読切小説
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騎士の時代の終わりに
 辺りには麦畑が広がっていた。麦畑の中に村落がある。麦畑の上には鳥が鳴きながら飛んでいる。麦畑の中を通っている道を、黒馬に乗った騎士とその従者が歩いていた。
「クレメル、気を抜くな。我々は見回りをしているのだぞ」
 騎士は、やや高めの声で従者を叱責した。騎士は女だ。それに対して従者の方は、気のなさそうな態度だ。
「分かってますよ、アデル様」
 従者の男は、分かっているとは思えない調子で答える。
「敵が迫っているかもしれないのだぞ。そんな態度で国を守れるか!」
 騎士の怒声に、従者は気の抜けた声ですみませんと答える。
 騎士の言うとおり、のどかな光景とは裏腹に彼らの国には敵が迫っていた。隣国が、彼らの国を侵略しようとしていた。

 アデル達が城の前の広場に戻ると、兵士達が訓練をしていた。槍を前に突き出している。兵士達はどこかぎこちない。
 アデルはため息をついた。
「やはり、農民達を兵士にするのは無理なんだ。彼らは、戦いに向かない」
 アデルの否定的な評価に、クレメルは反論した。
「訓練がまだ足りないからですよ。もう少し訓練をつめば使えるようになります。こいつらの士気は高いですからね」
「士気が高ければいいというものではない。向いていないのでは話にならない」
 アデルははき捨てるように答えた。
 それに対して、クレメルは余裕を持って反論する。
「そりゃあ、騎士様達ほどの能力はありませんや。ですが、傭兵相手ならこれでいいんですよ」
 隣国は、傭兵を戦いの主力としている。傭兵に対する備えが必要な状況だ。
「農民は、作物を作ることが仕事だ。戦いに駆り出すのは間違っている」
 アデルは、苛立たしげに言い放つ。
 クレメルは、アデルを慮る様に見上げる。
「アデル様もご存知のとおり、騎士だけでは国を守れません。傭兵を雇うか、他の手を打たなくてはなりません」
 分かってると、アデルはそっぽを向いて答える。
 そんなアデルの態度に、クレメルは小さくため息をついた。
 すでに戦争の主役は、騎士から傭兵へと移り変わっていた。時代は転換期を迎えていた。諸侯や騎士は没落していき、王の権力が強まり傭兵が羽振りを利かせていた。もはや騎士道は過去のものとなりつつある。戦場では、傭兵達の手段を選ばぬ戦い方が新しい流儀となっていた。
 クレメルは元傭兵であり、いくつもの戦場を経験している。彼は、騎士も騎士道も過去の遺物である事を分かっている。
 そしてアデル達の国も、その事を思い知っていた。
 五年前、アデル達の国は東の隣国と戦争になった。両国は、国境沿いで大規模な戦闘を行った。アデル達の国は二万、隣国は三万の兵を出していた。アデル達の国は兵の数は劣るが、親魔物国であるため魔物の兵が大勢いた。それに対して隣国は反魔物国であり、人間の兵士しかいない。普通ならば、アデル達の国が勝つはずだ。それが敗れた。
 アデル達の国の軍は、騎士主体だ。人間の騎士、首なし騎士デュラハン、ケンタウロスの騎士達が中核を担っている。それに対して隣国は、傭兵を主体にしていた。アデル達の騎士道に従った戦い方は、傭兵達の手段を選ばない戦い方に打ち破られた。
 アデル達の国は、国境付近の領土を取られた上に賠償金を払わされた。隣国は味をしめて、また侵略して来ようとしている。
 アデル達の国は、この危機に農民主体の国軍を創る事で乗り越えようとしていた。国内で最大の人口を占める農民を訓練し、軍隊を創設しようと言うのだ。農民軍の創設を導入することになった理由は、傭兵制の欠点を克服するからだ。
 傭兵制の欠点の一つは、金がかかり過ぎる事である。傭兵達は、自分達の力を背景に雇い主からなるべく金をむしり取ろうとする。大規模な傭兵団となると、国の財政を傾けるくらいの金を要求してくる。
 そして金がかかる割には、傭兵達は大して働かない。傭兵は体が資本だ。命が第一、金が第二だ。雇い主のために命がけで戦う事はあまりない。敵に雇われた傭兵と裏で手を組み、じゃれあいの様な戦いをする事もある。
 おまけに傭兵は統制しにくい。すぐに虐殺、強姦、略奪を始める。統制しようとして傭兵に殺された将軍もいる。
 結局のところ、傭兵達は「戦争の犬」にすぎない。
 農民による国軍は、これらの欠点を克服していた。農民軍は、平時は農耕をする。農閑期など、農耕の合間を見て軍事訓練を受ける。非常時には軍隊の一員として働く。自活することで生産に貢献できるから、傭兵に比べれば金のかからない軍隊である。
 そして士気の高い軍隊だ。戦争で最も被害をこうむるのは農民だ。農民達は、侵略者に対して逃げるよりは戦うことを望んでいる。農民達を軍として組織すると、傭兵に比べると格段に戦意の高い軍隊ができる。
 また、国や地域に所属している為、統制しやすい。このように、農民軍は傭兵の欠点を克服した存在だと言える。
 大陸の国のいくつかは、すでに農民による国軍を導入している。彼らが手強い存在である事は、クレメルは体で知っている。
 クレメルは、傭兵時代に大陸の南の地域で働いていた事がある。その地域は、いくつもの小国に分かれて戦いを繰り広げていた。彼ら傭兵にとっては、カモと言える地域だ。クレメルは、小国の一つに他の傭兵達と雇われていた。敵国は、農民による国軍で迎え撃とうとしていた。
 クレメルたち傭兵は、始めは相手を舐めきっていた。百姓の軍隊など嬲り殺しにしてやる。そう笑っていた。
 嬲り殺しにされたのは、傭兵達だった。きちんと訓練を受けた軍隊が、整然とクレメル達に襲い掛かってきた。戦意は、傭兵には考えられないほど高い。死を恐れていないように見える。
 傭兵軍はすぐに崩れた。戦争の専門家とは言えないほど、無様な崩れ方だ。逃げる事さえまともに出来ない有様だった。「戦争の犬」に対する憎悪をむき出しにした農民軍に、傭兵達は血と肉の塊に変えられていった。
 クレメルは小便を漏らしながら、ひいひい言って逃げ回った。一緒に逃げていた傭兵は、大便も漏らしていた。クレメルが逃げ切れたのは、運が良かった為だ。大便を漏らした傭兵は、槍でめった刺しにされて殺された。
 アデル達の国が農民主体の国軍を創ると決定した時、クレメルはこの国は強くなると確信した。決定したこの国の指導者を高く評価した。
 だが、アデルは農民軍の創設に強い不満を持っている。騎士である自分を差し置いて、農民が戦争に出ることが屈辱的なのだ。
 アデルは、首なし騎士デュラハンだ。デュラハンは、魔王軍においては騎士団を結成して中核を担っている。この国の軍隊でも、かつては中心にいた。大概のデュラハンは、戦場で戦うことを誇りとする。アデルも、騎士として戦いに誇りを見出している。そのアデルにとって、戦いの主役の座を降りることは耐え難いことだ。
 アデルは、訓練している農民軍に険しい表情で背を向け、城の中へと馬を進める。クレメルはやれやれと言いたげに首を振り、アデルの後を追った。

 宿舎に帰ると、アデルとクレメルは体を洗った。クレメルは毎日体を洗う必要はないと考えているのだが、アデルに洗うことを強要されている。それどころか、きちんと洗っているか確認するために、アデルの前で体を洗わなくてはならない。クレメルはすでに慣れており、アデルの前で股間をさらして堂々と洗っている。そんなクレメルを、アデルは注意深く観察していた。
 体を洗い食事を終えると、アデルはクレメルをベットの上に押し倒した。クレメルの服を慣れた手つきで脱がし、自分の服もすばやく脱ぐ。取り外した頭を寝台の傍らに置き、自分達の体が見えるようにした。
 アデルの顔は、魔物娘だけあり整っている。彫りが深い顔は、固く締まった口元が特徴となっている。中性的な魅力のある顔立ちだ。端正な生首を、青みがかった銀髪が覆っている。首のない体の方も、胸が豊かであるにもかかわらず引き締まっていた。女にしては筋肉がついており、肉感的な魅力がある。
 アデルはクレメルの上に覆いかぶさると、白い胸でクレメルのペニスを愛撫する。たちまちクレメルの赤黒いペニスは屹立した。
「相変わらず元気な男根だ。毎日精を搾り取ってやっているのに、すぐにいきり立つ。獣以下の強姦魔の男根だ」
 アデルはペニスから胸を離し、ヴァギナをペニスに押し当てる。ヴァギナを覆う銀色の陰毛は、すでに濡れそぼっている。アデルは、アンデット系の魔物娘だ。つまり生命はない。にも関わらず、多量の愛液を湧き上がらせている。濡れた銀毛の中に赤黒い肉棒が飲み込まれていく。アデルの銀毛が、クレメルの茶褐色の陰毛に覆いかぶさっていく。
 アデルの膣は、クレメルのものを飲み込むときつく締め付ける。濡れた肉襞が、クレメルのペニスを引き絞っていく。クレメルは、下半身から頭に突き抜ける快感にうめく。アデルは、表情を歪めるクレメルを見ながら激しく腰を動かす。
 人間同士ならば、騎士と従者が交わる事などほとんどないだろう。だが、アデルは魔物娘の騎士だ。従者と体を交える事に抵抗はない。
 アデルは、馬乗りになりながら体をクレメルへと倒す。アデル目の前で人間以上に白い胸が揺れる。
「私の体を揉み解しても良いぞ。舐めしゃぶることも許してやる。ただし、腰は休めるなよ」
 クレメルはアデルの胸をつかみ、谷間へ顔を押し付ける。生命がないのも関わらず、女肉の甘い匂いがする。谷間から右胸へと舌を這わせる。突起を舐めしゃぶると、腋へと舌を這わせていく。くぼみを舐め回すと、アデルは笑いながら喘ぐ。
「相変わらず腋が好きだな。お前のものを腋に挟んで扱いてくれと頼まれた時は、さすがに驚いたぞ」
 アデルの笑声に応える様に、クレメルは腋に舌を這わせ続ける。その間も、命令どおりに腰を動かし続けている。
 アデルの激しい腰の動きと膣の締め付けに、クレメルは耐えられなくなる。加えて腋を舐める事の興奮が、クレメルの欲望の決壊を促す。腰の奥からペニスの根元へと精が競り上がって来る。
「もう耐えられませんよ」
 クレメルの喘ぎながらの言葉に、アデルは微笑む。
「いいぞ、中へたっぷりと出せ。ゆるしてやる」
 アデルの言葉が終わると同時に、クレメルのペニスは弾ける。濃い精が、魔物の騎士の中へと放出される。すでにクレメルはインキュバスになっている。人間ではありえない量の精が、アデルの子宮に直撃している。あたかも子宮を押し流そうとしている様だ。
 クレメルの精に打ち抜かれて、アデルは獣じみた声を上げる。肉食獣が矢で打ち抜かれた時に上げる声のようだ。体と頭が離れているにも関わらず、アデルの下半身の刺激は頭に届いているようだ。寝台の傍らで、アデルの生首は声を上げ続ける。
 クレメルの精の射出がゆっくりと収まっていき、アデルの獣声も収まってゆく。ぐったりとしたクレメルに対して、アデルは肉食獣の微笑を浮かべる。
「言うまでもないが、これで終わりではないぞ。私はまだ満足とは程遠い。お前もそうだろ?」
 アデルの嗜虐的な言葉に、クレメルはゆっくりとうなずいた。

 クレメルは、激しい交わりの後のけだるさに身を任せていた。アデルは、クレメルの左腕の中で眠っている。すでに頭は付けている。頭が外れた状態だと、デュラハンは激しい性欲に支配される。交わりの時以外は、極力頭を外さない。
 アデルの体からは、情交後の濃密な臭いがした。様々な液で濡れた肉の臭いだ。アデルはアンデットであるにも関わらず、クレメルの欲望を煽る肉の臭いがする。クレメルには、未だにそれが不思議だ。魔物ゆえの性質だろうかとクレメルは思っている。
 今日のアデルは、いつにも増して激しかった。やはり不満が溜まっているのだろう。騎士であるアデルにとって、農民に戦場での主役を奪われるのは耐え難いのだろう。アデルは馬鹿ではない。すでに時代と状況が変わってしまった事を分かっている。騎士の時代が終わってしまった事を、前の戦争で思い知らされた。それだけに、不満は強くアデルの中に蓄積されているのだろう。
 それにしても、この女と俺の関係もおかしなものだな。クレメルは、アデルの寝顔を見ながら思う。犯し、犯される関係だ。まともじゃない。クレメルは声を立てずに笑う。出会いからしてまともじゃなかった。
 アデルとのやり取りを思い出す。苦笑するしかない事ばかりだ。タライいっぱいの血をぶっかける事は勘弁してほしいものだな。クレメルは心底そう思う。アデルは機嫌を損ねると、クレメルにタライで血を浴びせるのだ。デュラハン特有の嫌がらせらしいが、やられる身としてはたまったものではない。
 これからどうなるんだろうな?クレメルは、アデルの体の感触を楽しみながら思念をめぐらす。戦争だな、俺の人生から離れやしない。クレメルは苦く笑う。隣の国の調子付いた馬鹿共が、けんかを売ってきやがる。近いうちに、また殺し合いをしなけりゃならねえ。まあ、俺にとっては慣れちまった事だ。クレメルは、唇を歪めて笑う。
 まあ、今の俺の生活は、前に比べればましだ。おかしな女に仕える事になったが、これはこれで楽しい。アデルは遠くを見る。もう、糞みたいな生活はしたくはねえ。アデルは、声に出さずにつぶやいた。

 クレメルの言うところの「隣の国の調子付いた馬鹿共」は、それから一ヵ月後に侵略を開始した。東の国境を四万の軍でこえ、王都を目指して進撃している。その途中にはアデル達のいる城がある。アデルの国は、この城で隣国を迎え撃つ事にした。これは、当初の予定通りの事である。
 隣国の軍は、予想通り傭兵を主にした編成を取っていた。隣国が契約を結んだ傭兵団のうちの一つは、大陸屈指の傭兵団だ。隣国は、莫大な金を投じて侵略を行っていた。
 対するアデル達の国の軍は、二万五千だ。その大半は農民軍だ。敵軍は、やる前からすでに勝った気になっている。
 アデル達のいる城は、大軍が入っているためごった返していた。防戦の準備を整えるため、そこらじゅうで人が駆け回り、声が飛び交っている。大量の物資が城の庭で、通路で、走り回る人々に運ばれている。
 アデルとクレメルも、防戦の準備で大わらわだ。アデルは自分の定位置での配備の指揮を、クレメルはアデル指揮下で物資の運搬をしていた。慌しいものの、アデル達が予想したとおりの事が起こり準備も前もって行っていたため、防衛体制の構築は順調に進んでいる。
 この戦いは、王が直に指揮する事になっている。王は、将軍達を引き連れ城に入城した。この城の持ち主であり、アデルと契約を結んでいる城主は、連日にわたって王や将軍達と協議を重ねている。すでに敵の行動をいく通りも予測し準備を整えていたため、協議は確認が主である。
 敵軍が城を包囲した時は、アデル達の軍は迎え撃つ準備を終えていた。

 アデルとクレメルは、城の中にある貯蔵庫の一つにいた。二人は、荷物の影で共に半裸で毛布に包まっている。つい先ほどまで交わっていたのだ。
 城の中には大勢の兵士が入ったため、一介の騎士とその従者には個室が与えられない。交わりたければ、このように人目の付かない場所に来なくてはならない。
 アデルはクレメルに寄りかかって、寝息を立てている。先ほどまでの激しさが嘘の様だ。
 明日には敵が攻めてくる。もしかしたら、今夜にでも夜襲をかけてくるかもしれない。今のうちに二人は交わりたかった。
 クレメルは、アデルの寝顔を見下ろした。こいつとはおかしな間柄だな。まともな関係じゃない。だが、とアデルは思う。こいつとの関係は、結構快適だ。今までの俺の人生から考えれば上等だ。
 クレメルは、アデルの寝顔を見ながら自分のこれまでの人生を思い返していた。

 クレメルは、大陸の東側にある国で生まれ育った。国土は広いが、森林と荒地の多い国だ。その国の農村で生まれ育った。
 クレメルの少年時代に、その国では戦争が始まった。皇帝と諸侯が、皇位を争って内戦を始めたのだ。これに、主神教内部の路線闘争が関わった。さらに、領土や権益を求めて、他国が軍を派遣して干渉してきた。
 この戦争で最も目立った存在は傭兵だ。皇帝、諸侯、主神教団、近隣諸国軍に雇われて国を荒らしまわった。虐殺、強姦、略奪、放火などやりたい放題だ。クレメルの村も、傭兵達に襲われた。
 クレメルの両親と弟は、傭兵達に殺された。村人達も片っ端から殺されていった。クレメルが助かったのは、運が良かったからだ。血で汚れた剣や槍を得意げに振り回す傭兵に怯えながら、畑を這いずりながら逃げ出した。
 逃げ出してまず考えた事は、復讐の事ではない。これからどうやって生きていくかだ。
 クレメルは町や村を渡り歩きながら、日雇い仕事をして辛うじて生きていた。荷担ぎ人足、土木建設工事現場の下働き、町の清掃人、農家の下働き。ろくな仕事に就けず、ろくに稼げなかった。
 加えて、行く先々の町や村が戦争に巻き込まれた。忌々しい傭兵達が、暴れまわっていた。クレメルは、人々が殺され犯されていく中を逃げ惑うしかない。町や村を転々とした。
 結局、クレメルは憎んでいた傭兵になった。傭兵になる事で、少しは自分の境遇をましにしようとした。
 クレメルの入った傭兵団は、戦争で人員が欠けていた為にクレメルの様な素人でも入れた。クレメル同様の新兵が、何人か入っていた。
 彼らは、早速古参兵のいじめにあった。口実を設けて殴られる。訓練にかこつけてしごかれる。重労働を押し付けられる。食料や金を奪われる。クレメルは、少年である上に不器用なため最もいじめられた。泥の上に這い蹲らされ、泥靴で顔を踏みつけにされる事は日常茶飯事だ。
 逃げ出そうとする前に、実戦に投入された。初歩的な訓練を受けただけで、最前線に投入された。体で覚えろと言うわけだ。
 古参の傭兵達に小突き回されて、敵の前に突き出された。クレメルは、無我夢中で槍を突き出し喚き散らした。クレメルの周りで、新兵達が殺されていく姿が見える。クレメルは、小便を漏らしていた。
 クレメルは、初戦を辛うじて生き延びる事ができた。この後、休みなく戦場を引き回された。泥の中を這いずり回り、小便を漏らしながら戦い続けた。
 クレメルが戦場で生き延びる事が出来たのは、運が良かったからだ。それ以外の理由をクレメルは思いつかない。ただ、運が良かったにせよ、五年、十年と傭兵を続けるうちに経験を積むことができた。戦場を変え、雇い主を変え、傭兵団を変えながら大陸各地を渡り歩いてきた。雇い主や傭兵団の都合、それに状況により、居場所を変えざるを得なかった。そうして戦場での生き延び方、傭兵としての世渡りの仕方をを学んできた。大陸中の戦場を渡り歩きながら、「戦争の犬」として生きてきた。
 まさにクレメルは「戦争の犬」だった。「徴発」と称して食料を略奪し、「作戦」と称して町や村、畑を焼き払う。逆らう者は片っ端から殺した。略奪で手に入れた金品で、酒を飲み、娼婦を抱いた。
 クレメルのやっている事は、自分の村を血で染めた傭兵達のやった事と同じだ。クレメルは、それでいいと思っていた。虐げられる側にいるよりは、虐げる側に回ったほうがましだ。その事を体で思い知らされてきた。
 アデルの国に入った時、クレメルは「戦争の犬」以外の何でもなかった。

 クレメルがアデルの国に入ったのは、戦争の臭いを嗅ぎつけたからだ。アデルの国は、隣国と緊張状態にある。クレメルは、すでに戦争を食い物にして生きる事に慣れている。他の生き方は考えていない。
 クレメルは、それまで居た傭兵団で他の団員と揉め事を起こしていた。そのまま居続けたらリンチに掛けられていただろう。それで傭兵団から逃げ出した。新たな雇い主を自分で見つけるべく、アデルの国に入り込んだ。
 アデルの国に入ってからは、クレメルにとっては不愉快な事の連続だ。国境の番所だけではなく、行く先々で警備兵達に誰何され、取調べを受けた。警備兵達は、高圧的な態度でクレメルを詰問し、荒っぽく体を調べた。素っ裸にされた挙句、尻の穴の中まで調べられた事もある。
 クレメルは傭兵団から逃げ出す羽目になった事から、元々機嫌が悪い。そこに、警備兵達の態度の悪さに直面した。加えて町民や村民は、取調べを受けるクレメルを刺す様な目で見ていた。クレメルとしては、この国の人間をぶった切りたい気分だ。こんな状態で、クレメルはアデルと出会った。
 街道を歩いているクレメルを、騎馬姿のアデルが誰何した。アデルの誰何は、クレメルには権高に響いた。クレメルの忍耐は限界に達した。
 クレメルは、すぐ側にある廃村らしい一群の廃屋の中に隠れた。アデルは、止まれと叫びながら追って来る。クレメルは、物陰でアデルを待ち受けた。
 アデルが側に来ると、クレメルは眠り粉の入った小袋をアデルに投げつける。アデルはすでに抜いている剣で払おうとし、小袋の中身を自分の周りに撒き散らす。アデルは、眠り粉をまともに浴びた。
 眠り粉を浴びたからといって、簡単に眠るわけではない。アデルは、ふらつきながらも立っている。だが、まともに動ける状態ではない。
 クレメルはアデルの背後から忍び寄り、アデルの剣を叩き落す。ふらついているアデルを、その場で押し倒した。
 この時のアデルは、単なる見回りをしていたため鎧を身に着けていない。クレメルは、アデルの顔を見て目を見張った。若さに溢れた美貌だ。きつい表情も、彫りの深い整った顔に魅力を与えている。体は引き締まり、豊かな胸と適度に付いた筋肉が官能的な魅力を与えている。クレメルは、ここしばらくご無沙汰だ。思わず舌なめずりする。
 クレメルは、アデルの服を引き剥がしていく。白い胸と赤い突起が露わとなる。クレメルは胸を乱暴に揉みほぐし、顔を胸に寄せて舐め回した。クレメルは久しぶりの女の感触に、匂いに、味に興奮した。すでにクレメルのペニスは勃起し、ズボンを持ち上げてアデルの足を突いている。
 クレメルはアデルのズボンを引き下ろし、下穿きを引き剥がした。青みがかった銀色の陰毛が露わとなる。クレメルは、左手でアデルの銀毛をまさぐる。
 恥部をまさぐられて、アデルは激しく身をよじった。クレメルは、いらだしげに右手でアデルの髪をつかみ、押さえ込もうとする。この時、クレメルの予想外のことが起こった。
 アデルの首が胴から外れたのだ。あたかもアデルの首を刎ねたかのように。もちろんクレメルは、アデルの首を刎ねていない。髪をつかんだら、アデルの首が取れたのだ。
 クレメルは、数秒間思考と動作が麻痺した。目の前の状況に衝撃を受け、付いて行けなくなったのだ。やっと麻痺が解けると、自分の危険な立場を理解した。
 この女は魔物だ。確か、首無し騎士デュラハンと言うやつだ。俺は、魔物に手を出してしまった。クレメルは、戦慄と共に理解した。
 クレメルは立ち上がり、焦りながらデュラハンに背を向ける。そのまま泡を食って逃げ出そうとする。クレメルの体は、首のない半裸の女の体に羽交い絞めされる。とても眠り粉に犯されているとは思えない動きだ。そのまま、地面に引き倒される。
 首のないアデルの体は、クレメルに跨り服を引き剥がしていく。クレメルの下半身を露出させると、股間をペニスに押し当てる。そのままペニスをヴァギナに飲み込んでいく。
 クレメルの右斜め後ろから、女の笑声が聞こえた。クレメルが身をよじって声の方を向くと、女の生首が笑っている。獣じみた欲望に目をぎらつかせて、自分の胴に犯されるクレメルを見ている。
 そのままクレメルは、アデルに犯された。繰り返し精を搾り取られた。気を失うまで犯され続けた。
 気が付いた時は、倒れているクレメルをアデルは微笑を浮かべながら見下ろしていた。笑いながら悠然と言い放った。
「獣以下の強姦魔よ、お前は私の下僕となるのだ。放置すれば、お前は女を犯すからな。私が管理してやる。ありがたく思え」
 それ以来、クレメルはアデルの支配下にある。

 アデルの寝顔を見ながら、クレメルは苦笑する。出会いが、犯し犯されとはどういう関係だ?まあ、魔物娘と人間の間ではよくあるらしいが。クレメルは、軽く頭を振る。
 始めのうちは、クレメルはアデルの支配にうんざりしていた。昼は従者としてこき使われ、夜はさんざん犯される。逃げ出すことを考えたのは、一度や二度ではない。だが、逃げ出すことは難しかった。アデルは、クレメルを注意深く管理しており隙はない。結局、アデルの元にいる時間が重なっていった。
 そうしている内に、クレメルの自分の状況への評価は変わっていった。まずは、アデルの仕事の押し付け方だ。こき使いはするが、劣悪な扱いと言うわけではない。アデルはクレメルを注意深く観察し、向き不向きを把握して仕事を命じた。どこまで出来て、どこまで出来ないか観察しながら測り、出来る様にするにはどうすればいいか策を講じた。
 この仕事のやらせ方は、傭兵達と比べれば評価できる。傭兵達は、クレメルを減点法で評価した。わざと無茶な要求をして、クレメルが従順か否かを試した。クレメルを潰す為だけを目的としてあれこれ命令する傭兵もウジャウジャいた。アデルは、決してその様な事はしない。
 仕事の内容もまっとうだ。城の周辺の町や村を見回り、秩序の維持に尽力する。町や村で問題が起きれば、可能な限り速く駆けつける。治安問題に応じるために、常日頃から準備を整えておく。町や村で現在起こっている問題、これから起こる可能性のある問題に対する解決策を立てる。この様に、価値のある仕事に取り組んでいる。
 傭兵時代の仕事は、糞以下のものが多かった。戦場でまともに戦う事は良い。それはましなほうの仕事だ。敵の敗残兵を、情報収集のために拷問に掛ける。その挙句見せしめのために殺して、死体をさらし者にする。味方の脱走兵も、見せしめの為に殺して死体をさらす。町や村に押しかけて、食料などを略奪する。軍事上の理由と言う事で、町や村、畑を焼き払う。これに逆らう者は、反逆者の烙印を押して殺す。言ってみれば、傭兵が仕事に励む事は黒死病の蔓延と同じ様な結果をもたらす。
 傭兵時代と比べれば、今の仕事と生活は格段にましになった。少なくとも生産性のある毎日を送る事が出来る。他人から黒死病呼ばわりされる様な事をせずとも、飯が食える。
 アデルの体がクレメルに擦り寄ってきた。クレメルは、アデルの体を引き寄せる。 
 アデルとの交わりも、次第に楽しくなってきた。アデルは毎日の様に性交を強要するが、クレメルが本当にいやな事はしない。クレメルの様子を絶えず見ながら、注意深く交わりを行う。クレメルが喜ぶやり方を探りながらやる。クレメルが本当に気が乗らなかったり、疲れきっている時は交わりを止める。そうしたアデルの気を遣ったやり方を味わっている内に、クレメルはアデルとの性のやり取りを楽しむようになって来た。
 今の生活を失いたくはないな。これは、クレメルの正直な気持ちだ。今の俺は、糞みたいな生き方をしなくて良い。あまり認めたくはないが、これはアデルのおかげだ。クレメルは、アデルの寝顔を見ながらそう思う。
 明日にも戦争は始まる。俺は、アデルと生き残りたい。
 クレメルは、アデルに顔を寄せる。アデルの肉の匂いがする。俺は、この匂いをこれからも嗅ぎ続けたい。クレメルはそう望んだ。

 翌日の早朝に戦いは始まった。敵軍はゆっくりと城に向かって押し寄せてくる。
 城の側も用意を整えている。弓兵やバリスタ(大型弩砲)、投石器を城壁に配置している。悪臭を放つ桶も用意していた。中には糞尿が入っている。はしごで登ってくる敵兵に浴びせるのだ。
「もう少しましなやり方をしたいものだな」
 アデルは顔をしかめる。アデルは、黒い鎧と鎖帷子をまとっている。
「なかなか効きますよ、あれは」
 クレメルは苦笑しながら答える。クレメルは、傭兵時代に攻城戦に参加したことがある。はしごで城壁を登って行ったら、上から糞尿を浴びせられた。その時に味わった表現したくない味と臭いは、今でもはっきりと思い出すことが出来る。
 アデル達の国は魔物が勢力を持っている国だ。その為に、極力人を殺さない戦術を取る。弓矢や弩砲用の玉、それに剣や槍には魔界銀が混ぜられている。相手に強い衝撃を与えるが、殺しはしない。投石用の石にも、人を殺さないように魔術をかけている。また人間が行う防城側の戦術として、煮えたぎった湯や油を上から浴びせる戦術がある。魔物達は、その様な戦術は取らない。
 クレメルから見れば甘すぎるやり方だが、魔物と暮らしている内に彼女達には残虐な戦術は無理である事が分かった。無理強いしても無駄だろうと、クレメルには分かっている。
 とは言え、糞尿を浴びせる事は平気らしい。蝿の魔物であるベルゼブブの兵士は、「ご馳走を振舞うんだ」と言っていたそうだ。クレメルは、そんな「ご馳走」は間違っても振舞われたくない。
「どういうことだ?攻城塔がひとつもない」
 アデルは、眉間にしわを寄せてつぶやく。言われてクレメルも不審に思った。敵軍には攻城塔がない。城攻めには攻城塔は不可欠だ。アデル達の城は堀がないから、堀を埋めるのを待つまでもなく、攻城塔を出すはずだ。そもそも、こちらの目論見どおりに城攻めをしてくるとは思わなかった。城攻めをする場合、防城側の倍以上の兵を必要とするからだ。そのため、アデル達は城から出て戦う準備もしていた。
 アデルの話によると、間諜の報告に不明な所があるそうだ。敵に不鮮明な所があるのだ。クレメルは思念をめぐらせる。まさか、奴らはあれを用意しているのか?クレメルは、一つのことを思いついた。だとしたらまずいぞ。
 クレメルの危惧していた物が敵軍に現れた。敵軍の前列に十数門の大砲が出現する。黒い砲身を持った兵器は、轟音と共に砲弾を射出した。
 城壁に衝撃が走る。同時に、城壁と城門の一部が弾けるように砕ける。アデルは、低くうめき声を上げた。
 大砲は、一部の人間の国で実用化されている。主に城攻めに使われている。クレメルは、一度大砲を使った城攻めに参加したことがあった。その破壊力は、忘れられるものではない。
 城の側も、投石器やバリスタで応戦するが、敵に比べるとはるかに迫力が欠けている。アデルは、唇をかみ締めながら防戦の指揮を執っていた。

 夜になって、アデル達はやっと休息を取る事が出来た。あれから敵軍は、大砲を撃ち続けた。城門と城壁が、次々と破損していった。
 幸い、大砲は連続して撃つことが出来ない。かつ、城は人間の造る城より丈夫だ。神の末裔と言われるサイクロプスと、物造りでは右に出る者がいないと言われるドワーフ達が造った城だからだ。工事は、怪力を誇るオーガ達がやっている。その丈夫さゆえに、今日は何とか防げた。
 だが、これからは分からない。城壁を破損させた砲弾を調べたところ、石ではなく鉄の砲弾だった。石と鉄では、破壊力が格段に違う。
 夜になった今でも、工兵達は必死に補修工事をやっている。城内で慌しく動き回っている。
 戦争は変わってしまったのだな。分かっているつもりだったが。アデルは、低くつぶやく。クレメルは、無言でアデルの背を見つめている。
 確かに戦争のやり方は変わった。騎士道は通用しなくなった。
 例えば攻城戦だ。五年前の戦争で、敵軍はアデル達の国のある城を攻めた。城を攻める前に、近辺の農村を広範囲に襲った。襲われた村々は、強姦と虐殺が荒れ狂った。そのため、周辺の農村の人々が大勢城に逃げてきた。敵軍は、農民達が入ったのを見計らって城を包囲し、兵糧攻めを行った。農民達で膨れ上がったため、城の食料はすぐに尽きた。やむを得ず、城内の人々の命を保障する事と引き換えに降伏した。
 敵軍は約束を守らなかった。城主を始め三千人を斬首した。生き残った者も、男は虐待し女は陵辱した。その後、敵国に連れ去り、奴隷同然の待遇で強制労働をさせた。
 このような事は、騎士道からすれば唾棄すべき事だ。だが、すでに戦争は何をやってもよいと言う風潮に変わって来ている。騎士道など、笑殺されつつある。
 敵に備えて、こちらも手は打っている。城の周辺の住民達は、あらかじめ後方に移動させている。城の中の兵糧は一年は持つ。
 だが、敵は城攻めを早く終わらせるために大砲を持ち出した。頑丈な城だが、どれだけ大砲に対して持つか分からない。
 長期戦に持ち込めば勝てるのだがな。クレメルは心の中でつぶやいた。

 その後も、敵軍は大砲を盛んに撃って来た。特に城門を狙ってくる。城の側は、城門を絶え間なく補修している。
 城の側は、大砲を狙って投石器の石を投げたがうまくあたらない。大砲と投石器では飛距離が違う。そのため、鳥の魔物ハーピーやベルゼブブ、飛竜ワイバーンの兵士に空から大砲を襲撃させたが、敵は城の側の動きを予測していた。大砲の周りには、弓兵と弩砲が大量に用意されており、兵は大砲を破壊できずに引き返した。アデル達の軍の弱点のひとつは、空を飛べる魔物が少ない事だ。ドラゴンは一人もいない。その為、空からの攻撃がやりづらい。
 結局、城の丈夫さが大砲の破壊力に耐えられるかが、勝敗を決める事となった。
 アデル達にとっては、惨めな戦いだ。敵が破壊しては直し、破壊しては直す。それを延々と続けていた。サイクロプス、ドワーフ、オーガの工兵達は疲れ切っていた。その為、工兵ではないアデルやクレメルが駆り出される事もある。騎士であるアデルにとっては辛い事だろう。アデルは、黙々と作業を行っていた。
 ただ、クレメルには自分達の勝利が見えていた。理由は、城が予想以上に丈夫な事である。城門や城壁は、激しく破損しながらも持ちこたえていた。魔物の技術は、人間の技術を上回っている。勝利の理由はまだある。工兵部隊が整っているからだ。破壊された部分を素早く、組織的に修復していく。クレメルは、その段取りの良さに舌を巻いた。
 食料を始めとする物資をきちんと備えている事も、クレメルに安心を与えていた。城の物資は、長期戦に耐えられるものだ。
 農民兵の士気の高さと我慢強さも、勝利を予想させるものだ。始めのうちは大砲に怯えていたが、慣れると辛抱強く篭城に耐えた。身を惜しまずに働いている。侵略者達への憎悪が、農民兵を支えていた。傭兵ではこうはいかない。
 あせった敵は、遅ればせながら破城槌や攻城塔を持ち出した。これらに対しては、投石器やバリスタ、火矢で迎え撃つ。大砲に頼っていた敵は、破城槌や攻城塔をあまり用意していない。そのため、成果を挙げる事はできなかった。
 はしごで城壁を登ってくる敵もいたが、こちらには糞尿をたっぷりとご馳走してやった。
 攻城戦は二ヵ月に及んだ。このころになると、クレメルは勝利を確信していた。傭兵に頼った欠点がむき出しになるからだ。現に、クレメルたちから見ても敵の傭兵達はやる気をなくしていた。
 傭兵制を導入した場合、長期戦はやりづらい。費用がかかりすぎるからだ。傭兵を雇う場合、あらかじめ期間を定めて契約を結ぶ。期間が過ぎると、新たな契約を結んで次の契約分の金を払う事になる。この新たに払う金が多額なものとなる。この時敵に雇われた傭兵団は、莫大な新契約金を敵国の王に要求していた。
 また、アデル達の抵抗が激しい事も、傭兵のやる気をなくさせていた。傭兵は命が第一だ。死んだり怪我をしても保障はない。金をもらってもやる事には限度がある。
 すでにこの頃になると、傭兵達は統制を失いつつあった。戦いもせず、寝転んで酒を飲む傭兵が目立っていた。傭兵隊長達は見て見ぬふりをしている。敵国の近衛軍が傭兵を統制しようとすると、傭兵達は剣や槍を突き出して脅した。殺されかけた者もいる。
 ついに、敵軍は崩壊を向えた。敵国の王は傭兵の働きの悪さに怒り、傭兵隊長の一人を斬首したのだ。その傭兵隊長の指揮下の傭兵は、暴れだして近衛軍と戦いを始めた。他の傭兵達は、それをきっかけにさっさと戦場を引き上げ始めた。敵国は、傭兵を留める事が出来ずに、結局軍を自国へと引き上げた。
 敵国は、莫大な費用を無駄にして侵略に失敗した。

 アデルとクレメルは、敵陣の跡を見回っていた。アデルは立ち止まり、敵の残していった大砲を見ている。クレメルは、アデルが何を考えているのか分かっていた。
 騎士の時代は終わったのだ。この大砲を突撃する騎士達に使えばどうなるだろうか?騎士は粉砕されるだろう。粉砕を免れた騎士も、恐慌状態に陥った馬を御することが出来ないだろう。騎士達の軍は壊滅する。
 また、騎士の時代の象徴の一つであった城も、終わりを迎えようとしている。大砲は、これからますます強力な物が開発されるだろう。量産されて、大量に使用されるだろう。城はたやすく粉砕される。籠城という戦術が意味を持たなくなるのだ。
 今回の戦いでは、城は敵の大砲に持ち堪える事が出来た。同時に、城が大砲によって破壊される運命にある事を知らしめた。
 勝ったとは言え、農民による国軍が有効な手段である事が分かった事も、アデルには辛い事だろう。農民軍が役立つ事は、今度の戦争で証明された。国は、農民による国軍の整備を進めていくだろう。農民軍は、騎士に代わる者になったのだ。
 時代が変わったのだ。騎士は過去のものとなった。アデルは、過去の存在へと押しやられていくのだ。その事をアデルはかみ締めているのだろう。
 クレメルは、アデルの後姿を黙って見ている。何も言えなかった。たぶん何も言うべきではないだろう。
 立ち尽くす騎士の後姿を、元傭兵の従者は、無言で見続けた。

 アデルとクレメルは、街道沿いに農地と村々を見回っていた。戦争から半年が経ち、状況は落ち着いている。
「クレメル、もっと気を入れろ。遊びではないんだぞ」
 アデルは、のんびりと歩いているクレメルを叱責する。
「はいはい、分かっていますよアデル様」
 クレメルは、とても分かっているとは思えない調子で馬上のアデルに答える。
「何だその言い方は?気を入れろと言っているのだ。農民達が笑っているではないか」
 アデルの叱責に、クレメルは間延びした答えを返すばかりだ。
 二人は、日課である見回りをしている。アデルが、自分達に定めた仕事のうちの一つだ。
 城主は、今は王都に行っている。今後戻って来る事は、ほとんどないだろう。王は、中央集権を進めている。その手段の一つとして、王都の整備を行っている。王都を他の地域と段違いに発展した所にして、各地から人を呼び寄せるのだ。最大の狙いは、諸侯を王都に集めることだ。諸侯が地方にいると、王にとっては管理しづらい。王都に呼び寄せて管理しようと言うわけだ。城主は、まんまとおびき寄せられた。華やかな王都で、豪奢な邸宅に住んでいる。古臭い城に戻る気はないだろう。最早、王の臣下でありながら独立した存在であった諸侯は、王の下で暮らす貴族に成り下がっている。城主はその典型だ。
 騎士も王都に集められていた。騎士の没落に合わせて、王は官僚制の整備を進めていた。騎士たちは、官僚制に飲み込まれつつある。独立した者として、王や諸侯と契約を結んだ存在としての騎士は消えて行こうとしている。王に従う官僚が、これからの騎士の立場だ。
 アデルはそれに逆らった。自分の領地のある地方にとどまり、この地域の秩序維持のために働いている。中央集権は世の流れだろう。仕方のない事かもしれない。だからと言って、地方を放置していいとは考えない。いずれ官僚制が地方にも及ぶかもしれないが、今は地方はお座なりにされている。今、アデルがいる地域を守る者が必要だ。
 それに騎士としての矜持もある。王には従うが、独立した存在でありたい。ただの機械のような官僚にはなりたくない。
 王都の者からすれば、アデルは単なる田舎の小地主、小役人に過ぎないだろう。それでもかまわないと、アデルは割り切っている。
 クレメルもそれでいいと考えている。クレメルは、これからもアデルに従うつもりだ。
「もっと足を速めろ。いつまでも終わらないぞ」
 アデルは、クレメルに馬を寄せながら言い立てる。
「早く終わらせないと、夜の楽しみ時間が減るではないか」
 クレメルにだけ聞こえるように言う。思わずクレメルの腰に力が入る。アデルとの交わりの時間は、クレメルにとって最も楽しい時間だ。
 ふと、クレメルは一つの情景を思い浮かべた。黄金色の大地を、農民達が収穫に励んでいる。それを騎士が微笑みながら見守っている。それは過去の情景か、未来の情景かは分からない。ただ、騎士ではなく従者に過ぎないクレメルにも、それは悪い情景には思えなかった。
14/06/21 08:50更新 / 鬼畜軍曹

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