読切小説
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奴隷達の逃走
 劇場は熱気で包まれていた。男達が出す熱気だ。彼らは、舞台の上で繰り広げられる痴態に興奮していた。舞台は、客席に360度囲まれている。劇場の中央へは、客席からの食い入るような視線が注がれている。
 舞台の上では、複数の人間の男と魔物の女がいた。男達は裸だ。体にオイルを塗っており、照明に照らされて全身が光っている。女達は裸ではない。裸よりも恥ずかしい卑猥な衣装を着ていた。衣装は光沢のある皮や金属で出来ており、露出度が高かった。男たち同様、全身にオイルを塗っていた。肉感的な体を怪しく光らせていた。官能的な人間の女の体には、人ならざる体がついていた。ある者は、下半身に馬の体が付いていた。ある者は、下半身に蜘蛛の体がついていた。そしてある者は、下半身に蛇の体がついていた。魔物の女達は、人間の男達と体を交えていた。
 「さあ、見せ付けてやりましょう。見ることしか出来ない臆病な連中にね」
 女は、目の前の男にいたずらっぽく言った。女は褐色の肌をしていた。肌はオイルでぬめり光っていた。豊かな胸には、光を反射する金色の金属で出来た小さな乳当てを付けていた。下腹部には、金色に光る布が巻き付けてあった。布の下からは、赤いうろこのついた蛇の体があった。女は男に顔を寄せた。金色の釣り目の似合う整った細面を、豊かな金髪が覆っていた。
 「今は、せいぜい楽しみましょう。奴等以上に楽しみましょう」
 女は微笑むと、人ではありえない長さの舌を伸ばした。胸に舌を這わせ、腹へと進めていった。男の茂みを舌でくすぐり、ペニスを突ついた。男はうめいた。ペニスは反り返り、先端から透明な液体をたらした。女は液を舌の先で舐め取り、唾液をペニスにまぶしてペニスを光らせた。女は乳当てをずらし、豊かな胸にペニスを挟んだ。胸をゆっくりと、次第に早く上下に動かした。舌を、ペニスの先の部分に這わせた。胸とペニスは、オイルと唾液と先走り汁で濡れて光を反射した。女は、男と観客に見せ付けるように胸と舌を動かした。男のペニスは膨らみ、痙攣するような動きを見せた。
 「いきそうなのね。いっぱい出して、私の顔と胸を汚して」
 女は乳首を棹にこすりつけ、裏筋を強く舐め回した。男は耐え切れず、白濁液をぶちまけた。大量の精が吹き出した。人ではありえぬ量だ。男は魔物娘と交わり続けた事により、インキュバスとなっていた。もはや男は、人ならざる者となっていた。白い汚液は、女の褐色の顔と胸を覆った。額、まぶた、鼻、頬、口、あごを白く汚した。胸も谷間のみならず、乳首や腋の下まで白く染めた。あたりには、きつい精の臭いが漂った。
 「いい匂いね。いつまでも染込んでいそうなくらい強烈な匂いね」
 女は、濃厚な白濁液で鼻を覆われながら言った。舌を伸ばし、顔に付いた粘液をゆっくりと舐め取っていった。続いて胸に付いた液を、ペニスごと丁寧に舐め取った。
 観客の鼻の息が荒くなった。目は血走り、股間はそそり立っている。そんな観客を馬鹿にしたように見渡すと、女は腰の布をこれ見よがしに取り外した。人間と蛇の体の境目が現れた。境目の中心に、赤いヴァギナがあった。既に濡れており、照明に照らされて光っていた。女は、唾液と新たに湧き出した先走り汁で濡れたペニスにヴァギナを押し当てた。ペニスは、ヴァギナに飲み込まれていった。女は、赤く光る蛇体を男の体に巻きつけた。腕を男の体にまわした。
 男も、女の体に腕を回した。腰に力を入れ、女に合わせて動かした。女の言うとおりだった。今は楽しむしかなかった。性技の見世物にされても、奴隷である彼らがわずかでも味わえる楽しみなのだから。

 アフマドは解放奴隷だった。生まれた時は奴隷だったが、17歳の時に奴隷の立場から解放された。アフマドは、主人の温情によって解放されたわけではない。打算と悪意によって解放された。
 アフマドの主人は、奴隷達を酷使していた。自分の農園で、朝早くから日が暮れるまで重労働をさせた。労働に耐え切れず働きが悪くなるものに対しては、四六時中暴力を振るった。鞭で殴るのはまだいいほうで、焼けた鉄の棒を押し付けたり、逆さにして木に吊るした。見せしめのために犬に食い裂かせたり、首まで土に埋めて餓死させる事もあった。逃亡しようとしたり反抗する奴隷もいたが、彼らは捉えられ嬲り殺しにされた。逃亡に失敗して捕らえられたある奴隷は、両手と両足を切断された。主人は、逃げられるものなら逃げてみろと言って、死ぬまで放置した。
 残虐な扱いを繰り返し受けたために、奴隷の中には自殺したり気が狂うものが続出した。そこで主人は妥協する事にした。一部の奴隷を働きが良い、主人に尽くしたなどの理由で解放した。アフマドは、主人に尽くしたという理由で奴隷の立場から解放された。とは言え、主人の管理下である事には違いなかった。主人から分け与えられた農園を耕し、主人に重い地代を払った。主人の使用人に、暴力を振るわれる事も変わらなかった。
 アフマドが、奴隷の立場から解放されていたのは6年に過ぎなかった。王の軍がこの地に侵攻し、アフマドは奴隷へと再度叩き落された。王は、国内の大貴族を滅ぼそうとしていた。アフマドが住む一帯を支配する領主は、王の標的となった。領主は、住民から兵を調達して防戦しようとした。主人は、アフマドを喜んで領主に差し出した。アフマドは、初歩的な訓練を受けると最前線に投入された。
 勝敗は、最初から明らかだった。王の軍は、領主の軍の5倍いた。兵の連度も、王の軍の方が上だった。王は、補給を怠らずに戦いに挑んだ。いくら攻める事が守る事より難しくとも、領主が負けることは明らかだった。アフマドの主人は、解放奴隷を領主に差し出し奴隷を売り飛ばすと、財産を持ってさっさと逃げ出した。王の軍は、アフマドの住む一帯を蹂躙した。虐殺された者は、戦死したものよりも多かった。2万を超える者が虐殺され、10万を超える者が奴隷にされた。アフマドは、降伏後奴隷にされた。
 アフマドは以前農園で働いていた事から、農園に売り飛ばされた。新たな主人は、前の主人に勝るとも劣らない残虐な男だった。働きが悪い、反抗的だと見なした奴隷を、槍で刺し殺し、剣で切り殺した。手足を切り落として死ぬまで放って置いたり、油をかけて焼き殺した。犬の餌代がもったいないと、犬に食い殺させる事もしばしばあった。奴隷はいくでも手に入る、安く手に入る、いくら殺してもかまわないと主人は笑っていた。アフマドの体は傷だらけであった。鞭の痕や、棍棒で殴られた痕が体のいたる所にあった。焼けた鉄の棒を押し付けられた痕や、犬に噛まれた痕もあった。
 その主人の下で4年働いたあと、アフマドはある業者に売り飛ばされた。主人は、賭博で負けがかさんでいた。負債を払うために、奴隷達を売り飛ばした。アフマドを買い取った者は、売春業者だった。アフマドは、大した容姿は持っていない。アフマドの体を買う者などいない。業者は、見世物にするためにアフマドを買った。業者は、魔物娘の奴隷を扱っていた。北の大陸にある反魔物国の中には、捕らえた魔物娘を奴隷として売り飛ばす事があった。中立国の中にも、魔物娘を奴隷として売買する事があった。業者はその魔物娘を買い取り、売春を強要したり見世物にしていた。サキュバスやエルフなど、人間に容姿の近い者は売春宿で働かせた。下半身が蛇であるラミアや、蜘蛛の下半身を持ったアラクネなど人間とは大きく異なる容姿をした者は、見世物とされた。アフマドは、魔物娘を相手にする性技の見世物のため業者に買われた。

 部屋の中は悪臭が立ち込めていた。糞尿と精液の臭いだ。糞尿の臭いは汚物を入れる壷から、精液の臭いは魔物娘からしていた。部屋は、奴隷達を入れる部屋だ。奴隷達は、鎖でつながれた状態でこの部屋にいた。奴隷達は、体を洗う事を許されなかった。体を洗うことができるのは、見世物になる前だ。きれいな体を汚す事に客が興奮するためだ。その後すぐに性技で汚れるため、奴隷達、特に魔物娘である奴隷達は、ほとんどの時間を汚れた体で過ごすことになった。
 部屋の中には、3人の人間男と3人の魔物娘がいた。奴隷の逃亡や犯行を防ぐためには、分断したほうが良い。だが、1人ひとり別々の部屋や檻に入れると費用がかかる。業者は、3人の人間と3人の魔物娘を一緒に入れることで妥協していた。部屋にいる人間の男は、褐色の肌をした青年と茶色い髪と白い肌をした少年、そしてアフマドだ。魔物娘は、下半身が黒馬となっているバイコーン、アラクネ、そしてラミアだ。
 魔物娘達はいずれも若く、整った顔をしていた。人間の体の部分は、肉付きが良いうえに引き締まっていた。人間の部分だけならば、サキュバスにも匹敵する魅力があった。人間から見て異形の体を持つゆえに、見世物とされた。
 「休んだほうがいいわ。こんな所でも休めるのだから」
 隣にいるラミアは、アフマドに言った。2人は先ほど共に性技に参加し、交わりあった。アフマドは見世物になって1年になるが、その間くり返しこのラミアと交わりあった。ラミアの体からは、刺激臭が漂ってきた。アフマドと他の男奴隷の精液の臭いだ。アフマドは臭いを気にしなかった。既に嗅ぎ慣れていた。
 「ああ、わかっている」
 アフマドは短く答えた。奴隷生活は慣れていた。休める時には、どんな所でも休まなくてはならない。少しでも楽をしたければ、そうしなくてはならない。
 アフマドはラミアを見た。ラミアは、安心させるように微笑んでいた。ラミアの名はシャジャルと言う。細面の整った顔と、肉感的な人間の上半身、ぬめり光る蛇体の下半身を持った妖艶な女だ。アフマドの面倒を見てくれている魔物娘だ。
 魔物娘達は、いずれも1人の男奴隷の面倒を見ていた。業者の命令ではない。自発的に面倒を見ていた。アフマドには不可解な事だった。奴隷が、他の奴隷の面倒を見ることなどありえない。少しでもましな待遇を得るために、他の奴隷を踏みつけにするのが奴隷の性だ。シャジャル達の行動は、甘いを通り越して狂っているのではないかとアフマドは思った。だが、今は納得する事にした。魔物に人間の規準を当てはめても仕方が無い。
 アフマドは、部屋の中を見回した。バイコーンは、褐色の肌の青年に落ち着いた様子で話しかけていた。アラクネは、お姉さんぶった態度で少年をなだめていた。魔物娘達のおかげで、男の奴隷達の精神は持っていた。青年は、右の耳を切り落とされていた。反抗的と見なされ、前の主人に切り落とされたのだ。ここに来た当時、青年は四六時中痙攣するように体を震わせていた。少年も、かつては脅えきっていた。少年の顔には恐怖、苦痛、絶望と言った負の感情しか浮かべていなかった。少年は、北の大陸から売り飛ばされて来た。売ったのは少年の両親だ。彼らは、魔物娘達によって精神の平衡を取り戻した。アフマドもここへ来た当時は、痙攣するような震えを押さえきれなかった。悪夢をくり返し見た。シャジャルのなだめる声によって、心を落ち着かせた。シャジャルの声は独特だ。人を癒すような働きがある。アフマドは、そのような力を持つ魔物がいると聞いた事があった。シャジャルは、声の力を持つ魔物だろうと推測した。
 魔物娘たちも傷ついていた。バイコーンは、元は純潔の象徴とされるユニコーンだった。性奴隷とされる事で、純潔を失い不純の象徴とされるバイコーンとなった。アラクネは、蜘蛛の体の部分にやけどを負っていた。反抗したため、前の主人に焼かれたのだ。シャジャルも傷を負っていた。蛇の体には、いくつも矢傷があった。逃亡の最中に矢を射られたのだ。捕らえられた時、8本の矢が刺さっていた。人間ならば死んでいた。彼女達は、自分が傷ついているにもかかわらず、男の奴隷を支えた。
 シャジャルは、アフマドの肩と腕を撫でた。
 「眠りなさい」
 いつもどおり、心を落ち着かせる声だ。
 「なぜ、お前は俺の面倒を見るんだ?」
 アフマドはつぶやいた。納得したつもりでも、やはり納得できなかった。
 「さあ、なぜかしらね?」
 シャジャルは、笑いを含んだ声で言った。

 アフマドは夢を見ていた。何度も見た夢だ。主人に奴隷から解放された時の記憶だ。
 奴隷の自殺や発狂に手を焼いた主人は、何人かの奴隷を解放した。一生懸命働けば、主人に気に入られれば解放される。そう思わせ、奴隷にやる気を出させようとした。アフマドは主人に気に入られたという事で、これ見よがしに解放された。一部の奴隷しか知らないが、アフマドの解放条件は屈辱的なものだった。客を招いた宴席で、女奴隷とまぐわらされたのだ。
 酒に酔った男達の前で、アフマドは女奴隷のヴァギナを、女奴隷はアフマドのペニスを舐めしゃぶった。犬のように四つんばいになった女奴隷を、アフマドは後から犯した。ヴァギナだけではなく、尻の穴を犯した。主人と客達は、アフマドを雄犬、女奴隷を雌犬呼ばわりした。後から女奴隷を犯すアフマドを、もっと気合を入れろ雄犬と言って鞭で尻を叩いた。
 アフマドは、このときの女奴隷の顔をよく覚えていた。女奴隷は、主人と客達には恐怖と媚の表情を見せていた。アフマドには、憎しみの表情をむき出しにして睨みつけていた。これが奴隷の表情だ。主人を恐れ、同じ奴隷を憎む。アフマドが、生まれた時から見続けて来た奴隷の表情だ。
 この宴席のあと、アフマドは奴隷から解放された。解放するとき、主人は楽しげに言った。
 「お前は、これで奴隷から解放されたつもりなのか?」
 解放は名ばかりであった。アフマドは、主人の農園に縛り付けられた。地代と称し、収穫した農産物の過半数を奪い取られた。事あるごとに、主人の使用人に殴られた。実質は奴隷だった。他の奴隷より少しましというだけだった。
 今は、あの時の主人の言葉の本当の意味が分かる。奴隷から解放されても、アフマドの心は奴隷のままだった。強者の前に這いつくばり、恐怖に支配されている事は変わらなかった。自由だの戦う意思などは、アフマドにはなかった。命じられれば、人前で女とまぐわう。心はずっと奴隷のままだ。
 アフマドは、夢を見ていると自覚しながら悪夢を見続けていた。たっぷりと苦痛と屈辱を味わってから夢から覚めるのだ。この夢は、まだましだ。他には、恐怖に満ちた夢がある。アフマドは、諦念と共に夢を見ていた。
 どこからか女の声が聞こえてきた。落ち着いた、なだめるような声だ。目の前から女奴隷は消えた。主人や客達も消えた。温かく、柔らかな感触がアフマドを包んだ。夢の無い眠りへ、アフマドはゆっくりと落ちていった。

 アフマドは、劇場の地下にある運動場へ引き出されようとしていた。奴隷達は見世物であり、筋肉をつけ脂肪を減らす必要がある。シャジャルもそばにいた。
 2人の回りには、見世物を主催する業者の手下が何人かいた。その1人が、アフマドの鎖の鍵をはずした。続いて、シャジャルの鎖の鍵をはずそうとした。
 「いけね、鍵を間違えた」
 その手下はいまいましそうに言った。
 「馬鹿、早く取って来い」
 別の手下がののしった。
 1人が鍵を取りに行くと、残りの者は談笑を始めた。アフマドに背を向けている。彼らは魔物娘は警戒していたが、アフマドのことは舐めきっていた。魔物娘のいるところではやらないが、彼らはしばしばアフマドをリンチにかけていた。無抵抗のアフマドを嬲って楽しんでいた。
 アフマドは懐に手を当てた。中には、削って尖らせた羊の骨がある。手下の1人が捨てた羊の骨を拾って、密かに尖らせて持っていた。アフマドは、業者の手下の1人と間合いを計った。手下は無防備に背を向けて、首をさらしている。首の横側を傷つけると大量の出血をする。アフマドは、徴兵された時に習っていた。
 こいつで刺せば、このクソ野郎は汚い血を吹き出す。血まみれの肉の塊になる。こいつらは犬以下だ。主人をかさに着て弱い者をいたぶるクソ犬だ。主人以上に罪深いクソ犬どもだ。俺に出来ることは、こいつらのうちの1匹を殺す事だ。俺は殺される。それでかまわない。俺のクソ以下の人生を終わらせる事が出来る。
 アフマドは、前へ踏み出そうとした。体を押さえられた。シャジャルが鎖でつながれたまま、アフマドの体を押さえていた。
 「早まらないで。まだ、だめよ」
 シャジャルがささやいた。
 「私達は手を打っている。その時までこらえて」
 シャジャルの声で、アフマドは力が抜けた。また魔の声か。アフマドは心の中でつぶやいた。
 鍵を取りに行った者が戻って来た。機会は失われた。奴隷の反抗は、1度きりしか出来ない。自分の命を投げ出して反抗するしかない。その反抗の機会が奪われた。ジャシャルの鍵は外された。アフマドの表情は空ろだ。二人は、運動場へ追い立てられていった。

 4日後に異変が起きた。業者の手下の者達が、わめき散らしながら走り回っていた。火事だとわめく声が聞こえてきた。
 アフマドは鳥肌が立った。火事になれば、自分達は放置される。業者の者達は、物を持ち出したり自分達が逃げる事を優先するだろう。鎖でつながれ、室内に閉じ込められた奴隷達は、火と煙から逃れられないだろう。
 シャジャルは、懐から金属製の物を取り出した。鍵だ。自分の鎖を外すと、アフマドの鎖を外した。他の者達の鎖を外して行った。
 「これから私達の言うとおりにして。私達をかくまってくれる人達の所へ逃げるから」
 シャジャルは、男達に言った。男達は、状況を飲み込めないながらもうなずいた。シャジャルは、扉の鍵を開けた。扉から首を出すと辺りを見回した。シャジャルは部屋から出ると、他の者に出るように合図をした。
 シャジャル達は、火と煙と業者の者を避けながら建物から出ようとした。業者の者は、近くで怒号と罵声を上げていた。逃げて行くすぐ先に1人の男がいた。シャジャルは、蛇体をひねらせて男を叩き飛ばした。男は壁に叩きつけられ、声も無くうずくまった。アフマドは男に走りより、腰の剣を奪った。男は、アフマドを虐待した者の1人だ。アフマドは剣を抜き、男を切ろうとした。その手をシャジャルは押さえた。
 「今はそんな事をしている暇は無いの。逃げるわよ」
 不承不承アフマドは従った。主導権はシャジャルが握っている。逃走が最優先だ。
 ジャシャル達は、劇場の裏から外に出た。入り組んだ街路の中へ走りこんだ。シャジャルの誘導に従い、一行は走り回った。道を右へ左へと走り回った。汚い道の先に、1人のベールをかぶった者がいた。その者はシャジャルに合図をした。
 「彼女についていくからね」
 シャジャルは、他の者に言った。ベールの女は、迷路のような街路を誘導した。1軒の石造りの建物の扉を開け、一行を招き入れた。建物の中に入り扉を閉めると、女はベールを脱いだ。褐色の肌はこの国の人間と変わらない。だが、耳がとがっていた。女はダークエルフだ。
 「もう大丈夫よ。安心していいわ」
 ダークエルフの女は、微笑みながら言った。
 「どういうことか説明してくれないか」
 アフマドはシャジャルに言った。
 シャジャルは、安心させるように穏やかに話し始めた。この脱走は、以前から魔物娘の間で計画されていた。この国には、魔物の地下組織があった。この国は、魔物と人間の双方を奴隷にしていた。魔物の中には、この国の奴隷制を憎む者も多かった。そこで、この国が中立国であり魔物が住んでいる事を利用し、奴隷を逃走させるための地下組織を魔物は造った。
 シャジャル達は地下組織と連絡を取り、脱走を計画していた。今日の火事は、脱走のために魔物娘達が行った事だ。脱走のために、鍵は既に入手していた。逃走経路も定めていた。奴隷である人間男達の誘導が問題になったが、以前から男達と関係を持ち続けていたため、それほど難なく進んだ。ほかの魔物娘や人間の奴隷は、他の隠れ家にかくまわれている。1度に同じ所にかくまうと、奴隷狩りをする役人に見つかりやすい。分散する必要がある。
 これから1日ここで休んだ後、この建物の地下室から下水道に入る。下水道にはわきに歩ける通路があるから、そこを通る。下水道の途中に地下道の入り口がある。地下道を通って町の外へ出る。そこで別の魔物が待っており、陸路で親魔物国へ出る。そうシャジャルは話した。
 「この国を去ることになるけれど、かまわないかしら?」
 シャジャルは、男達の表情をうかがいながら言った。アフマドを始め、男達はかまわないと答えた。この国にはいい思い出はない。虐待され続けただけだ。何の未練も無い。
 魔物娘と男達は、明日へと備えて休む事にした。桶に入った湯で体を洗った。体にこびりついた汚れを落としていった。ジャシャル達は、見世物にされた時にたっぷりと精液をかけられていた。その後、体を洗う事を許されなかった。逃走の最中に、汗を大量にかいた。シャジャル達からは濃い臭いがした。湯を使って、その悪臭の元を落としていった。
 体を洗うと、食事を取った。羊の肉を炒めた物をはさんだパンと、ナツメヤシやりんごを乾燥させたもの、そして麦酒を振舞われた。奴隷の貧しい食事と違い、舌を楽しませる物だ。食事後、2人に1部屋を割り当てられた。アフマドは、シャジャルと同じ部屋だ。2人は同じベットに入った。奴隷部屋の物とは違い、清潔なベットだ。
 「明日のためにゆっくりと眠りなさい」
 シャジャルはささやいた。緊張で眠る事が出来ないかと思ったが、シャジャルの声を合図にアフマドは眠りへと落ちていった。

 アフマドは、荷馬車の中に隠れていた。国外に脱出するためには、見つからないようにしなくてはならない。アフマドは、この国では目立つ容姿だ。白い肌をしている。この国の人間は褐色の肌だ。アフマドは、目に付かないようにしなくてはならなかった。魔物娘たちも、荷馬車に隠れていた。逃げてきた魔物娘は、いずれも人間離れした目立つ存在だ。蛇や蜘蛛の体を持てば、どうしても目立った。彼女達は、荷馬車の中で息を潜めた。
 アフマドたちは、陸路で国外に脱出する事になった。国外に脱出するには、陸路と海路がある。他の魔物娘達や人間達は、海路で脱出する事になった。1つの脱出路を使えば、役人に摘発される可能性が高くなる。かつ、1つの脱出路を使える人数は限られていた。分かれて脱出する事になった。アフマドと共に陸路で行くのは、シャジャル、バイコーン、褐色肌の青年、アラクネ、北方の少年といった、同室だった者達だ。
 アフマド達を運ぶ組織の者は、魔物の行商人という事になっていた。この国の営業許可書と魔王領の営業許可書の両方を持っている。この国は、商業を盛んにする事に気を配った。そのため他国の行商人を受け入れた。この国の営業許可書を持っていれば、危険度は少なくなる。魔王領の営業許可書も効果があった。この国は、魔王と事を構える事を避けた。魔物を奴隷にしているが、魔王領や親魔物国と戦をしたことはなかった。魔物は、反魔物国から買ったもの、中立国から買ったもの、中立国から奪い取ったものに限られた。魔物を奴隷にしている時点で魔王に敵視されているとは、この国の権力者は考えなかった。人間が人間を奴隷にするのと同様に、魔物も魔物を奴隷にすると考えていた。
 「もうすぐ隠れ家のある町に着く。我慢してくれ」
 行商人の格好をした若いオークが言った。彼女は、今いる地区で逃亡者の運搬を担当する魔物娘だ。オークは、しばしば雌豚呼ばわりされる魔物娘だ。確かに耳は豚に似ているし、やや太っている。だが、愛嬌のある顔立ちをしていた。名はナーデレフと言った。ナーデレフは、運搬の際に街道を通る警備兵や、各地で警護している警備兵との交渉をしていた。荷車の中から推察する限り、うまくやっているようだ。頭を下げる事に関しては私よりうまい奴はいないと、ナーデレフは笑っていた。
 組織の構成員には、人間もいた。警備兵や、街道沿いの宿場の経営者、町の役人などだ。魔物娘とひそかに結婚した者達だ。彼らの使用人の中にも組織の人間がいた。元奴隷で、解放後に組織に加わった者達だ。彼らは、運搬者の便宜をはかっていた。
 運搬しているオークの担当は、次の町までだ。そこから先は別の担当者がいる。組織の者は、1部の者を除けば自分の担当地区の事しか知らない。組織の者が摘発された時、被害を最小限に食い止めるためだ。ナーデレフも、自分の担当地区の事しか知らない。
 組織は、摘発しようとする者に情報を与えないためにいくつか手を打っていた。その1つが隠語を使う事だ。アフマド達の事は、次のように伝えられていた。「羊の肉大樽3つに、りんご大樽2つ小樽1つ」魔物娘は肉類で表す。人間は野菜や果物で表す。人間が女の場合、「赤い」「黄色い」など色をつけて表す。大樽は大人、小樽は子供を表す。このようにして運搬する逃亡奴隷を表した。連絡は口頭で行われる。文章は証拠として残るため、連絡には使わなかった。
 アフマドとシャジャルは、荷馬車の中で寄り添っていた。逃走は、緊張の連続だ。寄り添う事で、お互いの不安を紛らわした。お互いの体の感触、体温、匂いが心を平静に保たせた。
 ナーデレフが荷馬車の中に入って来た。
 「少し先に警備隊がいる。この中に組織の人間はいない。少し面倒な事になるかもしれない。注意してくれ」
 ナーデレフは言い終わると、すばやく荷馬車を出て行った。すぐに荷馬車は止まった。オークと人間の男達が、何か話し合っていた。内容を聞き取る事はできなかった。2人は息を殺し、様子をうかがい続けた。荷馬車は一向に動こうとしなかった。途切れ途切れに、男と女の楽しげな声が聞こえてきた。やがて荷馬車は動き出した。しばらく行くとナーデレフが入って来た。
 「もう大丈夫だ。話はつけた」
 ナーデレフからは、嗅ぎなれた臭いが漂ってきた。男の精の臭いだ。
 「あなた、まさか…」
 シャジャルは言葉を詰まらせた。
 「あいつら、あんまりうるさかったんでね。何発かやらせてやったんだ」
 未来のだんな様に怒られるねと、ニヤリとしながら言った。
 「すまん」
 アフマドには、他に言うべき言葉が見つからなかった。
 「いいって、いいって。私も楽しんだしね」
 ナーデレフは笑いながら言った。

 ナーデレフの件は、自分達の逃走が他人の犠牲によって成り立っている事をアフマド達に思い知らせた。その後すぐに、アフマド達は自分達の危険な立場を思い知る事となった。
 町にある隠れ家に行く途中、町の広場を通った。荷馬車には少し隙間があり、そこから外が見えた。広場には斬首された男の死体があった。広場の立て札や話し声から、逃亡奴隷が斬首された事が分かった。
 人々は、悪意と憎悪を露わにして屍をねめつけていた。子供達が、笑いながら屍に石を投げつけていた。石が当たるたびに、屍からは血が飛び散った。
 アフマドは、隙間から身を離した。まともに物を考えられなかった。シャジャルに体をさすられたとき、自分が震えていることに気づいた。アフマドは震えを止めようとした。体は言う事を聞かなかった。自分の体ではないように、勝手に震え続けた。

 アフマドとシャジャルは、隠れ家で休息を取った。緊張の連続で疲れていた。ベッドに座り、お互いの体をさすっていた。
 「あなたの白い体はいいわね。いくらでも触っていたい」
 シャジャルは、アフマドの体を愛撫し続けた。
 アフマドにとって、白い体は邪魔なものだ。褐色の肌をしているこの国の者の中でいると、虐待の口実となる。主人やその使用人、同じ奴隷達から罵倒され、嘲り笑われた。
 アフマドの先祖は、この国の者ではなかった。アフマドも良く知らないが、東の大陸から来たらしい。アフマドは、黒髪と茶色がかった黒い眼と白い肌を持っていた。東の大陸の東端の島の住民が、そのような特徴をしていると言われている。アフマドには東の端など、どうでもいい事だ。東の大陸にいたのは、何代も前の話だ。アフマドは、生まれた時からこの国で奴隷をしている。この国で暮らすには、褐色の肌のほうが都合が良いのだ。
 「どんな事でもけなす口実にされるわ。気にしても仕方のない事よ。私はこの白い肌が好きなの」
 シャジャルは、アフマドのむき出しの腕に頬ずりをした。
 アフマドには、シャジャルの褐色の肌こそ魅力があるように見えた。シャジャルの豊かでありながら引き締まった体を、さらに官能的に見せた。オイルを塗った時のぬめり光る褐色の肌は、見ていると下腹部を強く刺激した。見世物にされている時、アフマドは本気でシャジャルに欲情していた。
 シャジャルは、この国の東部の出身だ。かつてその地にはひとつの国があった。褐色の肌をした人間と魔物娘の暮らす国だ。その国は攻め滅ぼされた。中立国であったため主神教側も魔王側も手を出さないと、この国の王は判断し攻め滅ぼした。9年前のことだ。シャジャルは、国が滅亡した後奴隷にされた。
 アフマド達が住んでいる国の王は、英雄と呼ばれていた。隣国を滅ぼし、大貴族を滅ぼして巨大な力を誇っていた。敵を滅ぼし、味方に尽くす強者が英雄ならば、確かに王は英雄だと言える。10万を超える人を虐殺し、100万を超える人を奴隷にする者が英雄と呼ばれていた。このまま殺戮と破壊を繰り返していけば、王は神と呼ばれるかもしれない。
 「つまらないことを考えても仕方が無いわ。今は楽しみましょう」
 シャジャルは、アフマドの胸元を開き舌を這わせた。アフマドは、シャジャルを撫でながら髪の匂いをかいだ。2人は体を洗っていない。お互いの体の匂いや味を楽しみたかった。シャジャルは舌を這わせながら、アフマドの服を脱がしていった。アフマドのズボンを脱がしながら、アフマドの前にひざまずいた。
 シャジャルは、目の前のペニスをうっとりと眺めた。先端に口付けた。くびれ、棹、根元、袋と口付けを繰り返した。口付けをやめると、いとおしそうに頬ずりをした。
 「濃い臭いね。顔に臭いが染み込みそう」
 微笑みながら、ペニスに顔をこすり付けた。快楽と興奮で、アフマドのペニスは怒張し、わなないていた。アフマドは、シャジャルの顔をペニスで嬲った。額、まぶた、鼻、頬、口をペニスで犯した。シャジャルは、歓喜の表情で嬲られていた。先走り汁が漏れ出し、シャジャルの顔に塗りたくられた。シャジャルの顔は透明な液で濡れ、ランプの明かりを反射した。
 「魔物娘は、人間以上に性の技に長けているのよ。見世物にされている時にやったのは、その一部だけ。あなたの知らない技をやってあげるわ」
 シャジャルは、笑いながら腋を開いた。腋は汗で濡れて光っていた。
 「あなたは腋が好きなんでしょ?いつも腋を舐めているわね。腋にはこういう使い方もあるのよ」
 シャジャルはアフマドを立たせ、自分は背を向けた。右の腋でアフマドのペニスを挟んだ。そのまま前後に体を動かした。アフマドのペニスは快楽で包まれた。引き締まった二の腕と柔らかい胸に挟まれた。腋のくぼみがペニスを刺激した。快楽も強さに加え、腋に挟まれていることにアフマドは興奮した。シャジャルは腋に顔を寄せて、鼻を鳴らして臭いをかいだ。
 「腋の臭いとチンポの臭いが混ざっているわね。下品な臭いでそそるわ」
 シャジャルは舌を伸ばした。人間よりはるかに長い舌を伸ばし、右の腋からはみ出ているペニスの先端を舐め回した。腋とペニスは、汗と先走り汁と唾液で濡れ光った。アフマドは限界を迎えた。
 「出してもいいか?」
 うめきながら聞いた。
 「いっぱい出して。腋を白く染めて」
 シャジャルは、激しくペニスをしごきながら言った。
 アフマドは、腋のくぼみに先端を強く押し当てた。ペニスが弾け、白濁液が飛び散った。シャジャルの褐色の腋は、濃厚な白濁液で覆われた。腋だけではなく、腕や胸、舌が白く染まった。腋の臭いを圧する刺激臭が、あたりに漂った。
 「相変わらずすごい臭いね。臭いが染み込んだわね。汗をかくたびに、腋から精の臭いがしそう」
 シャジャルはペニスごと腋を舐め回し、白い汚液を丁寧に舐め取った。ペニスは、精液を出し終えても痙攣を続けた。
 「まだまだあなたの知らない技があるのよ」
 シャジャルは、腋からペニスを解放した。アフマドの後ろに回りこみ、尻に手を置きながらひざまずいた。尻を広げると、割れ目に舌を這わせた。
 「そこは汚いぞ」
 アフマドは、あわてて言った。
 「そうよ、あなたの体で一番汚い所。そこを舐めてあげるのよ」
 シャジャルは笑いながら、割れ目の中心にある赤黒いすぼみに舌を這わせた。すぼみのしわを1本1本舐めていった。唾液を塗りこみながら、ゆっくりとほぐしていった。
 「臭いも味もきついわ。鼻と舌が犯されているみたい」
 舌を、尻の穴の中へねじりこみ始めた。穴の中へ入ると、舌が穴を広げるようにうごめいた。穴の中を十分舐め回すと、舌を出し入れし始めた。尻から手を離すと、右手で棹をしごき左手で袋の後ろ側をさすった。アフマドは耐え切れず、うめき声と喘ぎ声を絶え間なく漏らした。突然尻の中で、強い衝撃が起こった。ペニスの裏側を強く押されたようだ。シャジャルは、その部分を集中的に責め立てた。同時に棹を強くしごいた。耐え切れず、アフマドは精をぶちまけた。
 シャジャルは、右手で精液を受け止めた。激しく噴出した精液は、シャジャルの手だけではなく腕を汚した。精液の放出が止まると、シャジャルは腕に付いた白濁液を舐め取り始めた。手首、手のひらと舌を這わせた。それが終わると指を一本一本舐めた。つめの先まで舐めた。
 アフマドは、ぼんやりとシャジャルを眺めていた。次々と繰り出される刺激的な性技に、頭が追いつかなかった。
 シャジャルは蛇体をアフマドに巻き付け、自分のほうへ引き寄せた。赤く濡れ光ったヴァギナをペニスへ押し当てた。
 「今度は私も楽しませてもらうからね」
 ペニスはヴァギナに飲み込まれていった。熱く濡れた肉の渦が、ペニスを引き込んでいった。
 アフマドは、腕をシャジャルの体に回し引き寄せた。シャジャルに顔を近づけた。シャジャルの口は、精液で青臭かった。アフマドは、そのまま口付けた。舌を口の中へもぐりこませた。苦い味の中にしょっぱい味がした。アフマドの舌とシャジャルの舌は、くり返し絡み合った。2人が口を離すと、唾液でアーチが出来た。
 「あなたの精液とお尻の中を舐めた口よ。どんな味だった?」
 アフマドは、シャジャルに答えずに再び口付けた。口付けながら腰を動かした。口を離し、舌を首から左胸へ、左胸から左腋へと這わせた。酸っぱい臭いの腋を舐め回した。
 「本当に腋が好きなのね。たっぷりと舐めて。隅々まで舐めて」
 シャジャルは、いたずらっぽく微笑んだ。尻尾の先を、アフマドの尻の穴に当てた。そのまま中へ押し込んでいった。アフマドはうめき声を上げた。シャジャルは、アフマドの頭を抱きしめた。蛇体でアフマドの体を押さえた。
 「逃げないでね。まだまだ始まったばかりよ」
 シャジャルは、歓喜の声を上げながら言った。まだ、楽しまなくてはならない。これから逃亡は続く。逃亡するための心身の糧を、性の交わりから得なくてはならない。

 アフマド達は走っていた。狩人たちは迫っている。奴隷を狩る狩人だ。
 アフマド達は、親魔物国の国境近辺で躓いた。この地区の組織の者が摘発された。アフマド達に関する情報が、奴隷狩りをする役人に流れた。奴隷狩りをする狩人が放たれた。
 アフマド達は、隠れ家の移動を繰り返しながらやり過ごそうとした。狩人達は、しつこくアフマド達を追跡した。奴隷逃亡に手を焼いた王は、逃亡奴隷とそれを助ける地下組織を狩る事とを厳命した。親魔物国との国境が近いこの地域は、特に人員と予算が割かれた。狩人達は、王の命に答えるために逃亡奴隷狩りに血道を上げた。
 地区の組織の者は次々と摘発された。彼らは、残虐な拷問をかけられた。拷問に耐えて虐殺される者はいた。その一方で、拷問に耐え切れず自白する者もいた。人間も魔物も、苦痛に耐えられないように出来ている。拷問吏はその事をよく知っていた。拷問吏は、人間と魔物の弱点を研究していた。鞭で打つ、焼けた鉄の棒を押し当てるといった単純な拷問から始める。その後で、不潔で狭い牢に閉じ込め続ける。ごくわずかな水と食事しか与えない。何日も睡眠を取らせずに尋問する。これらの拷問を立て続けに行った。拷問にかけられた者は、神経をすりつぶされていった。気が狂ってしまった者もいる。耐えろというほうが無理な相談だ。
 狩人達は情報を得て、さらに逃亡奴隷と組織の者達を狩り立てていった。隠れ続けても、アフマド達が狩られる事は時間の問題だ。アフマド達は危険を承知で隠れ家から出て、親魔物国に脱出する事にした。同行する者は、アフマド達以外の逃亡奴隷と摘発されかかっている組織の者だ。全部で20人ほどになる。他にも親魔物国へ脱出する者達はおり、彼らはアフマド達とは別の経路で脱出する事になった。
 アフマド達が隠れている町の北西に、荒地が国境まで広がっている。厳しい経路だが、岩が多いため隠れながら行く事が出来る。そこを通って脱出する事にした。いったん荷馬車の者と徒歩の者に別れて町を出る。その後町の外で合流して、国境を目指す事にした。
 町からの脱出はうまく行った。荒地での逃避行もうまく行っていた。だが、国境まで1日という所で狩人に迫られた。一行の中にはワーウルフの女がいた。ワーウルフは、魔物娘の中でも鼻が利くことで知られていた。彼女が狩人の臭いに気づいた。休みを取らず強行を続けたが、無理があった。こちらには少年がいる。伴侶であるアラクネが助けていたが、限度がある。加えて狩人は騎馬隊だ。国境を目前にして、背後に迫られた。
 アフマドは、腰の剣に手をかけながら走った。迫られたら戦う必要がある。無駄な抵抗なのは分かっていた。相手は100騎ほどいる。いずれも戦いの専門家だ。こちらは20人ほどだ。戦闘訓練を受けたのは7人ほどだ。そのうちの1人は、新兵程度の力しかないアフマドだ。魔物娘は9人おり、彼女らは人間より強い。とは言え、戦闘訓練を受けたのはそのうち3人だ。かなうはずがなかった。逃げ続けるしかなかった。
 狩人の馬蹄の音を聞きながら国境を越えた。国境で待機していた親魔物国の兵が現れた。彼らは組織とつながっていた。彼らは、逃亡者と狩人の間に立ちはだかった。狩人が国境侵犯を犯している事を責め、すぐに立ち去らないと切り捨てると怒鳴った。狩人達は、無言で親魔物国の兵に切りかかった。乱戦が始まった。
 アフマドとシャジャルは剣を抜いた。馬に乗って切りかかって来る狩人達に応戦した。狩人達は、皆殺しにしろと叫んでいた。その言葉通り、アフマドとシャジャルを切り殺そうとして剣を振るってきた。奴隷は見せしめにするつもりだから殺しても良い。首を持って帰るか、あるいは耳だけ持って帰ればよい。親魔物国の兵は、殺して屍を埋めればよい。いずれにしろ生かす必要はなかった。狩人は、殺意と悪意をむき出しにしてアフマド達に切りかかって来た。
 親魔物国の兵は20人ほどいる。そのうち半分は魔物だ。先ほどよりは状況はましになったが、不利な事は変わらない。アフマドとシャジャルは、狩人に囲まれた。シャジャルは剣を扱ったことはあまり無いが、蛇体を駆使してよく戦った。アフマドは弱兵に過ぎず、狩人に及ばなかった。狩人は、余裕を持ってアフマドを切り付けた。アフマドの左肩が弾け、血が飛び散った。アフマドはひざを突いた。シャジャルは狩人を尾で弾き飛ばし、アフマドのそばに走り寄った。狩人からアフマドを守ろうと、剣と尾を振るった。狩人は2人がシャジャルを引き付け、1人が後ろから切りつけた。シャジャルの背から血が飛び散った。
 アフマドは、血に染まりながら立ち上がった。シャジャルの前に出て剣を振るった。アフマドは死を覚悟した。アフマドは微笑んでいた。奴隷として虐げられ続けた俺が、虐げた者と戦って死ぬ事ができる。クソ以下の人生を送ってきた俺の最後は、そう悪くない。出来ればシャジャルを助けたかった。シャジャルは俺に尽くしてくれた。シャジャルは、ただ1人大切な人だ。だが、仕方が無い。シャジャルと共に死のう。
 アフマドは、後を振り返った。シャジャルは、血に汚れながら微笑んでいた。アフマドは微笑み返した。前を見て剣を握りなおした。さあ、幸せなまま死のう。
 空気を切る音がした。狩人に矢が刺さった。狩人達は次々と射られて行った。後から激しい足音がしてきた。茶色い影が、アフマドの横を掠めた。狩人達に突っ込んで行き、切り倒していった。アフマドは呆然とした。何が起こったのかわからなかった。半人半馬の女達が狩人と戦っていた。ケンタウロスだ。援軍が到着し、狩人達を打ち破っていた。狩人達は撤退を始めた。ケンタウロス達は、既に逃げる先に回りこんでいた。狩人は逃げることは敵わなくなった。打たれなかった者は降伏した。
 「ぎりぎりだったな。これでも急いだのだがな」
 指揮官らしき者が息荒く言った。長い髪をした女騎士だ。よく見ると、首に切られた様な痕がある。血は出ていなかった。首なし騎士と言われるデュラハンだろうかと、アフマドはぼんやり思った。
 アフマドとシャジャルは、手当てを受けながら話を聞いた。国境警備の兵の報告により、狩人達が100騎ほど国境侵犯をしてきた事を知った。すぐに近辺の騎馬隊が出動した。アフマド達が交戦しているところへ、何とか駆けつける事ができたそうだ。狩人達は全て捕獲した。負傷させた者はいるが、殺した者はいない。いずれ外交交渉の道具として使うとの事だ。
 アフマドは、シャジャルと手を握り合った。シャジャルは笑っていた。アフマドの体から力が抜けていった。目の前が暗くなった。気を失うように、アフマドは眠りに落ちていった。

 アフマドとシャジャルは抱き合っていた。新魔物国の町にある家の1室だ。彼らを奴隷として虐げていた国の影響下から離れている所だ。2人はベットの上で抱き合っていた。お互いを撫でさすり合った。恐怖や苦痛、屈辱から解放されていた。安らぎがあった。
 逃亡奴隷達は、親魔物国に保護された。奴隷の立場から解放された。この国の自由民として迎え入れられた。保護を担当するこの国の役人は、彼らに気を使った。衣食住を与えてくれた。いずれ働くにしても、まず休ませる必要があると考えてくれた。仕事をするための訓練も、職場も用意すると言っていた。
 アフマドとシャジャルはこの国の厚遇を受けて安らいでいた。安らぎながら、自分達のこれからを考えていた。この国で自由民として働き、生活し、家庭を持つ。奴隷時代には考えられなかった魅力的な事だ。
 だが、彼らは別の事をしようとしていた。奴隷解放組織で働く事だ。自分達を助けた軍の指揮官であるデュラハンは、魔王軍と親魔物国軍による侵攻計画があることを話していた。アフマドのいた国は、魔王の逆鱗に触れていた。魔物と人間を奴隷にして虐げる事に、魔王は激怒していた。たとえ魔王領に手を出さずとも、魔王には許しがたい事だ。既に侵攻軍が整えられている。かの国の王は英雄と呼ばれているが、歴史書には亡国の王と書かれる事になる。デュラハンはそう冷笑した。ただ、侵攻にはまだ時間がいる。その間に奴隷達は虐げられ続ける。奴隷解放組織はまだ必要だ。その組織で2人は働こうとしていた。
 これはアフマドとシャジャルの戦いだ。自分達を虐げた国と制度、人間に対する戦いだ。アフマドにとって、奴隷からの解放は魅力のある事だ。自由民として穏やかに暮らしたい。だが、それだけでは奴隷から解放されたとは思えなかった。かつての主人が悪意をこめて言ったように、心は奴隷のままだ。本当の意味で奴隷から解放されるには、戦う必要があった。自分を虐げてきた者達に抵抗し、かつての自分と同じ立場にある者達を救う。そうする事で、自分は真に奴隷から解放される。奴隷の心を打ち破れる。そうアフマドは考えた。シャジャルも同意してくれた。奴隷解放組織での活動は厳しいだろう。犠牲になった人達を見て来た。奴隷解放組織への弾圧は強まっていくだろう。自分達は、無残な死を迎えるかもしれない。それでも戦う事を望んだ。
 奴隷解放組織に入る事を望むと組織の者達に伝えたら、思い止まる様に言われた。あなたがたは苦しみ続けた。これ以上苦しむ必要はない。危険に身を投げ出す必要はない。そう言って彼らは止めようとした。2人は説得に反論した。奴隷解放のために戦う意思を伝え続けた。組織の者達は2人に折れた。2人に工作員としての訓練をする、奴隷解放のために戦ってもらうと約束した。組織の者は、1つの事を2人に納得させた。今は休むべきだ。戦うためには休息が必要だ。そう、なだめた。2人は説得に従い、今は心身を休ませている。
 アフマドは、シャジャルを抱き寄せた。シャジャルの体は柔らかく、穏やかな匂いがした。シャジャルの体の感触と匂いは、アフマドをくり返したぎらせた。今は、安らぎを与えた。アフマドは、シャジャルと共にベットに身を横たえた。組織の者の言う通り、今は休息が必要だ。シャジャルは身を寄せてきた。歌うような声を出した。アフマドは目を閉じた。眠りへと落ちていった。これまでの生涯で、最も安らかな眠りへと落ちていった。
14/03/30 00:09更新 / 鬼畜軍曹

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