後編
「それでですね、そのときお姉ちゃんが――」
昼過ぎの街路。
露店で買ったホッドドッグを食べつつ、僕とシエラは談笑していた。
知り合ってから既に数週間が経ち、季節は本格的に夏。おまけに今日は珍しく霧が晴れて、海にでも行きたくなるような陽気だった。
それでもシエラは日焼けが嫌なのか、ストッキングを履いている。
「へー……。結構嫉妬深いタイプだったんだね、お姉さん」
「なんていってもラミア類ですから……はむ。んむ、んむ」
街路沿いの露店で買ったホットドッグを二人して食べる。
こんがりと焼き目のついた太めのソーセージ、しゃきしゃきとした色鮮やかなレタスに、マスタードとケチャップがこれでもかというほどかかったバンズ。
シエラは口周りについたソースを時折舌で舐めとりつつ、故郷や家族の話を沢山聞かせてくれる。
知り合ってよく分かったが、彼女はむしろおしゃべりな方だった。決して話し上手ではないのだけれど、話すのが楽しくて楽しくてたまらない、といった風に語るので、自然と引きこまれてしまう。
……家族の話題の大半が昼ドラ的な、男を巡るドロドロした争いであるのが少し気になるけれど。
「……と、そろそろ講義行かないと」
話しているうちに昼休みはあっという間に過ぎ、3限の時間が迫っていた。
「ホットドッグはどう? おいしかった?」
「ええ。……先輩と知り合ってから、ジャンクフードにはまってしまったみたいです。わたし、太ってませんか?」
困ったような笑みを浮かべながら、お腹の辺りを擦るシエラ。
「大丈夫大丈夫。じゃ、教室いこっか」
「はい、一緒に……」
言いさしてふわ、と欠伸をするシエラ。開いた口から、細く先の割れた舌が覗く。
「ん、なんか眠そうだね。昨日寝るの遅かった?」
「あ……いえ。ちょっとその……悩みがあって、なかなか寝られなくて」
「大丈夫? 僕で良ければ、相談乗るよ」
「……ええ、そうですね。そのうち、是非お願いします」
まっすぐにこちらを見るシエラの視線は、真摯そのもので。
聞いておきながら扱いあぐねた僕は、ただ曖昧に微笑んだのだった。
「――というわけで、アンフォルメルを代表する画家の一人、ジャン・フォートリエは……」
映像を扱う都合上、窓を閉め切られた暗い教室。
出席も取らないために人の姿はまばらで、数少ない出席者も寝ているのがほとんどだったりする。
そんな中シエラは、わざわざ僕に合わせて正式に受講してもいないこの講義を受けてくれていた。
現代美術を扱うこの講義は、多少なりとも彼女の専門と関わるからだろうか――僕よりも真面目に受講しているくらいだ。
……が、今日に限っては様子が違った。
講義中にふと、隣からペンの音がしないことに気づき、ちらりとシエラの方を見やると。
「……」
頭がふらふらと揺れている。
珍しいことに、どうやらシエラは居眠りをしているようだった。
……目隠しのせいでわかりづらいけれど。
と。
ふらふら揺れていた頭の重心がこちらに傾き、身体ごとこちらへしなだれかかってくる。
「ん……んう……」
むずがるような声とともに、腕を僕の身体に巻き付ける。
ラミア類特有の身体の柔らかさ。髪からふわりと香るシャンプーの匂い。ワンピースの襟元から覗ける胸元。
それだけでも充分に役得なのだが、それらに加えて――
黒い、薄手のストッキングに包まれた彼女の蛇身。
偶然――ほんとうに偶然だが、彼女が僕にもたれかかった拍子に、人間でいう太ももの辺りの蛇身に、僕の左手が触れていた。
艶やかな蛇身はひんやりと心地よく、ストッキングの生地越しにもすべすべとした感触が手に伝わってくる。
……僕は考えを改めた。
ストッキングというのは目で愛でるものだと思っていたが――手で触れたときのその感触の、なんと素晴らしいことか。
――そして。
役得、千載一遇、男女七歳にして席を云々などといった言葉が胸のうちに去来する。
どうせもう触れているなら、もう少し範囲拡大してもいいのではないか。
そう、偶然。手が滑っただけ。
スカートの下辺りに触れている手をもう少し伸ばし、スカートの中にまで侵入、そのまま腰の側面、腰骨の横に沿ってくびれまで撫で上げる。
「ああ……」
思わず感嘆のため息をついてしまった。
人間と同じくラミアの蛇身も、上部に向かうにつれ太くなってゆき、人の身体の部分との接合部できゅっと締まっている。故にその少し下あたり、蛇体の腰回りの一番むっちりとした部分は熟れきった果実の如く、ストッキングの生地が限界までぴっちりと張りつめており、より蛇体の質感が強く味わえる。
(……つまり、ストッキングの厚さ・張り具合は、触る部分によってグラデーションのように異なっていて、それぞれ異なる質感を呈している、と……)
内心で詳細なレポートを綴りつつ、シエラが寝ているのをいいことに、僕は憚ることなくテーブルの下でテントを張っていた。
……ああ、この感触を永遠に記憶しておきたい。
恍惚とそんなことを願う僕の手に、何か硬質なものが触れる。
シエラの手だった。
鳥の鉤爪がついたそれが、僕の手をしっかりと掴む。
(あ、やば――)
まさか事が露見したのかと一瞬焦るが、首筋に感じる寝息に乱れはない。
反射的に彼女の手を握り返すと、もぞもぞと身体を揺すって身体を密着させてくる。そればかりか、尻尾まで僕の身体に巻きつき、絶対に離さない、といわんばかりだ。
――このままだと、講義が終わっても前屈みで歩く羽目になる。
そう悟った僕は煩悩を振り払うため、普段はろくに取りもしないノートを真面目にとりはじめる。
しっかりと彼女にホールドされている左手を振りほどこうとするが、一向に離れそうもない。
……というか、よく起きないな。
普段の真面目な姿からは想像もできない熟睡っぷりに、思わず苦笑いが溢れる。よほど疲れているのだろう。
僕は彼女の手をしっかりと握ったまま、できるだけ丁寧にノートを綴ることにした。
「――本当に、ごめんなさい……」
「や、ほんとに気にしなくていいよ」
講義が終わった後。
起きるなり半ばパニックに陥り、何度目か分からない謝罪を述べるシエラの姿がそこにはあった。
普段真面目なだけに、講義中に居眠りしたのがよほどショックだったのだろう。僕としては様々な役得を享受できたため、謝られる筋合いは全く無い。
「あ、あとその……すみません、ちょっとお手洗いへ」
「おっけー、ここで待ってるね」
早口で謝罪を述べると、シエラは焦ったようにトイレに向かう。僕は壁に背を預けて、メールでも確認しておこうと電話を取り出し――
「あら――久しぶりですね」
初めて聞く、高く透き通るような声。
振り向いて、僕は少なからず驚いた。
「……図書館の外で会うのは、初めてですね」
ミディアムボブの黒髪に、黒い縦セーター。黒縁の眼鏡。そして、獣人の脚。
――図書館の司書、ミヒリさんが、いつもの微笑みを浮かべて廊下に立っていた。
「最近図書館に来てくださらないから、心配して出てきたんですの」
そういって僕の背後に回り込んで、ふわりと肩に手を置くミヒリさん。
白魚のようにたおやかな指先の、朱い朱いネイルが目に焼き付く。
その爪が、窘めるように肩に食い込んだ。
「――色恋に夢中で、お勉強はお預けですか?」
「……別に、そういうわけじゃ……」
「ふふふっ……いいのですよ? ここは人界にあって、人間の規則に縛られない学び舎。どのような日々を過ごそうと、あなたの自由です」
ころころと笑いつつ、次第に僕の耳元へ口を近づけるようにして、彼女は僕に囁きかける。
「けれど――あなたが選ぶべき相手は、他にいるのかもしれませんよ?」
どろどろに煮詰めた砂糖水のような――聞くものを蕩かすその声に、思わず振り向く。
ぱしゃり。
――鋭いシャッター音。
ミヒリさんのもう片方の手――黒いネイルが塗られたその手は、カメラを構えていた。
宙空に構えられたそれが切り取ったのは、恐らく僕とミヒリさんのツーショット。
「うふふ――写真て、いいものね? あなたに会えない間はわたくし、これを眺めることにしますわ」
僕から顔を離し、艶然と微笑みながらカメラをしまうミヒリさんの頭部には、象牙色の双角。
「あら、つい声に魔力が篭ってしまいましたね。おまけに角まで出してしまって――髪型を整え直さないと」
肩から手を離すと、朱い爪で角をつるりと撫で上げ。
「今日はそれだけ。――では、また図書館で逢いましょう」
ゆらりと頭を揺らし。
こつこつという蹄の軽快な音とともに、ミヒリさんは去っていった。
「……なんて人だ」
無口天然系美人だと思っていたが、全くそんなことはなかった。
それに、僕を恋愛対象として見ている? あるいはただ弄んでいるだけ? 撮られた写真はどうなる?
何もわからないが、とにかく図書館に行きづらくなったことだけは確かだった。
参ったな、と頭を抱えたところに――
「せ……せん、ぱい」
そろり、と。
今にも泣き出しそうな声とともに、物陰からシエラが出てくる。
「いまの……だれ、ですか」
「ああ、と、図書館の司書さん……そんなに話したことないんだけど」
何も嘘は言っていない。
言っていないが、見ているこちらが痛いほどに強く噛み締められたシエラの唇を見て、過剰に言葉がせりあがってくる。
「いや、本当に。なんだろうね、写真まで撮って。どういうつもりなんだろう」
全く困ったひとだ、と、曖昧な笑みを浮かべながら愚痴る風に言って、この場をやり過ごそうとして。
「しゃ、しん……?」
蒼白になったシエラの顔を見て、余計なことを言ったと気づく。
――しかしもう、遅かった。
「写真て……あの女が? どんな写真ですか?」
「……え?」
「教えて下さい」
ミヒリさんに掴まれた肩を、もう一度シエラの鉤爪が抉る。
彼女より、はるかに強く、険しく。
「先輩は、わたしだけの――」
続く言葉は低く掠れ、聞き取れない。
ただ目隠しの奥から、彼女の射抜くような視線をひりひりと感じていた。
それから、シエラは変わってしまった。
「先輩……!」
以前は周囲の眼を憚るように、控えめに僕への好意を示していた彼女。
それが今では、どこだろうとお構いなし。朝から会うなり、するすると僕に近づいては、ひし、と腕を絡ませてくる。
「先輩、今日もストッキング、履いてきましたよ。どうですか? 可愛いですか? 可愛いですよね?」
痩けた頬で、必死に笑顔を作りながら訊いてくるシエラ。
「似合ってるし可愛いよ。シエラより可愛い子なんていないよ」
「うふ、ふ、ふ――あ、写真、撮らなきゃ」
彼女はいそいそと首元のカメラを構え、撫でている僕の手と自分を撮影する。これも――こうして、すぐに写真を撮るようになったのも、あのミヒリさんに僕が撮られた日以来だった。
「ふふ……かわいい……かわいいって、先輩言ってくれた……かわいい、シエラ……」
カメラを下ろしたシエラは、また愛おしげに僕の腕をさすり始める。
「うん、シエラは可愛いよ。……それで、今日は講義ないけど、どうする?」
「あ、今日はお洋服を買おうと思って。一緒に付いてきてもらえませんか? 先輩が気に入った服、わたしに着せたい服を選んでもらって――」
「……シエラ。そんなことは頼んでないよ。君の着たい服を着ればいい。そんなに媚びへつらわなくても、僕はどこにも行ったりしないから」
「でも……」
不安げに唇を噛み、こちらを見上げるシエラ。
「ねえ、ちょっと疲れてるんだって。それより、ほら。折角だし、何か美味しいものでも食べに行こうよ」
「……美味しいもの、ですか」
一拍、間を置いて帰ってきたシエラの声は、わずかに震えていた。
「うん。何か、食べたいものとかある?」
「あります。もう食べたくて食べたくて、切なくて仕方ないものがあります。しかも放っておくと、他の人に食べられてしまうかもしれません」
「そんなに食べたいものが……?」
「ええ。……食べていいと、思いますか?」
「まあ、身体に悪くないものなら……」
全く検討もつかないが、そこまで食べたいのなら断る理由もない。
「――なら、家に来てもらえませんか? 先輩と一緒に食べたいので」
そう言ってシエラは口元を笑みの形に歪めた。
「――どうぞ、上がってください」
「うん。お邪魔します……」
さすがに質素だが、女の子らしい、綺麗に整頓された部屋だった。
結局道中、ほとんど会話もなく、何も買わずに来てしまったが、シエラの「食べたいもの」は家にあるのだろうか。
ちらりとキッチンを見やれば、日頃は自炊しているのか、調理道具も手入れされている様子。
「こちらへ」
「あ……はい」
彼女が指したのは寝室。
躊躇われはしたものの、尋常ではないシエラの雰囲気に、口を挟むこともできず部屋に入る。
中は暗く、仄かに甘い香りが漂うほかには何も見えない。灯りのスイッチを探すも、僕が入るとすぐにシエラは扉を閉めてしまい、部屋は完全な暗闇に包まれる。
「と。真っ暗なんだけど。灯り……つけないの?」
聞くと、くすり、とシエラは笑った。
「灯り、つけてほしいですか?」
「うん。いや、だって何も見えないし――」
「……見えない、ですか」
「あ――いや、その」
まずいことを言ったかもしれない、と瞬時に悟り、焦る。いつも目隠しを着けることを強いられている彼女に、迂闊なことを言ったか。
「いえ、見えない方が良かったと思うことも、ときにはあるんです」
――もしかしたら、先輩にとっては今がそうかもしれませんね。
低く、多分に暗さを含んだシエラの声がして。
そして、照明がついた。
「うわ、眩し――――――――え?」
照明に目が慣れてから、最初に認識したのは、壁一面を埋め尽くす写真、写真、写真。
写っているのはどれも僕。シエラと一緒に歩いているときの写真はまだいいだろう。しかし、講義棟を歩いている姿や人と話している姿――相手の顔は黒く塗りつぶされているが――など、ストーキングするか隠し撮りでないと撮れないはずの写真が多々あるのは、どういうことか。
しかもそれらは丁寧に、一枚一枚、等間隔で貼り付けられている。
「どうですか? これが、先輩のポートレートです」
誇らしげに語るシエラ。
「……これは、僕をストーキングしてたってこと?」
震える声で尋ねると、シエラは不思議そうに答えた。
「いいえ? だって先輩、わたしのモデルになるって言ったじゃないですか――わたしだけのモデルに」
振り向いた彼女の口元には笑みが張り付いている。
「なのに――なんで他の女に撮らせるんですか?」
「いや、それは……」
「ああ、ごめんなさい。先輩は何も悪くない。先輩は何も悪くないです。ええ、今日は、そんな話じゃなくて――いえ、ほんとはもうちょっと、準備するはずだったんですけど――我慢できなくなっちゃったんです」
もごもごと、顔を臥せたままシエラは呟く。
「だって――美味しいものを食べよう、だなんて、先輩がいうから」
――優しすぎますよ、先輩は。
くすくすと笑いながら、そう囁くシエラ。
「いえ、これまでは我慢してたんです。そう、ずっと我慢してきたんです。眼のこともあるし、先輩とちょっとずつ仲良くなっていければって思ってたのに……あの、女が」
ミヒリさん。
彼女が双角を覗かせた日のことを思い出す。
「……」
「あんな女に先輩を盗られたくありません」
断固たる口調だった。
「僕は、別にあの人とどうこうなる気はないし――」
「ええ、ええ。そうですよね。でも――先輩は知っていますか?」
「……?」
「わたしの髪も目も鼻も耳も口も首も手も足も心臓も先輩のものです。先輩の髪も目も鼻も耳も口も首も手も足も心臓もわたしのものです。なのに見ることが出来ない。わたし以外のみんなが見ることができるそれを、先輩を一番深く愛しているわたしだけが見ることができません。いえ、見ようと思えばいつでも見られました、先輩に蛇毒を流し込んで無理やりに関係を結ぶこともできました。でもしなかった。わたしは先輩を大切にしたかったし、そんなことをする必要はないと信じていたから、しなかった。だから代わりに写真を沢山撮りました。この目で先輩を見ることが叶わないのなら、それ以外の全てで先輩を見ようとしました。でも撮れば撮るほどに先輩をこの目で見たくなって、でも我慢して、ずっと我慢してきたんです。ずっと、夜中に一人、先輩の写真で自分を慰めて、そのせいで次の日、講義で寝ちゃって……ふふ、あのときは幸せだったなあ、あのときみたいに、ずっと一緒にいたかった。そう、一緒にいたかったからです。先輩のためなら、どんなに辛いことでも我慢できました。我慢してきました。我慢するつもりでした。本当は先輩にわたしの気持ちをぜんぶすっかり伝えて受け入れてもらいたかった、わたしの歪さも知って、受け入れて欲しかった、そして先輩をわたしのものにしてわたしを先輩のものにしてほしかった。早くそうしないと、先輩がとられちゃうんじゃないかって、不安で不安で仕方なかったけれど、必死にこらえて、わたしは、先輩を信じて、我慢してきました。魔物娘だからって、性欲だけの女だって思われたくなかったし、見た目だけで先輩を選んだと思われたくなかったし、先輩以外の知り合いがいないから消去法で選んだなんて思われたくなかったから。わたしが先輩を選んだのはその優しさと卑しさとかっこよさとかっこわるさが理由で、一目惚れと運命が根拠です。互いのことが好きだって十分すぎるくらい分かってから、そうですね、できれば先輩から、告白してほしかった。場所はどこでも構いません、でも初めて出会った図書館がいいかな、あのバルコニーで想いを伝えあって、霧にまぎれるようにしてくちづけ合いながら、どこか二人っきりになれるところに行って、先輩の手でわたしの目隠しを外して、解いてほしかった、この呪いを、軛を、そうして先輩とたっぷり見つめ合って、ああ、先輩も初めてわたしの顔を見ることになりますね、そうして互いの気持ちを深く深くまで伝え合ってから、交わって、お互いのはじめてを奪い合って、捧げ合って、一番になって、番になりたかった――でもだめでしたね。だめでした。なんでだめになっちゃったかって、先輩のことを信じているだけじゃ、だめだったから、だめになっちゃったんです。先輩はわたしのことを決して裏切らない、けれど先輩にその気がないのに優しさにつけいって裏切らせようとする女がいたんです。もしかしたらわたしより先に先輩に唾つけておいたのかもしれません、でもそんな汚いものは綺麗さっぱり拭い去ってしまえるし、意味のないものなんです。だって先輩はわたしのものになる予定で、わたしは先輩のものになる予定で、これは覆らないのだから、唾を付けておいたなんてことは許されないし無効になるんです。ならないのなら先輩はわたしが取り返さなくちゃいけないし、でもそれは略奪ではなくて正当な返還で、だってわたし以外の一切は先輩に求愛する資格を持っていないのだから、これは単にあるべき形に戻すことなんです。でもそんなことをする必要はないって、わたしは信じてます、これは、これだけはわたしは信じていていいことだと思っているんです、だって、わたしは確かに可愛くなくて、爪にネイルも塗れないし柔らかい太ももやお尻もない、どうしようもなく歪で先輩に依存してて、先輩には釣り合わないかもしれません、でも、そんなことは関係なく、こんなにも先輩のことを愛しているのだから、そして先輩のことをこんなによく視て撮って理解している存在はわたしのほかにないのだから、そして何より先輩がそう決めるはずなのだから、わたしが大好きな先輩がそう決めないはずがないのだから、だからわたしが為すべきことはひとつだけ、先輩にわたしたちのほんとうのことを伝えるだけなんです」
声を枯らし、乾いた口から血を流しながら。
狂ったような長広舌を終えて、シエラは微笑んだ。
「あ……あ、」
狂気。
傍からみればそうとしか言えない。
しかし僕が恐怖したのは、彼女の狂気ではなく――彼女の言葉にすっかり馴染み、理解し、陰茎を勃起させるほどに悦びと興奮を覚えている自分だった。
どうして、こんなに狂った女を――いや、どうしようもなく狂っているからこそ、僕は彼女に魅了され、愛しているのだ。
「……シエラ」
「……はい。気持ち悪いと、思いましたか? ごめんなさい、でも」
「愛してる」
「え……?」
よほど否定的な反応を予測していたのか、開いた口が塞がらないといった風のシエラ。
確かに、普通なら恐怖する場面だろう。けれど僕には、彼女の重すぎる愛が、深すぎる情が――たまらなく、心地よく思えていた。
「……ああ、確かに束縛されるのは嫌だし、他の女とちょっと話しただけで嫉妬されるのは面倒かもしれない。でも」
「はい」
「――きみのためなら、全部どうだっていい」
きみと同じなんだよ、シエラ。
最後にそう言い添える。
唖然としていたシエラの表情は、徐々に歓喜に染まり。
「わたしも、です。せんぱ――」
言い終える前にくちづける。ずっと見てきた彼女の唇は、想像していたよりずっと小さく、薄く、けれど貪欲に僕の舌を口腔から吸い出す。乾ききった彼女の口内を少しでも癒すために、僕は舌で唾液を絡めとり、流しこむ。シエラは鼻息も荒くそれを舐め、啜り、飲み込んだ。
しばらくの間、狭い室内に、二人の喘ぎ声と湿った音だけが響きわたる。
「ん、ぷはっ……シエラ、その……きみの、目隠しを……解いても、いいかな」
「――はい、お願いします」
こちらを向いたシエラの後頭部に手を回し、彼女を縛る目隠しの結び目に触れる。
何のドラマも感動もなくあっさりと、単なる必定の結果として、それはぼろぼろに朽ち、剥がれ、落ちていく。
ぼろぼろの糸くずを顔から払ってやると、その下からは――
「せん、ぱい――」
涙で潤んだ、深い、深い青色の瞳。
目を合わせた途端、燃えるように身体が熱くなった。
――妄執じみた愛情が、そのまま脳に流し込まれるような感覚。
欲しい。目の前の相手が、どうしようもなく欲しい。
気づくと、つい先程まで貪っていたシエラの唇に、再び貪るようにくちづけていた。勢いのままに口腔に舌を侵入させれば、彼女もまた唾液を顎から垂らしながら、蛇の細く長い舌で歓待してくれる。
「――ぷは」
口元を互いの唾液まみれにして、改めてシエラと目を合わせる。
――何故もっと早くに目隠しを外さなかったのだろう。
思わずそう後悔するほど、美しく澄んだ瞳。
けれどそんな後悔もすぐに、焦がすような熱情を湛えた瞳に呑まれ、猛り狂う欲情だけが僕の中に残される。
「せんぱ、い……やっと、やっと見られた……!」
蛇毒を流し込んでいるという自覚もないまま、シエラは歓喜の表情を浮かべて僕に抱きついて。
「――あ」
すぐに、へそ辺りに押し付けられる剛直の存在に気づく。
「……その、ごめん。感動的な場面のはずだったんだけど」
「いいえ? わたしこそ、忘れててごめんなさい――さっきからずっと、おっきくなってましたもんね」
くすりと笑うと、シエラは蛇体を曲げて僕の前に跪くと、ベルトに手をかける。
「む……外し方が、わからない……えいっ」
自分で外そうとしたその矢先、シエラは鉤爪で力任せにベルトを引きちぎる。
「あはっ、バジリスクの鉤爪は……こういうときのためにあったんですね♪」
そのままジーンズと下着をまとめて脱がすと、赤黒くそそり立ち、溢れるほどに先走りを垂らした陰茎をさらけ出す。
「ぁ、はぁっ♥ わたしで、こんなにおっきくしてくれたんですか……♥」
露出した僕の陰茎を食い入る様に注視している。
「ふふ……まずは、目でたっぷり愉しみたかったんですけど……わたしも先輩も、限界ですね」
そういうと、シエラはワンピースをするりと脱ぎ捨てた。顕になるのは、雪のように白い肌。上体をよく動かすからだろうか、程よく引き締まった腹筋。そして、たわわに実った二つの白い果実。細く締まったウエストとの対比で、それは余計にボリュームを増して見えた。
そこまで脱いで、シエラは誘うような視線でこちらを伺う。
「ふふ……もっと脱いで欲しいですか? なら、先輩からちゅーを――」
言い終える前に、僕は再び彼女の口を塞ぐ。勢いが良すぎて、互いの歯がこつりと当たった。
「はんッ、んっ、んむ、ちゅ……ぷは、せんぱい、そんなに見たかったんですね……嬉しいです♥」
嬉しくてたまらないというふうに、シエラは身を捩りながらブラを外す。
「はい、どうぞ……っ、好きなだけ、見てください……♥」
華奢な外見からは予想できない、豊かな乳房がまろびでる。よく熟れた瓜のような形のそれ、その先端には、紅色の小さな乳輪。そして、既にぷっくりと自己主張を始めている乳首が、その白い果実を彩っている。
思わず沈黙する僕に、シエラが焦ったように声をかける。
「……ど、どうしました? が、がっかりおっぱい、ですか?」
「いや。最高。えろすぎてどうしたらいいかわかんない」
「やたっ……♪ ふふ、先輩の好きにして、いいんですよ……?」
そのたわわな乳房をこちらに押し付けてくるシエラ。堪えきれず、僕は最も原始的な――乱暴に揉みしだくという行動をとった。
「……すげ、めっちゃ、やわらかい……」
「ひんっ……ぁぅうっ、んぅっ、せんぱ、い」
もっとつよく、とシエラは目で訴えてくる。その灼けつくような眼差しは、欲望のままに身体を弄ばれるのがたまらない、といった風情だ。
もっと。もっとシエラが見たい。触りたい。
「ねえ、くちびる、こっち出して」
「はい♥……んっ」
元々出ているものに、何が「出して」なのか、と自分でも思ったが、シエラは聡くも意図を汲んで、唇をこちらへ突き出す。
「……その唇、前からえろいと思ってたんだよね」
その色は桜より少し暗い、薄紅。慎ましさと貪欲さが同居しているかのような、薄く、小さな口唇。
僕はそれを片手の指先でつまみ、揉み、挟み、なぞる。
「ふ、ふあぁ、ふぇんふぁい……」
僕の変態じみた行動に、しかしシエラの瞳は歓喜に彩られていた。
「この唇で、フェラ、してほしいな」
「んっ……は、い……♥」
シエラはもう一度蛇体を曲げて跪くと、その小さな小さな唇で――赤黒く脈動するペニスの幹を、ずるずると這い登る。
「んちゅ、ぷは……わたしの身体で、えっちなところあったなら、もっとはやく、言ってくださいよ」
口を離している間、尻尾の先で僕のペニスをしごき上げつつ、陶然と僕を見上げてシエラは言う。
「先輩にストッキングかわいいって言われたせいで、わたし、自分でするときはずっとストッキング履いて――先輩にやらしく触られるところ、想像しながらしてたんですよ――?」
淫らな告白に、僕は口角を上げる。
が、僕もひとつ、白状しておかなければならない。
「……あの、君が講義中居眠りしてたとき、こっそりお尻のあたり撫でてたんだよね。ごめん」
「……それも、わたしが起きてる時にしてほしかったです……」
陰茎をしごかれつつ、上目遣いで言われる恨み言の、なんと甘やかなことか。
そこでふと、この部屋に仄かに漂う甘い香りは、シエラの体臭であることに気づく。
「そうだね、僕のこと考えながら毎日オナニーしてて、寝不足になっちゃうくらいだもんね」
「もう……これからは、先輩からしっかり精液いただきますから……インキュバスになるまで、寝不足で苦しむのは先輩の方ですよ?」
いたずらっぽく微笑んでくるシエラ。
「どうかな? 案外すぐにインキュバスになって、シエラを喉が枯れるまで喘がせちゃうかも。――ほら、今だって君のほうがつらそうだよ」
そう言って僕は、シエラの人体と蛇体の丁度狭間にある秘所を指す。そこはしとどに濡れ、下着どころかストッキングにまで染み出し、つたう愛液で蛇身はてらてらと艶めいている。
「……あとで、ぜんぶお洗濯ですね」
困ったように微笑むシエラに、僕はそっと囁く。
「愛液でぐしょぐしょになったストッキング、すげーえろい」
「も、もう……だいたい先輩はストッキング好きすぎますよ!……ストッキングとわたし、どっちが好きなんですか?」
「ストッキングを履いてるシエラが好き。脱いでても好き。他の娘が履いてても興味ない」
「む……よろしい」
隙のない返答に、満足気なシエラ。
「……じゃあ、ご褒美にストッキング、破きますか? 男の人は破きたがるってお姉ちゃんが……」
僕はすぐさま否定する。
「いや、それはやめておこう。人為的に破くのは嫌なんだ。それよりぐちょぐちょのストッキングを、自分で脱いでるところが見たい」
「……合理的な行為のはずなのに、なんだかすごく変態っぽいです……」
批判の眼差しでこちらを見ながら、シエラは陰茎から手を一度離し、尻を浮かしてストッキングに手をかける。やはり腰回りから脱いでいくようで、僕の推測は間違っていなかった、今度は履いているところも観察せねば、と思いつつ、するすると丸めながら脱いでいくさまに息を呑む。まるで脱皮。手の位置を固定し、蛇体の方をするすると曲げ、弛め、伸ばして脱いでいくのだ。
「こ、これで満足ですか」
恐らくこれまでで一番まともな行為をしたはずなのに、顔を真っ赤にしているシエラ。
「うん――じゃあ、ご褒美あげるから、仰向けになって寝てごらん」
「は、い……♥」
ご褒美、と聞いただけで身体を震わせたシエラは、言われた通りベッドの上に仰向けになる。
……二人で寝るには少し狭いが、今はそのくらいがちょうどいい。
僕は露わになった彼女の性器、その花弁を指先でそっと開き、愛液を掬い上げて陰核に塗りたくる。
「ひっ……んっ、んあっ! そこ、いきなりさわっちゃ、や……♥」
そのまま愛撫を続ければ、嬌声をあげてシエラは悶える。もう片方の腕に必死にしがみつき、快感をこらえつつも、しかし蛇身はぶるぶると痙攣し、堪えきれなくなったのか僕の身体に巻き付いてくる。
「ん? どうしたの?」
「だめ、そこ、きもちよすぎて、いっちゃ……♥ あ、」
びくん、と一際強く蛇体をうねらせて、シエラは果てた。くて、と力が抜け、蛇体の拘束も外れ、そのままシエラは顔をこちらに預けようとするが、僕は身体を反転して彼女の陰部に顔を近づける。
「ふあ……♥ せんぱいのいき、かかってる……♥」
ひくひくと痙攣するそこを、くぱあ、と指でもう一度押し広げると、濃い愛液が蛇体を伝っていった。それを舌で丁寧に舐めとっていく。
「ひ、あ――」
尾先が再び僕の上半身に巻き付いてきた。同時に、亀頭を温かく濡れたものが包む感触。
どうやらシエラも口唇での愛撫を始めたようだった。
「せっかくこんな良い身体持ってるんだから、全身で感じるようにしないと損だよ」
そのまま舐め上げていき、シエラの性器周辺の蛇身を、弧を描くように舐め回す。
「んじゅる、じゅぽ、ぷはっ……や、や、それ、だめっ、感じるとこ、どんどんひろがってっちゃ……あっ♥」
一際高い嬌声とともに、シエラの秘裂からまた愛液が垂れてくる。今度は透明なものではなく、どろりと白濁した濃いそれが。
「本気汁出しちゃって……おまんこの周り、舐めてるだけだよ?」
「だって……だってぇ♥」
ぐずるように言いながら、蛇身をぎゅうぎゅうと締めてくるシエラ。
「あ、せんぱい……最初は、ゆびじゃなくて、せんぱいのおちんちんいれてほしいです……♥」
「へえ、いきなり挿入れちゃっていいの?」
シエラの眼前にある男根を、見せつけるようにぐいと押し出す。
「はい……この太いので、いきなりおまんこを、ぐいぐいって拡げて……せんぱいの形にしてほしいんです♥」
途方も無く淫らな提案。
シエラは言っていて自分でもその淫猥さに感じ入ったのか、ぶるぶると身を震わせる。
「じゃあ、ほぐさないでいきなり入れちゃおっか――シエラ、おいで」
「はい♥」
正常位、というのだろうか。僕はシエラの上に跨ると、その秘裂に亀頭を宛てがい、鈴口からめり込ませていった。
「あっ♥ おっきいの、きてる……♥」
切なげにシエラの眉が顰められ、蛇体が僕の腰に絡みつく。破瓜の血が一筋、蛇身を伝っていくのが見えた。
――と。
「あ、そんないっきにいったら――」
「え、こんなおっきいのむり、むりなのに……からだが勝手に……♥」
僕の腰に絡みついていた尾がびくりと跳ね、勢い良く僕を抱き寄せた結果、いきなり深くまで挿入してしまう。少しずつ彼女の膣内に沈めていた亀頭は、一気に彼女の媚肉を貫き、こりこりとした子宮口にぶつかる。それがひくひくと僕の鈴口に吸い付くのを感じた時、堪えきれずに僕は射精した。
「か、はっ……♥」
挿入ってきたばかりのペニスに熱い精液をいやというほど浴びせられ、シエラも恐らく絶頂したのだろう。ひゅうひゅうと苦しげに息をするシエラの脈は乱れ、蛇体は僕をきりきりと巻き上げて、ペニスを抜くことを許さない。押し付けてくる玉肌はじっとりと汗ばんでいる。
僕はといえば、これまで溜め込んできたものを全て、最愛の蛇娘の子宮口に直接吐き出す快感に気が狂いそうだった。胸板でシエラの乳房がぐにゅりと押しつぶされる感触がまた、たまらなく気持ち良い。
――しかし残念なことがひとつだけ。
「はーっ、はーっ……っ、キスしながら、膣内にびゅーってしてほしかった、です……」
「僕もそうしたかったな……んっ」
笑いあって、遅まきながら唇を重ねる。
「ぷは……次は、そうしましょう……ね?」
「ああ……あと、もっと君の膣内を愉しみたいな」
一度射精しても硬さを微塵も失っていなかった陰茎を、彼女の膣内で跳ねさせる。
「きゃ♥ もう……いったばっかりなのに」
そう言いつつ、シエラの媚肉もまた、子宮口から溢れでた精液に欣喜雀躍して、既に次の射精を促そうと僕の陰茎をゆるゆると締め付けている。
お互い、既に準備は整っている。
早速、二回戦目を始めようとしたところで――
「写真も……ちゃんと、撮っておかないとですね♥」
おもむろにシエラがカメラを手に取り、レンズを自分たちに向けてぱしゃり、と一枚。
ちらりと画面を覗きこんでみると、僕たちは驚くほどに蕩けた顔をしていた。
「わ、素敵なセルフィーが撮れましたね♥」
明日、ミヒリさんに見せてあげましょう。
胸板に頭をすりすりとこすりつけながら、シエラは嬉しそうに言う。
以前の僕だったら止めただろう、と快楽に灼けついた脳裏でぼんやりと考える。――今はもう、どうでもいい。シエラのこと以外は、どうでも。
「あ、あとで先輩のおちんちん、たくさん撮らせてくださいね――いろんなアングルと、角度で撮って、アルバムを……ひゃうん♥」
喋っている途中で一際奥に強く打ち込むと、子宮口から先ほど注いだ精液がぶびっと溢れ出てくる。シエラが快感に身震いしている隙に、僕はカメラを彼女から奪った。
「ほんとに、変態だなあ……シエラも撮らせてよ」
「はい、わたし、わたしもぉっ……っ、かわいく、とっ……はぁ♥ くり、くりもさわっちゃうの……♥」
片手でカメラを持ち、もう片手で彼女の陰核を弄り回す。
「シエラ、奥からちんぽ引き抜かれるときの顔、すごい……ぞくぞくするな」
切なげに眉を顰めつつ、次のポルチオへの一突きを予期しておののくシエラの表情は、どうしようもなく劣情を誘う。
「う、うれし……♥ 好きな、だけっ、撮ってぇっ……くださっ……♥」
正常位で彼女の身体を貪りながら、たわわに揺れ、弾む彼女の乳房を、蕩けた顔を、ぐちゃぐちゃに乱れた髪を、何枚も何枚も撮る。
「シエラ、えろすぎっ……!」
「せっ、せんぱいもっ、ですよぅ……♥ あっ、つながってるとこっ、わたしにとらせて――」
カメラを渡すとシエラは、リズミカルに濡れた音を立てては愛液を飛び散らせている接合部に向けて構え、ファインダー越しに覗き込む。
「しゅっ……すごい、ですっ♥ こんな太いのが、出たり、入ったりしてるぅっ♥」
シャッターの音とともに明滅するフラッシュが、シエラの、貪欲にペニスを呑み込む慎ましやかな秘裂を、その刹那に浮かび上がらせる。
「さっきまで処女だったのにね? もうこんなによがっちゃって――」
「あっ、相性がいいんですよ、っ? わたしはせんぱいが、せんぱいはわたしが――いちばんきもちいいんですっ……♥」
確かに――こんなに情の深い女より、気持ちいいセックスができる相手などいるはずもない。
僕がどれだけ彼女に愛を注ぎ込んでも、彼女はその倍も注ぎ返してくるのだから。
――もう彼女から離れられない。
暗室のような部屋の中、カメラのバッテリーが切れるまで、僕たちはひたすら互いを貪りあった。
「先輩……ほんとにこれで、よかったんですか?」
まだ火照りも収まり切らないまま、シエラを腕に抱き、暫しの休憩をとっていると、おずおずとそう尋ねられた。
「わたし、結構その……依存体質、というか……独占欲強い、かもしれないです」
「こんなにぐるぐるに尻尾巻きつけといて、今更何いってんの」
思わず笑いがこぼれた。ぎゅっと、確かめるようにシエラの蛇体が僕を抱き寄せる。
「……僕も君なしじゃ、もうやっていけないよ」
「先輩……」
「もう恋人同士なんだから、敬語は外して別の呼び方をしてほしいなあ――」
「あ、あなた……」
カップルを通り越して一気に夫婦っぽくなったが、まあ良いだろう。
「うん」
「……好き」
「僕もだよ」
そっとくちづける。
「……あれ、痩けてたほっぺ、治ってるね」
「え、本当ですか。せんぱ……あなたと、その……たくさんしたからだねっ」
最後の方は早口で言い、枕に顔を埋めてしまうシエラ。
「その敬語と呼び方が直るまで中出しね」
「やっ、もうこんなにおっきく……♥ ふ、ふとっちゃうから……あっ、もうっ♥」
…………。
――あれから数ヶ月。
シエラと僕は同棲するということで、お互い部屋を引き払って新しいマンションに住むことにした。というのも、魔物娘との交際を推奨している大学から住宅手当が出るからだ。
この辺りのマンションは魔物娘が快適に過ごせるようにリフォームされており、 特にベッドは大きめに作られている。
例えば――ラミア類の彼女が快楽にのたうち回っても落ちないように。
「はぁ……ッ、んっ、んんぅっ……ね、見せて……ぇ♥」
午前7時。
かつてのシエラならもう起きて支度をしている時間だろう。
それが今は、僕に片手で目隠しをされ、もう片手で乳首を愛撫されて悶えながら、陰茎を見たいとねだっている。
「ん? 何を?」
特製の大きな円形のベッドで、シエラは焦れたように尻尾を跳ねさせた。
「おちんちん……っ、はやく見たいのっ……♥」
気づくとシエラの爪がベッドシーツをカリカリと掻いている。その鋭い爪で裂かれてはたまらない。
「しょうがないなあ」
ぱっと目を覆っていた手を離す。
「んっ……ふあ、あなた……おはよう♥」
「おはよう、シエラ」
僕のモノにとびつくかとおもいきや、シエラは僕としっかり目を合わせ、口づける方を選んだ。
そのたわわな乳房を僕の胸板にぴったりと押し付けて、甘えるように何度もキスをする。
――目を開けたまま。
すぐに魔眼から流れ込む蛇毒で、もともといきり立っていた陰茎が、射精寸前の大きさにまで膨れ上がる。
「ん、こっちにも……おはよ♥」
目ざとくそれを見つけたシエラは、ずりずりと下半身へ移動し、先走りを垂らす亀頭に薄紅の唇を押し当てるようにして、その滴を舐めとる。寝起きで髪を結んでいないため、背中一面に広がった昏い金髪が堪らない色気を醸し出している。
そして、そのまま口淫を始めるのではなく、シエラはしげしげと僕の陰茎を見つめる。
「やっぱり、昔に比べて大きくなってる……色も、こんなに黒くなって」
確かに僕の陰茎は一回りほども太く、長くなり、色も浅黒く変化している。傍目にはグロテスクに見えるに違いない。
が、禍々しく腫れ上がるその先端――何度も自分の子宮口に押し付けられ、絶頂をもたらしてきた亀頭に、シエラは愛おしげにキスの雨を降らす。
「まあ、毎日生でこんだけやってればね……」
シエラとは毎日、朝に夜に交わり続けている。休みの日など、挿入れていない時間の方が少ないのではないか。
「ふふ……わたしのおまんこに合わせて、ちゃんとつくり変わってる。ここがひっかかって、気持ちいい、のっ……♥」
そういって愛おしげにカリの部分を爪でこりこりと擦るシエラ。
「きみのだって――」
「んっ……あんっ」
身体を捻り、シックスナインの体勢に移る。
蛇体と人体の境あたり、早くも愛液を垂らし始めているシエラの秘裂をくぱあ、と割り開けば――
「見た目はピンクで清楚ぶってるのに、膣内はこんなにやらしくなってるよ」
破瓜のときの慎ましさはどこへやら。
指を入れればきゅうきゅうと吸い付いてくる媚肉。少しかき回せば、昨夜の営みの残滓がだらり、と垂れてくる。
「ぁむ……ん、んぷ、じゅる……んちゅ」
シエラはシエラで僕の陰茎を柔らかい頬肉で包み、長い舌でこしこしと磨くようにしごく。
「シエラそっくり……と思ったけど、シエラは外でも僕にべったりだったな」
「ちゅぽ……ん、だって、愛してるんだもの」
陰茎を口から外すと、シエラはこちらに向き直る。口元には柔らかい微笑み。
「他の誰にも見せたくない、盗らせないし撮らせない――わたしだけの彼氏なんだから」
「シエラ――」
言葉ではなく行動で応えたくて、彼女を上にしたまま、その秘裂に陰茎をあてがう。
「んっ……んぅっ、っ、ふあ、ぁ……♥」
昨夜遅くまで激しく交わったからか、まだ彼女の膣内は柔らかくほぐれている。奥まで一気に貫けば、蛇体をぶるぶると歓喜に震わせて彼女は応える。
――彼女の深すぎる愛情に身を浸すことが、こんなにも気持ちいい。
僕のものにすっかり馴染み、みっちりと柔らかく吸い付いてくる膣内を、大きく張り出したカリでごりごりと押し開き、ひだを押し伸ばし、またポルチオまで押しこむ。
「はっ♥ すきっ♥ ぜんぶ……ぜんぶ、きもちいとこにあたってるよ、ぉ……♥」
僕の上で蕩け顔で悶えるシエラの首筋に舌を這わせれば、嬌声を上げながら膣壁できゅうきゅうと締め付けてくる。
「……シエラ、自分で動く?」
「うんっ……♪」
僕の身体にしっかりと蛇体を巻きつけると、腹筋としなやかな蛇体をばねのように使って、腰を打ち付ける。
「あっ……♥ おくっ♥ おくまであたる……ぅ♥」
「こう?」
腰が打ち付けられるタイミングに合わせて、僕も腰を押し付ける。
「ひ、あっ、ああぁっ……ぃ、ぃくぅつ……♥」
一際甲高い嬌声をあげて、シエラは今日最初の絶頂を果たした。膣肉が一斉に収縮し、精液をねだるように僕の陰茎を揉みしだく。
「いっちゃった?」
「う、うん……♥」
すりすりと頭をすりつけてくるシエラの蛇体をなでまわしつつ。
「でも僕はまだだからなあ――いつも僕が1回射精すまでに、シエラは10回くらいイってるよね」
「だって……がまんしなきゃいけない理由、ないから……♥」
そういって淫らな笑顔を浮かべるシエラ。
「確かにねえ――シエラ、何回でもイけるもんね」
「む、むうっ……っ」
不服そうな顔をしたシエラは、僕の上に跨ると、じーっと顔を見つめてくる。
「……あなた、だいすき♥」
「……」
「はやく、あなたの赤ちゃん孕みたくてたまらない変態バジリスクに、朝一のあつあつざーめんぴゅっぴゅしてください……♥」
魅了の魔力がたっぷりこめられた淫語と蛇毒のコンボ。
おまけに肩を寄せてその豊かなを強調されれば、抗いようがない。たまらず、ご所望通り膣奥に朝一の精液をぶちまけてやると、シエラの口元もだらしなく緩む。
「はぁっ、きたぁっ……♥ 朝一番の、これ、だいすきっ……♥」
「からだ、あったまった?」
「うん……あついの、いっぱいもらったから」
胸元に頭を擦りつけつつ、シエラは嬉しそうにつぶやく。
なかなか体温が上がらないためか、ラミア類の彼女は寝起きが悪い。朝の交わりは一応、目覚ましも兼ねているのだ。
「一旦抜いて、支度しないと……んしょ」
腰を上げて、僕のものを抜こうとするシエラ。
しかし僕のペニスはまだ隆々と勃起しており、シエラがちょっと腰を上げたくらいでは抜けず。
「あれ、抜けな……ぁあっ……はっ……♥」
腰を落とした勢いで、子宮口にディープキスをかましてしまう。
またスイッチが入ってしまったシエラは、性器を抜くどころか音を立てて僕の唇に吸い付く。そのまま腰を軽く揺するように動かすだけで、僕はまた射精しそうになる。
「あ……時間もないし、眼鏡、かけちゃおうかな」
そういって彼女が取り出したのは、バジリスクの魔眼を擬似的に再現するべく開発された眼鏡。
もちろんその効能は本物の蛇毒には及ばないが、バジリスクが「重ね掛け」すれば――
「あはぁっ♥ すごい、あなたのおちんちん、噴水みたいにぴゅーって♥ これ、やめられないっ……♥」
ずり落ちる眼鏡を何度も押し上げつつ、膣奥にまんべんなく亀頭が押し付けられるよう、円を描くように腰をうねらせるシエラ。たゆん、と目の前で揺れる乳房をつかめば膣がきゅっと締まり、眼鏡越しに見られているだけで精液が溢れ出るのに、もっと出せと言わんばかりに亀頭をごりごりと擦られて、いつまでも射精が止まらない。
「ん♥ ちゅー♥ ちゅーしよ♥」
キスをねだる彼女。いつも行為を終えるときは、ねっとりと舌を絡み合わせながら、膣内射精をし――
「じゅる……ぷは。ちゅ、ちゅっ」
最後に目を閉じて軽く口づけするのが、行為を終えるときのお約束だった。
「ねえ、あなた……はやく、子供できないかな」
「卒業の方が先になるんじゃないかなあ」
行為を終え、暫し休んで呼吸を落ち着けつつのピロートーク。
シエラは尾先で僕の身体のあちこちをなぞり、僕は彼女の髪に手櫛を入れてはその感触を愉しんでいる。
「はあ……もう、はやく結婚したいのに」
大学は魔物娘との交際を推奨しているが――残念ながら、卒業まで正式に籍を入れることはできない。
理由としては、結婚してこちらで暮らすなら、ある程度こちらの世界の生活に馴染む必要がある、というのがひとつ――もうひとつは、あまりに簡単に結婚できてしまえると、出会い目的で入学してくる魔物娘が今以上に増えるからである。
ただ例外として、子供ができた場合には籍を入れることが認められており、シエラはそれを狙っているのだ。
「卒業するまでの我慢だから……てことでほら、そろそろ支度」
そう諭して、額にキスを落とす。
「はぁい……ね、髪、今日も結ってほしいな」
「はあ、この甘えん坊め」
事後、裸のシエラが髪を結っているところを眺めるのも好きだったのだけれど。
少々残念に思いつつ、髪を梳いて三つ編みに結ぶ。
その間シエラは清拭の魔法をかけつつ、恍惚とした表情で僕の首元に吸い付いていた。
「あ、またキスマークつけようとしてる」
「だって……わたしのだって、アピールしておかないと不安なの。例の女だって、まだどこかにいるかもしれないし……」
そう。
一悶着あったハクタクのミヒリさんは、今行方不明になっている。
はじめはシエラが何かしたのかと焦ったが、そもそもほとんどの時間一緒にいるので何かしたなら僕が見ているはずだ。
風の噂では、大学の極秘研究に関わっており、別の世界線へ移動したとかどうとか。
もちろん真相は僕の知る由もない。本当に行方不明なのかもしれない。
しかし、一つだけ確かなのは――
「誰が相手とか関係なく、僕が浮気なんてするわけないのになあ……じゃあ、僕からもお返し」
そういって、シエラの首筋に深い口吻を落とす。軽く汗ばんだ彼女の肌をねっとりと吸い上げれば、彼女のしろい肌に、小さく赤い花が咲く。
「わ、ありがとう……あなたからしてくれるの、珍しい気がする」
うっとりと首筋のキスマークをさするシエラ。
「そうだっけ? じゃあ明日から毎日つけてあげるよ……っと、目隠しつけないと」
サイドテーブルに手を伸ばし、レースがあしらわれた、薄い黒革の目隠し――僕への依存の象徴を取って、そっとシエラに着ける。
付き合いだしてから新調したこの目隠しは、シエラ本人も外せないよう術式が強化されている。外せる人間は、僕だけ。――シエラ本人が望んで、そのように呪いを強めたのだ。
一般に呪いは強めた方が外したときの快楽が増すのだというが、「お愉しみ」は それだけではない。
僕が簡単な術式を唱えると――
「……? あなた、どこ……?」
――シエラの魔力探知、熱感知といった「第二の視覚」も封じることができる。
つまり、目隠しされた人間と同じ、完全な暗闇をシエラに体験させられる。
不安げに辺りを見回そうとする彼女の後ろに回りこみ。
「――ここだよ」
「ひゃ、ぁっ……っ」
耳元で囁くと、それだけで彼女は軽く達してしまう。元々視覚が封じられている分、聴覚が敏感なのだ。
術式を解くと、シエラは真っ赤な顔でこちらを見上げる。
「もう……大学行く気、なくなっちゃう」
「いやほら、膣内に出してちょっと経ってからイかせると、受精しやすくなるんだって。こないだテレビでやってた」
「ほんとう? テレビでやってる妊活テク、わたしはあまり信用してないの」
「まあまあ、やって損はないでしょ」
そういってキスマークをつけたところにまたキスを落とす。
「ほら、支度しよう」
「んっ……あの、胸揉んでる手、どけてもらわないとブラつけられない……」
「おっと失礼」
「……下半身、撫でられてたらストッキング履けない……」
「しょうがないな、僕が履かせてあげよう」
「もう……触られたら、またしたくなっちゃうでしょう?」
などなど、さんざんいちゃつきながら支度を済ませ、シエラと家を出る。
今日も霧が濃い。
けれど――何もかもが曖昧に霞む霧のなかでも、彼女と逸れることだけは決して無いだろう。
「じゃあ、行こうか」
「ええ、あなた――」
たとえ目隠しをしていても、この手を繋いでいる限りは。
[了]
16/07/19 09:04更新 / しろはなだ
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