初恋の続き
どうして私は生まれて来てしまったのだろう
どうして私は彼女の記憶を持ってしまったのだろう
理由なんてない
失恋した男性の負の感情に結びついて現れる、それが私、ドッペルゲンガー
私が生まれた発端である一人の男性
彼の初恋は確かに『叶わなかった』
彼は普通に出会い、普通に恋をして、ある日、意中の女性を公園に呼び出し、勇気を出して自らの思いを告げた
「あなたのことが好きです」と
彼の告白に少し戸惑っていたが、やがて彼女はこう返した
「一日だけ待ってほしい」
返答とは裏腹に彼女の答えは既に決まっていた
一言で表すならそれは『肯定』
傍から見れば「はい」と言えばそれで済むことなのかもしれない
けれど彼女は、それをしなかった
彼のことを思うからこそ、彼女は彼の告白に真剣に答えようと
自分の思いをまとめる時間を求め、彼はそれを承諾した
そして、その帰り道に、それは起こってしまった
暗い夜道の中、突然眩し過ぎる光が彼女を照らし、同時に大きな音が鳴り響く。次の瞬間、彼女の体はボールのように吹き飛ばされ・・・・・
彼女は返事を伝わることなくこの世を去り、彼の初恋は幕を閉じた。
その彼女の姿と記憶を持ったのが私だった
あの事故から一か月後、私は彼の前に現れた。
少しずつ彼に近づき、彼の前で彼女を演じる。彼女の代わりとして、彼の中に空いた隙間を埋めるように・・
彼の理想の具現化である私はすぐに彼の中で大きくなっていくはず・・・なのに、彼の反応は私の予想とはまるで逆のものだった
出会ってから一週間、私を見る彼の目はどこか冷めていて、彼は私との間に距離を置き、ほとんど関わろうとしない
まるで拒絶するかのように私を避けていた
それでも私は彼女を演じ続けた
・・・だって・・・私にはそれしかできないから
私の思いが通じたのか、それから少し経ったある日を境に、彼の反応は徐々に変わり始めた
今では拒絶していたのがまるでウソのように思えるほどの関係なった
とはいえ彼女ほど近い関係にはなれていない
彼女を『恋人』というなら、私は『友達』の枠に収まる程度の関係だった
・・・・少なくとも周りから見れば
出会ってから三ヶ月後のある日
彼は私に自分の初恋について話してきた
相手がどんな人なのか、相手を好きになった理由、そして返事がもらえなかったことも全部
あの日彼女に伝えた事を全部
『なぜ私に話したのか』
それはわかっている・・・・私が彼女に似てるから・・・私が彼女の『偽物』だから
代わりに私は今までずっと聞きたかったことを彼に問う
「告白の返事・・・・知りたい?」と
ほんの少し静寂が流れた後
彼は小さく首を振りながら
「もう終わったことだから」と
そう短く答える彼の表情は酷く寂しそうで、何処か遠くを見ているで・・・
私はすぐ理解した・・・・それが『嘘』だと
―――彼の心はまだ彼女にとらわれている―――
それはあまりに明白な事実だった
・・・・
私の中の感情は他人のもので、つまりコピーに相違ない。
言い換えれば「偽物」
私はそれを自分のものだと錯覚しているだけなのかもしれない
それでも
―――私は彼が好きだ
もっと彼の傍に、彼の隣にいたい
叶うのならもっと深い関係になりたい
でも、私と彼の間には壁がある
―かつて彼が愛し、そして今私の姿の元となった女性―
彼女はもうこの世界にはいないヒトで
『彼の恋は終わってしまった』
というのは本来正しいはずだった
けれど、それにはまだ続きがあり、私はそれを知ってしまった
私は知っている、あの恋の続きを、彼女の答えを、一字一句たりとも違わずに
彼がずっと待ち望んでいる答えを、あの日の返事を
――――伝えたい
何故私はこんな気持ちを持っているのだろう?
私の中の彼女の記憶がそう言っているから?
あるいは私の彼女に対する同情?
あるいは何よりこれは彼が望んでいることだから?
けれど、私の中のもう一つの感情がそれを拒む
―――臆病
その行為は私の正体を彼に教えることに直結していて、同時にそれは彼との別れを意味している
それは、それだけは駄目。そんなことをしたら自分の存在意義がなくなってしまう
それに私の正体を知った彼はきっと私を軽蔑するだろう
初恋の相手を汚し、挙句その姿で彼を誑かした私を
私にはそれが怖い・・・怖くてたまらない・・・
伝えたいと思う一方で絶対に伝えられない理由があった
彼の知っている彼女は強いヒトなのに、私はどうしようもなく弱くて、卑怯だった
次の日、私は彼に告白された
彼女の時と同じように呼び出され
「あなたのことが好きです」と
真っ直ぐ目を見据えながら想いを告げられた
それは私がずっと求めてきたはずの言葉
もし仮に今、「はい」と答えれば私はきっと幸せになれる
彼女の代わりとして彼の傍にいることができる
それがどういうことなのか、どんなに幸せか私にはよくわかる
なのに私は・・・・
「嘘だよ・・・・だって・・・・あなたが本当に好きなのは私じゃない」
彼の告白を否定する。それは、『彼女』としてではなく、初めて口にした『私』の本心だった。
「・・・・あなたが好きなのは・・・・・あなたが本当に知りたい答えは私のじゃない・・・・あの人の・・・」
彼の言う『あなた』は私じゃない
それは彼の反応を見て得た紛れもない事実
私の言葉に、彼は一旦、目を閉じると、やがてゆっくりと開く
「・・・・やっぱり知ってるんだね」
「えっ?」
思わず声が漏れる
「ホントは、さ・・・・知ってたんだ。君のこと」
彼の言葉に一瞬、思考が停止する
彼が知っていた?私のことを?私の正体を?
混乱する頭の中でなんとか言葉を紡ぎ、彼に問う
「・・・・いつ・・・・から?」
消え入るような声の問いに彼はゆっくりと答え始める
「・・・本当はさ、初めて会った時からわかっていたのかもしれない。でも確信が持てたのは昨日話した時。君は、何故僕が話したのかを、話した理由を聞かなかった。・・・だから君は知ってるんだと、そう思った。僕の初恋の事も、君と佐奈が瓜二つなことも」
彼の言っていることは全て事実だった。
でも、理解すると同時に一つの疑問が浮かぶ
「・・・じゃあ・・・なんで・・・・今・・・」
どうして『偽物』である私に「好き」と言ったのか
言葉が途中で途切れてしまったが、彼は敏感に理解したようで、僅かに微笑みながら答える
「――――――本当に君が好きだからだよ」
・・・・違う、なんでだろう・・・・嬉しいはずなのに、私の心は彼の言葉を否定する
「私は彼女じゃない!私・・・私は彼女じゃない・・・佐奈さんの記憶を持ってしまった『偽物』なんだよ」
その言葉は矛盾している
彼女の代わりでもいい。それでも彼の隣にいられればそれでいいと、ずっと彼女を演じ続けてきたのに、私はいつの間にかそれを入れることができなくなっていて・・・私はどうしようもないくらい我が儘だった
「・・・・・・・」
私の叫びに彼は始め何も言わずに黙っていたが、数秒後、いつもと変わらない口調で話し始める
「・・・・初めて会ったのは三か月前だっけ?・・・早いもんだね」
苦笑しながら彼は続ける
「彼女が・・・佐奈がいなくなってから大分時間経って、ようやく心の整理がついて前に進もうとしてた。そんな時に君は現れた。・・・一瞬、彼女の名前を呼びそうになったよ。でも直ぐに君が彼女じゃないとわかった。」
・・・知ってる
「僕は・・・もしかしたら君を憎んでいたのかもしれない佐奈と同じ姿の君を。実際、最初に僕は君との間に距離をおいて、君のことを避け続けた。」
知ってるよ
「でも、いくら拒絶しても君は僕の前にいた。それで・・・いつしか自分が本当に佐奈を拒絶しているように思えてきて・・・そこから僕は自分の気持ちがわからなくなった。僕は本当に彼女が好きだったのか・・・って・・・だから君と一緒に過ごすことに決めた。そうすれば何か分かると思ったから」
ほんとはね、私も貴方のこと―――
「君と一緒にいる毎日は、数か月前に途切れた思い出の続きみたいで、佐奈と過ごした日々が蘇ってきて・・・気付いたんだ。僕がどれだけ彼女が好きだったのか。」
―――全部、知ってたよ・・・・だから・・・
「そして、その気持ちは今も変わらないことも」
ズキンと胸の奥が痛む。彼の心がまだ彼女の中にある・・そんなことわかっていたはずなのに・・・
「だから本当はこんなことを言う資格がないのかもしれない・・・」
だから・・・やめて・・・・それ以上は・・・
彼の言おうとしていることを察し、心の中で祈るように強く願う
けれど、彼はまた私の目を真っ直ぐに見据えてそれを口にする
「だから君の・・・本当の君を見せてほしい」
そんな彼の視線から逃げるように後ずさり、首を振る
「・・・ダメ・・・だよ・・・それをしたらもう戻れないかもしれない・・・私はこの姿じゃなきゃダメ・・・・だめなの・・・」
呆然と立ち尽くす私、そっと囁く様に言う
「大丈夫、大丈夫だよ沙耶」
優しい笑顔で私の名前を呼ぶ。彼女が、私が大好きな笑顔で・・・
「・・・・無理だよ・・・そうしたら貴方は・・・」
きっと・・私を・・・嫌いになる
『佐奈』という彼女の仮面を剥いで残った『偽物』の私を
「・・・・それに今ならまだ間に合うよ・・・あの人の答えを「違うよ」」
必死に首を振り、訴える私の言葉を彼の声が遮る
「違うよ」
その場に崩れるように座り込む私を彼はそっと両手を伸ばし、私の背に回すと、ぎゅっと腕を交差させ、そのまま私を引き寄せる
「僕が今好きなのは・・・傍にいて欲しいのは・・・沙耶なんだ」
彼の言葉を聞いた瞬間――私を隠していた彼女の仮面が音もなく、ゆっくりと崩れていった
そのまま彼は続ける
「一度拒絶したのに、それでも君は傍にいてくれた、僕を支えてくれた。だから今度は僕が君を支える。ずっと君の隣にいる。隣で君を守って見せる。だから君の隣にいさせて」
その言葉は私の心の奥の凝り固まった部分を、少しづつ溶かしていくような気がして
彼と私の間にあったはずの壁はいつの間にか消えていた
彼の言葉にに私は小さく頷き、彼の後ろに手をまわす
「・・・・私も・・ずっと・・・傍にいたい・・・貴方の隣にいたい・・・・・」
そう小さな声で返す私の体を彼はぎゅっと腕に力を込め強く抱きしめる
私はされるがままに、そっと体温を預けた
彼女の想いが伝わればいいと、彼らの恋が実ればいいと、そう思ったのは事実だ
でも、それと同時に私は彼女に嫉妬していた。
彼女の気持ちを知っているからこそ、本当は両想いだった彼女に。
いくら思われても所詮その想いは『沙耶』ではなく『佐奈』の姿をした私に向けられたもの
実際、弱く卑怯な私にはそれで十分・・・十分な、はずだった
なのに彼の心が未だに彼女にとらわれていることを知って
彼女の姿をしているのに・・・それでも片思いのままなんだってそう思った
嫉妬はより大きくなっていって
だから彼が好きなのは彼女だと決めつけて、
私へ言葉ではないと、それは嘘だと彼の言葉を否定し、耳を塞いだ
それでいて自分の姿を見せるのを嫌がる・・・
私は本当に弱くて、我が儘で、子供だった
なのに、それでもなお私の名を彼は呼んでくれた
『佐奈』という殻の中に隠れていた私を見つけ、「大丈夫」と言いながら優しく手を差し伸べてくれた
だからもし、許されるなら、私は彼の隣にいたい
彼の傍でずっと彼を支えていたい
佐奈さん、貴方は私を、許してくれますか?
どうして私は彼女の記憶を持ってしまったのだろう
理由なんてない
失恋した男性の負の感情に結びついて現れる、それが私、ドッペルゲンガー
私が生まれた発端である一人の男性
彼の初恋は確かに『叶わなかった』
彼は普通に出会い、普通に恋をして、ある日、意中の女性を公園に呼び出し、勇気を出して自らの思いを告げた
「あなたのことが好きです」と
彼の告白に少し戸惑っていたが、やがて彼女はこう返した
「一日だけ待ってほしい」
返答とは裏腹に彼女の答えは既に決まっていた
一言で表すならそれは『肯定』
傍から見れば「はい」と言えばそれで済むことなのかもしれない
けれど彼女は、それをしなかった
彼のことを思うからこそ、彼女は彼の告白に真剣に答えようと
自分の思いをまとめる時間を求め、彼はそれを承諾した
そして、その帰り道に、それは起こってしまった
暗い夜道の中、突然眩し過ぎる光が彼女を照らし、同時に大きな音が鳴り響く。次の瞬間、彼女の体はボールのように吹き飛ばされ・・・・・
彼女は返事を伝わることなくこの世を去り、彼の初恋は幕を閉じた。
その彼女の姿と記憶を持ったのが私だった
あの事故から一か月後、私は彼の前に現れた。
少しずつ彼に近づき、彼の前で彼女を演じる。彼女の代わりとして、彼の中に空いた隙間を埋めるように・・
彼の理想の具現化である私はすぐに彼の中で大きくなっていくはず・・・なのに、彼の反応は私の予想とはまるで逆のものだった
出会ってから一週間、私を見る彼の目はどこか冷めていて、彼は私との間に距離を置き、ほとんど関わろうとしない
まるで拒絶するかのように私を避けていた
それでも私は彼女を演じ続けた
・・・だって・・・私にはそれしかできないから
私の思いが通じたのか、それから少し経ったある日を境に、彼の反応は徐々に変わり始めた
今では拒絶していたのがまるでウソのように思えるほどの関係なった
とはいえ彼女ほど近い関係にはなれていない
彼女を『恋人』というなら、私は『友達』の枠に収まる程度の関係だった
・・・・少なくとも周りから見れば
出会ってから三ヶ月後のある日
彼は私に自分の初恋について話してきた
相手がどんな人なのか、相手を好きになった理由、そして返事がもらえなかったことも全部
あの日彼女に伝えた事を全部
『なぜ私に話したのか』
それはわかっている・・・・私が彼女に似てるから・・・私が彼女の『偽物』だから
代わりに私は今までずっと聞きたかったことを彼に問う
「告白の返事・・・・知りたい?」と
ほんの少し静寂が流れた後
彼は小さく首を振りながら
「もう終わったことだから」と
そう短く答える彼の表情は酷く寂しそうで、何処か遠くを見ているで・・・
私はすぐ理解した・・・・それが『嘘』だと
―――彼の心はまだ彼女にとらわれている―――
それはあまりに明白な事実だった
・・・・
私の中の感情は他人のもので、つまりコピーに相違ない。
言い換えれば「偽物」
私はそれを自分のものだと錯覚しているだけなのかもしれない
それでも
―――私は彼が好きだ
もっと彼の傍に、彼の隣にいたい
叶うのならもっと深い関係になりたい
でも、私と彼の間には壁がある
―かつて彼が愛し、そして今私の姿の元となった女性―
彼女はもうこの世界にはいないヒトで
『彼の恋は終わってしまった』
というのは本来正しいはずだった
けれど、それにはまだ続きがあり、私はそれを知ってしまった
私は知っている、あの恋の続きを、彼女の答えを、一字一句たりとも違わずに
彼がずっと待ち望んでいる答えを、あの日の返事を
――――伝えたい
何故私はこんな気持ちを持っているのだろう?
私の中の彼女の記憶がそう言っているから?
あるいは私の彼女に対する同情?
あるいは何よりこれは彼が望んでいることだから?
けれど、私の中のもう一つの感情がそれを拒む
―――臆病
その行為は私の正体を彼に教えることに直結していて、同時にそれは彼との別れを意味している
それは、それだけは駄目。そんなことをしたら自分の存在意義がなくなってしまう
それに私の正体を知った彼はきっと私を軽蔑するだろう
初恋の相手を汚し、挙句その姿で彼を誑かした私を
私にはそれが怖い・・・怖くてたまらない・・・
伝えたいと思う一方で絶対に伝えられない理由があった
彼の知っている彼女は強いヒトなのに、私はどうしようもなく弱くて、卑怯だった
次の日、私は彼に告白された
彼女の時と同じように呼び出され
「あなたのことが好きです」と
真っ直ぐ目を見据えながら想いを告げられた
それは私がずっと求めてきたはずの言葉
もし仮に今、「はい」と答えれば私はきっと幸せになれる
彼女の代わりとして彼の傍にいることができる
それがどういうことなのか、どんなに幸せか私にはよくわかる
なのに私は・・・・
「嘘だよ・・・・だって・・・・あなたが本当に好きなのは私じゃない」
彼の告白を否定する。それは、『彼女』としてではなく、初めて口にした『私』の本心だった。
「・・・・あなたが好きなのは・・・・・あなたが本当に知りたい答えは私のじゃない・・・・あの人の・・・」
彼の言う『あなた』は私じゃない
それは彼の反応を見て得た紛れもない事実
私の言葉に、彼は一旦、目を閉じると、やがてゆっくりと開く
「・・・・やっぱり知ってるんだね」
「えっ?」
思わず声が漏れる
「ホントは、さ・・・・知ってたんだ。君のこと」
彼の言葉に一瞬、思考が停止する
彼が知っていた?私のことを?私の正体を?
混乱する頭の中でなんとか言葉を紡ぎ、彼に問う
「・・・・いつ・・・・から?」
消え入るような声の問いに彼はゆっくりと答え始める
「・・・本当はさ、初めて会った時からわかっていたのかもしれない。でも確信が持てたのは昨日話した時。君は、何故僕が話したのかを、話した理由を聞かなかった。・・・だから君は知ってるんだと、そう思った。僕の初恋の事も、君と佐奈が瓜二つなことも」
彼の言っていることは全て事実だった。
でも、理解すると同時に一つの疑問が浮かぶ
「・・・じゃあ・・・なんで・・・・今・・・」
どうして『偽物』である私に「好き」と言ったのか
言葉が途中で途切れてしまったが、彼は敏感に理解したようで、僅かに微笑みながら答える
「――――――本当に君が好きだからだよ」
・・・・違う、なんでだろう・・・・嬉しいはずなのに、私の心は彼の言葉を否定する
「私は彼女じゃない!私・・・私は彼女じゃない・・・佐奈さんの記憶を持ってしまった『偽物』なんだよ」
その言葉は矛盾している
彼女の代わりでもいい。それでも彼の隣にいられればそれでいいと、ずっと彼女を演じ続けてきたのに、私はいつの間にかそれを入れることができなくなっていて・・・私はどうしようもないくらい我が儘だった
「・・・・・・・」
私の叫びに彼は始め何も言わずに黙っていたが、数秒後、いつもと変わらない口調で話し始める
「・・・・初めて会ったのは三か月前だっけ?・・・早いもんだね」
苦笑しながら彼は続ける
「彼女が・・・佐奈がいなくなってから大分時間経って、ようやく心の整理がついて前に進もうとしてた。そんな時に君は現れた。・・・一瞬、彼女の名前を呼びそうになったよ。でも直ぐに君が彼女じゃないとわかった。」
・・・知ってる
「僕は・・・もしかしたら君を憎んでいたのかもしれない佐奈と同じ姿の君を。実際、最初に僕は君との間に距離をおいて、君のことを避け続けた。」
知ってるよ
「でも、いくら拒絶しても君は僕の前にいた。それで・・・いつしか自分が本当に佐奈を拒絶しているように思えてきて・・・そこから僕は自分の気持ちがわからなくなった。僕は本当に彼女が好きだったのか・・・って・・・だから君と一緒に過ごすことに決めた。そうすれば何か分かると思ったから」
ほんとはね、私も貴方のこと―――
「君と一緒にいる毎日は、数か月前に途切れた思い出の続きみたいで、佐奈と過ごした日々が蘇ってきて・・・気付いたんだ。僕がどれだけ彼女が好きだったのか。」
―――全部、知ってたよ・・・・だから・・・
「そして、その気持ちは今も変わらないことも」
ズキンと胸の奥が痛む。彼の心がまだ彼女の中にある・・そんなことわかっていたはずなのに・・・
「だから本当はこんなことを言う資格がないのかもしれない・・・」
だから・・・やめて・・・・それ以上は・・・
彼の言おうとしていることを察し、心の中で祈るように強く願う
けれど、彼はまた私の目を真っ直ぐに見据えてそれを口にする
「だから君の・・・本当の君を見せてほしい」
そんな彼の視線から逃げるように後ずさり、首を振る
「・・・ダメ・・・だよ・・・それをしたらもう戻れないかもしれない・・・私はこの姿じゃなきゃダメ・・・・だめなの・・・」
呆然と立ち尽くす私、そっと囁く様に言う
「大丈夫、大丈夫だよ沙耶」
優しい笑顔で私の名前を呼ぶ。彼女が、私が大好きな笑顔で・・・
「・・・・無理だよ・・・そうしたら貴方は・・・」
きっと・・私を・・・嫌いになる
『佐奈』という彼女の仮面を剥いで残った『偽物』の私を
「・・・・それに今ならまだ間に合うよ・・・あの人の答えを「違うよ」」
必死に首を振り、訴える私の言葉を彼の声が遮る
「違うよ」
その場に崩れるように座り込む私を彼はそっと両手を伸ばし、私の背に回すと、ぎゅっと腕を交差させ、そのまま私を引き寄せる
「僕が今好きなのは・・・傍にいて欲しいのは・・・沙耶なんだ」
彼の言葉を聞いた瞬間――私を隠していた彼女の仮面が音もなく、ゆっくりと崩れていった
そのまま彼は続ける
「一度拒絶したのに、それでも君は傍にいてくれた、僕を支えてくれた。だから今度は僕が君を支える。ずっと君の隣にいる。隣で君を守って見せる。だから君の隣にいさせて」
その言葉は私の心の奥の凝り固まった部分を、少しづつ溶かしていくような気がして
彼と私の間にあったはずの壁はいつの間にか消えていた
彼の言葉にに私は小さく頷き、彼の後ろに手をまわす
「・・・・私も・・ずっと・・・傍にいたい・・・貴方の隣にいたい・・・・・」
そう小さな声で返す私の体を彼はぎゅっと腕に力を込め強く抱きしめる
私はされるがままに、そっと体温を預けた
彼女の想いが伝わればいいと、彼らの恋が実ればいいと、そう思ったのは事実だ
でも、それと同時に私は彼女に嫉妬していた。
彼女の気持ちを知っているからこそ、本当は両想いだった彼女に。
いくら思われても所詮その想いは『沙耶』ではなく『佐奈』の姿をした私に向けられたもの
実際、弱く卑怯な私にはそれで十分・・・十分な、はずだった
なのに彼の心が未だに彼女にとらわれていることを知って
彼女の姿をしているのに・・・それでも片思いのままなんだってそう思った
嫉妬はより大きくなっていって
だから彼が好きなのは彼女だと決めつけて、
私へ言葉ではないと、それは嘘だと彼の言葉を否定し、耳を塞いだ
それでいて自分の姿を見せるのを嫌がる・・・
私は本当に弱くて、我が儘で、子供だった
なのに、それでもなお私の名を彼は呼んでくれた
『佐奈』という殻の中に隠れていた私を見つけ、「大丈夫」と言いながら優しく手を差し伸べてくれた
だからもし、許されるなら、私は彼の隣にいたい
彼の傍でずっと彼を支えていたい
佐奈さん、貴方は私を、許してくれますか?
12/07/11 22:25更新 / shhs