神父と金
市の中心に巨大な廃墟がある。いくつもの尖塔が立ち並んだ鋭角的な建物だ。廃墟とは言うが、痛んだ所はあまりない。建物にはまったステンドグラスも、ほとんどは割れずに残っている。
その建物は、かつては大聖堂であった。この国の主神教団の本部だった所だ。多くの神父とシスターが、この建物の中で働いていた。今は誰一人いない。通りにいる人々も見向きもしない。
一人の男が、大聖堂の前に通りかかった。大聖堂の入り口の前に立ち止まると、じっと建物を見上げる。何の表情も浮かべず、無言のまま見上げ続ける。
男は軽く頭を振ると、廃墟から離れた。相変わらず無表情のままだ。男にとっては、大聖堂であった建物は大きな意味を持つはずだ。
男はかつては神父だった。
二年前までこの国は反魔物国だった。主神教団が大きな勢力を持っていた。小国ながらも盛んな商業と主神教への信仰が、この国を特色付けていた。
それも二年前までの話だ。魔王軍の侵攻によって、この国はあっさりと魔物の支配下に落ちた。現在は、この国は魔王軍の保護国だ。近いうちに魔王直轄領になるだろう。
この国において、主神教団は滅びた。魔物達は、人間を自分達のうちに取り込んで行った。魔物達は人間と婚姻関係を結んでいき、人間を自分の手の内に収めていった。魔物と交わった男はインキュバスとなり、人間ではなくなる。人間の女も、魔物の魔力や魔物側が供給する食物により、サキュバスへと変貌していった。もはやこの国では、人間は少数派である。人間の信仰である主神教は、急速に衰退していった。
神父やシスターの生活も、当然ながら激変した。
ルカは、政庁の一室で政庁で使う備品の納入費を計算をしている。政庁の会計がルカの仕事だ。細かい数字を、確認しながら几帳面に記入していく。無表情に機械的な動きで帳簿を記入していくルカの姿を見ていると、計算する自動人形のように見える。
一人の女が、ルカを背中から抱きしめた。ルカの背後から甘い匂いが漂ってくる。
「あなた、仕事はちゃんとやっているのかしら?」
抱き付かれた拍子に、羽ペンのインクが帳簿に滴る。ルカは軽くため息を付き、インクを吸い取る粉を一つまみして帳簿の汚染部分に置いた。後ろを振り返り、女に平板な声で苦情を言う。
「仕事中に抱き付くのは止めてくれ、エディッタ。インクがこぼれてしまったじゃないか」
エディッタと呼ばれた女は、微笑みながら謝る。
「ごめんなさいね。でも、これでも我慢しているのよ。本当は、一日中あなたを抱きしめていたいのよ」
エディッタは豊かな胸をルカの背に押し付け、ルカの胸や腹を手で愛撫する。エディッタは、人間ではなくサキュバスだ。頭に白い角を2本生やし、背には蝙蝠のような黒紫色の翼を生やしている。胸と股間以外は、白い肌を大胆に露出した黒皮の服を着ている。他の主神教が盛んな地域と比べればこの国は開放的だが、エディッタのような格好は人間だったら娼婦でもしない。淫魔と呼ばれる種族にふさわしい格好だ。
エディッタがルカを抱きしめていると、彼らの上司がやって来て叱り付ける。
「仕事中は抱き付いたらだめだと言ったでしょ、エディッタ。そういう事は、仕事が終わってから好きなだけしなさい。私だって我慢しているのだから」
上司は、とがった耳と褐色の肌が特色であるダークエルフだ。健康的な肌を惜しみなくさらした白い光沢のある服を身に着けている。
「書記官殿は、抱きしめるよりも鞭で打ちたいんですよね。旦那さんを鞭でよがらせたいんですよね」
エディッタのからかう口調に、ダークエルフは得意げに答える。
「そうよ、悪い?鞭打ちをしてよがらせることは、旦那への最高の愛情表現よ。あなたも鞭打ってほしいかしら?部下への愛情表現として」
遠慮しま〜すと軽い口調で答えると、エディッタはルカから離れる。ルカは、ため息を付きそうになるのを抑える。いまだに魔物の性への開けっ広げな態度は慣れない。ルカは潔癖と言うわけではないが、元神父として性を公言する事には抵抗がある。
ルカは、二年前まで神父だった。魔物の侵攻によりこの国の主神教団は壊滅し、ルカは神父の職を失った。占領軍の雇用対策により、ルカは政庁の会計の仕事に付いた。教団にいた頃から会計の仕事に就いていたため、政庁の会計の仕事はルカに適している。
エディッタは、魔物侵攻の際に強引にルカの妻となった。それ以来、ルカにしつこく付きまとっている。職場や住処まで同じにした。
ずいぶんと変わってしまったな。ルカは、何度目になるか分からない慨嘆を心の中でする。まあ、仕事をして飯を食えるならいいか。商人である両親ならば、同意するだろう。どうせ俺は、商人としても神父としても落ちこぼれだしな。俺に出来る事は、金勘定だけだ。ルカは、心の中で苦くつぶやいた。
ルカは、政庁内の市民生活への対応を管轄する部署へ来た。その部署が届けてきた各種見積りが問題なしだと報告するためだ。本当は一部に不明な所があったが、少しくらい大目に見ないと組織がうまく動かない。
担当の役人に報告をして必要事項を確認すると、その役人と雑談に入った。彼は、元神父でルカとよく顔を合わせていた。話題は、海上貿易をする商人たちの新たな試みについてだ。商人達は、あらかじめ金を出し合って事故で船が沈んだ場合の損害を補償するというのだ。
海上貿易は、この国の主要な産業だ。小国ながら発展しているのは、海上貿易によるところが大きい。魔王軍支配下になっても、それは変わらない。海上貿易は儲かるが、大きな欠点を持っていた。船が沈みやすい上に、損害が大きいのだ。その為、海上貿易に関わる商人達が首を吊る破目になる事は珍しくない。今までは、船を複数用意して積荷を分散する事で被害を少なくしていた。ただ、それだけでは危険の分散としては足りない。それで、金を出し合って損害を補償する事になったのだ。
ルカには、良い試みに思えた。ただ、商人達の間では懸念も起こっているらしい。古くなった船をわざと沈めて、積荷の損害を過大に見積もり金をせしめる者が現れるのではないかと言うのだ。その為に、古い船の場合はあらかじめ払う金を多く出させたり、事故かわざとか調べる機関を造る案が出されている。船主の中には、そんな案が通るのならば金は払わないとごねる者が出ているそうだ。
「船を沈める気はなくとも、他の船主よりも高い金を払う事になればやる気をなくす船主も出るだろうな」
ルカの相手の役人は、しょうがないと言った調子で話す。古い船を使っている船主は、あまり豊かではない者がいる。新しい船を買う金がなく、仕方なく古い船を使っているのだ。そんな船主達に金を多く出せと言っても無理な相談だ。
「この試みがうまくいくかどうかはわからないが、これから次々と新しい動きが出るかもしれないぞ」
相手の言葉に、ルカもうなずく。ルカの国のある地域は、小国が多い所だが新しい動きが出て来ている。例えば、ルカが仕事で使っている複式簿記だ。
大陸の他の国の会計は、大概は単式簿記で行っている。つまり家計簿と同程度のやり方を、商人や役所はしている。それに対してルカのいる地域は、商業が発達しているため複式簿記を使うようになってきている。複式簿記は、取引の原因と結果という二つの面に着目する会計方法だ。この方法を使うと、全体の財産の状態と損益の状態が分かる。この複式簿記は、ルカ達の国では商人だけではなく役所でも使われつつある。主神教団でも使っていた。
役所や教団は営利を目的とはしないと言って反対する者もいたが、結局は役所や教団でも使われることになった。商業が盛んな地域ゆえの実用主義だと言える。
ルカは、商人であった両親に複式簿記を叩き込まれた。その後神父になったが、教団の会計係として複式簿記を用いて働いていた。現在は、政庁で複式簿記を用いて働いている。
「まあ、新しい動きでも魔物の支配は微妙なものだがな」
ルカは、苦笑しながらうなずく。ルカも相手も神父の職を失った。おまけに魔物に夫呼ばわりされている。
「リナルド、仕事の話をしているのかしら?」
噂の当事者がやって来た。ルカの話相手を夫呼ばわりしている魔物だ。上半身は黒髪の美女だが、下半身は緑色の蛇体だ。
「ああ、そうだけど」
リナルドは澄ました顔で言う。
「ちょっと仕事が溜まっているから、早めに来てね」
蛇の魔物は、ルカに一礼して戻っていく。
「やれやれ、四六時中一緒に居ないと気が済まないらしい。信者の集まりにも付いて来ようとする。何とか付いて来させない様にしているがな」
リナルドは、仕事の傍ら神父として信者に会っている。主神教団がこの国で滅びても、神父の仕事を果していた。
ルカはいたたまれなくなった。ルカを信用する信者など居ない。ルカは、教団の内部で会計を行っていた者だ。ルカの顔など知りもしないだろう。
もっともリナルドと違い、ルカは対人能力が乏しい。信者を直接相手にすることなど出来ない。既にルカ自身が、当の昔に認めている事だ。
「あいつは、俺が信者の集まりに行くたびに林檎を手渡して『知恵の果実よ』と言いやがる。たいした嫌がらせだ」
ルカは苦笑しながら、リナルドをうらやましく思う。自分には信者を支える事が出来ない。ルカは、鈍い痛みと共に再確認した。
ルカは、一人街を歩いていた。政庁の仕事が終わり、帰路についているのだ。ただ、帰る前に一人で考え事をしたくて回り道をしている。エディッタも付いて来たがったが、強引に一人にしてもらった。
夕暮れとなり、仕事帰りの人狙いの商人達が盛んに声を上げている。それをぼんやりと聞きながら、ルカは自分のこれまでの事を思い返していた。
ルカは商家の出だ。ルカの家は、東方の国々から船で運ばれた物を市中で販売する商売をしている。主に扱う商品は香辛料だ。
ルカの両親は、ルカを跡取りにしようとして商売について叩き込もうとした。ルカは、親の期待を見事に裏切った。ルカには商才はなかった。特に人を相手とする能力がない。交渉以前に、人に対してまともな応対が出来ないのだ。
両親はルカに何とか商売を叩き込もうとしたが、ルカが二十の時に匙を投げた。商売は要領のいい弟に継がせる事にした。ルカが身に付ける事が出来たのは、会計の知識と技術だけだ。
ルカの両親は、ルカを神学校に入れた。神父としてなら何とかやっていけるのではないかと考えたからだ。ルカは、自分より若い同級生達と共に勉学に励んだ。ルカの成績は悪くはなかった。
だが、神父になってからルカの弱点がむき出しとなった。神父は、信者を相手としなくてはならない。対人能力が必要な仕事だ。ルカは、信者にまともに応対できなかった。ルカは、たちまち教団のもてあまし者となった。
ルカにとって幸いな事は、ルカの能力を見抜いてそれにふさわしい仕事をあてがう者がいた事だ。左遷先のルカの直属の上司は、ルカに会計の能力がある事に気づいた。上司は、教団の人事担当の司教に掛け合い、ルカを会計の部署に移動させた。この会計の部署で、ルカは何とか人並みに働く事が出来た。
ルカにとっては、始めは会計の仕事はやりがいの有るものだった。自分が子供の頃から叩き込まれ、やっと習得したものが役立ったからだ。自分のこれまでの苦労が報われる気がした。
それは始めのうちだ。やがてルカは、上司にある事を命じられた。帳簿を操作して裏金を作ることだ。既に支出された事にして、予算を蓄積する事を命じられた。政治資金として裏金が必要らしい。その上司は、手取り足取り帳簿の操作の仕方をルカに教え込んだ。
ルカには苦痛な事だ。自分の要領の悪さへの劣等感から、ルカは不正に嫌悪感を持っている。自分がその不正の当事者となるのだ。
ルカは、なぜ裏金を作らなければならないのか分かっている。教団は、神の組織であるため自由に支出できない。裏金を作らなければ出来ない事がある。教団は大きな勢力を持つために、政治工作をする必要がある。教団が信者のために働こうとすれば、裏金は必要悪だ。現に、大司教や司教は清貧を体現した生活をしている。決して自分の浪費のために裏金を作っているわけではない。
ルカは、嫌悪を抑えて裏金作りを行い続けた。誰かがやらねばならないと、自分を納得させようとした。
だが、それでも嫌悪はルカに付きまとう。ルカは金を、自分の仕事を、不器用な自分を嫌悪した。
その自己嫌悪の日々は、二年前に終わりを告げた。突如魔王軍が、ルカ達の国に攻め込んできた。ルカ達の国は、商売はうまいが軍はそれほど強くはない。魔王軍になすすべもなく占領された。
教団は、魔王軍占領と共に急速に衰退した。教団組織は、魔王軍の管理下に置かれた。魔物の排撃に関わった者で罪が重いと見なされた者は、投獄された。その他大勢の神父やシスターが更迭された。ルカも更迭された。
国民は魔物と交わることでインキュバスやサキュバスとなり、主神教から離れていった。神父やシスターもまた、インキュバスやサキュバスへ変貌した。ルカもインキュバスとなっている。
魔王軍が侵攻して来た時、他の者が走り回っている中でルカは歩いていた。もう既に魔王軍は市を包囲している。逃げる所はない。市の城壁を越えて来た魔王軍に狩られるのは時間の問題だ。不器用な自分が助かるはずはない。ルカは、そう諦観していた。
歩いているルカの前に、一人の魔物が降り立つ。黒髪から白い角を生やし、背に蝙蝠のような翼を持つ魔物だ。神父であるルカには、それがサキュバスである事が分かった。ルカは、ため息を付いて魔物を見た。
サキュバスは、面白がるような顔をしてルカを見ていた。顔は、淫魔だけあって妖艶な魅力がある。
「これはこれで面白いかもしれないわね。いいわ、この人にしましょう」
そう楽しげにつぶやくと、ルカに近づいて来た。
「私はエディッタ。魔王軍の一員で、サキュバスよ。よろしくね」
エディッタと名乗るサキュバスは、ルカに抱きつき体を撫で回す。若々しさと妖艶さの同居した顔を、ルカの胸に摺り寄せる。
「私を殺さないのか、魔物よ?」
ルカのつぶやきに、エディッタは不満げに口を尖らせる。
「神父なら、私達魔物が人を殺さない事を知っているでしょ?なぜ、そんなつまらない事を言うの?」
エディッタは、ルカを押し倒した。
「つまらないことを言ったお仕置きよ。私の好きなような犯すからね。まずは体から支配してあげるわ」
そう言うと、エディッタはルカの服を脱がし始める。服を脱がすと股間を見て舌なめずりをするが、目を離してルカの顔を見上げた。ルカに顔を寄せると、素早く口付けをする。
「まずは、これからやらないとね。いきなり股間にむしゃぶりつくのは見っとも無いからね」
エディッタは再び口付ける。その後、ルカはエディッタに犯された。気を失うまで精を搾り取られた。
ルカが目を覚ますと、エディッタは傍らに居てルカを撫で回している。ルカは、大聖堂内の居住区の一室にある寝台に寝かされていた。
「ねえ神父さん。そろそろ名前を教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
ルカは、軽くため息を付くと名前を名乗った。
「そう、ルカと言うのね。いい名前ね。これからよろしく頼むわね」
それ以来、エディッタはルカに付きまう様になる。ルカに対して繰り返し繰り返し交わりを強要してきた。交わりの結果ルカがインキュバスとなると、エディッタは自分達は夫婦だと言い始めた。
インキュバスとなったルカは、もはや神父の資格はない。他の神父やシスターも、インキュバスやサキュバスとなって神父やシスターの資格を失った。信者だった者達も、インキュバス化、サキュバス化していた。主神教の信仰は、魔物支配下でも許されていたが、人間の魔物化が進んでは意味がない。こうしてこの国では、主神教団は壊滅し主神教は衰退した。
失業したルカは、魔王軍の雇用政策により政庁の役人となった。ルカの持っている会計の知識と技術から、政庁の会計を担当する部署へ配属された。押しかけ女房のエディッタも、同じ部署へ配属される事となる。エディッタの親は商人であり、エディッタも複式簿記を始め会計の知識と技術を持っていた。
占領以来ルカは、魔王軍支配下の政庁で会計の仕事を自称妻のエディッタとこなしてきた。
気が付くとルカは、市場の外れに居た。昔の事に浸りすぎて気づかなかったなと、ルカは苦笑する。
辺りを見回すと、奇妙な格好をした女が居た。緑色のすその短い服を着て、足に茶色の丸く膨れ上がった毛の様な物を付けている。以前に見た東の大陸にある大国の衣装と似ているが、どこかちがう。頭に丸っこい茶色の耳が付き、尻から茶色い尻尾を生やしている事から魔物だろう。かわいらしい顔立ちをしているが、どこか抜け目なさそうな表情を浮かべている。
ルカが見ている事に気が付くと、女は人懐っこそうな笑顔を浮かべて近づいて来た。
「いやあ、どうも。私は行商人の者ですが、旦那はお役人の方ですか?」
奇妙な訛りのある話し方だ。ルカは女に少し警戒をしたが、素直に答える事にする。
「ああ、私は政庁に勤めている者だ」
女は、にこやかに受け答える。
「そうですか。どういうお仕事をしているか聞いてもよろしいですか?」
軽率に言ってもいいか迷ったが、大して問題はないだろうと判断してルカは答える。
「政庁の会計をしている」
女は楽しげに笑い出した。
「そりゃあ、いい仕事をしていますなあ。まず、何でも金勘定が出来なければ話になりません。金勘定こそが全ての基本です」
ルカは、女の大げさの言い方に苦笑する。その後、ルカは女と立ち話をした。
女は、東の果てにあると言うジパングから来た行商人だと言った。刑部狸と言う魔物娘らしい。名はユキと言う。ユキの着ている妙な衣装は、ジパングの衣装だそうだ。この衣装を着ると、客が喜ぶらしい。
ユキは、商売の匂いを感じて西へ西へと進んで来て、ついにルカの国まで来たそうだ。もう、ジパングを出て十年以上になるらしい。
ここへは、東から香辛料を運ぶ経路を開拓するために来たそうだ。やや特殊な所で作られる変わった香辛料を売るらしい。ルカのいる市では開拓のめどが立ったから、これから地方を開拓するそうだ。
ただ、地方で開拓をする前に法について調べる必要がある。中央と地方では、商売に関わる法が違う。場所や場合によって、中央と地方のどちらの法を優先するか違ってくる。また、成文法と商慣習のどちらを優先するか違う場合もある。それらを調べてから動かないと、痛い目にあう。それで市に留まっているそうだ。
ルカも、自分の今の仕事について話した。もう話してもかまわないと思い、教団での仕事についても話した。さすがに裏金作りについては話さないが。
ユキはルカの話を興味深そうに聞いていたが、やがて眉をひそめるようになった。そして、思い切ったように話し始める。
「旦那は、どうも金勘定を馬鹿にしているようですな。あるいは金を馬鹿にしているのか。いけませんよ、金がなければ何も出来ません。飯を食う事も、人助けも出来ませんや」
そんなこと分かっているとルカが反論すると、ユキは首を振る。
「そうは見えませんなあ。金と金勘定に対して馬鹿にした態度ばかり見えます。確かに、悪どく金を稼ぐ奴、くだらない金の使い方をする奴は下種です。金を稼ぐ事が、手段ではなく目的になっている奴は馬鹿です。でも、金という物は稼ぎ方次第、使い方次第です。金を否定してはいけません。旦那のやっている金勘定は立派な仕事ですよ」
ユキはむきになって話していたが、ふと気が付いたように笑い出した。
「いけない、いけない、つい説教をしてしまいました。説教よりも商売をしなけりゃなりません」
ユキは微笑み、ルカに頭を下げる。
「それでは、これで失礼します。政庁のお役人ならまたお会いするかもしれませんな。その時はよろしくお願いします」
ユキの後ろ姿を見ながら、ルカは苦く笑っていた。本当に、金勘定が立派な仕事だったらいいのだがな。ルカは唇を歪めて笑い続けた。
その後、ルカは風呂屋によってから家に帰った。体も頭もすっきりとさせたかった。ルカを取り巻く状況は、ルカに鬱屈した感情を蓄積させるばかりだ。
まともに仕事をして評価されたい。人によっては、息を吸うように簡単な事だろう。ルカにとっては、生まれてこの方できない事だ。
風呂から出ても鬱々とした感情は消えない。胸と腹にしこりを抱えたまま、ルカは家に入った。
「遅かったじゃない。何をしてたの?」
エディッタは唇をとがらせる。風呂に入って来たと答えると、エディッタはルカに抱きつき臭いを嗅ぐ。
「本当に風呂に入ってきたのね。私と交わる前に、体をきれいにしたんだ。感心、感心。でも、少しくらい汚れていてもいいのよ。その方が興奮するから」
ルカは、無表情にエディッタを離す。始めの頃はエディットの露骨な物言いに赤面していたが、今は慣れてしまっている。
不満げにうなるエディッタをよそに、ルカは部屋の中を見渡した。エディッタが料理を作っている最中だとわかる。ルカは、早速手伝いを始める。
今夜の夕食は、パスタと豚肉の腸詰、空豆のスープ、それに葡萄酒だ。魔物の支配下で起こった変化の一つに、食事の内容がある。例えばパスタだ。魔物が支配する前は、肉と牛乳と一緒に煮たパスタを、チーズをかけて食べていた。魔物に支配される事により香辛料が手に入りやすくなり、一般庶民も香辛料をパスタにかけて食べるようになった。しかも魔界で生産される香辛料は、人間の作る香辛料に比べて複雑な味がする物だ。これにより、パスタの料理法は大きく変わりつつある。
香辛料の香りの漂う部屋の中で、二人は料理に舌鼓を打つ。ルカとしても、食事が豊かになった事は認めざるを得ない。ルカの舌が証人だ。
食事の後で少し休んだ後、エディッタはルカの服を脱がし始めた。これは毎日の事だ。エディッタは口付けをしながら、器用に服を脱がしていく。ズボンを脱がすと、エディッタはひざまずいてルカを見上げる。ルカに見せ付けるように、ペニスに口付ける。繰り返し口付けると、ルカのペニスはすぐに屹立していく。エディッタは微笑を浮かべて、ルカのそそり立つ物に頬ずりをした。
エディッタは、ルカの陰嚢を口に含み舐め回しながら、形の良い鼻を棹にこすりつける。ルカの陰毛越しに、顔を見上げて笑いかけてくる。ルカは、陰嚢と棹に与えられる快楽と見上げるエディッタの淫猥な笑みによる興奮から、先走り汁を次々と漏らす。先走り汁で、エディッタの顔は濡れ光っていく。
エディッタはいったんペニスから口を離し、胸に手をかけて服をずらす。白く豊かな胸をルカの股間に押し付け、ルカのペニスを胸で揉み込む。胸の谷間にペニスを挟み込み、始めはゆっくりと次第に速くペニスを扱く。エディッタは胸に顔を寄せ、唾液をペニスに垂らしながら先端を舐め回す。ぬめり光る赤黒いペニスを柔らかな白さを保つ胸で愛撫し、ピンク色の突起でいたずらっぽく刺激する。ペニスの先端からは、絶え間なく先走り汁が湧き上がる。エディッタはそれを舌ですくい、唇を付けて啜り上げた。
限界を迎えたルカが出そうだとうめくと、エディッタは先端を口に含み舌で強く舐め回す。胸の突起を棹にこすりつける。ルカのペニスは弾けて、精をエディッタの口内に射出する。
エディッタはインキュバスの激しい射精を口で受け止め、喉を鳴らして精を飲み込んでいく。長い射精の間、舌と胸をゆっくりと動かし続けて精の放出を促す。射精がようやく止まると、先端の穴に吸い付いて中の精を吸い上げる。うめき声を上げるルカの体の奥底から精を吸い上げる。やっと口を離すと、白く濡れた唇を見せつけながらエディッタは微笑む。
エディッタはルカの後ろに回りこむと、手で尻の割れ目を広げて顔を尻に近づける。割れ目の中心のすぼまりに口付けた。繰り返し口付けたあと、舌をすぼまりに這わせる。エディッタは事細かに舌を動かして、尻穴を刺激しほぐしていく。そのまま尻穴の奥へと舌を潜り込ませて行く。
エディタは、右手で棹を愛撫し左手で陰嚢の後ろ側をくすぐる。奥へと潜り込ませた舌を使い、複雑な動きで中を丁寧に舐め回す。鼻を尻の割れ目に埋め、鼻息を吹きかける。ルカの先端からは、再び透明な液が湧き出て来た。エディッタの繊細な指が、ルカの先端をくすぐりながら液をペニス全体に塗りつけていく。
エディッタは舌を尻穴から抜き、尻から顔を離す。ルカを寝台に押し倒し、馬乗りになる。股間を覆う面積の狭い黒皮の服をずらし、濡れて赤く光るヴァギナを露わにする。そのまま、そそり立つペニスをヴァギナに飲み込んでいった。
濡れ光る肉襞は、始めは柔らかくペニスを包む。次第に力を入れて締め付けてくる。エディッタは、締め付けながら体を動かし始める。黒紫色の羽を震わせ黒髪を撒き散らしながら、腰をゆすり動かし中を締め付ける。締め付けながら暖かい液を奥底から沸き上がらせ、ペニスをほぐしていく。
再び限界を迎えたルカがその事を伝えると、エディッタはいっそう激しく腰を動かし中を締め付ける。繰り替えしぶつかる奥の硬い輪のような物の感触が引き金となり、ルカは精を放つ。
一度目と変わらぬ激しさで、多量の精をエディッタの中心へと向かってぶちまける。インキュバス故の濃厚さのある精が、人間離れした量と勢いで子宮へと打ちつける。エディッタは、かすれた声であえぎ体を震わせる。羽が痙攣するように震える。時間をかけた射精が終わると、エディッタは汗で濡れた体でルカの体に覆い被さって来た。
エディッタは、ルカに顔を寄せ頬を摺り寄せる。ルカの右の耳を甘噛みして、息を吹きかける。ルカが体を震わせると、エディッタは舌を耳に這わせる。
「さあ、まだまだ出来るでしょう。今日一日我慢したんだからたっぷりとやるわよ」
耳を舐め回しながら暑い息を吹きかけ、エディッタは笑いを含んだ声でささやきかけた。
エディッタは、ルカの胸に顔を寄せて穏やかな寝息を立てている。先ほどまでの激しさが嘘の様だ。エディッタから漂う性の交わりの後の濃厚な匂いを嗅ぎながら、ルカはぼんやりと思念をめぐらす。
俺の人生は何なんだろうな。商人としても落ちこぼれ、神父としても落ちこぼれ、役所での金勘定を何とかこなしている。まともに仕事をして飯が食えないのか?
今日の帰り道であった刑部狸を思い出す。金勘定は立派な仕事、か。裏金作りが立派な事か?人に言われるまま不正に手を染める事が立派な事か?俺は、金勘定すらまともにやっていなかった。
ルカは、不快な思念を強引に脇に寄せた。眠りに付き、忘れようとした。エディッタの柔らかい体を感じているうちに、ゆっくりと眠りへと落ちていった。
魔物達には、急進派と穏健派がいる。急進派は、魔物による世界制覇を急激に進め、人間の魔物化を促進しようとする派だ。穏健派は、なるべく事を荒立てずに魔物の勢力を広げ、人間をじっくりと魔物化しようとする派だ。
ルカの国に対する侵攻は、急進派の暴走によるものだ。ルカの国は、大陸の南部にある。この大陸の南部に、主神教団の本部である教皇領が存在する。ルカの国を魔王の支配下にする事は、主神教団を刺激する。だから穏健派は侵攻に消極的だった。
ルカの国が魔王側の手に落ちた事により、主神教団と反魔物国には激震が走った。それまでの教皇は穏健な路線を取っていが、侵攻をきっかけに失脚した。代わりに教皇となった者は、それまで少数派だった強硬路線を取る者達の指導者だ。新教皇は、反魔物国に対して「聖戦」を行うための同盟を結ぶ事を提唱した。この教皇の提唱により「神聖同盟」が結ばれ、魔王軍と戦うための軍備が急速に整えられている。
魔物側の急進派は、この動きを利用して戦争を行おうとしていた。ルカの国を足がかりにして、周辺諸国に侵攻して教皇領に圧力をかけようと言うのだ。
世界は、魔物と人間の戦いに向けて走り出そうとしていた。
ルカとエディッタは食事を取っていた。陰鬱な空気を漂わせながら、二人は食事をしている。彼らが食べているのは、魔界豚を魔界産の香辛料で味付けした物だ。彼らにはご馳走だと言える。それなのに、彼らは暗い表情で食事を取っている。
彼らの気鬱の原因は、彼らのしている予算の仕事によるものだ。占領軍の主導権を握っているのは急進派だ。彼女達は、戦争への準備を最優先とする予算を組む事を要求してきたのだ。そんな事をすれば、内政へ割く予算は削減される。侵攻の傷跡はまだ回復しきっていないのに、内政への予算を削減しろと言うのだ。元々はルカの国の内政を改善する事が、侵攻の大義名分の一つだ。それを否定する結末となっている。
エディッタは穏健派に属する。戦争を繰り広げて行く事には反対だ。今は、ルカの国の内政に取り組む事が最優先だと考えている。教団側が戦争の準備を整えていても、防衛に徹するべきだと考えている。この考えには、ルカも賛成だ。
エディッタ達穏健派は、ルカの国への侵攻前から急進派との権力闘争を繰り広げている。穏健派は次第に劣勢となり、ルカの国への侵攻を止められず、教団への戦争の動きにも抗し切れない。
「あの子達の理想は間違っていないのよ」
エディッタの言う「あの子達」とは急進派だ。
「ただ、現実が見えていないのよ。足元を見ずに理想を追い求めている。それではいつかはつまずくわ」
エディッタは沈んだ声で話し続ける。
「今は、この国の内政を整える事を優先すべきなの。戦争は極力回避すべきなのよ。例え解放のための戦争でも、結果が悪ければそれまでなのよ。政治に関わる行為は、動機ではなく結果で判断すべきなの。あの子達はそれが分かっていない」
ルカは、ある急進派の魔物の言葉を思い出していた。その首無し騎士デュラハンは、得意げにこう言っていた。
「手段を選べと言う言葉は意味がない。目的が手段を正当化する。魔物と人間が共に暮らす世界を創り上げると言う目的は、疑う必要のない正しい目的だ」
仮に「目的が手段を正当化する」と言う原理を認めたとしよう。だとしても、どのような目的がどのような手段をを正当化するのか、具体的に証明し、決定する事が出来るのだろうか?単に、自分勝手にこれは正しい、これは間違っていると決め付けた挙句、自分に都合のいい手段を取るだけではないのか?
ルカは、魔界豚を口に入れ咀嚼する。質の良い香辛料で味付けされているにも関わらず、あまり味が感じられなかった。
ルカが政庁で仕事をしていると、面会者が居ると言う知らせが来た。一人は教団時代に取引のあった商人、もう一人は以前立ち話をしたユキという名の刑部狸の行商人だ。早速会いに行くと、二人は陰鬱な表情でルカを迎えた。
「旦那、大変な事になりましたよ」
ユキは、挨拶もそこそこに本題に入った。彼らの話は、農村部での凶作の前触れについてだ。今年は日の出ている時間が少なく、気温が低い。その為、農作物の育ちが悪いそうだ。彼らは、商取引のために農村部に行った事でその事に気付いた。
「このままでは飢饉が始まります。餓死者が出ると見ていいでしょう」
教団時代の相手である商人ロメッリーニは、苦痛を露わにした表情で言う。
ルカは、うめき声を上げそうになった。彼らの言う事には心当たりがある。収支の計算をしていると、物の出入りの情報が入る。その際に農村の状態が良くないと聞いていた。だが、飢饉が起こっても事前にうまく対応できそうにない。戦争の準備が優先されているからだ。凶作の情報を挙げても、無視される可能性が高い。
ルカは二人から出来る限り詳しく情報を聞き、対応を約束した。だが、約束を守る事はきわめて難しい。いかなる対応を立てるにしても、取り上げてくれる者が少ない。
ルカは人間の上司に報告し、会計関係の仕事に就いている政庁の人間を集めてもらった。彼らは、すぐに事態の深刻さを理解した。彼らも、農村の情報を既にある程度把握していたからだ。そして、戦争を推し進めようとする者達が、まともに対策を立てない事も予測できた。
そこで一つの案を実行する事になった。飢饉に対応する金を蓄積するために、裏金を作る事だ。今、政庁はいくつかの土木建設工事を行っている。これに必要な資材の量と単価を、帳簿上で水増ししようと言うのだ。これはルカが発案した。何人かの会計担当者は顔をしかめたが、結局この案を実行する事になった。
この件は、人間だけで実行する事にした。彼らは魔物を信用しきっているわけではない。それに、どの魔物が急進派でどの魔物が穏健派かを掴み切れていない。彼らは人間だけで動き始めた。
鈍い衝撃音が響き渡る。ルカが広場の片隅にある資材を蹴飛ばしたのだ。ルカの顔は怒りで青ざめている。
ルカ達の行動は、魔物ではなく人間によって妨げられた。人間の中には、戦争の勝者であり現在の支配者である魔物に媚びる者達がいる。彼らは、急進派の魔物達にへつらっていた。ルカ達の行動を嗅ぎつけ、ルカ達の行動を急進派の魔物に密告した。へつらう人間達にとっては、飢饉の情報などどうでも良い。強者に媚びる事ができればそれで良い。命令されなくとも犬に成り下がる者達だった。
幸い密告者達は、ルカ達の行動をうまく把握できなかったため、ルカたちは摘発されていない。だが、ルカ達は行動しにくくなった。
ルカとしては、頼れる者はもう心当たりが居ない。会計担当者以外の政庁の人間は良く知らない。彼らの誰が味方になってくれるか心当たりがない。他の会計担当者に頼んでみたが、密告者が溢れていて、下手に頼れる状態ではないそうだ。
ルカは、自分の人脈のなさに打ちのめされていた。繰り返し繰り返し思い知らされてきた事だが、今度こそ致命傷となる。仕事は、他人と共同でなければほとんど出来ない。分かり切ってはいる事だが、それでどうにかなればルカの人生はもっとマシになっていただろう。
結局、エディッタに相談することにした。もはや魔物の手を借りるしかない。エディッタは穏健派の魔物だ。彼女の手を借りて対処をするしかない。ルカは、魔物をそれほど信用しているわけではないが、時間がなさ過ぎた。
エディッタは、ルカの相談を熱心に聞いた。時折質問しながら、ルカから話を引き出す。ルカの話が一通り終わると、エディッタはため息を付いた。
「あなた達が何かをしている事は気が付いていたわ。農村の凶作についても、ある程度把握している。あなた達が、具体的に何をしていたのかまでは分からなかったけど」
エディッタ達穏健派の魔物も、行動を起こしていた。魔王領に、飢饉の可能性と急進派の暴走について報告していた。ただ、こちらも芳しくなかった。大陸全土で日照不足と気温の低さゆえの凶作が懸念されていた。その対策のために、魔王領としてはルカ達の国ばかりに関わる事はできない。また、魔王軍全体に急進派は力を持ち、彼女達は戦争を諦めてはいない。
「私達は、共同で事に当たらなくてはならないわ。もう、魔物とか人間とかそういう事を言っている場合じゃないのよ」
そう言うと、エディッタは不満げに顔をしかめた。
「今度からはもっと早く言ってね。じゃないとお仕置きよ」
大規模な裏金作りが始まった。エディッタは、ルカの国にいる穏健派の魔物と渡りをつけた。穏健派の魔物は、ルカの国の内政全般に勢力を持っている。彼女達の協力が得られるとなれば、それまでとは規模の違う裏金作りが出来る。
裏金のための口実は何でもありだ。例えば、政庁の役人の地方への出張だ。仮に帳簿が事実通りに記載されているとすると、政庁の役人の四割は政庁の仕事をほったらかしにして地方で豪遊している事になる。食事代も口実として使った。帳簿通りだとすれば、政庁の役人は一人分の昼飯に一般家庭の五日分の食費を使っている事になる。いったいどういう昼飯を食っているのだろうか?挙句の果ては、福利厚生費として魔物娘の妻がいる役人の休憩宿泊施設の費用が設けられた。魔物娘と仕事の合間に「交流」するために必要だそうだ。ここまで来ると何が何やらだ。ルカは、噴き出しそうになりながら帳簿をつけた。
金は、戦争の為に使う物をくすねて作られる事もある。戦争に必要な物資の補給は、内政分野の者達が関わる。補給物資の量と単価を帳簿上で水増しして、戦争用の費用からくすねていった。これには元神父の役人リナルドが関わっている。呆れたことに、急進派の魔物達はまんまとだまされた。彼女達は戦争や外交部門では勢力を持っているが、内政部門は放置している。戦争には補給は要であり、内政部門が大きく関わっている。それにも関わらず、補給を、内政を軽視しているあたり彼女達の程度が分かる。
急進派の魔物娘に媚びへつらっている人間の中には、ルカやエディッタ達のやる事を嗅ぎつける者がいた。この者達は、穏健派の魔物娘達が捕獲している。エディッタの話によると、「お仕置き」をしているらしい。
こうして飢饉対策の食糧を買う金が蓄積されていった。だが、それでも飢饉の規模を考えると足りない。ルカとエディッタ達は、あらゆる手を講じて金を集めようとしていた。焦ったエディッタは、ルカに対して「今すぐ教団を復活させて、免罪符を売るのよ」などと無茶苦茶な事を言い出す始末だ。
それでも何とかある程度の金は蓄積された。この金で食料の買い付けを行うことになる。商人から食料を買い付ける為に、ルカ達は奔走した。この食料買い付けには、ユキとロメッリーニが協力した。
商人達は、戦争のための食料買い付けだと考えていたようだ。中には飢饉対策のためだと気付いていた者もいるようだが、彼らは公にはしなかった。商人の中には、戦争で稼ごうとして吹っかけてきた者もいた。この連中は、飢饉対策だと知れば法外な金を要求してくるだろう。幸いこの連中は、飢饉対策だと気付かなかった。その為何とか払える金だった。他の商人が適正価格で売ってくれたため、結局はこれら悪徳商人達からは買わずにすんだ。この時判明した悪徳商人は、今後政庁は一切取引しない商人のリストに載せた。
飢饉が始まるぎりぎりの時間に、食料の買い付けは終了した。
飢饉が始まった時の混乱は、後世の人々には面白いものだろう。戦争の事ばかり考えて飢饉の事など考えていなかった急進派の魔物は、思考と行動を停止した。予想外の事態に機能停止したわけだ。
この空白を付いて、エディッタ達穏健派の魔物とルカ達人間は、飢饉対策に乗り出した。買い付けていた食料の分配を始めた。分配の段取りは、既に立てられていた。この分配で食料をくすねそうな役人は、あらかじめ外している。不正を監視する魔物娘も配置している。
急進派の魔物も、さすがは魔物だけあり人間よりは有能だった。すぐに機能停止状態は解け、自分達の非を認めて飢饉対策に全力で協力した。もっとも自責から自害を図る魔物娘もおり、彼女達を取り押さえて監視下に置く必要はあったが。
これに対して、急進派に媚びた人間達は全く役に立たなかった。馬鹿みたいに立ち尽くす者、自己弁護に励む者、財産をかき集めて逃亡しようとする者などばかりだ。
これら無能者をよそに、飢饉対策は進んで行った。だが、所詮は不正な手段で蓄積した金である。その額はたかが知れている。買い付けた食料もまた限られている。このまま飢饉が続けば、大量の餓死者が出る事は明らかだ。
この飢饉は魔王が解決した。魔王領と親魔物国の食料をかき集め、ルカの国を始め飢饉が起こっている魔物側の国と中立国へ食料の援助を行った。既に魔王達は、大陸全土で飢饉が起こることを予測して対応策を立てていた。これにより、魔王の影響下にある国では大量の餓死者が出る事態は回避された。ルカの国も、わずかな餓死者で済んだ。
ルカの国で餓死者が少なかった事は、魔王の緊急援助のおかげもあるが、ルカ達が買い付けた食料を初期に分配した所が大きい。もしルカ達が動かなかったら、餓死者の数は増えていただろう。
この危機が一段落した時に、大規模な更迭がルカの国で行われた。急進派の魔物達は、大半が更迭された。
「結果として危機を見逃して対応できず、大量の餓死者を出すところだった。その責任は重い」
そう魔王は叱責し、急進派の責任を追及して左遷した。責任重大な者は、投獄された。
また急進派に媚びた人間達は、根こそぎ更迭された。
「私は人間を愛する。だが、卑屈な上に人の足を引っ張るしか能のない者まで愛するわけではない」
そう魔王は非難して、「卑屈かつ無能な者達」を片っ端から放逐した。投獄された者も多い。
ルカは、魔王の処遇が不満だ。足を引っ張った人間どもは、牢に放り込むだけではなく餓死させればよい。当然の処置だ。だが、ルカから見て「当然の処置」は、魔物娘達には出来ない事だと最近分かってきた。甘すぎると思うが、出来ないものは仕方がない。
「とりあえず一段楽したわね」
エディッタは、ルカに身を寄せる。ルカはエディッタを振り払わずに支える。エディッタは、危機に対して活躍してくれた。今回の功労者はエディッタだ。エディッタに相談しなければ、危機に対応できなかった。
ルカは、エディッタの体から漂う甘い匂いを嗅ぎながらそう思った。
ルカは、飢饉の事を思い出していた。あれから半年以上経っている。
ルカの国は、飢饉から脱した。だが、それで終わりと言うわけではない。また、今年も飢饉が発生する可能性はある。今年も日の出る時間は短い。
ルカの国では、現在食糧の備蓄や価格統制などが法制化されつつある。魔王領や親魔物国間で食料を融通する動きが組織だって行われつつある。魔王領から輸入した寒冷化に強い品種の作物の栽培も試みられている。対策を怠れば、餓死者が出る事態はこれからも続くだろう。
戦争は先延ばしとなった。大陸全土で起こっている食糧危機で、戦争どころではなくなったのだ。急進派の魔物は、勢力を失いつつある。
魔王は、主神教団と戦争回避のために交渉を続けている。魔王代理として娘のリリムと、魔王の知恵袋と言われるバフォメットが交渉に当たっている。
主神教団にも穏健派がおり、彼らと連絡を取り合って交渉しているのだ。一時は勢力を失っていた教団穏健派は、食糧危機により勢力を回復しつつある。彼らの言う戦争回避は現在の状況下では現実的であり、彼らは食糧危機に対して対応策を持っていた。彼らは、魔物との交渉に積極的だ。
この交渉は、戦争を先延ばしにする方向で進んでいる。ルカの国は親魔物国化し、魔王領には併合しない。教皇の提唱した「神聖同盟」は、休眠状態に入る。そういう方向で話が進んでいるようだ。
ただ、楽観は出来ない。反魔物国の中には、飢饉への不満を戦争を行う事でごまかそうとする権力者がいる。彼らにより、戦争が引き起こされる危険性は十分にある。
また、魔物側にも好戦論者はいる。理由は、人間達の飢饉への対応策が醜悪である事だ。反魔物国には、ろくに飢饉対策を行わずに大量の餓死者を出している国がある。それどころか、収穫した作物を片っ端から奪い取って農民を餓死させ、救済を求めて押しかけてきた農民を武力で虐殺している権力者もいる。自分の支配下の農民を皆殺しにしても、飢饉で流亡して来た者達に土地を与えて耕させればいいわけだ。ある肥え太った司教は、「彼らは地上の苦しみから解放された」と楽しげに歌っているそうだ。追い詰められた農民達の中には、反乱を起こしている者達もいる。この状況に、急進派の魔物達は怒り狂っているのだ。
結局、ルカ達のやった事は根本策ではない。目の前の状況に何とか対応しただけだ。それでも多大な労力を必要とする。ルカの心身は、疲労で固められている。
「最善を求めてはいけないわ。『よりマシ』で納得しなければ、行動は出来ないわ」
エディッタは、そうルカを慰める。エディッタの言う事が正しい事は分かる。「よりマシ」しか望めないのだ。それでもルカの心と体には、疲労が蓄積していった。
ルカは政庁の一室で、ロメッリーニと打ち合わせをしていた。ロメッリーニは、飢饉の時の功績で政庁が優先的に取引をしている。形部狸のユキと共に、政庁が第一に取引する商人だ。もはや政商と言っていいかもしれない。
商談が終わると、ロメッリーニはルカに一つの依頼をしてきた。ルカに、自分達主神教徒へ神の教えを説いててほしいと言うのだ。
ルカは始めは無理だと思い、リナルドを紹介しようとした。だが、ロメッリーニは是非ルカにと頼み込んだ。
「私は、これでも商人の端くれです。人を相手に仕事をして、飯を食ってきました。人を見る目は少しはあるつもりです。あなたは立派な神父です。あなたの教えを受けたいのです」
結局、ルカは承諾した。ただ、ルカは流されたわけではない。自分の仕事に自信を持ってきた事が引き受けた理由の一つだ。自分の金勘定は、飢饉対策に役立った。やった事は裏金作りだが、それでもやった事はマシな結果をもたらした。金勘定は、場合によっては人を救うのかもしれない。
俺は金の主人となろう。金は使い方次第で人を救う。金の奴隷にならなければよいのだ。もっとも、それは難しいことだろう。少し油断をすれば、金は牙をむいてくる。俺は、一生金と戦い続けよう。
信仰とは、自分を問う行為だ。自分を肯定できなくては、他の人に教えを説く事は出来ない。自分が生涯関わるであろう金と金勘定を、自分の中に位置づけないと、他の人に教えは説けない。信仰と金は、太古から問われ続けて来た問題だ。それに自分なりの答えを何とか出せそうだ。商人相手に神の教えを説けるかもしれない。
こうしてルカは、商人達相手の神父となった。
ルカとエディッタは、夕暮れの中共に歩いていた。政庁での仕事が終わり、共に帰路についているのだ。二人は市場で買い物を済まし、家へ向かって歩いている。
エディッタは、ルカに身を寄せながら歩いている。ルカはもう拒まない。ルカは、エディッタを、魔物娘を受け入れようとしている。彼女達の人間に対する働きは、同じ人間のものよりも優れたものだ。もしかしたら彼女達は、人間を本当に愛しているのかもしれない。そう、ルカは思うようになってきた。
エディッタは、淫魔サキュバスだ。サキュバスを受け入れるルカは、堕落した神父なのだろう。しかも金に塗れた神父だから、深く堕落しているのだろう。それで良い、堕落者でも信徒の役に立てればそれで良い。ルカはそう思う。
寄り添ってくるエディッタの体は暖かく、柔らかい。ルカを包み込むようないい匂いがする。ルカは、これからもエディッタを感じ続けたいと思う。ルカは、微笑を浮かべるエディッタの腰に手を回す。
堕落した神父と淫魔を、残照が柔らかく包み込んでいた。
その建物は、かつては大聖堂であった。この国の主神教団の本部だった所だ。多くの神父とシスターが、この建物の中で働いていた。今は誰一人いない。通りにいる人々も見向きもしない。
一人の男が、大聖堂の前に通りかかった。大聖堂の入り口の前に立ち止まると、じっと建物を見上げる。何の表情も浮かべず、無言のまま見上げ続ける。
男は軽く頭を振ると、廃墟から離れた。相変わらず無表情のままだ。男にとっては、大聖堂であった建物は大きな意味を持つはずだ。
男はかつては神父だった。
二年前までこの国は反魔物国だった。主神教団が大きな勢力を持っていた。小国ながらも盛んな商業と主神教への信仰が、この国を特色付けていた。
それも二年前までの話だ。魔王軍の侵攻によって、この国はあっさりと魔物の支配下に落ちた。現在は、この国は魔王軍の保護国だ。近いうちに魔王直轄領になるだろう。
この国において、主神教団は滅びた。魔物達は、人間を自分達のうちに取り込んで行った。魔物達は人間と婚姻関係を結んでいき、人間を自分の手の内に収めていった。魔物と交わった男はインキュバスとなり、人間ではなくなる。人間の女も、魔物の魔力や魔物側が供給する食物により、サキュバスへと変貌していった。もはやこの国では、人間は少数派である。人間の信仰である主神教は、急速に衰退していった。
神父やシスターの生活も、当然ながら激変した。
ルカは、政庁の一室で政庁で使う備品の納入費を計算をしている。政庁の会計がルカの仕事だ。細かい数字を、確認しながら几帳面に記入していく。無表情に機械的な動きで帳簿を記入していくルカの姿を見ていると、計算する自動人形のように見える。
一人の女が、ルカを背中から抱きしめた。ルカの背後から甘い匂いが漂ってくる。
「あなた、仕事はちゃんとやっているのかしら?」
抱き付かれた拍子に、羽ペンのインクが帳簿に滴る。ルカは軽くため息を付き、インクを吸い取る粉を一つまみして帳簿の汚染部分に置いた。後ろを振り返り、女に平板な声で苦情を言う。
「仕事中に抱き付くのは止めてくれ、エディッタ。インクがこぼれてしまったじゃないか」
エディッタと呼ばれた女は、微笑みながら謝る。
「ごめんなさいね。でも、これでも我慢しているのよ。本当は、一日中あなたを抱きしめていたいのよ」
エディッタは豊かな胸をルカの背に押し付け、ルカの胸や腹を手で愛撫する。エディッタは、人間ではなくサキュバスだ。頭に白い角を2本生やし、背には蝙蝠のような黒紫色の翼を生やしている。胸と股間以外は、白い肌を大胆に露出した黒皮の服を着ている。他の主神教が盛んな地域と比べればこの国は開放的だが、エディッタのような格好は人間だったら娼婦でもしない。淫魔と呼ばれる種族にふさわしい格好だ。
エディッタがルカを抱きしめていると、彼らの上司がやって来て叱り付ける。
「仕事中は抱き付いたらだめだと言ったでしょ、エディッタ。そういう事は、仕事が終わってから好きなだけしなさい。私だって我慢しているのだから」
上司は、とがった耳と褐色の肌が特色であるダークエルフだ。健康的な肌を惜しみなくさらした白い光沢のある服を身に着けている。
「書記官殿は、抱きしめるよりも鞭で打ちたいんですよね。旦那さんを鞭でよがらせたいんですよね」
エディッタのからかう口調に、ダークエルフは得意げに答える。
「そうよ、悪い?鞭打ちをしてよがらせることは、旦那への最高の愛情表現よ。あなたも鞭打ってほしいかしら?部下への愛情表現として」
遠慮しま〜すと軽い口調で答えると、エディッタはルカから離れる。ルカは、ため息を付きそうになるのを抑える。いまだに魔物の性への開けっ広げな態度は慣れない。ルカは潔癖と言うわけではないが、元神父として性を公言する事には抵抗がある。
ルカは、二年前まで神父だった。魔物の侵攻によりこの国の主神教団は壊滅し、ルカは神父の職を失った。占領軍の雇用対策により、ルカは政庁の会計の仕事に付いた。教団にいた頃から会計の仕事に就いていたため、政庁の会計の仕事はルカに適している。
エディッタは、魔物侵攻の際に強引にルカの妻となった。それ以来、ルカにしつこく付きまとっている。職場や住処まで同じにした。
ずいぶんと変わってしまったな。ルカは、何度目になるか分からない慨嘆を心の中でする。まあ、仕事をして飯を食えるならいいか。商人である両親ならば、同意するだろう。どうせ俺は、商人としても神父としても落ちこぼれだしな。俺に出来る事は、金勘定だけだ。ルカは、心の中で苦くつぶやいた。
ルカは、政庁内の市民生活への対応を管轄する部署へ来た。その部署が届けてきた各種見積りが問題なしだと報告するためだ。本当は一部に不明な所があったが、少しくらい大目に見ないと組織がうまく動かない。
担当の役人に報告をして必要事項を確認すると、その役人と雑談に入った。彼は、元神父でルカとよく顔を合わせていた。話題は、海上貿易をする商人たちの新たな試みについてだ。商人達は、あらかじめ金を出し合って事故で船が沈んだ場合の損害を補償するというのだ。
海上貿易は、この国の主要な産業だ。小国ながら発展しているのは、海上貿易によるところが大きい。魔王軍支配下になっても、それは変わらない。海上貿易は儲かるが、大きな欠点を持っていた。船が沈みやすい上に、損害が大きいのだ。その為、海上貿易に関わる商人達が首を吊る破目になる事は珍しくない。今までは、船を複数用意して積荷を分散する事で被害を少なくしていた。ただ、それだけでは危険の分散としては足りない。それで、金を出し合って損害を補償する事になったのだ。
ルカには、良い試みに思えた。ただ、商人達の間では懸念も起こっているらしい。古くなった船をわざと沈めて、積荷の損害を過大に見積もり金をせしめる者が現れるのではないかと言うのだ。その為に、古い船の場合はあらかじめ払う金を多く出させたり、事故かわざとか調べる機関を造る案が出されている。船主の中には、そんな案が通るのならば金は払わないとごねる者が出ているそうだ。
「船を沈める気はなくとも、他の船主よりも高い金を払う事になればやる気をなくす船主も出るだろうな」
ルカの相手の役人は、しょうがないと言った調子で話す。古い船を使っている船主は、あまり豊かではない者がいる。新しい船を買う金がなく、仕方なく古い船を使っているのだ。そんな船主達に金を多く出せと言っても無理な相談だ。
「この試みがうまくいくかどうかはわからないが、これから次々と新しい動きが出るかもしれないぞ」
相手の言葉に、ルカもうなずく。ルカの国のある地域は、小国が多い所だが新しい動きが出て来ている。例えば、ルカが仕事で使っている複式簿記だ。
大陸の他の国の会計は、大概は単式簿記で行っている。つまり家計簿と同程度のやり方を、商人や役所はしている。それに対してルカのいる地域は、商業が発達しているため複式簿記を使うようになってきている。複式簿記は、取引の原因と結果という二つの面に着目する会計方法だ。この方法を使うと、全体の財産の状態と損益の状態が分かる。この複式簿記は、ルカ達の国では商人だけではなく役所でも使われつつある。主神教団でも使っていた。
役所や教団は営利を目的とはしないと言って反対する者もいたが、結局は役所や教団でも使われることになった。商業が盛んな地域ゆえの実用主義だと言える。
ルカは、商人であった両親に複式簿記を叩き込まれた。その後神父になったが、教団の会計係として複式簿記を用いて働いていた。現在は、政庁で複式簿記を用いて働いている。
「まあ、新しい動きでも魔物の支配は微妙なものだがな」
ルカは、苦笑しながらうなずく。ルカも相手も神父の職を失った。おまけに魔物に夫呼ばわりされている。
「リナルド、仕事の話をしているのかしら?」
噂の当事者がやって来た。ルカの話相手を夫呼ばわりしている魔物だ。上半身は黒髪の美女だが、下半身は緑色の蛇体だ。
「ああ、そうだけど」
リナルドは澄ました顔で言う。
「ちょっと仕事が溜まっているから、早めに来てね」
蛇の魔物は、ルカに一礼して戻っていく。
「やれやれ、四六時中一緒に居ないと気が済まないらしい。信者の集まりにも付いて来ようとする。何とか付いて来させない様にしているがな」
リナルドは、仕事の傍ら神父として信者に会っている。主神教団がこの国で滅びても、神父の仕事を果していた。
ルカはいたたまれなくなった。ルカを信用する信者など居ない。ルカは、教団の内部で会計を行っていた者だ。ルカの顔など知りもしないだろう。
もっともリナルドと違い、ルカは対人能力が乏しい。信者を直接相手にすることなど出来ない。既にルカ自身が、当の昔に認めている事だ。
「あいつは、俺が信者の集まりに行くたびに林檎を手渡して『知恵の果実よ』と言いやがる。たいした嫌がらせだ」
ルカは苦笑しながら、リナルドをうらやましく思う。自分には信者を支える事が出来ない。ルカは、鈍い痛みと共に再確認した。
ルカは、一人街を歩いていた。政庁の仕事が終わり、帰路についているのだ。ただ、帰る前に一人で考え事をしたくて回り道をしている。エディッタも付いて来たがったが、強引に一人にしてもらった。
夕暮れとなり、仕事帰りの人狙いの商人達が盛んに声を上げている。それをぼんやりと聞きながら、ルカは自分のこれまでの事を思い返していた。
ルカは商家の出だ。ルカの家は、東方の国々から船で運ばれた物を市中で販売する商売をしている。主に扱う商品は香辛料だ。
ルカの両親は、ルカを跡取りにしようとして商売について叩き込もうとした。ルカは、親の期待を見事に裏切った。ルカには商才はなかった。特に人を相手とする能力がない。交渉以前に、人に対してまともな応対が出来ないのだ。
両親はルカに何とか商売を叩き込もうとしたが、ルカが二十の時に匙を投げた。商売は要領のいい弟に継がせる事にした。ルカが身に付ける事が出来たのは、会計の知識と技術だけだ。
ルカの両親は、ルカを神学校に入れた。神父としてなら何とかやっていけるのではないかと考えたからだ。ルカは、自分より若い同級生達と共に勉学に励んだ。ルカの成績は悪くはなかった。
だが、神父になってからルカの弱点がむき出しとなった。神父は、信者を相手としなくてはならない。対人能力が必要な仕事だ。ルカは、信者にまともに応対できなかった。ルカは、たちまち教団のもてあまし者となった。
ルカにとって幸いな事は、ルカの能力を見抜いてそれにふさわしい仕事をあてがう者がいた事だ。左遷先のルカの直属の上司は、ルカに会計の能力がある事に気づいた。上司は、教団の人事担当の司教に掛け合い、ルカを会計の部署に移動させた。この会計の部署で、ルカは何とか人並みに働く事が出来た。
ルカにとっては、始めは会計の仕事はやりがいの有るものだった。自分が子供の頃から叩き込まれ、やっと習得したものが役立ったからだ。自分のこれまでの苦労が報われる気がした。
それは始めのうちだ。やがてルカは、上司にある事を命じられた。帳簿を操作して裏金を作ることだ。既に支出された事にして、予算を蓄積する事を命じられた。政治資金として裏金が必要らしい。その上司は、手取り足取り帳簿の操作の仕方をルカに教え込んだ。
ルカには苦痛な事だ。自分の要領の悪さへの劣等感から、ルカは不正に嫌悪感を持っている。自分がその不正の当事者となるのだ。
ルカは、なぜ裏金を作らなければならないのか分かっている。教団は、神の組織であるため自由に支出できない。裏金を作らなければ出来ない事がある。教団は大きな勢力を持つために、政治工作をする必要がある。教団が信者のために働こうとすれば、裏金は必要悪だ。現に、大司教や司教は清貧を体現した生活をしている。決して自分の浪費のために裏金を作っているわけではない。
ルカは、嫌悪を抑えて裏金作りを行い続けた。誰かがやらねばならないと、自分を納得させようとした。
だが、それでも嫌悪はルカに付きまとう。ルカは金を、自分の仕事を、不器用な自分を嫌悪した。
その自己嫌悪の日々は、二年前に終わりを告げた。突如魔王軍が、ルカ達の国に攻め込んできた。ルカ達の国は、商売はうまいが軍はそれほど強くはない。魔王軍になすすべもなく占領された。
教団は、魔王軍占領と共に急速に衰退した。教団組織は、魔王軍の管理下に置かれた。魔物の排撃に関わった者で罪が重いと見なされた者は、投獄された。その他大勢の神父やシスターが更迭された。ルカも更迭された。
国民は魔物と交わることでインキュバスやサキュバスとなり、主神教から離れていった。神父やシスターもまた、インキュバスやサキュバスへ変貌した。ルカもインキュバスとなっている。
魔王軍が侵攻して来た時、他の者が走り回っている中でルカは歩いていた。もう既に魔王軍は市を包囲している。逃げる所はない。市の城壁を越えて来た魔王軍に狩られるのは時間の問題だ。不器用な自分が助かるはずはない。ルカは、そう諦観していた。
歩いているルカの前に、一人の魔物が降り立つ。黒髪から白い角を生やし、背に蝙蝠のような翼を持つ魔物だ。神父であるルカには、それがサキュバスである事が分かった。ルカは、ため息を付いて魔物を見た。
サキュバスは、面白がるような顔をしてルカを見ていた。顔は、淫魔だけあって妖艶な魅力がある。
「これはこれで面白いかもしれないわね。いいわ、この人にしましょう」
そう楽しげにつぶやくと、ルカに近づいて来た。
「私はエディッタ。魔王軍の一員で、サキュバスよ。よろしくね」
エディッタと名乗るサキュバスは、ルカに抱きつき体を撫で回す。若々しさと妖艶さの同居した顔を、ルカの胸に摺り寄せる。
「私を殺さないのか、魔物よ?」
ルカのつぶやきに、エディッタは不満げに口を尖らせる。
「神父なら、私達魔物が人を殺さない事を知っているでしょ?なぜ、そんなつまらない事を言うの?」
エディッタは、ルカを押し倒した。
「つまらないことを言ったお仕置きよ。私の好きなような犯すからね。まずは体から支配してあげるわ」
そう言うと、エディッタはルカの服を脱がし始める。服を脱がすと股間を見て舌なめずりをするが、目を離してルカの顔を見上げた。ルカに顔を寄せると、素早く口付けをする。
「まずは、これからやらないとね。いきなり股間にむしゃぶりつくのは見っとも無いからね」
エディッタは再び口付ける。その後、ルカはエディッタに犯された。気を失うまで精を搾り取られた。
ルカが目を覚ますと、エディッタは傍らに居てルカを撫で回している。ルカは、大聖堂内の居住区の一室にある寝台に寝かされていた。
「ねえ神父さん。そろそろ名前を教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
ルカは、軽くため息を付くと名前を名乗った。
「そう、ルカと言うのね。いい名前ね。これからよろしく頼むわね」
それ以来、エディッタはルカに付きまう様になる。ルカに対して繰り返し繰り返し交わりを強要してきた。交わりの結果ルカがインキュバスとなると、エディッタは自分達は夫婦だと言い始めた。
インキュバスとなったルカは、もはや神父の資格はない。他の神父やシスターも、インキュバスやサキュバスとなって神父やシスターの資格を失った。信者だった者達も、インキュバス化、サキュバス化していた。主神教の信仰は、魔物支配下でも許されていたが、人間の魔物化が進んでは意味がない。こうしてこの国では、主神教団は壊滅し主神教は衰退した。
失業したルカは、魔王軍の雇用政策により政庁の役人となった。ルカの持っている会計の知識と技術から、政庁の会計を担当する部署へ配属された。押しかけ女房のエディッタも、同じ部署へ配属される事となる。エディッタの親は商人であり、エディッタも複式簿記を始め会計の知識と技術を持っていた。
占領以来ルカは、魔王軍支配下の政庁で会計の仕事を自称妻のエディッタとこなしてきた。
気が付くとルカは、市場の外れに居た。昔の事に浸りすぎて気づかなかったなと、ルカは苦笑する。
辺りを見回すと、奇妙な格好をした女が居た。緑色のすその短い服を着て、足に茶色の丸く膨れ上がった毛の様な物を付けている。以前に見た東の大陸にある大国の衣装と似ているが、どこかちがう。頭に丸っこい茶色の耳が付き、尻から茶色い尻尾を生やしている事から魔物だろう。かわいらしい顔立ちをしているが、どこか抜け目なさそうな表情を浮かべている。
ルカが見ている事に気が付くと、女は人懐っこそうな笑顔を浮かべて近づいて来た。
「いやあ、どうも。私は行商人の者ですが、旦那はお役人の方ですか?」
奇妙な訛りのある話し方だ。ルカは女に少し警戒をしたが、素直に答える事にする。
「ああ、私は政庁に勤めている者だ」
女は、にこやかに受け答える。
「そうですか。どういうお仕事をしているか聞いてもよろしいですか?」
軽率に言ってもいいか迷ったが、大して問題はないだろうと判断してルカは答える。
「政庁の会計をしている」
女は楽しげに笑い出した。
「そりゃあ、いい仕事をしていますなあ。まず、何でも金勘定が出来なければ話になりません。金勘定こそが全ての基本です」
ルカは、女の大げさの言い方に苦笑する。その後、ルカは女と立ち話をした。
女は、東の果てにあると言うジパングから来た行商人だと言った。刑部狸と言う魔物娘らしい。名はユキと言う。ユキの着ている妙な衣装は、ジパングの衣装だそうだ。この衣装を着ると、客が喜ぶらしい。
ユキは、商売の匂いを感じて西へ西へと進んで来て、ついにルカの国まで来たそうだ。もう、ジパングを出て十年以上になるらしい。
ここへは、東から香辛料を運ぶ経路を開拓するために来たそうだ。やや特殊な所で作られる変わった香辛料を売るらしい。ルカのいる市では開拓のめどが立ったから、これから地方を開拓するそうだ。
ただ、地方で開拓をする前に法について調べる必要がある。中央と地方では、商売に関わる法が違う。場所や場合によって、中央と地方のどちらの法を優先するか違ってくる。また、成文法と商慣習のどちらを優先するか違う場合もある。それらを調べてから動かないと、痛い目にあう。それで市に留まっているそうだ。
ルカも、自分の今の仕事について話した。もう話してもかまわないと思い、教団での仕事についても話した。さすがに裏金作りについては話さないが。
ユキはルカの話を興味深そうに聞いていたが、やがて眉をひそめるようになった。そして、思い切ったように話し始める。
「旦那は、どうも金勘定を馬鹿にしているようですな。あるいは金を馬鹿にしているのか。いけませんよ、金がなければ何も出来ません。飯を食う事も、人助けも出来ませんや」
そんなこと分かっているとルカが反論すると、ユキは首を振る。
「そうは見えませんなあ。金と金勘定に対して馬鹿にした態度ばかり見えます。確かに、悪どく金を稼ぐ奴、くだらない金の使い方をする奴は下種です。金を稼ぐ事が、手段ではなく目的になっている奴は馬鹿です。でも、金という物は稼ぎ方次第、使い方次第です。金を否定してはいけません。旦那のやっている金勘定は立派な仕事ですよ」
ユキはむきになって話していたが、ふと気が付いたように笑い出した。
「いけない、いけない、つい説教をしてしまいました。説教よりも商売をしなけりゃなりません」
ユキは微笑み、ルカに頭を下げる。
「それでは、これで失礼します。政庁のお役人ならまたお会いするかもしれませんな。その時はよろしくお願いします」
ユキの後ろ姿を見ながら、ルカは苦く笑っていた。本当に、金勘定が立派な仕事だったらいいのだがな。ルカは唇を歪めて笑い続けた。
その後、ルカは風呂屋によってから家に帰った。体も頭もすっきりとさせたかった。ルカを取り巻く状況は、ルカに鬱屈した感情を蓄積させるばかりだ。
まともに仕事をして評価されたい。人によっては、息を吸うように簡単な事だろう。ルカにとっては、生まれてこの方できない事だ。
風呂から出ても鬱々とした感情は消えない。胸と腹にしこりを抱えたまま、ルカは家に入った。
「遅かったじゃない。何をしてたの?」
エディッタは唇をとがらせる。風呂に入って来たと答えると、エディッタはルカに抱きつき臭いを嗅ぐ。
「本当に風呂に入ってきたのね。私と交わる前に、体をきれいにしたんだ。感心、感心。でも、少しくらい汚れていてもいいのよ。その方が興奮するから」
ルカは、無表情にエディッタを離す。始めの頃はエディットの露骨な物言いに赤面していたが、今は慣れてしまっている。
不満げにうなるエディッタをよそに、ルカは部屋の中を見渡した。エディッタが料理を作っている最中だとわかる。ルカは、早速手伝いを始める。
今夜の夕食は、パスタと豚肉の腸詰、空豆のスープ、それに葡萄酒だ。魔物の支配下で起こった変化の一つに、食事の内容がある。例えばパスタだ。魔物が支配する前は、肉と牛乳と一緒に煮たパスタを、チーズをかけて食べていた。魔物に支配される事により香辛料が手に入りやすくなり、一般庶民も香辛料をパスタにかけて食べるようになった。しかも魔界で生産される香辛料は、人間の作る香辛料に比べて複雑な味がする物だ。これにより、パスタの料理法は大きく変わりつつある。
香辛料の香りの漂う部屋の中で、二人は料理に舌鼓を打つ。ルカとしても、食事が豊かになった事は認めざるを得ない。ルカの舌が証人だ。
食事の後で少し休んだ後、エディッタはルカの服を脱がし始めた。これは毎日の事だ。エディッタは口付けをしながら、器用に服を脱がしていく。ズボンを脱がすと、エディッタはひざまずいてルカを見上げる。ルカに見せ付けるように、ペニスに口付ける。繰り返し口付けると、ルカのペニスはすぐに屹立していく。エディッタは微笑を浮かべて、ルカのそそり立つ物に頬ずりをした。
エディッタは、ルカの陰嚢を口に含み舐め回しながら、形の良い鼻を棹にこすりつける。ルカの陰毛越しに、顔を見上げて笑いかけてくる。ルカは、陰嚢と棹に与えられる快楽と見上げるエディッタの淫猥な笑みによる興奮から、先走り汁を次々と漏らす。先走り汁で、エディッタの顔は濡れ光っていく。
エディッタはいったんペニスから口を離し、胸に手をかけて服をずらす。白く豊かな胸をルカの股間に押し付け、ルカのペニスを胸で揉み込む。胸の谷間にペニスを挟み込み、始めはゆっくりと次第に速くペニスを扱く。エディッタは胸に顔を寄せ、唾液をペニスに垂らしながら先端を舐め回す。ぬめり光る赤黒いペニスを柔らかな白さを保つ胸で愛撫し、ピンク色の突起でいたずらっぽく刺激する。ペニスの先端からは、絶え間なく先走り汁が湧き上がる。エディッタはそれを舌ですくい、唇を付けて啜り上げた。
限界を迎えたルカが出そうだとうめくと、エディッタは先端を口に含み舌で強く舐め回す。胸の突起を棹にこすりつける。ルカのペニスは弾けて、精をエディッタの口内に射出する。
エディッタはインキュバスの激しい射精を口で受け止め、喉を鳴らして精を飲み込んでいく。長い射精の間、舌と胸をゆっくりと動かし続けて精の放出を促す。射精がようやく止まると、先端の穴に吸い付いて中の精を吸い上げる。うめき声を上げるルカの体の奥底から精を吸い上げる。やっと口を離すと、白く濡れた唇を見せつけながらエディッタは微笑む。
エディッタはルカの後ろに回りこむと、手で尻の割れ目を広げて顔を尻に近づける。割れ目の中心のすぼまりに口付けた。繰り返し口付けたあと、舌をすぼまりに這わせる。エディッタは事細かに舌を動かして、尻穴を刺激しほぐしていく。そのまま尻穴の奥へと舌を潜り込ませて行く。
エディタは、右手で棹を愛撫し左手で陰嚢の後ろ側をくすぐる。奥へと潜り込ませた舌を使い、複雑な動きで中を丁寧に舐め回す。鼻を尻の割れ目に埋め、鼻息を吹きかける。ルカの先端からは、再び透明な液が湧き出て来た。エディッタの繊細な指が、ルカの先端をくすぐりながら液をペニス全体に塗りつけていく。
エディッタは舌を尻穴から抜き、尻から顔を離す。ルカを寝台に押し倒し、馬乗りになる。股間を覆う面積の狭い黒皮の服をずらし、濡れて赤く光るヴァギナを露わにする。そのまま、そそり立つペニスをヴァギナに飲み込んでいった。
濡れ光る肉襞は、始めは柔らかくペニスを包む。次第に力を入れて締め付けてくる。エディッタは、締め付けながら体を動かし始める。黒紫色の羽を震わせ黒髪を撒き散らしながら、腰をゆすり動かし中を締め付ける。締め付けながら暖かい液を奥底から沸き上がらせ、ペニスをほぐしていく。
再び限界を迎えたルカがその事を伝えると、エディッタはいっそう激しく腰を動かし中を締め付ける。繰り替えしぶつかる奥の硬い輪のような物の感触が引き金となり、ルカは精を放つ。
一度目と変わらぬ激しさで、多量の精をエディッタの中心へと向かってぶちまける。インキュバス故の濃厚さのある精が、人間離れした量と勢いで子宮へと打ちつける。エディッタは、かすれた声であえぎ体を震わせる。羽が痙攣するように震える。時間をかけた射精が終わると、エディッタは汗で濡れた体でルカの体に覆い被さって来た。
エディッタは、ルカに顔を寄せ頬を摺り寄せる。ルカの右の耳を甘噛みして、息を吹きかける。ルカが体を震わせると、エディッタは舌を耳に這わせる。
「さあ、まだまだ出来るでしょう。今日一日我慢したんだからたっぷりとやるわよ」
耳を舐め回しながら暑い息を吹きかけ、エディッタは笑いを含んだ声でささやきかけた。
エディッタは、ルカの胸に顔を寄せて穏やかな寝息を立てている。先ほどまでの激しさが嘘の様だ。エディッタから漂う性の交わりの後の濃厚な匂いを嗅ぎながら、ルカはぼんやりと思念をめぐらす。
俺の人生は何なんだろうな。商人としても落ちこぼれ、神父としても落ちこぼれ、役所での金勘定を何とかこなしている。まともに仕事をして飯が食えないのか?
今日の帰り道であった刑部狸を思い出す。金勘定は立派な仕事、か。裏金作りが立派な事か?人に言われるまま不正に手を染める事が立派な事か?俺は、金勘定すらまともにやっていなかった。
ルカは、不快な思念を強引に脇に寄せた。眠りに付き、忘れようとした。エディッタの柔らかい体を感じているうちに、ゆっくりと眠りへと落ちていった。
魔物達には、急進派と穏健派がいる。急進派は、魔物による世界制覇を急激に進め、人間の魔物化を促進しようとする派だ。穏健派は、なるべく事を荒立てずに魔物の勢力を広げ、人間をじっくりと魔物化しようとする派だ。
ルカの国に対する侵攻は、急進派の暴走によるものだ。ルカの国は、大陸の南部にある。この大陸の南部に、主神教団の本部である教皇領が存在する。ルカの国を魔王の支配下にする事は、主神教団を刺激する。だから穏健派は侵攻に消極的だった。
ルカの国が魔王側の手に落ちた事により、主神教団と反魔物国には激震が走った。それまでの教皇は穏健な路線を取っていが、侵攻をきっかけに失脚した。代わりに教皇となった者は、それまで少数派だった強硬路線を取る者達の指導者だ。新教皇は、反魔物国に対して「聖戦」を行うための同盟を結ぶ事を提唱した。この教皇の提唱により「神聖同盟」が結ばれ、魔王軍と戦うための軍備が急速に整えられている。
魔物側の急進派は、この動きを利用して戦争を行おうとしていた。ルカの国を足がかりにして、周辺諸国に侵攻して教皇領に圧力をかけようと言うのだ。
世界は、魔物と人間の戦いに向けて走り出そうとしていた。
ルカとエディッタは食事を取っていた。陰鬱な空気を漂わせながら、二人は食事をしている。彼らが食べているのは、魔界豚を魔界産の香辛料で味付けした物だ。彼らにはご馳走だと言える。それなのに、彼らは暗い表情で食事を取っている。
彼らの気鬱の原因は、彼らのしている予算の仕事によるものだ。占領軍の主導権を握っているのは急進派だ。彼女達は、戦争への準備を最優先とする予算を組む事を要求してきたのだ。そんな事をすれば、内政へ割く予算は削減される。侵攻の傷跡はまだ回復しきっていないのに、内政への予算を削減しろと言うのだ。元々はルカの国の内政を改善する事が、侵攻の大義名分の一つだ。それを否定する結末となっている。
エディッタは穏健派に属する。戦争を繰り広げて行く事には反対だ。今は、ルカの国の内政に取り組む事が最優先だと考えている。教団側が戦争の準備を整えていても、防衛に徹するべきだと考えている。この考えには、ルカも賛成だ。
エディッタ達穏健派は、ルカの国への侵攻前から急進派との権力闘争を繰り広げている。穏健派は次第に劣勢となり、ルカの国への侵攻を止められず、教団への戦争の動きにも抗し切れない。
「あの子達の理想は間違っていないのよ」
エディッタの言う「あの子達」とは急進派だ。
「ただ、現実が見えていないのよ。足元を見ずに理想を追い求めている。それではいつかはつまずくわ」
エディッタは沈んだ声で話し続ける。
「今は、この国の内政を整える事を優先すべきなの。戦争は極力回避すべきなのよ。例え解放のための戦争でも、結果が悪ければそれまでなのよ。政治に関わる行為は、動機ではなく結果で判断すべきなの。あの子達はそれが分かっていない」
ルカは、ある急進派の魔物の言葉を思い出していた。その首無し騎士デュラハンは、得意げにこう言っていた。
「手段を選べと言う言葉は意味がない。目的が手段を正当化する。魔物と人間が共に暮らす世界を創り上げると言う目的は、疑う必要のない正しい目的だ」
仮に「目的が手段を正当化する」と言う原理を認めたとしよう。だとしても、どのような目的がどのような手段をを正当化するのか、具体的に証明し、決定する事が出来るのだろうか?単に、自分勝手にこれは正しい、これは間違っていると決め付けた挙句、自分に都合のいい手段を取るだけではないのか?
ルカは、魔界豚を口に入れ咀嚼する。質の良い香辛料で味付けされているにも関わらず、あまり味が感じられなかった。
ルカが政庁で仕事をしていると、面会者が居ると言う知らせが来た。一人は教団時代に取引のあった商人、もう一人は以前立ち話をしたユキという名の刑部狸の行商人だ。早速会いに行くと、二人は陰鬱な表情でルカを迎えた。
「旦那、大変な事になりましたよ」
ユキは、挨拶もそこそこに本題に入った。彼らの話は、農村部での凶作の前触れについてだ。今年は日の出ている時間が少なく、気温が低い。その為、農作物の育ちが悪いそうだ。彼らは、商取引のために農村部に行った事でその事に気付いた。
「このままでは飢饉が始まります。餓死者が出ると見ていいでしょう」
教団時代の相手である商人ロメッリーニは、苦痛を露わにした表情で言う。
ルカは、うめき声を上げそうになった。彼らの言う事には心当たりがある。収支の計算をしていると、物の出入りの情報が入る。その際に農村の状態が良くないと聞いていた。だが、飢饉が起こっても事前にうまく対応できそうにない。戦争の準備が優先されているからだ。凶作の情報を挙げても、無視される可能性が高い。
ルカは二人から出来る限り詳しく情報を聞き、対応を約束した。だが、約束を守る事はきわめて難しい。いかなる対応を立てるにしても、取り上げてくれる者が少ない。
ルカは人間の上司に報告し、会計関係の仕事に就いている政庁の人間を集めてもらった。彼らは、すぐに事態の深刻さを理解した。彼らも、農村の情報を既にある程度把握していたからだ。そして、戦争を推し進めようとする者達が、まともに対策を立てない事も予測できた。
そこで一つの案を実行する事になった。飢饉に対応する金を蓄積するために、裏金を作る事だ。今、政庁はいくつかの土木建設工事を行っている。これに必要な資材の量と単価を、帳簿上で水増ししようと言うのだ。これはルカが発案した。何人かの会計担当者は顔をしかめたが、結局この案を実行する事になった。
この件は、人間だけで実行する事にした。彼らは魔物を信用しきっているわけではない。それに、どの魔物が急進派でどの魔物が穏健派かを掴み切れていない。彼らは人間だけで動き始めた。
鈍い衝撃音が響き渡る。ルカが広場の片隅にある資材を蹴飛ばしたのだ。ルカの顔は怒りで青ざめている。
ルカ達の行動は、魔物ではなく人間によって妨げられた。人間の中には、戦争の勝者であり現在の支配者である魔物に媚びる者達がいる。彼らは、急進派の魔物達にへつらっていた。ルカ達の行動を嗅ぎつけ、ルカ達の行動を急進派の魔物に密告した。へつらう人間達にとっては、飢饉の情報などどうでも良い。強者に媚びる事ができればそれで良い。命令されなくとも犬に成り下がる者達だった。
幸い密告者達は、ルカ達の行動をうまく把握できなかったため、ルカたちは摘発されていない。だが、ルカ達は行動しにくくなった。
ルカとしては、頼れる者はもう心当たりが居ない。会計担当者以外の政庁の人間は良く知らない。彼らの誰が味方になってくれるか心当たりがない。他の会計担当者に頼んでみたが、密告者が溢れていて、下手に頼れる状態ではないそうだ。
ルカは、自分の人脈のなさに打ちのめされていた。繰り返し繰り返し思い知らされてきた事だが、今度こそ致命傷となる。仕事は、他人と共同でなければほとんど出来ない。分かり切ってはいる事だが、それでどうにかなればルカの人生はもっとマシになっていただろう。
結局、エディッタに相談することにした。もはや魔物の手を借りるしかない。エディッタは穏健派の魔物だ。彼女の手を借りて対処をするしかない。ルカは、魔物をそれほど信用しているわけではないが、時間がなさ過ぎた。
エディッタは、ルカの相談を熱心に聞いた。時折質問しながら、ルカから話を引き出す。ルカの話が一通り終わると、エディッタはため息を付いた。
「あなた達が何かをしている事は気が付いていたわ。農村の凶作についても、ある程度把握している。あなた達が、具体的に何をしていたのかまでは分からなかったけど」
エディッタ達穏健派の魔物も、行動を起こしていた。魔王領に、飢饉の可能性と急進派の暴走について報告していた。ただ、こちらも芳しくなかった。大陸全土で日照不足と気温の低さゆえの凶作が懸念されていた。その対策のために、魔王領としてはルカ達の国ばかりに関わる事はできない。また、魔王軍全体に急進派は力を持ち、彼女達は戦争を諦めてはいない。
「私達は、共同で事に当たらなくてはならないわ。もう、魔物とか人間とかそういう事を言っている場合じゃないのよ」
そう言うと、エディッタは不満げに顔をしかめた。
「今度からはもっと早く言ってね。じゃないとお仕置きよ」
大規模な裏金作りが始まった。エディッタは、ルカの国にいる穏健派の魔物と渡りをつけた。穏健派の魔物は、ルカの国の内政全般に勢力を持っている。彼女達の協力が得られるとなれば、それまでとは規模の違う裏金作りが出来る。
裏金のための口実は何でもありだ。例えば、政庁の役人の地方への出張だ。仮に帳簿が事実通りに記載されているとすると、政庁の役人の四割は政庁の仕事をほったらかしにして地方で豪遊している事になる。食事代も口実として使った。帳簿通りだとすれば、政庁の役人は一人分の昼飯に一般家庭の五日分の食費を使っている事になる。いったいどういう昼飯を食っているのだろうか?挙句の果ては、福利厚生費として魔物娘の妻がいる役人の休憩宿泊施設の費用が設けられた。魔物娘と仕事の合間に「交流」するために必要だそうだ。ここまで来ると何が何やらだ。ルカは、噴き出しそうになりながら帳簿をつけた。
金は、戦争の為に使う物をくすねて作られる事もある。戦争に必要な物資の補給は、内政分野の者達が関わる。補給物資の量と単価を帳簿上で水増しして、戦争用の費用からくすねていった。これには元神父の役人リナルドが関わっている。呆れたことに、急進派の魔物達はまんまとだまされた。彼女達は戦争や外交部門では勢力を持っているが、内政部門は放置している。戦争には補給は要であり、内政部門が大きく関わっている。それにも関わらず、補給を、内政を軽視しているあたり彼女達の程度が分かる。
急進派の魔物娘に媚びへつらっている人間の中には、ルカやエディッタ達のやる事を嗅ぎつける者がいた。この者達は、穏健派の魔物娘達が捕獲している。エディッタの話によると、「お仕置き」をしているらしい。
こうして飢饉対策の食糧を買う金が蓄積されていった。だが、それでも飢饉の規模を考えると足りない。ルカとエディッタ達は、あらゆる手を講じて金を集めようとしていた。焦ったエディッタは、ルカに対して「今すぐ教団を復活させて、免罪符を売るのよ」などと無茶苦茶な事を言い出す始末だ。
それでも何とかある程度の金は蓄積された。この金で食料の買い付けを行うことになる。商人から食料を買い付ける為に、ルカ達は奔走した。この食料買い付けには、ユキとロメッリーニが協力した。
商人達は、戦争のための食料買い付けだと考えていたようだ。中には飢饉対策のためだと気付いていた者もいるようだが、彼らは公にはしなかった。商人の中には、戦争で稼ごうとして吹っかけてきた者もいた。この連中は、飢饉対策だと知れば法外な金を要求してくるだろう。幸いこの連中は、飢饉対策だと気付かなかった。その為何とか払える金だった。他の商人が適正価格で売ってくれたため、結局はこれら悪徳商人達からは買わずにすんだ。この時判明した悪徳商人は、今後政庁は一切取引しない商人のリストに載せた。
飢饉が始まるぎりぎりの時間に、食料の買い付けは終了した。
飢饉が始まった時の混乱は、後世の人々には面白いものだろう。戦争の事ばかり考えて飢饉の事など考えていなかった急進派の魔物は、思考と行動を停止した。予想外の事態に機能停止したわけだ。
この空白を付いて、エディッタ達穏健派の魔物とルカ達人間は、飢饉対策に乗り出した。買い付けていた食料の分配を始めた。分配の段取りは、既に立てられていた。この分配で食料をくすねそうな役人は、あらかじめ外している。不正を監視する魔物娘も配置している。
急進派の魔物も、さすがは魔物だけあり人間よりは有能だった。すぐに機能停止状態は解け、自分達の非を認めて飢饉対策に全力で協力した。もっとも自責から自害を図る魔物娘もおり、彼女達を取り押さえて監視下に置く必要はあったが。
これに対して、急進派に媚びた人間達は全く役に立たなかった。馬鹿みたいに立ち尽くす者、自己弁護に励む者、財産をかき集めて逃亡しようとする者などばかりだ。
これら無能者をよそに、飢饉対策は進んで行った。だが、所詮は不正な手段で蓄積した金である。その額はたかが知れている。買い付けた食料もまた限られている。このまま飢饉が続けば、大量の餓死者が出る事は明らかだ。
この飢饉は魔王が解決した。魔王領と親魔物国の食料をかき集め、ルカの国を始め飢饉が起こっている魔物側の国と中立国へ食料の援助を行った。既に魔王達は、大陸全土で飢饉が起こることを予測して対応策を立てていた。これにより、魔王の影響下にある国では大量の餓死者が出る事態は回避された。ルカの国も、わずかな餓死者で済んだ。
ルカの国で餓死者が少なかった事は、魔王の緊急援助のおかげもあるが、ルカ達が買い付けた食料を初期に分配した所が大きい。もしルカ達が動かなかったら、餓死者の数は増えていただろう。
この危機が一段落した時に、大規模な更迭がルカの国で行われた。急進派の魔物達は、大半が更迭された。
「結果として危機を見逃して対応できず、大量の餓死者を出すところだった。その責任は重い」
そう魔王は叱責し、急進派の責任を追及して左遷した。責任重大な者は、投獄された。
また急進派に媚びた人間達は、根こそぎ更迭された。
「私は人間を愛する。だが、卑屈な上に人の足を引っ張るしか能のない者まで愛するわけではない」
そう魔王は非難して、「卑屈かつ無能な者達」を片っ端から放逐した。投獄された者も多い。
ルカは、魔王の処遇が不満だ。足を引っ張った人間どもは、牢に放り込むだけではなく餓死させればよい。当然の処置だ。だが、ルカから見て「当然の処置」は、魔物娘達には出来ない事だと最近分かってきた。甘すぎると思うが、出来ないものは仕方がない。
「とりあえず一段楽したわね」
エディッタは、ルカに身を寄せる。ルカはエディッタを振り払わずに支える。エディッタは、危機に対して活躍してくれた。今回の功労者はエディッタだ。エディッタに相談しなければ、危機に対応できなかった。
ルカは、エディッタの体から漂う甘い匂いを嗅ぎながらそう思った。
ルカは、飢饉の事を思い出していた。あれから半年以上経っている。
ルカの国は、飢饉から脱した。だが、それで終わりと言うわけではない。また、今年も飢饉が発生する可能性はある。今年も日の出る時間は短い。
ルカの国では、現在食糧の備蓄や価格統制などが法制化されつつある。魔王領や親魔物国間で食料を融通する動きが組織だって行われつつある。魔王領から輸入した寒冷化に強い品種の作物の栽培も試みられている。対策を怠れば、餓死者が出る事態はこれからも続くだろう。
戦争は先延ばしとなった。大陸全土で起こっている食糧危機で、戦争どころではなくなったのだ。急進派の魔物は、勢力を失いつつある。
魔王は、主神教団と戦争回避のために交渉を続けている。魔王代理として娘のリリムと、魔王の知恵袋と言われるバフォメットが交渉に当たっている。
主神教団にも穏健派がおり、彼らと連絡を取り合って交渉しているのだ。一時は勢力を失っていた教団穏健派は、食糧危機により勢力を回復しつつある。彼らの言う戦争回避は現在の状況下では現実的であり、彼らは食糧危機に対して対応策を持っていた。彼らは、魔物との交渉に積極的だ。
この交渉は、戦争を先延ばしにする方向で進んでいる。ルカの国は親魔物国化し、魔王領には併合しない。教皇の提唱した「神聖同盟」は、休眠状態に入る。そういう方向で話が進んでいるようだ。
ただ、楽観は出来ない。反魔物国の中には、飢饉への不満を戦争を行う事でごまかそうとする権力者がいる。彼らにより、戦争が引き起こされる危険性は十分にある。
また、魔物側にも好戦論者はいる。理由は、人間達の飢饉への対応策が醜悪である事だ。反魔物国には、ろくに飢饉対策を行わずに大量の餓死者を出している国がある。それどころか、収穫した作物を片っ端から奪い取って農民を餓死させ、救済を求めて押しかけてきた農民を武力で虐殺している権力者もいる。自分の支配下の農民を皆殺しにしても、飢饉で流亡して来た者達に土地を与えて耕させればいいわけだ。ある肥え太った司教は、「彼らは地上の苦しみから解放された」と楽しげに歌っているそうだ。追い詰められた農民達の中には、反乱を起こしている者達もいる。この状況に、急進派の魔物達は怒り狂っているのだ。
結局、ルカ達のやった事は根本策ではない。目の前の状況に何とか対応しただけだ。それでも多大な労力を必要とする。ルカの心身は、疲労で固められている。
「最善を求めてはいけないわ。『よりマシ』で納得しなければ、行動は出来ないわ」
エディッタは、そうルカを慰める。エディッタの言う事が正しい事は分かる。「よりマシ」しか望めないのだ。それでもルカの心と体には、疲労が蓄積していった。
ルカは政庁の一室で、ロメッリーニと打ち合わせをしていた。ロメッリーニは、飢饉の時の功績で政庁が優先的に取引をしている。形部狸のユキと共に、政庁が第一に取引する商人だ。もはや政商と言っていいかもしれない。
商談が終わると、ロメッリーニはルカに一つの依頼をしてきた。ルカに、自分達主神教徒へ神の教えを説いててほしいと言うのだ。
ルカは始めは無理だと思い、リナルドを紹介しようとした。だが、ロメッリーニは是非ルカにと頼み込んだ。
「私は、これでも商人の端くれです。人を相手に仕事をして、飯を食ってきました。人を見る目は少しはあるつもりです。あなたは立派な神父です。あなたの教えを受けたいのです」
結局、ルカは承諾した。ただ、ルカは流されたわけではない。自分の仕事に自信を持ってきた事が引き受けた理由の一つだ。自分の金勘定は、飢饉対策に役立った。やった事は裏金作りだが、それでもやった事はマシな結果をもたらした。金勘定は、場合によっては人を救うのかもしれない。
俺は金の主人となろう。金は使い方次第で人を救う。金の奴隷にならなければよいのだ。もっとも、それは難しいことだろう。少し油断をすれば、金は牙をむいてくる。俺は、一生金と戦い続けよう。
信仰とは、自分を問う行為だ。自分を肯定できなくては、他の人に教えを説く事は出来ない。自分が生涯関わるであろう金と金勘定を、自分の中に位置づけないと、他の人に教えは説けない。信仰と金は、太古から問われ続けて来た問題だ。それに自分なりの答えを何とか出せそうだ。商人相手に神の教えを説けるかもしれない。
こうしてルカは、商人達相手の神父となった。
ルカとエディッタは、夕暮れの中共に歩いていた。政庁での仕事が終わり、共に帰路についているのだ。二人は市場で買い物を済まし、家へ向かって歩いている。
エディッタは、ルカに身を寄せながら歩いている。ルカはもう拒まない。ルカは、エディッタを、魔物娘を受け入れようとしている。彼女達の人間に対する働きは、同じ人間のものよりも優れたものだ。もしかしたら彼女達は、人間を本当に愛しているのかもしれない。そう、ルカは思うようになってきた。
エディッタは、淫魔サキュバスだ。サキュバスを受け入れるルカは、堕落した神父なのだろう。しかも金に塗れた神父だから、深く堕落しているのだろう。それで良い、堕落者でも信徒の役に立てればそれで良い。ルカはそう思う。
寄り添ってくるエディッタの体は暖かく、柔らかい。ルカを包み込むようないい匂いがする。ルカは、これからもエディッタを感じ続けたいと思う。ルカは、微笑を浮かべるエディッタの腰に手を回す。
堕落した神父と淫魔を、残照が柔らかく包み込んでいた。
14/06/29 18:32更新 / 鬼畜軍曹