ケンタウロスの乗り手
荒れた道の上に、二頭の黒馬と二人の男が倒れていた。いずれにも矢が刺さり、鮮血で濡れている。
彼らに二人の男が近づいて来た。二人とも弓と矢を持ち、倒れている男達を襲撃した者だと分る。一人は憎悪に表情を歪め、もう一人は冷笑を浮かべている。倒れている男達に止めを刺すつもりだ。顔を赤黒く染めた男が、懐から小刀を取り出して刃をぎらつかせた。
風を切る音がした瞬間に、小刀を抜いている男の背に矢が刺さった。もう一人の男は、驚きに表情を引きつらせながら辺りを見回す。見回している最中に、風を切る音と共に胸に矢が刺さる。男は音を立てて倒れた。
倒れている4人の男の所に、蹄の音を響かせながら一人の女が現れた。上半身が人間と同じ姿で、下半身が馬の姿の女だ。女は、険しい表情で男達を見下ろした。
火の爆ぜる音と共に、男は目を覚ました。いきなり起き上がろうとすると、背に激痛が走る。呻き声を抑えられず、男の口からは濁った音が出る。
「無理に起きるな。手当はしたが、大怪我をしているのだぞ」
落ち着いた女の声が、男にかけられる。男は、呻き声を上げ続けながら女を見た。
女は、人間ではなくて魔物だ。上半身は若い娘の姿だが、下半身は茶色の毛並みを持った馬の姿だ。馬の脚を折りたたんで地面に座り、横たわった男を見下ろしている。
「ケンタウロスか」
男は、感情の無い声で呟く。
「ああ、そうだ。魔物に助けられたのは不満なのか?」
「いや、助けてくれたのはありがたい。ただ、なぜ助けてくれたのだ?」
「人が不当に襲われている姿を見れば、助けるのが当然だ」
女の言葉に、男は苦笑する。久しぶりに聞いた正論だ。
「俺の相棒はどうした?」
女の表情が沈んだものとなる。
「お前と一緒に倒れていた男は、死んでいたよ。胸に矢が刺さっていた。埋葬したかったが、お前達を襲撃した連中の仲間が出て来たのでな。お前を連れて逃げるのが精いっぱいだった」
すまんと呟く女に、男は力なく首を横に振る。
「俺達を襲った連中はどうなった?」
「お前達に矢を射た二人は、私が倒した。背と胸に矢を突き立てておいた」
「そいつはいい。奴らが地獄へ行ったと思うと、少しは気が晴れる」
男は、顔を歪めて笑う。
「いいや、奴らに突き立てた矢は魔界銀製だ。死にはしない」
魔界銀は、魔物達の間で使われる武器の材料だ。衝撃は与えるが、命を奪う事は無い。
「殺せばいいものを。そうすれば相棒は浮かばれるし、俺の気も済む」
男は吐き捨てる。
「私は殺しが嫌いなんでね」
女は静かに答える。
「自己紹介が遅れたな。私の名はエウニケ、旅をしている者だ」
「俺の名はデニス。俺も旅をしている者だ」
火に照らされながら、二人は名乗りあった。
デニスは、相棒と商売をやっていた。商売が上手く行き金を手に入れる事が出来て、その金を手に旅に出る事にした。住んでいた西の地を捨てて、東へと旅をする事にしたのだ。この旅のために大型の黒馬を買い、銀で派手に装飾した。自分達も黒色や紫色の服を着て、金銀で自分の体を飾った。
自由を求めて気ままな旅をするつもりだったが、上手く行かなかった。派手な格好をしたよそ者であるデニス達を、行く先々の人々が敵視した。憎悪の眼差しを突付けられ、侮蔑の言葉を叩き付けられるのはまだマシだ。わけのわからない法で捕えられたり、地元住民に夜襲を掛けられたりした。
その挙句、相棒は殺されてデニスは重傷を負ったのだ。
エウニケは、狩人をやっていた。ケンタウロスとして優れた弓の腕を持っており、優秀な狩人だ。
だがエウニケは、生まれた時から魔物だという事で差別を受けていた。エウニケやデニスの住む国は、「自由の国」を自称する中立国だが実際には差別が荒れ狂っている。魔物達は、職業、生活の場で様々な迫害を受けている。エウニケは、そんなこの国に愛想を尽かして魔王領へ旅をする事にした。魔王領ならば、少しはマシな生活が出来ると思ったからだ。狩人として金を稼ぐ事が出来た為、旅の費用は造れた。
エウニケも、行く先々で敵意と憎悪を叩き付けられた。魔物の中でもケンタウロスは目立つ存在だからだ。襲撃された挙句、凌辱されそうになった事もある。襲撃者を掻い潜りながらここまで来ると、デニス達が襲われていたのだ。
「デニスには目的地は無いのか?」
「今のところは無いな」
「では、私と魔王領に行くつもりは無いか?ここよりはマシだと思うぞ」
「魔王領か…」
デニスは考え込む。確かに、このままこの国を旅してもろくな事は無い。それよりも、この国の価値観と根底から違う所へ行くのは面白いかもしれない。もしかしたら、魔物の国は「葉っぱ」をきめるよりも楽しいかもしれない。
「魔王領に行くのは楽しい事かもしれないな。ただ、馬を殺されちまった。馬を手に入れなければ旅は出来ねえ」
デニスの答えに、エウニケは微笑みながら答える。
「では、私に乗ったらどうだ?並の馬よりは動きはいいぞ」
「そりゃあ、ケンタウロスはそこらの馬とは比べ物にはならないが…。いいのか?」
デニスは、ケンタウロスが自分を背に乗せてくれる事に少なからず驚いた。ケンタウロスは、誇り高く気難しい事で知られている。
「デニスは面白そうだ。お前を乗せると退屈する事は無いだろう」
「では、魔王領行きに付き合うよ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
二人は笑い合う。
相棒の死は深く突き刺さったままだが、デニスには笑う力が辛うじて戻っていた。
二人は、明け方にこの地を発つ事にした。デニスを襲撃した者達の勢力圏から、この地は離れていない。すぐに別の地に移動する必要がある。デニスは怪我人だが、急ぐしかない。
明るくなったおかげで、二人の姿がはっきりと見える。デニスは紫色の上衣に同色のズボン着ており、その上に黒のマントを羽織っている。金製の首飾りと指輪を付けていて、腰の剣の柄と鞘も金で装飾されている。この格好をして銀で装飾された大型の黒馬にまたがれば、確かに標的になりやすい格好だ。
エウニケは、精悍さ溢れる彫りの深い整った顔をしており、明るい栗色の髪を後ろに束ねている。贅肉の無い引き締まった体に、動きやすそうな緑色のチュニックを着ている。髪と同じ栗色の毛並みの馬の体は、締まった筋肉によって躍動感溢れている。古代神話の狩人を思わせる魔物娘だ。
デニスは、懐から袋を取り出して中身を調べる。
「鞍の中の金は奴らに奪われたが、こうして懐にいくらか金は移しておいた。これで旅の費用は何とかなるな」
「それは良かった。金はこの先必要だからな」
デニスは金を仕舞うと、エウニケに向かって歩き出そうとした。その瞬間に、デニスは顔をしかめる。
「痛むと思うが我慢してくれ。先を急がなくてはならないのだ」
「大丈夫さ、『葉っぱ』をきめれば痛みは気にならなくなる」
デニスは、呻き声を上げながら懐を探る。探るうちに、その表情が驚愕に変わる。
「おい、俺の『葉っぱ』を何処にやった!」
「あれだったら焼き捨てた」
「焼き捨てただと!」
すまして答えるエウニケに、デニスは喚きたてる。
「何てことしやがる!売ればどれだけ金になると思っているんだ!しかも俺の楽しみを奪うつもりかよ!」
「くだらない物の売り買いは止める事だな。お前も、もっとマシな楽しみを見つける事だ」
喚きたてるデニスに、エウニケは薬草を渡す。
「この薬草は痛み止めだ。これを煎じて飲んだら行くぞ」
「くそったれ!」
デニスは薬草を受け取ると、天を仰いで罵った。
二人は、東南にある国境を目指していた。そこは親魔物国と国境を接しており、親魔物国経由で魔王領に行く事が出来る。
道中は楽しいものだった。デニスにとっては、ケンタウロスに乗るという馬の乗り手にとっては最高の体験ができる。前の黒馬も素晴らしい馬だったが、エウニケに比べれば駄馬に思える。エウニケに乗る自分を他人に見せつける事も快感だ。
エウニケも旅を楽しんでいた。組む相手がいない為にしかたなく一人旅をしていたのだ。そこへデニスというおかしな相棒が出来て、味気なさを感じていた旅に面白さが加わった。
もっとも、楽しいばかりではない。エウニケに『葉っぱ』を禁じられたために、デニスは時折苦痛に苛まれた。エウニケは、魔物娘の商人から『葉っぱ』の禁断症状を抑える薬を入手してデニスに与えていた。
また、二人に対する行く先々での迫害も相変わらずだ。聞えよがしの嘲弄や、怒号や罵声がしつこく浴びせられる。石や汚物を投げつけられ、嘲り笑われる。兵士を初めとする役人や自警団に、因縁を付けられた挙句に監獄へぶち込まれそうになる。そして剣や槍を持った男達に夜襲を掛けられたり、街道で矢を射られたりした。
二人は、ある時は闘いある時は逃げ出した。エウニケは優れた戦士であり、敵の攻撃を巧みによけて的確に反撃した。エウニケは知識も豊富であり、法を振りかざして因縁をつける兵士や自警団に鋭く反論した。エウニケのおかげでデニスが助かった事は、一度や二度ではない。
ただ、エウニケは正攻法や正論を好む傾向がある。そのため、相手が揚げ足を取り細かい事を穿り出すと、引っ掛かる事がある。そんな時は、後ろ暗い事をして生活をしていたデニスが役にたつ。相手を上回る詭弁や論点のすり替えを行い、はったりとコソ泥じみた逃走によって敵をかわした。
二人は、役割分担をしながら旅を続けた。
「あいつら吹っかけやがって!地元の奴らに売る値段の二倍は吹っかけているぞ!」
「買えただけマシさ。品もそれほど悪くは無い」
出て来た店に向かって苛立たしげに吐き捨てるデニスを、エウニケは宥める。もっとも、エウニケも不機嫌な感情は隠せない。
「あいつらのチンポを剣で切り落としてえよ」
デニスは、腰の剣を見下ろして溜息をつく。デニスの持っていた剣は、エウニケによって売り飛ばされた。代わりにエウニケのくれた魔界銀製の剣を、デニスは腰にさしている。
「その剣で奴らの股間を切ったらどうだ?」
「奴らは喜ぶかも知れねえ」
エウニケの冗談に、デニスは苦笑しながら答える。
「お前があいつらに渡した銀貨だが、色つやが少しおかしかったぞ。どういうことだ?」
エウニケは、声を潜めながら訪ねる。
「混ざり物のある銀貨さ。俺の知り合いにそういう物を造っている奴がいてね、そいつから手に入れたのさ」
「贋金か、まずい事をしてくれたな」
「ばれやしないさ、奴らは間抜けだからな」
「お前の思うほど奴らは間抜けではないようだ」
エウニケが顎で示す方を見ると、店から血相を変えた男達が斧や棍棒を持って飛び出して来る。
「逃げるぞ!」
デニスは叫びざまエウニケに飛び乗り、同時にエウニケは走り出した。
夜の森の中で、二人の男女の性の交わりが行われていた。木と木の間隔が空いた乾いた地面の上で、小さな焚き火が起こっている。その灯りは、汗まみれの男女の体を輝かせている。
デニスとエウニケは、全裸で抱き合って口を重ね合わせていた。エウニケの人間の上半身は汗で濡れ光っており、灯りでオレンジ色に輝いている。顔に至っては、生渇きの精液で光を反射している。下半身の馬の体も、汗に濡れた体毛が灯りに光っている。
デニスは、エウニケの匂いを楽しんでいた。人間の女の匂いと雌馬の匂いが混ざり合っている。馬と共に旅をしてその匂いを嗅いできたデニスにとっては、そそる匂いだ。エウニケの顔に染み付いている精液のきつい臭いすら、自分のものにした証の様な気がしてデニスを興奮させる。
デニスは、エウニケの胸に顔をうずめた。胸の谷間からは、甘い汗の匂いが立ち上りデニスの顔を覆う。デニスは鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ、舌を這わせて汗の味を堪能する。舌を右に這わせて、腋に顔を埋める。くぼみに鼻を擦り付けて臭いを貪り、腋の下の汗を舐め取る。
エウニケは、デニスの腋の下を掴み引上げて立たせた。デニスの前に跪くと、エウニケはデニスの股間に顔を埋める。液で汚れた半立ちのペニスを口に含み、音を立ててしゃぶりあげる。喉の奥までペニスを飲み込み、デニスのペニスの先端に喉奥の肉の感触を味あわせる。エウニケがペニスを吐き出すと、唾液を弾きながらペニスは反り返った。
エウニケは背を向けて、馬の体の尻をデニスに突き出す。後ろ足の間に尾が揺れ、濡れそぼったヴァギナを見え隠れさせる。エウニケの馬の体からは、獣の濃厚な匂いがヴァギナの甘酸っぱい臭いと共に立ち上り、デニスの鼻を侵食した。
デニスは、腰をエウニケの尻に押し当ててヴァギナの中へと侵入する。エウニケのケンタウロスの膣は、人間よりも熱がある。肉と液による密度がある膣が、熱量と共にデニスのペニスを包み締め付けてくる。デニスは、鼻から頭の中へと襲い掛かる匂いとペニスを覆う熱に翻弄された。
エウニケが自分に向かってうなずいた直後に、デニスはエウニケの中に欲望を解き放った。熱を持った精液の奔流が、子宮を犯していく。痙攣しながら締め付けるエウニケの中に煽られて、デニスは繰り返し欲望の液を放ち続ける。ペニスの痙攣が収まるころには、デニスは力が抜けて汗で濡れた雌馬の体に覆いかぶさっていた。
エウニケは、汗と精液で濡れた顔に喜悦の表情を浮かべている。震える馬の背は、汗が玉になって毛先に付いていた。
デニスは、自分の体をくすぐる馬の尾の感触に嬲られながら、雌馬の匂いを鼻孔の奥に吸い込んでいた。
デニスは、エウニケと共にマントにくるまって横たわっていた。エウニケの馬の体を抱き、その体温と毛並みを感じている。エウニケから漂う人と馬の体臭の混ざった濃厚な匂いを、楽しみながら嗅いでいる。
デニスは、自分のこれまでの人生と旅を思い出していた。デニスはろくな仕事に付けず、ろくな生活が出来なかった。港湾での荷物運び、道路工事の下働き、倉庫の番人、商店の使い走り、どれも低賃金で酷使される仕事だ。当然貧しい生活をしなくてはならない。おまけに、いつ辞めさせられてもおかしくない職場ばかりだった。
商店を上司の都合で辞めさせられた後、以前港湾で一緒に働いていた男に荷物運びの仕事を誘われた。その仕事は、「葉っぱ」を役人に隠れて運ぶ仕事だ。違法だとは分かっていたが、もはやデニスは法を守る気は無くしていた。
それからは「葉っぱ」の運び屋になった。今までの仕事に比べれば収入は多く、生活はマシになった。そして運び屋をやっている時に、ピーターという名の男と出会った。デニスとは全く違う性質の男だったが、なぜか相性が良かった。ピーターは裏の仕事をする者の間で信用があり、ピーターの伝手のおかげで「葉っぱ」の密売をする事が出来た。そして見たことがない大金を手にする事が出来た。
デニスとピーターは、糞みたいな故郷に別れを告げて旅に出る事にした。金はあるし、「葉っぱ」もあり、でかい馬に乗る事も出来る。これで自由を求める旅をするつもりだった。
すぐに自由なんてどこにも無い事に気づいた。何処へ行っても悪意と敵意に晒された。殺されそうになっても、法は自分たちの敵だ。
そんな旅の中で、ピーターは「俺達は勝てない」と呟いたことがある。デニスは笑いながら、俺達には金もあるし誰からも縛られないじゃねえかと答えた。だが、ピーターは沈んだ表情でデニスを見るばかりだった。
今ならピーターの言う事は、デニスにも分かる。何処へ行っても世界は糞だ、人生は糞だと思い知らされる。デニスにも薄々分かってはいたが、認めたくはなかった。きちんとわかっていたピーターは、デニスより先に殺された。
「俺達は勝つ事は出来ねえ」
デニスは呟く。
「どうした?」
エウニケが、眠そうな様子で訪ねてくる。
「何でもないさ。起こして悪かった」
デニスは苦笑しながら謝り、エウニケを愛撫する。
「もう寝たほうがいいぞ、明日に備えろ」
そういってエウニケは目をつぶる。
デニスも目をつぶった。
「勝てなくても降参しなければいいのさ」
エウニケは呟くと、やがて寝息を立て始めた。
デニス達は、目的地である東南の国境付近までたどり着く事が出来た。あとは国境を越えて親魔物国へ入ればいいだけのはずだった。だが、国境の町で住民に絡まれた挙句、町の警備兵から法違反だと言われて捕まりそうになったのだ。
国境付近では隣国への敵意が強く、魔物や国境を越えようとする者を迫害していた。デニス達は、町の人間からすれば敵国の者と変わりはない。それどころか同じ国の者と言う事で、敵国の者以上に憎悪する者達もいる。
デニス達は、兵士と自警団、町の住民の手から逃れて国境を越えようとしていた。追手は、憎悪をむき出しにして執念深くデニス達を追跡して来た。
矢が次々と放たれ、逃げる人馬に突き刺さろうとしていた。人馬は、荒れ地を乱暴に駆けながら矢から逃れようとする。一本の矢が、馬上の男の肩を掠める。
「大丈夫か!」
「ああ、掠めただけだ」
デニスは、呻きながらエウニケに答える。実際には左肩の肉が弾けているのだが、この状況では大丈夫と言うしかない。デニスは右手で鞍を掴み、落ちない様にこらえる。
「国境は目と鼻の先だ、こらえてくれ!」
ああ、と答えながらデニスは前方に目を凝らす。国境にある目印は、街道に一つ石碑があるだけだ。街道から外れれば、国境はあいまいとなる。街道から外れたデニス達が助かるためには、この荒れ地を完全に駆け抜ける必要がある。
背後からは、荒々しい蹄の音が聞こえてくる。後ろを振り向くと、十騎の兵が追って来ている。この連中はデニス達を捕まえる気は無く、殺すつもりだ。もう国境は越えたはずだが、荒れ地を抜けない限り追手は殺そうとするだろう。新魔物国の国境警備兵が来れば別だが、その望みは薄い。
エウニケは、激しい足取りで石と岩の大地を駆けていた。そのような事をすれば蹄だけではなく足を痛めるが、殺されたくなければやるしかない。エウニケに乗るデニスの重さに顔をしかめながらも、歯を食いしばって駆けている。
荒れ地に終わりが見えて来た。これで国境を越えたと明確に分かる。デニスは、左肩の痛みに顔をしかめながら微笑みを浮かべる。
風を切る音と共に、デニスの背に激痛が走った。デニスは、駆けるエウニケの背から転がり落ち、地面に叩き付けられる。地に落ちたデニスは、ぼろ屑のように転がる。
エウニケは踵を返し、デニスのもとへ駆けて来る。デニスは背から矢を生やし、呻く事すら出来ない。エウニケはデニスを抱き起し、自分の背に担ぎ上げようとする。
「止めろ、俺はもうだめだ。お前だけでも逃げろ」
「何も言わなくていい!私が連れて行ってやる!」
「お前まで奴らに殺される。さっさと行け」
エウニケは、無言のままデニスを背に乗せて縄で縛る。そのまま荒れ地の先へと駆ける。
すぐ後ろに追手は迫っており、剣を抜いて切りかかろうとしている。エウニケは、剣を掻い潜りながら駆け続ける。
「馬鹿が、お前まで死ぬ羽目になっただろうが」
「私は馬鹿なんでね、自分だけ助かって下らない生を送るよりは、相棒と死んだ方がマシだと思っている」
「馬鹿野郎」
「私は野郎じゃないぞ」
デニスとエウニケは笑う。殺されるしかない身となりながら、デニスの心は軽い。俺の人生は下らねえものだったが、最後はそれほど悪くは無いな。デニスは笑いながら死を待ち受けた。
追手は振り上げた剣を下ろそうとせず、前方を見ている。忌々しげな舌打ちをすると、剣を腰の鞘に納める。そのまま馬首を巡らせて、元来た方へ駆け去って行った。
デニスとエウニケは、去っていく兵を怪訝な顔で見た後に前方を見た。前方からは、騎馬隊の立てる土埃が舞い上がっている。
「ギリギリの所で間に合ったらしいな」
エウニケは、顔を歪めながら笑う。新魔物国の国境警備隊が、デニス達の所へ駆けて来ているのだ。
「俺達は、死神に嫌われているらしいな」
「お前が死神に何か悪さをしたのだろう?」
「きれいなお嬢さんだったのでね、ついお尻を撫でてしまった」
「後でお前の尻を鞭で打ってやるよ」
デニスとエウニケは笑う。濁った音と共に、デニスは口から血を吐き出す。矢の刺さった背からは、止まる事無く血が溢れ出している。
「死ぬなよ!死神にお前を取られるつもりは無いぞ!」
エウニケの叫びに、デニスは血で汚れた顔で微笑んだ。
室内は風通しが良く、窓から心地よい風が入ってきていた。棚の上に飾られた黄色のダリアが、風でそよいでいる。
寝台の上に横たわっている男は、彫像のように動かない。室内には、風の立てる音以外の物音は無かった。
ドアが開き、馬の下半身を持った女が入ってきた。男は静かに目を開き、女の方に体を向ける。
「起こしてしまったら悪かったな」
「いや、十分に寝た。話相手が欲しかったところだ」
デニスは、エウニケに微笑みかける。
デニス達は、親魔物国の国境警備隊によって保護された。デニスはすぐに手当てを受け、国境沿いの町に有る医療施設に収容された。デニスの傷は深かったが、辛うじて命は助かったのだ。現在は、医療施設内で回復に努めている。
「十分に寝て早く体を治せ。魔王領へ旅をするのだからな」
そうだなと答えながら、デニスの言葉に力は無い。
「どうした?」
エウニケは、訝しげに尋ねる。
「魔王領は、俺達の居た国よりもマシなのか?」
デニスは、どこへ行っても同じではないのかという不安を拭えない。現在いる新魔物国は、こうしてデニスを治療してくれている。だからと言って、この国がいい国とは限らない。魔王領が住みやすいと言う人の話を聞いた事はあるが、額面通りに受け取っていいか分からない。自分達の居た国も、「自由の国」を自称していたのだ。新魔物国も魔王領も、自分達が居た国と同じ糞かもしれない。
「この国は、魔王領に関する情報が入りやすい。調べてみればいいだろう。それに今まで居た国は、ろくでもない所だったのだ。別の場所に移って試してみても損は無いだろう」
デニスは、ダリアの花を見ながら考える。確かに、今まで居た国にそのまま留まっても仕方がない。別の場所に移ったところで損はしない。魔王領に試しに行ってみるのも良いかもしれない。そう考えたから、国を捨ててここまで来たのだ。
「そうだな、試してみるか」
デニスは笑う。
「試すためにも、お前は体を治せ。情報集めや準備は、私がやる」
エウニケは微笑むと、デニスに体を寄せて来た。手をすべり込ませて、デニスの股間を愛撫し始める。
「ここはすでに元気なようだな。搾り取ってやらないと、かえって体に毒だな」
エウニケは、デニスの体を慎重に抱きしめて口を重ねる。デニスの体を知り尽くしたエウニケは、巧みな愛撫でデニスの快楽を引き出す。
デニスは、舌をエウニケの口の中に潜り込ませ、エウニケの引き締まった腰に手を滑らせる。エウニケの匂いを嗅ぎ体の感触を味わうことで、デニスの情欲は高まってきた。
ケンタウロスとその乗り手は、町の外の街道に立っていた。向かい風が、ケンタウロスの馬の毛と乗り手の髪を揺らす。
「出立の日に向かい風とはついてねえな」
「仕方がないさ。それに魔王領からいい匂いを運んでくるかもしれないぞ」
「食い物と女の匂いがいいな」
「女がすぐそばにいて、それを言うのか?」
エウニケは、自分の背に乗るデニスの太腿を抓り上げる。
デニスの傷は治り、二人は魔王領に出発する事にした。金はあるし、親魔物国の人々はいろいろと便宜を図ってくれた。魔王領に関する情報も入手した。それによると、今までとは違った面白い事がたくさんあるようだ。少なくとも、自分達の居た国ほど陰鬱ではないらしい。
まあ、結局魔王領は糞なのかもしれないとデニスは皮肉に考える。だが、糞ならまた別の地へ旅をすればいい。どうせ何時かはくたばる。くたばるまで旅をし続けてやればいい。それに極上の馬と女と一緒に旅が出来るのだ。デニスは笑いながらそう思う。
ケンタウロスは、軽快に蹄を鳴らして駆けだす。街道の両側には草原が広がり、どこまでも草の海が広がる。
デニスは風の中で、草の匂いの混じったエウニケの匂いを吸い込む。エウニケの背に乗ると、デニスは本当に軽やかな乗り手になった気がする。
デニスとエウニケは、青い草原の中の街道を何処までも駆けて行った。
彼らに二人の男が近づいて来た。二人とも弓と矢を持ち、倒れている男達を襲撃した者だと分る。一人は憎悪に表情を歪め、もう一人は冷笑を浮かべている。倒れている男達に止めを刺すつもりだ。顔を赤黒く染めた男が、懐から小刀を取り出して刃をぎらつかせた。
風を切る音がした瞬間に、小刀を抜いている男の背に矢が刺さった。もう一人の男は、驚きに表情を引きつらせながら辺りを見回す。見回している最中に、風を切る音と共に胸に矢が刺さる。男は音を立てて倒れた。
倒れている4人の男の所に、蹄の音を響かせながら一人の女が現れた。上半身が人間と同じ姿で、下半身が馬の姿の女だ。女は、険しい表情で男達を見下ろした。
火の爆ぜる音と共に、男は目を覚ました。いきなり起き上がろうとすると、背に激痛が走る。呻き声を抑えられず、男の口からは濁った音が出る。
「無理に起きるな。手当はしたが、大怪我をしているのだぞ」
落ち着いた女の声が、男にかけられる。男は、呻き声を上げ続けながら女を見た。
女は、人間ではなくて魔物だ。上半身は若い娘の姿だが、下半身は茶色の毛並みを持った馬の姿だ。馬の脚を折りたたんで地面に座り、横たわった男を見下ろしている。
「ケンタウロスか」
男は、感情の無い声で呟く。
「ああ、そうだ。魔物に助けられたのは不満なのか?」
「いや、助けてくれたのはありがたい。ただ、なぜ助けてくれたのだ?」
「人が不当に襲われている姿を見れば、助けるのが当然だ」
女の言葉に、男は苦笑する。久しぶりに聞いた正論だ。
「俺の相棒はどうした?」
女の表情が沈んだものとなる。
「お前と一緒に倒れていた男は、死んでいたよ。胸に矢が刺さっていた。埋葬したかったが、お前達を襲撃した連中の仲間が出て来たのでな。お前を連れて逃げるのが精いっぱいだった」
すまんと呟く女に、男は力なく首を横に振る。
「俺達を襲った連中はどうなった?」
「お前達に矢を射た二人は、私が倒した。背と胸に矢を突き立てておいた」
「そいつはいい。奴らが地獄へ行ったと思うと、少しは気が晴れる」
男は、顔を歪めて笑う。
「いいや、奴らに突き立てた矢は魔界銀製だ。死にはしない」
魔界銀は、魔物達の間で使われる武器の材料だ。衝撃は与えるが、命を奪う事は無い。
「殺せばいいものを。そうすれば相棒は浮かばれるし、俺の気も済む」
男は吐き捨てる。
「私は殺しが嫌いなんでね」
女は静かに答える。
「自己紹介が遅れたな。私の名はエウニケ、旅をしている者だ」
「俺の名はデニス。俺も旅をしている者だ」
火に照らされながら、二人は名乗りあった。
デニスは、相棒と商売をやっていた。商売が上手く行き金を手に入れる事が出来て、その金を手に旅に出る事にした。住んでいた西の地を捨てて、東へと旅をする事にしたのだ。この旅のために大型の黒馬を買い、銀で派手に装飾した。自分達も黒色や紫色の服を着て、金銀で自分の体を飾った。
自由を求めて気ままな旅をするつもりだったが、上手く行かなかった。派手な格好をしたよそ者であるデニス達を、行く先々の人々が敵視した。憎悪の眼差しを突付けられ、侮蔑の言葉を叩き付けられるのはまだマシだ。わけのわからない法で捕えられたり、地元住民に夜襲を掛けられたりした。
その挙句、相棒は殺されてデニスは重傷を負ったのだ。
エウニケは、狩人をやっていた。ケンタウロスとして優れた弓の腕を持っており、優秀な狩人だ。
だがエウニケは、生まれた時から魔物だという事で差別を受けていた。エウニケやデニスの住む国は、「自由の国」を自称する中立国だが実際には差別が荒れ狂っている。魔物達は、職業、生活の場で様々な迫害を受けている。エウニケは、そんなこの国に愛想を尽かして魔王領へ旅をする事にした。魔王領ならば、少しはマシな生活が出来ると思ったからだ。狩人として金を稼ぐ事が出来た為、旅の費用は造れた。
エウニケも、行く先々で敵意と憎悪を叩き付けられた。魔物の中でもケンタウロスは目立つ存在だからだ。襲撃された挙句、凌辱されそうになった事もある。襲撃者を掻い潜りながらここまで来ると、デニス達が襲われていたのだ。
「デニスには目的地は無いのか?」
「今のところは無いな」
「では、私と魔王領に行くつもりは無いか?ここよりはマシだと思うぞ」
「魔王領か…」
デニスは考え込む。確かに、このままこの国を旅してもろくな事は無い。それよりも、この国の価値観と根底から違う所へ行くのは面白いかもしれない。もしかしたら、魔物の国は「葉っぱ」をきめるよりも楽しいかもしれない。
「魔王領に行くのは楽しい事かもしれないな。ただ、馬を殺されちまった。馬を手に入れなければ旅は出来ねえ」
デニスの答えに、エウニケは微笑みながら答える。
「では、私に乗ったらどうだ?並の馬よりは動きはいいぞ」
「そりゃあ、ケンタウロスはそこらの馬とは比べ物にはならないが…。いいのか?」
デニスは、ケンタウロスが自分を背に乗せてくれる事に少なからず驚いた。ケンタウロスは、誇り高く気難しい事で知られている。
「デニスは面白そうだ。お前を乗せると退屈する事は無いだろう」
「では、魔王領行きに付き合うよ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
二人は笑い合う。
相棒の死は深く突き刺さったままだが、デニスには笑う力が辛うじて戻っていた。
二人は、明け方にこの地を発つ事にした。デニスを襲撃した者達の勢力圏から、この地は離れていない。すぐに別の地に移動する必要がある。デニスは怪我人だが、急ぐしかない。
明るくなったおかげで、二人の姿がはっきりと見える。デニスは紫色の上衣に同色のズボン着ており、その上に黒のマントを羽織っている。金製の首飾りと指輪を付けていて、腰の剣の柄と鞘も金で装飾されている。この格好をして銀で装飾された大型の黒馬にまたがれば、確かに標的になりやすい格好だ。
エウニケは、精悍さ溢れる彫りの深い整った顔をしており、明るい栗色の髪を後ろに束ねている。贅肉の無い引き締まった体に、動きやすそうな緑色のチュニックを着ている。髪と同じ栗色の毛並みの馬の体は、締まった筋肉によって躍動感溢れている。古代神話の狩人を思わせる魔物娘だ。
デニスは、懐から袋を取り出して中身を調べる。
「鞍の中の金は奴らに奪われたが、こうして懐にいくらか金は移しておいた。これで旅の費用は何とかなるな」
「それは良かった。金はこの先必要だからな」
デニスは金を仕舞うと、エウニケに向かって歩き出そうとした。その瞬間に、デニスは顔をしかめる。
「痛むと思うが我慢してくれ。先を急がなくてはならないのだ」
「大丈夫さ、『葉っぱ』をきめれば痛みは気にならなくなる」
デニスは、呻き声を上げながら懐を探る。探るうちに、その表情が驚愕に変わる。
「おい、俺の『葉っぱ』を何処にやった!」
「あれだったら焼き捨てた」
「焼き捨てただと!」
すまして答えるエウニケに、デニスは喚きたてる。
「何てことしやがる!売ればどれだけ金になると思っているんだ!しかも俺の楽しみを奪うつもりかよ!」
「くだらない物の売り買いは止める事だな。お前も、もっとマシな楽しみを見つける事だ」
喚きたてるデニスに、エウニケは薬草を渡す。
「この薬草は痛み止めだ。これを煎じて飲んだら行くぞ」
「くそったれ!」
デニスは薬草を受け取ると、天を仰いで罵った。
二人は、東南にある国境を目指していた。そこは親魔物国と国境を接しており、親魔物国経由で魔王領に行く事が出来る。
道中は楽しいものだった。デニスにとっては、ケンタウロスに乗るという馬の乗り手にとっては最高の体験ができる。前の黒馬も素晴らしい馬だったが、エウニケに比べれば駄馬に思える。エウニケに乗る自分を他人に見せつける事も快感だ。
エウニケも旅を楽しんでいた。組む相手がいない為にしかたなく一人旅をしていたのだ。そこへデニスというおかしな相棒が出来て、味気なさを感じていた旅に面白さが加わった。
もっとも、楽しいばかりではない。エウニケに『葉っぱ』を禁じられたために、デニスは時折苦痛に苛まれた。エウニケは、魔物娘の商人から『葉っぱ』の禁断症状を抑える薬を入手してデニスに与えていた。
また、二人に対する行く先々での迫害も相変わらずだ。聞えよがしの嘲弄や、怒号や罵声がしつこく浴びせられる。石や汚物を投げつけられ、嘲り笑われる。兵士を初めとする役人や自警団に、因縁を付けられた挙句に監獄へぶち込まれそうになる。そして剣や槍を持った男達に夜襲を掛けられたり、街道で矢を射られたりした。
二人は、ある時は闘いある時は逃げ出した。エウニケは優れた戦士であり、敵の攻撃を巧みによけて的確に反撃した。エウニケは知識も豊富であり、法を振りかざして因縁をつける兵士や自警団に鋭く反論した。エウニケのおかげでデニスが助かった事は、一度や二度ではない。
ただ、エウニケは正攻法や正論を好む傾向がある。そのため、相手が揚げ足を取り細かい事を穿り出すと、引っ掛かる事がある。そんな時は、後ろ暗い事をして生活をしていたデニスが役にたつ。相手を上回る詭弁や論点のすり替えを行い、はったりとコソ泥じみた逃走によって敵をかわした。
二人は、役割分担をしながら旅を続けた。
「あいつら吹っかけやがって!地元の奴らに売る値段の二倍は吹っかけているぞ!」
「買えただけマシさ。品もそれほど悪くは無い」
出て来た店に向かって苛立たしげに吐き捨てるデニスを、エウニケは宥める。もっとも、エウニケも不機嫌な感情は隠せない。
「あいつらのチンポを剣で切り落としてえよ」
デニスは、腰の剣を見下ろして溜息をつく。デニスの持っていた剣は、エウニケによって売り飛ばされた。代わりにエウニケのくれた魔界銀製の剣を、デニスは腰にさしている。
「その剣で奴らの股間を切ったらどうだ?」
「奴らは喜ぶかも知れねえ」
エウニケの冗談に、デニスは苦笑しながら答える。
「お前があいつらに渡した銀貨だが、色つやが少しおかしかったぞ。どういうことだ?」
エウニケは、声を潜めながら訪ねる。
「混ざり物のある銀貨さ。俺の知り合いにそういう物を造っている奴がいてね、そいつから手に入れたのさ」
「贋金か、まずい事をしてくれたな」
「ばれやしないさ、奴らは間抜けだからな」
「お前の思うほど奴らは間抜けではないようだ」
エウニケが顎で示す方を見ると、店から血相を変えた男達が斧や棍棒を持って飛び出して来る。
「逃げるぞ!」
デニスは叫びざまエウニケに飛び乗り、同時にエウニケは走り出した。
夜の森の中で、二人の男女の性の交わりが行われていた。木と木の間隔が空いた乾いた地面の上で、小さな焚き火が起こっている。その灯りは、汗まみれの男女の体を輝かせている。
デニスとエウニケは、全裸で抱き合って口を重ね合わせていた。エウニケの人間の上半身は汗で濡れ光っており、灯りでオレンジ色に輝いている。顔に至っては、生渇きの精液で光を反射している。下半身の馬の体も、汗に濡れた体毛が灯りに光っている。
デニスは、エウニケの匂いを楽しんでいた。人間の女の匂いと雌馬の匂いが混ざり合っている。馬と共に旅をしてその匂いを嗅いできたデニスにとっては、そそる匂いだ。エウニケの顔に染み付いている精液のきつい臭いすら、自分のものにした証の様な気がしてデニスを興奮させる。
デニスは、エウニケの胸に顔をうずめた。胸の谷間からは、甘い汗の匂いが立ち上りデニスの顔を覆う。デニスは鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ、舌を這わせて汗の味を堪能する。舌を右に這わせて、腋に顔を埋める。くぼみに鼻を擦り付けて臭いを貪り、腋の下の汗を舐め取る。
エウニケは、デニスの腋の下を掴み引上げて立たせた。デニスの前に跪くと、エウニケはデニスの股間に顔を埋める。液で汚れた半立ちのペニスを口に含み、音を立ててしゃぶりあげる。喉の奥までペニスを飲み込み、デニスのペニスの先端に喉奥の肉の感触を味あわせる。エウニケがペニスを吐き出すと、唾液を弾きながらペニスは反り返った。
エウニケは背を向けて、馬の体の尻をデニスに突き出す。後ろ足の間に尾が揺れ、濡れそぼったヴァギナを見え隠れさせる。エウニケの馬の体からは、獣の濃厚な匂いがヴァギナの甘酸っぱい臭いと共に立ち上り、デニスの鼻を侵食した。
デニスは、腰をエウニケの尻に押し当ててヴァギナの中へと侵入する。エウニケのケンタウロスの膣は、人間よりも熱がある。肉と液による密度がある膣が、熱量と共にデニスのペニスを包み締め付けてくる。デニスは、鼻から頭の中へと襲い掛かる匂いとペニスを覆う熱に翻弄された。
エウニケが自分に向かってうなずいた直後に、デニスはエウニケの中に欲望を解き放った。熱を持った精液の奔流が、子宮を犯していく。痙攣しながら締め付けるエウニケの中に煽られて、デニスは繰り返し欲望の液を放ち続ける。ペニスの痙攣が収まるころには、デニスは力が抜けて汗で濡れた雌馬の体に覆いかぶさっていた。
エウニケは、汗と精液で濡れた顔に喜悦の表情を浮かべている。震える馬の背は、汗が玉になって毛先に付いていた。
デニスは、自分の体をくすぐる馬の尾の感触に嬲られながら、雌馬の匂いを鼻孔の奥に吸い込んでいた。
デニスは、エウニケと共にマントにくるまって横たわっていた。エウニケの馬の体を抱き、その体温と毛並みを感じている。エウニケから漂う人と馬の体臭の混ざった濃厚な匂いを、楽しみながら嗅いでいる。
デニスは、自分のこれまでの人生と旅を思い出していた。デニスはろくな仕事に付けず、ろくな生活が出来なかった。港湾での荷物運び、道路工事の下働き、倉庫の番人、商店の使い走り、どれも低賃金で酷使される仕事だ。当然貧しい生活をしなくてはならない。おまけに、いつ辞めさせられてもおかしくない職場ばかりだった。
商店を上司の都合で辞めさせられた後、以前港湾で一緒に働いていた男に荷物運びの仕事を誘われた。その仕事は、「葉っぱ」を役人に隠れて運ぶ仕事だ。違法だとは分かっていたが、もはやデニスは法を守る気は無くしていた。
それからは「葉っぱ」の運び屋になった。今までの仕事に比べれば収入は多く、生活はマシになった。そして運び屋をやっている時に、ピーターという名の男と出会った。デニスとは全く違う性質の男だったが、なぜか相性が良かった。ピーターは裏の仕事をする者の間で信用があり、ピーターの伝手のおかげで「葉っぱ」の密売をする事が出来た。そして見たことがない大金を手にする事が出来た。
デニスとピーターは、糞みたいな故郷に別れを告げて旅に出る事にした。金はあるし、「葉っぱ」もあり、でかい馬に乗る事も出来る。これで自由を求める旅をするつもりだった。
すぐに自由なんてどこにも無い事に気づいた。何処へ行っても悪意と敵意に晒された。殺されそうになっても、法は自分たちの敵だ。
そんな旅の中で、ピーターは「俺達は勝てない」と呟いたことがある。デニスは笑いながら、俺達には金もあるし誰からも縛られないじゃねえかと答えた。だが、ピーターは沈んだ表情でデニスを見るばかりだった。
今ならピーターの言う事は、デニスにも分かる。何処へ行っても世界は糞だ、人生は糞だと思い知らされる。デニスにも薄々分かってはいたが、認めたくはなかった。きちんとわかっていたピーターは、デニスより先に殺された。
「俺達は勝つ事は出来ねえ」
デニスは呟く。
「どうした?」
エウニケが、眠そうな様子で訪ねてくる。
「何でもないさ。起こして悪かった」
デニスは苦笑しながら謝り、エウニケを愛撫する。
「もう寝たほうがいいぞ、明日に備えろ」
そういってエウニケは目をつぶる。
デニスも目をつぶった。
「勝てなくても降参しなければいいのさ」
エウニケは呟くと、やがて寝息を立て始めた。
デニス達は、目的地である東南の国境付近までたどり着く事が出来た。あとは国境を越えて親魔物国へ入ればいいだけのはずだった。だが、国境の町で住民に絡まれた挙句、町の警備兵から法違反だと言われて捕まりそうになったのだ。
国境付近では隣国への敵意が強く、魔物や国境を越えようとする者を迫害していた。デニス達は、町の人間からすれば敵国の者と変わりはない。それどころか同じ国の者と言う事で、敵国の者以上に憎悪する者達もいる。
デニス達は、兵士と自警団、町の住民の手から逃れて国境を越えようとしていた。追手は、憎悪をむき出しにして執念深くデニス達を追跡して来た。
矢が次々と放たれ、逃げる人馬に突き刺さろうとしていた。人馬は、荒れ地を乱暴に駆けながら矢から逃れようとする。一本の矢が、馬上の男の肩を掠める。
「大丈夫か!」
「ああ、掠めただけだ」
デニスは、呻きながらエウニケに答える。実際には左肩の肉が弾けているのだが、この状況では大丈夫と言うしかない。デニスは右手で鞍を掴み、落ちない様にこらえる。
「国境は目と鼻の先だ、こらえてくれ!」
ああ、と答えながらデニスは前方に目を凝らす。国境にある目印は、街道に一つ石碑があるだけだ。街道から外れれば、国境はあいまいとなる。街道から外れたデニス達が助かるためには、この荒れ地を完全に駆け抜ける必要がある。
背後からは、荒々しい蹄の音が聞こえてくる。後ろを振り向くと、十騎の兵が追って来ている。この連中はデニス達を捕まえる気は無く、殺すつもりだ。もう国境は越えたはずだが、荒れ地を抜けない限り追手は殺そうとするだろう。新魔物国の国境警備兵が来れば別だが、その望みは薄い。
エウニケは、激しい足取りで石と岩の大地を駆けていた。そのような事をすれば蹄だけではなく足を痛めるが、殺されたくなければやるしかない。エウニケに乗るデニスの重さに顔をしかめながらも、歯を食いしばって駆けている。
荒れ地に終わりが見えて来た。これで国境を越えたと明確に分かる。デニスは、左肩の痛みに顔をしかめながら微笑みを浮かべる。
風を切る音と共に、デニスの背に激痛が走った。デニスは、駆けるエウニケの背から転がり落ち、地面に叩き付けられる。地に落ちたデニスは、ぼろ屑のように転がる。
エウニケは踵を返し、デニスのもとへ駆けて来る。デニスは背から矢を生やし、呻く事すら出来ない。エウニケはデニスを抱き起し、自分の背に担ぎ上げようとする。
「止めろ、俺はもうだめだ。お前だけでも逃げろ」
「何も言わなくていい!私が連れて行ってやる!」
「お前まで奴らに殺される。さっさと行け」
エウニケは、無言のままデニスを背に乗せて縄で縛る。そのまま荒れ地の先へと駆ける。
すぐ後ろに追手は迫っており、剣を抜いて切りかかろうとしている。エウニケは、剣を掻い潜りながら駆け続ける。
「馬鹿が、お前まで死ぬ羽目になっただろうが」
「私は馬鹿なんでね、自分だけ助かって下らない生を送るよりは、相棒と死んだ方がマシだと思っている」
「馬鹿野郎」
「私は野郎じゃないぞ」
デニスとエウニケは笑う。殺されるしかない身となりながら、デニスの心は軽い。俺の人生は下らねえものだったが、最後はそれほど悪くは無いな。デニスは笑いながら死を待ち受けた。
追手は振り上げた剣を下ろそうとせず、前方を見ている。忌々しげな舌打ちをすると、剣を腰の鞘に納める。そのまま馬首を巡らせて、元来た方へ駆け去って行った。
デニスとエウニケは、去っていく兵を怪訝な顔で見た後に前方を見た。前方からは、騎馬隊の立てる土埃が舞い上がっている。
「ギリギリの所で間に合ったらしいな」
エウニケは、顔を歪めながら笑う。新魔物国の国境警備隊が、デニス達の所へ駆けて来ているのだ。
「俺達は、死神に嫌われているらしいな」
「お前が死神に何か悪さをしたのだろう?」
「きれいなお嬢さんだったのでね、ついお尻を撫でてしまった」
「後でお前の尻を鞭で打ってやるよ」
デニスとエウニケは笑う。濁った音と共に、デニスは口から血を吐き出す。矢の刺さった背からは、止まる事無く血が溢れ出している。
「死ぬなよ!死神にお前を取られるつもりは無いぞ!」
エウニケの叫びに、デニスは血で汚れた顔で微笑んだ。
室内は風通しが良く、窓から心地よい風が入ってきていた。棚の上に飾られた黄色のダリアが、風でそよいでいる。
寝台の上に横たわっている男は、彫像のように動かない。室内には、風の立てる音以外の物音は無かった。
ドアが開き、馬の下半身を持った女が入ってきた。男は静かに目を開き、女の方に体を向ける。
「起こしてしまったら悪かったな」
「いや、十分に寝た。話相手が欲しかったところだ」
デニスは、エウニケに微笑みかける。
デニス達は、親魔物国の国境警備隊によって保護された。デニスはすぐに手当てを受け、国境沿いの町に有る医療施設に収容された。デニスの傷は深かったが、辛うじて命は助かったのだ。現在は、医療施設内で回復に努めている。
「十分に寝て早く体を治せ。魔王領へ旅をするのだからな」
そうだなと答えながら、デニスの言葉に力は無い。
「どうした?」
エウニケは、訝しげに尋ねる。
「魔王領は、俺達の居た国よりもマシなのか?」
デニスは、どこへ行っても同じではないのかという不安を拭えない。現在いる新魔物国は、こうしてデニスを治療してくれている。だからと言って、この国がいい国とは限らない。魔王領が住みやすいと言う人の話を聞いた事はあるが、額面通りに受け取っていいか分からない。自分達の居た国も、「自由の国」を自称していたのだ。新魔物国も魔王領も、自分達が居た国と同じ糞かもしれない。
「この国は、魔王領に関する情報が入りやすい。調べてみればいいだろう。それに今まで居た国は、ろくでもない所だったのだ。別の場所に移って試してみても損は無いだろう」
デニスは、ダリアの花を見ながら考える。確かに、今まで居た国にそのまま留まっても仕方がない。別の場所に移ったところで損はしない。魔王領に試しに行ってみるのも良いかもしれない。そう考えたから、国を捨ててここまで来たのだ。
「そうだな、試してみるか」
デニスは笑う。
「試すためにも、お前は体を治せ。情報集めや準備は、私がやる」
エウニケは微笑むと、デニスに体を寄せて来た。手をすべり込ませて、デニスの股間を愛撫し始める。
「ここはすでに元気なようだな。搾り取ってやらないと、かえって体に毒だな」
エウニケは、デニスの体を慎重に抱きしめて口を重ねる。デニスの体を知り尽くしたエウニケは、巧みな愛撫でデニスの快楽を引き出す。
デニスは、舌をエウニケの口の中に潜り込ませ、エウニケの引き締まった腰に手を滑らせる。エウニケの匂いを嗅ぎ体の感触を味わうことで、デニスの情欲は高まってきた。
ケンタウロスとその乗り手は、町の外の街道に立っていた。向かい風が、ケンタウロスの馬の毛と乗り手の髪を揺らす。
「出立の日に向かい風とはついてねえな」
「仕方がないさ。それに魔王領からいい匂いを運んでくるかもしれないぞ」
「食い物と女の匂いがいいな」
「女がすぐそばにいて、それを言うのか?」
エウニケは、自分の背に乗るデニスの太腿を抓り上げる。
デニスの傷は治り、二人は魔王領に出発する事にした。金はあるし、親魔物国の人々はいろいろと便宜を図ってくれた。魔王領に関する情報も入手した。それによると、今までとは違った面白い事がたくさんあるようだ。少なくとも、自分達の居た国ほど陰鬱ではないらしい。
まあ、結局魔王領は糞なのかもしれないとデニスは皮肉に考える。だが、糞ならまた別の地へ旅をすればいい。どうせ何時かはくたばる。くたばるまで旅をし続けてやればいい。それに極上の馬と女と一緒に旅が出来るのだ。デニスは笑いながらそう思う。
ケンタウロスは、軽快に蹄を鳴らして駆けだす。街道の両側には草原が広がり、どこまでも草の海が広がる。
デニスは風の中で、草の匂いの混じったエウニケの匂いを吸い込む。エウニケの背に乗ると、デニスは本当に軽やかな乗り手になった気がする。
デニスとエウニケは、青い草原の中の街道を何処までも駆けて行った。
14/10/06 23:31更新 / 鬼畜軍曹