Blurry mind

Blurry mind

―――幼少の頃、空を優雅に飛ぶ鳥達に漠然と憧れた

手を鳥のように羽ばたかせれば飛べるのでは無いかと、今思えばイカロスの真似事と言っても過言ではないことをやり、親を心配させたものだ

「ぼくは鳥さんになりたい」
「この子大丈夫かしら……疲れきったサラリーマンみたいなこと言って……」
「多分そういう意味じゃないから」


―――中学生の初め、映画に出てきた戦闘機パイロットに憧れた

輸送機や旅客機ではない
誰よりも早く、誰に邪魔されるでもなく、空は俺のものだと、独善的に飛びまわる戦闘機パイロットに強く憧れた
航空ショーに行き、本物のF-14トムキャットやそのパイロット達と出会い、夢は固まった

「俺はトップガンに乗る!」
「トップガンは飛行機の名前じゃないぞ」
「!!!」


―――高校を卒業した時、俺はプロムに行くのも忘れて軍へ入隊申請をしに行った

友も少なく、両親が既に他界した俺を止めるものはなにもない
入隊先は勿論空軍だ
整備士や管制官ではない、パイロット志望

「空軍に入った動機を応えろクソ虫!!!」
「サー!戦闘機に乗りたいからであります!サー!」
「戦闘機だと!?小生意気なクソ虫め、お前にはオカマ野郎が丁度いい!!!」
「サー!F-22でありますか!?サー!」
「そうだ!!!分かってるじゃないかこのクソ虫!!!お前にA-10を駆る栄誉を与えよう!!!」

入隊から暫くして、訓練を終えた俺は晴れて戦闘機パイロットとなった
適性検査の結果から対地攻撃機であるA-10であったが……それでも、とても嬉しかった、あの大空を自由に、悠然と飛べるのだと、大空の支配者、その一人となれるのだと

「A-10訓、はじめ!!!お前達は何の為にママの股から出てきた!?」
「「「「A-10に乗る為だ!!!」」」」
「何の為にA-10に乗るんだ!?」
「「「「ゴミを吹っ飛ばすためだ!!!」」」」
「お前達が敵にすべき事はなんだ!?」
「「「「機首と同軸アヴェンジャー!!!」」」」
「アヴェンジャーはなぜ30mmなんだ!?」
「「「「F-22のオカマ野朗が20mmだからだ!!!」」」」
「アヴェンジャーとはなんだ!?」
「「「「撃つまで撃たれ、撃ったあとは撃たれない!!!」」」」
「お前らの親父はなんだ!?」
「ベトコン殺しのスカイレイダー!!!ステルス機とは気合が違う!!!」
「「「「「我ら空軍攻撃機!!!機銃上等!!!ミサイル上等!!!被弾が恐くて空が飛べるか!!!」」」」」
「よォし!!!出撃だ!!!」
「「「「YAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」」」」

A-10には慣れたし、今では大好きだ

無論、軍で戦闘機や攻撃機に乗るという事は人を殺すということだ
機銃で、爆弾で、ミサイルで、人を殺す
何人も死ぬ、何百人も死ぬ
何人も殺してきた、何百人と殺してきた

殺せば、殺されもする
理不尽に殺し、理不尽に殺される
無慈悲に殺し、無慈悲に殺される
空の上とはいえ、その原理は古今東西世界共通だ
そんな事は分かっている、覚悟の上だ

忠誠の深い愛国者ではない、心に宿す大義はない
守りたいものもない、守るべきものもない
それでも俺は、あの空を飛びたかったのだ


―――今この瞬間、この時までは



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



基地司令から二日連続となるブリーフィングに呼び出された

CIAから齎されたテロリストが潜むアジトの情報
それを元に本部は海兵隊と合同で作戦展開を行うとのことだった

情報によれば、敵戦力は物資不足に起因する兵士の士気低下と致命的な弾薬不足によってその殆どが無力であり、航空攻撃は容易である、ということだった
その結果、A-10サンダーボルトU4機で構成された俺の部隊が出撃することとなったのだ

最初に俺たちが機銃やミサイルを除去してお膳立てをし、その後海兵隊が基地を制圧する
いつものこと、特に代わり映えの無い作戦だ

対空火器のない基地など、核を除けば米軍最強の対地火力を持つA-10を駆る俺たちにとって赤子の手を捻るよりも易い……その筈だったのだ

≪グレックが喰われたぞ!≫
「どうなってる!?ブリーフィングと違うぞ!」
≪AAGun(Anti air gun:対空砲)とSAM(Suface-to-air missile:地対空ミサイル)のパレード!?冗談じゃねぇ!!≫

先ず最初に喰われたのはグレックの駆る三番機
正面からミサイルを貰い、ベイルアウトする間もなく炎に包まれ、墜落した

高空から侵入した俺たちを向かえたのはGAU-8アヴェンジャーの30×173mmタングステン弾が放つ花火ではなく、Mk-77(焼夷爆弾)の炎でもない、視界一杯に広がる機銃とミサイルの嵐であった

≪こちとらウォートホッグ(A-10の愛称。イボイノシシの意)だ!やってやろうぜ旦那ァ!≫
「その通りだ!全機、SAMにケツ掘られたくなきゃ高度を限界まで下げろ!二発目はないんだ!」

―――間違った情報の提供

敵の士気は十分だった、物資の十二分に足りていた
しかも現状を鑑みて言うならば―――攻撃の情報が漏れていた

≪ローニン、駄目だ!ふりきれな―――≫
「ハワード!?……クソッタレェ!!」

ハメられたのか?と思ったが、意図してやったということはないだろう
CIAはプレイム事件以後、汚名返上に向けて躍起になっているのである
意図的に情報を漏らしたり、嘘の情報を与えているとは考えにくかった
そもそも、俺たちは一介のパイロットであり、ハリウッドスターのようになにかの陰謀に巻き込まれたような覚えはない

しかし間違いであれ意図的であれ、それが俺たちの部隊にとって致命的なのは変わらない
A-10は対地攻撃能力と耐久力に優れる代償として速度が遅い
アヴェンジャーを放てば反動で後退する、なんて話が囁かれてしまう程度には、だ

安定性能こそ高いものの、速度が足りないA-10ではとてもSAMを振り切ることなどできない、ましてや撤退などできやしない
一度戦闘機動をやめて背中を見せれば最後、ミサイルが襲い掛かってくるだろう

攻撃ヘリの撃墜記録などはあるが、構造的に急激なスロットル操作を行えば機首が下がってしまうからして、そもそも空対空戦闘を考慮しておらず、制空権の確保を前提とした米軍ならではの攻撃機なのだ
そんな機体が、この鉛弾と炎の嵐の最中で隙をついて対地攻撃などできるわけがない

無論、なにもしないわけではない
Mk-77、JDAM、搭載したものはすべて使った
だが、数が足りない

≪ミサイル接近!うわぁ―――!!≫
「……ッッ!」

そして遂に、最後の仲間が撃墜された

対空機銃に被弾し、装甲が削れてゆく音と激しい衝撃

下がる油圧、下がる速度

そして、鳴り響くミサイル接近警報

フレアはもうない

この対空砲火の嵐と敵陣のど真ん中という状況からして、ベイルアウトをしても生還は難しい


―――死ぬ


覚悟をしている筈だった
殺していれば、殺されもする
覚悟していた筈なのに、恐い

「……あぁ、神様!」

生か死かの瀬戸際、神に祈るが無情にもミサイルは接近する
今まさに命を刈り取らんと首に突きつけられた死神の鎌を目前とし、始めて死を恐怖したその刹那、この空域最後のA-10が炎と共に姿を消した


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


―――魔物娘世界のどこか とある魔界の近く


天まで高くそびえる連峰、その峯から麓には広大な樹海が広がっている

雄大な自然に囲まれたこのエリアは動植物の楽園だ
直ぐ近くまで魔界が迫っているが、この連峰と樹海は太古の面影そのままに姿を変えてはいない
この近辺を納める一人のリリムと、山に住まうドラゴンとの交渉で生まれた不干渉地帯である

旧魔王の時代より遥か昔からその土地の守り神として君臨していたドラゴンのアン・ナータも、新魔王が行った設定改変の例に漏れず、魔物娘と化した
最初こそ己の変化に戸惑い抗おうとしたものの、存在の根底を覆した改変と、心の内側から滾る本能に従う手段はなく、紆余曲折の果てに愛すべき伴侶を手に入れるに至った

しかし、その近辺を収める事となったリリムであるカラアは豊穣な土地を魔界にしようと画策し、アン・ナータと衝突する
何事にも代え難い伴侶を得ても尚、今まで守り続けてきた山と森、大自然の理を維持し続けてきたこの土地と動植物、己を神と崇める敬虔な人間達だけは、魔界の魔力に犯されることなく、その姿のままでいてもらいたいと願っていたのだ

結果として、その強い意志に折れたカラアは交渉のテーブルに着き、契約が結ばれた
溜め込んでいた財宝の一部開放と、有事の際の戦力として己を徴用する代わりとして連峰と樹海には手を出さないし、逆に他所の人間が手を出すのであればこの土地のカラアが有する魔王軍を戦力として差し出す、これが300年前に二人の間に結ばれた契約だ

その二大勢力の庇護を受けた樹海の中、穏やかに流れる谷あいの小川があった
木陰から差し込む明るい日差しに照らされて澄んだ水面からは、それほど深くない水底が見え、何匹もの魚が泳いでいる

そんな小川の側を歩く一人の魔物娘がいた
日の光に反射して輝く黄金色、花緑青(はなろくしょう)色、浅縹(あさはなだ)色のグラデーションが美しいと同時に、猛禽類の逞しさも兼ね備えた翼、腰まで伸びる癖の強い翼と同色の長髪を後頭部で一本に縛ったサンダーバードである
歩くたびに大きめの臀部と尾羽が揺れる様が非常に可愛らしい彼女は、腰にくくりつけた鞄に狩った野うさぎを、左翼でいくつかの果物が入った麻袋を抱え、右翼の小翼羽と大雨覆で袋の中から器用にリンゴを掴み、美味しそうに租借していた

「〜♪」

リンゴに齧りつき、鼻唄を歌いながら上機嫌に歩くサンダーバード、名をクイルラという
先ほど、樹海の中にひっそりと佇む人間の集落をなにげなしに訪れた際、沢山収穫できたと言われ、好意に預かって貰った物だ
野生の果実よりも遥かに美味しいものがただで手に入った上、それが己の大好物の兎に次いで好物であるリンゴであれば、その機嫌も当然だろう
しかし、その機嫌も長くは続かなかった

「――あ」

不意に空を見上げたクイルラは、リンゴを咀嚼する手を止める
そこに広がるのは木陰から覗く一面の大空、そこを優雅に飛び回る同族の姿だった
同族を見つめる視線は羨望と絶望が入り混じった複雑なものだ

「……」

クイルラは鳥人種特有の翼腕を持ちながらも、飛ぶことが出来ない
幼い頃、まだ飛び方が覚束ない彼女を突風が襲ったのである
周囲で飛び方を指導していた大人達の救援もあと一歩届かず、突風は彼女を容赦なく地面へ叩きつけたのだ

幸いにも、木々がクッションとなり怪我は打撲とかすり傷で済んだものの、墜落の瞬間に刻み込まれてしまった心理的外傷は深く、未だにそれを克服できずにいた

また、風に吹かれてしまうのではないか

また、墜落してしまうのではないだろうか

また、誰も――

「クイルラ!」
「――!……ダーニャ、おはよう!」

己を呼ぶ友の声にハッと我に返り、声の方向へ向き直る
ダーニャと呼ばれたツーサイドアップに結った髪を揺らすサンダーバードは器用にホバリングしながらゆっくりと降り立った

「いやあさ、前に落っこちてきたでっかいのあるじゃん?それに人がくっついてたんでしょ?それも男!」
「うん、ローニンっていうんだ」
「どんな人なのかなぁと思ってさ……あっ、別に摘み食いしようとかそういうわけじゃないんだよ!本当さ!アタシにも旦那がいるしね!」
「しないでよ?……うーん、そうだね、とてもマジメで体が大きい人
赤毛の短い髪で、腕にはなにかの文字で刺青がしてあったんだ」
「へぇ〜〜……で、もうシたの?」
「……うん、まあ」
「そうかいそうかい!いやあ心配してたんだよ、クイルラは仲間内で最後だったしねぇ!」
「うっさい!……ま、これでもう行き遅れとか言われなくても済むもんね!」
「……ところで、さ」

終始和やかなムードかと思われた会話も、突如その表情を曇らせたダーニャによって途切れる

「なに?リンゴはあげないよ」
「あたしゃオレンジの方が好きなんだよ……って違う、そうじゃなくてさ」

ダーニャの心境は複雑だ
これを言ってしまってよいのだろう、しかし友としてこれだけは聞いておかねばならぬ
そう意を決して口を開こうとしたのを、他ならぬクイルラが遮った

「大丈夫だよ」
「え?」
「ローニンは、私の事を馬鹿にしない、あの人は大丈夫」
「……そっか、なら安心だ!それじゃ、私は帰るね!」
「うん、ばいばーい!」

ダーニャは安心した、といったふうに表情を緩め、再び空へと飛びあがった
それを見届けてから、クイルラはまた歩き始める
ややあって、小川にかけた細い丸太の橋を器用に渡ると、そこには一軒の家がある
家と言っても、ドワーフやゴブリンといった器用な魔物たちの作る上等なものではなく、小さい洞窟の入り口に木の端材や切り出した丸太そのもので壁と簡素な扉を作った程度である

しかし、そんな家でも彼女にとっては大事な家だ、なにせ今は件の愛しき男性―――正確にはまだそうではないのだが、兎に角好きな男性がいるのだから

「ただいま、ローニン!」
「ああ!お帰り!クイルラ!」

クイルラはが扉を開けると、身体の所々に包帯を巻きながらも、ランプを吊るす為の棒を掴んで懸垂をする赤毛の男―――ローニン・ホプキンスの姿があった

「あー!また運動して!怪我が治りきってないのに!」
「いやあ、流石に一日中ベッドの上っていうのは」
「駄目なものは駄目なの!激しい運動しちゃだめ!」

棒から手を離し、布で汗を拭う
引き締まった肉体と短く切りそろえられた赤毛、右肩に刻まれた“雷電”というジパングの文字に似た刺繍が特徴的なこの男が纏っている服はこの世界の一般基準とは大きくかけ離れた上等な素材である
綿や化学繊維の服にはこれまた奇妙な文字―――英語で“USAF”と刺繍が施されていた

「駄目って、もう骨折だってもう治ってるし」
「私が心配なの!」
「ははは……」

ローニンはこの世界の住人からすれば異世界人である
間違った情報提供に基づいた作戦で仲間を失ったローニンはミサイルが迫る中で死を覚悟した―――が、予想される衝撃と身を焼く爆発に怯えて目を瞑ったものの、一向に爆発はおろか衝撃も無い
どういうことかと目を開けてみれば、そこは中央アジア特有の荒野ではなく、まるでイエローストーンの如く広がる大自然だったのだ

しかしそんな光景を楽しむ間もなく、機体は急激に揚力を失ってきりもみ回転をはじめ、遂に墜落してしまったのである

そして気が付けばこの洞窟の中に作られた家の中で、クイルラが心配そうに己を見つめていたのである
その後、彼女の献身的な看病もあってか身体は急速に回復し、今に至るという訳だ

愛機であるA-10は、丁度クイルラの家がある谷の裏側で木々を薙ぎ倒しながら斜面を滑るようにして胴体着陸し、大きな樹木に引っかかって止まっているのだという

この山と森を治めているドラゴンとこの一件について一悶着あったのだが、それはまた別の話だ

「……」
「どうしたの?やっぱりまだどこか――」
「ああ、いや、なんでもないよ……少し考え事をしていただけだ」

ドラゴン……そう、ドラゴンである
クイルラ自身もサンダーバード……ハーピーと呼ばれる種族の派生らしいのだが、肩から先の翼、尾羽、足、その全てがまるで――いや、確かに本物で、夢でも見ているのか、もの凄く出来の良い特殊メイクかなにかで、なにかと悪戯好きな基地司令がまたロクでもないことをしているんじゃないかと目を疑ったものだ

しかしながら、何事かと駆けつけたアン・ナータというプレイガールもかくやというレベルのプロポーションを持つ女性がコモドドラゴンのような鱗や尻尾、本当に背中から生えている翼といったものに留まらず、一向に信じようとしない俺に痺れを切らした彼女が俺の知っているドラゴンの姿に変身したのを目の当たりにし、遂に信じないわけにはいかなくなってしまったのである

それがつい五日前の事で、今日に至るまでの数日は非常に濃密なものであった
博物館か図鑑でも見たことの無い生物や、この森に住まう魔物達、遠目からであったがエルフの集落……子供の頃、カリフォルニアにあるテーマパークへ連れて行って貰った時の数万倍も驚いたものだ

しかしながら、そんなことよりもっと驚いたことがある、この世界でいうところの魔物というものは己が想像していたものを遥かに斜め上を音速でかっ飛ばした存在だったのだ
クイルラ曰く、魔物は生きるために男性の精が必要なのだと言う

……要は第二の俺、その中身が欲しいわけだ
オブラートに包まず言ってしまうのであれば、精液である
更に言えば、この魔物と呼ばれる種族――何故か可憐な少女か見た目麗しい女性ばかりな者達は皆一様にして好色で、七つの大罪などなんのそのと積極的すぎるきらいがあった

最初こそ、こんな出来の悪いアダルトビデオみたいな遺伝子構造にした奴はどこのバカだ、と頭を抱えた
だが、事実として既に「治療の代価!」として連日に渡ってローニンはしっぽりいかれてしまったわけである
毎日訓練に明け暮れていたばっかりに、経験が上司に連れて行かれた基地近くの風俗での一回のみだった俺にとって魔物娘の刺激は強すぎた……いや、経験豊富な男でも刺激が強いかも分からないと思う程度に彼女との行為は凄まじいものだった

最初の夜は怪我で碌に動けないのをいいことに、それこそまるで鳥が餌を啄むような激しいオーラルセックスから始まり、「仲間内では大きいほうだよ!」と自身ありげに曝け出した(同僚のサンディの方が大きかった)胸での行為、最後には狂ったロデオマシーンよろしくな騎乗位ときたものだからもう堪らない、訓練用の複座機で連続バレルロールやスプリットSを教官にカマされた時より疲れた
そして気が付いたらもう朝で、隣では全裸のクイルラがスヤスヤと寝息を立てていたのである

命の恩人である上、どういうわけか時が経つごとにクイルラを想う気持ちが大きくなるからして断る事などできはしない
30も近いおっさんがどこのティーン向けドラマだよと、自己嫌悪で破裂しそうな頭をカチ割りたくなる衝動を抑えつつ、次はもっと優しくしてくれますようにと、この世界にいるのかも分からないキリストへお願いしてはいる
だが日を重ねるごとに激しくなっているような気がする――いや、実際気を失う程度には激しいので願うだけ無駄だろう、神は死んだ

しかしながら、彼女との行為のお陰で怪我の治りが尋常ではないほど早くなったのも事実である
胴体着陸の衝撃で緊急脱出装置が誤作動を起こし、地上十数メートルへ射出されてしまいそのまま落下した結果、両足の骨折に加えて脱臼や捻挫等を負った重体であった
それが一週間足らずで懸垂が出来る程度にまで回復しているのである

アン・ナータの話によるとこうだ

「彼女……クイルラと交わったことでそなたの身体に魔力が満たされ、治癒能力が向上しているのかもしれぬ
通常ではありえん事だが、そなたはこの世界の者ではないのだから、世の理に縛られないことがあったとしても、なにもおかしいことはないだろうよ」

とのことだった
この点に限って言えば不幸中―――いや、幸運中の幸運とでもいうべきか

それはそうと、洞窟とは思えないほど豪華絢爛な一室のベッドに横たわり、威厳たっぷりに先のことを教えてくれたアン・ナータであったが、伴侶であるという男に膝枕をされている上、たいそう幸せそうな顔で頭を撫でられているのだから、威厳もクソもあったものではなかった
あれはドラゴンではない、ただのメストカゲだ

閑話休題

「うーん、まあ、確かに見た感じ怪我も殆ど無いから、折角だしあの子のところに行ってみる?」
「あの子?……ああ、A-10か」
「そう!あの鉄でできたエーテンっていう鳥!」

鉄の鳥、まさかそんな表現を聞くことになるとは思いもよらず、ローニンは吹き出す
それを見たクイルラは何故笑ったのか分からない、という顔をしていた

他のハーピーもそうであったが、クイルラはA-10のことを“あの子”や“この子”と、生き物であるかのように呼ぶ
鳥人である彼女からすれば、空を飛ぶものは皆同族なのだろうと結論付けた

「ちょっと危ないところにあるから連れて行けなかったけど、大丈夫そうだしね」
「そうだな……話で聞いているだけだったから、どうなっているのか自分でも確認しておきたい」

そうと決まれば話は早い
家を出てから谷を回って裏山へ行き、急斜面を下っていった先に、愛機は横たわっていた

「酷いな」
「……治るの?」
「然るべき設備と道具があれば、な」

調べてみたところ、二本の油圧パイプは右翼一本、左翼は双方共にに逝っているが、ワイヤーが生きているので最低限の飛行に支障はない
ミサイルの着弾によるものだろう、右翼側の補助翼は根元から折れていたが回収することができた
他にもAAGunの弾痕が数え切れないほどあり、今更ながらバスタブ(A-10コックピットの愛称)の耐久度に感謝するほかに無い
そして幸いにもエンジンは無事であるからして、この森林からのサルベージと修理、燃料の確保、最後に簡単な滑走路さえ用意出来ればまた飛ぶ事は可能だろう……用意できれば、であるが

そもそも直った所でどう帰るのか、という問題があるが……それは今度考えてみよう
アン・ナータかリリムという権力者に合えば何か分かるかもしれない

「治してあげてよ!」
「そりゃ勿論だとも!俺の相棒だからな、直してやるさ」
「よかった、エーテンも喜ぶね!」
「……一応言っておくと、A-10っていうのは……その、なんというか、ファミリーネームみたいなもんなんだ」
「そうなの?じゃあ名前は?」
「こいつの名前はサンダーボルト……クイルラの種族と同じ、稲妻という意味だ」
「サンダー……ボルト……サンダーボルト……うん、私と同じ!いい名前!」

クイルラはゆっくりと名前をかみ砕いた後、ニッコリと笑う
その無邪気で可憐な笑顔は、少なくとも俺は見た事のない程に輝かしいものだった
早く元気になれ、とでもいうようにA-10の鋼鉄で作られた冷たい肌を撫でているクイルラを見ていると、なにか熱病でも患ってしまったような感覚になる

今まで、恋人など無縁なものだと思っていた
あるとすれば、あの大空や己が愛機こそが恋人であると思っていた

でも今は違う、彼女を守りたい、付き添っていたい、この世の不浄全てから守ってやりたい、全てを感じていたい

「……」
「?」

アン・ナータは言っていた、魔物には人の心を惑わす力があると
行為に及んでしまえば最後、致命的なレベルとスピードで心を蝕み、男を盲目にするのだと

「……どうしたの?」

そうかもしれない
毎晩毎晩あんなことをやっているのだから、そうなってしまっているのかもしれない

でも、そんなことは問題じゃあない
今俺はこうしてここにいて、他らなぬ俺がそう感じているのだ

「……いや、なんでもないよ
取り敢えず、えーと、ドワーフっていったか?あの人たちに工具を作れるか聞いてみよう、先ずはそこからだな」
「工具かー……トンカチみたいなの?」
「そんなところだな」
「作れると思うよ、ドワーフはすっごい器用だから!」

聞くに、ドワーフは工作技術に長けた種族でこの森に住む者達はなんらかの形で世話になっているようだ
土木工事から農耕器具に至るまでなんでも作るらしい
彼女たちに頼めば、溶接などは難しいかもしれないが板金位は出来るかもしれない

「サンダーボルトは、治ったら私も乗せられる?」
「あー、まあ、乗れるには乗れるけど」
「乗れるけど?」
「こいつが飛ぶには特殊な技術が必要でな、多分この世界じゃその技術を持っているのが俺だけなんだ」

クイルラやアン・ナータから聞く限り、この世界に飛行機は存在しない……いや、似たようなものはあるかもしれないが、ジェットエンジンなど存在はしないだろう
なにせ石油を精製したガソリンさえないのだから、レシプロ機もないと考えていい

バミューダ・トライアングルといったような事もあるから、この異世界に迷い込んだのは俺が初めてではないと思う
飛行機が異世界に迷い込んだ、などと言う話は珍しいものではないのだ
もしかしたら、その時に迷い込んだ飛行機が無事な状態で存在するかもしれない

しかしながら、そんなものは砂漠からビーズを探し出すようなものだと思う
ならばいっそこの世界でクイルラと、この森と共に生きるのが賢明ではないだろうか

この世界に、血で血を洗う戦争は無い
争いこそ存在するが、魔王が進めているという世界の改変というものが全てを飲み込むまでそう時間はかからないだろう

だが、どうであれ――

「先ずは、こいつを直さなくちゃな」

クイルラは飛べない
翼を持ち、怪我もないが過去の事故から飛び上がることもできないのだという
俗に言うPTSDという奴だ

「……」
「ローニン?」

修理には時間が掛かると思うし、もしかしたら出来ないかもしれない
しかし、なんとしてでも修理したい

「なんでもないよ、ドワーフたちの所に行こう」

ライト兄弟の真似事をすることになるかもしれないが、なんとしてでもやってみせる
もう一度あの空へ、君と共に飛び立つために
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