29ページ:刑部狸・ヴァンパイア・身内三人
目を覚ますと、目の前に人間がいた。
……いや待て、何でこいつが私のベッドで寝ている?
昨日は妹と寝たはずなのだが…妹はどこに?
と言うか、いつまで私はこの人間の顔を見つめているんだ…一緒に寝ているのも汚らわ…しい…?

…何故だ?…あんまり嫌な気がしない…

妹はこの男なら大丈夫だとか言っていたが…こういう事なのか?
いやいや…どう見てもこの男は人間だ、貴族になった元人間の男達とは明らかに違う。
しかし…貴族にすら満たない下等な人間のこいつは何故大丈夫なのだろうか…
私や妹がおかしいのだろうか……それとも、こいつがおかしいのか……

…寝ている分には普通の子供と変わらないように見えるな。
起きている時は、話し方や態度が気に食わないが……フフッ…

……………誰もいない…よな…?

人間の男を起こさない様に、こっそりと抱きしめてみる……暖かい…な…
こ、これが人間の抱き心地……思ってたよりは…悪くない…かな……
って、私は何をしているんだ…出会って間もない下等な人間を抱きしめるなんて……
しかも、魔王の娘様のお気に入りを……そうか、魔王の娘様のお気に入りだから大丈夫なのだな。
……そうであってほしい気もするのだが……こいつが特別な人間であってほしいと言う気もする……

…うむ、私は寝ぼけているのだろう、寝ぼけて抱きついたと言う事にしてしまえばいい。
寝ぼけているのだから、もう少し密着しても大丈夫だよな?起きたりはしないよな?
………フフッ……



「輝ちゃんがヴァンパイア姉ちゃんに好かれるなんて…予想もしてなかったわ…」
「これは浮気…になるのでしょうか?」
「うぅむ……そもそも、輝がわっち等を嫁として見ているかどうか…」
「…その時は、無理やりにでも既成事実を作ってしまえばいいのですよ…うふふ…」
「…琴音ちゃんの黒い一面を見てしまった気がするわ…」

目を覚ますと、宿は修羅場と化していた。
詳細な事は我輩も分かってはいないが、琴音達から大体の事は聞いた。
とりあえず聞いたことをまとめると…

・我輩の寝ていた部屋でヴァンパイア妹殿が発見される…お漏らしの詳細は後述の件で既に知られているようだ。
・ヴァンパイア姉妹の部屋で、我輩がヴァンパイア姉殿に抱きつかれて寝ているのが発見される。
・我輩の部屋に、誰の物か分からないリボンが落ちていた。

……そして……

「それにしても…随分と素敵な事が書かれていますね…」

そう言って、我輩の日誌を流し読みしていく琴音……
昨日片付け忘れてしまったようだ……我輩としたことが…こんな初歩的なミスをするとは…

「一応読んでみたけど、書き始めてからそんなに日が経ってないのね?」
「うむ、日誌を書こうと思ったのがつい最近でな…我輩の知ってる範囲で書き込んで行っているである。」
「…胸の感触だとかは必要なのかの?」
「も、もちろんである!種族によって感触が違ったり…」
「種族的な特徴なら変わったりするけど、胸に関しては完全に個人差よ?」
「………輝様?」

一歩…また一歩と、我輩の方へと歩み寄ってくる琴音。
彼女が浮かべる笑みは、我輩の知っている何よりも美しく…何よりも恐ろしいものだった…
我輩の心臓が悲鳴を上げそうなほどに鼓動し、手足がガクガクと震えて立ち上がる事も後ずさる事も出来ない。
ついに琴音が我輩の直ぐ目の前までたどり着き、我輩に向かって手を伸ばす……

が、その手が我輩に触れる直前に…

「邪魔するでー。」
「邪魔するんだったら帰るんじゃな。」
「あいよー……まてまてまて!うちはそこのお兄さんに報告をしに来たんやって。」
「……お仕置きは後にしましょうか…運が良かったですね。」

た…助かった……生きた心地がしなかったである…
い、いつまでも怯えているわけにはいかんな…ヴァンパイア姉殿を起こそうか…



「………と言う事なんやけど…どうかな?」
「ふむ……この家がこの町でもっとも良い家なのだな?」
「うちが調査した限りではな、この家以上の物はこの町には無いで。」
「広さもそれなりにありますし、皆を迎え入れることも出来そうですね。」

刑部狸殿とヴァンパイア姉妹が話し合いをしている間、我輩達は少し遅めの朝食をとっていた。
米も美味いが、やはり我輩はパンの方が好きであるな。
ベーコンエッグとトーストの組み合わせは素晴らしいの一言に尽きる。

「…美味しそうですねそれ。」
「琴音も食べるであるか?」
「いいのですか?」
「さっきのお詫び…とまでは行かないが、これくらいだったら別にかまわんであるぞ。」

そう言って、口をつけてない方を向けて琴音に渡そうとする。
が、琴音は受け取ろうとして手を引っ込め、何かを考え始めてしまった…

暫くして、意地の悪そうな笑みを浮かべ、我輩に話しかけてくる。

「口移しでもいいですか?」
「…………えっ!?」
「口移しで許してあげます。」
「そ…それは流石に…」
「ならいりません。」

困った…さっきよりも機嫌を悪くしてしまったようだ…
しかし……口移しなんて行儀が悪いであるし…我輩達だけしかいないと言うわけでもないであるから…人目が…
だが…琴音はいつも我輩を支えてくれているであるし…しかし人目があって恥ずかしい……

とりあえず食べよう…

「輝ちゃんって意外と勇気が無いのね…」
「そういう所も可愛いと思っていたが…これは流石にの…」
「…うるさいである…」
「……クスン……いいですよ…輝様は私よりも周りの目が気になるのですから…」
「琴音。」
「何です……んんっ!?」
「「おっ!?」」

琴音がこちらを向いたと同時に、琴音の唇を奪う。
それと同時に、咀嚼していた物を琴音の口内へ送り込む。
最初こそ驚いていた琴音だったが、直ぐに我輩の意図を理解したようで、我輩の首に腕を絡め抱きついてくる。
移し終わっても琴音は離れず、何時もよりも激しく舌を絡めてくる。
…だが、我輩の恥ずかしさが限界を向かえ、少し強引に口を離す。

「あっ………」

我輩と琴音の舌を銀色の糸が繋ぎ、ゆっくりと垂れ、プツリと切れる。
少し残念そうな顔をしているが、直ぐに笑みを浮かべ我輩に抱きついてくる。
周囲の客からは、我輩達を祝福するような歓声と共に、もげろだとかリア充爆発しろなどの罵声が投げかけられてきた。

「……輝ちゃん、もちろん私にもしてくれるわよね?」
「ああーきゅうにてがしびれてきたーわっちにもくちうつししておくれー。」
「……恥ずかしいから嫌である……」
「輝様…私ももっと欲しいです…」
「絶対に嫌である!周りの視線が痛すぎるである!」
「つまり、部屋の中ならいいのね?早速行きましょう。」
「そう言う事じゃなくて…ひ、引きずるなであるぅぅぅ!!」

「…うちらも行こうか。」
「そうですね…うふふ…」
「まったくお前達は…それで良いと思っているのか?」
「お、お姉様……」
「食べ物は持参するのが礼儀と言うものだろう?…サンドイッチを一つ頼む。」
「そうですね…あ、私もそれで。」
「うちも同じで良いかな…さ、行こうか。」





桜花を含む龍は不思議な力を持っていて、翼が無くても空を飛ぶことが出来る。
屋外で飛ぶ分には翼で飛ぶ種族とそこまで変わらない、問題は屋内での話である。
狭いところでも問題なく飛べるため、誰かを抱えたまま移動するなんて事が容易く出来てしまう。

今の場合は、我輩が運ばれているのであるがな。

「まったく…人間はこれだから困る…」
「五月蝿いである…どこにでもいる人間の子供をインキュバスとかと比べないで欲しいである…」
「そう言う割には完食まで頑張ってたけどね。」
「…うちの初めて…お兄さんに奪われてもうた…」
「輝様に口付けをすると我を忘れてしまいます…」
「本当に罪な男じゃなぁ…くふふふ…」

本番はしていないと言うのに、精気を根こそぎ吸い尽くされたかのように体がだるい…
男としては嬉しい悲鳴を上げるべきところなのだろうが、当事者からしてみれば苦行以外の何物でもないである。
かと言って、まったく嬉しくないわけではないから困る…不覚にも、もっと味わいたいと思ってしまったからな…

次にやる時はもう少し加減してもらうであるが…

「あ、ここやここ。」

っと、そうこうしている内に目的の部屋に着いたようであるな。

「ふむ……ほう、書斎か何かか?」
「立派な部屋ですね…」

部屋に入ると、ただの書斎にしてはやけに立派な机と椅子が我輩達を出迎えた。
壁際には大きな本棚が二つほど…一つの棚は埋まっているが、もう一つは開いているであるな。
桜花に降ろしてもらい、納められている本を手にとって見る……随分と使い込まれているようだが…この本って…

「ふむ…座り心地もいいな…設備もしっかりしているし…気に入ったぞ。」
「ほんまか?この家にするん?」
「私はそれで構わない、ここなら皆も気に入ってくれるだろう。」
「私も異論はありません。」
「気に入ってもらえて何よりや…じゃあ、ここに名前を書いてもらえるかな?」
「うむ。」

どうやらここに住むという事で話が纏まったようであるな。
しかし…なかなか興味深い本だ、この町の発展の経歴が事細かに記入されていて、読んでいて為にもなるしなかなか面白い。

まぁ、歴代の町長が記入してきた手帳だから、詳しく書かれているのは当たり前であるか。

「おめでとう、今日からこの町はお姉さんの物やで。」
「うむ…………町?」
「前の町長がちょっとした事情があって町に戻れなくなったらしくてな、新しい町長を決めようかって時にお姉さん達が家探しに来たというわけなんよ。」
「…輝はこの事を知っていたのか?」
「初耳であるが…やはり刑部狸に任せると素晴らしい物を手に入れてもらえるのであるな。」
「……本格的に馬鹿にされそうだな…」

頭を抱え、深く溜息をつくヴァンパイア姉殿。
無理も無いだろう…自分達が見下してきた存在の長になれと言われているのであるからな…
目元に手を当て小さく震えている……泣いているのだろうか……

……いや、笑っていた。

「ふ…ふふふ…こうなったら自棄だ、やってやろうじゃないか町長とやらを。」
「おぉ!引き受けてくれるんか!」
「誇りなぞいらぬ…プライドも必要ない…馬鹿にしたければ来るがいい同属共!」
「…壊れたであるな。」
「お姉様…お気の毒に…」

こればかりは我輩でもどうしようもないであるな…まぁ、可愛そうだと思っても手助けする気は無いであるがな。
さて、めでたく(?)家を見つけることが出来たから、我輩達は旅に戻るであるか。
随分と長い寄り道だったであるな…必要最低限の物を買ったら直ぐに出発しよう。

部屋から出ようとしたとき、ヴァンパイア姉妹に腕をつかまれた。

「逃がさん、お前には責任を取ってもらわねばならんからな。」
「大丈夫です、仕事の内容は丁寧に教えますし、精の付く食事も用意しますから。」
「…それ、輝ちゃんによく似せてある人形よ?」
「「えっ!?」」

ヴァンパイア姉妹が驚いて我輩から手を離した一瞬を突き、全速力で部屋から逃げ出す。

「…は、謀ったな!?」
「残念だけど輝ちゃんはあげれないわ、ごめんなさいね。」
「そうですか……」
「…輝の気が向いたらまたここへ来ると約束しよう、その時くらいなら輝を好きにしてもいいぞ。」
「私としてはあまり輝様を貸したくは無いのですが…貴方達なら信用出来ますから。」
「そうか…わかった、次までに輝が永住したくなるような町にして見せよう。」
「何時いらっしゃっても良いように専用の部屋を用意してお待ちしていますね。」

……等という会話があったかどうかはその時の我輩には知る術はなかった。

「……やけに重いと思ったら…何をしているであるか…」
「女の子に重いは言ったらあかんで?」
「む…それはすまない…」
「いやね?うちもお兄さんについて行こうかなー?って思ってな?」
「いやいや…我輩の旅は危険がいっぱいなのであるぞ?」
「わざわざボディーガードを雇うよりは安上がりやし、好きな人と旅とかあこがれるやん?」
「うーむ……我輩の旅の仲魔には稲荷もいるのだが…大丈夫であるか?」
「平気平気、それくらいなら何とでもなる。」
「はぁ…好きにするといいである…」
「やった!これからもよろしくな輝はん♪」

…そろそろ胃に効く薬を常備した方がいいだろうか…



〜今日の観察記録〜

種族:刑部狸
彼女達が夫となる男性を捕まえる手段は、金銭絡みの方法であることが多い。
騙して借金を負わせたり、店を乗っ取ったり、男性の家族ごと買い占めたり……彼女達にしか出来ない芸当である…
どのような場合であっても、男性の元に今まで以上の富と名声が舞い込んでくることに変わりはないのであるが…

種族:ヴァンパイア
希少かつ強力な存在である彼女達にも弱点は存在する。
彼女達が本来の力を発揮できるのは夜の間だけであり、日光に晒されると人間の少女と変わりないほどの力にまで弱ってしまう。
真水で濡れた所には強い快楽を感じ、にんにくの匂いを嗅ぐだけでまともな思考が出来なくなってしまうようである。

種族:リリム
魔王と同様に、彼女達もこの世に存在するすべての魔物の魔力を実に宿していると言われている。
彼女達に襲われた女性は、女性の性格や理想に合う魔物に変えられる事もあれば、気分次第で変えられる事もあったりするようだ。
ドラゴンやバフォメットなどの高位の魔物に変化することは稀で、女性にその素質がある場合以外はこれらの種族に変化することは無いらしい。

種族:龍
ドラゴンと同じく、一時的に旧世代の時の姿へと変化することが出来るが、彼女達は滅多な事が無い限り人前では変化することは無い。
争いを好まず、人間を威圧する事を避けるためらしいである……温厚な彼女達らしい理由であるな。
本文にも書かれているが、彼女達は翼が無くても空を飛ぶことが出来る他、水中を自由自在に泳ぐことが可能である。

仲魔:琴音
普段は淑やかで献身的なのだが、怒らせてしまうと大変なことになってしまう。
怖いもの知らずと言われた我輩が小便をちびりそうになるほど…と言えば伝わるだろうか?
ちなみに、同世代の稲荷と比べて背と胸が小さいことを気にしているようであるな…我輩は小さい胸も好きだと言うのに…
12/04/06 19:18 up
長い長いヴァンパイア編も今回で終わりです。
投稿が遅れたことについては本当にごめんなさい…

エイプリルフール時のSSで気力とネタを使い果たしたなんて口が裂けても言えません…
白い黒猫
DL