12ページ:稲荷・ゆきおんな・ジョロウグモ
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「ふぅ…少し休むであるか…」
DL
元我が家を出発し、ある場所を目指して山へと入った。 この前もここを通ったであるが、その時よりは雪も少なくていくらか歩き易い。 目的地の遠さを考えると、少ないとは言い切れないのだが… 「いかん…流石に無計画すぎたであるか…」 我輩自身が長時間動き回るのが苦手なのもあって、進むのにやたらと時間がかかる。 この調子だと、日暮れまでに辿り着けるかどうかすら怪しいである… 「困ったであるな…」 「困った時は私の胸に飛び込んで来るといいぞ。」 「それは遠慮しておくである…」 ………ん!? 「ぬおっ!?何時のまに!?」 「流石に無計画すぎたのあたりから…それよりも、どうして困っているんだ?」 「む…実は行きたい所があるのだが、我輩の足では日暮れまでに行けそうに無くてな…」 そう言いながら雪姉殿に地図を見せる。 「ふむ…ここに行きたいなら今晩家に泊まっていくといい、目的地に詳しい人物が今日家に泊まりに来るからな。」 「そうなのか…しかし、我輩は手土産の一つも持ってないぞ?」 「問題無い、又の間にぶら下がってる物で私を突いてくれればそれで…」 「おぉっと!鹿を発見したである!あれを手土産にするである!」 「………グスンッ…」 何か聞こえるがそれどころではない、早くあの鹿を仕留めないといろいろと大変なことになってしまう。 背負っていた弓矢を構え、鹿へと狙いを定め……… …硬過ぎて引けない… 「ぐぅ…まったく引けん…」 「…早くしないと鹿が逃げるぞ?」 どんなに力を入れても、びくともしてくれない。 父上…よくこんな弓を使えたであるな… …そう言えば、昔に父上が言ってたであるな…弓は力ではなく心で引く物だと… 大きく息を吐き、落ち着いて弓を引く。、 すると、先程まではびくともしなかった弓が、今はやや浅めだが引く事が出来た。 そのまま鹿の方へと狙いを定めて矢を射る。 すると、浅めだったにもかかわらず矢は中々の速さで飛んで行き、吸い込まれるように鹿の頭へと突き刺さった。 「なかなか上手いものだな。」 「弓を持つのは久しぶりであるが…当てられて良かったである。」 「その弓も凄いな…少ししか引いてないのにあれだけ飛ぶなんて…」 「扱うのに慣れが必要そうであるがな…」 ともかく、これで身の安全は確保できたであるな…やれやれ。 腕の方も鈍ってないようだし、よかったよかった。 …この弓を使いこなせるように練習が必要だな…はぁ… 「何をしてるんだ?おいて行くぞ?」 「ん…今行くである。」 仕留めた鹿を担ぎ、雪姉殿の後について行く。 勢いで仕留めたが…思ってたよりも重いである… 彼女の家に着くまで体力がもてばいいが… 歩くこと数分、彼女の家が見えてきたである。 む?誰かいるであるな。 「待たせてしまったか?」 「大丈夫ですよ、今来たところですから。」 彼女が雪姉殿の友人であるか…おっとりとしていて大人しそうであるな。 ついつい悪戯をしたくなるような可愛らしさであるが…後が怖いから出来ないである… そんな彼女はジョロウグモ、昼と夜とで性格が変わる蜘蛛の妖怪である。 「あら?そちらの御方は?」 「あぁ、彼は私の恋人の…」 「…………」 「冗談だ…冗談だからその刀を仕舞ってくれないか?」 「…我輩の名は鉄輝だ、よろしくである。」 「そうですか…ふふっ、よろしくお願いします。」 我輩に向かって、可愛らしく微笑みかけてくるジョロウグモ殿。 なんと言うか…抱きしめて頭を撫でてやりたくなるような可愛らしさであるな。 「…なぁ、私だけ扱いが酷くないか?」 「気のせいであろう。」 「気のせいですね。」 「……とにかく家に入るか…」 そう言うと、悲しそうな表情のまま家の中へと入って行ってしまった… 少しやりすぎたであるな…後で謝罪の一つでもしておこう… いつまでもこんな所で突っ立っているのも変だと思い、我輩達も入ろうとした…が。 「うわぁっ!?」 突然、雪姉殿の声が響き渡り、ジョロウグモ殿がびくんっとなった。 …可愛いであるな… …で、雪姉殿は何故あんな声を出したのだ? 「何で勝手に入ってるんだ!?驚くからやめてくれと前にも言っただろう!」 「いいじゃない別に…私は貴方の声の方が心の臓に悪いと思うけど。」 中を覗いて見ると、そこにはふっさりとした尻尾の稲荷が座っていた。 …彼女の事を見ていると、何故か琴音の事を思い出してしまうである… 「そこのお二人さん、外は寒いでしょうから入って来て暖まるといいわ。」 「ここ私の家…もういいや…はぁ…」 「お邪魔します。」 「邪魔するである。」 …流石に、雪姉殿がかわいそうになってきたである… 家についてから数時間が経過した。 日はとっくに落ちており、辺りは暗く…なると思っていたが、雪が月明かりに照らされて輝き、意外にも明るかった。 「私特製の鹿鍋が出来たぞ、ちゃんと油揚げも沢山入れといたからな。」 「おっ!待ってました!」 雪姉殿が鹿を持って奥へと行った十数分後、とても美味そうな鍋物を持って戻ってきた。 …雪女である彼女が熱い物を持っても平気なのだろうか…? 「適当につついてくれ、私は手と体を冷やしてくる。」 ダメだったようであるな… まぁ、先ずは鍋の味を楽しむであるか… 「いただきます…あむっ………」 「いっただっきまーす♪…ぱくっ……」 「いただきます…はむっ……」 一口食べてあらびっくり! 見事に味が無い。 「…ちょっと、作り直して来ますね…」 「…そう言えばあの子…料理したこと無いって言ってたっけ…」 我輩以外の二人が、鍋を持って奥の方へと言ってしまった… さて、我輩は雪姉殿の様子でも見てくるか。 外に出ると、僅かに雪が舞う中に雪姉殿がいた。 純白の雪の上に佇む彼女は、月明かりに照らされている為かぼんやりと輝いているように見える。 …我輩とした事が、声をかけるのを忘れて見惚れてしまっていたである… 「十分冷ませたであるか?」 「ん?輝か…もう少しこうしているよ。」 「そうであるか…」 彼女の隣まで歩み寄り、空を見上げる。 黒に染まった空には無数の星が輝き、とても綺麗だ。 「星とは何故こんなにも綺麗なのだろうか?」 「手が届かない所にあるからではないだろうか?少なくとも我輩はそう思うである。」 空に向かって手をかざし、つかむ様な仕草をしてみる。 すると、雪姉殿が手を滑り込ませ、我輩の手を握り返してきた。 「なら、手が届く所にいる私はどうだ?」 「星とは違った美しさがあるであるな、性癖はともかく。」 「黙っていれば美人とか言い出さないだろうな?」 「言う前に言われたから言えないであるな。」 雪姉殿の手は雪の様に冷たい。 だが、ただの雪とは違う冷たさだ…心地良い冷たさと言うのだろうか。 不意に、雪姉殿に抱き抱えられた。 「…輝は妖怪に好かれる匂いがするな。」 「むぅ…風呂が無い所でも水浴びとかはしっかりとしていたのだが…」 「この匂いは洗い流せんよ…あぁいい匂いだ。」 我輩の髪に顔を埋め、匂いを嗅ぐ雪姉殿。 なんと言うか…凄く恥ずかしいである… しばらくすると、我輩の背中に雪姉殿の手が差し込まれた。 先程よりは暖かくなってしまっているが、それでも冷たい彼女の手が我輩の背中を余す所無く撫で回し、その心地良さに思わず身を委ねてしまう… 「ふふっ、普段は小さな外見に似合わず大人びているが、こうして大人しくしていると年相応の可愛らしさがあるな。」 「は…恥ずかしいからやめて欲しいである…」 「もう少し堪能させてくれ。」 「うぅ…少しだけであるぞ?」 ありがとうと小さく言うと、再び我輩を撫で回してきた。 少しと言わず、何時までも撫でさせてしまいそうである… 結局、彼女が我輩の下半身に手を伸ばして拳骨を見舞うまでの十分ほど撫でられ続けてしまった… 「うぅ…冷え切ってしまったである…」 「ん?騒がしいな?」 一通り撫で回され、すっかり冷え切ってしまった体を温めなおすために家へと入ると、なにやらとても騒がしかった。 「おっ、おかえりー♪先に飲んでるよー♪」 「あっ!?私の秘蔵の酒が!」 「ごめんなさいね、美味しそうだったから勝手に頂いちゃったわ。」 そこそこの量を飲んだためか、二人とも既に酔っ払っている様だ。 不意にジョロウグモ殿と目が合う。 「そうだわ、酒の肴に輝を頂きましょうか。」 「賛成ー♪」 ジョロウグモ殿が我輩に向かって糸を噴きかけてくる。 粘着性の高い糸に絡み取られ身動きが取れなくなったところで、ジョロウグモ殿が我輩の体を糸で包み始める。 結果、下半身と顔意外は満遍無く糸で包まれ、一切の抵抗が出来ない状態にされてしまった。 「お前達…飲み過ぎだぞ。」 「いいじゃない、こうして友人同士で集まった時くらい。」 「と言うわけで飲め〜♪どんどん飲め〜♪むしろ飲んでください!!」 「ちょっと落ち着け…なっ?……あっ…待って…んんっ!!」 稲荷殿に押さえつけられながら、ジョロウグモ殿に酒を飲まされていく雪姉殿。 最初は抵抗していた様だが、飲まされる内に抵抗が弱まり、四杯目を飲まされる頃には蕩けた様な表情を浮かべていた。 「ふふっ、可愛い顔しちゃって…そんなによかった?」 「あぁ…体がフワッてなって…何だかドキドキする…」 「いい具合に酔ったわね、それじゃあ彼も待ってることだし行きましょうか。」 不敵な笑みを浮かべ、近づいてくる三人… 体が震える…胸が締め付けられる…この我輩が、恐怖を感じていると言うのか… …こうなったら自棄になるまでだ。 「それで、最初は誰からであるか?」 「「「もちろん私!!」」」 三人が同時に答え、その瞬間に三人の動きが固まった。 我輩の表現力が低いせいでこんな言い回ししか出来ないのが残念であるが… これが…修羅場という物であるか… 「この集まりの主催は私よ、主催に華を持たせるのが流儀だと思うのだけど?」 「あら、誰が彼を捕まえたと思っているの?捕まえた人から最初に頂くのは必然だと思うのだけど?」 「その前にここは私の家だ、郷に入っては郷に従えと言うだろう?つまり、私が先に彼を頂く権利があると思うのだが?」 一触即発とはこの事だろうな。 触らなくても発破しそうな勢いだが… 「面倒だから二人まとめて焼き払ってやるわ!私の炎で燃え尽きなさい!」 「上等だ!私の冷気で魂まで凍らせてくれる!」 「私に喧嘩を売るなんて身の程知らずね…私の糸で縛り付けて軒下に吊るしてやるわ!」 始まったであるな…どうしてこんなことに… 半分は我輩のせいであるけどな! あっ、流れ弾がこっちに… 「………うぅ…?」 どうやら我輩は気を失っていたようだ… 周りは…うむ、酷い有様である。 「あ……輝…さん…」 声のした方に視線を向けると、今にも気を失いそうなジョロウグモ殿がいた。 「どうしたであるか?」 「…性行為とかはいいので…抱き枕に…」 「まぁ…それ位なら…」 そう言うと、ふらふらとこちらに近づいてきて、倒れ込む様に覆い被さってそのまま気を失ってしまった。 「……どうしてこうなった…」 全員が気を失っている中、我輩の声だけが空しく響き渡った… 〜今日の観察記録〜 種族:稲荷 彼女達の健康状態は尻尾にも現れる。 尻尾の毛並みと触り心地が良いほど、彼女達の体調が良い証拠である。 彼女達の夫となるからには、何時までも触っていたくなる様な触り心地を維持出来るように、愛情を籠めて交わってあげて欲しいものである。 種族:ゆきおんな 雪女と言う名の通り、彼女達はあついものが苦手である。 しかし、一度人間の男性の暖かさに触れてしまうと、その暖かさに病み付きになってしまうのだとか… 故に、彼女達に気に入られてしまった者は、山から帰ってこなくなってしまうのである。 種族:ジョロウグモ ジパング固有のアラクネ属の妖怪で、他のアラクネ族の魔物と比べても大人しい部類である。 が、大人しいのは日中だけであって、夜になると凶暴な一面を見せ、男性を一方的に犯し始めるという。 また、原種のアラクネ同様裁縫が得意らしく、彼女達の作った服は高級品として高額で取引をされるようだ。 追伸:口で書くのは顎が痛くなる上に凄く疲れるので、紳士淑女の諸君等は真似をしないことをお勧めする。 |