25ページ:ヴァンパイア
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「…来てしまいましたか…お姉様から忠告はされたはずですよ?」
DL
「む?お姉様?」 「あぁ…黒い扉を選んだのですね…勇敢だと言うべきか無謀と言うべきか…」 道なりに進み続け、長い螺旋階段を上って出た先は、周りの景色が良く見える塔の上だった。 足場の広さはそれなりにあり、障害になりそうな物も見当たらない。 こんな何もない所で何をやっていたのだろうか?景色でも楽しんでいたのだろうか。 「美しいでしょう?私は、ここから海を眺めるのが大好きなのですよ。」 彼女の言うとおり、見る方向を変えるだけで様々な景色が見える。 特に、月夜に輝く海は美しいとしか表現の仕様がない。 「……ここに来たからには、ただで返すわけには行きません…涙と鼻水の準備はよろしいですか?」 「残念な事に在庫切れでな、代わりに我輩の発明品と営業スマイルで勘弁してもらえないであるか?」 「面白いことを仰るのですね…気に入りましたわ。」 「気に入ってもらえてよかったで…」 「吸血は最後にしてさし上げます。」 「…眷属化は勘弁である…」 瞬間、彼女の雰囲気が変わる。 穏やかな表情はそのままだが、我輩ですら命の危険を感じるほどの禍々しい力を感じる。 これが…これが本気を出したヴァンパイアの力なのか…? 「いきますよ!」 彼女が何かを呟くと、彼女の手に光が集まり、弓と矢へと姿を変えた。 現れた弓矢をしっかりともち、限界まで引き絞って我輩ではなく真上へと射る。 放たれた矢は吸い込まれるように空へと消え、それと同時に弓の方も消えてなくなってしまった。 「何をしたのであるか?」 「もう少ししたら分かりますよ。」 そう言ってまた何かを呟く。 すると、目が眩むほどの強い光が放たれ、収まった後には一本の剣の様な物が残されていた。 彼女はその剣を手に取ると、使い心地を確かめるかのように軽く振った。 「時間はたっぷりあります…心行くまで楽しみましょう。」 「剣であるか…それならば、我輩もこれを使うとするか。」 手に持っていた鞭をしまい、腰に差した刀を鞘から抜き放つ。 「それは…ジパングで使われている武器…」 「刀を見たことがないのであるか?我輩の作った模造品でよかったら後で譲るであるが。」 「いいのですか?でも、手加減はしませんよ?」 「勝ち負け関係無しに一本プレゼントするであるから安心するである。」 そう言いつつ、徐々に間合いを詰めていく。 相手の方も剣を構え、我輩ので方を伺っているようだ。 …一言で言うと、隙がない。 下手に近づくと危険であるし、時間をかけるのもいろいろと不味い。 何か道具を使って様子を見るか…何がいいだろうか? ………これを使ってみるか。 「これでも喰らうである!」 導火線に火を点け、ヴァンパイアに向かって投げつけて手で目を覆う。 少ししてからヴァンパイアの悲鳴が聞こえたのを合図に、手をどける… その瞬間、目を突き刺すような閃光が視界いっぱいに広がった。 「ぎゃあぁぁぁ!!目がぁぁぁ!目がぁぁぁ!!」 我輩特製の閃光玉をもろに喰らい、目を強く押さえて転げ回る。 さ…さっきの悲鳴は演技だったのか… 「なるほど…面白い道具ですね。」 「ぐおぉぉぉ…頭痛がする…吐き気もだ……この我輩が…体調が悪いだと…」 「これでは続きが出来ませんね…」 「これ位の事で…諦めるわけにはいかんである…」 「無理はしない方がいいと思いますよ?人間は私達と比べてとても弱い存在ですから。」 「仲間を助けるためにも…我輩は負けられんである!」 刀を握り締め、自分の周囲を払いながら立ち上がる。 視力は回復しておらず、頭痛のせいで集中も出来ない… だが、まだ諦めるには早い…何か手があるはずだ… 「相手の位置も分からないのに、どうやって戦うつもりですか?」 「うひゃあ!?」 突然背後から声が聞こえ、耳に息を吹きかけられた。 我輩としたことが、普段出さないような変な声を出してしまったである… 「ぐぅ…自分の発明品で動きを封じられた上にこんな…」 「貴方のような幼い人間が、魔物であり貴族である私に勝つことはありえないのですよ。」 「その考えを覆してみせる!」 刀を一層強く握り締め、さっきまで声のした方に向けて振るう。 剣で防がれたのか、高い金属音と強めの反動が返ってくる。 「そこか!」 「くっ…さっきよりも動きが速い…」 ヴァンパイアがいると思われる場所に、深く踏み込みながら切り払う。 再び剣で防がれたようだが、初めの音と反動の後にさらに複数回の金属音が聞こえてくる。 それと同時に目が見え始め、ヴァンパイアの驚いた表情が少しずつ見えてきた。 「まさか…こんな事が…」 「やっと見えるようになってきたである…我ながら恐ろしい物を作ってしまったであるな…」 気持ち悪さは残っているが、目の方は問題少なく見える程度には回復した。 改めて見渡すと、彼女が持っていた剣が横に落ちているのが目に入った。 「…ふ、ふふふ…」 「ん?」 「吸血は最後にする…私は確かそう言いましたよね?」 「そうであるな。」 「あれは嘘です。」 そう言い終わった瞬間、彼女が直ぐ目の前まで迫ってきた。 そのまま我輩に抱きつき、鋭く尖った牙を首筋に突き立ててくる。 「ぐぅ!」 彼女が血を吸い始めると同時に、何とも言えない心地よさが首筋から全身に広がっていき、我輩の思考を乱す。 吸ってる方も気持ちいいのか、我輩を抱きしめる腕に力が篭る。 「んっ…ふふ、ごちそうさまです。」 「うぅ……力が入らん…」 「可愛らしく、腕もあり、血の味も上質…これを避けれたら、考えてあげましょう。」 「何を……えっ?」 我輩から離れた彼女の方を見ようとした時、目の前に何かが落ちてきた。 これは……矢? 「百にして一なる緋の矢…降り注ぐ矢の雨の中で踊り狂いなさい。」 彼女が言い終わると同時に、数え切れないほどの緋色の矢が降り注いできた。 その光景は、天高く輝く星々が降り注ぐかのように見え、美しくも恐ろしいものだった… 「………ん?」 「目が覚めましたか?」 気が付くと見知らぬ天井……天井? 「ここは…」 「私の部屋です…貴方が矢に撃たれて気を失ってしまったので運んできました。」 「そうか…すまんな。」 「気にしていませんよ…何故だか知りませんが、貴方なら大丈夫みたいですから。」 そう言えば、彼女達ヴァンパイアは人間を見下しているのであったな… しかし…大丈夫とはどういうことなのだろうか? 「奇怪な道具を生み出す技術、本来の力を出している私から剣を落とさせる強さ、圧倒的に不利な状況でも諦めない心、普通の人間にはないものばかりですもの。」 「…それと、この状況とは何か関係が?」 彼女に触れようとする手が不自然に止まる。 目を向けると、我輩の手首に頑丈そうな手枷がはめられているのが見える。 足の方は彼女が乗っていて動かせない…が、おそらく足にも拘束具が付いているのだろう。 「貴方の様な優秀な人間を返してしまうのはもったいないですからね…徹底的に調教し、私の忠実な下僕にしてさし上げましょう。」 「いや…我輩には連れが…」 少しずつ、我輩の方へと這いよってくるヴァンパイア… 我輩が少し顔を前に出せば、唇が触れそうである… 「私以外のものが見えなくなってしまうほど激しくしますので…覚悟してくださいね?」 その後、我輩の悲鳴が城中に響き渡った……のかもしれない。 〜今日の観察記録〜 種族:ヴァンパイア 魔界に生息する希少な魔物で、高い知性と強い力を併せ持つ美しくも恐ろしい魔物である。 彼女達は総じてプライドが高く、人間を下劣な存在として強く見下している。 が、気に入った人間はその限りではなく、食料兼専属の召使いとして傍において置くようだ。 |