読切小説
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閉ざされた部屋の中で
 男は、体に纏わり付く匂いと感触に翻弄されていた。香水と女肉と汗の混じった匂い、柔らかく張りのある女体の感触に襲われているのだ。
 寝台に横たわった男には、女が伸し掛かっていた。女は、男の体を抱きしめて愛撫し、愛おしげに頬を摺り寄せている。女の柔らかい髪が、男の顔や胸をくすぐっている。女の豊かな胸は、男の腹を愛撫していた。
 男と女の普通の交わりに思えるが、その様を見れば異様な光景だと分かるだろう。女の背には黒い翼が生えており、女の頭には2本の角が生えている。右肩には山羊の頭が有り、左肩には竜の頭が有る。艶めかしく動く尻には尾が生え、その尾は蛇である。その異形の存在が、秀麗な女の顔や官能的な肢体と合わさっているのだ。
 様々な魔物の体が交わり合った女は、組み敷いている男に体をすり付けて愛撫し、四本の舌で舐め回している。女は、人間の女肉と雌獣の匂いの混じったものを男の体に染み込ませていた。
 部屋の中は贅沢な物だ。壁や天井、床は石造りで無骨だが、壁には絹と金糸でおられたタペストリーが掛けられ、床には毛皮が敷かれている。部屋を照らす燭台は金銀で出来ており、金で縁取られた大鏡は輝く燭台を映している。天蓋付きの寝台には、白絹と黒の毛皮が敷き詰められている。その絹と毛皮の上に、人間の男と魔物女が重なり合っているのだ。
 魔物女は、男の顔に口を寄せて熱っぽく囁く。耳に熱い息を吹きかけながら、愛の言葉を囁く。囁きながら男の耳に舌を這わせる。魔物女の青い右目と赤い左目は、熱情で潤んでいる。
 男は呻き声を上げた。女の執拗な愛撫を全身に受け続けているのだ。意志に反して声が出てしまう。
 俺はここで何をしているのだ?何故こうなった?男は、魔物女に愛撫されながら事の顛末を思い返していた。

 ゲオルゲは魔王領で仕事を探していた。傭兵として各国を渡っていたが、流れ者の生活に疲れて定住を望んだのだ。魔王領では人を差別せずに受け入れると聞いて、ゲオルゲは魔王領へ渡って来たのだ。
 元々はゲオルゲと言う名ではなかったが、差別される事を恐れて名を変えた。ゲオルゲは流浪の民の出身であり、一族の者と共に各国を渡って来た。貧しく、差別され続ける生活を嫌い、名を変えて傭兵となったのだ。
 だがゲオルゲは、傭兵として各国を渡り歩く生活にも疲れた。元々兵士として向いている訳でもなく、定住してまっとうな仕事に就く事を望んでいたのだ。流浪の民出身の傭兵であるゲオルゲには難しい事だ。
 そんな時に、他の傭兵から魔王領の話を聞いた。そこではよそ者を差別する事も無く、定住して仕事を手に入れる事も出来るそうだ。その傭兵だけの話だったら信用しないが、以前から複数の傭兵から魔王領の話を聞いていた。
 元々主神教など信用していなかったゲオルゲは、魔王領に行くことに決めた。ただ、いきなり行く事は危険だと考えて、魔物と人間が共存していると言う親魔物国へ行って様子を見た。そこで傭兵達の話がほぼ事実だと分かり、魔王領へやって来たのだ。
 魔王領に入るとすぐに、城の前に立ち寄った。その城は地方を収める領主の城であり、城兵を募集していたのだ。ゲオルゲは、さっそくその応募に応じた。魔物の城だから人間の兵は追い払われるかもしれないと思ったが、採用担当者である首無し騎士デュラハンはきちんと面接してくれた。そしてゲオルゲは城兵として雇われる事となったのだ。
 ゲオルゲは後に、良く調べずに軽率に行動したと後悔する事になる。

 城での生活は、初めの内は悪くは無かった。仕事はきちんとしたものであり、上司や同僚は仕事を丁寧に教えてくれた。人間から見れば異形の姿の者達だったが、魔物娘は人間よりも立派な者達だ。ゲオルゲの傭兵としての経験も仕事に活かす事が出来た。二月過ぎる頃には、これでまっとうな生活が出来るとゲオルゲは喜んだほどだ。
 だが、次第に雲行きが怪しくなってきた。城主であるキマイラの態度がおかしくなってきたのだ。城主たる者は、公的な行事を除けば一兵卒の前に顔を出す事はほとんどない。それなのに、気が付くとゲオルゲの視界にキマイラ城主の姿があった。キマイラは、いくつもの魔物の合わさった目立つ姿で何も言わずにゲオルゲをじっと見ている。右目が青で左目が赤と言う存在感が有る目で、執拗に見つめている。その視線はある時は突き刺す様であり、ある時は粘つく様に絡みついて来た。
 気味が悪かったが、見ている以外は特に何もしてこなかった。ゲオルゲの仕事や生活に特に干渉してくることも無い。同僚である魔物娘達も、この件で特に何も反応はしない。ゲオルゲは、気にしていないふりをしながら仕事を続けた。
 ゲオルゲが城へ来てから三月目に決定的な事が起こる。ゲオルゲは、キマイラに呼び出されたのだ。城主の呼び出しを拒否する事は出来ない。キマイラの指示通りに、キマイラの私室に入った。
 キマイラは、椅子から立ち上がりゲオルゲの所へやって来た。ゲオルゲの肩を抱くと、椅子へと誘導しゴブレットの酒を勧める。椅子はビロード張りであり、ゴブレットは紅玉を埋めた金製の物である。ゲオルゲは恐縮したが、キマイラの勧め通りに椅子に座り酒を飲んだ。安物の酒ばかり飲んでいたゲオルゲには良く分からないが、上等の葡萄酒らしい。香料が入っているらしく、刺激のある芳香が葡萄酒から漂ってくる。
 正面の席に座っているキマイラは、迫力のある姿だ。右肩に山羊の頭が付き、左肩に竜の頭が付いている。背には竜の翼が付いており、ゲオルゲに酒を勧める手は獣毛や鱗に覆われている。その異形の姿に美女の顔と肢体が付いており、妖艶な表情で微笑みかけてくる。キマイラは、酒を勧めながらゲオルゲに城での生活の事を聞いた。ゲオルゲは、相手を刺激しないように慎重に言葉を選んで話す。初めの内は訥々ながらも普通に話せていたが、次第に呂律が回らなくなってくる。
 ゲオルゲは不審に思い始める。自分はこれほど酒には弱くないはずだ。ゲオルゲはキマイラの顔を見る。キマイラは無表情に自分の様子を窺っている。ゲオルゲは、ゴブレットを大理石の台の上に置く。まさか、こいつは俺に毒か薬を飲ませたのか?
 ゲオルゲは立ち上がろうとするが、足がふらつき床へと倒れる。台が揺れてゴブレットが倒れ、床へ赤い酒がこぼれる。ゲオルゲは立ち上がろうとするが、床の上に敷かれた熊の毛皮の上に倒れた。毛皮の柔らかい感触が、ゲオルゲの恐怖をさらに掻き立てる。
 人ならざる手がゲオルゲの体を抑えた。キマイラは、ゲオルゲを抑え付けながら体を愛撫する。キマイラはゲオルゲの体を抱きかかえ、軽々と寝台へと運んでいく。角と獣の耳のある美女は、ゲオルゲの顔を覗き込み愛おしげに見つめていた。

 その日から、ゲオルゲはキマイラに監禁され続けた。キマイラは、ゲオルゲを寝台の上で貪り続けた。ゲオルゲの体を愛撫し、舐め回し、精を搾り取るのだ。キマイラは、ゲオルゲを抱きしめながら耳に熱い息を吹きかけ、愛を囁く。城主としての執務は私室で行い、ゲオルゲを片時も離そうとしない。
 キマイラはアスパシアと名乗り、ゲオルゲに自分の名を刻み込んでほしいと嘆願してきた。アスパシアは、これからのゲオルゲの生活は保障する、自分はゲオルゲを愛し続ける、自分の全てをゲオルゲに捧げる、だから私を愛してほしいと懇願してきた。懇願しながらゲオルゲを犯し、ゲオルゲの体を貪るのだ。
 ゲオルゲは、慄然としながらアスパシアから顔を背けた。アスパシアは異常なのか?魔物娘が人間の男に執着する事は知っている。中には度の過ぎる者もいる事も聞いている。それでも、アスパシアの言動は常軌を逸しているのではないだろうか?
 アスパシアの人格が一人では無い事もゲオルゲを震えさせた。アスパシアの言動は、時折別人のように変わる。獰猛で荒っぽくなったかと思うと、尊大な態度を取り始める。温厚で思慮深くなったかと思うと、異常性を隠さずにゲオルゲを拘束する。ゲオルゲを拘束している人格は、自分の事を「蛇」だと言っていた。蛇は、ゲオルゲに執念深く纏わり付き、ゲオルゲを自分の元に引き止めようとする。
 蛇は、ゲオルゲを抱きしめながら一方的に愛を囁き続けた。

「ゲオルゲの体は汚れているわね。すごい臭いがするわ。もう何度も交わっているから当たり前だけれど」
 アスパシアは、ゲオルゲのペニスに頬ずりをしながら言った。ペニスは様々な液で汚れて濡れ光っている。部屋の中には日の光が差し込み、二人の汚れた体を照らし出す。
「後でお風呂に入りましょう。私が隅々まで洗ってあげるからね。でも、今は愛し合いましょう。ゲオルゲの臭いや味を楽しみたいの。ゲオルゲの臭いを私に染み付けて欲しいの」
 アスパシアの顔は生渇きの精液で汚れ、濃厚な臭気を放っている。それでも足りないらしく、アスパシアはゲオルゲのペニスに鼻を擦り付けている。
 ペニスに口付けをすると、濡れ光る舌を這わせ始めた。先端に、くびれに、竿に丁寧に舌を這わせて汚れをこそぎ取っていく。陰嚢にまで舌を這わせて、ゲオルゲに悦楽を与える。
 汚れを舐め取ると、白い胸に赤黒いペニスを挟み込んだ。固い乳首で刺激を与えながら、柔らかい胸で肉棒を愛撫する。微笑みを浮かべながら、胸から顔を出している先端に口付け、舌でくすぐる。
 ゲオルゲは、体を震わせながら呻き声を漏らした。もう何度も精を放っているにもかかわらず、腰の奥から力が湧きあがってくる。ゲオルゲは、自分の体に起こっている変化について考える。アスパシアに飲まされた虜の果実入りの酒のせいだろうか?それとも自分は、男の淫魔であるインキュバスになったのだろうか?ゲオルゲは、自分の精力がまともなものだとは思えなかった。
 ゲオルゲのペニスから白濁液が放たれた。アスパシアの秀麗な顔を重く粘っこい液が覆っていく。窓から洩れる日の光に白く輝く胸を、より白い液が汚していく。アスパシアは胸と舌で愛撫を続けて、ゲオルゲの射精を助ける。ゲオルゲは、人間離れした量の精液を放ち続けた。
「こんなにたくさんの精液を出すなんて…しかも濃いわ…。本当にすごい臭い…鼻がおかしくなりそう。顔から臭いが取れなくなるんじゃないかしら。味もすごいわ。舌もおかしくなりそう…」
 重たい精液は、ゆっくりと顔から垂れ下がってくる。鼻を覆っていた精液が唇に垂れてくる。アスパシアは舌で精液を舐め取り、口の中に含んでゆっくりと飲み込む。
「あなたの精液は濃すぎるわ。喉に絡み付いて来る。いいわ…あなたは最高よ」
 アスパシアはペニスを口に含み、中に残っている精液を音を立てて吸い出す。ゲオルゲは、体の奥底から吸い上げられる感触に痙攣するように震える。アスパシアは、顔に付いている精液を手で拭い取って見せ付けながら舐め取る。そして胸を手で持ち上げ、ゲオルゲを上目づかいに見上げながら胸についている精液も舐め取った。
 アスパシアはゲオルゲの腰に手を掛け、ゲオルゲをうつ伏せにする。ゲオルゲの尻に顔を寄せて頬を摺り寄せる。ゲオルゲの尻を愛撫しながら広げる。尻の真ん中にある窄まりに、いたずらっぽい表情で口付けた。
「こんな事は娼婦でもしないでしょ。私は、ゲオルゲにだったら何でもしてあげるわ」
 アスパシアは、ゲオルゲの体で最も汚い部分に舌を這わせる。唾液を皺の隅々まで塗り込み、硬い入り口を解していく。舌は蠢きながら穴の中へと潜り込み始め、奥へとゆっくりと進んでいく。アスパシアは尻の穴を舐めながら、ペニスを獣毛に覆われた右手で愛撫する。
 ゲオルゲは悦楽に頭がおかしくなりそうだ。アスパシアの与えてくれる悦楽は、何度味わっても慣れる事は無い。精力は直ぐに回復し、ゲオルゲのペニスは再び硬くなってくる。
 尻の穴に音を立てて口付けすると、アスパシアは舌をゆっくりと引き抜いて行った。ゲオルゲの腰に手を掛け、ゲオルゲを仰向けにする。ゲオルゲのペニスは、先端から液を漏らしながら天に向けて反り返っている。
 アスパシアは、ゲオルゲの腰の上に馬乗りになった。アスパシアのヴァギナは、金色の陰毛が濡れそぼっているために日の光を反射して光っている。アスパシアの陰毛は元々濃かったらしいが、股をわずかに覆う黒皮と黒鉄の服を着るために処理してある。アスパシアと繰り返し交わり合ったゲオルゲは、その事を知っていた。
 アスパシアは、ゲオルゲの肉棒を熱い泉の中に飲み込んだ。ゲオルゲの肉棒は濡れた肉襞に纏わり付かれ、執拗な愛撫を受ける。泉の奥からは熱液が絶え間なく湧きあがって来て、ゲオルゲの股を濡らしていく。
 アスパシアは、ゲオルゲの腰の上で円を描くような腰を動かし始めた。初めはゆっくりと、次第に早く動かし始める。激しい動きでゲオルゲのペニスは翻弄され、絶え間なく快楽を与えられる。アスパシアの肉襞は、激しい動きに合わせて締め付けてくる。
 アスパシアの体は、踊るような動きの為に汗で光っていた。日の光は、アスパシアの濡れた体を白く輝かせる。悦楽に染まった美貌が、揺れ動く胸の肉が、激しく動く引き締まった腰が光り輝く。
 ゲオルゲは、アスパシアの艶姿に堪える事が出来ずに自分も腰を動かし始めた。

「起きておるか?」
 目をつぶるゲオルゲに、アスパシアが声をかけた。
 ゲオルゲは、無視をして目をつぶり続ける。
「『蛇』は寝ておるよ、儂は『山羊』だ」
 山羊とはアスパシアの人格の一つだ。温厚な性格をしており、知性に恵まれている。
「お主にはすまぬ事をしていると思っている。だが、あの子の暴走は儂らにも止められぬ」
 山羊の声は沈んでいる。外を吹く風の声に消えてしまいそうだ。
「もう少し待ってくれ。お主が逃げる機会を作る」
 ゲオルゲは、沈黙したまま目をつぶり続ける。
「出来れば、お主が儂らの元にいて欲しいのだが…」
 ゲオルゲは、山羊の苦笑するような気配を感じた。
「いや、すまなかった。お前を逃がしてやろう」
 それっきり室内は、風以外の音はしなくなった。

 目を瞑りながら、ゲオルゲは思念を巡らせていた。これで俺の放浪は終わりかもしれない。俺は、どこかに留まりたかった。それを許される事は無く、大陸中をさ迷い歩いた。犬の様に追い払われながら歩き続けた。その結末がこれか。ゲオルゲは声を立てずに笑う。
 ゲオルゲは、迫害され彷徨い続けてきた自分の人生を思い返していた。

 ゲオルゲの属していた流浪の民は、大陸中で差別され、迫害されていた。土地に定住している者達は、土地を持たぬゲオルゲたちを警戒し、敵視し、蔑んだ。国や地域によっては、立ち入る事を許されない。殺される事も珍しくは無い。
 流浪の民は手工業品を売り、芸を見せて生活していた。彼らは、独特の技術や知識を持ち、それは定住者達にも必要とされた。必要とされたが、差別される事には変わらない。流浪の民は一つの所に留まる事が出来ずに、追い立てられて生活している。彼らは常に貧しさに苦しんでいる。
 ゲオルゲは、そんなみじめな生活を憎み、流浪の民から抜け出そうとした。ゲオルゲは傭兵となり、名を変えて流浪の民である事を隠して生きてきた。流浪の民には浅黒い肌の者が多いが、幸いな事にゲオルゲの肌は白い。
 ゲオルゲは傭兵として何とか生きる事は出来たが、定住する事は出来なかった。何処へ行こうと、所詮ゲオルゲはよそ者である。何処の土地にも戸籍は無く、土地に根差した人脈も無い。傭兵が一つの土地に長居する事は嫌悪される。ゲオルゲは、流浪しながら傭兵家業を続けるしかなかった。
 それどころか、流浪の民だとばれて差別される事もあった。ゲオルゲの顔立ちの特徴や黒髪、黒い目から流浪の民を連想する者もいた。流浪の民独特のしぐさや癖がゲオルゲには染み付いており、そこからばれる事もある。差別する者達には情報網が有り、それによりゲオルゲの身元が判明する事もある。肌が白くて名を変えただけでは隠し通せない事もあるのだ。
 流浪と差別の生活に疲れたゲオルゲは、人から恐れられる魔王領まで流れて来た。魔物を信用している訳ではないが、人間にも愛想が尽きた。もうどうでも良くなって魔王領へ来たのだ。
 魔王領に入ると、ゲオルゲは念願の定住生活を手に入れた。狂った魔物女に拘束され、監禁される事によって。

 俺は、この女に拘束される事で念願の定住生活を手に入れた。俺は、追い払われないで済むかもしれない。風雨に責め立てられ、空腹を抱えなくても済むかもしれない。今の俺は、城の中で絹と毛皮に包まれ、腹いっぱい食う事が出来る。
 だが、俺の望んだ形では無い。気の狂った魔物女に拘束され、犯され、何の自由も無い。俺は、この女の意のままになる立場だ。生きるも死ぬもこの女次第だ。俺は、この女に壊される危険にさらされているのだ。
 ゲオルゲは、自分の支配者となった女を見た。ゲオルゲを容易く破壊する事が出来る力を持った異形の体をしている。鱗に覆われた竜の左腕だけで、ゲオルゲの首の骨をへし折る事が出来るだろう。しかも、この女は城主であり、この地方を管理する領主だ。ゲオルゲを破壊するには十分すぎるほどの富と権力を持っているのだ。
 逃げよう。こんな事は俺の望んだ事ではない。俺は、他人の意のままになりたくて定住を望んだわけではない。恐怖に怯えながら贅沢な生活はしたくはない。この怪物だって万能ではない。逃げ出す機会は有るはずだ。
 ゲオルゲは、寝息を立てる魔物女を見ながら逃げ出す事を決意した。

 機会は、監禁されてから一月後に来た。アスパシアの領内に魔王軍が一時的に駐屯するために、アスパシアと魔物達は忙しくなったのだ。現在親魔物国と反魔物国が交戦しており、親魔物国に対して魔王軍が援軍を送る事になった。アスパシアの領内がその中継地点となったのだ。
 アスパシアはゲオルゲの元に居続ける事は出来なくなり、ゲオルゲの世話を配下の魔物に任せる事が多くなった。ゲオルゲの世話をする魔物も他の仕事を兼任しており、ゲオルゲに対する監視はゆるくなっている。
 脱出の決行は、アスパシアの出払った夜に行う事にした。親魔物国への派遣軍の司令官と打ち合わせをする必要があり、アスパシアは城から出ていた。城の中は、派遣軍への物資の運搬で忙しく、ゲオルゲを世話する魔物娘もゲオルゲから目を離しがちだ。
 ゲオルゲは寝台を覆う絹を引き裂き、より合わせて結んでいき、一本の綱を作った。その縄を寝台に結び付けて、窓から降りて脱出を図る。城は石を積み上げて造った物であり、所々に足がかりが有る。ゲオルゲは、流浪の民だった時に高所から降りる訓練を受けており、綱さえあれば脱出する事は可能だ。風が弱い事も幸いしている。
 闇に紛れて城の壁を降り立った後、物陰から物陰へと移動していく。時折魔物がそばを通り過ぎるが、皆忙しそうで周りに気を配っていない。ゲオルゲは城から出る事に成功し、城を取り囲む畑の中を屈めた身で小走りに駆ける。畑には巡回の兵はいない。
 畑を抜けると、農家や馬小屋が見えて来た。馬小屋の近くにある家に接近したが、家には灯りは無い。中から男と女の喘ぎ声や嬌声が聞こえる。どうやらお楽しみの最中らしい。ゲオルゲは声を立てずに笑い、馬小屋の中に入り込む。一頭の馬に目を付けると、馬の体を愛撫して宥める。流浪の民にいた時から馬の世話をしており、ゲオルゲは馬の扱いに慣れている。
 手綱を引きながら馬を外へと連れ出し、離れた所まで音を立てないように慎重に馬を引いていく。ゲオルゲは馬へ跨ると、そのまま魔王領から出る街道を駆け始めた。

 ゲオルゲは、休む事無く馬を走らせた。このまま国境を超える事が出来れば良いが、国境沿いには詰所が有る。通行書をアスパシアに取り上げられたゲオルゲは、通る事が出来ない。だから国境に出る前に北の平原に入り、国境警備隊の警備の薄い所を狙って脱出する。
 街道には灯りは無く、あまり早く馬を走らせると危険だ。ゲオルゲは、焦る気持ちを抑えて慎重に馬を走らせた。次第に夜が明けて来て、辺りが薄明るくなる。ゲオルゲは馬の速度を上げる。
 ふと、後ろから異様な気配を感じた。馬も感じているらしく、馬から緊張感が伝わってくる。ゲオルゲは振り向くと、後方の空から鳥のような物が飛んでくるのが見える。ゲオルゲは首を横に振る。ただの鳥がこのような存在感を放つはずが無い。ゲオルゲは馬の腹を蹴り、あらん限りの速度を出させる。
 ゲオルゲを追う者の姿は、夜明けの明かりの中に明らかになりつつある。背に黒い竜の翼を持ち、体に山羊や竜の頭を付けた女だ。異形の女は、風を切って馬を走らせる男に追いつこうとしている。
 魔物女はゲオルゲを追い越し、ゲオルゲの前に降り立った。ゲオルゲは、そのまま馬で蹴散らそうとする。強大な圧迫感が魔物女から叩き付けられた。馬は棒立ちになり、そのまま前へ進む事が出来ない。ゲオルゲは、辛うじて落馬する事を堪える。ゲオルゲが腹を蹴っても、馬は硬直してしまっている。
 アスパシアは、ゆっくりとゲオルゲへと歩いてくる。ゲオルゲは馬の背に乗ったままだ。アスパシアは、ゲオルゲへと手を伸ばす。その瞬間、ゲオルゲの手が素早く動いた。銀色の光がアスパシアの胸へ吸い込まれる。光は、アスパシアの胸の直前で止まる。小刀を握るゲオルゲの手は、アスパシアの竜の手で押さえられていた。ゲオルゲは、小刀ごとアスパシアに引き寄せられる。
 アスパシアは、ゲオルゲを抱きすくめた。座った目を前方に注ぎながら、激しく愛撫しながら抱きしめている。
「ゲオルゲは私のものよ、私だけのもの。誰にも渡さない。何処にも行かせない、行かせない、行かせない」
 アスパシアは、抑揚のない声で呟き続ける。正気を失っている事は明らかだ。ゲオルゲの背に震えが走る。
 前触れも無くアスパシアは絶叫し、ゲオルゲを突き放す。山羊の手と竜の手で頭を抱え、地に倒れて震え始める。竜の翼と蛇の尾は、痙攣するように蠢く。
「邪魔しないでよ!ゲオルゲは私のものよ!あんた達は引っ込んでなさいよ!」
 狂おしい眼差しで前方をにらみつけながら、アスパシアは喚き立てた。
「いい加減にせぬか!お主は正気を失っておる。ゲオルゲを自分の狂った欲望の犠牲にするつもりか!」
 アスパシアの表情は理知的なものへと変わり、叱り付ける様に言葉を放った。
「うるさいわね『山羊』、あんたの説教は聞き飽きたのよ!」
 アスパシアの表情は、再び狂おしいものとなる。
「見苦しいぞ『蛇』、どれだけ醜態を晒せば気が済むのだ!」
 アスパシアは険しい顔つきで、厳然とした口調で怒号する。
「あんたは引っ込んでなさいよ!『竜』だからって偉そうにしているんじゃないわよ!」
 アスパシアの表情は豹変し、唾を飛ばしながら喚き立てる。
「引っ込んでいられる訳が無いんだよ!お前はいかれているんだよ!力づくで黙らせてやる!」
 アスパシアはまた豹変し、獰猛な表情で吠える。
「あんたも引っ込んでいろ!『獅子』のくせに欲しい男を奪えないんでしょ!腰抜けは引っ込んでろ!あんた達は邪魔なんだよ!」
 ゲオルゲは、目の前の魔物女の狂態を引きつった表情で見つめていた。アスパシアの中には四つの人格が有る事は分かっている。その人格同士が必ずしも仲良くは無い事も分かっている。だが、これほどまでに激しい戦いが一人の中で行われている事を見るのは初めてだ。仮に演技だとしても、狂った演技だ。
 アスパシアは絶叫した。暴風の様な圧迫感が叩き付けられる。馬は、泡を吹きながら滅茶苦茶に駆け去っていく。ゲオルゲは硬直して動けない。
 アスパシアは、一歩一歩確かめる様な歩き方でゲオルゲに近づいて来た。青と赤の目は虚ろで、顔からは感情が欠落している。秀麗な顔は涙と鼻水と涎で汚れ、顎から垂れる涎を拭おうとせずにゲオルゲへゆっくりと近づいて来る。アスパシアは操り人形のような動きで腕を前に出すと、ゲオルゲを抱きしめた。
「ゲオルゲは私のもの、私だけのもの。誰にも渡さない、渡さない。何処にも行かせない、行かせない、行かせない……」
 アスパシアはゲオルゲを抱きしめながら、抑揚のない声でいつまでも呟き続けた。

 ゲオルゲは、アスパシアの手で城へと連れ戻された。再び監禁されながら関係を強要される日々だ。事態は前よりもひどくなっている。アスパシアの精神の平衡は、見る見る失われて行く。
 ゲオルゲを抱きしめ頬ずりを繰り返しながら、繰り返し愛を囁き続けた。それを目覚めてから疲れ果てて眠りに落ちるまで続ける。かと思うと、ゲオルゲのペニスを一日中に舐めしゃぶり続ける。精を出し切って何も出無くなっても、口の中で舐り続けた。ゲオルゲに対してならばどんなご奉仕でも出来ると言って、跪いて足の指や尻の穴に口付け、舌を這わせる。汚れなど気にならないどころか、汚れを自分の舌と口で清める事に喜びを見出しているかのようだ。奉仕をする次の瞬間には、ゲオルゲは私のものだと喚きながら、ゲオルゲに跨って交わりを強要する。ゲオルゲが果てると、ありとあらゆる技巧を用いて勃たせて犯し続けた。
 最早、二人は部屋から出る事は無くなった。食事は部屋に運ばせて取り、排せつも部屋の中に汚物を入れる壺を持ってこさせてする。湯と布を運ばせて部屋の中で体を洗い、使用人が部屋を掃除する側で交わり続ける。以前のアスパシアは執務の為に部屋を出る事は有り、部屋から出なくても部屋の中で執務を行った。だが、このころは執務を放置するようになっていた。
 二人は、性臭の充満した部屋の中で狂態を繰り返していた。

 ゲオルゲは寝台の上に横たわっていた。既に時間の感覚は無い。監禁された当時は窓から見える太陽や星で日時を計り、数えていたが、アスパシアの狂態に晒されているうちに止めてしまった。監禁されてからどれだけの時間が過ぎたのか分からない。
 ゲオルゲは、ぼんやりと天井を眺めていた。何も考える気が起こらない、考える事に意味を見いだせない。共にいる魔物女と抱き合う事しかやる事は無い。ならば考えても無駄だ。
 横たわるゲオルゲの横に、荷物が置かれた。ゲオルゲが気怠げに見ると、服と荷物が置かれていた。
「それを持ってここから出て行きなさい。私は追わないから」
 アスパシアは、背を向けたまま言った。
「ゲオルゲは、これで自由よ」
 アスパシアは呟くように言うと、力なく部屋から出て行こうとする。強大な存在感を持っていた魔物女は、今は蜻蛉のように頼りが無い。
 ゲオルゲは、部屋の外へ消えていくアスパシアを、ただぼんやりと眺めていた。

 ゲオルゲは、宿の部屋で酒を飲んでいた。アスパシアの渡した物の中には、金貨が重たいほど入っていた。遠国へ旅も出来るし、何年でも遊び暮らす事が出来る金だ。ゲオルゲは、アスパシアの領内にある宿に泊まり酒を飲み続けていた。
 ゲオルゲは自由になったはずだ。荷物の中には、魔王領と親魔物国を旅する事が出来る通行書があった。アスパシアの領内に留まる必要は無い。何故アスパシアがゲオルゲを解放したかは分からないが、知らなくても出て行く事は出来るはずだ。だが、ゲオルゲは去る気が起らず、城を出てからこの宿に留まり続けていた。
 俺は自由になったはずだ、何故ここにいる?ゲオルゲは自問を続ける。俺は拘束を嫌ったはずだ。その為に逃げ出した。なのに、何故ここに留まり続ける?
 ゲオルゲは、自分が望んで来たものを思い浮かべようとした。流浪する必要が無い定住出来る生活。金に恵まれて雨露をしのぎ飢える事の無い生活。差別や迫害を受ける事の無い生活。拘束される事の無い自由な生活。ゲオルゲは声を立てずに笑う。
 自由とは何だ?さ迷い続ける自由か?不自由とは何だ?拘束される事か?さ迷うか拘束されるか、どちらかを選ばなくてはならないのか?野垂れ死にしたくなければ、自分の命と魂を人に預けなくてはならないのか?解放とは、世界に居場所が無くなる事を意味するのか?
 ゲオルゲは酒をあおった。喉をきつい酒が流れ落ちていく。だが、いくら飲んでも酔う事が出来なかった。

 ゲオルゲは城の前に立った。二度と戻らぬはずの城の前だ。門を警護する城兵は、無言でゲオルゲを通した。城兵の横を、無表情のゲオルゲが通り過ぎる。
 すれ違う城兵や使用人達は、表情を浮かべずに無言のままゲオルゲを見送った。ゲオルゲは、石造りの廊下を歩き、城の階段を上がり続ける。ゲオルゲの規則的な足音が、城の中に響く。
 ゲオルゲは扉の前に立った。ゲオルゲが監禁され続けていた部屋の扉だ。この部屋の中には狂気が充満していたはずだ。ゲオルゲは、無表情のままドアを叩く。部屋の中から答えは無い。ゲオルゲは無言で扉を開く。
 部屋の中には、一人の魔物女がいた。寝台に腰を掛けて無表情にゲオルゲを見つめている。青と赤の目が、ゲオルゲを見つめている。
「なぜ戻って来たの?ここへ戻って来てはいけないはずよ。もう二度と出る事は出来ないのだから」
 ゲオルゲは、女の言葉に応える事無く部屋の中へと歩いて行く。寝台の前で止まり、いくつもの魔物が合わさっている女を見下ろす。
 女は立ち上がり、何も言わずにゲオルゲを抱きしめる。女の感触と匂いが、ゲオルゲの体を包みこむ。女の腕は、体は、ゲオルゲを捕まえて離さない。女はゲオルゲの体を確かめるように撫で回し、口からは掠れた喘ぎ声を出す。
 ゲオルゲは、彼の本当の名をアスパシアに囁く。真の名を教える事は、自分を制約する事となる。アスパシアは、震えながら告げられた名を繰り返す。
 ゲオルゲと名乗っていた男は気付いていた。自分は自由を失った事を。
 永遠に。
15/01/26 23:53更新 / 鬼畜軍曹

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