
「は、はい。それよりも、彼は、彼は無事なんですか!!?」
「落ち着いてください。まだ病院の方から連絡がありませんので、今はなんとも・・・。」
「でしたら、私も病院にいかせてください!!」
「いえ、それは無理です。あまりあなたを疑いたくはないですが、あなた自身で彼らを襲ったということもありえますから・・・。容疑者を外に出すことはできません。」
「ど、どうしてですか!!?私は嘘なんかついていません!!だから、早く!!」
「そう言われても・・・。」
ドタドタドタ!!バタッ!!
「け、警部!!」
「なんだ、そんなにあわてて?」
「病院から連絡がありました。左わき腹を刺された男性は呼吸はあるものの意識不明の重体、あと大量出血による命の危険性が。もうひとりの男性はなにか太い縄のようなものでものすごい力で体全体を締め上げられたような症状だそうです。そちらの男性も内臓に骨が刺さって、命の危険性が・・・。」
「そ、そうか・・・。ということだそうです・・・って、おい!彼女はどこ行った!!?」
「彼女?」
「お前が入ってきたときに、ここにいただろ?」
「い、いえ、僕はみてませんが・・・」
「嘘を言うな!監視カメラだ!!」
「は、はい!・・・・って、あれ?警部!ここの監視カメラ全部ショートを起こして壊れてしまってます!!」
「な、なにぃ〜?くそっ病院だ!!病院に向かうぞ!」
「は、はい!!」
「竜君、生きて。まだ私はあなたに伝えないといけないことがあるの!!」
彼女は液状化した体で滝のような速さで病院へ急いだ。
病院に着くと、一階の騒がしい部屋へと身を急がせた。
手術室らしき部屋のドアは固く閉ざされている。
美雪は液状化してむりやり中に入ろうとした時、
突然ドアが開いた。
「竜君は!!!竜君は無事なんですか!!?」
でてきた医者は深刻な表情で首を横に振る。
「ど、どうしてぇぇぇ!!竜君が!!竜君がぁぁぁ!!!!」
「お、落ち着いてください。刃物でさされた男性の方は助からないわけではありません。傷口は運よく、臓器や動脈などに傷はついておりませんでした。」
「そ、それじゃあ・・・」
「しかし、血液の方が深刻です。心臓の鼓動が弱くなっており、輸血したとしても全身にいきわたらず、そのまま意識をとりもどすかどうか・・・」
「竜君は!竜君はどうしたら助かるのですか!!?」
「悲しいですが、今のところなすすべがないのです。」
「そ、そんな。竜君を、竜君を助けてあげて下さいよぉぉ!!」
「その気持ちは痛いほどよくわかりますが、こんな少し大きなだけの街の病院では器具が十分でないのです。それに、日本中の病院を探してみても、おそらく難しいかと・・・。外国にはさがせば見つかるかもしれませんが、なにより移動させる時間が彼にはないのです。だから、今のところ・・・」
「血液を全身にいきわたらせれば、助かるのですね。」
「は、はぁ、しかし、無理に心臓を圧迫させてもかえって命の危険がありますし・・・。」
「ありがとうございます!竜君はきっとよくなります!!」
「はい、私たちもやれることだけのことはやりますので、願ってるだけでもかまいませんから、どうかすこしお力をください。」
「はい、もちろんです。」
美雪は機嫌よく、そのばを立ち去った。
そう、彼女のやることは決まっている。
人目のつかないところで彼女は液状化する。まだ竜也の血液により赤く染まっている。
そして、もういちどあの部屋へ。
扉はやはり固く閉ざされているが、彼女には関係ない。
ビチャビチャと音を立てながら、中へ入る。
そして数人の医者に囲まれている彼を見つける。
「竜君、まっててね。もうすぐ助けに行きますから。」
彼女は輸血中の血液パックの管にばれないように身をからませる。
医者の一人が気付いたのか、
「お、おい!輸血量が多すぎるぞ!このままじゃ彼の心臓に血液がたまり、破裂するぞ!!」
「で、ですが、勢いを止めよう調整してもとまりません!・・・う、うわ!!」
ビチャッッ!!
と彼の傷口から血液が勢いよく噴出した。
あたりは赤く染まり、医者たちも一瞬視界が奪われた。
彼女はわざと、そうしむき、そのすきに彼の体に自分の体を流し込んだ。
そして・・・
「うふふ、この流れに沿って行けばいいのね。」
あっというまに、彼と彼女の体は一時的に一つになった。
「せ、先生!!心拍が戻ってきています!!」
「な、なに!!すぐに輸血だ!!」
「はい!!」
・
・
・
「心拍・脈拍ともに安定してきました。」
「よし!」
彼女はそれを聞くと、彼の血液を分泌し、自分の体だけをそっと外に出してゆく。
体を出していく最中、ぎゅっと彼の手を握っていた。
医者たちは機器の片付けや、心拍表示にくぎ付けで、それには気がつかない。
「がんばったね、竜君」
軽く唇を撫で、彼女は手術室をあとにする。
ガラガラっとすぐにドアが開いた。
彼女は元の姿で、
「どうなりましたか?」
・
・
・
「大丈夫です!!意識がもどるまでもうすこしかかりそうですが、命に別条はありません!」
今度は満面の笑みで医者はそう言う。
彼女はだいたい分かっていたが
「ほ、本当ですか!!よ。よかったぁ〜。ありがとうございます、先生!!」
「いいえ。あなたの想いが伝わったのですよ、彼に。」
「本当によかった。よかった。」
彼女は何度も医者たちにお辞儀をした。
そうしていると・・・
「い、いたぞおお!!あの女だぁ!!」
あの警部がやっとここまで来たようだ。
「もう、逃がさんぞ!さ、暑まで同行おねがいします。」
「はい、すみませんでした。」
美雪は笑顔でそう答えた。
その日、彼女は警察署に身柄を拘束された。
その夜、とある病室にて
(竜也、こんなところで寝てたらダメでしょ?)
(母さん?)
(も〜母さんの涙にまた涙を流さす気?)
(涙に涙?なんのこと・・・?
(うふふ、さぁね。さ、起きる時間よ。心配かけた人にちゃんと謝るのよ?)
(わ、わかったよ。でさ、かあさ・・)
(私、もう行くから。いつも元気でいてね。それだけで母さん嬉しいんだから。それと、彼女には優しくね・・・)
(彼女?ねぇ待ってよ!母さん!!かあさーーん!!)
「はっ母さん!!・・・夢か。って、ここは?」
そして、あくる日。
ガチャン!
牢のカギが開いた。
「美雪さんとやら、どうやらあなたがいってたことはすべて正しいみたいだ。今日の明け方、あの男二人、ほぼ同じ時刻に意識取り戻して、早速事情聴取したよ。竜也というあなたの彼氏さん?のほうは刺された後の記憶があまりないようでしたので、もうひとりのほうにききました。しかし、その男、骨が内臓に刺さって、その内臓を摘出したてだったのか、口をあまり開けてくれなくて。それで、あきらめて帰ろうとした時に、あるおばあさんがやってきて、その男の顔を指差して“コヤツが盗みよった!!”って言ったもんで・・・。
本当にすみませんでした。そして、彼が無事でなによりです!!」
「ふふっ、いえいえ。私もしっかり話さずに病院にいったのもいけませんでしたから。」
「いやいや、全て私たちの責任です。それはそうと、どうして盗人の男はあんなことになったんでしょうね〜?」
「うふふ、どうしたんでしょうねぇ。」
「ま、調べたところ、あの男の兄も先日、盗難、薬物乱用等の容疑でつかまっておりますし・・・。神様を信じるのはあまり好きではないのですが、バチというものがあたったんでしょうね。」
「でしょうかね。では、警部さん、私は彼のところに向かいますので。さようなら。」
「はい!おつかれさまでした!!」
その警部はビシッと彼女に敬礼をし見送った。
そして、美雪は彼の元へ・・・
ガラガラガラ
ドアがゆっくりと開く音がした。
「誰ですか?」
俺は尋ねる。
「竜君」
この優しい声は!
「み、美雪さん!!?」
「あら?私の声忘れちゃった?」
「みゆきさーーん!!」
「竜君!!」
彼女はゆっくりと俺のそばに来て、抱いてくれた。
俺も抱き返す。
なぜだろう、今日の美雪さんはほんのりと温かい。
俺と美雪さんはそのまま黙ったまましばらく抱き合っていた。
そんな華々しい時に、
「おーーい!!竜也!!大丈夫か!!って、あうっ!!失礼しました――」
父さんだ。
俺らは父さんの声に反応して同時にビクッと体を跳ね上げ、すぐに抱いている手をお互いにひっこめ、顔を赤らめる。
「す、すみません。あれが父さんです。」
「は、はい。お元気な方でなによりです・・。」
「りゅ、竜也、帰った方がいいか?」
「い、いや、もういいよ。入ってきて。」
「お、おう!」
3人そろうと、またあの恥ずかしさで3人とも顔を赤らめる。
俺はこのままじゃいけないと口を開く、
「あ、あのさ、俺、今日、夢で母さんと話したよ。そのとき、母さん、“私の涙に涙を流させないで”っていってたんだけど、どういう意味だろうね。」
父さんが返す。
「母さんがそういったのか〜。まぁ意味は俺もよくわからんが、とりあえず誰も泣かすなってことだろ」
「そ、そうかな〜。」
「そうだそうだ。えっと、ちなみに、そちらの方は?」
「あ、ごめんごめん、紹介遅れた。こちら母さんの知り合いで俺んちで家政婦やってくれている美雪さん。」
彼女はペコリとかるく会釈する、長い髪の毛はさらさらと揺れ、それを見るだけでだれもが心を奪われそうだ。
「ど、どうも。竜也の父です。あ、あの〜うちの子に変なことされてませんか?エッチなやつでして・・・。」
「と、父さん!!」
そんな俺たち親子のやりとりをみて、彼女は笑いながら
「ふふふっ、いえいえ、そんなことないですよ。とっても真面目な青年です。」
「そ、そうですか・・・。それはひとまず安心だ。だけど、これからも注意してください。さっきもなんだか・・・無理やり・・・」
また3人とも顔を赤らめる。
「だ、だから!父さんは入り込まないで!大丈夫だから!」
すると・・・また誰かやってきた。
「佐川様、今後の治療予定の説明がございますので、私と一緒に来てもらえますか?」
「は、はぁ。」
「竜也、俺もいこうか?」
「い、いや!もう子供じゃないんだし、一人でいけるわぃ!!」
「そ、そうか。」
「じゃ〜いってくる。またあとで。」
「佐川様、ではこちらへ」
俺はナースに支えられながらゆっくり部屋をあとにした。
病室には美雪と彼女と初対面の竜也の父大吾がのこった。
しばらく、沈黙が続く。
先に口を開いたのは・・・
「え、えっと・・竜也がいつもおせわになってます。」
大吾の方だった。
「い、いえいえ。私の方こそ一緒にいて、助けられてますから。」
「そうで・・すか。」
「はい、そ、それと、さきほどは失礼な姿を・・・お見せしてしまい、すみませんでした」
「いやいやいやいや。私の方こそ、ノックもせずに入ってしまいましたし。それに、あなたのような美人さんがあいつのそばにいるだなんて・・・」
「い、いえ、美人だなんて・・・。」
「私ももうすこし若かったら妻をさしおいて浮気とか考えちゃいそうな・・・ってのは冗談で。美香と知り合いのようで?」
「あ、はい。美香さんとは友人でして・・・竜也君のお世話を頼まれていて・・・。」
「そ、そうなんですか。あはっ情けない父親ですみません。」
「いえいえ、そういうつもりで美香さんはいったわけじゃ・・・」
「お世辞はいいですよ。えっと、失礼ながら、単刀直入にお聞きしますが、美雪さんは竜也とはどういった関係で?」
「どういったって・・・た、ただの竜也君の家政婦ですよ。さきほどのはちょっと竜也君の姿勢を変えようと・・・」
「そ、そうですか・・・。い、いやぁ〜あいつよくあなたのこと話すんですよ。あいつが女性の方についてはなすなんて、いままでなかったので・・・。もしかしたら・・・そ、その、彼女さんかなぁ〜って・・・あっ!きにしないでください、私のただの思いこみでしたから。」
(りゅ、竜君が私の話を・・・)
「は、はい。」
「あいつのこと、面倒になったらいつでもあいつのまえから消えてもらってかまいませんから・・・。」
「め、面倒だなんて・・・。ずっと好きだった方なのに・・・。あっ」
(おもわず口が滑っちゃった。どうしよう・・・。で、でもさっきの言葉・・・同じこと竜君に・・・。もしかして、この人竜君と同じような感覚をもってるのかもしれない。それに・・・もしも私が竜君と結ばれることになるのなら、この人にはちゃんと言わなければならないことがある。)
「す、好きとは!!?人間的に好きってことで、ですか?」
(竜君に似ている、いずれ話さなければならない。それに・・・まだ竜君よりも言いだせそう・・・。)
彼女は半分やけっぱちだが彼に自分の真実を打ち明けることにした。
「人間的というよりも、一緒にいたい、ずっとそばにいたいって思ってしまうんです。恋愛感情というのは私にはよくはわかりません。ですが、そういう想いは本当なのです・・・。彼がいないとき、胸が苦しくなるんです。ですから・・・その・・・私はおそらく彼の全てが好きなのかもしれません。」
「・・・・・・。そうですか。あいつにはその想い伝えましたか?」
「い、いえ、まだです。」
「あいつ、人の想いとかそういうのにものすっごく鈍感なやつなんで、周りから気付かせてやらないと、おそらく気付きません。」
(美香さんと同じことを・・・やはり夫婦というものは・・・)
「ですが、私には言えない事情がございまして・・・」
「言えない事情?・・・ですか?」
彼女は一呼吸おいて、話し始める。
「はい!おそらく、このことを話すと彼は私を怖がるでしょう。」
「ふむふむ、それを私に今から話してくれるのですか?」
「は、はい。もしも彼とお付き合いするようになるのなら、彼の親、つまり貴方様にお伝えするつもりでしたから。」
「なるほど・・・。そして・・・その言いにくい秘密とやらは・・?」
「・・・これを知ったら、おそらくあなたは私から竜君を離れさすとおもいます・・・。ですが、さっき述べた、私の竜君へと想いは本物なのです。それだけ・・・それだけは、信じてほしいです。」
「ゴクリッ」
大吾は固唾をのむ。
「では、話します・・・。」
彼女に目が大吾にまっすぐ向けられる。
大吾も真剣に彼女を見る。
「本当は・・・私は・・・人間じゃ・・・ありません。」
大吾は表情を変えない、美雪はそのままつづける
「人間じゃありません。美香さんと友人と言うのも嘘です。私は・・・私は美香さんの涙から生まれました。」
大吾はだまったままだと、彼女の話に飲みこまれそうになり、それを避けるためにすこしだけ反応を示す。
「な、涙ですか?」
「ええ。目をそらさず、私の体を見ていてください。」
彼女はゆっくりと目を閉じ、頭以外の体全体を透明な水へと姿を変えた。
大吾は呆然とするしかなかった。
彼の目には、さっきまで彼女が蔭で見えなかった向こう側の壁が見えるのだ。
よく目を凝らすと、光の屈折の具合の違いで、彼女の体のラインにそって景色がずれている。
彼女は目を閉じたまま話す。
「美香さんの強い意志が彼女の涙に宿り、床に流れ落ちた私はそのままどこともなく水を求めあたりを回っているうちに、気付けば人間の体と同じくらいの量にまでになりました。そして、彼女と話がしたいって願い、人間の姿をイメージすると、そのとおりに私の水たちは蠢き、さきほどの姿を手に入れました。」
大吾は依然、だまったままだった。
彼女は目を開け、彼の様子をうかがう。
大吾はじーっとこちらの体を見ている。
驚いているのか、あっけにとられているのか、まったく動かない。
そんな様子に彼女は
「怖いですよね?気持ち悪いですよね?こんな化け物があなたの息子の近くにいるなんて・・・。」
さびしげに彼女の本心を口にする。
だが、すぐに大吾は意識をとりもどしたかのように口を動かす。
「あ、す、すみません。どう返事すればよいか分からなくて。なにも言えずにいました。」
「返事など、決まってるじゃないですか?こんな私を彼の元から・・・」
「い、いえ!!」
彼女が言い終わる前に強く彼は否定した。
「えっ!?」
逆に次は彼女が言葉を失う。
「い、いえ!!たしかに初めて、こういうのを目にすると言葉がでなくなりますが、けっして竜也から離れろというわけではありません。」
彼女は液状化した手をスルッっとのばし大吾の手を握る。
「どうですか?本物ですよ?つくりものじゃありません。正真正銘、水の化け物です。」
「あはは、冷たくて気持ちいいですな〜。俺はてっきりどこかの国のテロリストかと。」
彼は悠然と話を進める。嘘をいってるようには見えないが、彼女自身、やはり信用ができない。
「同じようなものです。私がちょっと本気を出せば、それ以上のことも・・・。あなたの子も・・・。そんな私が大切な息子さんの近くにいるのですよ!!?」
「ふ〜む、私はあなたがそんなことするようには思えませんがねぇ。」
「そんな・・・。私はいつ彼を襲うか・・・。」
「はっはっは!美雪さんの竜也への想いを信じてくれって言ったのは、あなたですよ?それに、当の竜也自身、あなたと一緒にいて幸せだっていってるんだし。問題ないと私は思います。」
「そ、それは、そうかもしれませんが。今は彼が私の正体を知らないだけで、知った時からは、きっと今とはちがうようなことに・・・。」
彼女の手にすこし力がこもる。
「でしたら・・・あなたの全てをあいつにぶつけてみてはどうでしょうか?
それで、あいつがビビって逃げるようだったら、あなたの想いもわからないやつだったってことでとっちめてもらってかまいません。」
大吾は笑いながら言ってるが、目が真剣なため冗談で言ってるわけではないだろう。
「そんなことしたら、余計に・・・」
「はっはっは!いつまでこの姿でいるんです?あんなおきれいな姿が涙まみれだともったいないですぜ?」
彼女はその大吾の言葉に心を動かされた。
「どうして、そんなにこんな私に優しくしてくれるのですか?」
彼女は元の姿に戻りながら顔を手で隠し、そう言う。
「お礼ですよ。いつも聞いてます。あなたが無償で竜也の面倒をみてくれているって。うすうす、勘づいてましたよ。そんな人は普通の人じゃないって。だから、あなたのもうひとつの姿を知ってもあまり驚かずにすんだのかもしれません。」
「そ、そんなぁ。私はただ自分の好きなことをやってるだけで・・・」
「なら、その好きなことを続けてください。正体を明かすのが嫌なのでしたら、黙ったままでいいです。もちろん、私からも言いません。ですが・・・あくまで私の勘ですが、あなたの全てを知った方があいつも安心すると思います。おそらく、知らないことで心配してることのほうが、あいつにとって苦しいと思いますよ。」
「そうですか・・・。」
「おーっと!もうこんな時間!!じ、じつは・・・私、先週リストラされちゃって、昨日から職場をさがしてまして・・・。そ、その〜親子そろって迷惑かけますが、もうしばらくアイツの面倒をみてやってほしいです。」
彼女は顔の手をのけ、素顔を彼に向け、
「ふふっ、大丈夫です。喜んでお受けします。」
「ありがとうどざいまーっす!!」
「いえいえ、こちらのほうこそいろいろと優しい言葉ありがとうございました。おかげさまで、勇気がわいてきました。」
「はっはっは!そうですかそうですか。こんなへっぽこ親父の言うことなんかあんまり頼りにならないと思いますがね。で・す・が、あなたはどんな姿でもあなたです。あなたの優しさは揺るぎないものです。だから、あまり自分を責めずに前向きに竜也に当たってやってください。まだまだ未熟なガキですが、どうかよろしくおねがいします。」
「はい!任せてください。安心して仕事探しをなさってください。」
「はは〜い、では〜このままいると私もあなたを狙うようになってしまいそうなんで、では!!」
タッタッタッター
と大吾はすばやく姿を消した。
美雪はほっと胸を抑え、打ち明けてよかったと安心する。
「・・・では、言われた期間中はここで安静にしていてください。」
「は、はい。」
どうやら、私の想い人が帰ってきたようだ。
「おかえりなさい。」
「あ、美雪さん、こんな時間までまたせてすみません。父さんなんか勝手に帰ってるし!!」
「いえいえ、うふふ。良いお父様ですね。」
「そ、そうですか〜?あつくるしくて、あせくさいただの男だとおもいますがねぇ。」
「そんなことないですよ?お話できてよかったですし。」
「そ、そうですか。それはよかったです。えっと、ちなみにどういった話を・・・?」
「えっ?」
まさかの質問に彼女は一瞬驚きの表情を見せる。
「あ!いやいやいや、話しにくいことでしたらかまいません!!すみませんでした!!」
だが、彼女はもうためらわない。
目の前の彼、その両親、みんなが自分を応援してくれている気がする。
いますぐ、いますぐに彼に私の全てを伝えたい!
どう思われてもかまわない、私のありのままを伝えれば、それだけでいい。
彼女は一呼吸置き、
「竜君、大事な話があります。」
「えっ・・・」
13/08/25 12:35更新 / sloth
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