氷雪の中で
一面に白の世界だ。轟音を立てて風と共に雪が叩き付けられ、雪原を行く者の命を取ろうとする。辺りに雪と風をさえぎる物は無く、白い暴力は妨げられる事無く荒れ狂う。
その白い地獄の中に、一人の男がいた。粗末な服を纏った男は、雪と風に叩きのめされてまともに歩く事も出来ない。酷寒がすでに彼の生命を奪おうとしている上に、風と雪が止めを刺そうとしている。
雪の中に男が倒れた。暴風が男を笑うような音を立てる。倒れた男の残り少ない生命を、風と雪が容赦なく削り取っていく。体温が奪われ、生命が奪われる事を恐怖の中で男は自覚した。
クズにふさわしい末路だ。男は嗤う。まともに人を殺す事も出来ずに逃げ出したクズは、野垂れ死にする事が相応しいのだ。男は、自分と自分の人生を嗤い続ける。
嗤いながら男は意識を失った。男の嗤いを気にする事も無く、風と雪は吹きすさぶ。この雪原では、人一人の死など意味は無い。男の姿は、大雪原の中に埋もれようとしている。
雪の中に、青白い影が現れた。影は人の形を作り、女の顔を現す。氷でできたかのような青白い女は、倒れ伏した男の前に立つ。温かみの無い麗貌は、感情を表すことなく男を見下ろしていた。
男は、氷に囲まれた所で目を覚ました。氷の中に部屋があり、その部屋にある寝台で寝ていた。部屋は天井、壁、床が青白い氷で出来ている。氷で出来たランプのような物が有り、その中から青い光が放たれている。
男は、自分の境遇をいぶかしむ。部屋は寒く、自分の体も冷えている。だが、凍えてはいない上に凍傷は無い。自分の体は雪原で酷寒により破壊されたはずであり、体中に凍傷が出来ているはずだ。だが、自分の体の感触は正常であり、凍傷にかかっている様子は無い。
男は頭を振る。そもそも、あの雪原で助けられるはずは無いのだ。人の踏み込まぬ死の雪原なのだから。
「気が付いたようだな」
感情の欠落した冷たい声がした。声の方を向くと、氷の彫像があった。思わず声を上げそうになるのを抑えて、男は彫像を観察する。氷の様な服を着ているために彫像に見えるが、所々が青白い肌が露出しており彫像ではないと分かる。だが、人間でもない。若い女の顔をしてはいるが、人間とは存在感が違いすぎる。
男の頭に一つの伝説がよみがえる。まさか、氷の精霊か？酷寒の大雪原の果てに「氷の宮殿」があると言う。そこには「氷の女王」と呼ばれる者が住み、彼女には氷の精霊たちが仕えていると言われている。俺がいる所は氷の宮殿なのか？
「女王陛下の命令でお前を保護した。お前の凍傷は直した。この氷の宮殿ではお前が凍え死ぬ事は無い。食事もやる。十日後に吹雪を止めて、雪原の南へ連れて行ってやる。女王陛下に感謝しろ」
氷そのものが喋っているかの様に、女の声に温かみは無い。整った顔にはいかなる感情も浮かんでいない。男は、女に対して嫌悪感を覚える。
「私の名はスヴィトラーナだ。お前の名は？」
「フォーカだ」
男は、女と同様にそっけない答え方をする。命の恩人だとは分かっていたが、嫌悪を抑える事は出来ない。第一、助かりたくはなかった。
「食事を持ってくる、待っていろ」
スヴィトラーナと名乗った人ならざる者は、人間味の無い声で言い捨て、部屋から出て行った。
吹雪を止めると言う日まで、フォーカは氷の宮殿にとどまった。吹雪だけでなく、フォーカの治療のためにもそれだけの日数が必要だ。凍傷は治してもらったが、体力を回復させる必要がある。
フォーカは、あてがわれた部屋でほとんどの時間を過ごした。部屋からなるべく出ないように、スヴィトラーナから命じられているからだ。部屋から出る場合は、スヴィトラーナが付き添って監視する。フォーカは、青白い氷の壁や天井、そして外の白い吹雪を見て過ごした。氷の部屋であり気温は低いが、フォーカが凍えるような事は無い。スヴィトラーナが、フォーカが凍えないように処置をしたのだ。
スヴィトラーナは、フォーカに対して冷淡な態度を取った。感情の欠落した表情と喋り方で、フォーカに対して一方的に命令した。フォーカの言う事は、ほとんど無視した。スヴィトラーナの話では、彼女がフォーカを大雪原で助けたらしい。だが、雪原で倒れた者を助けよと女王から命じられている為であり、彼女の意思で助けた訳ではないそうだ。
フォーカは、スヴィトラーナに対して強い嫌悪感を持った。スヴィトラーナのフォーカに対する態度は、物扱いだ。いくら助けてくれた恩人でも、スヴィトラーナの態度は我慢出来無いものだ。フォーカは、スヴィトラーナに対して最低限の事しか話さず、話す時は睨み付けるか顔をそむけた。
氷の宮殿で不快な時を過ごしている内に、フォーカは雪原で凍え死にしそうになった理由を思い返していた。
フォーカは農奴だ。領主の命令で畑を耕し、労役に就いて生きて来た。毎日領主の臣下に鞭打たれ罵声を浴びせられ、過重な労働を強要されてきた。飢えと寒さと痛みに苦しむ日々だった。
フォーカは、生まれた時から温かみのある扱いを受けた事は無い。フォーカ同様に農奴である両親は、フォーカを邪険に扱った。他の農奴達は、フォーカを馬鹿にして虐げた。弱者の敵は弱者である事を、フォーカは体で思い知った。生まれてから、味方など一人もいない。
身も心も凍える日々の中で、フォーカは斧を手に入れた。フォーカは、斧を握りしめながら一つの決意をした。復讐をする事を。
フォーカが氷の宮殿に運ばれてきてから十日がたった。スヴィトラーナが言ったとおりに、この日は吹雪がやんで晴れ渡った。窓からは、日に照らされた白雪が光る様が見える。空の青と白雪の組み合わせがまぶしいくらいだ。
フォーカは、スヴィトラーナに連行されて氷の宮殿の外に出た。フォーカは、スヴィトラーナから渡された防寒用の服を着ている。宮殿の外には橇が置いてあり、橇には白熊が繋がれている。犬では無く白熊が橇を引くらしい。
フォーカは、後ろを振り返って氷の宮殿を見た。青空の下で、青氷で出来た宮殿が日の光に照らされて輝いている。複雑な左右対称の形の宮殿は、青空と白雪を背景とした緻密な芸術品の様に見える。フォーカが仕えている領主は、農奴から搾り取った金で豪奢な館を築いているが、その館ですらこの宮殿に比べれば掘立小屋に見える。
「何をしている？グズグズするな」
そりに乗ったスヴィトラーナが、冷たく命じる。フォーカは舌打ちをすると、橇に乗り込む。スヴィトラーナは、白熊に鞭を当てると橇を走らせた。
フォーカは、大雪原を南に抜けた所にある村に下ろされた。スヴィトラーナから、いくらかの食糧と金を渡される。スヴィトラーナは、フォーカが礼を言うのを待たずに橇を走らせて去っていった。
フォーカは、スヴィトラーナに舌打ちをすると、今自分がいる場所を確かめた。フォーカを支配していた領主の領地の東にある村だ。夜明けでまだ薄暗く、人は出ていない。フォーカが住んでいた村まで、この村から歩いていく事が出来る。
フォーカは夜が明けると鍛冶屋に行き、スヴィトラーナからもらった金で斧を買った。この斧で、成し遂げる事の出来なかった事を成そうとしているのだ。
フォーカの瞼の裏に、スヴィトラーナとの雪原の走行が思い浮かぶ。氷の精霊が、白熊に惹かれた橇を操り大雪原を走り渡る。伝説の光景そのものだった。フォーカは、頭を振って伝説の光景を振り払う。
氷の宮殿の伝説は終わったのだ。俺は現実に戻って来たのだ。俺は、成すべき事を成さねばならない。俺の人生にケリをつけるために。
フォーカは、唇を歪めて笑った。俺は、今度こそ殺戮を徹底的にやらねばならない。もう、逃げ出すわけにはいかない。
フォーカは、虐げられ続けた為に復讐をする事を決意した。自分を虐げた領主の部下に、領主の犬になって自分を虐げた農奴に、虐げられっぱなしの自分に、糞以下の自分の人生に復讐する事を決意したのだ。
領主の部下の隙をついて、フォーカは斧を盗み出した。その斧を使って復讐をしようとした。フォーカは、斧を手にしてある男の背後に忍び寄る。その男は農奴であり、領主の部下からもらった豚肉を貪り食っていた。その農奴は領主の部下に媚びへつらい、フォーカを初めとする他の農奴を棒で殴っていた。フォーカが殺そうとしているのは農奴だ。領主でも領主の部下でもない。弱者の敵は弱者だ。
フォーカは、男の頭に斧を振り下ろした。血と脳漿が飛び散り、呻き声を上げて男は倒れる。倒れた男に、フォーカは繰り返し斧を振り下ろす。頭が砕けて割れた脳が飛び散り、白雪に醜いまだら模様を作る。砕けて赤黒い物体となった頭は、冷気の中で湯気を上げた。
男が死んだ事を確認すると、フォーカは次の獲物へと移った。ある男の住んでいる小屋に忍び込み、その男の頭を砕こうとする。その男も農奴であり、フォーカを初めとする他の農奴を領主の部下に密告していた。その功績として、他の農奴よりもマシな小屋に住む事が出来る。標的の農奴は、暖炉の前で眠っていた。フォーカの小屋の粗末な暖炉と違い、暖を取る事が出来る物だ。
フォーカは、音を立てずに農奴の頭に斧を振り下ろす。部屋の中に砕けた頭の破片が飛び散る。繰り返し斧が振り下ろされ、脳漿と血、肉片が部屋に飛び散り、赤黒い模様を作る。砕けた頭から、濃厚な臭気が立ち上った。
フォーカの後ろで、けたたましい女の喚き声が上がった。農奴の女が喚き声を上げている。その女は密告者である農奴から食い物を貰って、農奴と関係を結んでいた。体を交えて食料をせしめようとした所で、フォーカと鉢合わせたのだ。
フォーカは、その女を殺そうとする。女は、金切り声を上げながら逃げ出す。フォーカは、戸口から出た女の背に斧を振り下ろす。血が飛び散り、女は屠殺される豚のような喚き声を上げる。止めを刺そうとして、女の背に繰り返し斧を叩き込む。
村の家々から、農奴達が飛び出て来た。手に棍棒や農具を持って、殺戮の予感に震えながら飛び出して来る。
フォーカは、村人達と殺し合いをするつもりだった。だが、村人の加虐心を露わにした表情と、手にした武器に怯えて逃げ出してしまう。戻って村人達と殺し合いをしなければならないと考えながらも、体は無様に逃走し続ける。怯えてしまった自分を憎み、嗤いながら逃げた。
雪の中を無茶苦茶に逃げ出し、生きて帰る者はいないと言う大雪原に逃げ込んだ。後ろから村人達の悪意に満ちた笑い声が聞こえる。フォーカは、笑い声に追い立てられるように大雪原を走り回り、やがて吹雪の中に倒れた。スヴィトラーナが助けなければ、フォーカは雪原で朽ち果てていただろう。
フォーカは道を迂回して、村の裏にある小山から村に入った。殺人を犯したフォーカは、村人に見つかる訳にはいかない。夜になるまで隠れ、暗闇に紛れて動き出す。家々に火を付け、出て来た所を斧で叩き殺す。自分が殺されるまで殺し続ける。
今度こそ逃げ出すわけにはいかない。村人を殺し、自分が殺される事で復讐は終わる。自分の糞以下の人生にケリを付ける事が出来るのだ。フォーカは、唇を噛みしめながら自分に言い聞かせる。
フォーカは恐怖を抑え付けながら、家に火を付けようとする。そこへ近くから馬鹿笑いが聞こえて来た。フォーカは思わず体を震わせる。身を潜めながら様子を窺うと、領主の部下とその犬である農奴が、共に酔っぱらって道でふらついていた。
思わぬ機会があるな。フォーカは笑う。フォーカは、震えを抑えながら二人の背後から忍び寄る。二人とも酔ってまともに歩けていない。警戒心など無い。フォーカが死んだと思い、もはや警戒する必要は無いと考えているのだろう。二人を容易く始末する事が出来る。
二人の背後から、フォーカは斧を振りかざす。フォーカは、口に笑みが浮かぶ事を抑えられない。斧を振り下ろそうと手に力が入る。
フォーカの後頭部に衝撃が走った。フォーカの体から力が抜け、崩れ落ちる。フォーカが意識を失う直前に見た物は、氷で出来ているような女の姿だ。
フォーカが意識を取り戻した所は、氷に囲まれた部屋だ。氷の宮殿内の部屋だとフォーカには分かる。部屋の中にはスヴィトラーナが居た。
「お前と別れて直ぐに、お前の後を付けた。お前が殺人を繰り返すか否か確認するためにだ。お前は人間の世界でいるべきでは無いと分かった。お前は氷の宮殿に閉じ込める事にする。お前は、この先女王陛下に仕えるのだ」
スヴィトラーナは、抑揚のない声で話した。相変わらず顔にはいかなる表情も浮かんでいない。
フォーカは、何も言わずにそばに置いてあった水差しを投げつけた。スヴィトラーナは、無造作に手を振り水差しを払いのける。スヴィトラーナの口から冷気が放たれ、冷気を浴びたフォーカの右腕は動きを止める。
「お前の指導は私がやる。明日から始めるから、今日は休め。逃げようとしても無駄だ。雪原を人間だけで抜け出す事は不可能だ」
そっけなく言い捨てると、スヴィトラーナは部屋から出て行く。後には、腕を抑えて呻くフォーカが残された。
フォーカは、スヴィトラーナの指導の下、女王の召使いとして働く事となった。スヴィトラーナの命令で雑用をこなす日々を送るのだ。
スヴィトラーナは、無感情な態度と言葉でフォーカを指示した。すべき事とそのやり方を、氷のような態度と言葉で説明する。フォーカが反抗すると冷気を浴びせた。
フォーカは、憎悪に歯ぎしりしながら作業をこなしていく。スヴィトラーナへの嫌悪は憎悪へ変わっていた。我慢できずに、スヴィトラーナに椅子を叩き付けた事もある。スヴィトラーナは難なくかわすと、フォーカに冷気を浴びせた。
フォーカは、憎悪を抱えながら氷の宮殿で働き続けた。だが、半年たつ頃にはフォーカの考えは変わって来た。スヴィトラーナの命じる作業は、農奴だった頃に比べれば楽である。フォーカを潰してしまうような働かせ方はしない。スヴィトラーナの命令も、言葉が少ないため分かりにくいが、きちんと理のあるものだ。
氷の精霊達に対するフォーカの考えも変わって来た。フォーカは働く際に、スヴィトラーナ以外の氷の精霊も目にする。彼女達は、スヴィトラーナ同様に冷たくそっけない。氷そのものの様な女達だったが、フォーカを虐げるような事は無い。フォーカが作業や生活で困っていると、感情の窺えない態度で教えてくれる事もある。
氷の精霊どもは、人間よりもマシではないのか？フォーカは、自分を虐げて来た人間と比べてそう思う様になって来た。氷の宮殿での生活は、農奴として暮らしていた頃よりも楽だ。この生活は悪くない、フォーカはそう思う様になっていた。
ただ、気になる事が有る。スヴィトラーナは、執拗にフォーカを見ているのだ。初めは自分を監視するためだと思っていた。その後は、自分を指導するために責任感から見ているのだと思った。だが、それにしては執拗すぎる。氷のような眼差しを、無言のまま自分に突き立て続ける。日が経つにつれて酷くなり、今ではスヴィトラーナが自分を見ていない時間の方が少ないくらいだ。
フォーカは、スヴィトラーナの視線で貫かれ続けている感じがした。
フォーカは作業を終わり、寝台に横たわろうとした。寝台は質の良い物であり、農奴時代にフォーカが使っていた粗悪な物とは違う。フォーカは、寝台に入る事を楽しみにしていた。氷の部屋は冷えているが、氷の精霊が掛けた処置によって寒さは苦にならなくなっている。その為、安眠を取る事が出来る。
フォーカは、刺すような視線を感じた。スヴィトラーナか、いつもの事だ。フォーカは溜息をつく。
背に冷えた感触が襲った。フォーカは驚いて振り向く。スヴィトラーナは、フォーカの背を抱きしめていた。
「どういうつもりだ？」
動揺を口に出しそうになる事を抑えて、フォーカは詰問する。スヴィトラーナは、何も言わずに抱きしめ続ける。フォーカは振り解こうとするが、スヴィトラーナはしっかりと抱きしめていて振り解けない。
スヴィトラーナの体は、氷の精霊らしく冷たい。だが、人間の女の様な柔らかさが有る。背に胸の柔らかさを感じる。
フォーカは、女を抱いた経験は無い。フォーカを相手にする女はいなかったし、女を買う金もなかった。その為に、女への渇望は人一倍強い。だが、スヴィトラーナに対しては、フォーカは欲望を持たなかった。彼女の人間味の無い態度と言葉に、欲情する事が出来なかった。それが今、スヴィトラーナの体を感じて激しい性欲を覚えるのだ。
フォーカは振り返り、スヴィトラーナを強く抱きしめた。
フォーカとスヴィトラーナは、口を重ね合った。スヴィトラーナの薄い唇は冷たいが、氷菓子のような甘さがある。フォーカは、精緻な氷細工を思わせるスヴィトラーナの顔に自分の顔を重ねて、口を貪り続ける。
口を離すと、二人の間に透明な橋が出来た。フォーカの唾液の為か、その橋は氷の部屋の中で湯気を立てている。
スヴィトラーナは跪き、フォーカのズボンに手を掛けた。フォーカのズボンを下ろしてペニスを露出させる。ペニスはすでに屹立しており、スヴィトラーナの鼻先に突き出される。スヴィトラーナはペニスに口付け、舌を這わせ始めた。フォーカのペニスの先端からは、透明な液が漏れてくる。スヴィトラーナは、舌で液を舐め取っていく。
スヴィトラーナは立ち上がり、胸や下腹部、手足を覆う氷の服を脱ぎ捨てた。染み一つない青白い肌が露わとなり、室内の照明に照らされて輝く。氷の彫像の様な裸身だ。スヴィトラーナの下腹部からは、透明な液がこぼれて内股を濡らしている。
フォーカは、上着を脱ぎ捨てて裸となる。スヴィトラーナを抱きしめ、その素肌の感触を味わう。すべらかで冷たい体は、フォーカの熱い体と重なり合う。
スヴィトラーナはフォーカのペニスを手に取り、自分のヴァギナへと誘導した。固い肉の棒を、毛に覆われていない濡れた穴の中に飲み込んでいく。
スヴィトラーナの中はひんやりとしていて、熱い肉棒を覚ましている。柔らかい肉がフォーカのペニスを包み込み、柔らかく愛撫した。フォーカは、耐える事が出来ずに激しく中へと突き入れる。氷の精霊の体は、獣じみた男の体の動きを受け止める。
フォーカは、スヴィトラーナの胸に舌を這わせた。冷たく柔らかい肌の上に、熱を持った舌を這わせていく。スヴィトラーナの体は汗が無く、味は感じられず動物的な匂いもしない。ただ、微かな香気がした。
スヴィトラーナの中で動き続けるフォーカは、限界へと高まって来た。フォーカに合わせるスヴィトラーナの動きも、欲望の放出を促す。出していいかと尋ねるフォーカに、スヴィトラーナは肉襞で締め付け、動きを激しくする事で答える。
フォーカは、スヴィトラーナの中で弾けた。人間男の中から氷の精霊の中へ生命の液が放出される。中を液で撃ち抜かれた瞬間に、感情の欠落した氷の精霊の表情に震えが走る。フォーカはその震えに興奮し、熱い生命の液を放ち続けた。腰から背へと快楽が走り、フォーカの全身も震え始める。
二人は抱き合いながら、体を走り抜ける震えに身を任せていた。
二人は寝台の上に横たわっていた。スヴィトラーナは、フォーカの左腕の上に顔を乗せている。表情はいつも通りの無表情だが、フォーカの体と重なっている体は柔らかい。スヴィトラーナのヴァギナからは白濁液がこぼれ、刺激臭と共に湯気を立てている。フォーカが何度も注ぎ込んだのだ。
「なぜ、俺と交わったのだ？」
フォーカの質問に、スヴィトラーナは答えない。
「面白い物を見せてやろう」
スヴィトラーナは、部屋にある氷の鏡に手をかざす。鏡の中に、大勢の人が映り出した。豪奢な衣装を着た領主とその家族、制服を着た領主の部下達、みすぼらしい格好をした農奴達だ。彼らは、黒い毛皮の制服を着た王都の兵士達に連行されている。
「奴らは、不正が暴露されて逮捕されたのだ」
スヴィトラーナの話では、領主は王都への税の申告を改ざんしたらしい。実際に取り立てた税よりも少なく申告し、差額を懐に入れたのだ。その証拠となる帳簿をスヴィトラーナが見つけ出し、王都から来た監察官の前に投げ出したのだ。
監察官は、領主が農奴を虐殺しても気に留めない。農奴を甘やかさずに管理しており良い事だと称賛するくらいだ。だが王都に送る税を誤魔化したとなると、話は別だ。監察官は王都に報告し、王都は兵士を派遣して領主とその部下達、そして不正に協力した農奴達を逮捕した。
領主が逮捕されると農奴達は、領主の部下とその協力者の農奴を次々と告発した。もはや領主とその部下に従う必要は無く、加虐心を露わにして告白したのだ。同じ農奴同士でも憎み合っており、他の農奴を領主の不正に協力したと告発しまくる。領主の部下達の間でも対立が有り、他の部下を情熱的に告発する。もちろん彼らは、農奴達も次々と告発した。領内は告発が荒れ狂い、王都は派遣する監察官と兵士を増員して逮捕に励んだ。その領内は、国中で笑いものになっている。
「逮捕された者達は、東にある流刑地で強制労働をさせられる。そこは酷寒の地であり、人間には厳しい所だ」
スヴィトラーナは薄く笑う。
フォーカはぼんやりとした顔をしていたが、次第に満面に笑みが広がる。
「お前は、逃げ出した村へ戻り復讐しようとした。お前の臆病心は克服されたのだ。もう、気に病む必要は無い。人を殺す必要もない」
スヴィトラーナは、静かに言う。
フォーカは礼を言おうとしたが、照れ隠しに顔をそむけた。そして先ほどの質問を繰り返す。
「なぜ、俺と交わったのだ？」
顔をそむけたまま尋ねるフォーカを、スヴィトラーナは無表情に見つめる。
「お前と交わりたかったからだ、それだけだ」
スヴィトラーナは無感情な声で言った。
フォーカは仕事を終えて、自室の寝台に座っていた。冬の大祭の準備が有り忙しかったのだが、今日の予定分を何とか終わって自室で休めたのだ。緊張をほぐして深く息をつく。
フォーカの左隣には、柔らかく温かな感触が有る。スヴィトラーナが寄り添っているのだ。スヴィトラーナも仕事を終えて、フォーカと共にいる。先ほどまで共に、熊の冷肉で食事をしていた。氷の精霊の食事は人間とは違うのだが、スヴィトラーナはフォーカに付き合って人間の食事をする事もある。フォーカは、スヴィトラーナと交わり続けた事でインキュバス化して、氷の宮殿で冷肉を食べても平気な体となった。食事の後で、チョウザメの卵の塩漬けをつまみにして酒を飲んでいるのだ。
フォーカの体は、冷たさに慣れてしまった。氷の宮殿で暮らす者の宿命ともいえる事だ。だが、自分の中に温かなものが有る様な気がする。気のせいかもしれないが、フォーカにはそう感じられる。農奴として暮らしていた頃の凍える感じは、もうない。凍えたとしてもスヴィトラーナで温まる事が出来る。
スヴィトラーナの体は、以前と同じ柔らかさに加えて温かみがある。フォーカと交わり続けた為に、氷の精霊であるスヴィトラーナは他の魔物と同様に温かな体を持つようになった。
「いつか南に行ってみたいな」
スヴィトラーナは呟くように言う。
「なぜ、南に行きたいのだ？」
フォーカは、氷の精霊の体を抱きながら訪ねる。
「この地に春は無い。私は、春を見てみたいのだ。氷の精霊の体では難しいが、不可能という訳ではない」
スヴィトラーナは、言葉を止めると呟くように言う。
「お前と共に春を…」
言葉を切ると、スヴィトラーナは顔を背ける。フォーカからは、スヴィトラーナの顔は見えない。
フォーカは何も言わずに、スヴィトラーナを抱き寄せた。
その白い地獄の中に、一人の男がいた。粗末な服を纏った男は、雪と風に叩きのめされてまともに歩く事も出来ない。酷寒がすでに彼の生命を奪おうとしている上に、風と雪が止めを刺そうとしている。
雪の中に男が倒れた。暴風が男を笑うような音を立てる。倒れた男の残り少ない生命を、風と雪が容赦なく削り取っていく。体温が奪われ、生命が奪われる事を恐怖の中で男は自覚した。
クズにふさわしい末路だ。男は嗤う。まともに人を殺す事も出来ずに逃げ出したクズは、野垂れ死にする事が相応しいのだ。男は、自分と自分の人生を嗤い続ける。
嗤いながら男は意識を失った。男の嗤いを気にする事も無く、風と雪は吹きすさぶ。この雪原では、人一人の死など意味は無い。男の姿は、大雪原の中に埋もれようとしている。
雪の中に、青白い影が現れた。影は人の形を作り、女の顔を現す。氷でできたかのような青白い女は、倒れ伏した男の前に立つ。温かみの無い麗貌は、感情を表すことなく男を見下ろしていた。
男は、氷に囲まれた所で目を覚ました。氷の中に部屋があり、その部屋にある寝台で寝ていた。部屋は天井、壁、床が青白い氷で出来ている。氷で出来たランプのような物が有り、その中から青い光が放たれている。
男は、自分の境遇をいぶかしむ。部屋は寒く、自分の体も冷えている。だが、凍えてはいない上に凍傷は無い。自分の体は雪原で酷寒により破壊されたはずであり、体中に凍傷が出来ているはずだ。だが、自分の体の感触は正常であり、凍傷にかかっている様子は無い。
男は頭を振る。そもそも、あの雪原で助けられるはずは無いのだ。人の踏み込まぬ死の雪原なのだから。
「気が付いたようだな」
感情の欠落した冷たい声がした。声の方を向くと、氷の彫像があった。思わず声を上げそうになるのを抑えて、男は彫像を観察する。氷の様な服を着ているために彫像に見えるが、所々が青白い肌が露出しており彫像ではないと分かる。だが、人間でもない。若い女の顔をしてはいるが、人間とは存在感が違いすぎる。
男の頭に一つの伝説がよみがえる。まさか、氷の精霊か？酷寒の大雪原の果てに「氷の宮殿」があると言う。そこには「氷の女王」と呼ばれる者が住み、彼女には氷の精霊たちが仕えていると言われている。俺がいる所は氷の宮殿なのか？
「女王陛下の命令でお前を保護した。お前の凍傷は直した。この氷の宮殿ではお前が凍え死ぬ事は無い。食事もやる。十日後に吹雪を止めて、雪原の南へ連れて行ってやる。女王陛下に感謝しろ」
氷そのものが喋っているかの様に、女の声に温かみは無い。整った顔にはいかなる感情も浮かんでいない。男は、女に対して嫌悪感を覚える。
「私の名はスヴィトラーナだ。お前の名は？」
「フォーカだ」
男は、女と同様にそっけない答え方をする。命の恩人だとは分かっていたが、嫌悪を抑える事は出来ない。第一、助かりたくはなかった。
「食事を持ってくる、待っていろ」
スヴィトラーナと名乗った人ならざる者は、人間味の無い声で言い捨て、部屋から出て行った。
吹雪を止めると言う日まで、フォーカは氷の宮殿にとどまった。吹雪だけでなく、フォーカの治療のためにもそれだけの日数が必要だ。凍傷は治してもらったが、体力を回復させる必要がある。
フォーカは、あてがわれた部屋でほとんどの時間を過ごした。部屋からなるべく出ないように、スヴィトラーナから命じられているからだ。部屋から出る場合は、スヴィトラーナが付き添って監視する。フォーカは、青白い氷の壁や天井、そして外の白い吹雪を見て過ごした。氷の部屋であり気温は低いが、フォーカが凍えるような事は無い。スヴィトラーナが、フォーカが凍えないように処置をしたのだ。
スヴィトラーナは、フォーカに対して冷淡な態度を取った。感情の欠落した表情と喋り方で、フォーカに対して一方的に命令した。フォーカの言う事は、ほとんど無視した。スヴィトラーナの話では、彼女がフォーカを大雪原で助けたらしい。だが、雪原で倒れた者を助けよと女王から命じられている為であり、彼女の意思で助けた訳ではないそうだ。
フォーカは、スヴィトラーナに対して強い嫌悪感を持った。スヴィトラーナのフォーカに対する態度は、物扱いだ。いくら助けてくれた恩人でも、スヴィトラーナの態度は我慢出来無いものだ。フォーカは、スヴィトラーナに対して最低限の事しか話さず、話す時は睨み付けるか顔をそむけた。
氷の宮殿で不快な時を過ごしている内に、フォーカは雪原で凍え死にしそうになった理由を思い返していた。
フォーカは農奴だ。領主の命令で畑を耕し、労役に就いて生きて来た。毎日領主の臣下に鞭打たれ罵声を浴びせられ、過重な労働を強要されてきた。飢えと寒さと痛みに苦しむ日々だった。
フォーカは、生まれた時から温かみのある扱いを受けた事は無い。フォーカ同様に農奴である両親は、フォーカを邪険に扱った。他の農奴達は、フォーカを馬鹿にして虐げた。弱者の敵は弱者である事を、フォーカは体で思い知った。生まれてから、味方など一人もいない。
身も心も凍える日々の中で、フォーカは斧を手に入れた。フォーカは、斧を握りしめながら一つの決意をした。復讐をする事を。
フォーカが氷の宮殿に運ばれてきてから十日がたった。スヴィトラーナが言ったとおりに、この日は吹雪がやんで晴れ渡った。窓からは、日に照らされた白雪が光る様が見える。空の青と白雪の組み合わせがまぶしいくらいだ。
フォーカは、スヴィトラーナに連行されて氷の宮殿の外に出た。フォーカは、スヴィトラーナから渡された防寒用の服を着ている。宮殿の外には橇が置いてあり、橇には白熊が繋がれている。犬では無く白熊が橇を引くらしい。
フォーカは、後ろを振り返って氷の宮殿を見た。青空の下で、青氷で出来た宮殿が日の光に照らされて輝いている。複雑な左右対称の形の宮殿は、青空と白雪を背景とした緻密な芸術品の様に見える。フォーカが仕えている領主は、農奴から搾り取った金で豪奢な館を築いているが、その館ですらこの宮殿に比べれば掘立小屋に見える。
「何をしている？グズグズするな」
そりに乗ったスヴィトラーナが、冷たく命じる。フォーカは舌打ちをすると、橇に乗り込む。スヴィトラーナは、白熊に鞭を当てると橇を走らせた。
フォーカは、大雪原を南に抜けた所にある村に下ろされた。スヴィトラーナから、いくらかの食糧と金を渡される。スヴィトラーナは、フォーカが礼を言うのを待たずに橇を走らせて去っていった。
フォーカは、スヴィトラーナに舌打ちをすると、今自分がいる場所を確かめた。フォーカを支配していた領主の領地の東にある村だ。夜明けでまだ薄暗く、人は出ていない。フォーカが住んでいた村まで、この村から歩いていく事が出来る。
フォーカは夜が明けると鍛冶屋に行き、スヴィトラーナからもらった金で斧を買った。この斧で、成し遂げる事の出来なかった事を成そうとしているのだ。
フォーカの瞼の裏に、スヴィトラーナとの雪原の走行が思い浮かぶ。氷の精霊が、白熊に惹かれた橇を操り大雪原を走り渡る。伝説の光景そのものだった。フォーカは、頭を振って伝説の光景を振り払う。
氷の宮殿の伝説は終わったのだ。俺は現実に戻って来たのだ。俺は、成すべき事を成さねばならない。俺の人生にケリをつけるために。
フォーカは、唇を歪めて笑った。俺は、今度こそ殺戮を徹底的にやらねばならない。もう、逃げ出すわけにはいかない。
フォーカは、虐げられ続けた為に復讐をする事を決意した。自分を虐げた領主の部下に、領主の犬になって自分を虐げた農奴に、虐げられっぱなしの自分に、糞以下の自分の人生に復讐する事を決意したのだ。
領主の部下の隙をついて、フォーカは斧を盗み出した。その斧を使って復讐をしようとした。フォーカは、斧を手にしてある男の背後に忍び寄る。その男は農奴であり、領主の部下からもらった豚肉を貪り食っていた。その農奴は領主の部下に媚びへつらい、フォーカを初めとする他の農奴を棒で殴っていた。フォーカが殺そうとしているのは農奴だ。領主でも領主の部下でもない。弱者の敵は弱者だ。
フォーカは、男の頭に斧を振り下ろした。血と脳漿が飛び散り、呻き声を上げて男は倒れる。倒れた男に、フォーカは繰り返し斧を振り下ろす。頭が砕けて割れた脳が飛び散り、白雪に醜いまだら模様を作る。砕けて赤黒い物体となった頭は、冷気の中で湯気を上げた。
男が死んだ事を確認すると、フォーカは次の獲物へと移った。ある男の住んでいる小屋に忍び込み、その男の頭を砕こうとする。その男も農奴であり、フォーカを初めとする他の農奴を領主の部下に密告していた。その功績として、他の農奴よりもマシな小屋に住む事が出来る。標的の農奴は、暖炉の前で眠っていた。フォーカの小屋の粗末な暖炉と違い、暖を取る事が出来る物だ。
フォーカは、音を立てずに農奴の頭に斧を振り下ろす。部屋の中に砕けた頭の破片が飛び散る。繰り返し斧が振り下ろされ、脳漿と血、肉片が部屋に飛び散り、赤黒い模様を作る。砕けた頭から、濃厚な臭気が立ち上った。
フォーカの後ろで、けたたましい女の喚き声が上がった。農奴の女が喚き声を上げている。その女は密告者である農奴から食い物を貰って、農奴と関係を結んでいた。体を交えて食料をせしめようとした所で、フォーカと鉢合わせたのだ。
フォーカは、その女を殺そうとする。女は、金切り声を上げながら逃げ出す。フォーカは、戸口から出た女の背に斧を振り下ろす。血が飛び散り、女は屠殺される豚のような喚き声を上げる。止めを刺そうとして、女の背に繰り返し斧を叩き込む。
村の家々から、農奴達が飛び出て来た。手に棍棒や農具を持って、殺戮の予感に震えながら飛び出して来る。
フォーカは、村人達と殺し合いをするつもりだった。だが、村人の加虐心を露わにした表情と、手にした武器に怯えて逃げ出してしまう。戻って村人達と殺し合いをしなければならないと考えながらも、体は無様に逃走し続ける。怯えてしまった自分を憎み、嗤いながら逃げた。
雪の中を無茶苦茶に逃げ出し、生きて帰る者はいないと言う大雪原に逃げ込んだ。後ろから村人達の悪意に満ちた笑い声が聞こえる。フォーカは、笑い声に追い立てられるように大雪原を走り回り、やがて吹雪の中に倒れた。スヴィトラーナが助けなければ、フォーカは雪原で朽ち果てていただろう。
フォーカは道を迂回して、村の裏にある小山から村に入った。殺人を犯したフォーカは、村人に見つかる訳にはいかない。夜になるまで隠れ、暗闇に紛れて動き出す。家々に火を付け、出て来た所を斧で叩き殺す。自分が殺されるまで殺し続ける。
今度こそ逃げ出すわけにはいかない。村人を殺し、自分が殺される事で復讐は終わる。自分の糞以下の人生にケリを付ける事が出来るのだ。フォーカは、唇を噛みしめながら自分に言い聞かせる。
フォーカは恐怖を抑え付けながら、家に火を付けようとする。そこへ近くから馬鹿笑いが聞こえて来た。フォーカは思わず体を震わせる。身を潜めながら様子を窺うと、領主の部下とその犬である農奴が、共に酔っぱらって道でふらついていた。
思わぬ機会があるな。フォーカは笑う。フォーカは、震えを抑えながら二人の背後から忍び寄る。二人とも酔ってまともに歩けていない。警戒心など無い。フォーカが死んだと思い、もはや警戒する必要は無いと考えているのだろう。二人を容易く始末する事が出来る。
二人の背後から、フォーカは斧を振りかざす。フォーカは、口に笑みが浮かぶ事を抑えられない。斧を振り下ろそうと手に力が入る。
フォーカの後頭部に衝撃が走った。フォーカの体から力が抜け、崩れ落ちる。フォーカが意識を失う直前に見た物は、氷で出来ているような女の姿だ。
フォーカが意識を取り戻した所は、氷に囲まれた部屋だ。氷の宮殿内の部屋だとフォーカには分かる。部屋の中にはスヴィトラーナが居た。
「お前と別れて直ぐに、お前の後を付けた。お前が殺人を繰り返すか否か確認するためにだ。お前は人間の世界でいるべきでは無いと分かった。お前は氷の宮殿に閉じ込める事にする。お前は、この先女王陛下に仕えるのだ」
スヴィトラーナは、抑揚のない声で話した。相変わらず顔にはいかなる表情も浮かんでいない。
フォーカは、何も言わずにそばに置いてあった水差しを投げつけた。スヴィトラーナは、無造作に手を振り水差しを払いのける。スヴィトラーナの口から冷気が放たれ、冷気を浴びたフォーカの右腕は動きを止める。
「お前の指導は私がやる。明日から始めるから、今日は休め。逃げようとしても無駄だ。雪原を人間だけで抜け出す事は不可能だ」
そっけなく言い捨てると、スヴィトラーナは部屋から出て行く。後には、腕を抑えて呻くフォーカが残された。
フォーカは、スヴィトラーナの指導の下、女王の召使いとして働く事となった。スヴィトラーナの命令で雑用をこなす日々を送るのだ。
スヴィトラーナは、無感情な態度と言葉でフォーカを指示した。すべき事とそのやり方を、氷のような態度と言葉で説明する。フォーカが反抗すると冷気を浴びせた。
フォーカは、憎悪に歯ぎしりしながら作業をこなしていく。スヴィトラーナへの嫌悪は憎悪へ変わっていた。我慢できずに、スヴィトラーナに椅子を叩き付けた事もある。スヴィトラーナは難なくかわすと、フォーカに冷気を浴びせた。
フォーカは、憎悪を抱えながら氷の宮殿で働き続けた。だが、半年たつ頃にはフォーカの考えは変わって来た。スヴィトラーナの命じる作業は、農奴だった頃に比べれば楽である。フォーカを潰してしまうような働かせ方はしない。スヴィトラーナの命令も、言葉が少ないため分かりにくいが、きちんと理のあるものだ。
氷の精霊達に対するフォーカの考えも変わって来た。フォーカは働く際に、スヴィトラーナ以外の氷の精霊も目にする。彼女達は、スヴィトラーナ同様に冷たくそっけない。氷そのものの様な女達だったが、フォーカを虐げるような事は無い。フォーカが作業や生活で困っていると、感情の窺えない態度で教えてくれる事もある。
氷の精霊どもは、人間よりもマシではないのか？フォーカは、自分を虐げて来た人間と比べてそう思う様になって来た。氷の宮殿での生活は、農奴として暮らしていた頃よりも楽だ。この生活は悪くない、フォーカはそう思う様になっていた。
ただ、気になる事が有る。スヴィトラーナは、執拗にフォーカを見ているのだ。初めは自分を監視するためだと思っていた。その後は、自分を指導するために責任感から見ているのだと思った。だが、それにしては執拗すぎる。氷のような眼差しを、無言のまま自分に突き立て続ける。日が経つにつれて酷くなり、今ではスヴィトラーナが自分を見ていない時間の方が少ないくらいだ。
フォーカは、スヴィトラーナの視線で貫かれ続けている感じがした。
フォーカは作業を終わり、寝台に横たわろうとした。寝台は質の良い物であり、農奴時代にフォーカが使っていた粗悪な物とは違う。フォーカは、寝台に入る事を楽しみにしていた。氷の部屋は冷えているが、氷の精霊が掛けた処置によって寒さは苦にならなくなっている。その為、安眠を取る事が出来る。
フォーカは、刺すような視線を感じた。スヴィトラーナか、いつもの事だ。フォーカは溜息をつく。
背に冷えた感触が襲った。フォーカは驚いて振り向く。スヴィトラーナは、フォーカの背を抱きしめていた。
「どういうつもりだ？」
動揺を口に出しそうになる事を抑えて、フォーカは詰問する。スヴィトラーナは、何も言わずに抱きしめ続ける。フォーカは振り解こうとするが、スヴィトラーナはしっかりと抱きしめていて振り解けない。
スヴィトラーナの体は、氷の精霊らしく冷たい。だが、人間の女の様な柔らかさが有る。背に胸の柔らかさを感じる。
フォーカは、女を抱いた経験は無い。フォーカを相手にする女はいなかったし、女を買う金もなかった。その為に、女への渇望は人一倍強い。だが、スヴィトラーナに対しては、フォーカは欲望を持たなかった。彼女の人間味の無い態度と言葉に、欲情する事が出来なかった。それが今、スヴィトラーナの体を感じて激しい性欲を覚えるのだ。
フォーカは振り返り、スヴィトラーナを強く抱きしめた。
フォーカとスヴィトラーナは、口を重ね合った。スヴィトラーナの薄い唇は冷たいが、氷菓子のような甘さがある。フォーカは、精緻な氷細工を思わせるスヴィトラーナの顔に自分の顔を重ねて、口を貪り続ける。
口を離すと、二人の間に透明な橋が出来た。フォーカの唾液の為か、その橋は氷の部屋の中で湯気を立てている。
スヴィトラーナは跪き、フォーカのズボンに手を掛けた。フォーカのズボンを下ろしてペニスを露出させる。ペニスはすでに屹立しており、スヴィトラーナの鼻先に突き出される。スヴィトラーナはペニスに口付け、舌を這わせ始めた。フォーカのペニスの先端からは、透明な液が漏れてくる。スヴィトラーナは、舌で液を舐め取っていく。
スヴィトラーナは立ち上がり、胸や下腹部、手足を覆う氷の服を脱ぎ捨てた。染み一つない青白い肌が露わとなり、室内の照明に照らされて輝く。氷の彫像の様な裸身だ。スヴィトラーナの下腹部からは、透明な液がこぼれて内股を濡らしている。
フォーカは、上着を脱ぎ捨てて裸となる。スヴィトラーナを抱きしめ、その素肌の感触を味わう。すべらかで冷たい体は、フォーカの熱い体と重なり合う。
スヴィトラーナはフォーカのペニスを手に取り、自分のヴァギナへと誘導した。固い肉の棒を、毛に覆われていない濡れた穴の中に飲み込んでいく。
スヴィトラーナの中はひんやりとしていて、熱い肉棒を覚ましている。柔らかい肉がフォーカのペニスを包み込み、柔らかく愛撫した。フォーカは、耐える事が出来ずに激しく中へと突き入れる。氷の精霊の体は、獣じみた男の体の動きを受け止める。
フォーカは、スヴィトラーナの胸に舌を這わせた。冷たく柔らかい肌の上に、熱を持った舌を這わせていく。スヴィトラーナの体は汗が無く、味は感じられず動物的な匂いもしない。ただ、微かな香気がした。
スヴィトラーナの中で動き続けるフォーカは、限界へと高まって来た。フォーカに合わせるスヴィトラーナの動きも、欲望の放出を促す。出していいかと尋ねるフォーカに、スヴィトラーナは肉襞で締め付け、動きを激しくする事で答える。
フォーカは、スヴィトラーナの中で弾けた。人間男の中から氷の精霊の中へ生命の液が放出される。中を液で撃ち抜かれた瞬間に、感情の欠落した氷の精霊の表情に震えが走る。フォーカはその震えに興奮し、熱い生命の液を放ち続けた。腰から背へと快楽が走り、フォーカの全身も震え始める。
二人は抱き合いながら、体を走り抜ける震えに身を任せていた。
二人は寝台の上に横たわっていた。スヴィトラーナは、フォーカの左腕の上に顔を乗せている。表情はいつも通りの無表情だが、フォーカの体と重なっている体は柔らかい。スヴィトラーナのヴァギナからは白濁液がこぼれ、刺激臭と共に湯気を立てている。フォーカが何度も注ぎ込んだのだ。
「なぜ、俺と交わったのだ？」
フォーカの質問に、スヴィトラーナは答えない。
「面白い物を見せてやろう」
スヴィトラーナは、部屋にある氷の鏡に手をかざす。鏡の中に、大勢の人が映り出した。豪奢な衣装を着た領主とその家族、制服を着た領主の部下達、みすぼらしい格好をした農奴達だ。彼らは、黒い毛皮の制服を着た王都の兵士達に連行されている。
「奴らは、不正が暴露されて逮捕されたのだ」
スヴィトラーナの話では、領主は王都への税の申告を改ざんしたらしい。実際に取り立てた税よりも少なく申告し、差額を懐に入れたのだ。その証拠となる帳簿をスヴィトラーナが見つけ出し、王都から来た監察官の前に投げ出したのだ。
監察官は、領主が農奴を虐殺しても気に留めない。農奴を甘やかさずに管理しており良い事だと称賛するくらいだ。だが王都に送る税を誤魔化したとなると、話は別だ。監察官は王都に報告し、王都は兵士を派遣して領主とその部下達、そして不正に協力した農奴達を逮捕した。
領主が逮捕されると農奴達は、領主の部下とその協力者の農奴を次々と告発した。もはや領主とその部下に従う必要は無く、加虐心を露わにして告白したのだ。同じ農奴同士でも憎み合っており、他の農奴を領主の不正に協力したと告発しまくる。領主の部下達の間でも対立が有り、他の部下を情熱的に告発する。もちろん彼らは、農奴達も次々と告発した。領内は告発が荒れ狂い、王都は派遣する監察官と兵士を増員して逮捕に励んだ。その領内は、国中で笑いものになっている。
「逮捕された者達は、東にある流刑地で強制労働をさせられる。そこは酷寒の地であり、人間には厳しい所だ」
スヴィトラーナは薄く笑う。
フォーカはぼんやりとした顔をしていたが、次第に満面に笑みが広がる。
「お前は、逃げ出した村へ戻り復讐しようとした。お前の臆病心は克服されたのだ。もう、気に病む必要は無い。人を殺す必要もない」
スヴィトラーナは、静かに言う。
フォーカは礼を言おうとしたが、照れ隠しに顔をそむけた。そして先ほどの質問を繰り返す。
「なぜ、俺と交わったのだ？」
顔をそむけたまま尋ねるフォーカを、スヴィトラーナは無表情に見つめる。
「お前と交わりたかったからだ、それだけだ」
スヴィトラーナは無感情な声で言った。
フォーカは仕事を終えて、自室の寝台に座っていた。冬の大祭の準備が有り忙しかったのだが、今日の予定分を何とか終わって自室で休めたのだ。緊張をほぐして深く息をつく。
フォーカの左隣には、柔らかく温かな感触が有る。スヴィトラーナが寄り添っているのだ。スヴィトラーナも仕事を終えて、フォーカと共にいる。先ほどまで共に、熊の冷肉で食事をしていた。氷の精霊の食事は人間とは違うのだが、スヴィトラーナはフォーカに付き合って人間の食事をする事もある。フォーカは、スヴィトラーナと交わり続けた事でインキュバス化して、氷の宮殿で冷肉を食べても平気な体となった。食事の後で、チョウザメの卵の塩漬けをつまみにして酒を飲んでいるのだ。
フォーカの体は、冷たさに慣れてしまった。氷の宮殿で暮らす者の宿命ともいえる事だ。だが、自分の中に温かなものが有る様な気がする。気のせいかもしれないが、フォーカにはそう感じられる。農奴として暮らしていた頃の凍える感じは、もうない。凍えたとしてもスヴィトラーナで温まる事が出来る。
スヴィトラーナの体は、以前と同じ柔らかさに加えて温かみがある。フォーカと交わり続けた為に、氷の精霊であるスヴィトラーナは他の魔物と同様に温かな体を持つようになった。
「いつか南に行ってみたいな」
スヴィトラーナは呟くように言う。
「なぜ、南に行きたいのだ？」
フォーカは、氷の精霊の体を抱きながら訪ねる。
「この地に春は無い。私は、春を見てみたいのだ。氷の精霊の体では難しいが、不可能という訳ではない」
スヴィトラーナは、言葉を止めると呟くように言う。
「お前と共に春を…」
言葉を切ると、スヴィトラーナは顔を背ける。フォーカからは、スヴィトラーナの顔は見えない。
フォーカは何も言わずに、スヴィトラーナを抱き寄せた。
15/01/17 21:15更新 / 鬼畜軍曹