連載小説
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街と事実と副議長の一日
 次の日から、私はアーさまのお手伝いさんとか秘書とか従者とか付き人とか、そんな風に働くことになりました。

 最初の日だけで分かったのは、実はアーさまってとても多忙な人だということ。

 朝の最初の仕事は、関所に届いたギルド宛のマジックアイテムの検品です。
「……白紙のベラムを注文してたのに、どうして氷のベラムが届いてるんだい。しかもこれ桁がひとつ多いじゃないか。」
 手に持った羊皮紙をヒラヒラさせながら、アーさまはため息をつきます。
 話し合いの結果1/3くらい買い上げることになりました。
 残りを運送業者のハーピーさんに送り返してもらう手続きの書類を書きながらアーさまが教えてくれたところでは、この紙はベラムというマジックアイテム。
 魔法を使える人が魔力を込めて特別な模様を書くと、ベラムに魔力が宿って魔法を使えない人でも一回だけその属性の魔法が使えるようになるんだそうです。

 昼前からは、街の冒険者学校の魔術科の生徒の皆さんに魔術の授業をします。
「一つへぎ干し、へぎ干しはじかみ、盆豆、盆米、盆牛蒡。摘み蓼、摘み豆、摘み山椒。書写山の写僧正。小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米の小生噛み――」
 魔術の授業……のはずなんですが、どうしてアーさまは皆さんに早口言葉なんて教えてるんでしょうか。渡されたテキストにはウイローウリって書いてあります。
「魔法陣を描く、印を切る、魔力を宿した踊りを踊る、もしくは唄を歌う……。魔術の媒体となる行為は多々あるけれど、一番メジャーなのは呪文詠唱さ。
 ただこれも困った一面があってね。詠唱をとちったりしてしまうと途端に集中が乱れて魔術としては使い物にならなくなってしまう。
 魔術師にとって、口の回りというのは案外重要なんだよ?」
 そういうものなんでしょうか。

 次に、お昼ごはんを兼ねてカフェで騎士団の人と打ち合わせです。
 <ナイツオブゴールド>なんて名前だけ先に聞かされたのでどんないかめしい騎士さんがやってくるのかと思ったら……やってきたのはお菓子の甘い香りを漂わせた軽装鎧の戦士さんと、アマゾネスのカップルでした。
「やあ。日時の目星はついたかい。」
「団員に希望を取ってみた。こちらとしては第二希望……萌葉の月の14日が良さそうだ。」
「結構。こちらで場所の目星はつけてあるよ。郊外の旅館『黄昏の辻』、ここならそちらの希望だった泊まりがけも容易だし。」
「助かります。となると確保する部屋数が問題になりますが……。」
「参加人数÷2に+αすればいいんじゃないかな。どのみちカップルの参加がほとんどだろう?」
「……確かに。なら+α分は折半とさせてもらいたいが、構わないか?」
「ああ。」
「いつもすみません。それから交通手段ですが――」
「今回は議長が乗り気でいるので――」
「宴会中のサプライズ――」
「ミニゲームと合わせて――」
「むしろ副議長が女装――」
「飲めない人への――」
「潰れた人用の――」

 一部聞き捨てならない会話があった気もしますが、多分話し合いは順調に終わって騎士団のおふたりは手を振りながらカフェを出ていきました。
 心なしかぐったりした様子のアーさまに、お疲れさまですの意を込めてとっておきのケーキのイチゴを差し出します。アーさまはありがとうと返してイチゴを口に放り込みます。へたごと。
「あの、アーさま?一体何のお話だったんですか?」
「懇親会。」
 短く答えて、今度は紅茶を一口。
「騎士団は武力と剣をもって、我々は英知と魔術をもって。手段は違えどこの街を守る仲間であることに変わりはないからね。たまにこうして、親睦を深める機会を設けているのさ。」
 実際この会がきっかけで恋仲になった騎士団員、ギルドメンバーもたくさんいる。そう締め括って、アーさまは席を立ちました。

 昼過ぎからはアーさまの職場……この街の魔術師を束ねるギルド、<口伝の黄金>本部でお仕事です。
 昨日案内してもらったときはもう夜でよく見えませんでしたが、改めて中に入るとその巨大さに圧倒されてしまいます。
 敷地の中央に高い高い尖塔のある建物がひとつ。
 それを正五角形に囲むように高い尖塔のある建物がいつつ。それぞれが炎、氷、雷、光、闇のそれぞれの属性魔術を扱う術部になっているんだそうです。
 外周の円形通路と隣り合わないふたつの術部を繋ぐ通路があるので、空から見ると大きな五芒星に見えます
「正直行き来はしづらいけれど、この形にも意味はあるからね。まあしかたがない、かな?」
 そう肩を竦めたアーさま。黙礼する受付のホルスタウロスのお姉さんに片手を上げて返して、大きな水晶板の前に立ちます。
 横幅は私の身長くらい、高さはその半分くらいあるその中には告知とか、募集とか、色んな文字が浮かんでいます。
 アーさまが板に手をかざすと、新しくこんな文字が浮かんできました。



               【告】<ナイツオブゴールド>との懇親会について

予定されていた懇親会について、協議の結果日時と場所を以下のように決定した。
メンバー各位、是非積極的に参加されたい。


                           記

日時:G.E.186 萌葉の月14日 14時から
  (移動は議長の陣にて。13時50分に本棟前集合)

場所:旅館「黄昏の辻」
   (泊りがけ。寝巻き・洗顔用具等は基本的に不要)


                                 質問は副議長アーシェス・レットまで



「……よし。」



「……よし。」
 掲示板の編集を終えて、オフィスに行く階段を上る途中にララが質問を投げてきた。さっきの水晶板は一体なんだ、と。
 好奇心の旺盛な子だよ。ひょっとしたら魔術師や研究者向きかもしれない。

「……昔、魔界に比類なき先駆の才を備えた一人のバフォメットがいてね。彼女は教会軍との闘いの中、情報伝達のために水晶球を媒体にした通信魔術を編み出した。
 あるときふとした事からその魔術は人間側に漏れたんだけど、頭の固い教会軍上層部には取り合ってもらえなかったそうだ。
 ……何をどうやったのか知らないが、うちの議長があるときその研究資料を持ってきてね。少し改良して掲示板代わりに使っている。
 便利だよ。いちいち五つの術部すべてを回らなくても、ひとつに入力すれば五つの術部に設置された同じような水晶板すべてに出力してくれるから。」
 そのあたりまで説明したところで部屋に着いた。私のオフィスは本棟の5階。隣が資料室。
 今までは資料を取りに行くたび書き物を中断しないといけなかったのだけど、ララにそういう方面を任せてしまえば仕事が楽になる。
 楽になった。

「ああ、ララ。次はこの部屋の入り口側の青い棚の、下から3段目の右の方にある緑の背表紙の――」

 ドドドドドド……!!

 ……どうやら我らが議長のお出ましのようだ。

「ララ、覚悟を決めたほうがいい。騒がしくなるよ。」




「ララ、覚悟を決めたほうがいい。騒がしくなるよ。」
 どんどん近づいてくる足音にびっくりして振り返った私は、今度はアーさまの声に振り向きました。
 アーさまは目を閉じて仮面の上から額を押さえていて……そして、その背後でドン、と勢い良く扉が開いたかと思うと、

アァァァァァシェエエエェェェェッ!! 聞いたわよ聞いたわよ、またラゼリーィの言うこと聞いて常昼荒原越えですって!?」

 ものすごい大声の女の子が勢いよく入ってきました。つばが広くて、とがってまがった魔女の帽子は赤紫。同じ色で露出が多目の魔女服は起伏のほとんど無い小さな身体になぜかよく似合っていました。

「……議長、何度も言ったと思うけれど廊下は走らない。部下に示しがつかないだろうに。それと常昼荒原越えは凍結結界の私が一番適任だから、何かおかしいものでもないよ。」
「アーシェ反応がつまんなーい。もっとこう、照れたりとかしなさいよー。」
「照れる理由がないからねえ。」
「むー……ありゃ?」

 アーさまが議長と呼んだその人は、そこでやっと二人をきょろきょろしてる私に気づいたようです。

「アーシェアーシェ、この子誰?」
「そのとき常昼荒原で拾ったマンドラゴラの女の子。名前はララ。」
「ふーん……面白そう! この子ちょっと借りるわよ!」
「……はいはい。まだ街に来て2日目だからあんまり強引なことはしないように。」

 議長さんはいきなり私の手を掴むと、ぐいぐい外に向かって引っ張っていって、アーさまはその様子をため息をつきながら眺めていました。



 議長さんに連れて行かれたのは、建物の一回にあるカフェ。
 手を引っ張った勢いのまま隅っこにあったテーブルに陣取って給仕さんにオレンジジュースとチーズケーキを注文して、ようやく私に向き直りました。
「さって……驚かせちゃって悪かったわね? あたしが<口伝の黄金>のリーダー、レイラ・モノリーヴよ。レイラでいいわ。」
 議長さん……レイラさんはそう名乗ってくれて、私も挨拶を返しました。
「ん、ありがと。あと聞かせてもらうわよー? アーシェとどこまで行ったの!? 家に通う許可くらいは貰ったの!? ギルドにつれてくるくらいだからもうかなり付き合ってたんでしょう!? アーシェはいつもそういうのは内緒にしたがるから困っちゃうのよ。もうちょっと、周りを頼ってもいいと思うんだけど、ねえ!?」
「え、あの、その……えっと?」

 まくし立ててくるレイラさんの勢いに押されて私はもうたじたじです。それに気づいたレイラさんがちょっと苦笑いしながら落ち着いてくれました。
「あは、ごめんごめん……面白そうだったから、つい。
 整理しましょうか、アーシェとはどうやって知り合って、どれくらいの付き合いで……ここが重要なんだけど、どこまでいったのかしら?」
 笑いながらあけすけに聞いてくるレイラさん。つい赤くなってしまいながら、ぼつぼつ答えていくことにしました。

 ひどい扱いを受けていたところから逃げ出して、あの荒野で行き倒れたこと。
 干からびかけていたところをアーさまに拾ってもらって、目が醒めたのが昨日のこと。
 恩返しにアーさまのところで働かせてもらえるように願い出て、許されたこと。
 その夜に人心地ついた反動で身体が疼いて疼いて仕方なくって、アーさまに抱いてもらったこと。

 はじめニシシと笑っていたレイラさんは、話を続けるうちにぽかーんとしてしまいました。
「えーっと……ララちゃんの言ってることを疑うわけじゃないけど、本当に昨日会ったばっかりで、同居を許可されて、それで最後までヤっちゃったのね?」
「ま、まあ……そういうことになります。」

 さすがに自分から「昨日の夜セックスしました」って言うのは恥ずかしくて自分でも真っ赤になってたのが分かりましたけど、レイラさんはそんなことはお構いなしに難しい顔で唸ってます。

「あ、あの……? 私、何かおかしなこと言いましたか……?」
「いや、ララちゃんの行動は魔物としては何もおかしなことじゃないわよ。おかしいのはアーシェのほうね。」
「え、でも流れてきたばっかりの女の子って行き場はあんまり……」
「あるのよ、この街には。」
 私の言葉を遮って断じたレイラさん。そのまま私に説明してくれました。

「ララちゃんは知らなくても無理ないけど……この街は冒険者によって発展してきた自由都市よ。
 どこかから流れてきたとか、逃げてきたとか、そういう人もたくさんいる。……アーシェだって、確か8年前にそうやって流れてきた人間の一人よ。
 だから、そういう人間向けに働き口とか、冒険者向けの長期滞在宿とか、そういうのがこの街には沢山あるのよ。さすがにマンドラゴラのララちゃんに冒険者は無理だと思うけど、それでもたとえばウェイトレスとか、薬草の管理とか、働き口はいくらでもあるの。
 だからこう言ってしまってはなんだけど……屋敷に住まわせなきゃいけない理由は特にないのよね。

 しかもね……アーシェは他人に心を開かない。
 ララちゃん、あいつの仮面の下、見たことある? ……そう、ないわよね。あたしもないわ。
 アーシェの仕事は完璧よ。そして仕事のための情報伝達も、打ち合わせも。仮面くらい、この街ではちょっと変わってるな、くらいにしか思われないから対外折衝に支障はないしね。
 じゃあ、休みの日にアーシェが何をしてるか……あたしも、ギルドメンバーのほとんども知らないわ。屋敷に使用人を雇うこともない。友人を招くこともない。プライベートに他人を絶対に踏み込ませない。
 
 今日一日一緒にいたなら懇親会の話は聞いてるわよね? あいつも毎年参加してる。変わらなさすぎる表情を気味悪がる子もいるけど……騎士団の若手やギルドの若い女の子から狙われてるって話もよく聞くわ。
 でも話を聞くと、どんなにアタックしても一緒にプライベートな食事ができた子は一人もいなかった。

 誰にもプライベートを見せない、誰とも親しく話さない。
 これはあたしの勘だけど、多分昔何かあったのよ。本人は犯罪者とトラブルを起こしたって言ってるけど……多分それ以上の何かが。それがあいつに仮面と、そしてあの誰も私生活に踏み込ませない気性を与えてしまった。
 そんな奴だから、会ったばかりの女の子に同居を許してあまつさえ身体さえ重ねたっていうのは……正直、信じがたかったわ。

 とにかく、ララちゃんはアーシェの心に今までになく近づいた女の子なのはきっと間違いないわ。
 ひょっとしたらこれを機にあいつはもっとみんなに溶け込めるかもしれない。
 特別なことは何もしなくていいのよ。あいつと日々を過ごしてくれれば、何かしら変化があるはずだわ。
 あなたがあいつを変える鍵になるかもしれない。……期待してるわよ、ララちゃん。」

 長い……そして、私が見てきたアーさまとはかなり違うお話でした。
 私がアーさまを変える鍵になるかもしれない。
 私の知ってるアーさまを、みんなに広めてあげられるかもしれない。
 それはきっと、アーさまにとってもみんなにとっても素敵なことに違いなくて。
 「……がんばりますっ。」
 私は、レイラさんにそう返事していました。
11/05/08 03:25更新 / 霧谷 来蓮
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■作者メッセージ
相変わらずエロのない4話目。なんだか書くたびに文字数が増えていって冗長な文章になってないか非常に不安です。

作中の水晶掲示板については、蓮華さんの作品「ノコギリ草の輪の中で」に登場したバフォネットをスピンオフさせていただいています。
このような末端作者の畏れ多いお願いに快く応じてくださった蓮華さん、この場をお借りして本当にありがとうございました。

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