6ページ:スキュラ・カリュブディス・ネレイス
「おいボウズ、危ねえから中に入っとけ。」

船に揺られながらうとうととしていると、体格の大きい船員に怒られた。
人が気持ちよく寝ようとしているのを、邪魔するなんてとんでもないやつであるな。

「断るである、我輩は寝るのに忙しいのである。」
「そこで寝られると邪魔なんだよ、さぁ行った行った!」

有無を言わさずに船内に押し込まれる。
もう少し、外の空気を楽しみたかったであるなぁ…

「まぁ、船内でも寝れるであるがな…」

我輩としては、船内は酔っ払った商人だとか血気盛んな傭兵だとかがいるので、極力避けたかったのであるが…
まぁ、巻き込まれないであろう場所を探せばいいのであるが…
人の少ない適当な所へ腰掛け、目を閉じる。

「久しぶりであるな…故郷へ帰るのも…」

名前でも分かる通り、我輩は大陸出身ではないである。
ジパングと言う小さな島国であるが…貴殿等の中にもジパング出身者はいるであるか?

…いたとしても、我輩にはそれを確認する術は無いのであるがな。

「おいてめぇ!もういっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやるよ!お前が居ると酒が不味くなるからさっさと出てけっつってんだよ!」
「上等だコラァ!今すぐ抜け!ブチ殺してやる!」

それにしても…騒がしいであるな…
放って置いてもいいであるが、安眠を妨害されたくないし…

面倒くさいが…ちょっと黙らせるであるか…

「おい貴様等。」
「あ?何だてめぇは?」
「さっきからずっと、ごちゃごちゃと五月蝿いであるぞ。」
「関係無い奴は引っ込んでろ!細切れにするぞ!」
「口で言ってもだめなら…少し痛い目に遭ってもらうであるか…」

言ってる内に、2人の間に移動する。
背丈は大体同じ…左側はやや細め…右側は太め…それだけ分かれば十分であるか。

「…よし…ハンデとして、我輩は武器を使わないである。」
「なっ!?舐めてんのかこのガキ!」
「上等だ!てめぇから血祭りにあげてやる!」

それぞれが、自前の武器を取り出す。
左が槍…右が斧…どちらも、狭い船内では扱い辛い武器である。
そもそも、手を伸ばせば届く様な距離でそんな武器を出されても…

まあいい…お仕置きの時間である。

「忠告する、死ぬほど痛いぞ!」

言うや否や、体を捻りながら宙返りをする。
それと同時に開脚し、両者の顔面に蹴りを叩き込む。
回転によって勢いの付いた蹴りを喰らい、左側の男はバランスを崩してテーブルに突っ込み、右側の男は鼻から血を出して仰け反った。

「ぐっ…このクソガキがぁぁ!!」

顔を攻撃され、怒り狂った男が滅茶苦茶に斧を振り回してくる。
我輩は、あえて男に接近し、振るわれた斧を踏み台にして男を飛び越した。
着地と同時に後ろの壁を蹴って跳躍し、振り向いた男の顔面目掛けて蹴りを加えた。

「がはっ!?は、鼻が…鼻がああぁぁぁ!!」

我輩の着地と同時に倒れこむ男。
これで一人…残りの方は、今やっと起き上がったようであるな。

「畜生…蜂の巣にしてやる!」

槍を構え、一直線に突っ込んでくる。
…槍でどうやって蜂の巣にするのであろうか…余程の腕前の持ち主でもない限り無理だと思うのであるが…

…っと、今は無駄なことは考えない方がいいであるな…
男の攻撃を見切るべく、身構える。

「死ねええぇぇぇ!!」

男の渾身の力が籠められた一撃が、我輩に向かって放たれる。
力み過ぎてて突きの狙いが少しずれている…持ち方が浅い…
こんな突き方でよく生きて来られたであるな…ある意味、賞賛に値するレベルであるな…

「その程度の突きでは、我輩を貫くことは出来んであるぞ!」

軽く手で払い、槍の中腹辺りに手刀を加えて叩き落す。
そのままの勢いで男に接近し、みぞおちにも手刀を加える。
男が膝を付いたのを見計らって、顎に正拳突きを叩き込んだ。
何とも形容し難い悲鳴を上げて倒れこむ男…
そのまま動かなくなったが、急所は外してある筈なので問題は無いである。

「ふん…何も得ないつまらん戦いだったである…」

こんな所で無駄な体力を使う羽目になるとは…先行きが不安であるな…

ところで、こいつ等はどうするであるか…

「…こいつ等どうすればいいであるか?」
「海に捨てとけ、その辺の魔物が勝手に拾うだろうから心配ない。」
「あー…運ぶのを手伝ってもらえないであるか?」
「よし分かった、おい!お前等も手伝え!」

男の呼びかけで、一部始終を見ていた者達が倒れてる男を運び始めた。
これで少しの間は平和な船旅になりそうであるな。

…ジパングへ着くまでに、何人の乗員が海に放り込まれることやら…



「…む?早速来てるであるか。」
「…ネレイスか…こんな奴等にはもったいねぇくらいだな…」

我輩達が船上へ出ると、そこには既に魔物が待機していた。
船と並んで泳ぐ魔物は、海を思わせる様な青い肌を持ち、魚の様な尻尾と足ヒレを持っていた。

彼女達がネレイスであるか…なるほど、確かにこいつ等にはもったいない気もするであるな。

「御機嫌よう…今日は海がとても穏やかでいい日ね。」
「御機嫌よう…今日は風がとても心地いい日であるな。」

話してみた感じでは、物腰が柔らかく、相手を安心させる様な優しい喋り方であるな。
ますますこいつ等にはもったいなく感じるであるな…放り込むのに変わりはないであるが。

「貴殿等に贈り物をしたいのであるが…こんなのでも喜んで貰えるであるか?」

そう言って、先ほど運んで来た男を見せる。

「まぁ…彼等を私達に下さるのですか?」
「遠慮は要らないである、どんどん持っていってほしいである。」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」

彼女達の了承を得たので、2人の男を海へと放り込んだ。
海へ沈もうとしている男を抱き抱え、柔らかな笑みを浮かべるネレイス殿。

「ありがとうございます…ですが、皆の分となると少し足りないかもしれません…」
「ふむ…困ったであるな…」
「もしよろしければ…皆様の中で。私達と添い遂げても良いと思って下さる方がいらっしゃれば、来て頂けませんか?」

ネレイス殿の言葉を聴き、数人の男が名乗り出た。
…放り込まれるどころか、自ら海に飛び込むか…

「ありがとうございます、皆様のおかげで、仲間達皆が幸せになれます。」

彼女がそう言った時、海中からたくさんのネレイスが浮上してきた。
それを見た瞬間、男達が歓喜の声を上げて、海へと飛び込んで行った。

「皆様ありがとうございます…お礼に、一つ忠告を…」
「忠告…であるか…?」
「この先の海中に、複数のカリュブディスが生息しています、気をつけてくださいね。」

カリュブディス…確か、渦潮を起こす魔物だったであるか…
是非とも会って見たいところであるが…それ相応に危険なのであろうな…

「忠告感謝するである、気をつけるである。」
「貴方達に、海神ポセイドン様のご加護がありますように…」

そう言うと、彼女達は男を連れて海の中へと消えて行った。
忠告はありがたいであるが…おそらく、回避は無理であろうな…

何故かって?そんな気がするからである。

「カリュブディスか…出来れば回避しないとな…」
「この先と言っても、どれ位先かは分からんであるぞ?」
「それはそうだが……ん?何だあれは…?」

男の見ている先には、奇妙な水の流れの場所があった。
遠くからでもはっきりと分かる異常な流れ…近づく物を容赦なく飲み込む巨大な穴…

「う…渦潮だぁ!!」

一瞬にして、乗員達が大混乱に陥る。
船が徐々に渦の流れに巻き込まれて行き、船が大きく揺れる。
数人の男が、揺れによって船の外へと放り出されて行く…

「むぅ…一応飲んでおくであるか…」

ポケットから小さな瓶を取り出し、中身を一気に飲み干す。

…やはり、この味は好きになれないである…

「うわぁぁぁぁぁ!!」

突然、我輩の隣に居た男が悲鳴を上げた。
彼の体に、無数の触手が絡み付き、動きを封じられている。
その内に、彼の口が魔物の口によって塞がれ、くぐもった声しか聞こえなくなった…

「…壊滅状態…か…」

多くの男が、触手を持つ魔物に襲われるか、海に放り出されてしまった…
残ってる者が犠牲になるのも時間の問題だろう…

あ…穂が折れて………





「……む…?」

気がつくと、暗い空間の中にいた。
体がうまく動かせない…何かが乗っているようだ…

と言うか…唇を奪われてるである…

「ぷはぁ…な、何をしてるであるか!」
「あ、目が覚めた?」
「…目が覚めるまで、ずっと口付けをしてたであるか?」
「うん…起きるまで我慢しようと思ったけど、我慢出来なかったの…」

だんだんと暗闇に慣れていき、周囲の状況が分かるようになってきた。

我輩が今いる所は、中々広い所の様だ…
ただ、少し違和感を感じるであるな…異空間とでも言う物であろうか…?
そして、我輩の上に乗っている少女…驚いた事に、全裸である。
今まで出会って来た者は、局部と胸くらいはちゃんと隠していたであるが…この魔物は、衣服どころか下着すら着用していない。
彼女の体には、いたるところに外骨格と見られる物があり、そこから強い魔物の気が放たれているのを感じられる。

あれを飲んでいて正解だったであるな…飲んでなかったらどうなってたか、容易に想像出来るである…

「目が覚めたし…私と…シよ?」

そう言って、股を開いてくぱぁと広げる。
その瞬間に、大量の魔物の気が放出され、我輩を包み込む。

「あー…すまない…我輩は、まだ腰を落ち着ける気は無いのである。」
「そんなぁ…私…お腹が空いてるのに…」
「…少し待つである…」

立ち上がって、周囲を見渡す。
船の残骸がいたる所に転がっており、中には気を失った男が何人か見えた。

その中から、幼女に興味を持ってそうな格好の良い男を、独断と偏見で選び出して引きずって行く。

「この男で手を打ってくれないであるか?」
「うーん…貴方の方がいい…」
「むぅ…なら、食べ物で…」
「それならいいけど…少し寂しいかな…」

随分気に入られてたみたいであるな…少しかわいそうな事をしたである…
しかし、我輩はまだ旅を終える事は出来ないのである…許せ…

「あの…」
「む?」
「…キス…してくれませんか…?」
「…うむ…」

彼女の口に、我輩の口を軽く触れさせる。
すると、彼女が我輩の首の後ろに腕を回し、より近く、より深く密着して来た。
激しさは無いが、とても甘く、手放せなくなりそうな心地良さがそこにはあった。

名残惜しむかの様に、ゆっくりと唇を離す。

「……また…来てね…」
「うむ、近くによる事があれば、必ず遊びに来るである。」

彼女な頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて抱きついてくる。
もっとこうしていたいであるが…そろそろ行かねば…

「じゃあ…外に出すね…」
「うむ…」

瞬間、船の残骸などが外へと向かって吸い出されていった。
我輩もその流れに乗るべく、残骸を足場にして加速しながら上へと昇っていく。
そして、外へ出る瞬間に体を捻り、勢いよく飛び出した。
抵抗は幾分か減ったが、海面に達するほどには至らなかった様だ…
仕方ない…後は泳ぐであるか。

「ぷはぁ…外には出られたが、これからどうするであるか…」

海上には何も無い…あるのは小さな木片くらいである。

…と思ってたら、比較的大きな板が浮いていた。
その上には、一人の男が座ってた。

「よっと、お邪魔するであるぞ。」
「…生き残りか…狭いけど乗ってくれ…」

残骸の上にいた男は、やけに疲れ切った様子でそう言った。
男の隣に座り、水平線の向こう側を眺める我輩…

「はぁ…生き残ったのは俺達だけか…」
「捕まらなかったの間違いであろう?殺される事はまずないである。」
「どの道助からねぇよ…食料は全部船と一緒に沈んだからな…」
「悲観するほどではないであるぞ?我輩の読みが正しければ…」

そう言うと、船の破片が海面へと姿を現した。

「道具はある程度手に入るであるぞ?」
「でも…食料はどうすれば…」

その瞬間、海中から何かが飛び出してきた。
その魔物は、船員を拘束してさらって行った魔物とまったく同じ種類の魔物だった。

「まだ可愛い子が残ってるじゃない…早速お持ち帰…」
「食料が来たであるな。」
「…魔物って食えるのか…?」
「…えっ?」

涎を垂らしながら、一歩ずつ近づいていく我輩と男。
状況が飲み込めてなかった魔物であるが、直ぐに把握したらしく、縮こまって震え始めた。

「嫌…食べないで…私美味しくないから…ね?」
「なぁに、腹に入ってしまえば一緒である。」
「どんな味だろうか…楽しみだ…」
「お願い…何でもするから…」

何でも…?
…フフフ…いいことを思いついたである。

「ちょっとこっちに来るである。」
「私…食べられるんだ…」
「いいから来るである!」

強引に引っ張って行き、男に聞こえないように我輩の考えを彼女に伝えた。
彼女は少し考えた後、先ほどとは打って変わって、明るい笑顔を見せた。

「何を話してるんだ…?」
「食料の問題は解決である、彼女が魚を取ってきてくれるのである。」
「?本当にいいのか?」
「えぇ…ふふっ、よろしくね。」
「うーん…まあいいか。」

少々強引な約束をしてしまったが…まあいいであるか。
何よりも、我輩が安全にジパングへ行ける事が確定したであるからな。

さて、材料を組み合わせて簡単な舟でも作るであるか…

〜今日の観察記録〜

種族:スキュラ
多くの触手を持つ海に澄む魔物であり、その触手に絡みつかれたら脱出は困難になってしまう。
カリュブディスの生息域の周辺に潜んでおり、渦潮で逃げれなくなってる船員を襲ったりするので注意が必要である。
強気な性格とは裏腹に、夜の方は見てる我輩が赤面するほど、情熱的に絡み合いながらとなるので、色々と覚悟が必要である。

種族:カリュブディス
海底にすむ魔物で、外骨格からは魔力とやらが時々漏れ出している。
近くを通りかかる船を渦潮で吸い込み、気に入った男以外は吐き出してしまう。
魔力に耐えられれば脱出も出来るかもしれないであるが、出来れば添い遂げてあげて欲しいのである。

種族:ネレイス
海版サキュバス、分かりやすく言うとその一言で説明がつくのである。
普段は海底に住んでいるが、幸せ…もとい、男を求めて海面に上がってくることもある。
愛する男性と交わり、子を宿す事が最大の幸せ…とは、彼女達の弁である。
11/10/15 19:29 up
当方に女難の相あり…なのか?
フラグを乱立させて放置する事に定評のある彼の旅は、ジパングで少しだけ休んでから再開されるようです。

白い黒猫
DL