13ページ:稲荷・カラステング・白蛇
「世話になったであるな。」
「こちらも楽しませてもらった、礼を言うぞ。」
「それじゃあ行きましょうか。」

騒ぎの翌日、我輩と稲荷殿は雪姉殿に見送られ、目的地へと出発した
道中は稲荷殿に案内をしてもらうことになり、これで迷う心配はなくなった。

「今度来た時は…フフフ…」

うむ、今度来た時に熱湯に沈めてやるか。
そろそろ行くか…このままここにいると気力がどんどん抜けていくである…

「では…去らばである。」
「道中気をつけてな。」



行ってしまったか…
襲い損ねたのは無念でならないが…楽しかったから良しとしよう。

「ふぁぁ…あれ?輝さんと彼女はどちらに?」
「今さっき帰ったよ、輝も用事があったみたいでな。」
「そうですか…昨日のお詫びに、服を作って差し上げようかと思ったのですが…残念です…」

本当によくもてるようだな輝は。
何時か身を滅ぼす様な事にならなければいいが…

「あ、一緒に買い物にでも行きませんか?」
「ふむ、行こうか。」

私達も家を出て、山を下り始める。
次は何時来るのだろうか…ふふっ、楽しみが一つ増えたな。


「そういえば、昨日の鍋はどうだった?」
「えっ!?あの…その……お、美味しかったですよ?もう少し味を濃くしてもいいと思いましたけど…はい…」



「稲荷殿はこの辺りに住んでいるのであるか?」
「えぇそうよ。」
「いろいろと大変ではないか?特に今日の様に雪の積もった日等は。」
「確かに大変ね…でも、その分体を動かすからとても健康的な生活が出来るわよ?」
「ふむ、そういう見方も出来るか…なるほど。」

目的地までの道中、やはり雪が多いが苦にはならんである。
話し相手がいると言うだけでここまで変わるものなのか…
新しい発見であるな、今度から話し相手が確保出来たら積極的に会話をしてみるであるかな。

「…ところで一ついいであるか?」
「どうしたの?」
「…誰かに見られている気がするのであるが…気のせいだろうか?」
「あら、彼女に気づくなんて珍しい…流石に場所までは分からないでしょうけど。」

弓を取り、矢を番えて意識を集中させる…
気配はしても姿が見えない…音も少し聞き辛いであるな…

……むっ!閃いたである。

「稲荷殿、少しの間息を止めてもらえないであるか?」
「え?分かったわ、でも少しだけよ?」

稲荷殿が息を止めたのと同時に、我輩も息を止めて再度集中する。
先程よりも少し静かになって、より周りの音が聞こえるようになった…

その中に僅かに混じる呼吸音…安直な考えだったがこうも上手くいくとは…

「そこだっ!」

音のした方へ向けて矢を射る。
放たれた矢は、風邪を切り裂きながら音のした所…正確には、そのすぐ近くの木に深々と突き刺さった。
その瞬間短い悲鳴のような声が聞こえたかと思うと、周辺の空間が揺らぎ、何もなかった木の枝の上に少女が現れた。

はじめて見る妖怪であるな…見たところ、ハーピー属によく似ているように見えるが…

「いきなり何をするんですか!刺さったら死んじゃいますよ!?」
「直接中てないように逸らしたから問題ないである。」

枝の上の少女は非常に機嫌が悪いようだ…何故であろうか?
まぁ、そんな事はどうでも良いとして…

「何故我輩達を見ていたのであるか?」
「彼女はカラステングだから、縄張りに入ろうとしていた私達を警戒していただけだと思うわ。」
「そうなのか?」
「彼女の方はよくお話したりするけど、貴方はこの辺りの村や町では見かけたことがなかったから。」

こっちに帰って来てからそんなに日も経ってないであるからな…

「彼はこの先に用事があるらしいから通してもらってもいいかしら?」
「見知らぬ人を簡単に通すわけには行きません、残念ですがお引き取りください。」

むぅ…困ったであるな…
出来れば手荒な真似はしたくなかったであるが…仕方ない。

「どうしてもダメであるか?」
「はい、どうしてもダメです。」
「仕方ない、貴殿を打ち負かして通るしかなさそうであるな。」

新たな矢を番え、交戦の意思を表す。

「私と戦う気なんですか?後悔しても知りませんよ?」
「貴殿は後でこう言うであろう…こんな子供に負けるなんて…とな。」
「あまり苛めないであげてね?その子、結構繊細だから。」
「大丈夫です、嘆く暇すら与えないほど一瞬で終わらせてあげますから!」

その瞬間、目にも留まらぬ速度で木々の間を縫うように飛び始める。
だが、イケメンな我輩はこれ位では動じない。
先ずは、弓を取りやすいように雪の上に刺す。
次に、懐から長い導火線の付いた玉と、細い棒手裏剣を数本取り出し、導火線の方に火を点けた。
そして、真上に向かって思いっきり玉を投げると、即座に棒手裏剣を構えて相手の行く先を予測して次々と投げていく。
投げる度に著しく軌道が変わり、その度に僅かだが遅くなっていっている。

「出鱈目に投げて中ると思ってるの?」
「中てようと思ってないから問題ないである…そろそろであるな。」

最後の一本を投げ、すぐさま弓へ矢を番える。
我輩が引ける限界まで引き絞り、彼女が枝に止まる瞬間を狙って矢を放つ。
彼女が枝に止まった瞬間に矢が枝を深く抉り、彼女の体を支え切れずに折れた。

「きゃっ!?」
「隙あり!」

上に投げた玉を受け止め、彼女に向かって投げつける。
少し離れたあたりで炸裂し、粘々したものが彼女の周囲に撒き散らされた。
カラステング殿は粘々したもので身動きが取れなくなった様で、そのまま雪の上へと落ちてしまった。

「やだぁ…べたべたひっついて気持ち悪い…」
「ククク…我輩特性の蜘蛛糸玉の喰らい具合はどうかな?」
「こんな変なものを作るなんてどうかしてるんじゃないですか!?」
「変なものなんて言うなである!それを作るために何ヶ月かかったことか…原料を得るのにも命がけだったのだぞ。」

実際にアラクネから糸を得るのにとんでもない労力が必要だったのである…
危うく貞操を奪われそうになったうえ、一度に取れる量も非常に少なく、何度も取りに行かなければならなかった…
火薬の量も、糸が燃えてしまわないギリギリの量に調節するのが凄く難しく、何度も失敗して素材を無駄にしてしまったりしたのである…
それだけの苦労をして作り上げたこれは、我輩の自慢の一品である。
それがこうして無事に使えたことが何よりも嬉しく、我輩も鼻が高いのである!

…話が逸れたであるな…とりあえずこれはどうしようか…

「異国の書物で知った事なんだけど、負けた方は勝った方に凌辱されるのよね?」
「えっ!?」
「どこの書物であるか…しかし、たまにはそういうのも良さそうであるな…ククク。」

雪の上に横たわるカラステング殿にゆっくりと歩み寄る。
必死に逃げようともがいているが、糸が絡まって身動きが取れていない。

「嫌…来ないで…痛いのはやだぁ…」
「大丈夫である、出来るだけ優しくするである。」

カラステング殿の腹辺りを肩に当て、担ぎ上げる。
彼女の体はとても軽く、我輩でもそんなに苦にはならないほどだった。

「さて、先へ進むであるか。」
「ここまで来たらもう少しよ。」
「助けて…お家に帰りたい…」
「その状態でどうやって帰るのかしら?」
「あうぅ…」

新たな道連れを加え、目的地への移動が再び始まる…



…で、目的地に着いて、風呂を借りる事が出来たのはいいのだが…

「まさか、あの稲荷殿がここの家主だったとは…」

どうりで道順に詳しいはずである…だって自宅だもの…
その辺は後で考えるとして…諸君らも待ちわびていたお楽しみの時間である。

「…本当にお湯で落ちるんですか?」
「粘性が完全に無くなる訳ではないが、幾分か落とし易くなるである。」

服は後で我輩が何とかするとして…うむ…なんと言うか…

「…意外と胸があるのであるな…」
「っ!?そういう事は口に出して言わないで下さい!」

ハーピー属は、飛ぶのに邪魔な脂肪をつけない故にいろいろと貧相であるが…例外的に、彼女はそれなりに胸があった。
もっとも、普段はさらしで押さえつけてしまっているようであるがな…もったいない。

「まぁ、楽しむのは後でいいとして、落とすからじっとしてるのであるぞ。」
「えっ!?た、楽しむって何を?」

何かを言っているようだが、聞こえないふりをして作業に取り掛かる。
桶に湯を汲み、糸の付いている所に少しずつかけていく。
湯をかけながら手で取り除いて行くと、意外にも綺麗に落とせた。
頭の次は翼、その次は足と順を追って落としていく…うむ、胸意外は大体終わったであるな…

何で胸を最後にしたかって?言わなくても分かっているであろうに…ククク…

「大体落とせたであるな…残るは…」
「うっ…あ、後は自分で…」
「おぉっと、そうはいかんである。」

何をされるかを察した様で、逃げ出そうとしたカラステング殿を後ろから抱き抱えて胸を鷲づかみした。

「ひゃうっ!ほ、本当に自分で取れますから……」
「人の好意には素直に甘えるものであるぞ?」
「貴方の場合は悪意しか無いじゃ…んんっ!」

おぉ…これはなかなか…
片手に収まりきるサイズだが、その分張りがあり、揉み応えがあるである。
彼女の肌がすべすべしているのも手伝って、大きい胸に勝るとも劣らない心地良さであるな。

「あんっ!…もう落ちて…くふぅ…っ!」
「ん?…あぁ、落とし終わってたであるな。」

この糸は空気が読めてないであるな…もう少し粘って欲しかったである…

「うむ、それじゃあ出るであるか。」
「えっ?…あ、はい…」

彼女を残し、風呂場を後にする。
うむ、いろいろと充実した一時であったな。


「…こんなの…生殺しです…」



「さっぱりしたである…いろいろと。」

用意されていた浴衣を着て、予め指定されていた場所に向かう我輩。
流石稲荷と言ったところか…綺麗に畳まれた浴衣の上に、簡単な間取り図を用意しておいてくれるとは。

一つ残念なところを上げるとすれば…浴衣が我輩には大き過ぎて、今にも脱げそうになっていることくらいか…

「…っと、ここであるな。」

我輩の図の見方が正しければこの部屋の様だ。
中からは二人分の声が聞こえてくる…片方は聞いた事が無い声であるが、女性の声の様だ…

「失礼するである。」

意を決して襖を開ける。
中では、ちゃぶ台を挟んで二人の女性が座っていた。
一人は稲荷殿、もう一人は全体的に白い女性だった。

「湯加減はどうだった?」
「ちょうど良かったである…それで、こちらの美しい女性は?」
「う、美しいだなんて…そんな…恥ずかしいです…」
「あんまり口説いてばかりいるとお持ち帰りされるわよ?この子は私の友人の娘の白蛇ちゃんよ。」

白蛇…水神と崇められている龍に仕える巫女だったか?
実物を見た事が無い上に、我輩が読んだ書物には龍や白蛇に関した情報が載っている物は無かったであるからなぁ…どういう妖怪なのかがよく分からないである…

「あれ?カラステングちゃんは?」
「もうすぐ来るのではないか?我輩は汚れを落としてやってからすぐに出たであるからその後は知らんである。」

そう言いながら空いている所に座る。
程なくしてカラステング殿が現れ、反対側に座った。

「全員揃った所で紹介するわね、この子は輝って言うの、見た目は可愛いけどとっても強いのよ。」
「鉄輝である、よろしくである。」
「鉄?琴音ちゃんらしき稲荷が住んでいる家の住人なの?」
「えっ!?琴音見つかったの!?」

…ん?話の展開が急過ぎて何が何だか分からんぞ?

「稲荷殿…もしかして、琴音の知り合いなのであるか?」
「知り合いも何も、私の妹よ。」

なんだ、妹であるか。

……って、妹!?

「そ、それは本当であるか!?」
「本当よ…よかった、あの子は無事なのね。」

琴音には姉がいたのか…しかもこんなに近くに…

「お母様が亡くなってからずっと、琴音を探し続けていたわ…生きていてくれる事を信じてね。」

感動的な場面なのだが…どうにも緊張感が無い…
いや…普通気づくであろう?この山から一番近い村に住んでたんだから。

「それで、琴音はどこに?」
「近くの村の一番大きな家です。」
「わかったわ、ちょっと行って来る。」

言うや否や、いそいそと部屋を出て行った…
…結局突っ込みを入れれなかったである…

「何時から琴音ちゃんの居場所が分かったのですか?」
「今日知ったんですよ、悲しそうに空を見上げてる稲荷がいて、その妖怪が琴葉さんの言っていた子に似ていたんですよ。」
「もっと早く気づけなかったのであるか?」
「あの家、普段は一番左の部屋にだけ近づけなかったんですよ…結界が張られていたみたいで、私の力ではどうにも…」

そう言えば、我輩が帰ってきた直後は結界が張られているような気配は無かったであるな。
賊が、何らかの道具を使うかして結界を破ったのだろうか?

「それで、昨日行って見たら結界が無くなっていて、女中に化けて調べてみたら…」
「そこに琴音さんらしき稲荷がいた…という事ですか?」
「そういうことです。」

そこまでして琴音を隠したかったのか八代目は…少しばかり過保護すぎないか?
まぁ、我輩には関係ないであるな…もう会えないのだから…

夕日が差し込み始めた部屋の中で、二人の妖怪の話を聞き流しながら、もう会えぬであろう人物に思いを馳せていた…




「って!待つである!まさかこのままオチの一つも無いまま終わるのであるか!?」
「私なんてほとんど出てませんよ…扱いが酷くないですか?」
「何を言ってもここで終わりみたいですよ。」
「…ちょっと恨みをぶつけに行って来ます。」
「……どこにですか?」
「内緒です♪」
「……どうしてこうなったであるか…」



〜今日の観察記録〜

種族:稲荷
稲荷可愛いである稲荷。

種族:カラステング
ジパング地方に生息しているハーピー属の妖怪である。
彼女達は同属の中でも力が強く、神通力と呼ばれる力を操る事が出来る。
が、彼女達が人前に姿を現すことは滅多に無く、存在を知らない人もいるようであるな。

種族:白蛇
一部の人間に水神と崇められる龍と言う妖怪に仕える巫女で、その名の通り蛇の下半身を持ったラミア属の妖怪である。
ラミア族の中では比較的大人しく、ジパング妖怪の例に漏れずとても献身的である。
また、彼女自身も大きな力を持っているために、信仰の対象になったりもするようだ。
11/12/08 23:37 up
こんなオチでごめんなさい
白い黒猫
DL