冒涜者たちの饗宴
私は、暗い山道でレンタカーを走らせていた。東京から北東北の県まで新幹線に乗り、県都でレンタカーを借りてここまで来たのだ。私は、すでに三時間も運転している。繰り返し車を止めて、カーナビと地図とにらめっこしてきた。道路の両側は、濃い緑色の葉の目立つ鋭角的な木が立ち並んでいる。
こんな辺鄙な所へ来る羽目になったのは、私の担当している漫画家のせいだ。その漫画家は、これからの方針について話したい、見てもらいたい資料があると言って私を呼び出したのだ。私は気が進まなかったが、編集長の命令でここまで来た。
田舎の奥地に来たくなかったこともあるが、その漫画家は会いたくないタイプの男だ。私は、その狂った漫画家を思い出して気が重くなった。
私の担当する漫画家の名前は、佐原将継という。もしかしたらご存知の方もいるかもしれない。かつては出す単行本が次々とベストセラーになった漫画家だ。バイオレンスとエロスが売りであり、その過激な作風は一時大いに受けたことがある。
彼の描く主人公は反社会的な男であり、世間の常識をあざ笑い社会の良識を憎む。男は虐殺し女を凌辱する。立ちふさがる相手は策謀と暴力で叩き潰す。そんな鬼畜な主人公が暴れ回る漫画を描いて、読者から絶賛されていた。
佐原は、金に恵まれていることでも知られていた。印税収入を元手にして、外食産業へ投資をしていた。その外食グループは、安い値段で高品質の料理を提供することで評判となっていた。彼の投資は成功して多額の財産を手に入れ、彼は常軌を逸した浪費をしていた。
横浜に白亜の豪邸を立て、そこで酒池肉林の宴を繰り返したのだ。私は行ったことは無かったが、写真や人の話によればすごいものらしい。家の中に滝が流れて七色の照明で照らしていたり、大理石製のモザイクの床が割れてテーブルや椅子が出てくる仕掛けがあったそうだ。その邸宅に愛人や風俗嬢を集めて、乱痴気騒ぎを繰り返したらしい。
だが彼は、ここ数年で財産の大半を無くしていた。投資に失敗してしまったからだ。彼の投資している外食グループで、食品への薬品の混入事件があった。劣悪な労働環境に不満を持った従業員がやったのだ。この事件をきっかけに、そのグループがブラック企業だと判明したのだ。
店長らによる従業員への暴力や脅迫、サービス残業の強要、従業員へ商品の買い取りの強要などを繰り返していたのだ。テレビや新聞、週刊誌はこの実態を報道し、ネットではそのグループのサイトやアカウントが炎上した。労働基準監督署は調査に入り、被害を受けた従業員は裁判を起こした。
その結果、この外食グループは減益減収となり株価は暴落した。グループの会長は現在行方不明であり、一説では精神病棟に入っているそうだ。こんな有様だから、佐原の投資は失敗し、その財産の大半を失ってしまったわけだ。
ただ、財産を失っても漫画家としての力量が残っていたら、今のような惨状では無いだろう。佐原は、漫画家としても問題を起こしたのだ。
佐原は、アシスタントに対するパワハラを繰り返していた。低賃金で酷使して、サービス残業を強要していた。そして暴言や暴力をくり返していた。例えば、気にくわないアシスタントから机と椅子を奪い取り、床に正座させて作業させていた。そのアシスタントに物を投げつけ、物が壊れたらそのアシスタントの賃金から天引きする有様だ。
佐原のパワハラは、投資に失敗したことでエスカレートした。アシスタントは次々と辞めて、まともな原稿を出せなくなった。どう見ても未完成の原稿が誌面に載った。そして一人の元アシスタントが起こした行動が決定的となったのだ。
その元アシスタントは労働基準監督署に訴えた後、佐原に未払い残業代を支払うことを内容証明郵便で要求してきた。佐原が支払いを拒否すると、彼はパワハラの実態をネットで暴露した。元アシスタントは、佐原のパワハラについて克明にメモを取っており、佐原の暴力や暴言をICレコーダーで記録していたのだ。
たちまち佐原に対して非難が集中し、佐原の連載している月刊誌のツイッターアカウントは炎上した。編集部には非難の投書が殺到した。結局、佐原はその月刊誌で連載打ち切りとなったのだ。その後、アシスタントは全員辞めた。
こうして佐原は一人で漫画を描くことになったのだが、その出来栄えはひどいものだった。ベテランだけあり技術はあるが、過去の惰性で描いているような代物だった。漫画の編集者をやっていれば分かるが、漫画家の意欲は絵にはっきりと出てしまう。まるで気の無い描き方なのだ。当然のことながら、人気は出ずに打ち切りが相次いだ。それ以前に掲載されないことが多かった。
こうして佐原は収入が乏しくなり、横浜の豪邸を売った。建物に資産価値は付かなかったそうだが、土地はかなりの値段になったそうだ。その後、彼は、北東北の奥地にある館を購入して移り住んだのだ。
私は佐原の没落を説明してきたが、彼は完全にダメになったわけでは無い。私が編集者として参加している月刊誌で、彼は去年から連載をしている。その作品は、かつての凄さが復活したような作品なのだ。
佐原の漫画の特徴は、暗い情念を読者に叩きつけてくるストーリーと絵だ。ある評論家は佐原の漫画を「黒い炎」と評していたが、それは的確な評だ。佐原の新作は、まさに黒い炎が再び燃え盛っているようだ。
このような作品に編集者として参加出来るのだから、私は喜ぶべきかもしれない。だが、優れてはいるが問題のある作品なのだ。
佐原の新作は自伝的な作品だ。自分語りはつまらない場合が多いが、佐原の場合は面白い。若い頃は様々な職に就き、繰り返しトラブルに巻き込まれたそうだ。その体験を、怨念に満ちた筆使いで描いており、思わず作品に引き込まれてしまうのだ。主人公が暴力飯場でリンチにかけられた場面は、劇画全盛期の傑作を思わせる物だ。
ただ、この作品は、佐原の人格の破綻ぶりをむき出しにしているのだ。佐原は、自分が関係を持った女たちを赤裸々に描いているのだ。露骨な性描写をして、彼女たちの体の特徴などを詳しく描いているのだ。しかも彼女たちを実名で描こうとしたのだ。その上、彼女たちの写真を載せようとまでしたのだ。
私はさすがに慌てた。漫画を掲載することが出来なくなるから止めて下さいと、佐原に懇願した。何とか名前は仮名に変え、写真掲載を断念させた。写真を見て分かったことだが、佐原は本人そっくりの絵を描いていたのだ。見る人が見れば、即座にばれるだろう。不本意だが、絵を変更してもらうことは出来なかった。
私は強い危惧が一つある。佐原は、とんでもないことを描いてくれた。佐原によると、未成年を愛人にして性関係を持ったことがあったそうだ。「私をロリコン地獄に堕とした歩果」とサブタイトルで描いて下さったのだ。編集部の独断で「この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません」と書いた。そうでもしなければ掲載出来ない。
こんなことをしながら、佐原は平然としている。「もう、彼女たちも婆さんになっている。若い頃のいい思い出になっているだろう」などとぬかしている。
そんなわけねえだろ!私はそうわめきたくなる。
私は、こんな漫画家を相手にしているわけだ。私が彼に会いたくないと言った理由がお分かりだろう。
やっと私は、佐原の住む館に着いた。館は、山と森に囲まれたうっそうとした場所に立っている。私は、目の前の館をまじまじと見てしまう。館はゴシック風の建物なのだ。細い柱や尖塔が目立つ石造りの建物であり、尖塔はアーチとなっている。ヴィクトリア様式の建物はゴシックを意識しているが、そんな生易しい物ではなくてゴシック建築そのものだ。こんな物が東北の田舎にあるとは思わなかった。
この館は佐原が建てたわけでは無く、戦前に建てられたそうだ。いったいどこの変人がこんな物を建てたのだろうか?それを買った佐原も得体が知れない。
私は、館の門前に車を止めると門をくぐった。庭には、四つの石像が立っている。山羊の頭を持つ両性具有の者、角を生やして翼を広げた女、下半身が蛇である女、そしてローブのような物を着ている魔女らしき女の彫像だ。オカルト趣味の彫像のわきを通ると、私は館正面に付いている扉の呼び鈴を鳴らす。
一分ほどすると、佐原が扉を開けてくれた。私は、挨拶をしながら彼の姿を見る。彼は、かつては美青年だった。写真で見たことがあるが、彫の深い整った顔とギリシア彫像を思わせる均整の取れたたくましい体を持っていた。その写真に写っている彼は、サングラスをかけてスポーツシャツを着た姿で海辺に立っていた。女にもてたことが納得出来る美丈夫だ。
目前の男にその面影は無い。中途半端に禿げた頭をして、頬の肉がたるんでいる。酒の飲み過ぎのせいか鼻が赤い。シックなデザインのシャツとベスト姿だが、膨れ上がった腹が台無しにしている。スラックスに至っては正方形に近いありさまだ。それほど太っているのだ。爛々と光っている目が気色悪い。
彼は、私のあいさつにぞんざいに答えると、私を館の中に入れた。こうして私は、悪魔の住処に足を踏み入れてしまったのだ。
私たちは打ち合わせを終えると、暖炉のある一室で酒を飲んでいた。私は佐原の館に泊まる気は無く、車中泊を考えていた。だが、彼の強引な誘いにより、館に泊まることになった。
夜になると、館の中は冷えてきた。暖炉には火が起こされ、部屋の中を温めている。佐原は、ガウンをまといながら火かき棒で暖炉をかき回している。私は、持ってきたセーターを着ている。
私は、ブランデーを飲みながら不審の念に駆られていた。佐原が、わざわざ私を呼び寄せた理由が分からないのだ。二人で打ち合わせをしたが、これはいつも通りメールでのやり取りで済む内容だ。
そしてこの館もおかしい。この館は、佐原一人が住んでいるそうだ。それにしては館の中の掃除が行き届いている。佐原は、掃除などをきちんとするようには見えない。
私が不安に捕らわれているのは、佐原から見せられた資料のせいかもしれない。彼は、作品に必要な物として何冊かの本を見せてくれた。そのいずれもが悪魔崇拝に関するものだ。黒ミサの方法などについて書いてある。
佐原の描いているものは、彼の自伝のはずだ。それと悪魔崇拝が何の関係があるというのだ?佐原は、過去に悪魔崇拝を行っていたのだろうか?まさかとは思うが、オカルト団体に所属して反社会的なことにかかわっていたのだろうか?それを漫画に描くつもりだろうか?
私は気が重くなる。佐原だったらやりかねないのだ。オカルトと言っても子供だましのものが多いが、ひどいものだと児童虐待、性虐待が関わるものもある。彼はそれらの行為に関与していて、その悪行を漫画に描くつもりだろうか?
この館は、オカルトの世界そのものだ。悪魔や魔女を描いた絵、怪物を形作った彫像、中世ヨーロッパに使われたと思しき武器や拷問道具が飾られている。二階の窓の所には、投石器と弩級が設置してある。招かれざる客を始末するためにあるのだそうだ。悪趣味すぎる館だ。
「どうかね、この館は気に入ってくれたかな?」
佐原は、うすら笑いを浮かべながら言った。
ユニークな館ですねと、私は感情を出さないように答えた。
「この館には、面白い歴史があるのだよ。これも作品に必要なことだから聞いてくれ」
聞かせて下さいと、私は忍耐心を振り絞りながら答えた。
この館は、明治時代に建てられたそうだ。日清、日露戦争の軍需で儲けた成金が立てたそうだ。彼は、儲けた金でこの地方の田畑や山林を買い占めて、大地主になり上がった。そして山と森に囲まれたこの地に館を建てたそうだ。
彼は、この館から田畑や山林を管理し、その一方で怪しげな儀式に耽った。その儀式が行われるようになると、彼の支配下にある小作人が行方不明になるのだ。
警察は、行方不明者が出てもろくに調べなかった。地元警察の幹部は、館の主から金を受け取っていたらしい。館の主の後援で市長になる警察幹部もいた。小作人は泣き寝入りするしかなかったらしい。
その館の主は、昭和初期に死んだ。夜中にわけの分からないことを喚いて尖塔に上り、転落して死んだそうだ。原因は不明らしい。
彼の財産は、彼の長男が継いだ。長男は、館を嫌って県都にある邸宅で暮らしていたそうだ。そこから田畑と山林を管理していた。
その生活は、戦後の農地改革で変わった。彼は不在地主であったため、改革によって田畑のほとんどを失った。山林は改革の対象外であったために残ったが、彼は莫大な財産を失ったのだ。
それ以来、彼は館に移り住み、父と同様に館から山林を支配した。また父と同じく悪魔崇拝を始めたのだ。山林で働く使用人とその家族の中には、行方不明になる者がいたそうだ。彼らの犠牲には、新たな館の主が関わっていると言われている。ただ、山林の捜査は難しく、警察も館の主を追及しようとしなかった。
その新しい主は、高度経済成長から低成長に切り替わるころに死んだ。夜中に洋式の剣を振り回した挙句、階段から転げ落ちて首の骨を折ったのだ。こちらも、警察は原因不明と言っていたそうだ。
彼の財産は、彼の一人息子が継いだ。その息子は、館を嫌って東京に住み、親のコネで不動産会社に勤めていた。財産を継ぐと、東京で暮らしながら山林を管理した。
その生活は、バブル経済によって変わった。彼は、自分の山林をリゾート開発に使おうとしたのだ。この目論見はバブル崩壊でつぶれた。リゾート会社は逃げ出し、県と市は多額の損失を出した。彼は山林をすべて失い、彼に残った財産は館だけだったそうだ。
彼は、嫌っていた館に引きこもり、祖父や父同様にオカルトにはまるようになった。そして定期的に町に買い物に来る以外は、館に閉じこもっていたそうだ。彼が何をしていたかは、分かる人はいないらしい。ただ、オカルト関連の物を集めていたらしいと言われる。
その彼は、十五年くらい前に死んだ。別の県で働いている彼の息子が、心配になって訪ねてきたのだ。息子は、白骨になった父をこの暖炉の有る間で見つけたそうだ。
館を受け継いだ息子は、この館を売ろうとした。だが、こんな辺鄙な所にあり、怪事件の相次いだ館を買おうとする者はいなかったそうだ。
佐原は、その館について二年前に不動産屋から聞き、二束三文で買い取ったそうだ。
私は呆れ果てた。こんな非現実な話があるだろうか?仮に本当のことだとしたら、この館を買う佐原の気が知れない。彼は、本当に狂っているのかもしれない。
いや、これは佐原の作り話だろう。悪趣味な者がこの館を作り、それに乗じて佐原がオカルト趣味の因縁話を作ったのだ。私を相手に楽しもうと言うわけだ。私は心の中で苦笑した。
私は疲れましたから早めに休みたいですと、彼に言った。実際に疲れていたし、もう話を打ち切りたかった。
そんな私を佐原は止めようとする。寝る前に付き合って欲しいことが有るのだそうだ。私はうんざりしたが、彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。不承不承承知した。
私は、奥にある一室に案内された。佐原は、銀の燭台に灯を灯して部屋を照らす。部屋の中は壁画が描かれていた。悪魔と女たちが、さまざまな性技を行っている絵だ。悪魔というよりは怪物のような者もいて、それらと女の交わりは獣姦を思わせるものとなっている。また同性愛も描かれていた。
部屋の中には祭壇のような物があり、そこには山羊の頭をして乳房とヴァギナ、ペニスを持った悪魔が鎮座していた。その隣には、逆さ十字架がかけられている。部屋の中央の床には、逆五芒星が描かれている。
どうやら悪魔崇拝を行う部屋らしい。前の持ち主が造ったのか、佐原が改築したのかは分からない。どちらにしても悪趣味な部屋だ。こんな部屋に連れてきてどうするつもりだ?私に、悪魔崇拝の遊びごとに付き合わせるつもりか?
佐原はガウンを脱ぐと、黒いローブのような服をまとった。そして悪魔像を見ながら私に話しかける。
「これは、今描いている作品に必要なことなのだよ。私にとって、この館を手に入れたことは人生の重大な転機だった。人生の敗残者として終わる所だった私を救ってくれたのだよ」
私の背に氷塊が滑り落ちた気がした。彼の表情は、穏やかだが正気には見えない。どうやら佐原は、人生の苦境のためにオカルトにはまってしまったらしい。彼の精神は、昏い小道をさ迷っているようだ。作品に必要だということは、このオカルトへの傾倒を漫画に描くつもりなのだろう。描き方によっては面白くなるかもしれないが、異常すぎると掲載出来ない。
いや、それどころではない。私は、このオカルトに狂ってしまった男と、山奥の館で二人きりでいるのだ。私の身が危ないのだ。私は、ポケットに入れてある催涙スプレーに手を伸ばす。
「君は、黒ミサについてどの程度知っているかね?」
佐原は、悪魔像を見ながら訊ねてくる。ほとんど知りませんと、私は答える。
佐原は、黒ミサについて説明し始めた。黒ミサとは、カトリックのミサに対する反逆として行われたものだそうだ。サタンなどの悪魔を崇拝し、神とキリストを冒涜する。その象徴として、悪魔像を設置したり逆さ十字架をかける。
黒ミサでは祭壇代わりに女の裸体が使われ、主催者を始めとする人々が淫行や暴行に耽溺する。過激なものだと、ミサの葡萄酒の代わりに幼児の血を飲んだりするそうだ。
私は感心したふりをして聞きながら、いつでも催涙スプレーを吹きかける準備をしていた。この変質者に殺されたくはない。佐原との距離を測りながら身構える。
入口の扉がノックされた。私は、思わず飛び上がりそうになる。そんな私に気を止めずに、佐原は入りなさいと言う。扉が開き、二人の女が入ってきた。
一人は若い大人の女、もう一人は少女だ。二人とも背に翼のような物が付いていた。よく見ると、頭に角が生え尻に尻尾が付いている。ボンテージ風の露出度の高い黒服を着ている。漫画やゲームで見かける女悪魔のコスプレのようだ。
私は、拍子抜けしそうになった。新たな者の登場に緊張していたら、馬鹿げた格好の女が入ってきたのだ。だが、私は緊張を取り戻す。彼女たちは佐原と組んでいるようだ。何をしでかすか分からない。
「さあ、黒ミサを始めよう。用意は整った」
佐原は、金色のゴブレットに瓶から赤い液体を注ぎ始めた。四人分そろえると、全員に渡す。佐原は、その赤い液体に浸したパンを配る。佐原の合図で、彼らはパンを食べて液体を飲み始める。私は、得体のしれない物を飲む気は無い。三人は私を見て苦笑している。
「それはおかしな物ではないわ。葡萄酒の代わりに飲む物よ」
悪魔のコスプレをした若い女が言った。その艶やかな声に陶然としそうになるが、私は飲むことを拒否する。その女は、少し困ったように私を見る。
私は女の顔を見て驚いた。めったに見ることが出来ないほどの美女だ。単に顔立ちが整っているだけではなく、その顔の造りは異界の存在であるかのような非現実さがある。非現実的な美しさと言ったらいいだろうか?
私は首を振る。この異様な環境で感覚がおかしくなっているのだ。この女は肌が青いが、メイクか照明によるものだろう。瞳孔が赤いが、これはカラーコンタクトをはめているのだろう。本物の悪魔であるはずが無い。
気が付くと、私は女に抱きしめられていた。暖かく柔らかい感触が、私を包んでいる。女から漂う香水の香りが、私の中に侵食してくる。私は動揺する。警戒していたのに捕まえられてしまった。だが、なぜか穏やかな感情が私の中に広がる。
「さあ、黒ミサを続けましょう。そうは言っても、神やキリストを冒涜する気は無いけれどね」
女は、佐原にそう言う。主催者である佐原は、黒ミサを進めた。
「私の名前はシャーロン。あなたの名前を聞いていいかしら?」
私は陣内龍彦だと名乗る。
「龍彦と呼んでいいかしら?黒ミサと言っても危険なことはしないからね。気持ち良くしてあげる」
そう言うと、シャーロンと名乗った女は私の口を口でふさいだ。口の中にぬめる感触が侵入してくる。同時に、彼女の口の甘い香りが鼻をくすぐる。私は、無意識のうちに彼女の舌に応える。
シャーロンは私の頭をなでると、自分の胸に引き寄せた。柔らかい肉が私の顔を覆う。胸の谷間からは甘い匂いがする。私は、頭をなでられながら胸に顔を埋め続ける。緊張感がゆっくりと溶けていく。
自然な動作で私の頭は引き離されていた。彼女は嫣然と微笑むと、私の前にひざまずく。私の腰に手を当てると、唇でスラックスのファスナーを引き下ろす。ベルトを手で外してスラックスを引き下ろし、トランクスの上から私のペニスを愛撫する。勃起しているペニスが押し上げているトランクスを、口で咥えて引き下ろした。
「本当に元気ね。いいことよ」
悪魔の姿をした女は、私のペニスにキスをした。亀頭、くびれ、竿と繰り返しキスをする。
「あなたのおちんちんを見ていると興奮してくるわ。キスマークを付けたくなるのよ」
そう言うと、私のペニスに吸い付く。そうした後、愛おしそうにペニスに頬ずりをする。キスと頬ずりをくり返しながら、彼女がはめている手袋を外す。指を舐めて湿らせると、私の陰嚢をくすぐる。
「あなたは私の胸ばかり見ているのね。それならこうしてあげる」
シャーロンは、胸を辛うじて覆う服をずらした。ツンと尖った乳首がむき出しになる。その尖った物で私のペニスをくすぐる。そうして嬲った後、私の物を胸の谷間に挟み込んだ。谷間に唾液を垂らすと、ゆっくりと上下に胸を動かして愛撫し始めた。
私は、うめき声を抑えられなかった。たぐいまれな美女が豊かな胸で私に奉仕しているのだ。ペニスの先端からカウパー腺液が漏れ始めると、彼女はねっとりと舐め始めた。私の限界はすぐに来てしまう。
「出そうなのね。飲んで欲しいの?それとも顔や胸に出したい?」
飲んでくれと、辛うじて言う。その瞬間に、私の亀頭は彼女の口中に包まれる。
私のペニスは、女悪魔の口中で弾けた。精液が留まることなく出てしまう。彼女は、喉を鳴らしながら液を飲み下していく。そして頬をくぼめながら液を吸い出す。強い吸引に耐えられず、私の腰は激しく震えてしまう。
出し終わった後、私は深いため息をついた。彼女もペニスから口を離し、深く息をつく。その瞬間に、精液特有の刺激臭が立ち上る。彼女は、笑みを浮かべながら私を見上げる。
ふと、私は辺りを見渡した。私の右前方で驚くべきことが起こっている。佐原は、悪魔の格好をしている少女にペニスをしゃぶらせているのだ。私は、快楽の余韻から引き離される。老人が幼い少女を犯しているのだ。
ペニスにぬめる感触がして、私はシャーロンに意識を引き戻される。彼女はペニスに吸い付いていた。
「あの娘のことは気にしなくていいわ。見た目通りの年では無いのよ」
そんなバカなことが有るかと言いかけたが、彼女の舌と胸の愛撫により言葉が引っ込む。
「気持ち良かったかしら?でも、これで終わりでは無いのよ。もっと、気持ち良くしてあげる」
そう言うと、彼女は私の後ろ側に回った。尻に手がかかり、広げられる。
私は声を上げてしまった。私のアヌスにねっとりとした感触が走ったのだ。私は振り返ってシャーロンを見る。彼女は、私の尻に顔を埋めてアヌスを舐めているのだ。
「どう、お尻の穴を舐められた感想は?病みつきになるかもしれないわよ」
私のアヌスに快感が走り続ける。表面を舐められたかと思うと、中に舌がもぐり込んでくる。そうしながら右手で私のペニスをさすり、左手で陰嚢を愛撫する。射精したばかりのペニスは、もう固くなっていた。
「ねえ、この毛皮の上に横になってくれないかしら?あなたと一つになりたいのよ」
シャーロンはそう言うと、床に敷かれている毛皮を手で示した。私は逆らう気が起こらず、熊と思しき毛皮の上に仰向けになる。彼女は私の腰の上に乗る。
「そのまま楽にしていてね。私が動くから」
彼女はゆっくりと腰を下ろした。私のペニスは、彼女の中に飲み込まれていく。暖かく濡れた物が私の物を包んでいく。その柔らかい物は私の物を愛撫する。
女悪魔は、私の上で円を描くように腰を動かしていた。その動きは、私に悦楽を与える巧みな動きだ。熟練の風俗嬢でもかなわないような動きであり、私の体を快楽で支配する。私は逆らうことが出来ない。
「ごめんなさい。私もがまん出来なくなってきたわ」
彼女は、体を震わせながら言う。彼女の中からは暖かい液がわき上がってくる。私の限界も近づいてきた。このままでは中に出してしまう。出そうだと伝え、どいてくれるように頼む。
だが、彼女は微笑むと、私の物を締め付けた。柔らかい肉が渦を巻きながら私を締め付ける。私は耐えることが出来ない。
私のペニスは再び弾けた。女悪魔の中に精液を撃ち出してしまう。ペニスから腰へ、腰から背中へ快楽が走り抜けて頭頂に叩きつけられる。私は声を上げてしまう。彼女も声を上げている。私たちは共にけいれんしている。
気が付くと、シャーロンは私を抱きしめていた。私に頬ずりをしながら耳を舐めている。
「気持ち良かったかしら?危ないことは無かったでしょ」
彼女の熱い息が耳にかかる。
「これからもよろしくね」
黒ミサが終わった後、私は佐原とシャーロンから説明を受けた。シャーロンたちは、異世界から来た魔物なのだそうだ。シャーロンはデーモンという種族、彼女の部下である少女はデビルという種族だ。この世界との間に門が開いており、こちらの世界に移住するための段取りを組んでいる最中なのだそうだ。
彼女たちは、十年前にこの呪われた館を見つけると、力を使って無害化した。そしてこの館を根拠地の一つにしたそうだ。そこへ佐原がのこのことやってきた。彼女たちは、佐原を味方に取り込んだそうだ。
私は、初めは話を信用しなかった。異世界から来た存在など馬鹿げている。それこそ漫画だ。だが彼女たちは、自分の力をくり返し私に見せた。シャーロンは、自分の体を私にたっぷりと味合わせた。それで私も、信用せざるを得なくなった。
彼女たちの勢力は、すでに日本に広がっている。政府とも、秘密裏に交渉中なのだそうだ。私の勤めている出版社は、彼女たちの支配下にあるのだそうだ。私のことは、とっくに調べ上げているらしい。私にも協力者になって欲しいと言っている。
私は、この要求にすぐには答えなかった。話が突拍子すぎる。だが結局は、彼女たちの協力者となった。シャーロンの色仕掛けに屈してしまったのだ。彼女に快楽をたっぷりと与えられてしまったのだ。
シャーロンは、この世界を変える計画も練っているそうだ。
「私たちの世界にも問題はあったけれど、この世界の問題はもっと根深そうね。私たちが暮らしやすくするためにも、変えなくてはならないわ」
彼女は、この館にまつわることについて話した。佐原の説明は本当のことであるらしい。かなり陰惨なことがあったらしく、具体的なことはぼやかしていた。だが、この館は、強圧と狂気の中心だったことは確からしい。
シャーロンは、この館の主人たちの死についても教えてくれた。三代とも麻薬中毒でおかしくなって死んだそうだ。オカルトは麻薬が絡むことが有る。三人とも麻薬を使って儀式を行っており、その結果狂ったのだ。シャーロンたちは、この館に残された資料からそれを知った。
「他の国、他の世界に干渉すべきではないと言う意見があるわ。でも、その結果、陰惨なことを放置することになるけれど、それでいいのかしら?私はそうは考えないわ」
私は、彼女に反論出来なかった。
私は、編集部で佐原の原稿のチェックをしていた。かつての凄味が戻っている原稿だ。それでいて問題のある個所は無い。シャーロンの部下であるデビル、アラベラが佐原のアシスタントをしているのだ。彼女は、佐原の暴走を食い止めているのだ。
館で見せつけられたが、佐原はアラベラに頭が上がらない。
「もう、人に迷惑をかけちゃだめだと言ったでしょ!迷惑をかけた人たちに、ちゃんと償いをしなければいけませんよ」
「ごめんよう、アラベラちゃん」
こんなやり取りを、佐原は孫みたいに見える少女とやっているのだ。こっけいなのか、奇怪なのか分からない。佐原は、「ロリコン地獄」に堕ちたようだ。私は笑ってしまう。
「何を笑っているのかしら?」
私の肩を柔らかい手が抱いた。振り返ると、人間に擬態しているシャーロンがいた。
彼女は出版社の筆頭株主であり、こうして自由に出入りすることが出来るのだ。最近は私と同棲しており、館はアラベラにまかせている。
何でも無いと言うと、そんな訳は無いでしょと言われてしまう。
「この連載も、あと三回で終わりね。次の作品もストーリーは出来ているからね」
佐原の次の作品は、人間と悪魔の秘密の関係を描くものだ。佐原とアラベラの関係をモチーフにしている。もっとも主人公たちの年齢は変えるつもりだ。さすがに老人と少女の関係を描くことはまずい。
「今日は、そろそろ切り上げましょう。帰ったら、分かるでしょ?」
悪魔は、私の耳元で熱くささやく。私はそれに抗うことは出来なかった。
こんな辺鄙な所へ来る羽目になったのは、私の担当している漫画家のせいだ。その漫画家は、これからの方針について話したい、見てもらいたい資料があると言って私を呼び出したのだ。私は気が進まなかったが、編集長の命令でここまで来た。
田舎の奥地に来たくなかったこともあるが、その漫画家は会いたくないタイプの男だ。私は、その狂った漫画家を思い出して気が重くなった。
私の担当する漫画家の名前は、佐原将継という。もしかしたらご存知の方もいるかもしれない。かつては出す単行本が次々とベストセラーになった漫画家だ。バイオレンスとエロスが売りであり、その過激な作風は一時大いに受けたことがある。
彼の描く主人公は反社会的な男であり、世間の常識をあざ笑い社会の良識を憎む。男は虐殺し女を凌辱する。立ちふさがる相手は策謀と暴力で叩き潰す。そんな鬼畜な主人公が暴れ回る漫画を描いて、読者から絶賛されていた。
佐原は、金に恵まれていることでも知られていた。印税収入を元手にして、外食産業へ投資をしていた。その外食グループは、安い値段で高品質の料理を提供することで評判となっていた。彼の投資は成功して多額の財産を手に入れ、彼は常軌を逸した浪費をしていた。
横浜に白亜の豪邸を立て、そこで酒池肉林の宴を繰り返したのだ。私は行ったことは無かったが、写真や人の話によればすごいものらしい。家の中に滝が流れて七色の照明で照らしていたり、大理石製のモザイクの床が割れてテーブルや椅子が出てくる仕掛けがあったそうだ。その邸宅に愛人や風俗嬢を集めて、乱痴気騒ぎを繰り返したらしい。
だが彼は、ここ数年で財産の大半を無くしていた。投資に失敗してしまったからだ。彼の投資している外食グループで、食品への薬品の混入事件があった。劣悪な労働環境に不満を持った従業員がやったのだ。この事件をきっかけに、そのグループがブラック企業だと判明したのだ。
店長らによる従業員への暴力や脅迫、サービス残業の強要、従業員へ商品の買い取りの強要などを繰り返していたのだ。テレビや新聞、週刊誌はこの実態を報道し、ネットではそのグループのサイトやアカウントが炎上した。労働基準監督署は調査に入り、被害を受けた従業員は裁判を起こした。
その結果、この外食グループは減益減収となり株価は暴落した。グループの会長は現在行方不明であり、一説では精神病棟に入っているそうだ。こんな有様だから、佐原の投資は失敗し、その財産の大半を失ってしまったわけだ。
ただ、財産を失っても漫画家としての力量が残っていたら、今のような惨状では無いだろう。佐原は、漫画家としても問題を起こしたのだ。
佐原は、アシスタントに対するパワハラを繰り返していた。低賃金で酷使して、サービス残業を強要していた。そして暴言や暴力をくり返していた。例えば、気にくわないアシスタントから机と椅子を奪い取り、床に正座させて作業させていた。そのアシスタントに物を投げつけ、物が壊れたらそのアシスタントの賃金から天引きする有様だ。
佐原のパワハラは、投資に失敗したことでエスカレートした。アシスタントは次々と辞めて、まともな原稿を出せなくなった。どう見ても未完成の原稿が誌面に載った。そして一人の元アシスタントが起こした行動が決定的となったのだ。
その元アシスタントは労働基準監督署に訴えた後、佐原に未払い残業代を支払うことを内容証明郵便で要求してきた。佐原が支払いを拒否すると、彼はパワハラの実態をネットで暴露した。元アシスタントは、佐原のパワハラについて克明にメモを取っており、佐原の暴力や暴言をICレコーダーで記録していたのだ。
たちまち佐原に対して非難が集中し、佐原の連載している月刊誌のツイッターアカウントは炎上した。編集部には非難の投書が殺到した。結局、佐原はその月刊誌で連載打ち切りとなったのだ。その後、アシスタントは全員辞めた。
こうして佐原は一人で漫画を描くことになったのだが、その出来栄えはひどいものだった。ベテランだけあり技術はあるが、過去の惰性で描いているような代物だった。漫画の編集者をやっていれば分かるが、漫画家の意欲は絵にはっきりと出てしまう。まるで気の無い描き方なのだ。当然のことながら、人気は出ずに打ち切りが相次いだ。それ以前に掲載されないことが多かった。
こうして佐原は収入が乏しくなり、横浜の豪邸を売った。建物に資産価値は付かなかったそうだが、土地はかなりの値段になったそうだ。その後、彼は、北東北の奥地にある館を購入して移り住んだのだ。
私は佐原の没落を説明してきたが、彼は完全にダメになったわけでは無い。私が編集者として参加している月刊誌で、彼は去年から連載をしている。その作品は、かつての凄さが復活したような作品なのだ。
佐原の漫画の特徴は、暗い情念を読者に叩きつけてくるストーリーと絵だ。ある評論家は佐原の漫画を「黒い炎」と評していたが、それは的確な評だ。佐原の新作は、まさに黒い炎が再び燃え盛っているようだ。
このような作品に編集者として参加出来るのだから、私は喜ぶべきかもしれない。だが、優れてはいるが問題のある作品なのだ。
佐原の新作は自伝的な作品だ。自分語りはつまらない場合が多いが、佐原の場合は面白い。若い頃は様々な職に就き、繰り返しトラブルに巻き込まれたそうだ。その体験を、怨念に満ちた筆使いで描いており、思わず作品に引き込まれてしまうのだ。主人公が暴力飯場でリンチにかけられた場面は、劇画全盛期の傑作を思わせる物だ。
ただ、この作品は、佐原の人格の破綻ぶりをむき出しにしているのだ。佐原は、自分が関係を持った女たちを赤裸々に描いているのだ。露骨な性描写をして、彼女たちの体の特徴などを詳しく描いているのだ。しかも彼女たちを実名で描こうとしたのだ。その上、彼女たちの写真を載せようとまでしたのだ。
私はさすがに慌てた。漫画を掲載することが出来なくなるから止めて下さいと、佐原に懇願した。何とか名前は仮名に変え、写真掲載を断念させた。写真を見て分かったことだが、佐原は本人そっくりの絵を描いていたのだ。見る人が見れば、即座にばれるだろう。不本意だが、絵を変更してもらうことは出来なかった。
私は強い危惧が一つある。佐原は、とんでもないことを描いてくれた。佐原によると、未成年を愛人にして性関係を持ったことがあったそうだ。「私をロリコン地獄に堕とした歩果」とサブタイトルで描いて下さったのだ。編集部の独断で「この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません」と書いた。そうでもしなければ掲載出来ない。
こんなことをしながら、佐原は平然としている。「もう、彼女たちも婆さんになっている。若い頃のいい思い出になっているだろう」などとぬかしている。
そんなわけねえだろ!私はそうわめきたくなる。
私は、こんな漫画家を相手にしているわけだ。私が彼に会いたくないと言った理由がお分かりだろう。
やっと私は、佐原の住む館に着いた。館は、山と森に囲まれたうっそうとした場所に立っている。私は、目の前の館をまじまじと見てしまう。館はゴシック風の建物なのだ。細い柱や尖塔が目立つ石造りの建物であり、尖塔はアーチとなっている。ヴィクトリア様式の建物はゴシックを意識しているが、そんな生易しい物ではなくてゴシック建築そのものだ。こんな物が東北の田舎にあるとは思わなかった。
この館は佐原が建てたわけでは無く、戦前に建てられたそうだ。いったいどこの変人がこんな物を建てたのだろうか?それを買った佐原も得体が知れない。
私は、館の門前に車を止めると門をくぐった。庭には、四つの石像が立っている。山羊の頭を持つ両性具有の者、角を生やして翼を広げた女、下半身が蛇である女、そしてローブのような物を着ている魔女らしき女の彫像だ。オカルト趣味の彫像のわきを通ると、私は館正面に付いている扉の呼び鈴を鳴らす。
一分ほどすると、佐原が扉を開けてくれた。私は、挨拶をしながら彼の姿を見る。彼は、かつては美青年だった。写真で見たことがあるが、彫の深い整った顔とギリシア彫像を思わせる均整の取れたたくましい体を持っていた。その写真に写っている彼は、サングラスをかけてスポーツシャツを着た姿で海辺に立っていた。女にもてたことが納得出来る美丈夫だ。
目前の男にその面影は無い。中途半端に禿げた頭をして、頬の肉がたるんでいる。酒の飲み過ぎのせいか鼻が赤い。シックなデザインのシャツとベスト姿だが、膨れ上がった腹が台無しにしている。スラックスに至っては正方形に近いありさまだ。それほど太っているのだ。爛々と光っている目が気色悪い。
彼は、私のあいさつにぞんざいに答えると、私を館の中に入れた。こうして私は、悪魔の住処に足を踏み入れてしまったのだ。
私たちは打ち合わせを終えると、暖炉のある一室で酒を飲んでいた。私は佐原の館に泊まる気は無く、車中泊を考えていた。だが、彼の強引な誘いにより、館に泊まることになった。
夜になると、館の中は冷えてきた。暖炉には火が起こされ、部屋の中を温めている。佐原は、ガウンをまといながら火かき棒で暖炉をかき回している。私は、持ってきたセーターを着ている。
私は、ブランデーを飲みながら不審の念に駆られていた。佐原が、わざわざ私を呼び寄せた理由が分からないのだ。二人で打ち合わせをしたが、これはいつも通りメールでのやり取りで済む内容だ。
そしてこの館もおかしい。この館は、佐原一人が住んでいるそうだ。それにしては館の中の掃除が行き届いている。佐原は、掃除などをきちんとするようには見えない。
私が不安に捕らわれているのは、佐原から見せられた資料のせいかもしれない。彼は、作品に必要な物として何冊かの本を見せてくれた。そのいずれもが悪魔崇拝に関するものだ。黒ミサの方法などについて書いてある。
佐原の描いているものは、彼の自伝のはずだ。それと悪魔崇拝が何の関係があるというのだ?佐原は、過去に悪魔崇拝を行っていたのだろうか?まさかとは思うが、オカルト団体に所属して反社会的なことにかかわっていたのだろうか?それを漫画に描くつもりだろうか?
私は気が重くなる。佐原だったらやりかねないのだ。オカルトと言っても子供だましのものが多いが、ひどいものだと児童虐待、性虐待が関わるものもある。彼はそれらの行為に関与していて、その悪行を漫画に描くつもりだろうか?
この館は、オカルトの世界そのものだ。悪魔や魔女を描いた絵、怪物を形作った彫像、中世ヨーロッパに使われたと思しき武器や拷問道具が飾られている。二階の窓の所には、投石器と弩級が設置してある。招かれざる客を始末するためにあるのだそうだ。悪趣味すぎる館だ。
「どうかね、この館は気に入ってくれたかな?」
佐原は、うすら笑いを浮かべながら言った。
ユニークな館ですねと、私は感情を出さないように答えた。
「この館には、面白い歴史があるのだよ。これも作品に必要なことだから聞いてくれ」
聞かせて下さいと、私は忍耐心を振り絞りながら答えた。
この館は、明治時代に建てられたそうだ。日清、日露戦争の軍需で儲けた成金が立てたそうだ。彼は、儲けた金でこの地方の田畑や山林を買い占めて、大地主になり上がった。そして山と森に囲まれたこの地に館を建てたそうだ。
彼は、この館から田畑や山林を管理し、その一方で怪しげな儀式に耽った。その儀式が行われるようになると、彼の支配下にある小作人が行方不明になるのだ。
警察は、行方不明者が出てもろくに調べなかった。地元警察の幹部は、館の主から金を受け取っていたらしい。館の主の後援で市長になる警察幹部もいた。小作人は泣き寝入りするしかなかったらしい。
その館の主は、昭和初期に死んだ。夜中にわけの分からないことを喚いて尖塔に上り、転落して死んだそうだ。原因は不明らしい。
彼の財産は、彼の長男が継いだ。長男は、館を嫌って県都にある邸宅で暮らしていたそうだ。そこから田畑と山林を管理していた。
その生活は、戦後の農地改革で変わった。彼は不在地主であったため、改革によって田畑のほとんどを失った。山林は改革の対象外であったために残ったが、彼は莫大な財産を失ったのだ。
それ以来、彼は館に移り住み、父と同様に館から山林を支配した。また父と同じく悪魔崇拝を始めたのだ。山林で働く使用人とその家族の中には、行方不明になる者がいたそうだ。彼らの犠牲には、新たな館の主が関わっていると言われている。ただ、山林の捜査は難しく、警察も館の主を追及しようとしなかった。
その新しい主は、高度経済成長から低成長に切り替わるころに死んだ。夜中に洋式の剣を振り回した挙句、階段から転げ落ちて首の骨を折ったのだ。こちらも、警察は原因不明と言っていたそうだ。
彼の財産は、彼の一人息子が継いだ。その息子は、館を嫌って東京に住み、親のコネで不動産会社に勤めていた。財産を継ぐと、東京で暮らしながら山林を管理した。
その生活は、バブル経済によって変わった。彼は、自分の山林をリゾート開発に使おうとしたのだ。この目論見はバブル崩壊でつぶれた。リゾート会社は逃げ出し、県と市は多額の損失を出した。彼は山林をすべて失い、彼に残った財産は館だけだったそうだ。
彼は、嫌っていた館に引きこもり、祖父や父同様にオカルトにはまるようになった。そして定期的に町に買い物に来る以外は、館に閉じこもっていたそうだ。彼が何をしていたかは、分かる人はいないらしい。ただ、オカルト関連の物を集めていたらしいと言われる。
その彼は、十五年くらい前に死んだ。別の県で働いている彼の息子が、心配になって訪ねてきたのだ。息子は、白骨になった父をこの暖炉の有る間で見つけたそうだ。
館を受け継いだ息子は、この館を売ろうとした。だが、こんな辺鄙な所にあり、怪事件の相次いだ館を買おうとする者はいなかったそうだ。
佐原は、その館について二年前に不動産屋から聞き、二束三文で買い取ったそうだ。
私は呆れ果てた。こんな非現実な話があるだろうか?仮に本当のことだとしたら、この館を買う佐原の気が知れない。彼は、本当に狂っているのかもしれない。
いや、これは佐原の作り話だろう。悪趣味な者がこの館を作り、それに乗じて佐原がオカルト趣味の因縁話を作ったのだ。私を相手に楽しもうと言うわけだ。私は心の中で苦笑した。
私は疲れましたから早めに休みたいですと、彼に言った。実際に疲れていたし、もう話を打ち切りたかった。
そんな私を佐原は止めようとする。寝る前に付き合って欲しいことが有るのだそうだ。私はうんざりしたが、彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。不承不承承知した。
私は、奥にある一室に案内された。佐原は、銀の燭台に灯を灯して部屋を照らす。部屋の中は壁画が描かれていた。悪魔と女たちが、さまざまな性技を行っている絵だ。悪魔というよりは怪物のような者もいて、それらと女の交わりは獣姦を思わせるものとなっている。また同性愛も描かれていた。
部屋の中には祭壇のような物があり、そこには山羊の頭をして乳房とヴァギナ、ペニスを持った悪魔が鎮座していた。その隣には、逆さ十字架がかけられている。部屋の中央の床には、逆五芒星が描かれている。
どうやら悪魔崇拝を行う部屋らしい。前の持ち主が造ったのか、佐原が改築したのかは分からない。どちらにしても悪趣味な部屋だ。こんな部屋に連れてきてどうするつもりだ?私に、悪魔崇拝の遊びごとに付き合わせるつもりか?
佐原はガウンを脱ぐと、黒いローブのような服をまとった。そして悪魔像を見ながら私に話しかける。
「これは、今描いている作品に必要なことなのだよ。私にとって、この館を手に入れたことは人生の重大な転機だった。人生の敗残者として終わる所だった私を救ってくれたのだよ」
私の背に氷塊が滑り落ちた気がした。彼の表情は、穏やかだが正気には見えない。どうやら佐原は、人生の苦境のためにオカルトにはまってしまったらしい。彼の精神は、昏い小道をさ迷っているようだ。作品に必要だということは、このオカルトへの傾倒を漫画に描くつもりなのだろう。描き方によっては面白くなるかもしれないが、異常すぎると掲載出来ない。
いや、それどころではない。私は、このオカルトに狂ってしまった男と、山奥の館で二人きりでいるのだ。私の身が危ないのだ。私は、ポケットに入れてある催涙スプレーに手を伸ばす。
「君は、黒ミサについてどの程度知っているかね?」
佐原は、悪魔像を見ながら訊ねてくる。ほとんど知りませんと、私は答える。
佐原は、黒ミサについて説明し始めた。黒ミサとは、カトリックのミサに対する反逆として行われたものだそうだ。サタンなどの悪魔を崇拝し、神とキリストを冒涜する。その象徴として、悪魔像を設置したり逆さ十字架をかける。
黒ミサでは祭壇代わりに女の裸体が使われ、主催者を始めとする人々が淫行や暴行に耽溺する。過激なものだと、ミサの葡萄酒の代わりに幼児の血を飲んだりするそうだ。
私は感心したふりをして聞きながら、いつでも催涙スプレーを吹きかける準備をしていた。この変質者に殺されたくはない。佐原との距離を測りながら身構える。
入口の扉がノックされた。私は、思わず飛び上がりそうになる。そんな私に気を止めずに、佐原は入りなさいと言う。扉が開き、二人の女が入ってきた。
一人は若い大人の女、もう一人は少女だ。二人とも背に翼のような物が付いていた。よく見ると、頭に角が生え尻に尻尾が付いている。ボンテージ風の露出度の高い黒服を着ている。漫画やゲームで見かける女悪魔のコスプレのようだ。
私は、拍子抜けしそうになった。新たな者の登場に緊張していたら、馬鹿げた格好の女が入ってきたのだ。だが、私は緊張を取り戻す。彼女たちは佐原と組んでいるようだ。何をしでかすか分からない。
「さあ、黒ミサを始めよう。用意は整った」
佐原は、金色のゴブレットに瓶から赤い液体を注ぎ始めた。四人分そろえると、全員に渡す。佐原は、その赤い液体に浸したパンを配る。佐原の合図で、彼らはパンを食べて液体を飲み始める。私は、得体のしれない物を飲む気は無い。三人は私を見て苦笑している。
「それはおかしな物ではないわ。葡萄酒の代わりに飲む物よ」
悪魔のコスプレをした若い女が言った。その艶やかな声に陶然としそうになるが、私は飲むことを拒否する。その女は、少し困ったように私を見る。
私は女の顔を見て驚いた。めったに見ることが出来ないほどの美女だ。単に顔立ちが整っているだけではなく、その顔の造りは異界の存在であるかのような非現実さがある。非現実的な美しさと言ったらいいだろうか?
私は首を振る。この異様な環境で感覚がおかしくなっているのだ。この女は肌が青いが、メイクか照明によるものだろう。瞳孔が赤いが、これはカラーコンタクトをはめているのだろう。本物の悪魔であるはずが無い。
気が付くと、私は女に抱きしめられていた。暖かく柔らかい感触が、私を包んでいる。女から漂う香水の香りが、私の中に侵食してくる。私は動揺する。警戒していたのに捕まえられてしまった。だが、なぜか穏やかな感情が私の中に広がる。
「さあ、黒ミサを続けましょう。そうは言っても、神やキリストを冒涜する気は無いけれどね」
女は、佐原にそう言う。主催者である佐原は、黒ミサを進めた。
「私の名前はシャーロン。あなたの名前を聞いていいかしら?」
私は陣内龍彦だと名乗る。
「龍彦と呼んでいいかしら?黒ミサと言っても危険なことはしないからね。気持ち良くしてあげる」
そう言うと、シャーロンと名乗った女は私の口を口でふさいだ。口の中にぬめる感触が侵入してくる。同時に、彼女の口の甘い香りが鼻をくすぐる。私は、無意識のうちに彼女の舌に応える。
シャーロンは私の頭をなでると、自分の胸に引き寄せた。柔らかい肉が私の顔を覆う。胸の谷間からは甘い匂いがする。私は、頭をなでられながら胸に顔を埋め続ける。緊張感がゆっくりと溶けていく。
自然な動作で私の頭は引き離されていた。彼女は嫣然と微笑むと、私の前にひざまずく。私の腰に手を当てると、唇でスラックスのファスナーを引き下ろす。ベルトを手で外してスラックスを引き下ろし、トランクスの上から私のペニスを愛撫する。勃起しているペニスが押し上げているトランクスを、口で咥えて引き下ろした。
「本当に元気ね。いいことよ」
悪魔の姿をした女は、私のペニスにキスをした。亀頭、くびれ、竿と繰り返しキスをする。
「あなたのおちんちんを見ていると興奮してくるわ。キスマークを付けたくなるのよ」
そう言うと、私のペニスに吸い付く。そうした後、愛おしそうにペニスに頬ずりをする。キスと頬ずりをくり返しながら、彼女がはめている手袋を外す。指を舐めて湿らせると、私の陰嚢をくすぐる。
「あなたは私の胸ばかり見ているのね。それならこうしてあげる」
シャーロンは、胸を辛うじて覆う服をずらした。ツンと尖った乳首がむき出しになる。その尖った物で私のペニスをくすぐる。そうして嬲った後、私の物を胸の谷間に挟み込んだ。谷間に唾液を垂らすと、ゆっくりと上下に胸を動かして愛撫し始めた。
私は、うめき声を抑えられなかった。たぐいまれな美女が豊かな胸で私に奉仕しているのだ。ペニスの先端からカウパー腺液が漏れ始めると、彼女はねっとりと舐め始めた。私の限界はすぐに来てしまう。
「出そうなのね。飲んで欲しいの?それとも顔や胸に出したい?」
飲んでくれと、辛うじて言う。その瞬間に、私の亀頭は彼女の口中に包まれる。
私のペニスは、女悪魔の口中で弾けた。精液が留まることなく出てしまう。彼女は、喉を鳴らしながら液を飲み下していく。そして頬をくぼめながら液を吸い出す。強い吸引に耐えられず、私の腰は激しく震えてしまう。
出し終わった後、私は深いため息をついた。彼女もペニスから口を離し、深く息をつく。その瞬間に、精液特有の刺激臭が立ち上る。彼女は、笑みを浮かべながら私を見上げる。
ふと、私は辺りを見渡した。私の右前方で驚くべきことが起こっている。佐原は、悪魔の格好をしている少女にペニスをしゃぶらせているのだ。私は、快楽の余韻から引き離される。老人が幼い少女を犯しているのだ。
ペニスにぬめる感触がして、私はシャーロンに意識を引き戻される。彼女はペニスに吸い付いていた。
「あの娘のことは気にしなくていいわ。見た目通りの年では無いのよ」
そんなバカなことが有るかと言いかけたが、彼女の舌と胸の愛撫により言葉が引っ込む。
「気持ち良かったかしら?でも、これで終わりでは無いのよ。もっと、気持ち良くしてあげる」
そう言うと、彼女は私の後ろ側に回った。尻に手がかかり、広げられる。
私は声を上げてしまった。私のアヌスにねっとりとした感触が走ったのだ。私は振り返ってシャーロンを見る。彼女は、私の尻に顔を埋めてアヌスを舐めているのだ。
「どう、お尻の穴を舐められた感想は?病みつきになるかもしれないわよ」
私のアヌスに快感が走り続ける。表面を舐められたかと思うと、中に舌がもぐり込んでくる。そうしながら右手で私のペニスをさすり、左手で陰嚢を愛撫する。射精したばかりのペニスは、もう固くなっていた。
「ねえ、この毛皮の上に横になってくれないかしら?あなたと一つになりたいのよ」
シャーロンはそう言うと、床に敷かれている毛皮を手で示した。私は逆らう気が起こらず、熊と思しき毛皮の上に仰向けになる。彼女は私の腰の上に乗る。
「そのまま楽にしていてね。私が動くから」
彼女はゆっくりと腰を下ろした。私のペニスは、彼女の中に飲み込まれていく。暖かく濡れた物が私の物を包んでいく。その柔らかい物は私の物を愛撫する。
女悪魔は、私の上で円を描くように腰を動かしていた。その動きは、私に悦楽を与える巧みな動きだ。熟練の風俗嬢でもかなわないような動きであり、私の体を快楽で支配する。私は逆らうことが出来ない。
「ごめんなさい。私もがまん出来なくなってきたわ」
彼女は、体を震わせながら言う。彼女の中からは暖かい液がわき上がってくる。私の限界も近づいてきた。このままでは中に出してしまう。出そうだと伝え、どいてくれるように頼む。
だが、彼女は微笑むと、私の物を締め付けた。柔らかい肉が渦を巻きながら私を締め付ける。私は耐えることが出来ない。
私のペニスは再び弾けた。女悪魔の中に精液を撃ち出してしまう。ペニスから腰へ、腰から背中へ快楽が走り抜けて頭頂に叩きつけられる。私は声を上げてしまう。彼女も声を上げている。私たちは共にけいれんしている。
気が付くと、シャーロンは私を抱きしめていた。私に頬ずりをしながら耳を舐めている。
「気持ち良かったかしら?危ないことは無かったでしょ」
彼女の熱い息が耳にかかる。
「これからもよろしくね」
黒ミサが終わった後、私は佐原とシャーロンから説明を受けた。シャーロンたちは、異世界から来た魔物なのだそうだ。シャーロンはデーモンという種族、彼女の部下である少女はデビルという種族だ。この世界との間に門が開いており、こちらの世界に移住するための段取りを組んでいる最中なのだそうだ。
彼女たちは、十年前にこの呪われた館を見つけると、力を使って無害化した。そしてこの館を根拠地の一つにしたそうだ。そこへ佐原がのこのことやってきた。彼女たちは、佐原を味方に取り込んだそうだ。
私は、初めは話を信用しなかった。異世界から来た存在など馬鹿げている。それこそ漫画だ。だが彼女たちは、自分の力をくり返し私に見せた。シャーロンは、自分の体を私にたっぷりと味合わせた。それで私も、信用せざるを得なくなった。
彼女たちの勢力は、すでに日本に広がっている。政府とも、秘密裏に交渉中なのだそうだ。私の勤めている出版社は、彼女たちの支配下にあるのだそうだ。私のことは、とっくに調べ上げているらしい。私にも協力者になって欲しいと言っている。
私は、この要求にすぐには答えなかった。話が突拍子すぎる。だが結局は、彼女たちの協力者となった。シャーロンの色仕掛けに屈してしまったのだ。彼女に快楽をたっぷりと与えられてしまったのだ。
シャーロンは、この世界を変える計画も練っているそうだ。
「私たちの世界にも問題はあったけれど、この世界の問題はもっと根深そうね。私たちが暮らしやすくするためにも、変えなくてはならないわ」
彼女は、この館にまつわることについて話した。佐原の説明は本当のことであるらしい。かなり陰惨なことがあったらしく、具体的なことはぼやかしていた。だが、この館は、強圧と狂気の中心だったことは確からしい。
シャーロンは、この館の主人たちの死についても教えてくれた。三代とも麻薬中毒でおかしくなって死んだそうだ。オカルトは麻薬が絡むことが有る。三人とも麻薬を使って儀式を行っており、その結果狂ったのだ。シャーロンたちは、この館に残された資料からそれを知った。
「他の国、他の世界に干渉すべきではないと言う意見があるわ。でも、その結果、陰惨なことを放置することになるけれど、それでいいのかしら?私はそうは考えないわ」
私は、彼女に反論出来なかった。
私は、編集部で佐原の原稿のチェックをしていた。かつての凄味が戻っている原稿だ。それでいて問題のある個所は無い。シャーロンの部下であるデビル、アラベラが佐原のアシスタントをしているのだ。彼女は、佐原の暴走を食い止めているのだ。
館で見せつけられたが、佐原はアラベラに頭が上がらない。
「もう、人に迷惑をかけちゃだめだと言ったでしょ!迷惑をかけた人たちに、ちゃんと償いをしなければいけませんよ」
「ごめんよう、アラベラちゃん」
こんなやり取りを、佐原は孫みたいに見える少女とやっているのだ。こっけいなのか、奇怪なのか分からない。佐原は、「ロリコン地獄」に堕ちたようだ。私は笑ってしまう。
「何を笑っているのかしら?」
私の肩を柔らかい手が抱いた。振り返ると、人間に擬態しているシャーロンがいた。
彼女は出版社の筆頭株主であり、こうして自由に出入りすることが出来るのだ。最近は私と同棲しており、館はアラベラにまかせている。
何でも無いと言うと、そんな訳は無いでしょと言われてしまう。
「この連載も、あと三回で終わりね。次の作品もストーリーは出来ているからね」
佐原の次の作品は、人間と悪魔の秘密の関係を描くものだ。佐原とアラベラの関係をモチーフにしている。もっとも主人公たちの年齢は変えるつもりだ。さすがに老人と少女の関係を描くことはまずい。
「今日は、そろそろ切り上げましょう。帰ったら、分かるでしょ?」
悪魔は、私の耳元で熱くささやく。私はそれに抗うことは出来なかった。
18/03/04 21:13更新 / 鬼畜軍曹