廃王の庭園
王の周りは、赤薔薇と白薔薇の生垣で覆われていた。魔界産の黒薔薇の生垣もあった。王は、白大理石で出来た椅子に座り、花へ肥料をやる作業を眺めている。
肥料は人間の血だ。既に二十人以上の者が斧で斬首され、あと二十人ほどが血を注ぐために控えている。呪いの言葉と絶叫が交差し、鮮血が薔薇へと注がれる。薔薇の香りを圧して、濃密な血の臭いが漂う。
王は、黒真珠を手で弄びながら眺めている。王の顔には微笑が浮かんでいた。
王は、庭園造りに情熱を注いでいた。幾何学的な造りの庭園を宮殿に築いている。花や草木が整然と配置され、彫像と噴水が同様に秩序正しく配置されている。王は、古代の数学者が書いた幾何学の本を愛読しており、その本に従って庭園を築いているのだ。
王は、この庭園の絶対的な支配者だ。王は、花や草木に自然な発育を許さない。王の定めた秩序に従いながら生きる事を強要する。不要と見なした芽は摘み取り、つぼみや枝は切り取る。あくまで王の支配を拒否する花や草木は、引き抜き、切り倒す。
王は、花に念入りに肥料を与える。様々な文献を調べ、専門家の話を聞き、実験を繰り返す。その成果もあり、花は美しく咲いている。
王が最も好む肥料は、人間の鮮血と屍だ。王は、数多くの者をこの庭園で斬首し、その屍を埋めた。白薔薇を鮮血で赤く染め、赤薔薇の木の根元に屍を埋めた。
粛清の計画を立てる王の元に、庭師が報告に来た。魔性の花が咲いたと掠れる声で報告したのだ。王は、怪訝そうな顔をしながらその花の所へと足を運ぶ。妖花は、庭園の中央に薔薇の生垣に囲まれて咲いているそうだ。
薔薇の生垣の通路を抜けると、その妖花は有った。その花は、通常ではあり得ないほどの大きさを持っていた。大人を簡単に呑み込む事が出来るほどの真紅の花弁を広げている。花弁の中央には琥珀色の蜜がたまり、蜜の中から緑色の肌の女が体を露わにしている。女は、王を見つめると嫣然と微笑んだ。
お前はアルラウネか?王は妖花に問う。
ええ、そうよ。彼女は笑いながら答える。
アルラウネとは花の魔物だ。巨大な花の中に人間の女が生えている。鮮やかな色の花弁と甘く濃厚な香り、甘美な蜜を使って人を誘う妖花だ。
あなたは誰かしら?アルラウネは問う。
余は王だ。王は短く答える。
なぜ、お前は咲いたのだ?王は問う。
この地は血が染み込んでいるわ。罪に彩られた地よ。そのせいではないかしら。アルラウネは口の端を吊り上げて笑う。
王は、しばし黙考する。王は計算し、計画を立ててこの庭園を築いている。アルラウネの存在は計算外だ。取り除くべきか。
王は、アルラウネを見る。真紅の花に包まれた女だ。切れ長の目が印象に残る細面をしており、薄い唇に蠱惑的な笑みを浮かべる。豊かな胸をわずかに蔦で覆い、くびれた腰の下は蜜の中に隠れている。人ならざる美しい女だ。
王は庭園を見渡す。整然とした薔薇の生垣、幾何学模様を描いて配置された百合の花壇、芳香を漂わせるラベンダーの連なり、神話で活躍する美女の彫像と、それを取り囲む噴水。その最中で、妖花は赤く咲いている。辺りには、百合やラベンダーの香りと妖花の香りが混ざり合って漂っている。
よかろう、お前の世話をしよう。お前は余のものだ。王は傲然と言い放つ。
アルラウネは、わざとらしく一礼をする。
お前の名は何というのだ?王は妖花に尋ねる。
名は無いわ。あなたが付けてくれないかしら。アルラウネは、唇を舐めながら答える。
考えておこう。王は、冷ややかに背を向けた。
王の庭園造りは区切りがつき、管理へと移行した。王は、花や草木を型にはめて育てる。整然と配置した彫像を完全な形に保つ。王は、庭園を自分の支配下に置き続けた。アルラウネ以外は。
アルラウネだけが、王の支配下にない。王は、アルラウネに水や肥料を与え、アルラウネの望む通りのものを与える。アルラウネの体を剪定する事は無い。彼女だけがこの庭園では例外だ。
だが、庭園の影響を受ける事はある。王は、この庭園で人間の斬首を行わせる。アルラウネの近くには薔薇の生垣が有り、そこでも繰り返し行わせた。そして、それらの花や木の下に屍を埋める。アルラウネが栄養を取る場所の近くだ。
アルラウネは斬首を嫌悪の表情で見つめるが、王は気に留めない。黒真珠を弄びながら斬首を見物する。時折、アルラウネの方にふざけた態度で黒真珠をかざす。不快そうに顔を背ける彼女を見て、王は楽しげに笑った。
庭園は月光に照らされていた。青白い月が花や彫像を輝かせている。庭園の各所で髑髏が輝いている。王は、斬首した者の髑髏に金箔、銀箔を塗り、庭園に飾っていた。昼は日光の下でまばゆく輝き、夜になると月光の下で青白く輝く。
王は、白大理石の椅子に座りながら庭園を眺めていた。紫水晶をはめた銀のゴブレットで葡萄酒を飲み、花と死で彩られた庭園を見渡す。辺りには、百合とラベンダー、そしてアルラウネの香りが混ざり合いながら漂う。
自分の殺した者達を見るのが好きなのかしら。甘さの中に棘のある声が、王にかけられる。
もちろん好きだ。生きている時は忌まわしい連中だったが、死すれば美しい。王は、月光の下に咲く妖花に答える。
この庭に咲く花や草木が喜ぶとでも思っているの。妖花は、蜜と棘をまぶした声で尋ねる。
喜んでいるに決まっている。だからこそ血を吸い、屍を養分として美しく咲いている。王は笑う。お前も美しく咲いているではないか。
あなたの血と屍はおいしそうだわ。アルラウネは冷嘲を放つ。
遠からず余の血を味わう事が出来る。楽しみに待っておれ。王は軽く笑うと、ゴブレットを放り、席を立った。
王は、庭園を歩きながらアルラウネの事を思っていた。花の中で笑う女。この庭園で最も美しい存在。彼女は、王の造り上げた人口の美を凌ぐ美しさを持つ。
王は、庭園に花時計を作っていた。花壇の中に文字盤を作り、日光に照らされた棒の影が文字盤を指す。普通の日時計、花時計と違う所は、棒の代わりに裸の女を立たせる事だ。白色の肌の女、褐色の肌の女、金髪の女、銀髪の女、黒髪の女などを立たせる。女達はいずれも若く、美しい。彼女達は、赤、黄、青、紫、白の花に囲まれている。
白色の肌の女は、叛徒に連なる者の中から選ぶ。褐色の肌の女は、南の大陸の奴隷商人から手に入れる。褐色の肌の女は長持ちするが、白色の肌の女は直ぐに取り換えなくてはならない。肌が日に焼けてしまうからだ。使えなくなった女は、臣下の者達に投げ与え、慰み者にさせる。
花の中に立つ女、これは一つの美を体現しているだろう。王の造形した美の一つだ。だが、王の意思にかかわらずに咲いた妖花の美しさの前では霞む。
今は夜だ。花時計は役に立たない。女は引き下がり、単なる花壇に過ぎない。だが妖花は、夜でも昼同様に美しく咲く。月明かりの下で嫣然と微笑んでいる。
余の造り上げる美など、魔性の者の美しさには及ばぬ。王は嗤う。だが、認める訳にはいかぬ。
王の目の前に、百合の花壇がある。白い花は、青白い月の下で輝いていた。その花壇の中で、ひと際輝いている物が有る。銀箔を塗られた髑髏だ。彼は、王の弟だが反乱を起こし、この庭園で斬首された。
王は、弟であった髑髏を見下ろし微笑んだ。
王が玉座についたころ、王国内は地獄となっていた。黒死病が蔓延したためだ。おびただしい数の人間が、肌が黒くなり、もがき苦しみながら死んでいった。
王は、この危機に対して力を尽くしてあたった。国中の医者を集めて対策を取らせ、外国の医者も呼び寄せた。そのために、無理をして予算を捻出した。
だが、効果は乏しい。黒死病を治療する方法が見つからないからだ。鳥の嘴のような仮面をかぶった医者達は瀉血を行ったが、かえって患者を殺す始末だ。様々な薬を投与しても患者は死んでいく。
結局、蔓延を防ぐしかないが、それはおぞましい作業だ。黒死病を蔓延させるものは鼠だ。下層の者達を動員して、その鼠達を殺させる。当然のことながら、鼠の処理に当たった下層の者達は黒死病にかかる。
黒死病にかかった者達は、隔離された。そして町ごと、村ごと焼き殺された。王国内には、焼き殺される人々の絶叫が響き渡った。
さらに醜悪な事が起こる。王国内で日陰の身に立たされている者達が、暴徒に次々と虐殺された。彼らが黒死病を広めているという流言が広まったためだ。斧で叩き殺される者、槍で刺殺される者、建物に閉じ込められて焼き殺される者の姿がありふれた事となる。
試行錯誤の中で、体や食器を蒸留酒で拭くと黒死病の蔓延はいくらか抑えられる事が分かった。そして港や国境の関所、地方行政区分上の境界にある関所で検疫が行われた。だが、これらの処置がなされた時には、すでに王国内では百万人を超える人間が死んでいた。
王の敵は、黒死病だけでは無かった。王族は、王位を狙い暗躍している。諸侯は、王に取って代わろうとする。官僚達は、利権を求めて策動する。絶望した農民達は蜂起する。
追い詰められた王に出来る事は、血の饗宴を繰り広げることだ。反乱を起こした王族達、そして逆らう可能性のある王族を抹殺する。四十一人いた王族の内、三十二人を王は殺した。彼らに連なる者達も抹殺していく。その数は一万を超える。
反乱を起こした諸侯達や、邪魔な諸侯を始末していく。彼らに従った数多の者も殺す。諸侯弾圧で王が殺した者は三万を超えるが、その内の半数以上は処刑による。
腐敗した官僚や兵達も粛正する。死刑にした官僚や兵は六千を超える。その中には黒死病対策の金や物資を懐に入れた者がおり、彼らを串刺しや四つ裂きにした。
王国南部で、自暴自棄となった農民達が反乱を起こす。王は、反乱参加者を皆殺しにせよと命ずる。殺した者の数は二万を超える。さらに、反乱が起こった地域の者達を虐殺していく。その数を加えると、王が殺した農民の数は四万を超えた。
王の支配する国は地獄だ。王は、地獄の創り手の一人となっていた。死の舞踏が繰り広げられ、王はその中心で踊った。
不幸中の幸いは、周辺諸国の侵略が無い事だろう。黒死病の蔓延している国に侵略するほど、彼らは馬鹿では無かった。周辺諸国も黒死病により膨大な数の死者が出ていた事も、侵略しない理由の一つだ。
殺戮を繰り返す内に、王は宮殿へ引きこもるようになる。そして、宮殿の庭に庭園を築く事に熱中し始める。王の美学の結晶たるこの庭園で、王は叛徒の者達を斬首し、その血を花に注いだ。
王は、百合の中に埋もれる銀の髑髏を見つめる。王弟は、国難に対処する力量が王には無いと見なした。自分こそが王として国を率いるべきだと考えたのだ。その増上慢は、自身と付き従う者の死で報われた。
王は、弟の顔をよく覚えている。侮蔑を露わにした顔で王を見ていた。王に反逆し捕えられた時、王弟は憎悪と侮蔑をむき出しにして王をねめつけた。その不快な顔は、この庭園で斬首されてからも残った。
だが髑髏となった今では、その表情は無い。銀箔で覆われた美しい髑髏は、百合と共に月光を浴びている。
余も、遠からず殺されるだろう。既に、余の支配は崩れておる。王は笑う。どうせ死ぬのならば、この庭で死にたい。
王は庭園を見渡す。ここだけが王の自由になる領土だ。王国はすでに混沌の直中にある。この庭園でだけ、王は秩序をもたらす事が出来る。美しい世界を体現できる。
世界が地獄でも、この庭さえあれば良い。王の呟きは夜気の中に吸い込まれた。
玉座に座る王の前に一人の男がいる。この国の将軍であり、王から反乱鎮圧軍の司令官に任命されたのだ。
国内を逃げ回っていた王の甥が、国の東部で反乱を起こした。東部の農民達を扇動し、諸侯達を味方につけて反乱を起こしたのだ。現在、王都に向かって進撃している。
王は、直ちに一人の将軍に鎮圧にあたらせた。この将軍は、王の支配下にある数少ない将軍だ。王は兵達の粛清を行ったために、軍内部で強く反発されている。近衛軍とこの将軍が率いる兵達くらいしか、王は支配出来ない。
叛徒どもは、如何ほどいるのか?王は冷然と尋ねる。
三万ほどでございます。将軍は無機的に答える。
皆殺しにしろ。王は平板な声で命じる。
ご命令の通りに致します。将軍の答えも平板だ。
王は、宙に視線を投げかける。そのまま少しの間、沈黙する。
叛徒どもの支配する地では、民が叛徒を助けているそうだな。
忌まわしい事ですが、仰せの通りにございます。
叛徒の支配する地の者は、如何ほどいるのか?
二十万ほどでございます。
皆殺しにしろ。王は平板な声で命じる。
将軍は、直ぐに答える事は出来ない。申し訳ありませぬが、なんと仰せられましたか?空咳をしながら訪ねる。
叛徒の支配する地の者を皆殺しにしろと言ったのだ。王は感情の伺えない声で、だがはっきりと命じる。王の顔は彫像のようだ。
ご命令の通りに致します。将軍は、わざとらしく声を張り上げて答える。
王は、将軍を冷ややかに見つめていた。
王の軍は、叛徒を皆殺しにすべく進撃した。王の軍は三万ほどであり、叛徒の軍と同数程度だ。だが、叛徒の軍は寄せ集めであり、ろくに武器を取った事の無い農民が多い。打ち破ることは容易い。
王の軍は、殺戮の期待に震えて進撃している。兵達は、自分達と同様の兵と戦う事は嫌う。だが、農民達相手ならば殺戮を楽しむ事が出来る。二十万でも、三十万でも喜んで殺す。兵達は、弱者を殺す事に快感を覚える。王の軍は、それを証明して来た。
全身に欲情をたぎらせる兵達は、叛徒達と対峙する。その時に、彼らは自分が甘い見通しを立てていた事を思い知った。叛徒達は、自分達の倍の数いた。しかも、角や翼を生やした異形の者達が混ざっている。
魔王軍が、叛徒の軍に加勢しているのだ。魔王は、支配する能力と資格が王に無いと見なし、叛徒達を支援する事を決定したのだ。
両軍はぶつかり合い、剣戟と馬蹄が響き合う。新しい兵器である大砲が轟音を響かせ、銃が軽やかな音を奏でる。昔ながらの兵器である弓や弩弓も甲高い音を立てる。兵器と人のぶつかり合いは、効率よく人を冥府に送る。
戦いは、初めから分かり切っていた。魔王軍が敵に回った時点で、王の敗北は決定していたのだ。弱者を殺す用意しかしていなかった王の軍は、たちまち潰走した。泥と涙で顔を汚した兵達が、無秩序な状態で逃げ回っている。
この戦いとは言えない代物の後、叛徒と魔王軍の連合軍は、王都に向かって進撃した。
日の下で輝く庭園は静かだ。王は独りでそこにいる。付き従う者はいない。逃げ出している最中だろう。
庭園は秩序だっていた。庭師達は、昨日まで王の命に従っていたのだ。さっさと逃げ出した近衛兵に比べれば、彼らは忠臣と言って良い。
王は、薔薇の生垣の回廊を歩き、赤、白、黒の饗宴を楽しむ。棘が刺さらないように近づき、薔薇の香りを楽しむ。百合に比べれば弱いが、薔薇にも香りは有る。薔薇の回廊を抜けると、百合の花壇が有る。王は屈み込み、百合の花弁に顔をつける。濃密な甘い香りが王の顔を包む。
王は、百合に埋もれている銀の髑髏に目をやる。王は髑髏を指ではじく。軽い音が立ち、王を笑わせる。
王は、庭園の中心にたどり着く。庭園の中でただ一人、王の支配を拒否する者がそこにいる。赤い花弁の中に座る女は、しなやかな体に蔦を絡ませている。女は無表情だ。
王は、女に軽く手を上げて挨拶をする。そして手に持った銀の瓶から、銀のゴブレットに赤い酒を注ぐ。王はゴブレットをかざす。ゴブレットにはまっている紫水晶が、日光を反射する。
王は、酒を静かに飲んでいる。この庭園の静寂を乱さぬように。飲み干すと、妖花に向かって微笑む。王は、芝生の上に横たわる。微笑みながら庭園を見渡す。薔薇が、百合が、ラベンダーが、王を囲む。白大理石で出来た英雄や美女の彫像が、王を見つめる。黒い御影石で出来た噴水が、流麗な弧を描いて水を放つ。
王は目を閉じようとする。毒が回ってくる頃だ。庭園を見治めた。もう思い残す事は無い。
最後に妖花を見つめる。一つ、やらねばならぬ事が有ったな。王は微笑む。
アマリッセイン、それがお前の名だ。
名づけられた妖花は、黙って王を見つめている。
王は目を閉じた。
叛徒達は、ほとんど抵抗を受けずに王都を占拠した。彼らは、直ちに王の廃位を宣言する。そして指導者である王の甥が親王として即位した。王国内は依然として混沌としているが、魔王軍の援助により秩序を回復しつつある。
魔王軍は、王国内で猛威を振るっている黒死病対策に乗り出した。彼女達は、治療に効果のある薬や魔術を持っている。黒死病を滅ぼす事は出来ないが、彼女達の治療法は人間の治療法よりも効果がある。
治療と同時に、衛生面での改革も行った。王国内では不潔な事が行われる事があった。例えば、水から黒死病がうつるという俗信があり、そのために体を洗わない者がいる。魔物達は俗信を打ち砕き、体を清潔に保つ事を広めた。鼠退治のような危険な作業も、率先して行った。
魔物達でも黒死病は難敵だが、徐々に黒死病は収まりつつある。この成果により、王国内は魔物を受け入れる者が増えていった。新王は、国を親魔物国に切り替える事を宣言した。
廃された王は、命を失わずに済んだ。毒を飲んだのだが、近くにいたアルラウネが毒を吸いだした。そして自分の蜜を王に飲ませた。アルラウネの蜜は、生を活性化させる働きがある。
廃王は、人魔共同の裁判にかけられた。判決は、自分の造った庭園に幽閉される事だ。刑期は定められていない。魔王が許すまで何百年、何千年と幽閉されるのだ。
庭園は、月光に青白く照らされていた。薔薇の垣根、百合の花壇、白大理石の彫像、黒御影石の噴水、廃王の支配していた頃に比べると荒れている。髑髏と庭園に埋められた屍は、墓へと移された。花時計に人が立つ事は、もう無い。
庭園の中央には、今も妖花が咲いている。真紅の花弁を広げ、艶麗な笑みを浮かべた女が半身を花蜜に浸している。その花弁の中には、一人の若い男がいた。女と抱き合い、裸の体を重ねている。情欲の歓喜が女と男の顔を染めている。
この庭園に、人は独りしかいない。過去の肖像画を見た者ならば、その若い男は廃王の若い頃の姿だと気が付くかもしれない。魔物について知る者ならば、魔物と交わった人間は若返ると思い当たるかもしれない。
廃王は、妖花の中で女と交わり続ける。彼の作り上げた庭園の中央で、花の魔物と交わり続ける。彼は、既に外の人間のほとんどの者から忘れられた存在だ。忘れていない者は、魔王などのわずかな者だけだ。
廃王の顔は、喜びに満ち溢れている。彼は王であった頃、この様な顔は見せなかった。アマリッセインと名付けられた妖花は、廃王を愛し気に見つめ、抱きしめていた。
肥料は人間の血だ。既に二十人以上の者が斧で斬首され、あと二十人ほどが血を注ぐために控えている。呪いの言葉と絶叫が交差し、鮮血が薔薇へと注がれる。薔薇の香りを圧して、濃密な血の臭いが漂う。
王は、黒真珠を手で弄びながら眺めている。王の顔には微笑が浮かんでいた。
王は、庭園造りに情熱を注いでいた。幾何学的な造りの庭園を宮殿に築いている。花や草木が整然と配置され、彫像と噴水が同様に秩序正しく配置されている。王は、古代の数学者が書いた幾何学の本を愛読しており、その本に従って庭園を築いているのだ。
王は、この庭園の絶対的な支配者だ。王は、花や草木に自然な発育を許さない。王の定めた秩序に従いながら生きる事を強要する。不要と見なした芽は摘み取り、つぼみや枝は切り取る。あくまで王の支配を拒否する花や草木は、引き抜き、切り倒す。
王は、花に念入りに肥料を与える。様々な文献を調べ、専門家の話を聞き、実験を繰り返す。その成果もあり、花は美しく咲いている。
王が最も好む肥料は、人間の鮮血と屍だ。王は、数多くの者をこの庭園で斬首し、その屍を埋めた。白薔薇を鮮血で赤く染め、赤薔薇の木の根元に屍を埋めた。
粛清の計画を立てる王の元に、庭師が報告に来た。魔性の花が咲いたと掠れる声で報告したのだ。王は、怪訝そうな顔をしながらその花の所へと足を運ぶ。妖花は、庭園の中央に薔薇の生垣に囲まれて咲いているそうだ。
薔薇の生垣の通路を抜けると、その妖花は有った。その花は、通常ではあり得ないほどの大きさを持っていた。大人を簡単に呑み込む事が出来るほどの真紅の花弁を広げている。花弁の中央には琥珀色の蜜がたまり、蜜の中から緑色の肌の女が体を露わにしている。女は、王を見つめると嫣然と微笑んだ。
お前はアルラウネか?王は妖花に問う。
ええ、そうよ。彼女は笑いながら答える。
アルラウネとは花の魔物だ。巨大な花の中に人間の女が生えている。鮮やかな色の花弁と甘く濃厚な香り、甘美な蜜を使って人を誘う妖花だ。
あなたは誰かしら?アルラウネは問う。
余は王だ。王は短く答える。
なぜ、お前は咲いたのだ?王は問う。
この地は血が染み込んでいるわ。罪に彩られた地よ。そのせいではないかしら。アルラウネは口の端を吊り上げて笑う。
王は、しばし黙考する。王は計算し、計画を立ててこの庭園を築いている。アルラウネの存在は計算外だ。取り除くべきか。
王は、アルラウネを見る。真紅の花に包まれた女だ。切れ長の目が印象に残る細面をしており、薄い唇に蠱惑的な笑みを浮かべる。豊かな胸をわずかに蔦で覆い、くびれた腰の下は蜜の中に隠れている。人ならざる美しい女だ。
王は庭園を見渡す。整然とした薔薇の生垣、幾何学模様を描いて配置された百合の花壇、芳香を漂わせるラベンダーの連なり、神話で活躍する美女の彫像と、それを取り囲む噴水。その最中で、妖花は赤く咲いている。辺りには、百合やラベンダーの香りと妖花の香りが混ざり合って漂っている。
よかろう、お前の世話をしよう。お前は余のものだ。王は傲然と言い放つ。
アルラウネは、わざとらしく一礼をする。
お前の名は何というのだ?王は妖花に尋ねる。
名は無いわ。あなたが付けてくれないかしら。アルラウネは、唇を舐めながら答える。
考えておこう。王は、冷ややかに背を向けた。
王の庭園造りは区切りがつき、管理へと移行した。王は、花や草木を型にはめて育てる。整然と配置した彫像を完全な形に保つ。王は、庭園を自分の支配下に置き続けた。アルラウネ以外は。
アルラウネだけが、王の支配下にない。王は、アルラウネに水や肥料を与え、アルラウネの望む通りのものを与える。アルラウネの体を剪定する事は無い。彼女だけがこの庭園では例外だ。
だが、庭園の影響を受ける事はある。王は、この庭園で人間の斬首を行わせる。アルラウネの近くには薔薇の生垣が有り、そこでも繰り返し行わせた。そして、それらの花や木の下に屍を埋める。アルラウネが栄養を取る場所の近くだ。
アルラウネは斬首を嫌悪の表情で見つめるが、王は気に留めない。黒真珠を弄びながら斬首を見物する。時折、アルラウネの方にふざけた態度で黒真珠をかざす。不快そうに顔を背ける彼女を見て、王は楽しげに笑った。
庭園は月光に照らされていた。青白い月が花や彫像を輝かせている。庭園の各所で髑髏が輝いている。王は、斬首した者の髑髏に金箔、銀箔を塗り、庭園に飾っていた。昼は日光の下でまばゆく輝き、夜になると月光の下で青白く輝く。
王は、白大理石の椅子に座りながら庭園を眺めていた。紫水晶をはめた銀のゴブレットで葡萄酒を飲み、花と死で彩られた庭園を見渡す。辺りには、百合とラベンダー、そしてアルラウネの香りが混ざり合いながら漂う。
自分の殺した者達を見るのが好きなのかしら。甘さの中に棘のある声が、王にかけられる。
もちろん好きだ。生きている時は忌まわしい連中だったが、死すれば美しい。王は、月光の下に咲く妖花に答える。
この庭に咲く花や草木が喜ぶとでも思っているの。妖花は、蜜と棘をまぶした声で尋ねる。
喜んでいるに決まっている。だからこそ血を吸い、屍を養分として美しく咲いている。王は笑う。お前も美しく咲いているではないか。
あなたの血と屍はおいしそうだわ。アルラウネは冷嘲を放つ。
遠からず余の血を味わう事が出来る。楽しみに待っておれ。王は軽く笑うと、ゴブレットを放り、席を立った。
王は、庭園を歩きながらアルラウネの事を思っていた。花の中で笑う女。この庭園で最も美しい存在。彼女は、王の造り上げた人口の美を凌ぐ美しさを持つ。
王は、庭園に花時計を作っていた。花壇の中に文字盤を作り、日光に照らされた棒の影が文字盤を指す。普通の日時計、花時計と違う所は、棒の代わりに裸の女を立たせる事だ。白色の肌の女、褐色の肌の女、金髪の女、銀髪の女、黒髪の女などを立たせる。女達はいずれも若く、美しい。彼女達は、赤、黄、青、紫、白の花に囲まれている。
白色の肌の女は、叛徒に連なる者の中から選ぶ。褐色の肌の女は、南の大陸の奴隷商人から手に入れる。褐色の肌の女は長持ちするが、白色の肌の女は直ぐに取り換えなくてはならない。肌が日に焼けてしまうからだ。使えなくなった女は、臣下の者達に投げ与え、慰み者にさせる。
花の中に立つ女、これは一つの美を体現しているだろう。王の造形した美の一つだ。だが、王の意思にかかわらずに咲いた妖花の美しさの前では霞む。
今は夜だ。花時計は役に立たない。女は引き下がり、単なる花壇に過ぎない。だが妖花は、夜でも昼同様に美しく咲く。月明かりの下で嫣然と微笑んでいる。
余の造り上げる美など、魔性の者の美しさには及ばぬ。王は嗤う。だが、認める訳にはいかぬ。
王の目の前に、百合の花壇がある。白い花は、青白い月の下で輝いていた。その花壇の中で、ひと際輝いている物が有る。銀箔を塗られた髑髏だ。彼は、王の弟だが反乱を起こし、この庭園で斬首された。
王は、弟であった髑髏を見下ろし微笑んだ。
王が玉座についたころ、王国内は地獄となっていた。黒死病が蔓延したためだ。おびただしい数の人間が、肌が黒くなり、もがき苦しみながら死んでいった。
王は、この危機に対して力を尽くしてあたった。国中の医者を集めて対策を取らせ、外国の医者も呼び寄せた。そのために、無理をして予算を捻出した。
だが、効果は乏しい。黒死病を治療する方法が見つからないからだ。鳥の嘴のような仮面をかぶった医者達は瀉血を行ったが、かえって患者を殺す始末だ。様々な薬を投与しても患者は死んでいく。
結局、蔓延を防ぐしかないが、それはおぞましい作業だ。黒死病を蔓延させるものは鼠だ。下層の者達を動員して、その鼠達を殺させる。当然のことながら、鼠の処理に当たった下層の者達は黒死病にかかる。
黒死病にかかった者達は、隔離された。そして町ごと、村ごと焼き殺された。王国内には、焼き殺される人々の絶叫が響き渡った。
さらに醜悪な事が起こる。王国内で日陰の身に立たされている者達が、暴徒に次々と虐殺された。彼らが黒死病を広めているという流言が広まったためだ。斧で叩き殺される者、槍で刺殺される者、建物に閉じ込められて焼き殺される者の姿がありふれた事となる。
試行錯誤の中で、体や食器を蒸留酒で拭くと黒死病の蔓延はいくらか抑えられる事が分かった。そして港や国境の関所、地方行政区分上の境界にある関所で検疫が行われた。だが、これらの処置がなされた時には、すでに王国内では百万人を超える人間が死んでいた。
王の敵は、黒死病だけでは無かった。王族は、王位を狙い暗躍している。諸侯は、王に取って代わろうとする。官僚達は、利権を求めて策動する。絶望した農民達は蜂起する。
追い詰められた王に出来る事は、血の饗宴を繰り広げることだ。反乱を起こした王族達、そして逆らう可能性のある王族を抹殺する。四十一人いた王族の内、三十二人を王は殺した。彼らに連なる者達も抹殺していく。その数は一万を超える。
反乱を起こした諸侯達や、邪魔な諸侯を始末していく。彼らに従った数多の者も殺す。諸侯弾圧で王が殺した者は三万を超えるが、その内の半数以上は処刑による。
腐敗した官僚や兵達も粛正する。死刑にした官僚や兵は六千を超える。その中には黒死病対策の金や物資を懐に入れた者がおり、彼らを串刺しや四つ裂きにした。
王国南部で、自暴自棄となった農民達が反乱を起こす。王は、反乱参加者を皆殺しにせよと命ずる。殺した者の数は二万を超える。さらに、反乱が起こった地域の者達を虐殺していく。その数を加えると、王が殺した農民の数は四万を超えた。
王の支配する国は地獄だ。王は、地獄の創り手の一人となっていた。死の舞踏が繰り広げられ、王はその中心で踊った。
不幸中の幸いは、周辺諸国の侵略が無い事だろう。黒死病の蔓延している国に侵略するほど、彼らは馬鹿では無かった。周辺諸国も黒死病により膨大な数の死者が出ていた事も、侵略しない理由の一つだ。
殺戮を繰り返す内に、王は宮殿へ引きこもるようになる。そして、宮殿の庭に庭園を築く事に熱中し始める。王の美学の結晶たるこの庭園で、王は叛徒の者達を斬首し、その血を花に注いだ。
王は、百合の中に埋もれる銀の髑髏を見つめる。王弟は、国難に対処する力量が王には無いと見なした。自分こそが王として国を率いるべきだと考えたのだ。その増上慢は、自身と付き従う者の死で報われた。
王は、弟の顔をよく覚えている。侮蔑を露わにした顔で王を見ていた。王に反逆し捕えられた時、王弟は憎悪と侮蔑をむき出しにして王をねめつけた。その不快な顔は、この庭園で斬首されてからも残った。
だが髑髏となった今では、その表情は無い。銀箔で覆われた美しい髑髏は、百合と共に月光を浴びている。
余も、遠からず殺されるだろう。既に、余の支配は崩れておる。王は笑う。どうせ死ぬのならば、この庭で死にたい。
王は庭園を見渡す。ここだけが王の自由になる領土だ。王国はすでに混沌の直中にある。この庭園でだけ、王は秩序をもたらす事が出来る。美しい世界を体現できる。
世界が地獄でも、この庭さえあれば良い。王の呟きは夜気の中に吸い込まれた。
玉座に座る王の前に一人の男がいる。この国の将軍であり、王から反乱鎮圧軍の司令官に任命されたのだ。
国内を逃げ回っていた王の甥が、国の東部で反乱を起こした。東部の農民達を扇動し、諸侯達を味方につけて反乱を起こしたのだ。現在、王都に向かって進撃している。
王は、直ちに一人の将軍に鎮圧にあたらせた。この将軍は、王の支配下にある数少ない将軍だ。王は兵達の粛清を行ったために、軍内部で強く反発されている。近衛軍とこの将軍が率いる兵達くらいしか、王は支配出来ない。
叛徒どもは、如何ほどいるのか?王は冷然と尋ねる。
三万ほどでございます。将軍は無機的に答える。
皆殺しにしろ。王は平板な声で命じる。
ご命令の通りに致します。将軍の答えも平板だ。
王は、宙に視線を投げかける。そのまま少しの間、沈黙する。
叛徒どもの支配する地では、民が叛徒を助けているそうだな。
忌まわしい事ですが、仰せの通りにございます。
叛徒の支配する地の者は、如何ほどいるのか?
二十万ほどでございます。
皆殺しにしろ。王は平板な声で命じる。
将軍は、直ぐに答える事は出来ない。申し訳ありませぬが、なんと仰せられましたか?空咳をしながら訪ねる。
叛徒の支配する地の者を皆殺しにしろと言ったのだ。王は感情の伺えない声で、だがはっきりと命じる。王の顔は彫像のようだ。
ご命令の通りに致します。将軍は、わざとらしく声を張り上げて答える。
王は、将軍を冷ややかに見つめていた。
王の軍は、叛徒を皆殺しにすべく進撃した。王の軍は三万ほどであり、叛徒の軍と同数程度だ。だが、叛徒の軍は寄せ集めであり、ろくに武器を取った事の無い農民が多い。打ち破ることは容易い。
王の軍は、殺戮の期待に震えて進撃している。兵達は、自分達と同様の兵と戦う事は嫌う。だが、農民達相手ならば殺戮を楽しむ事が出来る。二十万でも、三十万でも喜んで殺す。兵達は、弱者を殺す事に快感を覚える。王の軍は、それを証明して来た。
全身に欲情をたぎらせる兵達は、叛徒達と対峙する。その時に、彼らは自分が甘い見通しを立てていた事を思い知った。叛徒達は、自分達の倍の数いた。しかも、角や翼を生やした異形の者達が混ざっている。
魔王軍が、叛徒の軍に加勢しているのだ。魔王は、支配する能力と資格が王に無いと見なし、叛徒達を支援する事を決定したのだ。
両軍はぶつかり合い、剣戟と馬蹄が響き合う。新しい兵器である大砲が轟音を響かせ、銃が軽やかな音を奏でる。昔ながらの兵器である弓や弩弓も甲高い音を立てる。兵器と人のぶつかり合いは、効率よく人を冥府に送る。
戦いは、初めから分かり切っていた。魔王軍が敵に回った時点で、王の敗北は決定していたのだ。弱者を殺す用意しかしていなかった王の軍は、たちまち潰走した。泥と涙で顔を汚した兵達が、無秩序な状態で逃げ回っている。
この戦いとは言えない代物の後、叛徒と魔王軍の連合軍は、王都に向かって進撃した。
日の下で輝く庭園は静かだ。王は独りでそこにいる。付き従う者はいない。逃げ出している最中だろう。
庭園は秩序だっていた。庭師達は、昨日まで王の命に従っていたのだ。さっさと逃げ出した近衛兵に比べれば、彼らは忠臣と言って良い。
王は、薔薇の生垣の回廊を歩き、赤、白、黒の饗宴を楽しむ。棘が刺さらないように近づき、薔薇の香りを楽しむ。百合に比べれば弱いが、薔薇にも香りは有る。薔薇の回廊を抜けると、百合の花壇が有る。王は屈み込み、百合の花弁に顔をつける。濃密な甘い香りが王の顔を包む。
王は、百合に埋もれている銀の髑髏に目をやる。王は髑髏を指ではじく。軽い音が立ち、王を笑わせる。
王は、庭園の中心にたどり着く。庭園の中でただ一人、王の支配を拒否する者がそこにいる。赤い花弁の中に座る女は、しなやかな体に蔦を絡ませている。女は無表情だ。
王は、女に軽く手を上げて挨拶をする。そして手に持った銀の瓶から、銀のゴブレットに赤い酒を注ぐ。王はゴブレットをかざす。ゴブレットにはまっている紫水晶が、日光を反射する。
王は、酒を静かに飲んでいる。この庭園の静寂を乱さぬように。飲み干すと、妖花に向かって微笑む。王は、芝生の上に横たわる。微笑みながら庭園を見渡す。薔薇が、百合が、ラベンダーが、王を囲む。白大理石で出来た英雄や美女の彫像が、王を見つめる。黒い御影石で出来た噴水が、流麗な弧を描いて水を放つ。
王は目を閉じようとする。毒が回ってくる頃だ。庭園を見治めた。もう思い残す事は無い。
最後に妖花を見つめる。一つ、やらねばならぬ事が有ったな。王は微笑む。
アマリッセイン、それがお前の名だ。
名づけられた妖花は、黙って王を見つめている。
王は目を閉じた。
叛徒達は、ほとんど抵抗を受けずに王都を占拠した。彼らは、直ちに王の廃位を宣言する。そして指導者である王の甥が親王として即位した。王国内は依然として混沌としているが、魔王軍の援助により秩序を回復しつつある。
魔王軍は、王国内で猛威を振るっている黒死病対策に乗り出した。彼女達は、治療に効果のある薬や魔術を持っている。黒死病を滅ぼす事は出来ないが、彼女達の治療法は人間の治療法よりも効果がある。
治療と同時に、衛生面での改革も行った。王国内では不潔な事が行われる事があった。例えば、水から黒死病がうつるという俗信があり、そのために体を洗わない者がいる。魔物達は俗信を打ち砕き、体を清潔に保つ事を広めた。鼠退治のような危険な作業も、率先して行った。
魔物達でも黒死病は難敵だが、徐々に黒死病は収まりつつある。この成果により、王国内は魔物を受け入れる者が増えていった。新王は、国を親魔物国に切り替える事を宣言した。
廃された王は、命を失わずに済んだ。毒を飲んだのだが、近くにいたアルラウネが毒を吸いだした。そして自分の蜜を王に飲ませた。アルラウネの蜜は、生を活性化させる働きがある。
廃王は、人魔共同の裁判にかけられた。判決は、自分の造った庭園に幽閉される事だ。刑期は定められていない。魔王が許すまで何百年、何千年と幽閉されるのだ。
庭園は、月光に青白く照らされていた。薔薇の垣根、百合の花壇、白大理石の彫像、黒御影石の噴水、廃王の支配していた頃に比べると荒れている。髑髏と庭園に埋められた屍は、墓へと移された。花時計に人が立つ事は、もう無い。
庭園の中央には、今も妖花が咲いている。真紅の花弁を広げ、艶麗な笑みを浮かべた女が半身を花蜜に浸している。その花弁の中には、一人の若い男がいた。女と抱き合い、裸の体を重ねている。情欲の歓喜が女と男の顔を染めている。
この庭園に、人は独りしかいない。過去の肖像画を見た者ならば、その若い男は廃王の若い頃の姿だと気が付くかもしれない。魔物について知る者ならば、魔物と交わった人間は若返ると思い当たるかもしれない。
廃王は、妖花の中で女と交わり続ける。彼の作り上げた庭園の中央で、花の魔物と交わり続ける。彼は、既に外の人間のほとんどの者から忘れられた存在だ。忘れていない者は、魔王などのわずかな者だけだ。
廃王の顔は、喜びに満ち溢れている。彼は王であった頃、この様な顔は見せなかった。アマリッセインと名付けられた妖花は、廃王を愛し気に見つめ、抱きしめていた。
16/08/01 22:12更新 / 鬼畜軍曹