よるのおに
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが鳴り響く。外の景色は完全な青とも言えないが、赤く染まりきったとも言えない絶妙な色を示していた。
教室の中はガヤガヤと騒がしく、友人と話す者の姿や、掃除の準備を始める者、部活へと向かうのか鞄を背負いすぐさま教室から出ようとしている者と様々な姿が見られる。
教室から出ようとしていた男子の後ろから声が掛けられた。
「八木くん、今日は天文部に顔出すの?」
「木下さんか、今日はバイトもないから参加するつもりだよ」
落ち着いた、それでいてしっかりと聞き取れる声で女子生徒が話しかける。その女子生徒はともすれば血色が悪いとも見られるほど肌白で、長髪の黒髪を携えている。よくよく見れば驚くほど顔が整っていて相当の美人であることに気がつくだろうが、本人の纏う落ち着いた雰囲気と、変化することのない表情からかパッと見ではそのような印象を抱かせることはない。
声を掛けられた男子生徒は驚いた様子もなく、いつも通りかのように返事をする。事実、慣れたものなのだろう。二人はそのままとりとめもないことを話しながら廊下を歩き続け、天文部と書かれた扉を開けて中に入った。
部屋の仲には既に先客がいた。椅子に腰掛けて雑誌を読んでいた彼は扉の開けた音に反応したのか、入口に立つ二人の姿を確認すると声を掛ける。
「よーっす、八木下は今日もご一緒かい?仲良いねー、お二人さん!」
「八木下はやめてくれよ。早いな立本」
「立本くんお疲れ様」
部屋の中には星座が描かれたポスターが壁に張られている他、天文関係の雑誌や図鑑が詰め込まれた本棚、天体観測用の望遠鏡が雑多に置かれている。立本と呼ばれた男子生徒の近くには封の開けられたビニール袋が落ちていて、彼の読んでいる雑誌は最新刊なのだろう。雑誌のとあるページを開きながら、近寄ってきた二人に声を掛ける。
「なな、八木下はニュース見た?」
「僕は見てないな」
「私は見たよ。今日の夜に流星群が観測できるんだっけ?」
「そそ、今日届いた最新刊に詳しい情報が載っててな。8時50分に北北西の空に流星群が見えるらしいぜ!部活終わって飯くったら皆で見に行こうぜ!」
「お、良いね。それなら8時半ぐらいに公園かな」
「どうせ部員は私達3人だけだしね」
どうにも、この学校の天文部は彼等3人のみで構成されている。それは悲しい事実ではあったが、急な予定にも全員で行動しやすいことを示しており、流星群の観測は部員全員で行うことができそうだった。
───8時25分。待ち合わせの公園には男子生徒の姿と女子生徒、一人ずつの影があった。
「立本、こういうのはいつも10分前に着いてるんだけどどうしたんだろう」
「分からない、事故とかに逢ってないと良いんだけど」
男子生徒がスマホで時刻を確認していると、通知を知らせる音が鳴る。その画面には
『スマン!家の手伝いを押し付けられた!間に合うか分からんからとりあえず二人で観測しておいてくれ!!』
と書かれていた。
「あー…」
「どうしたの?」
「家の手伝いを押し付けられたってさ。ほら、立本の家って兄貴がいるじゃん。それじゃないかなぁ」
「…やった、二人きりだ」
「ん?どした?」
「いや、大変そうだねって」
「そうだねー。間に合えば良いんだけど。まぁ移動しておこうか」
星を観測するためにはいくつかの条件がある。この中でも大切なものの1つに周囲が暗いことと言うものがある。
幸い、二人がいる公園には街灯がないスペースがあり、そこまで移動すれば星を観測することは容易い。彼らが集合場所に公園を選択した理由であり、馴染みの場所とも言えるところだった。
「立本にはいつもの場所にいるって連絡しておいた。これでわかるはず」
「ありがと、八木くん」
「さて、後は来るのを待つだけだね」
二人は会話もせず、ただただ空を見つめていた。
彼女のことを一目みたときに、綺麗だ、とも、暗いな、とも思わなかった。ただただ、
────────夜だ、と、思った。
彼女と初めて出会ったのは高校1年で同じクラスになったときだった。特に目立つ容姿をしている訳でもない。よく見れば整った顔立ちをしていてどきりとするけど、失礼だが一目で美人だとは分からない。それでも僕は何故だか目を離すことが出来なかった。有り体に言えば、一目惚れだったのだろう。だけど、そのときの僕はそれを一目惚れと気付かず、そのまま流していた。
再度彼女の存在を認識したのは、天文部に見学に行ったときだった。そこに彼女はいた。先輩から天文部の説明を受けていたハズだが、僕の意識はすべて彼女に向けられていて、気がついたら天文部に入部することになっていた。
天文部に入ってから、特になにかがあったわけではない。同年代は僕と彼女と立本だけで、先輩は当時3年の先輩が4人。彼女は女の先輩に可愛がられて、僕は立本とバカやったり、先輩交えてバカやったり。たまには天文部らしく太陽の黒点を観察したり、夜に部員全員で公園には集まって先に星座を見つけられなくなった人が負けのゲームをしたり。
先輩が部活を引退した後は必然的に部員が僕ら3人だけになり、何をするか相談したりしながら過ごしてた。その中で一目惚れだったものが完全に恋に変わり、僕はますます彼女に惹かれていった。
明かりのない公園の中で、男子と女子が地面に座って空を眺めている。しばらく動きもなく、会話もない二人だったがふと男子が視線を下げ、彼女を見つめる。
しばらく見つめていると、それに気がついた彼女が彼と視線を合わせ
「どうしたの?」
と声を掛けた。それに対して、彼はしばらく何の返答もなく、ただただ彼女を見つめていた。
「好きだ」
「僕は、木下さんが好きだ」
「一目惚れだった」
「だから、僕と付き合ってください」
口を震わせながら、顔を赤くして、だが目を逸らすことなく見つめ、言い切った。
「うれしい」
「でも、言わなきゃいけないことがあるの」
「わたしは人間じゃない、魔物娘と呼ばれる存在」
「私と結ばれた人間は人間じゃなくなる。人としての姿を失って、私を覆う異形の存在に変わってしまう」
「人の姿に戻ることはできるけど、そんな姿に変貌してしまう。そんなの気持ち悪いでしょ?だから、やめた方がいいよ」
言葉を発している間に、いつの間にか彼女の背中には翼が生え、前進が黒い膜のようなものに覆われた姿に変貌していた。
「こんな姿、気持ち悪いでしょ?これが私の本当の姿。翼が生えてて、表面は粘液で覆われていて。こんな異形の姿でも好きなの?付き合いたいの?」
彼は、その姿を見て
「夜だ」
と、呟いた。
「やっぱり、君は夜だったんだ」
「え?」
「初めて君をみたときに、僕は木下さんのことを夜だと思ったんだ。それは間違いなんかじゃなかった。とても綺麗だ」
彼は近づいて、手を握る。
「だめ、汚れちゃう」
「大丈夫、汚れてない。こんなにも綺麗なのに。付き合ってると人間じゃなくなる?木下さんを覆い被さる異形になる?全然構わない。むしろ望むところだ。そんな程度で付き合えるならいくらでも変貌するさ。だから僕と付き合ってください。お願いします」
「うぅ…」
「だめかな?」
「よろしく、おねがいします」
夜に、一筋の光が流れていた。
授業終了のチャイムが鳴り響く。外の景色は完全な青とも言えないが、赤く染まりきったとも言えない絶妙な色を示していた。
教室の中はガヤガヤと騒がしく、友人と話す者の姿や、掃除の準備を始める者、部活へと向かうのか鞄を背負いすぐさま教室から出ようとしている者と様々な姿が見られる。
教室から出ようとしていた男子の後ろから声が掛けられた。
「八木くん、今日は天文部に顔出すの?」
「木下さんか、今日はバイトもないから参加するつもりだよ」
落ち着いた、それでいてしっかりと聞き取れる声で女子生徒が話しかける。その女子生徒はともすれば血色が悪いとも見られるほど肌白で、長髪の黒髪を携えている。よくよく見れば驚くほど顔が整っていて相当の美人であることに気がつくだろうが、本人の纏う落ち着いた雰囲気と、変化することのない表情からかパッと見ではそのような印象を抱かせることはない。
声を掛けられた男子生徒は驚いた様子もなく、いつも通りかのように返事をする。事実、慣れたものなのだろう。二人はそのままとりとめもないことを話しながら廊下を歩き続け、天文部と書かれた扉を開けて中に入った。
部屋の仲には既に先客がいた。椅子に腰掛けて雑誌を読んでいた彼は扉の開けた音に反応したのか、入口に立つ二人の姿を確認すると声を掛ける。
「よーっす、八木下は今日もご一緒かい?仲良いねー、お二人さん!」
「八木下はやめてくれよ。早いな立本」
「立本くんお疲れ様」
部屋の中には星座が描かれたポスターが壁に張られている他、天文関係の雑誌や図鑑が詰め込まれた本棚、天体観測用の望遠鏡が雑多に置かれている。立本と呼ばれた男子生徒の近くには封の開けられたビニール袋が落ちていて、彼の読んでいる雑誌は最新刊なのだろう。雑誌のとあるページを開きながら、近寄ってきた二人に声を掛ける。
「なな、八木下はニュース見た?」
「僕は見てないな」
「私は見たよ。今日の夜に流星群が観測できるんだっけ?」
「そそ、今日届いた最新刊に詳しい情報が載っててな。8時50分に北北西の空に流星群が見えるらしいぜ!部活終わって飯くったら皆で見に行こうぜ!」
「お、良いね。それなら8時半ぐらいに公園かな」
「どうせ部員は私達3人だけだしね」
どうにも、この学校の天文部は彼等3人のみで構成されている。それは悲しい事実ではあったが、急な予定にも全員で行動しやすいことを示しており、流星群の観測は部員全員で行うことができそうだった。
───8時25分。待ち合わせの公園には男子生徒の姿と女子生徒、一人ずつの影があった。
「立本、こういうのはいつも10分前に着いてるんだけどどうしたんだろう」
「分からない、事故とかに逢ってないと良いんだけど」
男子生徒がスマホで時刻を確認していると、通知を知らせる音が鳴る。その画面には
『スマン!家の手伝いを押し付けられた!間に合うか分からんからとりあえず二人で観測しておいてくれ!!』
と書かれていた。
「あー…」
「どうしたの?」
「家の手伝いを押し付けられたってさ。ほら、立本の家って兄貴がいるじゃん。それじゃないかなぁ」
「…やった、二人きりだ」
「ん?どした?」
「いや、大変そうだねって」
「そうだねー。間に合えば良いんだけど。まぁ移動しておこうか」
星を観測するためにはいくつかの条件がある。この中でも大切なものの1つに周囲が暗いことと言うものがある。
幸い、二人がいる公園には街灯がないスペースがあり、そこまで移動すれば星を観測することは容易い。彼らが集合場所に公園を選択した理由であり、馴染みの場所とも言えるところだった。
「立本にはいつもの場所にいるって連絡しておいた。これでわかるはず」
「ありがと、八木くん」
「さて、後は来るのを待つだけだね」
二人は会話もせず、ただただ空を見つめていた。
彼女のことを一目みたときに、綺麗だ、とも、暗いな、とも思わなかった。ただただ、
────────夜だ、と、思った。
彼女と初めて出会ったのは高校1年で同じクラスになったときだった。特に目立つ容姿をしている訳でもない。よく見れば整った顔立ちをしていてどきりとするけど、失礼だが一目で美人だとは分からない。それでも僕は何故だか目を離すことが出来なかった。有り体に言えば、一目惚れだったのだろう。だけど、そのときの僕はそれを一目惚れと気付かず、そのまま流していた。
再度彼女の存在を認識したのは、天文部に見学に行ったときだった。そこに彼女はいた。先輩から天文部の説明を受けていたハズだが、僕の意識はすべて彼女に向けられていて、気がついたら天文部に入部することになっていた。
天文部に入ってから、特になにかがあったわけではない。同年代は僕と彼女と立本だけで、先輩は当時3年の先輩が4人。彼女は女の先輩に可愛がられて、僕は立本とバカやったり、先輩交えてバカやったり。たまには天文部らしく太陽の黒点を観察したり、夜に部員全員で公園には集まって先に星座を見つけられなくなった人が負けのゲームをしたり。
先輩が部活を引退した後は必然的に部員が僕ら3人だけになり、何をするか相談したりしながら過ごしてた。その中で一目惚れだったものが完全に恋に変わり、僕はますます彼女に惹かれていった。
明かりのない公園の中で、男子と女子が地面に座って空を眺めている。しばらく動きもなく、会話もない二人だったがふと男子が視線を下げ、彼女を見つめる。
しばらく見つめていると、それに気がついた彼女が彼と視線を合わせ
「どうしたの?」
と声を掛けた。それに対して、彼はしばらく何の返答もなく、ただただ彼女を見つめていた。
「好きだ」
「僕は、木下さんが好きだ」
「一目惚れだった」
「だから、僕と付き合ってください」
口を震わせながら、顔を赤くして、だが目を逸らすことなく見つめ、言い切った。
「うれしい」
「でも、言わなきゃいけないことがあるの」
「わたしは人間じゃない、魔物娘と呼ばれる存在」
「私と結ばれた人間は人間じゃなくなる。人としての姿を失って、私を覆う異形の存在に変わってしまう」
「人の姿に戻ることはできるけど、そんな姿に変貌してしまう。そんなの気持ち悪いでしょ?だから、やめた方がいいよ」
言葉を発している間に、いつの間にか彼女の背中には翼が生え、前進が黒い膜のようなものに覆われた姿に変貌していた。
「こんな姿、気持ち悪いでしょ?これが私の本当の姿。翼が生えてて、表面は粘液で覆われていて。こんな異形の姿でも好きなの?付き合いたいの?」
彼は、その姿を見て
「夜だ」
と、呟いた。
「やっぱり、君は夜だったんだ」
「え?」
「初めて君をみたときに、僕は木下さんのことを夜だと思ったんだ。それは間違いなんかじゃなかった。とても綺麗だ」
彼は近づいて、手を握る。
「だめ、汚れちゃう」
「大丈夫、汚れてない。こんなにも綺麗なのに。付き合ってると人間じゃなくなる?木下さんを覆い被さる異形になる?全然構わない。むしろ望むところだ。そんな程度で付き合えるならいくらでも変貌するさ。だから僕と付き合ってください。お願いします」
「うぅ…」
「だめかな?」
「よろしく、おねがいします」
夜に、一筋の光が流れていた。
18/01/06 05:15更新 / じゃっく