読切小説
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廃兵詩人と神の楽士
 町の西側にある広場に、10人ほどの人が集まっていた。日暮れの時刻であり、仕事帰りや買い物帰りの人が広場を歩いている。この時刻を狙って、大道芸人や吟遊詩人の中には芸を披露する者がいる。人の集まりの中心にいる吟遊詩人もその一人だ。
 落日に照らされた吟遊詩人の姿は、人目を引いた。青い縫い取りがあり、襞や切れ目の目立つ黒い上下の服をまとっている。青い羽根飾りのついた黒い帽子をかぶり、左目から額にかけて紫色の布で覆われている。彼の側には、やけに長い杖が置いてある。彼はひなびた感じの中年男であり、目立つ格好とは対照的だ。そんな恰好の男が、痛みの目立つリュートを弾いているのだ。
 リュートの腕はたいしたものでは無い。だが、深みのある歌声は朗々と響いた。彼の歌う物語は、傭兵たちの栄光に満ちた戦いだ。臨場感のある描写と深い歌声は、物語に合っていた。人々は聞きほれている。
 歌が終わると、吟遊詩人は客に向かって芝居がかった一礼をした。客たちは拍手し、銅貨を投げつける。吟遊詩人は、頭を下げながら金を拾い集める。
 客は去っていき、吟遊詩人は拾い集めた金を見つめた。わずかな金に過ぎない。彼はため息をつく。今日の稼ぎでは宿に泊まる事は出来ない。野宿しなくてはならない。
 町に物乞いたちがいれば、彼らのように町の道端で寝る事が出来るだろう。だが町の警備兵は、彼を険しい顔で見ていた。町にいないほうが良いだろう。
 吟遊詩人は、町から出る門に向かって早足で歩き出した。もうすぐ門が閉められるからだ。

 吟遊詩人は、町と外の境界にある草地で野宿をした。境界には石壁があるが、所々崩れている。こんな有様で警備兵たちは余所者を警戒しているのだ。吟遊詩人は低い声で嗤う。
 彼は、夜闇の中でたき火を見ながら唇を歪めた。物乞いのような有様の自分を嗤っているのだ。苦労の積み重なった自分の体をつかむ。疲労が体の奥に堆積している。
 甘い香りが彼の鼻をくすぐった。吟遊詩人は顔を上げる。東風が運んでくる香りだ。目を凝らしていると、何者かが近づいてくるのが分かる。吟遊詩人は、側に置いてある杖をつかむ。
 たき火の灯りが翼ある者を照らし出した。吟遊詩人は声を上げる。黄金色に輝く翼を見たからだ。その翼ある者は、女の体に鳥の翼を持っている。
「ここに座ってもいいかしら」
 明るい声が響いた。女の格好は、吟遊詩人よりも目立つものだ。紫色の薄物で辛うじて胸と下腹部をおおっている。乳首や下腹部に金色の装飾品を付けているが、彼女の官能的な体を際立たせている。その体に黄金色の翼が付いているのだ。肩から弦楽器を吊るしているが、彼女も吟遊詩人なのだろうかと、男は考える。座ってもかまわないと、男はやっと言う。
「私の名前はアニラ。このヴィーナで曲を弾きながら旅をしているの」
 翼を持つ女は、弦楽器を持ち上げて見せた。
「俺の名はホルガーだ。あちらこちらの町や村で歌を歌っている」
 ホルガーは、名乗り返しながら女を見つめた。こいつは魔物娘か。確か、ガンダルヴァとかいう曲を奏でるのが得意な魔物娘がいたな。黄金の翼がある魔物娘だと聞いた。彼は、無言のまま考える。
「目が悪いのね。でも、これだけ近づけば分かるでしょ。私は魔物娘よ。ガンダルヴァという種族なの。魔物だからといって危害は加えないから、安心してね」
 アニラは、ホルガーの考えを肯定する事を言った。もっともホルガーとしては、簡単に安心する事は出来ない。魔物娘は、主神教の聖職者がいうほど危険な者では無い。その事を彼は知っている。だからといって、野宿している時に初対面の者を信用する気は無い。目につく武器は持っていないが、小刀くらいは持っているかもしれない。
 ホルガーはアニラの顔を見た。細面だが肉感的な顔だ。切れ長な目と少し厚い唇は、官能的な魅力を称えている。惜しげなく露わにしている蠱惑的な体とよく合っている。彼は、魔物娘が性の魅力がある事を思い知らされた。
 ホルガーは唇を噛みしめた。アニラの体に欲情をかき立てられたからだ。彼が初めに嗅いだ香りは、アニラからただよってくる。彼は、ガンダルヴァが官能的な香りをまとっているという話を思い出した。
 欲情を抑えようとしているホルガーを、魔物娘である楽士はおもしろそうに見ていた。

 二人はたき火に当たりながら、自分たちが旅をしてきた所について話し合った。彼らのように漂泊する者にとっては、自分が旅してきた所を語る事は良い情報交換となる。
 アニラは、愛の女神に仕える楽士だ。旅をしながら愛を称える曲を、ヴィーナという弦楽器で奏でている。愛の女神は、主神教国でも認められているために大陸中に勢力がある。愛の女神の勢力を頼りにしながら、大陸中を旅しているのだ。
 ホルガーは、現在いる国の中を旅して回っている。この国の南西部で生まれ育ったのだ。元は傭兵だったが、戦争の時に左目を失明した。右目の視力も落ちており、彼は傭兵をやめて吟遊詩人となった。戦の歌を歌いながら国内を回っている。負傷しているために、国の外には出ない。
 ホルガーは、話をしているうちにアニラに劣等感を感じた。アニラの方が活動範囲は広く、知見が優れている。障害のため活動範囲が限られているホルガーは、どうしても劣ってしまう。
 話が途切れると、アニラはヴィーナを弾き始めた。夜に染み渡るような官能的な曲だ。ホルガーは、腰のうずきに悩まされる。それ以上に、彼女の腕前に劣等感を感じる。ホルガーのリュートの腕前とは比べ物にならない技術だ。
 金の輝きを持つ鳥の魔物娘の奏でる曲は、月に照らされた草地を流れていった。

 ホルガーは、アニラと共に旅をする事になった。2人で歌と曲を奏でた方が、稼ぎが良くなる。そう、アニラが提案してきたのだ。ホルガーの歌はそれなりに良いが、彼のリュートは上手くない。アニラはヴィーナの優れた奏者だが、歌を歌う事は出来ない。2人で組んだ方が良いと言うのだ。
 ホルガーは、その申し出を受け入れた。アニラと共にいれば、間違いなく稼ぎは良くなるだろう。それに愛の女神の信徒を頼る事も出来る。アニラに対する劣等感は、彼を悩ませる。だが、苦労の多い生活を送ってきたために、彼は自分を抑える事が出来る。
 ただ、2人は歌の傾向が違う。ホルガーは戦いの歌を歌ってきた。アニラは愛の曲を奏でてきた。2人は話し合った結果、戦の歌と愛の歌を両方奏でる事にした。騎士物語は、戦いと恋の物語が多い。両者を一致させる事は出来る。
 こうして人間の廃疾詩人と愛の女神の楽士は、吟遊詩人として組みながら旅をする事になったのだ。

 ホルガーは、宿の寝台に歓喜の声を上げながら横たわった。寝台に寝るのと野宿するのでは、その気持ちの良さは段違いに違う。アニラと共に歌うようになったために、彼の稼ぎは良くなった。彼は、宿の寝台に寝る事が出来るようになったのだ。
 寝台に入る前には、風呂屋に行って体を洗う事が出来た。料理店でまともな物を食う事も出来た。至れり尽くせりだ。ホルガーは今の快適さに酔う。
 隣の寝台には、アニラが気持ち良さそうに寝そべっている。彼女も風呂に入ったのだが、彼女からはガンダルヴァ特有の香りが漂ってくる。ガンダルヴァの体液は香水としても使われており、風呂に入ったくらいでは香りは消えないらしい。
 ホルガーは、風呂で見たアニラの体を思い出していた。風呂は男女兼用であり、ホルガーとアニラは共に入った。そして彼女の艶麗な裸体を目にする事が出来た。左目がつぶれており、右目が弱くなっている彼にもその素晴らしさは分かる。アニラは褐色の肌をしており、その肌は彼女の官能性を高めた。
 ただ、目の弱いホルガーにとっては、アニラの香りこそ最も彼を刺激した。甘さの中にどこか酸っぱさのある香りは、彼の腰に熱を持たせる。その香りは、宿の部屋の中にこもっている。
 ホルガーはアニラに背を向けた。このままでは自分を抑えられなくなる。ホルガーは、障害を持った中年男である自分に劣等感を持っていた。アニラに手を出してうまく行くとは思えない。失敗すれば、稼ぎ手である彼女を失ってしまう。打算で無理やり欲望を抑える。
 ホルガーは、自分の左目に手を当てた。そこは、もう光を感じる事すら出来ない。彼は、自分が廃疾詩人となった過去を思い出していた。

 ホルガーは、国の南西部で農家の次男として生まれた。幼いころから農業について叩き込まれた。農奴ではなかったが貧しくつらい生活だ。その生活の中で、生きるために必要だと農業を学び続けた。
 だが、その苦労は報われなかった。ホルガーは、15歳の時に家から追い出された。農家の次男は、長男が育たなかった時に代わりに家を継がせるためにいる。長男が無事に家を継いだら用済みなのだ。
 ホルガーは町に出て働いた。だが、ろくな仕事は無かった。掃除夫や荷担ぎ人足として低賃金で働いた。彼のような農家の次男、三男が町に流れてきており、人があぶれていたのだ。職人として修業を積んでいれば仕事はあったかもしれないが、ホルガーは農業しか知らない。
 みじめな日々を送るホルガーの前に、1つの華やかな集団が現れた。派手な羽飾りのついた帽子をかぶり、切れ目や襞の目立つ服を着た男たちが行進していた。彼らは、赤や紫の旗をたなびかせ、太鼓を叩き、笛を吹きながら行進している。
 彼らは傭兵団の募兵係だ。集まってきた職にあぶれた男たちに対して、口上を始める。金が稼げる、旅が出来る、俺たちは自由の戦士だ。そんな事を、節を付けてくり返し叫ぶ。口上の合間に、太鼓と笛が盛り上げる。
 募兵係の提示した賃金は、職人の親方並みの賃金だ。彼らのような底辺層には、手に入れられない金だ。ホルガーは、募兵係を食い入るように見つめる。彼は、飛びつくように応募した。彼同様に、多くの男たちが応募した。
 ホルガーは、応募係から契約内容を聞いたうえで契約を結んだ。ただ彼は、契約内容について理解出来たわけではない。例えば、彼の賃金からは槍代が天引きされている。募兵の目録や帳簿にはきちんと書いているが、ホルガーを始めとする応募者は字の読み書きが出来ないのだ。
 それでも、彼らにとっては魅力的な条件だった。手付金をもらったホルガーは、その金で女を買う事が出来た。こうして彼は、童貞を捨てる事が出来たのだ。
 こうして傭兵になったホルガーは、初歩的な訓練を終えると戦場に投入された。傭兵たちは槍兵、つまり歩兵である。騎士とは違うのだ。
 騎士の場合は、戦争の専門家として幼いころから軍事訓練を積む。だが槍兵の場合は、訓練はあまり必要無い。槍兵は、密集陣形を組んで槍を突き出す。これだと、集団で動く訓練と槍を前に突き出す訓練をすれば良い。ホルガーのような素人でも構わないのだ。
 こうしてホルガーは傭兵として戦った。やはり戦争の素人であるホルガーは、戦場では怯えた。槍で刺され、剣で切り裂かれる味方の傭兵の姿に震えあがる。彼の隣で戦った傭兵は、喉に矢が刺さった。ホルガーは、小便を漏らしながら戦う日々を送ったのだ。だが、それは他の傭兵たちも同じようなものだ。
 こうした恐怖の日々を、ホルガーは酒を飲み、女を買う事で紛らわした。「傭兵になったら女とやりまくれたぞ!」と強がりを言った。股間を強調する皮当てをはめて敵と戦う事までした。
 そんな日々は、契約期間の間だけだ。契約期間が終われば、金がたまっているはずだ。だが、ホルガーはわずかな金しか手元にない。金は、傭兵をやっている間の酒代、娼婦の花代で消えたのだ。それは他の傭兵も同じだ。傭兵団に入って金をためる意思を保てる者は、わずかな例外だ。
 それでは、傭兵団を追い出された傭兵はどうなるのか?もう故郷に戻る事は出来ない。故郷は、傭兵となった者を毛嫌いするのだ。そもそも、故郷では職にあぶれた者たちだ。故郷以外の場所でも、傭兵だった者を拒否する。
 結局、元傭兵たちは盗人や強盗となる。人を殺しながら金や物を奪い、その日暮らしをするのだ。町や村からは、犯罪者として命を狙われる。そんな生活を逃れたければ、再び別の傭兵団の募集に飛びつかなくてはならない。
 こうしてホルガーは、8年間にわたって傭兵生活を続けてきた。だが、戦いの最中に左目を敵の槍で砕かれた事で、傭兵生活は終わった。左目を失っただけではなく、右目の視力も落ちてしまったのだ。そのために戦う事は出来なくなった。
 傭兵は出来ないし、堅気の仕事も出来ない。それでは物乞いでもなるしかない。絶望へと落ちていこうとするホルガーに、残されたものがあった。彼はリュートを弾き、歌を歌う事が出来たのだ。
 ホルガーの父は、農民なのになぜかリュートを持っていた。そして時折、リュートを弾きながら歌を歌うのだ。農業を教える時はホルガーを殴るのに、リュートと歌を教える時は殴らなかった。だからホルガーは喜んで学んだ。
 ホルガーが家から追い出される時、なぜか父は彼にリュートを渡した。ホルガーは、馬鹿馬鹿しいと思いながらもリュートを弾きながら歌を歌い続けた。父からもらったリュートは壊れたが、生活を切り詰めて新しいリュートを買った。そうして歌を歌い続けた。
 傭兵時代にも、ホルガーは歌い続けた。旅先で数多くの吟遊詩人の歌を聞いてきた小隊長は、彼の歌をじっと聞いていた。そして、リュートはへたくそだが歌は悪くない、と評した。
 ホルガーは、吟遊詩人として生活をする事にした。派手な格好をして、道化じみた態度を取る。そうして傭兵たちの戦いの物語を歌った。その生活は物乞いに近いものだが、芸を売って生活する者となったのだ。

 ホルガーは苦く笑った。自分の人生の下らなさを嗤ったのだ。地に足の着いた生活が出来ずに、人から蔑まれながら生きてきた。地に足の着いた生活など、彼には出来なかったのだ。野良犬のように追い払われているばかりだ。
 歌だってそうだ。嘘ばかり歌っている。傭兵たちの輝かしい戦いを歌っているが、現実の傭兵たちの戦いに栄光は無い。しょせんは「戦争の犬」だ。汚泥の中を這いつくばりながら戦う者たちだ。現実の騎士も、騎士道物語とは違う。そして、騎士の中には没落する者も多い。傭兵に身を落とす騎士もいるのだ。ホルガーは、嘘を歌う事でわずかな金を稼いでいる。
 不意に、後ろから歌声が聞こえてきた。アニラが歌を歌っていた。甘い恋の歌だが、どこか苦さがある。彼女は、呟くように歌っている。
「だめね、ホルガーのようにうまく歌えない」
 アニラは歌をやめて笑った。
「うまいじゃねえか」
 そう言うと、ホルガーは背を向けて目をつぶった。

 ホルガーとアニラは、国の北部にある町に泊まろうとしたが、どこの宿にも断られた。夕方になると、町の警備兵から町から追い立てられた。
 よくある事だ。吟遊詩人や傭兵を嫌う町は多い。昼間は芸を披露する事を許すが、町に泊まる事は許さない場合もある。芸を売りながら旅をする者は、売春婦や物乞いと同じに見られる事が多いのだ。
 ホルガーとアニラは、町の東側の外壁近くで野宿をする事にした。町から追い出された旅芸人一座の者たちと一緒だ。芸を売る者たちは、町から追い出された場合は共に野宿する事がある。その方が安全だ。
「クソみてえな町だな。もうこの辺りからは出て行こう。北の海沿いの町だと、少しはましかもしれない」
「そうね。その方が、稼ぎが良いかもしれない」
 ホルガーとアニラは、干し肉をかじりながら言い合った。海沿いの町は、海上貿易で人の出入りが多い。そのために、比較的だが排他的ではない。芸を売る者たちを町から追い出さない場合が多い。旅芸人一座も海沿いの町に行くと言っており、ホルガーとアニラは彼らと同行する事にした。
 ホルガーは、自分の左側の草むらをにらみつけた。すぐさま杖に手を伸ばす。アニラも同じ方向を注視する。
「盗賊か」
「そうらしいね」
「殺気立ってやがる。殺してから奪うつもりらしい」
 ホルガーは、平板な声で旅芸人の一人に注意を促した。旅芸人は一瞬動じたが、何食わぬ顔で他の芸人に知らせてゆく。彼らも旅の危険をくぐり抜けてきた者たちだ。芸人たちは、こん棒や小刀、斧を用意し始める。
 ホルガーは、杖の覆いを取った。杖に見えたものは槍だ。彼が傭兵時代に使っていたものだ。アニラはヴィーナを取り出す。ホルガーはそれを見ていぶかしむ。こんな時に何をするつもりだと、声に出さずに言う。
 左側の草むらから、5人の男が飛び出してきた。1人が剣、2人が斧、2人が槍を持っている。
 ホルガーは槍を突き出した。先頭に立つ槍を持った男の右足をかすめる。男は喚きながら体を引く。すぐ後ろの男が、斧を振りかざしてきた。ホルガーは右に転がる。彼の側の地面に斧が叩き付けられる。
 盗賊たちの動きから、彼らが闘いに慣れている事がホルガーには分かった。傭兵崩れの盗賊だと、ホルガーは推測する。彼らは5人。対するホルガーたちは、男はホルガーを入れて5人。同数ならば勝てると、盗賊たちは見なしたのだろう。
 盗賊たちは、ホルガーたちの反撃に合っていた。槍や斧が盗賊たちに傷を付ける。廃疾とはいえ、ホルガーは元傭兵だ。旅芸人の一人も元傭兵であり、その他の芸人達も荒事の経験がある。大人しく餌食になる者たちではない。
 金属のぶつかる音が怒号と罵声の中に響いている。殺意に満ちた空気は、血を欲している。
 ヴィーナの曲が流れた。ホルガーは虚を突かれる。横目で見ると、アニラがヴィーナを弾いている。狂ったのかと、ホルガーはつぶやく。ヴィーナの曲は、殺気立った空気をなだめるように流れる。
 気が付くと、ホルガーは槍を手から落としていた。彼は、自分の手を愕然として見つめる。槍を拾おうとするが、何故かできない。馬鹿になったように立ち尽くす。周りを見回すと、他の男たちも同様だ。盗賊たちは槍や斧を落としていた。旅芸人たちも、こん棒や斧を落としている。彼らは自分の手を見つめたり、呆けたように宙を見つめている。その中を、穏やかなヴィーナの曲が流れる。
 剣を持っている盗賊は、最後までアニラの曲に抵抗した。体を震わせながら剣を構え、アニラに切りかかろうとする。愛の女神の楽士は、微笑みながらヴィーナを奏で続ける。
 男の手から剣が落ちた。彼は、体を震わせながらアニラを視線で刺し続ける。楽師は、彼を見つめながら奏で続ける。男はうなだれた。
 ホルガーは、その光景を馬鹿みたいに見つめ続けた。

 ガンダルヴァの演奏は、人の戦意を奪う力がある。アニラはその力を使ったのだ。ホルガーたちは、盗賊たちをロープで縛りあげる。もし普段のホルガーであれば、盗賊たちを皆殺しにしていただろう。だがアニラの演奏は、ホルガーにも影響を与えていた。
 アニラは半日ほど南西に行くと着く町まで飛んだ。そこには愛の女神の神殿があり、信徒たちがいるのだ。彼らに来てもらい、盗賊たちを引き渡した。後日、愛の女神の裁きが下るそうだ。
 ホルガーは、町の役人に引き渡したほうが良いと考えていた。役人どもは、盗賊たちを死刑にするだろう。アニラは、それを避けるために愛の女神の信徒を呼んだらしい。ホルガーには理解出来ない事だ。ただ、アニラの演奏を聴いた後では、どうでも良い事のように思えた。

 ホルガーとアニラは、北の港町に着いた。旅芸人一座と別れると、さっそく歌と曲を披露する。船着き場のすぐ近くに広場がある。そこには、船乗りや沖仲士たちがいる。そこで傭兵について歌う。
 傭兵は王の命令で戦い、仲間と力を合わせて戦う。彼らは勝利し、王は栄光に輝く。以前ならば歌はこれで終わるか、新たなる戦いの歌が始まる。だが、今のホルガーは別の続きを歌う。
 傭兵は女と出会う。酒場女と出会う時もあれば、騎士の娘と恋に落ちることもある。彼らは愛し合い、そして幸福なまま物語は終わる。
 この歌の変更は、アニラの曲に合わせて歌うようになってからだ。彼らは戦う者の恋を歌う事で一致し、こうして歌ってきた。ホルガーは、アニラと共に歌い始めたころは、女との別れで歌を終わらせるつもりだった。だが、それにはアニラが反対した。愛の女神の教えによると、別れの歌は歌わない方が良いそうだ。それでホルガーは、2人が結ばれて終わる歌を歌っている。
 都合が良すぎる歌だと、ホルガーは思った。だが、今はそれで良いと思うようになっている。歌の中だけでも幸福で良いと思っている。
 歌と曲は成功した。聴衆は、歓声を上げながら金を投げてくる。船乗りや沖仲士は荒っぽい者たちだ。彼らは戦いの歌を好む。恋の場面も官能的な描写を交えており、それは彼らを喜ばせた。アニラのヴィーナは、彼らを興奮させ、欲情させた。妻や恋人がいる者は、今日は盛り上がるだろう。いない者は、娼館に駆け込むだろう。
 詩人と楽士は、笑いながら金を拾い集めた。

 この港町には、愛の女神の神殿がある。港町は外との交流が多いため、宗教も入ってきやすい。この町は、主神教と海神の勢力が強いが、それ以外の宗教も許容されている。愛の女神も許容されているのだ。
 ホルガーとアニラは、愛の神殿に泊まる事にした。ホルガーは、神官に勧められて風呂に入ろうとしたが、アニラに止められた。
「風呂に入るのは待ってよ。その前にやりたい事があるから」
 何をするのかは教えてもらえなかった。アニラは、神官と情報交換をしている。その間、ホルガーは食事のもてなしを受け、そして与えられた寝室で休んでいる。
 寝台に横たわっていると、旅の疲れから眠りへと落ちそうになる。扉が開く音で、彼は目を開く。嗅ぎ慣れた甘い香りが漂ってきた。
「待たせたわね。寝てしまう所だったのね」
 アニラは、ホルガーが横たわっている寝台に腰を掛けた。翼を手のように使い、二つのゴブレットをつかんでいる。彼女は、その飲み物を進めてくる。
 ホルガーは起き上がり、ゴブレットの中のものを飲んだ。葡萄酒だが、香辛料が入っているらしい。ホルガーは、味と香りを楽しみながら飲む。アニラも彼の隣ですすっている。
 アニラの香りは、ホルガーを包んでいた。ガンダルヴァ特有の官能的な香りだ。ホルガーの腰が落ち着かなくなる。ペニスが硬くなってきた事が、彼には分かる。
 アニラは、ホルガーに体を預けてきた。彼女のやわらかさと暖かさが、彼を刺激してくる。ホルガーは、無言のままアニラを見つめた。北の港町を旅しているために、彼女はマントを羽織っていた。だが、今はマントを脱いでいる。露出している所が多い、紫色の薄物を身に付けている姿だ。乳首や股は、金の装身具で強調されている。
 アニラの右の翼は、ホルガーの股を愛撫した。彼のペニスはたちまち怒張する。アニラは酒を口に含むと、寝台の側にある台にゴブレットを置く。そして左の翼でホルガーの頬を撫でると、彼の口に口を重ねた。
 アニラの舌は、ホルガーの口の中にもぐり込んでくる。彼女の口の中の酒が、ホルガーの口の中に注ぎ込まれる。ホルガーは、彼女と舌を絡めながら酒を飲み下していく。
 アニラの翼はホルガーの上衣を脱がし、肌着を脱がした。アニラは、ホルガーの胸に顔をすり寄せる。
「きついけれどいい臭いね。そそる臭いだ。こういう事をする時には、体を洗ってはだめよ」
 ガンダルヴァは、自分の香りを男に嗅がせる事を好む。そして男の匂いや臭いを嗅ぐ事を望む。アニラは、柔らかい頬を胸にすり付けながら鼻を押し付けた。その挙句、腋の臭いまで嗅ぎ始める。ホルガーは、彼女の濃い香りで頭がぼんやりとしてくる。
 アニラの翼は、ホルガーのズボンにかかった。器用にズボンを脱がせ、下履きも脱がせる。反り返ったペニスが露わとなる。アニラは寝台の前にしゃがみ込み、ホルガーのペニスに顔をすり付ける。
「すごい臭いね。頭がおかしくなりそうよ。濡れてきちゃう」
 魔物女は、鼻をペニスにこすり付けながら臭いを嗅いだ。陶然とした顔をする。愛おし気にペニスに頬ずりをして、繰り返し口付けをする。そうしながら両方の翼で腰と太ももを愛撫する。
 アニラは、ペニスに舌を這わせ始めた。ねっとりとした舐め方で、ペニスを愛撫する。亀頭を甘噛みし、くびれを丁寧に掃除して、裏筋を舌で撫でる。竿に口付けをくり返し、陰嚢にも口付ける。そして陰嚢を口に含み、玉を舌で愛撫する。そうしながら鼻を竿にこすり付け、微笑みながらホルガーを見上げる。
 ホルガーは全身を震わせていた。彼は、傭兵時代に多くの娼婦を抱いたが、アニラほど素晴らしい女はいなかった。近くで見れば分かる通り、極上といってよい美女だ。その美女が、娼婦顔負けの性技を繰り出してきているのだ。そして彼女の香りは、今まで感じた事が無いほどホルガーを高ぶらせる。
 アニラは、胸をわずかに隠す服をずらして乳首を露わにした。褐色の豊かな胸で、ホルガーのペニスをはさみ込む。唾液でぬめるペニスを、胸を上下に動かしながら愛撫する。胸から顔をのぞかせるペニスに吸い付いた。亀頭の割れ目から先走り汁を吸い上げる。痙攣するペニスを舌と胸で愛撫する。男は限界を迎える。
 ホルガーのペニスは弾けた。亀頭の先端から白濁液をぶちまける。魔物女はペニスに顔を寄せていたために、顔に精液がぶつかる。褐色の肉感的な顔に、白濁液が飛び散る。張りのある豊かな胸も、白濁液で汚れていく。魔物女は、胸と舌でさらに射精を促す。男は、ペニスを震わせながら喘いでいる。
 射精が終わった時、アニラの顔と胸は白く汚れていた。鼻には白濁液が付いており、唇へ垂れてきている。赤い両の乳首は、白く濡れている。褐色の胸の谷間は、白くぬめり光っている。彼女の顔と胸は、男の欲望の臭いが染みついていた。
「味もすごいけれど、臭いはもっとすごいわ。本当に狂ってしまいそう」
 アニラは、唇の精液を舐め取った。ペニスに舌を這わせて汚れを舐め取る。そして亀頭の割れ目を吸い上げて、中に残っている精液をすする。強烈な刺激に、ホルガーはよだれを垂らしている。
 アニラは、執拗なほどペニスを舐めしゃぶった。ホルガーのペニスは回復している。魔物女の翼は、ホルガーを寝台に押し倒した。下腹部を辛うじて覆う薄物を脱ぐと、彼女のヴァギナを露わにした。赤みがかった金色の陰毛は、濡れそぼっている。濃厚な官能の香りが、そこから漂ってくる。
 魔物女は、自分の股を男の上に降ろした。魔物女のヴァギナは、男のペニスを飲みこんでいく。温かく柔らかい肉が、男の欲望の権化というべき肉棒を包んでいく。
 アニラは、ホルガーの上で腰をゆすり動かし始めた。肉の泉がうごめき、ペニスを嬲り始める。女の肉は、男の物をしっかりと咥え込んで男を引き回す。彼女の胸から汗が飛び散る。芳香を漂わせる汗は、男の顔にかかる。
 男がうなり声を上げると、魔物女を引き寄せた。体を回転させると、男が上になって女を押し倒している。男は女の口に吸い付く。精液の味と臭いがする口を舐め回す。そして生渇きの精液で汚れた胸に顔を埋め、魔物女の胸を堪能する。魔物女の右腋に顔を押し付けて、濃厚な香りと味を貪る。その間中、休む事無く腰を女に叩き付けている。
 魔物女は、翼で男の頭を愛撫した。彼女の顔は歓喜で輝いている。男に合わせて腰を動かし続ける。男のペニスをしめ付けながら愛撫する。魔物女の体は震え始めた。限界が近いのだ。男も限界へと突き進んでいる。
 ホルガーのペニスは弾けた。精液をアニラの中へぶちまける。中に出してはまずいという意識は無くなっていた。酒を飲み、魔物女の香りを嗅いでいるうちに、そんな意識は薄れてしまった。子種汁を魔物女の中に叩き込み続ける。
 射精が終わっても、ホルガーの意識ははっきりしなかった。自分が組み敷いている魔物女をぼんやりと見ている。精液を出し切った満足感と疲れが、彼を浸している。甘い香りが彼に染み込んでいる。
 翼がホルガーの頬を愛撫した。アニラは、彼を見上げながら微笑んでいる。ホルガーもぼんやりと微笑み返す。
 そして二人は抱きしめ合い、口を重ね合わせた。

 北東から風が吹いていた。ホルガーとアニラは、その風に押されるように西へ進む。海岸沿いに西へ進み、港町で歌と曲を披露しながら金を稼いでいくのだ。
 ホルガーの歌うものは、戦う者たちの恋だ。アニラのヴィーナは、歌にふさわしい曲を奏でる。戦う者は恋と出会い、愛する者と結ばれ、安住の地を得る。そんな歌と曲だ。
 俺は、相変わらず嘘を歌っているな。ホルガーは声に出さずに笑う。戦う者たちの中で、安住の地を得る事の出来る者は少ない。傭兵の場合は、ほとんどいないだろう。ホルガー自身にも安住の地は無い。
 だが、嘘だからこそ歌いたくなる。過酷な現実に押しつぶされそうになると、現実とは違うものを歌いたくなる。いつか安住の地を得られるかもしれないという、夢を歌いたくなる。歌を聞く者にとっては、しょせんは暇つぶしに聞く歌かもしれない。だが、ホルガーにとっては違う。
 甘い香りがホルガーを包んだ。アニラが彼に寄り添うように歩いている。鳥の魔物である彼女は、飛ぶ事は得意だが歩く事は苦手だ。ホルガーに合わせるために共に歩いているのだ。彼女の体は暖かい。
 ホルガーは少し顔を上げた。アニラを見て微笑む。彼女は微笑み返す。
 廃兵詩人と神の楽士は、風に吹かれながら寄り添うように歩いていった。

18/08/27 01:07更新 / 鬼畜軍曹

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