Dripped
「……ええ、そうですね、イリヤの空は好きです。『アルミホイルに包まれた心臓は六角電波の影響を受けない』」
蒸し暑い夏の夕べに、ふと読みたくなる一冊ですよね、と霧宮さんは続ける。
「しかし、秋山先生の新作が最後に出たのっていつだったかしら。2003年あたりに何か短編を書いていたような気がするけれど」
「ああ、じゃあもう10年も何も出してないことになるんですね――」
……ああ、会話が続いているなあ。
僕は頬杖をついて、ぼんやりと藤夜先輩と霧宮さんのやりとりを眺めていた。
藤夜先輩が本好きなのは言うまでもなく、霧宮さんもそこそこ読書家らしく、二人は本の話題ですっかり盛り上がっていた。
初めは僕も会話に加わっていたのだが、いつも通りというべきか――放課後のこの時間は、何故かすごく眠くて。
気づくと一人、ソファでうつらうつらとしていた。
ぼーっと二人を眺めていると、ふと藤夜先輩と目が合う。
「あら、黒峰くんはおねむの時間かしら」
先輩は笑いながらそう言うと、走らせていたシャーペンを置いて僕の隣に座る。ふわり、とラベンダーの香りが漂って、僕はぼんやりと先輩の顔をみる。
藤夜先輩は微笑んだまま、ぽんぽんと膝をたたく。
「……?」
眠気に支配された頭で考えるが、どうにもよくわからない。
黒いストッキングを履いた、すらりとした綺麗な脚だ。
「ほら、どうぞ。膝枕してあげるわ」
ひざまくら。
それは、まずいのでは。
と思った時には、そっと肩を引き寄せられて、先輩の膝の上に頭を凭せ掛けていた。
やわらかい。
ストッキングの薄い繊維ごしに先輩の滑らかな肌と柔肉を感じる。人肌の温かみが、喩えようもなく眠気を誘った。
「大丈夫よ、霧宮さんの相手はわたしがしておくから」
頭を撫でられて、僕は否応もなく眠りに落ちてゆく。
「――さて、霧宮さん」
眠りについた黒峰くんを、我が物のように撫でながら、わたしは霧宮さんに呼びかける。
にっこりと笑みを浮かべて。
「黒峰くんも寝たことだし――今日はもうお開きにしましょうか?」
彼女は小首を傾げてみせる。肩口で切りそろえた髪がゆらりと揺れる。
「でも、先輩――先輩にとっては、むしろこれからが本番ですよね?」
彼女の無表情な口元は、いびつに歪んでいた。
「どういう意味かしら?」
「とぼけないでください――あなたが寝てる彼にどんなことしてるのか、わたしは見てましたから」
「……っ」
思わず彼女を睨む。彼女の赤い目には、嗜虐的な光がちらちらと揺れている。
「どうやって知ったの?ここを覗けるような場所なんてないはず――」
「覗ける場所なんて、たしかに『人間にとっては』ないでしょうね。でも『わたしにとっては』いくらでもありましたよ」
「……まさか、あなた」
「ええ」
霧宮は小さく笑うと、擬態を解いた。
制服のシャツがねっとりと湿り、透けて見える肌は深紅。
小さな口から不釣合いなほど大きく、太い舌がでろりと伸びる。
「ミューカストード――濡れ蛙めが」
「おや、よくご存知で。魔物娘の勉強も怠っていないようですね」
霧宮は伸ばした舌を黒峰くんに顔に伸ばす。庇う間もなく、彼の顔をひと舐めすると、いやらしい笑顔を浮かべた。
「ああ、おいしい……こんな素敵なものを独り占めするなんて、やっぱり許せませんね」
「このっ……!」
ハンカチで黒峰くんの顔を拭おうと手を伸ばすと、何か紐のようなものがわたしにまとわりついて動きを封じた。
「これは、何……?」
手足は動かせるが、ソファに身体を固定されて立ち上がれない。
「わたしの粘液でつくった紐です、痛くはないでしょう?しばらくそこで大人しくしててください、『終わったら』また戻ってきますから」
彼女はそう言って舌で黒峰くんを巻き取る。
「なんで……こんなことが……!」
憎悪に満ちた眼差しで霧宮を――蛙を睨めつけると、彼女はくすりと笑った。
「関係を曖昧にしたまま、甘い汁啜ってたから、じゃないですか? 啜るのは蛙のほうが上手ですよ?」
言い捨てると、彼女は黒峰くんを連れていずこかに去ってしまった。
「曖昧に、したまま……」
彼に依存して。陵辱して。貪って。
悪いのは、わたし――
「――いいえ」
彼はとっくの昔からわたしのもの。
彼はそれを「知らなかった」だけだし、わたしはそれを「伝えなかった」だけ。
「勘違いしてるのはあなたのほうよ、蛙さん」
わたしは笑んで、懐から一包の錠剤を取り出す。
「少し待っててね、黒峰くん――」
すぐに濡れ蛙から助けてあげるから。
わたしはあなたの彼女だもの。
***
人目につかないように移動しながら、わたしはほくそ笑んでいた。
皮肉なことに、そもそもわたしが彼――黒峰先輩のことを好きになったのは、藤夜先輩のおかげだった。
わたしがこの高校に入ったのは今年の春――それまで里で暮らしていたわたしにとって、人間の通う学校に入るのは初めてだった。
新しい環境に不安を抱いていたものの、この学校に魔物娘が通っていること――それも相当の数が在籍していることは、入学してすぐに分かった。公には発表されておらず、生徒たちは知らないようだけれど、魔物娘なら「匂い」ですぐに分かる。
さらにいうと、例えば放課後の教室で、資料室で、人気のないトイレで、部室で――校内のいたるところ、匂いがひときわ強く立ち昇っているところを覗き込んでみれば、色々なカップルがこっそりと逢瀬を愉しんでいた。
たとえば――。
三つ編み眼鏡の、一見優等生にしか見えない委員長の子がじつはワーウルフで、彼氏に雌犬と罵られながら尻をスパンキングされるのが好きなこと。
茶髪でいかにも遊んでる風の子は、じつは彼氏にものすごく甘えん坊なワーラビットで、頭をなでなでされながら中出しされるのが好きなこと。
剣道部の、凛としたショートヘアの彼女はマンティスで、普段は口数が少ないけれど彼氏とセックスするときは夢中で淫語を囁いていること。
挙げ始めればキリはないけれど、わたしが一番気になったのは、旧校舎のある「人間同士の」カップルだった。
そう、そのカップルは二人とも魔物娘の匂いがしなかった。彼氏の方はいつも眠っていて、彼女――すらりとした長髪の、胸の大きな女の子の方は、眠っている彼氏の性器を、魔物娘顔負けの痴態でしゃぶりまわすのだ。
人間同士でも、学校でここまで淫らな行為をするものか――と、興味を惹かれたわたしは、定期的に観察することにした。彼はどうやら本当に眠っているようだった。彼女の淹れた紅茶から魔界産のハーブが香るあたり、魔物娘の手による眠り薬かなにかを飲ませているようだ。
……人間同士では、こういうことはよくあるのだろうか。
気になったわたしは、男の子の方について調べてみることにした。名前は黒峰悠。二年生。C組。本や映画が好き。交友関係は広いが、特別親しくしている友人はいない――例の女、藤夜咲を除いて。
彼女とは親しいが、恋愛関係にあるわけではないらしい――そのことを知ったとき、奇妙に胸が高鳴った。
もっと彼のことを知りたい。見てみたい。
いつのまにかわたしは、単に情報を得るためではなく、彼を観察するために尾行するようになった。彼が読んだ本を読んだ。観た映画を観た。聴いた音楽を聴いた。不思議なことに、どれもわたしの趣味に合っていて、気に入ってしまった。彼について知れば知るほど、ますます彼について知りたくなった。
彼がお弁当を食べるときの仕草や、授業中にうとうとしているところ、体育が終わったあとの汗ばんだ身体とそのにおい――気づくとすべてが愛おしくなっていた。
だから放課後の「彼女」との行為は、わたしにとって許しがたいものであり、また甘美な時間でもあった。あの女には気の狂うような嫉妬を覚えていたが、彼の性器を見、匂いを感じ取れるのもまたあの女のおかげだった。
一連の行為を天井の穴から覗きながら、わたしは黙って唇を噛んだ。下着の替えが必要なくらい、秘所が潤ってしまっていることは知っている。ここから部室に降りて、わたしも彼のペニスをしゃぶりたい。彼女に代わりたい。どれほそそう望んだことか。
けれどそれをやるほどの度胸はわたしにはなく、ただ覗きながら秘所を自分で慰めるしかなかった。
もうひとつ。
あの女――藤夜咲は交友関係が狭く、クラスで孤立しがちなことは、黒峰先輩のことを調べているうちに分かっていた。
孤立している自分を理解してくれるのは黒峰くんだけ、と。
典型的な依存のパターンではあったが、わたしもじつは彼女のことを笑えそうになかった。
ある日の昼休み、「彼」の観察を終えて一人で菓子パンをかじっていたわたしのところへ、クラスメイトの女の子たちが寄ってきて、こう訊ねてきたのだ。
「霧宮さんて、休み時間とか放課後、いつも何してるの?」
聞かれたわたしは、何の衒いもなく、ある先輩――黒峰先輩という人のことが気になって、追いかけている、と答えた。訊ねてきた女子たちは一斉に色めき立って、やだ、そのひとのこと好きなの?どんな人?と続け様に聞いてきたので、わたしは学年、クラス、家族構成から好きな食べ物まで淡々と説明した。長話をしたかったわけではないが、やはり好きな人の話をするのは楽しくて、気づくと止まらなくなっていた。
語り終える頃には、彼女たちは沈黙し、眉を顰めてわたしの方を見ていた。彼女ら曰く、どうやらわたしが彼にしていたことは、人間の社会では「ストーキング」と呼ばれているらしい。
好きになった人を追いかけて、何が悪いのか。もっと知りたいと思うのは当たり前だろう。
そう反論したが、彼女たちは耳を傾けようとしなかった。近くにいた数名の魔物娘がわたしをフォローしてくれたものの、その日からわたしはどうやら「陰湿ストーキング女」と認定されてしまったようだった。
むしろ何の情報も持たずに好きな異性と関係を持とうとする方が、わたしからすれば奇妙だったが、もう反論も後悔も無意味だった。
彼女らは人間の常識に則った反応をしただけで、悪いのは魔物娘と人間の価値観のギャップに気づかなかったわたしだ。
いじめとまでは行かずとも、クラスメイトから腫れ物に触れるような扱いを受けるのは、さすがに応えるものがあった。
鬱々と日々を過ごすわたしにとって、唯一心が安らぐのは黒峰先輩を観察しているときだった。自分の存在を消して、ただ先輩の柔らかい笑顔を、ふとした仕草を眺めているときだけ、現実を忘れられる。
ただクラスメイトみんなから嫌われたわけではなく、何人かの魔物娘はわたしを気遣ってくれた。特に委員長――彼女が、彼氏にスパンキングされるのが大好きなマゾであることは、いまは措いておこう――は、わたしにこうアドバイスしてくれた。
「その先輩と、付き合っちゃえばいいじゃない。あなたも幸せになれるし、クラスの女の子たちもあなたのことをストーカーなんて言わなくなるでしょう、だってもう付き合ってるんだから!」
まったく正しいアドバイスだった。恋人同士ならストーキングじゃないし、いつも一緒にいられる。「あの女」と同じことができる。そもそも、黒峰先輩と付き合えたら、クラスメイトから縁を切られようとどうでもいい。
あの女――藤夜先輩は、明らかに黒峰先輩を狙っているけれど、所詮は人間。
「彼」を奪うことを容易ではないか。
他人が狙っている男の子を奪うことへの後ろめたさもあったけれど、「彼」への抑えがたい欲情と、正式なカップルとして認められたいという欲求には勝てなかった。
……そうして、今に至る。
「ここでいいかな……?」
歴史資料室。
いくつか事前に候補は考えてあったが、やはりここが一番よさそうだ。
慎重に、床のマットに黒峰先輩を下ろす。
「ああ、もう大きくなってる……」
先輩のスラックスの前はもうテントを張っていた。おそらく、部室で顔に垂らした粘液が効いてきたのだろう。
わたしは彼のファスナーを下ろし、それを露出させる。赤黒く、屹立した雄の性器。
傍から見ればきっと醜悪に映るだろうそれが、どうしようもなく愛おしい。
口から溢れ出ていた粘液を亀頭に垂らす。びくり、と反応したのがかわいくて、そのまま咥えこんでしまう。
「あふぁ……ほっひい……」
こんな大きいものを、あの女は毎日しゃぶっていたのか。
それとも、あの女がしゃぶって大きくしたのか。
嫉妬がこみ上げてきて、わたしは口のなかで長い舌を亀頭に絡め、粘液を沁み渡らせる。わたしの粘液を吸うたび、彼の性器が大きく膨らむ気がした。
「んっ……」
より深く咥えこんで、幹までみっちりと舌を絡める。鼻先に彼の陰毛がふれてくすぐったい。匂いを吸い込むと、彼の汗の匂いと性器の匂い、わたしの粘液の匂いが渾然一体となって、思わずくらりとする。
陶酔のままに、ペニスに絡めた舌をにゅるにゅると動かしつつ、首も振って口内の柔肉を亀頭に擦り付ける。空いた手で睾丸を揉みほぐそうとするが、彼はすでに射精が近いのか、陰嚢はきゅっと締まって精液の放出に備えている。
快楽に順応し、種付けの体制に入っている彼の身体が愛おしくて、思わずわたしも秘所が蠢く。早く精液を吸いたいといわんばかりに子宮が下りてきているのを感じる。
まだだ。まだ、だめだ。
完璧に黒峰くんを堕落として。
――ついでにあの女も堕落としてから。
必死に自制するが、わたしの下半身は粘液を大量に分泌し始めていて、もはやずぶ濡れだった。
我慢のために、きゅうっと舌を締めると、それに反応して彼のペニスが射精しようと脈動する。すかざす根本の巻きつけをきつくして、射精できないようにする。
これは応えたのか、彼がついに目を覚ます。
「う……」
驚いたようにこちらを見返す彼に、わたしは口淫したまま微笑みかける。
「ふぁ……ちゅぷ……おはようございます、せんぱい」
言い終えるとすぐにわたしは口淫に戻った。舌で締め付けておかないと、いつ射精するかわからない。
射精寸前の、脳が焼けつくような快楽で、しばらくは「射精したい」としか考えられないようにしておかないと。
「え……霧宮さん……? これはどういう……うっ」
またペニスが脈動して、彼が呻く。射精しそうになったのだろう。喘ぎ声が可愛くて、わたしはもっとサービスしてあげたくなる。
そっと背中に手を回し、ブラのホックを取る。すでにしとどに濡れたシャツは、わたしの大きめの乳輪を透けさせる。
案の定、彼の視線はわたしの胸に釘付けになる。あの女の胸のちらちら見ていたし、やはり胸がすきなのだろう。
……わたしの胸は、あの女ほどではないかもしれないけど。
そっと彼の手をとり、濡れたシャツ越しにわたしの胸に触れさせる。
「っ……!やわらかっ……」
きっと、柔らかさは上だ。
少し動いただけで揺れるものだから、ブラをつけないとやってられないのだけど、今は別。
彼の前でたくさん揺らして、誘惑したい。
わたしの軟乳を指が埋まるくらい強く揉んで欲しい。
シャツの前のボタンを外し、乳房を露出させて、伺うように彼を見上げる。
今度は彼の手をとったりしない。彼に自分から触ってほしいから。
「こ、れ……触っても……?」
言ってくれた。
嬉しくて思わず笑顔になってしまう。舌の締め付けが緩まらないよう、慌てて気をつけつつ、こくこくと夢中で頷く。
彼の手がわたしの胸にふれる。はじめはためらいがちに、触れていた手が、徐々に激しく揉みしだいてくるのを感じて、わたしはまた恍惚とする。
……彼に下劣な欲望を向けられていると自覚しただけで、こんなに感じてしまうなんて。
「はぁ…っ…すごい、やわらかい……水飴みたいだ……」
彼はうわごとのように口走ると、わたしの乳輪を指先でなぞり始める。じわじわとくる快楽に耐えていると、彼はやがてぷっくりとした頂点を指でさすり出す。
「ぷはぁっ……それ、だめですっ……!」
思わず口を外して訴えるが、彼は聞いてくれない。執拗に指でさすり続け、陥没していたわたしの乳首が先端を覗かせると、完全に姿を現すまで、胸をむにむにと絞った。
「ぅ……わ、わたしの種族はみんなこういう乳房だから、わたしが変なわけじゃないんですっ……」
必死に言い訳するが、快楽と羞恥で顔から火が出そうだった。
「いや……霧宮さん、これ、エロすぎ……うっ」
彼がわたしの乳首を摘むのと、再び咥えなおした彼のペニスが口内で射精するのはほとんど同時だった。射精の快楽に耐えるためか、彼の手に思わず力が入って、わたしの乳首はぎゅうっと摘まれる。
「んひぃいいっっっ!!!だめっ、イってるからはなして、はなしてくださいぃっっ……あっ、ぐぅっ」
途中から大量の精液を喉に流し込まれて、わたしは声も上げられなくなる。喉奥で射精した彼のペニスが、濃くて熱い精液を勢い良く食道に流しこむ。乳首への痺れるような刺激とあいまって、気が狂いそうなほどの快楽がわたしを襲い、幾度と無く意識が流されかける。
「ひぅっ……んっ……ごきゅっ……んぐ」
大量の精液をなんとか飲み下し、三度、四度と射精した彼のペニスの脈動が収まる頃には、流石に息も絶え絶えになっていた。
柔らかくなりはじめたペニスを口から外して、舌の裏をつかってぺろぺろと優しく舐める。ひととおり綺麗にすると、彼と一緒に床の上に寝転がった。
……初めてなのに、あんなに激しくイくなんて。
わたしを快楽の頂きまで押し上げた当の本人は、少し困惑したようにこちらを見ていた。
「い、いろいろ言いたいことあると思いますけど……」
「うん……」
「乳首、いつも陥没してて、敏感だから、あんまり強く摘まないでください、ね……?」
「う、うん……」
ぎゅっと。
甘えるように、彼にしがみつく。
いろいろまだしなきゃいけないのだけれど、多幸感に包まれて動けない。
もう少し、休んでから――
「お愉しみ、だったかしら?」
聞こえるはずのない声が聞こえて、わたしは飛び起きる。――が、まだ足腰にうまく力が入らない。
「藤夜さん、どうやってここへ……?人間にあの粘液の紐を切れるはずが――」
扉のあたりに、あの女が立っていた。
その姿を見て、わたしは彼女に何が起きたのかを知る。
真っ黒だった髪は、少し灰がかって。
腰から下は、白い鱗の――蛇の身体に。
彼女はずるずると這いよってくる。
「あ、藤夜先輩――」
隣で彼が少し焦ったような声を上げる。
「ああ、黒峰くん。いま助けて、綺麗にしてあげるわ」
気遣わしげな声を出す彼女の右手には、青い炎。
「藤夜先輩。あなたは、まさか」
彼女は昏い笑みを浮かべて、こう言った。
「だって――蛙を喰らうためには、蛇にならなくては、ねえ?そうでしょう、黒峰くん」
蒸し暑い夏の夕べに、ふと読みたくなる一冊ですよね、と霧宮さんは続ける。
「しかし、秋山先生の新作が最後に出たのっていつだったかしら。2003年あたりに何か短編を書いていたような気がするけれど」
「ああ、じゃあもう10年も何も出してないことになるんですね――」
……ああ、会話が続いているなあ。
僕は頬杖をついて、ぼんやりと藤夜先輩と霧宮さんのやりとりを眺めていた。
藤夜先輩が本好きなのは言うまでもなく、霧宮さんもそこそこ読書家らしく、二人は本の話題ですっかり盛り上がっていた。
初めは僕も会話に加わっていたのだが、いつも通りというべきか――放課後のこの時間は、何故かすごく眠くて。
気づくと一人、ソファでうつらうつらとしていた。
ぼーっと二人を眺めていると、ふと藤夜先輩と目が合う。
「あら、黒峰くんはおねむの時間かしら」
先輩は笑いながらそう言うと、走らせていたシャーペンを置いて僕の隣に座る。ふわり、とラベンダーの香りが漂って、僕はぼんやりと先輩の顔をみる。
藤夜先輩は微笑んだまま、ぽんぽんと膝をたたく。
「……?」
眠気に支配された頭で考えるが、どうにもよくわからない。
黒いストッキングを履いた、すらりとした綺麗な脚だ。
「ほら、どうぞ。膝枕してあげるわ」
ひざまくら。
それは、まずいのでは。
と思った時には、そっと肩を引き寄せられて、先輩の膝の上に頭を凭せ掛けていた。
やわらかい。
ストッキングの薄い繊維ごしに先輩の滑らかな肌と柔肉を感じる。人肌の温かみが、喩えようもなく眠気を誘った。
「大丈夫よ、霧宮さんの相手はわたしがしておくから」
頭を撫でられて、僕は否応もなく眠りに落ちてゆく。
「――さて、霧宮さん」
眠りについた黒峰くんを、我が物のように撫でながら、わたしは霧宮さんに呼びかける。
にっこりと笑みを浮かべて。
「黒峰くんも寝たことだし――今日はもうお開きにしましょうか?」
彼女は小首を傾げてみせる。肩口で切りそろえた髪がゆらりと揺れる。
「でも、先輩――先輩にとっては、むしろこれからが本番ですよね?」
彼女の無表情な口元は、いびつに歪んでいた。
「どういう意味かしら?」
「とぼけないでください――あなたが寝てる彼にどんなことしてるのか、わたしは見てましたから」
「……っ」
思わず彼女を睨む。彼女の赤い目には、嗜虐的な光がちらちらと揺れている。
「どうやって知ったの?ここを覗けるような場所なんてないはず――」
「覗ける場所なんて、たしかに『人間にとっては』ないでしょうね。でも『わたしにとっては』いくらでもありましたよ」
「……まさか、あなた」
「ええ」
霧宮は小さく笑うと、擬態を解いた。
制服のシャツがねっとりと湿り、透けて見える肌は深紅。
小さな口から不釣合いなほど大きく、太い舌がでろりと伸びる。
「ミューカストード――濡れ蛙めが」
「おや、よくご存知で。魔物娘の勉強も怠っていないようですね」
霧宮は伸ばした舌を黒峰くんに顔に伸ばす。庇う間もなく、彼の顔をひと舐めすると、いやらしい笑顔を浮かべた。
「ああ、おいしい……こんな素敵なものを独り占めするなんて、やっぱり許せませんね」
「このっ……!」
ハンカチで黒峰くんの顔を拭おうと手を伸ばすと、何か紐のようなものがわたしにまとわりついて動きを封じた。
「これは、何……?」
手足は動かせるが、ソファに身体を固定されて立ち上がれない。
「わたしの粘液でつくった紐です、痛くはないでしょう?しばらくそこで大人しくしててください、『終わったら』また戻ってきますから」
彼女はそう言って舌で黒峰くんを巻き取る。
「なんで……こんなことが……!」
憎悪に満ちた眼差しで霧宮を――蛙を睨めつけると、彼女はくすりと笑った。
「関係を曖昧にしたまま、甘い汁啜ってたから、じゃないですか? 啜るのは蛙のほうが上手ですよ?」
言い捨てると、彼女は黒峰くんを連れていずこかに去ってしまった。
「曖昧に、したまま……」
彼に依存して。陵辱して。貪って。
悪いのは、わたし――
「――いいえ」
彼はとっくの昔からわたしのもの。
彼はそれを「知らなかった」だけだし、わたしはそれを「伝えなかった」だけ。
「勘違いしてるのはあなたのほうよ、蛙さん」
わたしは笑んで、懐から一包の錠剤を取り出す。
「少し待っててね、黒峰くん――」
すぐに濡れ蛙から助けてあげるから。
わたしはあなたの彼女だもの。
***
人目につかないように移動しながら、わたしはほくそ笑んでいた。
皮肉なことに、そもそもわたしが彼――黒峰先輩のことを好きになったのは、藤夜先輩のおかげだった。
わたしがこの高校に入ったのは今年の春――それまで里で暮らしていたわたしにとって、人間の通う学校に入るのは初めてだった。
新しい環境に不安を抱いていたものの、この学校に魔物娘が通っていること――それも相当の数が在籍していることは、入学してすぐに分かった。公には発表されておらず、生徒たちは知らないようだけれど、魔物娘なら「匂い」ですぐに分かる。
さらにいうと、例えば放課後の教室で、資料室で、人気のないトイレで、部室で――校内のいたるところ、匂いがひときわ強く立ち昇っているところを覗き込んでみれば、色々なカップルがこっそりと逢瀬を愉しんでいた。
たとえば――。
三つ編み眼鏡の、一見優等生にしか見えない委員長の子がじつはワーウルフで、彼氏に雌犬と罵られながら尻をスパンキングされるのが好きなこと。
茶髪でいかにも遊んでる風の子は、じつは彼氏にものすごく甘えん坊なワーラビットで、頭をなでなでされながら中出しされるのが好きなこと。
剣道部の、凛としたショートヘアの彼女はマンティスで、普段は口数が少ないけれど彼氏とセックスするときは夢中で淫語を囁いていること。
挙げ始めればキリはないけれど、わたしが一番気になったのは、旧校舎のある「人間同士の」カップルだった。
そう、そのカップルは二人とも魔物娘の匂いがしなかった。彼氏の方はいつも眠っていて、彼女――すらりとした長髪の、胸の大きな女の子の方は、眠っている彼氏の性器を、魔物娘顔負けの痴態でしゃぶりまわすのだ。
人間同士でも、学校でここまで淫らな行為をするものか――と、興味を惹かれたわたしは、定期的に観察することにした。彼はどうやら本当に眠っているようだった。彼女の淹れた紅茶から魔界産のハーブが香るあたり、魔物娘の手による眠り薬かなにかを飲ませているようだ。
……人間同士では、こういうことはよくあるのだろうか。
気になったわたしは、男の子の方について調べてみることにした。名前は黒峰悠。二年生。C組。本や映画が好き。交友関係は広いが、特別親しくしている友人はいない――例の女、藤夜咲を除いて。
彼女とは親しいが、恋愛関係にあるわけではないらしい――そのことを知ったとき、奇妙に胸が高鳴った。
もっと彼のことを知りたい。見てみたい。
いつのまにかわたしは、単に情報を得るためではなく、彼を観察するために尾行するようになった。彼が読んだ本を読んだ。観た映画を観た。聴いた音楽を聴いた。不思議なことに、どれもわたしの趣味に合っていて、気に入ってしまった。彼について知れば知るほど、ますます彼について知りたくなった。
彼がお弁当を食べるときの仕草や、授業中にうとうとしているところ、体育が終わったあとの汗ばんだ身体とそのにおい――気づくとすべてが愛おしくなっていた。
だから放課後の「彼女」との行為は、わたしにとって許しがたいものであり、また甘美な時間でもあった。あの女には気の狂うような嫉妬を覚えていたが、彼の性器を見、匂いを感じ取れるのもまたあの女のおかげだった。
一連の行為を天井の穴から覗きながら、わたしは黙って唇を噛んだ。下着の替えが必要なくらい、秘所が潤ってしまっていることは知っている。ここから部室に降りて、わたしも彼のペニスをしゃぶりたい。彼女に代わりたい。どれほそそう望んだことか。
けれどそれをやるほどの度胸はわたしにはなく、ただ覗きながら秘所を自分で慰めるしかなかった。
もうひとつ。
あの女――藤夜咲は交友関係が狭く、クラスで孤立しがちなことは、黒峰先輩のことを調べているうちに分かっていた。
孤立している自分を理解してくれるのは黒峰くんだけ、と。
典型的な依存のパターンではあったが、わたしもじつは彼女のことを笑えそうになかった。
ある日の昼休み、「彼」の観察を終えて一人で菓子パンをかじっていたわたしのところへ、クラスメイトの女の子たちが寄ってきて、こう訊ねてきたのだ。
「霧宮さんて、休み時間とか放課後、いつも何してるの?」
聞かれたわたしは、何の衒いもなく、ある先輩――黒峰先輩という人のことが気になって、追いかけている、と答えた。訊ねてきた女子たちは一斉に色めき立って、やだ、そのひとのこと好きなの?どんな人?と続け様に聞いてきたので、わたしは学年、クラス、家族構成から好きな食べ物まで淡々と説明した。長話をしたかったわけではないが、やはり好きな人の話をするのは楽しくて、気づくと止まらなくなっていた。
語り終える頃には、彼女たちは沈黙し、眉を顰めてわたしの方を見ていた。彼女ら曰く、どうやらわたしが彼にしていたことは、人間の社会では「ストーキング」と呼ばれているらしい。
好きになった人を追いかけて、何が悪いのか。もっと知りたいと思うのは当たり前だろう。
そう反論したが、彼女たちは耳を傾けようとしなかった。近くにいた数名の魔物娘がわたしをフォローしてくれたものの、その日からわたしはどうやら「陰湿ストーキング女」と認定されてしまったようだった。
むしろ何の情報も持たずに好きな異性と関係を持とうとする方が、わたしからすれば奇妙だったが、もう反論も後悔も無意味だった。
彼女らは人間の常識に則った反応をしただけで、悪いのは魔物娘と人間の価値観のギャップに気づかなかったわたしだ。
いじめとまでは行かずとも、クラスメイトから腫れ物に触れるような扱いを受けるのは、さすがに応えるものがあった。
鬱々と日々を過ごすわたしにとって、唯一心が安らぐのは黒峰先輩を観察しているときだった。自分の存在を消して、ただ先輩の柔らかい笑顔を、ふとした仕草を眺めているときだけ、現実を忘れられる。
ただクラスメイトみんなから嫌われたわけではなく、何人かの魔物娘はわたしを気遣ってくれた。特に委員長――彼女が、彼氏にスパンキングされるのが大好きなマゾであることは、いまは措いておこう――は、わたしにこうアドバイスしてくれた。
「その先輩と、付き合っちゃえばいいじゃない。あなたも幸せになれるし、クラスの女の子たちもあなたのことをストーカーなんて言わなくなるでしょう、だってもう付き合ってるんだから!」
まったく正しいアドバイスだった。恋人同士ならストーキングじゃないし、いつも一緒にいられる。「あの女」と同じことができる。そもそも、黒峰先輩と付き合えたら、クラスメイトから縁を切られようとどうでもいい。
あの女――藤夜先輩は、明らかに黒峰先輩を狙っているけれど、所詮は人間。
「彼」を奪うことを容易ではないか。
他人が狙っている男の子を奪うことへの後ろめたさもあったけれど、「彼」への抑えがたい欲情と、正式なカップルとして認められたいという欲求には勝てなかった。
……そうして、今に至る。
「ここでいいかな……?」
歴史資料室。
いくつか事前に候補は考えてあったが、やはりここが一番よさそうだ。
慎重に、床のマットに黒峰先輩を下ろす。
「ああ、もう大きくなってる……」
先輩のスラックスの前はもうテントを張っていた。おそらく、部室で顔に垂らした粘液が効いてきたのだろう。
わたしは彼のファスナーを下ろし、それを露出させる。赤黒く、屹立した雄の性器。
傍から見ればきっと醜悪に映るだろうそれが、どうしようもなく愛おしい。
口から溢れ出ていた粘液を亀頭に垂らす。びくり、と反応したのがかわいくて、そのまま咥えこんでしまう。
「あふぁ……ほっひい……」
こんな大きいものを、あの女は毎日しゃぶっていたのか。
それとも、あの女がしゃぶって大きくしたのか。
嫉妬がこみ上げてきて、わたしは口のなかで長い舌を亀頭に絡め、粘液を沁み渡らせる。わたしの粘液を吸うたび、彼の性器が大きく膨らむ気がした。
「んっ……」
より深く咥えこんで、幹までみっちりと舌を絡める。鼻先に彼の陰毛がふれてくすぐったい。匂いを吸い込むと、彼の汗の匂いと性器の匂い、わたしの粘液の匂いが渾然一体となって、思わずくらりとする。
陶酔のままに、ペニスに絡めた舌をにゅるにゅると動かしつつ、首も振って口内の柔肉を亀頭に擦り付ける。空いた手で睾丸を揉みほぐそうとするが、彼はすでに射精が近いのか、陰嚢はきゅっと締まって精液の放出に備えている。
快楽に順応し、種付けの体制に入っている彼の身体が愛おしくて、思わずわたしも秘所が蠢く。早く精液を吸いたいといわんばかりに子宮が下りてきているのを感じる。
まだだ。まだ、だめだ。
完璧に黒峰くんを堕落として。
――ついでにあの女も堕落としてから。
必死に自制するが、わたしの下半身は粘液を大量に分泌し始めていて、もはやずぶ濡れだった。
我慢のために、きゅうっと舌を締めると、それに反応して彼のペニスが射精しようと脈動する。すかざす根本の巻きつけをきつくして、射精できないようにする。
これは応えたのか、彼がついに目を覚ます。
「う……」
驚いたようにこちらを見返す彼に、わたしは口淫したまま微笑みかける。
「ふぁ……ちゅぷ……おはようございます、せんぱい」
言い終えるとすぐにわたしは口淫に戻った。舌で締め付けておかないと、いつ射精するかわからない。
射精寸前の、脳が焼けつくような快楽で、しばらくは「射精したい」としか考えられないようにしておかないと。
「え……霧宮さん……? これはどういう……うっ」
またペニスが脈動して、彼が呻く。射精しそうになったのだろう。喘ぎ声が可愛くて、わたしはもっとサービスしてあげたくなる。
そっと背中に手を回し、ブラのホックを取る。すでにしとどに濡れたシャツは、わたしの大きめの乳輪を透けさせる。
案の定、彼の視線はわたしの胸に釘付けになる。あの女の胸のちらちら見ていたし、やはり胸がすきなのだろう。
……わたしの胸は、あの女ほどではないかもしれないけど。
そっと彼の手をとり、濡れたシャツ越しにわたしの胸に触れさせる。
「っ……!やわらかっ……」
きっと、柔らかさは上だ。
少し動いただけで揺れるものだから、ブラをつけないとやってられないのだけど、今は別。
彼の前でたくさん揺らして、誘惑したい。
わたしの軟乳を指が埋まるくらい強く揉んで欲しい。
シャツの前のボタンを外し、乳房を露出させて、伺うように彼を見上げる。
今度は彼の手をとったりしない。彼に自分から触ってほしいから。
「こ、れ……触っても……?」
言ってくれた。
嬉しくて思わず笑顔になってしまう。舌の締め付けが緩まらないよう、慌てて気をつけつつ、こくこくと夢中で頷く。
彼の手がわたしの胸にふれる。はじめはためらいがちに、触れていた手が、徐々に激しく揉みしだいてくるのを感じて、わたしはまた恍惚とする。
……彼に下劣な欲望を向けられていると自覚しただけで、こんなに感じてしまうなんて。
「はぁ…っ…すごい、やわらかい……水飴みたいだ……」
彼はうわごとのように口走ると、わたしの乳輪を指先でなぞり始める。じわじわとくる快楽に耐えていると、彼はやがてぷっくりとした頂点を指でさすり出す。
「ぷはぁっ……それ、だめですっ……!」
思わず口を外して訴えるが、彼は聞いてくれない。執拗に指でさすり続け、陥没していたわたしの乳首が先端を覗かせると、完全に姿を現すまで、胸をむにむにと絞った。
「ぅ……わ、わたしの種族はみんなこういう乳房だから、わたしが変なわけじゃないんですっ……」
必死に言い訳するが、快楽と羞恥で顔から火が出そうだった。
「いや……霧宮さん、これ、エロすぎ……うっ」
彼がわたしの乳首を摘むのと、再び咥えなおした彼のペニスが口内で射精するのはほとんど同時だった。射精の快楽に耐えるためか、彼の手に思わず力が入って、わたしの乳首はぎゅうっと摘まれる。
「んひぃいいっっっ!!!だめっ、イってるからはなして、はなしてくださいぃっっ……あっ、ぐぅっ」
途中から大量の精液を喉に流し込まれて、わたしは声も上げられなくなる。喉奥で射精した彼のペニスが、濃くて熱い精液を勢い良く食道に流しこむ。乳首への痺れるような刺激とあいまって、気が狂いそうなほどの快楽がわたしを襲い、幾度と無く意識が流されかける。
「ひぅっ……んっ……ごきゅっ……んぐ」
大量の精液をなんとか飲み下し、三度、四度と射精した彼のペニスの脈動が収まる頃には、流石に息も絶え絶えになっていた。
柔らかくなりはじめたペニスを口から外して、舌の裏をつかってぺろぺろと優しく舐める。ひととおり綺麗にすると、彼と一緒に床の上に寝転がった。
……初めてなのに、あんなに激しくイくなんて。
わたしを快楽の頂きまで押し上げた当の本人は、少し困惑したようにこちらを見ていた。
「い、いろいろ言いたいことあると思いますけど……」
「うん……」
「乳首、いつも陥没してて、敏感だから、あんまり強く摘まないでください、ね……?」
「う、うん……」
ぎゅっと。
甘えるように、彼にしがみつく。
いろいろまだしなきゃいけないのだけれど、多幸感に包まれて動けない。
もう少し、休んでから――
「お愉しみ、だったかしら?」
聞こえるはずのない声が聞こえて、わたしは飛び起きる。――が、まだ足腰にうまく力が入らない。
「藤夜さん、どうやってここへ……?人間にあの粘液の紐を切れるはずが――」
扉のあたりに、あの女が立っていた。
その姿を見て、わたしは彼女に何が起きたのかを知る。
真っ黒だった髪は、少し灰がかって。
腰から下は、白い鱗の――蛇の身体に。
彼女はずるずると這いよってくる。
「あ、藤夜先輩――」
隣で彼が少し焦ったような声を上げる。
「ああ、黒峰くん。いま助けて、綺麗にしてあげるわ」
気遣わしげな声を出す彼女の右手には、青い炎。
「藤夜先輩。あなたは、まさか」
彼女は昏い笑みを浮かべて、こう言った。
「だって――蛙を喰らうためには、蛇にならなくては、ねえ?そうでしょう、黒峰くん」
15/10/12 03:28更新 / しろはなだ
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