出会いと怯えと石像のポーズ
最初に会ったとき、かい。妙なことを聞くね。別に構わないけれど。
流れてきた私が言うから間違いない。この街は奇妙なところさ。
まず街に名前がない。そして節操も脈絡もない。でもそれ以外には何でもある。
魔物友好国なのは見ればわかるけれど、それにしたって節操がなさすぎじゃないかい。
ワーラビットが配達人をしてて、ゴブリンの店がある。そこまではありふれてる。
しかしメロン3個分くらいの乳房を丸出しにしたオークやら、全身鎧を装着して肌が見えない5mくらいある城塞騎士やら、ジパング風の剣客やら、なぜか人の形をしてないスライムやら、挙句の果てにはドラゴンが大通りを堂々と闊歩してる街というのも、多分そうそうないんじゃないかな。
とにかく、私はそんな奇妙な街で魔術師ギルドのナンバーツーなんてやっているのだけどね。
そう、あれは確かピクシー種のお菓子屋さんからの依頼。
荒野を越えた先のオアシスに珍しい植物があって、その実が大層おいしいらしいから取ってきてくれるようにと。
依頼自体は問題なく終わったね。ただ、その帰り道、荒野のど真ん中で干からびかけたマンドラゴラの女の子を見つけたときはどうしようかと思ったよ。
……さすがに見なかったことにするのも、ねえ?
意識を取り戻した私が最初に感じたのは、背中に感じる柔らかな黒土と、降り注ぐあったかい水の感触でした。
目を開けたら穏やかな午後の日差しがまぶしくて…大きな人影だけが見えて、声だけが聞こえてきました。
「おや。目が覚めたかい。マンドラゴラの看病の仕方はこれで正解らしい。」
目が光に慣れてきたら、その人の格好が見えてきました。
髪の毛の色は銀色で背中くらいまであって、体はやせてました。最初に聞こえた低い男の人の声がなかったら、女の人って思ってたかもしれません。
物語で見る海賊が着てるような長いコートを羽織ってて、顔の左側にお面をしてました。
白くて丸いお面を縦半分に割ったみたいな形です。目じりがつりあがった目と下のふちのほうには口みたいなギザギザが書いてありました。
そんな不思議な格好の人がじょうろを持ってしゃがみこんでいたので……つい吹き出してしまって、
「……今私は笑われたのかい。」
その人の声ではっと我に返って、慌てて助けてくれたお礼と、あと自己紹介をしました。といっても、私は名前なんてもらってなかったから、マンドラゴラです…くらいしか言えなかったんですけど。
その人も名乗ってくれました。
「アーシェス・レット。この街で魔術師ギルドに所属しているよ。」
「アーシェス・レット。この街で魔術師ギルドに所属しているよ。」
私がそう言ったのは何かまずかったらしくてね。
何秒か固まった後、その子の顔がくしゃっと歪んだ。
目にいっぱい涙を浮かべて、言葉にならない途切れ途切れの悲鳴を上げながら、私から遠ざかろうと後ずさる。
立ち上がろうとしたらしいんだけど、腰が抜けて、結局転んでしまってた。
怖がられてるなあ。
あの暗いお屋敷の日々が私の頭を駆け巡ってました。
せっかく逃げ出したのに、またあんなふうにモノみたいに扱われるのかって思うと、怖くて、怖くて……逃げなきゃって思うのに、体はぜんぜん動いてくれません。
腰が抜けて立てなくて、それでも立ち上がろうとして、転んでしまいました。
ざっ。ざっ。ざっ。
ゆっくり土を踏むあの人の足音が、私には死刑宣告みたいに思えました。
ああ、もう逃げられない。
逃げようとして捕まっちゃったら、どんなひどいことをされるんだろう。
逃げられないように足を切られちゃうのかな。また生えてこないように焼かれちゃうのかな。
怖くて怖くて、そんな想像ばかりが浮かんできます。
……でも、それは現実になりませんでした。
その人は回りこんで、ズボンに土がつくのも構わずにひざをついて、私と目線を合わせて手を差し伸べてきたんです。
「何もしてないのにそんな怯えられるのも、若干傷つくね。とりあえず、立てる?」
……って。
ひどいことされる、って怯えてたそのときの私がどうしてそれを信じたのか、実はいまでもわかりません。
その人はちっとも笑ってませんでしたし、変な仮面はそのまま。
私がどうしようって考えてる間、それこそ石みたいに動かないままのポーズでいて……なんていうか、変に気まずくなっちゃって、何か反応してあげなきゃ、みたいなふうに思って、それで……アーシェスさんに手を貸してもらって、なんとか立ち上がりました。
そう、ちょうどその子を助け起こしたときだったかな。
くぅ〜っ
なんてかわいらしい音が聞こえた。その子のお腹からね。
その子は立ったままで、見る見るうちに耳まで真っ赤になって……植物型の子でも、赤面は赤なんだねえ。
流れてきた私が言うから間違いない。この街は奇妙なところさ。
まず街に名前がない。そして節操も脈絡もない。でもそれ以外には何でもある。
魔物友好国なのは見ればわかるけれど、それにしたって節操がなさすぎじゃないかい。
ワーラビットが配達人をしてて、ゴブリンの店がある。そこまではありふれてる。
しかしメロン3個分くらいの乳房を丸出しにしたオークやら、全身鎧を装着して肌が見えない5mくらいある城塞騎士やら、ジパング風の剣客やら、なぜか人の形をしてないスライムやら、挙句の果てにはドラゴンが大通りを堂々と闊歩してる街というのも、多分そうそうないんじゃないかな。
とにかく、私はそんな奇妙な街で魔術師ギルドのナンバーツーなんてやっているのだけどね。
そう、あれは確かピクシー種のお菓子屋さんからの依頼。
荒野を越えた先のオアシスに珍しい植物があって、その実が大層おいしいらしいから取ってきてくれるようにと。
依頼自体は問題なく終わったね。ただ、その帰り道、荒野のど真ん中で干からびかけたマンドラゴラの女の子を見つけたときはどうしようかと思ったよ。
……さすがに見なかったことにするのも、ねえ?
意識を取り戻した私が最初に感じたのは、背中に感じる柔らかな黒土と、降り注ぐあったかい水の感触でした。
目を開けたら穏やかな午後の日差しがまぶしくて…大きな人影だけが見えて、声だけが聞こえてきました。
「おや。目が覚めたかい。マンドラゴラの看病の仕方はこれで正解らしい。」
目が光に慣れてきたら、その人の格好が見えてきました。
髪の毛の色は銀色で背中くらいまであって、体はやせてました。最初に聞こえた低い男の人の声がなかったら、女の人って思ってたかもしれません。
物語で見る海賊が着てるような長いコートを羽織ってて、顔の左側にお面をしてました。
白くて丸いお面を縦半分に割ったみたいな形です。目じりがつりあがった目と下のふちのほうには口みたいなギザギザが書いてありました。
そんな不思議な格好の人がじょうろを持ってしゃがみこんでいたので……つい吹き出してしまって、
「……今私は笑われたのかい。」
その人の声ではっと我に返って、慌てて助けてくれたお礼と、あと自己紹介をしました。といっても、私は名前なんてもらってなかったから、マンドラゴラです…くらいしか言えなかったんですけど。
その人も名乗ってくれました。
「アーシェス・レット。この街で魔術師ギルドに所属しているよ。」
「アーシェス・レット。この街で魔術師ギルドに所属しているよ。」
私がそう言ったのは何かまずかったらしくてね。
何秒か固まった後、その子の顔がくしゃっと歪んだ。
目にいっぱい涙を浮かべて、言葉にならない途切れ途切れの悲鳴を上げながら、私から遠ざかろうと後ずさる。
立ち上がろうとしたらしいんだけど、腰が抜けて、結局転んでしまってた。
怖がられてるなあ。
あの暗いお屋敷の日々が私の頭を駆け巡ってました。
せっかく逃げ出したのに、またあんなふうにモノみたいに扱われるのかって思うと、怖くて、怖くて……逃げなきゃって思うのに、体はぜんぜん動いてくれません。
腰が抜けて立てなくて、それでも立ち上がろうとして、転んでしまいました。
ざっ。ざっ。ざっ。
ゆっくり土を踏むあの人の足音が、私には死刑宣告みたいに思えました。
ああ、もう逃げられない。
逃げようとして捕まっちゃったら、どんなひどいことをされるんだろう。
逃げられないように足を切られちゃうのかな。また生えてこないように焼かれちゃうのかな。
怖くて怖くて、そんな想像ばかりが浮かんできます。
……でも、それは現実になりませんでした。
その人は回りこんで、ズボンに土がつくのも構わずにひざをついて、私と目線を合わせて手を差し伸べてきたんです。
「何もしてないのにそんな怯えられるのも、若干傷つくね。とりあえず、立てる?」
……って。
ひどいことされる、って怯えてたそのときの私がどうしてそれを信じたのか、実はいまでもわかりません。
その人はちっとも笑ってませんでしたし、変な仮面はそのまま。
私がどうしようって考えてる間、それこそ石みたいに動かないままのポーズでいて……なんていうか、変に気まずくなっちゃって、何か反応してあげなきゃ、みたいなふうに思って、それで……アーシェスさんに手を貸してもらって、なんとか立ち上がりました。
そう、ちょうどその子を助け起こしたときだったかな。
くぅ〜っ
なんてかわいらしい音が聞こえた。その子のお腹からね。
その子は立ったままで、見る見るうちに耳まで真っ赤になって……植物型の子でも、赤面は赤なんだねえ。
11/05/07 14:42更新 / 霧谷 来蓮
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