人食い王と料理人
王は食事をしていた。近くには侍従や侍女が控えていた。言葉を発するものはいない。王の咀嚼音だけが響いていた。
侍従や侍女は、表情を引きつらせていた。出来ることなら、彼らは逃げ出したかった。だが許されなかった。
王の食べているものを知れば、誰でも逃げ出すであろう。王は、子供の生き胆を食べていた。
王は美食家として知られていた。珍奇なものを好んで食べていた。孔雀の舌の生焼き、駱駝の踵の煮付け、八目鰻の白子、鶯の脳髄、香油に浸した針鼠の肉。常人ならば食しようと思わぬものを食べ続けていた。
この悪食は、やがて人肉を食うことへと進んだ。不老長生のためと称し、子供の生き胆を食した。滋養のためと称し、若い娘の肉を煮込んだ吸い物を食した。精力を高めると称し、罪人の脳味噌を食した。
人は王を、人食い王と呼んだ。
侍従は、王に新しい料理人が参ったと告げた。王は、通せと短く告げた。
王は、料理人の姿を見ていぶかしんだ。見慣れぬ服を着ていた。裾の長い紺の服だった。襟元に青い飾り紐がついていた。紺の服のうえから白い前掛けをつけていた。侍女にも侍従にも、このような服を着るものはいなかった。
服も異様だが、本人も異様であった。料理人は若い女であった。それならばおかしくはない。だが、犬のような耳がついた女だった。尻からは犬の尾のようなものが垂れ下がっていた。腕からは鳥の羽のようなものが生えていた。
魔物か、と王はつぶやいた。王は記憶を探った。目の前にいる魔物はキキーモラという種族であることを思い出した。
かまわぬと王は思った。料理の腕がよければ、人でも魔物でもかまわぬ。早速王は、料理人に命じた。
人の肉で煮つけを作れ、調理場に若い女を用意している。そう王は命じた。
料理人は、人の肉よりおいしいものがございますと答えた。
場が凍りついた。沈黙が場を支配した。沈黙は永劫に続くかと思われた。
王は、静かに沈黙を破った。
ならば作ってみよ。だが、人の肉よりまずければお前を殺す。前の料理人は、犬に食わせた。お前も食い殺させる。そう静かに王は命じた。
かしこまりました、料理人は微笑みながら答えた。
王の前に料理が出された。焼かれた家鴨であった。王は笑った。お前はそれほどまでに犬に食われたいか。そう料理人に笑った。
料理人はあわてずに答えた。お待ちください。今、切り分けてご覧に入れます。料理人は、小刀で家鴨を切り分けた。
王の警護のものは、刃物を見て前へ出ようとした。王は、つまらなそうに警護のものを止めた。料理人は、動ぜずに切り分け続けた。家鴨の中が見えた。汁とともに様々な野菜がつまっていた。芳しい匂いが漂った。王の前に、切り分けられた料理が出された。王は、退屈そうに料理を口に運んだ。
王は、無言のまま食べ続けた。沈黙が支配した。王の咀嚼音以外の音はしなかった。
王は、食べることをやめた。
悪くない。そう王は答えた。今日は人を食うことをやめる。明日もお前が料理を作れ。料理しだいでは、明日も人を食わぬ。だが、まずければお前を犬に食わせる。そう王はぞんざいに答えた。
料理人は、優雅に一礼した。
王は、料理人を見た。整った顔立ちであった。目尻と頬が、柔らかそうな印象をつくっていた。胸は豊かであった。
夜伽を命ずる、来い。そう王は短く命じた。喜んで、料理人は微笑みながら答えた。
王は、娘に服を脱ぐことを命じた。娘は、静かに服を脱いだ。下着だけの姿となった。豊かな胸とくびれた腰、そして豊満な尻をしていた。服のうえから予測していた以上であった。王は、下着を脱ぐことを命じた。胸の赤い突起があらわとなった。下腹部の薄茶色の毛があらわとなった。王は、荒らしく服を脱いだ。無駄な脂肪のついた醜い体であった。王は、ペニスを屹立させた。口で奉仕せよと命じた。
娘はひざまずいた。王のペニスからは、濃厚な臭気がした。娘は、王のペニスに口づけをした。繰り返し繰り返し口づけをした。そして丁寧に舌を這わせ、汚れをこそぎ落とした。
王は、うめき声を漏らした。予想以上に娘は巧みであった。睾丸に吸い付き、尻穴を指でくすぐった。王は、長く持たなかった。くぐもった声を出すと、王は娘の口に白濁液を噴射した。娘は、ペニスの先端を強く吸った。噴射を促した。噴射が終わると、中に残っているものを吸い出した。
娘は、濡れた唇を舐めた。そして微笑んだ。
王は、娘の体に覆いかぶさった。娘の首筋に舌を這わせた。汗のにおいがした。王は、娘に体を洗う暇を与えなかった。少し汚れているほうが、王の好みであった。娘の胸にかをうずめた。胸の谷間のにおいを嗅いだ。顔を腋へと移した。少し酸いにおいがした。脇に舌を這わすと、塩苦い味がした。
脇から腹へと舌を這わせた。腹から股の茂みへと舌を這わせた。すでに濡れそぼっていた。濃厚な臭気がした。濃い味がした。
王は仰向けになった。娘に上に乗り、ペニスを中に迎え入れよと命じた。娘は、素直に従った。王のペニスを、中に迎え入れた。娘の中は、温かかった。そして強く、やさしく王のものを締め付けた。王のペニスはほぐされていった。ペニスだけではなく、王の存在そのものがほぐされているようであった。王はうめいた。そして白濁液を、娘の中に噴射した。一度目に劣らぬ量であった。王は目を瞑った。久方ぶりに楽しめた。娘は、優しく王の体をさすっていた。
キキーモラである料理人は、王のお気に入りとなった。料理人は、様々な料理を王の前に出した。鱶の肉を入れた吸い物、豚肉を様々な香辛料を入れて煮込んだもの、薄く切った羊の肉を湯で通して甘いタレを付けるもの。
料理人のつくったものの中には、王が以前食したものもあった。だが、味が違っていた。王を飽きさせなかった。
料理だけではなく、夜伽も王を満足させた。様々な性技を用いた。魔物娘が性技の達人であることを、王に思い知らせた。
とは言え、危うい立場には変わらなかった。王の機嫌しだいで、料理人は犬の餌にされる。料理人が食い殺されることを狼煙として、王の食人が再会されることは明らかであった。
ある日、料理人は饅頭を王に出した。王は笑った。今日こそお前を犬の餌にしてやろう。料理人は、いつもどおり微笑みながら答えた。ご随意に。ですがこの饅頭をお召し上がりになってからにしてください。良かろう。王は笑いながら答えた。そして饅頭を口に運んだ。
饅頭の中には刻んだ豚肉と香味野菜がつまっていた。濃厚な汁とともにつまっていた。王は無言のまま食した。侍従や侍女は、王を見て驚愕した。王は、声を出さずに泣いていた。
王は、幼いころ満足に食事を取ったことがなかった。父である王と、母である王妃に疎まれていた。物心ついたころには幽閉されていた。一日に一杯の粥しか与えられなかった。栄養失調となり、同年代の子に比べ発育が遅れた。幽閉から開放された後、辺境に流された。王都の者ならば口にしない野蛮な料理を食べさせられた。王子である少年は、幾度も病と食あたりに苦しめられた。辺境を脱出し、わずかな供と逃亡生活をした。木の実や草を食して生きながらえた。
あるとき、供の者から肉を渡された。猿の肉だと言っていた。王子は、肉を貪り食った。
だが、あたりには猿は見かけなかった。あるのは、戦とそれに付随する飢饉により死んだ者ばかりであった。供の者が何を食わせたか、王子にはおぼろげにわかった。
王子は、常に飢えていた。飢えを紛らわせるものは憎しみだけであった。
王子は、反乱軍に加わった。そしていつしか反乱軍の指導者となった。血みどろの戦いの末、王子は玉座を手にした。
王となって初めに行ったことは、復讐であった。父である前王、母である前王妃を殺した。重臣達を殺した。大貴族たちを殺した。彼ら権力者に犬のように付き従ったものたちを殺した。王による粛清で殺された者は、1万を超えた。
復讐は、自国人だけに行われたわけではなかった。近隣諸国は、幾度も侵略してきた。王になる前、彼らに殺されそうになったことは1度や2度ではなかった。東の国が、5万の兵を率いて責めてきた。王は、これを打ち破った、王は、追撃を命じた。皆殺しを命じた。降伏し、命乞いをする敵兵を血まみれの肉塊へと変えた。西の国も攻めてきた。王はこれを打ち破り、2万の捕虜を得た。王は、捕虜の皆殺しを命じた。そして、耳を切り落とさせ、塩漬けにさせた。塩漬けにした耳を、西の国の王へ送った。
王は復讐を楽しんだ。だが、満たされなかった。
王は、王としての贅沢を楽しむことにした。歴代王の暮らした豪奢な宮殿で暮らした。絹と毛皮と金糸をふんだんに使った服を着た。宮廷料理人の凝った料理を食した。
王は贅沢を楽しんだ。だが、満たされなかった。
王は、国を豊かにしようとした。荒地を開墾し、田畑を増やした。河の治水工事に励んだ。新たな用水路を作った。新たな農耕器具を開発し、普及に努めた。肥料の改良に努めた。新種の作物の栽培を試みた。農耕に関する法制度や税制の改正に努めた。その結果、国は豊かになった。
王は自分の治世を楽しんだ。だが、満たされなかった。
王は飢えていた。決して満たされなかった。
王は、飢えを満たそうと美食を行った。狂ったように食した。やがて吐いた。吐いては食べ、吐いては食べた。
その狂気の暴食を続けるうちに、人肉を食す事へとたどり着いた。人肉を食うと、わずかだが飢えを忘れられた。
そして王は、人食い王と呼ばれるようになった。
人を食う以外に、わずかだが飢えが和らいだことがあった。
幽閉されていた時、味方となる者は一人しかいなかった。乳母だった。見張りの者の目を盗んだり、買収して面倒を見てくれた。
乳母は、飢えに苦しむ王子に食事を差し入れてくれた。刻んだ肉と野菜の入った饅頭であった。
王子は、餓鬼のように貪り食った。乳母は、自分の乳飲み子を痛ましげに見ていた。
やがて乳母は消えた。後になって、母である王妃の命によって殺されたことを知った。
王は、饅頭を食し終えた。無言のまま席を立ち、部屋から出て行こうとした。
今夜の夜伽はいかがなさいますか。料理人にして愛妾たるキキーモラはたずねた。
今日は、要らぬ。王は短く答え、部屋から出て行った。
それから少しして、料理人は王に呼ばれた。
子が出来たそうだな。王は短く質問した。
はい、陛下の子でございます。料理人は、腹を撫で、微笑みながら答えた。
でかした。王は静かに答えた。
だが、予の元では育てられぬ。王は言い放った。
お前は気づかぬのか?予を殺す企みを。王は笑った。
逃げましょう。料理人、いや妻は言った。
お前達だけ逃げよ。予も一緒に逃げれば、お前達まで殺される。
王は、部屋の壁へ妻を連れて行った。壁には秘密の通路の入り口があった。入り口を開け、妻を押し込んだ。妻の手に、重い袋を渡した。
この金で、お前と子の暮らしをまかなえ。
表情を歪める妻に、王は笑いかけた。
子にはうまいものをたくさん食わせてやれ。
王は続きの言葉を飲み込んだ。
この子を愛してやれ。
王は、妻の体を押した。入り口を閉めた。ゆっくりと歩き、椅子へと戻った。
人の駆ける音が響いてきた。激しい音をして、扉が開けられた。刀を持った者達が押し入ってきた。
無礼者!王は怒鳴った。
この部屋は、お前達下賎の者の入るところではない。早々に立ち去れ!
答えは刀であった。王の体に幾本もの刀が突き立てられた。
人食い王よ、地獄へ落ちよ!叛徒達は叫び、刀を王に突き立てた。
王の体は、血まみれの肉塊へと変わった。叛徒達は、それでも厭き足らず刀を突き刺し続けた。
その料理店は、国の西部にある都市にあった。小さいながら繁盛していた。店は、一人のキキーモラによって切り盛りされていた。安い値段で旨い飯が食える店だった。料理の旨さに加え、キキーモラの魅力が店を繁盛させていた。愛嬌のある顔と犬のような耳の組み合わせは、客を魅了した。歩くたびに揺れる大きな尻尾は、男女を問わず人の目を引いた。町の人は頻繁に飯を食いにきた。遠くの町から来た行商人は、また食いに来ることを笑いながら約束した。料理人は、笑顔で答えた。
料理人が厨房で仕込みをしていると、一人の少年が飛び込んできた。
母さんただいま、おなかすいた!少年は朗らかに叫んだ。
お帰りなさい。でも、ご飯は夕方まで待ちなさい。料理人は笑いながら答えた。
待てないよ、何か頂戴!少年は叫んだ。
困った子ね。少年の母は、陶製の容器を開けた。中には饅頭が入っていた。
これを食べなさい。母は、子に差し出した。
子は、満面に喜びをあらわにした。母にとがめられ手を洗うと、早速饅頭にかぶりついた。中には刻んだ肉と野菜がつまっていた。肉汁が少年の口を汚した。
この饅頭好き!少年は笑いながら言った。
これはね、お父様の好物だったのよ。母は答えた。
子は無邪気に笑った。口を汚しながら笑った。その笑いは、少年の父が出来なかった笑いだった。
14/02/06 03:32更新 / 鬼畜軍曹