突然だが、諸君等は自然は好きであるか？
…なるほど、何と言っているのかわからん。
まぁ、好き嫌いは人それぞれであるからな、我輩も好きではないが嫌いでもないであるし。

何で唐突にこんなことを聞いたのか…察しの良い者ならもう既にお気づきであろう…

「……迷った！！」



うむ、始まり方がワンパターン化している気がするが、気にせずに状況を説明するとしよう。

我輩は今、この辺りに在ると言われているエルフの集落を探している。
無論琴音達には止められた、生きて帰って来れるか的な意味でな。
だが、我輩は親切なアルラウネから貰った魔法の地図を持っている、これさえあればそう簡単に迷いはしないだろう。

…しかし、現実とは実に非常なものである。

森に入って数分、今どの辺りにいるかを確認しようとして地図を開いて見ると、我輩の位置を示す印が中央にあるだけで何も描かれていなかった…
どうやら、一部例外を除いて屋外では使用が出来ないようだ…しっかりと確認してから来るべきであったな…
今更嘆いてもどうしようもないであるがな……困った。

「この辺りに詳しい魔物でも出て来ないだろうか…」

誰かが聞いていることを願ってやや大きめに呟く…無論、周りからは何も聞こえてこない。
万が一迷った時のための備えはしてあったので、食料さえ調達出来れば暫くは大丈夫だろう。
だが、道具も無限にあるわけではないであるからな…時間が掛かれば掛かるほどこの先生きのこれなくなってくるだろうな…

とりあえず進むであるかな…歩いているうちに何とかなるだろう。



お世辞にも歩き易いとは言えない森の中をひたすら歩く…
いつも歩いたり走ったりしているから、これくらい何ともないだろうと思っていた我輩が愚かだった…
短時間なら苦にはならないだろう…だが、長時間歩き続けるとなるとそうもいかない。
倒木や岩で凹凸が激しいうえ苔が生えているために、普通なら滑って余計な体力を消耗することになるだろう…
我輩の履物には、強力な滑り止めが付いているからこの程度では何ともないであるが…

え？材料と作り方？企業秘密である。

「む…腹が減ってきたであるな…」

我輩の腹から気の抜ける音が聞こえてくる……
ここらで弁当でも食べるとしよう。
今日の弁当は桜花が作ってくれたであるからな…凄く楽しみである。
その辺にあった比較的汚れてない岩に腰かけ、弁当の包みを解く。

「いただきま………ん？」

木の葉が擦れ合う音に混じって、何者かの呻き声が聞こえてきた…気がした。
誰かがいるなら接触を試みたいが…弁当も食べたいであるし…

「………ぅぅ……」

やはり聞こえてくるであるな…我輩の直感が早めに行かないと不味いと言っている…
まぁ、助けた後でも弁当は食えるからいいであるかな。



声のした方へ向かって歩いていると、生い茂った草の中に隠されるように大きめな落とし穴が出来ていた。
自然に出来たにしては随分と浅いであるが、道具を使わないと脱出が難しそうである…
落ちないように気をつけながら穴の中を覗き込む…すると、穴の底に誰かが倒れているのが見えた。

「大丈夫であるか？」
「っ！？誰だ！？」
「お、落ち着くである…別に我輩は怪しい者ではないである。」
「自分でそう言う人間ほど怪しいものはいない！」

随分と警戒されているであるな…こんな状況じゃ無理もないか…
まぁ、刺激しない程度に彼女を観察してみるか…
緑髪で長い髪…細めで長身…特徴的な尖った耳…さっきからずっと我輩に向けて構えられている弓矢…
我輩の予想が正しければエルフと呼ばれる魔物であるな、噂通り人間に対して友好的ではないようだが…

「何を見てる、撃ち抜くぞ？」
「む…すまん、エルフがこんなに美しいとは思わなかったのでな。」
「っ！…このっ！」

我輩の言葉を聞いて赤面したエルフが矢を放ってくるが、放たれた矢は明後日の方向へと飛んでいってしまった。
次の矢を取ろうと手を動かしているが、酷く動揺しているようで矢筒に触れることさえ出来ていない。

「くっ！矢がない！」
「…我輩のを使うか？」
「えっ？」
「えっ？」
「いや…撃たれると分かっているのに何故？」
「当たる気がないであるからな。」
「……」

そう言った我輩の顔を見て、呆れているかのような表情で溜息を吐くエルフ。
…我輩、何か可笑しな事を言ったであるか？

「それで、ここで何をしているのであるか？」
「…プライドなんて無かったな…見ての通りだ、誰でも分かるような落とし穴に落ちたうえ、足首を挫いてしまったんだ。」
「それで出られないのか…少し待つである。」

こんな事もあろうかと長めのロープを…うむ、ちゃんと持ってきてるであるな。
後は頑丈そうな枝に掛けて…ｺﾚﾃﾞﾖｲ。

「これにつかまるである。」
「えっ？あ、あぁ…」

彼女がしっかりとつかまったのを確認し、思いっきりロープを引っ張る。
我輩の力が弱いせいで少しずつしか引けないが、根気よく引き続ければ助けだせるであるな…

「もう少しであるぞ…たぶん。」
「たぶんって何だたぶんって…」
「ぬおぉぉぉぉ！」

気合を入れなおし、思いっきり引っ張る。
その瞬間に小さな悲鳴が聞こえ、少し後に我輩の上に何かが落ちてきた。
引き終わってバランスが取れていなかったため、支えきれずに押し潰されてしまった…

あぁ…ふんわりとした二つの塊が顔に…たまらん…

「いたた……っ！？す、すまない！」
「ふぅ…足首以外で怪我はしてないであるか？」
「大丈夫だ…服が破れてしまったがな…」

ふむ…確かに破れているであるな…胸元なんて完全に露出してるである…
つまり、さっきの感触は直に…ふむ…

って、そんな事を考えている場合ではないであるな…確かこの辺に………あったあった。

「とりあえず服を脱ぐである。」
「ふぅぇっ！？い、いいいきなり何をいっててて…」
「そのままだと恥ずかしいであろう？特別に我輩が服を直してやるである。」
「そ、そうじゃなくて…裸というのは正式な夫婦だけが見せ合っていい物で…」
「…脱ぐのが嫌なのであるか？」
「嫌に決まってるだろう！……でも…お前なら少しくらい…いやいや！そうじゃなくて！」
「はぁ…」

一人で勝手に錯乱しているエルフに、羽織っていたマントを投げ渡す。

「わっふ！？こ、これは？」
「服を縫っている間それで隠せば良いであろう？」
「………」
「早く服を渡すである…それとも、ずっとそのマントに包まってるつもりであるか？」
「…すまない…よろしくたのむ。」

少し考え込んだ後、来ていた服を脱いで渡してきたエルフ…
うーむ…縫い合わせる程度で何とかなればいいが…
まぁ、じっくりとやるであるかな。



……何故だ…あの男の置いた本を手に取ったら、無性に何かを書きたくなってきた…
呪いや魔法がかけられているわけでもないのに…今考えてることを自然と書き込んでしまう…

「…む？我輩の日誌なんて見てて面白いであるか？」
「…退屈凌ぎには調度良い…」

私の口から発せられるのは、威圧的で棘のある言葉ばかりだ…
自分でももう少し素直になりたいとは思っている…思ってはいるのだが、どうにも出来ていない…

「むーん…ここがこうなっているから…ここはこうか？」

私の目の前にいる人間は、私が今まで出会ってきた人間とは大きく異なる存在だった。
今まで出会った人間の中でもっとも幼いのに、誰よりも冷静でおかしな人間だ。
平然と服を脱げとか言ったり、自分の身に付けている物を着させたり…何か企んでいるのだろうか…

とその時、私の腹から大きな音が聞こえてきた。

「あっ……」
「む？腹が減ってるのであるか？」
「い、いや…そう言う訳では…」

慌てて否定しようとした瞬間、また私の腹から音が発せられた…

「……我輩の弁当でよければ食べるか？」
「………すまない…」

情けなさと恥ずかしさで顔が熱くなってくる…たぶん、耳まで真っ赤になっているだろうな…
こんな恥ずかしいところを見られたんだ…責任を取ってもらわないといけないかもしれないな…

「形は何とかなってきたであるが…むぅ…」

この男のマント…アラクネの糸が使われているのか…通りで手触りが良い筈だ。
しかも、彼のものと思われる匂いが染み付いている…良い匂いとは言い切れないが…不思議と心が落ち着く匂いだな…
……胸が締め付けられる様な…不思議な気持ちがこみ上げてくる…

「…よし、出来たである。」
「…んっ…」
「ほれ、ちゃんと直したであるぞ。」
「ふぇっ！？あ、ありが…とう…」

男から渡された服を隅々まで確認する…
多少形は変わってしまったが、あの状態の物を服として着れるようにしてくれたので文句は無い。

それに…あの男の温もりが少し残ってる…

「さて…それを着終わったら行くであるぞ。」
「ん？どこにだ？」
「貴殿の里に決まっているであろう、足を挫いているなら歩けまい。」
「…何故そこまでする？出会ったばかりの私に何故…」
「特に理由は無い。…。が一番重要な部分である。」
「………」
「さぁ、行こうであるか。」

お母様申し訳ありません…私はこの人間に興味を持ってしまいました…





「…むぅぅぅぅぅん……あれであるか？」
「…いや…こんなに視界が悪いのになんで見えるんだ…」
「我輩に不可能はあんまり無い。」

エルフの指示通りに進み、数分が経った。
エルフはよく見えていないようだが、我輩は彼女の住んでいる里らしき物を発見することが出来た。
もちろん、見えたからにはそちらに向かって行くが……

「止まれ！ここから先は人間の入って来ていい場所ではない！」

まぁ、エルフの里だしこうなるであるな…無視して進むであるが。

「止まれと言っている！止まらないと射抜くぞ！」
「止めた方が良いであるぞ、矢だって無限にあるわけではないだろう。」
「貴様…後悔するぞ！」

そう言うと、矢を番えて引き絞り、我輩に向けて撃ってきた。
特に避けようともせず、軽く叩いて起動を逸らす。

「なっ！？」
「第一、我輩は彼女を送りに来ただけで、貴殿らと争おう等とは考えてないである。」
「…信用出来んな…本当にそこにいるのはこの里のエルフなのか？」
「私の顔を見忘れたのか？」
「…………えっ？」

背負っていたエルフを見て、目の前のエルフの顔がどんどん青ざめていく…
どうしたのかと思った瞬間、目の前のエルフがその場で飛び上がり、我輩達に向かって土下座をした。

「申し訳ありませんでした！里長様！」
「…ふんっ…仕事熱心なのは良いが、しっかりと確認しないようでは一人前とは言えないな。」
「……え？里長？」
「…お前が敵かどうか分からない状況では黙っているしかなかった…すまない…」

…えー…

「…ここで降ろして良いであるか？もう帰りたいである…」
「ん？もう行ってしまうのか？」
「何か目的があった気がするが、早く帰って寝たいである…」
「寝たいなら私の家に来るといい。」
「「えっ！？」」

背負っていたエルフ…もとい、里長殿の言葉に我輩と見張りのエルフが驚いた声を上げる。

「いやいや！今さっき出会ったばかりの男を家に招くなんて止めた方が良いであるぞ！？」
「そうですよ！きっとこの人間もこの前の奴らみたいにエルフﾀﾝﾊｧﾊｧとかいいながら襲い掛かってくる獣に違いありませんよ！」
「いいから首輪をもってこい！」
「大体予想出来ますが…それを使って何をなさるんですか？」
「決まっているだろう、寝ている間に奴を繋ぎ止めて私のものにするために使うのだ…フフフ…」
「もうやだこの里長！」

…遠くからそんな声が聞こえてくるが、振り向いてはいけない気がする…
あぁ…我輩を探す声が…急いで逃げないと不味いな…
まったく、今日はついてないである…



〜今日の観察記録〜

種族：エルフ
森エルフと呼ばれるもっとも有名なエルフの一種で、尖った耳が特徴的であるな。
大抵の固体は人間を嫌っており、人間が入り込まないような森の奥深くに集落を作って暮らしているようだ。
また、生まれつき高い魔力を持っているためか、サキュバスに見られる様な角などの部位は見られず、精神面でも直ぐにはサキュバスの物になったりはしないみたいである。





「…輝、お主に客が来てるぞ。」
「居ないって言って。」
「輝はんはようモテるんやな？」
「……輝様…その内に刺されるんじゃないでしょうか…」
「心配しないで、私達魔物は刺すより挿される方が好きだもの。」

魔物って怖い……