連載小説
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5.少年期
恵の森の奥は未だに踏破されていない場所がある
誰も奥に用がない上に、魔物も出るという噂があるので、魔物を恐れるレスカティエの民は入ろうと思わないのだ

たまに興味本位で、なにかお宝でも眠ってるんじゃないかと冒険者が探索に行っても、皆、何もなかったし何もいなかったと酒場でため息をついて愚痴るばかり

魔物がいるという噂も実際見たという人はおらず、ただの噂だと蹴り捨て、国も探索には乗り出していない

そんななにもないと言われた森の奥深くに、三人の子供の姿があった


「…なんか、あんまり変わらないわね」
「見た目はな。でもわかるだろ?」
「うん、ちょっとずつ空気中の魔力が濃くなってる…」

三人が恵の森に入って約一時間が経過した
今のところ何の異変もない
レイが周囲警戒しつつ先行し、マリーとアルが後ろからついてくる

アルもすでに説得を諦めてしっかりついてきている


「本当にあるのかな?」
「実際、魔力が濃くなってきてるんだ。恐らく魔界に近い環境になってきてる。ってことは…」
「虜の果実があってもおかしくない!!」

レイが言おうとしたことをマリーは嬉しそうに代弁する

「…まぁ、確率は低いと思うが……」
レイが小声で呟く
既にここら一帯はレイが探索済みであり、虜の果実がないことはわかっている

「あと少しで俺も調べてない場所に着く。更に魔力が濃くて行くのをやめた場所なんだ。あるとしたらそこしかないと思う。」
「う〜ん…そこを調べたら帰ろっか…遅くなるとお父様に叱られちゃうし」
マリーの提案に表情を明るくするアル

「ああ、俺もそれがいいと思う。さっさと調べて帰ろう」

レイの言葉に二人は頷くと、三人は更に森の奥へと移動した









「ちょっとまって」
レイがそういって立ち止まると、二人も続いて立ち止まった

先ほど話し合った場所から約2~3km移動しただろうか


「どうしたの?なにかあった?」
「いや…まだ調べてないってのはここらへんなんだが…」

レイは森の奥を見て訝しんでいる
マリーも森の奥をじっと見つめている

「(魔力が以前来た時よりも濃くなってる…?)」

レイの視線の先からは濃密な魔力が蓋をしているような、沸騰していまにも爆発しそうな、そんな気配が合った

「ちょっと待っててくれ。様子を見てくる」
「え、ちょ、レイ!?一人は危ないよ!」
「…私も危ないと思う…というか、もう引き返したほうがいいと思う…」

アルは声を少し荒らげてレイを止める
魔法の素養が高いマリーも、レイ同様にこの先の気配に感づいているようだ


「…もしかしたらこの先に魔物がいるかもしれない」

レイの言葉にアルは驚く
マリーも少し表情を固くした

「だ、だったらなおさら一人は危ないよ!」
「いや、マリーとアルを連れて行くほうが危険だ」

マリーとアルはレイの言葉に黙るしかなかった
確かにレイが七歳とは思えない異常な戦闘力を秘めているのは午前の狩りでもわかったのだ

「…そりゃ、私とアルが一緒のほうが足引っ張るかもしれないけど…それよりこの事を大人に知らせたほうがいいんじゃないの?」
「せめて何があるのか確認したいんだ、子供の戯言だと受け取られるかもしれないし…」

マリーとアルは心配そうにレイを見つめている


「…大丈夫だって!やばそうだったらすぐ逃げてくるよ」
レイは努めて明るく振る舞うが、二人の表情は晴れない

「…ちょっと、まって」
マリーがそう言って懐を探る
懐から出てきたのは綺麗な装飾のほどこされた刃渡り10cmほどの短剣だった

「もしかしたら魔物と出会うかもって思って、家の宝物庫から勝手に持って来ちゃったの。なにかあったら使ってね」
「…ありがとう、マリー」
そう言って素直にレイは短剣を受け取った

「気をつけてね、レイ」
「なにかあったらすぐ戻ってきてね!」
二人に見送られ、レイは「ああ」と応えると、森の更に奥へと進んでいった



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「なんかやばそうだな…」
俺以外誰もいない森のなかで一人呟く

周囲を漂う魔力は一歩進むごとに濃くなり、肌にまとわりついてくる
すでに周りに生き物の気配はなく、虫一匹見当たらない

不意に目の前になにかを感じて立ち止まった


「………なんだこれ?結界?」

目を凝らしてみると、俺の前には透明の薄い膜のようなものがあった
透明の膜はこの先一帯を覆っているようだ

「(いよいよって感じだな…)」
帰りたいと思う気持ちを抑えつつ、膜を調べてみる


「…触って平気なのか…?」

恐る恐る手を伸ばしてみる。すると…

「…あれ?」

スッ、と拍子抜けするほど簡単に通り抜けることができた
結界ではなかったのかもしれない

「…まあいっか」

考えるのをやめて俺は更に奥に進んだ









膜を抜けて数分、俺は遂に漏れだす魔力の元となる場所に辿り着いた
森の少し開けた場所で、地面には魔法陣のようなものが描かれていた

「(魔法陣のようなっていうか…魔法陣じゃないのかこれ)」
…見たことはないが、明らかに魔法陣だ。どんな意味を持つのかはわからないが…

「(この魔法陣から魔力が漏れだしているのか…)」
原因はわかった。魔法陣には詳しくないし引き返して大人に知らせた方がいいと見切りをつけ、俺は元きた道を引き返そうとした…が

「…!?な、なんだ!!?」
すると、突然魔法陣が輝き始めた
とてつもない魔力の奔流に小さな体が吹き飛ばされる

そのまま俺は地面に投げ出され、うつ伏せになりながらも魔法陣の辺りを見渡す

「(魔法陣が作用してるってことは近くに術者がいるはずなんだが…)」
しかし探してもそんな人影は一切見当たらない

「…ん?」

目を凝らして魔法陣の中心を見ると、影のような物が見える

「あれは……」

魔力の奔流が少しずつ収まり、影は少しずつ形を取る

「(人間か…?)」


やがて魔力が収まり、辺りは打って代わって静寂に包まれる
先程まで漂っていた濃密な魔力は嘘のように消え失せていた

先ほどまで輝いていた魔法陣は光を失っていたが、その代わりに、輝くような美しさの人間のような者がいた

漆黒の長い髪をなびかせ凛とした表情の上に輝く琥珀の瞳、鋭利な刃物を思わせる鋭い美しさがその者にはあった
男が泣いて喜ぶような抜群の肢体は見るものに興奮を超えて畏敬の念すら覚える者もいそうだ

しかし、あいつには決定的に人間とは違う部分がある
頭から生える、黒く尖った二本の角、手足を覆う漆黒の鱗と臀部から生える尻尾
そして、見るものを畏怖させる立派な翼


「(人間…じゃねえよな…どう見ても…)」
あれは魔物か?なんで女みたいな姿をしている?なぜここに突然現れた?あれは転移魔法陣だったのか?

色々な考えが俺の頭を巡るが…

「(………とりあえず逃げろっ!!!)」
俺は一目散に逃げ出す…が

「待て」
透き通るような声が響く
しかし、その声にははっきりとした凄みがあった

俺はその声に逆らうことができず、動きを止めてしまった

「…なぜ人間がいる?お前、結界を破ったのか?」

結界なんてあったか?ていうか、返事したほうがいいのか?

「……答えろ」
七歳の子供にそんな凄むなよ…と言いたくなる気持ちを抑える

素直に答えたところで殺されない保証はない

あいつはなぜ人間がいる…と言った
つまりあいつは人間じゃないってことになる

おそらくは…魔物。それも上位の存在なのではないか

圧倒的な力量差を感じる
しかし、どうせ奴から逃げようとしても、あの背中の立派な翼で空を飛ばれたら逃げ切れない


ならば………

「………トカゲとしゃべる趣味はない」
…ここで殺るしかない

「………逃げ出した割には、大きく出たな、人間」
奴の視線に凄みが増す
並の人間なら震え上がるところだが、前世の記憶の経験から戦い慣れてる俺にはむしろ心地よかった

「どちらにせよ、この場所が知られたからにはただで返すわけにはいかん。せいぜい抵抗してみせろ、人間」

トカゲ女はそう言って、かかってこいと言わんばかりにこちらを見やる
俺は腰に挿してある狩猟用の短剣を抜き、右手に構える
闘気を全身に漲らせ、戦闘態勢に入った

「ほう、その歳でいい闘気を走らせるじゃないか」
「(狙うなら頭部、胸部、腹部…長期戦は明らかに不利だな)」

「……せっかく私が褒めてやってるのにだんまりとは…本当に失礼な奴だ」

軽口を叩くトカゲ女を冷静に観察する
半端じゃない威圧感だがこちらは子供、相手は完全に油断している
奴につけいるなら…そこしかない


「………」
「………」

お互い…いや、俺にだけ緊張が走る

「(先手必勝っ!)」

俺は足の裏に闘気を集め、細かくステップを刻み相手の背後に一瞬で回り込んだ
これは特殊な移動法で、闘技『縮地』というれっきとした技である

「…むっ!」
奴に少し動揺が走る
俺はそのまま右手の短剣をトカゲ女の首に刺し込もうとする…が、

パキンという音とともに、右手に持った短剣の刃が失くなっていた

「なっ…!?」
「速いな、だが、ガルムのほうが速い」

完全に虚を突いたと思った先制であったが、いともたやすく防がれるどころか、奴は指でつまむように短剣の刃を根本から折ってしまった

俺は素早く奴から離れようとしたが、腕を捕まれ抱き竦められてしまう

「見どころはあるが私に威勢を張るには若すぎたな、しょうn」

俺は一瞬で脚に闘気を集め、力任せに跳躍、爆発させる
弾丸のように跳ね上がる俺の頭を顎にまともに受け、トカゲ女の体も一瞬宙を舞った



「ぐ…闘気を器用に操るやつだ…面白い……」
奴は少しだがダメージを負った様子で、片膝をついている
ならばここで畳み掛けるしか無い

俺は刃のない短剣を捨て、マリーから預かった短剣を懐から抜き出すと同時に奴の正面に縮地で仕掛ける

鱗に覆われていないむき出しの部分を目掛けて短剣を走らせる
常人ならば目で追うことすらままならない連撃をトカゲ女は冷静に手から生える漆黒の爪で捌く



「(この短剣…なかなか強力な加護が付いてるな。当たれば少し危険かもしれない)」
トカゲ女は一旦、距離を離そうと後ろに飛び退る


「はぁ…はぁ…」
「……いい短剣だな。技も卓越としている。しかし、どこの流派かしらないが、それは短剣ではなく剣で扱う技なのではないか?」

俺は心のなかで悪態をつく
このトカゲ女、未だに全く底を見せない
まるで攻撃してこないのだ
こちらの攻撃を受けるだけで俺がなにをするのかと楽しんでいる


どうせ長引かせても体力的に不利、ならば………

俺は短剣をトカゲ女に向ける

「………次で決める」
「ほう…やってみろ」

トカゲ女が楽しそうに笑った

俺は先ほどとか比べ物にならないほどの闘気を練り上げる
もう余力を残すつもりはない
これは全力ではないが、まだ七歳の肉体ではこれ以上の闘気を練ると逆に体が動かなくなってしまう

「…素晴らしい闘気だな。驚いたぞ」
「………行くぞ」
「来るがいい」

わざわざ声かけて宣言したのは、こいつが武人であろうとする連中と似た空気を持っていたから
こういった手合いは真っ向勝負を好む

このトカゲ女は間違いなく正面から俺の技を受けるはずだ

俺は限界まで溜めた闘気を爆発させ、一気に駆け出す
音速で飛び出す俺の手には淡く光る短剣

「(慄けトカゲ女!!!)」

俺は短剣を背中に振りかざし、勢い良くトカゲ女に振り下ろす
彼我との距離は完全に短剣の射程を超えていた

「(なにをしてる?完全に射程外だぞ?)」

トカゲ女の訝しむ顔が見える






もう、遅い






短剣は勢いよくトカゲ女の体を切り裂いた
15/09/16 13:57更新 / S.wf
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