墓場。そこは、あらゆる生物の終着点。
　生前の行いに関係なく、全ての屍が、墓標の下へと収められる。

「墓守としての誇りを持て。天を昇った魂たちは、今も地上で眠る己の屍を見ている。それを忘れるな」

　代々引き継がれる墓守の役目を父から継いだ時に与えられた言葉は、今でもはっきりと覚えている。
　最近では、その言葉を思い返す事も多くなった。

　その理由は、ただ一つ。

　まだ「少年」と括られる程に若い墓守は、墓標の前に開いた大きな穴を見つめながら、大きなため息をついた。
　土の下に埋まっていた棺桶は蓋が破られ、中に入っていた屍も姿を消している。

「……魂、降りてきちゃったかぁ」

　慣れた様子で、手にしたスコップを使い、開いた穴を埋める。
　見れば、その墓場中に、つい最近穴を埋めたばかりで色の変わっている箇所がいくつもあった。

　異変が起こり始めたのは何時からだったかと、土を平らに均しながら墓守は考える。

　最初は、獣か何かが墓を掘り起こしたのかとも思った。だが、数日の間、夜通し見張っても、獣の類は現れなかった。
　次に、人間の墓荒らしかと思い、見つけたら叩いてやろうとスコップを手に隠れて見張った。しかし、墓荒らしの類も、現れなかった。

　それからも夜の見張りは続けた。眠たい目を擦り、この見張りに意味があるのかと疑問に思い始めた頃。
　ついに、それは正体を現した。

　独りでに土が盛り上がり、埋葬されていたはずの死体が、這い出してきたのだ。
　あまりの恐怖に叫ぶ事も忘れ、できた事は、きょろきょろと辺りを見回す死体に見つからないように、身を隠すことだけだった。
　グールやスケルトンと言った魔物の事は、墓守も知っていた。
　だが、知識として知っていても、ただの墓守に、魔物の対処などできるはずもない。
　隠れて震え続けていると、やがて死体は墓場を出て、どこかへ行ってしまった。

　穴の正体が分かってからしばらくは、死体が這い出る音が聞こえるたびに、ベッドの中で震えていた。墓守の役目を捨てて、町に逃げようかとも考えた。
　しかし、人は何事も慣れてしまうものらしく、震える夜を繰り返す内に、いつの間にかそんな事気にせず眠れるようになっていた。

　残った悩みと言えば、墓参りに来た人にどうやって説明すればいいのかという事だったのだが。

「ああ、もう一度お前に会えるなんて！これもきっと神の思し召し！ありがとう！ありがとう！」

　死んだ妻の墓参りに来た男性が、そんな事を叫びながら死体と抱き合っているのを見てからは、それすらどうでもよくなってしまった。

　仕上げにぱんぱんと土を叩いて、穴埋めを終えた墓守は、再びため息をついた。

　こんな事ばかりを繰り返していて、墓守の仕事とは何なのか、最近はよく分からなくなってきている。
　その内、全ての墓から死体が消えて、無意味になった墓標だけが並ぶ場所になってしまうのだろうか。

　父と母は、他所の墓場を見てくると言って旅立ったまま、帰る気配が無い。
　新たな死体を埋葬する事も中々無いので、一人でもそれほど困らないのだが、寂しいといえば、寂しい。

　墓守は、考えれば考えるほど憂鬱になる思考と一緒に、スコップを倉庫へと片付けた。
　今度は清掃道具を取り出して、まだ死体の残っている墓標の掃除を始める。

　この墓場に埋まっているのは、大半が近くの街で暮らしていた者の死体だが、稀に、名も知らぬ誰かの死体も埋められる。
　『安らかに眠れ』と言う文言しか墓標には彫れないが、無いよりはマシだろうと墓守は考えていた。

　そんな無名の墓たちからも平等に死体は這い出ているが、一つだけ、静寂を保ち続けている墓がある。

　ボロボロの首飾りがかけられている、簡素な墓。

　この下に眠っているのは女の子だった。近くの川岸に流れ着いていた死体で、唯一身につけていた首飾りを持って上流の村を訪ねて回っても、知っている者はいなかったため、この墓場に埋めることになった。

　膨らんだ水死体なので分かりづらかったが、年の頃は自分と同じか、少し幼いくらいだった。
　今も、この子の両親は帰らぬ我が子の事を想っているかもしれない。そう考えると、胸が痛む。

　自分が溺れ死んだら、両親は嘆くだろうか。
　自惚れではなく、一般的な家庭と同程度には、子どもとして愛されている自信はある。きっと、母は泣くだろう。父も、涙は流さなくとも悲しんでくれるだろう。
　もしかしたら、「その内生き返る」と無造作に墓に埋められるかもしれないが。

「どうか、安らかに……」

　もはや、祈りよりも願いに近い言葉を捧げ、墓守は掃除を切り上げる事にした。
　どうせ、仕事は少ない。ゆっくりとやっていけばいい。

　見計らったように、ぐぅ、と腹が鳴った。そろそろ食事の時間だ。今日は何を食べようか。

「……お腹、空いた」

　自分の考えている事とまったく同じ言葉が聞こえて、墓守は頷いた。

　そして、少し考えてから、声が聞こえた事に違和感を覚えて振り向いた。

　つい先ほど掃除したばかりの、無名の墓。
　そのすぐ側に、美しい装飾が付いた、黒い檻が浮かんでいた。
　その中で揺れているのは、人の形をした、青い炎。

　闇夜を切り取ったような、黒いドレスを纏った炎は――墓守が守り続けてきた少女の魂は、口角を吊り上げて、笑った。

「ねえ、私……あなたが、食べたいの」

　その言葉で、驚いたまま立ち止まっていた墓守は、正気を取り戻した。

　墓守が逃げるために駆け出したのと、少女の魂が檻を放ったのは、ほぼ同時だった。
　黒い檻は飴細工のように形を変えて、逃げようとした墓守を包み込む。
　卵形に変形して墓守を捕らえた檻は、叩けど揺らせど、地面に楔を打ち込んだかのように、ビクともしない。

「いや、嫌だ……こんな……助けて……」

　逃げられないと理解した墓守は、震える声で助けを請う。

　今まで見てきた魔物たちは、こんなに怖い顔をしていなかった。
　むしろ、死んだ際に悩みを置いてきたのではないかと思うほど、楽しげだった。
　しかし、この、炎のような魂は違う。本気で、こちらを食おうとしているのが、その表情から読み取れる。

　ウィル・オ・ウィスプ。この世に未練を残したまま死んだ者の魂が元になった魔物。
　恨みや憎しみが形を成したその魔物は、まだ生きている者を捕らえては、自分たちと同じ世界に引きずり込む。

　今まで、比較的無害な魔物ばかりを見てきて、忘れていた。魔物とは、人間に対して悪意を持つ存在であったのだと。

　腰が抜け、その場にぺたりと座り込んでしまった墓守に、嗜虐的な笑みを浮かべながらウィスプが近付く。
　するりと檻を通り抜け、揺らぐ不定形の手で、墓守の頬を撫でる。
　青い炎が、触れた箇所を焼くような事は無かった。しかし墓守は、身体の奥底に、不思議な熱が宿ったのを感じた。

　その未知の感覚に、墓守は思わず首を横に振って、掠れた声で否定した。違う、違うと繰り返すが、何を否定しているのかは、自分でも分かっていなかった。

「ああ、そうね……こんな場所じゃなくて……もっと、相応しい場所で……」

　空気を震わせるのではない、直接頭の中に響くような声でウィスプがそう言うと、檻は、中に閉じ込めた墓守ごとふわりと浮き上がった。
　そのまま空中を漂い、迷う事無く墓守の寝床へと向かう。

　独りでに戸が開き、檻が壁を突き破るような事も無く、檻と魂と墓守は、ベッドの上に着地した。
　そして、ベッドの上から墓守を逃がさないように、檻は再び形を変えた。

「いや、そうじゃなくて……」

　寝慣れたベッドに付いてしまった、物々しい天蓋を見ながら、墓守は困惑を隠そうともせずに言った。

「場所じゃなくて……まだ、死にたくない……」
「……ふーん」

　墓守の言葉に、不満そうに口をへの字に曲げると、ウィスプは墓守を押し倒して、その上に跨った。

　重量は感じないのに、確かにそこに何かが存在する。体を動かそうとしても、強い力で押さえられているように動かせない、奇妙な感覚。

　抵抗しようともがく墓守に、ウィスプは自分の体をぴったりと重ね合わせた。

　その体は、揺らぐ炎でありながら、人と同じ柔らかさを持っていた。
　女性を抱いた事などない墓守は、つい、恐怖も忘れて、その柔らかさに生唾を飲んだ。

「……死にたくないのに、こうなってるの？それとも、死にたくないから、こうしてるの？」

　いつの間にか熱さと硬さを伴って主張していた墓守のモノに、自らの下腹部を押し付けながら、ウィスプは笑った。
　羞恥と興奮で朱が差した墓守の耳元に顔を寄せて、熱い吐息を吹きかけながら、意地悪に囁く。

「ねえ？ほら、ちゃんと答えて？」
「うぅ……」

　魂になっているとは言っても、自分よりも歳若い少女に辱められる屈辱と、未知の快楽への期待。
　それらが生み出す熱に浮かされたように、墓守の思考は曖昧になり、言葉を見つけられない。
　答えて、と言っておきながら、思案を妨げるように、ウィスプが墓守の耳を甘く噛んだ。そのまま、舌で耳朶を舐る。

　背筋を震わせる快感に、墓守の口から悲鳴にも似た声が漏れた。
　無意識にびくりと体が跳ね、意図せず、自分からウィスプへと体を押し付けてしまう。

「あぁ、やっぱり、あなたも、欲しいの？」

　耳から口を離すと、一転して、優しい声色で囁きながら、ウィスプは墓守の目を覗きこんだ。

　墓守は、ウィスプの青い切れ長の瞳から、目を離せなかった。
　それが魅惑的であるのはもちろんだが、その目に宿る、狂気に隠された寂寥に、気付いてしまったために。

　何かを言おうとして開いた墓守の口に、ウィスプは自らの口を重ねた。
　初めての口付けに、自分の口内に他者の舌が入ってくる感覚に、墓守は目を白黒させる。

　頬の内側を、歯を、舌を、余す所無く、ウィスプの舌に蹂躙される。
　ぴちゃり、ぴちゃりと、水音が頭の中に響き、思考がかき乱される。

　こちらからも、応えないといけない。何故か、そんな強迫観念が生まれた。

　恐る恐る、墓守は自分の舌を、ウィスプの舌へと絡めた。
　途端に、体中が熱くなり、もっと激しく貪りあいたいと言う欲求が、奥底から湧き上がる。

　人の持つ体温よりもずっと熱い。だが、決して苦しくは無い。
　ウィスプの尖った牙をつつき、柔らかい頬の内側に触れ、その度に、痺れるほどの快感が走る。

　そうして、どれほどの時間、互いの口内を貪っていただろう。

　ようやく口を離した時には、墓守の恐怖は、全て、淫らな欲望へと挿げ変わっていた。
　押さえつけられて動けない事にも、もはや、もどかしさしか感じなかった。こちらからは殆ど何もできず、ただ、ウィスプのしたいようにされるばかり。

　黒いドレスなど剥ぎとって、その下の、かすかに自己主張している乳房をめちゃくちゃにしてやりたい。
　唇だけではない。頬に、首に、体中に、口付けをしたい。
　細い腰を掴み、彼女の一番奥まで、自分のモノを突き入れたい。

　だが、ウィスプは、決して墓守に主導権を渡そうとはしなかった。

「だめ。全部、ぜんぶ、私がするんだから……」

　そう言うと、ウィスプは細い指先で墓守の服に触れた。
　指先から移った青い炎が、安い麻の服に灯る。それは肉体には干渉せず、服だけを焼き尽くした。

　一糸纏わぬ姿になった墓守に満足そうに微笑み、ウィスプは、墓守の首筋に吸い付いた。血管を舌でなぞり、突き出た喉仏を唇で挟み、わざと、跡が残るようなキスを落とす。
　そのまま、時折歯も立てながら、時間をかけ、反応を確かめつつ、墓守の全身に唇で触れた。

　腋を舐められ、乳頭を甘噛みされ、墓守が少女のように悶えるたびに、ウィスプはその嗜虐的な性格を発揮し、墓守の頭が真っ白になってしまうまで、執拗に舌と歯で責め立てた。

　そして、ついに大きく屹立している肉の棒を目の前にした時、ウィスプは、墓守の顔を見上げて尋ねた。

「ねえ、どうしてほしい？このまま、口でしてほしい？それとも……」

　既に先走りの垂れているモノに、イタズラっぽく熱い息を吹きかける。
　それだけでも、墓守は体を仰け反らせ、裏返った悲鳴をあげた。

「答えてくれないなら、ずっと、このままにしちゃう……」

　ウィスプの舌が、太腿を這う。

　直接的な刺激を与えられず、気が狂ってしまいそうなほどに蓄積し続けたものを、今すぐにでも吐き出したい。
　目の端に涙を浮かべながら、墓守は、お願いします、とだけ、叫ぶように懇願した。

「ねえ、何を、お願いしたいの？」

　ぐちゃぐちゃになってしまった頭では、墓守はちゃんとした言葉を選ぶ事もできなかった。
　そして、ウィスプも、ようやくそれを理解した。

「……じゃあ、私がしたいように、するから」

　ウィスプは、小さな口をいっぱいに開けて、それを深く咥え込んだ。
　ざらざらとした舌が裏筋に触れ、温かく、柔らかい口内に、亀頭が擦れる。

「っ！」

　焦らしに焦らされていた墓守は、その刺激に耐えられなかった。

　腰を浮かし、ウィスプの喉奥を突き上げるようにして、大量の精液を吐き出す。
　どくり、どくりと脈打ち、その度に塊のような精液を喉奥に叩きつける。

　さすがのウィスプも、それには目を白黒させた。
　口内に収まらなかった濃厚な白濁液が口の端から零れ、ベッドシーツへと垂れた。
　しかし、ウィスプは決して吐き戻したりはせず、それどころか、墓守の腰に抱きつき、一滴残らず吸い出そうと、口を窄め、じゅるじゅると音を立てて精液を啜った。

　長い射精が終わった後も、しばらく口内で肉棒を弄んでから、ようやくウィスプは抱きかかえていた墓守の腰を放した。

「んっ……すごい、あつい……」

　口の端から垂れた精液を指で掬い、舐め取って、とろんとした表情でため息をついた。
　初めて味わった精液の味は、生前に口にしたどんなものよりも甘く、喉を通り抜けるたびに、心も体も溶けてしまいそうな快楽を感じさせるものだった。
　そして、魔物としての本能は、もっと強く、激しく、その快楽を感じる方法を知っていた。

　荒い息をついて横たわっている墓守の上で、ウィスプは、唇の端を釣り上げて笑った。
　一度射精しても萎れる気配の無い肉棒の先端に、自分の秘部を当てて、一度、二度と深呼吸を繰り返す。

「……いただきます」

　既に、ウィスプのそこは十分に濡れていた。
　ゆっくり、ゆっくりと、誰の侵入も許したことの無かった穴が、墓守のものにこじ開けられる。

「んぅっ……！ふっ……」
「っ！ぅぐっ……！」

　墓守は、ただでさえ初めてだというのに、人を悦ばせるためだけの場所に、一度射精して敏感になったものを挿れさせられ、まともな人間ならば耐えられないほどの快感に、歯を食いしばって耐える事しかできなかった。

　そして、それはウィスプも同じだった。
　魔物化した魂は、殆ど痛みを感じなかった。ただ、一番深くまで受け入れきった時には、体感したことの無い、あまりの快楽に、動けなくなっていた。

　姿勢を保てず、前倒しになって墓守と重なったウィスプは、その体を形作る炎も、自分の意思では制御できなくなっていた。
　炎によって作られていたドレスの輪郭が歪み、消えてしまう。まだ成熟しきっていない少女の体が、露わになる。
　ウィスプは、その事にも気付かず、墓守の上で虚ろな視線を彷徨わせていた。
　そして、そんなウィスプの姿を見て、墓守の中の何かが切れた。

　口を開け、だらしなく涎をこぼすウィスプの頬を両手で抑え、顔を動かせないようにしてから、無理やり唇を重ねた。

「んっ！？」

　今度は、ウィスプが混乱する番だった。
　下になっているにも関わらず、墓守は腰を突き上げ、柔らかい肉襞を蹂躙する。同時に、舌を絡め、互いの唾液をかき混ぜる。
　先ほどはお預けされた、ウィスプの体を好きなように貪ると言う行為を、思う存分愉しむ。

「ぷぁっ、やっ、だめっ！」

　唇が放されたかと思えば、さっきのお返しと言わんばかりに耳を甘噛みされ、ウィスプはめちゃくちゃな快感に抵抗する力を奪われた。
　体の最奥を肉棒でこんこんと叩かれるたびに軽い絶頂を迎えながら、涙を浮かべて喘ぎ声をあげた。

　行き過ぎた快楽に振り回され、くしゃくしゃになった幼い少女の泣き顔には、少し前まで浮かんでいた嗜虐的な笑みは欠片も残っていなかった。

　相手を思いやる事など忘れ、墓守は獣のように抽送を繰り返す。膨らみかけの乳房を鷲づかみ、乱暴に爪を立てる。
　その痛みすら、ウィスプの体は快感として認識し、灰色の髪を振り乱して悶えた。

「やだっ、わたしがっ、わたしがするのにっ、いぃ！」

　その悲鳴にも似た懇願を無視して腰を振り続けた墓守は、あっという間に、二度目の限界を迎えた。
　涙を流すウィスプを強く抱きしめ、一番奥にぴったりと先端を付けて、どくん、どくんと、口の中に出した時よりも多く、濃い精液を放つ。

「ひうっ！あっ、あぅぅ……」

　炎よりもずっと熱い、命の塊が注ぎ込まれる感覚に、ウィスプは目を見開いて、全身を震わせた。
　墓守に抱きつき、じっと堪えようとしても、精を求める体は勝手に動いてしまい、更なる快感が押し寄せる。

　ウィスプのお腹が膨らんでしまうのでは無いかと思うほど大量の精を吐き出して、ようやく墓守は落ち着きを取り戻した。
　まだ、その性欲自体は収まっていなかったが、肩で息をしている少女を無理やり犯す事に、僅かに戻った理性が躊躇いを感じていた。

「あぁ……その、ごめん……」

　ウィスプが流している涙は、決して痛みによるものではなかったが、それでも、墓守は謝らずにはいられなかった。

「もしかして……痛かった？」

　的外れな質問に、ウィスプはむっとして、墓守の首筋に噛み付いた。
　未だに体を動かせないほどの快楽に支配された少女なりの、精一杯の抗議だった。

「痛っ！いや、痛くはないけど、何で！？」

　牙は立てていないため痛みはほとんど無かったが、それでも墓守はいきなりの事に驚かされた。

「むー……んー！」

　ウィスプは墓守の首をもぐもぐとしながら、涙目で何かを訴えるように呻いた。

「何だか、よく分からないけど……」

　歳相応、もしかしたら、それより幼いかもしれない振る舞いに墓守は苦笑し、片手ではウィスプを抱きしめたまま、もう片方の手で、頭を撫で、髪を梳いた。
　指に引っかかったりしない、さらさらとした髪は、少しだけ濡れていた。

「ん……」

　満足したように、ウィスプは墓守の首から口を離し、撫でられるままに身を任せた。

　不意に、撫でる手を伝って、ウィスプの心が少しだけ墓守へと伝わった。
　魂となった後もずっと感じていた孤独。孤独な魂となってしまう前の辛い記憶。
　それは、小さな女の子には、とても耐えられそうにないものばかりだった。

「……そっか。寂しかったんだ」

　悪意では無かった。
　ただ、寂しくて、空っぽになった心を埋めて欲しくて、ウィスプは姿を現したのだ。
　生死はともかく、誰かと繋がりがある他の屍と違って、死んだ後も孤独に墓場を漂い続けるのは、とても辛かったのだろう。

「大丈夫。今度からは、ボクが一緒にいる」
「……うん」

　優しく抱きしめたまま、墓守はウィスプの頭を撫で続けた。
　穏やかな微笑を浮かべたまま、ウィスプも、墓守の体をぎゅっと抱きしめた。

「ボクもまだ子どもだから、色々覚えなきゃいけない事もあるけれど、ずっと、一緒にいるのは約束する」
「……うん、約束。破ったら、また首噛んじゃうから」
「じゃあ、絶対に破らないようにしなきゃね」

　すりすりと、猫がするように、ウィスプは墓守に頬ずりした。
　それに少しくすぐったさを感じながらも、墓守は一層、ウィスプに愛しさを感じた。

「もっとたくさん、キミの事を知らないといけないね。名前も、好きなものも、まだ何も知らない。父さんと母さんにもキミの事を教えないといけない」
「お父さんと、お母さん？」
「そう。ボクの父さんと母さん。キミを見たら二人ともびっくりするかもしれないけど……」
「……ふーん」

　父さんと母さん、という言葉を聞いたウィスプは、急に不機嫌そうな顔に変わった。

「そうだよね。お母さんとお父さんが愛し合って、子どもが生まれるんだよね」

　上体を起こし、墓守の胸に手を付いた姿勢で、言った。
　もしや、昔の事で嫌な思い出があったのだろうかと心配する墓守を、嗜虐的な笑みを浮かべて見下ろす。

「私たちも、赤ちゃん、作ろ？」
「……え？」
「お父さんとお母さんよりも、ずっと、ずーっと、いっぱい愛し合って、たくさん、たーっくさん、赤ちゃん作るの」

　魂だけになっているウィル・オ・ウィスプが赤ちゃんを作れるのか、という墓守の疑問が口から出る前に、ウィスプはゆっくりと腰を揺らし始めた。
　中に収まったままだった墓守のモノは、その刺激に敏感に反応し、すぐに硬さを取り戻す。

「ふふっ……やっぱり、まだできるよね……わたしも、もっといっぱい、欲しい、な……」
「待っ……うぁっ……」

　既に二度も射精したというのに、ウィスプが動くと、墓守は体の底から耐え難い欲求が湧き上がるのを感じた。

　その後、墓守が解放されたのは、五度ほど精を注ぎ込まれてようやく満足したウィスプが、すやすやと眠ってしまってからだった。


……


「……よし、できた」

　家の裏手に設えた作業台の前で、使い慣れない木工道具を手に持ったまま、墓守は額の汗を拭った。
　散らばった木屑を吹き払うと、不恰好な小さい輪っかが、台の上に残った。

「何？その輪っか」

　墓守の肩越しに輪っかを見ながら、ウィスプが尋ねた。今は、黒い檻は半球状になって、彼女の足下を支えている。
　その少し刺々しい口調には、中々構ってもらえなかった事によって溜まった不満が籠められていた。

「ちょっと、不恰好だけど……手、出して」

　輪っかをつまみ上げ、付いている木屑を指で落としてから、墓守はそう言った。
　渋々差し出されたウィスプの手は、はっきりとした形を取る事無く、曖昧に揺れている。

「やっぱり、難しいかな……指輪、のつもりだったんだけど」

　少し恥ずかしそうに墓守がそう言うと、ウィスプの手は一瞬で人の手の形に固定された。
　変化のあまりの早さに若干驚きながらも、墓守は指輪をウィスプの指に嵌めた。

　木を削って作った指輪は、おもちゃの域を出ないが、それでも、ウィスプはその指輪を見て、とても嬉しそうに笑った。

「本当は、ちゃんとした指輪がいいかなって思ったんだけど、幽霊は金属が苦手ってどこかで聞いたから……あれ？苦手なのは銀だけ？でも指輪って大抵は銀？あれ？」

　一人で勝手に首を傾げている墓守に、ウィスプは勢いよく抱きついた。
　外れないように炎で固定された指輪を、だらしない笑顔で見つめる。

「……私の、指輪」
「そう、キミの指輪」
「私の、私だけのもの」
「そう。キミだけのもの」

　墓守の言葉を聞くたびに、ウィスプの体が、激しく燃え上がった。

「ずっと傍にいるって、あらためて、その指輪に誓うよ。今はまだちょっと困るけど、ボクが死んだ後も、魂はずっとキミと一緒に……うわぁっ！？」

　墓守をその場に押し倒し、ウィスプは全身を擦り付けて喜びを表現していた。
　同時に、檻が形を変えて、二人を包み込んだ。半球状の檻は、持ち主の抑えきれない感情を受け、いくつものハート模様に装飾されている。

「私だけのもの……体も、魂も、全部、全部……ふふっ……うふふふ……」

　抗議の一つでもと思ったが、ウィスプと交わり、魂ごと彼女と重なり合うような快感を思い出してしまうと、もう、墓守は抵抗の意思を失っていた。

「……私、また、お腹すいちゃった。だから、また、お腹いっぱいにして……？」

　その言葉に頷くと、墓守は、静かにウィスプの体を抱き寄せ、唇を重ねた。

　檻はその間も、より複雑に模様を象り続け、ついには、二人を外から完全に覆い隠した。