第一話:行き倒れの大魔術師
「トロン様ー」
「ああん?」
何故かメイド服姿のピリカが俺様が愛用している紅い外套を手にパタパタと歩いてくる。
「その外套がどうかしたか? …――つーかお前どうなんだよ、その格好は。お前一応ハニービーの女王だろうが」
「トロン様がムラムラっとこないかなぁという淡い期待を込めたんです。似合いますか?」
「どうせやるなら徹底的にやれ。さし当たってはその金ぴかのティアラを外してちゃんとヘッドドレスを着けることだな…ってそうじゃない、その外套がなんだ」
「ああ、これってアラクネの織ったものですよね? どうしたのかなぁと思いまして」
「なんだ嫉妬か、つまらん」
そう言って俺様は手元の本へと視線を戻した。
アラクネが他者に衣服を贈るというのは、彼女達が親愛の情を表す行為としては最上級のものだ。
ピリカはきっとその事を知っていて気になったのだろう。
「むぅ、だって気になるんですもの…トロン様はこの外套をとても大事になさってますし、外に出るときは必ずこの外套を羽織られますし」
「まぁ、気に入っているのは確かなんだがな」
外套を織った救いようの無いお人好しなアラクネ――ジパングではジョロウグモというのだったか――を思い出す。
あれはそう、この身体になって間も無くの頃だったか。
――― ――― ――― ――― ―――
「ぬぅ…」
舐めていた、と言わざるを得ない。いや、正直な話ある程度は予想していたのだ。
だが、認識が甘かった。やはり俺様はこの異郷の地を舐めていたのだろう。
「ぅー…」
視界が霞む、足元がふらふらする。
「腹減った…」
情けないことに、俺様は行き倒れかけていた。
ここは異郷の地。大陸の東端の更に海を越えて東、神秘の国ジパング。
「糞忌々しい国だ…」
この国では俺のような異人、それもナリが子供ではまずもって相手にされない。
仕事を得ることは愚か、物品を換金するにも信用がないと立ち行かないのだ。
お陰様で大陸で魔人とまで呼ばれたこの俺様がまさかの行き倒れ寸前である。
嗚呼、無敵の魔人を殺すのは聖剣に選ばれた勇者でも魔王の刺客でもなんでもなく異国の地という環境であったか。
日差しが異様に眩しい、これは気を失う前兆だ。
「情けない…」
自分自身が地面に倒れこむ衝撃すらどこか遠くに感じる。
行き倒れた先は狼に食われるか、烏に啄ばまれるか…何にせよ、俺様の肉を食った獣はそれなりの魔物に変化するだろうな。
我ながら傍迷惑な奴だと思うが、それが俺様という存在なのだから仕方あるまい。
「おや、あれは…? もし、大丈夫ですか? もし…」
どこか遠くに女の声が聞こえる気がする。もう何もかもどうでも良いことだが。
そうだ、地獄に行ったら精々暴れてやるとしよう。全てを粉砕して俺様が地獄の王に成り代わってやるのもいい。
まかり間違って天国に行ったら…そうだな、糞忌々しい神をぶち殺してその座を奪い取ってくれよう。
「ククッ…」
なんだ、どっちにしろやることは同じではないか。なんとも俺様らしい。
――― ――― ――― ――― ―――
「む…?」
目を覚ますと、そこは見慣れぬ場所だった。
「あぁー…?」
地獄にしては随分と穏やかな場所だ。しかし天国にしては薄暗い。
以外にそんなものなのかもしれないが、どうにも違うように思う。この草の香りは、たしかタタミとかいうジパングのカーペットの香りだ。
ということは、俺様はまだ生きてジパングのどこかに居るということか。
身を起こして辺りを見回す。俺様の腹がグゥっと情けない音を上げた。
「腹減った…」
いよいよもって生きている実感が沸いてきた。依然として空腹状態なのは変わらないが、なんとか身体も動くようだ。ご丁寧に俺様が身に着けていた荷物も近くにまとめて置いてある。
俺様は寝かされていた布団からのろのろと這い出し、近くに置いてあった荷物から自分の服を探し出して身につけた。空腹のせいで上手く頭も働かないし、身体の調子もいまいちだ。
その時、不意にガラリと部屋を仕切っている扉が開いた。
「あっ…」
開いた扉から姿を現したのは美しい着物を纏った一人の女だった。
艶のある長い黒髪はジパングの女特有のものだ。大陸ではこれほど艶のある黒髪にはお目にかかれない。
だが、この女…。
「良かった…気がついたんですね。なかなか意識を取り戻さないので、お医者様を呼ぼうかと思っていた所なんですよ」
「お前が俺様を助けたのか…?」
「…? そうですが?」
警戒感を露にした俺様の声に、女はきょとんとした顔でそう言った。
特に害意や悪意、邪気といったものは見当たらない。ただのお人好しの類か。
「そうか…礼を言うぞ。俺様の名はトロン=マクレイン、大陸に名を轟かせている大魔術師だ。あんたは?」
「はぁ…それはどうも。私は銀杏(いちょう)と名乗っております」
些か面食らったように銀杏が頭を下げる。
うむ、パァーフェクトな俺様に対する態度が中々なっている女だ。
「ええと、その仰々しい名乗りは異人さんの流行なんですか?」
「…なに?」
「いや、子供の間で流行っている活劇か何かの口上なのかなー、と」
「あ、あのなぁ…」
その時、俺様の腹がグゥっと大きな音を立てた。
微妙な沈黙が俺様と銀杏の間に流れる。
「えーと…ご飯にしましょうか?」
「…頂こう」
――― ――― ――― ――― ―――
「へぇー…妖術師さんなんですか」
「妖術師じゃない、大魔術師だ。魔術と魔導を極めたパァフェクトな魔術師、それが俺様だ…むぐむぐ」
出された食事をガツガツと平らげながら、俺様は一体俺様がどれだけパーフェクトな大魔術師であるかを銀杏に語っていた。
銀杏はそんな俺様の話に熱心に相槌を打ち、真剣に話を聞いている。本当に良くできた女だ。
「それで、その…偉大な大魔術師さんがどうして行き倒れていらっしゃったので?」
「…この忌々しい外見のせいだ」
「あ…あぁ、成る程。確かに、そのような可愛らしい外見、それも異人さんとあってはこの地で生活するのは難しいかもしれませんね」
銀杏が苦笑いをしながら茶の入った湯飲みを俺に向かって差し出す。
差し出された湯飲みを受け取る時に、彼女の身に着けている着物の柄が目に付いた。
蜘蛛の巣、か。
「ああ、全く持って忌々しい限りだ。もしあのまま野垂れ死んでいたら化けて出たかもしれんな」
満腹になって人心地ついた俺様はふぅ、と息を吐いた。
「ところでイチョウ。お前、さっきの自己紹介で何か大事な部分が抜けてはいなかったか?」
「え? ええと…?」
思い当たる節が無い、という風に銀杏が小首を傾げる。だが、俺様は引き下がらなかった。
「お前、蜘蛛だろう? 上手く化けているようだが、俺様の眼は誤魔化せんぞ」
「…っ!?」
俺様の言葉に銀杏が驚いたように目を見開く。そして、すぐに観念したような沈んだ顔を見せた。
「大魔術師というのは、伊達では無かったのですね…私の変化をこうも簡単に見破ったのは、貴方が初めてです…」
「俺様を舐めるな。まぁ、別にお前が魔物だからどうこうしようとは思ってないんだがな」
「え…?」
「何を鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているんだ。俺様は別段魔物に悪感情は抱いていないぞ。あぁ、ジパングでは妖怪と言うんだったか?」
「ええと…怖くは無いのですか? 私は異形の怪物なのですよ?」
銀杏の言葉に俺様は溜息を吐く。
「それを言えば俺様も十分異形だろう。こんなナリだが、俺様は既に百以上は軽く生きているんだぞ…まぁ、野暮ったい話はいい」
俺様は立ち上がり、服を脱ぎ捨てて裸体を晒す。我ながら小さく、貧弱な身体だ。まったく忌々しい。
「な、何を…?」
俺様の突然の行動に銀杏が顔を鬼灯のように真っ赤に染めた。それを隠すように両手で顔を覆うが、指の隙間からしっかりと一糸纏わぬ俺様の裸体を見ている。
「お前達のような魔物への礼と言えばこれしか思いつかなくてな…銀杏、俺様を抱け。礼に極上の精を提供しよう」
「な、なっ…!?」
唐突な俺様の申し出に銀杏は口をパクパクとして狼狽える。
「お前、魔力が底を尽きかけているだろう? 本当はその姿を保っているのも辛いんじゃないのか?」
「い、いけません。きっと貴方を酷い目に遭わせてしまいます」
「…構わん、存分にやれ。ナリは小さいがそれなりに丈夫だし、回復魔術も扱える。多少乱暴に扱っても問題ないぞ」
ゴクリ、と銀杏が生唾を呑み込む音が聞こえた。
だがしかし、銀杏は動かない。正座をしたまま俯き、自分自身を抑えるようにギュッと手を強く握っている。
そう言えば、ジパングの女は自分から男に迫るのをはしたない事としているのだったか…面倒臭い文化だ、まったく。
俺様は溜め息を吐くと正座をしている銀杏の目の前まで行き、正面から抱きついた。銀杏の身体がビクリと震える。
「我慢はするな。俺様が相手ではどうしても嫌だ、ということなら押し除けろ。そうじゃないなら、抱け」
「後悔、しますよ」
銀杏が俺様を強い力で抱きしめ、肩口に噛み付いた。鋭い痛みがすぐにじんわりと甘い痺れに変わる。
「っく、淫毒か――んむっ?」
肩口についた噛み跡を一瞥した瞬間、今度は荒々しく唇を奪われた。
接吻というよりは陵辱、蹂躙、まさに貪るという言葉がしっくりとくる荒々しいキスだ。
舌が絡め取られ、吸い出され、唾液を啜られる。そして銀杏からは甘美な毒が俺様に与えられる。
「んっ…はぶっ、じゅ、じゅる…」
「んぐ…ん…む…」
貪る銀杏、されるがままの俺様。しばらく口腔を貪られ、唾液という名の淫毒を注がれ続ける。
大陸の魔物が精製する淫毒とは少し成分が違うようだ。耐性のある俺様も、流石にこの毒は耐え難い。
「ぷはぁっ! はっ! はぁ…っ!」
「ぐっ…! ふっ、中々、やるじゃない…かっ」
俺様は淫毒にやられながらもそういった素振りを見せず、余裕を崩さない。そんな俺様に対し、銀杏は凄絶な笑みを浮かべた。
先ほどまでの穏やかな笑みとは真逆の、歓喜と魔性に満ちた笑みだ。
「ここを、こんなにして…ふふ、身体に似合わないモノをお持ちですね?」
「なに、こういう時のためにそこだけは本来の姿のままでいたくてな…色々と手を尽くし…っぐ!」
急に首が絞まり、ガクン! と後ろに引っ張られた。見れば、いつの間にか俺様の首にきらきらと光る銀糸が巻きつけられている。
「ぐっ…! かふっ…」
「その苦しそうな顔、ゾクゾクします…知ってます? こうするとココがビクビク震えて、普通よりも大きくなるんです」
銀杏の下半身が人のソレではなく、異形の蜘蛛のソレへと変化していた。いや、元に戻ったと言うべきか。
真紅に染まった双眸が俺様の瞳を捉える。だが俺様はそれに屈さず、糸で首を絞められながらもその双眸を睨み返して余裕の笑みを浮かべてやった。
「凄い、まだ余裕があるんですか? いいんですよ? 怖くなったら泣いても」
「このっ…程度でっ…俺様を――っ!? っっ!!」
俺様の口上を最後まで聞くことなく銀杏の牙が俺様の首筋に突き刺さり、同時に逸物がその蜜壷に呑みこまれた。
首筋から直接流れ込んでくる大量の淫毒と、酷く熱くキツい蜜壷の快感で流石の俺様も言葉を失う。
「んっ…ふふ。これだけ流し込めば、もうトロトロですね」
「ぎっ…しゃま…ぅぁっ!?」
そう言いながら銀杏は俺様の首筋についた噛み傷をペロリと舐めた。
甘い快感が脳を突きぬけ、逸物がビクビクと震える。
「うふふ…まずは一回目…」
嗜虐的な笑みを浮かべながら銀杏が舌なめずりをした。これは、かなり永い夜になりそうだ。
――― ――― ――― ――― ―――
「はぁ…んんっ…!」
「…っ、出すぞ」
「はい…あっ、あぁっ! きたぁ…」
蕩けた淫らな笑みを浮かべ、口の端から涎を垂らしながら銀杏が俺様の上でゆらゆらとゆっくり腰を振っている。
あれからどれだけの時が過ぎただろうか? 恐らく二刻…四時間くらいは経っているだろう。
「んっ…あったかいのが広がってきますぅ…」
ゆらゆらと腰を止めることなく、銀杏が犬のように舌を出しながら荒い息で腰を振り続ける。
その下に敷かれている俺様はというと、糸で身体の自由を奪われてされるがままだった。
「んっ、はむっ…ちゅっ」
銀杏が自由の利かない俺様の上半身を抱き起こし、俺様の口腔を愛しむように犯す。
最初の頃とは打って変わって、今度は優しい交わりだ。
「っ、はぁ…すいません…その、最初は乱暴にしてしまって…」
「…構わん、覚悟はしていたしな」
眉尻を下げて申し訳無さそうな顔をする銀杏に俺様はぶっきらぼうにそう答えた。
今は糸に包まれて色々と見えなくなっているが、俺様の身体のあちこちには銀杏の噛み付いた傷跡やら絞められてついた痕やらが色々とついてしまっている。
特に首筋は噛まれたり絞められたりで割と傷が多目だ。
「俺様が相手だったからいいようなものの、俺様でなければ確実に死んでるか淫毒でラリパッパになってるところだな」
「うぅ…申し訳ありません」
そう言いつつも腰を止めない辺りはさすが魔物といったところか。
「で、そろそろ満足したらどうだ? これだけ精を受ければもう魔力も十分だろう?」
「うっ…もう少しだけ、もう少しだけお情けを下さい…あのような乱暴な交わりをしてしまった分、誠心誠意御奉仕しますから」
泣きそうな顔でそう言われ、俺様は仕方なく押し黙る。
そもそも全身拘束して半強制的にヤっている今の状況も、ある意味では乱暴な交わりには違いないと思うのだがどうか。
「あ、あの…トロン…様は、この後どうされるのでしょうか?」
頬を紅く染め、ゆらゆらと腰を振りながら銀杏がそんなことを聞いてきた。
「どうする、と聞かれてもな。道中路銀を稼ごうにも全く上手くいかんとなると、何かしらの手を考えるか帰るかしかないだろう」
俺様は全く身体を動かすことができないので、銀杏にされるがまま逸物を蜜壷で扱かれながらそう答える。
淫毒のせいか未だに俺様の逸物は萎えない。まだ身体が対応し切れていないらしい。
「あ、あのっ! でしたら私と一緒に暮らしてみませんかっ!」
「へっ?」
予想外の銀杏の言葉に俺様らしくも無い間抜けな声が出た。
「わ、私がトロン様を養いますからっ! 私と、一緒に…っ!」
そう言いながら銀杏は腰の動きを激しくしてきた。俺様の精液に溢れた蜜壷がぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らし、逸物の鈴口に子宮の入り口がきゅうっと吸い付いてくる。
「うぉっ!? お、おいっ! 銀杏――んむぅっ!?」
「んっ! んっ…!」
興奮した銀杏の舌が荒々しく俺様の口腔を蹂躙する。
「んーっ!? んむっ! んっ…!?」
「ぷぁっ! あひぃっ! キタぁぁぁぁぁぁ――っっ!!!」
魂まで抜かれそうな想像を絶する快楽が俺様の身体を走り抜け、今までに無い量の精が逸物から噴出した。
それを子宮口で受け止めた銀杏は半ば白目を剥き、その衝撃に身を震わせる。
「――ぁっ…はぁ…はぁ…こうして、毎日御奉仕しますから…私と一緒に暮らしてくださいませんか…?」
俺様の頬をぺろぺろと舐めながら銀杏が懇願する。
だが、俺様はその申し出を拒絶した。
「駄目だ、俺様にはやるべきことがある。お前とずっとここで暮らすことはできん」
「そう…ですか…」
俺様の答えに銀杏は悲しげな表情で目を伏せた。
「…だが、お前が許してくれるなら暫くの間逗留させて欲しいとは思っている」
「えっ?」
銀杏が驚いた顔をして俺様の顔を見つめる。
「あー…その、なんだ。俺様に都合の良い申し出なのは重々承知してるんだが…頼る先が他に無いんでな」
「…また、こうやって襲うかもしれませんよ?」
「今日みたいなのがずっとってのは勘弁だが、俺様がお前に提供できるのはこれくらいだからな」
「また一緒に暮らしてくださいって迫るかもしれませんよ…?」
「…それについての答えは変わらんが、迫るのは構わん」
「…もしかしたら、拘束して外に出られないようにしてしまうかも」
「できるならそれはそれで構わん。俺様を拘束するとなると万全な状態のお前が千人ほど必要だろうがな」
幾つかの問答を終えて銀杏が溜め息を吐く。
「…じゃあ、貴方がここを去るまでに身も心も私がいないとダメにしてあげないとダメですね?」
「…そうだな、頑張って篭絡してみせろ」
銀杏が俺様の唇を啄ばむように口付けをする。
こうして、俺様と銀杏の同居生活が始まるのだった。
「ああん?」
何故かメイド服姿のピリカが俺様が愛用している紅い外套を手にパタパタと歩いてくる。
「その外套がどうかしたか? …――つーかお前どうなんだよ、その格好は。お前一応ハニービーの女王だろうが」
「トロン様がムラムラっとこないかなぁという淡い期待を込めたんです。似合いますか?」
「どうせやるなら徹底的にやれ。さし当たってはその金ぴかのティアラを外してちゃんとヘッドドレスを着けることだな…ってそうじゃない、その外套がなんだ」
「ああ、これってアラクネの織ったものですよね? どうしたのかなぁと思いまして」
「なんだ嫉妬か、つまらん」
そう言って俺様は手元の本へと視線を戻した。
アラクネが他者に衣服を贈るというのは、彼女達が親愛の情を表す行為としては最上級のものだ。
ピリカはきっとその事を知っていて気になったのだろう。
「むぅ、だって気になるんですもの…トロン様はこの外套をとても大事になさってますし、外に出るときは必ずこの外套を羽織られますし」
「まぁ、気に入っているのは確かなんだがな」
外套を織った救いようの無いお人好しなアラクネ――ジパングではジョロウグモというのだったか――を思い出す。
あれはそう、この身体になって間も無くの頃だったか。
――― ――― ――― ――― ―――
「ぬぅ…」
舐めていた、と言わざるを得ない。いや、正直な話ある程度は予想していたのだ。
だが、認識が甘かった。やはり俺様はこの異郷の地を舐めていたのだろう。
「ぅー…」
視界が霞む、足元がふらふらする。
「腹減った…」
情けないことに、俺様は行き倒れかけていた。
ここは異郷の地。大陸の東端の更に海を越えて東、神秘の国ジパング。
「糞忌々しい国だ…」
この国では俺のような異人、それもナリが子供ではまずもって相手にされない。
仕事を得ることは愚か、物品を換金するにも信用がないと立ち行かないのだ。
お陰様で大陸で魔人とまで呼ばれたこの俺様がまさかの行き倒れ寸前である。
嗚呼、無敵の魔人を殺すのは聖剣に選ばれた勇者でも魔王の刺客でもなんでもなく異国の地という環境であったか。
日差しが異様に眩しい、これは気を失う前兆だ。
「情けない…」
自分自身が地面に倒れこむ衝撃すらどこか遠くに感じる。
行き倒れた先は狼に食われるか、烏に啄ばまれるか…何にせよ、俺様の肉を食った獣はそれなりの魔物に変化するだろうな。
我ながら傍迷惑な奴だと思うが、それが俺様という存在なのだから仕方あるまい。
「おや、あれは…? もし、大丈夫ですか? もし…」
どこか遠くに女の声が聞こえる気がする。もう何もかもどうでも良いことだが。
そうだ、地獄に行ったら精々暴れてやるとしよう。全てを粉砕して俺様が地獄の王に成り代わってやるのもいい。
まかり間違って天国に行ったら…そうだな、糞忌々しい神をぶち殺してその座を奪い取ってくれよう。
「ククッ…」
なんだ、どっちにしろやることは同じではないか。なんとも俺様らしい。
――― ――― ――― ――― ―――
「む…?」
目を覚ますと、そこは見慣れぬ場所だった。
「あぁー…?」
地獄にしては随分と穏やかな場所だ。しかし天国にしては薄暗い。
以外にそんなものなのかもしれないが、どうにも違うように思う。この草の香りは、たしかタタミとかいうジパングのカーペットの香りだ。
ということは、俺様はまだ生きてジパングのどこかに居るということか。
身を起こして辺りを見回す。俺様の腹がグゥっと情けない音を上げた。
「腹減った…」
いよいよもって生きている実感が沸いてきた。依然として空腹状態なのは変わらないが、なんとか身体も動くようだ。ご丁寧に俺様が身に着けていた荷物も近くにまとめて置いてある。
俺様は寝かされていた布団からのろのろと這い出し、近くに置いてあった荷物から自分の服を探し出して身につけた。空腹のせいで上手く頭も働かないし、身体の調子もいまいちだ。
その時、不意にガラリと部屋を仕切っている扉が開いた。
「あっ…」
開いた扉から姿を現したのは美しい着物を纏った一人の女だった。
艶のある長い黒髪はジパングの女特有のものだ。大陸ではこれほど艶のある黒髪にはお目にかかれない。
だが、この女…。
「良かった…気がついたんですね。なかなか意識を取り戻さないので、お医者様を呼ぼうかと思っていた所なんですよ」
「お前が俺様を助けたのか…?」
「…? そうですが?」
警戒感を露にした俺様の声に、女はきょとんとした顔でそう言った。
特に害意や悪意、邪気といったものは見当たらない。ただのお人好しの類か。
「そうか…礼を言うぞ。俺様の名はトロン=マクレイン、大陸に名を轟かせている大魔術師だ。あんたは?」
「はぁ…それはどうも。私は銀杏(いちょう)と名乗っております」
些か面食らったように銀杏が頭を下げる。
うむ、パァーフェクトな俺様に対する態度が中々なっている女だ。
「ええと、その仰々しい名乗りは異人さんの流行なんですか?」
「…なに?」
「いや、子供の間で流行っている活劇か何かの口上なのかなー、と」
「あ、あのなぁ…」
その時、俺様の腹がグゥっと大きな音を立てた。
微妙な沈黙が俺様と銀杏の間に流れる。
「えーと…ご飯にしましょうか?」
「…頂こう」
――― ――― ――― ――― ―――
「へぇー…妖術師さんなんですか」
「妖術師じゃない、大魔術師だ。魔術と魔導を極めたパァフェクトな魔術師、それが俺様だ…むぐむぐ」
出された食事をガツガツと平らげながら、俺様は一体俺様がどれだけパーフェクトな大魔術師であるかを銀杏に語っていた。
銀杏はそんな俺様の話に熱心に相槌を打ち、真剣に話を聞いている。本当に良くできた女だ。
「それで、その…偉大な大魔術師さんがどうして行き倒れていらっしゃったので?」
「…この忌々しい外見のせいだ」
「あ…あぁ、成る程。確かに、そのような可愛らしい外見、それも異人さんとあってはこの地で生活するのは難しいかもしれませんね」
銀杏が苦笑いをしながら茶の入った湯飲みを俺に向かって差し出す。
差し出された湯飲みを受け取る時に、彼女の身に着けている着物の柄が目に付いた。
蜘蛛の巣、か。
「ああ、全く持って忌々しい限りだ。もしあのまま野垂れ死んでいたら化けて出たかもしれんな」
満腹になって人心地ついた俺様はふぅ、と息を吐いた。
「ところでイチョウ。お前、さっきの自己紹介で何か大事な部分が抜けてはいなかったか?」
「え? ええと…?」
思い当たる節が無い、という風に銀杏が小首を傾げる。だが、俺様は引き下がらなかった。
「お前、蜘蛛だろう? 上手く化けているようだが、俺様の眼は誤魔化せんぞ」
「…っ!?」
俺様の言葉に銀杏が驚いたように目を見開く。そして、すぐに観念したような沈んだ顔を見せた。
「大魔術師というのは、伊達では無かったのですね…私の変化をこうも簡単に見破ったのは、貴方が初めてです…」
「俺様を舐めるな。まぁ、別にお前が魔物だからどうこうしようとは思ってないんだがな」
「え…?」
「何を鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているんだ。俺様は別段魔物に悪感情は抱いていないぞ。あぁ、ジパングでは妖怪と言うんだったか?」
「ええと…怖くは無いのですか? 私は異形の怪物なのですよ?」
銀杏の言葉に俺様は溜息を吐く。
「それを言えば俺様も十分異形だろう。こんなナリだが、俺様は既に百以上は軽く生きているんだぞ…まぁ、野暮ったい話はいい」
俺様は立ち上がり、服を脱ぎ捨てて裸体を晒す。我ながら小さく、貧弱な身体だ。まったく忌々しい。
「な、何を…?」
俺様の突然の行動に銀杏が顔を鬼灯のように真っ赤に染めた。それを隠すように両手で顔を覆うが、指の隙間からしっかりと一糸纏わぬ俺様の裸体を見ている。
「お前達のような魔物への礼と言えばこれしか思いつかなくてな…銀杏、俺様を抱け。礼に極上の精を提供しよう」
「な、なっ…!?」
唐突な俺様の申し出に銀杏は口をパクパクとして狼狽える。
「お前、魔力が底を尽きかけているだろう? 本当はその姿を保っているのも辛いんじゃないのか?」
「い、いけません。きっと貴方を酷い目に遭わせてしまいます」
「…構わん、存分にやれ。ナリは小さいがそれなりに丈夫だし、回復魔術も扱える。多少乱暴に扱っても問題ないぞ」
ゴクリ、と銀杏が生唾を呑み込む音が聞こえた。
だがしかし、銀杏は動かない。正座をしたまま俯き、自分自身を抑えるようにギュッと手を強く握っている。
そう言えば、ジパングの女は自分から男に迫るのをはしたない事としているのだったか…面倒臭い文化だ、まったく。
俺様は溜め息を吐くと正座をしている銀杏の目の前まで行き、正面から抱きついた。銀杏の身体がビクリと震える。
「我慢はするな。俺様が相手ではどうしても嫌だ、ということなら押し除けろ。そうじゃないなら、抱け」
「後悔、しますよ」
銀杏が俺様を強い力で抱きしめ、肩口に噛み付いた。鋭い痛みがすぐにじんわりと甘い痺れに変わる。
「っく、淫毒か――んむっ?」
肩口についた噛み跡を一瞥した瞬間、今度は荒々しく唇を奪われた。
接吻というよりは陵辱、蹂躙、まさに貪るという言葉がしっくりとくる荒々しいキスだ。
舌が絡め取られ、吸い出され、唾液を啜られる。そして銀杏からは甘美な毒が俺様に与えられる。
「んっ…はぶっ、じゅ、じゅる…」
「んぐ…ん…む…」
貪る銀杏、されるがままの俺様。しばらく口腔を貪られ、唾液という名の淫毒を注がれ続ける。
大陸の魔物が精製する淫毒とは少し成分が違うようだ。耐性のある俺様も、流石にこの毒は耐え難い。
「ぷはぁっ! はっ! はぁ…っ!」
「ぐっ…! ふっ、中々、やるじゃない…かっ」
俺様は淫毒にやられながらもそういった素振りを見せず、余裕を崩さない。そんな俺様に対し、銀杏は凄絶な笑みを浮かべた。
先ほどまでの穏やかな笑みとは真逆の、歓喜と魔性に満ちた笑みだ。
「ここを、こんなにして…ふふ、身体に似合わないモノをお持ちですね?」
「なに、こういう時のためにそこだけは本来の姿のままでいたくてな…色々と手を尽くし…っぐ!」
急に首が絞まり、ガクン! と後ろに引っ張られた。見れば、いつの間にか俺様の首にきらきらと光る銀糸が巻きつけられている。
「ぐっ…! かふっ…」
「その苦しそうな顔、ゾクゾクします…知ってます? こうするとココがビクビク震えて、普通よりも大きくなるんです」
銀杏の下半身が人のソレではなく、異形の蜘蛛のソレへと変化していた。いや、元に戻ったと言うべきか。
真紅に染まった双眸が俺様の瞳を捉える。だが俺様はそれに屈さず、糸で首を絞められながらもその双眸を睨み返して余裕の笑みを浮かべてやった。
「凄い、まだ余裕があるんですか? いいんですよ? 怖くなったら泣いても」
「このっ…程度でっ…俺様を――っ!? っっ!!」
俺様の口上を最後まで聞くことなく銀杏の牙が俺様の首筋に突き刺さり、同時に逸物がその蜜壷に呑みこまれた。
首筋から直接流れ込んでくる大量の淫毒と、酷く熱くキツい蜜壷の快感で流石の俺様も言葉を失う。
「んっ…ふふ。これだけ流し込めば、もうトロトロですね」
「ぎっ…しゃま…ぅぁっ!?」
そう言いながら銀杏は俺様の首筋についた噛み傷をペロリと舐めた。
甘い快感が脳を突きぬけ、逸物がビクビクと震える。
「うふふ…まずは一回目…」
嗜虐的な笑みを浮かべながら銀杏が舌なめずりをした。これは、かなり永い夜になりそうだ。
――― ――― ――― ――― ―――
「はぁ…んんっ…!」
「…っ、出すぞ」
「はい…あっ、あぁっ! きたぁ…」
蕩けた淫らな笑みを浮かべ、口の端から涎を垂らしながら銀杏が俺様の上でゆらゆらとゆっくり腰を振っている。
あれからどれだけの時が過ぎただろうか? 恐らく二刻…四時間くらいは経っているだろう。
「んっ…あったかいのが広がってきますぅ…」
ゆらゆらと腰を止めることなく、銀杏が犬のように舌を出しながら荒い息で腰を振り続ける。
その下に敷かれている俺様はというと、糸で身体の自由を奪われてされるがままだった。
「んっ、はむっ…ちゅっ」
銀杏が自由の利かない俺様の上半身を抱き起こし、俺様の口腔を愛しむように犯す。
最初の頃とは打って変わって、今度は優しい交わりだ。
「っ、はぁ…すいません…その、最初は乱暴にしてしまって…」
「…構わん、覚悟はしていたしな」
眉尻を下げて申し訳無さそうな顔をする銀杏に俺様はぶっきらぼうにそう答えた。
今は糸に包まれて色々と見えなくなっているが、俺様の身体のあちこちには銀杏の噛み付いた傷跡やら絞められてついた痕やらが色々とついてしまっている。
特に首筋は噛まれたり絞められたりで割と傷が多目だ。
「俺様が相手だったからいいようなものの、俺様でなければ確実に死んでるか淫毒でラリパッパになってるところだな」
「うぅ…申し訳ありません」
そう言いつつも腰を止めない辺りはさすが魔物といったところか。
「で、そろそろ満足したらどうだ? これだけ精を受ければもう魔力も十分だろう?」
「うっ…もう少しだけ、もう少しだけお情けを下さい…あのような乱暴な交わりをしてしまった分、誠心誠意御奉仕しますから」
泣きそうな顔でそう言われ、俺様は仕方なく押し黙る。
そもそも全身拘束して半強制的にヤっている今の状況も、ある意味では乱暴な交わりには違いないと思うのだがどうか。
「あ、あの…トロン…様は、この後どうされるのでしょうか?」
頬を紅く染め、ゆらゆらと腰を振りながら銀杏がそんなことを聞いてきた。
「どうする、と聞かれてもな。道中路銀を稼ごうにも全く上手くいかんとなると、何かしらの手を考えるか帰るかしかないだろう」
俺様は全く身体を動かすことができないので、銀杏にされるがまま逸物を蜜壷で扱かれながらそう答える。
淫毒のせいか未だに俺様の逸物は萎えない。まだ身体が対応し切れていないらしい。
「あ、あのっ! でしたら私と一緒に暮らしてみませんかっ!」
「へっ?」
予想外の銀杏の言葉に俺様らしくも無い間抜けな声が出た。
「わ、私がトロン様を養いますからっ! 私と、一緒に…っ!」
そう言いながら銀杏は腰の動きを激しくしてきた。俺様の精液に溢れた蜜壷がぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らし、逸物の鈴口に子宮の入り口がきゅうっと吸い付いてくる。
「うぉっ!? お、おいっ! 銀杏――んむぅっ!?」
「んっ! んっ…!」
興奮した銀杏の舌が荒々しく俺様の口腔を蹂躙する。
「んーっ!? んむっ! んっ…!?」
「ぷぁっ! あひぃっ! キタぁぁぁぁぁぁ――っっ!!!」
魂まで抜かれそうな想像を絶する快楽が俺様の身体を走り抜け、今までに無い量の精が逸物から噴出した。
それを子宮口で受け止めた銀杏は半ば白目を剥き、その衝撃に身を震わせる。
「――ぁっ…はぁ…はぁ…こうして、毎日御奉仕しますから…私と一緒に暮らしてくださいませんか…?」
俺様の頬をぺろぺろと舐めながら銀杏が懇願する。
だが、俺様はその申し出を拒絶した。
「駄目だ、俺様にはやるべきことがある。お前とずっとここで暮らすことはできん」
「そう…ですか…」
俺様の答えに銀杏は悲しげな表情で目を伏せた。
「…だが、お前が許してくれるなら暫くの間逗留させて欲しいとは思っている」
「えっ?」
銀杏が驚いた顔をして俺様の顔を見つめる。
「あー…その、なんだ。俺様に都合の良い申し出なのは重々承知してるんだが…頼る先が他に無いんでな」
「…また、こうやって襲うかもしれませんよ?」
「今日みたいなのがずっとってのは勘弁だが、俺様がお前に提供できるのはこれくらいだからな」
「また一緒に暮らしてくださいって迫るかもしれませんよ…?」
「…それについての答えは変わらんが、迫るのは構わん」
「…もしかしたら、拘束して外に出られないようにしてしまうかも」
「できるならそれはそれで構わん。俺様を拘束するとなると万全な状態のお前が千人ほど必要だろうがな」
幾つかの問答を終えて銀杏が溜め息を吐く。
「…じゃあ、貴方がここを去るまでに身も心も私がいないとダメにしてあげないとダメですね?」
「…そうだな、頑張って篭絡してみせろ」
銀杏が俺様の唇を啄ばむように口付けをする。
こうして、俺様と銀杏の同居生活が始まるのだった。
10/01/16 04:15更新 / R
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