読切小説
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宝を受け継ぐ資格
 石造りの室内には、窓から日が差していた。室内を黄色く照らし、殺風景なさまを和らげる。室内には、家具はほとんどない。石造りの寝台があるくらいだ。藁と毛皮を乗せている寝台の上には、男と女が交わりあっている。
 男は、寝台にあおむけに横たわっている。無精ひげを生やした険しい顔立ちの男だ。荒々しい感じはするが、その眼光に力は無い。その男の上には、女がまたがっている。鋭角的な顔立ちは整っており、その目は猛禽を思わせる。女は口の端を釣り上げ、男の上で激しく腰を動かしている。
 女は、人間では無い。顔や胸、腹は人間のものだ。だが、背には鷲の翼を持ち、茶色と白色の羽根が付いている。男を抑える手は、鳥の足と同じ形をしている。男の腰にまたがる足腰は、金色がかった茶色の獣毛が生えている。南方の動物を見たことのある者ならば、その下半身は獅子のものだと分かるだろう。人ならざる女は、獣じみた貪欲さで男を貪る。
 室内には性臭が充満している。精液と愛液の臭いが、汗で濡れた男女の体臭と交わりあっている。室内が石造りの殺風景な物であるために、その濃厚な臭いは際立つ。繰り返し交わり合った男女の臭いは、他の者が嗅いだらむせ返るだろう。
 男は、魔物の女から与えられる快楽にうめく。はっきりしない頭で、今の境遇に至った経緯を思い出していた。

 アルナルドは盗賊だった。街道を通る商人を襲撃する盗賊団にいた。元兵士で戦場経験もあることから、盗賊団に拾われたのだ。商人を襲撃する場合は、戦闘を覚悟しなくてはならない。商人は武装することが当たり前であり、兵士並みの戦闘力を持つ者も多い。集団で行動する者も多い。商人を襲う者は、兵士と同等の戦闘力が必要なのだ。
 アルナルドは、商人を襲撃する際に失敗した。商人の荷馬車に隠してあった金貨に注意を奪われたのだ。戦闘途中に床の一部がずれた。その中には、金貨の袋が入っていた。金貨に目を囚われていたために、商人の槍を左腕に受けたのだ。右手で一掴みの金貨を奪うと、荷馬車から逃げ出した。
 盗賊団は、負傷したアルナルドを見殺しにして逃げた。アルナルドは商人たちに殺されそうになったが、草地に逃げ込んで助かった。その草地は複雑な地形で、所々に穴やくぼみ、溝がある。事前に下見をしていたアルナルドは分かっていた。だが、商人たちは分からず、穴や溝にはまっていた。
 盗んだ金貨のおかげで、医者に治療してもらえた。だが、元通りに腕を動かすことは出来ないと言われた。腕に障がいを持った状態では、他の盗賊団に入ることは出来ない。兵士として働くことも出来ない。まっとうに暮らそうとしても、アルナルドは技術を持っていない。だとすれば、工事現場の下働きや荷担ぎをすることになる。それも、腕に障がいがあるならば難しい。
 しばらくは、盗んだ金貨で暮らすことが出来る。だが、先は見えている。酒に逃げる生活の中で、彼は一つの話を思い出した。
 盗賊団が荒らしていた街道から東に行った所に、街がある。アルナルドは、そこにいる。以前暮らしたことがあるために、土地勘があるのだ。彼は、その街にまつわる話を思い出した。この街の北にある山に、古代の遺跡があるという話だ。古代の財宝もあるそうだ。
 この話は、盗賊団にいた時に聞いた。盗賊団の一員に、遺跡や財宝について詳しい者がいた。その男から聞いたのだ。
 その男によると、古代には巨大な帝国が栄えており、この辺りの地方は帝国に支配されていたそうだ。帝国は滅亡したが、滅亡寸前に財宝が隠されたそうだ。その一つは、街の北にある山中の遺跡に隠されたそうだ。
 アルナルドは、笑いながら聞き流した。その男は、ホラ吹き呼ばわりされているからだ。隠された遺跡にある財宝の話など、信用できない話の代表格だ。第一、この街で暮らしていた時に、遺跡や財宝の話など聞いたことが無い。
 ただ、酒を飲みながら先の無い人生について考えていると、ついその話に乗ってみたくなる。ホラであることを承知で試してみたくなる。
 アルナルドは、だめで元々のつもりで財宝について調べ始めた。

 街の市場を歩き、買い物をしながら人々に尋ねていった。市場は、情報が最も集まる所だ。山に関することを知っている者もいる。だが、成果は無い。岩ばかりの山であり、特に取れる者は無い。山師もあきらめた山だ。そんな所に関心を持つ者はいない。遺跡の話など、全く出なかった。
 酒場で酒を飲みながら、人に話を聞いてみた。酒場も情報の集まる所だ。だが、こちらも芳しくはない。一攫千金を求めた山師の話が出るくらいだ。あきらめかけたところに、一人の男と話すことが出来た。
 その男は、街の役所に勤める小役人だ。過去の資料を収めている倉庫を管理しているそうだ。その男に酒をおごってやったところ、倉庫の中を見せてやって良いと言う。誰も倉庫のことなど気に留めないそうだ。過去の資料があると知り、アルナルドは倉庫の中を見せてくれと頼みこんだ。
 二日後に、アルナルドは葡萄酒の革袋を土産に倉庫へ行く。倉庫は、役所の敷地の片隅にあった。灰色の石で出来た建物であり、丈夫そうだが目立たない建物だ。役人は、アルナルドから酒の袋を渡されると、嬉々として中へ入れた。
 倉庫の中には、街の過去の遺物が収められていた。掃除をきちんとしているらしく、埃はかぶっていない。行政や商業活動の記録を書き記した書類、有力者の日記、学者の研究記録、祭祀に使われた道具、武器や農具の技術改良の過程で作られた見本、昔の街の姿を描いた絵、そしてこの地方の各所の地図だ。アルナルドは地図に興味を持ち、見せてもらう。その中に、山の地図が何枚かあった。アルナルドは、一枚の地図に注目する。
 その地図には、遺跡らしき物を示す絵が山の中に描いてある。字も書かれているが、アルナルドには読むことは出来ない。彼は、初歩的な読み書きを教わっただけだ。ただ、教えてくれた神父の教会で、その字と似たものを見た気がする。だが、はっきりとはしない。
 アルナルドは、役人にその地図について聞く。その地図にかかれている文字は、古代の帝国で使われていた文字だと、役人は教えてくれた。意外なことに、その役人には学があった。その役人によると、古代の遺跡を記したとされる地図は、時折出没するらしい。ただ、大抵の物は、後世に作られた偽物らしい。この地図もその一つだそうだ。
 アルナルドは、話を聞きながらため息をつきそうになる。ホラ吹き盗賊の話の出どころは、この地図かその同類だろう。
 山に遺跡は無いはずだと、役人は言う。二十年前に、山をしらみつぶしに調べた山師がいる。だが、遺跡など見なかったと、その山師は言ったそうだ。
 アルナルドは、その山師に会いたくなった。役人によると、山師はこの街にまだ住んでいるそうだ。アルナルドは、その住所を教えてもらう。山師は飲んだくれであり、酒を土産に持って行けば話をしてくれるそうだ。
 アルナルドは、懐に入れていた羊皮紙と木炭を取り出し、地図を書き写す。それが済むと、役人に礼を言って倉庫を出た。
 次の日、アルナルドは教えられた山師の家を訪ねた。街の北側にある寂れた地域にある家だ。山師の家は、壊れた所の目立つ木造の家だ。山師は、初めは胡散臭そうにアルナルドを見る。だが、アルナルドが葡萄酒を渡すと、破顔して彼を迎え入れた。
 山師は、二十年前に金か銀が出ないかと、山をくまなく探ったそうだ。だが、出なかった。遺跡のことも聞いたが、そんなものは見なかったと言う。アルナルドは、無駄を承知で山に入ってみようとする。そこで、山師に山のことを色々と訪ねた。山師は、酒を飲みながら機嫌良さそうに話してくれた。そして、自分の描いた山の地図をくれた。
 その山師の風体から、アルナルドは地図と話にあまり期待していなかった。だが、地図は緻密であり、話は細部にわたって具体的だ。そして、今まで集めた山の情報ときちんとあっている。その山師を信じて、アルナルドは山に入ることにした。
 一度目は、山師の地図と山が合っているかを探ることが目的だ。その結果、山師の地図は正確な物だと分かった。二度目は、役所の倉庫の地図と山師の地図を照らし合わせるために入った。その結果、役所の地図が示している場所を推定することが出来た。
 三度目の入山こそが、遺跡を見つけるためのものだ。

 二度の入山で、必要な準備、時間、労力は、大体分かっている。探索する場所にたどり着く経路も分かり、その途中の状況や休憩場所も分かっている。アルナルドは、早朝に出立した。
 もっとも、三度目の入山で遺跡が見つかるとは、アルナルドは考えていない。山師が見つけられなかったことから、隠されている可能性が高い。役所の地図で示された辺りを、繰り返し探すことになるだろう。
 岩ばかりの山であり、滑り落ちたら危険な所だ。ただ、高度はそれほどなく、なだらかな登りが多い山だ。注意をすれば、素人でも登ることが出来る。そういう場所でなければ、遺跡となる建物を造ることは難しいだろう。この岩山には、花崗岩が数多くある。遺跡となる建物を作る素材はあるわけだ。
 アルナルドは、槍を持ってきている。二度の入山の時は、槍を持って登ることは無理だと考え、小刀を懐に入れていた。だが、槍を持っても登ることが可能だと分かり、今回は槍を持ってきた。アルナルドは槍兵として戦ってきた。盗賊だった時も槍を使っていた。左腕に障がい持ったために、槍兵としては弱くなった。だが、いざ自分の身を守るためには、やはり使い慣れた槍が頼りだ。
 山の中は、岩の間を吹く風の音が響く。時折、鳥の羽ばたく音と鳴く音が交差する。それらを耳にしながら、アルナルドは山を歩く。軍隊にいた時に叩き込まれた、規則正しい歩き方を几帳面に行う。
 役所の地図が示す地点に差し掛かる。この周辺を繰り返す探索することになるだろう。アルナルドは苦笑する。こんなことは、単なる気晴らしに過ぎない。先の無さをごまかす行為でしかない。彼は、流れる汗を服の袖でぬぐいながら笑う。
 岩の間をくぐり抜けると、開けた場所に出た。アルナルドは歩きを止める。無言のまま立ち尽くす。彼の顔からは表情が消えている。ただ、目の前の物を見つめ続けている。
 アルナルドの視線の先には、花崗岩で出来た建物があった。柱廊が並ぶ、現在では造られていない様式の建物だ。しっかりとした造りであり、荘厳さを感じさせる。だが、所々崩れており、年月に晒されていることを示す。白い花崗岩で出来た廃墟は、日の光に照らされていた。
 アルナルドの肌が粟立つ。その肌の上を冷たい汗が流れる。話がうますぎる。アルナルド歯を噛みしめる。地元ではほとんど話に上らず、精密な調査をした山師も見つけられなかった遺跡だ。それが、少し調べただけのアルナルドが見つけたのだ。兵隊として戦場経験があり、盗賊として働いていた身では、このうますぎる話を受け入れることは出来ない。
 視界の左上に大型の鳥が入る。アルナルドは、弾かれたように見る。岩山の上に立つ鳥が、彼を見下ろしている。あれは鳥なのか?アルナルドはじっと見る。翼を持っているが、人のような形をしている。魔物か!アルナルドは、声に出さずに叫ぶ。
 翼を持つ魔物は、岩山から飛び立つ。そのままアルナルドに向かってくる。鷲を思わせる素早さだ。アルナルドは逃げることを断念し、腰をかがめて槍を構える。目の前に迫る魔物に槍を突き出す。魔物は避けると、アルナルドのすぐ頭上を過ぎる。彼が振り向くと、魔物はすでに迫っている。
 アルナルドは槍を突き出す。槍の先が魔物の左腕をかすめる。激しい衝撃が彼に叩きつけられる。アルナルドは地面に倒される。魔物のかぎ爪の付いた手は、槍ごと彼を抑えている。彼は振り払おうとするが、人間離れした力で抑え込まれる。金色の双眸がアルナルドを突き刺す。
 魔物は槍を奪い取ると、後方へ放り投げる。固い音が響き、槍は地面を転がる。アルナルドの右頬に雫が落ちる。魔物の左腕から滴る血だ。彼の頬を赤く染める。
 囚われたアルナルドは、魔物の双眸をにらみつけることしか出来なかった。

 部屋の中には水音が響く。翼を持つ魔物女は、アルナルドのペニスをしゃぶっている。繰り返し交わり続けたため、ペニスは精液と愛液の混ざり合ったもので汚れていた。だが、彼女は、嫌がるそぶりも見せずにしゃぶり続ける。いったん口を離すと、豊かな胸で挟み込む。そして胸でペニスをしごきながら、ペニスの先端に吸い付く。
 アルナルドは、魔物女に囚われてから、こうして性の交わりを強要されている。魔物女は、彼を貪欲に貪る。アルナルドが果てても、ペニスをしゃぶり上げて無理やり立たせる。そして交わり続けるのだ。
 魔物女の名はアガティという。種族はグリフォンだ。人間の体に、鷲の翼と獅子の下半身が合わさった魔物だ。遺跡を住みかとし、財宝を守ることを使命とする魔物だ。アガティは、この古代帝国の遺跡に住み着き、財宝を守っているのだ。
 グリフォンは、人間が遺跡を訪れると襲いかかる。ただアガティの場合は、人間を襲う必要はほとんど無い。遺跡は、岩山の中に巧みに隠されている。様々な岩をどけないと、遺跡を見つけることは出来ない。しかも、古代の魔術により障壁や目くらましが働いている。だからこそ、岩山で緻密な調査をした山師でも見つけることが出来なかったのだ。
 アルナルドが遺跡に入ることが出来たのは、アガティが誘導したからだ。岩をどけ、魔術の障壁と目くらましが一時的に働かないようにした。アルナルドを捕らえるために、そうしたのだ。
 性臭の充満する室内で、アガティとアルナルドは交わりにのめり込み続ける。アガティは、ペニスを執拗にしゃぶり、胸でしごく。ようやくしゃぶることを止めた時は、唾液に濡れて光るペニスは怒張していた。
 獅子の下半身を持つ魔物女は、アルナルドの腰の上にまたがる。その濡れそぼったヴァギナに、ペニスを飲み込む。その瞬間に、魔物女は歓喜の声を上げる。翼を震わせながら、腰を激しく動かす。アルナルドは、うめき声を上げながら魔物女に応える。
 魔物女と人間男は、いつ終わるか分からない交わりを続けた。

「お前は宝を見たいか?」
 アガティは、横たわるアルナルドに言った。
 アルナルドは、うつろな目で天井を見ている。アガティの言葉に反応しない。しばらくしてから彼女を見る。怪訝そうな表情を浮かべる。
「体を洗え。その後で私についてこい」
 そう言うと、アガティは寝台から起き上がる。香草を漬けている桶の水に布を浸し、その布で情交の汚れをぬぐう。アルナルドが起き上がると、彼にも濡れた布を渡す。
「どういうつもりだ?」
 汚れをぬぐいながら、アルナルドは尋ねる。
「ここへわざわざ引き入れたのだ。今更、隠すつもりは無い」
 無造作に言うと、アルナルドが体をぬぐい終わるのを待つ。二人は、服を身に付ける。アガティは、無言のまま部屋から出る。
 不信のまなざしをアガティの背に向けながら、アルナルドはついて行った。

 アガティとアルナルドは、柱廊を歩いていた。午後の日差しが差し込み、花崗岩で出来た柱を黄色く染めている。柱は頑丈な造りであり、遺跡をしっかりと支えている。だが、風化は進んでおり、寂しげなたたずまいをしている。壁に彫られた彫刻は、所々がはがれていた。それが荒廃を際立たせる。
 遺跡を吹く風の音と、二人の足音だけが響く。鳥の声も無い。二人は無言のまま歩く。
 宝は金銀か?宝石か?寂寥感に耐えかねて、アルナルドは心の中でつぶやく。アガティはなぜ宝を見せるのだ?俺が逃げられないと思って、なめているのか?アルナルドは、声に出さずにつぶやき続ける。寂寥を誤魔化すかのように。
 アガティは、一つの扉の前に立つ。彼女は、その石造りの扉を押し開く。中は暗く、年を経た空間が広がる。アガティは、部屋にかかっている燭台のろうそくに火をつけた。奥行のある部屋が照らされる。いくつもの石の箱が、整然と並んでいることが分かる。
「開けて中を見て見ろ。中の物は壊れやすいから、注意しろ」
 アガティに促されて、アルナルドは傍にある石の箱に手をかけた。石の蓋だが、持ち上げることは出来る。うまく動かない左腕に顔をしかめながら、彼は蓋を開ける。箱の中にこもった空気にむせながら、中を覗き込む。
 中には巻物が入っていた。何十という巻物が、整然と並べて入れてある。アルナルドは、その一つをゆっくりと取り上げる。そしてアガティを見る。
「開いてみろ。破らないように慎重に開け」
 アルナルドは、言われたとおりに開く。巻物には、文字がびっしりと書き込んである。アルナルドには読めない。ただ、役所で見た地図に書かれていた文字と似ている。
「古代においては、本は巻物の形をしていた。この部屋には、五千冊の本がある。この館には、二十万冊以上の本が収められている。哲学、数学、天文学、地理学、建築学、医学、法学、政治学、歴史学、そして詩や戯曲などが書かれた本だ。それが、この館の宝だ」
 アルナルドは、部屋を見渡す。この大量の箱の中には本が詰まっており、館にはこれと同じような部屋が数多くあると言うのか?それが宝だと言うのか?彼は、呆れたように見渡す。
「古代において、一つの帝国が栄えていた。その帝国は、数多の国を滅ぼし強勢を誇った。だが、その国も滅びの時を迎えた」
 アガティは淡々と話す。
「帝国は、膨大な知識を所有していた。自分たちが創り上げたもの、他国から奪い取ったもの、はるかな昔から引き継がれてきたもの、それらの知識を所有していた。帝国滅亡の際に、彼らはその知識を各地に隠した。蛮族に破壊されないようにな。ここは、その隠し場所の一つだ」
 過去の遺産の眠る部屋で、宝の番人の声だけが響く。彼女が口を閉ざすと、部屋を沈黙が支配した。
 沈黙が続く。それは永劫に続くかと思われた。ただ、部屋の外で吹く風の音が聞こえてくるばかりだ。
 アルナルドは、何も言わずに巻物を元の場所に置いた。別の巻物を手に取り、開く。そしてまた戻す。アガティに言われたとおりに慎重な手つきだが、どうでも良さそうな態度が出ている。巻物を戻すと、彼は鼻を鳴らして嗤った。
「やはり、お前には資格は無いか」
 宝の番人は苦笑する。
 盗賊は、白けた顔で彼女を見る。
「私は、宝を受け継ぐ資格のある者を待っているのだ。宝の価値を理解し、それを活用することが出来る者を待っているのだ。この館を封じた者たちの命令に従ってな」
 宝の番人は、アルナルドを見ながら語る。だが、彼を見ながら、別のものを見ているようだ。
「いや、命令というよりは懇願だな。『自分たちが死ぬことは仕方がない。国が滅びることも受け入れよう。だが、この知の宝が失われることは、耐えられないのだ』彼らはそう言って、死んでいった」
 アガティは、沈んだ顔で言葉を紡ぐ。
 室内に沈黙が訪れた。知の眠る闇を、小さな明りが照らしている。時が堆積した部屋を乱す音は無い。ただ、遠くから風の音が聞こえるだけだ。
「私は長いこと待ち続けてきた。そして、これからも待ち続けるだろう」
 番人の声は、死者の知識が眠る部屋の中に消えていった。

 アガティとアルナルドは、部屋を出て柱廊を歩いていた。日は沈もうとしており、赤い光が遺跡と岩山を照らす。落日の中で、古代帝国の遺産は輝く。二人は声を発さない。風が吹く中を、無言のまま歩き続ける。
 不意に、アガティは言葉を紡ぐ。低く歌うように言葉を紡ぐ。彼女は、詩を吟じていた。落日の中で、古代の詩が流れる。
 田園の中で、男と女は作物を育てる。労働と生活の日々だ。その中で、二人は愛し合う。官能を示唆する言葉で、二人の愛が語られる。やがて田園は、収穫の時を迎える。豊かな実りを、二人は手にする。そして二人は、官能の中で生まれた収穫にも気が付く。
 宝の番人は、官能の詩を低くつぶやき、そして終えた。薄暗くなりつつある世界で、風の音だけが響く。
「なぜ、俺をここに引き入れた?俺に資格があるとでも思ったのか?」
 アルナルドは沈黙を破る。
「思ってなどいないさ。ただ、戯れたかったのだ」
 アガティは低く笑う。
「私は、長い時にわたってこの地を守り続けた。ただ待つことには、飽きてきたのだ。共に戯れる者が欲しいと思ったのだ」
 勝手な話だ。アルナルドは吐き捨てる。
 日は沈み、残照も消えようとしている。古代の遺跡は、闇に沈もうとしていた。
 アガティは、アルナルドを翼で引き寄せた。自分の体に抱き寄せる。鷲と獅子の体を持った女は、獣と女が混ざった甘い匂いがする。翼と女の体は、柔らかく温かい。
 アルナルドは、悪い気はしなかった。
16/12/21 22:37更新 / 鬼畜軍曹

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