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1話:裏路地相談所のふたり
               


 街を歩いているときに、ふと大通りから外れた小路に目が行ったり気になったりしたことは無いだろうか?

 地面の片隅に緑色の苔むした部分のあるじめじめした場所ではなく、人通りはあるけどほとんどまばらで、それこそ一時間に二・三人くらいしか通らないような路を。

 気になったことがあるなら、その感覚は非常に正しい。

 喧騒に飲まれる大通りとは裏腹に、ひとたび足を踏み入れれば鳥と風の音しか聞こえないような、まるで数メートル手前にあったはずの空間をすっかり隔絶させたような不思議な感覚に襲われるはずである。

 なぜそんな感覚に襲われるのか?

 ひとえに結論は簡単なこと。心に迷い、悩み、焦りなどがあるからだ。普段と異なる静かで落ち着ける場所で心の整理をしたいと無意識に思ってしまっているのだろう。





 迷える者はおのずと導かれる。陽の当たる懐かしい小路に。






 とある街の脇道に入ったところに、小さな事務所というか、二階建ての小さな家がある。
 まわりを商店や家で囲まれているから、大きさを対比して押し潰れさそうな二階建ての家。
 ぱっと見、築三十年くらいは経っていそうな見た目だが、その情緒が逆に懐かしさを誘う。

 入り口のドアにはチェーンのついた木板に『ユナ&カメリアお悩み相談所』と女の子っぽい書体の文字が書かれており、ドアに打ち付けられていた。

 ドアを超えてすぐの場所は足の短い長方形のテーブルと、二つのシックな黒色をした長椅子がある。長椅子はテーブルを挟んで対の向きになっており、さながら応接間の様相を模していた。
 その部屋の最奥には、オーク色の机が一つ。そして、これまた社長等が座っていそうな大きめの皮製のイスが一つ。家の外見に対してかなりモダンで異質。
 椅子には一人の少女が座っている。机やドアに背を向けるように、目の前の窓から見ゆる朝日を眺めながら。

「うむ、窓から差し込む光をじっくり眺めるのも面白いものじゃのう」

 さも達観したかの如く建物と建物の間を差すそれ見ながら呟く。
 少しして少女は右手に持っていたコップを口に運んでゆき、ゆっくりと中身を味わう。この空間から時間が過ぎ去っている瞬間を、身と心で同時に理解する。そんな朝。
 すると、同じく少女のいる部屋の左側にある階段からトントンと床を叩く音を響かせて、もう一人の人物が降りてきた。完全に一階の床に足をつけたと思われる段階で、少女はそのまま振り向かずに声をかけた。

「おはようカメリア。今日はじつに良い朝じゃぞ」

 カメリアと呼ばれた人物は声に反応して机のほうに顔を向けた。カメリアの着ている服は赤メイン中に所々金色の刺繍の入ったもので、いわゆる“魔女”と呼ばれる種族特有の衣裳であるのは一目でわかる。
 ただし、現在当人はもう一つのトレードマークである帽子や杖を持っていないのだが。

「ユナさんおはようございます。昨日はあんなに雨降ったのがウソのように晴れましたね」

 応接間側にある窓から差し込む光を眺めて、嬉しそうに言った。
 見た目から年齢は十かそこそこにしか見えない少女なのも魔女の特徴であるが、時に他人から見ると愛おしいと感じてしまうのは魔力のせいか、それとも本人の魅力なのか。
 とにかく彼女はイスの背中に向かってにっこりと微笑んだ。

「ああ、ジメジメしていると気分最悪じゃからな。ミルクもまずくなるわ」

 ふぅ、と短い嘆息をつくと同時にイスを回転させて、ユナなる少女はカメリアのほうに体を向けた。
 そこにはカメリアと同年齢くらいの少女が足を組んで偉そうな態度で座っていた。
 手首から先は獰猛な野獣を思わせるモサモサの毛が、頭からは後方に向かって悪魔を髣髴とさせる大きな二本のヤギ角生えている。
 幼い平坦な体と不釣合いな風貌は魔獣バフォメット族に相違無いものである。

「今日はホットミルクですか?」

 カメリアはユナの持つ白いティーカップを目視しつつ問いかけた。
ユナは右手に持つそれに一瞬視線を移した後、再びカメリアの方向を向き直って悠然と答えた。

「違うぞ、これはホット……ミルミルだ」
「ホットミルミル?」

 聞きなれない単語に思わずカメリアは首をかしげる。

「飲んでみるか? 甘味が少ないから温めても飲みやすいんじゃぞコレ。まぁホットミルクに比べると若干甘いがな」

 そう言ってからユナはカップに口をつける。中身が全体の半分くらいまで減った白い液体を少し口に含み、下の上で転がすように動かしてから喉の奥にゆっくりと流し込む。
 一通り飲み込んだところでわずかに息を吐き、ユナはカメリアのほうを向いた。

「ハードボイルドじゃろ?」
「ハードボイルドですねー」

 ユナはしたり顔で言い切ると、有無を言わさずカメリアも賛同した。まさにハードボイルド。
 その後カップの中身をぐいっと全部胃に流し込み、ぶはぁ、と一息。完全にオヤジである。
 極めてゆるやかな日常の中で、草原の風にように日常が過ぎ行く。この時間の流れが何よりも楽しい。

「ときにカメリアよ」

ユナが机のソーサーにティーカップを置く。

「なんですか?」
「昨日は雨だったから一人も客が来んかったな。今日は来ると思うか?」
「さすがに雨の中来るっていうのは。相当深刻ではない限り無いでしょうね」

 当然の意見を切り返して、カメリアは机に近づいてカップとソーサーを回収した。
 たしかに雨の日にわざわざこんな裏通りに半分足突っ込んだような場所に人が来るということはまず無い。あっても隣近所の住人とかその程度。
 しかも、ここは『相談所』である。名の知れた場所ならそれこそ雨でもわざわざ来る者だっているかもしれないが、衛兵の詰所とか警察でもないここに自主的にいろんな客が来るとは思えない。
 それ以前に相手に相談するほどの悩み事が無ければ来る必要も無い。

「まぁ、誰かしら一日一人くらいの割合で来るんじゃからの。我々はそれをじーっくりと待てば良いだけじゃ」

 ユナは床を蹴って自身が座ったままのイスを半回転させ、一回窓を見る。さらにもう半回転させて再び机に向かう。
 ほえー、という擬音が似合うくらいバカに感心した様子でカメリアは頷いた。

「ユナさんの信念は固いですねー」
「ハードボイルドじゃからの」

 ふふんと鼻を鳴らして、勝ち誇った子供みたいな自信満々な顔をする。いわゆる『果報は寝て待て』の精神。
 相談所とは悩みを持つ者に進路を指し示してあげるのが本来の目的であるため、この場合どちらかといえば『待てば海路の日和あり』に近い。どちらにせよ待ち人頼りであることに変わりは無いが。
 相談を受ける側だからこそ、おおらかな心を持つ。それこそがユナ自身の心情。

「こういう話をしている時に、大概向こうからやってくるもんじゃよ」

 左ひじを机につき、右手の人差し指を天井に向けながらユナは語る。先ほどと同じ自信に満ちた表情で、口の端をナナメ上に吊り上げて。
 まるで何か思うところがあるとでも言わんばかりに感じ取れるほどの発言でもあった。
 そして、その自信は数秒後に決定的な核心へと変化することになる。

「あのー、すいません。ここが『ユナ&カメリアお悩み相談所』でよろしいんでしょうか?」

 ドアにかけておいたベルが甲高い声でちりんちりんと喚き、大人の女性と思しき声も遅れてやってきた。
 そら来た、とユナは小さく呟く。対してカメリアは口上がその通りになったことに驚きつつも目を輝かせている。
 棒立ちするカメリアを横目に、ユナはパチンと右手の指を鳴らした。

「ふむ、ではカメリア、お客様にコーヒーを」
「はい。ユナさんもコーヒーで?」
「わし、ヤクルト」
「はーい」

 しばし後、客を入り口近くの応接机前のイスに座らせたあと自分もその対面に腰を下ろす。型落ち中古品の長イスだが、ある程度修理を施してあることに加えて毎日ピカピカに磨いているため、ぱっと見では新品と変わらない。ただ、座ってみると若干固めなので見抜かれるかもしれないが。
 小さなトレーに二つのカップを乗せたカメリアが応接机に近づく。
丁寧な手つきで先に客に向けて黒く温かい液体の入ったカップを差し出し、薄橙色の液体の入ったカップを所長側に置いた。
 ユナはカップを置かれた位置よりもさらに自分のほうに寄せてから、ヒザの上で両手を組み、温和な口調で話しかけた。

「はじめまして、で良いかな? ユナ&カメリアお悩み相談所所長の、ユナカイトじゃ。種族は見ての通りバフォメットをやっておる」

 続けて横に控えていた魔女も口を開く。

「私は助手兼秘書のカメリアと申します。ちょっとわかりにくいですけど魔女やってます」

 通常の魔女なら被っているはずの帽子の位置にある、自分のブロンドの髪をはにかみながら撫でた。
 その行動に思わずくすりと鼻で笑ってしまうが、一転してラフな面持ちで彼女は対面している者に語りかけた。

「んで、ここに来たということは相応の相談事があると見た。さぁ、なんでもいいぞ」

 背もたれに偉そうに体を任せ、イス両脇のヒジかけに腕を置く。余裕ぶった表情で、まるで品定めのように見る。
 彼女の対面に座っているのは、おそらくはミミックであると思われる。
 個体差なのか髪は青色だが、やたら最低限の部分以外が露出している妙なシースルーの服装と、ダンジョンの中によく落ちてそうなオーソドックス感丸出しの宝箱まで持っているのだから、まぁミミックだろう。
 ただ、堂々と宝箱をバッグみたいに小脇に抱えて来たミミックは見たことが無い。ユナは一瞬、なんか別の生き物かと思った。

「なんでも相談していいんですよね?」

 ミミックであろう少女はヒザの上に宝箱を乗せて、曇った表情をしていた。結構大きめの箱なのでヒザの上に乗せていると顔が半分くらい隠れてしまって、目より下が見えない。ちょっとシュールな絵面だ。

「いいぞー、すぐに答えを見出してやるぞー」

 時間差で、間の抜けた声で、ニヤニヤと浮ついた顔で言う。ミミックの少女はぬぐいきれない不安感を覚えつつ、ゆっくりと閉じかけている口を紐解く。

「実は……」

 一言、やはり不安にまみれている言葉を発した瞬間にユナはこくこくと頷いた。そして。

「この頃困ったことになっているんですよ」
「家帰って寝ろ」
「ちょ……」

 即効で返答した。もはや相談に対する返答ではない。しかもちょっとドヤ顔になっている。
 すると、いつの間にか先ほどまでホットミルミルの入っていたカップとソーサーを向こうのキッチンで洗っていたカメリアが、水の音に遮られないようちょっと大きめの声で口を挟んだ。

「ユナさん、ミミック族はその宝箱が家ですよー?」
「まぁ知っとるがな。ちょっとしたジョークじゃて。ほい、どうぞ」

 さっきまでのボケは何だったのだと言わんばかりのノリで、ミミックに再び話を振り返す。ミミックも内心少しだけこの子に相談して大丈夫なのだろうかと思い始めた。
 が、思ったところで話は進まないわけで。彼女は、んんっと軽く咳払いをすると事情を語り出す。

「私たちはミミックです。ミミックは、この宝箱を開いた人間を捕まえて、あ〜ん♪いや〜ん♪な感じで精気を吸い取ることはもちろんご存知ですよね?」

 ヒザの上の宝箱を自分の右脇に……長椅子の残りスペースギリギリに無理やりねじ込み、今度はヒザの上に両手を置いた。

「もちろんだとも。それが淫魔じゃからの」
「ところがですよ!!」
「うおぉっ、ビックリした!」

 感情が昂ぶったのか、勢いにまかせて宝箱をバシバシを叩くミミックに、思わずユナは狼狽した。一番は声の大きさによるものもあるのだが。

「最近人間の間では、ラクラクに宝箱の中身が本物かミミックかを見分ける魔法というものがよく使われているみたいなんです! しかも少し前から『中身が判別できる虫眼鏡』なんてものまで開発されたみたいで……もう……」

 旧来のやり方ではもう食っていけないことに心底嘆くミミック。言葉の端々からも、ガッカリという単語では言い表せない負のどよめく感情が理解できる。

「ミミックも大変なんですね……」
「こういう純粋な淫魔というのは難しいんじゃよ」

 食器洗いが終了した助手の魔法使いが、真っ白なタオルで手を拭きながら二人の近くに歩み寄る。
 角が特徴的なちっちゃい所長は、考え込んだ表情で一口だけ白亜のティーカップの中身に手をつけ、喉を鳴らして中身を飲む。途中わずかに眉をしかめたが、すぐに顔を戻してそのままカップを持った状態で助手に言った。

「まだわしらはヒト同様のメシを食っても、それを栄養として体に入れることができるからいいんじゃ。今飲んだコレみたいにのう。ただサキュバスの類になるとそうもいかん。いや、できることはできるが……やっぱり難しいわ」

 はぁ、と嘆息してカップを元の場所に戻す。

「アルラウネやマンドラゴラは知らんが、基本ヒトみたいに内臓があって二本足で歩いているのは淫魔であってもメシは食えるし、出るものは出る。ただの、ヒトと同じ物を食ったとしても、栄養にできんのじゃ」

 ユナは自分の平たい胸を握りこぶしでぽんぽん叩いた。
 カメリアは生真面目に何度か頷いたり、相槌を打っている。
 ミミックの娘はまんじりともせず、ただユナの話を聞いている。

「普通の人間の女が精液だけ飲んで生きられるか? ヒトを淫魔に、精液を食事に置き換えれば……まぁ、そういうことじゃ」

 技術の進歩は著しい。
 しかし、進歩を続けても変えられないものもある。こういう種族ごとに決められた構造だ。
 信心深い、または偏執的に神に固着しているような人間は『これは神様がお決めになったことなのだ!』と甲高い声で叫びそうなものだが、それがはたして本当にそうなのかとかそういう話についてはまた別だ。
 人間が生き物であるなら、魔物も生き物である。
 先の虫眼鏡もそうだ。培われた技術と旧来の魔法技術の結晶。つまりはこれも進化に値する。
 が、同時に技術だけが進化を続けて、弊害として対象とされた魔物ばかり不利益を被る。虫眼鏡とやらの性能がそれほどすごいのなら、強引に襲いでもしない限りミミックやつぼまじん族は全滅するはずである。
 技術の進化が間接的に、確実に誰かの命を奪いかねない形になるとは皮肉であると同時に運命なのかもしれない。
 世を長く生きるバフォメットにとって、このような事象は見慣れたものだが、改めて考えるたびにため息しか出ない。

「おおっと話が反れたのう。問題はバレずに襲えばいい、そういうことで良いか?」

 すまんすまんと言いながら、今度は頭の後ろで両手を組み、くつろぎ体勢でミミックに向かって言った。

「はい」
「んなもん、簡単じゃろ。深く考えなければいいんじゃ」

 ビシっと、毛に覆われた右手の人差し指を突き出す。そして再びドヤ顔で。

「やられる前にやり返せ」
「はい?」
「中を見られたら物好き以外開けんだろう? じゃあもうこれは、宝箱の前に誰か来たらその瞬間に自分からバーンと出ればいいではないか」

 当たり前だろう?と言いたげな顔でユナは腕を組む。
 セオリー通りの考え方を捨てて、生きるために貪欲に動くしかないだろうと考えたのだ。昔から自分の種族はこうなんだからという固着したプライドだけ持っていてもメシにありつけないなら、自分を捨てたって生きたほうが良いに決まっている。
 ……なんて、他人事ながら心の中で呟いた。
 それを聞いたミミックはしばらく視線をナナメ下に移して考えた後、はっとした顔で正面を向き直った。

「……おぉ!」
「おおっ!」
「いやなんでカメリアまで驚くんじゃ」

 逆にこの考えというか方法が素直に浮かんでこないのはある意味問題なんじゃなかろうか、とユナは思う。むしろ自分が他と違うだけなのか、他がまともなのか。
 一応、先ほどの反応から察するに納得いかない様子ではないのは確かだ。そして、ミミックの娘は少々不安の色を見せつつユナに問いかけてきた。

「でも、大丈夫ですかね? やっぱり出来るかどうか……」
「それが可能かどうか試してみる価値はあると思うぞ。やらん内からバッドエンドだけ考える奴はわしは好かん。ダメだったらまた来い、きっと出来るはずじゃ」

 所長らしく、相談に対した答えらしく、ミミックに向かって発破をかける。とりあえずやれってみろと。
 ミミックも一抹の不安は残るものの、その方法で良いのならそれでも構わないと、吹っ切ったのか、ここに来て見せたことのない太陽みたいな笑顔を見せた。

「そうですか……わかりました。わたし、やってみます! 絶対に成功してみせますよ!ありがとうございました!」

 バネにでも乗っているかのようにぴょんと立ち上がり、深々と礼をする。
お辞儀、というものであろうか。東国でポピュラーな感謝の動作だ。彼女もその知識くらいならある。見たのは初めてだったが。
 善は急げと思ったのだろうか、ミミックの少女は宝箱を再び小脇に抱えて、脱兎の如く……とは大げさだが、ステップを踏みながらその場を後にした。
 当初とはまったく逆の雰囲気で。明るく。軽やかに。
 いなくなったことを確認すると、ユナは前のめりの体勢からイスの背もたれに重心を移動し、見た目より安っぽい硬さの長イスに身を任せる。
 所長が一仕事終えた余韻に浸かっている中、助手はにこやかな顔で語りかける。

「流石ユナさん。今回も鮮やかな相談さばきでしたよ」
「ふっ、ダテに数百年生きとるわけじゃないぞ?」

 カメリアがいる方向とは逆の、イスの左側に向かって腕を伸ばしてサムズアップした。そして頭はカメリアのほうを見上げて、口の端を持ち上げて余裕の笑みを作って見せた。
 少しして伸ばしていた腕を元に戻すと、自分のカップに入った薄橙色の液体を覗き込みながら横の彼女に問いかけた。

「じゃがのうカメリア」
「はい、なんでしょうか?」
「そりゃね、わしさっきまでホットミルミル飲んでたけれども、ヤクルトまでホットにして持ってくることないじゃないの……」

 最初にヤクルト持ってこいと頼んだのもユナだったが、まさか三本分の量を温めて持ってくるのは予想外だった。今思えばティーカップで出された時点で疑うべきだったが、過ぎたことを考えてもしょうがない。
 ちょっと飲んだときに噴き出しそうになったが、所長の威厳もあって客の前ではさすがに耐えた。たぶんカメリアと二人だったら普通に噴き出していた。

「さっき口つけてビックリしたよ。生ぬるくて甘いんだもん」
「すいません、熱すぎると飲めないかと思いまして」
「ふーふーしたら甘ったるい湯気で吐き気するかもしれんな……」

 天然なりの微妙な心遣いに思わず半笑いになる。実物をさっき飲んだだけに、想像したら結構リアルに情景が浮かんできて頭痛くなった。
 ユナは嫌な想像を振り払うように頭を左右にぶんぶん振り、両頬をもふもふの手で叩いて気合を入れ直す。

「よーし口直しにきりっとしたコーヒーでも飲むかの! まだ今日は長いことじゃし、次の客に備えんといかん。カメリア! 一杯たのむぞ!」

 今度は右手でカメリアに向けてサムズアップをした。カメリアは相変わらずの優しい笑顔でこくんと頷く。

「はーいわかりましたー。お砂糖入れます?」
「いらん。あ、でもミルクは入れるんじゃぞ?」
「わかってますよー」

 丸型トレーに二人分のカップとソーサーと回収し、その足でキッチンへと向かう。
 そんな中、ユナはのそのそ歩いて自分の机のほうに戻った。あえてイスには座らずに立ったまま、客が来る前と同様に窓の光を眺めた。
 まだ明るい。当然ながらホットミルミル飲んで、客が来て、さっき帰るまで二十分も経ってない。まだまだ時刻は朝の域である。
 途端に時間の流れがゆっくりに感じ始めた気がする。
 今日は寝るまでにあと何人の悩める者が訪れるのだろうか。次に来るまで何時間ゆったりできるのか、一人で賭けでもしようかなんて考えて、ユナは思わずくすりと笑った。

「おーいコーヒーまだかー?」
「まだお湯も沸いてませんよ」

 特に悩みの無さそうな二人のいるお悩み相談所は、今日も今日とてゆったりとした一日になりそうです。
11/07/27 22:45更新 / トロワ
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■作者メッセージ
『バフォ様にもっとも似合わない舞台で』
『バフォ様にもっとも似合わないシチュエーションで』
『バフォ様にもっとも似合わないことをやってもらう』

それが、この物語のコンセプトです。バフォ様=かわいい! ではなく、バフォ様=アホかっこいい! ということがあってもいいじゃないか、減るものじゃないし。歳相応に達観したロリババアも良いと思うのです。
あと中世なのにミルミルとかヤクルトとかあるのは気にするんじゃない!
(このネタのためだけにわざわざミルミル買ってホットにして飲みました。おいしかった)

もっとギャグギャグしい感じにしようと思ったけど案外普通になったので、2話以降はもっとネタとして展開していこうと思います。
でもシリアス気取るバフォ様ってアホかわいいですよね。

(2011.07.27:せっかくなので扉絵作ってみた。CGIの機能フル活用)

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