26ページ:ヴァンパイア
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コツ…コツ…と、二人分の足音が薄暗い廊下に響き渡る。
DL
「着きました。」 「すまんな…しかし、本当に良いのであるか?」 「私が良いと言うのですから問題はありません。」 ヴァンパイア殿に連れられて、我輩の仲間がいる部屋の前へとやってきた。 どうして案内してくれたのかを聞いたが、何度聞いても教えてくれなかった… 「失礼します。」 「どうぞー…あ、それダウト。」 部屋の中では、トランプ片手に紅茶を飲んで寛いでいる3人の姿があった。 …あれぇ?…誘拐ってこんなに穏やかな単語だったであるか? 「最初は強引に連れて来たのですが、事情を説明したら協力してもらえることになったのです。」 「事情?」 まぁ、誘拐した相手を協力させるほどだからそれなりの事情なのだろう… 「お姉様の暇潰しです。」 「だろうな。」 うむ、真面目に考えたら負けだ、人間の常識を持ち込んでも何の役にも立ちそうな気がしない。 「足止め要因として溜めて待ってたわ、私自身も輝ちゃんと直接戦ったこと無かったから調度いいかなって。」 「私は人員の配置を手伝ったりしましたね、いきなり入り口に全員を配置しようとしていたのを止めなければいけない気がして…」 「全員分の食事の用意の手伝いもしたの、流石にヴァンパイア殿一人にやらせるのはかわいそうでな。」 「足止め…もしかして、刑部狸のいた部屋の先にいたとか?」 「そうよ?黒い扉を選ばない限りは私に当たるはずなんだけど、来たのは泣きながら鍵を握り締めて殴りかかってくるむさ苦しいのだけだったわ。」 …鞭…持ってこない方がよかっただろうか… 「後残っているのはお姉様だけですが…輝相手ではお姉様に勝ち目はないでしょうね。」 「姉に対しての態度が酷すぎると思うのだが…」 「事実を言っているだけです、決してお姉様が憎くて言っている訳ではないのですよ?」 「…この際そういうのはどうでもいいが、ヴァンパイア殿の姉のいる部屋はどこであるか?」 「戦うのですか?」 「いや…この鞭を持ち主に返そうかなと…」 「そうですか…分かりました、こちらです。」 そう言って、部屋を出て行くヴァンパイア殿。 その後を追い、我輩も部屋を後にした。 …のはいいのだが… 「なぜ着いてきた…」 「「「面白そうだったから。」」」 「皆さんお静かに…見つかってしまいますよ。」 今、我輩達はヴァンパイア殿の姉のいる部屋の上の部屋にいる。 そこから、床にこっそりと穴を開けて、中の様子を観察しているところだ。 「輝様が戦わない場合は、もう一人の方が戦うのですよね?」 「たぶんそうだろう…今更だが、他人の戦いをじっくりと見るのは初めてかも知れん。」 「わっちとしては、争いで人が傷つくのは見ていて辛いのじゃが…」 「大丈夫よ桜花ちゃん、危なくなったら輝ちゃんを放り込むから。」 「我輩は消化剤か何かか?」 「ふふっ、中がよろしいのですね。」 「素直に喜べん…お?来たみたいであるな。」 「『滅びよ!ここは、お前の住む場所ではない!』」 「私は自らの力で蘇るのではない…欲深な人間共の力で蘇るのだ…力が唯一の正義なのだからな。」 「『それはお前の勝手な言い草だ!人々は、同じ信念の下に求め合い、集い、そして歩んで行く。』」 「だが…現に人間共は欲望によって発展し、信仰によって統率されてきたではないか。」 「『人々は力だけでは統率出来ない!敬い、慈しむ心があるからこそ統率できるのだ。』」 「くだらん…どちらが正しいか…死をもって分からせてやる!」 「……」 「ククク…私のカリスマの前に言葉も出せないか…」 「…俺の想像していた吸血鬼と何かが違う…」 「何が違うと言うのだ?言葉を解せぬ下等な存在だとでも思っていたのか?」 「そういう意味じゃないが……カリスマが欠片ほども感じられない。」 「なっ!?私のどこにカリスマがないというのだ!?溢れ出るほどのオーラが見えんのか!?」 「本当にカリスマがあるなら、ドアの前に『このメモの内容を間違えずに読め。』なんて書かれたメモ書きは用意しないと思うのだが…」 「わ、私が寝ずに考えた演出を愚弄する気か!?やはり、人間如きに私の偉大さは分からないのか…」 「分かってたまるかそんな薄っぺらい威厳なんか。」 「うー…こうなったら、我が力を見せつけ、平伏させてくれる!」 「………何あれ?」 「ヴァンパイア殿の姉はいつもあんな感じなんであるか?」 「恥ずかしながら…」 「…まあ…その…何じゃ?強く生きるのじゃぞ…」 「それよりもどうしますか?派手に戦ってますけど。」 「我輩としてはあまり関わりたくない…と言うより、あの男結構強かったのであるな…」 「とてもそうには見えないけど、あんなのでも本物の勇者だったわよ。」 「…我輩は貴重な経験をしていたのであるな…」 「どんな経験ですか?」 「勇者の後頭部に飛び蹴り一発、着地してからさらに回し蹴りも顔面に一発。」 「そこまでしておいてよく無事じゃったな…」 なんて事を話していると、突然下から強い衝撃が襲ってきた。 それと同時に、我輩達の周りの床に亀裂が入り始める… 「……消化剤投入であるか…」 「場合によっては発火剤になるんじゃないかしら?」 「あぁ…見られてたことが知られてお姉様の顔が真っ赤に…」 「…何故じゃろうか…わっちは嫌な予感しかせん。」 「奇遇ですね、私もですよ。」 我輩達を支えていた力が消え、成す術なく我輩は下へと落ちて行った… 「げほっ…な、何だ?何が起こった?」 「くっ…邪魔が入ったか…」 「…あいつ等…飛ぶなんてズルイである…」 我輩以外の四人は、自分で飛ぶか飛べる者にしがみ付くかをして落下を逃れていた様だ… 皆酷いである…明日のおやつにこっそりわさびを混ぜてやるである… 「…まさか貴様…さっきのやり取りを見てたのか?」 「…もう少し演技の腕を鍛えた方がよいぞ?」 「むっ…あれでも頑張った方なのだが…」 「声をもう少し低くするといいかも知れんな…後、役になりきる事も重要であるな。」 「ふむ、次からは気をつけるか。」 「貴様等ぁ!私を無視するな!」 彼女が叫ぶと同時に、無数の火の玉が我輩達に向かって放たれる。 我輩は刀で切り落とし、男の方は芸術的とも言えるほどしなやかで美しい後方宙返りでそれを避けた。 「くっ…避けるなんて卑怯だぞ!男なら正々堂々と避けずに受け止めろ!」 「無茶を言うなである…こっちの男はともかく、我輩はただの人間だから当たったらレア程度では済まんである…」 「お前の様なただの人間がいるか!」 「失礼な、ちょっと運動神経が良かったり老衰しないだけで、他はどこにでもいるような普通の世界の支配者(予定)であるぞ?」 「何だ?俺に突っ込めと?そう言ってるのか?」 「…すまん、流石に男には興味は…」 等と話を弾ませていると、ヴァンパイア姉の様子が変わり始めた。 何だか震えているように見えるが…寒いのだろうか? 「…初めてだ…この私を平気で無視する愚か者に出会ったのは…」 「構ってやりたいのは山々なんだが…」 「平気?とんでもない、我輩は大真面目にふざけているだけである。」 「もう許さん…私の手で、二度と日の光を拝めないようにしてくれる!」 先ほどより大きな炎の塊が現れ、我輩達目掛けて一直線に飛んでくる。 紙一重でそれを避けたが、炎は我輩の後ろにあった壁を貫き、大きな風穴を開けていた。 これは…真面目にやらないと不味いであるな… 「いけるか?」 「勇者の力をなめるな!この程度で負ける気はしない!」 「ふん…教会の奴らは気に食わんが、今回だけは助太刀してやろう…邪魔はするなよ?」 「ただの人間は隅で大人しくしてろ…と言いたい所だがな…貴様こそ、俺の足を引っ張るなよ?」 それぞれの獲物を構え、目の前の敵に向き直る。 隣の奴が多少不安だが…壁くらいにはなるだろう… ヴァンパイア姉の周りに青白い光が集まるのを合図に、我輩達は同時に駆け出した… ……のだが…… 「…あれ?」 ヴァンパイア姉の周りに集まっていた光が消え、先程までの重苦しい空気が薄れた。 一体何が起こったのだ? 「…………運が良かったな、今日は魔力切れの様だ。」 暫くの沈黙の後、消え去りそうな声でそう告げるヴァンパイア姉… 「……うぅ…ぐすっ…笑いなさい……笑いなさいよ…人間に散々弄ばれて、無様に怒鳴り散らした挙句、かっこつけたくせに何も出来ない私を笑いなさいよ…」 「お姉様落ち着いてください、十分かっこよかったですから大丈夫ですよ。」 「そ、そうであるな!流石の我輩も、命の危険を感じたである!」 「ま、まったくだ!相手の有情が無ければ、俺達は今頃消し炭になっていただろうな!」 様子を見ていた4人も降りてきて、必死にヴァンパイア姉殿を慰める。 3人の我輩を見る目が怖い…うぅ…胸が痛む… 「輝様…いくらなんでも酷すぎます…」 「輝ちゃんには後でたっぷりとお仕置きしないといけないわね…」 「温厚なわっちでも、流石にこればかりは許せんぞ…覚悟するのじゃな。」 あぁ…何をされるのだろうか…想像出来るから怖い… 抜かずの10連発3セットだろうか…手足を縛ってからの寸止め責めだろうか…どっちも嫌であるなぁははは…… 「……こうなったら………る…」 「お、お姉様?」 「こうなったら!皆まとめて吹き飛ばしてやる!」 そう叫び、火の玉を部屋の隅に向けて放つ。 火は直ぐに消えたが、導火線のような物に引火したような音が聞こえてくる…… 「ククク…我が痴態を見てしまったことを恨むのだな!あと少しで、お前達はおしまいだ!」 「な、なんて事を…お姉様…」 「輝ちゃん!流石に不味いんじゃないかしら!?」 「輝様……」 「いくらわっちでも、こんなに大人数は運べんぞ!」 「くっ!俺の冒険はここで終わってしまうのか…!」 「…………」 暫く考え、あることを確かめるために、ヴァンパイア姉に問い掛ける。 「ヴァンパイア姉殿…今言った『お前達』と言うのは、我輩達に限定して言ってるのであるか?」 「ああそうだ!この城が吹き飛ぶほどの大量の火薬に引火し、私の痴態を見たもの全員が瓦礫の山の下に埋まるのだ!」 「……で、お主達はどうするのであるか?」 「ふっ…私達が火薬の爆発くらいで死ぬと思ってるのか?」 「死ぬよ。」 「…え?」 「爆発に巻き込まれたら普通に死ぬ、運良く生き残っても瓦礫の下敷きになって食事が出来ずに飢えて死ぬ。」 「…………今から逃げれば間に合うかしら?」 「導火線の長さによるんじゃないかな。」 その後、完全にカリスマが崩壊したヴァンパイア姉を背負いながら逃げる羽目になったのは言うまでも無い… 「…あぁ…我が城が…何故こんなことに…」 城が遠くに見える場所へたどり着いた時、轟音と共に立派な城が崩れ始めた。 あれほどの建物を建てるのにどれだけの時間がかかるのだろうか…どんなに手間のかかったものでも、壊れる時は一瞬であるな… 「…長く、苦しい戦いだった…」 「…得る物の無い空しい戦いであったな…」 「輝ちゃん…逃げてきた子達はどうするつもりなの?こうなったのも輝ちゃんの責任でもあるわよ。」 「むぅ…次の町に着くまでには考えておこう…」 「輝が責任を持って面倒を見ると言う選択肢は無いのかの?」 「我輩にそんな収入があるとでも?」 「それ以前に、収入なんてあるの?」 ………… 「くよくよしても仕方が無いであるからな、何人か使えそうなのを借りて狩りにでも行くであるか。」 「露骨に話を逸らしましたね…いやらしい…」 「私達を養ってはくれないんですね……残念です…」 「そ、そんな目で見ないで欲しいである…」 「……魔物に囲まれると言うのはこんなにも恐ろしいことだったのか…」 「そんな事は無いであるぞ!……って胸を張って言えたらどれだけ気分が楽になることか…」 深く溜息をついて項垂れている我輩の肩に、そっと手を置いてくる男… …教会の人間の認識を改める必要がありそうであるな… 「ねうねう♪ねうねう♪」 「お、お姉様!気を確かに!」 「…可愛そうに…余程辛かったのね…」 「うぐっ…そ、そんな目で見つめないで欲しいである…」 だが、今そんな事はどうでもいい、重要なことじゃない。 何とかして、ヴァンパイア姉殿を元に戻さねば……はぁ… 〜今日の観察記録〜 種族:ヴァンパイア 彼女達も、生きるために人間の男性の精を必要とするのだが、交わりではなく吸血をすることによって精を得る。 吸血をするときに魔物の魔力を流し込むため、何度も彼女達に吸血をされるとインキュバスへと変わってしまうようだ。 また、彼女達の吸血行為は双方共に強い快楽を得るのだが、対象が人間のままの場合は彼女達は襲い掛かるのを我慢するので安心(?)してもらいたい。 |