読切小説
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旅の鬼
 千方は、県道沿いに西に車を走らせていた。朝の九時半であり約束の時間は十一時だが、慣れない土地だから早めに行きたい。法定速度を十キロオーバーしながら走らせている。向かう先には青い山が見えている。カラス天狗が住む山だ。
 千方の運転する車は大型だ。日本最大の自動車会社が、従業員と下請けを締め上げて造った魔物娘用の車だ。そんな車など運転したくはなかったが、赤鬼である千方が運転できる車は限られている。しかもここは地方都市であり、レンタルできる車は限られる。いやいやながらも借りるしかなかった。
 今度こそ売れる小説を書かなくてはならないな。千方は、声を出さずにつぶやく。千方は小説の取材のために、これからカラス天狗にインタビューをするのだ。しかも、相手はカラス天狗の元締めである大天狗だ。赤鬼である千方はあまり動じないが、今度ばかりは緊張している。親しい者でなければわからないが、いつも朗らかな千方の顔は少し強張っている。
 千方はアクセルを踏み込んだ。

 千方は、天狗と江戸時代の思想家である平田篤胤について小説に書こうと考えて、秋田県を取材していた。平田篤胤は秋田県出身である。秋田県にいるカラス天狗の中には、平田篤胤に関する資料を持っている者がおり、そのカラス天狗達に取材しようと言うのだ。
 平田篤胤は、エキセントリックな思想家として知られている。天狗の下で修行したと自称する少年を養子として、彼へのインタビューを元に「仙境異聞」なる本を書いた。近代では「仙境異聞」は、少年と平田篤胤の妄想を描いた物として「トンデモ本」として扱われてきた。だが、魔物娘が人間社会で暮らすようになってから事情が変わった。
 千方は、平田篤胤をネタにして小説を書こうとして、天狗少年の師匠が住んでいたとされる信濃国(長野県)浅間山に取材に行ったことがある。その地のカラス天狗に取材したところ、少年が修行した事を記した記録を発掘できた。千方は小説を書く予定を変更し、発掘した資料を基に「仙境異聞」の事実の部分を検証したノンフィクションを書き上げた。
 このノンフィクションは、国文学会と民俗学会に騒ぎを起こした。「トンデモ本」として扱われていた物が、かなりの部分が事実だと分かったからだ。魔物娘が社会で暮らす前だったら、まともに相手にされなかっただろう。だが、今は魔物娘の存在は当たり前となっている。しかも、書いた本人は赤鬼だ。信用性が有ると判断された。
 もっとも、千方は不本意な気持ちもある。自分は小説家であり、あくまでも平田篤胤を小説で描きたかったのだ。資料の性質からノンフィクションに変更したが、次は小説として書きたい。そう考えて、今回は小説を書くために取材をしている。
 浅間山を取材したとき、山中に住む大天狗から秋田に住む大天狗を紹介された。その紹介を頼りに、今インタヴューをしようというのだ。小説を書く際には大物から取材した言っても必ずしも大きく扱うわけではないが、それでも実際に大物と会うと緊張する。
 思わず酒を飲みたくなったが、取材前に飲むわけには行かない。そもそも今飲んだら飲酒運転になってしまう。千方は、ため息を抑えられなかった。

 目の前には、山と農村の風景が広がっている。山のふもとに取材相手の大天狗が住んでいるのだ。目の前の山は、修験者が修行したことで知られる。出羽国(秋田県、山形県)は、山岳信仰で知らており、その為に天狗とは縁がある地域だ。
 田畑の中を県道が通り、県道沿いに時々集落が現れる。その中を目指す地へ向かっている。大天狗の家は、大きいからすぐ分かるだろうとの事だ。車を走らせ続けていると、目指す地が見えてきた。
 確かに大天狗の家は大きかったが、別の意味で目立っている。地方で暮らすカラス天狗の元締めの家といったら、蔵の立っている日本家屋を想像するだろう。目の前に見えてきた建物は、大きく方向性が違っていた。
 山のふもとには、豪奢と言う表現の当てはまる洋館が建っていた。建築について知っている千方は、その建物は歴史主義建築だと分かった。歴史主義建築とは、過去の西洋の建築様式を復古的に用いた建築様式だ。目の前の館は、ゴシックを意識して建てられている。それが山のふもとに建っているのだ。千方は、シュールな光景に呆れた。
 約束の時間まで路肩に止めて時間をつぶした後で門の前に止まり、インターホン越しに挨拶をする。誘導にしたがって、レンタカーをガレージに入れる。車から降りると、一人の女が出てきて千方に挨拶をした。挨拶を返しながら、思わず千方は相手をまじまじと見てしまった。二十世紀初頭のヨーロッパの宮廷に勤める侍従のような格好をしているのだ。どこかの復古主義のホテルのボーイが着ているような服を、目の前の女は着ていた。制服のそでの部分からカラスの黒い羽が出ている事から、彼女がカラス天狗だと分かった。
 館の中の調度は帝政様式だ。ローマ帝国を始めとする過去のヨーロッパの様式を意識した様式である。ナポレオン1世の時代のフランスで起こり、ヨーロッパ中に広がった様式だ。ヨーロッパでは何度も復古している。
 ふと千方は、ゴシックの要素の強い歴史主義建築とローマ帝国を意識した帝政様式の調度は合うのかと首をかしげた。だが、軽く首を振った。秋田の田舎でこんな建築や調度に囲まれている時点で、合う合わないを通り越している。
 千方は、自分の格好を見た。シックなデザインのジャケットをシャツの上にはおり、スラックスをはいている。人と合うためにそこそこきちんとした服を着てきたが、この館の中だとみすぼらしく感じる。まあ、この館に合う服とはどんな服なんだと、千方は苦笑した。
 一室に入ると、大天狗が待ち構えていた。かなりの年齢らしいが、見た目は妙齢の女性だ。異世界とのゲートが開いて魔王の影響を受ける前は、男だったらしい。シャツにベストをはおり、スラックスをはいている。服に疎い千方にも、それらが高級品だと予想が付く。身のこなしを見ると、人の上に立ち命令する事に慣れた者の持つ圧迫感のあるものだ。
 挨拶を済ませると、千方は辛うじて緊張を隠しながらインタヴューを始めた。

 千方は、市内のビジネスホテルで資料の読み込みをしていた。大天狗は平田篤胤の資料を持っており、それを借りることが出来たのだ。資料を読みながら付箋を貼っていく。コピーを取る許可をもらったので、取るページに付箋を貼っているのだ。
 資料を読むのを一休みをして、大天狗の事を思い出す。エキセントリックな人物だった。大天狗の生活は、少し見ただけで異様かつ退廃的だと分かる。ヴィスコンティが酔っ払って映画を創れば、あの様な生活を描写できるかもしれない。
 以前長野県でインタヴューをした大天狗も、エキセントリックな生活をしていた。山の中に、石造りの建物が複数立ち並んだ集落を造っていた。「ペルーのマチュ・ピチュ遺跡みたいですね」と千方が感想を言うと、「その通りだ!マチュ・ピチュ遺跡にあこがれてこの集落を造ったのだ!あれこそ天狗の理想郷だ!」と大天狗は目を輝かせてまくし立てた。周りにいたカラス天狗たちは、微妙な表情をしていた。
 大天狗は、いずれも若い頃に厳しい修行をしたらしい。そのせいか、頭のねじが外れてしまったような者が時々いる。厳しい修行も考え物だなと、千方は苦笑した。
 千方は、資料の読み込みに戻った。借りた資料には、平田篤胤の少年時代と晩年について書かれている。生まれてから二十歳まで秋田で暮らし、六十五歳から六十八歳で亡くなるまでの間に秋田に戻って暮らしていた。この晩年に、平田篤胤は秋田の天狗と交流が有ったらしい。それで資料が、この地の天狗の間に残っていた。
 平田篤胤は江戸で暮らしていたが、幕府の暦法を批判したために秋田に返された。少年時代に秋田で不幸な生活をしたらしく、それで秋田に見切りをつけて江戸へ出た。それなのに秋田に帰れと命令されたものだから、平田篤胤は江戸幕府を憎んでいたらしい。カラス天狗相手に江戸幕府を繰り返し罵倒していたようだ。資料からは、カラス天狗が手をもてあましていた様子が伺える。
 千方は資料を仕舞い、酒を取り出した。もう夜の十一時を回っている。そろそろ資料を読むのを止めて、酒を楽しんだほうが良い。千方はそう思い、スコッチの瓶を取り出した。ジョニーウォーカーの赤だ。
 ジョニーウォーカーは、父が良く飲む酒だ。今でこそ手ごろな値段で買える酒だが、父の若い頃はなかなか買えない高い酒だったらしい。赤でさえ買いづらく、黒となると高級酒扱いだ。「こんなに安くなるとは思わなかった」そう感慨深げに、父はジョニーウォーカーの赤をロックで飲んでいた。
 千方は、父の影響でジョニーウォーカーをよく飲んでいる。「日本の鬼なら日本酒を飲め」と同じ赤鬼である母からは叱られるが、それを聞き流して飲んでいた。
 父と同様にロックで飲みながら、千方は一冊の文庫本を取り出した。繰り返し読んでおり、ぼろぼろになっている。表紙には「民俗学の旅」とある。千方が尊敬する民俗学者である宮本常一が、自分の生涯を振り返って書いた物だ。
 千方が取材と称して頻繁に旅をしているのは、「旅の巨人」と言われた宮本常一の影響だ。千方は本の表紙を愛撫しながら、グラスを傾けた。

 中臣千方は、小説や民俗学関係の仕事を最初からやっていたわけではない。元々は建設業で働いていた。
 人間である父と赤鬼である母は、中小の建設会社を経営していた。その影響があり、工業高校、大学の建築学科を出て、千方は両親の建設会社で働いていた。
 千方は、建設業に向いていた。女ながら赤鬼として人間離れした怪力を持ち、朗らかな性格をしていた。建設業は、気性の荒い人間が集まりやすい。現場には中卒、高卒が多く、千方のような大卒はいじめられやすい。千方は彼らを怪力であしらい、明朗な性格で受け流した。 
 また、千方には建設の技術と知識もある。子供の頃から両親から建設について仕込まれ、高校、大学で建設について学んだ。会社に入ってからも、両親はきちんと千方に仕事を教えた。仕事をして三年経つ頃には、それなりの戦力になっていた。
 だが、会社のほうが持たなくなっていた。元請けの孫請けいじめにより、会社の経営が成り立たなくなったのだ。両親は、損害が大きくなる前に会社をたたんだ。不幸中の幸いに、千方の両親は会社をたたむ他の経営者よりは有能で誠実だった。正社員には退職金を用意し、非正規社員にも金を用意した。彼らの再就職先を紹介する事も出来た。会社をたたんだ後に千方の一家に残された物は、ローンを払い終えた土地付き一戸建てと、年金、貯蓄型生命保険だった。債務が残らなかった事は、賞賛に値するだろう。
 全ての残務の整理が終わった後、一家は六泊七日の温泉旅行に出かけた。久しぶりの休息に、千方も両親も気が抜けたように温泉に浸かっていた。温泉宿での五日目に、千方は父から意外な話しを聞いた。父の弟が、秘書として千方を雇うと言っているのだ。
 工業高校を出て建設の現場で働いていた父と違い、おじは大学院を出て民俗学の博士号を取り、民俗学者となっていた。現在では、東北にある歴史民俗博物館の館長をやっている。そのおじが秘書として千方を雇うと言うのだ。
 千方は少なからず驚いたが、この話を受ける事にした。建設業で働くのもよいが、民俗学者の元で働くのも面白いと考えたからだ。建設の仕事に携わっている事や自分が赤鬼である事から、民俗学には少し興味があった。
 民俗学とは、人間の暮らしを研究する学問であり建設も対象となる。また、鬼を始め妖怪を研究対象とする学問でもある。この様な事から、千方は民俗学の本を少し読んでいた。元から興味があるため、民俗学者のおじの元で働く事を引き受ける事にした。
 おじとは何度も会っていたが、秘書になると改めてその奇人振りには呆れた。長く伸ばした髪を真ん中でわけ、ダークスーツを好んで着ていた。何でも「妖怪ハンター」のコスプレらしい。おじが館長を勤める歴史民俗博物館の館長室には、形がねじれている上に変な装飾をされた奇妙な人形?や鬼の面?が飾っている。しかも、その面をつけるのが趣味なのだ。ある時おじは、その鬼もどきの面をアイマスク代わりに着けて昼寝をしていた時があった。千方は、驚きのあまり危うく消火器を投げつけるところだった。その後で、せめてナマハゲの面を着けて寝て下さいと頼み込んだ。
 おじは奇人だが、上司としては優れていた。千方に対して、丁寧に仕事を教えてくれた。かつ、民俗学について惜しみなく教えてくれた。自分の持っている民俗学の知識を、全て千方という器に入れようとしていたらしい。
 千方のほうも貪欲に仕事を覚え、民俗学について学んでいった。おじは千方に詰め込みすぐないように気をつけたが、それでもしばしばやりすぎた。幸いな事に千方は、それを受け止める事が出来るだけの能力と熱意があった。熱心な教師と熱心な生徒という幸福な関係を、おじと千方は結べた。
 さらにおじの下で仕事をしていて、千方は民俗学に適している事が分かった。民俗学は人から話を聞く事が重要であり、千方は聞き上手だと判明した。千方は赤鬼であり、二メートルを超す巨体の持ち主である。だが朗らかな性格をしており、整った顔に愛嬌のある表情を浮かべている。そのギャップが、人に話をする気にさせた。その為、おじの助手としても働く事が出来た。
 このままおじの元で働いて行くと思われたが、千方に一つの転機が訪れた。千方が書いた小説が、ある新人賞の佳作に選ばれたのだ。千方は、自分が学んだ民俗学を何かの形に表したかった。そこで、異界との境界を題材とした幻想小説を書き、エンターティメントを創る事を標榜している出版社の新人賞に応募した。その小説がうまく選ばれたわけだ。
 おじに報告をしたら、早速読んでくれた。読み終わった後、おじは毛筆で免許皆伝証を書き、印鑑を推して千方に渡した。その後でおじは千方を飲み屋に連れ込み、おじのおごりで酒盛りを始めた。二人で、日本海の魚介類を食いながら秋田の地酒を飲みまくった。
 こうして千方は小説家となったが、始めはおじの秘書との二束わらじだった。小説家として食って行けるか分からなかったからだ。編集者も、しばらくは二束わらじを履くことを勧めた。三作目を出版した後で、小説家一本でやっていく事に決めた。自分一人なら食って行けそうだと判断したためだ。それにやはり二足わらじはきつく、仕事中居眠りをすることもあった。おじの勧めもあり、専業小説家に切り替えた。
 現在の千方は、そこそこの仕事と収入がある小説家だ。

 大天狗に取材してから三日後に千方は、従業員から収奪する事で悪名高いハンバーガーショップで会いたくない人物と会っていた。千方の目の前には、二重の意味の鬼がいる。目の前の女は青鬼と言う種族であり、編集者と言う鬼でもある。千方は、青鬼の前で萎縮していた。
「先生、締め切りが迫っている事はご存知ですよね?」
 青鬼編集者は、低音で確認する。
「はい、存じております」
 対する千方は、蚊の鳴くような声だ。
「でしたら原稿を渡していただけますか?」
「い、いえ、もう少し待って下さい。取材が終わっていません」
 わたわたと言い訳をする千方を、青鬼編集者は見据える。
「もう少しとは、具体的にいつまでですか?きちんと日時をおっしゃって下さい。それに取材では具体的に何をやるつもりか話して下さい。具体的にね」
 青鬼は、据わった目で責め立てる。
 千方は、しどろもどろで日時や取材予定を説明する。その合間に、青鬼の尋問の言葉が突き刺さる。千方の弁明が一通り終わると、青鬼は軽くため息を付いた。
「それでは私も取材に同行します。その為に秋田まで来たんです。効率よく進めましょう。無駄の無い様にね」
 千方は、反論したが押し切られた。前回も締め切りを破っている。逆らえる立場ではなかった。

 その日の夜に、二人は食い飲み放題コースのある焼肉屋に入った。二人とも大食いで大酒飲みだ。食い飲み放題コースやバイキングで無いと、費用がかかりすぎる。二人は店に入ると早速、勢いよく飲み食いを始めた。
 ハンバーガショップでのやり取りから二人はうまく行ってない様に見えるが、実際には良い仕事のパートナー同士だ。
 青鬼は、極力千方のやりたい仕事を回してくれる。仕事を始めると、可能な限りフォローをする。千方のために、上司と交渉をしてくれる。
 千方も決して怠け者ではなく、仕事熱心な小説家だ。ただ凝り性な為に、一つの仕事に入れ込みすぎるのだ。そのせいで締め切りを破る事になる。千方は、建設の仕事にも小説の仕事にも期限があり、守らなければ信用を失う事は分かっている。それでも手を抜く事はできない。おじは期限には寛大だが、両親と編集者からは繰り返し怒られていた。
 青鬼編集者は千方の凝り性を評価していたが、放って置けば仕事として問題がある。それで責め立てるのだ。
 仕事では怒り怒られる間柄でも、こうして飲む段には仲良くなる。二人とも談笑しながらながら焼肉を頬張り、ビールを飲む。鬼二人が飯を喰らい酒を乾すと迫力があり、昔話の鬼の宴会さながらの有様だ。
 おじは、二人の仲の良さを見て「ブッチャー・シークの極悪コンビだな」と言った。千方は何の事かわからなかったが、ある時に雑誌の「なつかしの昭和特集」を読んでおじの言った意味が分かった。どちらをブッチャーと言っているのかも分かった。その時は、館長室のある二階の窓からおじを投げ飛ばしたくなった。
 食い飲み放題コースには時間制限があり、それに伴い酒盛りはお開きになった。酒癖の悪い青鬼編集者は、千方が羽交い絞めにして店から引きずり出さなくてはならなかった。いつもの事だと、千方は苦笑しながら引きずって行った。

 隣のベットで、青鬼編集者がいびきをかいて寝ている。普段は取り澄ましているが、酒を飲むと別人の様にだらしが無い。
「いくら青鬼でも度が過ぎますよ、穏京さん」
 千方は、苦笑しながらシーツをかけ直してやる。
 千方は青鬼編集者のいびきを聞きながら、自分のパトロンである刑部狸の事を考えていた。千方のパトロンは、青鬼編集者の勤める出版社のメインバンクの頭取だ。日本の経済界では、新指導者の一人として知られている。彼女は、銀行業のかたわら文化事業に積極的に出資していた。「金儲けは手段だ。目的ではない」そう彼女は、千方に言っていた。
 千方の第三作目が刑部狸の頭取の目に留まり、二人は交流するようになった。現在では、刑部狸はパトロンとなってくれている。「宮本常一と渋沢敬三のような関係になりたいな」そう狸のパトロンは言ってくれている。
 これにはさすがに千方は恐縮した。パトロンが自分を昭和初期の経済界の大物である渋沢敬三を例えるのは良いが、千方自身が宮本常一を気取るのはあまりにもおこがましい。そう千方は恐縮した。
 パトロンは、人間の生活に魔物が関わってきた事を小説という手段を用いて描く事を千方に期待している。千方の望みは、パトロンの期待と重なっている。千方は、全力を尽くしてパトロンの期待に応える事を望んでいた。
 私は恵まれているな、千方は改めてそう思う。両親からは教育を受けさせてもらい、仕事についてもきちんと仕込まれている。おじからも、教育と仕事で大恩がある。今では、自分と志を同じくするパトロンがいる。恵まれすぎているくらいだ、そう千方はかみ締める。
 千方は、自分の恵まれた境遇を自覚しながら言動を取っている。自分は恵まれた環境に居ながらそれを自覚せずに、「自己責任」や「自助努力」を他人に向かって喚きたてる馬鹿とは違う。そういう点で、千方はまっとうだ。
 結果を出さなくてはいけないな、眠りながら轟音を立てる青鬼編集者を見ながらそう考える。今度の仕事で結果を出さないとな、千方は拳を握り締めた。

 千方と編集者である穏京は、アメリカで生まれたコーヒーチェーン店で人を待っていた。世界中で労働問題を起こしているコーヒーチェーン店などに入りたくは無かったが、いくら東北でも夏の日差しと暑さはきつく、屋内で冷房のある所で居たい。しかも辺りに待ち合わせに向いた場所もあまり無い。仕方なく、気取った造りの店で待ち合わせていた。
 待っている相手は、秋田にある歴史民俗資料館の職員だ。先日取材した大天狗に紹介された人だ。
 千方は、取材する時は二つの事を特に気をつけている。一つは、扱う人物や物事のポイントとなる時点、地点を特定して集中的に調べる事だ。満遍なく調べて書くと、パンフレットに毛が生えた様な代物になってしまう。ポイントの特定に失敗すると頓珍漢な物になるが、成功すると鋭さと密度のある作品に仕上がる。
 千方が二つ目に気をつけている事は、取材相手から次に取材する相手を聞きだす事だ。取材相手をつなげて行き、たどって行く。そうすれば思わぬ重要人物にたどり着き、貴重な話を聞きだせる。千方は、大天狗から紹介された人物を心待ちにしていた。
 約束の時間の十分前に、目当ての相手が現れた。だが、最初は千方も穏京も気が付かなかった。現れる相手は、青年か中年だと思っていたからだ。自分達の席へ少年が現れた時は、千方は少なからず驚いた。
「すみません。私は、蝦夷歴史民俗博物館の安藤と申します。失礼ですが、中臣先生でしょうか?」
 少年の涼しげな声に、千方は礼を失して相手をまじまじと見てしまった。釣り上がった目の似合う細面であり、細くしなやかな体と合わさって中性的な魅力がある。身のこなしは、優雅さの中に怪しげな雰囲気を漂わせるものだ。青紫のシャツに黒のスラックス姿が良く似合っている。泉鏡花や横溝正史の小説にでも出てきそうな妖艶な少年だ。
 千方は、ポカンと少年を見つめている。突然はじかれたように立ち上がると、ぎこちない手付きで名刺を取り出し、しどろもどろな挨拶をする。
 そんな千方を、穏京は面白そうに眺めていた。

 安藤は、見た目は少年だが二十四歳の青年だ。今年大学院を出て、蝦夷歴史民俗資料館に就職した。二十四歳だと聞いて、千方も穏京も信じられなかった。高校生くらいにしか見えない。
 驚いてばかりもいられないので、千方は秋田の歴史と民俗について質問していった。質問する事は、明治以後のカラス天狗を取り巻く秋田の状況だ。今でこそ魔物は表に出てきているが、明治から平成にかけては魔物達は人間から隠れていた。この潜伏期間の秋田のカラス天狗について、千方は知りたい。当事者からはある程度話は聞いたし、当事者の所蔵している資料も読んだ。ただ、第三者の話も聞きたい。安藤は、秋田の魔物に関する近代の民俗を大学院で専攻しており、取材相手としてありがたい存在だ。
 千方はノートを広げて、安藤の話をメモしていく。千方は、取材のメモにはノートを使う。ノートパソコンだと、相手が話しづらそうになる事が多いからだ。レコーダーも、言った言わないが問題になる場合で無ければ使わない。レコーダーを使うと、インタヴューに緊張感が欠ける。その為ノートを使う。場合によっては、相手の前でノートを出さない時もある。人によっては、そのほうが良く話してくれるからだ。
 千方の尊敬する宮本常一は、相手の前ではノートを広げずに話が終わってからノートを取っていた。それでいて克明に記録する事ができた。千方には出来ない芸当である。幸い相手は研究者に近い存在であり、ノートを広げても問題の無い相手だ。
 安藤は若いにも関わらず、きちんとした話し方をする青年だ。事前に話をまとめており、千方の質問に対して5W1Hを意識して論理的に話す。千方としては、メモをまとめ易くて助かった。
 ただ、安藤の声の抑揚や動作に妖しい魅力があり、千方は心が乱れがちになる。安藤が意識的にやっているか無意識にやっているのかは、千方には判断できない。いずれにしろ、千方にとっては平静に話をする事が難しい相手だ。
 二人の話は長く続いた。コーヒー店の店員は、時折千方達のほうを見る。既に四時間も居るのだから当然だろう。千方は夢中になると時間を忘れる性質であり、安藤も同じタイプらしい。穏京に強引にさえぎられて、やっと二人は腰を上げた。

 三人はコーヒー店を出ると、駅前の通りを歩いた。駅前の人通りは、昼間にも関わらずそれほどいない。安藤の話によると、郊外型店やショッピングモールによって客を取られてしまったそうだ。地元の店は大資本に屈した所が多く、それが駅前の衰退した理由の一つだ。駅前に有る店も、先ほどのコーヒーショップを始めとする大資本の物が多い。
 三人は、一軒の飲食店の前に通りかかった。ブラック企業の代名詞として使われる居酒屋チェーン店だ。安藤は、ゴミを見るような目でその店を見る。そこにはかつては老舗の本屋があったが、閉店に追い込まれた。同じ建物で代わりに営業を始めたのが、ブラック居酒屋だ。安藤の説明は抑制されたものだが、目には隠しきれない嫌悪があった。
 千方は少し考え込むと、秋田はブラック企業が多いのですかと安藤に質問した。安藤は少し間を置くと、ホワイト企業もありますがブラック企業は多いですと答えた。元から秋田の雇用環境は悪いのです。そこに中央の大資本が目をつけて、少しばかりいい労働条件を提示して進出して来ます。その大資本に、秋田は食い物にされる事が多いのです。そう安藤は、無感情に答えた。
 千方は、歩きながら考え込み始めた。周りに注意が向かずに、何度か人にぶつかりそうになる。見かねた穏京が手を引いて注意をすると、小説のファクトとして使えるなと千方はつぶやいた。

 千方は、小説の大雑把な方向を定めた。秋田を舞台に江戸から現代までの歴史を、平田篤胤と交流があったカラス天狗の口を借りて語らせるのだ。カラス天狗の口を借りて描くのは、秋田の土俗に浸っている庶民達だ。彼らと魔物の関わりを描いていくのだ。
 この小説を書くにあたって、安藤の存在は大きな物となる。彼の秋田の民俗の知識は、小説に不可欠だ。千方は、安藤の時間の許す限り安藤から話しを聞いた。安藤も積極的に協力をしてくれ、安藤の勤める蝦夷歴史民俗資料館も便宜を図ってくれている。大天狗が口ぞえしたおかげだそうだ。
 この小説は、貧困がひとつのファクトとなる。秋田の庶民の歴史には、貧困が大きく関わっている。戦前の秋田は全国屈指の地主支配の県であり、激しい収奪が行われていた。戦後も、大都市に下層労働者を供給していた。庶民ではないが平田篤胤が秋田を出たのも、一説によると藩の財政危機により困窮した事が原因らしい。秋田の歴史からは、貧困をはずす事はできない。
 千方は現代でストーリーを終わらせるために、現代の秋田の貧困についても調べる事にした。安藤の紹介で、秋田のブラック企業を追求しているMPO法人に協力してもらえた。彼らの協力で、問題になっているコールセンターについて調べる事ができた。
 県南では、製造業が壊滅したため県がコールセンターを誘致した。そのコールセンタは、従業員の賃金を遅配させた挙句、一部の従業員に対して既に払った賃金の返還を要求していた。その為に県議会で問題になっている。
 また県の中央にあるコールセンターは、大半の従業員を非正規社員として雇って大量採用、大量解雇を繰り返した。その為にそのコールセンターの名は、県民の間ではブラック企業の代名詞として使われている。職業訓練を行っている専門学校の中にも、そのコールセンターとは提携を止めてしまう所が出ている。
 その二つとも中央から進出してきた企業だ。そんな企業が大きな顔を出来るのは、秋田の雇用が悪すぎるからだ。同族が支配する中小企業は、労働基準法違反の常習犯だ。最低賃金を払わない所も珍しくない。そもそも秋田県の最低賃金が、全国でも下位ランキングに入る。
 話を聞きながら、千方は陰鬱な気分になるのを抑えられなかった。民俗学を対象としていると、貧困の問題は避けられない。その為、千方の小説には常に暗さが付きまとう。千方の朗らかさゆえに、小説には何とか救いはある。ただ、それでも書く物には陰鬱さは付きまとった。
 千方は、調べた事、教えてもらった事をどこまで小説に書くか頭を悩ませ始めた。

 千方は、資料をまとめながら安藤の事を考えていた。千方は、日に日に安藤のことが頭を占めるようになってきている。
 安藤には、独特の魅力がある。どこか現実の人間から離れているのだ。ものの言い方、立ち振る舞いが現実離れをした所がある。小説の中の人物が、目の前に現れているようなものだ。千方は、安藤を居ると泉鏡花の小説世界に紛れ込んだような気がする。
 千方は、幻想に惹かれる傾向がある。民俗学は異界を対象とするなど、幻想に親和性のある学問だ。千方が民俗学に惹かれた理由の一つが、幻想性にある。
 大天狗たちのエキセントリックな生活も、千方は呆れはしたが共感する部分もある。天狗は、異界との橋渡しの役目を担っている。もしかしたら、ヴィスコンティもどきの生活や小型のマチュ・ピチュ遺跡も、彼女らなりの異界の表現なのかもしれない。
 現実を生き、現実を調べて行くと、次第に幻想へと引かれていく。少なくとも千方はそうだ。千方が、赤鬼という現実と幻想の間を行き来する存在だから幻想に惹かれるのかもしれない。だとしても幻想は、千方にとって拭い去る事はできない物だ。
 安藤は、千方にとって一つの幻想を体現した存在だ。だからこそ、魔物娘であるにも関わらず今まで男とろくに交流をした事がない千方は、安藤を強く意識した。
 もちろん安藤は、現実の人間だ。千方の勝手な妄想を押し付ける事は迷惑だろう。それでも千方は、安藤に惹かれるのを抑えられない。
 午後からは、安藤と打ち合わせをする。今から心が騒ぐ事を、千方は抑制できなかった。

 千方達は、これから飲みに行くために夜道を歩いていた。参加者は、ブラック企業対策のNPO法人の職員二人と安藤、穏京、千方の五人だ。
 千方は、時折安藤のほうを見る。安藤は、誰に対しても丁寧に応えている。安藤を独占できないかなと、千方は密かに思う。
 建物の陰から四人の人間が出てきて、千方達の前をふさいだ。四人とも金属バットや特殊警防を持っている。背後の物音で振り返ると、武器を持った四人の人間がふさいでいる。千方を取り囲んだ者達は、無言のまま殴りかかって来た。
 驚きを抑えて千方は前へ、穏京は後ろに向かった。千方は金属バットをかわし、右手を突き出す。一人の者が壁へ吹き飛んだ。千方と穏京以外にも、NPO法人の職員が戦いに加わる。彼らは唐辛子スプレーを持っていた。ただ、安藤は力が無く武器も持っていないようだ。千方は、安藤の前に出てかばう。
 千方の左肩に強い衝撃が加わる。襲撃者の特殊警防で殴られたのだ。千方は襲撃者を殴り飛ばすが、肩の打撃に動きが鈍る。金属バットを持った者が、千方に殴りかかる。その者の顔に、鞄がぶつけられる。安藤が投げつけた物だ。その隙に千方は、金属バット男を右手で殴る。
 辺りには六人の襲撃者が倒れている。残りの二人は逃げ去っていた。
 千方は左肩を抑える。痺れが走っており、うまく動かない。気遣わしげに寄って来る安藤に、千方は顔を歪めながら笑いかけた。

 千方は病院で治療を受けた後、警察の事情聴取を受けた。千方の左肩の怪我は打撲であり、骨には異常は無い。人間だったら骨が砕けていたでしょうと医者は言っていた。対する襲撃者達の怪我は尋常ではなかった。
「あなたがたの正当防衛である事は間違いありません。ただ、これからは人を殴る時にはボクシング用のグローブをはめる事ですな」
 怪訝そうな顔をする千方と穏京に、警察官は呆れたように言う。
「一人は頬骨が砕けていました。もう一人はあごが砕けていました。あなた達はどういう殴り方をしたんですか?」
 千方も穏京も、まともに答える事ができずに汗を流していた。
 その後の取調べで、襲撃者達の素性が分かった。貧困ビジネスを行っているNPO法人の職員だ。以前は、暴力飯場で働いていた者達や、暴力を始めとする不法行為を行って業務停止処分を喰らった人材派遣会社に勤めていた者達だ。そのNPO法人は、ワーキングプアや生活保護受給者を食い物にしていた。千方達が協力を要請していたブラック企業対策のNPO法人が、その実態を暴こうとしていた。その為襲撃され、千方達は巻き添えを食らった。
 千方は、気が滅入りそうになるのを抑えられなかった。貧困ビジネスが一つ摘発されても、秋田の現状は変わらないだろう。また同じ事をする者が出てくる。ブラック企業対策の職員達が戦闘意欲を失っていない事が救いだが、それでも沈んだ気分になる自分を千方は抑えられない。
 安藤は、千方に寄り添っていた。

 千方は、資料をまとめ終わった。大天狗や蝦夷歴史民俗資料館から借りた資料は返し終わり、この地で聞くべき事は聞き終わった。明日には秋田を去る。
 宿泊しているホテルの一室で、千方は安藤と向き合っていた。
「いろいろとありがとうございました。これで小説を書く事ができます。完成したら送りますね」
 千方の礼に、安藤は微笑を浮かべる。この微笑を見るのもこれで最後かと、千方はため息を抑えながら思う。結局、安藤にアタックは出来なかった。自分が奥手だとは自覚していたが、それがこれほど恨めしく思った事はない。小説やコミックの登場人物を除けば、安藤は始めて恋愛感情を持った相手だ。
 ただ、これでいいかもしれないとも思う。幻想と現実は違うのだ。自分は幻想を現実に当てはめようとしている。そんな事をしても、現実と衝突して失敗するだけだ。
 自分の考えに沈んで行こうとする千方に、安藤は寄り添うように近づく。安藤が千方の手を取った時に初めて、千方は安藤の接近に気が付いた。あわてる千方を、安藤は見つめる。
「中臣先生は、これからも私と会っていただく気はありますか?」
 あわてるあまりまともに答えられない千方に、安藤は言い続ける。
「私は、これからも中臣先生とお会いしたいのです。迷惑だったら諦めますが、お付き合いをしていただけませんか?」
 意味不明な事を口走ると、千方は安藤を押し倒す。
「い、い、いけないんですよ!魔物娘にそんな事を言ったら押し倒してしまいますよ!」
 千方の目は焦点を結ばず、言葉はしどろもどろだ。
「もう押し倒しているじゃないですか。それに押し倒してもらえてうれしいですよ」
 安藤は苦笑しながら答える。そして安藤は、顔を伸ばして千方に口付ける。
「押し倒すのはいいですけれど、キスは私からしますね」
 口付けられてさらに泡を食う千方は、不明瞭なしゃべり方で質問をする。
「な、なぜ私を気に入ったんですか?わ、わ、わけがわかりません!」
 安藤は微笑むと、千方を見つめる。
「私を守ってくれた鬼を好きになったんですよ。私にとって鬼は憧れの存在です。その憧れの存在が守ってくれたのだから、好きになるのは当然の事ですよ」
 安藤は、自分を押さえつける千方の腕を愛撫する。
「私の事は季長と呼んでください。先生の事は千方さんと呼んでいいですか?」
 安藤は薄く笑った。

 千方は、ベットの上に安藤を乗せて覆いかぶさっている。繰り返し口を吸いながら、安藤の服を脱がしていく。安藤からは、男性用の香水がほのかに香る。
 ふと、千方は自分達が体を洗っていない事に気が付く。それほど自分の体は汚れていないが、安藤は嫌がるかもしれない。体を洗ってから改めてやろうかと考えたが、チャンスを逃してしまうような気がしてそのままやろうとする。安藤も、体を洗おうとは言わない。
 安藤の体は純白と言っていいほど白く、きめ細かな肌だ。千方の赤い筋肉質な体とは対照的だ。千方は、安藤の体に唇と舌を這わせる。汗腺が無いのかと思うくらい、汗をかいていない体だ。夏なのに冷ややかさの感じられる体だ。
 千方は、安藤のスラックスとトランクスを脱がす。安藤の下腹部がむき出しになり、千方の目の前に晒される。千方は安藤のペニスを含み、ゆっくりと舐め回す。わずかだが安藤の下腹部には臭いと味がある。千方は臭いを嗅ぎながら、安藤のペニスを口で愛撫した。
 千方は胸をむき出しにすると、安藤のペニスを挟み込む。自分のつたないフェラチオよりは、胸のほうが気持ちよく出来ると考えたからだ。安藤は、少女のように喘いでいる。出そうですと安藤がささやくと、千方は胸に力を入れて動きを早くする。
 安藤のペニスは弾け、精を噴き出した。白濁液が、千方の豊かな赤い胸を白く染めていく。辺りには精液独特の青臭さが漂う。千方は、自分の胸ごと安藤のペニスを舐め回し、精を口にしていく。独特の苦さがあるが、千方は不快に感じない。むしろこれだけの物を出させた事に喜びを感じる。
 千方に舐め回されて、安藤のペニスは回復する。千方はスラックスとショーツを脱ぎ、青みがかった黒い陰毛に覆われた下腹部を露出させる。既に陰毛は濡れて、窓から差す光を反射している。千方は安藤に跨り、ヴァギナにペニスを飲み込んでいった。
「コンドームをつけたほうがいいんじゃないですか?」
 安藤は、快楽に喘ぎながら言う。
「別にかまいませんよ。中に出しちゃってください」
 千方は、くすくす笑いながら答える。あわてる安藤を、腰を動かして喘がせる。
 千方の股間からは、血が流れてきた。千方の処女膜が破れたのだ。それほど痛くなかったな、千方は安堵しながら思う。
 千方は、喘ぐ安藤を見下ろした。細くしなやかな体をよじり、口を半開きにして喘いでいる。まるで男である千方が、少女である安藤を犯しているようだ。倒錯的な光景に、千方は興奮する。
「千方さん、どいてください!本当に中で出してしまいます!」
 喘ぎながら切羽詰った声を出す安藤に、千方は笑いかける。
「言ったでしょ、中で出してくださいと」
 千方が安藤のものを締め付けると、安藤は再び弾けた。
 千方の中に、精が放出される。子宮へと精子が染み込んで来る。千方はうめき声を上げながら、安藤の精を迎え入れる。
 千方の体からはおびただしい汗が噴出しており、薄っすらと汗をかく安藤の体の上に汗の雫が滴る。あたかも安藤が千方に染まっていくようだ。千方は安藤に覆いかぶさり、抱きしめた。

 千方は、秋田へ移り住んだ。安藤と付き合い始めたからだ。安藤は両親と同居しているが、いずれは千方と同棲する予定だ。
 千方の書いた秋田を舞台とした小説は、良い売れ行きだ。秋田の人の中には千方を非難する者もいるが、きちんと評価する人もいた。今のところ、千方の秋田での暮らしは順調だ。
 穏京は、千方が安藤と付き合い始めた事に驚き、「あなたに越されるとは思わなかった」とぼやいていた。そうは言いながら、二人の仲を応援してくれている。
 今、千方と安藤は駅のホームにいた。千方は新しい小説のために北海道へ取材に行くので、安藤が見送りに来たのだ。千方は、北海道開拓を題材に小説を書くつもりだ。北海道開拓には、魔物が関わっている。それに千方の尊敬する宮本常一は、敗戦直後の北海道移住運動に関わっている。千方には、北海道開拓は興味深い題材だ。
 千方は旅ばかりする小説家だ。安藤といる時間は限られるが、それでも二人はうまくいっている。
 千方と安藤は、お互いを見つめて素早く抱きしめあう。千方は、安藤の体の感触を確かめた。
 千方が乗るとすぐに、列車は動き始める。北へ去り行く列車を、安藤は穏やかなまなざしで見送っていた。
14/07/20 07:42更新 / 鬼畜軍曹

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